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ユーストで楽曲を放送するにはどうすればいいか

*技術系の話じゃないです。

「ポットチャンネル」という、Ustreamでのトーク生放送を11/4(木)から始めます。
その放送中に楽曲を流す(音楽著作物を利用する)には、どのような方法を採ればいいのか、
「JASRAC」のネットワーク課に電話して聞いてみました。

ポットチャンネルは
・法人として利用
・Ustream上に放送データをアーカイブ/生放送のみではなく、いつでも観られる状態にする

という方針です。

結論から言うと、USTREAMとJASRACは包括的利用許諾契約を締結しているので、JASRACが著作権を管理している楽曲については、自由に利用することができます。
たとえばUSTREAMで、プリンセスプリンセスの「Diamonds(ダイアモンド)」(作詞・作曲/中山加奈子、奥居香)を、僕が演奏し、歌うのを流すのには、許諾を得る必要はありません。

ただし、JASRACが管理委託しているのは「音楽著作権」(歌詞や作曲の著作権)なので、ラジオのように「では、ここで一曲聴いてもらいましょう。曲はプリンセスプリンセスで「Diamonds(ダイアモンド)」です」みたいに、CDなどに収録された音源を放送するのには、「著作隣接権」(楽曲の演奏者や、録音するレコード製作者の権利)をクリアする必要があります。
つまり、「Diamonds(ダイアモンド)」であれば「ソニー・ミュージックレコーズ」(レーベル)に個別交渉し、許諾を得る必要がある/得ればいい、と。

「ポットチャンネル」で、視聴者のリアルタイムのリクエストにお答えしてこの曲を〜、というのは多分ないでしょうから、流す曲を事前に把握し、許諾を得ておけば、Ustreamで楽曲を放送できます。ポットチャンネルではそのへん積極的にやっていきたいな、と。

*ちなみに、ジャパン・ライツ・クリアランス(「JRC」)ではUSTREAM上でCD音源を利用できるデータベースを公開していますね。→こちら
スピッツ、いいんだ…。

Google和解と著作権

返答期限延長もあって、まだまだGoogleの書籍デジタル化問題はあいかわらず騒がしい。

いろんな人がいろんなことをいっているけど、
多くのひとが、批判的で、身近だと松沢呉一さんがポットの考え方にちかい。

で、いろいろ読んでいると、違和感を覚えることが具体的になる。

ひとつは、著作権のこと。
これ、法律であるわけだから、裁判上の解釈があるわけで、
私がどう思うと関係ないかもしれないけど、
著作権を私がどう考えているのか、簡単に書いておこうと思う(以前このサイトのどっかにかいてると思うけど)。

著作権は、著作物を使わせないように制限するもんじゃなくて、
より良い【使い方・使わせ方】をするためにある権利(本当は権理と書きたいところだけど)
何じゃないかと思う。

たとえば、最近あった事だけど、エロ系の絵を書いていた人で、もう死んでる人の絵を
本の表紙なんかに使いたくて、ちゃんと遺族に連絡(調べられたからまだいいけど)した。
息子に依頼すると「使われちゃいや」。
確かに、その息子に許可/不許可の権利があるわけだから言われた通りに引き下がった。

でもこうやって既存の著作物がただ死蔵されるばかりでいいんだろうか?
まあ、死後50年待てよ、ってことではあるんだけど。
こうやって、権利がただ使わせないほうにばかり行っちゃうのに違和感をもつんだ。
もっとより良い使い方をしよう、って認識が社会に広がる意外に、
たぶんコレって解決策はなく、法律の問題ではないんだけど。

だけど、今回のGoogle問題には、こうした使わせないというような権利意識ばかりを感じる。

ふたつめに思うのは、
これまで、出版界は、こうした書籍の全文検索=本をもっと使いやすくする/もっと本を発見してもらう
ってことをやらずに来て、Googleがやっちゃうよ、って時になってただいやだな、って気分で
このことに対応しているように思えてならない。

商品基本情報センターに書誌情報を出版社が集中することもできない(収集率は50%を超えているけど)。

国立国会図書館の長尾真館長の構想にも消極的にしか対応できない。
これをきっかけに、今回Googleがやったことを国会図書館にやらせたって良かったじゃないか。
いまごろ、「公的な機関がやることだ」なんて言い出してる人もいるけど。
だったら、長尾構想に載れば良かったじゃないか(まだ、遅くはないけどね)。

結局はGoogleのような新参者の、無茶なやり方しか、変革ができないのか?
って思っちゃう。

みっつめに思うのは、
なんで、正義感ばりばりの著作者の権利論になっちゃうの?ってこと。
新しい取り組みなんて、やってみた後にしか分からんのじゃないの?

宮部みゆき「英雄の書」で、
物語は人が生きたあとについてくる、できてくる、。
まれに、先に物語を目指して生きようとする人があらわれるけど、
それが人に大きな惨禍をもたらす、なんてことが書いてあって、
無茶苦茶共感したんだけど、正義って、そういうもんだろう。