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第2回 ギクシャクしないようにと思って──遠藤学さん(21歳・男性・勤務歴1年)

遠藤くんは、1989年生まれ。生まれてからずっと、横浜、黄金町付近で生きてきた浜っ子。現在21歳。好きなプロ野球チームは「もちろんベイスターズ!」。
地元の工業高校卒業後、ガソリンスタンドのアルバイトを経て、現在は親の経営する居酒屋を手伝っている。現在、父(55歳)と母(56歳)と同居している。父は千葉県出身。黄金町付近で居酒屋、スナックなど三店舗の飲食店を経営している。母は韓国出身。父の店を手伝うのではなく家事をやっている。弟(18歳)が一人いて同居していたが現在少年院に入っている。
遠藤くんは、「いろいろな人と話し慣れている青年」という印象。こちらの問いかけに、ぽんぽん小気味よく答えが返ってくる。話す内容は具体的で、自分はこういう体験をしてきたんだからこうでしょう、とスパッと答えるところがある。
ちなみに、こちらは黄金町のいかついヤンチャなあんちゃんが来ると思っていたら、シャツにベストにハンチングという小ざっぱりした出で立ちの礼儀正しい青年だった。それに、いつも笑顔なのが印象的。
*2010年3月18日(木)18時〜インタビュー実施

「五段階評価で1がメインで、2と3がちょこらちょこらと(笑)」

遠藤くんは、高校生のときからアルバイトをはじめる。最初はスーパーの鮮魚コーナーで6ヶ月、つぎがレストランの厨房で1年アルバイトをした。そのあとは、ガソリンスタンドのアルバイトをこの20102009年の年末までつづける。ガソリンスタンドのバイトは、週3、4日入って、学校が終わってから五時間仕事をして家に帰って寝て、また学校に行く、という毎日だった。週末は、友人たちと遊び、朝までカラオケ、遠藤くん曰く、「こんなこと言っちゃいけないんだろうけど、お酒を飲んでいました」。高校時代は月に4万円から5万円を稼いでいた。

石川 勉強はどうだった?

遠藤 バカです。(きっぱりと)

石川 バカですって(笑)。成績はどれくらいだったの?

遠藤 相当できなかった子で、小学校ではクラスの下から数えて3位ぐらいでした。

沢辺 じゃあ、オールC?

遠藤 そうですね。CのあいだにBがちょこちょこ、といった感じですね(笑)。

石川 体育はAじゃなかったの?

遠藤 Bですね。特別運動神経がいいというわけでもなかったです。

石川 じゃあ、中学の成績は?

遠藤 中学でもそのまんまで、五段階評価で1がメインで、2と3がちょこらちょこらと(笑)。

石川 勉強に対しては、「やらなくちゃ」という気持ちはなかった?

遠藤 できなくていいや、という感じです。

石川 なんでそうだったんだろう?

遠藤 興味がなかったんです。興味があれば学ぶんですけど。

石川 いままで学んだことは、たとえばどんなこと?

遠藤 車のことは、自分から進んで勉強しました。

沢辺 それは免許の試験の勉強?

遠藤 そうですね。このあいだ普通自動二輪の免許をとったんですけど、一発試験で受かりました。

石川 それまでにも免許を取ってたの?

遠藤 16で原付、18で車の免許を取りました。でもつい最近、車をつぶしてなくなっちゃって。原チャリだと、スピード出すとすぐつかまるし、二段階右折とかも面倒くさいので、普通自動二輪の免許を取りました。

沢辺 つぶれた車ってなんだったの?

遠藤 ホンダのインスパイアです。友だちみんなと流星群を見に行ったんですけど、帰り道、血が騒いじゃって、バーっと走ってたら電柱にぶつかっちゃって。

沢辺 よく下に落っこちなかったね。

遠藤 事故ったときの写メがあるんですよ(携帯の待ち受け画面、車のボンネット部分がぐちゃぐちゃになった写真)。

沢辺 おー。

石川 おー。よくケガしなかったね。

「おやじには、『別になにやるのもお前の勝手だけど他人に迷惑はかけるな』とよく言われました」

遠藤くんの父親は黄金町付近で飲食店を三店舗展開する経営者。母親は韓国出身(父との結婚で日本国籍を取得)。母親は日本語があまり達者ではない。弟は現在少年院に入っている。兄の遠藤くんも悪い連中とのつきあいがあったけれど、弟はさらに深くその世界に入っていってしまった。

石川 親には「勉強やれ」って言われなかった?

遠藤 少しは言われましたけど、そんなにしつこく言われませんでした。

石川 両親はどんなひと?

遠藤 やさしいです。ぼくは甘えて育ちました(笑)。

石川 お父さんは高卒?

遠藤 はい。自営業で、黄金町の駅の近くで焼き鳥屋をやってます。自分が生れたときぐらいから店をはじめて、朝帰ってきて昼間まで寝て、といった生活なので、あんまし顔を合わせませんでした。でも、休みの日は家族サービスで遊園地とかに連れて行ってくれました。

沢辺 お母さんはお店を手伝ってる?

遠藤 いえ。

沢辺 じゃあ、おやじさん一人で店をやってるの? それとも人を使ってる?

遠藤 10人行くか行かないかですけど、人を使ってます。いちおう三店舗あるんで。

沢辺 財閥だね〜。

遠藤 いやいや。

石川 お母さんはなにをしてるの?

遠藤 家でごろごろしてます。

石川 ごろごろって、なんにもやってないわけじゃないよね?

遠藤 めしとか洗濯やってくれてます。

石川 兄弟は?

遠藤 弟がいます。いま18かな。

石川 弟はいまなにをしているの?

遠藤 少年院に行ってます。

沢辺 それはなに系で? 暴力とか?

遠藤 児童ポルノ禁止法(児童買春法)です。先輩からカンパがまわってきたので後輩を売ってお金をかせごうとして、捕まっちゃった。今度のが二回目なんで、一発で少年院で、高校も中退になって。

沢辺 遠藤くんは、そっちの道には行かなかったの?

遠藤 お世話になった先輩から「すじ通せ、親に迷惑かけるな」と言われてたんで、そっちには行きませんでした。

石川 高校は弟も同じだったの?

遠藤 弟が定時制で自分は全日制です。

石川 やはり、弟のほうは悪い先輩たちとつきあいがあったの?

遠藤 自分も悪いやつとつるんだりしたから、それで弟もいっしょになってはじめたかもしれません。でも自分はまっすぐになって。

石川 「悪い」って、どんなことをやってたの?

遠藤 かわいいもんですよ。バイク乗ったりとか。

沢辺 盗み系は?

遠藤 盗みはなかったです。

沢辺 ケンカ系は?

遠藤 ケンカ系もしないです。基本温厚なんで。

沢辺 女の子系は?

遠藤 それもなかったです。

沢辺 じゃあ、そんなに悪くはないよね?

遠藤 悪くはないですね(笑)。弟はどんどん悪いほうに行っちゃって。はじめて捕まったのは傷害ですね。そのときは警察に一晩お世話になって、その次が鑑別所で、今度は少年院ですね。だんだんと上がってっちゃって。具体的になにをやっていたか、あんま覚えてないですけど。

石川 ご両親はやさしいということだけど、お小遣いをたくさんくれるひとだった?

遠藤 ほしいものを言うと、「勉強したらお小遣いをあげる」と言われたりという感じでした。

石川 お母さんもやさしいんだと思うけど、どんなことを言って育ててくれた?

遠藤 べつになんもないです。会話もしません。

石川 小さいころからあんまり話をしなかったの?

遠藤 そうですね。

石川 お父さんは?

遠藤 おやじもなんも言わなかったですけど、「なにやるのもお前の勝手だけど他人に迷惑はかけるな」とよく言われました。それはまちがいないな、と思っています。

沢辺 おやじは悪かったのかな?

遠藤 悪くはなかったですね。プロをめざして野球やってたみたいですけど、ひじ壊しちゃって。高校は千葉の高校に行ってました。

石川 お父さん千葉のひと?

遠藤 はい。

石川 じゃあ、お母さんは?

遠藤 おふくろは韓国です。韓国で生れて韓国で育って、結婚するときに日本に国籍を移して。

石川 お母さん、日本語は?

遠藤 片言です。いまも片言で。なんでいつまでたっても上達しないのかなって(笑)。

沢辺 いつ結婚したの?

遠藤 そういうのは聞いてなくてわかりません。

沢辺 遠藤くんが生れたのが35ぐらいのときだから、子どもを産んだ年としてはわりと遅いよな。

遠藤 そうですね。

石川 出会いは?

遠藤 知らないですね。聞きたくもないというか(笑)。

石川 なんで聞きたくないの?

遠藤 親が恋したところとかは想像したくもないです(笑)。気持ちわるいって(笑)。

沢辺 うちの子もそう言うよ。どっかで知りたい気持ちはないことはないんだけど、じっさい「知りたいか?」と聞かれると、「そんなこと知りたくない」と答える。

遠藤 そうですね。自分から知ろうとは思いません。親に「知りたい?」と聞かれたら、「いやだ」と言いますね。

「車だったらけっこういじれるし、バイクもそこそこ。マフラー変えたりタイヤをはずして交換したり」

遠藤くんはバイクや車をいじるのが好き。部品や改造の方法までディテールを話す遠藤くんがとてもいきいきしていて、ほんとに好きなことがよくわかる。

沢辺 ところで、バイクや車が好きだというけど、乗るのが好きなの?

遠藤 乗るのもいじるのも好きですね。

沢辺 けっこういじれるんだ。

遠藤 車だったらけっこういじれるし、バイクもそこそこ。マフラー変えたりタイヤをはずして交換したり。だって工賃高いじゃないですか。自分でやっちゃいます。

沢辺 それってある程度頭なくっちゃできないじゃん。勉強したの?

遠藤 勉強はしてないです。ガソリンスタンドで教えてもらいました。

沢辺 改造してどんなことやってるの?

遠藤 走り屋をやってて。

沢辺 でも、原チャリでは走り屋はできないんじゃない?

遠藤 普通の原チャリは60キロしかでないけど、コンピューターをいじって90キロまで出るように改造して。

沢辺 ボアアップ(シリンダーの容積のアップ)は?

遠藤 お金がなくてできませんでした。でも、先輩に譲ってもらった80ccを100にボアアップしたエンジンをくっつけて遊んでたことがありました。

石川 どこで走ってるの?

遠藤 磯子の海沿いにL字のカーブがあって、そこで夜中に、膝すりながらバーッと何回も往復して走ってました。

沢辺 峠派ではなかったの?

遠藤 峠は50ccでは厳しいし、ちょっと遠いので、近場の磯子で走ってました。

沢辺 ベースはなんだったの?

遠藤 ホンダのNS-1というやつです。

沢辺 レーシングみたいにフルカウルのやつ?

遠藤 はい。カウルがついていて、マニュアルで。

石川 お金はけっこうかかった?

遠藤 マフラーでも3万ぐらいかかるんで。それに、バイクやってると消耗品にお金がかかるんですよ。普通の50ccのバイクをいじって、無理をかけてるんで。たとえばサスペンションがすぐにへたっちゃったり。

石川 改造するより、でかいバイクを買ったほうがいいと思っちゃうけど、どう?

遠藤 いや、自分は50ccで最速をめざそうと思ってて。そのころ、悪い先輩から譲ってもらったチームを自分が引っ張ってたんですけど、ある日チームの仲間と房総に行ったら、ちょうどその先輩に会ったんですよ。そのとき自分、盗まれてバイク無くしちゃって、友達のバイクのケツに乗っかってたんです。そしたら「お前なんだ。カンパまわせ」って言われちゃって。そこで「自分はお金ないし、カンパできない」と言ったら、破門されちゃって。リーダーが破門っていう(笑)。それでバイクやめちゃって、それからは車をいじるようになりました。走りじゃなくて、見せる車なんですけど。

石川 見せる車って?

遠藤 たとえば、サンバイザーにテレビつけたり、「わあ、すげー」と言われるような車です。

沢辺 バンパーの下にスカートつけたりとか?

遠藤 そうです。バンパーの下にLEDつけて、下をピカピカ照らすとか。

石川 スピーカーとかは工夫しなかった?

遠藤 やりましたね。直径30センチのウーファーをトランクに入れてぼんぼこぼんぼこと(笑)。

石川 どんな曲流してるの?

遠藤 洋楽ですね。ヒップホップとかR&B。

石川 曲にもこだわるの?

遠藤 ヒップホップに求めるのはガンガンくるのだし、R&Bに求めるのはまったりしたやつ。英語わからないくせに英語のバラード聴いたりとか(笑)。

石川 女の子を乗っけたりはしないの?

遠藤 しましたけど、彼女できないんですよ。「車はかっこいいんだけど、乗ってる人がだめだ」と言われます(笑)。

石川 車をいじるのはモテたいから?

遠藤 車そのものが好きで、アメリカのテイストにしたくて。

石川 遠藤くんの言うアメリカのテイストってどういう感じ?

遠藤 黒人のギャングが乗ってる感じですね。「これ、いかついだろ」と。

「だいたいヤンキーかおたくのどちらで分かれるんですけど、自分はどちらかというとヤンキーの手前という感じでしたね」

遠藤くんが通っていた工業高校のクラスのグループ構成は、ヤンキーとおたくが半々。そのなかで、遠藤くんはどちらかと言えばヤンキー寄り。そして、いじられキャラだった。

石川 話が戻るけど、遠藤くんの高校は、大学に進学にするひとはいた?

遠藤 工業高校だったんで、みんな工場に就職してました。

石川 工場はどこのどういう工場?

遠藤 有名なところだったらIHI(石川島播磨重工)。場所は横浜近辺です。

石川 IHIって大手だと思うけど、そういう大手に就職するひとばかりではないのでは?

遠藤 ほかにも京浜急行とか、いろいろ就職先があって。求人はけっこうありました。

石川 じゃあ、就職がいい学校だったんだ?

遠藤 就職はバリバリいいですね。不良が多くて、いいイメージのない学校だったので、なんでうちの学校から採るのか不思議だったんですけど。

沢辺 生徒は男ばっかり?

遠藤 男ばっかりでしたけど、一応共学で、女は自分のクラスはいなかったけど、学年にはいました。かわいくなかったですけど(笑)。

石川 不良の学校って言ってたけど、学校での遠藤くんの位置づけは?

遠藤 だいたいヤンキーかおたくのどちらかに分かれるんですけど、自分はどちらかというとヤンキーでしたね。

石川 遠藤くんの言う「おたく」って、どういう感じ?

遠藤 ゲームばかりやってるとか、アキバ系ですね。服装はすごくまじめな感じ。ヤンキー系は長ラン、短ランで。

石川 で、遠藤くんの学ランはどうだったの?

遠藤 普通の長さで普通のかっこうですね(笑)

沢辺 へえ、そうだったの。頭は?

遠藤 長かったですね。普通に無造作ヘアとか。

石川 じゃあ、おしゃれだったわけだね?

遠藤 まあそうですね。

沢辺 眉毛は?

遠藤 剃ってましたね。ヤンキーみたいな細さではなかったですけど。

石川 クラスはヤンキー系とおたく系と半々だという話だったけど、その二つのグループはお互い無関心だった?

遠藤 殴ったりまではしないけど、ヤンキー軍団がおたくをいじってました。自分はどちらかというとやられる側で、みんなに両手両足をつかまれて草むらに投げられたりとかしてました。でも、「これおいしくね? これで笑いをとれるならいいや」って(笑)。

石川 いじめられていたわけではない?

遠藤 いじめとかではなくて、「これで笑いをとれるならいいや」って。

石川 その連中とはいまでもつきあいがある?

遠藤 あります。いまはもう、そういうことはやられてないですけど。

石川 いまいっしょに遊んでいるのもその連中?

遠藤 そうですね。

「やりたいことで金儲けしたいです」

遠藤くんは高校卒業後、調理師の専門学校に行こうと思うが、それをあきらめることに。しばらく高校時代から続けていたガソリンスタンドのアルバイトを続けるが、この春から本格的に父親の仕事を手伝うことに決める。先輩の飲食店を訪れて感動したのがきっかけで、いまの遠藤くんのめざすこと、やりたいことは、父親の店を大きくしてお金を儲けること。ばんばん儲けて、キャバクラでばんばんお金が使えるようになりたい、そんな夢をかなえた自分のイメージも遠藤くんのなかにはある。

石川 就職がいい高校だったということだけど、遠藤くんが就職しなかったのはなぜ?

遠藤 高校のころは調理師の専門学校へ行こうと思っていて、親も学費を半分出すと言ってくれてたので。でも、専門学校の試験に受かって、「入学するのにお金がいくらかかる」という話をしたら、急に「お前が全部出せ」と言い出して。お金が払えなくなったから専門学校にも行けず、そのままガソリンスタンドのバイトをやることになりました。

沢辺 そのときは腹を立てなかった?

遠藤 めちゃめちゃ腹立てましたよ。いまでは笑って話せますけど。そんときは、「言ったことは責任もてよ」って。

石川 お父さんはお店を三軒持ってるのに、なんでお金を出してくれなかったんだろう?

遠藤 けっこうケチなんです。

沢辺 なぜお父さんは豹変したんだろう?

遠藤 なぜっていうのはちょっとわかんなくて。聞こうとも思わないです。

沢辺 けっこう気まぐれなのかな?

遠藤 そういうところもあると思います。調理用の服の寸法も測って、いよいよ買うというときに「出せない」という話になっちゃって。でも、気まぐれだけど、やさしいことをやってくれます。

石川 やさしいことってどういうこと?

遠藤 甘いです。

沢辺 弟は怒られた?

遠藤 めちゃめちゃ怒られてました。

沢辺 遠藤くんは怒られたことはない?

遠藤 中学校のとき、ほしいゲームがあって、親の留守のときに親の財布からお金をとったのがバレたときは、めちゃめちゃ怒られました。

石川 話は戻っちゃうけど、なんで調理師学校のお金を出してくれなかったんだろう?

遠藤 わからないですけど、自立させたかったのかもしれないです。

沢辺 そんなことがあったけど、今は父親の店を手伝ってるんだよね?

遠藤 それにはきっかけがあって、先輩がお店をはじめたんですけど、そこの料理を食べたら、めちゃめちゃうまかったんです。「料理食って、こんな感動あるんだ」と。そのとき、「会社起こして金儲けしてえな」って思ってたときだったので、「会社やるんだったら、料理関係の仕事やりてえな」と思ったんです。で、よく考えたら、ちょうどいいとこが近くにあるじゃん、と。それで、おやじのところにしばらくいて、それからほかのところに修行に行って、自分の味出していこうかなって思ったんです。

石川 ずっとガソリンスタンドのバイトをやってたって話だったけど、「正社員にならないか?」とは言われなかった?

遠藤 「危険物の資格とったら正社員にしてくれる」っていう話もあったんですけど、結局「ダメだ」って言われて。いまはガソリンスタンドは不況でもうからないから。

石川 資格はほかにももってる?

遠藤 車と普通自動二輪。それから、お店をやるために衛生責任者の免許をもってます。

沢辺 いままでのバイトで一番時給が高いときはいくらだった?

遠藤 ガソリンスタンドで920円です。所長が上司にびびってる人で、それ以上は上がらなかったんですけど。

石川 お父さんのお店の手伝いでは、いくらもらってるの?

遠藤 おやじの店では時給でなく月給でもらっていて、月10万円です。

沢辺 おやじの会社でなかったら10万でやる? 

遠藤 やると思います。修行になると思うし、いまは飲食店で働くのが面白くて。

沢辺 いま、どれくらい仕事に入ってる?

遠藤 夕方5時から夜12時まで入っています。この春でやめるけど、まだ昼までガソリンスタンドのバイトもやってます。

沢辺 お店は何時までやってるの?

遠藤 朝5時までです。

沢辺 何人でやってるの?

遠藤 お店には常に三人入っていて、夜12時をすぎると二人になります。

沢辺 仕込みはやってる?

遠藤 まだ見習いなので、いまは仕込みには入っていなくて、仕事としては接客だけです。4月からは仕込みにも入ります。

石川 お父さんのお店は三店舗あるってことだけど、どんなお店?

遠藤 ぼくが入っている本店が焼き鳥屋で、あと、カラオケスナックと串揚げ屋です。おやじは本店にいます。

石川 お父さんは一緒に働いていて、息子扱いはしない?

遠藤 おやじは仕事に対しては厳しいです。

沢辺 まわりのひとはどう?

遠藤 常連さんが多いので、「店長の息子」っていう感じです。

石川 お客さんはどういう人が多い?

遠藤 地元のおっちゃん、おばちゃんです。もう20年やってて、顔なじみばかりで。会社帰りに寄るスーツのひとも多いです。

石川 若い人は来る?

遠藤 キャバクラのお姉ちゃんやホストも来ます。朝までやってるので。

沢辺 かわいい子も来る?

遠藤 かわいい子も来ますね。

沢辺 店でお客をナンパするのは禁止?

遠藤 そういうわけでもないです。女の子と遊びに行ったことはないですけど、26歳ぐらいの男のお客さんに、「飲み行こう」と声をかけられて、キャバクラに連れて行ってもらったこともあります。

石川 キャバクラは好き? ぼくは話の聞き役になっちゃってけっこう疲れるんだけど。

遠藤 友だち感覚で接してくれるお店が、疲れないので好きです。

沢辺 将来不安になったりする?

遠藤 やりたいことがなくて、「なにしよう」という時期はありました。高校卒業してガソリンスタンドをやっていたころです。これだというのができたのは、やっぱり、先輩が店を始めたのが大きくて。いまは、「なにやりたい、これやりたい」というのがありますね。

沢辺 その、「やりたいこと」というのは?

遠藤 やっぱ、おやじの店をでかくしたいです。でも、いまはまだ料理ができないから、まずはできること、店をきれいにすることからやろう、と思ってます。

石川 遠藤くんは「やりたいことをやりなさい」と言われて育てられた? 

遠藤 「やりたいことはやっていいけど、ひとに迷惑をかけるな」と言われてました。

石川 やりたいことをやってお金を儲けたいという気持ちがある?

遠藤 そうですね。やりたいことで、金儲けしたいです。

石川 やりたいことで食っていける自信はある?

遠藤 まだ、「どうやって稼いでいこうかな」と考えているところです。将来は、キャバクラ行って「いいよ、飲め飲め」と言える感じにはなりたいです(笑)。

「こっちも、なんでそんなふうに言われなきゃならないんだ、とキレて。それでもう、大学生はいやになりましたね」

遠藤くんは主に、高校時代のちょっとやんちゃな友人や先輩、ガソリンスタンドのバイト関係、居酒屋で働く人やお客さんの世界を生きている。ある日、たまたま大学生の合コンに誘われることになる。そこで自分の世界の流儀でふるまったらまったくうまくいかず、大学生がいやになる。これは、遠藤くんが自分の歩んできた人生とは異なる人生を歩んでいる人たちと出会った場面。

沢辺 高校の同級生は仕事つづいてる?

遠藤 そういう話はあんまりしないですけど、いまでもつきあいのある小・中・高の同級生は、けっこう根性あるヤツが多いです。だからたぶん、みんな仕事はつづいているとは思います。

石川 ところで、大学生ってどう思う?

遠藤 あんま好きじゃないです。小、中まで同じ学校で高校から進学校に行った頭のいい友だちで、都内の有名私立大学に行ってるやつがいるんですけど、あるときそいつが集めた大学生と合コンをやったら、すごくつまらなかったんです。最初にボーリングをやってるときはみんなでわいわいやってたんですけど、その後カラオケ行ったら、女の子がぜんぜん歌わないんです。女の子が歌わないって、ぜんぜんつまんないじゃないですか。それでイライラして、自分が女の子の歌をドンドン入れたんです。それでも女の子が歌わないから、もう自分で歌ったんですよ。自分で歌って、一発芸もやって。でもぜんぜんウケなかった。合コンはそのまま終わっちゃって、自分だけ車で来てたから、みんなを車で送ってやったんです。で、すこししてから反省会があったんですけど、そこで「お前、なんで女の曲ばっか入れたり、変な芸やったりするんだよ。ありえない」と言われたから、こっちも「なんでそんなふうに言われなきゃならないんだ」とキレて。それでもう、大学生はイヤになりましたね。

沢辺 その合コンのメンバーは、遠藤くん以外はみんな大学生だった?

遠藤 そうです。そういうことがあったから、学生やって遊んでて、なにがいいのかと思うようになったんです。

石川 親からお金もらって大学行ってるのって、どう思う?

遠藤 自分も調理師の学校行くとき親にお金を出してもらおうと考えていたんで、こんなこといえませんけど、正直、あんま好きじゃないです。

沢辺 「大学行ってないのが、ちょっと恥ずかしい」という気持ちはなかったの?

遠藤 それはなかったです。俺はこういう人生だし、恥ずかしいということはなかったです。

沢辺 遠藤くんの言っていることは本当なんだと思うんだけど、ちょっと意地悪をいえば、「ほんとは気にしているけど、そんなこと関係ねえってことにしよう」という無理があるんじゃないかな? 俺は40代のころまでは無理して、「関係ないと思うべきだ」と思ってたんだけど。

遠藤 うーん。でもやっぱり、恥ずかしくはないですね。自分は「べきだ」という感じはなくて、「うそつけない」って感じです。

沢辺 もちろん、うそという感じではなくって、そのときは一生懸命で、「気にしてないです」と言っていた気がする。どう思う? 哲学者?

石川 遠藤くんは素直に言っている感じがありますよね。つきあっているひとに大学生はすくないし、大学に行ってなくてもしっかり働いているひととのつきあいが多いから、あまり大学に行ってる、行ってないが気にならないんじゃないかと。

遠藤 気づいたらヤンキーグループにいたけど、大学行ったやつともつきあいは続いてます。友だち、切れないんですよ。

「自分もギクシャクしないようにと思って、いろいろやって」

大学生との合コンは失敗だった。いきなり地元風の盛り上げ方をもちこんでしまった。けれども、それは遠藤くんなりの関係を円滑に進める方法だった。そこには、「お互いあまり知らないけれど、この場はたのしくやろうよ」という努力、関係の上での仁義があった。確かに、あの大学生との合コンではうまくいかなったけれど、遠藤くんは関係づくり自体には幻滅していない。自分の仁義を大切に、遠藤くんは笑顔で積極的に人とかかわっていく。

沢辺 小、中からの友だちは学歴とか気にならないね。俺の同級生の女の子なんか、大学出て就職したけど結婚して仕事辞めて主婦になった、絵に描いたような専業主婦もいれば、水商売の子もいる。でも、学歴や職業で見ることはない。

遠藤 「水商売ばかにするな! ばかにするなら、てめえやってみろよ」という気持ちはありますね。

沢辺 正義漢だね。

遠藤 親に言われた、「人に迷惑をかけるな」というのは大きかったですね。

石川 いま、「水商売をばかにするな」という言葉があったけど、遠藤くんの場合は説得力があっていいね。「人はみんな平等だから職業に貴賎なし」みたいに、上から言ってない感じがいい。なんでかというと、ぼくなんか親の金で大学行って、大学院まで出てることからくる「申しわけない」という気持ちがあるんだよね。けれども、遠藤くんの言ってることはそうじゃなくて、自分の身のまわりに水商売をやっているひとがいて、その大変さを見ているということだけを根拠に、「ばかにするな」と言っている感じがいいと思う。

沢辺 俺は、石川くんはイヤなヤツだったと思う(笑)。いい年こいてバイトやってて、だけど「自分は学問をやってます、いまは仮の姿です」みたいな言い訳を用意してたんだよね。遠藤くんは、そういうお高くとまっているヤツとは違うと、俺や石川くんは思ってるんだけど。遠藤くん自身としてはどうかな?

遠藤 小さい頃は母親が韓国人だったこともあっていじめみたいなことはあったんだけど、高校生になっていじられキャラになって、「自分のマイナス面を出してみんなが笑ってくれれば楽しい」と思うようになったのかも。

沢辺 だれにもコンプレックスがあるから、それにうまく対処する方法が大事だと思う。ほんとのところでどう思っているかとは別に、「いじられキャラ」のような「方法」を見つけておくことが大切なんじゃないかな。

遠藤 いじられキャラは、そういう「方法」だったかもしれません。

沢辺 自分から積極的にバカやったりしていたわけ?

遠藤 そうですね。みんなが楽しんでくれればそれでいい、って。

石川 さっきカラオケでバカやったと言ってたけど、「これはウケないな」という予想はなかった?

遠藤 なかったですね。とりあえずバイト先でウケた芸をやれば、笑ってくれて仲良くなれると思ったんですけど(笑)。

沢辺 そのことについては、遠藤くんだけが悪いわけではないんだけど、たぶん、バイト先で芸をやって盛り上がったのは、「仕事を一緒にやってる仲間だし、ここは盛り上がろう」という関係性があったからだと思う。でも合コンのカラオケの場面は、気分を一緒につくれる関係性はなかった。そういう意味では、場を見誤ったという要素はあるよね。

遠藤 それはあります。

沢辺 もちろん、積極的に楽しい場にしようとしてやったことは受け入れてほしい、それは仁義だろ、とは思うけどね。

遠藤 自分も、「ギクシャクしないように」と思って、いろいろやったんですよ。

沢辺 こうやって話していても、笑顔が多いしね。「ひとと話すときは笑顔」というのも仁義だからさ。

石川 ひとってノリの合う者同士でかたまっちゃう傾向があると思うんだけど、いま話に出た「仁義」は、ノリはちがってもお互いをつなげるものだと思う。遠藤くんはどう思う?

遠藤 ひとって、やっぱ、助け合うものじゃないですか。だから知り合いが多いと強いし、ぼくは知り合いをすげえ増やしたい。今日みたいに、知らないひとに話を聞かれるのは、いやがる人はいるじゃないですか。でも、変な話になるけれど、ガソリンスタンドで働いているとき、やくざの組長さんとも仲良くなって、いまでもいっしょに飲みに行ったりするんです。相手がやくざだろうが、おたくだろうが、そのひとが困ったら助けてあげるし、自分が困ったら助けてもらう。そういうのがあってこそ自分の生活がある。それが知恵なのかな。だから、知らないひとと話す機会があると積極的に参加します。

「もしかしたら、信愛塾かもしれません。韓国人だけじゃなく、中国人とか、フィリピン人とか、いろんな人がいました」

遠藤くんは関係づくりに積極的。その根っこには、あの人は大卒だとか、おたくだとか、やくざだとか、フィリピン人だとか、そういう抽象的な枠組みで人を見ず、一人の具体的な人間として見て、直接向かい合ってかかわって、自分でコミュニティーをつくっていく姿勢がある。この姿勢を身につけるきっかけは、横浜にある信愛塾(在日の子どもたちの学習を支援する塾)での体験が大きかったようだ(今回の遠藤くんにインタヴューできたのも信愛塾に通っていたポット出版スタッフの尹(ユン)さんつながり)。

石川 遠藤くんはいつごろから積極的な人になったの?

遠藤 高校生のときかな。

石川 なにかきっかけはあったの?

遠藤 自然にそうなった感じがしますけど、もしかしたら、信愛塾かもしれません。韓国人だけじゃなく、中国人とか、フィリピン人とか、いろんな人がいました。

沢辺 けっこう思い出深いんだ?

遠藤 年に一回はキャンプやったりして。

石川 そこで、ちがうひとと付き合うのは楽しいと思った?

遠藤 うーん。

沢辺 俺の言葉で言うと、楽しいというより「実存」なんだよな(笑)。眼の前のフィリピン人とつきあうときに、フィリピン人だからという色眼鏡で見るんじゃなくて、日本人と同じように、イヤなやつもいればいいやつもいる、◯◯くんだったら◯◯くんという一人の人間としてつきあう、ということができたんじゃないかな。

遠藤 そんな感じですね。

石川 じゃあ、逆に言うと、遠藤くんはそういう類型でひとを見たことはない?

遠藤 ないですね(きっぱり)。小学校のころ、自分がそういう目で見られてイヤだったんで。

沢辺 ただ、自分が類型で見られてイヤだったヤツが、他人をそう見ないとはかぎらなくて、他人のことは平気で類型で見ることもあるよ。みんな遠藤くんのようだとはかぎらない。悲しいけど、それが人間なんじゃないかな、という気もするよ。

遠藤 たしかに、そうですね。自分も、乞食を見たらイヤだなと思うし。ただ、じっさいその乞食のひとと仲良くなったら、そういうふうには見ないと思う。

石川 眼の前にフィリピン人の○○くんがいる。○○くんをフィリピン人だからどうのこうのとは言ってられない。そういう世界を遠藤くんは生きてきたのかな。「抽象」と「具体」という言葉を使えば、遠藤くんは「具体的な世界だけに生きている」という感じがあるね。

沢辺 そうなんだよ。「フィリピン人や韓国人がいる」ではなくて、「◯◯くんがいる」というところにいきなり飛び込んじゃう。

遠藤 あー。たしかにそうかもしれない。

沢辺 結局、そういうふうに生きていたほうが楽しいじゃん。

遠藤 まあ、楽しいですね。

石川 ぼくは抽象的な世界に生きているから、「このひとはあのタイプ、このタイプ」とすぐ考えてしまう。だから遠藤くんの話を聞いていると、「石川さんちがうよ。あんた二階から一階見てるでしょ」と言われているような気がするんだな。「石川さんだって一階に生きているでしょ」と。

沢辺 本人の眼の前で言うのもなんだけど、遠藤くんは、極端に言えば「いざというときはやくざの親分も使ってやるぜ」ということも含めて、つながりを大切にしているよね。ある特定のコミュニティー、言ってみれば「遠藤コミュニティー」に対する意識が大きい。

遠藤 ヤンキー軍団も含めて、俺のまわりにはいろんなやつがいますね。ヤンキー軍団は軍団の中でつるんでるけど、自分は他にもいろんなひととつきあいがあって。

沢辺 出入りしてるよね。普通だったら、イギリスの大学院まで出てる石川くんとわざわざ話しに来ないよ。

遠藤 自分の友だちだったら、たぶん来ないと思います。でも自分はやっぱ、縁を大切にしたいし、(尹)良浩の顔もある。恩を売るんじゃないですけど、こういうときに協力していたら、いざというときに助けてもらえると思うし。おやじの焼き鳥屋が20年やっていけてるのも常連さんがいるからだし、おやじもそういうつながりを大切にしてるんですよね。いま思うと、小さいころからおやじを見てたから、そういう考え方になっちゃったのかな。

石川 「縁を大切に、恩を売り売られ」じゃなくて、「もっとドライにビジネスライクにやろうよ」と言う人間が出てきたらどう思う?

遠藤 とことん嫌いになりますね。「俺はこいつと考え方がちがう」と思う。俺は自分だけ成長するのはイヤで、みんなで成長したいです。ひとりでたくらんでるヤツはイヤです。

石川 みんなでがんばってるときに、そういうイヤなヤツがいたらどうする?

遠藤 ほんとに嫌いになると思います。「せっかくみんなでやろうとしてるのに、なんなのお前?」って。

沢辺 人間同士、どうつきあえるかは重要だと思う。それは、学歴だったり、初任給いくらというような数字で見えるものじゃないんだけど、大切なことだよ。コミュニティーと言うのかな。

石川 この場合のコミュニティーは、もともとある「黄金町コミュニティー」ではなくて、それぞれの個人がそういう関係をどう作れるか、というコミュニティーですね。

沢辺 そうそう。むかしは黄金町コミュニティーが最初にあって、「お前は黄金町に生れたんだから、黄金町の仲間だ」となったんだけど、いまはそれがうまくいかなくなっている。でも、いまはいまなりに、やっぱりコミュニティーの作り方は変わっていなくて、ひととひととのつながりなんだよね。そのつながりも、「ひとに何かやってあげる」というような偉そうなものではなくて、自分のためにつくるもので。遠藤くんのなかには他人への信頼感があって、俺は聞いててうれしい。
そしてそれは、信愛塾での、属性のちがうひととの付き合いが大きかったんじゃないかな。多くの人はある属性の中、ヤンキー系ならヤンキー系、おたく系ならおたく系の常識のなかでつきあいは閉じてしまいがちだけど、遠藤くんは属性ではなく、現実に存在するひととつきあうことを経験している。ちょっときれいすぎるまとめかもしれないけれど。

「メディアがピーチクパーチク言ってる、って感じですね」

遠藤くんは本は読まない。携帯を使ってメールするのも苦手。メールを打つより、電話で話したほうが早いだろ、というタイプ。テレビもほとんど見ない。仕事が終わって深夜のニュース番組を見るくらい。そんなテレビから世の中について「メディアがピーチクパーチク言ってる」のが聞こえてくる。ピーチクパーチク言っているより、みんながお金を使うように、景気をよくするように行動しろよ、と遠藤くんは訴える。

石川 ぜんぜん話は変わるけど、遠藤くんは本は読まない?

遠藤 全然読みません。字読むのがめんどくさいんで(笑)。

石川 メールは?

遠藤 メールもだいっ嫌いです(笑)

沢辺 携帯のメールも?

遠藤 だいっ嫌いで、超時間かかります。

石川 テレビは見る?

遠藤 ニュースが多いですね。帰るのが12時すぎで、スポーツニュースくらいしかやってなくて。

石川 スポーツニュースは見るんだ。

遠藤 ベイスターズが心配で。でも正直、もうどうでもいいんすよ(笑)。今年も最下位だって(笑)。

石川 社会のニュースも見る?

遠藤 見ますね。

石川 気になったニュースは?

遠藤 やっぱプリウス。

沢辺 プリウスのあの事件、どう思う?

遠藤 トヨタがかわいそうだと思います。詳しいことはわかりませんけど、車って、モデルチェンジすればシステムが変わるんですよ。いま問題になってるのは一つ型の古いプリウスだから発売してから結構経つのに、いまさら「止まらなくなった」なんて、金を巻き上げようとしてクレームつけているんじゃないかと。そういう意味で、トヨタがかわいそうです。いまのモデルがリコールの対象になったブレーキシステムの問題では、事故をしたひとがかわいそうだと思います。まあでも、深くは考えていません。

石川 たとえば、ニュースを見ると、いろんなひとが「景気悪い、悪い」と言っているけど、そういうのを見てどう思う?

遠藤 ニュースではそう言ってるけど、自分は、そんなに景気が悪いとは思わないです。

石川 自分の身のまわりにいるひとは、どう?

遠藤 おやじの羽振りは悪いですね。でも、お店はお客さんがいっぱいいるんで、大丈夫だと思います。

石川 遠藤くんにとって、社会ってどう思う?

遠藤 メディアがピーチクパーチク言ってる、って感じですね。

石川 その、ピーチクパーチク言ってる連中に言いたいことはない?

遠藤 「そんなこと言ってるより、お前がやれよ!」って言いたいですね。みんながお金を使わなくちゃ景気よくならないし。エコカー減税だって一生懸命考えてお金使わせようとしているのに、それに対する評価も低いし。鳩山首相(当時)の金の問題も、なにに使ったかはわからないけど、おふくろからもらったんならいいじゃねえか、って。悪いことって、ある意味で知恵だと思うんです。悪いことでも人に迷惑をかけなけりゃいい。鳩山首相の問題も、俺には別に迷惑かかってないし。そういうことにピーチクパーチク言ってるのはイヤだな、って。

石川 遠藤くんは「自分は社会人だ」と言うけれど、社会人って、どういうひと?

遠藤 仕事してるひと。でも、社会人ってなんですかね?

石川 学生と社会人はなにがちがうと思う?

遠藤 勉強しているか、勉強してないか。お金もってないか、お金もってるか。そして、遊んでるか、遊んでないか。遊んでるのは学生ですね。だったら俺も、けっこう遊んでるから学生みたいなものかな。遊びは寝る時間減らしてやってますね。

沢辺 遊びは飽きるんだよ。

遠藤 高校生のころ、先輩に初めてキャバクラ連れて行ってもらったときは、すごく楽しかったですね。でもいまは最初の感動はあんまりないから、自分一人では行きません。走り屋も飽きたからやめて。

沢辺 俺もむかし、オイル交換とか自分でやってたりして、そのこと自体が面白かったけど、だんだん飽きてきちゃった。

ところで、「店をきれいにしたい」と言ってたけど、どの程度掃除やってるの?

遠藤 まだまだまったくです。店はきれいじゃないですね。店を開けている時間はやることがいっぱいあって、なかなかトイレ掃除とかに手がまわらなくて……。

石川 では最後に、いまのいちばんの悩みは?

遠藤 「なんで彼女ができないんだろうな」って。ちょっと付き合っても、むこうから「別れよう」と言われちゃって。

石川 なにが悪かったんだろう?

遠藤 自分がいろんなひとと遊んじゃうんで。

沢辺 「もっと私を見てよ」という定番だな。

石川 「最後だけ私のところに帰ってくればいいよ」というひとがいいかもね(笑)

遠藤 いいですね(笑)。

沢辺 なかなかそうもいかないよ(冷ややかに)。

石川 今日は楽しい話をありがとうございました。

◎石川メモ

金を稼ぐこと使うこと

 遠藤くんはやりたいことのあるタイプ。夢のある若者。「おやじの店をでっかくして、ばんばん稼いでばんばん使いたい」という夢を実現したときの自分のイメージもある。「おいおい、貯金もしなくてそれで生活設計大丈夫かよ」と心配や小言を言うことはできる。けれども、このイメージ、遠藤くんのなかではけっこう地に足のついたものかもしれない。遠藤くんは商売人。ばんばんお店でお金を使うお客さんを見てきている。そういうお客さんは店を潤してくれる。お金を使うことは誰かを潤すことになる。自分もばんばん稼いだなら、ばんばん使って人に喜ばれたい。そういう思いが遠藤くんのおやじの店を大きくして成功したいという夢とまっすぐつながっているはず。
 こういう発想、じつは大事なんじゃなかろうか。じつはぼく自身、この発想をむかしは受け入れられなかった。むしろ軽蔑していたところがある。「ボロは着てても心は錦」、「武士は食わねど高楊枝」なんて言葉もあるけれど、「稼げなくてもやりたいことができれば」、「お金はなくても夢さえあれば」といった自己実現、やりたいこと、夢の受けとめもある。いわゆる「清貧」の思想。恥ずかしいけれど、ぼくもだいたいこういう考え方だった。けれども、心や精神だけ立派でも、お金がなければ人間は生きていけないし、いくら清貧の夢を語ってたって、正直なところ、やりたいことできちんと稼ぎたいと思っているもの。もっと言えば、「稼げなくてもやりたいことができれば」、「お金はなくても夢さえあれば」という言い方には、自分が現実社会でうまく稼げないことを棚に上げて、「それでも、自分にはやりたいことありますんで……、夢ありますんで……」という言い訳がある。それでもって、お金を稼ぐことを、「迎合」とか言っていてばかにするようになったら、これはもうぜんぜん素直じゃない。そういう意味では遠藤くんの語る夢はストレート。やりたいことがあったら、それでちゃんと稼ごうよ。ばんばん稼いだらばんばん使おうよ。それのどこが悪い? 遠藤くんならそう言うと思うし、これを認めないことにはうじうじした清貧根性からは抜け出せないはずだ。

自分のコミュニティーをもつこと

 遠藤くんの話はほんとうのところどうなのかわからないところもある。高校時代のいじられキャラはいじめに近いものだったのかもしれないし、大学生に対してもどこかコンプレックスがあったのかもしれない。店はきれいでなくてはいけない、と言うわりに、自分のお店の掃除をしていないようで、どれだけ必死になって自分の夢にむかってがんばっているのか、わからないと言えばわからない。けれども、つぎの点は確かなはずだ。
 遠藤くんは自分のコミュニティーをもっている。それは、あの人は韓国人、あの人は大卒、あの人はおたく、といったレッテルや枠組みを通して人を見ずに、その人自身と相対して接することで得られた人間関係だ。遠藤くんはこの関係が自分を助けるものだとよく知っていて、人を信頼している。沢辺さんはそんな遠藤くんに「ほんとは不安なのかもしれないけれど、そんなに不安感をもってない」と言っていた。不安でないのは、遠藤くんに自分のつくってきた関係に自信があるからだ。これは遠藤くんの強みだ。だからどんどん新しい関係もつくっていける。
「人をレッテルや枠組みで見てはいけない」とちょっと上から偉そうに言うことはできる。けれど、遠藤くんの場合、現場からの「人をレッテルや枠組みで見たってしょうがないよ」という声になっている。遠藤くんはそういう見方をしたら人間関係はどうにも先に進めないような現場に放り込まれた。もちろん、沢辺さんが言ったように、レッテルを貼られて見られた人間が、今度はまた、他人にレッテルを貼って見返し差別したり攻撃する、という構造もある。けれども、遠藤くんはその道は進まなかった。遠藤くんは、「人をレッテルや枠組みで見てはいけない」とお説教する良識の人ではなくて、「そういうことしてたってしょうがないじゃん、一人ひとりとして接していこうよ、そうしたらいいこときっとあるはず」と言う、いわば実存の人だ。
 遠藤くんはレッテルで人を見たら人間関係は先に進まないような環境で育ち、自分のコミュニティーをつくる知恵を身につけたわけだけれども、このことは別に特別な環境で有効な知恵ではないはず。人をレッテルや枠組みで見ることは、私たちが相手をよく知らないからそうしている。知らないから少し怖い。そこでまず、レッテルを貼って少し安心する。けれども、私たちが社会に出れば、かならず見知らぬ人とじかにつき合わなくてはならなくなる。当然のことだけれど、仲間、地元、同じような学歴、同じような趣味の人たちだけと付き合うわけにはいかなくなる。だれでもそういう現場に放り込まれる。いままで、自分が知らない人たちだからといって、レッテルだけ貼って遠ざけていた人たちとも面と向かわなくてはならなくなる。もうレッテルだけで見るのではどうしても関係が先に進まない。そのときやはり、相手を「その人」個人として見ることが必要になるだろう。これはめんどくさいことかもしれない。けれども遠藤くんはそういうふうに人と接すると、自分にとっても「いいことあるよ」と教えてくれている。
 それでもって、じゃあ、レッテルをはずして相手と接する第一歩はなにかといえば、たぶん、遠藤くんの答えは「笑顔」ということになるだろう。最初、インタヴューをするとき、どんなイカツイあんちゃんが来るだろう、とぼくのほうもレッテルや枠組みでもって身構えていた。けれど、遠藤くんは笑顔で登場。それで自然に、知らない人へのレッテルと不安が解けた。こちらも笑顔。すごく単純なことかもしれないけれど、笑顔のいい遠藤くんはコミュニティーづくりの大切な方法を自然に身体で身につけている。

新連載●哲学者・石川輝吉の、ちょっと「ぐずぐず」した感じ

マガジンポットのコーナーで、新連載“哲学者・石川輝吉の、ちょっと「ぐずぐず」した感じ”をスタートしました。
「社会に出る」という、人生で一番大きな壁にぶつかる頃、若者はなにを考えているのか? そこで哲学は「使える」ものになれるのか?
生の声と哲学とのあいだで、ちょっと「ぐずぐず」しながら考えていきます。

哲学者・石川輝吉の、ちょっと「ぐずぐず」した感じ
序文
第1回 違う世界にいる人は、苦手──佐々木憂佳さん(24歳・女性・勤務歴2年)

「談話室沢辺」での石川輝吉さんへのインタビューはこちら。
「談話室沢辺 ゲスト:石川輝吉 若き哲学者が考える、今を生きるための「哲学」とは」

第1回 違う世界にいる人は、苦手──佐々木憂佳さん(24歳・女性・勤務歴2年)

佐々木さんは、1985年に母の実家、知床で生まれ、東京郊外で育った。現在24歳。
中高一貫校に進み、有名私大文学部へ進学。大学卒業後は、官公庁の関連団体で働き、現在は諸申請を受け付ける窓口業務に就く。勤務歴2年。
現在、父(61歳)と母(57歳)と姉(25歳)と同居している。父は電気関係の大学を出てエンジニア。母は、高校を出たあと農協で働き、知床でお見合いし、結婚を機に東京へ(現在は専業主婦)。一歳上の姉は別の難関有名私大を卒業後、現在は銀行勤務。
佐々木さんは、こちらの問いかけに、「はい」だけ、「いいえ」だけでポツポツと答えることはほとんどない。「はい」なら「はい」で、その同意した理由をきちんと一定の長さのセンテンスでもって答えることができる。その場その場で、相手が聞こうとしていることを理解して、自分の言いたいことを整理した言葉で語ることができる。「きちんとした言葉をもっている人」、「できる人」という印象だ。
*2010年3月20日(土)18時〜インタヴュー実施

「中高のときは、なんでこの子たちとは話が合わないんだろうとけっこう考えていました」

佐々木さんは、小学校4年生から受験塾に通い、中学受験をした。
自身は、本当は共学に行きたかったのだが、親の強い説得で共学をあきらめ、姉と同じ都内のキリスト教系の私立中高一貫校に通う。
有名進学校というほどではなかったが、同級生の9割以上が大学へ進学するという学校だった。ちなみに、佐々木さんの成績は学年で3番だった(1番の生徒は東大へ)。
佐々木さんは勉強ができた。けれども、「がむしゃらに努力しました!」という熱いガリ勉型ではなく「やればできてしまう」というクールな秀才型。だから、別に勉強が大事とは思ってこなかった。学校生活も、親やなにかに反抗するでもなく、淡々とこなしてきた。そんななかで、佐々木さんが少し熱くなっていたのは音楽やマンガや雑誌といった趣味の世界。本もたくさん読んでいた。学校生活や眼の前の人間関係のほかに文化の世界がきちんとある。これが佐々木さんが言葉をもっていることの理由かもしれない。

佐々木 このインタヴューの対象はどういう規準で選ばれてるんですか?

沢辺 「選ばれて」はないよ(笑)。男女同数、高卒大卒同数、勉強できる/できないとかもいろいろいて欲しい、まあそのぐらいかな。

石川 そうですね。それから、学生もいれば社会人もいる。

沢辺 できるだけ、まあ普通の子にインタビューしたいと思っている。

佐々木 私のように普通の(笑)。

石川 勉強はスルスルできるほうだった?

佐々木 要領がいいんだと思います。試験前に1日5時間ぐらいやればなんとかなる感じで。

沢辺 中学受験を決めたのはだれなの?

佐々木 姉も同じ中学を受験して、一つ下の私も当然受験するものだと思ってましたから。はじまりはたぶん母親でしょうね。
近所にその学校に通っている子がいて。ああうちも、という感じだったと思います。私はもともとその学校に行きたくなくて、共学の学校に行きたかったんです。
受験のときは、その学校だけでなく共学の学校にも受かったんですけど、両親に「あんたはこっち!」と言われて無理やり入れられたかたちになりました。抵抗しましたけど、「うん」て言うまで許してもらえなかったので、もういやになって、どうでもいいやって感じで。
だから、中高でまわりと趣味嗜好が合わないなーと悶々としてたんですけど、私がここに来たかったわけではない、という思いがあったんだと思います。

沢辺 それに対して反抗や抵抗はしなかったの?

佐々木 してないです。別に非行もしなかったし、学校帰りにルーズソックスに履き替えたりしなかったし(笑)。
高校から他の高校へ行こうと猛勉強もしなかったし。淡々とその6年間は過ごしちゃいました。
大学の友達で私と同じように中高一貫の学校に入って、高校から学校を変えた子もいたけど、その子のようなエネルギーの発散の仕方は、私にはなかったです。

石川 じゃあ、小学校のときからずっと勉強してるんだ?

佐々木 そうですね。小学校のときは週2日、夜7時から9時くらいまで塾に行って。
中学のときは一貫校だったので勉強はしませんでしたけど、大学受験を念頭に置いた教育の学校だったんで、高2あたりから大学受験の勉強をしました。
私は高3から予備校へ行きました。

石川 なんか勉強ばっかりしてたイメージだけど、そう?

佐々木 それでまちがいないと思います。うーん、でも、普段の生活ではあんまり勉強というのは入ってこないですね。
中学のときなんかは、私、部活にも入らないで、学校終わったら自転車ですぐ家に帰って、CD聴いたり、マンガを読んだりしていました。

石川 趣味に生きてた?

佐々木 そうですね。勉強にはぜんぜん気合が入ってなかったです。
勉強はただやれと言われたことをやっていただけで、自分のなかで勉強がすごく大事と思ったことは一度もないです。

石川 CDやマンガは、どんなものが好きだったの?

佐々木 中学のときは、L’Arc-en-Cielが大好きで、ライヴ行ったりとか。

石川 友達と?

佐々木 それがお母さんと一緒に行ってたんですよね。お母さんもL’Arc大好きで。いまは東方神起が好きなんですけど、いまだに東方神起のコンサートにお母さんと行きます。

石川 友達親子(笑)?

佐々木 友達親子までは行かないと思うんですけど(笑)。

石川 お父さんは一緒に遊ばない?

佐々木 お父さんは一人遊びが好きな人で、最近は山登りにはまってて、週末は、朝起きたらもういない、ということが多いです。どこそこの山に行ってくる、という紙が置いてあって(笑)。
お母さんとは買い物行ったり、ライブ行ったりしています。

石川 本は読んだ?

佐々木 乱雑に読んだことしか記憶が残ってないんですけど、学校の図書室にはよく行ってました。
年間70冊ぐらいしか借りた記憶はないですけど。

石川 70冊ってすごいね!

佐々木 そうですか? 何を読んだかあんまり記憶はないですけど。
海外小説をちょっと読んだりとか……。
すごい好きだったのは、村上龍さんの『コインロッカーベイビーズ』を読んだとき、「はあ、なんて!」と思いました。それが高1のときですね。

石川 友達とは遊んだりしなかったの?

佐々木 友達はいたんですけどねえ。中高のときは、ずっと、なんでこの子たちとは話が合わないんだろう、ということをけっこう考えていました。

石川 なぜ合わなかったの?

佐々木 同級生の子とかはやっぱり浜崎あゆみが好きだったり、読む雑誌も『Seventeen』だったりとか。
私は『Olive』が好きだったんですよ。うちの中高にはそういうの読んでる子がいなくて。

石川 趣味の違うまわりに対してどう思ってた? ちょっとバカにしていた(笑)?

佐々木 (笑)なんて言うんでしょうね。別物だと思っていたんですよ。なんか話も合わないし。

沢辺 『Seventeen』と『Olive』を比較したら、『Seventeen』のほうが幼いというイメージがあるんだけど、そういう印象は持ってた?

佐々木 幼いっていうよりも、完全に嗜好のちがう人たちだと思ってたんですよ。その子たちが将来的には『Olive』が好きになるとは思わないんです。
『Seventeen』を読んでいた子は、『ViVi』、『Ray』、『MORE』とかそっちの女の子商品にいくと思うんですよ。そこに『Olive』の入る余地はない!と。

石川 『Olive』のイメージって、女の子がベレー帽かぶってて、ボーダーのシャツ着てるイメージだけど(笑)。それでいい?

佐々木 基本的にはそれでいいです。

石川 ちょっと性にはノータッチみたいなところあるよね?

佐々木 そうですそうです。ないものとして扱ってます。

沢辺 代官山!

佐々木 あっ、代官山っぽい感じですね。代官山、吉祥寺、下北沢。

「大学は楽しかったです」

大学受験は、オープンキャンパスに行き、雰囲気のいちばん気に入ったA大学を志望した。
高3の秋ぐらいには模試でその大学にはA判定は出ていたが、何がなんでもそこに受かりたいとがむしゃらに勉強するのではなく、淡々と自分のやれる範囲で勉強し、結果合格していた、という。
絵を描くのが好きだったということもあり、大学は文学部で美術史を専攻。絵画サークルに入り、卒論はミケランジェロがテーマ。大学時代には姉と友人たち4人でイタリア旅行もし、生のミケランジェロの作品を鑑賞。好きな画家はムンクとヤンセン。

石川 ご両親には、こんなふうになって、とか、勉強しなさい、とか言われて育てられた?

佐々木 ないですね。なんにも言われた記憶はないです。ただ、中学受験、大学受験になると自然にその場が用意されるというか。
「塾行くんでしょ?」と言われると「ああ行くかな」とか。
とくに親の圧力を感じたといういうわけでもまったくなく、それがあるべきものとして自然に流れていくというか。
将来こうしなさいとか、好きに生きなさいとか一切言われませんでしたけど、いま考えると、親は、堅実な道を生きろ、というスタンスではあったと思います。

石川 堅実な道というと、たとえば?

佐々木 大学に入って、食べるのに困らない道。結婚しても働き続ける職。
お姉ちゃんが就職した銀行も定年まで女性も勤めるのが当たり前、そういうところなんです。そういうのがずっと両親の心の底にはあったと思います。

石川 じゃあ大学は、その先に堅実な道ということも見据えて文学部に入ったの?

佐々木 いえ。とりあえず目先の目標として大学受験というのがあって。その先の堅実な道というのはあまりなかったですね。
逆に堅実な道をと思ったら経済学部や法学部を選んでいたほうが、いまの時代、就職にも有利だと思います。

石川 文学部はなんで面白そうだと思ったの?

佐々木 そのときは音楽やマンガや本が好きだったので。経済とか法律とかは具体的なイメージがなくて、美術史専修とか演劇専修とかはその字を見ただけで、ぜったい楽しい、と。そういう思考回路でした。

石川 そういうところに行けば『Olive』を読んでる人がいるとも考えてた(笑)?

佐々木 そういう期待はなかったです。人への期待はなくて、自分がなにやりたいかで入ったんですけど、入ったあとで楽しい人がいっぱいいてよかったな、という感じです。

石川 大学はどうだった? 楽しかった?

佐々木 大学は楽しかったです。

石川 大学時代、バイトは?

佐々木 大学1年のときは単位をしっかりとらなくてはならなくて、バイトをやらず、ほとんどの授業には全出席でした。
大学3年から小学生の塾で赤ペン先生をやってました。

石川 赤ペン先生は、お金よかった?

佐々木 時給950円ぐらいでした。1日5時間で週2日やってました。

沢辺 赤ペン先生なのに出勤するわけ?

佐々木 長文読解の添削をやってたんですけど、作文の添削室というのがあって、そこに作文や記述式の答案があって一斉に仕上げるんです。

沢辺 週2日で5時間その時給だと月4万円ぐらい稼いでたんだ?

佐々木 そうですね。

「いままで、自分の生きてきた道とちがう道を生きてきた人とすごく仲良くなったということはないです」

佐々木さんは、A大学に入り、充実した楽しい大学生活を過ごした。大学で学んだ美術史の世界も、そこで出会った仲間の生きている世界も、自分の興味と重なり、共有するものが多い世界だったはず。けれども、充実した大学時代に、ほんの少しだけ、バイトを通じて自分とは異質の世界を生きてきた人びとと出会うことになる。異世界を生きる人びととの接触、と言うとちょっと大げさだけども、佐々木さんの言葉を聞くと、ほんとにそういったものだったのだと思う。

石川 赤ペン先生がはじめてのバイトだったの?

佐々木 いえ。その前に、地元にある料亭風の飲食店でフロアのバイトをやったんですけど、合わなくてやめちゃいました。

沢辺 なにが合わなかったの?

佐々木 端的に言うと、ヤンキーみたいな女性が多く働いていて、みんなタバコ吸っているし、恐いな、と思って。苦手でした。
中高一貫の女子校では見ないような人がいっぱいいて。

沢辺 いまでも苦手?

佐々木 言ってしまうと、いまでも苦手です。だいぶ大人になったんでそういう人たちとはうまくやれるとは思うんですけど。

石川 小学校の同級生でヤンキーの道に進んだ人っている?

佐々木 いると思います。中学を受験してから、もう地元の友達とは連絡取れなくていて。たまに地元のスーパー行くと、同級生が頭まっ金金にして、子ども連れてるのを見て、びっくりする、っていうか。

沢辺 声かけられることある?

佐々木 中学のとき、小学生のとき同級生だったギャルっぽい感じの子に声かけられたことありますけど、私は「あ、はあ」という感じで。

石川 関わりたくない?

佐々木 関わりたくないんじゃなくて、どう接していいかわからないんですよね。

石川 いままでそういう人たちと接したことがないんだ?

佐々木 そうですね。

石川 無理やりそういう人と接しなさいと言われたら困る?

佐々木 たぶん、当たり障りのない程度に。

沢辺 自然に対応できる? たとえば、合コンに大学生に混じってひとりだけヤンキーっぽい、ガソリンスタンドでバイトやってる高卒の男が来ていたとするよね。彼にはちょっと距離を置く? それとも表面的にでも話題を提供してちゃんと接する?

佐々木 表面上の会話はします。

沢辺 で、相手に悪い印象をもたせないで帰せるぐらいの実力はある?

佐々木 実力!? 自信はないです。がんばってその場は楽しくやろうよという気持ちはありますけど。

石川 じっさいそういう場面というのに出くわしたことはない?

佐々木 ほとんどないに等しいと思います。飲みの場で、自分がいままで歩んできた道とちがう人もいるなあ、ということはありましたけど。まあ、その場かぎりで。

沢辺 料亭でバイトしていたとき、佐々木さんはヤンキーの子たちに対して違和感を持っていたわけだけど、一方で、相手も佐々木さんに違和感を持ってなかった?

佐々木 ありますね。それがやめた理由で一番大きかったことだと思います。

沢辺 じゃあ仮に、その子たちが違和感なく接してきたら、仲よくなった可能性もあると思う? 

佐々木 いままで、そういうかたちで自分の生きてきた道とちがう道を生きてきた人とすごく仲良くなったということはないです。

石川 佐々木さんの交友関係ってみんな大卒?

佐々木 はい。

石川 いやらしい言い方だけど、そのなかで一番聞いたことのない大学出てる人はどういう大学出てる? それとも、みんな聞いたことある大学?

佐々木 みんな有名大学の友だちばかりですね。

石川 自分の交友関係以外にも世の中にはいろんな人がいるけれども、そういう人たちに興味ある?

佐々木 興味はありますけど、積極的に出会いたいとか、そういうのはないですね。

「最初はもうびっくりして、びっくりして」

佐々木さんは現在官公庁の関連団体の窓口業務をやっている。そこには、まさに、「自分の生きてきた道とちがう道を生きてきた人びと」がやってくる。その人たちとやりとりをしなければならないこと、そういう人たちとどう付き合うか、そのあたりがいまの佐々木さんの悩みどころのひとつでもある。

沢辺 佐々木さんは、いま窓口業務についているんだよね。その窓口に来る人は、自分とはちがう道を歩んできた人が多いでしょ。
そういう人を目の前にしてどう思った?

佐々木 最初はもうびっくりして、びっくりして。ヤクザとか来るんですよ。
今の配属先に異動になったのがおととしで、入って三日目でヤクザが来たんですよ。窓口でヤクザとチンピラがいきなり喧嘩をしはじめて。
「お前なに中のなん期だ?」とヤクザのほうがチンピラに聞いて。地元の人って中学の上下関係のつながりが重要らしいんですよ。それで、ヤクザのほうがそのチンピラを知ってそうな上の人に電話して、「何々さんに免じてお前許してやる」って話になって。それだけなんですけど。
うちの窓口は常に警察に連絡を取れるようになってるんですよ。それで近所の交番の人が流血沙汰にならないように建物の下で待機してくれていて、そのときは警察が出動するさわぎになって、涙目になるくらい恐かったんですよ。
その場は暴力ざたにならず収束したんですけど。
毎日、頭まっ金金で、すごく遊んでそうなのに生活保護を受けてる人とか、母子世帯のはずなのにどんどん子供が増えていく謎の家とか。そういう人たちと毎日接して、いままで自分が見なかったものをお客様として迎えて接するわけですよ。こんな世界があったんだ?という驚きですよね。
ただ、私はそういうものと交わらないようにする一方で、ミーハー根性があって、こういうすごいことがあったんだよ!とみんなに言いたい面もあって(笑)。

沢辺 いまは職場ではどう?

佐々木 最初は電話で怒鳴られるのも恐くて上司に電話を変わってもらったりしてたんですけど、最近は自分でなんとかその場を収めようと言葉を尽くそうとするんですけど、まだまだ至らない面があって日々苦戦してます。

石川 何に苦戦してるの?

佐々木 生活苦の人が、お金がなくて苦しい、家賃が払えないからどうにか助けてくれと言ってくるんです。
ただ、官公庁の団体なので法律や条例に基づいて対応している訳で、うちでできることは限られている。自分の立場をこちらで一生懸命説明しても、わかってもらえなくて。怒りをこちらにぶつけられても困ります、ということを一生懸命説明しようとしても、お客さんとしてはその仕組みなんてわからないから、その人の希望通りにならないのは接客してるお前が悪いからだ、というふうなかたちで怒りをぶつけられるんです。
それで、ちがうんだよ、ということを説明しようとするんだけど、うまくいかなくて、けっこうへこんだりとか。

石川 なんかうまい方法見つけた?

佐々木 見つからないですね。先輩でクレーム処理がうまい人がいるんですけど。
若い女の子がうまく言葉を尽くしてもうまくいかないことがありますね。

沢辺 逆もあると思うよ。
俺だったら、若い女の子が窓口にいたら、腹を立てて文句を言いたくても、あっ、ちょっと大きな声を出すのはやめよう、ということもないことはない(笑)。

佐々木 そうですね。やなことばかりじゃなくて、おばあちゃんから「ありがとう」と感謝の言葉をかけてもらって飴をもらったり。それはうれしいですよね。だから五分五分ですよね。

沢辺 そういう世界の存在はなんとなく知っていたと思うけど、私は貧しい人たちのために、みたいな気持ちでその仕事を選んだわけでもないでしょ?

佐々木 ないです。ないです。入ったときは、安定している、ということが一番にありました。

「自分のなかではやはり線引きをしていると思います」

佐々木さんは、美術史専攻とはいえ、先輩の就職先を見ても美術館に就職できた人はひとりもおらず、早い時期から普通の就職を考えていた。
町づくりに興味があり、鉄道会社を受けたが、不採用。新聞社の管理部門も受けたが、やはり不採用。
最終的に、4年生の7月に公務員に近い立場で安定していたいまの会社の試験を受けて、卒業半年前に就職が決まる。
現在の仕事は窓口業務だが、正職員は、2、3年後には本社に異動になることが決まっている。
現在の職場の事務所は30人。うち女性は10人で、その10人のうち正規職員の女性は3人で、同い年が1人、中途採用の30代の女性1人。契約社員の女性は、20代が1人、30代は5人、40代が1人、という構成。男性は一番若くて30代。
職場のなかにも、正規職員/契約社員という線引きがある。この職場での線引きは、あの「自分の生きてきた道とちがう道を生きてきた人びと」との世界を区切る線ほど明確な断絶の線ではない。けれども、佐々木さんは「なんか見ているものがちがう感じ」と言う。ある意味で、職場の人間関係のなかにも自分とはちがう世界が広がっている。

石川 最初の希望の会社に落ちたときはショックじゃなかった?

佐々木 そうでもなかったですね。最終面接にはけっこう残ったんですけど。

石川 自己アピールはどんなこと言ったの?

佐々木 いまの会社で言ったのは、わたしはマニュアルに頼らず、人に柔軟に対応できることができます、みたいなことを言いました(笑)。

石川 それで、人の対応をする仕事になっちゃったんだ(笑)。町づくり、いまの会社でできそう?

佐々木 実際に町づくりをするのは技術系の仕事で、私のやっている事務職は、人とお金をまわすのですが、間接的にはそういう仕事には関われると思います。

石川 入ってみたら、窓口の仕事だったわけだけど、そのことについていまはどう思う?

佐々木 将来は本部の管理部門に行くかもしれないけれど、どんな人が住んでいるか知らないとだめだ、というのは頭にあったんで、いまはこの二年間苦労してよかったなと思っています。
いまは異動したくてしたくてしょうがないんですけど、同じ部署の先輩が異動確実になっちゃって、私は60、70%は異動なしだろな、という感じです。
窓口業務はやりつくした感があるので、異動したかったんですけど。
どういう事例が来たらどうしたらいいかというのも全部わかってきたので。

石川 もうわたしはできる、と?

佐々木 (笑)まあそうですね。だいたいのことはわかると。

石川 さっき話してくれた困ったお客さんの相手も?

佐々木 できる、と言うよりも、まあ、来たら実際は流れで上司にまかせちゃうんですけどね。

沢辺 率直な意見を言うと、できるから、というより、窓口の仕事は、もうめんどくさくていやになっちゃったんじゃないの?

佐々木 (笑)そうですね。まあ、それが大きいですね。めんどくさい、というよりもう疲れちゃった。

沢辺 一般的に会社組織でいえば、受付っていうのはペーペーがやる仕事でしょ。

佐々木 そうですね。頭を使わない仕事なんです。基本的には、マニュアルに従ってそれを処理するだけです。

沢辺 一緒に働いている派遣の職員には本社へ行くという可能性はない。けれども、佐々木さんには、可能性が見えているわけで、つまんないからちがうことをやりたいなというだけのことなんじゃない?

佐々木 (笑)シンプルに言えばそうです。

沢辺 「やだ」っていう感情が先ということでしょ?

佐々木 そうですね(笑)。

石川 正直に言ってくれてありがとう(笑)。

佐々木 えへへ(笑)。

沢辺 同年代の職場の人と一緒に遊びに行ったりしない?

佐々木 しないです。

石川 なんで?

佐々木 会社の人と友達にはならないです。新卒で同期の友達とは飲みに行くことありますけど。

石川 派遣、契約の20代の人とは話をする?

佐々木 いえ、してないです。

沢辺 その人はやっぱり『Seventeen』系なの?

佐々木 いや、どっちかというと『non-no』系ですけど(笑)。あんまり深い話はしないですね。

沢辺 それはなんでだと思う?

佐々木 なんででしょうね? ただ、その職場に入ったときに、「あなたは正規職員なんだから」というのを念仏のように何度も聞かされて。はじめは、派遣さんにも仕事を教わらなきゃならなかった身分だったので、「なんで同じ仕事をしているのに線引きをする必要があるんだろう?」って思ってたんですけど。でも、自分のなかではやはり線引きをしていると思います。

沢辺 それは料亭のバイトのときの違和感とどう違うの?

佐々木 派遣だから、というのでもない感じがするんです。見てるものがちがう、というか。派遣さんの女性の方たちは細かい決まりごとが好きみたいで。「ここの電気はちゃんと消して!」とか日常のことで規範があるみたいなんです。私は、そんなことどうでもいいんじゃないかな、と思うときがけっこうあって。仕事以外の日常のことに色々作法とか決まりごとを作るのが好きみたいなんです。仲良くなるならないは別問題として、なんか見ているものがちがう感じがします。
あとは派遣社員どうしで、「あの人のこういうところは嫌い」と言ってたりするんですよ。私は、なんかもうそういうのはいいじゃないか、と思います。

石川 自分も派遣さんになんか言われていると思う?

佐々木 私はあまり感じたことはありませんけど、そういうところにエネルギーを注ぎたくないな、という感じがあります。

石川 じゃあ、派遣さんたちはどういうふうに佐々木さんを見ていると思う?

佐々木 うーん、いまは完全に事務所のなかの末っ子で、「おはようございます」、「ありがとうございました」、とかわいらしい声で言っているだけなので、一応、存在は認められているとは思うんですけど。やはり、正規職員ということで見る眼はちがうと思います。
派遣社員の間では、あの人は忙しくない部署にいて、私は忙しい部署にいる、そういうことで面白くないという気持ちが出てくるようなんですよ。でも、私たち正規の職員の場合だと、どこに配属されても精一杯やらなきゃならないと思っているし、他の人を見ている暇もないので。

沢辺 それは正規職員の間でもあると思うよ。職場で「働きが悪いな!」と思う人いない?

佐々木 「あー」という感じの人いますね。

沢辺 いま佐々木さんが、「あー」といったのは、「でも、私は腹を立ててないですよ」とぼくらにアピールしている気がするなあ。それだけで済ませられる? 腹を立てない? おそらく給料はその人のほうが多いわけじゃない?「私よりぜんせんやってないじゃん! それなのに自分より多い給料をもらってるのっておかしい」みたいな気持ちはない?

佐々木 そういう気持ちはありますが、いま目に見えている範囲で、ほんとうに働いていない、と自分で見てわかる部分というのがあまりなくて。いろんな人から「あの人、仕事してないんだよ」と言われて、それで見て、「あー、仕事してないな」という感じで終わっています。遠くの席にいる人だし、いまの自分のやっている仕事には直接災厄がふりかかるというわけでもないので。それに、働かない人をやめさせられない体制、同時に、仕事する人もあまりそこまで報われない体制、ということも最近わかりつつあります。

「自分のことは自分でやれる人がいいですね。靴下まで履かせろみたいな人はいやです」

初任給は19万6千円。手取りは現在18万円くらい。ボーナスは4、5ヵ月分出る。いま付き合っている彼氏は7歳上。最近、合コンで知りあった広告マンだ。

沢辺 いまの仕事で、こういうふうにしたい、というのはある? 一般論で言えば、公務員に準じた団体職員だと、食い扶持を稼ぐだけ、というイメージがある。けど、そういう仕事でも、その中での自己実現というか、こういうことをやりたい、というのは何かある?

佐々木 ないです。いまおっしゃったように、まさに食い扶持のために働くというのが主になっちゃってるんで、なにをしたい、というのは別にないです。

沢辺 それ不安にならない?

佐々木 ちょっと不安です。仕事でいま楽しいところがあんまりなくて……。自分が40歳代になったときに安定して働けているだろう、という道を21歳ぐらいの時点で選択してしまったわけですけど、今になって、仕事が面白くない。そうはいっても、プライベートを充実させよう、と言えるほど暇ではないので。最近残業も多くて。

石川 残業はどれくらいやってるの?

佐々木 9時ぐらいまでですけどね。それでも、家帰ったらごはん食べてお風呂入って寝るだけです。

沢辺 朝は8時半出勤?

佐々木 9時ですね。

沢辺 定時の上がりは何時?

佐々木 6時ですね。

石川 いつもどれくらい働いているの?

佐々木 この3月は忙しくて、9時ぐらいまでですけど、いつもは7時まで働いています。窓口が6時まで空いていて、後処理をしていると、だいたい7時になってます。

沢辺 結婚しても仕事つづける?

佐々木 結婚ぐらいじゃやめないとおもいます。子供ができたらわかんないですけど。
産休、育休もらえるというシステムは整ってるんですよ。あわせて二年ぐらい。それを使ってまた復帰できればと。それがいちばんいいなと。でも子供の顔を見たらずっと一緒にいたいと思ってしまうんじゃないかと。

沢辺 子供のほうしか向いていない親なんて、子供からしたら重たくて、子どもにとっては逆によくないんじゃない(笑)?
子供がいても働いている女性を見てどう思う?

佐々木 よくがんばるな、と。派遣の職員の人で、お子さんはもう高校生、大学生で、ずっとフルタイムで働いている人がいるんですけど、その人は家事も完璧にこなして、仕事もばりばりやる人なんですよ。どこからこんなエネルギーが出るんだろうと思って。

沢辺 結婚するなら、だんなはどういう人がいい?

佐々木 家事もやってもらいたいですね。でも、だんなさんについての具体的なイメージはないです。

沢辺 結婚するときは家事をちゃんとやってくれるという視点で選ぶことができるかな?

佐々木 わからないですね。他人のことまではやれなくていいけど、自分のことは自分でやれる人がいいですね。靴下まで履かせろみたいな人はいやです。

沢辺 それはさすがにいないと思うよ(笑)。

佐々木 (笑)男友達見てると、みんな身なりもきれいだし、一人暮らしの家もしっかり片付いてるな、と。

沢辺 カレシの家事能力はどうかな、とか、子供ができたときにどういう態度をとるかな、というような想像はしたことない?

佐々木 あります。

沢辺 どう?

佐々木 ほのぼのしてるので、お父さんになっている姿が想像できます。

沢辺 それ、ちょっと甘くないか?

佐々木 (笑)

「夢に向かってがんばることがよしとされるメディアのイメージ、(でもそれを)発信している人たちはもう夢を実現した人たちですよ、きっと」

大学時代までは、クリエィティヴな、なにかをつくる人間になろうという考えもあったが、いざ就職してみると、日々の生活を送るのに精一杯。年をとるごとにけっこう即物的になるなあ、と感じている。
佐々木さんは、「私が私が」の語り口で話す人ではない。「私はこういうやりたいことがあるんです!」と熱く語る人でもないし、「職場での悩みはこうなんです!」と熱っぽく語る人でもない。自分はこうなんじゃないだろうか、と距離を置いて冷静に自分を眺めることができる人。冷静に眺めつつも、職場でこわいお客さんと接したことの驚きを語るようなときには、ちゃんと素のままの自分の驚きを語る。強がりでわざわざつくった嫌味な冷静さはない。そういう素直な冷静さで述べられる「夢にむかってがんばります!」と言いがちな若者に対する分析や、この言葉じたいへの批評は、かなり説得力がある。

石川 社会人になって、大学時代の自分と変わったと思うことある?

佐々木 いちばん大きかったのは、さっき言ったように、自分の知らない世界の人としゃべって、というのが大きいですかね。

沢辺 なんで今日、このインタビューに来てみようと思ったの?

佐々木 うちの会社って取引先が建設業者とかしかないんですね。それで、異業種の人と話す機会がないんですね。それで、異業種の人とふれあうのもいいかな、と。いろんな人に会いたい、っていう気はありますね。

石川 そういえば、このインタヴューでぼくの本を読んできてくれたのは佐々木さんがはじめてだった。
よっぽど楽しみに、人に会いたい、って気持ちがあったの?

佐々木 なんか楽しいことがありそうだな、と思うと行きたくなりますね。

沢辺 石川さんの本、読んでどうでしたか?

佐々木 哲学の本って、文字を追ってすぐ頭に入るわけではないじゃないですか。哲学用語を自分のなかで広げて考えるわけです。それで、読むのにすごく時間がかかりましたけど(笑)。
でも、入門者にわかりやすく言葉をすごい平たくして伝えようとしてるんだな、と感じて、時間はかかっているけれど、がんばって読めてます。

石川 ありがとうございます。

沢辺 石川さんが書いていることは、簡単に「ひとそれぞれ」って言うなよ、ということだと思うんだ。
もちろん、人間には「ひとそれぞれ」の部分があるんだけど、それでも正しさっていうか……。

佐々木 普遍性、普遍(笑)。

沢辺 そうそう。普遍性というか妥当性とかあるよね、と。佐々木さんは「ひとそれぞれ」、「普遍」、どっち?

佐々木 わたしの思考回路としては完全に「ひとぞれぞれ」ですね。あんまり人のことをうらやましいと思わないし、人と比べて、自分のことを「ああ私は自己実現できてない」と思うこともなくて。
友達で、「自分より不幸な子を見ると安心する」と言った子がいて、私まったくそういうことがないんです。ずっと「ひとそれぞれ」という思考で生きてきて。それが、もって生れたものなのか、後天的なものなのかぜんぜんわからないんですけど。「ひとぞれぞれ」派です(笑)。

石川 いつごろからそういう自覚はあった?

佐々木 子供の頃からです。人のことを見て自分の喜怒哀楽が動かされたということはありません。もちろん、映画を見て感動したりということはあって、無感動な人間というわけではないです。

石川 それじゃあ、誉められることってある? あるとしたらなんと言って誉められる? それで、誉められるとどういう気持ちになる?

佐々木 誉められることはあります。よく、しっかりしてるね、堅実だね、と誉められます。そう言われると、ああそうですね、そうですか、という感じですね。

石川 べつにうれしくもない、と。

佐々木 そうですね。しっかりしてる、とか、堅実だね、と言われてもうれしくはないです。それはその人の評価、ああその人にはそう見えるんだ、という感じです。

石川 人はそう自分を評価するけど、私はじつはこう思っている、というのはある?

佐々木 私はやるべきことをやっているだけです、っていう感じです。

石川 「やるべきこと」というのは、大きな目標があってそれに向かってなにかをやっている、という感じなのかな?

佐々木 自分の生活の足場がためをやっている、という感じです。長期的な視野でなにかをつづけたということがあまりなくて、けっこう目先のことにとらわれてそれをやっていました。

石川 しっかりしてるな、と佐々木さんに対して感じるのは、おそらく、夢に向かってがんばります、というような大きな目標よりも、日々目の前のことちゃんとやっている、という感じがあるからなんだよね。

沢辺 夢に向かってがんばりますと言って、自分のことをかっこいいと思ってるヤツって実はかっこ悪いじゃん?

佐々木 そう思いますか? 実はわたしもそう思います(笑)。やりたいことをやって評価されている人ってかっこいいじゃないですか。すばらしい。けど、俺はやりたいことをやるんだ、と言って、自分の世界だけでやってて、なんの評価もついてこないで思い込みだけでその道を進んでいる人を見るとかっこ悪いと思います。

沢辺 そういう安易なかっこ悪さにわたしは染まりたくない、というのが見えてくるから、佐々木さんってしっかりしている、と言われるんだと思うんだ。
とはいえ、自分の道こそいいものなんだ、というのも実はどこかで疑っている面もあるよね?

佐々木 そうですね。自分の道をかっこいいんだと思っている人をかっこ悪いと思うからこそ、私はみんな私のようにすべきだとは思いません。

沢辺 だから、それが佐々木さんのいう「ひとそれぞれ」だと思うんだ。
今ね、子どもの頃から自分のやりたいことを見つけなさいということをわりと強いている社会だと思うんだけど、大学生時代は、自分のやりたいことを見つけなければ、というムードはあった?

佐々木 それって、「やりたいこと見つけて、自己実現せよ!」みたいな?

沢辺 そうそう。そんな感じしなかった?

佐々木 ああ、しますね。

沢辺 これまでの話を聞いてみると、佐々木さんはそれからはずれてる感じがするじゃん?

佐々木 はい。はずれてますね。

沢辺 なぜはずれたの? あるいははずれていることに対して不安はない?

佐々木 不安はないですね。やりたいことを見つけて、それに向かっていく、ということがよいこととして今もてはやされていると思うんですけど、実際自分のまわりを見渡して、やりたいことができてる人ってあんまりいないんですよ。「やりたいことをやるんだ!」と言って、社会に飛び出せないまま日々アルバイターで過ごしている人がいたりして、自分はそういうのはぜんぜんいいとは思わないので。

石川 俺はやりたいことをやるんだと言いながら日々アルバイターやってる人についてはどう思うの?

佐々木 あー(笑)。その人の生き方なので別にいいと思います。けれども私は嫌だなと思います。

石川 なんでそう思う?

佐々木 好きなことをやるにはリスクを伴なうじゃないですか。そこまでしてやろうとは思いません。
バイトしながら夢に向かってがんばってるんだ、という人も友達にするにはすごくいいんですよ。自分の知らない世界を知っているわけで。そういう話を聞くのもすごく楽しいし。

沢辺 そういう自分は、大学の同級生のなかで少数派だと思う?

佐々木 多数派です。なんか、夢に向かってがんばることがよしとされる社会、というのは、メディアなどではそんな社会になっているという雰囲気はあるかと思いますけど、実際、明確な目標をもってがんばっている人って友達のなかではいませんね。

沢辺 夢をもっているように見せてる人はいるけれども、ほんとうはそうそういないと僕も思っているんだよ。
自分の食い扶持にも責任もって生きていく、と淡々と生きている。でも、夢を追いかけている人がいても私は否定しない、みたいな。
同級生たちも意外と、メディアとかに踊らされてはいない、という感じでしょ?

佐々木 完全にイメージですよね。発信している人たちはもう夢を実現した人たちですよ、きっと。

沢辺 あー、シビアな見方だね(笑)。

佐々木 新聞社、出版社、広告会社とかメディアの人たちって、ある意味、特権的な立場じゃないですか。そういう人たちが「夢は必ずかなう」と言っているのは、もう夢をかなえているからですよ。

沢辺 とってもいい話が聞けたよ。

石川 いやあ、夢に向かってがんばります、っていうのはただの言い訳みたいなものかもしれないね。

沢辺 現実に使われてるその言葉は言い訳に使われてるよね。

佐々木 そうですね。

石川 では最後に一言、いま悩んでることは?

佐々木 彼氏との交際を親に反対されていることです(笑)。

沢辺 えっ、なんで?

佐々木 7歳上で合コンで出会ったのがよくないみたいです。

石川 えっ? うちは女房とは7歳差だよ。出会いが合コンというのが悪いんじゃない?

佐々木 むかしの人は合コンによくないイメージをもってるみたいです。へんな交友じゃないんですけど(笑)。

石川 (笑)どうも今日は長時間ありがとうございました。

◎石川メモ

仕事はいろいろな人とのつきあいを要求する

 佐々木さんは、中高一貫の進学校を経て、難関大学に進んだ。交友関係もみな有名大学出身者。就職した企業では正規職員で、カレシは広告マン。そんな佐々木さんが、「自分の生きてきた道とちがう道を生きてきた人びと」と出会う。すると、こんな人もいるんだ、と驚いたり、どう付き合っていいかわからなくなったりする。これを上から目線で、世の中、あんたのように生きてた人なんてほんの一握りなんだよ、と言うことに意味はないし、格差(学歴? 階層? お受験?)社会の問題とからめて扱うのも面白くない感じがする。
 たぶん、佐々木さんの体験は、「仕事はいろいろな人とのつきあいを要求する」ということとかかわっているはずだ。自分の交友関係は、気の会う仲間、同じような趣味、あるいは、同じような学歴でまとまっていてかまわないし、ほんとに〈ひとそれぞれ〉でかまわない。というより、これが交友関係の本質というものだろう。
 けれども、仕事となると「このお客さんは苦手だから、この同僚は気が合わないから相手するのやめちゃお」というわけにはいかない。気の合う仲間どうしで、〈ひとそれぞれ〉で済まされない部分がここにはある。なぜそれで済まされないかと言えば、わたしたちは働いて食っていかなければならず、どんな仕事も商売である(お客を選べない)からだ。
 佐々木さんは、いろいろつきあいに困りながらも、がんばって仕事をして食べている。そこに自己実現とか夢といった派手さはない。けれども、これが、仕事をするということの現実的な像、当たり前の姿だろう。

いま眼の前のやるべきことをしっかりやるべき

 「〜べき」より「〜したい」へ。そういうスローガンの延長に、「夢にむかってがんばろう!」という言葉もあるのだと思う。けれども、佐々木さんは、「夢にむかって……」なんて言っている若者は、自分の生活の足場を固めることを差し置いてぷらぷらしている人の言い訳しているだけではないか、と言う。むしろ、佐々木さんが重視してきたのは、眼の前のやるべきことだ。大きな夢や自己実現といったものを最初に置いたりせずに、とにかく、眼の前のやるべきことをしっかりやること。これはとても重要な指摘だ。
 「〜べき」ということは、もっと重要視されてよいキーワードなはずだ。もちろん、「〜すべき」に押しつぶされて心を病んでしまう人もいるだろう(“親にもっと認められるべき”、“会社でもっと成績を上げるべき”)。けれども、「〜したい」の系列、大きな目標さがし、やりたいことさがし、夢さがし、などなどで頭を悩ませる人があれば、むしろ、目の前のやるべきことに注目することを勧めたほうがいいはずだ。
 佐々木さんは、夢に向かってがんばることをよしとするような流行は、メディアのつくりだしたイメージだと言う。そして、そういうイメージを発信している人たちは、もう夢を実現した人たちだと言う。
 おそらくこういうことなのだと思う。じつは、その夢を実現した人たちは、さいしょから大きな目標などもっていなかったはずだ。むしろ、自分の眼の前のやるべきこと、そのひとつひとつにそのつど全力を注いできたはずだ。そして、その努力の結果として、ある一定納得できる状態のいまの自分がいる。その結果としての状態が「いま思えばこの状態は若い頃の夢だったかも」と受け取られているはずだ。けれども、伝えるほうのメディアの責任もあってか、結果のほうが先行してしまい、まず「夢が大切」となって、その過程のやるべきことの大切さがなかなかうまく伝わっていない。だから、夢や自己実現という言葉が独り歩きしてしまう。
 ボブ・ディランに「できることはしなきゃならないことなのさ しなきゃならないことをするんだよ だからうまくできるのさ」という有名な歌詞がある。この言葉のミソは、「“したいこと”をするんだよ」ではなく、「“しなきゃならないこと”をするんだよ」である点。「〜したい」よりむしろ「〜べき」の大切さ。このことを哲学でどう語っていくか。そういう課題を佐々木さんの「夢にむかって……」に対する批判からもらった。

序文

文・石川輝吉

若者のあり方から哲学してみる

 若者との話をきっかけに、哲学をもっと具体的なものにしたい。そもそも、哲学とは、考えることなのだから、その考えるきっかけは無数にあるはず。もちろん、若者だけでなく、世代は高齢者にまで広がっているはずだ。けれども、まずは、若者に話を聞くことからはじめたい。高校、専門学校、大学など、学校を卒業して働きはじめて2、3年、あるいは、大学を卒業しつつある学生の話を聞いてみる。人生のうちで、最初になにか壁にぶつかっていちばんなにかを考えている時期、その時期の若者の声をきっかけに、哲学をやってきた者としてなにかを考えてみたい。
 具体的にどのようなことが考えられるかは、まだよくわからない。でも、やってみる。哲学は現代的な問題にどういう問いを立てればいいか、それに対してどう答えることができるか。そういうことが若者の生の声を一人ひとり聞くうちに見えてくればいいと思う。

夢にむかってがんばります?

 さしあたって、このあいだの沢辺さんとの対談で出た内容を軸に若者に話を聞いていこうと思う。まず、ひとつの軸は、「夢」や「やりたいこと」というキーワードに象徴されることだ。自分もそうだったけれども、この社会の多くの子供は、「自分の好きなことをやりなさい・やっていい」、「がんばればなんにでもなれる!」と親に言われ育つのだと思う。そして、こう言われて育つことは、夢=自己実現=やりたいことをやって金を稼ぐこと、という理想をもつことにも通じていると思う。
 けれども、こういう理想は若者をしばっていないだろうか。なにかすごく大きな夢を実現して、成功してすごく立派になって楽しく生きて……。こういう「夢にむかって」みたいなスローガンで自分をしばってしまう若者は、自分を苦しめていないだろうか。たとえば、やりたいことは趣味でやって、仕事は生活するためにやる、という現実的な選択はできないでいるのかもしれない。そこが現代の若者の悩みどころかもしれない。
 現実はなかなか厳しい。夢に向かってゴーと言われて育ってきた子が、そうは言っても夢の通りに自由に何にでもなれるわけではない。若者たちは、どのように不況を知って、どのように思い通りに就職できない現実を知り、一体どのように冷めていくのか。
 けれども、夢にむかってがんばります! がいまの若者の一般的な姿でないかもしれない。大きな夢を抱くのではなく、もう中学生ぐらいの頃から、自分の立ち位置、将来どういった職業に就くのかをかなり自覚して、日々を送っているのかもしれない。ある意味で、さいしょから冷めている。この冷めている自分、自分を冷めさせている社会に不満をもっているのか。それとも、その冷め具合がいい具合になっていて、上手に現実の社会に着地しているのか。そのあたりがわかれば、夢にむかってがんばります! ではない若者のあり方もはっきりしてくるはずだ。

〈ひとそれぞれ〉

 ところで、若者の他者に関する関係はどうなっているのだろう? 自分の接する若者たちがよく使う言葉に〈ひとそれぞれ〉というものがある。この感覚はどれだけ広く共有されているのだろうか? 〈ひとそれぞれ〉という言葉は、一人ひとりの自由な生き方、考え方を尊重するような言葉だ。だれもがそれぞれに生き方、考え方があっていい。それはとてもいいことだ。
 けれども、私たちは他者といっしょに生きていかなくてはならないし、仕事とは、自分と異なった他者といっしょになにかをやることでもあるはず。〈ひとそれぞれ〉では済まされない場面もあるはずだ。そのようなとき、若者はどう自分の〈ひとそれぞれ〉の感覚と向き合っているのだろうか。〈ひとそれぞれ〉の自分の感覚と〈ひとそれぞれ〉では済まされない現実とどう折り合いをつけているのだろうか。若者の他者とのつきあいかた、コミュニケーションのあり方、コミュニティーのつくり方はどのようなものなのだろうか。こうした点を考えるために若者の〈ひとそれぞれ〉感覚についても見ていきたい。

哲学は使えるのか?

 上で言ってきたことは、ほとんど問いのかたちになっている。まとめてみれば、いまの若者の理想と現実、他者との関係を問いたい、その悩みのかたちを知りたい、整理したい、ということになる。こうしたテーマはじつは哲学が大むかしから考えてきた。けれども、哲学というのは、理想の問題なり、現実への着地の仕方なり、〈ひとそれぞれ〉で済まされない場合の他者に通じる言葉なりを、抽象的な概念で考える。抽象的な概念は、考え方のかたちを与えてくれる。でも、哲学の弱いところは、具体例が少なすぎる、という点だ。ほんとうは、パキッとはっきりした抽象概念の整理のおおもとには、「ぐずぐす」と悩んだ一人ひとりの具体的で現実的な人間がいるはず。このことをちゃんと取り込まないと、哲学は、抽象的な議論ばっかりやっていて、ちっとも現実に役立ちやしない、と言われる学問、一般のイメージどおりの小難しい学問になってしまう。
 いまの若者のあり方を見ること。これは哲学に具体性を取り入れることであるけれども、もう少し言えば、哲学を現実に試すことだ。だから、それまで哲学が提出した考え方でいまの若者のことがうまく理解できなければ、哲学のほうをあらためなくてはならないはず。現実にある問題をどう整理して、どう考えたらいいか、そういう言葉をつくりだすのが、哲学の役目で、そういう言葉を生み出してはじめて、哲学は使える、ということになるはずだ。

哲学を使えるよい品物にしたい

 ぼくのように哲学をやってきた者が、若者と話をして、どんなことが考えられるか。それはいまの段階で、ほんとのところどうなるかわからない。哲学者たちがこれまでどんなことを言ってきたか、ぼくは勉強してきた。けれど、自分が勉強してきたことを現実で試すような作業はほとんどやってきていない。現実と向き合って、自分の考えを試して鍛えることは怖いことでもある。けれども、哲学は自分の仕事だ。社会ときちんと向き合って、少しでも多くの人に有用な考え方を提示すること。これは、よい品物をきちんと売る、という哲学という市場の原理だ。この点にはまじめでいたい。もちろん、よい品物でなければ売れないわけで。だから、当然のことだけれども、よい品物、使える考え方になるよう努力していく。
 さしあたっては、いまの若者をどう考えるか、と急いでまとめに入るのではなく、それぞれの若者のナマの声を紹介していくことからはじめたい。若者からどれだけのことを聞きだせるか、というのは、ひとつのチャレンジだ。ストレートに自分を語ってくれないかもしれない。自分をつくって語る若者もいるかもしれない。けれども、協力者である沢辺さんといっしょに、若者の実像にせまるようどんどん突っ込んで聞いていていきたい。
 ちなみに、当然なことだけれども、これから話を聞いていく若者が若者のすべてではない。この企画では、若者の全体を完全に捉えようという大きな目標は置かない。ひとり話を聞き、ふたり話を聞き、といった具合に進んでいくうちに見えてくるものをこの企画は大切にしたい。その積み重ねの結果として、哲学、考えることが少しでも具体的で現実的になること。現代の問題が少しずつクリアになって、どう考えたらいいか、がわかってくること。こうしたことをえっちらおっちら、こちらも「ぐずぐず」と悩みながらめざしていく。
 それではまず、いまの若者の声を聞いていこう。

第1回 違う世界にいる人は、苦手──佐々木憂佳さん(24歳・女性・勤務歴2年)

哲学者・石川輝吉の、ちょっと「ぐずぐず」した感じ

まもなく、哲学者・石川輝吉さんによる10代後半から20代前半の若者へのインタビュー連載「哲学者・石川輝吉の、ちょっと「ぐずぐず」した感じ」が始まります。
乞うご期待!

プロフィール

●石川輝吉(いしかわてるきち)
1971年、静岡県生まれ。英国エジンバラ大学哲学部修士課程修了。明治学院大学国際学研究科博士後期課程修了。現在、桜美林大学非常勤講師、和光大学オープンカレッジ「ぱいでいあ」講師。

石川輝吉さんへのインタビューはこちら。
「談話室沢辺 ゲスト:石川輝吉 若き哲学者が考える、今を生きるための「哲学」とは」