石川輝吉」タグアーカイブ

「石川輝吉の“どうぞご自由に”レジュメ集」を更新。クリエイティブ・コモンズ・ラインセンスをつけました

哲学者・石川輝吉による“どうぞご自由に”レジュメ集『道徳の系譜』(ニーチェ)編を更新しました。

みなさまのご興味やニーズに合わせて、どうぞご自由に読んで使っていただければ幸いです。レジュメは「詳細レジュメ」、「要約レジュメ」、「“帰ってきた”レジュメ」の三つのシリーズから成っています。同じ哲学のテキストについて、三つの視点からまとめています。それぞれのコンセプトは以下のようになっています。

詳細レジュメ→読書のお伴に。補足や解釈もかなり入ったものです。哲学書をじっさいに読んでみたい方、どうぞ。

要約レジュメ→レジュメ=要約という本来のコンセプト。細かい部分はさておき、哲学書に書かれている内容をてっとり早くつかみたい方、どうぞ。

“帰ってきた”レジュメ→哲学者が現代によみがえったら、どんなふうに自分の書いた本の内容をしゃべるか。そんなコンセプトでまとめたものです。基本的にテキストの内容には即しているけれど、かなり自由にしゃべっている部分もあります。哲学書に興味のない方含め、いろんな方、どうぞ。

どのレジュメも、テキストに即してつくったつもりですが、石川の視点や解釈が入っています。まちがいだと感じられる部分、やりすぎな部分、不十分な部分もあるはずです。

このレジュメから、また先に進んでいただいても、オーケーとしていただいても、どんなかたちであっても、哲学が世のなかに少しでも広まれば、と思っています。

また、新たに「表示・非営利」のクリエイティブ・コモンズ・ラインセンスをつけました。非営利であれば、著作権表示をしたうえで、どうぞご自由にお使いください。

石川輝吉の“どうぞご自由に”レジュメ集を公開しました

マガジンポット「哲学者・石川輝吉の、ちょっと『ぐずぐず』した感じ」の中で、“どうぞご自由に”レジュメ集の公開を始めました。

哲学の古典を「詳細レジュメ」「要約レジュメ」「“帰ってきた”レジュメ」の三種類のレジュメで読み解きます。
第一弾はニーチェ『道徳の系譜』。

読書のお伴や勉強会など、どんな用途にでも、“どうぞご自由に”お使いください。

石川輝吉の“どうぞご自由に”レジュメ集●ニーチェ『道徳の系譜』(1887)目次

いただいた本●『勉強ができなくても恥ずかしくない』『myb(みやびブックレット)No.35』

石川輝吉さんからいただきました。


書名●勉強ができなくても恥ずかしくない
著●橋本治
発行●筑摩書房
定価●760円+税
2011年3月9日発行
文庫判/272ページ/並製
ISBN978-4-480-42806-6 C0193

●全国の書店で購入できます
Amazonで購入する

●版元による紹介
ケンタくんは、自分の頭で考えて根本がわからないと前へ進めない。だから初めは学校になじめず、クラスでも独りぼっち。そんな彼もあるきっかけで友達ができて「体の中がずっと幸福で、生きてるだけで忙しい」毎日を経験し、自信をつけていく。でも高二になり、クラスが受験一色に染まると、「ひとりでもいいから高校生をやろう」と思うケンタくんは再び孤立してしまい―。学校の勉強の本当の意味は?いちばん大切なことって何?子供の気持ちで感じ、傷つき、最後にはやさしい気持ちいっぱいで涙する自伝的小説三部作・全収載。


書名●myb(みやびブックレット)No.35
発行●みやび出版
定価●320円+税
2011年3月1日発行
72ページ/並製

みやび出版から購入できます

●目次
【リレーエッセイ・辞書のはなし5】文献資料探索の旅 鳥居フミ子
【エッセイ】戴國煇さんの位置─著作集の刊行に寄せて─ 松永正義
【漫画】ハリキリたいこさん22 長野ヒデ子
【食前食語34】「病院食」 山本益博
【カメラと歩く東京の下町35】戸越・中延 長尾 宏

<特集>哲学っておもしろい
抜群と王道─竹田青嗣の新刊に寄せて 加藤典洋
哲学の湯かげん 石川輝吉
タイムマシーンに乗って哲学 小川仁志
哲学史を見渡して考えること 竹田青嗣
【日々のシンボー27】考えなしなカンジ 南 伸坊
【現代美術館の外にて5】リリー・マルレーン 知ってる? 大室幹雄
【自転車日記3】「荒川河川敷」 北田 明
【気になる一首35】こずゑまで電飾されて街路樹あり人のいとなみは木を眠らせぬ 篠 弘
【気になる一句36】春風や川浪高く道をひたし 内藤呈念
【国語辞典の歴史・草稿5】『帝国大辞典』から『辞林』に至る細い流れ 武藤康史
【時論】フェロー諸島のクジラ漁 吉岡逸夫
【話のタネになるかも知れない海外旅行の知恵5】『旅行常備薬』 柳川正光
【ライフワークの達人35】時刻表と『史記』を愛した名編集者 鉄道紀行文学のジャンルを確立 鈴木 隆
【列島地域通信5】静岡の原種「おだっくい」 梶 邦夫

第8回 生まれ育った町に恩返しができればいちばん──今谷深悟朗さん(20歳・男性・勤務歴2年)

今谷さんは、1990年に埼玉県郊外の人口15万人ほどの市で生まれ、現在も親元で暮らしている。現在20歳。地元の県立普通高校卒業後、地元の消防署に就職。現在勤めて2年目。
本人曰く「田舎者」とのこと。東京都内にはほとんど出たことはない。この日の待ち合わせも、原宿で待ち合わせだったのだけれど、新宿を原宿と間違えていた。
今谷くんは小学校からサッカーをはじめ、中学、高校とサッカー部の体育会系の好青年。インタヴューの途中から、「ぼくは〜」が「自分は〜」になるのがいい感じ。20歳だけど年上と話し慣れた印象。
*2010年12月1日(水) 16時〜インタヴュー実施。

「出勤した朝には、つぎの日の朝にうどんを食べるかどうかを聞きます」

今谷くんは消防署で働いている。なかなか見えない組織のこと、仕事の内容を一日の流れとして丁寧に、率直に語ってくれた。ここはまず午前中の内容。

石川 いま、なにをやっているの?

今谷 消防のほうをやっています。

石川 では職業は「消防士さん」でいい?

今谷 そうですね。それでいいです。

石川 でも、「消防士」さんって、みんな「消防士」さんなのかな? 「一級消防士」とか、「二級消防士」とか、なにか正式な呼び方みたいなのはあるの?

今谷 そうですね。階級みたいなものがあります。全国に一人だけ、東京消防庁に「消防総監」という人がいるんですけど、その人をトップに10の階級があります(10の階級:消防総監、消防司監、消防正監、消防監、消防司令長、消防司令、消防司令補、消防士長、消防副士長、消防士)。ぼくはそのいちばん下の、そのまんま「消防士」です。

石川 へぇ。たくさんの階級があるんだね。はじめて知ったよ。それで、ちょっと細かくなってしまうけど、今谷くんの働いている職場の人数構成を教えてもらえないかな。

今谷 ぼくは、人口15万人ほどの市に住んでいるんですけど、そこには消防署が2つ、分署が6つあります。ぼくはその消防署の一つで働いています。市には消防署と分署をまとめる消防監が1人います。ぼくの署はひと班19名の班が2つあります。それの二つの班が交替で仕事をしています。1つの班は、消防司令長1人、消防司令2人、消防司令補5人、消防士長6人、消防副士長2人、消防士3人になっています。

石川 丁寧にありがとうございます。なんだか初めて聞く話で、仕事の内容も詳しく聞きたくなっちゃうな。

大田 そうですね。出勤の途中で消防署の前を通るんですけど、消防署の前になんだかぼーっと立ってる人がいて、この人なにをしてるんだろう? と思いますね。

今谷 その署によって仕事の内容がちがうので、前に立っているっていうのは、ちょっとよくわかりませんね・・・・・・。

石川 でも、いつも火事があるってわけじゃないから、普段はどういうことをしてるの?

今谷 じゃあ、一日の流れでいいですか?

石川 では、それをお願いします。

今谷 朝8:30に前の日の班との交替があるので、8:00に出勤します。まず朝来たら、その日の夕飯決めをやります。

石川 ということはみんなで夕飯をつくっているの?

今谷 そうです。つくるのは下の階級の消防士たちの仕事です。

石川 じゃあ、今谷くんは料理つくれるんだ。

今谷 いや。できる料理はカレーぐらいです(笑)。署では料理は分業でつくっていて、全部を自分ではつくれません。ぼくは「米研ぎ職人」という名誉ある名前をもらっています(笑)。

石川 メニューは?

今谷 みんなが食べられるようなものをつくります。カレーとか。昨日の夕飯は豚丼でした。その日の夕飯を何にするかは一人ひとり希望を聞いていると決まらなくなってしまうので、自分たち消防士で決めます。それを上の人に「夕飯はカレーです」と言って報告するだけです。それから、出勤した朝には、つぎの日の朝にうどんを食べるかどうかを聞きます。

石川 うどん?

今谷 これはぼくの勤務している消防署だけの決まりなんですけど、朝の交替前にうどんを食べるんです。

大田 消防士さんって一人ひとり机があるんですか?

今谷 そうですね。一つのフロアにみんなの机があります。

石川 そこで、「今夜なんにすべぇ?」、「カレーにすべぇ」とか消防士同士で相談したり、「カレーにしました」と上の人に報告したり、「朝のうどんどうしますか?」と聞くんだ?

今谷 そうですね。それから、必要な買い物とかも聞きます。だいたい昼ごはんは各自でお弁当やカップラーメンなんですけど、それをもってこなかった人はお昼を買うことになるので。それでいろいろ聞いて、夕食の材料や買い物を、いつも配達を頼んでいるスーパーにファックスします。そうすると、だいたい交替の時間の8:30になっています。

石川 交替のときは、整列、時間厳守でビシッとやるんだよね?

今谷 そうですね。時間厳守で「下番」(前日の担当班)、「上番」(本日の担当班)で整列してやります。「本日の勤務員何名!」などの報告をやって交替します。これで下番の仕事は終わり、上番は屈伸などの準備体操を5分ぐらいやって、隊に別れて車両など道具の点検をします。ぼくの班には、警防隊(10人)、救急隊(4人)、救助隊(5人)の三つがあります。警防隊は火消しです。救急隊は急病の人を病院に運びます。救急隊には救急車の運転士と急病の人を病院に運ぶまで手当てをする救急救命士がいます。救助隊は専用の特殊機材使って建物や車の中に閉じ込められた人を助けたりする人です。

石川 ということは、救急救命士さんは病院にいるんじゃなくて消防署にいるんだね。

今谷 そうです。

大田 ということは、救急救命士さんにも消防士長、消防副士長といった階級があるんだ?

今谷 そうですね。

石川 火消しをやってた人が資格を取って救急救命士になるということもあるの?

今谷 そうですね。そっちのほうに行きたいな、と思ったら救急救命士の資格の勉強をする、ということもあります。そのために市がお金を出してくれるんですけど、半年で200〜300万円かかるので、年に2人ぐらいしか資格のための学校には行けません。

石川 ということは、高校を出て、専門学校に行ってあらかじめ救急救命士の資格をとって、それから消防署の救急隊になる人が多い?

今谷 そういう人は今年はじめて3人入ったんですけど、市としては、高いお金を出して火消しを救急隊にするよりも、あらかじめ資格を取って消防に入ってくる人に「はい、お前は資格をもっているんだから救急隊へ」というふうにしたほうがいいんだと思います。でも、救急隊になる人も最初は仕事を覚えるという意味で警防隊に入ります。

石川 ちょっと救急隊の話を聞きすぎてしまったけれど、各隊の設備の点検が終わったらなにをするの?

今谷 点検が終わったら「申し送り」というのをやります。ぼくたちが朝飯のことを相談しているあいだに、上の人は上番から前日どんなことがあったか聞いているので、その情報を聞くのが申し送りです。そのあとはお昼まで、外に車で出て道を覚えたり、水利の点検をします。

石川 水利ってなに?

今谷 消火栓がどこにあるか、その場所が見えにくくなっていないかどうかの点検、どこから水を引くかの確認。そういう火事のとき利用する水の点検や確認のことです。

石川 へぇ。専門用語もいろいろあって面白いね。もちろん、この道は狭くて消防車が入れない、とかも水利といっしょにチェックするんだと思うけど、だいたい、火事を想定したパトロールみたいなものと考えればいいかな?

今谷 そうですね。そう考えてもらえばいいです。

「懸垂は100回ですね」

今谷くんの仕事の話、パート2。ここでは午後から夜まで。

石川 では、お昼からの話をしてもらいたいです。そういえば、お昼はお弁当?

今谷 はい。自分の場合は。

石川 お母さんの?

今谷 はい。

石川 お昼を食べたあとは?

今谷 13:00から16:00まで訓練です。機材の取り扱いを教えてもらったり、機材を使って災害を想定した訓練もやります。

石川 雨の日も訓練?

今谷 雨の日は座学といって、消防法の勉強をやったり、調査の仕方の勉強をやります。

石川 調査というと火元の調査?

今谷 どこから出火したのか、原因はなにか、どのくらいの損害なのか、そういうのを全部調査します。

石川 どこからどこまで消防がやって、どこからは警察がやる、とかそういうことも勉強する?

今谷 火事の場合、基本的には、警察には誘導をやってもらうだけで、あとは消防がやります。

石川 午後は訓練や座学で終わり、という感じ?

今谷 だいたいはその流れです。

石川 それで、17:00から夕食づくりになるんだ。

今谷 そうですね。17:00から18:00まで。

石川 定番メニューは?

今谷 豆腐卵丼ですね。親子丼の肉が豆腐のやつです(笑)。

石川 それ安く済むんじゃない?

今谷 そうですね(笑)。1人200円ぐらいです(笑)。

石川 食事はみんな一緒に食べるの?

今谷 食事はみんな食堂で食べますけど、いただきます、みたいに一斉に食べるのではなく、各自で食べます。でもだいたい10分ぐらいでみんな食べ終わっちゃいます(笑)。片づけはぼくら下の者がやります。片づけが終わったあと少しゆっくりして、20:00から体力錬成です。

石川 体力錬成! なにをやるんですか?

今谷 自分たちの隊は懸垂をひたすらやりますね。「とりあえず懸垂!」みたいな(笑)。

石川 でも、ひたすら懸垂って言ったって、けっこうな年齢の人もいるんじゃない? 

今谷 若い人だけですね(笑)。だいたい消防司令補までで30後半くらいの人が一番上です。

石川 それで、若い衆は懸垂何回やるの?

今谷 懸垂は100回ですね。

石川 100回! でも、20歳ならできるのかな?

大田 できないですよ(笑)。

今谷 でも、ひとつの鉄棒があって、10回やったらつぎの人、とローテーションにして、休みを入れながらみんなで楽しくやってます。

石川 すごいね〜。でも、もちろん、懸垂だけじゃないよね・・・・・・。

今谷 腕立てとか。だいたい腕立ても200回です。そうなるともう腕も疲れちゃって(笑)。でも、みんなで盛り上げてやるから面白いんですけど。

石川 けっこう楽しくやってるんだ。だいたいみんな体育会系出身の人?

今谷 そうですね。それで腕立てが終わったら、スクワットとか。ここまでは屋外なんですけど、その後は、屋内の機材のある部屋でベンチプレスや腹筋とか。

石川 けっこうやってるね〜(笑)。いつまでやってるの?

今谷 だいたい22:30ぐらいで終わりになって、あとは上の人から順番に風呂に入ります。風呂が一つしかなくて。最近は寒いんで上の人が風呂が長いんですよ(笑)。自分なんて昨日は風呂に入ったのが0:00で。

石川 そうか、今谷くんは下っ端だから風呂に入るのも最後のほうなんだ。

今谷 そうなんですよ。

石川 じゃあ、もう今谷くんが入るときは風呂はドロドロ?

今谷 そうです。もうお湯には入りません。だからシャワーだけです。

石川 寒いね〜。

今谷 寒いです(笑)。

石川 もちろん、風呂に入ったあとでも、消防士としての今谷くんの一日はまだ続くわけだよね?

今谷 そうですね。風呂に入ったあとは、みんな勉強したり、次の日の申し送りの準備をしたりして、でも、だいたい0:00ぐらいから寝はじめます。

石川 あっ、眠れるんだ!

今谷 6:00が起床時間なんですけど、それまで1人の当番以外は眠れます。上の人は当番もないので、ほとんど家にいるのと同じ生活です(笑)。

石川 では、当番のことを教えてください。

今谷 かならず1人は起きているようにして、その日の当直の一番上の人を除いたみんなが0:00から6:00まで1時間ごとに交替します。だから、0:00〜1:00までとか、5:00〜6:00までの当番になれば楽なんですけど。

石川 3:00〜4:00の当番になると大変だよね。

今谷 そうです。まとまった睡眠時間がないので大変です。

石川 それで、仮眠をとりながら1時間の当番をやって朝になる、と。

今谷 6:00起床で、6:30からぼくら下の者はうどんづくりです。上の人はこの時間に掃除をやってくれています。

石川 うどんはどんな?

今谷 油揚げとか玉ねぎとか具の入ったものです。うどんを食べ終わるとまた精算します。そうすると、つぎの日の班の人がやってきて。朝の仕事はだいたいうどんづくりですね。これで一日の仕事が終わります。もちろん、災害が起これば全然ちがってきちゃいますけど。

「遠くに行きたくない。職場も自分の生れた市なので、もう外に出ることはないかと(笑)」

今谷くんの休日はパチンコ(あとで、パチンコばっかりやってるわけではない、とわかるのだけれど)。地元を愛する青年、今谷くんは市の消防署に勤めていることに満足。地元で塗装業を営む父、昨年まで保育園に勤めていた母、この春から小学校の先生になる姉、パソコン好きで陸上選手の弟と暮らしている。近所にはときどきお小遣いをくれるばあちゃんもいる。

石川 一日の仕事について聞いたけど、週はどれくらいのシフトになっているの?

今谷 自分たちは7日の普通のサイクルではありません。8日でひとつのサイクル、“仕事→休み→仕事→休み→仕事→休み→休み→休み”を1サイクルで考えています。

石川 休みの日はなにしてるの?

今谷 ギャンブルです(笑)。

石川 ギャンブルっていうとなに?

今谷 基本はパチンコです。最近はスロットを教えてもらってますけど。消防の人は休みが多いのでけっこうやってる人多いですよ。

石川 じゃあ、休みの日にパチンコ屋で同僚に会っちゃうことあるんだ。

今谷 ありますね〜(笑)。

石川 8:30に仕事が終わるから、そのまま朝パチンコ屋に並んじゃうとか?

今谷 そういうこともありますね(笑)。

石川 一日中パチンコやるとしたら、だいたい二日に一日はパチンコ屋にいることになっちゃうけど?

今谷 でも、お金も続かないので、家に閉じこもってゲームやったりとか、お金を使わない過ごし方を考えています。

石川 じゃあ、月いくら給料はもらってるの?

今谷 それはあまり言いたくないです(笑)。

石川 じゃあ、どうやって聞き出そうかな〜(笑)。

今谷 ここ(ポット出版)っていくらぐらいの家賃ですか?

大田 30万円ぐらいだと思うけど。

今谷 それだとぼくは2ヶ月働かないと家賃払うの無理ですね〜(笑)。

石川 今谷くんやさしいね(笑)。じゃあ、月15万円として(笑)。

今谷 給料少ないんですよ(笑)。土日に出勤しても手当てもなくて。手当てがあるのは祝日出勤のみです。だから、祝日のない八月とかは苦しいです。

大田 そのうち自分の自由に使えるお金は?

今谷 2、3万です。

石川 えっ、親と暮らしているのにそれだけしか自分で使えないの?

今谷 月に親に1万、自分の車のローンに3万、あとは自分で入った生命保険に1万、年金に1万、あとガソリン代、携帯代、食費で。

大田 携帯代は月にいくらぐらい払っているの?

今谷 携帯は月1万ぐらいです。仕事が入るんで通話が多いかと思い、ちょっと高い定額サービスに入っています。

石川 まだ、あとなんか払っているお金ない?

今谷 あと、保険屋に頼んで、給料入った時点で3万ぐらい貯蓄にまわすのをやってます。給料そのままもらうと使っちゃうんで(笑)。

石川 それで、趣味はパチンコだけ? 車は好き?

今谷 マツダのCX-7に乗ってます。一目ぼれで買ってしまいました(笑)。ローンは3年です。

石川 いじりたい?

今谷 いじりたいけど金がないのでどうにもならないです。

石川 じゃあ、やっぱり、いまのめりこんでるのはパチンコ?

今谷 新人は半年間消防学校に行くんですけど、そこは寮生活なので、その前に「パチンコに飽きるまでやってやるぞ!」と思ってやり続けたら、逆に、どんどんのめりこんじゃって(笑)。

石川 やっぱ好きな機種とかあるの?

今谷 北斗の拳です。

大田 マンガのほうは?

今谷 パチンコをやってから読みました。マンガもいいですね。

石川 ゲームはやるの?

今谷 ウイイレ(サッカーゲーム、ウイニングイレヴン)ですね。ぜんぜん飽きませんね。

石川 じゃあ、高校時代は部活やってウイイレやって、という毎日で・・・・・・。

今谷 で、高校の終わりぐらいにパチンコ覚えちゃって(笑)。

石川 ほんとパチンコ好きだね〜(笑)。その他に趣味をもつ予定は?

今谷 職場にスノボが好きな人がいるので、今度休みの日を合わせて連れていってもらいます。

石川 そうするとまたお金がいるよね?

今谷 あとは、ばあちゃんのところで収入を得ています(笑)。近くにばあちゃんの家があって、わざわざそこに自分の車を洗車に行くんです。そうすると「よく来たね」みたいな感じで5000円くれるんです(笑)。だいたい2週間に一度は行くようにしています(笑)。

石川 ばあちゃんの家の車も洗車してあげるの?

今谷 いえ、自分の車だけです(笑)。

石川 えーっ(笑)。そりゃわるいよ(笑)。で、ばあちゃんの家も近いということだけど、今谷くんはずっと自分の生れた町で家族と一緒に住んでるの?

今谷 そうですね。ずっと自分の生れた町を出ていない、というか。小学校、中学校、高校とずっと自分の生れた市です。小、中は市立、高校は県立の学校です。高校は普通科です。小学校からずっとサッカーをやっていて、高校はサッカーの強いところに行こうかと思ったんですけど、自分にはそんな実力はないと思って。それで、自転車で5分の家から近い高校にしました。

石川 ということは今谷くんは地元好き?

今谷 そうです。遠くに行きたくない。職場も自分の生れた市なので、もう外に出ることはないかと(笑)。

石川 そういえば、兄弟はいる?

今谷 上に22歳の姉がいます。来年から小学校の先生になります。姉は頭がよかったです。あと、下に17歳の高校生の弟もいます。弟は、家から200メートルの商業高校に行っています。自分と同じめんどくさがり屋なんで(笑)。弟はパソコンが好きで、DVDのプロテクトをはずせたりします。ゲームも好きで、自分も一緒に遊んだりします。こう言うと弟はオタクみたいなんですけど、地元で鳴らした陸上選手です。だから、勉強は姉に取られて、運動は弟に取られました(笑)。弟に「姉ちゃんは県の公務員、兄は市の公務員、お前は国家公務員だ!」なんて言ってプレッシャーをかけられてるんですけど、まったく勉強しないです(笑)。危機感がないです(笑)。

石川 それから、ご両親はどんな人なの?

今谷 父(57歳)は塗装業をやっています。母(53歳)は昨年まで保育園の先生をやっていました。けれど、自分の小さいころは母親は家にいました。親は子どもの進路に関しては口出しはしなかったですね。

石川 お母さんは保育園の先生ということだけど、大学を出て先生になったの?

今谷 県立の教員養成所で資格をとったらしいです。

石川 親によく言われたことはなんかある?

今谷 小学校のころ親によく言われたことは、「ごはんは残すな」です。消防署では余った食べ物を捨てるんですけれど、最初捨てるのはショックでした。

石川 お父さんは塗装業だということだけど、どんな仕事なの? 1人でやってるの? 人を使ってるの?

今谷 塗装業は人を5人使ってます。家の塗装をやってます。親方みたいなもので、社長と言われることもあります。

石川 へえ、わりと大きく仕事してるんだね。

今谷 塗装の仕事は、祖父の代からです。祖父が建具屋から塗装屋になったのがはじまりです。父親は隣町の工業高校を出て、23歳までの5年間、別の工務店で働いて祖父のあとを継ぎました。使っている人は若い人ではなくて、60以上の人ばかりなんです。それで、若い人がたまに入ってもやめちゃって。あとがいないとやばいので、弟にまかせようかな、と自分は思ってるんですけど、親は弟に家を継げとは言いません。

石川 それじゃあ、お金に困った経験はあまりないんだ。

今谷 お金に困らなかったですけど、ほかの人に比べれば与えられたおもちゃは少なかったほうだと思います。高校のときはお小遣いは月5000円でした。部活の用品などは言えば買ってもらっていました。あとは、例のばあちゃんちでお小遣いをもらってました(笑)。

「出世じゃなくて、技術や知識を上げることを目指しています。いまやってる警防だけじゃなく、救急、救助とオールマイティーにできるようになりたいです」

今谷くんはパチンコのことばかり考えているわけではない。仕事にはプライドと目標をもっている。地元好きゆえの職業選択の段階、現在の仕事への取り組みの姿勢が語られる。

石川 勉強はできた?

今谷 高校受験のときは、受験の苦痛を味わいたくなかったので、中学での内申点が重視される前期の受験で受かろうと、学級委員とかやって受かりました。

大田 その高校のランクは県内でだいたいどれくらい?

今谷 真ん中ぐらいですね。

石川 どんな高校だった?

今谷 自分の高校はほんとに平和で。不良が寒い目でみられちゃうような普通の人の集まりでした。そのなかで、自分のいたサッカー部は、そこに入ってれば学校での立ち居地は上にいれる、といった感じでした。あと、授業中にマンガ読んだり、筆箱で隠してDSやったり。クラスのやつとマリカー(マリオカート)で対戦したりしてました(笑)。

石川 (笑)。その高校を出た人は大学に行く人が多いの?

今谷 中途半端なやつが多いので、「とりあえず専門(学校)」、「とりあえず大学」といった感じですね(笑)。自分の学年が240人なんですけど、そのなかで就職したのは10人ぐらいです。

石川 なんで就職しようと思ったの?

今谷 親にはむかしから国立の大学へ行けと言われてて、中学のときは、埼大(埼玉大学)には入れるかな、と思ってたんです。けど、どう考えてもそれは無理だとわかって。家(塗装業)を継ごうか、と相談したら、親に「塗装屋は儲からないからいいよ」と言われて。それで、自分はむかしからスポーツをやってたので、筋肉のこととかも興味があって、整体師になりたいと思っていたこともあるんです。けど、親に相談したら「それじゃ食っていけない」、「どこに就職するの?」と言われて。親は進路のことには口を出さないけれど、就職についてはけっこうはっきり言います。で、そう言われたら、もう公務員しかないかな、と。消防という選択肢はそこからです。それで、自分は市の職員みたいにずっと机に座る仕事はいやで。その段階で、選択肢は警察か消防になるんですけど、警察は規律が厳しそうなので、消防のほうに行くことにしました。けれど、高校の3年春は、模試のようなもので、自分の市の消防就職希望者27人中26番だったんです(笑)。それで、夏から大宮の公務員就職の専門学校の無料講座に出まくって勉強しました。結果としては、受験者54人中、受かった14人に入りました。

石川 すごいじゃん! 

今谷 地元では、そう言ってほめてくれる人もいますけど、「へぇ、消防署入ったんだ」ぐらいの人もいます(笑)。

大田 整体で「食っていけないよ」と言われたとき、公務員という選択肢はすぐに出てきたの?

今谷 はい。そのときはまだ消防というのは頭になかったですけど、前から友だちと「就職するなら公務員がいいな」と話していて。

石川 消防に決めた理由は?

今谷 業務の内容は知らなかったですけど、訓練みたいなのはしてると知っていて、自分は体を動かすのが好きだったので。それで、やっぱり地元で働けるというのがよかったですね。「地元」っていうのがいちばんですかね。

石川 そうだよね。警察は県警だと転勤あるけれど、消防士さんはずっと同じ市だもんね。やっぱ地元なんだ(笑)。地元好きだね〜。

今谷 地元の祭りとがあって、小学校のころからずっと参加していて、それやってると、「自分の町だな」という意識があって。

石川 近所の人とつきあいはある?

今谷 歩いているとちょこちょこ町内の人と話したりして、けっこうかかわりあるな、と思ってます。

石川 ところで、二年働いてどうですか? もう辞めたいとかある?

今谷 辞めたいというのはありません。仕事にはこれでOKというのがなく、限界なく上があるので。技術をどんどん上げればもっとたくさんの人が助けられる、というのがあって辞めるというのは考えていません。それから、「自分の生まれ育った町に恩返しができればいちばん、と思っています」と人には話すようにしているんですけど、ほんとはそんなこと思っていないです(笑)。

石川 えっ! じゃあ、ほんとのところはどうなの(笑)?

今谷 でも、やっぱり、自分の生まれ育った町に役に立つ仕事なんで、働けて光栄です。

石川 じゃあ、やっぱりいまさっき言ったことはほんとなんだ(笑)。

今谷 なんも遊ぶところのない町ですけど(笑)。自分の育った町なんで。

石川 出世はしたい?

今谷 出世じゃなくて、技術や知識を上げることを目指しています。いまやってる警防だけじゃなく、救急、救助とオールマイティーにできるようになりたいです。

石川 つまり、いまは警防隊だけど、救急救命士とか救助隊の免許もほしいんだ。

今谷 そうですね。救助隊になるには一ヶ月消防学校に行かないといけないんですけど、そのためには、推薦されて30代中ごろにならないといけないんです。そのためにはいい成績を残していなくてはならなくて。

石川 いま成績と言ったけど、なにか評価の基準とかあるの?

今谷 昇任試験というのがあって、年に一度、法律とか論文の試験があります。

石川 ああ、じゃあ就職してもいろいろ勉強やらなきゃいけないんだ。

今谷 そうですね。自分は、もう就職したから勉強やらなくていいんかな?と思ってたんですけど(笑)。でも実際は勉強することがいっぱいあって。この薬品に水をかけると火が出ちゃうとか、薬物の勉強もします。法律のことなど必要な知識を勉強しなくてはならないんです。

石川 さっき、警防、救急、救助とオールマイティーになりたい、と言ってくれたけど、いまの自分の目標としてはどういうものがあるんですか?

今谷 災害に対してなるべくスムーズに対応できる技術と知識を身につけたい、ということですね。

石川 えらいね〜。ところで、大学に行っている連中とかはどう思う?

今谷 自分の場合は、大学に行くと遊んでしまうと思うので。そうすると自分は目標がなくなってしまう感じがするんですよ。いままで部活とか厳しいなかで目標があったからがんばれたんで。目標があって大学に行く、というのはいいと思うんですよ。でも、目標なくて大学行くっていうのは親にも迷惑をかけているだけだと思うし。自分はそういう考えです。

石川 大学に行かなかったのは、目標がなくなるのが怖かった?

今谷 それがいちばんでした。大学でサッカーやるつもりもなくて。

石川 いまの職場はつぎつぎにステップがあるから安心できる?

今谷 そうですね。覚えることがつぎつぎにあるんで。

石川 自分がプロであるという意識がある?

今谷 消防学校のころから言われてきたのでそう意識しようとは思っていますが、意見を言うにも知識が必要で。まだまだ自分の知識は浅くて、同じ職場の人に意見を言うのはまだ自信がもてないです。

石川 勉強してる?

今谷 まだまだですけど、いまは地理や水利を自分で覚えるようにしています。

石川 ぼくのいままでの印象だと、消防士さんは訓練ばかりやっているイメージだったけど、相当勉強しなくちゃならないんだね。

今谷 そうです。それも時間が与えられるのではなく、自分で時間をつくってやらなくちゃならなくて。どっちかと言うと、休みの日に勉強しなくちゃならないんです。それで、自分は休みの日は朝からパチンコやってたりして、勉強しなかったら上の人に言われて。いまは、休みの日に車で自分の市をまわっています。最近合併した地域のことはなんにも知らなかったんで、やっています。いままではパチンコを優先してましたけど、いまはまず、勉強を先にしています。

石川 じゃあ、いまは朝からは並んでないんだ。

今谷 そうですね。まず、仕事が終わったらその日はどこへ行くか決めて、一時間か二時間かけて走ってまわって、地理や水利を覚えるようにしています。

石川 勉強してるね〜。

今谷 職場ではパチンコの話しかしませんけど(笑)。

「自分の命より人の命、となったら消防の活動が全部狂っちゃいます」

今谷くんのいまの仕事の悩みは現場経験が少ないこと。緊迫した災害の現場でどう立ち振る舞っていいか。要救助者や市民への対応はどのように行えばいいか。その問題点や重要ポイントが具体的な経験をもとに語られる。

石川 仕事の悩みとかある?

今谷 災害があると庁舎に1人だけ残ることになるんです。自分はその役が多くて、あまり現場に出れてないんです。現場の経験を積みたいんです。それから、自分が出勤している日に災害がほとんどないんです。「お前がいる日は災害が起こらない」なんて言われてしまって。もちろん、災害がないことはいいことなんです。けれども、自分の経験が少なくなってしまうのは悩みです。

石川 それでも出動はあると思うんだけど、どういう出動が多いの?

今谷 救急が多いですね。火災や救助は月1回ぐらいです。

石川 でも、今谷くんは警防隊なんだから、救急は出ないんだよね?

今谷 人出が足りなくて、知識がなにもなくても出ることがあります。

石川 どういうことをやるの?

今谷 ストレッチャーなどの器具をもってきたり、脈や血中酸素を測る器具の準備をしたりします。あとは患者さんへの声かけをしますけど、救急救命士ではないので処置はできません。

石川 いままでいちばん記憶に残っている経験は?

今谷 となりの市へ火災の応援に行ったとき、急に火が出て、まわりの人が見えないほど煙がすごかったんです。そのときは、「自分も死んじゃうんじゃないか」と思いました。それで、「オレ、こんななか行くの?」とほんとに「後ずさり」というものをしました。

石川 そのとき、おどおどして「お前足手まといだ!」とかは言われなかったの?

今谷 いえ。上の人は「新人はこうだろうな」というのはもうわかっているので。

石川 じゃあ、怒られたことってある?

今谷 交通事故の現場で、自分に指示してくれる人がいなくて、勝手に行動しちゃったんです。そしたら、「お前、なにうろちょろしてるんだ!」と怒鳴られました。指示が出ないときは待機しなくちゃならないし、動くときは「自分はこれします」と言わなきゃならないんですけど、そのときは、舞い上がっちゃって。他の車の誘導をしなくちゃならないところを、車のなかに閉じ込められた人に呼ばれたので、そっちの対応しちゃって。災害の現場では要救助者はすごい焦った感じで「はやく助けてください!」と言うので、自分も対応をどうしたらいいかわからなくて、こっちもあわてちゃって。そうなると結果として、要救助者を心配がらせてしまうんです。こういうことはいちばんやっちゃいけないことなんですけど。自分もどうしていいか手段がわからなくて。

石川 そりゃそうだよね〜。「助けて〜」と言われたら、どうしても「こっちをなんとかしなくちゃ」と思っちゃうよね。

今谷 そうです。でも、それが危険なんです。たとえば、川に流されている人を見て、その人をすぐ助けようとするのは危険です。「すぐに助けに行ったらお前も死ぬぞ、それはいちばんやっちゃいけない」というのが消防の基本的な教えです。優先順位としては、自分の命があって、仲間の命があって、そのつぎに助ける人があるんです。「まず、自分の命の安全を確保してから」というのが重要です。これが消防の活動の指針です。

石川 へえ〜。勉強になります。

今谷 自分の命より人の命、となったら消防の活動が全部狂っちゃいます。

石川 そういうかなり緊張した現場の経験が少ないことがいま不安なんだ?

今谷 そうです。同期は現場経験がけっこうあるんですけど、自分はそういう経験がないのが不安です。

石川 でも、もちろん災害はないほうがいいよね(笑)。

今谷 もちろんそうです(笑)。

石川 これがいまのいちばんの悩みなんだ?

今谷 そうですね。職場の人間関係とかは、この人の言うことは聞く、この人の言うことは流す、と自分のなかで評価がはっきりしているので、あまり気になりません。

石川 その基準はどこにあるのかな?

今谷 普段の様子を見ていて、救助隊の人がとくにそうなんですけど、訓練や技術がしっかりしている人が信頼できます。警防隊の上の人だと知識だけあって文句ばかり言って、訓練や技術がなにもできない人もいるので。

石川 部活っぽく言うのもなんだけど、今谷くんの職場はみんなで合宿しているわけじゃん。するとその人の食事の仕方からなにからなにまで、生活が見えるわけだよね。そういうところで判断してるんだ。

今谷 そうですね。上の人のなかには、年齢の問題もあるけれど、訓練に出てこなくて、まったく興味を示さずに自分のことをやっちゃっている人もいるので。

石川 だからこそ、自分も下の者には尊敬される人になろうと?

今谷 筋トレはなんのためかというと、自分の命を守るためなんで。それに、隊のレベルは一番下の人間に左右されると言われているんで、そういう意味でしっかりやっています。

石川 その他に仕事のうえで心がけていることってある?

今谷 まず、市民との対応ですね。「プロだからへんなところ見せるな」と言われていて、“言葉づかい”には気を遣います。市民の人から電話で「きょうはどこの病院が開いているんですか?」といった問い合わせがあるんですけど、そういうときには丁寧な言葉を使って対応します。自分はもともと、人との接し方、見ず知らずの人と話すことがあまり得意じゃなくて、できるだけ避けてきたことなんです。「○○はただ今外出しております」とか、そういう言葉づかいも知らなくて。
それから遅刻ですね。“仕事では遅刻はしちゃいけない”。自分は高校のとき、学校が近いというのもあって遅刻ばかりしていて。でも、仕事では人から見られるから、遅刻ばかりすると「あいつ遅刻ばっかしている」となってしまいます。
あとは“あいさつ”ですね。高校のときは自分の顧問だけにあいさつしていればいいと思っていたんです。でも、仕事では「とにかくいろんな人に名前を覚えてもらえ」と言われてます。一緒に現場に出て仕事をするわけですから、年とか階級がちがっても、職場の集まりには参加するようにしています。

「働き出していちばん感じたのは、なにかを犠牲にしてやらなきゃならないものがある、ということなんですよ」

丁寧な言葉づかいが苦手、遅刻常習、あいさつもろくにしない、そういう高校時代の今谷くんはもういない。今谷くんは仕事をしながら自分を変えてきている。そんな今谷くんから見た大学生はどうなのか。そして、自分は高卒であることについてどう受けとめるのか。まだ20歳の今谷くんだけれど、これから起こりうる高卒・大卒の問題について、いまのところの意見を語ってくれた。

石川 さっき大学生は遊んでいる、という話があったけど、そのあたりはどう?

今谷 高校のときの友だちで大学へ行っているやつは、行ける大学に「流れ」で行ったという感じです。

石川 「大学生のヤツらはいやだな」とは感じる?

今谷 そうは感じません。大学のヤツとも普通に遊びますし。ただ、考えが「コイツ学生だな」とたまに感じるときはあります。

石川 「考えが学生だな〜」と。それはどんなとき?

今谷 働き出していちばん感じたのは、なにかを犠牲にしてやらなきゃならないものがある、ということなんですよ。それが大学生だと、ゆったりした生活で、なにかを犠牲にしなくてもいいと思うんですよ。

石川 犠牲にするって、たとえば、なにを犠牲にするの?

今谷 睡眠時間です。それまで、すげー寝てたんですよ(笑)。

大田 たしかに、なにかを犠牲に、というのはよくわかります。大学のときは本を読んだりとか自分で好きなことをやるために時間を使えたけど、仕事をはじめると時間配分をまったく別の考え方でやらなくてはならなくなりました。時間を取ろうと思っても取れないこともある。でも、そんなに寝てたの?

今谷 高校が家から近かったので、登校が8:50なんですけど、8:30まで寝てたんですよ。仕事をはじめたら、朝6:30とかには起きなくちゃならなくて。それで、最初の頃は高校までの夜更かしの癖が残っていたんで、朝は辛かったです。

石川 大学生の話に戻って直接的なことを聞いてしまうけど、今谷くんは高卒で仕事をはじめたわけだよね。それで、高卒のうちの父親、地方公務員だったんだけど、その父親が「大卒じゃないと出世できない」ってよく言ってたんだよね。そのへんはどう思う?

今谷 それは自分の職場でもおんなじです。自分は「お前、高卒だから下のヤツに抜かれていくから覚悟しとけよ」とよく言われます。採用に関しても、上のほうの考えとして、大卒のほうが知識があるから優遇されるということがあります。

石川 たとえば、高卒が出世できるのはここまで、これより上は大卒じゃなきゃだめ、というのはあるの?

今谷 詳しくはわからないけれど、それもあると思います。それから、消防の卵が集まる消防学校でも、表彰される成績優秀者はやっぱり知識がある大卒です。

石川 さっきから、大卒者は知識があるって今谷くんは言うけれど、今谷くんだって、勉強すれば知識は得られると思うんだけど。

今谷 単純に言えば、大学を出てれば上に上げる、という考えだと思います。そんな中で、「高卒のほうが長く働けるんだから大卒よりいいんだぞ」と言われると、「ああよかったな」と感じたりします。

石川 ちょっとまた直接的なことを聞いてしまうけど、さっき、「お前、高卒だから下のヤツに抜かれていくから覚悟しとけよ」と言われる、と言ったけれど、それはいまどう受けとめてる?

今谷 自分は階級を上げることが目標ではないんで。結局、「使える人」だと思われれば、それでいいんですよ。でも、今年も自分の後輩に大卒が入ってきたんです。大卒のほうが、たとえば、自分は消防士を8年やって階級が上に上がるんですけど、大卒はそれを5年でいいんです。結局年齢としては同じぐらいになるんですけど、大卒のほうが上に上がるのは速いです。そういう意味で、抜かれていくんですけど。

石川 じっさい階級が上がれば給料はいいんじゃない?

今谷 そうです。それに自分の意見を通しやすくなります。

石川 そうだよね。それで、指示を出すような上の階級の人は大卒?

今谷 そうですね。やっぱり上に上がれる人は人数が少なくなるんで。いま消防は60歳が定年ですけど、消防士長は40代で大卒が多いです。

石川 そうすると、いやらしい話になっちゃうけど、たとえば、今谷くんが40歳になったとき、今谷くんが消防士長で、あとから入ってきた大卒の後輩が消防司令長ってこともありうるわけだよね?

今谷 そこまでは離れないと思いますけど、自分が消防士長で、後輩がその一つ上の消防司令補や二つ上の消防司令になる、ということは、なくはないですね。

石川 だから「そういうのを覚悟しとけよ」と言われるんだ。

今谷 そうですね。いま職場でもじっさいにそういうことが起こっているので。

石川 今谷くんは、この仕事に意義があると思っているし、たくさん勉強して、たくさん経験も積んで、ずっと続けていきたいと思っているはずなんだ。それで、40歳になったら、みたいな話しをしたんだ。

今谷 自分はまだそういう場面に出会ってないですけど、じっさいに上に上がった人がそれまで先輩だった人を「オマエは下だ」みたいに言うこともあるので、「それはちがうんじゃないかな」と思うことがあります。もちろん、消防経験が長いほうが上、という考えもあります。

石川 じゃあ、逆に言えば、専門性を必要とする仕事だから、技術や知識、経験をしっかり身につけている人が実際の階級よりも尊敬される職場なのかな?

今谷 そうですね。自分たちはそこを尊敬するんですけど。でも、上のほうではそこを重視しない人もいます。「コイツ訓練ばっかやりやがって」とか。それで、自分たちとしては、なんで?と思う人の階級が上がったりとか。

石川 うーん、なるほどね。いま20歳なんだよね。そういう問題がこれから自分の問題として起ころうとする場面にいるんだと思うんだ。たとえば、もし、今後問題が起こって、「だったら、オレ大卒になってやるよ」と通信で大卒の資格を取る、っていうことも思うかもしれない?

今谷 同じぐらいの世代ではまだ対抗意識みたいなものはなくて、この関係を保ちながらなら、後輩が上に行っちゃっても、「オレが上なんだから」という態度を取らなければそれでいいんじゃないかな、と思ってるんで。

石川 今谷くんは、「自分は高卒だから、あいつらは大卒だから」みたいな人づきあいはしていない人だから、「いまこういう問題を聞いちゃっても」とほんとうは思うんだよね。でも、さっき言ってた「コイツ考えが学生だな」と思ってたヤツらが後から入ってきて上に行っちゃうんだから、そのときはなにか思うことがあると思ったんだ。でも、いかんせん、今谷くんの同級生はまだ大学生なんだよね。いまのところ自分としては大卒の人とも仲良くできればと思ってるんだよね?

今谷 そうですね。

「最近はやっと合コンちゅうものを・・・・・・」

今谷くんは携帯を主に使っている。パソコンでインターネットを見るときもあるがスポーツニュースでサッカーや野球の情報を仕入れるだけ。mixiはそんなにやっておらず、そこから知り合いを広げるということもない。Twitterの存在は知っているがやっていない。でも、モバゲーはよくやる。じつは、今谷くんの職場では「怪盗ロワイヤル」が流行っている。同期の人だけでなく、上司もやっており、おじさんが強い。そんな今谷くんの恋愛事情を最後に少し。

石川 これはいつも沢辺さんが聞くんだけれど、彼女いる?

今谷 彼女いないです。仕事はじめたら女の子との接点はまったくなくなってしまって。

石川 高校は共学だった?

今谷 6(女子):4(男子)で共学でした。

大田 それでサッカー部だったらモテたんでは?

今谷 いや、女に話しかけなかったんで。

石川 話すのが苦手だったんでは?

今谷 そうです。自分は女は好きだけど話すの苦手だったんです(笑)。なに話したらいいんかな?

石川 ぼくも大学で女子学生と話すことがあるけれど、やっぱいまだに努力してる感じあるかな。

大田 ぼくは中高男子校で、大学から共学だったんですけど、姉がいたので、女の人と話すのに困ることはなかったですね。まあ、話すことはなんでもいいんですよ(笑)。

今谷 でも最近はやっと合コンちゅうものを・・・・・・。

石川 おっ、合コン!

今谷 中心になって「さぁ、やるぞ!」ではなく、自分は呼ばれていくほうで。職場で合コンが好きな人がいて。結婚してるんですけど、なんか不倫とかいろいろやっているみたいな人がいるんですよ。その人が呼んでくれて、そうすると、だいたい来る人が人妻なんですよ(笑)。自分はいちばん年下で、同期でも26歳とかなんで、それだとどうしても呼ばれる女の人の年齢が上になっちゃうんですよ。まあ、合コンのときは自分は26歳だとか言いますけど(笑)。

大田 年上は好き?

今谷 はい。自分がなよなよしているので年上のほうが好きです。

大田 引っ張ってもらったほうがいい?

今谷 自分が家庭をもったときに、奥さんに財布を握ってもらって、「あんたこれで一ヶ月過ごせ」と言われたほうがいいような気がして。そうでないと全部使っちゃうような(笑)。そっちのほうがいい生活できるかな。

石川 じゃあ、合コンでいい人見つけたい?

今谷 合コンは、終わったあと女の子と連絡取るとかよりも、その場でたのしんでもらえればいいです。

石川 それじゃ、彼女とかにはあんまり興味はないの?

今谷 彼女はほしいですけど、一人でいる生活が好きなんです。

石川 一人の生活って?

今谷 自分は、休みの日とか、何時に起きて、そのあと何するか、と自分でスケジュールを立てるのが好きなんですよ。それで、彼女のために自分の生活を犠牲にするというのに慣れていない、というのがあるんですよ(笑)。「お前マメじゃないな」なんて言われますけど。

石川 「慣れてない」っていうのがいいね(笑)。でも、彼女できれば慣れてくると思うよ。犠牲というのもなんだけど、犠牲にせざるをえないと思うよ(笑)。
今日は長時間ほんとうにありがとうございました。ふだん聞けないようなお仕事のことも具体的に聞けて、とても勉強になりました。

◎石川メモ

仕事をしている人

 今谷くんは仕事をしている人。最初のほうの「夕飯を何にするか決めるのは、自分たち下の者でみんなが食べられるようなものを決めます」といった話だけでも、ほんのちょっとしたことだけれど、「仕事をしているな〜」と感じる。みんなの意見を聞いてお楽しみ会みたいに夕食を決めてたら埒が開かない。
そして、今谷くんが就職してから心がけるようになった“丁寧な言葉づかい”、“遅刻厳禁”、“あいさつ”。これ、ほんとうに大切なことだと思う。そういえば、今谷くんは「個性」とか「自己実現」とか「夢」などといった言葉はいっさい使わなかった。
 今谷くんの話は具体的だ。だから、今谷くんの仕事には「夢」はないけれど、具体的な「目標」がある。その目標に向かって、「パチンコばっかやってるな! 地理や水利のこと勉強しろ!」とか、「市民への応対は丁寧な言葉で!」なんて怒られたりしながら、そのつど歩んで行く。仕事ってそういうことなんだと思う。

ある意味で幸せなのかも

 いわゆる就活で職業の適性診断というのがある。ぼくはそういうものを半分信じて半分信じない。人はだいたいはなり行きで仕事に入っていくんだと思う。けれど、今谷くんと話してみて、これは結果としてなんだけれど、適性ぴったりの感じがする。
 今谷くんは、愛する地元でずっと働ける、体を動かすことが大切な、そのつど深めて身につけるべき技術や知識がはっきりしている、人のために役立つ職業に就いた。もちろんこれから、たとえば高卒・大卒問題など、かなりシビアな問題に出くわすかもしれない。けれども、いまの今谷くんには仕事に関して肯定感がある。ついでに、地元には友だちもいるし、仲のよい家族、やさしいばあちゃんもいる。だから、ある意味で、いまの今谷くんは幸せなのかもしれない。
 でも、さっき、人はなり行きで仕事に入る、と言ったけど、仕事というのは、自分の選択のようでもあり、一方で、なんだか知らないけれど投げ込まれてしまったものなのだと思う。どうにもならないなり行きで、うまくいかないこともあって、仕事や人生に肯定感がもてない人だっているはず。そのあたり、どうなっているんだろうか。また他の若い人に聞きたくなった。

どうしようもないヤツを上手に流すこと

 ぼくなりに考えてみると、仕事をするということは、「どうしようもないヤツに出会う」ということを身をもってわかる、ということなんだと思う。同僚にもお客さんにも、かならずどうしようもないヤツがいる。
 今谷くんは、さらりと「人間関係で悩みはありません」と言っていたけれど、自分のなかで、どうしようもないヤツをきちんと判断しているのだと思う。もちろん、その判断の基準は絶対的なものではないけれど、ちゃんと「この人の言うことは聞く」、「この人の言うことは上手に流す」ということができている。
 大事な局面では合意をなんとかつくる、ということも大切だけれど、一方で、相手を「上手に流す」ということも大切だ。「みんなかならず分かり合える」、「どんな人でもかならずひとつはいいところがある」といったことはガチガチな理想にしないほうがいい。どうしようもないヤツに過度にむき合おうとするとエネルギーを使って疲れるし、相手に対する恨みもたまる。だから、「上手に流す」ということは自分を守ることでもあるし、人間関係の悩みを少なくするひとつの方法なのだと思う。

いただいた本●ニーチェはこう考えた

石川輝吉さんからいただきました。

書名●ニーチェはこう考えた
著●石川輝吉
発行●筑摩書房
定価●780円+税
イラストレーション●ささめやゆき
2010年11月10日発行
新書判/192ページ/並製
ISBN978-4-480-68850-7 C0210

Amazonで購入する

●目次
◯序章 うじうじした小さな人間のための哲学
熱くてグサりとくる言葉の人、ニーチェ/うじうじした小さな人間のための哲学/アンチのヒーローはいまどこに?/ニーチェの哲学の裾野は広い
◯第一章 二人の神様
〈いい子〉だった/若き大学教授の誕生/エリート街道の裏に/青春と神さま/ショーペンハウアーのほんものの哲学/どんなにがんばっても、どんなに人類が進歩しても/音楽は理想世界の予感/ワーグナーというほんものの音楽
◯第二章 ほんとうのある人
三つの道ゆき/ボロボロのニーチェ/自分の理想を問う/アポロンとディオニュソス/プロメテウスの神話/ニーチェがたたかおうとした相手/威勢のよかった青年文筆家
◯第三章 徹底的に台無しにすること
小さくなっていくニーチェ/ワーグナーと別れて/失恋にも似たような/冷ややかな哲学/不信を生きる/ぼくはこのゲームには加わらない/だんだんと明るくなる/「神は死んだ!」/永遠回帰
◯第四章 人間、このちっぽけな
ルー・ザロメとのこと/中心テーマは、生を肯定すること/ちっぽけな人間とはわたしたちのこと/強い者と弱い者/弱い者はねじくれる/虚無への意思/醜い小さな人間/なんだアイツ!/どうせオレなんてダメだ!/死ね、死にたい、すべてなくなれ/けっこう危うい「ほんとうは」/なかなかやめられないルサンチマン
◯第五章 うじうじくよくよからよろこべ
書き上げられなかった『力への意思』/けっこう広いニーチェの「ニヒリズム」/理想主義とニヒリズム/懐疑論とニヒリズム/行動するニヒリズム/ニヒリズムに欠けているもの/じつは身近なニヒリズム/「どうせ」という態度/永遠回帰というある受けとめの方法/うじうじはくよくよ/世界には根拠や目的はない/永遠回帰というニヒリズムの徹底/よろこびが生きる意味をつくる
◯第六章 みんな苦しんで大きくなった
自分のうちからよろこびを探る/「力への意思」のやっかいさ/人間は大きくなろうとする/うれしいこと、苦しいこと/自己増大と自己保存/人間は自分を守ろうとする/当たりまえがくずれるとき/みんな苦しんで大きくなった/ニーチェも苦しんで大きくなった

あとがき
参考文献

第7回 自分のなかの基準をもちたい──山崎麻美さん(22歳・女性・大学4年生)

山崎さんは、1987年に高知県佐川町に生まれる。父親は高校の先生。母親は小学校の先生。10歳上と3歳上の兄がいる(現在それぞれ都内に住んでいる)。山崎さんはその町で育ち、県立の商業高校を経て都内の私立大学へ。現在4年生。卒業後どうするかはまだ未定。
山崎さんは、物怖じせずにはきはき自分の意見が言える、自分のことを整理して語れる人という印象。
*2010年4月24日(土) 18時〜インタヴュー実施。

「家族はそれぞれ、自分のやりたいことをやろうよ、という感じです」

家族構成は、やりたいこと派の父方の祖母(昭和3年生まれ)、父(56歳)、上の兄(31歳)、そして山崎さん。とくに、父は「思いつき」の人らしい。一方、堅実派の母(52歳)と下の兄(25歳)がいる。

石川 どこで育って、どんな子どもでしたか?

山崎 高知県の生まれです。小中高と高知で育ちました。10歳年上の兄がいて、その影響からか、幼いころから東京に出るんだと思っていました。

石川 お兄さんってどういうひと?

山崎 二人の兄がいます。一番上の兄は10歳差、二番目の兄は3歳差です。一番上の兄は高知でおばあさんがやっている雑貨屋さんの仕入れを東京でやっていました。いまは私も含めてそれぞれ三人東京に住んでいます。

石川 雑貨屋ってどんな雑貨屋さん?

山崎 おばあさんは昭和3年生まれですが、1990年から雑貨屋さんをはじめました。お店は、洋服やティーポットなどを売っています。なんか宝探しみたいな店です。

沢辺 田舎の雑貨屋さん?

山崎 兄や私が東京から仕入れたものがあります。

石川 ご両親はどういうひと?

山崎 二人とも教師をやっています。母が小学校の先生で、父が高校の先生です。

石川 厳しい?

山崎 家族はそれぞれ、自分のやりたいことをやろうよ、という感じです。これをやってはいけない、あれをやってはいけない、と強く言われたことはありません。助言はあるけれど、自分がこれと決めたことは応援してくれています。

沢辺 お父さんとお母さんはいくつ?

山崎 お父さんは56歳、お母さんは52歳です。

沢辺 団塊世代よりちょっと若いご両親だね。

山崎 そうです。先生になるのも簡単だったみたいです。

石川 お父さんは科目は何を教えているの?

山崎 商業を教えていますが、デザインをやりたかったみたいです。

石川 お父さんは先生で、子どもにも安定した収入のある先生になるように、と勧めて、お兄さんが「おれはそんなふうにはならないんだ!」と家を飛び出した、とかそんな感じじゃないんだよね?

山崎 そうですね。そういう感じじゃないですね。父は思いつきのタイプなので、わたしや兄の「やってみたい」という気持ちをわかるところがあったと思います。従兄弟とかは、「ちゃんと高知に就職して安定した生き方をしなさい」とか言われていると思います。うちの場合は、お父さんもお母さんもこのつぎやりたいことを考えていて、わたしたちにも「やりたいことをやりなさい」という感じです。

沢辺 お父さんはなにやりたいって言ってるの?

山崎 うちの父はフランスが好きで、自分の教えている学校の修学旅行をフランスにしたくらいです。それでいまは、フランスでたこ焼き屋をやりたいみたいです。

沢辺 フランスでたこ焼き屋をやりたい?

山崎 はい。それから若手の芸術家を集めてギャラリーをやりたいとか夢みたいなことを言ってます。

沢辺 ちなみに、高知のどこ出身なの?

山崎 佐川町といって、高知市から車で一時間ぐらいのところです。

沢辺 お父さんもそこで生れたの?

山崎 お父さんはそこで生まれ、大学は千葉の商業大学へ行って、生れた町に帰ってきました。

沢辺 お父さんとお母さんはどこで出会ったの?

山崎 聞いてないです。うちはみんなそういうこと聞かなくて。

沢辺 土佐へ帰って勤めはじめてから先生同士で出会ったとか?

山崎 どうもそうでもないらしくて、母はいろいろあったみたいで、母の母(母方の祖母)が再婚して、その新しいお父さんと母はうまくいかなくって、高校を卒業すると家を飛び出して。それで、通信教育で先生の免許を取って、20歳すぎぐらいで父と結婚しています。

沢辺 オレの世代ではお母さんは少数派だね。その頃はもうちょっと社会は豊かになっていて。

山崎 母は勉強もできたみたいで、ほんとうは大学に行きたかったんです。私が日雇いのバイトをしたと言うと、日雇いよりも時間を大切にしなさいと言われます。

沢辺 数千円のために貴重な自由な時間を無駄にするな、と。ところで、母さんは父さんのようにフランスへ行きたいみたいのはある?

山崎 父と一緒にフランスに着いて行く、というのもあると思うし、おばあちゃんの雑貨屋を手伝いたい、というのもあるみたいです。

沢辺 そのおばあちゃんは父方のおばあちゃん?

山崎 そうですね。母方のおばあちゃんは、二年ぐらい前に亡くなって。わたしは好きだったんですけど、母は家を出たあたりから祖母とは、距離感が多少あって。病気になってから看病したことで、最後は交流できてよかったといっていました。
 
沢辺 お母さんはたいした度胸だったみたいだね。ちょうど第一次ディスコブームのあったその時代、そこそこみんな食える時代だった。そんなときに家を飛び出て自活するお母さん。通信の大学行って、って。いまならよけいそんなことやるひといない。

石川 じゃあ、お父さんは大学のとき遊んでた?

山崎 遊んでたと思います。バカだと思いますよ(笑)。

石川 なにしてたか聞いてる?

山崎 詳しい過去のことは聞いていませんが、やりたいことをやっていたと思います。母はそういう父にあこがれていると思います。で、うちの家族って、父と一番目の兄とわたしは似ているところがあって。母と二番目の兄が似ている。

石川 そういえば、二番目のお兄さんっていま何しているの?

山崎 いまは東京でシステムエンジニアをやっています。高知の理系の大学を出て。昔はわたしはあんまり仲良くなくて。わたしが「感情」で兄が「理屈」といった感じで。

石川 では、お父さん、一番目のお兄さん、山崎さんが思いつきというか、直感で行動するタイプで、二番目のお兄さんは堅実なタイプなんだね?

山崎 そうです。二番目のお兄ちゃんがわたしの就活についてもいろいろ言ってきます。二番目のお兄ちゃんはお金が好きです。ちゃんとお金を貯めてから世界一周をしたい、というタイプです。

石川 お兄ちゃんは世界一周はするの?

山崎 よくわかんないですけど。わたしとはちがうタイプです。

石川 じゃあ、お父さんは、山崎さんが「自分はこうしたい」という思いつきを言うと、「やりなよ」とすぐ言ってくれるの?

山崎 なんとなく、子どものやりたいことを察してくれて、アドバイスみたいなのはくれます。いつも「こうしたい」という話をしているのではなくて、節目節目に、ちょっとギャグっぽく、こういうことをやりたいというのを話します。家族って「いつもよりそっている」という感じじゃなくて、だいたいそうじゃないですか。

石川 家族は仲はいい?

山崎 そうですね。盆暮れにはぜったいみんな集まって。

石川 お父さんもお母さんも仲がいい?

山崎 そうですね。

「高校は高知市にある商業高校へ行きました。ラオスに学校を建てよう、というけっこう特別な活動をしている学校でした」

山崎さんはけっこう活動派。高校のときはラオスに学校を建てる活動もしていた。素直にまっすぐに参加していた印象。

沢辺 小、中で勉強はできた?

山崎 飛びぬけてできたわけではなかったです。国語とかは得意だったけど、中学校からバレーボールの体育会系になって、高校まで体育会系で、大学に入って、また文科系に戻った、というか。だから、勉強とかには劣等感があって。でも、お母さんやおばあちゃんに、「気づいた時が出発点だから、遅れじゃないよ」と言われると、「ああそうかな」って。

沢辺 じゃあ、クラスのまんなかへんぐらいだったんだ。

山崎 そうですね。

石川 学級委員とかはやったの?

山崎 やっていたと思います。勉強とかじゃない部分でうまい位置にいたのか知らないけど、クラスではやな思いをしたことはないです。

沢辺 リーダーっぽい感じ?

山崎 グループの名前はわたしになってることがあったけど、じっさいは権力はそんなになかったです。わたしが絶対ではなくて、別に誰かが影でリーダーとしているわけではないけど、わたしの言うことで決まるということはなかったです。いつもわたしが意見をいうので目立ってた、とか、そんな感じです。

石川 じゃ、山崎さんはさばさばするのが好きでうじうじするのはきらい?

山崎 そうではないです。わたしもうじうじしています。

石川 元気いっぱいの少女っていう感じもしたけど。

山崎 明るいけど、明るくいたいと思っているだけで、自分の暗い部分とかは流しちゃいけないんだな、と思います。他のひとと比べると、自分は悩んでないな、と思うこともあるけど、家庭環境とかちがうし、比べられないな、とか。

石川 いきなり悩みの話になっちゃったけど、ちょっとまだ聞きたいことがあって、高校は進学校だったの?

山崎 高校は高知市にある商業高校へ行きました。ラオスに学校を建てよう、というけっこう特別な活動をしている学校でした。叔父がそこの先生をやっていて、小さい頃からその活動を見ていて。高校三年間はその活動をしていました。商業高校だから、自分たちでお金を集めてラオスからものを仕入れてそれを売って資金を集めるという活動をやっていました。

石川 お父さんの弟も先生なんだ。

山崎 お母さんは一人っ子で、お父さんの兄弟の家系が先生をやってます。先生一家です。

石川 どういう活動だったの?

山崎 自分たちでいろいろ企画できます。ラオスに行ったときは、ただ行くんじゃなくて日本語を教えたり、日本の文化、よさこいを踊ったりしました。日本でも高知市の地域活性課と協力して、市内の商店街の地域の活性化とラオスに学校を建てる活動を合体させてイベントをやったりしました。

石川 ラオスは年に何回行くの?

山崎 年に一回行きます。

石川 すんなりその活動に入ったの?

山崎 「世界には難民がいて」と言われると、知りたい、という気持ちが強かったです。偽善だとか、これを将来のことにつなげようという考えはなくて、ただ興味があってやってました。

石川 すなおにスッと入っていったんだ。そういうのはいやだという学生はまわりにいなかった?

山崎 生徒会が中心になって動いていたんですけど、わたしは生徒会は暗い、まじめという印象をなんとかしようと思っていて。面白いことをやっているのに、生徒会のイメージだけで、活動に積極的でないひとも多くて。

石川 全体的に高校時代は「たのしい思い出」という感じがするけど、挫折みたいなのはなかった?

山崎 「自分がやってきたことは自己満足なのではないか」というのは大学に入ってから感じたことです。それまでは、自分がやっていたことを外側から見るということはなかったです。

石川 そういえば、小、中、高ってずっと同じ友だちだったの?

山崎 高校も幼馴染の子がいて、大学ではほんとうに一人で入ったので、ホームシックになっちゃって。うまく友だちもできなくて、わーっとなっちゃって。そのときに、あなたのやりたいことは何なのって聞かれて、そしたら勉強だと思って。それができてるからまずはいいんじゃないといわれて落ち着きました。それからいろんなところに顔を出すにつれて友達もできて。

石川 それがはじめての挫折だったの?

山崎 挫折っていうか、あんなになるとは思わなかったです。でも、挫折って難しいことばですね。

沢辺 なにかに打ち砕かれるというか。

山崎 そういえば「だれかに壊されたことってある?」と言われたことがあります。

「自分のなかの基準をもちたいです」

山崎さんは高校卒業後、自由な校風で知られる都内の大学に進学した。そこで大学を楽しくする活動にかかわるけれど、高校のときのようにうまくいかず、ちょっとした挫折も経験した。現在の悩みは「自分のなかの基準をもちたいです」とのこと。

石川 山崎さんは商業高校に通っていたから同級生は就職するひとが多い?

山崎 専門学校や大学に行くひとも多いです。

石川 山崎さんはなぜ大学に行こうと思ったの?

山崎 大学は推薦で受けたんですけど、最初は関西の有名私大を受けてだめで。たのしいと思える大学に行きたいと思って。それで、親が私がいま行っている大学を勧めたけれど反発して、他の大学を受けようとしてたんです。けれど、東京にいる一番上の兄に相談したときに、「その大学はいいよ」と言われて。そしたら、すんなり、その意見を受け入れて。それでいま行っている大学を受けました。いまは行ってよかったと思っています。

沢辺 その大学は受験するときになって知ったの?

山崎 いや、小さいころから知ってて。親が研究で行ってたりして。

石川 有名なんだ。うちの田舎の親も公務員だったけどあそこは知らなかったな。

沢辺 あそこって教員、インテリ、民主主義とか人権に興味があるひとに有名なんだよ。

山崎 父も興味があった大学です。一番上の兄も入りたかった大学だったようです。

石川 受験勉強はしたの?

山崎 高校受験のときだけです。でも、いまになって勉強がたのしいと思えるようになりました。

沢辺 勉強がたのしいって思えるのは、30とか40になってからだと思うけど?

山崎 大学の哲学のゼミに入って、考えたことを言葉にすることが面白くなって、それに相手を説得したり、納得させるためには、知識が必要だなと思ってからは知ることが面白くなって。もっとはやく気づけばよかったと。

石川 社会に出たり、仕事をはじめたりすると考えることって切実になってくる場面があるけど、そこの大学のゼミってけっこう充実しててとことん話すようだからそうなるのかな?

沢辺 あくまで個人的な意見だけど、あの大学のそういうところは危険だと思う。社会はそういうふうにできてない。

石川 その感じ、わかります。

沢辺 あそこの雰囲気って、簡単に言えば、甘やかされてそのなかで意見を求められて話をしているという感じ。そこでの勉強のたのしさって大学を出てからもち続けられるかよ、と疑問だね。ひねくれた年寄りの意見だけど。

山崎 質がちがうって感じですか?

沢辺 仕事で求められる意見とあそこで求められる意見はちがうという感じがする。あそこは意見を求めるけど、どんなことでもOKにするという感じ。でも、社会はあるレベルに達した意見ではないと認めない。

石川 ぼくの感じではあそこは危ういところがあるし、やさしいところがある。けれども、まず、その大学に入って山崎さんはいままでの自分を外側から眺められた。今度はその大学を出てそれまでの自分を外側から眺めればいいのでは?

沢辺 そうそう。

山崎 そういうのって、社会に出るとわかるんですか? 他の大学へ行ったらわかるんですか?

沢辺 社会に出るとわかると思うんだけれど、甘やかされているままだと大変だと思う。

山崎 ふーん。

石川 「やさしいあの場所に戻ろう」とか抜け出せないひともあの大学には多いよね。

山崎 そういうのよく聞きます。

石川 あとは、山崎さんタイプじゃないけど、アンチだと「いいね!」と言われて、そこばっか伸ばしてしまうひともいると思う。

沢辺 そうそう。たとえば、社会を否定してもなにもできない。否定の方法論をいくら学んでも現実をどうするかという解決には結びつかない。でも社会はその解決を求める。にもかかわらず、否定すると、こいつ考えてる、というのをOKとする雰囲気。

山崎 でも、そういうひとをまず受け入れるというところがこの大学のいいところではないかと。わたしは大学に入るまで否定に出会ったことがないので。否定をそれまで怖がっていたけど、大学に入ってそのひとの理由がきちんとある否定なら受け入れられるようになった。否定が怖くなくなりました。

石川 いま否定の話になったけど、大学でなにか否定されたことがあったの?

山崎 二年生のときに、「自分たちの学校は自分たちで楽しくしよう」っていう目的を元に自主企画ゼミを起こして、私はゼミ長だったし、みんなの意見をまとめたいと思ったんです。けれど、うまく全体をまわせなくて。活動の最後に仲良くしていた友だちに、「この活動は意味がなかった」みたいなことを書かれて。わたしはそれまで友だちなら否定はしないと思っていたので、すごくショックでした。なかなか受け入れられませんでした。

石川 どんな活動をやっていたの?

山崎 一年間、大学の食堂で使っているトレーをきちんと返しましょう、という運動をやって。うちの大学はトレーを食堂の外に持っていって食べてもいいので。「じゃあ、みんながトレーを自発的に返すようにできればいい」ということで、私たちも楽しくできる呼びかけを考えてポスターや看板を作りました。でも最終的に結果をとるなら、「罰金をとればいい」という考え方に分かれてしまってうまくまとめられなくて。

石川 高校まではみんなでたのしくやってたのに、この大学での経験はある意味挫折みたいなもんだったと。

山崎 いままでは、友だちだったら意見は分かれないと思っていたけど、この経験で、友だちだから、というのがよくわからなくなって。

石川 友だちでも協力できることはできる、協力できないことはできない、ということがわかった、と。友だち観も大学でけっこう変わったの?

山崎 変わったんだと思います。

沢辺 小、中ぐらいまではいっしょにみんなで大きくなるけど、高校、大学へ行くとひとがちがう。いままで知らなかったひとにはじめて出会うひと、いっぱいものを知っているひとは大きく見えた。まわりのみんなが大きく見えた、ってことじゃないかな。

石川 ぼくなんかはものを知ったり、斜めに見れるひとが大きく見えたけど、山崎さんはどうだった?

山崎 言いきれるひとがそうでした。自分はなかなか言いきれないので。

沢辺 言いきれることに反発はないの?

山崎 この意見がすべて、というのはいやです。言いきることができないことを言いきろうとするのが疑問です。

石川 山崎さんは、言いきれるひと、とかじゃなくても、あこがれているひとっている?

山崎 自分は開かれていたいというのがあります。限定されていないこと、自分が影響を受けているひと、あこがれているひとに自分は限定されないでいたい、という気持ちがあります。「自分のいる世界だけが1番」みたいな人には「なんでそうなのかな?」と。狭いひとにはあまりあこがれません。

沢辺 ほんとうはなにか?ということなんじゃないかな。

山崎 みんなに共通する理想はあるのかな?と。

沢辺 これは大きな悩みだとぼくは思うんだけど。

石川 柔軟っていいことだけど、ほんとうはなにかわかんなくなるよね。

沢辺 ほんとうのことがあるとして、それはどんなものなのか。それから、自分はこれだ、と思ったことでも親はそれを望んでいなくて、それもやっていいのか。いろいろ迷うよね。

山崎 自分の「こう」というのはほんとにそうなのか、と。たとえばわたしはあるコピーライターさんが好きだけど、自分のモデルはほんとうに正しいのかどうか不安です。なにかを競争のなかで比較して鍛えてきたことがないので。ひととの向き合い方でも、「ほんとうはどうなんですか?」と気になります。ゼミの先生がわたしのことをほめてくれても、ほんとうにそうなのか気になって。自分の向き合う努力が足りないのか、と。でも、だめだとは思わなくて、あせらなくていいと思っています。

石川 ひととのかかわりで困っていることはそれ?

山崎 わたしはひとの言うことに共感しすぎるところがあって。なんで自分はひとの言うことをすなおに受け入れるのか。納得しているのか。そういうことに不安があります。

石川 じゃあ、いまの悩みはなんですか?

山崎 自分のなかの基準をもちたいです。

石川 そうか、柔軟と見えるけど、じつは自分をはっきりさせたいわけだね。

山崎 歳をとっていって基準ができたらいいかなとは思いますが。

「雑貨の仕事をやりたいです」

山崎さんのいまやりたいことは、雑貨屋さん。好きなコピーライターがやっている活動に共感して事務所に「参加させてください」と押しかけてダメだった。いつか自分の雑貨の仕事に注目されて、その事務所に「来てください」と言われたい気持ちもある。以前に雑貨チェーンのアルバイトをやっていたときのこと、自分で自由にディスプレイできなかった。自分でお店をやったら自由にやりたいことができるとも思っている。

沢辺 卒業したらなにするの?

山崎 それまでは先生になりたいと思っていたけど、これはちがうと思って、他人の成長より自分の成長に興味があります。そしたら、あるコピーライターの人がやっているインターネットサイトの活動に出会い、そこで出している本とか読んだりしたら、そこで働きたいと思ったんです。大学三年生のときに、いきなり事務所に行って「バイトでもいいから働かせてください」と言いました。そしたら、「そういう人っていっぱいいるから」って断られて。それでもめげずに、今度は自分の思いを手紙で出して、でも手紙に返事がなかったので、今度はまた事務所に手紙をもっていって、「返事をください」ということをやりました。けれどだめで、いまは、おばあちゃんが雑貨屋をやっている影響もあってか、雑貨の仕事をやりたいです。その事務所に「入れてください」ではなくて「来てください」と言われるようになりたくて。そのきっかけとして。分散した興味をまず雑貨にして、そこから物を売ったり、出版をしたり、イベントをしたり、といったかたちで広げていきたい。まずはバイヤーになってフランスで働きたい。そのフランスへ行くお金を自分で貯めたいと思っています。フランスにはのみの市とか雑貨の文化があって。まずはそのステップとして、いろいろ探して日本でまずバイヤーになることを学ぼうと。

石川 インタヴューをはじめる前に、いま雑貨チェーンでバイトをやっているみたいなこと言ってたけど、それをつづけるの?

山崎 そこは三月でやめることになっていて、いまは友だちとグループ展をやることに集中していて、グループ展が終わったら、そのあとどんなふうにするか考えます。

沢辺 四月から仕事を探しはじめる、と。

山崎 そうですね。

沢辺 なんで雑貨なの? ありがちじゃない? それに、世の中みんな雑貨屋さんになったら米作るひといなくなっちゃうと思うけど?

山崎 なくてもいいこと、そういう場に興味があって。そういうところに自由を見ているんだと思います。地道な生活というよりも。

石川 地道ってどういうこと?

山崎 お米をつくる人は自分でそれを食べることができるじゃないですか。

石川 うーん、自給自足のイメージなんだ。

沢辺 宅急便のお兄さんとか世の中に役に立ってると思うけど。ぼくは本出して売る仕事をしてるけど、自分の仕事より、よっぽど役に立ってると思ってる。

山崎 でも、出版の仕事はたのしいわけですよね?

沢辺 なんとなく一個一個眼の前の情報を印刷物にしていたら、だったら本屋さんに置かれるものにしよう、と。決断の一個一個が積み重なって、それはそれぞれほんの小さなものだったけど、それが積み重なっていまの状態になったという感じ。
山崎さんのように、出版をしよう、みたいに、いまの状態を思い描いたことはなかったね。宅急便のお兄さん、工事現場でユンボ動かしているひと、お弁当屋さんで働いているひと、いまの日本社会の多くのひとはじつはオレのパターンじゃないかと思っていて。それでいい。そんなもんじゃないの、とオレは思っている。
山崎さんとかは「こういうのやりたい」というのがあって意外だった。じつを言うと、大学の同級生に「やりたこと」ってワケじゃなくて、たまたまコピー機を売る営業になったってひともいるんじゃないかな? オレはたまたまでいいと思う。
むしろ、いまは「やりたいことをやりなさい」とまわりから言われていて、それはプレッシャーなんじゃないかな、と。それで、山崎さんはなんでクリエイティヴなの?

山崎 自分で決められる仕事をやりたいと思って。「こうしてはいけない」とは言われないような、自分で決められる仕事をやりたい。雑貨チェーンでバイトをしているとき、クリスマスのディスプレイをつくることになって、わたしはそのディスプレイにそのお店で売っているラムネを入れた。ラムネの本物を使うことで雰囲気もよくなるし、子供もよろこぶんじゃないかと思って。そしたら、社員さんから「ラムネの中身を食べ物ではないティッシュとかに変えてほしい。食品をそういうかたちで展示すると危険性があるので」と言われたんです。社員さんは、きっと、会社全体のことをかんがえてそう判断したのだと思うのだけど、そのことで余計自分で雑貨屋さんをやりたいと思いました。

沢辺 それは決定的にちがうと思うな。自分で雑貨屋さんをやれば自分で決められて自由になれると考えるのはちがうと思う。ほんとに自由をつくりだせるひとは会社のなかでも自由をつくりだせるはず。

山崎 ラムネのときもできるんですか?

沢辺 いまできるとは思わないけれど。
若い山崎さんがいまできないことは個人的能力の結果とは考えない。でも、どこかに行くと自由があるという考えはだめで、ほんとに自由を作り出せるひとはどこでも自由でいられると思うよ。
こないだのテレビでやってたカンブリア宮殿の花屋の社長、世間的に成功したひとと言われているひとも、さいしょは偶然のいきがかりで花屋になった。けど、その仕事と真剣に向き合った結果、そこにのめりこんでいった。
どんなところでも面白いものをみつける力があることが大切だと思う。ちょっと説教くさくなっちゃったけど、「ここには自由がないけれど、どこかに自由がある」という考えはまちがっていると思う。

石川 ぼくもその話は勉強になります。ぼくもある意味で山崎さんと同じようなクリエイティヴ志向だったので、「もの書きの弟子になったら自分の好きなことできるんじゃないか」と思って弟子になったけど、じっさい弟子になったら、言われることをやることばかりで。それで、自分でやりたいことをやりたい、というか、クリエイティヴなものへのあこがれを徹底的になくしたら、なくしてもらったら、自分で本が書けるようになったというか。

山崎 お二方が言っていることはよくわかるんですけど。ラムネの件も、会社のせい、「顔の見えない大きな組織だから、そういうこと言われるんだ」という感じがありました。

沢辺 よくあるビジネス本にも書いてあるけど、たとえば、そういう雑貨チェーンのいまの問題も、創造力を、どう現場から生みだすのかってことなんだよね。こうやったら売れるかもしれない、というのも含めて、働いているひとが自分自身でなにかを生み出せるか、というのが会社のいまの問題。でも一方で、現実はなかなかうまくいかない。たとえば、アルバイトに全部お店をまかせてしまったら、うまくいくはずがない。そこのところがいまのほんとうに上にいる偉い人が考えてることだと思う。

石川 山崎さんは、上から言われることっていやだった? 逆に、「本物のラムネがいいんです」って言っている自分をいやだと思わない?

山崎 上の人からの説明に共感できればよかったんですけど。

沢辺 でも、あえていえば、そこまで止まりだったんだよ。代案が提示できない自分もいるわけじゃん。

山崎 バイトだったから、というのがあったかも。

沢辺 でも、バイトでもやりたいことはできるはず。

石川 ほんとは、「上から言われて」ということじゃないかもしれないしね。

沢辺 世の中には、たいした理由もないのに決まっていることも多いよ。
国立国会図書館では、本のカバーは捨てちゃうんだけど、そこに厳密なルールやたいした理由もなくて。
むかしは、パラフィン紙というぺらぺらの紙を本のカバーとしていたので、それは捨ててもよかった。でも、だいぶ前からカバーの意味は変わってきた。
カバーは保存の意味ではなく、多くのひとに手にとってもらうためのものになった。デザイナーはそこに力をつくしている。でも、カバーを残しておこうよ、と行動に移すひとは誰もいない。図書館の現実がなかなか動かなければ、カバーを捨てないでとっておく、ということをひとりでやることもできる。ひとりだってできることもあるんだ。
たとえば、戦後すぐのカストリ雑誌を保存していたひとがいて、これは捨てられてしまうもので、それを保存しているのは当時はばかにされていたと思うけど、その個人の意欲はいま、すごいな、と評価される。ひとりでできることだってある。こういうひとは自分の自由を増やすことができる。自由なひとはこうやって自由を見つけだすひとだと思うんだ。
山崎さんは自分で雑貨屋をやると自由だと思ってるみたいだけど、オレなんて独立して自分で出版社を立ち上げたけど、まず思ったのは、自由じゃない、ということなんだ。だって休めないもん。休んじゃうと不安で不安で。お客さんも来なくなるんじゃないか。休むという自由ですら勤め人のほうがあるぜ。

山崎 「休んでもそのお店に魅力があれば」という発想はないんですか?

沢辺 もちろんそういう思いはあるよ。思いたい。でも、自分のお店に魅力がある、というのがまちがっていたらそれは怖い。ほんとうに魅力がなかったらおしまいだよ。そこが不安なのよ。

山崎 わたしのいまの考え方だと、「休んでもその間になにかを蓄えて帰ってくればまた魅力になるんじゃないか」というのがあるんですけど。

沢辺 たとえば、ある飲み屋が、日曜日やってるって、わかってて、行ってみたら「臨時休業」ってなってて閉まってて、そうすると、「今度もまたここ来よう」というモチベーションは下がるよ。

山崎 そこって絶対なんですか? 「ああ、空いてないんだ、また来よう」ぐらいには思わないんですか?

石川 いやあ、ひとはそんなにやさしくないと思うよ。

沢辺 オレ、やさしくないもん。

山崎 「しょうがないか」というのはないんですか?

沢辺 もちろんお店に抗議したりはしないけれど、行きたいときにそのお店が閉まってると確実に、つぎもそのお店に行こう、というモチベーションは下がるね。

山崎 でも、みんながそうなっちゃったら?

石川 えっ!

沢辺 ぼくらは自分の行動には決定権はあるけど、他人の行動に決定権はない。いっせいに「あんまり働かないようにしよう」、「みんなで休むようにしよう」と思うのは現実的ではないよ。

山崎 休んでも、ほかに魅力をつけるようにすればいいのでは?

沢辺 それはそう。でも、そうするには二倍の努力がいる。だから、休まないようにして、マイナスな条件を減らしていくほうが楽チンだと思うよ。一個一個の選択肢を埋めていくというのはそういうことで。うーん、説教くさいな〜。

石川 たとえば、世の中に100件のお店があって、「じゃあ、この日はぜんぶのお店で休むようにしましょう」ということになったら、1軒だけぬけがけして休んでないお店がもうかるよ。

沢辺 本屋さんがそう。組合があって、ぬけがけを禁止するような方向で進めてきた。その結果なにが起こったか。自分のお店の魅力をどう上げるか、ということを考えなくなった。いまは本屋さん全体が衰退してしまった。ぬけがけをつぶしていく、という方向ではうまくいかないんだ。競争というか、「人をたたくんじゃなくて、自分はどうするか」という方向のほうが、これからの社会の方向を考える上で妥当性が高い。

石川 こういうのははじめて聞く話?

山崎 そういうことがわかっていなかったからか、「バイトでできなかったことを自分でお店をもてばやれるかも」と思ってました。その場、その場でできることを考えずに、つぎへつぎへと考えてしまっていたと思います。でも、いまの話を聞いていると、その場のできることに集中することで、たのしさが生れるんじゃないか、と思えてきました。

「たのしむために仕事をする、というか」

山崎さんの仕事のイメージは「たのしいこと」につながっている。雑貨屋さんをやりたいというのも、そういうイメージとつながっている。

石川 山崎さんにとって働くことのイメージってなに?

山崎 こうあってほしい、というので言えば、たのしむために仕事をする、というか。

石川 仕事イコール「たのしいことやること」という感じ?

山崎 うん。毎日やることだから。

石川 それがいまは「雑貨屋さんをやる」ということなんだね?

山崎 自分がたのしいと思い、力が注げるのはそうなんじゃんないかと。

石川 地道っていう言葉が出てきたけど、一般に、クリエイティヴ以外のところで働いているひとのことってどう思う?

山崎 「すべてのひとが自分のやりたいことを仕事にしていないんだな」と思うし。「やりたいことは趣味でいい」というひともいる。同じ同級生でも、「働かずに主婦になりたい、それが夢」というひともいる。反感はもたないけれど、そういうひとには、「さみしくないのかな」と。「趣味じゃない領域で、自分を試したいと思うことはないのかな」と。家庭に入るというのは、「〜のために」というイメージがある。わたしは自分がいちばん大切で、自分がたのしいことをやりたい。

沢辺 「仕事はたのしいもの」と言ってたけど、食い扶持を稼ぐというのはないわけ?

山崎 そういうふうに稼いだことがないので、まだよくわかりません。

沢辺 でも、生物なんだからそこが基本になるというふうにも考えられるけど。

山崎 でも、やっぱり、自分のたのしいことをやりたい。うちの親もそういうふうに育ててくれて、自分もやりたいことをやっている自分を親に見せたいです。

沢辺 たのしいことと生きることは対立してるんじゃなくて、どちらかを優先しなくちゃならないときもある。そういうときは生物なんだから、やはり食うために稼ぐことが優先されることもあると思うけど、そういうのは全然ないのかな?

山崎 ほんとうに食べなきゃいけないというお金の稼ぎ方はいままでしてこなかったし、アルバイトも自分のお小遣いを稼ぐことだったし。そういうことは、これからの課題かと。

沢辺 この春大学を卒業して、四月から仕送りは止まるの?

山崎 仕送りはなくなります。

沢辺 貯金いくらなの?

山崎 貯金ないです。

沢辺 家賃はいくら?

山崎 五万七千円。

沢辺 たいへんだ〜。

石川 メシ食うために、というのは四月からリアリティをもつかな。でも、そういう自分はなんでつくられたのかね? このインタヴューのはじめにお父さんの話をしてくれたからお父さんの影響もあるのかな?

山崎 家族の影響もあるかと思いますが、「その時々のこと、起こることを流さずにとらえたい」ということがあるかと。

石川 けっこう自分はまじめにやってきたということ?

山崎 ひととかかわることを大切にしてきたかと。

石川 さっき話してくれたラムネのこともひととかかわることだったけど、それは納得しなかった?

山崎 あのときは、「この場をなんとかしよう」というのではなく、ちがう場所を求めていました。

石川 では、社会のイメージってどういうもの?

山崎 もがいている。

石川 だれが?

山崎 みんなもがいている。

石川 自分もその中にいる?

山崎 いる。

石川 自分のもがきとは?

山崎 自分についてもがいている。この一年は自分についてもがきました。ほかの人に興味が行かなくて、自分について悩みました。

石川 それは将来のこと?

山崎 学校とか所属するものがなくなって、「自分の場所をつくらなくちゃ」とか。

石川 そこで、雑貨屋とか、場所ということなんだ。

山崎 そうですね。

石川 今回も、いろいろ面白いんじゃないでしょうか。

山崎 いろいろ話が飛んじゃって。

沢辺 オレ、しゃべりすぎ?

山崎 そんなことないです。たのしかったです。自分の知らないことを教えてもらって。

沢辺 はげましているんだけど、事実を見つめて、それをなんとかしようというひとはなかなか少なくて。みんなできない理由を探す。その環を抜け出すのはすごく大変。オレもそうだけど。

山崎 でも、それを崩してきたのでいまの社会があるわけですか。

沢辺 そういう社会になってないかもしれない。そうなってないかもしれないけど、みんないろいろ眼の前のことをなんとかしようとして動いてきて、少しずつ変わっていくというか。

石川 これから、見ず知らずのひとに自分が評価されるということはどう思う?

山崎 自分の知らないことがわかるから、たのしみです。

沢辺 でも、その働きたいと思った事務所に行ったときは怖くなかった?

山崎 怖かったです。でも、自分を客観視できたから。

沢辺 それはいまだから言えることでは?

山崎 でも怖かったけど、失うものはないなって、これからも自分のやりたいことをやっていく、というか。

石川 いろいろまた聞くかもしれませんが、もう時間ですね。今日は長時間どうもありがとうございました。

◎石川メモ

やさしい暮らし、やさしい世界、やさしいお店

 インタヴューのなかでは、ぼくも少し厳しく山崎さんの「やりたいこと」についていろいろ言ってしまった。けれども、問題にしたほうがいいのは、これはメディアがつくりだすものかもしれないけれど、やさしい暮らし、やさしい世界への幻想みたいなもののように思える。
 主に女の子が好むような、もちろん、さいきん流行のエコもからめたような、すてきな雑誌やサイトがある。雑貨、かわいいもの、おいしいもの、きれいなもの、それにもちろん、エコなものも満載で、クリエイティヴなこともやってます、という風味も添えて、はんなりしていて、やさしい暮らしが提案されている。こういうやさしい世界にあこがれる人っていっぱいいると思う。
 メディアに取り上げられているやさしいお店は、いかにも、仕入れで何日もお店を閉めてもお客が逃げないようなお店に見える。「フランスで仕入れなんてステキ、つぎはどんなかわいいものが入るのかしら?」と待っててくれる、これまたやさしいお客さんがいるように見える。けれど、これ、現実だろうか?
 ぼくは、東京の高円寺という雑貨屋や古着屋の多い、いわゆる「若者に人気の街」にもう20年近く住んでいる。この街を見ると、ほんとにつぶれる店が多い。たとえば、20年という長いスパンで見ると、ぼくの記憶しているかぎりで残っている古着屋は1軒しかない。雑貨屋は1軒もない。
 もちろん、繁盛して、もっと栄えている街に移転した店もあるかもしれない。けれど、大方はつぶれてしまったはずだ。外装もかわいい小さなお店が「長い間ありがとうございました」の張り紙で閉まっていくのをよく見かける。お店がかわいいだけにすごく悲しい気持ちにさせられる。そして、その空いたテナントにまた新しいかわいいお店が入る。街じたいは、いつもかわらず若者に人気の街なのだけど、そこには無数のやさしさの幻想の屍がある。
 べつに、やさしい暮らしの提案や、やさしい世界へのあこがれを全否定するつもりはないけれど、やさしさをめざして滅びた残骸というか、そういう矛盾の部分、やはり見えたほうがいいと思う。『やさしさ残酷記』みたいな本、あったらぜひ読みたい。

生活と信用

 「クリエイティヴなこと」、「なにかを表現したり、作品をつくりだすこと」を仕事にしたい。しかも、それが「たのしいこと」。こういうのが山崎さんの仕事観なのだと思う。
 ぼくは、本を書いたり、こうやってネットに文章を載っける機会をいただいたりして、世間的に言えば、クリエイティヴな仕事をしている。自営業だ。沢辺さんが、「自営業はすごく不安」と言っていたけれど、ぼくも不安。仕事をやるだけでなく、仕事をとってくるのも自分だし、なんと言っても、自分のこのお店がつぶれるのが不安だ。
 もし、「こいつに書かせても面白くない」と思われれば、生活していけなくなってしまう。期日までに原稿を仕上げなければ信用がなくなって仕事も来なくなってしまう。どうしても遅れてしまったら謝る。けれども、遅れてしまうことが何度もつづいたらもう仕事が来ないんではないかと不安になる。それこそ、20年、このお店をつづけられるだろうか。不安になる。
 「自己実現」、「やりたいこと」、「クリエイティヴ」、「たのしさ」といろいろ仕事の有意義さはあるようだけれど、やはり、「生活」ということが仕事の意味なんじゃなかろうか。お金を稼いで死なないように生きていくこと。それで、これは自営業でもサラリーマンでも同じだと思うけれど、自分の「信用」をどれだけ確かなものにするか、そのためにとにかく眼の前にあることをがんばる。
 「生活」と「信用」と言うと、いかにも味気ないように思えるけれど、これが土台となって、こういうものが積み重なって、結果として、後から、「自己実現」、「やりたいこと」、「クリエイティヴ(なにかを作り出した感)」、「たのしさ」がついてくるのだと思う。
 たぶん、いま、仕事と言うと、とかくこうした結果のほうが強調されて、基本の「生活」と「信用」があまり大切だと受け取られていない感じがする。

第6回 努力している自分が好き──坂本真紀子(23歳・女性・勤務歴1年目)

坂本さんは、1986年に富山県氷見市に生まれる。父親は農業関係の技術者(56、7歳、地方公務員)、母は幼稚園の先生(50歳)。精神保健福祉士をやっている姉がいる。両親、姉は富山県の実家でいっしょに暮らし、坂本さんだけが東京でひとり暮らしをしている。
坂本さんは県下でも有名な公立高校を卒業後、都内の有名私立大学に入学。大学ではマスコミサークルに入り、学生時代から少女ファッション誌のライターとして活躍していた。就職浪人を一年したのちに、以前から就職したかったマンガの出版社に入社。インタヴューに来てくれたときは新人研修の時期だった。
坂本さんはよくできる人。しかも、隙なくよくできる人の印象。でも、けっして嫌味がない。バランスがある。
*2010年4月9日午後8時〜インタビュー実施。

「撮影についていって、ポーズとかも言って、カメラマンさんに撮ってもらった写真があがってくると、選択して、ラフ切って(紙面のイメージをつくって)、合番(通し番号)ふって、あと、原稿を全部書いて」

大学時代から中学生向けのファッション誌のライターをやっていた坂本さん。学校はほとんど行かず、ライター仕事が生活のメイン。かなり本格的にやっていた。

沢辺 どんなきっかけできょうは来てくれたの?
坂本 大学時代のサークルの先輩(ポット出版スタッフ)が私とアイドルオタク友達で、その先輩に声をかけられて来ました。
沢辺 坂本さんはアイドルは誰か好きなの?
坂本 私はBerryz工房の嗣永桃子、ももち、って言うんですけど、その方のことが好きで。
沢辺 俺はモーニング娘。しか知らない。
石川 Berryz工房はモーニング娘。の仲間、みたいなもんだと考えればいい?
坂本 そうですね。妹みたいなものですね。
沢辺 つんく♂?
坂本 つんく♂です。
石川 追っかけなの?
坂本 追っかけはしてないです。ファンには現場ファンと在宅ファンとがいて、私は、ライヴとか握手会に参加する現場ファンではなく、在宅で満足してるほうです。
石川 在宅はどんなことしてるの?
坂本 (笑)動画とか見たりしてます。動画を見て萌え萌えしてます(笑)。
石川 かわいいの?
坂本 かわいいです。もともと、取材で嗣永桃子さんに会ったことがきっかけで、そこからハマってしまって、アイドルなんてぜんぜん興味なかったですけど、あまりのアイドルらしい行動にすごいキュンとして、在宅ファンになったんです。
沢辺 その取材は大学のサークルの?
坂本 いえ、大学一年生のときから大手出版社の子会社が出してる中学生向けのファッション雑誌のライターをやっていて、そのつながりでのインタヴューです。
石川 じゃあ、大学のほうは単位をとるだけで、ライターの仕事を主にしていたの?
坂本 そうです。
石川 高校生のときから何か書いていたの?
坂本 いえいえ。大学一年のときに、その編集部から、「若い子の感性がほしいから」ということで、学生ライター募集のメールがサークルにまわってきて。それでやることになったんです。
石川 一回何文字くらい書くの?
坂本 文字数ではなく企画数を単位としてなら言えます。企画数で言うと、毎月2、3個やっていました。一つの企画が2ページ、4ページ、6ページとあるんですけど、担当はその企画ごとに決まっていて、その担当がライターも雇います。一時期ライター不足で、そのライターとしても雇われました。
石川 どんな企画をやったの?
坂本 すごくいろいろやりましたけど、読者ページだと、バレンタインデーに男の子に嫌われないようにチョコレートを渡す方法だとか(笑)、男子に話しかけるテクニックだとか(笑)。私は読者ページのほうが好きでした。本編のほうは、もっとありきたりで、靴だったり、鞄だったり、ポーチだとか。
石川 雑誌だと写真だとかも入れなくちゃだけど、それもいっしょにやったの?
坂本 撮影についていって、ポーズとかも言って、カメラマンさんに撮ってもらった写真があがってくると、選択して、ラフ切って(紙面のイメージをつくって)、合番(通し番号)ふって、あと、原稿を全部書いて。
石川 一年生からそれを全部やっていたの?
坂本 そうです。
石川 すごいねー。
坂本 いえいえ。
沢辺 できたとしたらすごいよ。
坂本 編集部員が15人いて、そのうちの二人が私の仕事を気に入ってくれて、あとの13人はたぶん私のことを使えないと思って切っていたと思います。
沢辺 たぶん、いまの話を聞くと15人編集者がいて、その人たちが、企画を決めて、カメラマンやライターと連絡をとって進行を決めて、あとはそれをもとに、坂本さんたちが実際に動く、そんな感じだと思う。
坂本 そうですね。
沢辺 18歳かそこらでそれをやれるってのもすごいとは思うけど?
坂本 いえいえ。私のあとに学生ライターも増えて、3分の1ぐらいが学生でした。
沢辺 月刊だった?
坂本 月刊です。
沢辺 月いくらくらいもらってた?
坂本 まちまちですけど……。
沢辺 あっ、ちょっと待って、1ページやると1万5千円から2万円ぐらい? 
坂本 そうですね。はじめ1万円だったんですけど、今は2万円でやってて。連載があったんで、月6万円は絶対もらって、企画の量で月15万とかそれくらいでした。
沢辺 じゃあ、学生としてはめちゃくちゃ稼いでるじゃん。
坂本 そうですね。それに力を捧げすぎて勉強がおろそかになって。
沢辺 授業は単位を落とさない程度にぎりぎりだったんだ。
坂本 学部のほうもあんまり出席しなくていいようなところだったんで。
沢辺 じゃあ、学校の生活時間と出版社の生活時間の割合はどれくらいだったの?
坂本 学校が1、出版社が6ですね。ほんと二十時間以上働いてたこともありました。
石川 それで、月15万もらって。
坂本 忙しい時期はそうですね。
沢辺 で、仕送りももらってたんでしょ?
坂本 仕送りで家賃と学費を払って、自分で稼いだお金を全部おこづかいにまわせました。
沢辺 自分のライターやってた出版社の親会社の就職試験は受けなかったの?
坂本 いえ、その子会社は親会社と仲が悪かったし、自分はマンガの編集をやりたかったんですけど、その親会社はマンガをやってなかったので受けてないです。

「大手三社だけでなく、マンガをやってる出版社は手当たり次第に受けました」

坂本さんはファッション誌のライターをいちばんやりたかったわけではなかった。むしろ、マンガの編集に興味があった。小学生の頃から、マンガが大好きで少女マンガだけでなく少年マンガも読む。父親(現在56、7歳)もマンガ、アニメ、ゲーム好き。姉もマンガ好きで、中学一年生の頃から、BLを読んでいた。坂本さんもBLに興味があった。
一年就職浪人後、めでたくいまの会社の坂本さんは内定。しかし、内定が決まったとたんに会社にバイトで呼ばれ、いままでのファッション誌のバイトと二重で働くことに。

石川 いまは就職したばかりで、研修中と聞いているけど?
坂本 はい。
石川 いま23歳だと聞いたけど浪人したの?
坂本 就職浪人で、大学を一年留年しました。
沢辺 浪人したときはどんなところに落ちたの?
坂本 もうマンガのあるところは全部受けて。大手三社は筆記で落とされて、面接まで行かなかったのがすごく悔しくて。こんな熱い思いがあるのに、と無念で。それが留年した理由でもあります。大手三社だけでなく、マンガをやってる出版社は手当たり次第に受けました。ただ、いま採用された会社はその年は募集がなくて、留年した年に二年ぶりに募集をかけて、それを受けて受かりました。
沢辺 何人採用だったの?
坂本 四人です。
沢辺 すげぇな。
坂本 いえいえ、狭い世界なんで。
石川 そう言えば、大学のときにライターをはじめて、マスコミの世界にかかわることができて、もしぼくだったら、けっこう天狗になったと思うんだけど、そのへんはどうだった?
坂本 さいしょはすごく天狗でした。ばりばり働いて、華やかなイメージで。『働きマン』のような。でも、私より後に入ったライターのフリーターの子が契約社員になってなったらひどい扱いをうけて辞めることになって。それから、新人が三ヶ月で五人も辞めるのも見ました。そういうのを見てると、あこがれやかっこいいとかいう思いもなくなって、自分はあんまり入れ込みすぎないほうがいいな、と。天狗になっていたときは、ライターで生きていくのもいいな、と思ってたんですけど。
沢辺 それは、その特定の人、その特定の出版社の問題だと思う?
坂本 上がみんなひどかった、上が尊敬できない人だった、というイメージがあります。
沢辺 でも、それって、いま就職した出版社だって同じことが起こるって可能性だって十二分にあるわけじゃん?
坂本 うーん。でも、ライターをやっていた出版社はすごくハードで、編集をやっていた人は半月で二回しか家に帰れない、ということが当たり前のようなところでした。けれど、いまの職場は、一回徹夜したらつぎの日は休める、というふうに会社としてもしっかりしているんで。
沢辺 でも、そんなの現場に行ったらわからないよ。
坂本 いやいや(笑)、就職が決まってからいまの会社でも編集部でアルバイトをしていたんで。
沢辺 就職試験はいつだったの?
坂本 3月に試験を受けて、6月に内定が発表されて、7月にアルバイトしないかという電話が突然かかってきて。まだライターをやってきた出版社の仕事をやっていたので、「ハードだったらやりたくないな」と思っていたんですけど、社長との面接で、「社会人として大切なことはなんだと思う?」と聞かれたとき、自分は「NOとは言わないこと」と答えていたので、とりあえず「やります」と言ったんですよ。そしたら、まさかの週5で。8時間労働で、夏休みは毎日働いて。学校の日だけお休みをいただいて。その仕事をやりつつ、ライターの仕事もやってました。
沢辺 ライターの仕事もやってるって会社は知ってた?
坂本 はい。
石川 そうすると二重で働いていたわけだよね?
坂本 はい。
沢辺 稼いでたね〜。もう貯金は山ほど?
坂本 ないです。ないです。
沢辺 なんで? 使うヒマもないじゃん?
坂本 すごい使っちゃいますもん(笑)。
石川 なににそんなに使うの?
坂本 食費(笑)。
石川 食費っていったって、そんなにかからないと思うけど(笑)。
沢辺 そんなに食えないでしょ(笑)。
坂本 飲み会とかも行きますし。
石川 じゃあ、一杯どれくらいの酒飲んでるの?
坂本 そんな高いところ行ってないですよ。「月の雫」とかで飲んでますし。
石川 (笑)え? 「月の雫」でそんなに飲んじゃうの?
沢辺 (笑)「月の雫」じゃそんなかからないよ。えっ、呑み助ってこと? 一回行ったらボトル一本かならず空けますよ、みたいな?
坂本 (笑)そんな飲まないですよ。でも、食べるんです。
沢辺 一日5000円使ったってさあ……。
坂本 いやあ、高い。それは使わないですよ。二、三千円とかです。
沢辺 でしょ。じゃあ、一日3000円使ったとしたら9万だよ。
坂本 なくなっちゃうじゃないですか。いまの会社をアルバイトをはじめてから、ライターのほうの企画がたくさんできなくなって、お金が減って。
沢辺 じゃあ、かならずしも稼げてたわけじゃないんだ?
坂本 そうなんですよ。ライター一本のほうがいい稼ぎになってたんですよ。一回、ライターのほうの企画の量も前と同じようにやろうとして死にかけて。
沢辺 ライターの仕事をやめる選択肢もあったのでは?
坂本 私、「NOとは言わないこと」なんて面接で言いましたけど、ほんとにNOとは言えない性格なんですよ。担当さんに頼まれるままずるずると。
沢辺 「これだけやってくんない?」と言われると断れないというか?
坂本 そうなんですよ。「これで終わりだから、お願い」というのがずっとつづいてしまって。

「高校のときから、もう、マスコミのサークルに入って、そのツテでマスコミ関係のバイトをする、まで考えてて」

高校のときから、マンガの編集者になろうと思い、その道を着実に歩んでいる坂本さん。言ってみれば、夢にむかって一直線、という感じなのだけれど、そんな過剰な印象はない。すごく淡々と、シビアな現実ともそのつど向き合いながら、編集者への道を歩んでいる。

石川 ところで、大学もマンガの編集者になる、ということを基準に選んだの?
坂本 出版社はだいたい東京にあるから、東京に出なくちゃだめだな、と思っていました。
石川 いつぐらいからそういうふうに思ったの?
坂本 高校のときですね。
石川 それは夢だったの?
坂本 そうですね。
石川 マンガの編集者になる! と思ったら、東京の大学へ行く! というのが自分の思い描いた道?
坂本 そうですね。
石川 でも、東京の大学もたくさんあるけど?
坂本 マスコミに就職するにあたって強そうな大学ということで自分の大学を選びました。
石川 猛勉強したの?
坂本 受験勉強は友だちといっしょにしてて、むしろ楽しかったです。
石川 話はかわるけど、ぼくなんかから見ると、坂本さんって、あこがれの仕事に就いた人なんだよね。マンガの編集をやりたい、という夢があって、東京の大学、それもマスコミに強い大学に入って、そこで、マスコミ関係のサークルに入ったのもなにか自分の夢みたいなものに合わせての選択?
坂本 それはありましたね。全部そうですね。高校のときから、もう、マスコミのサークルに入って、そのツテでマスコミ関係のバイトをする、まで考えてて。
石川 外から見ると、マスコミの世界なんて華やかだと思うんだよね。さっき話してくれたんだけど、それを華やかだと思わなくなったのは、上司のこととか、たくさん働かされるといった劣悪な環境ということ?
坂本 そうですね。それを見て出版社なんて最低と思っていたらマンガの編集をめざして就職活動なんてしてないと思いますけど、まあ、あの出版社に対しては幻滅したと思います。
石川 じゃあ、ちょっと言い方を変えるけど、まだ夢はつづいている?
坂本 マンガの編集になりたいという夢はずっとあります。
沢辺 じゃあ、ちょっと陳腐な表現ですけど、いまは期待に胸を躍らせている、という状態? 好きなマンガの編集ができる、あーたのしみって感じ?
坂本 いや、ぜんぜん。
沢辺 なんで?
坂本 8月からアルバイトして、「ここも人間関係大変そうだな」と。先輩には、「人間関係で失敗したらここには居れないよ」って言われてびくびくしているところです。
沢辺 ということは、またあのライターをやってた出版社と同じことになるかも?
坂本 ぜんぜんちがいますよ。あそこは人間関係がひどくて。
沢辺 ということは、不安はあるけれども、いまの会社は、12月から働いてきた感触から、前の職場とはレベルがちがう、と。
坂本 ぜんぜんちがいますよ。ほんとにちがうんです。前の職場では誰かがヒステリーによって金切り声を上げていて、ペンが投げられて飛び交っているような状態で。「お前いいかげん死ねよ!」と言われて怒られている人が泣いているような、そういう職場です。いまの職場はそういう職場ではありません。
沢辺 しつこいようだけど、なんでそんなひどい前の仕事、足掛け5年もつづけたの? 誤解かもしれないけれど、それって偉くない? みんな辞めてったわけでしょ?
坂本 ほんとうに大変なのは一ヶ月のうちで一週間ぐらいで。私としてはそんな苦じゃなかったです。
石川 この道もいずれはマンガの編集の道につづいている、という考えもあった?
坂本 まあ、そのライターをはじめたこと自体も就職活動のひとつで、編集の仕事に就くために有利かな、と思ったんですよ。その気持ちはありました。
石川 ずっとこう、「マンガの編集へ」という道があって、そう生きてきたのはわかるけど、それ以外の生き方って考えられなかった?
坂本 ライターで生きていこうかな、というのはありました。ファッション系をやっていたので、そこをやっていくしかないな、と思っていましたけど、ゆくゆくは「ファミ通」とかやりたいな、と。
石川 じゃあ、書きたい人?
坂本 いや、そのときはそんなテンションで。でも、書くのは好きでした。いまも好きです。
沢辺 彼女の話を聞いて思うのは、彼女の性格からかもしれないけれど、ありがちな夢に対する過剰さがないんだよね。たしかに、彼女の話は言ってしまえば夢なんだけど。幻想と現実を見たときの落差というのは、幻想や夢的なものが大きければ大きいほど、その落差は大きい。けれど、彼女の場合、その落差を見ても淡々としている。いやだいやだとは言いつつも五年間つづけている。それで、落差の現場をそれなりに見ているにもかかわらず、ひきつづき、大もとのマンガの編集という夢に就職浪人までしてチャレンジする。淡々とそれがつづいている。そこが彼女の面白さなんじゃないかな。
石川 過剰なくじけかたじゃなく、淡々としているよね。
沢辺 なんか着実だよね。
坂本 運よくいまの会社に入れたのがよかったまでで。この業界に就職できなかったらどうしようかと思ってました。
沢辺 だけど、俺は「起きていることはすべて正しい」と思うよ。これ、勝間和代の本のタイトルだけど。
坂本 カツマー(笑)
沢辺 鼻で笑われちゃうんだけど(笑)。勝間論はともかく、「起きていることはすべて正しい」というそれ自体の見方は正しいと思うのね。いまの会社に入れていなかったらという話はわかるけど、「受かった」ということは正しいと思うんだよ。これからあの会社でうまくできるかどうかは別だけど、とりあえず、受かるだけの魅力はあったと思うんだよ。俺はそういうふうに思っていいんだと思うんだよ。だから、逆に言えば、就職浪人したことも正しいんだよ(笑)。「もし、受からなかったら」と思ってしまう気持ちはわかるけど、「起きていることはすべて正しい」でいいんじゃないですか。

「読んだ人に「一番好きだ」と言ってもらえるような作品をつくっていきたい。それも、たぶん、評価されたい、という気持ちからだと思います」

坂本さんのなかでは、社会から評価されることは大切。母親への尊敬、結婚しても働きたいこと、学生時代のバイト、今後の仕事、これらすべてに社会的に評価されたい、という気持ちがかかわっている。けれども、坂本さんにとっての「社会的に評価されたい」はすごく自然。

石川 話は変わるけど、そのマスコミのサークルにはどういうひとが入るの?
坂本 華やかなマスコミにあこがれて入る人が多いです。卒業後には出版社に行く人が多いです。
石川 けっきょくみんなマスコミに行くの? 同級生はその後どうなったの?
坂本 マスコミに行った人は3割ぐらいだと思います。
沢辺 じゃあ、少数派だね。
坂本 自分は意地になっていたんじゃないかと。まわりにも、私が就職浪人決めたあたりには、意地になっているように見えたと思います。
沢辺 でも、話していると、そういうふうにキーッと意地になっていた印象はないけどね。むしろ、「当時の私はそんなふうになってたと思いますよ」と自分を離れて俯瞰して見れている感じで。わからないけど。ところで、自分の配属は決まった?
坂本 まだ決まってません。6月です。それがすごく不安です。一応、編集職で入ったんで、それを信じているんですけど、編集のなかでもマンガの編集以外の部署もあるので、どこに行くか不安です。
沢辺 12月から仕事を見ていてどう? 面白そう?
坂本 面白そうだけどすごく大変そうです。
沢辺 どのあたりが大変そう?
坂本 作家さんへの気の使い方が大変そうで。作家は神様という感じです。競合する他社に作家さんを奪われないようになんとかつなぎとめようとすごい気の使いようです。
沢辺 それ、いびつだよね。そういう気の使い方はその人間をダメにするよ。
坂本 編集者と漫画家が対等になってマンガを作り上げる、とかそういう雰囲気はうちにはありません。大手ではそういうのもあるかもしれないですけど。
沢辺 作家とうまく付き合えそう?
坂本 作家さんを尊敬する気持ちはあるので、できるかと思います。編集者さんが気をつかいすぎて疲れているのを見ると、そんなこと言ってられないかもしれませんけど。
沢辺 で、いまはまあ、とりあえず、マンガの編集という自分のめざすことの範囲に入ることができたんだけど、他に人生設計ある? たとえば、結婚とか子供とかさ。
坂本 結婚はしたいな、と思うし、子供もほしいと思います。三十になる前に結婚して子供を産んで産休に入りたいです。
石川 仕事はつづけたい?
坂本 はい。
沢辺 お母さんは働いてた?
坂本 はい。働いてます。幼稚園の先生をやってます。
沢辺 そういう働いているお母さんを見てどうだった?
坂本 よく共働きの人はさびしいと言われますけど、うちはおばあちゃんが面倒をみてくれて、そういうさびしいというのはなかったです。むしろ母親が家事を完璧にやるようなひとで、平日は夕ご飯はおばあちゃんがつくってくれるんですけど、休日は母が掃除洗濯をみんなきちんとやって。そういうのを見てて、「すごいな」と。父親は帰ってきたら何にもしないんですけど。お母さんは仕事も好きでつづけていて。お母さんみたいにはなれないな、というのはありますが、共働きしたいというのはあります。主婦になるというのは自分のなかにはありません。
沢辺 いまそのへんは変わってない?
坂本 変わってないですね。私はすごく社会からちゃんと評価されたいんです。自分がやったことで、本ができて、売れたりだとか。ライターの仕事をつづけたのも、「今回の企画がよかったからまた仕事をもらえる」とわかりやすかったのも魅力だったと思います。主婦になったら、社会に評価されたいという気持ちが実現できるかどうか、なかなか見えてこないので、あまりそうしたいとは思いません。
沢辺 社会に評価されたいと自覚したのはいつごろ?
坂本 たぶん、ライターの仕事をはじめてからだと思います。
沢辺 「わたしの快感、ちょっとうれしい、評価されたい、というのは、彼氏においしいご飯ということじゃあなくて、仕事だ」と。
坂本 ありがちですけど、読んだ人に「一番好きだ」と言ってもらえるような作品をつくっていきたい。それも、たぶん、評価されたい、という気持ちからだと思います。
石川 評価されるとか、されないとか、そういう社会からの評価と関係なく自分の好きなことをやっていきたい、と言う人もいるかもしれないけど、そういう考え方はどう思う?
坂本 えーっと?
沢辺 たぶん、テルちゃんが出している範型は古いんだと思うよ。だから、彼女もちょっとつかみにくいんだと思う。俺が若い頃は、評価なんて関係ない、評価自体を否定する、というようなことを言いたがる人たちもいた。けれどいまはそういう考え方はほんとに少数派だと思う。同時に、そういう考え方を支えていた極端なやりたいこと派というのはない感じがする。いまは、ちょっと過激な前衛芸術みたいなことをやっている連中でさえも、どこかで、評価ということを気にしているんだと思う。
石川 やっぱりもうそういうふうになってますね。彼女の話を聞いていると、「社会に評価されたい」というのがすごく自然。
沢辺 同じことだけど、他人から評価されるためであればなんでもする、というタイプでも彼女はないと思う。たとえば、マンガのストーリーをなんでも変えてしまう、とかそういうことはないと思うよ。「読者が求めるセオリーとしてはここでキス入れることになってる、なんて言われたらいつでもその通りにする」といった過剰に評価に依存することはないと思う。是々非々でやっていく感じがする。それは程度問題で、自分が納得すれば従うし、あらかじめ従う、従わないと決めるのも変だと思う。
石川 評価されることの重みがすごく軽く自然なものになっている感じがしますね。じっさい、社会からの評価って、坂本さんのなかでそこまで重いものではないでしょ?
坂本 私の信念は社会から評価されることじゃないです。
沢辺 むかしのフォーク歌手は「テレビには出ない!」ってのをやってた。「自分の歌はたった三分では表現できない」とかなんとか理由づけしてたけど。それ、いま思うと、「別にどうでもいいじゃん、三分でも多くの人に見てもらえるのっていいじゃん」と思う。けれど、むかしはみんなそれやってたんだよ。そういうの流行ったんだよ。それはいまはなくなってよかったと思う。彼女なんかはバランスとれてて、いいと思うよ。お母さんの話もそうで。俺のうち共稼ぎで、自分の母親が働いていたんだよ。それで、「俺が結婚したら相手は絶対専業主婦だ」って思ってたんだよ。小学校低学年ぐらいのころからそう思ったんだよ。いま考えると、「ばかだったな〜」って思うけど。あと、俺の世代の共稼ぎの意味と彼女の世代の共稼ぎの意味にはズレがあって、俺の世代の共稼ぎのほうがより経済的な理由が大きかったとは思う。俺の頃の共稼ぎって貧乏とまでは言わないけれど、他の家よりは余裕がない、というか。
坂本 そうですね。「父親の稼ぎではやっていけない」というような。
沢辺 そうそうそう。そのプレッシャーが俺の子供の頃のほうが強くて彼女の頃は少なくなった。
坂本 そんなことは考えなかったです。
沢辺 だよね。むしろそういうお母さんであれば、幼稚園の先生をやることでやりがいのある仕事をやってるし、ましてや家事までもしっかりやってて、尊敬だよね。
坂本 そうですね。

「あー、ひとそれぞれだなと思います」

坂本さんの「ひとそれぞれ」感覚を聞いてみた。坂本さんのお姉さんは、親を「ひとそれぞれ」で切り捨てられなくて苦しんでいる。坂本さんは「ひとそれそれぞれ」の効用を知っている。それは自分がいやな相手に鬱憤をためない方法。この人イラっとするな、と感じても、相手に文句が言えないとき、「まあひとそれぞれだから」と自分に言い聞かせ、相手を切り捨てる。

石川 お母さん幼稚園の先生、お父さん公務員ということだけど、どういうふうに育てられてきたのか知りたいです。よく言われたこととかある?
坂本 母親曰く、「中学生までは厳しく育て、高校からは好きなことをさせる」と。
石川 厳しかったの?
坂本 厳しくもなかったと思います。高校になったら好きにさせる、本人にまかせる、というか。姉のほうに親の期待がばーって行っちゃって、姉が精神的に病んじゃったんです。それで私のほうは期待がそこまで行かなくて自由にやれたというか。
沢辺 お姉さんはどんなふうに病んじゃったの?
坂本 摂食障害ですね。「いっぱい食べて吐く」というやつですね。いまもそうなんですけど。
沢辺 えっ、いまも?
坂本 いまもなにかあると「むちゃ食いして吐く」というのをやっています。
石川 それじゃお姉さんいまはどうしているの?
坂本 いまは地元で精神科の精神保健福祉士をやっています。精神医療の仕事をしてるのも自分のことをよく理解したいというのがあったと思います。
沢辺 でも、もし俺がお姉さんのお客さんだったら、自分が病んでいるわけだから、あんまりそういう人には診てもらいたくないな。そういう感じがあるかな。
坂本 そうですね。私もそう思います。
石川 お姉さんは自分が病んでしまったのは家族のせいだという了解はあるの?
坂本 そうですね。
石川 それじゃあ、あんまり親やおばあさんといっしょに暮らさないほうがいいと思うな。
坂本 でも、母親に必要とされたい、親に愛されたい、という思いがあって実家に戻ってきてしまったんです。
沢辺 簡単に言えば、自分から親を切れない、ということでしょ。俺の場合で言えば、親を切るわけですよ。「ふざけんなばかやろう!」って。切ったあとに何年かして会って、親は変わってなくても、まあ、「ひとそれぞれ」ですよ。それこそ。「俺も親もちがうんだ。好きに生きれば」ってなるわけですよ。まあ、たいした問題じゃないけど、あるときに親と切れるわけですよ。切れたから、「まあいいよ」とひとそれぞれで付き合えていくわけだけど、それが切れないと、逆に、ずっと親のことをじくじく考えて生きていくしかないわけですよ。
石川 それが切れないから病気になっていくんだと思うんだよね。
坂本 でも、姉はその関係をずっとつづけていくと思います。
石川 そういえば、いま「ひとそれぞれ」という話が出たけれど、ぼくの出した本でさいきんの若い人はよく「ひとそれぞれ」と言うけれど、それはそれでいい面もあるけれど、そうもいかない面もある。そんな話を書いたんだけど、坂本さんは「ひとそれぞれ」という言葉はよく使ってる?
坂本 あー、ひとそれぞれだなと思います。
石川 自分のなかではどう使ってるの?
坂本 すごく便利な言葉ですよね。自分のなかで、彼女はなんであんな行動をしたのか、と考えなくて済むから、ひとそれぞれで切り捨てることができる。だから、楽だな、と思います。
石川 仕事の関係でも人間関係でもよく使うの?
坂本 ありますね。言い方がきついひとがいて、みんなにもきつい言い方をするんです。それで私の場合は、イラっとすることがあっても、ひとそれぞれで切り捨てる、っていう。
石川 切捨てなくても相手に「それイラっとするよ」って言ったらいいんじゃない?
坂本 先輩だから言えません。言えなくて自分がいらいらするのがいやなんで、ひとそれぞれで切り捨てるようにしています。そうすると鬱憤がたまりません。
沢辺 たとえば、さっき話してくれたバイト先のひどい上司に対してもひとそれぞれという感じで受止めた? だって、じっさい、それにめげてやめちゃった人もいるわけじゃん。
坂本 そうですね。その上司に対しては「どうにかしたほうがいいんじゃないか」と思いました。ひとそれぞれで整理しきれない場合もあります。
沢辺 たとえば、いまあなたは職場では新人で、先輩に対しても、「ひとそれぞれでなんにも言わないでおこう」というふうに整理できているかもしれないけれど、来年になったら後輩ができて、仕事を教えなくちゃならないとき、ひとそれぞれで済むかな?
坂本 後輩に仕事を教えたことは、ライターのバイトをしていたときしかないんですよ。
沢辺 そのときにひとそれぞれで済んだ?
坂本 これは後輩であるあなたが「その仕事は私がやりますよ」って言う場面ですよ、という時に、踏み込めなくて、私ががまんしてその仕事をしてしまうことがありました。
石川 でも、そうすると自分の仕事増えちゃうよね?
坂本 そうです(笑)。
石川 そうすると、仕事が増えていやな気分がたまるよね?
坂本 そんなにイライラしなかったです。これからほんとに困った後輩が入ってきたらわかりませんけど。

「努力する自分が好きです」

坂本さんの自己分析は「自分は努力するのが好き」。がんばる。言い訳もしない。できる。結果を出せる女。そういう自分をいい意味で自覚している坂本さん。

沢辺 自分はどんな女だと思われていると思う?
坂本 場面によってキャラを使い分けていると思います。
石川 では、みんなにそれぞれなんて言われているの?
坂本 自分でいうのもおこがましいのですけど……。
沢辺 それ、言ってほしい。面白いから。
坂本 いまの会社では、「癒し系」と言われています。癒し系でおっとりしていると言われています。自分ではそうとは思わないんですけど。それで、母は私のことを「文句言い」と言います。なんにでも文句を言う面白い人、と母は言います。いちばん仲がいい人は、「朝から晩まで人を笑かせようとしている人」と言います。
石川 文句を言うって、ぶーたれてるってこと?
坂本 あの野球の監督の……。
沢辺 野村監督!
石川 ああ、「ぼやき」(笑)。
沢辺 (笑)マーくんも、きょうも夜遊びばっかしてっからばい(野村監督のものまね)。
坂本 (笑)いや、そんな感じじゃないのでちがいます。
石川 ちなみに聞くと、きょうは何モードで来たの?
坂本 素です。素! 若い人の生態を知りたいってことで、着飾ってもしょうがない、と。着飾ったところで、インタヴューで痛いところを突かれて、ぼろぼろになるんじゃないか、と。
沢辺 ぼろぼろにはなんなかったでしょ?
坂本 なんないです。けれど、取り繕っていたら取り払われると思ったので、はじめからつくらないようにしました。
石川 こっちも、とりつくろった感じを受けなかったです。でも、なんで? なんで? という聞きたくなる気持ちをそそられて、さっきからいろいろと質問したわけです。なんというか、強い、というのも変だけど、坂本さんてどういう人なんだろう?
坂本 自分で最近自己分析したんです。
沢辺 それ聞かせて。
坂本 固まってないですけど、とりあえず、努力する自分が好きです。受験勉強している自分の姿とか。
沢辺 さっき遠慮してたのかもしれないけど、受験勉強も手を抜いてたみたいなニュアンスに聞こえたけど?
坂本 たぶん、受験勉強もしっかりやってたと思います。けれど、私の場合は、就職浪人中も楽しかったという感じがあります。ぜったいにつらかったこともあっただろうに、「努力している自分が好き」ということで整理していたんだと思います。がんばることが好きなんですね。
石川 その「がんばる」の感じがね、必死で汗かいて、という一生懸命の感じがないんだよね。いい意味で。そういうひともいる、と言えばそれまでかもしれないけど。
沢辺 俺の印象で言えば、「できる」ね。はずれているかもしれませんが。
石川 その「できる」というのは?
沢辺 「結果を出せる」ということだね。一緒の職場で仕事してみて、仕事を見ないといけないけれど、そのことの確実性はわからない。けれど、たったこれだけしか話をしていないけれど、それは思うね。「がんばる」というのも、「ほんとにがんばってる、とも言えるし、自分のがんばりも他のすごい人に比べればたいしたことない、とも言えるし、その自分のがんばりをそのまま受け止めている」という感じがする。「がんばる」ということは結果を出せなければだめなんだよ。なんていうか。自分が料理の本を見て、特別な食材を買ってきて料理をつくっても、それは努力とも言えるし、普通にやったとも言える。それで、その料理を食べたひとが「おいしい」と一言言ってくれれば、そんな結果が出せたというということなんだ。その一言があれば、「本も見た」、「食材がすごい」なんてとりたてて、「自分はがんばった、がんばった」なんて言う必要はない。俺なんか典型的にそうで、「おいしい」と言ってくれなれば、自分で作った料理に「これうまくない?」とか、「俺こんなに準備したんだぜ」って言って、自分で物語を作って結果の低さを一生懸命高めることをやっちゃうもん。
石川 ぼくも結果が低いと必ず饒舌になってますね(笑)。
沢辺 そうでしょ。
石川 坂本さんは言い訳とかする?
坂本 言い訳はあまりしませんね。「どうたらこうたらだったんですもん」と言ったって、なにも変わらないじゃないですか。
石川 「これだめだよ!」と言って自分の書いた文章を突き返されたらどうする?
坂本 黙って書き直してまた出します。
石川 それでも「だめだ!」といってまた突き返されたらどうする?
坂本 また黙って書き直してまた出します。
沢辺 それも、100パーセントとまでは言えないけど、50パーセントぐらい、「また書き直して出せばうまくできそうだ」という予感が自分にあるからだと思う。いちばん抵抗する人は、その先どうしたらいいかわからない人。そういう人が言われていることの意味がわからないわけで。その点、坂本さんは自分に言われていることが理解できるひと。そういう抵抗はない感じだね。それと、すごく気の強い女のような感じがするな。気の強い女でもすぐポキッと折れる女もいる。けれど、坂本さんの場合は、「一筋縄ではいかない」というかさ。説得するのにすごく時間のかかる女のような気がする。
坂本 がんこですね。自分の譲れないものについては上司にもがんこだと思います。
沢辺 でも、その心のなかにあるがんこさみたいなものは俺たちには言わないと思うよ。でも、そのがんこさをそのままにしてもうまく人に対応できると思うよ。
石川 そのへんも上手そうだよな〜。
沢辺 上手じゃなくて妥当なんだと思うよ。
坂本 とりあえずうまくやれればいいかな、と。
沢辺 じゃあ、そろそろ飯食いに行こうよ。
石川 じゃあ、ひとつだけ、さっき、「私のなかの信念は、社会から評価されることじゃありません」と言ってたけど、それでは、いちばん大切なものは何ですか?
坂本 だれかの心に残る作品をつくることが自分の人生の目標なんで、やっぱ評価されることかな?
沢辺 けれども、彼女の評価されるってことは以前俺たちの世代にあった、「テレビに出ない」みたいな頑ななものではなくて、100点の評価じゃなくて、50点と言ってくれる人でもいいし、幅をもってるよね。
石川 そうですね。なんだかこちらが教えてもらうこともいっぱいありました。

「ほんとに、ほんとにいい男なんで。大好きで」

さいごは坂本さん彼氏の話題。過剰な坂本さんが出てきて面白い。

沢辺 あっ、いけね。一つ大切なことを聞くの忘れてた。彼氏いる?
坂本 います。
沢辺 何人目?
坂本 何人!? 四人とかですかね。高校の時期の彼氏がほしいのなんのかんので一ヶ月で分かれたというのも入れて、四人です。
沢辺 高校のときから常に彼氏はいた感じ?
坂本 彼氏がいなかったのは高校三年のときだけです。いまの彼氏とはマスコミのサークルで知り合ったんですけど、大学二年のときからずっとです。
沢辺 飽きない? そんなに長くつきあって。
坂本 いやいやいや。大好きなんですよ。
沢辺 あなたのほうが好きなんだ〜。相手のほうが好きな度合いと自分のほうが好きな度合いで言えば、私のほうが好き〜〜〜、という感じ?
坂本 そうですね。7対3ぐらいですかね。
沢辺 えっ、もうちょっと正直に言おうよ。正直なこと言おうよ。
坂本 6対4ですかね。あっちも意外と私のこと好きだと思うし。
石川 彼はいまなにしてるの?
坂本 大阪で保険業やってます。
石川 彼にはひとそれぞれで済ましてる?
坂本 そんなことないですよ。怒ったりします。でも、彼はほんとうにいい男なんで。大好きなんで。
石川 そんなに言われるなんて、どんな男なんだろう?
坂本 ほんとに、ほんとにいい男なんで。大好きで。
沢辺 もう三年ぐらい付き合っているけど、飽きる予感はほんとにない?
坂本 ないと思います。年々いい男になってるんで。
石川 ほほほ〜。どうも。どうも。で、頻度はどれくらい会ってる?
坂本 月一か月二ぐらいです。
石川 それぐらいの頻度だったら飽きないかな(笑)?
沢辺 俺だったら飽きるよ〜。俺だったら好きとかそういうレベルを超えるよ。もう三年半も付き合ったら、「好きだから会う」とかそういう感覚よりも、「いっしょに行く?」みたいな感じだよ。
坂本 「月一回は会っとかなきゃだめだな」という考えはお互いにあるんですけど、会うと、お互いに「あー、やっぱり最高だわ!」と思うんです。メールとか電話はほとんどしませんけど。
沢辺 まあ、飽きますよ、恋愛などは。
坂本 ほんとですか?
沢辺 飽きてから。
坂本 え〜。
沢辺 カップルは飽きてからだと思いますけどね。飽きてからでも「まあいいかな」と思えるかどうかだと思う。
坂本 リアルですね。なんか。
石川 「まあいいかな」なんだよな(笑)。そういうところに結局落ち着くんですよね。「わるくない」という言葉がいい言葉なのと同じように。
沢辺 「まあいいかな」は否定的な意味で言っているわけじゃないんだよ。「まあいいかな」と思えることはすごいことなんだよ。でも、それは明らかに胸がときめくような恋愛感情とはちがって、恋愛とはまたちがうものでも「いい」と思えること。それが「まあいいかな」で、けっこう大切なことなんだよ。それと、それと、もう一個危ないのは、「まあいいかな」となったとしても、「ほかに恋愛を求めたりしないか」という問題は大きいよね。とくに性的欲望に関しては男女差は如実にあると思うんで。女性にも欲望はあると思うけど、うちはゲイの本出しているんだけど、ゲイなんか見ていると、100人とか、200人とかざらにいるよ。レズビアンはそうでもない。ゲイのすべてがそうだというわけではないけど。でも、その話は飲み屋でやりましょう(笑)。
石川 そうしましょう(笑)。坂本さん、とりあえずここはありがとうございました(笑)。

◎石川メモ

妥当なところ

 夢、やりたいこと、表現、社会的評価、努力、がんばり。こういう積極的な言葉には過剰さがつきものだ。けれど、坂本さんの場合、過剰さがない。すごくバランスがとれている。
 坂本さんは、華やかなイメージのマスコミ世界とそのどろどろした現実を見ながら、踊らされたり腐ったりなんかしない。そのどちらかに過剰に針が振り切れることなく、淡々と夢にむかって歩んでいる。実際は、すごく努力してきた人なのかもしれない。けれど、その受け止めは、「まあ、こんな感じでやってきました」になっている。
 こういう人が「できる人」、「結果を出せる人」、「やっちゃえる人」なんだろう。
 ぼくは、どちらかと言うとうじうじした人間なので、こういう人を見て、「上手」という言葉を使ってしまう。ちょっとうらやましくなってしまう。沢辺さんは「妥当」という言葉を使う。これはフラットなものの言い方だ。
 たとえば、夢と現実の間でうじうじする感性から見ると、バランスのとれた人は「上手」に見える。「うじうじなんかしてもどうにもなんないじゃん」というところから見ると「妥当」という言葉が生れる。
 評価を過剰に意識して人の言うとおりになってしまうとおかしくなる。一方で、評価を過剰に嫌ってなんでもありにしてもおかしくなる。どっちにしたって、うじうじした人間になる。
「妥当」というのはこの二つのバランスのことで、評価と自分のやりたいことの間で、是々非々でやっていくこと。坂本さんの話だったら、さらりと、「だって評価されることって大切でしょ」と言えることだ。こうやってさらりと言えること、すごく大切だと思う。
 けれども、坂本さんが彼氏に対する思いを語るときはけっこう過剰(笑)。でも、それも本人が自覚しながら話してくれている感じがする。これもバランスか。

BL

 これは坂本さんからではなく、ぼくの教えている学生が文章で書いてくれて、教えてもらったことだけれど、BL(ボーイズラブ)とは、美男×美男の絡み(いろんなレベルで)を描いたマンガ・小説のことだそうだ(最近の傾向には、美男だけでなく、オヤジのカップリングもあるそうだ)。オリジナルもあるが、既存のアニメ、漫画、小説、三次元(アイドルや俳優など)のキャラを使ったもの(二次創作)が多い。世に言われる「腐女子」がこのBLを好むとのこと。
 ちなみに、BLでは「男役=攻め」、「女役=受け」という役割分担がある。同人誌などに「キャラ名×キャラ名」と書かれていると、だいたいは、左のキャラ名が「攻め」、右のキャラ名が「受け」とのこと。
 坂本さんもBLが好き。やはりこの趣味についても、さらりと楽しそうに話してくれた。一見、過剰な趣味のように見えるけれど、坂本さんたちは、きっとすごく「妥当なところ」で自分の趣味を語れるんだと思う。「社会で評価されることも大切だと思って仕事をがんばってるし、やりたいことにむけて努力もしている、彼氏は大好き、それに、ちょっとはずかしいけれどBLも好き。で、それがなにか?」と。

第5回 親やお兄ちゃんにわかってもらえればいい──小阪義徳さん(22歳・男性・大学4年生)

小阪くんは、1988年に東京・世田谷に生まれる。父は下北沢でバーを経営。母は、父のバーを手伝っていたこともあるが、小阪くんが小さい頃はめがねの組立工場で働いていた。5歳上の兄とその間に姉がいる。両親が共働きだったので、地元の保育園に通う。区立小学校、区立中学校を経て、都立高校へ。現在、都内の私立大学4年生。一人ぐらしの経験はない。大学は卒業予定(哲学の卒論を書いた)。卒業後どうするかは未定。
小阪くんは整理してものを言うタイプではない。うねうねといろいろしゃべりながら考えるタイプ。本人は話すより聞くのが好きと言うけれど、かなり語り好きの人だと思う。語っている自分に少し恥ずかしくなるのか、時々自嘲的に笑うのが印象的。
*2010年2月21日午後6時〜インタビュー実施。

「父に対しては小さい頃からあこがれみたいなものがありますね」

小阪くんは、小さい頃からカラダを動かすのが好きで、たいていは外で遊んでいた。中学では野球部に入り、もっぱら男子とつるんで遊んでいたという。バーを経営していた父親は、夜出かけて、朝方3時〜4時ごろに帰宅。昼間はいつも父親が家にいた。

石川 ほかのお父さんは朝から仕事に行っているけれど、自分のお父さんは家にいる、ほかのひととちがっていやだな、とは思わなかった?
小阪 いやではなかったです。小学校2年生くらいだったかな、宿題でお酒のことを何種類か調べて提出したときに、先生に「なんでこんなことを知ってるの?」と聞かれました。それで父の仕事を先生に話したんです。その話を父にしたら、「そういうことはあまり言うもんじゃない」と言われました(笑)。そのときからぼくのなかで、「お父さんの仕事はあまりひとに言っちゃいけない仕事なんだ、隠しておかなきゃ」と思うようになりました(笑)。それからは、父親の職業は絶対に言わないようになりましたね。でも、父親の職業を恥じてはいなかったです。
沢辺 ほかのお父さんとちがうことはイヤじゃなかった?
小阪 思ったことはなかったですね。父の存在自体にあこがれてたんで(笑)。小学校のとき、ぼくはあんまり学校に行きたくなかった日があって、そしたらお父さんがロマンスカーで江ノ島の水族館に連れてってくれたんです。そういうこともあって、父に対しては小さい頃からあこがれみたいなものがありますね。
沢辺 お父さんって何歳?
小阪 ちょうどこないだ60歳になったばっかりです。そうとう異端児です。うちのお父さんは、堅い家の出だったんだったんですけど、けっこう若いときから好き勝手やってた感じですね。最近切りましたけど、若いときは髪の毛が長かったです(笑)。ファッションも好きで、車とか遊び系にけっこうお金かけてたみたいです。車も、当時乗ってたのはトヨタの2000GT。まわりが買ってないような車に乗ってました。
石川 うちの親は公務員だったので、だんだん大きくなると、なんだまじめくさって、みたいに親に反抗的な気持ちが出できたんだけど、そういうのはない?
小阪 別にありません。父親に対する「かっこいいな」という気持ちは大きくなればなるほど強くなりました。
石川 いまでもかっこいい父と思ってる?
小阪 そうですね。小学校のときは一緒に絵を描いたりして、父の影響で絵を描くことが好きになったんです。高校くらいから父とは話すことが多くなりましたね。話すといっても、ぼくが一方的に聞くだけなんですけど。
 ぼくは話すよりも聞くのが楽しいっていうか。むしろしゃべるのが苦手で、家族には静かな子って思われてたほどです。中学のときには、学校ではそれなりに騒いでてうるさいほうだったんだけど、家帰ると、まったくというかほどしゃべんないし、なんか聞かれても最小限の答えしか返さなかった。それで、親が三者面談のときに、「大丈夫ですかね?」と先生に相談してました(笑)。ちょうど「キレる少年」というのが流行っていたときです。
石川 なんで家で話さなかったの?
小阪 べつにいやだったわけではないです。学校のことを親に話すことにあんまり気が向かなかったからですね。
石川 家では、まあとりあえず、という感じでお父さんの話を聞いていたの?
小阪 そうですね。お父さんは、自分のことを話すのが好きです。お父さんが、「ヨーロッパのこういう絵が好き」と言うと、ぼくは図書館に行って、すぐそういう画集や写真集を借りてきて、それを見せたりしてました。高校ぐらいだと、お父さんはこういうのが好きなんだろうなというのがだいたいわかって。それで、好みに合いそうな画集や写真集を見つけてきて見せるんです。すると、お父さんがぴったり「それが好き」と言うんです。ぼくのほうは「ああやっぱり」と思うんです。とにかく、ひとの話を聞くのはぼくは苦痛じゃないです。
石川 聞き方はどうするの? お父さんに自分からなにか言葉をかけるの?
小阪 いえ、相づちとかもうたないで、ひたすらしゃべっているのを聞くだけです。ぼくは自分から話すのが下手だと思うんです。自分から話すと整理できなくて。話しはじめちゃうと、最終的によくわかんなくなっちゃうんです。それもあってあんまり話すほうは好きじゃないんです。
石川 お母さんについてはどう?
小阪 そうですね……小さい頃からお母さんも大好きだったんですけど、あこがれみたいなものはなかったです。ぼくにとって、お父さんと、5歳年上のお兄ちゃんはあこがれの対象です。
石川 とくにお母さんをきらいだと思ったことはないんだ?
小阪 ないですね。
石川 そうですか。
小阪 (笑)

「中学くらいから、父や兄に認められたい、評価されたい、という気持ちがすごく大きかったです」

小阪くんは、勉強はさほどできず、高校に行かなくてもいいくらいに思っていた。そうは言っても、高校に行きたくないという強い気持ちもなかったので、兄と同じ都立高校へ進む。英語が得意だったので、高校へはそれで入れたようなものだと自覚している。大学進学もあまり深くは考えていなかったが、「行ってもいいかな」という程度の気持ちはあった。高校時代から写真を撮ることが好きで、大学は写真部のサークルに入る。

石川 どうして今の大学を選んだの?
小阪 親に「大学に行く気があるのか?」と聞かれたときに、すごく大学に行きたいというわけでもなくて、何かやりたいこともなくて、正直に「わかんない」と答えたんです。そしたら父に「そりゃそうだ、それがたぶん本当の気持ちだと思う。そんなら進路の先生にその思いをちゃんと伝えてみな。たぶん先生はちゃんとアドバイスしてくれると思うから」と言われたんです。高校がけっこう自由な校風で、その自由さが好きだったので、そんな大学があったら行きたいです、と進路指導の先生に言ったんです。そしたら先生が、いまの大学をすすめてくれたんです。ちょうど指定校推薦もあるし、ぼくの評価だったら指定校をぎりぎり取れる、と。それで、「大学4年間行ってるうちに、自分のやりたいこと見つかるかもしれないし」と先生に言われて、「じゃあそうしようかな」と。
石川 自由な学校、というけれど、小阪くんの自由のイメージってどういうもの?
小阪 自由ってのは、好き勝手やることじゃないって思います。先生からもそう言われたし、親からもそう言われたんで、そこは心得てるつもりです。たのしさだけを求めるのが自由ではないと思います。
石川 たのしさ、というより、自分の好きなこと・やりたいことを追及する、というイメージ?
小阪 そうですね。自分の興味があることを確認するために大学に行く。そういう感じですね。ぼくは美術や写真が好きだったので、なんとなく美術大学に行きたいという気持ちが高校生のときはあったんです。けれど、美術大学に進学した先輩の話を聞く機会があって、話を聞いたら、「絵や写真は教わってやるようなもんじゃないなー」と思った。美術や写真って、本気で自分がやりたいと思ったら、美術大学行かなくてもできるだろうな、と思ったんです。それから、大学で社会のことや心理のことを学んでみたいなと思ったんです。「社会学や心理学で学んだことを写真に活かせたらいいな」という気持ちもありました。結果的に、心理学は1年のときに勉強したけど、ピンとこなかったですけどね(笑)。サークルで写真部に入って、そっちのほうが面白くなって。自分でモノクロ写真を撮って現像しては、家族に見せていました。
石川 写真を撮ってコンクールに応募するとか、そういう試みはしたの?
小阪 してなかったですね。自分でモノクロ写真を撮って現像することにははまっていました。けど、個展やったりとかそういうのはなくて。なんだろうな、自分で好きなのを撮ってよろこぶとか。そんな感じです。ぼく、友だちに写真見せるのも好きじゃないんで(笑)。見せる対象は親やお兄ちゃんでしたね。
石川 好きなことをやることと認められることはちがうのかな?
小阪 中学くらいから、父や兄に認められたい、評価されたい、という気持ちがすごく大きかったです。ぼくの中で兄は無条件にすごい人で、その兄にほめられれば、自分がやってることはけっこうすごいのかな、と過信しちゃうくらいにほめられたいと思っていました(笑)。なので、写真も、自分が撮ったものがお兄ちゃんにほめられると、また撮りたい、また見せたい、と思うんですね。
石川 お父さんやお兄さん以外の人にほめられてうれしいということはないの?
小阪 ぼくは、たぶんヘンに器用で、ヘンに自信をもっていて、アルバイトとかで言われた仕事はある程度こなせる自信があんです。だからなんていうんでしょうね。学校やアルバイトの現場で自分のやってることが評価されるというのは、評価されて当たり前というのがあって(笑)。一方、父や兄に「いいね」と評価される前は、どう評価されるかわからない、という不安があります。他人よりも、親や兄のほうが上だと思っているから、学校とかで評価されなくても、親やお兄ちゃんにわかってもらえればいい。そういう気持ちがあるのかな(笑)。

「お兄ちゃんはなにやっててもかっこいい(笑)」

小阪くんにとって、父にも増して、5歳上の兄は、あこがれの対象だった。兄はおしゃれで芸術に興味があり、周りのひとよりも進んでいるように見えた。小坂くん自身も、兄のまねをして、周りからはちょっと進んだヤツだと思われていた。

石川 お兄さんはどんなひとなの?
小阪 兄はけっこうやんちゃでした。美術に興味があるひとです。「美術大学とか行かなくてもなんとかなる」と思っているようなひとです。洋服やデザインとかも、ちょっと先を進んでる感じもあった。そういう姿を見て、お兄ちゃんへの尊敬、あこがれはすごかったですね。好き勝手やってるのもかっこよく見えて。
石川 やんちゃ、好き勝手、ってどんな感じのお兄ちゃんなんだろう。もう少し教えて?
小阪 不良とかじゃないんですけど、絵描いてたりとか。なんですかね〜、高校のときのお兄ちゃんは服に興味があって、自分でバイトして何万もするようなデザイナーの服を買ってたりしてました。それで「まわりの人とは違うな」とぼくは思ってたんです。
石川 それで、お兄ちゃんはいまなにやってるの?
小阪 なにもやってません。フリーターです(笑)。アルバイトをひたすらやってます。アルバイト先で社員になるように勧められたんですけど、勧められた途端やめちゃって(笑)。なんか「別にやりたくない」って。兄は、アーチスト系になりたいんだとは思うんですけど、でも常にやっていることがちがうんですね。絵だけを描いているわけでもないし、写真やデザインに興味が変ったりとか、いま、粘土をやっていたり(笑)。服にも興味があったりとかで、安定はしてない感じです。
石川 お兄ちゃんは自分のやりたいものを探している感じ?
小阪 そうですね。なんか「それをやんないで後悔するのはいやだ」みたいな感じだと思います。最近、年齢のことは考えているとは思うんですが。兄とはそこまで深くは話さないんで。
石川 お兄ちゃんは親に心配かけてるとは思わない?
小阪 親がそれなりに心配してます。ぼくはそれ見て「心配かけてんな」とは思います。けれど、ぼくとしては、お兄ちゃんは、普通の会社に入って働けるようなひとではないんだろうなと思ってます。そういうところもかっこいいと思っています。お兄ちゃんは何やってもかっこいいというか(笑)。
石川 では、お姉さんはどういうひと?
小阪 ぼくは、兄に比べてお姉ちゃんのほうが仲がよかったです。お姉ちゃんはいちばん家のことを考えてる。いつもしっかりしてたひとです。
石川 お姉ちゃんは大学へ行ったの?
小阪 短大を出て就職しました。うちの家族は美術系に興味があって、お姉ちゃんも雑誌は好きだったんです。それで、雑誌関係に就職しようとしたんですけど、落ちちゃって。いまはデパ地下のスイーツの販売員をやってます。すごいやりたいと思ってはじめた仕事ではないんですけど、しっかりやってる。兄弟のなかではいちばんタフだと思います(笑)。
石川 家族は仲がいいんだね。
小阪 ぼくは仲がいいですけど、兄は親にはけっこう反発してます。
石川 お兄さんは家で親とケンカしてるの?
小阪 してますね。手を出すわけではないけれど、口でケンカしています。親は親として決めつけみたいなことを兄に言っちゃうこともあるんです。すると兄は「そんな決めつけんな!」と言ったりして。
石川 親はお兄さんが定職に就いていないことについて何か言うの?
小阪 そうですね。それが親としては一番のあれなんでしょう……。
お兄ちゃんが安定してないから、ぼくがちゃんと働かないといけないのかな、とは思ってはいるんです。でも、ぼくだって自分のやりたいことやりたい。親も心のなかでは、「会社に入って、何年も働いて」という生き方をすすめるわけじゃなくて、「後悔のないように好きなことをやったほうがいい」と言いたいんだと思うんです。
石川 小さい頃から「好きなことをやりなさい」と言われて育てられた?
小阪 そうですね。親から「こうしなさい」と言われた覚えはありません。親は、ぼくが自分の興味があることをやっていくことを受け入れてる、という感じでした。
石川 ちょっと好きなこととはちがうけど、なにかに反発していくことはかっこいいことと教わった?
小阪 ないですね。生き方について具体的に言われた覚えはありません。親は、ぼくや兄がやりたいことをやっているのを見守ってくれている感じですね。
石川 小坂くんは、「自分はまわりとはちがう」と思ってた? 
小阪 思ってましたね。お兄ちゃんを変にマネしてましたから。自分はまわりの友達より進んでる、まわりとはちがう、と常に思ってました(笑)。たぶんむかつくようなヤツなんですけど(笑)。
石川 そういうひとって、仲間からは、「なんだコイツ!」と思われて嫌われるけど、小阪くんはどうだったの?
小阪 ぼくはたぶん、好かれていましたね(笑)。友だちにめぐまれていたと思います。へんにかっこつけて、「俺はちがうんだぞ!」というのは出してきたつもりです。でも、それもまわりが受け入れてくれていました。
石川 実際には、「お前変わっててすごいぞ!」とかまわりから言われてたの?
小阪 「変わってて」ではなく、「好きなことをやってる」という感じだと思います。高校時代はまわりにファッションに興味のある友だちが多かったです。それで、ぼくはファッションもお兄ちゃんをマネしていたから、まわりから「進んでる」って見られてたんだと思います。
沢辺 こうやって話してると、決して自慢しているようには見えないところが嫌なやつに思われないところなんだろうね。でも、現象だけみると嫌なヤツだよね。
小阪 ほんとやなヤツですよね(笑)。
沢辺 でもやなところを素直に受け入れられるっていいところだと思うよ。
小阪 大学のゼミとかでも言われてたらしいんですけど、高校までも「実はいやなヤツだ」、「腹黒い」と言われ続けてたし、「なんか謎」みたいなことは言われるんですけど、自分で考えても謎なところはどこなのか一切わからない(笑)。

「(大学で)はじめて、考えるのは面白いんだと思った」

小阪くんは、大学3年生になって、たまたま哲学のゼミに入る。それまでは「考える」ということすら考えたことがなかったが、ゼミ合宿で考えること、哲学することに目覚める。

石川 大学時代の人間関係はサークルが中心なのかな?
小阪 そうですね。あと、ゼミですね。ぼくのなかでは、ゼミが衝撃的だったんで(笑)。
石川 どんな衝撃?
小阪 ぼくが入っているのは哲学のゼミです。でも、最初はどんなゼミかも全然知らなかったんです(笑)。サークルの先輩の紹介で入った、って感じなんです。
 で、衝撃の話なんですけど、きっかけは3年のときの卒業合宿です。サークルの先輩が、「幸福とはなにか?」というテーマの卒論の発表をやったんです。そのときはじめて幸せとはなにか、をぼくは自分で考えたんです。幸福とはなにかを見つけてみよう、と。そしたら、ぼくのなかで答えが出たんです(笑)。それがなんだったか覚えていないんですけど(笑)。すいません。でも、そのとき、なんとなく、自分で「おれすげえ」、「おれここまでできた」と思うことができました。
 それで、自分の考えを発表したら、まわりは「こいつなに言ってるんだ」という空気だったんです(笑)。でも、ぼくとしては「まわりはわかんなくてもいい」と思ったんです。そのときはじめて、考えるのは面白いんだと思えた。それがうれしかった。それがきっかけで、哲学にはまったというか、いろいろ考えることにはまってしまいました。
 そうしたら、先生が授業で言っていることともわかってきて、それからほんとに哲学が好きになりました。写真でも、哲学でやっていることを役立てられるんじゃないか、と思えるようになりました。
 いままでは、「友達よりも多少自分のほうが上」という気持ちがあったんだけど、ゼミの友達が考えたことにも、素直に「ああそうなんだ」と思えるようになりました。こんなふうに素直になれたのがはじめてなのかも。そうなれたことがすごく自分の中で大きかったです。みんなに自分の言ったことが受け入れられることにも快感を覚えました。
石川 やっぱり、幸福とはなにか、について小阪くんが考えたことが知りたいんだけどね。
小阪 いま思い出すと、「死」というか、「自分が無になることが幸福」みたいなことだったと思います(笑)。自分のことや他人のことを人間はつねに考えているけど、何も考えない状態を人間は求めていて、その状態が幸せなんじゃないか、と。でも、「なにも考えていないんだから幸せも感じていないんじゃないか?」という反対意見もありました(笑)。
石川 いまも幸せについて考えてる?
小阪 卒論では死を考えたんです。これは自分のなかで一定の答えが出ました。ふつうに言えば、死は悲しいことですよね。けど、ぼくは、そんなにすぐに死を悲しむことができるかどうか、と疑問をもちました。知らないひとが死んでも悲しいとは思わないですよね。それで、相手と関係性があることが死を悲しむことの条件だと考えるようになりました。
 けれども、ぼくの悪い癖で、そこからいろいろ考えちゃって。関係性ってぼくと相手との一対一の関係だと思うんです。でも、たとえば、死の悲しみは相手との一対一の関係性のなかで感じることだとすると、それだけだと死の概念は生まれないんじゃないか、と思うようになったんです。死は言葉ですよね。言葉ってわたしとあなたの間だけで通用するようなものではないですよね。だから、わたしとあなたの関係だけでは死という言葉、死という観念は生まれない。死は、わたしとあなただけじゃなく、もっと広く共有できる概念なんです。でも、卒論ではそこまで考えることができませんでした。
 それで、このあいだ合宿があったんですけど、そのあとゼミの仲間と数人で集まって、人間のもってる根本的な衝動はなにか? みたいな話になったんです。そこで、人間の根本的な衝動はなにか? 人間には、「ひとといっしょになりたい」、「共有したい」、という気持ちがあるんじゃやないかという話になったんです。そういう意味で、死という概念は、多くの人につながりたい、という気持ちから生れたものなんじゃないか、と思えてきたんです。で、ぼくは、死っていうよりも、そういう根本的な衝動、「共有したい」、「ひとといっしょになりたい」ということに興味があることがわかったんです。こういう根本的な衝動があるってわかると、ひとの言っていることを受け入れられるし、決めつけることもないし、こういうことって大事なんではないかと。あ〜、ぼくはなにを言ってるんでしょうね(笑)。
石川 うーん(笑)。なんか面白いね。だってさ、それまで絵とか写真にばっか興味あったひとが、いまは考えることに興味があるんだね。がらっと変わったんだね。いままでなにかじっくり考えた経験はありますか? と聞こうと思っていたんだけど、そうすると小阪くんはやっぱり、いま話してくれたように幸福とか死、それに人とのつながりについて考えたわけだ?
小阪 そうですね。死についてとか考えたことはそれまでなくて。それまでの自分は考えることより感覚を大切にしていた部分がありました。絵を見てああいいなと思ったら理由なんていらないと思ってた。「いいはいい」と。ヘンにアタマのいい人はそれを言葉にするかもしれないけど、なんかそういうひとに反抗するところがぼくにはあったんです。もっと感覚が大事だと思ってたんです。
 大学に入って自分の今後については考えたりはしましたけど、そんなに深く考えたことはなかったです。卒論でやった死のことも、最初は「自分の人生とあんまり関係ない」と思っていました。でもいろいろ考えていくと、まあ、「死についてはこうだ」というはっきりした答えは見つからなくても、このテーマを考えていくうちに、「自分の人生で、かかわりっていうのは大切だ」ということがわかったんです。それに、ハイデガーとかも勉強したんですけど、そうすると自分の考える要素が広がりました。いろいろ勉強していくうちに、答えを出せるかどうかという結果は気にならなくなって、考えることじたいが楽しいと思えるようになりました。それがぼくにとっては大きいです。

「悩みになるかわかんないですけど、親の生きているうちにいいことをしてあげたいな、と思ってます」

小阪くんは卒業後の進路がまだ決まっていない。いまは、働いて親を楽にさせてあげたいという気持ちがある一方で、自分のやりたいことを実現させたいという気持ちで揺れ動いている。

石川 ぼくは考えることと悩みって関係していると思ってるんだよね。いま悩みはありますか?
小阪 悩みになるかわかんないですけど、親の生きているうちにいいことをしてあげたいな、と思ってます。親にはそれなりに感謝しているし、いま経済的に苦しそうなので(笑)、働いて多少楽にさせてあげたいとか。でも、自分のやりたいこともやりたくて、それは保証されてるわけじゃないんで、そういう面では、多少不安はありますけど。
石川 そのやりたいこととは?
小阪 いまはとりあえず写真です(笑)。
石川 それは写真を仕事にするってこと? 
小阪 そうです。それで生きていくみたいな。
石川 う〜ん。
小阪 ぼくは興味が広くて、小さい頃から絵を描くことも好きだし、写真も好きだった。それ以外にも漠然と映画撮りたいと思ったこともあるし、詩を書いてみたい、とも思ってます。親からは、「ひとつのことに熱中しなさい!」と言われるんですけど、ぼくの中では、どれもはずせない。でも、映画がすぐ撮れるかといったら、それは無理だから、じゃあ、これまで真剣にやったもの、自信のあるものってなんだろうって考えたら、自分のなかでは写真なんです。
 会社に入って事務の仕事はできると思うけど、自分のなかでは、「絶対に続かない」、「どこかしら後悔するだろうな」というのがある。失敗しても後悔しないものってなんだろうって言ったら、写真。それを仕事としてできたら幸せだろうな、という考えがあって。これは親にも言ってないですけど、「いまに見ていろよ」みたいな気持ちがなんとなくあります。
沢辺 とりあえず、卒業したらどうするの?
小阪 いままであまりそんなことを言わなかった父が、最近、「バーを終わらすのは悲しい」みたいなことを言ったんです。実際ぼくはバーをやるのはいやなんですけど、「手伝うくらいならやってもいいかな」とは思ってるんです。むしろ手伝いたいとは思ってんですけど、でもそれは父には言ってないんですよ(笑)。
沢辺 親にはこの先どうするかって話は、言ってるの?
小阪 なにも言ってないんですよ。
石川 それじゃ、最初、ご両親に楽をさせてあげたい、という話だったけど、バイトも決まってないから、これからご両親に食べさせてもらうことになるのかな?
小阪 なにかしらそうですね。
沢辺 大学の4年間でバイトでどれぐらい稼いだの?
小阪 1、2年のときはスーパーのバイトで月5、6万だったんですけど、1年くらいやってなくて、いま陶芸のアシスタントのバイトをやっています。週2日泊まりで、1万円、日給5千円です。そのバイトも卒論で忙しかったこともあっていまは休んじゃってる感じで。でも、その陶芸のバイトを卒業後もやるつもりはないです。
沢辺 大学のときいちばん金をつかったのはなに?
小阪 カメラです。ライカの安いので、8万円ぐらいのものでした。
沢辺 いまは小遣いもらってるの?
小阪 お小遣いはいままでもらったことありません。
沢辺 学費は出してもらってて、あとはバイトでってこと?
小阪 奨学金ももらっていました。それで、どうしても困ったときに……。
沢辺 1万円くれとか?
小阪 (笑)そうですね。
石川 月6万で大丈夫だったの?
小阪 大丈夫ですけど、いまお金なくて。奨学金を貯めてた分をくずして、なんとかやってます。
石川 親に申し訳ないな、という気持ちはある?
小阪 「自分がやだな」というか、「お金借りてるくせに偉そうなこと考えてる」っていうのがいやで。一番は経済的な面で親に申しわけないと思っています。

「いつか写真で食っていけるだろう、となんの根拠もないですけど、すごい自信があるんですよ(笑)」

いつか写真の世界でやっていきたい、と考えている小坂くん。大学に入ってから、写真にのめりこみ、自分の撮りたいものが見えてきた。日常を切り取った写真が撮りたくて、父親にもらったカメラ(ニコンFE)をいつも持ち歩いている。キャップはいつもはずしていて、すぐに撮れるようにして、通学途中の風景を撮ったり、公園で遊んでいる子どもを撮ったり、横断歩道を渡っているおばあちゃんを撮ったり。好きなカメラマンはアラーキー。人間というものをリアルに撮っているところに魅かれる、と言う。

沢辺 写真で食べていく具体的な計画はまだない?
小阪 キャノンのコンテストに出して、評価されればいいかなと思ってたんですけど、去年自分の納得のいかないものを出してしまったんです。もちろん評価されなかったです。いまは、どんなかたちでも写真にたずさわることができればと思っています。修学旅行についていって写真を撮るとか、そういうのでもいいです。そこから、欲を言えば、自分の撮りたい写真が撮れていければ、と。
石川 これからお金を稼ぐことと、写真で食べていくということは、どういうふうに小阪くんのなかではつながってるのかな?
小阪 自分の好きなことでお金をもらうことはいますぐにできるとは考えていないんです。けれど、「後悔したくない」という思いが漠然とあって。たとえば3年間会社に入ってお金を貯めて、それから好きなことをやるというのはやろうと思えばできると思うんですけど、そこにまで力を注げない、というか。それなら、バイトを3年間やって、お金を貯めて、写真で食ってやる、という気持ちのほうが力が入れられるという気持ちがあります。
沢辺 写真の専門学校に行って学ぼうという気はないの?
小阪 プリントする技術者になるならいいかもしれないけど、自分で好きな写真を撮りたいんです。それは学校では学ぶことはできないと思ってます。それに学校に行くのはお金もかかるし(笑)。また親にお金を出してもらうのか、と。そこまでして行く必要はないと自分では思ってるんです。
沢辺 実はおれも専門学校に行く必要はないと思っているんだけど、でも、そう考える人って多いでしょ?
小阪 デジタルやパソコンでの加工は、ぼくは苦手意識が強いです。ぼくはフィルムにこだわりたいです。けれど、デジタルとフィルムのどこが違うかには答えられません。けれど、甘い考えですけど、たとえば、照明のことなら、それが必要になったら、その場で考えればいい、技術的なことはその場で学べばいい、と思ってて。それに、ひとりで全部自分でやる必要もないと思います。自分の表現したい焼き方をしてくれるひとがいればそのひとに頼んでもいいと思ってるし。
沢辺 でも、修学旅行の写真を撮るような会社に入るときに、あなたはなにができるのか? と聞かれて、なにもわかりません、と答えたら採用してもらえないこともあるよね。
小阪 なんとなく、そういう不安はあります。ありますし、今だとそういう扱いになってしまうことはだいたいわかっているんです。けれど、いつか、写真はそういうものじゃない、ということをわかってくれるひとがいるんじゃないかと。
石川 そういう自分の夢に対しては醒めてないんだ?
小阪 ほんとに漠然とですけど、自信がある、というのが自分のなかで強いです(笑)。根拠はまったくないですけど、自分のやってきたこと、写真も絵も、ちゃんとやったらいつか評価されるだろうと(笑)。すごくいやなヤツみたいですけど(笑)。これがたぶんぼくの一番いけないところなんですけど(笑)。いつか写真で食っていけるだろう、となんの根拠もないですけど、すごい自信があるんですよ(笑)。
石川 「根拠はない」と言ってくれたけど、その自信ってなんでついたんだろう?
小阪 ぼくはお兄ちゃんにあこがれがあるし、お父さんも自分の好きなことをやっているので尊敬しているし、最終的に自分のやりたいことを真剣にやっていれば、結果はどうであれ後悔はしない、というのがあります。完全にぼくの思い込みですけど、お兄ちゃんを見てても、「うちのお兄ちゃんのやっていることは世の中に出たらすげえんじゃないか」と思ってるんです。このひとたちに評価されたものなら、ぼくの絵や写真は、社会に出ても通用するんじゃないか、という気持ちもあります。それプラス、「自分はここまで考えてる」という根拠のない自身もあります。「アラーキーがやったことも、自分が考えたことなんだ、ちょっと自分のほうが生れるのが遅かっただけだ」という思いもあります。そういう漠然とした自信があります。もちろん、その自信も打ち砕かれるときはくるだろうな(笑)、そうしたらまた真剣に考えなくちゃならないだろうな、というのはなんとなくわかってます。

「いままで親やお兄ちゃんの評価というのを気にしていたかと思うんですが、なんかそっから抜け出せた感もあるんですよ」

やりたい仕事でなくても、やっているうちに楽しさや面白さが生まれる、という場合もあることはわかっている。でもやっぱり自分は、したくもない会社勤めをして後悔するくらいなら、「夢」をかたちにするためにバイトをしてお金を貯めてでも、やりたいことに向かいたい。これが小阪くんの気持ち。

沢辺 同級生で就職しないのはどれくらいいるの?
小阪 ゼミで言えば、全員で10人ぐらいのうち、ぼくを入れて2、3人ですね。
沢辺 自分のやりたいことに進むひとはいる?
小阪 ぼくのまわりは、やりたいことを職業にしようというひとはあまりいませんね。やりたいことは趣味でやればいいや、というひとが多いです。
沢辺 いまの時代、やりたいものを仕事に選ばなきゃ、という傾向があると俺は感じるんだけど、そういうことに抵抗は感じない? やりたいことを仕事にしているひとって実はそう多くないでしょ。
小阪 実際やってればたのしくなることはあると思います。父もはじめはバーをやりたいわけではなかったと思うんです。でもやっていくうちにプロ意識が芽生えたりしたんだと思うんです。そういうのを見てるとわかるんですよ。自分のやりたいことじゃなくても仕事をやらなきゃならない、そこから得られるものもある、というのはわかっているんです。けど、ぼくは写真がやりたいし、それ以外のことを考えても、写真に行き当たる、というか。自分を表現したいのかわからないんですけど。やりたいことを仕事にすることにぼくは抵抗はないですね。
石川 やりたいことをやれてないひとのイメージってどういうものだろう?
小阪 昔は、やりたいことをやってないひとは「かわいそう」、「つまらない」と思っていたんです。けど、実際自分が就職ということを考えるようになると、「就職するだけでもすごいな」と思っちゃう自分がいます。その人なりに考えてることもあるだろうし。会社に入って何年間も務める、ということはぼくにはできないことだと思っているので尊敬もします。ただ、会社に入って、「これはほんとうは自分のやりたいことではないのにやらされて」と文句とかいう人を見ると「やめちゃえよ」と言いたい気持ちになります。
石川 就職するひとはやりたいことをやれてないひと?
小阪 そうとも最近は思わないです。やりたいことは趣味でもできることもあると思うし、仕事と分けて考えることもできるし。会社に入って一生安定した生活を送ることもぼくはいいと思うし。ただ、ぼく自身はそういう生き方はできないです。この気持ちは変わることはありません。ほんとは写真やりたいのに、無理にお金のことだけ考えて会社に勤めて写真ができなくなったと、最終的に文句をいうような感じなら、会社をやめちゃえばいいじゃん、という考え方をしています。
石川 就職するひとのイメージってどういうもの?
小阪 たいへんだなあ(笑)
石川 なにがたいへんそう?
小阪 就職するのがたいへんというよりも、就活を見てると、みんな必死でやってるし。そういう必死さをみると「たいへんだなあ」と思います。でも、「そこまでしてやんなくていいじゃん」と言うほど、単純に思えない自分もいるし。「いま必死になってやっても将来なんてわかんないじゃん」と単純に思いたい自分もいるけれど、自分も先の見えない立場なので複雑な感じです。就職するひとは、尊敬とまではいかないけど、自分にできないことをやっているので、現実を見ていてすごいなあと思います。
石川 人間関係と社会について聞きたいのだけど、人間関係で悩んだことある?
小阪 ぼくは人間関係で困ったことはないんで、そこまで考えたことはないですね。
石川 社会のイメージってどういうもの?
小阪 そんな深く考えたことないですけど、自分がこれから生きていくところなんだろうな、という感じです。
石川 これまでは社会で生きてこなかった、という感じ?
小阪 そうですね。あんま、社会というのを意識したことはないかな。大学を卒業して、これまでの自分の活動範囲を越えたところ、これから生きていくところが社会なんだろうな、というイメージです。
沢辺 彼女は?
小阪 いないです。こないだ別れたんで。
 彼女は短大を出て、中学ぐらいから保育士になろうと思っていて、じっさいにいま保育士になっています。じっさいになってみると、思い描いていたこととはちがうこともあったみたいですけど、ぼくは「夢をもてるということはそれだけですごいな」と思っています。彼女のように小さいときからこれというのをもっていて実際にそれになったりするのを見てると、すごいなと思っていますね。「なりたくてそうなって、そこでちがっていた」というのならいいかな、とぼくは思います。幸せなんじゃないかな。ぼくも写真家になって写真が嫌いになるということはあるかもしれないけれど、それでも後悔しない、というか。そこまでは自分なりに真剣にやってきたつもりなんで。
石川 恋人とはなんで別れちゃったの?
小阪 これっていう理由はなかったです。ぼくは付き合う人とは、「結婚してもいいかな」と思えるひととしか付き合わない。でも現実のぼくはこんなんなんで、むこうからすれば、ぼくは就職もしてないし、そんな結婚なんてこと言われても現実味もないし。「常に支え合う」という関係へのあこがれがぼくにはあるんだけど、いまは、ぼくはそういうことができないんじゃないかな、と一方的に思っています。だから、いまは、一回、彼女とは距離を置いているという感じです。
石川 家族以外で大切な関係とは?
小阪 中学、高校の友達関係、大学の友人関係、それぞれがちがうよさがあって一番というのはないです。どれも大切です。大学では、人とそれほど深いつきあいはできないと思っていたけど、ゼミのひとたちと卒論をはじめたころにやっと仲良くなって、今後も付き合っていけるかもって思っています。
石川 深い付き合いってなに?
小阪 説明はできないんですけど、ただ一緒にいるだけで楽しい、無駄じゃない、と思える関係です。話をしなくても、いっしょにいる時間が深さに比例すると思う。
石川 さいごに、小阪くんが写真家になって自分の写真が世に出て、見ず知らずのひとに、「この写真どうしようもないよ」と批判されたとき、どう思う?
小阪 見ず知らずのひとだったら聞かないと思います。たとえばこの写真のここがよくないと言われたら、たぶん聞いて、もし話せるひとだったら、自分の考えも言うとは思うんですけど、いちばんは自分の納得なので。一番は出したいもので、他人の評価はあとからついてくると思っています。もちろん、職業として他人からの評価は重要だとは思うけれど、自分が出したいこと、というのがブレなければ、周りになんと言われようといいかな。
石川 これから小阪くんが行くところであろう社会というのはおそらく、見ず知らずのひとに自分を試される場所だと思うんだよね。それで、そういう場所というのは怖いと思う?
小阪 全然怖さはないですね。自分はどこに行っても自分でしかない、という自信のようなものがあります。いままで親やお兄ちゃんの評価というのを気にしていたと思うんですが、なんかそこから抜け出せた感もあるんですよ。それがすべてでないし、自分がいいと思ったらいいんだと思えるし。いまは自分がブレないと思ってる。社会の要請にどんなに対応しても、たぶん軸はブレない、というのがあります。
石川 う〜ん。ちょっと最後のところ、なんで親やお兄ちゃんの評価が気にならなくなるのか、なんでそんなに自信があるのか、そこをまだ聞きたいけれど、これで終わりとしましょう。どうも長い時間ありがとうございました。

◎石川メモ

「お父さん」

 人前で自分の父親のことをなんと呼ぶだろうか。ぼくの場合は、目上の人との会話だけでなく、友人との会話でも「父」や「父親」と呼ぶ。「うちの父(親)が〜」といった言葉づかいで、父親が話題になるときは話す。
十年ぐらい前、人前で自分の父親のことを「お父さん」と呼ぶ男子大学生にはじめて会った。驚いたし、気持ちが悪かった。
 人前で自分の父親のことを話すときは、男子たる者ならば、「父(親)」か「おやじ」だろう、「お父さん」は小学生までだろう、と思っていた。父親は、「父」、「父親」というフォーマルな言い方や、「おやじ」という言い方で、距離をとって語るべき存在であるはずだ。
 だから、その大学生に「うちのお父さんが〜」なんて話されると、小学生かよ、子供かよ、まだお父さんベったりかよ、という印象で気持ちが悪かった。ちなみに、その大学生は人前では「母」、「母親」、「おふくろ」と呼ぶべき存在を「お母さん」と呼んでいた。「うちのお母さんが〜」といった具合に。もちろん、これも気持ちが悪かった。
でも、いまは、家族のことを人前で話すとき「父」、「母」ではなく「お父さん」、「お母さん」、それに、「兄」、「姉」ではなく、「お兄ちゃん」、「お姉ちゃん」を使うのが普通なのかもしれない。小阪くんもそういう言葉の使い方をしていた。
 親はもう乗りこえるべき存在ではないのかもしれない。小阪くんは、自分の描いたイラストなり、写真なりを真っ先に父親や兄に見せる。父は乗りこえるべき存在ではなく、兄もライバルではないようだ。
何かをつくり、表現するということは、家族以外の人びとに発信することだとぼくは思っている。ぼくだったら、自分の書いたものを親に見られるのは恥ずかしいし、気持ち悪い。けれども、いまは、たとえば、親子でお互いの書いたブログを読みあって誉めあったりしている、という状況があるのかもしれない。
 小阪くんは、写真で食っていこうとしている。これは、父親や兄に誉められればOKという世界とはまったくちがう世界で生きていくことだ。小阪くんは自分が写真家になることについて「根拠のない自信がある」と言っているけれど、もしそれが、家族に評価されたことからくる自信だったら、かなり狭くもろいものだと思う。この春大学を卒業した小阪くん、これからどうなっていくのか。また話を聞きたいところ。

やりたいこと、後悔しないこと

 「やりたいことがある」という言葉は、「働くのはイヤだから」という言葉の裏返しになりやすい。小阪くんがそうだというわけではない。けれども、写真という「やりたいこと」がきちんとあるはずの小阪くんは、家族以外に自分の写真を見せたことがほとんどない。
 小阪くんの「やりたいこと」のために、いま「やるべきこと」は、どんどん撮って人に見せることのはず。「後悔しないこと」も小阪くんのキーワードだったけれど、「やるべきこと」をさんざんやったなら、かりにダメであっても後悔はしないだろう。けれど、もし、それをやらなかったら、それこそ、あとで後悔することになってしまうはず。いまのまま暮らして、両親の経済事情が許さなくなって、いよいよ生活のためにお金を稼がなくてはならなくなったとき、「あー、あのときやるべきことやっておけばよかった」という後悔がやってくるはずだ。
「一度きりの人生、やりたいことをやって、後悔しないように生きていきたい」。そういう言葉はよく聞く。けれども、これはマッチョな言い方かもしれないけれど、もし漠然とでも「やりたいこと」があったなら、そのつどそのつど「やるべきこと」をとことんやっておくべきだ。小阪くん、いま現在、「やるべきこと」をやっているだろうか? すごく気になる。

第4回 現実を知っても、夢は諦めきれない──岡村大輔さん(23歳・男性・アルバイト1年目)

岡村くんは1986年青森県八戸市近郊の町で生まれた。現在23歳。父親は地元で公共工事なども請け負う電気店を経営。中学校、高校は地元の公立校に進む。高校は進学校だったが、二年生で中退。その後は親の仕事を手伝いながら通信教育の高校を卒業した。卒業後、東京の映画の専門学校へ進む。専門学校時代は脚本ゼミに所属。シナリオ協会の新人賞で佳作をとる。映画学校卒業後、いまは、アルバイトをしながら、映画関係の仕事に就くこと(自分の脚本が世に出ること)をめざしている。
岡村くん自身はコミュニケーションが苦手だと言うけれど、こちらとしてはけっこう話せる人の印象。高校ドロップアウト時代のトラウマでそういう自己認識になっているのかも。
*2010年4月24日(土) 18時〜インタヴュー実施。

「学校の雰囲気になじめず、人が怖くなって。友達もいなくて」

岡村くんは中学校までは比較的勉強ができ、地元の進学校にも進む。けれども高校をやめてしまうことに。その後、父親の電気店を手伝ってすごす。兄弟は双子の兄と一つ下の弟がいる。兄も高校をやめ、いまは岡村くんと一緒に東京に住んでいる。弟は佐川急便に就職。弟は兄たちとは一緒に住んではいないが、東京で一人ぐらしをしている。

石川 勉強はできた?
岡村 中学までは勉強ができたんですけど。高校で数学で挫折しまして。高校のレベルは東北大学に年にひとりかふたり行くような地元の進学校です。
沢辺 弘前大学は?
岡村 十数名受かるような学校です。
石川 じゃあ、地元のできる子が行く高校なんだ。
岡村 県内では三つほど有名進学校があるんですが、ぼくの行っていた高校はその下のレベルです。
沢辺 引きこもりってことなの?
岡村 ちょっとした引きこもりにはなりましたけど、学校の雰囲気になじめず、人が怖くなって。友達もいなくて。数学の先生に集中攻撃を受けたので。
石川 先生にいじめられたのがやめた原因だったの?
岡村 怒られるのが怖かったんで。それから、友達ができないのが大きかったんだと思います。
石川 いま、23歳で整理するのは難しいかと思うけど、けっきょく、原因はなんだったんだろう?
岡村 自意識がつよかったのが原因だと思います。そこで人生をあきらめたというか。
石川 自意識って?
岡村 人にどう見られてるかがいつも気になって、ばかにされてるんじゃないかと。
沢辺 誰も見ていないのに?
岡村 そうですね。だれもぼくなんか見ていないと思うんですけど、ばかにされてるんじゃないかと思って。学校行きたくなくなって、一回引きこもって。そのあとは、うちが電気屋で、電気工事もやっていたので、テレビのアンテナの設置の工事を手伝ってました。
石川 じゃあ、実家は人を使っているようなお店?
岡村 従業員は父親と母親と、技術に秀でている人が一人います。ぼくはその技術のある人についていって工事をやっていました。
石川 どんな工事?
岡村 ぼくは助手でぼーっと見てて。アンテナやエアコンの設置の工事とかをやってました。冬には、テレビの共同アンテナの工事をやって、小さな電柱のようなものを立ててました。
石川 お父さんとしては「学校やめたんだからお前うちで働くか?」という感じになったの?
岡村 ぼくが家でぐだぐだしていたので、「なにもやらないんだったら働け」となって働くことになりました。
石川 お父さんとしては学校をつづけてほしいと思っていたのでは?
岡村 そういう気持ちはなかったと思います。どちらかと言えば「うちの会社で働けばいいや」と。母親のほうは、学校やめたのは残念がっていたと思います。
石川 お母さんは将来こういうふうになってほしいとか具体的に言ってた?
岡村 「英語はしゃべれるようになってほしい」と(笑)。英語を話せれば仕事が増える、という考えで。大学には行ってほしいと思っていたはずです。
石川 お父さん、お母さんいくつ?
岡村 母親が55、父親が56です。
石川 兄弟は?
岡村 双子の兄が一人いまして、あと、一つ年下の弟がひとりいます。
沢辺 兄貴は似てる?
岡村 二卵性なので似てないと思います。
石川 兄さんは何している人?
岡村 同じ映画学校です。
沢辺 じゃあ、大変だったね〜。
岡村 金かかるんで。兄はいま在学中で。ぼくよりあとに東京に出てきました。家を手伝ったあとこっちに来て、ぼくと同じく映画が好きです。
沢辺 兄貴も同じ高校だったの?
岡村 同じ高校で同じ時期にやめて。
沢辺 それ親からしたらめんどくさくてたまんないだろ?
岡村 たまんないですね(苦笑)。
石川 二人とも「一緒にやめよっか」と申し合わせてやめたの?
岡村 そういうわけではないですけど。兄貴は自分より行かなくなったのははやかったです。けれども、留年して高校出ようかやめようか迷っていたようで、やめたのはぼくより遅かったです。
沢辺 岡村くんはドロップアウトだよね。引きこもりとは違うよね?
岡村 引きこもりとはちがうかもしれません。ただ、休日に外に出るのは怖かったです。同じ高校のヤツに会うんじゃないかと。仕事は作業着でよかったんですけど、みんな高校になればお洒落になってて。そういうのに対してコンプレックスをもっていました。お洒落なみんなに会うのはいやだ、と。
沢辺 でも、映画には行ってたんじゃない?
岡村 映画館に行くようになったときはもう自分でも服を買うようになっていて。
石川 映画館に行くようになったとき、と言うと?
岡村 高校をやめて、一年間ぐらいはあんまり外には出なかったですね。仕事以外では。
沢辺 じゃあ、映画館に行くようになったのは親を手伝うようになってしばらくしてからだと思うんだけど、映画が好きなんだと自覚をもったのはいつぐらい?
岡村 高校をやめてからですね。ぼくは現役より一年おそく、19歳で映画学校に入りました。兄貴は二年遅れて20歳で学校に入りました。
沢辺 弟は?
岡村 佐川急便につとめていて、いま東京に住んでいます。
沢辺 まさか一緒に住んでないよね?
岡村 いま自分は兄と一緒に住んでいて、弟は別です。今年寮を出たようで。弟とは疎遠なのであまり連絡をとってないです。
沢辺 弟は勉強できた系?
岡村 いえ。弟は夜遊びをするようなタイプで。髪の毛は染めてなかったですが、だぼだぼのズボンを履いて、キャップをかぶるB系でした。
沢辺 弟は高校は卒業した?
岡村 卒業しました。公立ですが。本人は食物調理科に入りたかったようですけれど普通科しか行けなくて、目標を失って、それから、おちこぼれというか夜遊びをするような感じですね。なにをしてきたかわからないですが、朝帰ってきてました。まったく遊ぶところがない町なんで、友達の家でゲームしたり、たばこ吸ったりしてたと思います。
石川 岡村くん自身は友だちとは遊ばなかったの?
岡村 友だちと遊んだという経験はないです。ゲームをひとりでやったりとか、借りてきたDVDを観たりとか。

「田舎の人間を見下していたというか、田舎にいたとき、自意識が強くって、なんだこいつら、と見下していました」

高校をやめた岡村くんは映画をかなり観るように。そこで自分でも映画をつくりたい、漠然と、監督になりたい、と思うようになり、映画の専門学校に進むことになる。

石川 田舎にいたときはどれだけ映画を観てたの?
岡村 衛星放送の映画も録画して観ていたので、一日一本は観ていたと思います。
石川 どんなものを観ていたの?
岡村 むかしのハリウッド映画とか。
沢辺 いちばん好きな映画は?
岡村 ジョン・フォードの映画が好きなので、「荒野の決闘」とか。ゴダールの「気狂いピエロ」とか黒澤明の「用心棒」とかです。ジャンルは限定せずにいろいろ観てました。
石川 でも、古典だよね。新しいやつは観なかった?
岡村 新しいやつは、ガス・ヴァン・サントの「エレファント」とか。コロンバイン高校の銃乱射事件を描いた映画です。
沢辺 川島雄三は?
岡村 好きですね。「しとやかな獣」が好きですね〜。
沢辺 いかにも映画学校って感じだねえ。ゴダールとか観てるヤツっていやらしいよなあ(笑)。
石川 ぼくもそういういやらしいタイプだった(笑)。「まわりはたのしくやってたけど、おれはちがうものもってるぞ」みたいな気持ちで映画観てました。
沢辺 けっこうみんなそうなんじゃないか? オレもそうで、はずかしいけど、子供はみんな大人になろうとしてそういうことやるよね。
石川 ところで、岡村くんは、どうしてその学校を知ったの?
岡村 インターネットで知りました。
石川 映画やりたい、って気持ちもあったと思うけど、ほかには動機があった? 「もうこんな生活いやだ!」とか。
岡村 「田舎はいやだ!」というのはありましたね。
沢辺 いまどき「田舎がいやだ!」っていう同級生っている? 俺らの頃は、「いやだ!」ってのはありだったろうけど。
岡村 そうですね。地元が好きな人が多いですね。
石川 岡村くんだけなんで田舎がいやだったんだろう?
岡村 田舎の人間を見下していたというか、田舎にいたとき、自意識が強くって、なんだこいつら、と見下していました。田舎だとミニシアター系の映画なんか3ヶ月や半年遅れてくるので、それだったら東京だといっぱい映画が観れるかなと思って。
沢辺 って言うか、ミニシアター系って、そもそも来るの?
岡村 来るんですよ。
石川 どこに来るの?
岡村 シネコンに(笑)。
沢辺 八戸の?
岡村 フォーラムという会社があって、そこはミニシアター系の映画も上映して、観られるようになったんです。
石川 週にどれくらい観ていた?
岡村 週に二回は見ていました。
石川 それで、いよいよ学校に行くときに試験とかあったの?
岡村 推薦というかたちだったので、「自分の身近にいる面白い人物を書いてください」という作文と面接がありました。
石川 身近な人物を書くって、でも友だちいないんじゃなかった?
岡村 一人いたんで。自分と同じような感じの(笑)。体が弱くて、学校やめちゃって、ゲームばっかりやっているやつで、女を襲うとか、レイプするとか、そんな妄想をしゃべるような変なやつです。
石川 そいつ危ないじゃん(笑)。そいつについて書いて面接受けたら通ったんだ。
岡村 後で聞いたら、まあ、こいつはだめだろう、という感じの人以外は通るみたいです。
沢辺 ところで、それまでは映画を観てたのしんでいたと思うけれど、自分が作り手にまわるというのはちがうよね?
岡村 学校に行くまえは、その想像力はまったくはたらかなかったですね。作れるものだと思ってたんですが。
沢辺 岡村くんの行っていた映画の専門学校は、その世界ではいちばん権威のあるところだと思うんだ。けど、とはいえ、その専門学校に行っただけで、どれくらい映画の仕事にかかわれるかといったら難しくない?
岡村 そうですね。かなり難しいですね。でも、最初はそういうことを知らずに、学校側の宣伝では「うちはいちばんスタッフを輩出しています」となっていたので、そのときはスタッフという概念もなかったんですけど、ここに行けばなんとかなるんじゃないか、と思って行きました。
沢辺 おれの認識では、監督、助監督以外は現場職でさ。照明屋さん、録音屋さん、道具系、編集、スクリプターみたいなのっていうのはさ、映画を支える現場の人で、その延長で監督や助監督になれるってわけじゃまったくないと思うんだよ。だから、スタッフは下請け化されていて、映画だけじゃなくNHKのドキュメンタリーも撮る。そこに派遣されていくという感じになっている。監督になるとか脚本を書くとかいうのはそういう仕事じゃないじゃん?
岡村 そうですね。まったくちがいますね。
沢辺 で、昔だったら東宝だとか映画会社に入れば監督コースがあって。
岡村 そうですね。むかしは、がんばればなんとか助監督になれる、という保障がありましたね。
石川 へぇ、そういうシステムだったんだ。
沢辺 いまはそういう撮影所システムがほぼなくなっちゃっているので、たとえば、ぴあフィルムフェスティバルとかで賞をとらないと監督にはなれなくなっている、みたいなんじゃない?
岡村 そうですね。うちの学校から賞をとって監督になった人もいますが、知っているかぎり一人です。いまは、自主映画から賞をとって監督になるコースと、誰かの助監督と師弟関係になってデビューするコースがあるだけだと思います。
沢辺 撮影所システムがなくなったあとでも、むかしはピンク映画コースっていうのもあったんだよね。だからピンクに飛び込めばさ……。
岡村 二、三年で監督になれる、っていうのがあったんですけどね。
沢辺 そのコースはいまはどうなってる?
岡村 まだあるんですけど、いまはピンクの製作本数がどんどん減っていて、そのコースは薄いですね。
沢辺 アダルトビデオから、ってコースはあるの?
岡村 アダルトビデオからは平野勝之さん、松江哲明さんがいます。

「学校に入ったら、ばけの皮がだんだんはがれて」

プライドの高い岡村くんは映画の専門学校に入って、先生たちにケチョンケチョンにやられることになる。メッキがはがれて、自分の弱さを認めるようになると、少しずつ友だちもできはじめる。

石川 親は東京に出ることをすぐにオーケーしてくれた?
岡村 ぼくを大学に行かせるためにお金を貯めてくれていて、お金の点では大丈夫でした。
石川 学費は一年でどれくらいかかるの?
岡村 一年目が130万で、2年、3年が80万円でした。
石川 親は「いいよ」と?
岡村 そうですね。そこらへんのところはもめませんでした。けれどもじいさんが「なんで行くんだ」と言って、ちょっともめました。
石川 お父さんは、うちを継げばいい、と思ってたんじゃない?
岡村 ぼくが「映画をやりたい」と言って、たぶんいやだったと思います。でも、おやじは「好きなことやってりゃいい」と言う人で。内心は家業を継いでほしかったと思いますが。母親はおやじの言うことに対して反対を言わない人だったので、父親が許したのならそれでいい、ということだったと思います。
石川 それで、東京に出てきて、生活はどうしたの?
岡村 仕送りで。
沢辺 犯罪だね〜(笑)。いくらくらいもらってたの?
岡村 家賃含めて月12万です。
石川 ちなみに、どこに住んでたの? ワンルーム?
岡村 学校の近くの新百合ヶ丘に住んでいて、じっさいは駅で言えば百合丘が近いですが。4万9千円の部屋です。
沢辺 便利なとこだね。下北沢にも一本だし。
岡村 遊んでました(笑)。
石川 (笑)アルバイトは?
岡村 やってなかったです。
沢辺 バイトをやってなかったら、それはそれで大変だね。
岡村 あと、これ言っていいかどうかわからないですけど、ばあちゃんが50万円、親にはないしょでくれたんで。
沢辺 涙がでてくるよ〜(笑)
石川 (笑)お金は主になにに使っていたの?
岡村 映画を観るのと、学年が上がると講師の方と呑む機会があったので、それに使いました。
沢辺 犯罪だよ、犯罪(笑)。
石川 (笑)映画監督をめざしてこっちに上京してきたと思うんだけど、上京してなにか知ったことはある? 現実はきびしいとか?
岡村 まず、自分に才能はなかった、ということですね。でも、才能がないから、映画めざすのをやめよう、というものではなくて。田舎にいるときは映画を簡単に撮れると思っていたけれど、眠れないぐらいやんなきゃ映画は撮れないということがわかりました。それから、自分の書いた脚本について、「最低!」とか「才能がない!」とか「葛藤がない!」とか「テーマがない!」とか厳しいことを言われるので、そこでも、自分には才能はないのではないかと。
石川 そう言えば、監督と脚本はちがうよね?
岡村 一年のときに監督は無理だと思ったんです。東京に出てきたばかりのときは、田舎の引きこもりの気分を引きずってて。コミュニケーション能力がそんなになくて、クラスメートとあまりうまくいかなかったんです。それで、ひとりでやれそうな脚本ゼミに行ったんです。けれども、脚本ゼミと言っても、一人で脚本を書く作業が中心ではなくて、何人か集団で実際に自主映画を撮るゼミだったんです。そこでコミュニケーション能力はついたと思います。
沢辺 そうだよね。映画は集団芸術だからね。
石川 じゃあ、脚本のゼミでは一応ひととはかかわれるようになったんだ。
岡村 そうですね。学びました(笑)。一年のときはつっぱってましたが。
石川 友だちできた?
岡村 できました。それまで、友だちがいなかった人、自分と同じような仲間です。
石川 岡村くんのようにプライド高い人たちだったらうまくいかないと思うけど?
岡村 自分もそうですけど、学校に入ったら、ばけの皮がだんだんはがれて。強がってても、講師の方にいろいろ言われることで自分の弱さが出てくるので、そういう意味でお互いダメだということがわかって。それでダメさを交換するような仲間ができました。
沢辺 田舎じゃ、映画を観ていないまわりをばかにして「オレ、ゴダール見ているけど」と言っていきがっていられるけど、学校に入ったらまわりも自分と同じようなやつだし、なんといっても、自分より映画を知ってる先生たちからは「ゴダールごときで、オマエ、なに言ってるの?」って一発で粉砕されちゃうよね。
岡村 そうですね。先生たちは自分より映画を観ているから。
石川 はじめてメッキがはがれるわけだね。
沢辺 みんなと同じようになるから、つっぱっててもしょうがないや、ということになるよね。
岡村 そうですね。上の人たちにはかなわないな、と思って、低姿勢になりましたね。それまで、年上の人たちをばかにしていました。それに、高校のときは先生に厳しく言われたら、すぐに「俺は否定されている」と思っていやになったんですけど、いまは怒られても前向きにとらえるようになりました。
石川 それにしても、それまではいやなやつだったね〜。まわりの人間には「オマエ、ゴダール見てないだろ!」ってバカにするし、先生には反抗するし(笑)。

「青森にいたころより格段にいろんな映画が観れています」

岡村くんはいまは双子の兄と二人暮らし。アルバイトは年金関係の会社に派遣として行っている。稼いだお金のほとんどを映画を観ることに費やしている。

沢辺 いま、何しているの?
岡村 派遣で年金の取立てをやっている会社で働いています。時給は千円で、週四日働いています。月に10万円ぐらい稼いでいます。それで家賃はまだ親に出してもらっているんですけど(苦笑)。いまは柿生の5万8千円のところに住んでいます。
沢辺 まあ、まだ学生の兄貴と二人だから理屈はつくよな。
石川 10万円はだいたいなにに使ってるの?
岡村 まずは年金の関係の仕事をやっているので年金は払ってますね(笑)。あとは、食費、遊ぶ金、それから貯金も考えていますけど、なかなかたまりませんね。CD、DVD代、レンタル代、それから映画を観に行くお金で使ってしまいます。映画館で観るのも含めて、週に三回ぐらいは映画を観ます。
沢辺 映画“館”としては主にどこに行ってる?
岡村 そうですね。シネマヴェーラ、ユーロスペースとか。
沢辺 「バサラ人間」(監督山田広野、ポット出版も出資)とか観た?
岡村 観ました。
沢辺 偉いね〜(笑)。
岡村 こっち来てから、ロマンポルノの特集とかも観ることができて青森にいたころより格段にいろんな映画が観れています。
石川 学校出ても、先生たちとの付き合いはつづいている?
岡村 そうですね。飲み会に行ってます。
沢辺 先生たちの出している雑誌は手伝わされてる?
岡村 それはないですね。
石川 話は戻るけれど、ごはんは自分でつくってる?
岡村 作るときはあります。
沢辺 米炊ける?
岡村 炊けます。
沢辺 味噌汁作れる?
岡村 作れます。
沢辺 出汁どうやってとるか知ってる?
岡村 出汁は煮干で。
沢辺 おっ!
岡村 ぼくの場合は、はらわた、頭をとって、一晩水につけて、朝に豆腐切りながら、鍋の水が沸騰したら煮干を上げて、豆腐を入れて三分ぐらいして、豆腐に火が通ったら味噌を溶き入れて。というかたちで味噌汁をつくることはあります。
沢辺 田舎の母さんから食い物から着るもの送ってくることある?
岡村 米とかドリップコーヒーとか。
沢辺 うざくない?
岡村 やっぱ着るもんはちょっと。
沢辺 俺も着るものはいやだったな〜。着るものは趣味があるからさ。
石川 ぼくもパンツとか送られて困ったことありましたね(笑)。
岡村 でも、食べ物をつくるようになったのは最近です。それまでは、マックだとか吉野家だとかサイゼリアとか、安いところで済ませてました。
石川 煮干で出汁をとるのはお母さんがやってたのを見てそうするようにしたの?
岡村 いいえ。本を読んで知りました。

「危機感をもたなくてはやばいですね」

岡村くんは、いまは専門学校時代の先生からもらった脚本の仕事をやっている。これは学校の教材。けれども、いつまでもこの仕事をもらえるという保証はない。自分の脚本を何とか書かなくては、という危機感がある。

沢辺 ところでさ、ひきつづき今も映画をつくろうと思ってるの?
岡村 「なにがなんでも映画だ!」っていう気持ちは落ちてるんだと思います。仕送りがなくなって「生活費を稼がないとな」と思っていま働いています。
沢辺 これまで映画はなにか撮った?
岡村 映画は撮っていなくて、短い脚本を書いたりしていました。
沢辺 何本ぐらい。
岡村 三本ぐらいです。
沢辺 いちばん最近だといつぐらいに書いた?
岡村 学校の先生から仕事をもらっていま書いているところです。学校内の実習のために、ほんとに短い五分ぐらいの脚本をやらせていただいてます。ギャラは、一本五枚ぐらいの量で1万円です。
石川 そういう声って全員にかかるわけじゃないよね?
岡村 以前に書いたものが評価されて声がかかりました。
沢辺 だってシナリオ協会の新人賞で佳作なんだから。まあ、佳作になったからってどうってことないと思うけど。それに、その賞と映画学校との人脈が強そうだし(笑)。
岡村 ぼくが入賞したときも、賞をとったのは全員、同じ映画学校でぼくと同級生のやつでした(笑)。
沢辺 とはいえ、あんまりひどいやつは佳作にしないとは思うけど(笑)。
岡村 そうですね(笑)。
石川 それでもいまは脚本の話が来てるんだから、まだ脚本を書いていきたいとは思ってるんだ?
岡村 このまま先生と付き合っていれば、もしかして、もっと本格的な脚本の話がくるんじゃないかと。
沢辺 そりゃ甘いだろ(笑)。
岡村 甘いですね(笑)。
石川 どうしたらいいんだろうね?
岡村 先生には「いまは貯める時期だ」、「本読んで、映画観て、いろいろ経験しろ」って言われてて、ぼくとしては、そうか、そういう時期だと思ってその気になっているところです。
沢辺 そうだけどさ。書きつづけてたほうがためになるんじゃないか。頼まれた脚本を何本か書いているだけではだめでしょ。貯めていて、三十になったら書き出して、いいものができるという可能性はなきにしもだと思うけど。
岡村 去年は、先生からもらった仕事だけしかやってなくて、やばいな、と思って。今年は自分で長いものを書こうと思います。
沢辺 ちょっとやなこと言うようだけど、学校からは毎年卒業する学生がいるわけだよね。そうすると、先生が実習用にシナリオ書かせようという学生もまた出てくる。それ、やばくない?
岡村 危機感をもたなくてはやばいですね。じっさいに、後輩がまた佳作をとったので。
石川 そのコンクール以外ではシナリオを発表する機会はどれくらいあるの?
岡村 コンクールはいくつかあります。採用されることは滅多にないけれど、プロデューサーに直接もっていくという方法もあります。自分で自分のシナリオをもとに映画を撮るという手もあります。
石川 そういうことにチャレンジはしないの?
岡村 自主映画かな、と自分では思ってるんですけど。いまお金がない状態で。
沢辺 でも、いま、映画を自分でつくるならそんなにお金かからないよ。
岡村 そうですね。20万、30万でできますね。
石川 たとえば、いま23だから、30までを区切りとしたら、なにかそれまでに目標は?
岡村 30までに配給会社がつくシナリオなり映画を一個つくりたい、かたちにしたい、というのはあります。それでだめだったらやめよう、という考えもあります。実家の電気屋を継げばいい、という気持ちもあるけれど、いま電気屋業界も厳しいんで。
沢辺 オレの編集したプロモーションビデオを見せよう(パソコンを開いて自分のバンドの映像を見せる)。これなんて編集30分だよ。だから、もう誰でも映画を作れてしまうんだよ。
岡村 そうですよね。いまほんとにそういう状況ですよね。
石川 そういえば、脚本だけ書いてる人っているの?
岡村 います。でも、脚本だけで食えている人はほとんどいません。
沢辺 厳しいよね。プロの人でさえ、いつも、「金ない、金ない」と言ってるもん。とはいえ、けっこう夢がある系だね。岡村くんは。
岡村 そうですね。厳しい現実を知ってもあきらめきれてないというか。
石川 ほかの仕事は考えなかった?
岡村 ほかの仕事はできない、ちゃんと会社勤めなんかできない、と思い込んじゃって。
沢辺 その場合の仕事ってどういう範囲なの? たとえば、弟みたいに佐川急便の仕事だってあると思うけど、その仕事というのは、四年制の大学出て就職活動してするような仕事のこと?
岡村 そうですね。大学出て会社に就職するというイメージですね。ぼくの場合はそういう道はもうないので、バイトをしてなんとか脚本書いて、映画を撮ろうと思っています。とにかく映画界にかかわりたいという気持ちがあります。
沢辺 かかわるだけだったら、いろいろな方向があると思うけど。
岡村 助監督にしてください、と頼みにいったことがあるんですけど、「オマエは助監督には向いていない」と言われて。
沢辺 そうだよね。岡村くんは引きこもりだし。映画は集団芸術だから。とはいえ、いまはっきりこうなるという方向性がなくてもいいとも言える。みんないきがかりだと思うよ。石川さんだって、23歳のときはそんなはっきりした将来の方向性なかったんだから。
石川 そうですね。かなり漠然としてましたね。
岡村 ぼくもその場、その場を生きているって感じです。
沢辺 いまは人生80歳までぐっと伸びた時代だから、23歳なんてまだまだひよっ子だよ。だから、まだまだ自分は子供だと思えばいい。

「人からブサイクって言われますけどね(笑)」

岡村くんは、インターネットは頻繁にやるけれどもPCでメールのやりとりはあまりしない。mixiは登録しているがあまり使っていない。Twitterもやっていない。けれども、携帯代は月に1万円。コミュニケーションは苦手と言う岡村くんだけれど、友だちはいる。ただ、女の子にはちょっと苦手意識が。

石川 岡村くんは、コミュニケーションが苦手だと思ってるみたいだけど、こんなところまで出てきてインタヴューの相手をしてくれるんだから積極性あるんじゃない?
沢辺 なんでインタヴューに来てくれたの?
岡村 これもなにかいい経験になるんじゃないかと思って来ました。
沢辺 そういえば、携帯もってる? パソコンは? インターネットは?
岡村 携帯はもってます。パソコンもあって、インターネットはよくやります。
沢辺 携帯代は月どれくらい?
岡村 月1万円ぐらいです。
石川 1万円ってけっこう高いよね。
沢辺 友だちいるじゃん! 1万円だったら毎日数分の通話はかならずやってるよ。オレなんて、友だちいなかったよ。高校中退して、家を飛び出して一人で四畳半のアパートで暮らしてたんだけど、昼間はクーラー屋のバイトをしてて、同僚は年の離れたおじさん。それで、夜間高校へ行ったんだけど、まじめな苦学生が多かった。昼間は看護婦さんやっている人や自衛隊員もいて、ちゃんと働いていた。高校中退組は、まじめに勉強して大学に入ろうとしている生徒が多かった。オレなんてバイトで不良系だったから友だちできなかったよ。昼はおじさん、夜は友だちいなくて、孤独で気がくるいそうだった。それで、メールは1日何通ぐらい書く?
岡村 書かない日もありますけど、平均で言えば3通ぐらいだと思います。
沢辺 おれは仕事以外でメールなんてしないよ。どんなやりとり?
岡村 自分から最初にメールするより、むこうから「いまヒマ?」、「あの映画観た?」というメールが来て、それに「ヒマだよ」とか「観たよ。面白かった」と返信してコミュニケーションすることが多いです。
沢辺 彼女は?
岡村 いないです。
沢辺 いままでいたことある?
岡村 一回。中学校のときひとりだけです。
沢辺 孤独な日々を過ごしてるんだ。
岡村 女性がちょっと怖いというのもあるんで。たぶん、小学校のときに女の子にいじめられた経験がトラウマになっているんだと思います。
沢辺 でも、べつに岡村くんはブサイクでもなんでもないよ。
岡村 でも、人からブサイクって言われますけどね(笑)。
沢辺 ちょっと頭が薄気味だけど。別に普通だよ。オレに普通の顔があればな。あと、なんか頭の薄くなり方がちゃんと前からで、ショーン・コネリータイプでいいよ。(自分の頭を見せて)おれなんて真ん中からだから、フランシスコ・ザビエルみたいでいやだよ。まあ、年齢的に若いから頭が薄いのがちょっといやだと思うけど、場所的にはいいじゃん。
石川 年齢が行けばけっこういいかもね。
岡村 それはよく言われますね。
石川 なにかこの子いいな、と思う女の子と接する機会は?
岡村 そういうコミュニケーションはありませんね。恋愛というかたちのコミュニケーションはまったくないですね。
沢辺 風俗は?
岡村 ときどき行ってます。
沢辺 なに系?
岡村 ソープです。
沢辺 本格派だね。
岡村 童貞だったんで、確実に本番ができるということでソープに行きはじめました。
沢辺 最初の人はどういう人だった?
岡村 30歳は超えていたと思いますが、かわいい人でした。こんなかわいい人がいるんだ、っていうか、そういう感じでした。
石川 そんないい人だったら、その人のところにはその後何度も通った?
岡村 いえ、そういうわけでもなく。

「映画を観たりしてぶらぶらと」

これからどうやって生きていくか? アルバイトも出会いもいまはじまったばかり。これまで岡村くん(と岡村くん兄弟)を支えてきた実家の電気屋さんも地デジ景気の終了後どうなるかわからない。

沢辺 これからどうやって生きていくの?
岡村 ……ちょっと答えるのが難しいですね。
沢辺 道具とか使うのは好き? ビデオカメラとか。
岡村 そんなに好きじゃないですね。
沢辺 PCは?
岡村 パソコンはありますけど好きってほどでもないですね。
沢辺 じゃあ、借りてきたDVDをコピーしたりはする?
岡村 そういうことはしませんね……。
石川 コールセンターには女性はいる?
岡村 ほとんど女性ですが主婦ばっかりですね。
石川 なにかそこで出会いでもあればと思ったんだけど。
沢辺 大人趣味はなし?
岡村 大人趣味もちょっとあるんで。おばさんでもいいかなと。でも、なにしろバイトをはじめたばっかりなんで。
石川 あれっ? バイトはじめたばっかりって、去年の春学校を卒業して、それからなにしてたの?
岡村 親の援助で(笑)。引きこもってはいませんけど、映画を観たりしてぶらぶらと。そんな生活をしていたら「ほんとにオマエひどいな」と先生すじから説教されまして。それでこの春からバイトをはじめました。親の仕送りも自分から言ってやめてもらってます。
石川 これまでお兄さんにも仕送りしてたわけだから、それじゃあ、実家の電気屋さん相当繁盛しているんじゃない?
岡村 1万人ほどの人口のその町はほとんどカバーしていると思います。もちろん、最近は量販店もできて以前ほど景気はよくありませんが。あと、学校関係など公共工事も請け負ってますので。それから、ここ数年は地デジの影響で、テレビは売れてます。2011年まではなんとかなる、と親は言ってます。
沢辺 11年までか?
石川 そうですね。今日はどうもありがとうございました。

◎石川メモ

かっこいいようなかっこわるいような

 青森の小さな町に自意識過剰の少年がいる。少年は学校をドロップアウトした。友だちはいない。親の電気屋をぼーっとしながら手伝っている。そんな少年を、映画の世界だけがいきいきと魅きつけてた。少年は都会に出て、映画監督を志す。こういうふうに書くとかっこいい。
 けれど、東京に出た青年は、バイトもせず、親の仕送りやばあちゃんのくれた金で数年間ぶらぶらしていた。学校には行っていたけれど、自分で撮った映画は一本もない。こう書くとかっこわるい。
 けれども、かっこいいのもわるいのも含めて、これが現実なのだと思う。自分もそうだったけれど、たとえば、引きこもりが可能になるのは引きこもらせてくれる親がいるからだ。阿部和重の『ニッポニア・ニッポン』の最後に、ある引きこもり少年が登場する。少年は昼すぎに起き、キッチンのテーブルの上には、親のつくっておいてくれた食事がきちんとラップをかけて置いてある。これがとてもリアル。親は働きに出ている(たぶん)。それで、引きこもりの子供にちゃんとごはんを用意してくれている。ラップをかけて、あとはチンするだけにして。
 これを、子の甘えと親の甘やかし、と言ったらそうだろう。けれど、むしろ、こうした関係はもはや現代の親子の「構造」だと言ったほうがいい。そういうふうに子も親も、ある意味で自然にふるまっている。このことを前提にものごとを考えたほうがいいような気がする。
 岡村くん、これからどう生きていくのだろうか。また話を聞きたい。

これからどうなっていくんだろう?

 このインタヴューの時期、岡村くんは人生のターニングポイントだったはず。仕送りをやめてもらって、バイトをはじめたばかり。請け負い仕事ではなく、自分のための長い脚本を書かなければ、映画を撮らなくては、と考えはじめたこところ。バイト先はおばさんばかりかもしれないけれど、そこで新しい出会いがあるかも。
 その後、バイトはどうなったのか? 自分の脚本は書いているのか? 自主映画撮ってるのか? 彼女はできたのか? これもまた話を聞きてみたい。

第3回 いま、自分のおしゃれのレベルは並以下です──大石なつ美さん(22歳・女性・無職)

大石さんは、1988年に埼玉県郊外で生まれ育ち、現在も親元で暮らしている。22歳。中学高校は地元の普通高校に進み、八王子にあるマンガ・アニメ系の専門学校に進む。専門学校卒業後はライトノベルなども出版している某出版社で雑用のバイトをしていたが、一年と少しでやめてしまった。現在は無職。
*2010年4月13日(火) 18時〜インタヴュー実施。

「二次創作をやっています」

大石さんは漫画家になることを目指している。現在は、オリジナル作品を描いているのではなく、すでに存在してる作品のキャラクターを使って描く二次創作のマンガを描いている。でも、本人としてはオリジナルストーリーのマンガをやりたいと思っている。

石川 いま、仕事はなにかやっているの?

大石 いまなにもやっていません……(苦笑)。家でぐだぐだと、お絵かきをやっています。

石川 どういう絵を描いているの?

大石 二次創作です(笑)。

石川 二次創作をおじさんのぼくにもわかりやすいように説明してくれるとうれしいな(笑)。

大石 いまやっているのは『デュラララ!!』という作品の二次創作です。原作はライトノベルで、いまはアニメ化もされています。作者の成田良悟さんの小説はずっと好きで、全作品を読んでいます。『デュラララ!!』は小説の頃から二次創作をやっていました。

沢辺 で、二次創作ってなに?

大石 すでにあるマンガや小説にもとづいて、そのキャラクターを使って、自分で絵を描いたり小説を書くことです。

沢辺 ようは、パロディーとか置き換えだと思うけど、一次の元ネタとしてはどういうものがお気に入りなの?

大石 『デュラララ!!』のキャラクターをいじくっています。マンガや小説の書いてない部分をかたちにするのが二次創作だと思っています。

石川 大きく言えば、本編のストーリーの前段階や話のつづきを自分でつくってみたり、本編のサブキャラクターを主役にしてその生い立ちや物語をつくるんだと思うんだけど、そういうものだよね?

大石 はい。

沢辺 もとのキャラクターはどんなものなの? そのキャラクターの名前は?

大石 門田さん(うふふふ)。

石川 門田さんの魅力ってなに?

大石 男らしいところです。男気っていうか、番長系というか(笑)。頼れるというか、優しいというか。

石川 バンカラ系なんだね。で、その門田さんを使ってどういうストーリーを描いているの?

大石 ボーイズラブもありますし。そういうのと関係ない日常を描くこともあります。

石川 ボーイズラブっていうとエロなの?

大石 ボーイズラブが全部エロなわけではないです! (笑)

石川 あっ、そうか、なんか、ほのかな(笑)。

大石 普通の男女カップリングでも、チューで終わったり、手をつないで終わったりしたらエロじゃないじゃないですか。

沢辺 つまり、ボーイズラブは描くけど、セックスシーンまでは描かないと。

大石 そうです。そうです。

沢辺 じゃ、なんでエロ描かないの?

大石 私はエロを読むのは好きですけど、描けません(笑)。自分には描けないからです(笑)。それに、無理やりエロにしなくてもいいと思います!

石川 そのとおりだと思うけど、エロってきたない、グロい、という感じがあるから?

大石 そんなことはないです。

石川 じゃあ、エロのほうはエロのほうで、それを楽しむ人が楽しめばいいんじゃないの、ぐらいの感じなんだ。

大石 そうですね。へへへ(笑)。

石川 二次創作の仲間内で、これがいい、あれが悪い、絵が変、とか言うことはある?

大石 あったりなかったりです。でも、そこまであんまり踏み込むことはありません。

石川 ということは、二次創作の世界では、あなたはあなた、わたしはわたし、というという世界ができあがっているんだ。

大石 そうですね。

石川 原作者の成田さんの世界は尊重する? けっこう無視?

大石 尊重しますね。

石川 じゃあ、ボーイズラブ的な要素はもともとその作品のなかにあるの?

大石 いえ、本人はそういう意図はないと思いますけど、それを見いだすのが女の子なんで(笑)。

石川 最近は原作のほうがそういう作り方しているものも多いと思うけど。どう?

大石 そういう部分もちらちらありますけど。

沢辺 コミケとかに自分の二次創作の作品は出している?

大石 コミケは毎回行ってて、作品も出すこともあります。

沢辺 いちばん売れたのはどれくらい売れた?

大石 いまでこそアニメ化されて『デュラララ!!』は人気がありますけど、去年まではマイナーで。私の場合は、多く売れて80冊ぐらい売れた作品がありました。一年ぐらいで。

石川 一作品どれくらいの値段?

大石 400円か500円です。

沢辺 今日もってきてないの?

大石 もってきてません。

沢辺 なんだー。もってきてれば買おうと思ったのに。

大石 (笑)だめですー! 

沢辺 えっ、なんで? だって売るもんじゃん。

大石 (笑)だめですぅー!

石川 えっ、なんでだめなの(笑)? 売れたらうれしいじゃん?

大石 (笑)うれしいですけど。ぽいぽいとあげるようなものではないんで。

沢辺 だから、買うって言ってんじゃん。

石川 ぼくも買うのに。

沢辺 ところで、二次創作って、厳密に言うと著作権法違犯だよね。

大石 はい(笑)。

石川 でもそうすると、この話をアップするとき、作品名を出さないほうがいいのかな?

沢辺 いやでもこの部分はブレになっているからいいと思うよ。二次創作だって、それがコミケで売れれば、その元ネタの小説のほうも買う人が出るだろうし。出版社もそれを本気になって文句を言う気はないと思うよ。

石川 そうですね。さっきもちょっと言いましたけど、いまは二次創作にしてもらうのを意識しているアニメもありますしね。

大石 もちろん、最近は、二次創作を規制しませんか、という動きもありますけどね。

石川 ところで、この門田さんという人ってメインのキャラクターじゃないよね?

大石 はい。自分の好きなキャラクターをメインにしたいじゃないですか。

沢辺 絵はうまいの?

大石 自分で言うのもなんですけど、そんなにうまくありません。

沢辺 「自分で言うのもなんですけど」って普通、そのあとは「そこそこ自信あります」だけどね(笑)。

大石 なんて言っていいのかちょっとわからなくて(笑)。

石川 ほんとはちょっと自信あるからいまだに描いてるんだよね?

大石 まあその……。

石川 二次創作の世界では、ほんの一部のひとはそれで儲けて生きているひともいると思うけど、そうなりたい気はあるの?

大石 いえ、それはないですね。

石川 じゃあ、二次創作ではなく、マンガのほうで食っていきたいの?

大石 そうですね。ありますね。

石川 それは、二次創作ではなく、オリジナルで勝負したい、ということ?

大石 そうですね。やりたいです。

沢辺 でも、マンガ描いてる?

大石 二次から抜け出せない、というか(笑)。

石川 二次から抜け出せない、って面白い言い方だよね。

大石 やっぱりたのしいんで。

沢辺 でも、それだったら、徹底的に二次をやればいいんじゃないの?

大石 えーっ! 結果的に趣味になっちゃうんで。

沢辺 でも、それはプロになるための重要な練習方法だと思うよ。小説家の町田康だって、図書館に行って、自分の好きな小説家の文章をずっと書き写していたらしいよ。これは二次創作でもなんでもなくて、むしろずっと書き写してただけだけど(笑)。

石川 写経的ですね(笑)。

沢辺 でもそうすると、手に文体が染み付くし、ストーリー展開も手とか体とかに染み付いてくるし。こういうのは一つの練習方法になると思うよ。そんなに二次創作から抜け出すことを考えずに、むしろ、突き抜けることをやってみたら?

大石 そうなんですが。でも、もうそろそろ、そういうことを言ってられない年齢になって。

沢辺 そんなことないよ(笑)。昔は人は60歳で死んでたんだから。むかしは15歳で元服。15歳で大人になって戦場で切りあいしてた。50年前だって、中学卒業してすぐ就職したひとはいっぱいいた。けれども、いまは人生80年。23歳なんてはな垂れ小僧みたいなもんだよ。

「専門学校時代は、山のように描きました。毎日のように描きました」

大石さんは小学校の頃、高橋留美子の作品に出会ったのをきっかけに漫画家になることを目指してきた。勉強はあまり得意ではなく、中学も高校も家から遠くない公立校に進む。
高校は進学校ではなく、ギャルが多く、タバコを吸っている学生もいる素行のよくない学校だった、とのこと。
男女約40人のクラス構成のうち、女子の半分ぐらいが化粧の濃いギャル。残りの半分のうちの半分(女子の4分の1)がナチュラルメイクのかわいい系の女の子。あとに残った女子がお化粧には興味がない女の子(大石さんはそのグループに属する)。男子はギャル男が半分以上、残りがオタクとは言えないけれどインドア派。
大石さんは同じクラスでも自分のグループ以外の女子とはそんなに話をしなかった。男子ともほとんど話をしなかった。別に嫌いというわけではなく、「とくにかかわりをもとうとは思わなかった」とのこと。ギャルの子の濃いメイクもかわいい系の子のメイクも「個人の趣味だからやればいいじゃん」という受け止めだった。男女、各グループ間に対立があったわけでもなく、不干渉という態度で、学校行事などでは意外とまとまるクラスだった。大石さんもとくにイジメなどいやな思い出はなかった高校時代だった。

石川 中学校、高校のときはどういう子だった?

大石 クラスにひとりかふたりいる地味なタイプ、インドア派でした。

石川 オタク?

大石 オタクっていうか、そのまんまオタクでしたね(笑)。

石川 高校のときは受験勉強はした?

大石 高校は大学受験の勉強はしてなかったです。わたしは専門学校に推薦で入ったので。

石川 クラスのみんなのその後の進路とかは知ってる?

大石 とくにかかわりはもっていなかったので、みんながどうなったかは知りません。ただ、自分と付き合いがあったみんなは大学に行ったり専門学校に行ったり、普通の女子大や医療系の専門学校に行ったりしました。絵を描いているオタクの子がいたけど、その子は就職しました。最近連絡をとっていないので、どんな就職をしたかはわかりませんけど。

石川 専門学校の学費はどれくらい?

大石 たぶん、一年で100万以上です。画材代はまた別にお金がかかります。学費も画材代も親に出してもらっていました。

石川 マンガ家になろうと思って入ったの?

大石 はい。

石川 ご両親は許してくれたの? 親は「漫画家なんてお前そんな夢みたいなこと」なんて反対しなかったの?

大石 まかせるつもりで口出しせず、お金も出してくれました。

沢辺 なんで許してくれてると思う?

大石 親は親、子は子という感じだったと思います。

沢辺 女の子だから、というのはない?

大石 それはあんまりないと思います。

石川 お父さんはなにして働いているの?

大石 さいきんいろいろあって(笑)。埼玉県内の工場の下請けで、仕事つらいのなんのと言ってて。仕事を変えたらしいです。

石川 いまは働きに出ているの?

大石 ええ、たぶん。

沢辺 何度か仕事を変えてたひとだったの?

大石 はい。いままでに何度か。

沢辺 それまで仕事を変えているので、まあはじめてのことでもないので、別に気にしない、という感じ?

大石 聞いてもいいのかな? という感じで。

沢辺 ああ、そうだよね。聞いちゃうと逆に輪をかけて追い込んでしまうような?

大石 そうですね。辞めるときつらそうだったので。

石川 お父さんはその前はどんな仕事をしてたの?

大石 デパートやスーパーの従業員をやってたときもありました。それで、その工場の下請けが7、8年と、いちばんつづいたほうです。

石川 お父さんいくつ?

大石 四十すぎだと思います。

沢辺 それちょっと若くない? 大石さんいま22歳でしょ?(笑)

大石 そうですね(笑)。私が生まれたのは父が23歳ぐらいだったので。

沢辺 それじゃ、40代半ばすぎ、という感じだね。

大石 そうですね。

石川 お母さんはいくつぐらい?

大石 いくつかはわからないですけど、父より一個下です。

石川 仕事はしてるの?

大石 小学生向けのドリルなどの教材を発送している工場のようなところで働いています。

沢辺 出版社の倉庫部門かな?

大石 たぶん、そうですね。

石川 お父さん、たいした人だと思うんだよね。仕事変えながらも、娘の学費を出したり。ちょっと説教くさくなるけど。(笑)

大石 そうですね(笑)。親には感謝しています。

石川 そう言えば、さっき、二次創作をやりまくったらいいんじゃない? という話になったけど、学校に行かなくても一生懸命独学でマンガ描けば漫画家になれる、という考えはなかったの?

大石 いえ、そう考えてはいなかったです。学校に行っていろいろ勉強したかったんで。

沢辺 そこが疑問だよね。なんで? だって、描き方なんて自分で描けばいいでしょ。たとえば、手塚治虫先生はすべて独学だよ。いまは手塚先生の時代よりもマンガの描き方なんて本もたくさん出てる時代だから、独学で描きやすい時代とも言えると思うよ。でも、なんで、学校で勉強したくなっちゃうの?

大石 いま思うと、学校行くことで独学ではわからない技術的な描き方もわかりましたけど、山のように描くために行っていました。学校に通ったらいやでもマンガを描かなくちゃいけない。ただそれだけで勉強になったという気がします。

沢辺 けっこう描いたんだ。

大石 山のように描きましたね。毎日のように描きました。

石川 あの子が二枚描いたら、私は四枚描くぞ! というガッツで?

大石 いえ、そういう気持ちはありましたけど、そこまでは体がついていかなくて(笑)。

「おやじ好きです」

大石さんは、携帯メールはあまりしない。友だちは多くないタイプだと言う。けれども、PC(OSはWindows)を使ってのコミュニケーションはけっこう頻繁にやっている。『デュラララ!!』を軸に、ネット上の友だちもいて、チャットもしている。Twitterもやっている(mixiに登録はしているがやっていないとのこと)。
インターネット上に、ブログとイラスト作品(二次創作)を発表する自分のページももっている。二次創作のポストカードの通販も行っている。更新は頻繁にしている。一日約120人が訪れている。作品は、まず紙に描き、PCに取り込んで、フォトショップで着彩したものをアップしている。

石川 大石さんのページ見たいな?

大石 いやです。教えませんよ。

沢辺 なんだよ。教えてよ〜

大石 いやです! 恥ずかしいじゃないですか!

沢辺 見たいもん! じゃあ、Twitterは? IDない? 俺もやってるからさ(手元のパソコンを開き、自分のTwitterのページを見せる)。

大石 えー、腐女子的なことも書いてあるのではずかしいです。

沢辺 いいじゃん。これでツイッター仲間だよ。フォローしちゃおう。

大石 (結局IDを教える)恥ずかしい……。

沢辺 (大石さんのつぶやきを見ながら)午後二時に「おはよう」って(笑)。一日何時間ぐらい寝てんの?

大石 けっこう寝るんですよ。二度寝、三度寝してて、休日は10時間ぐらい寝てます。仕事をやめてから夜型になって、こないだ何もないときに、28時間寝てたんですよ(笑)。

沢辺 あっ、大石さんのページに行けちゃった!(Twitterから大石さんのブログや作品のあるページに飛ぶ)

大石 ギャフン!

沢辺 (大石さんの描いたイラストを見て)うまいね。たくさん描いているじゃん! (描かれている男性キャラを見ながら)ところで、好きな男のタイプは? 付き合うんだったら男?

大石 そうですね。百合っ子(レズビアン)ではないです。好きなタイプは、番長系でやさしい人です。

沢辺 俺みたいなイカツイのは? 

大石 いいですね。おやじ好きです。

石川 ぼくはどう?

大石 もうちょっと年齢がいったほうがいいですね。もうちょっと皺があったほうがいいですな。

沢辺 いま付き合っている男いる?

大石 彼氏いらないんです!

沢辺 おやじと付き合えばいいじゃん。

大石 自分が誰かと付き合うことが想像できないんです……。小学生のときに悟ったんです。それから彼氏がほしいということがなくなって……。

沢辺 それは断念しちゃったんだよ。

大石 でも、ほんとに好きだったかどうかわからないし……。

沢辺 小学生の好きなんていいかげんなもんだよ。自分はもてないとかブスだとか、勝手に思って、悟っちゃったわけ?

大石 そういうわけでもないですけど……。

沢辺 (大石さんのめがねを見て)めがねとか変えたほうがいいんじゃない? ガリ勉くんみたいだよ(笑)。

大石 変えたいとは思ってるんですよ。でも、長い間このめがねで。

沢辺 いつぐらいからしているの?

大石 高校終わりぐらいから。

沢辺 高校生としてもそのめがねまずくないかな(笑)?

大石 いまは、おしゃれしたいとは思ってるんですよ。

石川 おしゃれしたいと思ってるんだ〜。

大石 ダサいよりおしゃれしたほうがいいじゃないですか。

石川 じゃあ、めがねも含めてトータルでおしゃれしたい?

大石 めがねだけでなくて、トータルでおしゃれしたいです。でも、いま、自分のおしゃれのレベルは並以下です。

石川 (大石さんの服装を見て)服はどこで買ってるの?

大石 服は近所にあるスーパーの二階にあるような服屋で買っています。ブランドもののような高い服は買いません。着れればいいという感じです。池袋に出て買い物したりはしません。片道一時間もかかって服を買いたいとは思いません。

沢辺 原宿の竹下通りの店なんてむちゃくちゃ安いけど、そういう店には行かないの?

大石 そういう店の雰囲気は入りづらいんです。前に一回行ってみましたけど。

石川 自分がこう言うのは失礼だけど、大石さんとはどっかいっしょに行ってトータルで変えてあげたくなっちゃうな。すごくかわいくなると思うよ。

大石 少しは自分のファッションを変えたいと思うんですけど、変え方がわからないんですよ。

石川 それだったら、いっしょに買い物行って「お前これ着ろよ」みたいな彼氏ほしくない?

大石 あー。

沢辺 いやだよね。いかつい番長系好きなんだもん(笑)。そんなでれでれしてるのはイカツイ番長系とはちがうもん(笑)。

大石 そういうのいやじゃないですよ(笑)。こっちが無理やり買い物に連れて行って、だるそうにしている彼を見るのが好きなんです。

石川 そういえば、沢辺さんがタイプと言ったけど、触りたい?

大石 筋肉とかさわりたいですね。

沢辺 俺、贅肉だけどね(笑)。

大石 私、ガテン系の人とか好きです。

沢辺 そういう絵はなかったよね。

大石 ほんとうはそういうの描きたいんですけど、筋肉がうまく描けないんです。

石川 さっき悟ったなんて言ってたけど、ちょっとおしゃれにすれば、大石さんならすぐ彼氏できて男の人に触れると思うんだけどな〜。

大石 えーっ。うーん。

沢辺 でも、男に対して引いてるというか、距離感とってるよね。

大石 あー、そういうのあると思います。

沢辺 Twitterじゃ見られちゃうけど、閉じられたチャットとかでは、男の話、この人と付き合いたい、といった話はしないの?

大石 いや、あまりないですよね。友達とはアニメとかライトノベルのキャラとかの話、オタク系の話ばかりです。

沢辺 いままでのインタヴューでは、アイドルオタクとかライトノベルオタクとかもいたけど、こう言うのもなんだけど、大石さんは「真性オタク」という感じだよね。いわゆる電車男っていうか、そんな感じだよね。古典的オタク。

大石 私が? そうですか(笑)。現実に興味がない、というわけではないですけど。

沢辺 これまでインタヴューした子たちは、オタク的なこと、彼氏のこと、仕事のことはバランスよく配分して生きている感じだったけど、話を聞いてみて、大石さんは、オタク的なことが生きているなかでいちばん比重が大きい。

大石 そうですね。

「野菜煮込めなかったんです(笑)」

大石さんは、あまりお金を使わない。主な買い物は数百円のライトノベル。マンガは買わず立ち読みで済ませる。高校時代から親からのお金はもらわず、お年玉で一年間のお小遣いをまかなっていた。親戚が多いため、お年玉の額は毎年10万ぐらいだった。自分で買った買い物のなかでいままで一番高価な買い物は、出版社のアルバイト時代に買ったデジカメ(2万円ぐらい)。
大石さんは、胃袋も大きくなく、食べ物にもそんなに執着はない、と言う。焼肉などに肉料理も好きだが、それほど食べない。普段はおかしばっか食べてます、とのこと。

沢辺 兄弟はいる?

大石 三つ下に妹がひとりいます。いま私と同じ専門学校に通っています(笑)。私はマンガ・アニメコースでしたが、妹はイラストコースです。妹もいわゆるオタクで、コスプレをやっています。

沢辺 妹のコスプレはなにをやってるの?

大石 「忍たま乱太郎」です。

沢辺 えっ、でも、あれ、忍者のかっこうじゃない? もんぺみたいの履いて?

大石 頭巾をかぶって(笑)。

沢辺 どこに行くの?

大石 にんたまファンのイベントに行ってます。

沢辺 そういうにんたまコスプレのセットはあるの?

大石 コスプレのセットを扱ってる店もありますけど、自分でつくったり、そのつくったものを通販で売るひともいます。妹はコスプレを買う派ですけど、頭巾や足袋を改造したりして自分でつくってもいます。

沢辺 そういうの買うと高いんじゃない?

石川 2万円ぐらいするの?

大石 そんなにはしていないと思います。万はしないと思います。

沢辺 日曜日だと原宿でロリータのかっこうをしている子を見かけるけど、なんで女の子が忍者なんだろう?

大石 ロリータが好きな子は、それがかわいいから着ているわけだけど、コスプレが好きな子はそのアニメが好きでやっているわけで。そのかっこうで街中は歩いたりはしなせん。

石川 妹と一緒にコミケに行ったりはしないの?

大石 昔は一緒に行ったことはありますけど、いまは別々です。同じオタクでも、妹はコスプレで、私は二次創作なので。住み分けはあります。

石川 そうか。だよね。オタクにさまざまなジャンルがあるのは、音楽好きにさまざまなジャンルはあるのと同じように考えればいいんだ。

大石 そうですね。

沢辺 ところで、出版社のバイトはどれくらいはたらいていたの?

大石 一年とちょっとです。

沢辺 なんで辞めちゃったの?

大石 自分の時間がとれなかったので。

沢辺 土日は休みなんじゃない?

大石 朝11時から夜7時までの仕事だったんですけど、通勤に片道二時間もかかっていたので。

沢辺 辞めてから稼ぎはあるの?

大石 いまはまだなにも仕事をやってないのですけど、近場で働く場所を探しています。

石川 出版社のバイトは時給はいくらぐらいだったの?

大石 900円ぐらいです。

沢辺 残業は?

大石 自主的にやらないかぎりなかったです。

沢辺 (笑)8時間拘束で、それできつかったら、これからも自分の時間もてないんじゃないの?

大石 それでも、通勤を含めて、働いている時間がほとんど半日だったんで。疲れてしまって。

沢辺 日本ではほとんどの人がそういう生活を送っていると感じない? 

石川 すぐ疲れたりして、身体が弱いの?

大石 いえ、病気もち、というわけでもなく。

沢辺 最近は小学生も「疲れた」と言うんだよ。もう20年も前からだけどさ。それはきっと、大人が「疲れた」と言っているのを見てそう言うんだと思うよ。

石川 お父さん、お母さんはばりばり働いていたんじゃない?

大石 お父さんは、朝7時に家を出て夜9時に帰ってきて。お母さんは朝9時ごろに家を出て、夜5時ごろに帰ってきて……。

沢辺 えーん(泣いてみせる)!

大石 それでも、働いてばかりではなく、お父さんは音楽を聴いたりゴルフをしたり、お母さんは押し花教室へ行ったりとわりと好きなこともやっているようです。

沢辺 じゃあ、わりと謳歌しているほうなんだね。

大石 そうですね。

沢辺 ところで、話は戻るけど、食い扶持はこれからどうするつもりなの?

大石 そこがいま悩んでいるところです。なにをしたらいいんでしょうね? 遊んでいる年齢ではないので。

沢辺 一人暮らししたくない?

大石 私は、料理もなにもできないので、一人で暮らしはしていけないと思います。

沢辺 じゃあ、うちでごろごろして、お母さんのつくってくれたごはんを食べてるんだ?

大石 そうですね(苦笑)。

沢辺 じゃあ、お米炊けない?

大石 炊けます!

沢辺 味噌汁は鍋に水入れてそのあとどうする?

大石 具を入れる!

沢辺 ダシは?

大石 あっ、ダシが先か!(笑)

沢辺 まあ、ものにもよるけどね(笑)。やっぱダシでしょ。

石川 じゃあ、カレーつくれる?

大石 カレーこのあいだ失敗しました(笑)。

沢辺 カレーを失敗するって(笑)。いったい、どうやって失敗したの?

大石 野菜を煮込めなくて(笑)。

石川 野菜が煮える前にカレー粉入れちゃったんだ。

大石 短気なんです。

沢辺 俺も短気だけどカレーはつくれるよ。だって、とろ火にして、その間は本を読んでりゃいいんだもん。

大石 火をそのままにするのが怖いんです……。

沢辺 じゃあ、洗濯は? お母さんがパンツ洗ってくれてるの?

大石 そうですね(苦笑)。

沢辺 まずいだろ〜(笑)。それ。

大石 そうですね(苦笑)。

石川 お昼はごはんはお母さんがつくって置いておいてくれるの?

大石 夜中の2時3時に寝て、午後に起きて、という生活なので、お昼は、朝ごはんの残りを食べたり、食べなかったりです。

沢辺 いまは家族がいるからいいけど、孤独って怖いよ。この先いつまでも親と一緒には暮らせないと思うんだ。そうなると、一人ってさびしいよ。俺が独立したときはひとりでやってて、飛び込みで営業のサラリーマンがやって来るのがたのしみだった。日曜日なんかさびしくなるよ。

大石 そう考えるとこの先が怖いです。

「いまはマンガ描いてないです」

大石さんにとって、社会のイメージは、仕事をして世の中の一部になること。けれどもいま、自分は働いていない。いまの自分は「動いていない歯車」のようなものだと言う。その大石さんの仕事観は、マンガを描いてお金を稼ぐことが理想で、なにか生活のために仕事を見つけて働き、マンガは趣味でやっていくことは第二候補。
人とのかかかわりについては、「共通する趣味の範囲以外の人とはかかわりたいとは思いません」とのこと。

沢辺 いま、いちばんの悩みどころはなに?

大石 稼ぎですね。

沢辺 稼ぎなんてなんでもいいじゃん?

大石 マンガ家でやっていきたいと思ってるんです。

石川 自分のオリジナルのマンガは描いてないの?

大石 いまはマンガ描いてないです(苦笑)。

沢辺 貯金いまいくらぐらい?

大石 約70万です。

沢辺 それじゃ、一年ぐらい食っていけるじゃん。

大石 でも、それで、一生食べていけるわけないじゃないですか。

石川 だから、その一年で自分のマンガを描くんだよ。

大石 でも、そのお金がなくなったら終わりじゃないですか。

沢辺 でも、まだ若いんだし、ホームレスになる可能性もないし。その一年で、ひたすら、二次創作でもなんでもいいから、ともかく、ありったけ描くというのも一つの選択肢じゃない? 

大石 なるほど。

沢辺 おじさんの説教みたいだけど(笑)。

大石 いえいえ、大丈夫です。

沢辺 ところで、いま住んでる家は借家? 持ち家?

大石 借家じゃありません。一軒家です。親の家です。

沢辺 それ抜群の条件だよ! 人生の出発点として、そこポイントだよ。家賃払わなくてもいいんだもん。

大石 そうですね。

沢辺 そこで、「お米だけ食べさせて。一年だけマンガ描かせて!」って親に言うんだよ。親はダメだとは言わないと思うよ。それで、いやんなるくらい描いて、もし、いやになったら、「もうマンガは仕事ではなくて趣味でつづけていくんだ」ということがわかるじゃん。もちろん、この選択肢以外でも、近所でバイトでもいいからそんなにハードではない仕事で稼ぎながらマンガも描いていく、という選択肢もある。それに、もう一つは、本格的に、長いあいだ働ける仕事をみつける、という選択肢もある。だいたいいま考えられる選択肢はこの三つぐらいじゃないかな?

大石 そうですね。

沢辺 そのうちでも、大石さんは、なんとなく「長くつづけられる仕事を見つけなくてはならない」と思っているんじゃないかな?

大石 そう思っていますけど。マンガを趣味にしたくないのが葛藤としてあって……。

沢辺 葛藤っていうとかっこいいけど、ようは、ぐだぐだしているだけじゃん(笑)。

大石 (笑)そうです!

石川 マンガ描いたほうがいいよ。

大石 そうですね。

沢辺 描けなきゃ、やめちゃえはいいんだよ。若いイラストレーターみたいなのが、「イラスト描かせてください!」って言ってよくうちの会社に来るけど、俺はかならず「月に何枚描いてる?」って聞くんだよ。すぐ仕事に結びつくかどうかわからない。けれども、とにかく描く。やっぱりそういうのをやってなきゃ。とにかくがむしゃらに描きもせずに、「いやあ、考えがまとまらなくて」なんて言う人もよくいるけど、そういう人は信じないね。

大石 そうですね。

沢辺 長期に働けるような仕事なんていま見つけられないよね? 難しいとしたらいいじゃん。描こうよ。目の前で出来そうなことはやればいいだけだよ。「夢は思えば実現する」とはよく言われる言葉だけど、俺はそいうのは半分は当たっていると思ってる。大石さんが出版社でアルバイトをしたというのも、自分の好きなライトノベルを出しているような会社で働けば、そこにはなにかマンガを仕事にするきっかけというのはあるはず、という志向が働いたはず。

石川 出版社の人に自分がマンガ描いていることはアピールした? むこうは知ってた?

大石 そういう話の流れはあって、どんなマンガが好きかって話にはなりましたけど……。

石川 でも自分の作品を見せるまでにはいたらなかった、と。

大石 そうですね。

沢辺 いま上品な社会になっているから、彼女は自分の作品を見せるまでにいかなかったと思うんだ。

石川 もうちょっと下品になればいいと思うんだよね。

沢辺 もうちょっとだよね。

石川 ほんのちょっとのことだと思うんだ。

沢辺 だって、さっきツイッターのID教えてくれたもん。ほんとに見せるのいやな子だったら、教えてくれないもん。だから、やっぱり自分の作品を見てほしいというスケベ心みたいなもんはどこかにあるんだよ。

大石 ありますね。

沢辺 ただ、それも、俺が下品な人間だから、「Twitter見せたくないです」と言う大石さんに、「そんなこと言わず見せてよ」とずけずけ言ったからだよ。社会は一般的に上品だから、見せたくないならああそうですか、という話で終わってしまうと思う。

石川 そうですね。ぼくなんか、上品なタイプだから(笑)。TwitterのID教えたくないなら、「はいそうですか、無理しなくていいよ」で終わってしまう。今回のインタヴューでは「無理しなくていいよ」とは言わないと努力したんだけど、それはこっちの努力。普通の上品な社会だったら、大石さんが自分をアピールする機会は、やっぱり自分のほうが少し下品にならないと得られないと思うよ。

大石 なるほど。そうですね。

沢辺 ことさら、「見て見て」と言うのもかっこ悪いけど、「あっ、やってますよ、見ますか?」ぐらい普通に自分から見せる努力は必要だと思うよ。

大石 そうですね。

沢辺 こっちもスケベ心あって、「あいつがまだバイトやめてぶらぶらしてたとき、“自分の作品を人に見られることが商売なんだから、そんな恥ずかしいなんて言ってるなよ”なんて説教してやったんだよ。それがきっかけであいつはデビューしたんだよ」なんて飲み屋で言いたいんだよ(笑)。そういう名誉にあずかりたい。俺なんか、そういう種は年中まいてるよ。

石川 そういう機会に乗っかるかどうか、って重要だと思うよ。ほんと。

沢辺 (あるマンガ家のページをネットで開いて)こいつ、いいやつでさ。まだ売れていない頃、うちでマンガ描く仕事やってたんだよ。もともと自分のストーリー漫画やりたい人だったけど、うちの会社でストーリーも決めてこういうの描いてくれ、というかたちでマンガを描いてもらってたんだよ。そうしたら、あるとき、「申しわけないですけど、仕事忙しくなって、沢辺さんの仕事できません」と言ってきて、どうしたの? って聞いたら、『モーニング』の連載決まったんです、って。すごいじゃん! という話になって。そうなると、うれしいよね。

大石 すごいですね!

石川 あの天才アーチストは、駆け出しの頃から自分のやりたいことを曲げずに押し通した、みたいな話をよく聞くけど、ぼくはそんなのウソだと思ってる。沢辺さんのところで仕事をしていたその漫画家さんは、自分はオリジナルストーリーをやりたい、という気持ちはあったかもしれない。けれど、そんなこと駆け出しの頃に実現するわけがない。だから、決められたストーリー、言われた仕事のなかでちゃんとやった人だと思う。そういうことを積み重ねて、やっと、その人は評価されて、自分のオリジナルストーリーを描けるようになったんだと思うよ。

沢辺 それと、いいやつにかぎるよ。人間性は売れることと関係あると思うんだよ。いま評価も高くて売れている役者なんかもすごく丁寧で人をちゃんと気遣う人が多い。

大石 いいお話をありがとうございます。

石川 ところで、自分のオリジナルストーリーの作品を見てもらったことある? いままで誰にも読んでもらってない?

大石 作品が途中で終わっているので、誰にも見てもらってません。

石川 それじゃあ、やっぱり誰かに見てもらおうよ。
(改めて、大石さんのページに行き、沢辺、石川で作品を見る)

沢辺 意外と上手いじゃん!

石川 色づかいもいいね。

大石 恥ずかしいです。

沢辺 恥ずかしさに耐えなきゃ。

沢辺 ではおいしい小籠包でも食べに行きましょう。

大石 すいません。あんまりいい話なんかできずに。

沢辺 いいんだよ。若いんだから。

◎石川メモ

モノがある

 大石さんは、ガリ勉銀縁めがね、服は近所のスーパーの二階で買ったような服。身体もすぐ疲れてしまうし、寝るのがすき。いまは仕事もせず、家で親に世話になっている。洗濯、食事はお母さん。料理は苦手。と言うより、ほとんどできない。恋愛はあきらめちゃっているけれど、好みはおやじでガテン系。好きなキャラも番長キャラ。妄想しながら二次創作。「〜ですな」、「ギャフン!」なんて言葉も飛び出して、なんかやっぱりオタクっぽい。でも、それだからこそ(?)、話すのが楽しかった。
 大石さんは明るい。笑顔もある。自分のダメっぷりを話すのもためらわない。ダメ自慢というわけでもなく、すごくストレートにちょっと恥ずかしがりながらも話してくれた。外側から見れば、バランスの悪い生き方をしている人なんだと思う。けれど、なんだろう、どこかに、すごく小さいものかもしれないけれど、本人も気づいていないような、自分を支えるものがある人という印象をうけた。
 きっと、モノがあるからなんだと思う。二次創作とはいえ、大石さんには描いたモノ(作品)がある。自分のホームページに多数アップされている。それは公表されている。「夢がある」と言う人がよくいるけれど、モノがない人も多い。多い、と言うよりモノがない人がほとんどだ。同じことだけれども、モノのない人が「夢がある」とよく言う。
とにかく、なんでも、かたちにしたものを自分はもっている。そういう人にはどこか強みがある。モノを通じてつながりもできる。自分のコミュニティーがつくれる。本人はほとんど意識していないと思うけれど、大石さんを支えているのはこうしたモノの力だと思う。
 もちろん、自分のつくったモノを公表したら、それは試される。試されてへこんでその先どうなるか。それはこれから大石さんがオリジナルの作品を描いていくうえで出てくる問題だ。けれども、専門学校のとき、「山のように描きました。毎日のように描きました」と言っていた大石さんなら、へこたれないような気がする。
すごく当たり前のことしか言えないけれど、オタクの分野だろうと、どんな分野だろうと、なにかに一度は真剣に打ち込んだ経験のある人はやっぱり強い。モノなく夢、夢言っている人、すぐあきらめる人より強い。そして、そういう人は、オタクであろうと誰であろうと応援したくなる。

あとほんのちょっとだけのスケベ心

 恋愛もそうだし、おしゃれもそう。そして、マンガ家になる夢につながる道もそうだけれど、大石さんは、「あとほんのちょっとだけのスケベ心があれば」の人。
 沢辺さんの言うように、いまが上品になった時代なら、やはり、スケベは強い。くい込める。
 もちろん、ズカズカと下品すぎるのはまずい。お互いあまり干渉しない上品な「ひとそれぞれ」の時代に、いきなり下品にくい込むとまずい。なんだオマエ、ということになる。だから、きっかけとしては、「ほんのちょっとだけ」スケベに下品に人にくい込むこと、いい塩梅で自分をアピールして人とかかわりはじめるのがいい。
 もちろん、人と本格的にかかわり、仕事がはじまると、グイッと下品に自分をつきださなくてはならない局面が来る。けれども、めんどくさいことだけれど、いまの人とのかかわり、自分を前に出すことは、「ほんのちょっとだけ」スケベに下品に、からはじめるにかぎる。 
 モノがあって夢があるのだったら、ほんのちょっとだけスケベになってみる。そうしたら、きっといいことあるはず。大石さん、がんばってほしい。