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データ原稿書きで、手のひらが真っ黒だ [北尾トロ 第20回]

1986 年が明け、それまでの四谷から、新宿に通う生活が始まった。パインは張り切っていて、いつ顔を出しても事務所にいる。留守のときは打ち合わせに出ているか人と会っているかで、夜遅くまで、椅子の上であぐらを組んで原稿を書いていた。家には睡眠と着替えのために帰るだけのようだ。

居候していたときも、パインは仕事ばかりしている人で、放っておくと俺は外にも出ないと言っていた。しゃにむに働くパインを見ていると、ハングリー精神という言葉を思い出す。フリーライターのフリーとは何の保証もないことであり、仕事を発注してくれるクライアントとは細い糸でつながっているだけで、いつプツンと切られてもおかしくない。だから仕事はちゃんとやらなければならないし、つながる糸は多いほどいい。そういう考え方だから、いつも多くの締め切りを抱え、寝る間も惜しんで働いている。

ぼくを居候させてくれたり、駆け出しライター連中に事務所を使わせてくれたりするのは、ひとりで働いてばかりいるのがつまらないという理由もあったみたいだ。そのうち野心が芽生え、編集プロダクションを設立。有能なスタッフがきびきび働いてくれれば、自分は社長として営業中心に動き、原稿用紙1枚いくらの生活にサヨナラできる。パインの皮算用はそんなところだったと思う。 続きを読む

会社の役員になってくれと頼まれた [下関マグロ 第20回]

パインが間借りしていた事務所には、パインの他に、伊藤ちゃん、伏木くん、坂やんなどなどのライターがいた。更にそこに三角さんという元編集者が加わって、なぜか経理のようなことをやっていた。

パイン以外の人間は、ずっとそこにいるわけではなく、勝手気ままに出入りしていた。なので事務所には、それまでワイワイといた人がふっといなくなるような瞬間があった。

パインが重要な話を持ちかけてくるのは決まってそんなときだ。 続きを読む

間借りを脱し、新宿に共同事務所を開くことに [北尾トロ 第19回]

いつまでも間借りのままでは落ち着かない。仕事を充実させるためにも自前の事務所を持ちたい。パインは前々からそう言っていたから、年内に引っ越しする計画を聞いても驚きはしなかった。

事務所を構えるのはあくまでパインの会社・オールウェイなのだから、自分に密接なことだというリアリティがほとんどないのだ。ぼくや増田君は、パインの事務所に出入りするフリーのスタッフ。4つある机のうち専用の席があるのはパインのみで、用がある人間がそのつど適当に座っていたから、埋まっていれば喫茶店で原稿を書いたりする。それが不満なのではなく、フリーならそれが当然だし気楽でいいと思っていた。だから、意気込むパインとの会話もいまひとつ噛み合わない。

「今度は我々だけの事務所だから、外で書くなんてこともなくなるよ。専用電話だし、ファクスもそのうち入れるつもりだ」

「そうですか」

「コピー機もいるな。机も1つか2つ増やそう。打合せスペースも欲しくない?」

「あるといいですねえ」

「伊藤ちゃんも間借りのままじゃやりにくいだろう」 続きを読む

金はないが、時間だけはたっぷりあった [下関マグロ 第19回]

久しぶりに伊藤ちゃんから電話がかかってきた。その頃の伊藤ちゃんは単行本を執筆しているとかで、ほとんど顔を合わせていなかった。

「まっさん、どうしてんの?」

どうしてんのと言われても、どうもしておらず、その日も暇にしていた。
具体的にいうと、僕はテレビで「夕やけニャンニャン」を見ていた。電話のベルが鳴ったので、テレビの音量を小さくして電話に出たところだ。 続きを読む

スポーツライターへの道が開かれた!? [北尾トロ 第18回]

なぜアフリカ雑誌の企画がスキーに? 唐突すぎる福岡さんの電話には戸惑うしかなかったが、だんだんその気になってきた。ジャンルはともかく、新創刊というところに惹かれるのだ。スポーツには縁がないが、ダメでもともと。それより、雑誌がどのようにカタチになっていくのか体験してみたい。

数日後、五反田の喫茶店で福岡さんに会った。

「どう、やってみる気になった?」

「はあ。でも、スキーができないんですよ。大学のとき、一度行っただけで道具も持ってないくらいです」

「ははは、そんなの気にすることないですよ」

気にするよ! 滑れないヤツが書いたスキーの記事なんて誰が読むっていうんだ。でも福岡さんはそんなことを気にする素振りを見せず、アフリカ雑誌について語ったときと同じく、夢見るように言うのだった。 続きを読む

決意というより成り行きでライターに [下関マグロ 第18回]

最近はそうでもないのかもしれないが、昔はエロ業界について勘違いしている男が多かった。

僕がアダルトビデオの助監督やエロ本の仕事をしていると言うと、「撮影現場に連れてってくれ」というようなことをよく言われた。

そんな物見遊山感覚のお願いは実に困る。こちらは遊びで行っているわけではない。仕事なのだから。

たしかに、アダルトビデオの撮影現場では、男女がセックスをしているのを間近で見ることができる。しかし、現場のスタッフがそれを見て興奮することは皆無といっていいと思う。

全員、仕事をしているわけで、それぞれ果たさねばならない役割がある。見ていて楽しむ余裕などなかった。 続きを読む

本が出ても何も変わりはしなかった [北尾トロ 第17回]

机の前に座り、原稿用紙を広げて早4時間。1文字も書けないまま時計の針だけが規則正しく先へ進む。初の著作となる『サラブレッドファン倶楽部』は出だしから行き詰ったままだった。肩に力が入っているせいか、最初の1行でつまずいてしまい、数行書いてはボツ。ゴミ箱は書き損じの原稿用紙で山盛りだ。そのうち飽きてレコードを聴き始め、夜に賭けようと昼寝を貪り、夜になると明日に賭けようと読書に逃避。煙草を吸いすぎて、一日中気持ちが悪い。

単行本といっても初心者向けの競馬ガイドブックで、中身は実用的なコラム集。2ページから4ページほどの原稿が数十本入る形式だ。馬券の買い方やオッズの説明、歴代名馬の解説など、テーマ設定もありきたりのものだから競馬必勝法を考案する必要もなく、1テーマにつき2千文字程度の読み切り原稿をコツコツ書いていけばいいのだ。が、頭のなかではわかっていても、これが実行できない。部屋にこもって4日目になるのだが、1日に1本書くのがせいぜいで、しかもことごとくつまらないときているから実質は0本である。

どうして計算通りに行かないのか。普段のペースなら1日3本は堅いのに。理由を考えると「本の執筆だから」としか答えが出ない。そうなのか。本なんて興味がないと思っていたけど、その実、めいっぱい緊張しちゃってるわけか?

違うと言えば嘘になる。やはりこう、著者という響きにはたまらないものがあるのだ。 続きを読む

アダルトビデオの助監督という仕事 [下関マグロ 第17回]

「もしもし、増田くん、またお願いできるかな」

芳友舎の土屋監督から電話がくるとうれしかった。アダルトビデオ助監督の仕事依頼であるが、うれしい理由はギャラが取っ払いだからだ。

ライターが原稿料を受け取るのは、早い場合で仕事をしてから一ヶ月後、遅い場合は半年後なんていうのもあった。失業保険の支給がなくなった僕にとって、働いてすぐに現金が貰えるというのはとても魅力的だったのだ。

しかし、なんでその場でお金を貰うことを「取っ払い」っていうんだろう。

「たとえば芸能人なんかが、所属事務所経由でギャラを貰うんじゃなくて、興行主から直接お金を貰うってことだと思うよ。すなわち中間を〝取っ払う〟ということ」

1万円の領収書を書きながら土屋監督に質問したら、そう教えてくれた。 続きを読む

いきなり単行本の著者になった [北尾トロ 第16回]

パインの仕切りで、夏の終わりに総勢10名数名で長野県の野尻湖へ遊びに出かけた。車なんてシャレたものはないから電車である。大半が普段フリーで活動しているライターやデザイナーなので、大勢でどこかへ行くというだけでむやみに盛り上がる。30歳を超えているパイン以外は全員20代の、明日をも知れぬ生活をしている業界人たちだが、先行きの不安などないかのようにはしゃいでいた。みんなの気持ちはわかる。ぼくも、乏しい銀行残高をやりくりして参加したひとり。遠くまできてしみったれた話をするくらいなら最初から参加しない。1泊して、翌日にはレンタサイクルで湖を一周。テンションが下がることなく東京に引き上げた。

きっと、同じように貧乏で、同じようにヒマだった駆け出し仲間だったから盛り上がった小旅行だったのだろう。また旅行に行こうと誓い合ったものの、みんな忙しくなってそれぞれの道を歩き始めると、誘い合って大勢で出かけることは困難になってゆく。そればかりか、何人かとはやがて連絡も途切れ、ニ度とそんな機会が訪れることはなかった。 続きを読む

読者チャレンジ企画とAVの助監督 [下関マグロ 第16回]

新橋の駅ビルの地下に、ウエイトレスの制服がミニスカートの喫茶店があった。といってもいかがわしいお店ではなく、ごく普通の喫茶店だった。

僕はその喫茶店で雑誌『とらばーゆ』の原稿を書いた。『とらばーゆ』は週刊だったから、最初の頃は毎週足を運んだ。慣れてくると数週間分の原稿をまとめて書けるようになったので、そんなに通わなくなった。

調子よく原稿をこなせるようになり、それでとんとん拍子にライター専業になったかと言うと、答えはノーである。相変わらずエロ雑誌のカメラマンはやっていて、1985年の夏は伊藤ちゃんと鎌倉の由比ガ浜で「オイルぬりぬりマン」を撮影していた
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