北尾トロ」タグアーカイブ

新連載「プータローネットワーク」と事務所の居候 [下関マグロ 第31回]

新橋にあるリクルートの『とらばーゆ』編集部に打ち合わせに行き、帰ろうとしたときに声をかけられた。

「増田くんじゃない、元気?」

村上麻里子さんだった。村上さんはかつて『ポンプ』という雑誌の事務局にいた人である。この『ポンプ』という雑誌はちょうど僕が大学に入学した78年に創刊されている。中身は今でいえば、ネットの掲示板をそのまま雑誌にしたようなものである。当時としては画期的な試みで、僕は創刊号からずっと買っていた。

僕は読者でもあったが、投稿者でもあった。その『ポンプ』がまさにネットのオフ会のようなことをはじめ、読者同士が集まるというということが行われていた。村上さんはそこの事務局にいた女性で、オフ会のサポートをしていた女性で、美人だった。僕はその、オフ会のような集まりに何度か参加したことがあったが、ライターの仕事をするようになってからは足が遠のいていた。

「村上さんがなんでこんなところにいるんですか?」 続きを読む

初ライブと初小説 [北尾トロ 第30回]

アガっていたとしか言いようがない。ぼくの歌とまっさんのベースが先へ先へと暴走を始めたのだ。おかもっちゃんが引き戻そうとするが、どうにも修正できず。間奏時の動きも壊れたおもちゃ並である。しかも、叩いていたリズムパッドが曲の途中で倒れ、見かねた客に手伝ってもらって演奏を続ける始末。みじめだ。やっと冷静に場内を見渡せるようになったと思ったら、もう最後の曲だった。

「いやいやいやいや、まいったなもう」

楽屋に戻ると、おかもっちゃんが笑い出した。

「どうなってしまうのかって、お客さんも緊張して見てたよ」

表へ出ると、みんなから声をかけられた。曲は悪くないけど、見ていてヒヤヒヤしたと意見は一致している。ライブとしては最低だったってことだが、こっちは一仕事終えた高揚感に包まれているので、いいようにしか受け取らない。打ち上げの席でも、まっさんは強気一辺倒だ。 続きを読む

ついにライブの日程が決まった! [下関マグロ 第30回]

また夏が近づいていた。およそ一年前、荻窪のマンションに引っ越したのは夏真っ盛りの頃

2DK風呂付きで家賃は6万5千円と格安だったが、なにしろクーラーがついていないのは辛かった。ぼくは暑さには弱いのだ。

それまで住んでいた木造のアパートは風通しがよかったし、仕事がそんなになかったんであまりに暑いときはパチンコ屋で涼んだり、近所の喫茶店に行ったりしていた。

ところが、今いるのは、鉄筋のマンションである。クーラーがないのはつらい。最初の夏はとにかく我慢して、扇風機だけでやり過ごしたものの、今度の夏はどうしようかと迷っていた。 続きを読む

おかもっちゃん引き込み計画  [北尾トロ 第29回]

町田の居候中、ぼくのところへはひんぱんに人が出入りし、なんだかんだと理由をつけては飲み会をやるようになった。ホームパーティーみたいなシャレたものじゃなく、ただ集まってがやがやと飲み食いする集まり。外でやるよりはるかに安上がりで時間制限もない、というのが開催理由だ。カレーを作るのでも焼き肉をやるのでも、何かがあればそれで良かった。

集まるのはライター、イラストレーター、デザイナー、カメラマンなどで、みんな20代。売れっ子なんて一人もいなくて、将来に漠然とした不安を抱えつつ、しかし今日が良ければそれでいいというお気楽な一面もある連中が多かった。そんなメンバーで仕事の話をしてもしょうがない。ひたすら飲み食いしてバカ話に興じるだけである。

意味のないどんちゃん騒ぎは楽しい。だから、こういう集まりはあちこちにあり、オールナイトのUNO大会とか、一晩騒いでから海水浴へ行ってヘロヘロになって帰ってくるとか、そんなことをよくやっていた。関わる人たちも新しい知人が中心で、オールウェイ時代からつき合っているのはわずか。さして時間も経っていないのに、四谷や新宿へ通っていた頃のことは、遠い昔の出来事のように思えた。 続きを読む

30歳までにライブをやるぜぃ! [下関マグロ 第29回]

僕らは、バンドを組んで、30歳になるまでライブをやるという目標ができた。とはいえ、時間はあまりなかった。なにせ伊藤ちゃんは半年後の1月23日で30歳になってしまう。急がなければ……。

そんなわけで、岡本くんを伊藤ちゃんが車でピックアップして、荻窪の僕の部屋に集まる日が増えた。バンドについての話し合いが目的だったが、いつまでもパートも決まらず困っていた。そんななか、最初に決まったのはドラムだ。人間ではなく機械に任せることにしたので、誰からも文句が出なかったのだ。

あるとき、2人がいろいろな機械とシールドやらを抱えて僕の部屋にやってきた。 続きを読む

脳天気商会、テキトーに誕生 [北尾トロ 第28回]

思わぬ方向に話が膨らんできた。まっさんや岡本君と、バンドをやろうと盛り上がってしまったのだ

何気なく口にした言葉が引き金となり、新しいことが始まる。そんなことはしょっちゅうだけど、思いつきで動く悲しさ。一時の興奮が冷めるとなし崩し的にどうでもよくなり、結局うやむやになってしまうのがオチである。それでも計画性に乏しいぼくたちはその場のノリで動く以外の方法を知らず、数撃ちゃ当たるとばかりに動き回るしか能がない。10のアイデアのうち、1つか2つ実現すればめっけもんだ。

バンドの話が盛り上がったのにはいくつか理由があった。まず、言い出しっぺはぼくだったが、即座にまっさんと岡本君が同意したこと。誰かが強引に口説くのではなく、最初からテンションが揃っていた。また、ぼくやまっさんはバンド経験がないが、岡本君は経験豊富。本職のキーボードだけではなくギターやバイオリンも演奏でき、譜面まで読める。しかも、これは自慢にならないが、売れっ子ライターではないぼくとまっさんは練習のための時間が確保しやすい。勤め人である岡本君の都合に合わせればいいのだ。

ぼくとまっさんはギターをかき鳴らす程度しか楽器ができないが、岡本君はそんな不安を笑い飛ばしてくれた。 続きを読む

バンドやろうぜ! [下関マグロ 第28回]

1987(昭和62)年、4月1日に国鉄が民営化され、JRグループとなった。<スキー田舎紀行>の取材をした3月はまだ国鉄だったが、原稿を書くときには「JR」と表記したのを覚えている。

ひとりで国鉄に乗って取材に行く<スキー田舎紀行>のスタイルは僕には合っていた。しかし、伊藤ちゃんたちとチームを組んで、スキー場へ取材に出かけることもあった。カメラマンや編集者といっしょに行動するのは、それはそれで楽しい。だが僕には大きな問題があった。それは夜のイビキである。いっしょに泊まる人たちには相当不評だった。朝起きたら、自分の周囲に堆(うずたか)く布団が積まれていたり、布団ごと廊下に出されていたりした。しかし、僕にはどうしようもできないのだ。とにかく集団で宿泊する仕事には向いていなかった。

この年の6月、僕は29歳になった。相変わらず伊藤ちゃんとはよく会っていた。学研でも会っていたし、僕が住む荻窪のオンボロマンションに伊藤ちゃんが来ることもあった。 続きを読む

作家志望の後輩が居候にやってきた [北尾トロ 第27回]

母に粘り勝ちして結婚を認めさせた妹は、これで用済みとばかり実家に引き上げ、海外取材から戻ったぼくはガランとした2DKを持て余すようになってしまった。もともと妹と暮らすために借りた部屋だったから、こうなってみると独り身には広すぎるのだ。妹がいると思うから約10万円の家賃も惜しくなかったわけで、自分一人となると分不相応もはなはだしいと感じてしまう。

実際、金の余裕はまったくなく、毎月カツカツでまわっている状況だ。海外でクレジットカードがないと現金を持ち歩くことになって面倒なので、銀行に行ったついでに作ろうと思ったら、あっさり断られてしまった。ガッカリだ。依頼がなければ即座に無職。フリーライターなんていっても、社会的にはその日暮らしの根無し草にすぎないということである。でも、それはしょうがない。フリーライターなんて何の役にも立たない、あってもなくても誰も困らない職業だと思うし、その中でも自分はビギナー。取材でいろいろな人に会ったり出かけたりできるのだし、ぼくはこの仕事、性に合っていると思う。食べていけるだけでも御の字だと考えよう。 続きを読む

スイスでの単独取材 [北尾トロ 第26回]

29歳の誕生日はスイスに向かう機内で迎えた。誕生日のことなど忘れていたら、航空会社からチョコの詰めあわせをプレゼントされたのだ。おかげでひとりきりの心細さがいくらかは和らぎ、注がれたシャンパンでぐっすり眠ることができた。

ジュネーブの町でカメラマンと待ち合わせ、世界選手権が開催されるインターラーケンに向かう。地理がまったくわからないので、旅慣れしたカメラマンについていくしかないが、世界選手権に関しては写真さえ押さえれば良く、大きな記事にする予定はないので気楽なものだ。日程後半のツェルマット取材に集中すればいい。

それなのになぜインターラーケンなんぞに行くかというと、今回の取材が旅行会社主催のプレスツアーだからである。スイスへの観光客を増やす目的で、メディア関係者のエア代を負担してツアーを組んでいるわけだ。「ボブ・スキー」はそれに乗っかり、ツアーのところではコラムのネタを集め、独自取材となる後半で特集記事を作る作戦。前半は遊んでいればいいわけだ。 続きを読む

パインの事務所にお別れ [下関マグロ 第26回]

久しぶりにパインの事務所に顔を出すと、事務所のレイアウトがすっかり変わっていた。

右手の壁際中央にパインのデスクがあるのは変わらないが、以前は全てくっつけて置かれていた他のデスクが、それぞれ離れて部屋の隅に配置されていた。伊藤ちゃん、伏木くん、坂やん、三角さんといった人たちの姿もない。かわりに奥の席で長髪の男が原稿を書いていた。

「あ、紹介するよ。バンドやってる青木くんっていうんだけど、仕事を手伝って貰ってるんだ」とパインが言った。

立ち上がって挨拶をした青木くんという男は、座ってるときの印象とは違い、えらく背が高かった。

僕が名刺を渡すと、青木くんは申し訳なさそうな顔をした。

「すみません、名刺ないんですよ」

「キミ、ライターさん?」 続きを読む