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『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』(北尾トロ、下関マグロ)の予約を開始しました

2011年4月14日刊行予定の近刊『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』の予約受付を開始しました。

北尾トロ=“伊藤ちゃん”と下関マグロ=“まっさん”の20代。

金なし。定職なし。でも時間だけは腐るほどあった、1983〜88年のあの頃。
ライターになってはみたけど、気分は悶々、未来は不透明だった──。

当時のライター・出版業界の気分から、おかしなペンネームの由来までわかる、
ふたりの原点を振り返った青春ボンクラエッセイ。

ポット出版サイトでの連載「ライターほど気楽な稼業はない」に加筆修正を加え、単行本化しました!

目次など、詳細は以下をご覧ください。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

ご予約希望の方は本が出来次第、送料無料でお送りします(代引の場合は代引手数料300円[代金1万円以下]のみご負担いただきます)。

本のタイトル/冊数/お名前/郵便番号/住所/電話番号/メールアドレス/お支払い方法(郵便振替または代引がご利用できます)をお書きのうえ、こちらへメールをお送りください。折り返しご確認のメールを差しあげます。

また、Amazonでもご予約を受付中です。
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昭和が終わる頃、僕たちはライターになった


著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行予定]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

2010年11月11日(木)のポットチャンネル(ゲスト:北尾トロさん/パーソナリティ:下関マグロ)のアーカイブを公開しました

2010年11月11日(木)のポットチャンネル(ゲスト:北尾トロさん/パーソナリティ:下関マグロ)の放送が終了しました。
ご視聴ありがとうございます!
放送の内容はアーカイブでご視聴いただけます。

日時●2010年11月11日(木)18時45分開場/19時開始〜21時終了
場所●ポット出版会議室 [地図]
出演●
ゲスト:北尾トロ(ライター/「本の町」プロジェクトスタッフ/季刊「レポ」編集・発行人/公式サイト/Twitter:@torokitao
パーソナリティ:下関マグロ(ライター/公式サイト/Twitter:@maguro1958
見学料●1,000円
定員●10名


当日使用したホワイトボード(Googleドキュメント)

●当日のつぶやきまとめ

2010年11月11日(木)のポットチャンネル(ゲスト:北尾トロさん/パーソナリティ:下関マグロ)の予約を開始しました

2010年11月11日(木)にUstreamで放送する「ポットチャンネル」の見学者の募集を開始しました。
以下のフォームからお申込みください。

ポットチャンネル●ゲスト:北尾トロさん/パーソナリティ:下関マグロ(第1回)の観覧受付フォーム

日時●2010年11月11日(木)18時45分開場/19時開始〜21時終了予定
場所●ポット出版会議室 [地図]
出演●
ゲスト:北尾トロ(ライター/「本の町」プロジェクトスタッフ/季刊「レポ」編集・発行人/公式サイト/Twitter:@torokitao
パーソナリティ:下関マグロ(ライター/公式サイト/Twitter:@maguro1958
見学料●1,000円
定員●10名

※当日PCを持ち込んでtsudaってくださる場合、見学料1,000円を無料のご招待にいたします。
※放送中、来場者の方の姿が映る場合があります。予めご了承ください。

北尾トロ氏が編集・発行人を務める季刊「レポ」とポット出版Webサイトでの連載「北尾トロ×下関マグロのライターほど気楽な稼業はない」にまつわる話を予定しています。
下関マグロのポットチャンネル第2回のゲストもその場で決定!
テレホンショッキング形式で、放送中に出演交渉しちゃいます。

ご視聴はこちらで◎USTREAM:ポットチャンネル

いつまでも明けない空に [北尾トロ 第35回(最終回)]

「客はどれくらいくるんかねえ」

「それは言わない約束ってことで。そこそこきてくれるでしょ。それより伊藤ちゃん、歌詞覚えたかね」

「曲順も怪しい。おかもっちゃん、忘れたら適当に間奏に入っちゃってギターソロ弾きまくってよ」

「いざとなったら、まっさんのベシャリでつなぐか」

「何をおっしゃいますやら。立て板に水の岡本さんと比べたらワタクシのベシャリなんて赤子同然のトナカイさんってことで。真っ赤なお・は・な・の! はいはいはい、ご一緒に。真っ赤なお・は・な・の!」

「飛ばしてるねえ。この勢いだと始まる頃には」

「真っ赤なお・は・な・で! 燃え尽きるね。よし、あんちょこを作ろう」

高円寺のライブハウス『次郎吉』の楽屋で、脳天気商会の3人は緊張を紛らわすように喋りまくっていた。今夜はクリスマスパーティーを兼ね、ここを貸し切って自分たちの曲を聴いてもらうのである。我々はオリジナル曲しか演奏できず、それではサービス精神に欠けるというので、途中にホワイトクリスマスと赤鼻のトナカイのメドレーを挟むことにしたのだが、そっちに気を取られ、通しの練習をする時間がなかったのがちょっと不安だ。
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キミにはスポーツマンの爽やかさがない [北尾トロ 第34回]

まっさんがフリーペーパーを発行すると言いだした。しばらく前からもぞもぞと新しい動きを始めていたが、これだったか。手間ひまのかかる作業と承知の上でやるというのだから本気に違いない。ぼくとおかもっちゃんは、話を聞いた段階で“巻き込まれ準備完了”な気持ちになっていた。

そういうことだから、事務所は人の出入りが増えてきて、落ち着いて原稿を書くどころではなくなってきた。事務所はいろんな人と交流できる遊び場で、原稿はもっぱら深夜、自宅で書く。『ボブ・スキー』も忙しくなってきて学研通いもしなくちゃならないが、以前みたいに行けば明け方まで居続けることはグンと減った。夕方に顔を出し、打合せしたり飯食ったりして10時くらいには帰宅し、それから原稿だ。ただ、そうなるとファクスで送ることになり、読みにくいぼくの字は編集者に評判が悪い。まっさんのようにワープロで書くことを検討したほうがいいかもしれない。
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田辺ビルの日々とおかもっちゃんのライターデビュー [北尾トロ 第33回]

悶々とした気分を一掃すべく、銀行口座の残金をみんな下ろして旅行に行くことにした。スペイン、モロッコ、イギリスをぶらぶらし、一文無しになって1ヵ月後に帰国。一晩ぐっすり寝た土曜、田辺ビルに顔を出すと3畳間の住人、おかもっちゃんがいた。

「おお。戻ってきたかね。まるで連絡がないから、金がなくなってロンドン辺りで皿洗いのバイトでもしとるんじゃないかと思ったよ」

「そこはしぶとく、留学生と知り合ってアパートの床で眠らせてもらったりしてしのいだよ。おかもっちゃんのほうはどう? 彼女とまだモメてんの?」

別れる別れないでごたごたしている原因は、煎じ詰めればおかもっちゃんに新たな彼女ができたことにある。だったらすっぱり別れればいいと思うのだが、そこは数年間一緒に暮らした相手。そう簡単には行かないらしい。が、ぼくが不在の間に別れ話はまとまりつつあるようで、おかもっちゃんの表情は明るかった。

「いつまでも、ここにおるのもなんだし、この近所に引っ越そうかと思うとるんよ」
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消費者金融とNTT伝言ダイヤル [下関マグロ 第33回]

「スタジオ代、ちょっと立て替えといてよ。厳しいんだよ」

いつもなら金がないなんてことは口が裂けても言わない伊藤ちゃんが珍しく弱音を吐いていた。

バンドというのは、金もかかれば時間もかかる。ライブをやっても黒字になることはまれで、たいていは赤字だった。

にしても、この頃僕は伊藤ちゃんに10万円以上の金を借りていたわけで、これをいっきに返せばいいのだが、当然そんな余裕はない。

僕は伊藤ちゃんに、こう言うしかなかった。

「だったら、いいところを紹介するよ。駅前の武富士」

「えーっ、消費者金融かぁ、大丈夫かなぁ」
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気分は悶々、未来は不透明 [北尾トロ 第32回]

ぼくのまわりの小さな世界は、小さいなりにめまぐるしく動いている。妹は結婚して八王子で新婚生活を始めた。フリーライターとして食って行くには収入が低すぎる後輩の町田はある女性誌の編集部にもぐりこむことに成功。なんとか生活を安定させるメドがついた。おかもっちゃんは長くつき合った女と距離を置くため田辺ビルの3畳間で居候生活を開始。女とはこのまま別れることになりそうだ。「会社をやめてライターになれば?」というまっさんの誘いにはまだ首を縦に振らないが、それも時間の問題のように思える。バンドもやっていることだし、そうなったらおもしろい。阿佐ヶ谷にいたニューメキシコの水島は笹塚に事務所を構え、そっちへ移った。水島は本格的に編集プロダクションの経営に乗り出し、順調に仕事を得ている。

ぼくは、まとまって入ったギャラを使って阿佐ヶ谷に引っ越した。9畳の部屋に6畳のリビングがついた新築1LDK。家賃9万円は高いと思ったが、ここ数年は家賃もうなぎ上りで、新築物件となるとそれくらいするのだ。部屋でピカピカの床に寝転がっていると、何ともいえずいい気分になる。高円寺の風呂なし6畳から居候生活を経て吉祥寺のシャワー付ワンルームに越し、経堂で妹や町田と暮らして、学生時代にひとり暮らしを始めた阿佐ヶ谷に30歳で戻ってきた。貯金なんて1円もないが、もともとプータローだったんだし、少しはマシになって振り出しに戻ったと考えることにしよう。

赤帽1台分にも満たない荷物をあけて、仕事関係の資料を整理していると、春、「ボブ・スキー」の取材でアメリカへ行ったときの写真が出てきた。 続きを読む

ドント・トラスト・オーバー・サーティー [下関マグロ 第32回]

「どっかで晩飯にしようか」

ホンダシビックの運転席から伊藤ちゃんが同乗している僕とおかもっちゃんに言った。僕らはミスティという音楽スタジオで練習を終えたところだった。ライブハウスで演奏しようとするなら、やはりきちんとアンプを使って練習したほうがいいと気付いたので、以前バンド練習用に借りた江古田のアパートは既に引き払っていた。

桃井にあるミスティは他よりも料金が安かった。たいてい一回につき2時間くらい利用することが多く、この日も午後7時にスタジオに入り、出たのは9時だ。

「どっかって、いつものとこでいいでしょう」

おかもっちゃんはそう言う。

「いいね、いいね」

僕は賛成した。いつものところというのは、青梅街道沿いにある「びっくりドンキー」であった。伊藤ちゃんはちょっと顔をしかめたが、関町方向へ車を走らせてくれている。

「30歳になるってどんな気持ち? なにか変わるの?」

ハンバーグを食べながら一足先に30歳になった伊藤ちゃんにこう聞いてみた。僕らの世代には、「ドント・トラスト・オーバー・サーティー(30歳以上の人間を信じるな)」というような文句が流行った頃があった。その僕らがオーバー・サーティーになるのである。 続きを読む

そろそろ中央線に戻ろうか [北尾トロ 第31回]

金がないときは食べない。これがぼくの学生時代からの節約方法だ。食事は日に一度。阿佐田哲也の麻雀小説の真似をして、表面が真っ赤になるほど七味唐辛子をかけて立ち食いそばを食べれば、しばらくは胃が何も受け付けなくなる。家では米を炊いて納豆だけで済ませるか、固くなったフランスパンをかじる。麺ならそうめんが安い。景気の悪いときは痩せて60キロを割り込み、良くなると頬の肉が元に戻って62キロになる。わかりやすいのだ。

脳天気商会のライブのために楽器を買ったときは、競馬で儲けて金があった。まっさんに金を貸したときも同じだ。そうでなくても、懐が温かいとすぐに使ってしまうクセがあり、遅ればせながらビデオデッキを購入したり、カメラのレンズを買ったりするので、すぐにサイフは軽くなる。貯金などいっさいしない、というかできない。こんな具合だから、馬券が当たらなくなると、練習のために借りている江古田のアパート代やスタジオ代の支払いさえつらくなる。

ぼくの年収はせいぜい400万円。いろいろと物入りになってきて、収入を増やす方法を考えなければならなくなった。ギャンブルはアテにならないから本業で何とかしなければならない。いつまでも学研頼みではなく、もっと実入りのいい雑誌でも書かなければ。 続きを読む