出版業界」タグアーカイブ

スキーができないスキー雑誌のライター集団 [北尾トロ 第21回]

「じゃあ、ゆっくりボーゲンで滑るから、ぼくの後ろからついてきてくれますか。さっき教えた通りにやれば大丈夫ですから。行きますよ!」

副編集長の田辺さんが先頭に立ち、初心者用のなだらかなゲレンデを、これ以上ないほどの低速で滑り始めた。

「あた、あた、あたたたた」

スタートして5メートルで増田君がよろけ、最初のターンで伏木君が曲がり切れずに列を離れ、それにつきあうカタチで坂やんとぼくもコースアウト。唯一、難を逃れたニューメキシコの水島が、先頭に追いつこうとしてスピードを上げた途端に滑って転び、豪快に雪煙を上げた。

「はぁ〜。まだ転ぶところじゃないんですけどねえ」

田辺さんのため息は思い切り深い。 続きを読む

デカい明日になりそうな『BIG tomorrow』の仕事 [下関マグロ 第21回]

「それじゃ、ちょっと行こうか」

引っ越したばかりの「オールウェイ」の事務所で、伊藤ちゃんがそう言った。

行き先は、青春出版社の月刊誌『BIG tomorrow』の編集部だ。伊藤ちゃんが歩いて行くというので、僕も一緒に歩き出した。

靖国通りから厚生年金会館の先で路地へ入る伊藤ちゃん。

東京医大の横を抜けると住宅街があり、何度か曲がりながら進むと、「まねき通り商店街」という古い商店街に出た。

それは冬の日で、出発したときは明るかったが、抜弁天あたりに着いた頃には日が落ちて、すっかり真っ暗だった。

職安通りを河田町まで歩くと、青春出版社のビルがそこにあった。近いのかと思ったが、辿り着くのに結構な時間がかかった。

今でこそ青春出版社の真ん前に大江戸線の若松河田町駅があるが、当時そこにはバス停があるだけで、どこの駅からも遠かった。 続きを読む

データ原稿書きで、手のひらが真っ黒だ [北尾トロ 第20回]

1986 年が明け、それまでの四谷から、新宿に通う生活が始まった。パインは張り切っていて、いつ顔を出しても事務所にいる。留守のときは打ち合わせに出ているか人と会っているかで、夜遅くまで、椅子の上であぐらを組んで原稿を書いていた。家には睡眠と着替えのために帰るだけのようだ。

居候していたときも、パインは仕事ばかりしている人で、放っておくと俺は外にも出ないと言っていた。しゃにむに働くパインを見ていると、ハングリー精神という言葉を思い出す。フリーライターのフリーとは何の保証もないことであり、仕事を発注してくれるクライアントとは細い糸でつながっているだけで、いつプツンと切られてもおかしくない。だから仕事はちゃんとやらなければならないし、つながる糸は多いほどいい。そういう考え方だから、いつも多くの締め切りを抱え、寝る間も惜しんで働いている。

ぼくを居候させてくれたり、駆け出しライター連中に事務所を使わせてくれたりするのは、ひとりで働いてばかりいるのがつまらないという理由もあったみたいだ。そのうち野心が芽生え、編集プロダクションを設立。有能なスタッフがきびきび働いてくれれば、自分は社長として営業中心に動き、原稿用紙1枚いくらの生活にサヨナラできる。パインの皮算用はそんなところだったと思う。 続きを読む

会社の役員になってくれと頼まれた [下関マグロ 第20回]

パインが間借りしていた事務所には、パインの他に、伊藤ちゃん、伏木くん、坂やんなどなどのライターがいた。更にそこに三角さんという元編集者が加わって、なぜか経理のようなことをやっていた。

パイン以外の人間は、ずっとそこにいるわけではなく、勝手気ままに出入りしていた。なので事務所には、それまでワイワイといた人がふっといなくなるような瞬間があった。

パインが重要な話を持ちかけてくるのは決まってそんなときだ。 続きを読む

間借りを脱し、新宿に共同事務所を開くことに [北尾トロ 第19回]

いつまでも間借りのままでは落ち着かない。仕事を充実させるためにも自前の事務所を持ちたい。パインは前々からそう言っていたから、年内に引っ越しする計画を聞いても驚きはしなかった。

事務所を構えるのはあくまでパインの会社・オールウェイなのだから、自分に密接なことだというリアリティがほとんどないのだ。ぼくや増田君は、パインの事務所に出入りするフリーのスタッフ。4つある机のうち専用の席があるのはパインのみで、用がある人間がそのつど適当に座っていたから、埋まっていれば喫茶店で原稿を書いたりする。それが不満なのではなく、フリーならそれが当然だし気楽でいいと思っていた。だから、意気込むパインとの会話もいまひとつ噛み合わない。

「今度は我々だけの事務所だから、外で書くなんてこともなくなるよ。専用電話だし、ファクスもそのうち入れるつもりだ」

「そうですか」

「コピー機もいるな。机も1つか2つ増やそう。打合せスペースも欲しくない?」

「あるといいですねえ」

「伊藤ちゃんも間借りのままじゃやりにくいだろう」 続きを読む

金はないが、時間だけはたっぷりあった [下関マグロ 第19回]

久しぶりに伊藤ちゃんから電話がかかってきた。その頃の伊藤ちゃんは単行本を執筆しているとかで、ほとんど顔を合わせていなかった。

「まっさん、どうしてんの?」

どうしてんのと言われても、どうもしておらず、その日も暇にしていた。
具体的にいうと、僕はテレビで「夕やけニャンニャン」を見ていた。電話のベルが鳴ったので、テレビの音量を小さくして電話に出たところだ。 続きを読む

第23回 緊急提言「本屋をLANのホットスポットやすれ違いスポットに」

●本屋の店頭を無線LANやWiFi通信のホットスポットにできませんか?

今回はいつもとまったく違う内容です。自分なりに考えてみた本屋さんへの提言です。異論反論あるかと思います。コメント欄にどんどんお寄せください。

本屋にお客さんを連れ戻すのは書店のみでなく出版社にとっても喫緊の課題です。とは言うものの、具体的な方法となると、手間や金のかかる事(イベントやメディアでの告知)以外になかなかこれといったアイディアが出てこないのも事実です。ですが、他業種ではありますが、無線LAN(Wi-Fi通信)がお客さんを集めるのに成功した例が既にあります。おもちゃ売り場でのポケモンの配布イベントや「マックでDS」や秋葉原ヨドバシカメラの「ルイーダの酒場(すれ違い通信スポット)」などです。これらは販売ではなく、「通信環境を用意する」+「オリジナルの付加価値を設定する」という方法でお客さんを集めることに成功した例です。

これが本屋の店頭でもできないでしょうか。具体的には、「アクセスポイントを用意して通信を行いたいお客さんを集める」+「どこかで買った電子書籍(やゲーム)に、オリジナルの追加シナリオ・書き下ろしの追加データ・オリジナルおまけ画像などをイベント的に書店での接続に限ってもらえる」、といったサービスです。

簡単に整理してみます。

1.本屋を無線LANやWiFi通信のホットスポットに。

2.店頭の在庫を減らしてできた空きスペースを上記のホットスポット用に提供する。

→ヒトを集めるためにはアクセスポイントだけではなく椅子とテーブルが必要(「マックでDS」)です。看板を作っただけでヒトが集まった「ルイーダの酒場」は例外でしょう。但し、人が集まれば自然とすれ違い通信も始まる可能性は高いです。

→店内だと、例えば子ども達が棚の攻略本を勝手に持ってきて居座ったりという問題があります。場の見せ方・作り方が重要な鍵になりそうです。

→電源の提供をどうするかという問題も。ノートPCなど持ち込んで仕事をしだす社会人が現われだしたらしめたものでしょうか。

上記1.2.だけでも「お客さんを本屋に連れ戻す」ためにはかなり有効ではないかと思いますが、もう少し。

3.自動販売機などを設置して飲み物など販売(僅かでも副収入が発生)。

→ミスドなど飲食店併設や既に飲食コーナーのある店舗の場合、このあたりは有利でしょう。但し、こづかいを使いたくない子どもは飲食店には入らないのでやはり無料スペースは必要ではないかと思います。

4.書店でもらえる追加シナリオ(もしくはおまけのデータ)の提供(将来的な課題)。

→ラノベ系(オリジナル画像・ボイスなど)、自己啓発系(著者によるメッセージ動画など)、実用系(追加データ・最新情報など)、文学系(書き下ろしの解説・自著を語る、等々)。

※店頭での配信を「イベント的なおまけ(付加価値)」に絞れば、書店にも出版社にも、そしてもちろんお客様にも、わかりやすいメリットを提供できるように思います。

※上記を取次(もしくはチェーンの本部)が安価に提供できれば「導入したい」という書店は少なくないのではないでしょうか。もちろん、出版社やゲームメーカーのスポンサードによって書店の負担が無料であればさらに参加店舗は増えそうです。

※既にこのアイディアに対して「田舎では難しいのでは」というご意見を頂いております。が、逆に言えば「都会なら勝機あり」ということであろうと考えております。

※逆に「田舎だからこそホットスポットが欲しい」という要望もあるようです。

ちなみにホットスポットを用意するのは無線ルータを一台買ってくればすぐに始められます。ですが、せっかくやるなら全国の書店で統一シールを作るとか場の見せ方・作り方を共有するなりして、将来的に「WiFiしたけりゃ本屋に行こうぜ」という状況を生み出すのが良いのではないかと思います。もちろん、「ウチの店じゃそんなスペースは用意できないよ」というお店もあると思います。が、商店街にあるお店なら空き店舗はどうですか? ショッピングモール内ならちょっとした休憩スペースは? そこから本屋にどう誘導するか、本の売上にどうやってつなげるか。解決すべき課題は山ほどあります。が、それを考えてみるのは今まで以上に前向きな話のように思えます。

どうですか、本屋の皆さん。本屋のホットスポット化でお客さんを取り戻してみませんか?

スポーツライターへの道が開かれた!? [北尾トロ 第18回]

なぜアフリカ雑誌の企画がスキーに? 唐突すぎる福岡さんの電話には戸惑うしかなかったが、だんだんその気になってきた。ジャンルはともかく、新創刊というところに惹かれるのだ。スポーツには縁がないが、ダメでもともと。それより、雑誌がどのようにカタチになっていくのか体験してみたい。

数日後、五反田の喫茶店で福岡さんに会った。

「どう、やってみる気になった?」

「はあ。でも、スキーができないんですよ。大学のとき、一度行っただけで道具も持ってないくらいです」

「ははは、そんなの気にすることないですよ」

気にするよ! 滑れないヤツが書いたスキーの記事なんて誰が読むっていうんだ。でも福岡さんはそんなことを気にする素振りを見せず、アフリカ雑誌について語ったときと同じく、夢見るように言うのだった。 続きを読む

決意というより成り行きでライターに [下関マグロ 第18回]

最近はそうでもないのかもしれないが、昔はエロ業界について勘違いしている男が多かった。

僕がアダルトビデオの助監督やエロ本の仕事をしていると言うと、「撮影現場に連れてってくれ」というようなことをよく言われた。

そんな物見遊山感覚のお願いは実に困る。こちらは遊びで行っているわけではない。仕事なのだから。

たしかに、アダルトビデオの撮影現場では、男女がセックスをしているのを間近で見ることができる。しかし、現場のスタッフがそれを見て興奮することは皆無といっていいと思う。

全員、仕事をしているわけで、それぞれ果たさねばならない役割がある。見ていて楽しむ余裕などなかった。 続きを読む

本が出ても何も変わりはしなかった [北尾トロ 第17回]

机の前に座り、原稿用紙を広げて早4時間。1文字も書けないまま時計の針だけが規則正しく先へ進む。初の著作となる『サラブレッドファン倶楽部』は出だしから行き詰ったままだった。肩に力が入っているせいか、最初の1行でつまずいてしまい、数行書いてはボツ。ゴミ箱は書き損じの原稿用紙で山盛りだ。そのうち飽きてレコードを聴き始め、夜に賭けようと昼寝を貪り、夜になると明日に賭けようと読書に逃避。煙草を吸いすぎて、一日中気持ちが悪い。

単行本といっても初心者向けの競馬ガイドブックで、中身は実用的なコラム集。2ページから4ページほどの原稿が数十本入る形式だ。馬券の買い方やオッズの説明、歴代名馬の解説など、テーマ設定もありきたりのものだから競馬必勝法を考案する必要もなく、1テーマにつき2千文字程度の読み切り原稿をコツコツ書いていけばいいのだ。が、頭のなかではわかっていても、これが実行できない。部屋にこもって4日目になるのだが、1日に1本書くのがせいぜいで、しかもことごとくつまらないときているから実質は0本である。

どうして計算通りに行かないのか。普段のペースなら1日3本は堅いのに。理由を考えると「本の執筆だから」としか答えが出ない。そうなのか。本なんて興味がないと思っていたけど、その実、めいっぱい緊張しちゃってるわけか?

違うと言えば嘘になる。やはりこう、著者という響きにはたまらないものがあるのだ。 続きを読む