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2010年11月11日(木)19時〜21時 ゲスト:北尾トロ(ライター) × 下関マグロ(第1回)

放送終了しました。アーカイブで視聴できます。

日時●2010年11月11日(木)18時45分開場/19時開始〜21時終了予定
場所●ポット出版会議室 [地図]
出演●
ゲスト:北尾トロ(ライター/「本の町」プロジェクトスタッフ/季刊「レポ」編集・発行人/公式サイト/Twitter:@torokitao
パーソナリティ:下関マグロ(ライター/公式サイト/Twitter:@maguro1958
見学料●1,000円
定員●10名

※当日PCを持ち込んでtsudaってくださる場合、見学料1,000円を無料のご招待にいたします。
※放送中、来場者の方の姿が映る場合があります。予めご了承ください。

北尾トロ氏が編集・発行人を務める季刊「レポ」とポット出版Webサイトでの連載「北尾トロ×下関マグロのライターほど気楽な稼業はない」にまつわる話を予定しています。
下関マグロのポットチャンネル第2回のゲストもその場で決定!
テレホンショッキング形式で、放送中に出演交渉しちゃいます。


当日使用したホワイトボード(Googleドキュメント)

●当日のつぶやきまとめ

2010年11月11日(木)のポットチャンネル(ゲスト:北尾トロさん/パーソナリティ:下関マグロ)の予約を開始しました

2010年11月11日(木)にUstreamで放送する「ポットチャンネル」の見学者の募集を開始しました。
以下のフォームからお申込みください。

ポットチャンネル●ゲスト:北尾トロさん/パーソナリティ:下関マグロ(第1回)の観覧受付フォーム

日時●2010年11月11日(木)18時45分開場/19時開始〜21時終了予定
場所●ポット出版会議室 [地図]
出演●
ゲスト:北尾トロ(ライター/「本の町」プロジェクトスタッフ/季刊「レポ」編集・発行人/公式サイト/Twitter:@torokitao
パーソナリティ:下関マグロ(ライター/公式サイト/Twitter:@maguro1958
見学料●1,000円
定員●10名

※当日PCを持ち込んでtsudaってくださる場合、見学料1,000円を無料のご招待にいたします。
※放送中、来場者の方の姿が映る場合があります。予めご了承ください。

北尾トロ氏が編集・発行人を務める季刊「レポ」とポット出版Webサイトでの連載「北尾トロ×下関マグロのライターほど気楽な稼業はない」にまつわる話を予定しています。
下関マグロのポットチャンネル第2回のゲストもその場で決定!
テレホンショッキング形式で、放送中に出演交渉しちゃいます。

ご視聴はこちらで◎USTREAM:ポットチャンネル

いつまでも明けない空に [北尾トロ 第35回(最終回)]

「客はどれくらいくるんかねえ」

「それは言わない約束ってことで。そこそこきてくれるでしょ。それより伊藤ちゃん、歌詞覚えたかね」

「曲順も怪しい。おかもっちゃん、忘れたら適当に間奏に入っちゃってギターソロ弾きまくってよ」

「いざとなったら、まっさんのベシャリでつなぐか」

「何をおっしゃいますやら。立て板に水の岡本さんと比べたらワタクシのベシャリなんて赤子同然のトナカイさんってことで。真っ赤なお・は・な・の! はいはいはい、ご一緒に。真っ赤なお・は・な・の!」

「飛ばしてるねえ。この勢いだと始まる頃には」

「真っ赤なお・は・な・で! 燃え尽きるね。よし、あんちょこを作ろう」

高円寺のライブハウス『次郎吉』の楽屋で、脳天気商会の3人は緊張を紛らわすように喋りまくっていた。今夜はクリスマスパーティーを兼ね、ここを貸し切って自分たちの曲を聴いてもらうのである。我々はオリジナル曲しか演奏できず、それではサービス精神に欠けるというので、途中にホワイトクリスマスと赤鼻のトナカイのメドレーを挟むことにしたのだが、そっちに気を取られ、通しの練習をする時間がなかったのがちょっと不安だ。
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そして僕はからっぽな自分に気がついた [下関マグロ 第35回(最終回)]

事務所から外に出ると冷たい風が吹いていた。あたりはすっかり暗い。陽が落ちるのが早くなったなぁ、そんなことを思いながら、荻窪駅の改札に向かった。ファンキー・タルホ氏と待ち合わせをしているからだ。駅に着いて、しばらくするとタルホ氏が改札を出てきた。

挨拶代わりに、「寒いね」と言うと、タルホ氏も「寒いね」と応じた。

「温かいモノでも食べたいね」と提案すると、無言で頷くタルホ氏。

「ラーメンがいいかな。でも北口はダメだね。こんな寒い中、行列するのはちょっとイヤだよね」

「寒くなくてもご免だね。行列しなくてもうまいところはあるでしょ」

そのころ、荻窪駅北口のラーメン店はたいへんなことになっていた。もともと「丸福」をはじめ行列店がいくつかあったのだが、テレビ番組が、「佐久信」という不振だった店を応援しはじめたことが話題になり、青梅街道沿いのどのラーメン店にも行列ができていた。歩道が行列する人たちであふれて、時には通行の邪魔になるほどだった。
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キミにはスポーツマンの爽やかさがない [北尾トロ 第34回]

まっさんがフリーペーパーを発行すると言いだした。しばらく前からもぞもぞと新しい動きを始めていたが、これだったか。手間ひまのかかる作業と承知の上でやるというのだから本気に違いない。ぼくとおかもっちゃんは、話を聞いた段階で“巻き込まれ準備完了”な気持ちになっていた。

そういうことだから、事務所は人の出入りが増えてきて、落ち着いて原稿を書くどころではなくなってきた。事務所はいろんな人と交流できる遊び場で、原稿はもっぱら深夜、自宅で書く。『ボブ・スキー』も忙しくなってきて学研通いもしなくちゃならないが、以前みたいに行けば明け方まで居続けることはグンと減った。夕方に顔を出し、打合せしたり飯食ったりして10時くらいには帰宅し、それから原稿だ。ただ、そうなるとファクスで送ることになり、読みにくいぼくの字は編集者に評判が悪い。まっさんのようにワープロで書くことを検討したほうがいいかもしれない。
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下血報道とフリーペーパー [下関マグロ 第34回]

その何年か、僕には月に一度のお楽しみがあった。それは大宅文庫へ行くことだ。大宅文庫は、京王線八幡山駅から少し歩いたところにある。有料で過去の膨大な雑誌を閲覧することができ、記事のコピーもできる。以前は会員になれば無制限に閲覧できたが、やがて利用者が増えたためか、一日に100冊までという制限がつけられた。

利用者は、ライターや編集者が多かったと思うが、テレビの人たちも多かった。たとえば、「徹子の部屋」でゲストの情報を探し、コピーしているのを何度か見たことがある。

僕はたいてい、青春出版社の月刊『BIG tomorrow』のデータ集めのために行っていた。データ用の調べ物を午前中のうちに済ませ、午後からは自分の好きな週刊誌などを閲覧するのが習慣だった。自分が子供の頃に読んだ記事やら、自分が生まれる前の週刊誌なんかを読んでいると、その時代の世相がわかり、おもしろかった。そうやって一日中いるので、自然と他の利用者と顔見知りになったりもした。

1988(昭和63)年の秋、大宅文庫はとくに人でごった返していた。顔見知りの週刊誌記者がいたので、「最近、人が多いね」と声をかけると、「そりゃXデーが近いからに決まっているじゃないですか」と言う。見れば、彼はテーブルの上に昭和天皇の記事が書かれた週刊誌を積み上げていた。
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田辺ビルの日々とおかもっちゃんのライターデビュー [北尾トロ 第33回]

悶々とした気分を一掃すべく、銀行口座の残金をみんな下ろして旅行に行くことにした。スペイン、モロッコ、イギリスをぶらぶらし、一文無しになって1ヵ月後に帰国。一晩ぐっすり寝た土曜、田辺ビルに顔を出すと3畳間の住人、おかもっちゃんがいた。

「おお。戻ってきたかね。まるで連絡がないから、金がなくなってロンドン辺りで皿洗いのバイトでもしとるんじゃないかと思ったよ」

「そこはしぶとく、留学生と知り合ってアパートの床で眠らせてもらったりしてしのいだよ。おかもっちゃんのほうはどう? 彼女とまだモメてんの?」

別れる別れないでごたごたしている原因は、煎じ詰めればおかもっちゃんに新たな彼女ができたことにある。だったらすっぱり別れればいいと思うのだが、そこは数年間一緒に暮らした相手。そう簡単には行かないらしい。が、ぼくが不在の間に別れ話はまとまりつつあるようで、おかもっちゃんの表情は明るかった。

「いつまでも、ここにおるのもなんだし、この近所に引っ越そうかと思うとるんよ」
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消費者金融とNTT伝言ダイヤル [下関マグロ 第33回]

「スタジオ代、ちょっと立て替えといてよ。厳しいんだよ」

いつもなら金がないなんてことは口が裂けても言わない伊藤ちゃんが珍しく弱音を吐いていた。

バンドというのは、金もかかれば時間もかかる。ライブをやっても黒字になることはまれで、たいていは赤字だった。

にしても、この頃僕は伊藤ちゃんに10万円以上の金を借りていたわけで、これをいっきに返せばいいのだが、当然そんな余裕はない。

僕は伊藤ちゃんに、こう言うしかなかった。

「だったら、いいところを紹介するよ。駅前の武富士」

「えーっ、消費者金融かぁ、大丈夫かなぁ」
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気分は悶々、未来は不透明 [北尾トロ 第32回]

ぼくのまわりの小さな世界は、小さいなりにめまぐるしく動いている。妹は結婚して八王子で新婚生活を始めた。フリーライターとして食って行くには収入が低すぎる後輩の町田はある女性誌の編集部にもぐりこむことに成功。なんとか生活を安定させるメドがついた。おかもっちゃんは長くつき合った女と距離を置くため田辺ビルの3畳間で居候生活を開始。女とはこのまま別れることになりそうだ。「会社をやめてライターになれば?」というまっさんの誘いにはまだ首を縦に振らないが、それも時間の問題のように思える。バンドもやっていることだし、そうなったらおもしろい。阿佐ヶ谷にいたニューメキシコの水島は笹塚に事務所を構え、そっちへ移った。水島は本格的に編集プロダクションの経営に乗り出し、順調に仕事を得ている。

ぼくは、まとまって入ったギャラを使って阿佐ヶ谷に引っ越した。9畳の部屋に6畳のリビングがついた新築1LDK。家賃9万円は高いと思ったが、ここ数年は家賃もうなぎ上りで、新築物件となるとそれくらいするのだ。部屋でピカピカの床に寝転がっていると、何ともいえずいい気分になる。高円寺の風呂なし6畳から居候生活を経て吉祥寺のシャワー付ワンルームに越し、経堂で妹や町田と暮らして、学生時代にひとり暮らしを始めた阿佐ヶ谷に30歳で戻ってきた。貯金なんて1円もないが、もともとプータローだったんだし、少しはマシになって振り出しに戻ったと考えることにしよう。

赤帽1台分にも満たない荷物をあけて、仕事関係の資料を整理していると、春、「ボブ・スキー」の取材でアメリカへ行ったときの写真が出てきた。 続きを読む

ドント・トラスト・オーバー・サーティー [下関マグロ 第32回]

「どっかで晩飯にしようか」

ホンダシビックの運転席から伊藤ちゃんが同乗している僕とおかもっちゃんに言った。僕らはミスティという音楽スタジオで練習を終えたところだった。ライブハウスで演奏しようとするなら、やはりきちんとアンプを使って練習したほうがいいと気付いたので、以前バンド練習用に借りた江古田のアパートは既に引き払っていた。

桃井にあるミスティは他よりも料金が安かった。たいてい一回につき2時間くらい利用することが多く、この日も午後7時にスタジオに入り、出たのは9時だ。

「どっかって、いつものとこでいいでしょう」

おかもっちゃんはそう言う。

「いいね、いいね」

僕は賛成した。いつものところというのは、青梅街道沿いにある「びっくりドンキー」であった。伊藤ちゃんはちょっと顔をしかめたが、関町方向へ車を走らせてくれている。

「30歳になるってどんな気持ち? なにか変わるの?」

ハンバーグを食べながら一足先に30歳になった伊藤ちゃんにこう聞いてみた。僕らの世代には、「ドント・トラスト・オーバー・サーティー(30歳以上の人間を信じるな)」というような文句が流行った頃があった。その僕らがオーバー・サーティーになるのである。 続きを読む