エイズで逝ったパリの恋人(上) 黙々と歩む残された人

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オーマイニュース』に次のような記事を執筆しましたので、転載いたします。
主題:エイズで逝ったパリの恋人(上)
副題:黙々と歩む残された人
【本文】
 2005年、6月だというのに燦々と太陽が地面を照りつけ、 火にかけたフライパンのように、アスファルトが熱を帯びている。冷房のほとんどないフランスで、暑さのあまり熱中症や疲労で老人を中心に3000人の死者を出した、2003年の夏を思い出させるような強い陽射しにめまいを覚え、時折、倒れそうになった。
 毎年50万人を超える市民が集まるパリのプライドパレード(正式名称は「レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーのためのプライドの行進」)のスタート地点には、開始の1時間ほど前から色とりどりに着飾った人々が集まり、モンパルナスタワー眼下にある広場の路上はいっぱいになった。
 ゲイであることをカミング・アウトしているパリ市長のベルトラン=ドラノエさんが到着するころには、まだ開始の合図が出ていないというのに、ダンス・ミュージックがかかり、踊り騒ぎ出す人々が続々と出た。
 先頭を歩くパリ市長やパレード実行委員などの周りにはロープが張られ、巨大音響装置載せた、どでかいステージ付トラックの上の男性が、パレードの開始を絶叫して告げると、あたりに「オー」という歓声と拍手が響き渡った。
◆パレードの先頭を歩いたレッド・リボンを胸につけた男性
 パレードの先頭をドラノエ市長が中心となり10人近くのメンバーが垂れ幕を持って歩いていく。垂れ幕の右端に、胸に真っ赤なリボンをつけた壮年の男性がいる。私はその人がとても気になった。
 年に1度の虹の祭典だから、晴れ晴れしい衣装を着ている人はたくさんいるし、みんな満面の笑みを浮かべている。あかるい雰囲気に包まれているし、気温に負けず劣らず熱い。
 
 時に日陰に追いやられるレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーが日向に出られる機会、パリ市内の道路という道路を歩行者天国状態にして、全長10キロメートルもの隊列をつくり、自らの存在を公衆にアピールする場、それがゲイ・プライドなのだから、顔の筋肉がゆるんで微笑みを浮かべるのは当たり前のことだ。
 しかしながら、その人は唇を結び、ややかたい面もちで垂れ幕を手にして、ゆっくりと歩いていく。
 先頭のなかでレッド・リボンをつけていたのが彼だけだったから、目についたということもあるが、ずいぶんと遠くを見ているように思われるその真摯な眼差しは、お祭りには似つかわしくない。
 その人に見覚えがあったのだけれど、誰だったか名前が出てこない。
 パレード開始から10分ぐらいして、新聞やホームページで見た写真と名前が合致した。
 イル=ド=フランス地方圏議会議員(政権与党「国民運動連合」所属)を務めているジャン=リュック=ロメロさんだと気がついたとき、なにゆえに浮かない表情を浮かべているのか、その心情が察せられた。
 それはきっと、この晴れやかなパレードを一緒に歩き、喜びを分かちたかった人が、その場にいないからなのだろう。
 地方議会の1議員に過ぎないロメロさんが、全国的に名前が知られるようになったのは、彼がゲイであることを、あるミニコミが報じたからである。しかし、衝撃的だったのは彼がゲイである……という理由だけではない。ロメロさんは同時にHIVに感染しており、長く生活を共にした恋人をエイズで失っていたのだ。
 ロメロさんが彼のことを思いつつ、歩いていることがその表情から読みとれた。
 パレードが始まってから3時間ほどたったころであろうか、すべての音楽、行進がとまり、それまでの喧噪とは対照的な静寂があたりを包んだ。
 参加者は下を向き、目を閉じ、黙り込んでいる。それはこれまでに亡くなったエイズの犠牲者を追悼するための黙祷であった。わたしはそのとき、パレードの後列の方にいた。先頭からは5キロメートル以上は離れている。
 通りの両脇に並んだ高く生い茂った木々の葉が、風にゆられカサカサと鳴る。太陽を雲が覆い、木の葉が光を遮る、黙祷に似つかわしい雰囲気の中で、私も目を閉じ、死者に思いを馳せ悼む。と、突然、黙祷しているロメロさんの姿が、まるで実際に見えたかのように浮かんだ。ロメロさんが俯(うつむ)き、胸中で亡くなった恋人に報告をしている様が見えたのだ。
写真脚注:プライドパレードの先頭。左端がロメロさん。(撮影:及川健二)

カテゴリー: 及川健二のパリ修行日記 | 投稿日: | 投稿者:

及川 健二 について

ジャーナリスト/研究者。 それまで一分もフランス語を学んだことがなかったのに、 フランス留学を決断。2002年UCLAエクステンションセンター・ 夏期英会話講座・修了、グランゼコールの一つ、2004年 リール政治学院・夏期特別セミナー修了(European Summer University Program at Institut d’Etudes Politiques de Lille)。 フランス国立パリ第九大学・Dauphine修士課程に2004-05年に在学。 多国籍企業の経営戦略が研究テーマ。大学では”英語”で講義を 受け、語学学校でフランス語を勉強するというチョット変わった留学生活をおくる。2004年7月3日から2006年3月25日までフランスに滞在。リール、トゥール、パリにて生活する。数々の政治家にインタビューする。 共著『オカマは差別か』(ポット出版)、2002年1月。 編集・共著『常識を超えて』(ポット出版)、2002年6月。 単著『ゲイ@パリ 現代フランス同性愛事情』(長崎出版)、2006年10月。 単著『沸騰するフランス 暴動・極右・学生デモ・ジダンの頭突き』(花伝社)、2006年10月。 単著『フランスは最高!』(花伝社)、2007年6月。