パクス法の父と呼ばれた男

 パクス法の父と呼ばれているパトリック=ブローシュ国民議会議員(社会党)に3月1日(水)、取材をした。16 :00からインタビューする予定だったのに、当日になっていきなりメールで12時過ぎに「14 :30に変更になった」と連絡があり、慌ただしく取材先の国民議会事務所へと向かった。議員会館の一階ロビーで受付の男性に身分証明書を渡す。以前、議員会館にいった記録が残っていたようで、私の名前が書かれたバッジがプリントアウトされ渡された。事務所に電話を入れると留守のようで誰も出ないとのこと。しばらくロビーで待つ。10分ぐらいすると受付の男性から声をかけられ、事務所の番号をメモで渡されエレベーターで4階(日本でいう5階)に上がるよう指示された。
 4階で降り幅1メートルもない狭い廊下を進み、奥まったところにある事務所の扉を開けると議員本人がパイプを吹かしているところだった。10平方㍍もない手狭な事務所に事務員の姿はない。これまで国民議会議員の事務所に二回(セゴレーヌ=ロワイヤル氏、ノエル=マメール氏)に行ったことがあるけれどいずれも同様に狭い。フランスは政治先進国というイメージがあったので、議員に割り当てられる事務所の環境・設備の悪さには初め、驚かされた。
 ブローシュ氏はベルトラン=ドラノエ・パリ市長の側近で、レズビアン・ゲイ・バイ・トランスの人権問題のスペシャリストだ。同性愛を語らせたらフランス政界で彼の右に出るものはいない。

カテゴリー: 及川健二のパリ修行日記 | 投稿日: | 投稿者:

及川 健二 について

ジャーナリスト/研究者。 それまで一分もフランス語を学んだことがなかったのに、 フランス留学を決断。2002年UCLAエクステンションセンター・ 夏期英会話講座・修了、グランゼコールの一つ、2004年 リール政治学院・夏期特別セミナー修了(European Summer University Program at Institut d’Etudes Politiques de Lille)。 フランス国立パリ第九大学・Dauphine修士課程に2004-05年に在学。 多国籍企業の経営戦略が研究テーマ。大学では”英語”で講義を 受け、語学学校でフランス語を勉強するというチョット変わった留学生活をおくる。2004年7月3日から2006年3月25日までフランスに滞在。リール、トゥール、パリにて生活する。数々の政治家にインタビューする。 共著『オカマは差別か』(ポット出版)、2002年1月。 編集・共著『常識を超えて』(ポット出版)、2002年6月。 単著『ゲイ@パリ 現代フランス同性愛事情』(長崎出版)、2006年10月。 単著『沸騰するフランス 暴動・極右・学生デモ・ジダンの頭突き』(花伝社)、2006年10月。 単著『フランスは最高!』(花伝社)、2007年6月。