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	<title>ポット出版 &#187; 哲学者・石川輝吉の、ちょっと「ぐずぐず」した感じ</title>
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 <title>ニーチェ『道徳の系譜』【要約レジュメ】</title>
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 <pubDate>Thu, 22 Jan 2015 07:10:27 +0000</pubDate>
 <dc:creator>石川 輝吉</dc:creator>
 <category><![CDATA[哲学者・石川輝吉の、ちょっと「ぐずぐず」した感じ]]></category>
 <category><![CDATA[要約レジュメ]]></category>
 <category><![CDATA[道徳の系譜]]></category>
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 <description><![CDATA[レジュメ＝要約という本来のコンセプト。細かい部分はさておき、哲学書に書かれている内容をてっとり早くつかみたい方、どうぞ。節番号ごとに内容を要約し、石川なりの補足的説明も加えられたかたちでまとめています。
　→ニーチェ『道 [...]]]></description>
 <content:encoded><![CDATA[<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">レジュメ＝要約という本来のコンセプト。細かい部分はさておき、哲学書に書かれている内容をてっとり早くつかみたい方、どうぞ。節番号ごとに内容を要約し、石川なりの補足的説明も加えられたかたちでまとめています。<br />
　→<a href="/guzuguzu/20120309_150719493927885.html">ニーチェ『道徳の系譜』【詳細レジュメ】</a><br />
　→<a href="/guzuguzu/20120309_144707493927878.html">ニーチェ『道徳の系譜』【帰ってきたニーチェ】</a><br />
　→<a href="/guzuguzu/20120309_163933493927904.html">石川輝吉の“どうぞご自由に”レジュメ集について</a><br />
<span id="more-493927900"></span><br />
※レジュメは連載形式で公開していきます。2週間に1回程度の更新を予定しています。<br />
<a rel="license" href="http://creativecommons.org/licenses/by-nc/2.1/jp/"><img alt="クリエイティブ・コモンズ・ライセンス" style="border-width:0" src="//i.creativecommons.org/l/by-nc/2.1/jp/88x31.png" /></a><br /><span xmlns:dct="http://purl.org/dc/terms/" href="http://purl.org/dc/dcmitype/Text" property="dct:title" rel="dct:type">“どうぞご自由に”レジュメ集</span> by <a xmlns:cc="http://creativecommons.org/ns#" href="/guzuguzu" property="cc:attributionName" rel="cc:attributionURL">石川輝吉</a> is licensed under a <a rel="license" href="http://creativecommons.org/licenses/by-nc/2.1/jp/">Creative Commons 表示 &#8211; 非営利 2.1 日本 License</a>.</p>
<h3><a name="0_0">序言</a></h3>
<h4><a name="0_1">1</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　わたしたちは、世の中のいろいろなことを知ろうして、さまざまな知識を日々取り入れている。そのわりに、その知ろうとする当の本人、自分自身については知らずにとどまっている。自分自身を知るなどということは誰もやっていないし、仮にそれを試みたとしても、自分自身をつかみそこなう。</p>
</div>
<h4><a name="0_2">2</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　自分自身をつかみそこなうこと。それは、自分のなかに道徳的原理を見出すことだ。自分のなかを覗いて見れば、「自分のことはさし置いて、世のため人のためになにかをすることは善いことだ」とわかる原理がある。こういうものこそまちがった自己認識だ。このまちがいの理由は、道徳をあらかじめ、「自分のことはさし置いて、世のため人のためになにかをすること」、すなわち、「利他的なもの」と考える点にある。この道徳観に合わせるかたちで、自己が利他的な原理をもっているものとされてしまう。しかし、そもそも、道徳を利他的なものと考えるのは根拠のない先入見だ。この道徳的先入見と闘うことがこの本の目的だ。</p>
<p>　どうして、一般的には道徳的と考えられる利他的なものが先入見として批判されなくてはならないのか。その理由は、わたしのなかの「認識の根本意志」にある。根本意志は、「いかに自分は、より強く、より大きく、より元気になって、自己を肯定することができるか?」とわたしに問いかけてくる。わたしは力強く元気になるよううながされている。あらゆる生き物は、より力強く元気に生きようとする欲望があるはずだ。これを「力への意志」という。</p>
<p>　いまや、「力への意志」という根本原理をはっきり自覚したわたしは、これを哲学のいちばんの土台に据える。「力への意志」の観点からものごとを認識する場合にのみ、利他的なものは人間を力強く元気にしない、それを「善い」とするこれまでの道徳は先入見にもとづいた間違ったものだ、と批判することができる（利他的なものやこれまでの道徳が、どれほど生にとって有害であるかは、本論において具体的に述べられる）。</p>
</div>
<h4><a name="0_3">3</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　道徳の批判は、価値の価値を問うことだ。道徳は価値（なにがよく、なにがわるいのか）としてある。わたしはその道徳の価値、価値の価値を問いたい。言いかえれば、これまで道徳が重んじてきた善悪の価値そのものが、よいのかわるいのかを問いたい。そのために、この道徳が成立した時点（具体的にはキリスト教道徳の発生時点）にまでさかのぼって、そこでなにが善いとされなにが悪いとされたのか、そこで生じた価値判断のよし・あしを問う（この価値の価値を問うための原理は、やはり、「力への意志」という観点にある。「力への意志」に照らせば、人間を力強く元気にしないことを「善い」とする道徳的価値判断は「わるい」となる）。</p>
</div>
<h4><a name="0_4">4</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　この本では、これまでの道徳が成立した時点までさかのぼる。これは、いままでわたしがやってきた、道徳の起源について仮説を立てる作業の集大成となっている。そのことは、わたしの過去の著作との対応を見てもらえればはっきりわかるだろう。</p>
</div>
<h4><a name="0_5">5</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　わたしにとって重要なのは、道徳の起源について仮説を立てることよりも、むしろ、道徳の価値という点にある。起源の仮説は、道徳の価値を問いたいがためにある。いままでわたしは道徳の価値についてずっと問題にしてきた。その代表的なものとして、ショーペンハウアーの道徳論との闘いがある。</p>
<p>　ショーペンハウアーは、同情を、他人に対する無私無欲の愛、自己犠牲などとして、道徳の中心に据えている。ここでは、同情が、善いこと、価値あることだ。しかし、わたしはこの価値判断を「わるい」ものとみなす。というのも、無私無欲や自己犠牲などは、生と自己自身を否定することだからだ。ショーペンハウアーは、同情というキーワードを使って、人間の自己中心性をまったく否定できるかのようにうったえている。ここには、現代的な、否を言うこと、否定への意志、ニヒリズムという病気の徴候がある。しかし、生と自己自身の本質は、ショーペンハウアーの思惑とは異なり、いつでもかならず自己という中心をもつのだ。</p>
</div>
<h4><a name="0_6">6</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　同情は、広く一般的に、道徳的に善いこととされている。しかし、その同情の価値が怪しい、同情は病気のあらわれかもしない、となれば、わたしたちの道徳全体に関する信念がゆらいでくるはずだ。この事態を真剣に受け取れば、ふだんは当たり前と思っている道徳的に善いとされることの全体、道徳的価値全般の価値が疑問になるはずだ。</p>
<p>　たとえば、善人を褒めたたえ、価値ある存在とすることは、人間をより成長させ、実りあるものにすることの反対かもしれない。また、これまでの道徳は、人間をより大きく力強くさせるものではなく、こぢんまりと弱いままにとどめるものなのかもしれない。これまでの道徳は危険のなかの危険かもしれない。</p>
</div>
<h4><a name="0_7">7</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　この本は、道徳の価値を問うために、その起源にまでさかのぼって、そこに生じた価値判断を問題にする。そのためには、人類の道徳的過去という、長くて、解読の難しい象形文字の全体を解読しなければならない。これは骨が折れる作業だ。しかし、この作業をまじめにやれば、これまでの古い道徳を笑って受け止めることができ、そこから前進できるようになるだろう。</p>
</div>
<h4><a name="0_8">8</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　この本は、いままでのわたしの著作の解説書としての性格をもっている。わたしの書いたものは難しい。わたしの好むアフォリズムという形式は解釈を必要とするから。だから、今回、自分自身で解釈の実例を示してみた。この本の「第三論文」は、『ツァラトゥストラ』のなかのひとつのアフォリズムの解釈にもなっている。</p>
</div>
<h3><a name="1_0">第一論文　「善と悪」、「よい（優良）とわるい（劣悪）」</a></h3>
<h4><a name="1_1">1</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　レーの『道徳的感情の起源』にはイギリスの哲学者たち由来の考え方が詰まっている。レーの道徳の発生史もイギリス哲学の道徳の研究も、ふだんは誰もやらないような、自分自身を知ろうとする試みである点は評価できる。しかし、その試みは誤りではないだろうか。</p>
</div>
<h4><a name="1_2">2</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　レーの『道徳的感情の起源』にはこうある。非利己的行為（人を気づかう行為）は、その行為をしてもらって利益を受けた人びとから賞賛されて「よい」と呼ばれた。それが道徳の起源だ。しかし、この人びとの利益、人びとからの賞讃という起源は忘れられ、いまでは非利己的行為はその行為自体が「よい」ものであるかのように感じられている。</p>
<p>　レーやイギリスの哲学者たちは、ようするに、非利己的行為というこれまでの道徳を理論的に根拠づけているにすぎない。しかし、そもそも「よい」という価値の根拠は、彼らの指摘するように、よい行為をしてもらった人びと、つまり、他者にあるのだろうか。</p>
<p>　むしろ、「よい」の根拠は、自分自身についての「よい」、自己肯定にあるはずだ。これまでの価値（道徳）というのは、他者の「よい」を根拠に、なかば暴力的に、自己否定を強いてきた（人びとのよしとするもの、社会のよしとするもの、親のよしとするもののために自分を棄てよ）。だから、自己肯定をもとに価値というものを考えなおさなければならない。</p>
<p>　そのモデルは「高貴な者たち」、「強力な者たち」、「高位の者たち」、古代の支配階級にある。彼らには自己肯定感がある。しかし、それは、自分の利益、自分の功利の追求から得られるものではない。功利とは「快を求め、苦を避けること」だ。これとは逆に、古代社会の戦士は、死という最大の苦しみさえ乗り越えて戦う。この緊張感のなかで、つねに努力をつづけ競い合いに勝利した者が「高貴な者たち」、「強力な者たち」、「高位の者たち」となり、負けた者は被支配階級、下層民、奴隷となる。ここでの勝者の自己肯定感は、死を恐れる者や敗者に対する優越感としてある（距離のパトス）。</p>
<p>　この自己肯定感にもとづき、「高貴な者たち」、「強力な者たち」、「高位の者たち」は、貴族的価値評価を生みだした。それは、死をも恐れず戦ったぬきんでた自分自身の存在を「よい」（優良）と肯定し、その自分に比べて、死を恐れ敗者となった者を、自分から見て劣っている、「わるい」（劣悪）とする。</p>
<p>　こうした価値判断のあり方は、利己的なもの（エゴイズム）ではないか、という批判があるかもしれない。しかし、自己肯定感や優越感を「よい」の根拠とすることは、なんら悪ではなく、むしろ生の肯定の核になっている。これを悪として、「道徳的」＝「非利己的」＝「無私無欲」＝善とする価値評価は「道徳的先入見」というべきだ。</p>
</div>
<h4><a name="1_3">3</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　レーの『道徳的感情の起源』には、道徳の起源が「忘れられた」という理屈がある。しかし、有益さなどというものは、そうそう忘れられるものではないはずだ。その点では、ハーバート・スペンサーが、人類は、有益性や合理性といった「よい」ことを忘れずに、それを深めながら進化していく、としたことのほうが理屈にかなっている。もちろん、レーもスペンサーも、そもそも「よい」の根拠を功利性に求めている点で根本的に誤っているが。</p>
</div>
<h4><a name="1_4">4</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　「よい」は「高貴」、「わるい」は「低級」、「素朴な者」、「平民」といった具合に、もともと価値をあらわす語は身分と不可分だった。「よい」は自己肯定感を意味し、それは優越感（自分が他より優れているかどうか）によって得られる。だから、「よい」とは他からぬきんでた優れた人間のことを意味し、「わるい」は優れていない、価値が低いか普通の人間のことを意味する。古代社会では、自己肯定感と社会的な地位は同じことを意味するので、価値をあらわす言葉は身分そのものを指す。</p>
<p>　民主主義的先入見にとらわれると、こうした考察は、たんなる階層社会の肯定に見えてがまんできないだろう。しかし、人間が他からぬきんでて優れた存在であろうとすること、その努力の結果が古代社会では身分であったことを否定はできないはずだ。</p>
</div>
<h4><a name="1_5">5</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　古代社会では、高い身分であることは、現実的に目に見える行為と不可分だった。だから、「よい」という語は「存在する者」、「実在性ある者」、「現実的な者」、「真実の者」を意味した。ところが、貴族の階級が固定化し、世襲化が進むと、貴族が現実的な行為をしなくなってくる。すると、「よい」という語が、「誠実な者」という目に見えない心の性質をあらわしたり、「貴族的」という実質を欠いたたんなる身分上の区別をあらわすようになる。しかし、「よい」とはそもそも戦士の自己肯定感を意味するのであって、現実的な行為をともなってこその価値なのだ。</p>
</div>
<h4><a name="1_6">6</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　貴族的価値評価が、現実の行為という実質をもたなくなり、没落してくると、僧侶的価値評価が生まれる。僧侶たちが高い身分を獲得する社会では、清浄と不浄という対立が僧侶たちよって先鋭化されている。もともと、清浄とは、禁止の順守、特定の行動をしないことを意味している。僧侶たちは自己肯定感を得るためにこれを利用する。一般的な禁止を守っているだけでは、ふつうの人びととは変わらず、自分の優位を獲得することはできない。そこで、僧侶たちは、自分たちの優位を示すために、細目にわたる禁止条項をつくりだす。戦士たちは現実的な行動をすることで自己肯定感、優越感を得た。これに対して、僧侶たちは、一般以上の禁止の順守によって、行動をしないことによって自己肯定感、優越感を得ようとする。しかし、僧侶たちのやり方は、行動して現実にかかわろうとする自然な欲望をかなり抑圧することになる。だから、病的になってくる。</p>
<p>　僧侶たちは、この病気の理由を、過度な禁止のほうではなく、禁止によってコントロールできない自然な欲望のほうだと考える。そこで、禁止による欲望の抑圧よりも過激な、禁欲的な修行による欲望の否定という方法を考えだし、欲望を無になるまで徹底的に否定しようとする。このような、ふつうの人びとにはとうてい不可能な自己否定を通じて、僧侶たちは自分の優位を獲得しようとする。ここに、欲望そのものを「悪い」とする自己否定的な僧侶的価値評価のはじまりがある。</p>
</div>
<h4><a name="1_7">7</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　僧侶階級と戦士階級とは、戦争をめぐって激しく対立することになる。貴族的な価値評価にとって戦争は自己肯定の源泉である。一方、もともと行動回避的な僧侶たちにとって、戦争にかかわるなどということは、はなはだ好ましくないことだった。</p>
<p>　無力な僧侶階級は戦士階級から非難されたり攻撃されたりする。僧侶たちは戦士たちを憎悪するが、無力なため、直接反撃することはできない。そこで、戦士たちの貴族的価値評価に対して価値転換を行うことで復讐を試みる（“強い者は悪い、無力な者こそ善い”）。</p>
<p>　この価値転換がユダヤ民族では勝利をおさめた。何百年にもわたり、強国による破壊や支配を余儀なくされ、つねに独立の芽を摘まれてきたユダヤ民族は、僧侶たちの価値転換を無力な自分たちを肯定する方法として受け入れた。こうしてユダヤ人は僧侶的民族となった。</p>
<p>　無力なユダヤ人は、圧制者に対して実力でもって復讐することはできなかったので、心のなかでだけ、自分たちを肯定し、敵を呪った。それは、「惨めな自分たちのみが善い者である、高貴にして権勢ある者どもは呪われた者だろう!」というかたちをとった。</p>
<p>　このユダヤ的価値転換が、キリスト教に受け継がれ、今日のわれわれの価値、道徳の基礎になってしまっている。</p>
</div>
<h4><a name="1_8">8</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　僧侶的価値評価（“強い者は悪い、無力な者こそ善い”）は、ユダヤ教からキリスト教に受けつがれる。それを可能にしたのが、パウロによって確立された、十字架に架けられた神の子イエスという道具立てだ。神がイエスをこの世に遣わし、イエスの血でもって、人類の罪をあがなってくれた。この神の愛の論理に隠されているのは、じつは、ユダヤの僧侶階級から僧侶的民族（ユダヤ人）へと受けつがれてきた、無力な者の強い者に対する憎悪と復讐心だ。</p>
<p>　イエスが十字架にかけられることによって人類は赦された。神は赦したのだから、神を恐れて律法を守る必要はなくなる。この論理は、神への信仰をユダヤ人（律法を順守する人びと）以外にも広めるきっかけをつくった。こうして、「弱いユダヤ民族こそ神に祝福される」というユダヤ教の価値評価が、「弱い者であればだれもみな神に祝福される」というかたちで普遍化されることになる。キリスト教というかたちで、ユダヤ教の神がユダヤ人以外へと開かれるようになって、全世界が僧侶的価値評価という餌に食いつけるようになったのだ。</p>
<p>　ユダヤの僧侶たちの強い者たちへの憎悪と復讐心によってつくりあげられた価値評価は、無力な人びとの報われなさを吸い上げる。それはまずユダヤ社会で勝利し、パウロの聖なる十字架という迂路（回り道）を通じて、キリスト教というかたちでローマ帝国に勝利することになる（キリスト教の公認、国教化、ローマ教会権力の確立）。</p>
<p>　憎悪と復讐心から生まれた僧侶的価値評価が、今日のわれわれの価値、道徳の基礎となり、これまで貴族的価値評価に対してずっと勝利しつづけてきたのも、じつは、キリスト教の神の愛の教説、神の子イエスが十字架にかけられる、という道具立てが大きなきっかけになっている。</p>
</div>
<h4><a name="1_9">9</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　自由精神（実証主義、民主主義を信じる進歩的知識人たち）はつぎのように語る。</p>
<p>　キリスト教の勝利は教会権力の勝利を意味しない。歴史を見れば、最終的な勝利者は民衆であることは明白な事実だ。</p>
<p>　民衆の勝利とは、人種、民族、階級という区別が取り払われたことを意味する。どこにも特権的な立場はない。これはキリスト教の毒（抜きんでた強い者の存在を許さない僧侶的価値評価、神の前の“平等”の思想）が隅々まで浸透していったことの証しだ。その結果、人類の主人からの解放は、きわめて順調に進んでいる（キリスト教が広めた平等の思想は、教会権力さえ打ち倒す、宗教改革、市民革命を動機づけた）。</p>
<p>　いまや教会はその歴史的役割を終え、近代的な知性に逆らう反動的なものとなっている。これを批判するのが、われわれ自由精神だ。だが、もちろん、われわれが嫌いなのは教会であって、教会の毒ではない。教会のあの毒は好きだ（自分たちこそあの平等の思想の新しい担い手だ）。</p>
<p>　（ニーチェは、こうやって自由精神に語らせることで、平等を重んじる現代の民主主義が僧侶的価値評価の最終形態であることを示している）。</p>
</div>
<h4><a name="1_10">10</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　僧侶的価値評価は、現実の行為でもってルサンチマン（恨み、妬み、反感）を晴らせない無力な人間のあり方から生まれている。弱い者は強い者になりたいと思うが、自身の非力さゆえに、強い者になることができない。そのため、強い者に対するルサンチマンが発散されないまま積み重なり、やがて、自分の心のなか、想像のなかだけで、「強い者、支配者は悪い」と強い者を攻撃することで埋め合わされる。したがって、ルサンチマンの価値評価は、自分の対立物に対する「否定」を言うことからはじまる。</p>
<p>　貴族的人間の場合、自分自身の存在に対して「然り」と言うことからはじめる。「強い自分はよい」。この自己肯定のために、自分の対立物が必要とされる。だから、自分の敵に対して感謝することもできる。貴族的人間も平民や下層民を軽蔑することはある。しかし、自己肯定感があるので、こうした弱い者に対しては憐憫や思いやりといった好意的な気持ちがある。</p>
<p>　ルサンチマンの人間は、自分が敵とみなす者を邪悪な存在としてしか受け止めない。ここには一方的な敵意がある。そのため、強い者を実像とはほど遠いひどい案山子（怪物）に仕立て上げる。この怪物に歪曲された敵の像をもとに、怪物に比べれば自分は幸せだ、と勝手に自分の幸せをとりつくろう。</p>
<p>　貴族的人間は、能動的な人間として、幸福と行動を切り離すことはない。幸福は、実際に現実に向かって行動し、敵や世界といった自分ならざるものに立ち向かうことでこそ得られるものだと考える。</p>
<p>　ルサンチマンの人間は、受動的な人間として、幸福と行動を切り離している。幸福は、麻酔、昏睡、安静、平和、安息日、気休め、寝そべりといった、行動しないこと、敵や世界といった自分ならざるものにわずらわされないことに求められる。しかし、このように現実にかかわらないことで、ルサンチマンはいつまでも持続することになる。こうして、ルサンチマンを隠し持ち、復讐の機会を待ちながらも、敵の前では自分を卑下するような、怜悧な（抜け目ない）人間が生まれる。</p>
<p>　貴族的人間は、自分のより強く大きくなろうとする本能に忠実で、敵に対して向こう見ずに立ち向かう。この率直さ、素朴さでもって、敵に対するルサンチマンもすぐに現実の行為でもって発散されてしまう。むしろ、より強く大きい自分となるために、自分と同等あるいはそれ以上の優れた敵、尊敬できる敵を求めさえする。</p>
<p>　ルサンチマンの人間は、「悪い敵」、「悪人」をねつ造して、そういう怪物とは反対の「善人」を考え出し、それを自分とする。ここに、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」という価値評価が生まれる。</p>
</div>
<h4><a name="1_11">11</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　貴族的人間にとっては自己肯定としての「よい（優良）」という概念が第一で、「わるい（劣悪）」という概念は二次的なものだった。一方、ルサンチマンの人間にとっては敵とみなした者に対する「悪い」という概念が第一の重要性をもっていた。ここで「悪い」とされているのは、ほかならぬ貴族道徳での「よい」者、高貴な者、強力な者、支配者だ。ルサンチマンの毒々しい眼差しによって、「よい」者たちは「悪い」者へと意味を変えられてしまったのだ。その理由はルサンチマンの人間の被害者の視点にある。</p>
<p>　征服民族である貴族的種族は、共同体内では、お互いの監視やライバル関係のなかで力のバランスを保っている。しかし、（侵略や戦争の際）共同体の外部と接触するとなると、平和な共同体のなかで閉じ込められていた力を解き放ち、獲物と勝利を求め野獣のようにふるまう。彼ら自身、貴族的人間の視点から見れば、このふるまいは誇らしいものだ。</p>
<p>　しかし、この野獣のようなふるまいによって蹂躙された被害者の目には、貴族的種族は「野蛮人」、「悪い敵」といった悪い存在にしか映らない。つまり、この被害者としての視点が、「よい」者を「悪い」者に変えてしまうのだ。</p>
<p>　貴族的人間とルサンチマンの人間の視点の対立は、ヘシオドスの語る冷酷で残忍な青銅時代と輝かしい栄光の英雄時代の区別にもあらわれている。これは同じ時代を二つの視点から見ているにすぎない。同じ時代（英雄たちの活躍した時代）が、英雄たちによって蹂躙された被害者の末裔の視点から見れば冷酷で残忍な時代（青銅時代）となり、英雄たちの末裔である貴族の視点から見れば栄光の時代（英雄時代）となる。</p>
<p>　現在では、ルサンチマンの人間の視点が優勢で、あの貴族的種族のもっていた野獣のような恐ろしい本性を人間からなんとか取り除こう、人間を家畜に仕立て上げよう、と望まれている。それが文化の試みだと考えられている。しかし、そうすることは人類の退歩であって文化とは正反対の試みだ。むしろ、人間を恐れたほうが望ましい。というのも、今日の問題は、人間が恐ろしいものをもたなくなってしまった点にあるからだ。いまでは、おとなしくて凡庸な、蛆虫のような人間がより高い人間として自分を自負するまでになってしまっている。</p>
</div>
<h4><a name="1_12">12</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　「強い者は悪い、弱い者こそ善い」とするルサンチマンの人間の価値評価はヨーロッパ全体を覆い、いまや「わるい空気」が満ちている。<br />
だから、善悪の彼岸の（ルサンチマンの人間の価値評価を超えた）女神にこう祈りたくなる。恐るべきところのある人間、そうした人間の完璧さ、極上の出来栄え、幸福、強力さ、勝ち誇っている姿をひと目見たい！　貴族的価値評価を体現した強い者をひと目見たい！</p>
<p>　こう祈りたくなるのも、ヨーロッパの人間の卑小化と平均化の光景が、見る者をうんざりさせるからだ。いまでは、より大きくなろうと欲するものは何ひとなく、すべてが、下へ下へと落ちてゆき、より薄っぺらく、よりお人よしで、より利口で、より快適で、より凡庸で、より無関心なものへと落ち込んでゆく。人間はいよいよ「より善く」なってゆく。</p>
<p>　このように、恐れるべき人間がいなくなったということは、人間への愛、畏敬、希望、意志を失ってしまったということだ。これを人間という存在を否定するニヒリズムと言わずしてなんと言おう。
</p>
</div>
<h4><a name="1_13">13</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　ルサンチマンの人間の価値評価がヨーロッパ全体に広がった理由、「わるい空気」の原因はどこにあるか。その起源はキリスト教道徳（奴隷道徳）の成立にある。</p>
<p>　蹂躙される仔羊（弱者）が、猛禽（強者）に対して「猛禽は悪い」と怨むこと、「自分たち仔羊こそ善い」と考えること、こうした態度じたいは自然なことだ。もちろん、この態度が猛禽の行為をやめさせるわけではないが。</p>
<p>　ところが、弱者は、あるがままの現実に反して、強者は弱さも選択できたのではないか、自分たち弱者は強さも選択できたのではないか、と誤った推論をはじめる。こうして、「主体」という原因が現実の背後につくりあげられ、現実はその結果だと考えられるようになる。</p>
<p>　主体は、強さも弱さも自由に選択できるとされる。この主体という存在を信じることがキリスト教道徳の成立の核になっている。主体によって、ルサンチマンの人間の「強い者は悪い」、「弱い者こそ善い」という価値評価は、たんなる反感ではなく、つぎのように理屈をともなって正当化される。</p>
<p>　強者には、弱さも選択できたのに、あえて自分の主体の意志によって弱者を苦しめる強さという悪を選択した罪がある。強者は悪人だ。弱者には、強さという悪を選択することにあらがって、自分の主体の意志によって弱さを選択した功績がある。弱者は善人だ。</p>
<p>　ここで弱者は、自分のたんなる弱さを、まるで功績であるかのように欺瞞している。このように欺瞞する理由は、弱さを主体的に選んだものと解釈し、自分の苦しい現実に肯定的な意味を与えて、自分を保存することにある。</p>
<p>　この自己保存の試みは、霊魂の不滅の信仰に進む。主体は不滅であって、弱さを選んだ善人（弱者）の主体には来世の幸福（浄福）が待っており、強さを選んだ悪人（強者）の主体には最後の審判における罰が待っている。主体への信仰を来世にまで拡大することが、キリスト教道徳における救済の論理を可能にしている。</p>
</div>
<h4><a name="1_14">14</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　自由な主体を信仰することによって、弱者の弱さは功績になった。ここから、弱さを積極的に追求しようとする態度が生まれる。キリスト教道徳は、弱さを徳として価値転換し、人間の追求すべき理想とした。報復しない無力は善良さに、びくつきは謙虚さに、憎悪を抱く相手に対する屈従は従順に、攻撃しない弱さや臆病さは忍耐に、復讐できないは、敵に対する赦しや敵に対する愛に変えられる。こうして、弱いままであること、より弱くあることがめざされるようになる。</p>
<p>　しかし、この追求は簡単なことではない。それは進んで不幸になろうとする態度だからだ。そこで、キリスト教道徳は、徳を積み、地上で不幸である者（弱者）にはやがて神の国における幸福（浄福）が待っているとする。地上で幸福である強者よりも、未来の浄福を約束された弱者のほうが、「より幸福」とされるのだ。</p>
<p>　さらに、キリスト教道徳は、地上で幸福である者（強者）にはやがて最後の審判における罰が待っているとする。この最後の審判の場面は「正義」と呼ばれる。しかし、じっさいのところ、ここでいわれている正義とは、弱者の強者に対する報復を意味する。キリスト教道徳は、報復を否定して、敵を憎まず、復讐せず、愛のうちに生きるとするが、最後の審判という最終場面に期待しているのは、強者という敵を憎み、強者に復讐し、勝利することなのだ。これは、じつは、弱者も強者になりたいと願っている証拠でもある。</p>
</div>
<h4><a name="1_15">15</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　キリスト教徒は、この世の苦しみに耐えながら信仰、愛、希望のうちを生きる、という。しかし、そう生きられるのも、来世の「神の国」における勝利を思い描いているからだ。だから、彼らもまた、強い者になりたいと願っているのだ。</p>
<p>　この神の国を見るために永遠の生命というものが考え出される。永遠の生命という考えから、善人は天国へ、悪人は地獄へというダンテの描いたような来世のイメージが生まれる。しかし、天国と地獄は別々にあるのではなく、キリスト教の天国はそのなかに地獄を含んでいる。トマス・アクィナスのいうように、天国の浄福とは、罪人である強い者が地獄の責め苦を罰として味わうのを、弱い者が眺めてよろこぶ場面のことだからだ。キリスト教の天国は、永遠の愛ではなく永遠の憎悪が創った。</p>
<p>　この天国のイメージは、教父テルトゥリアヌスの描く神の国によく現れている。テルトゥリアヌスは、現世の見世物の残忍な快楽を戒めたが、その神の国は、キリスト教徒にとって最高に残忍な見世物となっている。そこでは、異教の神や王、ローマの地方総督や哲学者、戦車競走の馭者や槍投げの競技者といった、キリスト教を迫害する権力者や肉体的に優れた強い者たちが永遠の炎のなかで苦しんでいる。こうした罪人として、テルトゥリアヌスがとくに望んだのがイエスを辱めたユダヤ人だった。この憎悪に満ちた神の国での復讐の場面を思い描くことを、テルトゥリアヌスは「信仰」という。</p>
</div>
<h4><a name="1_16">16</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　「よい」と「わるい」（貴族的価値評価）、「善」と「悪」（僧侶的価値評価）という二組の対立した価値は、幾千年にもおよぶ長い戦いを交わしてきた。僧侶的価値評価が優勢となったいまでは、戦いは一人ひとりの精神の場面で行われる。高度な精神ならば、自分の内側で行われるこの戦いを意識しているはずだ。</p>
<p>　貴族的価値評価と僧侶的価値評価の戦いは、象徴的にいえば「ローマ対ユダヤ、ユダヤ対ローマ」という標語にまとめられる。歴史はこの二つの価値評価の相剋として考えることができる。それは、つぎのような流れになる。</p>
<p>　貴族的価値評価を体現するローマは、僧侶的価値評価を体現するキリスト教に反自然的なものを見て、「全人類に対する憎悪の罪」があるとして迫害した。一方、キリスト教はローマに対して『ヨハネ黙示録』のような復讐の物語をつくりだした。この対立のなかで、キリスト教は、その道徳を巧みにあやつって、ローマだけでなく地上の半分もの人びとを飼い馴らすことに成功した。ここに僧侶的価値評価の勝利が生まれる。</p>
<p>　貴族的価値評価はルネサンスに体現されて復活したこともあったが、宗教改革というルサンチマン運動によって滅ぼされてしまう。ここでも僧侶的価値評価が勝利する。</p>
<p>　それでも、フランスには貴族主義が残っていた。しかし、これもフランス革命というルサンチマン運動によって打ち倒されてしまう。こうして、僧侶的価値評価の勝利は決定的になったかに見えた。ところが、このフランス革命のなかから、ナポレオンという貴族的価値評価の体現者が現われた。</p>
</div>
<h4><a name="1_17">17</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　ナポレオンの登場で問題は終わったのだろうか。貴族的価値評価と僧侶的価値評価の対立は片付いたのだろうか。ナポレオンは敗北した。現代はむしろ僧侶的価値評価が支配する時代なのだから、ナポレオンの示した貴族的価値評価との対立の問題は先のばしされただけではないのか。くすぶっている対立の炎を再び燃え上がらせることを願い、意欲し、うながすべきではないだろうか。</p>
<p>　しかし、貴族的価値評価と僧侶的価値評価の対立の問題は、これまでたどってきた記述だけでは決着をつけるのが難しい。もちろん、わたしは決着をつけるつもりだ。さしあたって、わたしの最近の著書のタイトルでもある「善悪の彼岸」という標語は、貴族的価値評価である「よい」と「わるい」とを超えて、という意味ではない。これは、僧侶的価値評価である「善」と「悪」とを超えて、という意味であることを十分理解しておいてもらいたい。</p>
</div>
<p><a rel="license" href="http://creativecommons.org/licenses/by-nc/2.1/jp/"><img alt="クリエイティブ・コモンズ・ライセンス" style="border-width:0" src="//i.creativecommons.org/l/by-nc/2.1/jp/88x31.png" /></a><br /><span xmlns:dct="http://purl.org/dc/terms/" href="http://purl.org/dc/dcmitype/Text" property="dct:title" rel="dct:type">“どうぞご自由に”レジュメ集</span> by <a xmlns:cc="http://creativecommons.org/ns#" href="/guzuguzu" property="cc:attributionName" rel="cc:attributionURL">石川輝吉</a> is licensed under a <a rel="license" href="http://creativecommons.org/licenses/by-nc/2.1/jp/">Creative Commons 表示 &#8211; 非営利 2.1 日本 License</a>.</p>
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 <title>ニーチェ『道徳の系譜』目次</title>
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 <pubDate>Thu, 22 Jan 2015 03:41:37 +0000</pubDate>
 <dc:creator>石川 輝吉</dc:creator>
 <category><![CDATA[哲学者・石川輝吉の、ちょっと「ぐずぐず」した感じ]]></category>
 <category><![CDATA[道徳の系譜]]></category>
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 <description><![CDATA[序言（詳細／要約／帰ってきた）［2011/03/09公開］
第一論文　「善と悪」、「よい（優良）とわるい（劣悪）」（詳細／要約／帰ってきた）［2015/1/22更新］
第二論文　「罪」「疚しい良心」およびこれに関連したそ [...]]]></description>
 <content:encoded><![CDATA[<p>序言（<a href="/guzuguzu/20120309_150719493927885.html#0_0">詳細</a>／<a href="/guzuguzu/20120309_162250493927900.html#0_0">要約</a>／<a href="/guzuguzu/20120309_144707493927878.html#0_0">帰ってきた</a>）［2011/03/09公開］<br />
第一論文　「善と悪」、「よい（優良）とわるい（劣悪）」（<a href="/guzuguzu/20120309_150719493927885.html#1_0">詳細</a>／<a href="/guzuguzu/20120309_162250493927900.html#1_0">要約</a>／<a href="/guzuguzu/20120309_144707493927878.html#1_0">帰ってきた</a>）［2015/1/22更新］<br />
第二論文　「罪」「疚しい良心」およびこれに関連したその他の問題（詳細／要約／帰ってきた）※準備中<br />
第三論文　禁欲の理想の意味するもの（詳細／要約／帰ってきた）※準備中<br />
<span id="more-493927908"></span><br />
※レジュメは連載形式で公開していきます。2週間に1回程度の更新を予定しています。</p>
<p>「詳細／要約／帰ってきた」それぞれのコンセプトについては、「<a href="/guzuguzu/20120309_163933493927904.html">石川輝吉の“どうぞご自由に”レジュメ集について</a>」をご覧ください。<br />
<a rel="license" href="http://creativecommons.org/licenses/by-nc/2.1/jp/"><img alt="クリエイティブ・コモンズ・ライセンス" style="border-width:0" src="//i.creativecommons.org/l/by-nc/2.1/jp/88x31.png" /></a><br /><span xmlns:dct="http://purl.org/dc/terms/" href="http://purl.org/dc/dcmitype/Text" property="dct:title" rel="dct:type">“どうぞご自由に”レジュメ集</span> by <a xmlns:cc="http://creativecommons.org/ns#" href="/guzuguzu" property="cc:attributionName" rel="cc:attributionURL">石川輝吉</a> is licensed under a <a rel="license" href="http://creativecommons.org/licenses/by-nc/2.1/jp/">Creative Commons 表示 &#8211; 非営利 2.1 日本 License</a>.</p>
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 <title>ニーチェ『道徳の系譜』【帰ってきたニーチェ】</title>
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 <pubDate>Thu, 22 Jan 2015 03:40:24 +0000</pubDate>
 <dc:creator>石川 輝吉</dc:creator>
 <category><![CDATA[哲学者・石川輝吉の、ちょっと「ぐずぐず」した感じ]]></category>
 <category><![CDATA[帰ってきたニーチェ]]></category>
 <category><![CDATA[道徳の系譜]]></category>
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 <description><![CDATA[哲学者が現代によみがえったら、どんなふうに自分の書いた本の内容をしゃべるか。そんなコンセプトでまとめたものです。基本的にテキストの内容には即しているけれど、かなり自由にしゃべっている部分もあります。哲学書に興味のない方含 [...]]]></description>
 <content:encoded><![CDATA[<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">哲学者が現代によみがえったら、どんなふうに自分の書いた本の内容をしゃべるか。そんなコンセプトでまとめたものです。基本的にテキストの内容には即しているけれど、かなり自由にしゃべっている部分もあります。哲学書に興味のない方含め、いろんな方、どうぞ。<br />
　→<a href="/guzuguzu/20120309_162250493927900.html">ニーチェ『道徳の系譜』【要約レジュメ】</a><br />
　→<a href="/guzuguzu/20120309_150719493927885.html">ニーチェ『道徳の系譜』【詳細レジュメ】</a><br />
　→<a href="/guzuguzu/20120309_163933493927904.html">石川輝吉の“どうぞご自由に”レジュメ集について</a><br />
<span id="more-493927878"></span><br />
※レジュメは連載形式で公開していきます。2週間に1回程度の更新を予定しています。<br />
<a rel="license" href="http://creativecommons.org/licenses/by-nc/2.1/jp/"><img alt="クリエイティブ・コモンズ・ライセンス" style="border-width:0" src="//i.creativecommons.org/l/by-nc/2.1/jp/88x31.png" /></a><br /><span xmlns:dct="http://purl.org/dc/terms/" href="http://purl.org/dc/dcmitype/Text" property="dct:title" rel="dct:type">“どうぞご自由に”レジュメ集</span> by <a xmlns:cc="http://creativecommons.org/ns#" href="/guzuguzu" property="cc:attributionName" rel="cc:attributionURL">石川輝吉</a> is licensed under a <a rel="license" href="http://creativecommons.org/licenses/by-nc/2.1/jp/">Creative Commons 表示 &#8211; 非営利 2.1 日本 License</a>.</p>
<h3><a name="0_0">序言</a></h3>
<h4><a name="0_1">1</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　哲学ってさ、ソクラテスのむかしから、「汝自身を知れ」って言われてるように、自分自身を知ることだろ。けれど、誰もそんなことやってないよ。だってさ、まず、自分以外のことを知るのに忙しいんだよ。仕事でどう成功するか、とか、どこのスーパーで大根が安いか、とか、そういうことが気になる。ネットで他人の書き込み見て笑ったりするのもそう。みんな知りたがってるんだよ。自分以外の情報をさ。けれど、ほんとのこと言うと、そういう情報への興味って自分自身という場所から出ているんだ。でも、そこは知ろうとしないんだ。</p>
<p>　もちろん、ふと、自分自身について考えることだってあるよ。「オレっていったいなんだろう?」ってさ。でも、そうやって考えて出てきた自分自身の答えって、なんか方向をまちがえるんだな。これが。
</div>
<h4><a name="0_2">2</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　だいたいさ、そうやって自分自身について考えてきたのって、これまでの哲学なんだけど、その答えってまじめなんだよ。すぐ、道徳ってことになる。「自分のなかには、世のため人のために尽くす道徳ってものがあるんじゃないか」ってなるんだ。学級委員みたいなんだ。だから、なにかこう、自分の気持ちを殺してまで、とにかく善いことをするのが自分なんだ、みたいなことになる。これって、かなり苦しい自分を抱えることになるよ。だから、誤った自己認識だよ、これは。そもそも、「自分のことはさし置いて人さまのため」みたいなのが善いとされてるから、こういうまじめで不幸な人が出てくるんだ。オレはここを問題にしたいね。</p>
<p>　オレに言わせれば、自分自身って、自分が元気になろうとする気持ちのことじゃないかな。オレのつくった言葉でいうと、この気持ちって「力への意志」っていうんだ。で、正直、オレも暗かったんだよ。ずっと「これまでの道徳っておかしい!」って、わーわー言って批判してた。でも、さいきんよくわかったんだよ。なんでわーわー言ってたか。それは、自分が元気になりたいっていう気持ちにうながされていたからなんだ。「力への意志」からなんだ。</p>
<p>　だから、いろんなことがわかってきたよ。たとえば、「自分のことはさし置いて人さまのため」っていうのは、自分が元気になるかどうかはまったく問題じゃなくて、「人さまのほうに奉仕しろ!」ってことなんだ。もう滅私、自己否定だよね。これだと、だれも元気にすることはできない。だって、そもそも、自分を大切にする、という観点がないんだもん。自分を大切にするから、自分が元気になれるんだろ?</p>
</div>
<h4><a name="0_3">3</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　道徳っていうのは、善い悪いという価値としてあるんだ。オレが問題にしたいのは、その善い悪いという価値じたいのよい・わるいなんだ。道徳の価値を問いたいんだ。堅苦しい言葉で言うと「価値の価値」ってものを問題にしたいんだよ。それでもって、「これまでの道徳っていうのはわるい!」って言いたいね。</p>
<p>　でね、オレなりに考えると、なんかあったと思うんだ。その道徳が生まれた時にさ。きっと、自分を元気にしそうにないようなものが「善いこと」とされたと思うんだ。そこを明らかにしたいんだ。もちろん、この作業は、いままでずっと、オレたちをがんじがらめにして、たとえば、さっき見た、まじめな連中なんかを苦しめているような道徳について、「おかしい!」って批判するためにやってるんだよ。だからさ、これからオレのいう道徳の起源というのはあくまでも仮説だよ。起源までたどるって意味はさ、いま現在にあることの批判のためにあるんだよ。</p>
</div>
<h4><a name="0_4">4</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　もちろん、オレだってこれまで、道徳が生まれたその現場、道徳の起源をたどる作業をやってきたよ。でも、この本はその集大成なんだ。なんで集大成かは、もしよかったら、オレのこれまでの本を読んでもらえたらよくわかるはずだよ。</p>
</div>
<h4><a name="0_5">5</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　で、くり返しになるけど、オレにとっていちばんの問題は、道徳の起源について仮説を立てることよりも、道徳の価値なんだ。それについては、ずっと問題にしてきたよ。ショーペンハウアーの道徳とは、もう腐れ縁のようにずっと闘ってる。だってさ、ショーペンハウアーは、同情を、他人に対する無私無欲の愛、自己犠牲なんていって、最高の道徳だ、っていうんだよ。もうわかると思うけれど、これはひどいよ。だって、これ、「自分をなくしてしまえ!」ってことだろ。こんなのまったくの自己否定じゃん。オレはさ、この自分やこの世界に否を投げつけるような思想や態度を、「ニヒリズム」って言うんだけどさ、ショーペンハウアーにははっきりと、このニヒリズムの徴候があらわれてるよ。</p>
<p>　さっきも言ったけど、自分を大切にするからこそ、自分が元気になれるはずなんだ。もちろん、人間が自分という中心をもっているから、エゴイズムの問題や苦しみが生まれる、というショーペンハウアーの問題意識はわかるよ。でも、だからといって、「自分をなくしてしまえ!」というのはどう考えてもおかしいよ。</p>
</div>
<h4><a name="0_6">6</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　これまで、「自分のことはさし置いて人さまのため」や同情について批判してきたけど、もうこうなったら、いわゆる道徳と呼ばれるものはすべて怪しく見えてくると思うんだ。そこがオレのねらいなんだ。オレはね、いつもは当たり前と思っている善いことの全体の価値を問題にしたいんだな。だから、いわゆる善人と呼ばれる人の価値だって問題だよ。善人はじつは元気のない人間のことかもしれない。でも、まあとりあえず、これまでの道徳っていうのは、全体として、ものすごく危険なものだと考えておいたほうがいいよ。</p>
</div>
<h4><a name="0_7">7</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　それでさ、この本は、いまある道徳の価値を問うために、その起源までさかのぼる、というかたちをとるわけだけれど、そこに、かなりドロリとした暗い情念、人間の妬みや恨み、これはオレの言葉いうと「ルサンチマン」っていうんだけど、そういう暗い歴史を見るとこになると思うんだ。でもさ、それを自分自身のあり方のように考えて、直視してほしいんだ。こういう歴史を描くのは、ほんと骨の折れる作業だし、それを読むのもつらいと思うよ。でも、きっと、この作業をやったオレ自身もそうだけれど、読んでくれる人も、この本を通じて、これまでの道徳を笑って受け止めて、そこから前進できるようになれると思うんだ。</p>
</div>
<h4><a name="0_8">8</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　最後にちょっと言っておくけど、じつはオレも反省してるんだ。いままでの自分の本のわかりにくさを。でもね、この本は、いままでの自分の本の解説書のつもりで書いたよ。この本のことをわかりやすいと思ってほしいな。もちろん、この本も含めて、オレの本は全部、何度も何度もくり返して読んでほしいけどね。</p>
</div>
<h3><a name="1_0">第一論文　「善と悪」、「よい（優良）とわるい（劣悪）」</a></h3>
<h4><a name="1_1">1</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　あのさ、オレのむかしの友人でパウル・レーっていうのがいるんだ。あいつの『道徳的感情の起源』って本は、イギリスの哲学者たちの考え方の寄せ集めみたいなところがあるけど、けっこうがんばってはいると思うんだ。レーにしろ、イギリスの哲学者たちにせよ、ふだんは誰もやらないような、自分自身を知ろうとする試みをやってる。それに、道徳の根拠をキリスト教に求めてないしね。でも、その自己認識はやっぱり誤りなんだな、これが。
</div>
<h4><a name="1_2">2</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　それでさ、レーはこういうことを言ってるんだ。「世のため、人のため」っていう道徳のもとになる行為、他人を気づかう行為っていうのは、はじめは「よい」という意味はなかった。けれど、ある時、そういう行為が、まわりの人びとから「有益だ」ってよろこばれたり誉められたりして、他人を気づかう行為は「よい」とされた。これが道徳の起源だ。それで、いまはもう、その起源、もともとの人びとの利益や人びとから誉められたことは忘れられてしまって、他人を気づかう行為、「世のため、人のため」っていう道徳は、それ自体で「よい」ものであるかのように思われてる。こういう話をしてるんだよ。</p>
<p>　オレはこれ、まちがってると思うよ。まず、レーやレーが影響を受けたイギリスの哲学者たちは、「世のため、人のため」っていうこれまでの道徳のよし、あしを問題にしてないよ。そこがまず足りないところだよ。それに、そもそも、「よい」という価値の根拠を、よい行為をしてもらった人びと、つまり、自分じゃない他人においているのがかなりまずいよ。</p>
<p>　オレに言わせれば、「よい」の根拠は、他人じゃなくて、自分自身にあるんだ。自分自身からわき起こってくる「よい」という肯定感、それが「よい」の根拠であるはずなんだよ。なんでそう言えるかって？　よく考えてみなよ。他人の「よい」を自分自身の「よい」という気持ちより上に置いたら、問題が起こってくるはずだよ。たとえば、人さまの「よい」、社会の「よい」、親の「よい」に、自分の気持ちを殺してでもしたがわなくちゃならないとすれば、それはとても苦しいことになるよ。</p>
<p>　これまでの道徳っていうのはこういう自己否定を強制してくる。「自分のことはさし置いても人さまのため」ってさ。そのおおもとに、他人の「よい」を自分自身の「よい」という気持ちより上に置く考え方があるんだ。だから、レーやイギリスの哲学者たちっていうのは、これまでの道徳のあり方をただ容認しているだけなんだよ。</p>
<p>　それで、オレはさ、自分自身からわき起こってくる「よい」という肯定感を大切にしたいんだ。違和感あるかもだけど、そういう自己肯定的な人間のモデルは古代の支配階級にあるんだ。この人たちってさ、「オレはやったんだ、オレはできたんだ、だから、オレはよい人間なんだ」という自分自身からやってくる自己肯定感をもってたと思うんだ。</p>
<p>　この肯定感って、自分の利益や功利といったことからはやってこないよ。たとえば、功利主義っていうのは、功利を「快を求め、苦を避けること」というけど、そんななまやさしいもんじゃないんだ。</p>
<p>　古代の支配階級ってもともと戦士なんだよ。もう、死という最大の苦しみさえ乗り越えて戦うんだよ。これはものすごい緊張感だよ。だって、負けたら奴隷だよ。いつも、ものすごく努力して、戦いに勝ち続けた者たちだけが、支配階級になるんだ。そうした勝利の感覚、苦しいことをのり越えて、「オレはやったんだ、オレはできたんだ、だから、オレはよい人間なんだ」というのが、自己肯定感というべきものなんだ。これは同時に、死を恐れて戦わない者たちや負けた者たちに対する優越感でもあるんだよ。</p>
<p>　ここに、貴族的価値評価、他よりすぐれた自分自身の存在を「よい」（優良）と肯定し、自分から見て劣っている者を「わるい」（劣悪）とする価値評価が生まれるんだ。「よい」の根拠というのは、他人の「よい」ではないよ。自分で苦労して競って得た自己肯定感なんだ。</p>
<p>　いきなりこんなマッチョなイメージを言ってみたけど、よく考えてみてほしいんだ。自分は「よい」存在なんだっていう気持ち、自己肯定感って、だらだらしてなんにもしないんだったら得られないよね。まずはさ、現実に行為することだと思うんだ。自分から行動を起こすって、苦労するってことだよ。世界にはたらきかけるわけだから、障害や抵抗だっていろいろある。でもさ、自分の経験を思い出してほしいんだ。「オレはやったんだ、オレはできたんだ、だから、オレはよい人間なんだ」というよろこびの気持ちって、そうした苦労を乗り越えたときに得られるものじゃないかな。</p>
<p>　それに、自己肯定感って、やっぱり競い合うことでしか生まれないと思うんだ。オレは競争を肯定するよ。ただただ生きているだけじゃ自分に肯定感はやってこないと思うんだ。どこか、「自分は他の人より優れている」という感覚がないとね。だからさ、自分から行動を起こすってことは、苦労することなんだけど、それは競争に入っていくっていう苦労でもあるんだ。</p>
<p>　もちろん、こういう意見もあると思う。「オレはやったんだ、オレはできたんだ、だから、オレはよい人間なんだ」という自己肯定感って、「オマエはやった、オマエはできた、だから、オマエはよい人間だ」と認めてくれる人がいてこそなんだ、ってね。でもさ、その承認ほしさに、他人の「よい」ばかりにしたがって、自分を押し殺すようなことになったら、それはもう本末転倒だよ。これだと、これまでの道徳の問題と同じになる。「自分のことはさし置いても人さまのため」ってね。</p>
<p>　だから、オレの強調したいのは、まずはやってみる、ってことのほうなんだ。苦労も競争もあっていやだけど、まずは現実にかかわってみるってことなんだ。きっとだれにも、苦しくても現実にかかわって自分を大きくしたいという気持ち、もっと言えば、オレの言葉でもある「力への意志」に素直にしたがってみようってことなんだ。それでもって、じっさいに、自己肯定感が得られるかどうか、承認されるかどうか、そういう結果のことはほんとはあとの問題だと思うよ。まずやってみる。身体を動かして眼の前の現実にかかわってみるんだ。このことは眼の前の現実にかかわらずうじうじしているより、ずっといいことだと思うんだ。</p>
<p>　オレだってほんとはよくわからないんだ。自分の書いたものがどれだけ認められるかってことを。でもさ、とにかくこうやって書いて人の前に出してるんだ。意見や表現、仕事や勉強、なんだってそうだと思うんだけど、めんどくさいけどとにかく実際に身体を動かしてみて、現実にモノを出してみることが大切だと思うんだよ。</p>
<p>　ところで、オレの考え方って、自分自身の優越感や自分を力強くしたい気持ちを中心にしているから、「他人のことを考えないエゴイズムだ！」って批判したくなる人もいるかもしれないね。けれども、自分の生をどう肯定できるか、ってことはなにはさておき一番の問題なんじゃないかな。自分自身のあり方を中心に考えるってことは、悪しきエゴイズムなんかじゃまったくないよ。どうしてオレの考えを批判したくなるのか。それはさ、きっとまさにあの「道徳的先入見」、「自分のことはさし置いても人さまのため」に毒されているからじゃないのかな。
</div>
<h4><a name="1_3">3</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　それでさ、またレーの道徳の起源の説に戻るけど、ここでちょっとチャチャ入れてみたいんだ。レーはさ、道徳の起源、もともとの人びとの利益や人びとから誉められたことは忘れられた、って言うんだけど、その「忘れられた」ってどういうことなんだよ？</p>
<p>　ふつう、そういう重要なことは覚えていることだと思うし、きっと世代ごとに受け継がれていくことだと思うんだ。この意味では、「忘れられた」なんて言わずに、「人類は、有益なことを忘れずに、それを深めながら進化していく」と考えたハーバート・スペンサーのほうが話のすじは通ってるよ。もちろん、レーもスペンサーも、そもそも「よい」の根拠を功利性に求めている点で根本的にまちがってるけどね。
</div>
<h4><a name="1_4">4</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　で、話をまた古代社会に戻すよ。これは言葉の問題だけれど、古代社会では、「よい」という言葉は「高貴」という意味、「わるい」という言葉は「低級」、「素朴な者」、「平民」といった意味だったんだ。古代社会では、価値をあらわす言葉は身分をあらわしていたんだよ。　<br />
まあ、簡単に言えば、「よい」とは他からぬきんでた優れた人間のことを意味して、「わるい」は優れていない、普通か価値の低い人間のことを意味するんだ。さっきも見たけれど、古代社会では、他の人間から優越を感じて自己肯定感があるのは支配階級だったんだから、当然、自己肯定感をあらわす「よい」という言葉は、社会的身分である「高貴」と同じことになるんだよ。</p>
<p>　こういうことを言うと、民主主義的先入見にとらわれた人は「階級社会の肯定だ！」と批判するかもしれないね。でも、オレは、古代の階級社会のかたちを借りて、いまでも重要な問題である自己の生の肯定の話をしてるんだ。自己肯定感のある人が自分のことを「他からぬきんでたところのある「よい」人間だ」と感じていること。自己肯定感のない人が「ぬきんでたところのない「わるい」（劣った）人間だ」と感じていること。こうした差異のなかで、ある意味で自己肯定感をめぐる身分や階級のなかで、オレたちが生きているということは認めなくちゃいけないよ。
</div>
<h4><a name="1_5">5</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　まだ言葉の話はつづくけど、古代社会での「よい」というのは、高い身分の者のじっさいの行為、彼らの目に見える現実的なふるまいを意味していたんだ。けれども、その「よい」という言葉が、じっさいの目に見える行為と切り離されて使われるようになってくるんだよ。すると、「よい」は、誠実さ、といった目に見えない内面的な性格をあわしたり、かたちだけの貴族の身分を指す言葉になったりしてくる。</p>
<p>　これはどういうことを意味しているか？　貴族が行動しなくなったからなんだよ。身分が世襲になって固定化し、あの、生きるか死ぬか、支配者か被支配者か、主人か奴隷か、といった緊張がなくなったんだ。そうなると、「よい」はもうかたちだけの身分をあらわす言葉になってしまう。でも思い出してほしいんだ。そもそも、「よい」は戦士の自己肯定感だったことを。</p>
<p>　いまだって同じだよ。まずはさ、じっさいに行為してみなくちゃ。目に見えることを示さなくちゃね。そうしたものがまず前提としてなければ、そもそも自己肯定感なんてありえないはずだよ。それに、そういう現実のものを示さなければ、いくら偉い地位にいたってだめだよ。自己肯定感というのは、いったん獲得したら「ハイ終わり」、「双六は上がった」っていうわけじゃないんだ。「もう偉くなったんだから」って安心するとじっさいに手を動かすことを忘れてしまうんだよ。たえず、苦しいけれども努力して、競いあいのなかで現実的な行為をつづけていかなくちゃならないんだ。
</div>
<h4><a name="1_6">6</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　さっき見たように、「よい」が、じっさいの行動から離れて、内面的な性格をあらわすようになると、だんだん変なことが起こってくるんだ。</p>
<p>　でも、そもそもさ、自分の内面は優れてます、っていったって、その内面の優位をどうやって他の人にしめすんだよ。内面なんて他の人の目に見えないよ。ところが、僧侶たちはその方法を考えたんだ。それは、現実の行為を普通よりたくさん禁止することなんだよ。これだけ厳しい禁止を守ってます。だから、すごい内面、すごい精神力をもっているんですよ、と。そういう見せ方をするんだ。</p>
<p>　具体的にいうとさ、僧侶たちはもともとあった「清浄と不浄」という対立に目をつけるんだ。清浄は不浄なものに触れないというということ、禁止を守ってある特定の行動をしないことだよね。僧侶たちこの清浄と不浄の対立を過激にするんだ。</p>
<p>　なんで過激にしなくちゃならないか？　禁止を守ることだけなら、ふつうの人だってやっているからなんだ。清浄と不浄ということがあるだけでは身分の区別にはならないんだ。だから、僧侶たちは、自己肯定感を得るために、自分とふつうの人を区別するために、どんどん自分たちで禁止を増やすんだよ。基本的に、僧侶たちの生活って禁止条項がいっぱいだよね。あれも不浄、これも不浄、これも触れてはダメ、あれも触れてはダメ、これもダメ、あれもダメ。</p>
<p>　こんなふうに、わざわざたくさん禁止をもうけて、それを守って、「わたしはふつうの人よりも多くの不浄なものに触っていません、だから、すごく清浄な「よい」人間なんです」ってやってるんだ。「わたしはふつうの人よりも多くの禁止を守っています、だから、すごい精神力をもってる「よい」人間なんです。内面が人よりすごいんです」ってやるんだ。</p>
<p>　けれど、ほんとのこと言うとさ、禁止を過度に多くもうけるってことは、それだけいろんな行為を「〜してはならない」と禁止するわけだから、自分をすごく苦しめることなんだ。禁止が厳しいから、それでもって欲望が世界に向かって自然に発揮されないから、とても苦しいことなんだよ。だから、僧侶たちは病気になるんだ。</p>
<p>　もちろん、この病気はそれなりに意味をもっているよ。だってそれは、自分のなかにはどんなに禁止してもわき上がってくるような欲望っていうものがある、ってことの自覚でもあるからね。だから、オレだったら、こういう病気には、そんな神経質なまでに細かい禁止なんて破ってしまって、現実に行動して、欲望を世界に発揮することが大切な治療法だと思うんだ。</p>
<p>　けれど、僧侶たちは、必要以上にたくさんの禁止を守ることでもって自己肯定感を得ようとこだわってるから、まったく逆のことをやらかすんだ。彼らはこう考えるんだ。なぜ苦しいのか？　それは、禁止のせいではなく、むしろ欲望のせいだ。欲望は、なかなかコントロールできず、禁止にしたがわないから苦しみがある。欲望は「悪い」。だから、むしろ、そういうやっかいな欲望をなんとかして完全になくしてしまわなければならない。そんな危険な考え方をするんだよ。</p>
<p>　そこで、僧侶たちは、禁止よりもっと危険なことをやらかすんだ。それが禁欲なんだよ。禁止の多い生活でもって欲望を抑えることから、禁欲的な修行でもって欲望そのものを否定すること、無にしてしまうことに進むんだ。</p>
<p>　欲望そのものを完全に否定しようとするんだよ。こんなの自己否定だよ。無理だよ。だれにもできないよ。でも、そういう自己否定を無理にでもやって、逆に、自分の優越感を得ようとするのが僧侶たちなんだ。「わたしはあらゆる欲望を否定した、だから、だれにも到達できないくらい「よい」人間なんです」ってね。</p>
<p>　ほんとはさ、こういう「エゴを殺してエゴを得る」みたいなやり方、これこそエゴそのものだよね。だから、僧侶たちだって欲望を完全に否定できてないんだ。だったら、欲望をすなおに認めればいいんだ。オレが描いてきた戦士たちがそうだったように、ちゃんと現実の世界に出て行って行為することで優越感を得ようとすればいいんだよ。僧侶たちのようなやり方はほんとねじくれてるよ。ものすごく危険なものがあるよ。<br />
　いまでもよく、人間は動物とちがって欲望を否定できる、それが人間の優位だ、みたいな考え方があるけど、それはこの僧侶たちの影響だよ。欲望は「悪い」。だから、それは否定しなきゃならない。否定するから偉い。そういう僧侶たちの考え方は、いまでもなんらかのかたちで生きてるんだよ。</p>
<p>　もちろん、いまははげしい禁欲的な修行なんかしている人は少ないと思うよ。けれど、人間の欲望そのものが「悪い」という感覚をもつ人はやっぱりいると思うんだ。それはけっきょく、自分自身の生を呪うことにしかならないんだけど、でも、こうした自己否定的な価値が生まれたのにはそれなりの理由があるんだ。それはつぎの節からゆっくり説明していくよ。</p>
</div>
<h4><a name="1_7">7</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　僧侶たちってさ、禁止に従順な生活を送ったり、禁欲生活を送ったりして、積極的な行動をしないことで自己肯定しようとする人びとだよね。だから、それだけで戦士たちの貴族的価値評価に対立するところがあるんだ。けれども、共同体が強力であるときには、僧侶たちの仕える神は民族に勝利をもたらす神なんだから、ってことで、僧侶たちは人びとにけっこう大切にされるんだ。</p>
<p>　けれども、民族がぜんぜん勝てなくなったらどうかな？　自分たちをぜんぜん勝たせてくれない神さまなんてみんな拝みたくなくなると思うよ。だから、そんな神さまに仕えている僧侶たちの立場も危うくなる。そういうことが古代のユダヤ社会でも起こったと思うんだ。</p>
<p>　ユダヤ民族は、大むかしはダビデやソロモンという王様がいて、けっこう強い時期もあったんだけど、そのあとは、もう何百年もずっとまわりの強国に脅かされたり支配されていたんだ。民族として負け組になってしまっていたんだよ。</p>
<p>　もちろん、ユダヤ民族にも戦士たちはいたんだよ。また強くなろう、独立しよう、と強国に戦いを挑もうとしたんだ。だからさ、そういう勇敢な者から見たら、「僧侶たちってなんなんだ！」ということになる。僧侶たちの仕える神さまは勝たせてくれないし、僧侶たちそのものがぜんぜん行動を起こさない役立たずだし、もう共同体の敵に見えてくる。だから、戦士たちは僧侶たちを非難するんだ。</p>
<p>　いろいろ非難されて、僧侶のほうは僧侶のほうで戦士を憎む。けれども、なにしろ僧侶たちは無力だから、直接戦士たちに反撃できないんだ。そこでさ、心のなかだけで、「強いあいつら戦士たちは悪い、弱い自分たち僧侶たちこそ善い」っていう価値をつくって復讐をやらかすんだよ。こういうのもなんだけど、まあ、腕っ節の弱い、いじめられっ子のやる復讐なんだ。「いじめるあいつらは悪い、いじめられる自分こそ善い」ってね。</p>
<p>　これってさ、ユダヤ教の基礎の感情になってるんだよ。</p>
<p>　たとえばさ、神さまはユダヤ民族だけの神ではない、他の民族にも勝利をもたらし、ユダヤ民族に苦しみをもたらす神なんだ、という一神教の考え方なんて、じつは、自分の仕える神が勝利をもたらさない弱い神であることをそのまま肯定しちゃってるよ。</p>
<p>　それに、ユダヤ民族が苦しめられる理由は神による罰なんだから、神の与えたさまざま決まりを守って慎ましく生きなさい、なんて考え方もそう。現実にはたらきかけてなんとか状況を変えようとしないで、ずっと弱いままの、禁止を守ったり禁欲することしかできない自分を、理屈をつけて肯定しているだけなんだよ。「弱くてつつましい自分こそ善い」ってね。</p>
<p>　こうしたことは、貴族的価値評価とはまったく反対だよ。戦士にとってはさ、大切なのは勝利なんだ。敗北や支配されることには意味はないよ。だから、勝利の神を信じ、戦いとなれば禁止も破るんだ。<br />
ところがさ、僧侶的価値評価ときたら、戦士たちの勝利の神は自分たちの神より程度の低い神としたり、敗北や被支配を忍従することに意味を与えたり、決まりを守ることを重視するんだ。ほんと、貴族的価値評価から見ればまったく意味のないものを肯定してるんだよ。あくまでも、戦士たちの価値を無価値なものとしてひっくり返して、「強いあいつら戦士たちは悪い、弱い自分たち僧侶たちこそ善い」ってやるんだ。</p>
<p>　もちろんさ、こういうことを心のなかだけでやってるわけだから、それだけでは僧侶は戦士には勝てないよ。けれどもさ、勝っちゃったんだよ。僧侶たちのほうがさ。現実に戦士に対する復讐をなしとげちゃったわけ。ユダヤ社会は僧侶を頂点とした宗教共同体になった。</p>
<p>　つまり、ユダヤの人びとの多くが、僧侶たちの価値評価、ユダヤ教を受け入れちゃったわけだよ。それはさ、こういうのもなんだけど、もうユダヤの人びとの多くが、みんないじめられっ子みたいになってたからなんだ。</p>
<p>　だってさ、もう何百年もなんだよ。まわりの強い国にいじめられつづけ、独立しようと反乱しても逆にめちゃくちゃにやられ返されつづけてきたんだ。だからさ、気力を失っちゃって、多くの人が、戦士として戦うことではなく、自分たちの無力さに意味を求めるほうに傾いたんだ。これは仕方ないよ。そこにうまく僧侶たちの価値転換が入りこんだんだ。</p>
<p>　自分たちの不幸を神に与えられた試練とすること、律法を守って慎ましく生きることが救済に通じること、こう考えることで、人びとはなんとか無力な自分の生きている意味を見つけ、自分を肯定しようとしたんだ。こうして、ユダヤ民族の全体が僧侶みたいになった。「僧侶的民族」になったわけだよ。</p>
<p>　そしたらさ、また同じ復讐の構造が民族単位で起こるわけ。「強いあいつら支配民族は悪い、弱い自分たちユダヤ民族こそ善い」ってね。無力な人びとはさ、実力でもって復讐することができなかったので、心のなかでだけ、自分を肯定し、敵を呪うわけ。</p>
<p>　同じなんだよ。また、いじめられっ子のやる復讐なんだ。「いじめるあいつらは悪い、いじめられる自分こそ善い」ってね。</p>
<p>　こういう気持ちって、やっぱりユダヤ教がよく表現しているよ。強い支配民族に神の鉄鎚が下る呪いの予言や、慎ましく生きる者の祝福っていうのは、旧約聖書によく出てくるんだよ。でさ、ちょっとトーンはやわらかくなるけど、新約聖書もさ、たとえば、『ルカ福音書』に出てくる「さいわいなのは貧しい人々、わざわいなのは富んでいる人びと」といった言葉もそれを引き継いでると思うんだ。</p>
<p>　だから、オレに言わせれば、ユダヤ教もキリスト教もそんなに変りないんだ。いちばん根っこには、あの僧侶たちの価値評価、いじめられっ子の復讐心みたいなものがある。</p>
<p>　たださ、ここは注意してほしいところだけれど、そもそも、こういう価値転換と復讐の物語が僧侶たちによってつくられた、ということなんだ。オレのスローガンは、「ユダヤ人と共に道徳における奴隷一揆がはじまった」だけれど、その一揆を指導しておいしい汁を吸うのは、いつでも僧侶みたいなやからだっていうことなんだ。ユダヤの僧侶たちは、ユダヤの人びとの報われなさをうまく宗教の物語で吸い上げて、そのことによって権力を得た。キリスト教の教会権力だってそうなんだ。そういう権力の問題は、『反キリスト者』って本でかなり問題にしているから、そっちを見てほしいな。</p>
<p>　それはさておき、話を元に戻すと、ユダヤ民族の「いじめるあいつらは悪い、いじめられる自分こそ善い」っていう価値転換による復讐は、まだ心のなかだけの試みなんだ。でも、ユダヤ共同体で起こったのと同じで、それがまた勝利するときがくる。この勝利はキリスト教がローマ帝国で受け入れられることで実現されるんだ。</p>
<p>　もちろん、ふたつの宗教のかたちはちがうよ。けれども、あの僧侶的価値評価、いじめられっ子の戦いはずっと引き継がれてるんだ。この勝利には、人類の救済のために十字架にかかった神の子、イエス、という道具立てが重要になってくるんだよ。この道具立てでもって、僧侶的価値評価の世界大の勝利が完成するんだ。その勝利が、じつは、いまのオレたちにも深く食い込んでいるあの道徳の価値の起源になっている。僧侶的価値評価は、ユダヤ、ローマ帝国、そして現代の世界までも支配することになるんだ。その流れはつぎからまた見ていくよ。</p>
</div>
<h4><a name="1_8">8</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
　それでさ、じゃあ、十字架にかかったイエスの意味ってなんなのか？　ということになるんだけど、これがよくできた話なんだよ。</p>
<p>　キリスト教のキーワードは「愛」だよね。だから、これまで見てきたユダヤ的な憎悪や復讐心みたいなドロドロした感情とはまったく関係ない宗教だと思えるかもしれない。けれど、ぜんぜん違うんだよ。この愛こそ、あのユダヤの僧侶たち以来ずっとつづいてきた、いじめられっ子の闘いを勝利に導くものなんだ。</p>
<p>　でさ、愛の宗教キリスト教のいちばん核になるのは、神の人間に対する愛なんだ。そして、この愛が十字架にかけられたイエスでもって示されたって話になっているんだよ。</p>
<p>　そこでまず、あらかじめ言っておくけど、神の子って意味じゃないナザレのイエスっていう人本人は、自分の罪のために、政治犯みたいな人物として死んだと思うんだ。この人は、たぶん、当時のユダヤ社会の支配階級である僧侶たちの傲慢を告発したり、生きていくために不浄なこともしなくちゃならなくて律法を守れない人びとに対しても救いがあることを主張しただけなんだと思うんだよ。まあ革命家だね。</p>
<p>　そうなると、僧侶階級は面白くないよ。だから、イエスは、僧侶たちに訴えられて、当時ユダヤ社会を支配していたローマによって、反逆者として十字架刑にされたんだ。ローマだって、イエスのやってたことは既存の秩序への挑戦に見えて、面白くなかったんだと思うよ。</p>
<p>　十字架っていうと、いまでは聖なる象徴なんだけど、当時はローマに刃向う者に対する極刑なんだよ。ぜんぜんありがたいものじゃなくて、むしろ、おぞましいものなんだ。</p>
<p>　じゃあ、どうして十字架が聖なる意味をもつようになったか？　それは、イエスの死後に、キリスト教の立役者、パウロがつくりだした理屈に理由があるんだよ。それが、「神がイエスをこの世に遣わし、イエスの血でもって、人類の罪をあがなってくれた」って理屈なんだ。これが神の愛だっていうんだよ。</p>
<p>　パウロのこの理屈はほんとよくできてるんだよ。これが。</p>
<p>　まず、ここで注意しておかなくちゃならないけど、キリスト教の神はユダヤ教の神と同じだという点だよ。パウロはさ、もともとユダヤ教徒だったんだ。そのあとキリスト教に鞍替えしたんだよ。でも、信じている神はずっと同じなんだ。だから、裏読みをすればさ、パウロは、自分の信じる神への信仰を広めるためにイエスという人物の死を利用したんだ。ユダヤ教のなかにあった憎悪と復讐心、その根っこにある僧侶的価値評価を、十字架にかけられたイエスという道具でもって世界大に広げたんだよ。これがキリスト教の愛なんだ。この愛とは、つぎのような意味をもっているんだよ。</p>
<p>　まず、旧約聖書の世界で神は厳しいんだよ。神との約束、律法を守らなかったりすると、人間は神によっていろいろ罰を受けるんだよ。アダムとイヴがエデンの園を追放されたのも、神との約束違反なんだ。それ以来、人間はずっといろいろなかたちで罪を犯して神に罰を受けてきた。</p>
<p>　もちろん、こういう物語がユダヤ民族に他の民族から支配され苦しめられる理由を与えてきたんだよ。苦しいのは神から与えられた試練だってね。だからこそ、もうこれ以上神に罰されないように、律法を守って生きることが重要になるんだ。ちゃんと神との約束を守っていれば、いつかは神に赦されて救われるときがくるってね。</p>
<p>　それで、パウロはこの物語にオチをつけたんだ。「いままでの罪はみんなイエスが引き受けてそれをあがなってくれた。神がイエスをこの世に遣わしたんだから、あの厳しい神が赦してくれたんだ」ってね。これが神の愛なんだ。まあ、言ってみれば、アダムによってこの世に入ってきた罪はイエスによってチャラにされたんだ。</p>
<p>　人間は神によってもう赦されたんだから、信仰には律法が絶対条件ではなくなるよね。ここがパウロのねらいだったと思うんだ。</p>
<p>　だってさ、律法には割礼もあるし、異教徒と一緒に食事をしてはならない、ってのもある。パウロはこういうのはじゃまだと思ったんだよ。「これでは神への信仰はなかなか広まらない」ってね。そこで、イエスには人類の罪を背負って十字架にかかってもらったわけだよ。</p>
<p>　こうして、パウロの信じる神、それはパウロがユダヤ教徒のときでもキリスト教徒のときでも変わらないんだけど、その神への信仰を世界全体に広げることができたんだ。</p>
<p>　じゃあ、その神への信仰とはなにか？っていうことになるんだけど、これが、「強い者は悪い、弱い者こそ神さまは救ってくださる」という価値評価なんだ。</p>
<p>　うまくできてるんだよ。</p>
<p>　パウロは、十字架にかかったイエスについての理屈をつくりだすことで、それまでのユダヤ教の「強い支配者たちは悪い、弱いユダヤ民族こそ神によって救われる」という価値評価を、「強い支配者たちは悪い、弱い者であればだれもみな神によって救われる」と、より汎用性の高いものにしたんだ。律法は信仰の絶対的な条件ではなくなったんだから、神によって救われるのはユダヤ人だけじゃないんだ。「弱い者みんな」なんだよ。</p>
<p>　もうわかったと思うけど、かたちを変えてずっとつづいているんだよ。あのいじめられっ子の闘いみたいなのがさ。</p>
<p>　さいしょ、ユダヤの僧侶たちは戦士たちにいじめられて、「いじめるあいつらは悪い、いじめられる自分たちこそ善い」って強い者に対する憎悪から発する価値評価をつくりだした。そうしたら、その価値評価はユダヤの人びとの報われない思いを吸い上げて、僧侶たちはユダヤ人社会を支配できるようになったんだ。復讐はここで一回なしとげられたんだよ。</p>
<p>　そこでつぎに、「いじめるあいつら支配民族は悪い、いじめられる自分たちユダヤ民族こそ善い」っていう、これまた強い者に対する憎悪をもとにした価値評価が生まれたんだ。でも、ユダヤ教そのもののかたちでは、この価値評価はローマ帝国全体にはなかなか広まらなかったんだよ。律法という制限があるからね。パウロはこれに気づき、神の愛、十字架にかけられたイエスという理屈を道具に使って、この制限をはずしたんだ。</p>
<p>　こうして、「いじめる者はみな悪い、いじめられる弱い者はみな善い」というまたもや強い者に対する憎悪からの価値評価が生まれたんだ。しかも、どんな人間でも食いつけるような開かれたかたちになったんだよ。キリスト教の神の愛ってさ、どんなにかけ離れたものに見えても、ユダヤの僧侶からはじまってユダヤ民族に受け継がれた、あの憎悪と復讐心の世界全体への広がりを可能にする試みなんだ。</p>
<p>　だから、キリスト教の十字架にかけられたイエスっていう存在は、ユダヤの敵じゃないんだ。ほんとうはユダヤの手下だというべきなんだよ。</p>
<p>　「強い者は悪い、弱い者こそ善い」という価値評価は、キリスト教というかたちで、ローマ帝国内の報われない人びとみんなの思いを吸い上げることができるようになった。だいたいさ、ローマ帝国なんて、皇帝の絶対的権力があって、あとは貴族階級もいるけど、圧倒的多数は抑圧され、支配された人びとばかりだったんだ。だから、この価値評価の広がりはもう止められない。皇帝もキリスト教を公認せざるをえず、あげくの果てにはキリスト教はローマ帝国の国教にまでなったんだ。</p>
<p>　それで、人びとの報われない思いをうまく組織して、うまい汁を吸ったのは誰かといえば、またもや僧侶たち、キリスト教教会なんだ。そこから、皇帝や王様といった世俗の権力さえその前に跪かなければならない絶対的権力、ローマ教皇なんてのも出てくる。</p>
<p>　だから、ついに勝ったんだよ。あのユダヤのいじめられた僧侶たちがさ。キリスト教というかたちをとって、僧侶的価値評価は最終的に勝利したんだ。復讐はとうとう世界大でなしとげられたんだよ。</p>
<p>　パウロの神の愛、十字架にかけられたイエスの理屈はすごいよ。けっしていい意味じゃないよ。もうほとんど黒魔術だね。だってさ、この理屈は、たんに僧侶的価値評価を世界全体に広めただけじゃないんだ。恐ろしいくらい残酷なものなんだよ。</p>
<p>　なにしろ、神が自分の大切な子の血でもって人類の罪をあがなってくれたわけだよね。これって、人間のほうから見たら、たいへんな負い目、返すことのできないくらいの負債を神に負ってるってことだよ。神に無限の負い目を負っていること。これこそ、人間が自分の存在を悪いものだと思うこと、自己否定や自虐の最たるものだよ。それに、教会はこの負い目の感情をうまく刺激して、人びとをコントロールするんだ。人間にとってこんなに残酷なことはないよ。でも、この問題については、しばらくあと、第二論文でまた詳しく論じることにするよ。</p>
</div>
<h4><a name="1_9">9</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　でさ、ここまで話すとさ、民主主義、民主主義、って言ってる進歩的な知識人みたいな連中、自由精神ってやつは、こういうんだろうさ。</p>
<p>　「ちがいます、勝利したのは教会じゃないんです、民衆なんです！」ってね。</p>
<p>　そうだよ。そのとおりなんだよ。でも、だから問題なんだよ。</p>
<p>　だってさ、その民衆の勝利ってなにかよく考えてみなよ。オレの言い方では、「血が混じる」って過激な言い方になるんだけど、いまじゃさ、みんな平等ってことになったんだよ。主人も奴隷もないってことになってるんだ。これが民主主義だ、民衆の勝利だ、ってわけなんだ。けれど、この平等ってさ、ようするに、「力のある抜きんでた人間はよくない！」って価値なんだよ。だから同じなんだよ。毒が蔓延しちゃったんだ。あのユダヤの祭司連中から出てきて、それから、キリスト教の教会に受け継がれた「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」っていう価値評価がさ、すべての人に、民主主義っていう最終的なかたちをとって、いま広まってるんだよ。</p>
<p>　この価値評価、平等っていうのはさ、ユダヤ教の段階からあったんだけど、キリスト教がさ、それを広めたんだ。「神の前ではみな平等」ってやつをね。それで、宗教改革はこれを忠実に実行したよ。ローマの教会権力はおかしいってね。それでさ、つぎに、王権もおかしいってことになって、市民革命だよ。ほんとはみんな平等じゃないんですか、特別な権力をもった立場っておかしいんじゃないですか、ってわけなんだ。だからさ、「神の前ではみな平等」って思想が、ずっと、いまの民主主義、民衆の勝利までを生きつづけてるんだ。</p>
<p>　もちろんさ、自由精神は進歩的な顔をしたいだろうから、教会には批判的だよ。教会も近代化しなくちゃいかん、とか、旧体制の遺物だ、とか、教会の歴史的な役割は終わった、とか言うと思うんだ。でもさ、オレはわかってるよ。教会は嫌いでも、連中はやっぱりあの僧侶的価値評価、平等ってやつじたいは大好きなんだよ。だってさ、さっきも言ったように、自由精神が大事にしているあの民主主義じたいが、あの「神の前ではみな平等」って価値評価をもとにしてるからね。</p>
<p>　だから、自由精神は、教会は否定しても、教会のもっている価値評価は否定しないんだ。でも、この価値評価こそ問題なんだよ。僧侶的価値評価、奴隷道徳というものがいかに問題か、これから突っ込んで見ていくよ。</p>
</div>
<h4><a name="1_10">10</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　僧侶的価値評価、奴隷道徳っていうのは、恨みや妬みや反感、これは「ルサンチマン」っていうんだけど、そこから出てるんだ。でさ、ルサンチマンを抱いたら、すぐにわっと発散してしまえばいいと思うかもしれないけれど、ここで問題にする「ルサンチマンの人間」っていうのはなかなかそうもいかないんだ。このルサンチマンの人間っていうのは、いままで言ってきた「弱い者」のことだよ。こういう人たちは、ルサンチマンをため込んでしまうんだ。</p>
<p>　たとえば、ユダヤの祭司階級、ユダヤ民族、ローマ帝国に支配されている人びと、苦しい人びと、報われない人びと、貧しい人びと、それに、いまの時代でもなかなか自分に肯定感のない人、自分をみじめだと思っている人びと、いろいろ例をあげたらきりがないと思うんだけど、こういう弱い者、弱っている状態の人間のことを考えてみようよ。というか、うまくいっていないときの自分のことも考えてみようよ。</p>
<p>　こんな状態のとき、強い者、支配者、自己肯定感がある人、うまくいっている人のことが羨ましく思えるんじゃないかな。そう思って、自分も強い者になろうって、一念発起してがんばることもあると思うよ。でもさ、それが難しいことだってあるよ。たとえば、古代社会だったら、奴隷が主人になるなんてほとんど無理だよ。強大なローマ帝国にユダヤ民族はどう反抗したらいいんだよ。いまだって、うまくいかない経験ばかりが重なったら、他者や世界に働きかけて自分を肯定しようなんて考えることは難しいと思うよ。</p>
<p>　そうなると、ルサンチマンが自分のなかにどんどん溜まってくる。自分はそうなりたくてもなれないと思えば思うほど、強い者、支配者、自己肯定感がある人への気持ちは、羨ましさどころではなく、憎しみ、恨み、妬み、反感になってくるんだ。するとどういうことが起こるか？</p>
<p>　想像力がたくましくなるんだよ。強い者、支配者、自己肯定感がある人、うまくいっている人をまるっきり悪い存在、悪い敵、悪人としてつくりあげてしまうんだ。それでもって、「強い者は悪い！」とやるんだ。これは心のなかでやるんだよ。だから、想像上の復讐なんだ。心のなかで、強い者を攻撃することでルサンチマンを晴らして、この感情の埋め合わせをするんだ。</p>
<p>　だから、ルサンチマンの人間は、まず、自分が敵とみなす他者に「否定」を言うこと、「おまえは悪い！」、「あいつらはなんだ！」と言うことからはじめるんだ。</p>
<p>　でも、貴族的人間はこれとは逆だよ。貴族的人間っていうのはいままで言ってきた「強い者」のこと、自己肯定的な人間のことだよ。で、この貴族的人間は、まず、自分自身の存在に対して「然り」と言えるかどうかを問題にするんだ。「強い自分はよい」と言えること。この自己肯定のために、自分が敵とみなす他者が必要とされるんだ。敵と言うと、なんだか悪い存在のように思われるから、むしろ、ライバルと言ったほうがいいかもしれないね。現実に世界にはたらきかけて、行為して、強力なライバルと競って勝つことができれば、自分のよろこびも大きい。自己肯定感も大きくなるんだ。だから、貴族的人間は、自分のライバルに対して感謝することもできるんだよ。</p>
<p>　どんな時代でも、どんな人間でも、貴族的人間のように力強い生き方ができると思うんだ。けれども、いろいろな条件があって、人間はルサンチマンの人間にならざるをえない。古代社会なんてとくにそうだよ。でもさ、やっぱり、ルサンチマンの人間は批判しなくちゃならないんだ。そこには、なにか毒々しい不健康なものがあるんだ。</p>
<p>　たとえば、貴族的価値評価は「強い自分はよい、弱い者は自分より劣っている」というものだったよね。そこから、貴族的人間は、弱い者、平民や下層民を軽蔑することはあるんだ。けれども、貴族的人間には基本的に自己肯定感があるから、弱い者に対しては憐憫や思いやりといった好意的な気持ちがあるんだ。まあ、充実した人間は自分より劣っていると思われる人間に対して、余裕をもって接するんだよ。自分に余裕があるからこそ他者を思いやることができる。そんな感じかな。</p>
<p>　でも、ルサンチマンの人間にはそんな余裕なんてないんだ。自分を肯定できないからこそ、だと思うんだけれど、自分を肯定できているような者、強い者、支配者、うまくいっている者については、毒々しいまなざしを向けるんだ。ここで敵とみなされる者なんて、もう邪悪な存在それ自体になってるんだよ。</p>
<p>　ここで想像力がはたらくんだ。支配されている者にとっては、支配者なんてもう血も涙もない怪物みたいな存在に仕立て上げられるんだ。いまだってそうなんだよ。ルサンチマンの人間の不健康な想像力によって、勉強のできる子が「先生におべっかをつかっている性格の悪い子」にされたり、モテるヤツが「軟派」、モテる子が「アバズレ」にされたりする。</p>
<p>　それでさ、こうやって、自分の憎む相手を怪物にしたうえで、その怪物に比べればおとなしい自分は幸せだ、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」とやるんだ。「性格の悪い子より自分のほうがいい子」とか「軟派に比べて自分は硬派」とか「アバズレに比べて自分は清純」とかもそうだよ。</p>
<p>　でもさ、こういうやり方ってすごく自分勝手だよ。だってさ、みんな自分の想像で勝手に作り上げてるんだよ。相手を怪物にするのも、自分を幸せだとするのも、ぜんぜん根拠がないよ。自分の心のなかではそうなのかもしれないけれど、だれがどうやって確かめればいいのかな？　勝手な他者の歪曲と勝手な自己正当化だよ。</p>
<p>　貴族的人間はこんなことしないよ。自分できちんと他者や世界にかかわっていく能動的な人間なんだ。つまりさ、幸せというものは、ルサンチマンの人間のように心のなかでとりつくろうんじゃなくて、現実の他者や世界にかかわって行動することで得られると考えるんだ。苦しくてもライバルと競い合ったり、なかなか動かない人間関係や社会に向かってそれでもはたらきかけるとき、そうした行為を通じて、勝利したり、なんとか自分の力で動かせたと感じたときに、自己肯定やよろこびってものがあるんじゃないかな。</p>
<p>　でも、ルサンチマンの人間はそういう行動をしないんだ。受動的な人間なんだよ。幸せというものを、行動しないで得ようとするんだ。現実の他者や世界とかかわろうとしないんだよ。なるべく自分の外側にわずらわされずに、自分のなかだけで、他者を怪物に練り上げて、自分をすてきな存在にする。こうやって幸せをとりつくろうんだ。</p>
<p>　こうしたい気持ちはわかるよ。だって、現実の他者や世界にかかわるのは苦しいことだもん。でもさ、これって、ルサンチマンを大事に育てているようなもんなんだよ。想像上でのルサンチマンの埋め合わせって、ようするに、現実ではルサンチマンは解消されていないってことだよね。だからさ、ルサンチマンの人間は、憎しみや恨みや妬み、反感をずっと持ちつづけることになるんだ。こうして、心のなかにルサンチマンを隠し持って、復讐の機会を待ちながらも、それでいて、自分が敵とする者の前では自分を卑下するような、そんな抜け目ない人間が生まれるんだ。裏表のある人間になるんだよ。</p>
<p>　でも、これって、ルサンチマンの人間だって貴族的人間のように自分を肯定したいということなんじゃないかな。だって、いつの日か復讐してやる、というねじくれたかたちでも、やっぱり、ルサンチマンの人間も他者や世界にかかわりたいと思っているわけだから。だから、心のなかで、強い者を怪物にしたり、自分を正当化するのは自分に正直じゃないってことなんじゃないかな。</p>
<p>　貴族的人間は、自分に正直だよ。自分のより強く大きくなろうとする本能、これって力への意志っていうんだけど、それに忠実なんだ。苦しいけれど、他者や世界に立ち向かって、すぐに行為していくんだ。こうした人間は率直さや素朴さをもっているから、もし他者に対してルサンチマンをもったとしても、わっと現実の行為でもって発散するんだ。ルサンチマンの人間のように、憎しみや恨みや妬み、反感の感情をずっと持ちつづけるようなことにはならないんだよ。</p>
<p>　それにむしろ、貴族的人間は、より強く大きい自分となるために、自分と同等あるいはそれ以上の優れた敵、尊敬できる敵を求めさえするんだ。強力なライバルと争うことは苦しいよ。でも、貴族的人間はわかってるんだ。自己肯定や幸せ、よろこびというのは、苦しいものを乗り越えなければ得られない、ってことをね。</p>
<p>　それでさ、まとめとして言えば、ルサンチマンの人間の問題というのは、つぎのことをやる点にあるんだ。まず、「悪い敵」、「悪人」をねつ造して、つぎに、そういう怪物とは反対の「善人」を考え出して、さいごに、その善人こそ自分です、ってね。ここに、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」という価値評価の問題があるんだよ。この問題をつぎから細かく見ていくよ。</p>
</div>
<h4><a name="1_11">11</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　まずはさ、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」っていうのの、「強い者は悪い」から見ていこうよ。ここで、ルサンチマンの人間が「悪い」と呼んでいる者が誰なのかあらためて考えてみようよ。それって、貴族的人間、高貴な者、強力な者、支配者のことなんだよ。これって、かなり問題だよ。だってさ、貴族的人間は自分のことを「よい」と肯定する人間なんだよ。その肯定的な人間を、ルサンチマンの人間は「悪い」とするんだ。つまり、「よい」者たちは「悪い」者へと意味を変えられてしまうんだ。なんでこんなことが起こるんだろう？　つまり、ルサンチマンの人間の「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」という価値評価の「強い者は悪い」っていうのは、どういう理由で起こるんだろう？</p>
<p>　その理由は、被害者の意識というところにあるんだ。</p>
<p>　ここで、ちょっと歴史的な話をしてみるよ。征服民族、貴族的種族っていうのは、共同体内部でのことを考えたら、平和に暮らしてるんだよ。お互いの力のバランスがうまく保たれている。けれども、侵略を行ったりするとき、戦争の場合には、それまで共同体に閉じ込められた種族の力がわっと解き放たれるんだ。彼らはもう野獣のようにふるまうんだよ。でも、貴族的種族自身の視点から見れば、彼らはこのふるまいを誇るはずだよ。だって、この侵略こそ自分たちの存在を拡大し、自分に「よい」という自己肯定感を与えるものだからね。</p>
<p>　でも、侵略されたほうはたまったもんじゃないよ。野獣に蹂躙された被害者の目には、貴族的種族は「野蛮人」、「悪い敵」といった悪い存在にしか映らないよ。この被害者の視点が、「よい」者を「悪い」者に変えてしまうんだよ。</p>
<p>　起こったことは同じなんだ。侵略者の暴力があったんだよ。でも、視点がちがうんだ。貴族的人間はこれを英雄的な「よい」ふるまいだと誇り、被害者であるルサンチマンの人間はこれを冷酷で残忍な「悪い」ふるまいだと忌み嫌うんだ。</p>
<p>　いまはルサンチマンの人間の視点のほうが優勢で、あの貴族的種族のもっていた野獣のような恐ろしい本性を人間からなんとか取り除こう、人間を家畜に仕立て上げよう、とみんながんばっている。それが文化のやることだとも考えられているんだ。でも、それが有効なことなのかな。これって、人類を進歩させることではなくて、文化とは正反対の試みなんじゃないのかな。</p>
<p>　人間から恐ろしいものを取り除こうという方向よりも、人間を恐ろしいものにしたほうがいいんじゃないかな。だって、いま身のまわりを見てみると、恐ろしいものをもっている人間なんていなくなってしまったんだよ。そのかわり、おとなしくて、まあ、蛆虫のような人間がより高い人間のような顔をしている。これは問題じゃないかな。</p>
<p>　こういうのは過激な話かな。でもちゃんとした理由があるんだ。ちょっとまとめてみるよ。</p>
<p>　そもそも、貴族的種族の侵略ということは、どんなに野蛮なことに見えようと、より強くより大きくなろうとする力、力への意志のあらわれなんだ。だから、貴族的種族は自分の野獣のようなふるまいを「よい」と誇るんだよ。</p>
<p>　もちろん、そのふるまいに蹂躙された被害者の視点から見たら、このふるまいはたまったもんじゃないよ。自分は被害をこうむった、自分は傷つけられた、という意識からすれば、「よい」者は「悪い」者となるんだ。これは、「こんなわたしに誰がした？　オマエがした！」という非難でもあるんだ。</p>
<p>　いまだって同じだよ。</p>
<p>　これほど過激な例ではないけれど、たとえば、自分よりすごく勉強や仕事のできる人が目の前にあらわれたとする。この相手をライバルとして肯定的にとらえて、競い合うなら問題はないと思うよ。むしろ、それだったら強い者、貴族的人間になれるよ。でも、この相手のことを、それまでの自分のプライドをひどく傷つける憎むべき相手だと考えたとしようよ。</p>
<p>　そのとき、ルサンチマンの人間として、被害者の意識が生まれていると思うんだ。もちろん、勉強や仕事のできる当人のほうは自分を「よい」と誇っていると思うよ。だいたい、こういうとき、相手はこっちの気持ちなんか考えてないんだ。それで当然なんだよ。でも、プライドを傷つけられた被害者であるこっちとしては、「とんでもない！」ということになるよね。勉強や仕事のできる相手は「悪い！」、「自分が苦しんでいるのはオマエのせいなんだ！」となるんだよ。</p>
<p>　だから、被害者の意識なんだよ。「強い者は悪い」と言わせてるのは。</p>
<p>　それで、この被害者としてのルサンチマンの人間は、もっと先に進もうとするんだ。</p>
<p>　侵略者の力は侵略される側にとって恐ろしいよね。支配者の力も支配される側にとって恐ろしい。それから、勉強や仕事のできる人の力はそれに脅かされる人にとって恐ろしい。ルサンチマンの人間は、そういう恐ろしい力をなしにしようと望むんだ。これも被害者の視点からだよ。自分に被害をおよぼそうとする力、自分を傷つけようとする力をなしにしようとするんだ。苦しみの原因を絶とうってわけなんだよ。</p>
<p>　けれども、恐ろしいからといって、そうした力をなしにしていいのかな。だって、それをなしにすることは、人間からより強く大きくなろうとする力を奪うことになるんだよ。そうなったら、人間は、争い競うことなく、みんな同じ顔をした、それこそ差異のない平等な存在になってしまうんじゃないかな。</p>
<p>　ルサンチマンの人間はこうした人間を理想にしていると思うよ。でも、そもそも、人間から増大しようとする力を奪うことは可能なのかな。被害者の意識は、この恐ろしい力が発揮されないことを望むけれど、それは、それこそ想像上の願望じゃないかな。だって、征服者に征服しないこと、支配者に支配力をふるわないことを望めるのかな。勉強や仕事のできる人にそれをがんばらないことを望めるのかな。みんな平等なんてありえるんだろうか。</p>
<p>　こうした問題はつぎからじっくり見ていくよ。</p>
</div>
<h4><a name="1_12">12</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　ほんと、わるい空気だよ、いまの世のなか。「強い者は悪い、弱い者こそ善い」という価値評価が支配しちゃってるんだ。さっき見たけど、「強い者は悪い！」と言わせているのは、弱い者の強い者に対する被害者の意識だったよね。自分を傷つける恐ろしい強い者なんていなくなってほしいと思うし、みんな自分みたいに弱い者になってほしいと思うんだ。</p>
<p>　そんな弱い者の願望が実現しちゃったんだよ。いま、世のなかのどこを見まわしても強い者なんて見当たらないんだ。</p>
<p>　ほかのことならけっこういろいろ耐えられるんだけど、このわるい空気には、もう耐えられないよ。だからさ、こっちとしては、叫ぶしかないよ。「強い者をひと目みたい！」ってね。やっぱりさ、いくら恐ろしくても、強い者って大切なんだよ。自然な強くなろうとする欲望を発揮して、自分を肯定すること。それは人間の幸福だと思うんだ。</p>
<p>　いまはさ、もううんざりだよ。強く大きくなろうとする人物、抜きんでようとする人物があらわれないように、みんなで足を引っ張り合ってるんだ。人間はどんどん小さくなっているし、平均的になっている。みんなちょぼちょぼでいいってね。それこそ、「弱い者こそ善い」が一般的な価値になってしまったんだ。</p>
<p>　恐ろしい人間なんてもういないし、みんなどんどんルサンチマンの人間の言う意味で善くなっているんだよ。でも、これって、人間に対する愛や信頼をどんどん失っているってことじゃないかな。</p>
<p>　人間の強く大きくなろうとする力を否定するわけにはいかないんだ。その力は、競争や勝者と敗者を生むシビアなものだけれど、でも、同時に、この力なくしては人間の幸福やよろこびというものはないんだよ。だからさ、いまの状況は、人間を大切にしていないし、人間の可能性を信じてない。これは、人間に対する否定、ニヒリズムだと思うんだ。</p>
<p>　こんな状況でも、なんとか強い者にあらわれてほしい。それに、このルサンチマンの人間の価値評価が支配する時代に、たった一人でもそれにあらがって強く大きくなろうとする人間があらわれれば、そういう人間は、みんな一緒の塊としての人間ではなく、ほんとうの意味で個人だよ。その人間に、他の人もはげまされると思うんだ。強い者があらわれることは、人間に対するニヒリズムの時代から、人間を救いだすことになると思うんだ。</p>
</div>
<h4><a name="1_13">13</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　でもさ、なんで、弱い者の「強い者は悪い、弱い者こそ善い」という価値評価が世のなかを支配するようになったんだろう。「わるい空気」がなんで広まったか。その理由は、キリスト教道徳（奴隷道徳）の成立にあるんだ。</p>
<p>　ここで少し考えてみようよ。たとえば、「強い者は悪い、弱い者こそ善い」。こういうルサンチマンの価値評価は、それだけでは、弱い者がそう思ったり、そう言っているだけで、実際に世のなかを支配することなんてできないんだ。仔羊が猛禽にさ、「猛禽は悪い」と怨んだり、「自分たち仔羊こそ善い」と考えたとしても、それがとくに猛禽の行為をやめさせる力なんてもってないのと同じなんだ。</p>
<p>　だから、ルサンチマンの価値評価が勝利するには、弱い者の気持ちのレベルだけじゃだめなんだ。この価値評価がちゃんとしたシステムとして、人びとのあり方に広く浸透しなくちゃならないんだ。それがキリスト教道徳なんだ。</p>
<p>　キリスト教道徳は、弱い者のつぎのような推論からはじまる。強い者はほんとうは弱さも選択できたのではないか、自分たち弱い者はほんとうは強さも選択できたのではないか、ってね。弱い者は現実を否定したいんだ。恐ろしい強い者がいて、苦しく惨めな弱い者である自分がいる。こういう現実は、「ほんとは存在しなかったんじゃないか」、「ひょっとして別のふうにもありえたんじゃないか」と推論をはじめるんだ。</p>
<p>　この推論には意味がないよ。だって、あるがままの現実には、恐ろしい強い者がいて、苦しく惨めな弱い者である自分がいるわけだからかね。でも、弱い者は現実を否定したい。そこで、「主体」というものが信じられるようになるんだ。この主体への信仰がキリスト教道徳の核をつくっているんだよ。</p>
<p>　主体というのは、弱い者によってねつ造された原因みたいなものなんだ。強さも弱さも自由に選択できる主体があって、現実はその主体の結果だとするんだ。この発明は大きいよ。ルサンチマンの人間の「強い者は悪い」、「弱い者こそ善い」という価値評価が、いかにもそのとおりだと思わせるような理屈をもってしまうんだ。</p>
<p>　まず、弱い者の「強い者は悪い」という非難の言葉はさ、「自分を苦しめる強い者は悪い」ってたんに反感を意味するものじゃなくなるんだ。主体の理屈が入ると、「強い者が強いのは、ほんとうは弱さも選ぶことができたのに、強い者の主体が弱い者を苦しめる強さという悪を選択したから悪いんだ」となるんだ。強い者は、悪を選択した悪人、罪のある罪人にされてしまうんだよ。</p>
<p>　じゃあ、弱い者の「弱い自分こそ善い」のほうはどうなるだろう。これまでこの言葉は、「強い者の反対物としての弱い者である自分は善い」といっているだけで、理屈としてはおぼつかないものだったんだ。でも、主体の理屈が入ることによって、弱い者はかなり立派な善人になるんだよ。「弱い自分が弱いのは、ほんとうは強さも選ぶことができたのに、あえて自分の主体でもって強さを選ぶことにあらがって、弱さを選択した」となるんだ。</p>
<p>　現実にはさ、弱い者はぜんぜんよいわけじゃないよ。強くなりたくても強くなれない、ただ弱いだけなんだ。弱い者の弱さは、がんばって獲得した能力ではなく、たんなるみじめな現状なんだ。それなのに、主体の理屈を入れることで、弱い者は、自分の弱さをまるで自分の力で獲得した功績や徳のように偽ることができるんだ。</p>
<p>　こうした主体の理屈は、だれでもやっていることかもしれないね。たとえばさ、こんな場合を考えてみたらどうだろう。</p>
<p>　自分がうまくいっていないとき、うまくいっている人間にむかつくことってあるよ。勉強なり仕事なりでうまくいっていたり、モテていたり、など、うまくいっている連中のことが頭にくる。一方で、うまくいっていないみじめな自分自身をなんとか立派な人間だと考えたい。でもさ、これはまだ感情レベルのことなんだ。そこに主体の理屈を差し込むと、けっこうしっかりした自分の感情の正当化が可能になるんだよ。</p>
<p>　まず、うまくいっている連中については、こんなふうに悪人に仕上げることができる。「ほんとうはつつましく生きることもできたのに、人を傷つける成功という悪を選んだんだ、だから、うまくいっている連中は罪深き悪人なんだ」ってね。こうやって、うまくいっている連中への「強い者は悪い」っていう自分の非難の感情を正当化することができるんだ。</p>
<p>　一方で、うまくいっていない自分については、こんなふうに善人に仕上げることができる。「ほんとうはうまくいくこともできたのに、人を傷つけないつつましくうまくいかないことのほうを選んだんだ、うまくいっていない自分は功績のある善人なんだ」ってね。こうやって、うまくいっていない自分に「弱い自分は善い」と言える立派な理屈をつけて、正当化することができるんだ。</p>
<p>　くり返しになるけど、じっさいには、いいことなんてちっともないんだよ。うまくいっていないことはよくないことなんだ。みじめなことなんだ。でも、うまくいかない経験が積み重なると、自分にうまくいく可能性があるなんて信じられない。それでも自分をなんとか肯定しようとして、主体の理屈にすがるんだ。弱い者やうまくいっていないときの自分っていうのは、みじめな自分をなんとか救いたいと思うから、主体の理屈があるんだ。</p>
<p>　主体の理屈があると、強い者を悪人にして、たんなる自分の弱さは、つつましさや謙虚といった美徳に変えることができるんだ。仕事できるやつを競争社会の鬼にして、仕事できない自分を清らかな人間にすることもできる。モテるやつを欲望の塊にして、モテない自分を欲望に打ち勝つ硬派のヒーローにすることもできる。弱い者は、自分をなんとか守りたいんだよ。</p>
<p>　それに、キリスト教っていうのは、あまりいい方向とはいえないけれど、すごくよくできていて、ちゃんと弱い者がいつか救われる物語になっている。主体っていうのは不滅でもあるんだ。これは、魂の不死のことだよ。だってさ、弱いことが功績や徳だったら、弱い者は、ずっと弱いまま、もっと言えば、どんどん弱くならなくちゃならないんだ。そうしたら、そんな人間は、この現実ではけっして報われないよ。ずっと不幸だよ。だから、魂の不死が信じられるんだ。</p>
<p>　魂を不死である、とすることで、弱さを選んだ善人（弱い者）の主体には来世の幸福（浄福）が待っている、とできるんだ。これだったら、いくら現実で弱くみじめでもその苦しみに耐えられるよね。それに、魂が不死なら、強さを選んだ悪人（強い者）の主体には最後の審判における罰が待っている、とすることもできるんだ。これだったら、強い者に対する積年の恨みも未来で晴らせることになるよね。</p>
<p>　主体の不滅を信じることで、あの世というゴールで、弱い者の幸せと復讐の両方を信じることができるんだ。こうして、「強い者は悪い」という憎悪も発散することができるし、「弱い自分こそ善い」という自己肯定も可能になる。ルサンチマンの価値評価は、キリスト教道徳として、きちんと完成されるんだよ。このありさまをつぎの14節で詳しく見てみるよ。</p>
</div>
<h4><a name="1_14">14</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　まずはさ、主体への信仰が弱さを功績や徳とするんだから、キリスト教の理想は弱さを徳として積極的に追求することなんだ。</p>
<p>　ここでは、たんなる弱さでしかないものが徳に転換されるんだよ。たとえばさ、報復しないで無力でいることは「善良さ」だと言われたり、強い者に対して挑まずびくついていることは「謙虚さ」だとされたり、憎悪を抱く強い者に屈従することは「従順」と呼ばれたり、攻撃しないことは弱さや臆病であるはずなのに、それが「忍耐」になるんだ。</p>
<p>　有名な「汝の敵を愛せ」なんていうのもそうだよ。おかしなことなんだよ。これって、強い者に苦しめられることを、「自分の愛でもって敵を受け入れている」ってすることなんだよ。ほんとは弱い者はただ弱くて反撃できないだけなんだ。けれども、反撃できないことが、敵を受け入れる愛という徳になっている。</p>
<p>　それで、この考え方だと、いっそう敵から苦しめられることによっていっそう愛が増すんだから、さらなる暴力を受けることを求めることになるんだよ。まさに「右の頬をぶたれたら左の頬を差し出せ」だよ。<br />
ようするに、キリスト教道徳は、弱さを徳にして、どんどん弱くなることをめざすんだ。これはほとんど倒錯だよ。大変なことだよ。だってさ、これって進んで不幸になろうとする態度じゃない。</p>
<p>　でも、だからこそ、「貧しい者こそさいわいなり」があるんだ。キリスト教はよくできているんだよ。現世でがんばって弱さという徳を積むこと、これは普通に考えれば不幸な者となることだよ。だけど、キリスト教は、「そういう不幸な者には、神の国における幸福（浄福）が約束されている」とするんだ。だから、地上で幸福を享受している強い者よりも、未来の浄福を約束された弱い者のほうが、「より幸福」なんだよ。これを信じることで、弱さという徳を追求する者は、いくらこの世で不幸であっても大丈夫なんだ。</p>
<p>　けれども、それだけじゃないんだ。キリスト教には「最後の審判」もある。これは、地上で幸福を享受する強い者、弱い者に言わせれば、「強さを選んだ悪人」が罰をうける場面なんだ。このことを、キリスト教では「正義」とか「神の正義」と呼ぶんだよ。でも、この正義って、ふつうに考えれば、弱い者の強い者に対する報復だよね。</p>
<p>　ところが、キリスト教は、これを報復とは言わない。だって、キリスト教道徳っていうのは、弱さを徳とするんだよね。強くなろうとして自然な力を発散するような復讐はいけないんだ。だから、キリスト教は、「敵を憎まず、復讐せず、愛のうちに生きる」と言っていたりする。<br />
けれども、そうやってつつましく生きる先にある、最後の審判という場面って、弱い者の強い者に対する報復そのものなんじゃないかな。その場面の意味は、弱い者がこれまで憎しみつづけてきた強い者に復讐し、勝利することなんじゃないかな。これって、弱い者が、あれだけ自分自身で否定してきた、強さを求めることなんじゃないかな。じつは、弱い者も強い者になりたいと願っているんじゃないかな。</p>
<p>　ほんとはさ、キリスト教は、ひとつのまぼろしみたいなものだったと思うんだ。じっさいにあるのはずっと「強い者はよい」、「弱い者はわるい（劣悪）」という、貴族的人間の価値評価だけなんだと思うんだ。やっぱり人間は自然な欲望を発揮したい。強い者になって自己肯定したいと思ってきたはずなんだよ。</p>
<p>　なかなかうまくいかない弱い者のルサンチマンをもとにしたキリスト教は、貴族的人間の価値評価を反転させて、「強い者は悪い」、「弱い者は善い」とする壮大な物語をつくった。けれども、そのキリスト教だって、あの世で自分の強くなりたい思いを実現しようとしている。この点をつぎの15節で詳しく見ていくよ。</p>
</div>
<h4><a name="1_15">15</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　キリスト教道徳ってのはさ、現世ではどんなに苦しくても、「信仰、愛、希望」のうちに生きる、っていうけれど、なにを希望しているんだろう?　それってどんな信仰だろうか?　よく考えてみれば、キリスト教は愛の宗教なんて言えないんじゃないかな。</p>
<p>　まずはさ、キリスト教は弱さを追求しているように見えるけれど、じつは、最終的には強い者をやっつけて、いつかは勝利したいと思ってるんだ。最後の審判っていうのは、強い者への復讐の場面なんだ。だから、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」っていうのはほんとは欺瞞なんだよ。ほんとうにあるのはやっぱり「強い自分はよい」なんだ。キリスト教はそれを来世に延期しているだけなんだよ。</p>
<p>　来世で復讐を期待しているんだから、そこから、永遠の生命という考えが出てくるんだ。これは、弱い者だけじゃなくて、強い者にもなくちゃいけないよ。復讐の相手も来世にいなくてはいけないからね。</p>
<p>　けれども、ダンテもそう考えてたようだけど、みんながよく考えるように、善人（弱い者）は天国へ、悪人（強い者）は地獄へ、ってわけじゃないんだ。天国と地獄は別々にあるわけじゃないんだよ。キリスト教の天国っていうのは、トマス・アクィナスも言っているけれど、悪人が罰を受けて地獄の苦しみを味わっているのを、善人がそれを見てよろこぶ場面なんだ。善人も悪人も同じ場面にいなくちゃいけない。それが神の国なんだよ。だから、弱い者の浄福も強い者の最後の審判も神の国というひとつの場面で起こっているんだ。　</p>
<p>　テルトゥリアヌスはそれをものすごいスペクタクルで描いてるよ。コロッセウムのような場所で、異教の神やそれを信じる皇帝、ローマの地方総督や永遠の生命なんてないという哲学者たち、腕っ節の強い健康な肉体をもった戦車競走の馭者や槍投げ選手、そういった自分たち弱い者を苦しめる連中、現実の世界で強く楽しく生きてそうなうらやましい連中が、最後の審判の永遠の炎で焼かれているんだ。それを自分たちキリスト教徒は観客として見て楽しんでいる。これが浄福というわけなんだ。</p>
<p>　お互い永遠の命をもっているわけだから、強い者は永遠に苦しめられ、弱い者はその様子を永遠に楽しむことができる。神の国っていうのは、強い者にとっての永遠の地獄、弱い者にとっては永遠のこのうえない楽しい見世物なんだ。だから、テルトゥリアヌスはキリスト教徒に現世の見世物の快楽を禁止したんだよ。来世にはもっとものすごく楽しい見世物が待ってるんだから、ってね。</p>
<p>　キリスト教の「希望」っていうのは、こういう神の国での復讐のことなんだ。キリスト教の「信仰」ってなにかといえば、現実の世界で弱くみじめなままを生きて、想像のなかでこの神の国の復讐を思い描くことなんだ。だからさ、キリスト教っていうのは、「愛」の宗教じゃなくて、「憎悪」の宗教としかいえないところがあるんだよ。</p>
<p>　もちろんさ、神の国なんてまやかしなんだ。これはなかなか現実の世界でうまくいかない者のルサンチマンが創りだした想像上の産物なんだ。うまくいっているヤツは地獄の炎で焼かれろ、それを想像するのはなんてうれしいことなんだろう、ってね。</p>
<p>　ところでさ、テルトゥリアヌスは、イエスを辱めたユダヤ人が永遠の炎で焼かれるのを見るのがなによりうれしい、って言っている。キリスト教のなかには、ユダヤ人に対する憎悪がどこかあって、これがやっかいなんだ。</p>
<p>　テルトゥリアヌスの時代にはキリスト教とユダヤ教との対立があったんだ。もともとさ、キリスト教っていうのは、けっこう賢かったパウロが理論を与えて組織したユダヤ教の分派みたいなもんだよ。でもさ、こういう動きが出てくると、本家のユダヤ教としては面白くないよ。だから、ユダヤ教の側としては、この分派を攻撃したんだ。聖母マリアなんか淫売婦みたいなもんだ、イエスは母の姦通の末に生まれた子だ、とか言ってね。処女受胎なんかなかったし、イエスが神の子なんてとんでもない!　って言うんだ。</p>
<p>　でさ、テルトゥリアヌスとしては、「福音書」を引用して、こうしたユダヤ教の攻撃に対抗するんだ。あんたらが神の子イエスをユダから買ったんだ!　とかね。そもそも、福音書には、ユダヤ教勢力（律法学者のパリサイ派や神殿で祭祀を行うサドカイ派）への対決の姿勢があるんだ。</p>
<p>　なんでこんな物語ができあがったか考えてみる必要があると思うんだ。福音書はパウロの影響をうけてできたといわれてるけど、これはやっぱりパウロの発明だと思うんだよ。それはさ、『反キリスト者』って本に詳しく書いているけれど、自分の社会のなかの強い者に攻撃性を向ける、ってことなんだ。</p>
<p>　土台になってるのは、やはり、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」というルサンチマンの価値評価だよ。ユダヤ教はもちろんこれを土台にして「強い支配民族は悪い、弱いユダヤ民族こそ善い」という考えをつくりあげた。でも、そこ止まりなんだ。タキトゥスというローマ時代の歴史家が言っているけれど、ユダヤ人は自分の社会の外側には攻撃性を向けたけれど、内部では助け合い仲良くやっていたみたいなんだ。けれど、パウロは「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」を自分のユダヤ社会の内部に持ち込んだんだ。</p>
<p>　それはこういうことなんだ。ユダヤ教イエス派という新しい分派を立ち上げたとき、パウロたちはまだ弱い立場だったんだよ。このとき、ユダヤ社会のなかで強い者とは、すでに権力をもっているパリサイ派やサドカイ派だったんだ。だから、パウロは、この強い者たちを悪人とする物語をつくったんだ。神の子イエスを辱めたんだ、ってね。</p>
<p>　これがキリスト教のなかにある反ユダヤ的傾向のはじまりなんだ。もちろん、パウロはユダヤ人だったから、これがそのままユダヤ人憎悪には結びつかない。あくまでも憎悪はパリサイ派やサドカイ派に向けられている。けれども、この考え方のなかにある、自分の社会の内部の強い者を敵として攻撃する考えが、テルトゥリアヌスのユダヤ人憎悪やその神の国のイメージに受け継がれるんだ。「自分の社会のなかにいる強い者は悪い」。この内側に向かった攻撃性が問題なんだよ。</p>
<p>　テルトゥリアヌスの闘いの舞台はローマ帝国の内部なんだ。そこで、攻撃の矛先が真っ先に向けられるのが、ユダヤ人なんだよ。なんといっても本家だからね。ユダヤ人は、神の子イエスをけっして認めず、キリスト教を攻撃してくる強力な人びとなんだ。</p>
<p>　でも、他にも強い者たちがローマ帝国内にいるんだ。皇帝も役人も哲学者もいる。古代の文化に誇りをもってローマ人にも一目置かれていたギリシア人もいる。闘技場で戦う人のように腕っ節の強い連中もいる。</p>
<p>　福音書のなかで攻撃されているのはユダヤ社会内部の強い者だよ。テルトゥリアヌスの神の国のイメージは、ユダヤ人を筆頭に、ローマ帝国内部の「強い者はみな悪い」とするんだ。テルトゥリアヌスは、パウロが考え出した社会の内側の強い者に向けられた攻撃性を拡大したと言えるんだ。</p>
<p>　もちろん、テルトゥリアヌスの神の国のイメージは、想像上の復讐だよ。でも、結局、キリスト教はローマ帝国の国教になって、勝利するんだ。「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」というルサンチマンの価値評価は、「強い者はみな悪い、弱い者はみな善い」というかたちで、ローマ帝国全体を覆って、その内部に強い者をけっして認めない社会をつくって勝利するんだ。じつは、そのなかで甘い汁を吸ってたのは教会なんだけれど、それはさておき、神の前の万人の平等ってやつだよ。</p>
<p>　もっとも、ローマ帝国がキリスト教化したとき、ユダヤ人だけはキリスト教社会の内部の敵として残ってしまうんだ。ユダヤ人のほうはキリスト教を自分たちの社会の外部の敵としてしまうので、お互い相いれない構図が出来あがってしまう。</p>
<p>　お互いなかなか決着のつかない関係があるんだけれど、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」という価値評価をどれだけ広げるか、という点だったら、キリスト教のほうがユダヤ教よりすごかったんだ。やっぱりパウロかな。十字架の物語でユダヤ教の律法というしばりをなくしたのもそうだし、社会の内部に強い者を認めないという態度もそう。よくできてるんだよ。キリスト教があってはじめてルサンチマンの価値評価は勝利できたんだ。</p>
<p>　でも、キリスト教の勝利が全面的な勝利とはいえないんだ。キリスト教に支配された社会の内部から、「強い自分はよい」という価値評価の反乱も起こってくる。歴史っていうのは、貴族的価値評価とルサンチマンに根ざした僧侶的価値評価との相剋なんだと思うんだ。それをつぎに描いてみるよ。</p>
</div>
<h4><a name="1_16">16</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　そろそろ、話をまとめなきゃいけないね。「強い自分はよい、弱い者はわるい（劣っている）」という貴族的価値評価と「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」という僧侶的価値評価の対立はずっとつづいているんだ。これまで見てきたようなローマとキリスト教の戦いだけじゃないんだ。</p>
<p>　たとえば、いまなんてさ、僧侶的価値評価が優勢になって、強い者なんてどこにもいなくなってしまった。ほんとわるい空気だよ。でも、それでも、みんな一人ひとりのなかには、きっと僧侶的価値評価に対抗しようとする貴族的価値評価ってあると思うんだ。いまや戦いは一人ひとりの精神の場面で行われるんだよ。意識の高い人っていうのは、自分のなかに、どんどん自分を弱くしようとする道徳の抑圧に抵抗して、より自分を強く大きくしようとする力への意志がうずうずしてる、ってことを感じ取っているはずなんだ。</p>
<p>　けれども、こういう精神の場面での戦いの以前には、貴族的価値評価と僧侶的価値評価は、社会のなかで抗争していたんだ。ヨーロッパの歴史は、この抗争の歴史として考えられるんだ。歴史っていうのは、二つの価値評価の対立として考えられるんだよ。</p>
<p>　二つの価値評価のあいだの戦いは、象徴的にいえば「ローマ対ユダヤ、ユダヤ対ローマ」という標語でまとめることができるよ。いまは、まあ、ユダヤの勝利している時代かな。でも、そうはいっても、なにもユダヤ陰謀説みたいなことを言いたいわけじゃないんだ。問題にしたいのは、じっさいのローマ人やユダヤ人がどうこうではなくて、貴族的価値評価と僧侶的価値評価という価値評価の戦いなんだ。歴史はこの二つの価値評価の相剋として考えることができるんだよ。</p>
<p>　たとえばさ、歴史っていうのを、ゲームみたいに考えるのがいいと思うんだ。このゲームでは、プレイヤーはローマ側（貴族的価値評価）とユダヤ側（僧侶的価値評価）のどちらかに分かれるんだ。</p>
<p>　いちばん最初の古代ユダヤの段階では、プレイヤーは、ユダヤの戦士階級がローマ側、ユダヤの僧侶階級がユダヤ側になったと言えるだろうね。ここで勝つのは僧侶階級のほうだよ。ユダヤ民族全体が僧侶的価値評価を重んじるようになったんだ。</p>
<p>　つぎに、キリスト教が広まっていく段階では、プレイヤーは、ローマがローマ側、キリスト教がユダヤ側なんだ。ローマは「強い自分はよい、弱い者はわるい（劣っている）」という価値評価を全人類が認めるべき自然なものだと思っていた。けれども、キリスト教は「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」というまったく反対の価値評価を立てるわけだから、それはローマにとっては全人類に反抗する反自然なものに見えるよね。だから、ローマはキリスト教を迫害したんだ。これに対して、キリスト教は、『ヨハネ黙示録』で、ローマやローマ帝国が炎に焼かれるような陰惨なビジョンを描いて対抗したんだ。</p>
<p>　この戦いは、キリスト教のローマに対する勝利に終わるんだ。キリスト教には、これまで見てきたような巧みな道徳のシステムがあったからね。これでもって、ローマ帝国内で圧倒的多数の弱い者たちを組織してしまったんだ。こうなると、ローマの皇帝や上層階級もキリスト教を認めざるを得ず、やがて、ローマの国教とするんだ。ローマ帝国全体がキリスト教のもとに僧侶的価値評価の支配に入るんだから、ここでゲームはユダヤ側一色になるよね。</p>
<p>　でも、これでゲームが終わったわけではないんだ。ローマ側の反撃が起こってくる。なんでそうなるかっていえば、人間には強く大きくなろうとする力への意志っていうのがあるからなんだ。社会が僧侶的価値評価一色になればなるほど、それの抑圧をはねのけるように、力への意志にもとづく貴族的価値評価がよみがえってくるんだ。</p>
<p>　それがルネサンスという時代なんだよ。ルネサンスでは、なんと、ほんとうはユダヤ側であるはずの教会、ローマ教皇たちのほうがローマ側のプレイヤーになるんだ。この時代のローマ教皇たちなんてぜんぜんキリスト教的じゃないんだよ。ほとんど無神論なんだ。あの世の救済なんてそっちのけで、現実の欲望を追求するんだよ。教皇アレクサンドル6世の息子のチェーザレ・ボルジアなんて、もう戦国武将だね。血なまぐさい闘争にあけくれたんだ。戦士だよ。貴族的価値評価なんだよ。こうやって、ローマ教皇やそのまわりの人間たちが現実の欲望を追求することのなかで、芸術も奨励されて、あのすばらしいルネサンスの文化が花開いたんだ。</p>
<p>　けれども、僧侶的価値評価はだまっちゃいないんだ。宗教改革っていうのが出てくる。これが今度はユダヤ側のプレイヤーになるんだよ。ドイツという田舎からルターなんかが出てきて、ローマの都の教皇たちのことを、堕落だ、腐敗だ、強欲だ、って具合に非難するんだ。プロテスタントの登場だね。でも、これってどんな運動か、わかるよね。現実の生を謳歌する教皇たちに対して、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」ってやってるわけなんだ。ルサンチマンなんだよ。僧侶的価値評価なんだ。</p>
<p>　こんなふうに非難されて、ローマ教皇たちも大人しくなってしまうんだ。カトリックの側の改革が行われて、清貧、貞潔、従順の教会がまた復活する。こうなるとルネサンスも終わりだね。教会もまたユダヤ側のプレイヤーに収まってしまう。</p>
<p>　それでもまだ、ヨーロッパにはローマ側のプレイヤーが残っていたんだ。イギリスでは、清教徒革命や名誉革命というユダヤ側のプレイヤーが現れて、貴族制というのが骨抜きにされてしまったけれど、フランスではまだ貴族制が残っていたんだよ。フランスの貴族たちは、戦士のマッチョなイメージはないけれど、それでも、華麗な文化のなかで現実の生を謳歌していたといえるんだ。</p>
<p>　でも、そこでフランス革命だよ。もちろん、これがユダヤ側のプレイヤーだよ。貴族たちに対して、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」って攻撃して勝利したわけなんだ。ルサンチマンなんだよ。僧侶的価値評価なんだ。フランス革命は、多数者の特権と言って、いまの社会の悪い空気のもととなるような、平等主義、民主主義をやろうとした。これは、人びとの強く大きくなろうとする意志を押さえつけて、みんなを弱い者として平均化、凡庸化するような試みなんだ。</p>
<p>　ところが、そこでナポレオンだよ。ローマ側のプレイヤーの登場なんだ。皇帝になるなんて、ほとんど時代錯誤に見えたかもしれないけれど、この人は戦士だよ。貴族的価値評価の体現者なんだ。ナポレオンの遠征によって蹂躙された人びとにとってはとんでもない人でなしに見えるかもしれないけれど、人間の平均化、凡庸化を打ち破って、より強く大きくなろうとする人のモデル、超人とはそういうものなんだ。</p>
<p>　けれども、負けたよ、ナポレオンは。イギリスやドイツといった周りの国によって足を引っ張られ、滅ぼされてしまった。こうして、いまのヨーロッパがあるんだ。そのヨーロッパがどんな様子かもうわかるよね。悪い空気なんだ。僧侶的価値評価が優勢になって、どこにも強い者なんか見いだせないし、一人ひとりの内側の強く大きくなろうとする意志も道徳によってしっかり抑え込まれている。みんながユダヤ側のプレイヤーになっていると言えるかもしれないね。</p>
<p>　でも、これでゲームは終わったのかな。まだだよ。まだ終わっちゃいないんだ。さいしょに言っておいたよね。いまや戦いは一人ひとりの精神の場面で行われる、って。精神の場面では、道徳のひどい抑圧のなかでも、強く大きくなろうとする力への意志がうずうずしてるはずなんだ。この力を発揮するとき、みんなはローマ側のプレイヤーになれるはずだし、貴族的価値評価が復活するはずなんだ。価値転換というのは、精神の場面、一人ひとりの欲望のとらえ直しがきっかけになると思うんだよ。</p>
<p>　なんで、こういうことが言えるのか。それは、チェーザレ・ボルジアだって、ナポレオンだって、ローマの教会やフランス革命といった、ひどく抑圧の強いなかから現れたからなんだ。なにも彼らのように生きろってわけじゃないよ。英雄崇拝じゃないんだ。そうではなくて、こういう歴史上の人物を見てみると、どんなに抑圧が強くても、あるいは、抑圧が強ければ強いほど、強く大きくなろうとする力は発揮できる可能性があるってことがわかる、っていいたいんだ。</p>
<p>　大事なことは、英雄の真似をするってことじゃなくて、いま一人ひとりが、自分の欲望のあり方を見つめ直して、道徳に対する強く大きくなろうとする力へ意志からの戦いをはじめることなんだよ。これまで長々と歴史について語ってきたけれど、それはひとつの解釈にすぎないんだ。この解釈は、いまの精神の場面での戦いをはげますために描いてみたんだよ。</p>
</div>
<h4><a name="1_17">17</a></h4>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　というわけで、ナポレオンで貴族的価値評価が勝利して終わり、ってわけじゃないんだ。だって、ナポレオンはヨーロッパ中から足を引っ張られて負けたよね。いまは僧侶的価値評価が支配している時代だっていうことも、さんざん言ってきたよ。でもさ、問題は、じゃあどうしたらいいか、ってことなんだ。それはここまでたどってきたことだけからはわからないよね。ナポレオンの敗北のあとに、この民主主義の支配の時代に、貴族的価値評価を復活させよう、闘いを再び、なんて言っても、どうやってそれができるのかはまだわからないはずだよ。</p>
<p>　もちろん、これからこの問題にちゃんと答えを出すよ。貴族的価値評価の勝利というところで決着をつけるつもりなんだ。けれども、チェーザレ・ボルジアやナポレオンみたいな人物がまた現れることを期待すればいいって、そういう簡単な話じゃないんだ。だって、いまはもう内面の隅々に僧侶的価値評価が入り込んでいる時代だよ。問題は歴史上の英雄的な人物がどうこうではなく、みんなの内面にあるんだ。さっき、これからの闘いは精神の場面で行われるって言っておいたけれど、問題は、一人ひとりが自分のなかにうずうずしている力への意志をどう自覚するかってことなんだ。貴族的価値評価の復活はそういうかたちであらわれるはずなんだよ。</p>
<p>　だから、第二論文は内面の問題をやるよ。「良心」とはどういうものかを問うんだ。良心というと、きっとみんなは、道徳的な善悪を自分のなかに身につけていることだと思うよね。でも、そういうかたちではない良心もありうるはずなんだ。「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」っていう僧侶的価値評価に根ざした良心ではなく、「強い自分はよい、弱い者はわるい（劣っている）」っていう貴族的価値評価に根ざした良心がありうるはずなんだ。</p>
<p>　前に書いた『善悪の彼岸』っていう本の「善悪の彼岸」っていう意味は、僧侶的価値評価にもとづいた道徳的な善悪を超えて、っていう意味なんだ。それは、貴族的価値評価にむかって、っていう意味でもあるんだけどね。</p>
<p>　もちろん、貴族的価値評価にもとづく良心なんてイメージするのは難しいよね。それがわかりにくくなっているのは、みんなが僧侶的価値評価をすでに内面化してしまっているってことなんだ。だから、どういうかたちでそういう価値評価が内面化されていったのか、その歴史をたどるよ。それと同時に、貴族的価値評価にもとづく良心というものがちゃんとありうることも示すよ。</p>
<p>　ところでさ、僧侶的価値評価にがんじがらめになったこの時代に貴族的価値評価を復活させるというこのテーマを、抑圧からの欲望の解放というイメージでとらえないでほしいんだ。そういうたんなる欲望の解放だったら、良心なんて必要ないんだ。良心とは、ルールを内面化して自分の欲望をコントロールするという意味だよ。人間が人間であるということは、そういうルールを身につけているってことなんだ。良心は必要なんだ。それは強い者でも弱い者でも同じだよ。問題は、そのルールの身につけ方が自分を肯定するものであるのか、自分を否定するものであるのかってことなんだ。その意味で、自分を元気にする良心と自分を元気にしない良心がある。貴族的価値評価に根ざす良心と僧侶的価値評価に根ざす良心のちがいはここにあるんだ。</p>
<p>　だから、これから、人間がどうやって良心を身につけて人間となっていったのかを歴史的にたどりながら、その良心には、自分を元気にする良心と自分を元気にしない良心のふたつがあることを見ていくよ。</p>
</div>
<p><a rel="license" href="http://creativecommons.org/licenses/by-nc/2.1/jp/"><img alt="クリエイティブ・コモンズ・ライセンス" style="border-width:0" src="//i.creativecommons.org/l/by-nc/2.1/jp/88x31.png" /></a><br /><span xmlns:dct="http://purl.org/dc/terms/" href="http://purl.org/dc/dcmitype/Text" property="dct:title" rel="dct:type">“どうぞご自由に”レジュメ集</span> by <a xmlns:cc="http://creativecommons.org/ns#" href="/guzuguzu" property="cc:attributionName" rel="cc:attributionURL">石川輝吉</a> is licensed under a <a rel="license" href="http://creativecommons.org/licenses/by-nc/2.1/jp/">Creative Commons 表示 &#8211; 非営利 2.1 日本 License</a>.</p>
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 <title>ニーチェ『道徳の系譜』【詳細レジュメ】</title>
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 <pubDate>Thu, 22 Jan 2015 03:00:25 +0000</pubDate>
 <dc:creator>石川 輝吉</dc:creator>
 <category><![CDATA[哲学者・石川輝吉の、ちょっと「ぐずぐず」した感じ]]></category>
 <category><![CDATA[詳細レジュメ]]></category>
 <category><![CDATA[道徳の系譜]]></category>
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 <description><![CDATA[読書のお伴に。補足や解釈もかなり入ったものです。哲学書をじっさいに読んでみたい方、どうぞ。各節、最初の一段落は石川導入（リード）。そのあと、内容要約。“○”印以下は石川まとめ・補足コメントです。なお、ニーチェ原文は節番号 [...]]]></description>
 <content:encoded><![CDATA[<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">読書のお伴に。補足や解釈もかなり入ったものです。哲学書をじっさいに読んでみたい方、どうぞ。各節、最初の一段落は石川導入（リード）。そのあと、内容要約。“○”印以下は石川まとめ・補足コメントです。なお、ニーチェ原文は節番号のみのため、節タイトルは石川がつけました。<br />
翻訳テキストは、信太正三訳「道徳の系譜」（『<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4480080813/">善悪の彼岸／道徳の系譜　ニーチェ全集11</a>』、ちくま学芸文庫、1993年所収）。中山元訳『<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4334751857/">道徳の系譜学</a>』（光文社古典新訳文庫、2009年）も参照。<br />
独文テキストは以下のページを参照。<br />
「<a href="http://www.nietzsche.tv/genealogie-der-moral.html">Nietzsche.tv</a>」<br />
　→<a href="/guzuguzu/20120309_162250493927900.html">ニーチェ『道徳の系譜』【要約レジュメ】</a><br />
　→<a href="/guzuguzu/20120309_144707493927878.html">ニーチェ『道徳の系譜』【帰ってきたニーチェ】</a><br />
　→<a href="/guzuguzu/20120309_163933493927904.html">石川輝吉の“どうぞご自由に”レジュメ集について</a><br />
<span id="more-493927885"></span><br />
※レジュメは連載形式で公開していきます。2週間に1回程度の更新を予定しています。<br />
<a rel="license" href="http://creativecommons.org/licenses/by-nc/2.1/jp/"><img alt="クリエイティブ・コモンズ・ライセンス" style="border-width:0" src="//i.creativecommons.org/l/by-nc/2.1/jp/88x31.png" /></a><br /><span xmlns:dct="http://purl.org/dc/terms/" href="http://purl.org/dc/dcmitype/Text" property="dct:title" rel="dct:type">“どうぞご自由に”レジュメ集</span> by <a xmlns:cc="http://creativecommons.org/ns#" href="/guzuguzu" property="cc:attributionName" rel="cc:attributionURL">石川輝吉</a> is licensed under a <a rel="license" href="http://creativecommons.org/licenses/by-nc/2.1/jp/">Creative Commons 表示 &#8211; 非営利 2.1 日本 License</a>.</p>
<h3><a name="0_0">序言</a></h3>
<h4><a name="0_1">1　自己認識の問題</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　「われわれはわれわれにとって未知である。われわれ認識者、そのわれわれ自身が、われわれ自身にとって未知なのである」という一言ではじまる導入部。なかなかわかりにくい部分もあるが、ここでニーチェが使っている二つの比喩を中心にまとめると、言いたいことは以下のとおりのはず。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　ミツバチの生には巣箱という中心がある。そこに蜜という宝物が集められている。ところが、外に出てせっせと蜜を集めることに夢中になっているミツバチは、巣箱に宝物があることを忘れてしまっているように見える。これと同じようなことが、われわれにも起こっている。われわれの認識には自分自身という中心がある。知ることは、自分自身から発し、自分自身に知ったものを蓄えることだ。自分自身には宝物がある。だから、自分自身を知ることは、認識のなかでももっとも重要な認識であるはず。それなのに、われわれは外に出て知識を集めることに忙しくしているあまり、自分自身という中心を忘れ、自分自身について知ろうともしない。</p>
<p>　眠っていた人が、どこかで聞こえる時刻を告げる鐘の音で目覚める。目覚めてから、鐘は何回鳴ったかな？　と自問するのだけれど、その回数をまちがえる。これと同じようなことが自己認識にも起こっている。あるとき、ふと気づいて、自分が体験してきたことをふり返ったり、自分の生について考えたり、自分がいったいどういう存在なのか、と自分自身について問うこともある。けれども、そのとき、われわれはどうしてもおのれ自身を取り違えてしまう。</p>
<p>　したがって、「各人はそれぞれおのれ自身にもっとも遠い存在である」、「われわれにたいしては、われわれはけっして〈認識者〉ではない」ということが言えるだろう。</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足<br />
　ソクラテスの「汝自身を知れ」の昔から、哲学は、自分自身を知ること、自己認識だと言われている。だが、自己認識など誰もやっていないし、仮に試みたとしても自己をかならずつかみそこなう。だから、自己というのは永遠に認識されないものだ。これが大まかなこの節の内容。<br />
　後半の「自己の取り違え」という話は、つぎの節のテーマ、道徳的先入見の話につながる部分（取り違えの例が道徳時的先入見）と考えるとわかりやすいので、そこで見る。<br />
　なお、ここでのニーチェの力点は、自己認識は不可能、という点にあるが、この不可能ということの意味は、客観的で完全な認識としては自己認識は不可能、ということであるはず。じっさいニーチェは、つぎの節で述べられる「認識の根本意志」、「力への意志」を、仮説として、あるいは、自分の確信として、自分自身のあり方そのものと考えている。したがって、ニーチェは自己認識が可能だと考えているはず。</p>
</div>
<h4><a name="0_2">2　「認識の根本意志」という原理</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　ここはいきなり道徳的先入見の話からはじまる。唐突な感じもするが、前節とのつながりはつぎのとおりだろう。<br />
　自分自身について知ろうとしても人間は自分自身を取り違えてしまう。たとえば、あとで見る友人のパウル・レーやイギリスの哲学者たち、あるいはカントがそうしたように、自分の本質をいわゆる道徳的なものとするのがこの取り違え。しかし、じっさいはこうした道徳的なものとは先入見にすぎない。<br />
　この道徳的先入見とは、ここでは具体的に書かれていないが、たとえば、非利己主義的なもの（エゴイズムでないこと）や、利他主義的なもの（自分のためをさし置いて、世のため、人のため、みんなのためになにかをすること）を善いこととする考えを意味する。ようするに、自分の本質を非利己主義や利他主義に求めることは誤った自己認識だ、とニーチェはいいたいはず。本文の議論は以下のような展開。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　『道徳の系譜』は、道徳的先入見を問題にする。一般的には、非利己主義的なものや利他主義的なものを善いとするのは道徳の基本だと考えられているのだから、それを道徳的先入見として批判しようとするこの本は、論争の書だと言える。</p>
<p>　自分は、『人間的、あまりに人間的』（1878）を書いたころから、あるいは、それ以前からずっと、道徳的先入見の由来を解明しようとしてきた。いま、この由来についての思想は、ばらばらに生まれたのではなく、ひとつの共通の根底から、「認識の根本意志」から生まれてきた、ということを自分は確信している。この「認識の根本意志」という一本の樹にとって、そこから生まれる思想という果実がみなさんの口に合うかどうかはまったくかかわりのないことだ。</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足<br />
　まず、ここでははっきり述べられていない「認識の根本意志」とはなにかを考える必要がある。「認識の根本意志」とは「力への意志」とほぼ同じ意味。「力への意志」とは、簡単に言えば、あらゆる生きものは、より強く、大きく、元気になって、自分を肯定することをめざす意志をもっている、という根本仮説。ニーチェはこれを自分の哲学の土台にし、あらゆる批判が「力への意志」の観点からなされる。これをもとに議論を補足的に整理するとつぎのようになる。<br />
　「力への意志」は「いかに自分を、より強く、大きく、元気になって、自己の肯定をめざすことができるか？」と問いかけてくる。「力への意志」が真の意味で自己自身のあり方であるはずだ。この視点から見れば、自己のなかに非利己主義や利他主義を見つけ出して、自己の本質と考えるのは誤りだといえる。というのも、非利己主義や利他主義は自己の否定（無私無欲や自己犠牲）を意味するから（この点は序言、第5節、さらに本論、「第一論文」でまた論じられる）。<br />
　そもそも、自己否定的な、非利己主義や利他主義を道徳的に「善い」とするのは、まったくの先入見（根拠のない考え）だといえる。こうした道徳的先入見があるから、自己は非利己主義的なもの、利他主義的なものと取り違えられるのだ。だから、この先入見をまず批判しなくてはならない。そのためには、どうしてこの先入見が生まれたのか？　とその由来にまでさかのぼらなければならない。これはいままで自分がやってきたことでもあるが、いま、はっきりとつぎのことを確信している。<br />
　自分はいままで道徳的先入見の由来を問い、道徳に対する批判的な作業をさまざまなかたちでやってきた。ふり返ってよく考えてみると、それらはすべて、自分のなかにある「認識の根本意志」というひとつの根本原理によってうながされてやってきたことなのだ。この「認識の根本意志」こそ、より強く、大きく、元気になって、自分を肯定することをめざす「力への意志」だ。力強く元気になりたい気持ちにうながされ、自分はこれまでいろいろ道徳批判をくり返してきたのだ。この「力への意志」を認識の土台にしてのみ、いままでの自己認識は誤りだったと言うことができ、既存の道徳は先入見であると批判することができる。<br />
　かつてデカルトは、自らの哲学をあらゆる学問の基礎、第一哲学とした。第一哲学という根のもとに、諸学問という幹や枝があり、そこに知恵の果実が実る。ニーチェの場合、「認識の根本意志」、すなわち、「力への意志」という根本原理（樹）からさまざまな思想や批判（果実）が生まれている、という話になっている。</p>
</div>
<h4><a name="0_3">3　道徳の価値を問う</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　道徳は善悪、ものごとのよしあしとしてある。道徳はそもそも価値としてある。その価値について、さらに、「それは人間を力強く元気に生かす価値あるものなのかどうか？」と問われなくてはならい。だから、道徳の価値について、価値の価値について問うことが重要だ。こういった主張にニーチェは進んでいく。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　自分は幼いころからずっと道徳について気がかりで疑問をもってきた。それはほとんどアプリオリな（先天的な、生まれつきの）疑問だと言っていい。善と悪の起源について、13歳のとき、神が悪の起源ではないか、とさえ考えたほどだ。しかし、このように悪の起源を世界の背後に求めるようなことは早々と切り上げた（道徳の根拠は神にあるのではなく人間にある、とすぐにはっきりわかった）。</p>
<p>　その後、問題は「人間はいかなる条件のもとに善悪というあの価値判断を考えだしたか？　しかしてこれら価値判断それ自体はいかなる価値を有するか？」というものになった（価値の価値を問う）。この価値判断は、人間を成長させるものなのか？　成長をさまたげるものなのか？　生の充実のあらわれなのか？　生の貧困化のあらわれなのか？　こういうことが問題になって、自分はいろいろ答えを見出す試みをやってきた。そして、いま、道徳に秘められた意味がいよいよはっきりしてきた。</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足<br />
前半は、カントのアプリオリ（先験的、先天的とも訳される）というキーワードとからめたニーチェ自身の道徳に関する疑問の説明だが、カント自身の文脈はさておき、ここでのアプリオリな疑問とは、「自分はほとんど生まれつきと言っていいくらい道徳に疑問をもってきた」というほどの意味あい。<br />
　なお、この節には、これまたカントとからめて、その道徳哲学のキーワード、「定言命法」という言葉も使って、ニーチェは自身の道徳への疑問を説明している部分がある。簡単に言うと、カントは、人間はアプリオリに「それを行うことの利益などは考えず、とにかく、自分のよかれをみんなのよかれに一致させるように行為すべし！」という道徳的法則、自分のうちから道徳的行為を命令する声がある、と考えた。これがカントの「定言命法」。ニーチェはこれをひねって、自分のうちには、アプリオリに「それを問うことの利益などは考えず、とにかく、道徳には疑問を投げかけるべし！」と、道徳を疑うよう命令する、いわば非道徳な声がある、これが自分にとっての「定言命法」だ、としている。<br />
　とはいえ、この節で重要なのは、ニーチェが幼いころからずっと気がかりだった道徳への疑問が、既存の道徳の背景にある価値判断（なにを善いとし、なにを悪いとしたか）の価値（その価値判断じたいがよいのかわるのか）を問うものへと成長してきた、という点。<br />
このあたりの議論を整理してみるとつぎのようになる。道徳とは価値（よし、あし）としてある。ニーチェは既存の道徳の価値（いままでの善い悪い）の価値（その価値がよいのかわるいのか）を問題にしたい。もっと言えば、既存の道徳は「わるい」と批判したい。なぜ、「わるい」と言えるのか。その理由はつぎのように求められる。既存の道徳が成立した時点で、こういうものを「善い」としてこういうものを「悪い」とした、価値判断を見ることが重要だ。その場面にまでさかのぼって、そこにある価値判断を「わるい」と批判できれば、既存の道徳は「わるい」と言うことができるはず。<br />
　なお、既存の道徳が成立した時点の価値判断を「わるい」と言える根拠はどこにあるかと言えば、それが「力への意志」。人間を力強く元気にしないことを「善い」とする価値判断は、「力への意志」に照らせば「わるい」。「力への意志」は、道徳の価値、価値の価値、すなわち、価値のよし・あしを判断する基準になっている。</p>
</div>
<h4><a name="0_4">4　これまでも道徳の起源について考えてきた</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　ここはこれまでの著作の歩みを示して、『道徳の系譜』が自分の道徳批判の集大成だということを示す部分。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　既存の道徳はどのようにして成立したのか。この問題を考えるきっかけは、パウル・レー（1849‐1911）の『道徳的感情の起源』（1877）にあった。内容にはいちいち反対だったけれど、この本に触発されるように、自分も道徳の由来に関する仮説を、レーとはちがうかたちで独自に立てるようになった。もちろん、それはいまから考えれば明らかに未熟なものだ。けれど、『人間的、あまりに人間的』、とその続巻（『さまざまな意見と箴言』（1879）、『漂泊者とその影』（1880））、『曙光』（1981）といった本を読めば、『道徳の系譜』につながってくるようなテーマがあることがわかるだろう。</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足<br />
　ここでニーチェはパウル・レー（ルー・ザロメをめぐって三角関係のようになった、かつての友人）の『道徳的感情の起源』について言及している。レーは、イギリスの哲学者たちの考えを土台にこの本で道徳の起源を論じた。『道徳の系譜』はレーの『道徳的感情の起源』への批判という側面もある。ニーチェが「イギリスの道徳系譜学者」、「イギリスの心理学者」と言うとき、じつは、ほとんどレーを指していると考えてもいい。じっさい、『道徳の系譜』本論、「第一論文」のはじめで批判されている「イギリスの心理学者たちによる道徳の発生史」と言われるものは、ほぼ『道徳的感情の起源』でレーが展開したもの。この点はあとで詳しく見ることになる。<br />
　なお、この節で指摘されている過去の著作のテーマと『道徳の系譜』本論との対応はつぎのとおり。たとえば、『人間的、あまりに人間的』の貴族階級から生まれる道徳と奴隷階級から生まれる道徳の区別は、「第一論文」に受け継がれ、『漂泊者とその影』や『曙光』の正義の由来を同等の力をもつ者たちの均衡とした点は「第二論文」に受け継がれている。</p>
</div>
<h4><a name="0_5">5　同情道徳の問題</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　前節で、いままで自分は道徳の起源について考えてきた、と示したうえで、ここでは、いままで自分は道徳の価値（価値の価値）について問題にしてきた、という点が述べられる（主に、非利己的なもの、同情を「価値あり」、「善い」とするショーペンハウアーの道徳論が自己否定的な「わるい」ものとして問題にされる）。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　道徳の起源について仮説を考えていたころ、自分にとって重要だったのは、自分自身の仮説を立てることや他人の仮説ではなく、道徳の価値だった。この点について、若いころから読んできたショーペンハウアーと対決しなければならなかった。『人間的、あまりに人間的』はショーペンハウアー批判でもある。</p>
<p>　ショーペンハウアーは、非利己的なもの（非エゴイズム）、つまり、同情や自己否定や自己犠牲を、価値あるものとして、神聖化しさえした。こうして、彼は、生と自己自身に否を言うことになった。だから、同情や自己否定や自己犠牲こそ問題なのではないか。ショーペンハウアーのような考え方には、大いなる危険、生に逆らう病気がある。現代の哲学者たちが同情道徳を過大評価するのは、ヨーロッパ文化の不気味な病気のあらわれ、ニヒリズムへと通じる新しい動きなのではないか。というのも、かつての哲学者、プラトン、スピノザ、ラ・ロシュフーコー、カントらは、同情を軽視していたという点で一致していたからだ。</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足<br />
　ショーペンハウアーのように同情に価値を置く道徳というのは生と自己自身に否を言うようなものだ、ここに至って、ヨーロッパがいま直面しているニヒリズムという病気の徴候がはっきりとあらわれてきている、というのが主な主張。しかし、細かい文脈はなかなかわかりにくい。議論の背景を踏まえるとだいたいつぎのような話になっているはず。<br />
　たとえば、『意志と表象としての世界』のなかで、ショーペンハウアーは同情についてつぎのように考えている。人間には個体として生きんとする意志（欲望）があり、これがエゴイズムを生む。ここからあらゆる苦悩が生まれる。苦悩から脱け出すためには、意志とエゴイズムを否定しなければならない。同情はその試みだ。同情は、自他の区別をなくし、他人に対する無私無欲の愛、自分の生命を犠牲にする献身さえ可能にする。これは最高の善だ。<br />
　ニーチェはまず、『人間的、あまりに人間的』で、同情は、自他の区別をなくすことや無私無欲の愛ではなく、けっきょくのところ自分の欲望、「自己満足」だと批判する（断章番号103）。<br />
　いまここで、ニーチェは、ショーペンハウアーの同情道徳の理論に生（欲望）と自己自身（自己中心性）に対して否を言うこと（ニヒリズム）を見ている。ここにはつぎのような含みがあるはず。苦しみを与えるからと言って、人間が欲望や自己中心性を手放すことはけっしてできない。ショーペンハウアーのように、同情によってあたかも人間が欲望やエゴイズムから抜け出せるように考えるのは、ありもしない完全な理想状態から現実にあるものを否定する試みだ（なお、こうした理想主義の問題は『道徳の系譜』本論「第三論文」とかかわってくる）。<br />
　最後のほうで言われる四人の哲学者の同情軽視については以下のようなことが念頭に置かれているのだろう。『人間的、あまりに人間的』には、プラトンとラ・ロシュフーコーは、同情が「魂の力を弱める」と言っている、とある（断章番号50）。スピノザとカントについてはその正確な文脈は不明だが、スピノザが自己保存（コナトゥス）という原理を重視した点でショーペンハウアーのような自己をなくすような同情を認めていないこと、カントの道徳論は同情といった感性的な原理を認めていないこと、そういったことから、彼らは同情軽視の哲学者ということが言われているのかもしれない。</p>
</div>
<h4><a name="0_6">6　同情の批判から道徳全般の批判へ</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　前節で、道徳の価値を同情に置くこと（同情道徳）には、生と自己自身の否定がある、ということを見た。この問題を真剣に受け止めれば、これまでの道徳が善いとしてきたこと、ずっと当たり前とされてきた道徳の価値じたいが全般的に批判されねばならない、ということがわかってくるだろう、というのがここでのテーマ。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　同情や同情道徳の価値に関する問題は、さしあたって単に個別的な問題にすぎないように見える。しかし、この問題をこだわって問えば、道徳へのいっさいの信念がゆらぎ、「われわれは道徳的諸価値の批判を必要とする、これら諸価値の価値そのものがまずもって問われねばならぬ」という新しい要求が自覚されるはずだ。この問いに答えるためには、道徳的諸価値を生み、発展させてきた条件を知ることが重要になる。たとえば、道徳を生んだ病気、その病的な道徳がどんな害毒を生んでいるか、などを知らなければならない。</p>
<p>　こういう知識は、いままで求められもしなかった。そもそも、既存の道徳が価値あるものであることは、当たり前のこととして、なんの疑問もなく受け入れられてきた。この信念のなかで、善人は悪人より価値あるもの、善人は人間なるものを促進し、有益にし、実りあるものにする、と高く評価されてきた。こうしたことは疑われなかった。</p>
<p>しかし、善人が後退の徴候だったとしたらどうだろうか。道徳が、未来の力強い人間類型の可能性を犠牲にして、こじんまりとした現在の人間を生きのびさせようとするなにものかだったとしたらどうだろうか。道徳が危険のなかの危険だったとしたらどうだろうか。</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足<br />
　一般的に、同情は道徳的な感情とされる。これがどうも怪しい、とわかってくれば、わたしたちの道徳に関する信頼全体がゆらいでくる。このことを深く自覚すれば、問いは、ふだんは当たり前として、疑問にも思っていない道徳的な価値、道徳的に善いとされるもの全般の価値へと向けられるはず（これまで道徳的に善いとされてきたこと全般がよいのかわるのか、疑問になるはず）。<br />
　後半は「力への意志」の観点からの批判が見られる。補足しながらまとめるとつぎのようになる。道徳的に善人と呼ばれる人間のタイプとは、弱く、小さく、元気のない人間のあり方、そういう人間がつくりあげたねじくれた理想像かもしれない。これまでの道徳が、人間がより強く大きく元気になることをさまたげ、人間を弱く小さく元気のないままでとどめようとする試みなのかもしれない。道徳は人間にとって最大の危険かもしれない。<br />
　このように、ニーチェにならって、疑問形でまとめてみたが、もちろん、『道徳の系譜』、本論の目的は、それまでの道徳が危険であることを明らかにすることにある。</p>
</div>
<h4><a name="0_7">7　道徳の系譜学の方法</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　ここでは、レーの方法との対比のうえで、自分のこれからやる道徳批判、道徳の系譜学の方法を輪郭づける。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　もっとも危険な道徳というもの、それを全般的に批判しようと思ってから、この大きくだれもやったことのない試みをいっしょにやる仲間を求めてきたし、いまも求めている。かつて、レーもその仲間のひとりだった。しかし、レーのとった方法は正しいものではなかった。レーはイギリス的仮説に陥ってしまっている。</p>
<p>　真の道徳の歴史（真の道徳の系譜学、真の道徳の由来を問う試み）は、「典拠をあげうる事実、現実に確証できる事柄、実際にあった事実」、「人間の道徳的過去の永い判読の困難な象形文字の全体」をもとにしなければならない（人類の歴史をもとに道徳の由来を問わなくてはならない）。</p>
<p>　レーはこの方法とはちがい、ダーウィンの進化論（適者生存の法則、動物学）を採用した。レーの道徳論には、ダーウィン式の野獣と、もはや噛みつきはしないつつましやかな道徳的優男（道徳的に甘い人間）が混在している。この道徳的優男は、道徳の問題をまじめにとるなんてまったく無駄だ、といわんばかりのペシミズムを漂わせている。</p>
<p>　自分はレーとは逆だ。道徳の問題ほど、まじめに考える骨折り甲斐のあることはない。まじめに考えれば、いつか道徳の問題を晴れやかに取り扱うことができる。その晴れやかさ、悦ばしき知識が、骨折りの報いだ。もちろん、道徳の問題をまじめに考えるのは大変な作業だ。けれど、いつの日か、心の底から、古い道徳は喜劇だった、そこから先に進め！　と言える日が来るはず。そのとき、永遠の喜劇詩人であるディオニュソスは、これを利用するだろう（自分たちを苦しめてきたこれまでの道徳、その意味をはっきりさせることができれば、苦しい過去をそれはそれとして笑うべきものとして受け止め、そこから先に進むことができるはず。このことは、苦しみにもかかわらずこの生を肯定しようとするディオニュソス的態度に通じる、といった感じか）。</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足<br />
　ここでのレーの文脈はわかりにくい。レーの「イギリス的」なところは「第一論文」のはじめに見るとして、ここではダーウィンからの影響とニーチェとの考え方のちがいについて追ってみる。<br />
　レーの『道徳的感情の起源』は、道徳の起源を問う道徳の系譜学ではあるけれど、基本的に、人間は猿から進化した、と進化論を採用している。人間の虚栄心の由来を、孔雀の雄が羽の美しさを競って適者生存をはかる本能から説明したりしている。<br />
　ニーチェは進化論や適者生存の仮説にはまったく反対の立場をとっている。これまでの道徳は、生存に適さない生きる力の弱い者たちが自分より力の強い者を抑えつけるところから生まれている、だから、現実にあるのは、進化どころか退化、適者生存ところか不適者生存だ、といった立場だ。<br />
　なぜ、ニーチェがこういう考えになっているかと言えば、道徳の価値を問い、これまでの道徳は、人間を強く大きく元気に生かさないわるいもの、とする観点があるから。ここにレーとのちがいがある。レーは道徳の価値は問わない。『道徳的感情の起源』は、非利己的なもの（非エゴイズム）を善いとする道徳は習慣によって獲得されたもの、と言うだけで（たんに起源論を展開するだけで）、その道徳じたいがよいのかわるいのか、そこが問われていない。だから、ニーチェはレーを道徳に甘い（道徳的優男）と言うのだと思う。同時に、既存の道徳をわるいものとして批判したうえで、では、人間を力強く元気にする考え方とはなにか、と問うニーチェにとって、そういう先に進もうとする積極的な問いのないレーは、ペシミズム（悲観的で消極的な態度）ということになるはず。<br />
　ニーチェの系譜学の方法は、進化論や適者生存の理論ではなく、人類の歴史から考える方法。具体的には、キリスト教道徳の発生史をもとに道徳の系譜学が展開される。ここでニーチェは、この方法が「典拠をあげうる事実、現実に確証できる事柄、実際にあった事実」である点を強調している。このように実証性や事実性のようなものが強調されているのは、おそらく、ふだん人が目をつぶって見ようともしない、人類の醜い歴史、力の弱い者たちが力の強い者を妬むありよう（ルサンチマン）や、そこからねじくれた価値が生み出されるありようを直視して、そのまま取り出して描いてみせよう、という意味で強調されているのだろう。<br />
　そもそも、ニーチェにとって、道徳の系譜学は実証的な研究、歴史的事実の客観的な研究ではないはず。人類の道徳的過去といったものは「判読の困難な象形文字の全体」であって、それを「認識の根本意志」、「人間を強く大きく元気にするかどうか？」という「力への意志」の観点から解釈する、というのがニーチェの系譜学のかまえであるはず。『道徳の系譜』は、道徳の価値を問うニーチェの問題意識から解釈された道徳の歴史、と考えるのがいいと思う。</p>
</div>
<h4><a name="0_8">8　いままでの著作に比べてわかりやすいはず</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　『道徳の系譜』がいままでの自分の著作の解釈（解説）の書としての性格をもっている点を述べて、序言の最後とする。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　『道徳の系譜』というこの本は理解するのが難しいかもしれない。けれども、すでに自分の著作をいくつか読んでくれた人には、けっこうわかりやすいはず。じつをいえば、自分の以前の著作は近づきがたさをもっている。たとえば、『ツァラトゥストラ』はその一語一語に深く傷ついたり魅せられたりすることがなかったら精通することができないようになっているし、なんといっても、アフォリズムという表現形式が解釈を必要とする難しい書き方だ。だから、この『道徳の系譜』の「第三論文」は、冒頭に『ツァラトゥストラ』からひとつのアフォリズムを載せて、論文そのものがそのアフォリズムの解釈にもなっている。これは自分の本の解釈の実例だ。このように解釈しながら読むことに習練するためには、牛のように反芻すること（何度も行きつ戻りつしてテキストを読み返すこと）が必要だ。</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>◯石川まとめ・補足<br />
『ツァラトゥストラ』の解説書が、前作『善悪の彼岸』（1886）。『善悪の彼岸』の解説書が『道徳の系譜』という位置づけ。ここで論文形式を選び、それまで詩的で断片的なアフォリズム形式で伝えてきたことを、自ら「こういう意味があるんだ」と解釈し、説明しようとするところに、自分の哲学をなんとか伝えようとするニーチェの努力がうかがえる。</p>
</div>
<h3><a name="1_0">第一論文　「善と悪」、「よい（優良）とわるい（劣悪）」</a></h3>
<h4><a name="1_1">1　イギリスの心理学者たち</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　書き出しで登場する「イギリスの心理学者たち」とは誰を意味するか、そこが具体的によくわからないため、とても意味の取りづらい一節。これについてはあとで説明する。とりあえずは、この節の内容を以下のように整理してみる。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　これまで道徳の発生史という試みを行ってきたのは「イギリスの心理学者たち」だけであった。しかし、その彼ら自身からしてなかなか興味深い。彼らは、ひたすらわれわれの内部世界に（習慣の惰力、健忘、観念の連結や仕組みのうちに、受動的なもの、自動的なもの、反射的なもの、分子的なもののうちに）真に活動的なものを求めようとしている。</p>
<p>　道徳の起源をこうした方向に求めるのは、陰険で下劣な人間卑小化の本性か？　厭世主義的な猜疑か？　幻滅した理想主義か？　キリスト教に対する敵意だろうか？　こういう人間の内へ跳びこむような試みは、生の力の弱まりである老いぼれや退屈している者に限ってのことだと言われるが、私としてはそういう意見には反対だ。イギリスの心理学者たちは、それがあるがままの醜悪で厭らしい非キリスト教的で不道徳な真理であっても、真理というものを勇敢に追究していたと願いたい。</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足<br />
　「イギリスの心理学者たち」は誰を意味するか。つぎの節で批判されるこの「イギリスの心理学者たち」の道徳の発生史は、ほぼ、パウル・レーが『道徳的感情の起源』で展開したもの。このことを考え合わせると、どうもニーチェは、「イギリスの心理学者たち」という言い方で、レーを批判したいようだ。レーの道徳起源説にはさまざまなかたちでイギリスの哲学者たちの考え方が入り込んでいる。そのため、「イギリスの心理学者たち」という表現は、イギリスの哲学者の特定の誰かを直接意味するのではなく、ニーチェにとって、さまざまなイギリスの哲学者たちの考え方の寄せ集めに見えた、レーの道徳起源説と、そこから見たイギリス的傾向全般と考えたほうがいいようだ。</p>
<p>　そこで、レーの説とそれへのイギリス哲学からの影響を見ておく必要があるだろう。これはつぎの節でニーチェ自身がまとめていることでもあるけれど、レーは、以下のような道徳起源説を展開した（『道徳的感情の起源』、「第1章　善悪の概念の起源」および「第2章　良心の起源」）。</p>
<p>　もともと、人を気づかう行為には「善い」という価値が与えられていなかった。ある時、それが社会的に「有益だ」と人びとに賞讃されたのをきっかけに、「人のため」＝「善い」という「観念連合」が生まれ、この結びつきが何世代にもわたって受け継がれるようになった。「世のため、人のため」という非利己的道徳、利他的道徳というのは、時間を通じた経験、「習慣」によって獲得されたものだ。しかし、いまの人びとは、そもそもそれが社会的な利益や人びとの賞讃に基づいていたという由来を忘れ、「他人のため」＝「善い」と当たり前のように考えている。</p>
<p>　ここでレーの言う「観念連合」とは、心のなかの観念間の結びつきのこと。これは、主な名前をあげれば、ロック（1632‐1704）、ヒューム（1711‐1776）、ベンサム（1748‐1832）、Ｊ・Ｓ・ミル（1806‐1873　※以下“ミル”と表記）まで受け継がれるイギリス哲学伝統の考え方（レーはミルの『論理学体系』における観念連合説を引用している）。イギリス哲学は、この観念連合のように、心のなかの観念の分析を方法とする。だから、しばしば「心理学」と呼ばれる。また、「有益」、つまり、「功利」を道徳の基礎に置くレーの考え方は、ヒュームの道徳論（『道徳原理研究』）やベンサムやミルの功利主義からの影響だと思われるし、「習慣」はヒュームのキーワード。とにかく、レーのイギリス哲学からの影響は非常に大きい。</p>
<p>　こうしたことを踏まえて、本文の内容をまとめると以下のようになる。</p>
<p>　前半はイギリス哲学（レーの道徳起源説）の特徴づけ。すでに見たように、習慣、忘却（道徳発生の経緯を忘れる）、観念連合などはレーの説のなかにある（「忘却」については、レーの説の特徴だと言えそう）。なお、受動的、自動的、反射的、分子的云々については、とくにレーが強調しているわけではないが、たとえばヒュームが、心のなかの観念の運動を物理的な運動と考えている点（ニュートンの万有引力の法則の影響）を考えると、観念連合をさらに詳しく言っている部分だと思われる。</p>
<p>　後半はニーチェによるイギリス哲学（レーの道徳起源説）の評価。批判しているのか、評価しているのか、よくわからない書き方をしているが、ここでは、レーの説が、ふだん人間が見ないようにしている心のうちに飛び込んでいる点（「序言」で見たように、自分自身を知ろうと試みている点）が一定評価されているようだ。しかし、あとの批判を考え合わせると、ニーチェとしては、これは自己認識の試みだったけれど、根本的に真理を捉えそこなっている、というのが本音だろう（これは「序言」で見た、自己認識の誤りを意味する）。</p>
<p>　なお、すでにヒュームの時代から、イギリスの哲学は道徳の根拠を神に求めない傾向があった。レーの道徳起源説も非キリスト教的。この点についてニーチェは賛成のはず。ニーチェの批判は、むしろ、イギリスの心理学者たち（レー）の道徳起源説は、これまでの道徳のあり方（非利己主義、利他主義）をただ追認しているにすぎない点に向けられている（これはつぎの節から論じられている）。</p>
</div>
<h4><a name="1_2">2　「よい」の根拠は貴族的価値評価</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　レーの道徳起源説を要約したうえで、それを批判しつつ、ニーチェが自身の道徳起源説を展開しはじめる部分。まとめると以下のようになる。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　イギリスの心理学者たちには「歴史的精神」が欠けていた。その道徳の系譜学のお粗末さかげんは、「よい」の起源をどう考えたかでよくわかる。彼らは、「よい」の起源を非利己的行為と結びつけて、つぎのように考える。</p>
<p>　非利己的行為は、その行為をしてもらって利益を受けた人びとから賞賛されて、「よい」と呼ばれた。この起源が忘れられ、非利己的行為は習慣的に「よい」と呼ばれるようになり、その行為自体が「よいもの」であるかのように感じられるようになった。</p>
<p>　これはいかにもイギリスの心理学者らしい特徴だ。「功利」、「忘却」、「習慣」、そして「錯覚」などは、これまであたかも高級な人間の価値観のようにみなされてきたが、こうした価値評価は無価値にされなくてはならない。</p>
<p>　そもそも、「よい」という判断は、「よいこと」をしてもらう人びとからおこるのではない！　その起源は「よい人」たち自身にある。「よい」という判断は、「高貴な者たち」、「強力な者たち」、「高位の者たち」が「低級な者」、「下劣な者」、「野卑な者」に自分を対比して、自分自身や自己の行為を「よい」と感じ「よい」と評価することに起源をもつ。この距離のパトス（距離の感情、いわば優越感）によって、彼らはさまざまな価値をつくりだし、なにがよいかわるいかを決める権利を得ることができた。彼らには功利など眼中になく、順位を決めることが重要だった。低級な種族、つまり、下層者に対する高級な支配種族の持続的・優越的な全体感情と根本感情、これこそが「よい」（gutグート→優良）と「わるい」（schlechtシュレヒト→劣悪）との対立の起源だ。</p>
<p>　言葉の起源も同様で、「よい」という語は支配者の自分自身の力の表示としてある。だから、「よい」という語は、はじめから相手を気づかうような非利己的行為と結びついているわけではない。「利己的」と「非利己的」という対立が人間の良心に押しつけられるようになるのは、貴族的価値判断が没落してからだ。この対立をもとに「畜群本能」が饒舌になり、この本能が支配的になると、この対立に道徳的価値評価がくっつき、「道徳的」＝「非利己的」＝「無私無欲」という固定観念が生まれる。</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足<br />
　この節のポイントは、「よい」という価値の根拠はどこにあるか、ということにある。ニーチェの書き方は、歴史的な観点から論じられる起源論（むかしはこうだった）だが、そこには、価値の本質の追求（ニーチェの時代、現代の私たちにとっても、納得できるような価値の原理の追求）がある。だから、ニーチェの使う「起源」という語は、過去にあった価値のはじまり、とだけ考えるよりも、いまの私たちもそこから価値を考えることができる「根拠」としても考えたほうがいい。</p>
<p>　イギリスの心理学者たち（レー）は、非利己主義、利他主義といったこれまでの道徳（価値）の根拠を「人びとの利益」、「人びとからの賞讃」に求める。つまり、「よい」の根拠を他者に置いている。「よい」の根拠を他者とすること。これこそ、これまでの道徳、非利己主義、利他主義、「世のため、人のため」の本質だといえる。イギリスの心理学者たち（レー）は、この本質を取り出してはいるものの、そのよしあしを問わない。彼らは、これまでの道徳を追認しているにすぎない。</p>
<p>　ニーチェに言わせれば、これまでの道徳というのは、他者の「よい」を根拠に、なかば暴力的に、自己否定を強いるようなものだ（人びとのよしとするもの、社会のよしとするもの、親のよしとするもののために自分を棄てよ）。これをひっくり返さなくてはならない。そこで、「よい」の根拠とは、「よいこと」をしてもらう人びとからではなく「よい人」たち自身である、とされる。ようするに、「よい」の根拠は、自分の外側から聞こえてくる他者たちの「よい」という声にではなく、自己自身のほうから湧き上がってくる「よい」と肯定する声にある。この肯定の言葉は、たんにいろいろな対象に対して「よい」とするのではなく、自己の存在の肯定という中心をもっている。ニーチェによれば、自己の存在を「よい」と自分から感じることができる者が、さまざまなものの価値を指定できる。「よい」という価値の根拠は究極的には自己肯定感にある。</p>
<p>　この自己肯定感は、他者に対する自分の優越感（距離のパトス）としてある。たとえば、古代社会の支配者である「高貴な者たち」、「強力な者たち」、「高位の者たち」は、被支配者である「低級な者」、「下劣な者」、「野卑な者」と比較して、自分自身や自分の行為を「よい」と評価していた。</p>
<p>　この優越感の意味は、高貴な者たちのあり方が、たんに功利を求める（苦を避け、快を求める）といったなまやさしいものではなかった点からはっきりする。彼らは戦士として戦った。戦いは、人間のランクをめぐる厳しい競争でもあった。つねに死という苦痛を乗り越えて戦いつづけた者たちが支配者となり、死を恐れて戦うのをやめた者が被支配者となったのだった。</p>
<p>　だから、高貴な者たちの優越感は、自分自身で行為して、他の者がなかなか乗り越えられない苦しいことの克服に由来している（もともと身分があってそれが優越感をもたらしたのではなく、他にぬきんでた戦士の行為があって、そののちに彼らの社会的身分が決まった）。この優越感が、「よい」（優良→自分は苦しいことを克服した他に卓越したよい存在だ）と「わるい」（劣悪→苦しいことを克服できない者たちは自分から見て劣っている）という貴族的価値評価の内実となっている。</p>
<p>　このような優越感を「よい」の根拠にする理論は、利己的なもの（エゴイズム）ではないか、という批判があるかもしれない。しかし、利己的＝悪、非利己的＝善といういわゆる道徳的な対立は、貴族的価値評価が没落してからあらわれたものだ。自分の優越感を「よい」とするのは、なんら悪ではなく、むしろ人間の生の肯定の核になっている。にもかかわらず、これを悪とするのは、「道徳的」＝「非利己的」＝「無私無欲」＝善とする価値評価の構図、つまり、「道徳的先入見」にすでに毒されている証拠だ。</p>
<p>　以下は、本文からは派生的なことだが、ここでの自己肯定を「価値の創造」とからめて考えてみた。</p>
<p>　ニーチェは、自己肯定感を他者に対する優越感として取り出しているが、そこには「価値の創造」ということも深くかかわっているはず。</p>
<p>　そもそも、ニーチェの哲学は、自己肯定、自分の生を肯定すること、という中心をもっている（『ツァラトゥストラ』、「幻影と謎」など）。自分自身のよろこびの感情、自分自身について「よい」と言えること、この自己肯定感がどう得られるかがニーチェにとって重要なテーマだった。</p>
<p>　じつは、これまでの道徳、他者たちの「よし」とすることだけに従っていても自己肯定感が得られることがある。これまでの道徳は、すでに一般的に承認され、他者たちに共有された価値になっている。この既存の価値に従い、たとえば、自分を否定してでも「世のため、人のため」に尽くすことで、かえって、他者たちに認められ、自己肯定感を得る、ということがある。ニーチェはこうした自己肯定のあり方はおかしいと考える。</p>
<p>　そこで、ニーチェは「価値の創造」を通じた自己肯定というものを考える。それはつぎのようなものだ。これまでの道徳、一般的な他者たちの「よし」とすることにあらがいながら、自分自身から試みて、新しい価値や生き方をつくりだした者にやってくる自己肯定感、この誇りの感情こそが真の意味での自己肯定、「よい」という価値の根拠だ。</p>
<p>　価値の創造は既存の価値に対立することになる。だから、努力と戦いが必要となる。古代社会の「高貴な者たち」、「強力な者たち」、「高位の者たち」といった戦士のイメージも、おそらく、ニーチェにとっては、価値の創造者として自己を肯定する者を意味している（「超人」といってもいい）。</p>
<p>　ニーチェにとって、自己肯定感とは、他者に対して自分が優れているという「自己賛美」、「優越感」としてある（『善悪の彼岸』、断章番号260）。「よい」の根拠であるこの優越感のなかには、たんに戦いにおいて他者との競争に勝った、という感覚だけではなく、自分は、他者たちとはちがい、自分自身で新しい価値を創造したんだという、自負の感覚も含まれていると思われる。</p>
<p>　既存の価値に対立しながら新しい価値を創造する試みは、厳しいものになる。たとえば、高貴な者たちには利益や功利の追求といった「微温的な情感」は眼中にない、とニーチェがここでいうとき、そこには価値の創造の厳しさを見ることができる。イギリスの心理学者たちでもある功利主義の代表的な哲学者、ベンサムやミルは、簡単にいうと、功利の概念を「快を求め、苦を避けること」と考えている（ベンサム『道徳および立法の諸原理序説』、「第一章　功利性の原理について」、ミル『功利主義論』、「第二章　功利主義とは何か」）。一方、ニーチェは「快を求め、苦を避けること」では「力の感情」、つまり、真の意味での自己肯定は得られないと考えている（『善悪の彼岸』、断章番号230、『権力への意志』、断章番号702）。</p>
<p>　ある意味で、既存の価値にただ従うことは楽なことだといえる。しかし、ニーチェの自己肯定は、苦しみを必要とする。苦を避けるのではなく、苦（既存の価値に対立し、それをじっさいに行為して動かそうとする困難）を克服した先のよろこびとしてある。</p>
<p>　こういうところから、高貴な者たちの戦いをながめてみると、その戦いは価値の創造をめぐる戦いだとも言うことができる。戦いは苦しい死の乗り越えというかたちをとるが、これは、自分のなかの生命の保存や安心という一般的価値との戦いでもある。また、戦いというのは、どれだけ死をもものともしないかを他者たちの前で示すことだが、これは、自分の立てた新しい価値（生命の保存や安心を乗り越えることが「よい」、いわば、勇気という価値）をじっさいに行為でもって他者たちの前に示すことでもある。戦いの勝者と敗者は、死の乗り越えにこだわった者と死を恐れた者の区別ではあるが、この区別は、自分の「よし」とすることにこだわって新しい価値を創造した人間と、他者たちが一般的に「よし」とする既存の価値にしばられたままの人間の区別として考えられる。</p>
<p>　だから、ニーチェの古代モデルは、価値の創造をめぐる比喩になっているとも考えられる。自己自身の優越感をもとにした貴族的価値評価も、自分は自分自身で価値をつくりだす他に卓越した「よい」存在なのだ、という意味と、自分自身で価値をつくりだせず既存の価値にしばられた者は自分より劣った「わるい」存在なのだ、という意味で、価値の創造という軸が含まれているように思われる。</p>
<p>　上で考えたことをふまえて、ここでもう少し派生的な議論をしておく。</p>
<p>　簡単に言うと、ニーチェは、自己肯定の条件を他者に比べた優越感としているのだが、この自己肯定の考え方には、いわゆるヘーゲル的な視点から見た場合の、他者からの「承認」（認められること）という感度があまり含まれていない。</p>
<p>　じつは、自己肯定の感覚は、他者からの承認を土台にしてはじめて得られると言えそうだ。価値の創造という文脈も含めて考えると、「自分は新しい価値を創造した卓越した存在なんだ」という自己肯定感を支える、たとえば、「勇気は新しい価値だ」という感覚も、たんに自分だけで得られるのではなく、他者にも勇気が「よい」ものとして認められ共有されたという感覚があってこそ生まれるはずだ。だから、ニーチェの議論はどこか弱みをもっているようにも思える。</p>
<p>　しかし、ニーチェに言わせれば、こうした批判は順番を取り違えているということになるだろう。価値の創造を問題にすれば、かならず、自己自身が先になり、他者は後になる。</p>
<p>　たとえば、つぎのような場合を考えてみよう。これまで存在してきた価値、一般的な価値が自分をよく生かさないと思われたとき、はじめから、他者のよろこぶこと、他者から認められることをめざして行為するわけにはいかないだろう。それでは自分を偽ることになるし、価値はいままでのままで、自己肯定どころではない。だから、まずは、既存の価値、他者たちの「よし」とするものにあらがうように、自分自身の「よし」とするものを世に問わざるをえない。</p>
<p>　この場合、あくまでも、自己自身という場所が起点になっている。自分にやってくる言いようのない気持ち（「力への意志」といってもいい）に動かされ、自分から行為し、苦しくてもとにかく自分の「よし」とするものを世の中に示す。もし、こういう個人の試み（戦士の努力）がなかったら、そもそも新しい価値というものが生まれないだろう。自己自身の能動的な試みが先で、他者からそれを認められるかどうかはそのあとの問題となる。ニーチェが自己自身を他者に優先させて強調したいのは、この価値が生まれる起点としての個人の試みのことだろう。</p>
<p>　たとえば、ニーチェ自身もつぎのような思いを抱いているようにも思える。これまでの価値というのは誤っている、なにか新しい価値を、という気持ちに動かされ、とにかく苦労しながら考え書きつづけ、それを世に出してみる。それが評価されるかどうかはわからない。しかし、まずもって、こうした現実へのはたらきかけがなければ、そもそも、新しい価値もつくりだせず、自己肯定感を得ることもできない。</p>
<p>　もっとも、ニーチェの描く「高貴な者たち」、「強力な者たち」、「高位の者たち」は、すでに新しい価値をつくりだし、自己を肯定できているといえる。ニーチェはこのあり方を、競争に勝った者の負けた者に対する優越感としてしか特徴づけていない。しかし、新しい価値をつくりだそうと行為する戦士のさいしょの試みはともかくとしても、そもそも、彼らが「高貴な者たち」、「強力な者たち」、「高位の者たち」となるためには、その勇気が他者たちにも認められ、身分が社会的に認められる、といった承認の議論が必要となるはず。ニーチェはそこは詳しく論じない。むしろ、あとで見るように、高貴な者がたんなる身分になること、個人が行為をしなくなることをニーチェは批判する（『道徳の系譜』、「第1論文 5」）。ニーチェの議論の力点は、価値を生み出そうと努力し戦う、個人のさいしょの営為のほうにかかっている。</p>
</div>
<h4><a name="1_3">3　「忘却」説への批判</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　ここは付け加え的な節。イギリスの心理学者たち（レー）の道徳起源説には、非利己的行為、利他的行為が他者たちに利益があった（功利性があった）、ということが「忘れられた」という論理があった。この「忘れられた」という点が、ハーバート・スペンサー（1820-1903）の道徳論の観点から批判される。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>イギリスの心理学たちによれば、非利己的行為が他者たちに賞讃された理由、その功利性が忘れられた、とのこと。しかし、ある行為が有益であったということは、そうそう忘れられるものではなく、意識に刻みつけられるものであるはずだ。だから、ハーバート・スペンサーが、「よい」の概念を「有利な」や「合目的」の概念と同じものであるとし、「よい」を、昔から有利なことが証明ずみのもの（忘れられない有利で合目的な行為の経験のまとめ）としたことのほうが理にかなっている。もちろん、すでに見たように、そもそも「よい」の根拠を功利性に求める点が誤ってはいるけれど。</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足<br />
ここでニーチェはスペンサーの観点からやや横槍を入れるかたちでイギリスの心理学者たち（レー）を批判している（本筋の批判ではなく、たんに相手の矛盾を突いているだけ）。スペンサーは、「よい」の根拠を「有利」、「合目的性」に求める（『倫理学のデータ』、「第3章　よい行為とわるい行為」）。そして、人類はそのつど、なにが有利で合目的かについての経験を深めながら進化していく、と考える。だから、人類は功利性を忘れることはない、それを記憶しておかなくては進歩がない、というのがスペンサーの立場。もちろん、そもそも「よい」の根拠を功利性に求めるは誤っている（他者の功利性を「よい」の根拠にするのは、「よい」の根拠を他者に置く点から誤り。自己の功利性を「よい」の根拠とするのは、苦を避け快を求めることだから誤り）、というのがニーチェの考え方なので、ここでは、スペンサーのほうが理屈としてはまだスジが通っているのでまし、といった程度の批判になっている。</p>
</div>
<h4><a name="1_4">4　「よい」「わるい」の語源学</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　ここから「よい」（優良）と「わるい」（劣悪）の語源学に入る。「よい」の起源は貴族的価値評価にあった、ということを語源学的に説明する。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　「よい」の語源は、どの言語であっても、身分上の「高貴」、「貴族的」を基本的に意味していた。これと平行して、「わるい」も、身分上の「野卑（下劣）」、「賤民的」、「低級」を意味していた。たとえば、ドイツ語の「わるい（schlecht シュレヒト）」は「素朴な（schlicht シュリヒト）」と同語であって、もともとは、貴族と引き比べたうえでの、「素朴な者」、「平民」を意味していた。これが今日の意味で「わるい」となるのは三〇年戦争の頃だ。</p>
<p>　こうしたことは道徳の系譜学にとって根本的な洞察なのだが、それがこんなにも遅れて、いまごろになって手に入ったのは、近代の民主主義的先入見のせいだ。</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足<br />
　ここでの語源学が、あらゆる文化に当てはまるか、あるいは、ドイツ語についてもほんとうに当てはまるかどうか、そういうことはほとんど問題にならないと思う。というのも、ニーチェ本人が「定義しうるのは、歴史をもたないものだけである」と言っているくらいなので（『道徳の系譜』、「第2論文 13」）。ニーチェにとって、語源学は正確な意味の定義なのではなく、ある解釈として行われているはず（もちろん、この系譜学全体もそう）。その解釈は、「よい」の根拠は自己肯定感にあるはず、という問題意識をもとにしているにちがいない。とすると、この部分はつぎのように考えられる。</p>
<p>　「よい」は「高貴」。「わるい」は「低級」、「素朴な者」、「平民」。自己肯定感から見れば、自分が他より優れているかどうか（優越感）が第一の問題になる。そう考えると、「よい」とはぬきんでた優れた人間のことを意味し、「わるい」は優れていない、普通か価値の低い人間のことを意味する。古代社会では、自己肯定感と社会的な地位は一体であったと考えられるため、ニーチェは階層社会を肯定する。</p>
<p>　しかし、いまの私たちの場合で考えても、自己肯定感がある場合、自分を「よい」存在として肯定できるとき、自分はどこか優れたところがある人間だと思うし、一方で、自分に肯定感がなく、自分は「わるい」（「よくない」といってもいい）存在だと思って肯定できないとき、自分のことを優れたところのない人間だと思う。</p>
<p>　この節のさいごで、ニーチェは民主主義的先入見を問題にする。文明の進歩を市民層の発展と考えたバックル（1821‐1862）の歴史観（『イングランド文明史』）なども「賤民主義」と厳しく批判されている。その理由はつぎのようなニーチェの民主主義のイメージにある。</p>
<p>　民主主義は、他よりぬきんでようとする人間を押さえつけようとする社会だ。民主主義のなかには、人間の差異や競争を認めない完全平等の理想主義がある。だから、民主主義からすれば、古代の階層社会を肯定すること、人間が優れた存在であろうとすることはがまんできない。</p>
<p>　これに対して、ニーチェはつぎのように考えている。この民主主義的先入見が、本来の価値の根拠、人間がより強く大きく元気になるためのヒントを隠してしまっている。先入見から自由になれば、人間が他からぬきんでて自己肯定感をもつ、それが「よい」の根拠であって、古代社会ではその価値のあり方が階層と一体になっていたこと、これらは根本的な洞察だということがわかるだろう。</p>
</div>
<h4><a name="1_5">5 　貴族的価値評価の衰退</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　細かい語源学がつづく。かなりごちゃごちゃしているが、ここでは主に、貴族的価値評価である「よい」が、現実の行動に結びついたものでなくなり、次第に精神的なもの、たんなる身分をあらわす言葉になっていくことの問題点、また、貴族的価値評価はもともと戦士の価値評価である点が論じられている。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　「よい」（優良）という意味をあらわすさまざまな語のうちには、貴族的な人間たちが自分たちを高等な人間だと感じていたニュアンスがうかがえる。たとえば、貴族的な人間たちは、自分たちのことを、力において優位に立っている者として「勢力家」、「支配者」、「命令者」と呼んだ。また、財や生産物も優位を目に見えて示すことから、貴族的な人間たちは、自分たちのことを「富裕者」や「有産者」と呼んだ。しかし、彼らが自らのことを「誠実な者」のように典型的な特徴（個の現実的行為は具体的に目に見える、一方、精神的な特徴は目に見えないので、漠然とした、こういうタイプ、としての特徴でしかない）として呼ぶようになると問題だ。たとえば、古代ギリシアで「よい（エストロス）」という語は、もともと、「存在する者」、「実在性ある者」「現実的な者」、「真実な者」を意味していた（現実的な行為、目に見える具体的なものにもとづけられていた）。しかし、そのうちの「真実な者」が主観的な意味（心の性質）として特化され、「よい」が「誠実な者」となると、たんに「嘘つきの平民」に対立する「貴族的」という意味となってしまった（行為という実質をともなわないたんなる身分的な区別をあらわすものになった）。貴族の没落後、「よい」はたんに精神的な高貴さを言いあらわすだけのものになった。</p>
<p>　しかし、そもそも、「高貴な（アガトス）」に対して「賤民」を意味していた「デイロス」という語では「臆病」という意味が強調されていたことを思い起こす必要がある（高貴は行動する戦士→「よい」、賤民は行動しない臆病→「わるい」）。このことはさまざまな意味のある「アガトス」の語源を探る方向をさだめることに役立つだろう（おそらく、アガトスは戦士の勇気ある具体的な行動を意味する、ということだろう）。ラテン語の「わるい（マルス）」はギリシア語の「黒い・暗い（メラス）」とつながる言葉で、これは、被征服民族である黒髪の土着民を指す言葉だった（「わるい」は敗者、被征服者）。一方で、征服種族は金髪で、ゲール語の「フィン」がこの貴族、金髪種族をあらわしている（「よい」は勝者、征服者）。</p>
<p>　ちなみに、近代の民主主義、無政府主義、社会主義のめざすところのコミューン、原始社会形態というのは、被征服者たちによる、征服者たちによってすでに打ち立てられた社会の鋳直し、先祖返りの試みだと言えないだろうか。いまは支配種族が圧迫されつつある。</p>
<p>　ラテン語の「よい（ボヌス）」は「戦士」と解してよかろう。「ボヌス」の語源は「ドゥオヌス（二つ）」、二つに分かれ争う戦士だ。これは、古代ローマの男子の「よさ」がなんであったかをよく伝えている（「よい」は戦士）。ドイツ語の「よい（グート）」も「神のごとき人」、「神々しき種族の人」を意味するのではないだろうか（グート（よい）とゴット（神）を結びつけている）。それはゴート人という支配民族の名前ではないだろうか。</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足<br />
　ケルト金髪説やコミューン批判など織り交ぜながら、ごちゃごちゃした議論になっているが、以下のように整理できる。</p>
<p>　「よい」という語は、「存在する者」、「実在性ある者」「現実的な者」、「真実な者」をあらわしていた。つまり、貴族の自己肯定感は、現実の行為、目に見えてしっかりあることがらが条件だった。ところが、貴族が階級として固定してくると、「よい」はしだいに、現実的な行為をともなわない、目に見えない精神的な性質、たとえば「誠実な者」をあらわすようになる。こうして、「よい」という語は、貴族みずからの行為による自己肯定感ではなく、たんに、「嘘つきの平民」から区別される「貴族的」といった身分上の区別だけをあらわすような言葉になってしまった。これは、「よい」が戦士の行為という実質を伴わなくなってしまったことを意味する。</p>
<p>　しかし、「わるい」が「臆病」、「被征服民族」とかかわっているように、「よい」は「戦士」、「支配民族」とかかわっていということを忘れてはいけない。「よい」はたんなる身分上の区別をあらわすのではなく、死をもものともせず、現実において行為して闘う戦士の自己肯定感を意味する。</p>
<p>　なお、民主主義、無政府主義、コミューン等がここでさいごに批判されている。ニーチェによれば、これらは被支配民族の叛乱、奴隷一揆のようなもの。これはかなり過激なもの言いだが、ニーチェがそう批判することの内実は、あとで、キリスト教とその理想主義を問題にするあたりから徐々にはっきりしてくる。</p>
</div>
<h4><a name="1_6">6　僧侶的価値評価の登場</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　ここは僧侶的価値評価のあり方がはじめて描かれる節だが、なかなか言いたいことの中心が受け取りにくい。しかし、まず、補足も入れながら全体をつぎのように整理しておく。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　政治的優位を示す概念は精神的優越を示す概念に変わってしまう（たとえば、「よい」は、もともと現実的な行為をともなっての政治的優位を示す概念だったが、しだいに行為という実質をともなわない、たとえば、「誠実さ」など精神的な優位をあらわすだけの概念になってしまう）。最高の世襲階級が僧侶階級であるような社会ではどこでもこういうことが起こる（「よい」が精神的な優位（現実的な行為をすることから来る優越感ではなく内面的な優位）を意味するようになる）。こうした社会では、まず、たとえば、「清浄」と「不浄」といった対立概念が身分差別のしるしとなっている（清浄である者は優良、不浄の者は劣悪）。しかし、ここにある「よい」（優良）と「わるい」（劣悪）という対立は、やがて、身分的なものではないもの（道徳的なもの）にまで発展してくる。</p>
<p>　もともと、清浄な者とは、身体を洗い、皮膚気をまねくような食べ物を食べなかったり、賤しい階層の女性と交わらず、血を忌み嫌うような者を意味していた（清浄は、たんに一般的な禁止（〜してはならないこと）の順守を意味していて、身分上の高位の象徴ではなかった）。しかし、僧侶が支配的であるような社会は、清浄、不浄のうちに人間と人間とのあいだの深淵（身分的区別）をつくりだす（僧侶たちは、清浄であること、禁止の順守に自分の優越感を見いだすために、一般的な禁止以上に自分たちのための禁止（不浄なもの、触れてはならないもの、してはいけないこと）をたくさんつくって、それを守る生活をする。そうすることで、他者たちより、より清浄なのだ、という優越感を得ようとする。なお、戦士は自分の優越感を現実的に行為「すること」に見いだすのに対して、僧侶は自分の優越感を、禁止されたことをしないこと、つまり、行為「しないこと」に見出すのも特徴）。</p>
<p>　そうなると、行動忌避的、半分沈鬱的で半分感情爆発的な不健康な習慣が生まれ、僧侶たちは、内臓疾患や神経衰弱といった病気に悩まされる（禁じられた行為はしない、ということを過度に推し進める僧侶たちは、行動忌避的な集団だと言える。また、過度の禁止の順守は、現実にかかわり行動しようとする人間が本来もっている自然な欲望をかなり抑圧することになる。そのため、沈鬱と感情爆発の激しい波といった精神的不安定さもかかえこむことになる。その結果、内臓疾患や神経衰弱といった病気も起こってくる。なお、ここで、僧侶たちがこの病気を通じて、自分のなかに、いくら禁止してもしきれない、欲望というコントロールしきれないものに気づきはじめる、という文脈もあるはず）。</p>
<p>　僧侶たちがこの病気の治療として行った療法は、病気よりも危険なものだった（本来は、現実にかかわり行動しようとする自然な欲望を発揮することが病気の治療になるはずなのに、その逆に、この欲望じたいをなしにしようとする。欲望の抑圧から欲望の否定へ、虚無への意志へ）。たとえば、食餌療法（肉食の禁止）、断食、性的禁欲、砂漠への逃避。さらにまた、官能を敵視し、ひとを怠惰にし、繊細にする形而上学（世界説明）、苦行者やバラモン流の自己催眠、虚無による最終的な鎮静状態。この虚無とは神のことで、神との合一への渇望や仏教徒の涅槃への渇望を意味する。</p>
<p>　僧侶らのもとではありとあらゆるものが危険になる。すでに見た療法だけでなく、高慢、復讐、明敏、放埓、権勢欲、徳、病気もまた危険になる（おそらく、こうした例をあげて、あらゆる感情や欲望に対して、それを否定するようにふるまう、ということを言いたいはず）。僧侶たちの登場によって、人間は興味深い動物になって、この興味によって人間の魂は深さをまして、悪くなってしまった。これが、これまでの人間が動物に対する優越性の根本様式にまでなってしまっている。</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足<br />
ニーチェはここで、戦士ではなく、僧侶が階級の上位にいる社会の成立をイメージしている。それは、古代インド社会（カースト制の成立、バラモン階級の優位）をイメージしているかもしれないし、古代ユダヤ社会（他国との戦争にあけくれたダビデの戦士の王国から、対外的には平和で栄華をきわめたが祭司階級が力をもちはじめたソロモンの王国への移行）をイメージしているかもしれない。</p>
<p>　とはいえ、ここで重要なのは、自己肯定感を行動しないことに求めること（戒律→欲望の過度な禁止）、さらに、行動することそのものが悪とされること（禁欲→欲望そのものの否定）が問題にされている点だ。</p>
<p>　おそらくニーチェはここでつぎのようなストーリーを考えている。</p>
<p>　前節では、「よい」が現実の行為と離れてしまい、誠実さといった精神的な優位をあらわすだけになってしまった点を見た。これは、内面の優位でもって自己肯定感を獲得する試みのはじまりでもある。しかし、そもそも内面という目に見えないものの優位を他者に目に見えて示すことは難しい。ところが、その方法を考えた人びとがいた。それが僧侶たちだ。見えない内面の優位を示すためには間接的な方法をとるしかない。これが、行為に極端な禁止を設け、それを厳守することで、自分がいかに強い内面的なもの（精神的なもの）をもっているかを示す方法だ。</p>
<p>　僧侶たちがじっさいに目をつけたのは、それまでもあった清浄、不浄という対立だった。もともと、清浄には、不浄なもの（禁じられたもの）には触れない、という特定の行動を回避する意味がある。僧侶たちは、自分の自己肯定感のために、他人からの優越感を得るために、行動の禁止を過度にする。一般的な禁止を守っているだけなら、ふつうの人もそうしているわけだから、優越感は得られない。だから、僧侶たちは、一般以上の禁止条項（不浄なもの、触れてはならないもの、してはいけないこと）をもうけ、それを守った生活を送るようになる。こうすることで、僧侶たちは、自分は他の人びとに比べて清浄なのだ、自分はこれだけ現実的な行為を禁止した生活を送っているのだから、内面や精神にはたいへんな力をもっているのだ、ということを示す。</p>
<p>　しかし、こうなると、行動に対して極端なほどさまざまな禁則がもうけられため、欲望、現実的にかかわることで発揮される力が抑圧されることになり、僧侶たちは病的になってくる。また、この病気は、自分のなかにコントロールしきれない欲望というものがあることの気づきでもある。</p>
<p>　ほんとうは、この病気は、過度な禁止を解いて、抑圧された欲望や力を現実に向かって発揮させてあげれば治療できるはずなのに、僧侶たちは逆のことをする。この病気の原因は、過度の禁止の順守のほうではなく、むしろ、欲望や力そのものにあると考え、それを徹底的に否定すればよいと考える（僧侶は、あくまでも、過度の禁止を守って「よい」者となりたいので、問題なのは禁止してもしきれない欲望や力のほうになる。そこから、欲望や力というやっかいなものは完全になくしてしまわなければならない、という態度が生まれる）。ふつうの人にはとうていできないこの自己否定（欲望や力そのものの否定）の試みを実践することで、僧侶たちは自分の優位を獲得しようとする。これが、禁欲、現実逃避、神との同一や涅槃をめざす、といった僧侶たちの修行の意味だ。</p>
<p>　こうしたことは、自分への興味、自分自身を覗きこんであらゆる欲望をチェックして、これらを悪とみなして否定的に扱うことのはじまりでもある。これまで、人間は動物とちがい欲望を否定することができる、といったことが人間の動物に対する優位として考えられてきたけれど、それはこの僧侶たちのやり方に起因している転倒した考え方だ。</p>
<p>　大きな流れで言えばつぎのような話になっている。貴族的価値評価の「よい」、「わるい」がじっさいの行動を伴わなくなって形骸化したところに、僧侶的価値評価が「行動しないこと」は「よい」という価値を生み出した（欲望を禁止することは「よい」）。その価値評価がより病的になって、「行動すること」じたいが「悪い」というところまで深まった（欲望じたいが「悪い」）。</p>
<p>　このあたりではっきりしてくるのは、「力への意志」を現実の世界にむけて発揮することで自己肯定感を得ようとするあり方と、「力への意志」じたいを否定するというゆがんだかたちで自己肯定感を得ようとするあり方との対立だ。このモデルの一方が戦士として、他方が僧侶として描かれている。</p>
<p>　ニーチェはここで清浄、不浄を軸に僧侶のあり方を語っているが、むしろ、バタイユ（1897-1962）の概念である「禁止」という補助線を入れると、ニーチェが欲望のあり方をどう考えていたかがわかりやすい。バタイユは、禁止は死と性に対して引かれると言う（『エロティシズム』）。死や性は恐れや不安をもたらすからだ。</p>
<p>　ニーチェのいう戦士は、この禁止をのり越えて自己肯定感を得ようとする（たとえば、死の恐怖や血の不浄に触れる不安の乗り越え）。これは苦しみ（禁止されたものに触れる恐れや不安）を克服して力の感情を得ようとする本来的な欲望のあり方を体現する人間のモデルだ。</p>
<p>　一方、僧侶は、なかなか複雑なかたちで自己肯定感を得ようとする。まず、一般以上の禁止をつくりだし、行動を過度に禁止する生活を送る。これは、世界にむけて積極的な行動として発揮される自然な欲望の発現を抑圧することになるから、苦しみを生む。</p>
<p>　このとき、僧侶は、この苦しみの理由を、行動の過度の禁止のほうではなく、禁止にしたがわない欲望のほうに求める。そこで、僧侶は、禁欲的修行を通じて欲望を否定することを試みる。戦士は本来的な欲望を現実に向かって発揮しようとするのだけれど、僧侶はむしろ、その欲望を徹底的に否定するというかたちで他の人びとからの優位を獲得しようとする。ここには、いわば、自己否定を通じて自己肯定感を得る、というかなりねじくれた自己肯定のかたちがある、と言えるだろう。</p>
</div>
<h4><a name="1_7">7　僧侶的価値評価の展開、僧侶的民族としてのユダヤ人</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　僧侶たちの価値評価は、戦士の貴族的価値評価と敵対するようになり、それをひっくり返すものにまで育つ。ニーチェはここでユダヤ教とユダヤ宗教共同体の成立を念頭に置いているようだ。全体の流れは以下のとおり。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　僧侶的価値評価は貴族的価値評価から分かれ、その反対物にまで発展する。とくに、僧侶階級と戦士階級が反目しあい互いに意見が一致しないときには対立があらわれる。それはつぎのようなかたちをとる。</p>
<p>　貴族的な価値評価が前提とするのは、「力強い肉体」、「溢れたぎるばかりの健康」、それを保つために必要な「戦争」、「冒険」、「狩猟」、「舞踏」、「闘技」、「およそ強い、自由な快活な行動を含む一切のものごと」だ。</p>
<p>　一方、僧侶的な価値評価が前提とするのはその反対のものだ。行動回避的な僧侶たちにとって、戦争にかかわるなどということは、はなはだ好ましくないことだった。このもっとも無力な者は最悪の敵だ。というのも、僧侶たちはその無力さから生まれた憎悪を精神的で有毒なものへと育て上げるからだ（戦士たち、貴族的価値評価への憎悪から、“強い者は悪い、無力な者こそ善い”といった価値転換を行う）。この巧みな復讐の精神ほど、人類の歴史にとって大きな問題はない。ではいったいどのような復讐だったのか、その最大の実例を見てみよう。</p>
<p>　僧侶的民族であるあのユダヤ人は、高貴な者、権勢家、支配者、権力者といった自分の敵対者、圧制者に対して、その貴族的な諸価値を徹底的にひっくり返すことで復讐を試みた。もちろん、この試みは精神的なやり方をとるしかなかった（無力なユダヤ人は、実力でもって復讐することはできなかったので、心のなかでだけ、自分を肯定し、敵を呪った）。それは、つぎのようなものだった。</p>
<p>　ユダヤ人は、徹底的な方法で、貴族的な価値方程式（優良＝高貴な＝強力な＝美しい＝幸福な＝神に愛される）を逆転し、「惨めな者のみが善い者である。貧しい者、力のない者、賤しい者のみが善い者である。悩める者、乏しい者、病める者、醜い者のみがひとり敬神な者、神に帰依する者であって、彼らの身にのみ浄福がある」とした。</p>
<p>　一方で、自分の敵対者、圧制者（貴族的価値評価）に対しては、「お前ら高貴にして権勢ある者ども、お前らこそは永遠に悪い者、残酷な者、淫佚な者、貪欲な者、神に背く者である。お前らこそはまた永遠に救われない者、呪われた者、堕地獄の者であるだろう！」と憎悪を投げつけた。</p>
<p>　このユダヤ的価値転換の遺産を相続した者が誰であるかをわれわれは知っている。「ユダヤ人と共に道徳における奴隷一揆がはじまった」（『善悪の彼岸』）。このことが今日見逃されているのは、それがすでに勝利を得てしまっているからだ。</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足<br />
この節は大きくいって、前半の僧侶階級と戦士階級の対立の話と、後半の「僧侶的民族」としてのユダヤ人の価値転換、精神的復讐の話に分かれている。前半はユダヤ共同体内部の対立が問題になっていて、後半はユダヤ共同体とそれを支配する強国との対立が問題になっていると考えられる。</p>
<p>　いよいよキリスト教の発生史にさしかかる重要な部分であるにもかかわらず、前半と後半、このふたつの話のつながりがあまり明確でない。そこで、どちらかといえば文脈が理解しやすい後半で描かれる「僧侶的民族」の価値転換、精神的復讐のほうから、先にはっきりさせたい。</p>
<p>　まずは、つぎのような歴史を押さえておく必要があるだろう。おそらくニーチェもこれをふまえてこの節を書いている。</p>
<p>　ダビデ-ソロモンの王国（イスラエル王国）は、ソロモンの死後、イスラエル王国（北イスラエル王国）とユダ王国に分裂する（前926）。イスラエル王国はアッシリアによって滅ぼされる（前721）。一方、ユダ王国は新バビロニアによって滅ぼされる（前586）。このさい、ユダ王国の人びとはバビロン捕囚を体験する（第1回、前597、第2回、前586）。捕囚民は新バビロニアを滅ぼしたアケメネス朝ペルシャによって解放される（前538）。しかし、捕囚帰還後のユダヤ社会は、独立した王国ではなく、ペルシャの支配のなかで、神殿（新バビロニアによって破壊されたものの再建、第二神殿）と祭司を中心とした宗教共同体をかたちづくることになる。旧約聖書の成立には、バビロン捕囚前後、民族衰退期の祭司たちの精神が大きく影響していると言われている。</p>
<p>　こうした歴史をふまえて、この節の後半の内容を考えるとつぎのようになるだろう。</p>
<p>　何百年にもわたり、強国による破壊や支配を余儀なくされ、つねに独立の芽を摘まれてきたユダヤ民族は、まったく無力な存在となっていた。そのため、自分たちの存在を肯定するためには、貴族的価値評価をあえて否定し、無力さそのものを肯定するような価値評価をつくらざるをえなかった。これは、憎むべき圧制者たちへの復讐を、戦いといった現実の行為で行うのではなく、心のなかで実行するもの（精神的復讐）だった。実力で反抗したくても反抗できない無力なユダヤ民族にはこの方法しかなかった。ニーチェはそれをつぎのように描いている。</p>
<p>　「惨めな者」のみが「善い者」であり、高貴な者、権勢家、支配者、権力者たちは「神に背く者」であり、「呪われた者」であるだろう。</p>
<p>　この言葉は、新約聖書、『ルカ福音書』の、さいわいなのは貧しい人々、わざわいなのは富んでいる人びと、といった「さいわいな人々、わざわいな人々」の部分を思わせる。しかし、「惨めな者」への祝福は、すでに旧約聖書によく見られる（『詩編』など）。また、圧制者に対する呪いの言葉も、旧約聖書にたいへんよく見られる。たとえば、『イザヤ書』、『エレミヤ書』、『エゼキエル書』といった預言書には、アッシリア、新バビロニア、エジプトといった周辺強国に対して、「ヤハウェの力によって撃滅されるであろう」といった預言もなされ、その滅びの陰惨なビジョンも描かれている。これは、無力な者の心のなかの願い、圧制者に対する精神的復讐の表現だともいえる。</p>
<p>　ニーチェにとって、ユダヤ教とキリスト教は、無力な自分を肯定し、強力であること（貴族的価値評価）を呪う価値評価として、まっすぐにつながっている。そのため、上で見るようなユダヤ教ともキリスト教ともとれるような書き方がなされていると思われる（とはいえ、この節ではまだイエス登場以前のユダヤ民族の様子が描かれているはず）。</p>
<p>　この価値転換による精神的復讐は、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」という反動的価値評価（これまでヨーロッパを支配してきた道徳の価値の本質でもあるルサンチマンによる価値転換）として、このあと詳しく問題にされる（第一論文、10以降）。</p>
<p>　ユダヤ民族の価値転換による精神的復讐を受け継いでいるのがキリスト教だ。これがニーチェの主張。だから、「ユダヤ人と共に道徳における奴隷一揆がはじまった」となる。この節の最後で、ユダヤ的価値転換の遺産相続者といった話が出てくるが、それはイエスだと思われる。ただし、イエスその人というよりも、つぎの節で見るように、パウロによってあとから理論づけられた、人類の救済のために十字架にかかった神の子、としてのイエス、ということになるだろう。あるいは、もっと言えば、ユダヤ的価値転換の相続者とは、パウロによって理論づけられたキリスト教、その道徳的価値判断をうけついだヨーロッパ文化全体とも言えるかもしれない。</p>
<p>　さて、いままでこの節の後半の議論をたどってきたが、つぎに、前半の議論の意味をはっきりさせる必要がある。後半の議論と前半の議論のつながりはつぎの点にある。</p>
<p>　じつは、ユダヤ民族の価値転換による精神的復讐は、ユダヤの僧侶階級に起源がある。僧侶たちが価値転換による精神的復讐の原理（ユダヤ教）をつくりだし、人びとはそれを受け入れ、僧侶たちの支配のもとに入った。ここに祭司を中心とした宗教共同体が生まれ、ユダヤ民族はある意味で全体として僧侶となった。だから、ニーチェは後半の議論でユダヤ人を「僧侶的民族」と呼んでいるはず。</p>
<p>　では、そのおおもとの僧侶たちの復讐とはどのようなものだったのか。それは、まだ宗教共同体になる前、僧侶たちが権力をにぎる前のユダヤ共同体の内部で生まれた。その場面を、ニーチェは、本文のはじめ、僧侶的価値評価と貴族的価値評価の対立として描いていると思われる。<br />
こちらで相当補ってしまった長いものになるが、以下のようにまとめてみた。</p>
<p>　まず、僧侶的価値評価と貴族的価値評価の対立とはどのようなことを意味しているのだろうか。たとえば、ニーチェのつぎのような議論を参考にしてみるのもいいだろう（『反キリスト者』、25、26）。</p>
<p>　もともとヤハウェは戦いの神だった。民族が強力であるときには神には感謝が捧げされたが、民族が衰退すれば神は棄てられるはずだった。しかし、神が棄てられれば僧侶たちは生きてゆけない。そこで、僧侶たちは神の概念を変更することにした。まず、「人びとの不幸は神への不服従という罪に対する罰だ」とする考え方をつくりだした（神との契約に背く罪）。さらに、歴史の全体を神に対する罪と罰の歴史として描き出した（おそらく『創世記』、『出エジプト記』）。加えて、神の意志（啓示）のもとに、自分たちに収められるべき税金も含め、人びとの習俗、政治、裁判、結婚、貧者救済にいたるまでの決まりを定め（律法）、自分たちの存在が人びとに不可欠であるような秩序をつくりだした（おそらく『レビ記』、『民数記』、『申命記』）。こうして、神の名を借りて、僧侶たちは人びとを自分たちへ服従させるユダヤ教というシステムをつくりだした。</p>
<p>　この議論をふまえると、僧侶的価値評価と貴族的価値評価の対立はつぎのようなストーリーとして考えられる。</p>
<p>　僧侶たちは積極的な行動をしないことで自己肯定しようとする人びとだった（禁止に従順な生活を送ったり、禁欲生活を送る）。もともと僧侶的価値評価には、貴族的価値評価と対立するところがある。それでも、共同体が強力である場合には、僧侶たちが仕える神は「民族に勝利をもたらす神」として人びとに感謝されているため、僧侶たちと戦士たちとの対立は表面化しなかった。</p>
<p>　しかし、民族衰退期、ユダヤ共同体では「民族に勝利をもたらす神」という神の概念が危うくなる。神はいっこうに勝利をもたらしてくれないからだ。同様に、神に仕える祭司たちもその存在意義が危うくなる。ここに僧侶と戦士の対立が表面化する。</p>
<p>　戦士にとって戦争は自己肯定の源泉でさえある。新バビロニアやペルシャ帝国の支配に対して、再び独立を勝ち取ろうと反乱をくわだてる戦士たちからすれば、戦争は民族の自主独立にとって不可欠の行為でもある。一方、そもそも現実にかかわり行動することを回避する僧侶たちは戦争をもっとも忌むべきものと考えている。</p>
<p>　いざ戦争ということになれば、僧侶たちはなんの役にも立たない。だから、戦士は僧侶を共同体内の敵とみなし迫害する。僧侶はそのような戦士を憎むが、そもそも行動回避的で無力な存在であるゆえに、現実的な反撃をしたくてもできない。</p>
<p>　そこで僧侶たちが行ったのが価値転換による精神的復讐だった（新しい神概念によるユダヤ教の確立）。それはつぎのような内容になっている。</p>
<p>　神はユダヤ民族だけの神なのではない。神は、他の民族にも勝利をもたらし、ユダヤ民族に敗北と被支配という苦しみをもたらす存在でもある（すべての民族のありかたを支配している唯一神）。なぜユダヤ民族は苦しめられねばならないのか。その理由は神との契約に違反する罪を犯したからだ。ユダヤ民族は神によって罰をうけている。歴史もそういう罪と罰の歴史になっている。だからこそ、神の与えたさまざま決まりを守って罪を犯さないよう慎ましく生きなければならない。律法を守って生きる者にこそ祝福がある（やがてメシアによる救済がある）。</p>
<p>　じつは、ここにあるのは、僧侶たち自身の「無力さ」をそのまま肯定する価値評価だといえる。自分の仕える神が勝利をもたらさないこと、自分は戦いで役に立たないこと、じっさいの行動を起こさず禁止を守ったり禁欲することしか自分にはできないこと、こうした「無力さ」がここで「善い」と肯定されている。</p>
<p>　また同時に、この価値評価は戦士に対する精神的復讐でもあった。自分を攻撃してくる憎むべき戦士たち、その貴族的価値評価は、勝利の神を信じ、敗北や被支配ではなく勝利にのみ価値を見いだし、戦となれば禁止も破る、といった「無力さ」とは正反対のものだ。この貴族的価値評価を僧侶たちは悪いものとして転倒している（勝利の神は唯一神より程度の低い民族神、敗北や被支配を忍従することに意味がある、律法の順守）。</p>
<p>　ユダヤ教というのは、貴族的な価値評価から見ればまったく消極的で軽蔑すべき「無力さ」に、あえて積極的な意味を与え、かえって逆に貴族的な価値評価を攻撃する試みだったといえる。つまり、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」という価値評価による精神的復讐はユダヤの僧侶たちにその起源をもっている。</p>
<p>　さて、ニーチェはあまりはっきりと書いていないけれど、まずユダヤ共同体内で、僧侶階級の戦士階級に対する勝利があったといえるだろう。精神的な復讐は現実のものとなった。その理由は、何百年にもわたり、強国による破壊や支配を余儀なくされ、つねに独立の芽を摘まれてきたユダヤ民族の多くが、戦士として戦うことにではなく、自分たちの「無力さ」を肯定するほうに傾いていたことにある。そこに入り込んだのが僧侶たちの価値転換だった。</p>
<p>　つねに強国による破壊や支配にさらされる自分たちの不幸を神に与えられた試練とすること、律法を守って慎ましく生きることが救済に通じると考えること、これらは人びとの「無力さ」に積極的な意味を与える。こうして人びとはユダヤ教を民族の自己肯定の方法として受け入れ、僧侶たちの支配のもとに入る。</p>
<p>　ようするに、僧侶たちのつくりだした価値評価（ユダヤ教）は、人びとの報われなさの感覚をうまく吸い上げ、そのことによって僧侶たちは権力を得たことになる。</p>
<p>　このとき、ユダヤ民族は「僧侶的民族」となった。また、このとき、僧侶たちの自己肯定は民族の自己肯定となり、僧侶たちの共同体内の戦士に対する精神的復讐は、僧侶的民族の他民族に対する精神的復讐として受け継がれることになる。</p>
<p>　こうして、話は後半の「僧侶的民族」の議論につながっていく。</p>
<p>　つぎの節へのつなぎも含めて、この節でのニーチェのストーリーを以下のように整理しておく。</p>
<p>　ユダヤ教は僧侶階級の戦士階級に対する憎しみから発している。もともと無力な僧侶たちは、戦士たちを直接攻撃することではなく、価値転換による精神的な復讐を考え出した。それが、「力をもつこと」を肯定する貴族的価値評価を否定し、「無力さ」を肯定する価値転換、この価値転換によって戦士に精神的復讐をすることだった。「力をもつ者は悪く、無力な自分たちこそ善い」。そういう僧侶的価値評価がここで生まれる。</p>
<p>　この価値評価は、無力なユダヤの人びとの報われない気持ちを吸い上げ、僧侶たちは戦士に勝利することになった。ここにユダヤ宗教共同体、僧侶的民族としてのユダヤ人が生まれる。すると今度は、ちょうど僧侶が戦士に対してやったことと同じ価値転換による精神的復讐が民族単位で生じる。それが、「力をもつ支配民族は悪く、無力なユダヤ民族こそ善い」というかたちになる。もちろん、これは「力をもつ者は悪く、無力な自分たちこそ善い」という僧侶的価値評価をもとにしている。</p>
<p>　さて、ニーチェの議論はさらにつづき、つぎの節で描かれるのが、僧侶的価値評価がローマ帝国に勝利をおさめるところだ（キリスト教の公認、国教化）。ユダヤ共同体での勝利者はユダヤ教の僧侶たちだったが、ここでの勝利者はキリスト教の僧侶（キリスト教教会）となる。しかし、ニーチェに言わせば、このちがいは問題にならない。あのユダヤの僧侶たちからはじまった僧侶的価値評価が勝利したことには変わりはないからだ。ただし、この展開にはひとつ重要な道具立てが必要となる。それが、人類の救済のために十字架にかかった神の子イエス、というものだった。これがつぎの節のテーマとなる。</p>
</div>
<h4><a name="1_8">8　僧侶的価値評価の勝利、十字架にかけられた神の子イエスという道具立て</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　ここはユダヤ教からキリスト教へという流れになっている。僧侶的価値評価は、ユダヤ教からキリスト教に受けつがれ、ついにローマ帝国を支配するものにまで育つ。そこで大きな役割をはたすのが、十字架にかけられた神の子イエスという道具立てだ。全体の流れは以下のとおり。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　復讐と憎悪のあの樹の幹（ユダヤ的憎悪）から、あらゆる種類の愛のうちで最も深く崇高な愛、新しい愛（キリスト教の愛）が生まれた。この愛を、あの復讐欲の真の否定、ユダヤ的憎悪の反対物などとゆめ思わないでもらいたい！　その逆こそが真なのだ！　この愛はユダヤ的憎悪の勝利を意味する。</p>
<p>　愛の福音の化身としてのナザレのイエス、「貧しき者・病める者・罪ある者に祝福と勝利をもたらすこの〈救い主〉」は、ユダヤ的価値と理想の実現のための迂路だった。一見、この〈救い主〉はイスラエルの敵対者であり解体者であるように見えるが、じつは、イスラエルの復讐欲の最終目標を達成させるための手段だった。</p>
<p>　イスラエルみずからが、自分の復讐の真の道具を、まるで生かしておけない敵のように、全世界の眼の前で否定し、十字架に掛けざるをえなかったこと。それでもって全世界、イスラエルのすべての敵が安心してこの餌に食いつけるようになったこと。これこそ復讐の黒魔術ではないか。</p>
<p>　「聖なる十字架」、「十字架にかけられた神」、「人間の救済のために神自らが十字架にかかるという想像を絶した極端な残忍きわまるあの秘蹟劇」、こうしたものに匹敵すべきものを、誰が考えだすことができるだろうか？　じつは、神の子イエスが十字架にかけられる、という道具立てによって、ユダヤ的な価値転換と復讐はあらゆる貴族的価値評価に対してこれまで勝利をおさめてきたのだ。</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足<br />
　ニーチェはここでキリスト教の「愛」を問題にしている。これは、キリスト教における神と人間との関係を問題にすることだ。</p>
<p>　ユダヤ教の神は律法に背く者に罰を下し、神と人間との関係はたいへん厳しいものになっている。一方、キリスト教においては、神と人間との関係は、律法と罰ではなく、愛で結ばれる。ここにユダヤ教とキリスト教とのちがいがあり、かりにユダヤ教が僧侶階級や僧侶的民族の憎悪をもとにしているとしても、そのユダヤ的憎悪とキリスト教の愛とは関係ない、と考えるひともいるかもしれない。しかし、それはまちがっている、両宗教はまっすぐにつながっている、キリスト教の愛こそ、ユダヤ的憎悪と復讐、僧侶的価値評価の勝利を可能にした。これがここでのニーチェの主張だ。</p>
<p>　では、キリスト教の愛、神と人間とを結ぶ愛という関係とはどういうものか。それは神の子イエスという存在が核になっている。ここでニーチェが念頭に置いているのは、初期キリスト教の最重要人物、パウロ（3-65）による、神の子が十字架に架けられた、というイエスの死の解釈のことだろう。以下、少し長くなるが、このパウロの文脈を補足したい。</p>
<p>　もともと、十字架に聖なる意味はなかった。十字架刑はローマへの反逆に対する極刑を意味していた。ナザレのイエスという人物は、神殿・祭司中心主義を批判し、厳しい律法を守ることができない社会の下層の人びとにも救いがあると主張し、民衆のなかへと入って宗教・社会改革運動を実践したと思われる。この試みは当時のユダヤの支配層である僧侶階級の反感をかい、彼らの訴えを受け入れたローマによってイエスは十字架刑に処せられた（イエス処刑当時、エルサレムはローマの支配下にあった）。</p>
<p>　ニーチェに言わせれば、このナザレのイエスという人物は、下層民を組織して既存の秩序に挑戦した「一人の政治犯」であって、その十字架刑という結末も反逆者として「おのれの罪のために死んだ」ということになる（『反キリスト者』、27）。</p>
<p>　ところがパウロは、イエスという人物の死について、「聖なる十字架」というべき独特の意味づけを行った。「神の子イエス」というキリスト教の中心となっている考え方は、パウロのイエスの死の解釈に起源をもっている。それは以下のとおりだ。</p>
<p>　そもそも、処刑されるということはそれ相応の罪があることを意味する。しかし、神の子であるイエスに罪はない。にもかかわらず処刑されねばならないとはどういうことか。じつは、イエスの処刑の理由は、イエス自身の罪ではなく、人類の罪にある。イエスはわたしたちの罪をわたしたちの代わりにあがなってくださった。これは、神がイエスをこの世に遣わし、イエスの血でもって、わたしたちの罪をゆるしてくださったことを意味している（ニーチェのこの節での言葉でいえば、「十字架にかけられた神」、「人間の救済のために神自らが十字架にかかる」）。</p>
<p>　ここに、神の愛、神と人間との関係がある。キリスト教における愛とは、まずもって、このイエスを媒介とした神による人類の罪のあがないということにある。</p>
<p>　このような論理は、キリスト教（といっても、パウロの時代ではユダヤ教イエス派とも言うべきものであったけれど）をユダヤ教の完成として位置づけるものだった。旧約聖書の世界像は、楽園追放以来、人類の神との約束違反、それに対する神からの罰がつづいてきたことを示す。パウロの論理は、この一連の流れに、イエス・キリストを通じた神みずからによる人類の罪の究極的なあがない、というしめくくりをつけた。</p>
<p>　いわば、罪は、アダムによってこの世界に入り、イエスによってあがなわれたことになる。人類は神の愛によって罪のない状態になった。となると、人類はもう赦されたわけだから、神による罰を恐れて厳しい律法を守ることは、もはや信仰の絶対条件ではなくなる。ここが重要な点だ。</p>
<p>　パウロにとって、イエス・キリストによる罪のあがないの意味は、律法を絶対条件とせずにそれまでの神への信仰を広める可能性にあった。パウロのなかではユダヤ教とキリスト教はイエスを介してまっすぐにつながっている。</p>
<p>　ユダヤ人として生まれたパウロは、ユダヤ教徒として、はじめはキリスト教徒を迫害する活動に加わってさえいたが、ダマスコへと迫害に赴く途中でキリスト教に回心したと言われている（このとき復活したイエスを見たとも）。けれども、回心というのはあまり正確な言い方ではない。というのも、パウロにとって信仰する神は変わってはいないからだ。</p>
<p>　もともと、ユダヤ教の神は他の民族の命運をも支配する普遍的な神だった（一神教）。ところが、その信仰には厳しい律法を守るユダヤ人であることが不可欠だった。もっとも、じっさいにそういう意味でユダヤ人となる者もおり、当時のユダヤ教は、もともとユダヤ人として生まれた者以外にも広まっていたようだ（ユダヤ教はたんに民族宗教とは言えないところがある）。</p>
<p>　しかし、律法には割礼や異教徒と食卓を共にしてはならないという食事規定があった。これは信仰を広めるためにはやはり厳しい条件となっている。そこで、パウロは、聖なる十字架の論理によってこの律法という厳しい条件をはずし、神への信仰をさらに多くの人びとに開いた。神はユダヤ人でなくても信仰できる。いわば、パウロによって、普遍的な神は普遍的な信仰の可能性を獲得することになったのだ（なお、信仰は、律法を守るといった外面によらず、心の義、内面的な神への忠誠にのみによる、というパウロの信仰義認の考え方も、律法の重要性を否定する聖なる十字架の論理なくしては生まれなかった、といえる）。</p>
<p>　キリスト教の中心には、パウロの打ち立てた十字架にかけられた神の子イエスという存在がある。もちろん、ユダヤ教はこの存在を認めない。この点がユダヤ教とキリスト教を分けている。けれども、両宗教の神は同じだ。</p>
<p>　おそらく、ニーチェはこの点に注目してこの節の論理を組み立てている。ユダヤ教もキリスト教も同じ神を信仰している。ユダヤ教の神への信仰を、キリスト教はパウロの聖なる十字架の論理を介して普遍化した。このことの意味はなにか。それこそ、僧侶的価値評価の普遍化だった。以下、こうした展開をニーチェの本文の議論に話を戻して見ていきたい。</p>
<p>　ニーチェはこの節で、パウロの名前も出さずに、「十字架にかけられたイエスは見かけはユダヤの敵だがじつはユダヤの手先だった」といわばユダヤ陰謀説のような書き方をしている。この点がたいへんわかりにくい。</p>
<p>　しかし、ニーチェが問題にしているのは、キリスト教の愛だということを押さえておこう。キリスト教の愛は、パウロによってつくられた聖なる十字架の論理に支えられており、これは、じつは、ユダヤ教とキリスト教との連続性、僧侶的価値評価による復讐の引き継ぎと完成を意味している。ユダヤ教とキリスト教は、僧侶的価値評価という点で、じつはまっすぐにつながっている。そういったことをニーチェは論じようとしている。ニーチェが描きたいのはつぎの流れであるはずだ。</p>
<p>　ユダヤ共同体内での僧侶階級と戦士階級の闘いは僧侶階級の勝利に終わった。僧侶たちの復讐は現実のものとなり、ここにユダヤ宗教共同体、僧侶的民族としてのユダヤ人が生まれた。</p>
<p>　つぎに、被支配民族であるユダヤ人と支配民族であるローマ人との闘いが生まれる。この闘いにナザレのイエスという人物の死は利用された。彼の死は、パウロによって、神の愛として、十字架に架けられた救い主による人類の罪のあがないの物語に仕立て上げられ、神への信仰をより普遍的に広めるための道具となった。</p>
<p>　では、この普遍化された神への信仰とはどのようなものなのか。これは僧侶的価値評価の普遍化であるはずだ。ニーチェはこの節で、「全世界、イスラエルのすべての敵が安心してこの餌に食いつけるようになった」といった言い方をしているが、この餌とは、僧侶的価値評価のことだろう。</p>
<p>　すでに前節で、「弱い自分たちユダヤ民族こそ神に祝福される」という価値評価がユダヤ教のなかにあるのを見た。パウロの打ち立てた信仰は、神に祝福される者は律法を守るユダヤ人であることをもはや必要としない。そうなったとき、ユダヤ教の価値評価は、「弱い者であればだれもみな神に祝福される」と、より多くの人びとに開かれたかたちになる。これが、たとえば、新約聖書、『ルカ福音書』の「さいわいなのは貧しい人々」といった考え方に通じていく。</p>
<p>　ようするに、あのユダヤの僧侶たちの復讐心によってつくりあげられた「強い者は悪い、弱い自分たちこそ善い」という価値評価は、ユダヤ教、そして、パウロの聖なる十字架という迂路（回り道）を通じて、キリスト教へと連綿と受け継がれ、世界大に広がっていったのだ。これがここでニーチェの言いたいことのまとめになる。</p>
<p>　さて、かつてユダヤ社会において、僧侶たちが、戦士たちに勝利し、権力を握るという復讐をなしとげたのと同様に、パウロが巧みにつくりあげた十字架に架けられたイエスという道具によって、キリスト教の僧侶たちもローマに対する復讐をなしとげた。では、このニーチェがいうところの「復讐の黒魔術」とはどのようなものだろうか。</p>
<p>　たとえば、ニーチェはパウロについてつぎのように言っている。「彼が欲求したのは権力であった。パウロとともにもういちど僧侶が権力をにぎろうと欲した」（『反キリスト者』、42）。イエス・キリストという道具を通じて、キリスト教の僧侶たちは、ユダヤ教の僧侶たちがそうやったよりさらに多くの人びとの報われなさの感覚をうまく吸い上げ、そのことによって最終的にローマ帝国に勝利をおさめることができた（キリスト教の公認、国教化、さらには、中世までつづくローマ教会の権力の確立）。</p>
<p>　ニーチェはこの節の最後に「この標章の下に」というコンスタンティヌス帝（274頃‐337）が十字架とともに啓示されたとされる言葉を置いている。このコンスタンティヌス帝こそミラノ勅令（313）で、それまでたびたび大迫害にあったキリスト教をはじめて公認したローマ皇帝だった（もっとも、コンスタンティヌス帝にとって、この公認の意味は、キリスト教の組織力を自らの権力のために利用することにあった、とされている）。だから、歴史的対応でいえば、ニーチェはここで、パウロからキリスト教の公認までを、駆け足でたどっていると言える。</p>
<p>　このようにキリスト教が広まり、やがては、その勝利、キリスト教の僧侶たちによる世界大の支配が可能になっていくのも、イエス・キリストという道具、パウロの聖なる十字架の論理にある。だが、それはたんに、「弱い者であればだれもみな神に祝福される」という僧侶的価値評価の普遍化にあるだけではない。これに加えて、じつは、聖なる十字架の論理のなかにある「負い目」の感情が大きく影響した。</p>
<p>　イエスはわたしたちの罪をわたしたちの代わりにあがなってくださった。神がイエスをこの世に遣わし、イエスの血でもって、わたしたちの罪をゆるしてくださった。これは、人類全体が神に対して負い目を負っていること、返しきれないほど大きい負債を負っていることも意味している。</p>
<p>　だからニーチェはこの節で、「人間の救済のために神自らが十字架にかかるという想像を絶した極端な残忍きわまるあの秘蹟劇」という言い方をしている。この残忍さとは、神（神の子イエス）が自分自身を十字架刑でもって犠牲にする、という自己犠牲的な残忍さを意味するだけではないはずだ。というのも、神の自己犠牲の物語によって、人間が自分自身を極端な負い目の感情でもって責め苛むようになってしまったからだ。パウロの聖なる十字架の論理は、人間の自分自身に対する残忍さも意味する。</p>
<p>　キリスト教の僧侶たちは、人びとにこの負い目の感情を与えて自己否定を迫り、それを巧みにコントロールして、自らの権力意志を実現した。負い目は自分自身に対する残虐性であり、僧侶はそれを支配の道具とした。この点は、第二論文の中心テーマとして詳しく論じられることになる。</p>
<p>　最後に、言葉の点でひとつだけ言っておくべきだろう。ニーチェはこの節で「ユダヤ」ではなく「イスラエル」という用語を何回か使っている。イスラエル人とは、ヤコブの子孫とされる12部族を指す。ダビデ‐ソロモンの王国はこのイスラエル人の王国（イスラエル王国）だった。しかし、王国分裂後、北イスラエル王国滅亡のさい、アッシリアの征服政策によってそこに住む部族のアイデンティティは解体されてしまった。残ったユダ王国の部族がその後もアイデンティティを保つことができ、その中心がユダ部族だったため、ユダヤ人という呼び方が生まれた。</p>
<p>　ニーチェがどうしてこの節でイスラエルという言葉をあえて使っているのかよくわからない。もしかして、キリスト教の世界大の勝利を、あのダビデ‐ソロモンの栄光の時代、イスラエル王国の世界大の再興になぞらえて、あえてイスラエルという言葉を使っているのかもしれない。とはいえ、「イスラエル」を「ユダヤ」と読み替えてもこの節の議論の本筋はほとんど変わらないと思われる。</p>
</div>
<h4><a name="1_9">9　自由精神が語る僧侶的価値評価の最終形態、民衆の勝利</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　自由精神が語る、という独特の形式をとるこの節は、僧侶的価値評価の誕生からはじまったこれまでの系譜学（6〜8節）をしめくくるエピローグという位置づけ。大きな流れは以下のとおり。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　自由精神はつぎのように語る。</p>
<p>　高貴な理想（貴族的価値評価）をいまさら持ち上げてなんの意味があるのか。歴史を見れば、民衆が勝利したことは明白な事実だ。これを奴隷、賤民、畜群の勝利と批判したところで意味はない。民衆の勝利が世界史の目的であり、ユダヤ人（ユダヤ教、キリスト教を生み出したユダヤ人）は、それを担った最初の民族だったのだ。いまや、「〈主人〉は片づけられてしまい、平民の道徳が勝った」（奴隷道徳の勝利、民主主義の時代となった）。</p>
<p>　民衆の勝利とは、血に毒が注がれたことだといえる（人種の混淆、つまり、民族や階層といった区別がなくなり、人びとがみな平等となった。ニーチェはこの起源をおそらくユダヤ教からキリスト教へと受けつがれる「神の前の平等」に見ている）。この毒（平等の思想）の注入が成功したのは疑いない事実だ。人類の主人からの解放は、きわめて順調に進んでいる（歴史は民主主義へと向かっている）。これを人類のユダヤ化、キリスト教化、賤民化と批判したところで、毒が人類の全身をすみずみまで侵してゆく歴史の成り行きは止められない。</p>
<p>　かつて教会はこの歴史の流れを促進するのに必要不可欠な役割を担っていた。しかし、いまや、教会は、毒の浸透を阻止し、近代的な知性に逆らう粗野なものになっている。教会は、いまでは人びとを魅惑するものではなく遠のけるものになっている。だから、教会を批判する立場として、われわれ自由精神がある。もちろん、われわれが嫌いなのは教会であって、教会の毒ではない。教会さえなければ、われわれはあの毒は好きだ。</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足</p>
<p>　ニーチェは「自由精神」を自分自身の立場とすることもある。とくに、『人間的、あまりに人間的』を書いていた時代にはそうだ。しかし、『道徳の系譜』では、自由精神は批判的に扱われている。この節での自由精神は、実証主義、民主主義（各人の平等）といったものに価値をおく近代の進歩的知識人を指していると思われる。なお、この進歩的という意味で、歴史を自由の進展としてとらえるヘーゲル的な歴史観もここに含まれているはず。</p>
<p>　ニーチェが描く自由精神はつぎのように考えている。歴史が民主主義に向かっていることは、明白な事実として認めなければならない。主人は倒され、民衆の世の中となることは歴史の法則でさえある。それを奴隷一揆だと批判し、かつての主人道徳（貴族的価値評価）を持ち上げたとしても、歴史の流れを変更することはできない。</p>
<p>　ニーチェはこの自由精神の口を借りて、いったいなにを言いたいのだろうか。これがどうして、いままで述べてきた系譜学のひとまずのエピローグ（しめくくり）となるのだろうか。ニーチェはまずつぎのようなストーリーを考えている。</p>
<p>　キリスト教の勝利は、教会による支配を生み出した。しかし、これはたんに教会（キリスト教僧侶階級）の勝利ということを意味しない。この支配によってキリスト教が世界に広めたのは、ある「毒」だった。</p>
<p>　ニーチェはこの毒がなんであるかを本文でははっきり言っていない。そこにこの節のわかりにくさがある。けれども、おそらくこの毒とは「神の前の平等」のことだろう。これは「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」とする僧侶的価値評価でもある。弱い者は、抜きんでた者がいること、世の中に力の差異があることを認めようとせず、主人と奴隷との区別なく平等であることを望むからだ。キリスト教がこの平等という毒を広め、最終的に民衆の勝利が実現した。ニーチェのなかで、キリスト教の「神の前の平等」は、この民主主義の時代を準備するものとして位置づけられているはずだ。</p>
<p>　じっさいニーチェは別のところでつぎのように言っている。「芸術家として人間を形成できるほど充分に高尚でも峻厳でもない人間たち。崇高な自己克服をもって、千様万態な出来損ないや破滅の明瞭な法則を意のままに支配できるほど充分に強力でもなく、先見の明もない人間たち。人間と人間とのあいだを深淵のように隔てるさまざまの位階や等級の懸絶を見ぬくほど充分に高貴でない人間たち。――こういう人間たちが、彼らのいわゆる<神の前の平等>を武器として、これまでのヨーロッパの運命を左右してきた。かくしてついに、ちぢこまった笑うべき種族が、畜群的存在が、善良で病的で凡庸な存在が育成されるにいたったのだ。すなわち今日のヨーロッパ人がだ・・・」（『善悪の彼岸』、62）。</p>
<p>　ニーチェは、前節ではキリスト教の「愛」を問題にし、ここではキリスト教の「平等」を問題にしている。そう考えて、文脈を補えばつぎのような「神の前の平等」の例があげられる。</p>
<p>　ユダヤ教、たとえば、旧約聖書の『ヨブ記』には、「主人と下僕も神から造られたものとしては対等だ」とする思想が見られる。だから、平等の思想はユダヤ教にもあり、それをキリスト教は受け継いだともいえる。また、パウロはつぎのように言う。「キリストへと洗礼を受けたあなたがたは、みなキリストを着たのである。もはやユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由人もなく、男性も女性もない。まさにあなたがたすべては、キリスト・イエスにおいて一人なのだからである」（「ガラテヤ人への手紙」）。そして、マルコ、マタイ、ルカ福音書の「神のみ心を行うものこそわが兄弟、姉妹、また母である」といった言葉がある。</p>
<p>　こうした神の前の（あるいはイエスを仲立ちにした）平等の考え方それぞれに細かな解釈はありうるだろう。けれども、大きく言えば、ニーチェのキリスト教の平等をめぐるストーリーは、つぎのようなものであるはずだ。</p>
<p>　キリスト教は「神の前での平等」という思想を広めた。この平等の思想はやがて、教会権力自身をも脅かすまでに育つ。誰もがみな神の前で平等ならば、たとえ教会であっても至上の権力をもつのはおかしいではないか、ということになる。こうして、近代の歴史は、教会権力や王権を打ち倒す方向に進む（宗教改革、市民革命）。主人に対し民衆が勝利する時代に向かっていく。進歩的知識人である自由精神は、この歴史の流れを肯定し、民主主義の進展としてこれをさらに促進しようとする。だから、自由精神にとっては、かつての権力の遺物である教会は気に入らない。しかし、自由精神はキリスト教の毒、平等の思想じたいは愛している。</p>
<p>　ニーチェが自由精神の口を借りて描いているのは、キリスト教の毒（平等の思想）が、現代の自由精神、彼らの評価する民主主義に受け継がれている、ということだ。</p>
<p>　これまでの流れを整理するとつぎのようになる。</p>
<p>　僧侶的価値評価はユダヤ社会に広まり、ユダヤの僧侶階級は勝利者となった。つぎに、この価値評価はキリスト教のかたちでローマ帝国、ヨーロッパ社会に広まり、教会が勝利者となった。しかし、教会は、みずから広めた価値評価（平等の思想）によって、民衆に打ち倒されることになる（宗教改革、市民革命）。ここでの勝利者は、どこにも特権的立場の者のいない、平等な、すべての民衆となる。もともと強い者の存在を許さない僧侶的価値評価は、現代の民主主義のかたちをとって、ついにその完成形態に達したことになる。</p>
<p>　民主主義、それを重んじる自由精神の登場によって、ニーチェの歴史的考察はひとまずしめくくられる。</p>
<p>　自由精神はこの歴史を人類の自由の進展として肯定する。しかし、ニーチェはこれを肯定しない。そこで、勝利した僧侶的価値評価、奴隷道徳の本質を分析し、その問題点を洗い出す方向に話が進む。</p>
</div>
<h4><a name="1_10">10　ルサンチマンの人間と貴族的人間</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　僧侶的価値評価（奴隷道徳）は弱い者のルサンチマン（怨恨、反感）から生まれる。このルサンチマンの人間をニーチェは貴族的人間（自己肯定的な人間）との対比で描く。ユダヤの僧侶階級から生まれ、現代の民主主義にまで受け継がれ、つねに勝利をおさめてきた僧侶的価値評価、その本質とはそもそもなにか。その答えが弱い者のルサンチマンに見出される。内容は以下のとおり。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　道徳における奴隷一揆は、「ルサンチマン（Ressentiment）」が 創造的になり、価値を生み出すようになったときはじめておこる。無力の者はルサンチマンを実際の行為でもって晴らすことができない。そこで、想像上の復讐によってその気持ちを埋め合わせるようになる。ここに僧侶的価値評価、奴隷道徳の起源がある。</p>
<p>　貴族道徳は、自分自身に対して「然り（ヤー）」と言う「肯定」の言葉から生まれる。</p>
<p>　一方、奴隷道徳は、「外のもの」、「他のもの」、「自己ならぬもの」に対して「否（ナイン）」と言う「否定」の言葉から生まれる。この否定の言葉が彼らの創造的な行為だ。ここには、自分自身に対する肯定ではなく、自分ならざるものに対する否定から価値を生み出す転換がある。これがルサンチマンの価値評価に特徴的なことだ。奴隷道徳は、生物学でいう外的刺激に対する反応のように、自分と対立した世界、自分の外部の世界に対する反応（反動）として成立する。</p>
<p>　一方、貴族的人間はその逆で、自発的に行動し成長する。これが自分と対立するものを求めるのは、その対立物に感謝して、自分自身に対して「然り（ヤー）」と言う「肯定」の言葉のためである。貴族的価値評価にとっては、われわれ「よき者」、「美しき者」、「幸福な者」といった生と情熱に溢れた自己肯定の概念こそが重要なのであって、その肯定の概念に対比された意味での「卑しい」、「わるい」といった否定的な概念は、二次的な概念にすぎない。</p>
<p>　もちろん、貴族的人間も現実を見誤ったりすることはあるが、それは、じっさいに知ることからは距離を置いて自分の身を守るような領域で起こる。たとえば、自分が軽蔑する平民や下層民の領域を見誤ることはある。けれども、その軽蔑によってつくられた相手の像が歪曲であっても、無力者の憎悪や復讐心によってつくられる敵対者の像の歪曲に比べればたいしたことはない。貴族的人間の軽蔑には、多くの無頓着さや多くの自分自身に対する幸せな気持ちがあるので、自分の相手を戯画化したり案山子（怪物）に仕立て上げたりなどできないだろう。</p>
<p>　たとえば、ギリシアの貴族たちが下層民を呼ぶのに使った言葉には、相手に対する憐憫、思いやり、といった好意的ニュアンスがあり、そういったほぼすべての言葉が「不幸な」、「気の毒な」といった意味をもっている。「立派な生まれ」の貴族たちはまず自分たちのことを「幸福な者」と感じたのであり、敵をつくることによって自分の幸福をつくろったりしたのではない。また同様に、貴族たちは、力に充ちあふれた能動的な人間として、幸福と行動を切り離すことはなかった。</p>
<p>　一方、無力な者、抑圧された者、毒々しい憎悪の感情にもだえている者の幸福は、麻酔、昏睡、安静、平和、安息日、気休め、寝そべりといった、ようするに、行動しない受動的なものとしてあらわれる。高貴の者が自分自身に対する信頼と率直さを持って生きるのに対して、ルサンチマンの人間は自分自身に対して正直ではない。そういう人間の魂は横目をつかう（もの欲しげ、ねたましげ）。そういう人間の精神は隠れ家を好み、隠密なものは、自分の世界、自分の安全地帯となる。そういう人間は、沈黙すること、忘れないこと、待つこと、ひとまず自分を卑下することを心得ている。こうした特徴をもつルサンチマンの人間は、貴族的人間より怜悧になる（利口さ、抜け目のなさ）。このような人間は怜悧を自分の生存の第一条件とする。</p>
<p>　一方、貴族的人間の場合は、怜悧はそれほど重要ではない。むしろ、無意識的に調整を行っている本能の完璧な機能や確実さ、危険に対してであろうと敵に対してあろうと勇敢に突進する無分別さ、憤怒、愛、畏敬、感謝、復讐などの熱狂的な激発、といったことが重要になる。貴族的人間は、ルサンチマンが生まれても、それをすぐ反応のなかで実行して晴らしてしまうので、害になることはない。また、弱い者や無力の者にはルサンチマンが当然生まれるような無数の場合でも、ルサンチマンは生まれない。貴族的人間は、自分の敵、自分の災難、自分の非行（悪行）をいつまでも本気に考えることはできない。これこそ、強い充実した本性の印で、ここに、形成し、再生産し、病気を治し、忘却させる力の充溢がある（その好例はミラボーだ）。こういう人間は、ほかの人間なら体内にもぐり込んでくる多くの蛆虫を、ひと揺すりで振り落す。このような人間だけに、敵を愛する、ということが可能になる。貴族的人間は自分の敵にさえ多くの畏敬をもつ。このような畏敬は愛（この世界を愛する、肯定する）にいたる一つの橋である。こういう人間は、おのれのために、自分を卓越した存在とするために、敵を求めさえする。同時に、その敵は、尊敬する部分が非常に多い者でなくてはならない。</p>
<p>　これに反して、ルサンチマンの人間が思い描くような敵を想像してみるといい。彼はまず「悪い敵」、「悪人」を心に思い描く。これを基本概念にして、その対照像として「善人」をつくりだす。そして、この善人こそ彼自身というわけだ！</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足</p>
<p>　この節のポイントは、いちばん最後の部分、「まず悪人としての敵を心に思い描いて、それを対照像として、自分を善人にする」という態度にある。つまり、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」という僧侶的価値評価が問題になっている。ニーチェはこの価値評価の根底に弱い者のルサンチマン（弱い者の強い者に対する怨恨、反感）があるとする。</p>
<p>　ここで問題になるルサンチマンの人間とは、あの古代ユダヤ社会の僧侶階級なのかもしれない。しかし、ユダヤ民族を含めローマ帝国に支配されていた人びと、近代の民主主義を信奉する人びと、あるいは、報われなさの感情を抱えた込んだときの現代の私たちのあり方、とさまざまな時代の報われない人間のあり方を考えることもできる。これまでニーチェは起源論をやっていたが、ここでは本質論をやっている。そう考えると、僧侶的価値評価をよしとする人間はだれでもルサンチマンを抱えている、と言えるだろう（もっとも、ニーチェの記述じたいは古代社会の支配－被支配の構図がモデルになっているけれど）。</p>
<p>　では、このルサンチマンの人間はどのような特徴をもっているだろうか。ニーチェはこれを貴族的人間との対比で描く。この貴族的人間とは、ユダヤの戦士階級、ローマの支配階級と考えられるが、現代の私たちが自分自身を肯定できている状態、現代の私たちの身の回りで自分を肯定できているように見える人も含めて、自己肯定的な人間一般、と考えてもいいだろう。</p>
<p>　以下にほぼ本文の流れに従って、ルサンチマンの人間の特徴を整理しておく。</p>
<p>（1）想像上の復讐</p>
<p>　僧侶的価値評価は、現実の行為でもってルサンチマンを晴らせない無力な人間のあり方から生まれている。弱い者は、自分も強い者のようにこの世界でのよろこびを享受したい、と思う。しかし、自身の非力さゆえに、強い者になることができない。そのため、強い者に対する妬みや恨み、反感、つまり、ルサンチマンが発散されないまま積み重なり、やがて、自分の心のなか、想像のなかだけで、「強い者、支配者は悪い」と強い者への攻撃が生み出されることになる。こうして、ルサンチマンの人間は、実際の行為ではなく、想像上の復讐によってルサンチマンを埋め合わせる。ここにまずルサンチマンの人間の特徴がある。</p>
<p>（2）自分の対立物に対する否定</p>
<p>　ルサンチマンの人間の想像上の復讐は、自分の対立物（敵とみなす者）に対する「否定」、「強い者、支配者は悪い」と言うことからはじまる。</p>
<p>　貴族的人間も自分の対立物をもつが、その受け止め方はルサンチマンの人間とまったくちがう。その理由は、貴族的価値評価の核が自分自身の存在に対して「然り」と言うことにあるからだ。自分を「よき者」、「美しき者」、「幸福な者」と言えるかどうかが重要になっている。この自己肯定のために、貴族的人間は自分の対立物（敵と言うよりよきライバルと言ったほうがいい）を必要とする。</p>
<p>　ここには、対立物の与える抵抗（苦しみ）を克服することが、自分に力の感情を与え、自己肯定をもたらす、というニーチェの考え方があらわれている（『権力への意志』、断章番号702）。対立物の存在は自己肯定には不可欠だ。このことをわかっている貴族的人間は、対立物に感謝し、それを肯定することもできる。</p>
<p>　すでに第一論文、第2節で見たように、貴族的人間の価値評価は自分の優越感から発する「強い自分はよい、弱い者は自分より劣っている」という価値評価だった（優良と劣悪）。この価値評価は「よい」（優良→自分は苦しいこと（対立物）を克服できる卓越したよい存在だ）と「わるい」（劣悪→苦しいこと（対立物）を克服できない者たちは自分から見て劣っている）によって構成されている。ここでは、あくまでも、自己肯定、自分自身に「然り」と言える価値評価が重要であって、「わるい」という価値評価は二次的なものだった。</p>
<p>　一方、僧侶的価値評価の核は対立物に対して「否」と言うことにある。貴族的人間は自己肯定を第一に価値評価を生み出すのに対して、ルサンチマンの人間は「強い者、支配者は悪い」と自分の対立物を否定すること、「悪い」と言うことを第一として価値評価を生み出している。</p>
<p>　ニーチェはこのルサンチマンの人間の態度に転倒を見いだす。その説明は、生物学の外界からの刺激、対立物に対する反応（反動）といったものだが、意味はつぎのようなものだろう。</p>
<p>　貴族的人間は、自己肯定のために乗り越えるべき対立物を必要とする。根拠関係でいえば、自分の存在が根拠で、対立物は自分に従属する。いわば、他者や世界は自分のためにある、という世界に対する肯定的な受け止めが貴族的人間にはある。彼は苦しい現実に立ち向かう力に充ちている。</p>
<p>　一方、ルサンチマンの人間は、対立物を否定することからはじめる。この背景には、根拠関係の逆転、対立物の存在が根拠で、自分の存在が対立物に従属するとする考え（あたかも、外界からの刺激があって自分が反応する、という物理的反応の関係）がある。つまり、自分は他者や世界からなにかをこうむる存在だ、という受け止めがルサンチマンの人間にはある。これは、自分の報われなさ、みじめさの理由を対立物に求めることに通じている。いわば、悪い敵、悪い世界があって、だからいまの自分がある、という世界に対する否定的な受け止めがルサンチマンの人間にはある。彼には苦しい現実を呪う力しかない。</p>
<p>　整理するとつぎのような図式になる。</p>
<table border="1" width="500" cellspacing="0" cellpadding="5">
<tr>
<th>貴族的人間</th>
<th>ルサンチマンの人間</th>
<tr>
<td>自分のために対立物がある。自己肯定のために必要不可欠な条件として苦しみを与えるライバルや世界が存在する。</td>
<td>対立物のせいで自分がある。苦しみを与える悪い敵や悪い世界のせいで報われないみじめな自分が存在する。</td>
</tr>
</table>
<p>　貴族的人間は、自己肯定のために必要なものとして対立物を受け止めるが、ルサンチマンの人間は、自分の報われなさ、みじめさの理由として対立物を必要とする。自分がこうとしか生きられないのは、あの強い者、支配者のせいだ、「強い者、支配者は悪い」と、ルサンチマンの人間は対立物を否定的に受け止める。</p>
<p>（3）敵対者の像の歪曲</p>
<p>　貴族的人間は、「強い自分はよい、弱い者は自分より劣っている」という価値評価から、平民や下層民を軽蔑することはある。そのために、平民や下層民の実像を見誤ったり歪曲したりしてしまうこともある。しかし、基本的に、貴族的人間には、自分自身に対する幸せな気持ち、自己肯定感があるので、平民や下層民に対しては憐憫や思いやりといった好意的な気持ちがある。</p>
<p>　一方、ルサンチマンの人間は自分の対立物を邪悪な存在としてしか受け止めない。そこには一方的な敵意がある。そのため、強い者、支配者を実像とはほど遠いひどい怪物に仕立て上げる。この怪物に歪曲された敵の像をもとに、怪物に比べれば自分は幸せだ、と勝手に自分の幸せをとりつくろう。つまり、悪い敵をねつ造して、そういう怪物でない自分を善いとする。ここに、自分勝手な想像による敵対者の像の歪曲と自己正当化からなる、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」という価値評価が生まれる。</p>
<p>（4）受動性</p>
<p>　貴族的人間は、能動的な人間として、幸福（自己肯定）と行動を切り離すことはない。幸福は、実際に現実に向かって行動し、ライバルや世界といった自分ならざるものに立ち向かうことでこそ得られるものだと考える。</p>
<p>　一方、ルサンチマンの人間は、受動的な人間として、幸福と行動を切り離している。幸福は、麻酔、昏睡、安静、平和、安息日、気休め、寝そべりといった、行動しないこと、敵や世界といった自分ならざるものにわずらわされないことに求められる。</p>
<p>　しかし、この幸福（自己肯定）のかたちは、ようするに、実際には行動しないことなのだから、ルサンチマンの人間は、現実とかかわらず引きこもって、ただ想像のなかだけで敵の歪曲と自己正当化を行い、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」と念じているだけといえるだろう。</p>
<p>　また、おそらく、ここでニーチェは、貴族的人間の能動性に「増大」としての力への意志（苦しい現実に立ち向かって自分の存在を大きくしようとする力）と、ルサンチマンの人間の受動性に「自己保存」としての力への意志（苦しい現実になるべくかかわらないようにして自分の存在を保存しようとする力）の二つを重ねている。</p>
<p>（5）怜悧</p>
<p>　貴族的人間には自分自身に対する信頼と率直さがある。怜悧（利口さ、抜け目のなさ）は重要ではない。貴族的人間は素朴だ。自分自身の、無意識的に調整を行っている本能の完璧な機能や確実さ（増大しようとする力への意志）、危険や敵に勇敢に突進する無分別さ、感情の熱狂的な激発、といったことに忠実であろうとする。だから、ルサンチマンが生まれても、それをすぐ実際の行動でもって晴らしてしまう。貴族的人間は、率直に自分自身の増大しようとする力への意志に従い、それを即座に敵や世界に向かって発散してしまうため、自分の敵、自分の苦しみ、自分の行った悪行について、いつまでも記憶にとどめ、気にすることはない。ここには健康的な忘却がある。</p>
<p>　また、貴族的人間は自分の敵を尊敬さえする。貴族的人間にとっては、自分を卓越した存在として肯定するために、尊敬できる敵を必要とするからだ（困難を乗り越えて自分を優れた勝者として肯定するためには、自分より劣った者に闘いを挑んでも意味はなく、自分と同等かそれ以上の優れた敵を必要とする）。</p>
<p>　ルサンチマンの人間は、貴族的人間とはちがい、自分自身に対して正直ではない。そのため、強い者への妬みや恨み、反感を抱きながらも、それを表には出さずに隠し持つ。そして、沈黙しながら、その妬みや恨み、反感を忘れずにいつまでも記憶にとどめ、いつか強い者に攻撃、復讐しようと待ちつづける。だから、ひとまずは、敵の前で自分を卑下することを心得ている。これがルサンチマンの人間を特徴づける怜悧さだ。</p>
<p>　以下にここでの議論を図として整理しておく。</p>
<table border="1" width="500" cellspacing="0" cellpadding="5">
<tr>
<th>貴族的人間</th>
<th>ルサンチマンの人間</th>
<tr>
<td>貴族的価値評価、貴族道徳</td>
<td>僧侶的価値評価、奴隷道徳</td>
</tr>
<tr>
<td>「強い自分はよい（優良）、弱い者は自分より劣っている（劣悪）」</td>
<td>「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」</p>
<tr>
<td>ルサンチマンを現実の行為で発散する</td>
<td>ルサンチマンを想像で埋め合わせる</td>
</tr>
<tr>
<td>強力な者のルサンチマンは現実の行為で晴らされる。</td>
<td>無力な者のルサンチマンは、現実の行為ではなく、想像上で、強い者を悪い者に仕立て上げることで埋め合わされる。</td>
</tr>
<tr>
<td>「よい」が価値の根拠</td>
<td>「悪い」が価値の根拠</td>
</tr>
<tr>
<td>強い自分は「よい」。この自己肯定の言葉が価値の根拠。「よい」が一次的概念。</td>
<td>強い者は「悪い」。この対立物（敵とみなされるもの）への否定の言葉が価値の根拠。「悪い」が一次的概念。</td>
</tr>
<tr>
<td>現実における対立物の克服と自己肯定</td>
<td>想像における対立物の歪曲と自己肯定</td>
</tr>
<tr>
<td>対立物（敵とみなされるもの、よきライバル）は自己肯定のために乗り越えるべき必要なもの。自分と同等あるいは自分より優れた敵を求め、尊敬さえする。自分より劣った「わるい」存在である平民や下層民に対しては、軽蔑はするものの、憐れみの情ももつ。「弱い者はわるい（劣っている）」は二次的。</td>
<td>想像上で、対立物をひどい怪物に仕立てあげ、怪物に比べれば自分は「善い」とする。まず「悪い敵」、「悪人」を心に思い描く。これを基本概念にして、その対照像として「善人」をつくりだし、それを自分だとする（想像上の自己肯定）。「自分は善い」は二次的。</td>
</tr>
<tr>
<td>能動性</td>
<td>受動性</td>
</tr>
<tr>
<td>能動的な人間として、幸福（自己肯定）と行動とを切り離さない。実際にライバルや世界に立ち向かうことで自己肯定を得ようとする。</td>
<td>受動的な人間として、幸福（自己肯定）と行動とを切り離す。行動せず、いかに「悪い」敵や世界とかかわることなく自己肯定を得るかを求める（これは現実的なはたらきかけをもたないので、その自己肯定は想像上のものにならざるをえない）。</td>
</tr>
<tr>
<td>素朴</td>
<td>怜悧</td>
</tr>
<tr>
<td>自分のなかの無意識の本能、敵に突進する無分別、感情の激発に忠実であろうとするため、ルサンチマンはすぐに発散される。敵や苦しみ、悪行といったことを、いつまでも記憶にとどめ気にするようなことはない。</td>
<td>ルサンチマンを隠し持ち、いつまでも記憶にとどめ忘れない。復讐の機会を待ちながら、敵の前では自分を卑下する（表裏がある）。こういった怜悧さ（抜け目なさ）がある。</td>
</tr>
</table>
<p>　以上の図で示したことをまとめてみる。</p>
<p>　貴族的人間の価値評価は、「強い自分はよい（優良）、弱い者は自分より劣っている（劣悪）」というものだ。この順番が重要で、彼は「強い自分はよい」という肯定の言葉、自己肯定のために、現実にかかわり、行為する。貴族的人間は、自分のより強く大きくなろうとする本能に忠実で、敵に対して向こう見ずに立ち向かう。この率直さ、素朴さでもって、敵に対するルサンチマンもすぐに現実の行為でもって発散されてしまう。貴族的人間は、むしろ、敵を自己肯定に必要不可欠なものと考えるため、それらに感謝することもできる。より強く大きい自分となるために、自分と同等、あるいはそれ以上の優れたライバル、さらなる困難を求めさえする。また、自分より劣った弱い者に対しては、軽蔑はするものの、憐憫の情さえもつ。</p>
<p>　ルサンチマンの人間の価値評価は、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」というものだ。この順番が重要で、彼は「強い者は悪い」という否定の言葉からはじめる。ここには、ルサンチマンを現実の行為で晴らせない弱い者の想像上の復讐がある。敵とされた強い者は、憎悪に満ちた想像力のまなざしによってひどい怪物に仕立て上げられる。そのうえで、怪物に比べれば自分は善い、「悪い敵」や「悪人」に比べれば自分は「善人」だ、「弱い自分こそ善い」という自己肯定が行われる。しかし、ルサンチマンの人間は現実にかかわる行為をしていないため、この自己肯定も想像上のものにすぎない。そのため、実際に晴らされることなくいつまでも持続するルサンチマンを隠し持ち、復讐の機会を待ちながらも、敵の前では自分を卑下する抜け目ない人間が生まれる。</p>
<p>　一方で、想像の世界で、強い者を悪人にし、その反対物である弱い自分を善人として肯定する。他方で、いつか強い者を倒し自分こそ現実の世界の勝者になりたいと秘かに願う。そういう矛盾した自分に正直でないルサンチマンの人間がここにできあがる。</p>
<p>　ようするに、ルサンチマンの人間は、貴族的人間への反動として生まれている。貴族的人間は現実とかかわり自己肯定しようとする。ルサンチマンの人間もそうしたいができない。そこで、自己肯定できている貴族的人間に対してルサンチマンを抱く。しかし、無力なルサンチマンの人間はこの気持ちを現実の世界で晴らすことができない。そこで、自分の内に溜まったルサンチマンが想像力を掻き立て、想像の世界のなかだけで貴族的人間を「悪人」に仕立て上げる。こうして出来上がった「悪人」に比べて自分は「善人」である、とこれまた想像上で、現実にはない物語のかたちで、ルサンチマンの人間は自己肯定する。これが「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」という価値評価のメカニズムだ。</p>
<p>　ここで特徴的なのは、すべてのプロセスが現実の行為とかかわりのない想像の世界で行われるという点だ。ルサンチマンの発散は、敵を怪物に仕立て上げる攻撃的な想像のなかで埋め合わされ、自己肯定は、現実にはなんの根拠のない自己正当化の物語として行われている。つまり、僧侶的価値評価、奴隷道徳とは、貴族的人間になれないルサンチマンの人間、強い者になれない弱い者、自己肯定できない者が編み出した想像的な代償行為であることがわかる。</p>
<p>　なお、ニーチェはここで、貴族的人間の例として、フランス革命初期の中心人物、貴族出身で立憲君主制を主張したミラボー（1749-1791）をあげている。ミラボーは激情的な性格で、党派的ではなく個人として、誰にもそのつど率直に自分の言いたいことを言うような人物だったようだ（ミシュレ『フランス史』）。ルイ16世やマリー＝アントワネットに対しても批判的な意見を言うべきときにはそれを言い、政敵も評価すべきときは評価する（たとえば、まだ多くの者から無視されていた権力を掌握する前のロベスピエールの才能を早くから認めていたのもミラボーだった）。ミラボーはそのつど、直情的に行為し、言いたいことを言い放ち、けっして怜悧な人物ではなかった。こうした素朴で豪胆な性格に、おそらくニーチェは貴族的な人間のモデルを見ている。</p>
</div>
<h4><a name="1_11">11　ルサンチマンの人間の視点は貴族的種族に蹂躙された被害者の視点</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　ルサンチマンの人間にとっては、貴族的人間が「悪い者」となる。その理由が貴族的種族に蹂躙された被害者の視点として描かれる。なお、後半は、これからの議論の橋渡し的な意味合いが強い。内容は以下のとおり。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　貴族的人間とルサンチマンの人間の価値評価はまったく逆だ。貴族的人間はまず自分自身の肯定的なあり方をもとに「よい（優良）」という概念をつくりだし、それから「わるい（劣悪）」をつくりだす。この貴族的人間の「わるい」は「よい」に対する添え物でしかない。一方、ルサンチマンの人間の「悪い」は憎悪に満ちた奴隷道徳のオリジナル（第一のもの）、本来の構想的行為（想像力による創作）だと言える。</p>
<p>　じつは、ここでルサンチマンの人間に「悪い」とされるのは、ほかならぬ貴族道徳での「よい」者、すなわち、高貴な者、強力な者、支配者だ。「よい」者たちは「ルサンチマンの毒々しい眼差し」によって「悪い」者へと意味を変えられてしまったのだ。</p>
<p>　こうなったのも、ルサンチマンの人間には、「よい」者たちは「悪い」敵としてだけ受け取られるからだ。それにはつぎのような事情がある。</p>
<p>　「よい」者たちは共同体のなかで、風習や尊敬、さらに、お互いの監視や同等者同士の嫉妬（ライバル関係）によって厳しく拘束され、お互い思いやりや友情で結ばれている。しかし、彼らは外部、自分たちと異なるもの・異郷に接すると、一切の社会的束縛からの自由を享楽し、共同体の平和のなかで閉じ込められていた緊張をおもいきり解き放ち、「猛獣物的良心の無垢」のなかへ立ち戻ってゆく。このときの貴族的種族は、「獲物と勝利を渇求して彷徨する壮麗な金毛獣」、ふたたび野に放たれた野獣のようだ。こうした欲望を持つ点で、ローマ、アラビア、日本の貴族、ホメロスの英雄たち、ヴァイキングはみな同じだ。彼らは自分たちの気違いじみたやみくもな豪勇を誇りさえした。</p>
<p>　しかし、彼らの安全や生命に対する無頓着や軽視、勝利や残忍に対する耽溺は、被害者の目から見ると「野蛮人」、「悪い敵」というイメージとなる。この被害者のつくりあげたイメージによって、たとえば、ゴート人からゴシック（野蛮）、ヴァンダル人からヴァンダリズム（破壊行為）といった言葉が生まれている。</p>
<p>　こうした貴族的種族の視点とその被害者であるルサンチマンの人間の視点の対立はヘシオドスの時代区分にも影響を与えている。ヘシオドスは黄金の時代、銀の時代、青銅の時代、英雄の時代、鉄の時代という五つの時代区分を置いた（『仕事と日々』）。古典文献学では、英雄の時代だけなぜ金属の名前ではないのかがいつも問題になる。しかし、青銅の時代と英雄の時代とは、じつは、壮麗で恐るべき暴力的なホメロスの時代（金属の名前では青銅の時代としてまとめあげられるべき、ホメロスが『イリアス』で描いたような英雄たちの活躍したひとつの時代）を二つの視点から見て描いたものだ。</p>
<p>　英雄の時代は、テーバイの王位をめぐる争いとトロイア戦争の英雄たち、幸せに暮らしているその末裔が描かれている。ここには、英雄たちの末裔である門閥貴族たちの視点が反映されている。一方、青銅の時代は冷酷で、残忍で、感情も良心もない時代として描かれている。ここには、英雄たちの戦いによって踏みにじられた者たちの末裔の視点が反映されている。つまり、ヘシオドスは、ひとつの時代を、英雄たちから恩恵をこうむった貴族的人間と、英雄たちの被害者であるルサンチマンの人間との二つの観点で描き分けた。だから、青銅の時代と英雄の時代という見かけ上は別々の時代区分が生まれたのだ。</p>
<p>　二つの観点の対立は、今日ではルサンチマンの人間のほうが圧倒的に優勢である。人間という猛獣を飼育しておとなしい文明化された家畜に仕立てること。これが今日文化の意義だと信じられているが、そうだとするなら、貴族的種族とその理想を征服したルサンチマン本能こそ「真の文化の道具」ということになる。しかし、真実はその逆で、このルサンチマン本能の持ち主たちこそ、「人類の退歩」を推し進め、文化に対する反対者となっているのだ。</p>
<p>　もちろん、貴族的種族の根底に潜む金毛獣に対して恐怖するのは無理もない。しかし、恐れなくて済むかわりに、出来損ないの者、萎縮した者の吐き気をもよおす眺め（ルサンチマンの人間、被害者からの視点）から逃れられなくなるのなら、むしろ人間を恐れるほうを選ぶ。じっさい、いまでは、われわれの人間に対する嫌悪とは、恐怖ではなく、恐怖すべきものをなにひとつもたないことから生まれている。いまや、おとなしくて凡庸な、蛆虫のような人間がより高い人間として自分を自負するまでになってしまっている。</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足</p>
<p>　ルサンチマンの人間の価値評価は、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」というものだった。ここで「悪い」者とされているのは、ほかならぬ貴族道徳での「よい」者、高貴な者、強力な者、支配者、つまり、自己肯定的な人間だ。その理由はルサンチマンの人間の被害者としての意識にある。ニーチェはこれを、貴族的人間の視点と、貴族的人間の行為によって蹂躙された被害者の視点の対立として描き出す。</p>
<p>　征服民族である貴族的種族は、共同体内では、お互いの監視やライバル関係のなかで力のバランスを保っている。しかし、侵略や戦争の場面で共同体の外部と接触するとなれば、平和な共同体のなかで閉じ込められていた力を解き放ち、獲物と勝利を求め野獣のようにふるまう。これは、自分たちの存在を拡大し、自分に「よい」という自己肯定感を与える行為であるため、彼らはこのふるまいを誇りさえする。</p>
<p>　ここでニーチェには暴力を肯定する挑発的な記述が多い。こうした記述はとくに第二論文に見られ、ニーチェの書き方の特徴でもある。しかし、ニーチェがこのように過激とも受け取れる書き方をするのにはつぎのような確信が含まれている。</p>
<p>　どんなに現在の人間から野蛮に見えようと、貴族的種族の侵略行為は、より強くより大きくなろうとする力、力への意志のあらわれだ。だから、貴族的種族は自分たちの野獣のようなふるまいを素直に誇ったのだし、冷静に眺めてみれば、人類の歴史がこうした征服民族の圧倒的な暴力による支配の歴史だったことはまちがいない。これをことさら咎める必要はない。もし、この暴力性をひどいもの、過激なものと咎めるのなら、すでに私たちはルサンチマンの人間の視点に毒されていることの証拠だ。</p>
<p>　では、このルサンチマンの人間の視点はどこから生まれるのか。ニーチェはそれをつぎのように考える。</p>
<p>　ルサンチマンの人間は、貴族的種族の野獣のようなふるまいによって蹂躙された者としての視点をもつ。被害者の目には、貴族的種族は「悪い」存在にしか映らない。自分は強い者から被害をこうむった者だ、傷つけられた者だ、という被害者の意識が非難の声となり、貴族的人間が「悪い者」、「悪人」、「怪物」と呼ばれる。「強い者は悪い！」となる。こうして、自分を「よい」と肯定している貴族的種族は、被害者であるルサンチマンの人間によって「悪い」とされる。</p>
<p>　貴族的人間の視点とルサンチマンの人間の視点、この二つは対立する。その例をニーチェはヘシオドスの青銅の時代と英雄の時代の区分に見る。同じ英雄たちの暴力でも、英雄たちの末裔である貴族の視点からすれば誇らしい栄光に満ちた「よい」ものに見え、英雄たちに蹂躙された被害者の末裔の視点からすれば冷酷で残忍な「悪い」ものに見える。歴史は観点によって異なる解釈となりうる。</p>
<p>　このように二つの観点の対立があればまだいい、というのがおそらくニーチェの含みだろう。ニーチェが問題にするのは、現代が被害者の視点一色に覆われてしまった点だ。そこで、つぎのような疑問が投げかけられる。</p>
<p>　たしかに暴力は恐ろしい。被害者たちはそれを「悪い」と言って、人間から野獣的なものなくそうとする。人間を恐れなくてすむ家畜に仕立て上げようと望む。それが現在では文化の試みだと考えられている。しかし、これは人類の退歩ではないだろうか。人間を恐れずにすむようにするより、むしろ、人間を恐れたほうが望ましいのではないか。じっさい、現代の問題は、人間がみな恐ろしくなくなってしまった点にある。いまでは、おとなしくて凡庸な人間がより高い人間として自分を自負するまでになってしまってはいないか。</p>
<p>　暴力は恐ろしい。しかし、恐ろしいからといって、それを「悪い」と言えるのか。それをなしにすることができるのか。このニーチェの批判は、つぎのように言いかえればわかりやすい。</p>
<p>　人間のより強く大きくなろうとする欲望は、苦しみや争いを生み出し、勝者と敗者をつくりだす。しかし、だからといってこの欲望を「悪い」と言えるのか。この欲望をなくすことが人間の理想なのだろうか。</p>
<p>　この問題は、もう少しあとの13節で細かく論じられることになる。</p>
<p>　ルサンチマンの人間の価値評価は、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」というものだった。この11節では、このうちの前半、「よい」者を「悪い」者とする「強い者は悪い」という非難の声が、貴族的種族に蹂躙された被害者の意識に起因していることが明らかにされた。13節で議論されるのは、後半の「弱い者こそ善い」という取り繕われた自己肯定の声のほうだ。このルサンチマンの人間とって「善い」とはなにか。それが、人間の暴力性の否定、より強く大きくなろうとする欲望の否定、欲望をなくすことが「善い」ということになる。ニーチェはこの考えを批判していくことになる。</p>
<p>　ところで、これまで見てきた、貴族的種族による被害者とはどのような人間のことを意味しているだろうか。ニーチェの記述にそのまましたがえば、被害者とは、征服民族から暴力をこうむった被征服民族ということになる。しかし、それだけではないだろう。たとえば、目の前に、自分より勉強や仕事のできる人物があらわれたとしよう。このような人物は恐ろしい。そのとき、相手を、ライバルとしてではなく、自分の自尊心をひどく傷つける相手、として受けとめたとすれば、わたしたちは被害者の意識をもったことになる。その意識から生まれるのは、「勉強や仕事のできるアイツは悪い！」というルサンチマンの言葉だ。</p>
<p>　ニーチェの書き方は歴史的だが、そこで示された本質は、わたしたちのあり方とけっして無関係ではないといえる。</p>
</div>
<h4><a name="1_12">12　人間に対するため息と期待</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　貴族的人間を恐怖し、「強い者は悪い、弱い者こそ善い」とするルサンチマンの人間の価値評価は、いまやヨーロッパ全体を覆うまでになった。この光景を眺めニーチェはため息する。同時に、ため息の出るようなこの状態を乗り越えるような恐るべき人間、より力強い人間をひと目でもいいから見たい、とニーチェは期待する。内容は以下のとおり。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　この私にとって耐えがたいものはなにか。私を窒息させ、弱り果てさせるものはなにか。それは、「わるい空気だ！　わるい空気だ！」、私の身辺に出来損ないのものが寄ってきて、その魂の悪臭を嗅がされることだ。</p>
<p>　ほかのことならどんな困難にも耐えることができる。しかし、このわるい空気のなかでは、善悪の彼岸の女神にこう祈りたくなる。</p>
<p>　完璧なもの、極上の出来栄えのもの、幸福なるもの、強力なもの、勝ち誇れるもの、こうした恐るべきところのあるものへの一瞥を！　人間なるものを正当化する一個の人間への一瞥を！　人間への信仰を確立し、人間を補完し救済する幸福への一瞥を！</p>
<p>　こう祈りたくなるのも、ヨーロッパの人間の卑小化と平均化の光景が、見る者の心を倦ましめる（うんざりさせる）からだ。ここにはわれわれの最大の危険がある。いまでは、より大きくなろうと欲するものは何ひとつわれわれの目には映らない。すべてが、下へ下へと落ちてゆき、より薄っぺらく、よりお人よしで、より利口で、より快適で、より凡庸で、より無関心なものへと落ち込んでゆく。人間はいよいよ「より善く」なってゆく。人間に対する恐怖を失うとともに、われわれは人間への愛、畏敬、希望、意志を失ってしまったのだ。この光景は見る者を倦ましめる。これをニヒリズムと言わずしてなんと言おう。</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足</p>
<p>　この世でたった一人生き残った貴族的価値評価の支持者のように、ニーチェはここで語っている。いまや、ルサンチマンの人間の「強い者は悪い、弱い者こそ善い」という声が優勢となり、その価値評価がヨーロッパ全体に広がっている。その「わるい空気」のなかでニーチェは窒息しそうになっている。</p>
<p>　そこでニーチェは、善悪の彼岸の（ルサンチマンの人間の価値評価を超えた）女神に祈るように、つぎのように叫ぶ。恐るべきところのある人間、そうした人間の完璧さ、極上の出来栄え、幸福、強力さ、勝ち誇っている姿をひと目見たい！　人間を正当化する一個の人間をひと目見たい！　人間への信仰を確立できるような人間をはげまし救済する幸福をひと目見たい！</p>
<p>　これはようするに貴族的価値評価を体現した強い者をひと目見たい、ということだ。そう求められねばならないのか。その理由は以下のとおりだ。</p>
<p>　ルサンチマンの人間の観点から見れば、いまのヨーロッパの人間のあり方は、暴力性のない文明化された進歩したもの、より善いものとして映る。しかし、貴族的人間の観点から見れば、いまのヨーロッパの人間のありさまは、人びとがお互いに足を引っ張り合い、お互いを凡庸化、平均化している、見るに耐えないうんざりさせる眺めだ。ここには、力強く大きくなろうとする意志（力への意志）を人間から奪おうとするたいへん危険な傾向がある。じっさい、いまの人間を眺めても、飼いならされ、暴力性を失った家畜のようなおとなしい人間しか見えてこない。このような人間には、恐怖もないと同時に、愛すべきところ、畏敬すべきところ、希望も見えてこない。</p>
<p>　このうんざりさせる光景をニーチェは「ニヒリズム」と呼ぶ。ここでニヒリズムは、人間に対して「否」を投げつけることを意味する。人間には自分を力強く大きくしようとする意志（力への意志）があるのに、いまの人間のどこを見ても、その意志に対する「否定」しか見いだせない。個々人をはげまし、自己肯定をうながすようなもの、人間を肯定するようなものが見られない。このような人間を否定する眺めが、ニーチェの目の前に広がっている。</p>
<p>　だから、ニーチェは、ニヒリズムの反対、人間に対する肯定、「然り」と言うことに希望をつなげたい。人間を肯定するようなものをひと目でもいいから見たい。そこで、善悪の彼岸の女神への祈りがあるのだ。恐るべきところのある人間の完璧さ、極上の出来栄え、幸福、強力さ、勝ち誇っている姿、人間を肯定するモデルとなるような一個の人間のあり方、人間を信じさせるような生きることをはげまし救済するよろこびの経験、そういったものをひと目見たい！　と。</p>
<p>　これら期待される光景は、いまや滅びたように思われる自己肯定的な貴族的人間がこの世に現われている様子と考えればいいだろう。また、ここには、自己肯定的な人間のモデルとしての超人、救済の思想としての永遠回帰という響きもある。だから、ニーチェがひと目見たいと思うのは、自分が『ツァラトゥストラ』で描いた思想の実現であるとも思われる。</p>
<p>　ニーチェは、いまの人間のあり方にうんざりしつつ、それでも、人間が変わりうることを期待している。だから、人間への期待を捨ててはていない。貴族的価値評価の重要性をわかっているのはたんに自分だけでないこと（自分の読者もまたそうであること）、人間の変化は可能だということを、ニーチェはどこか信じているように思える。</p>
</div>
<h4><a name="1_13">13　ルサンチマンの人間の自己正当化、主体への信仰</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　ルサンチマンの人間の価値評価は「強い者は悪い、弱い者こそ善い」というものだった。前節では、この価値評価がヨーロッパ全体に広がっていることが指摘された。13節からは、この広まりの理由、ルサンチマンの人間の価値評価が主体の論理を手に入れて、道徳（キリスト教道徳、奴隷道徳）がかたちづくられていく様子が描かれていく。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　話を戻してルサンチマンの人間が考えだす「善い」についてもう少し細かく見てみよう。</p>
<p>　小さな仔羊が大きな猛禽に対して怨みを抱くのは奇妙なことではない。もちろん、そう怨んだからといって猛禽が仔羊をかっさらうことを咎める理由にはならないだろうが。</p>
<p>　また、仔羊たちが、「この猛禽は悪い、その反対物である仔羊こそが善いといえるのではあるまいか」と仲間うちで語り合ったとしても、この理想に非難すべきところはない。もちろん、猛禽たちは仔羊たちの理想を嘲笑するだけで、「われわれはこの善良な仔羊どもを怨むことなどまったくない。むしろ愛している。やわらかい仔羊たちほど美味いものはないからな」と言うだろうが。</p>
<p>　しかし、強さに対して、それが強さとして現われないことを求め、圧倒する意欲、他者を打ちのめす意欲、主人になろうとする意欲、敵と抵抗と勝利への渇望として現われないことを求めることは背理（矛盾、不合理）である（現実に存在する強者の強さに対して、それは現れないことも可能だったと推論するのは背理）。これは、弱さに対して強さとして現われることを求めるのと同じ背理だ（現実に存在する弱者の弱さに対して、それは強さとして現れることも可能だったと推論するのも背理）。</p>
<p>　力とは、衝動、意志、作用そのものだ。しかし、そうでなく見えることもある（現実に存在するあるがままの力の関係に対して、それが存在しないこともありえた、と考えてしまうことがある）。その理由は、「主体」という言葉の誘惑にとらわれるからだ。主体とは、すべての作用はその背後にある作用者によって引き起こされる、という誤解を生みだす言葉だ。これはちょうど、稲妻の光るのを見て、それを稲妻という主体が光を現わそうとした結果だと考えるのと同じだ。奴隷道徳もつぎのように考える。強者が強いということは、強さを現わすも現わさないも自由自在な強者の主体というものが背後にあって、その主体が強さを現わそうとした結果だ、と。</p>
<p>　しかし、作用や活動（行為）の背後にはいかなる存在（主体、基体、原因）もない。活動者（行為の原因としての主体）というのは、想像によって活動（行為）に付加されたものにすぎない。真実は、活動があるということがすべてなのだ。たとえば、稲妻が光っているというひとつの出来事（活動）がすべてであるのに、その出来事を、稲妻という主体が光を現わそうとしたことの結果だ、と考えること。こういう活動の二重化は迷信なのだ。自然科学者の語る「力」、「原子」、カントの「物自体」というのもこうした迷信としての主体の理論だといえる。</p>
<p>　主体への信仰があるからこそ、ルサンチマンの人間は、その内に秘められた憎悪と復讐の情念でもって、弱くなるのは強者の自由、仔羊になるのは猛禽の自由、などといった信念を強固にもつ。この主体の論理によって、猛禽に猛禽であることの罪を着せる権利を手に入れるのだ（強者は、ほんとうは弱さも選択できた。猛禽は、ほんとうは仔羊も選択できた。しかし、あえて主体の意志によって弱者を苦しめる強さを選択した。だから、強者には悪を選択した罪がある）。</p>
<p>　その一方で、抑圧され、蹂躙されたルサンチマンの人間は、悪人とは別の者になろう、善人になろう、と言って自分たちのことを慰めようとする。この場合、善人になろう、とは、攻撃しない者になろう、報復しない者になろう、悪から身を避け人生に求めることが少ない者になろう、忍耐強い者になろう、謙虚な者になろう、などといったことだ。</p>
<p>　これは、自分はどうせ弱い、力の及ばないことはなにもしないのが自分のいいところなんだ、と言っているだけにすぎない（ここで言われている善人とは、もともとの弱い者のあり方を肯定しているだけにすぎない）。弱い者が力の及ばないことをしないのは、昆虫でさえもっているような低級な利口さにすぎない（大きな危険にあうと死んだふりをする昆虫のように、強者を前に反抗せず謙虚であるのは弱者の知恵であるにすぎない）。</p>
<p>　にもかかわらず、ここでは、このたんなる利口さが、無力な者の贋金づくりの方法でもって、美徳のように扱われてしまっている。これは、弱者が自分の弱さを、主体的に意欲され選択された行為、功績であるかのように欺瞞することだ（ルサンチマンの人間は、ただ弱いだけの自分の現実について、その弱さは強くなることにあらがって自分の主体の意志でもって選択したものだ、これは功績だ、と欺瞞している）。</p>
<p>　ルサンチマンの人間は、中立的で強さも弱さもどちらも選択できる自由な「主体」への信仰を必要とする。それは自己保存、自己肯定の本能からだ。この本能から主体という虚偽が神聖化されている。主体（霊魂）に対する信仰がこれまで最上の信条とされたのも、この信仰によって、大多数の弱者や被抑圧者たちが、弱さを自分が主体的に選んだものと解釈し、あるがままの現状を功績と解釈する自己欺瞞を可能にするからだろう。</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足</p>
<p>　ルサンチマンの人間の「強い者は悪い、弱い者こそ善い」という価値評価はどのように展開し、ヨーロッパ全体を支配するようになったのか。ニーチェはこの中心に主体への信仰を置く。ルサンチマンの人間は主体の論理を手に入れ、道徳（キリスト教道徳、奴隷道徳）をつくりあげる。それがヨーロッパ全体に広まり、ついには強い者を認めない「わるい空気」の世界が出現する。そのストーリーのはじまりの部分がこの節。まずは主体の論理が現われて、それを人びとが信仰することで「強い者は悪い、弱い者こそ善い」が正当化される。ここに道徳の基礎がかたちづくられる。</p>
<p>　この13節とつづく14節は、第一論文をしめくくる重要な部分。ここで道徳というシステムの成立が明らかにされる。13節は、主体の話がからんでくるため議論が複雑になっているが、以下のように詳しく整理しておきたい。</p>
<p>（1）主体の論理の誕生</p>
<p>　蹂躙される仔羊としてのルサンチマンの人間が、支配力をふるう猛禽としての強い者たちを怨み、彼らを「悪い」とすること、その反対物である自分たちこそが「善い」とすること。こうした反感やそこから発する価値評価じたいは無理もないことだ、とニーチェはいう。しかし、これが強い者の行為を止めさせるわけではない。</p>
<p>　ところが、ルサンチマンの人間は、強い者に対する非難と自分の善を正当化するような理屈をつくりあげる。その核に主体の論理がある。この主体の論理が、道徳をかたちづくり、やがてルサンチマンの価値評価の勝利を生みだすことになる。まずは、主体の論理がどのように生まれるか。それを見てみよう。</p>
<p>　ニーチェにとって、いまここで現われているあるがままの現実がすべてだ。強い者の力に弱い者が圧迫されている。現実にあるのはこの力の関係、活動のせめぎあいだけで、そういう現実を否認することはできない。</p>
<p>　ところが、ルサンチマンの人間はこう推論する。もしかして、この苦しい現実は回避できたのではないか、自分を苦しめる強い者は存在しないこともありえたのではないか、と。ニーチェによれば、こうした推論は背理、あるがままの現実を認めようとしないまったく不合理な推論なのだが、このルサンチマンの人間の推論が、主体への信仰を呼び寄せる。その論理はつぎのようなものだ。</p>
<p>　ルサンチマンの人間は、あるがままの現実を、その背後にある原因の結果とする。強い者の主体という原因があって、その主体が強さを現わそうと選択した結果、強い者による弱い者の蹂躙という現実が生まれた。そう解釈するのだ。ここには、強さを現わすも現わさないも自由に選択できる主体という想定がある。強い者が存在する、という現実は、ほんとうはそれを選択しないこと（弱さを現わすことを選択すること）もできたのにあえて強さを現わすことを選択した強い者の主体によって生じている、とするのだ。</p>
<p>　ルサンチマンの人間は、あるがままの現実を認めたくないために、自由な主体というものをつくりあげた。この苦しい現実はあるべきではなかった。そういう思いを、もし彼が強さを選択していなかったなら……、弱さを選択してくれていたら……、というかたちで強い者の主体に投影しているのだ。だから、じっさいには苦しい現実がまずある。主体を原因として現実が結果するのではなく、現実の苦しみがあるからこそ、主体なるものが想像されるのだ。</p>
<p>（2）主体の論理を土台に自然科学も道徳も生まれている</p>
<p>　ニーチェはここで、主体の論理を自然の説明に重ねている。ひとは、光っている稲妻を見て、それを稲妻という主体が光を現わそうとした結果だとする、というのがそれだ。現実にあるのは光っている稲妻という活動そのものなのに、人間はその背後に原因を求め、稲妻という主体を置く。そのうえで、光っている稲妻を稲妻という主体が光を現わそうとした結果とする（活動の二重化）。これは、強い者が強いというあるがままの現実を、強い者という主体が強さを選択した結果として説明するのと同じ論理だ、というのだ。</p>
<p>　ニーチェがここで言いたいのは、わたしたちが一般にもっている世界の秩序にかんする説明は、なんらそれじたいで存在する客観的なものではない、ということだ。人間はあるがままの現実に対して原因（主体）なるものを想像し、現実をその原因（主体）の結果だと説明する。自然科学における力や原子（物質の最小単位）といった原因、道徳における善悪を選択する自由な主体（自由意志）という原因、これらの原因の結果として現実を説明すること、こうした説明は、人間によってつくりだされたものだとするのだ。</p>
<p>　ニーチェはここで、カントの物自体を主体の例としてあげている。カントにとって、物自体は、現象（わたしたちに現われるままの自然の世界）の背後にあって現象を成立させる原因としてある。同時に、人間の自然なあるがままの欲望とは別のところにあって、欲望に抗いつつ道徳的行為をすることを可能にするような自由という原因としてもある。</p>
<p>　物自体は、どこかわたしたちのあるがままの世界の向こう側にあって、自然の認識と道徳的行為、その両方を究極的に根拠づけるような原因となっている。ニーチェにとって、この物自体こそ、あるがままの現実の背後に置かれた原因性、ルサンチマンの人間がつくりだした主体の論理の最たるものだ、ということになる。</p>
<p>　こうしたニーチェの主体批判には、自然科学も道徳もルサンチマンを土台にしている、という含みがある。あるがままの苦しい現実に耐えられず、この現実の向こう側になにか原因なるものを想像し、それを信仰する。この態度は自然科学も道徳も同じだというのだ。なかなか独特の見解だが、自然科学もルサンチマンを土台にしているという考えは、第三論文で詳しく展開される。だから、ここではひとまず、ルサンチマンの人間がつくりだした主体の論理が、道徳の論理にまでどのように展開されるかを見てみよう。</p>
<p>　なお、ニーチェは主体の論理のすべてを批判しているわけではない。第二論文で示されるように、自分自身の力の感情から発する主体の論理をニーチェは評価する。これは、「強い自分はよい」という自己肯定感を土台とする貴族的価値評価から生まれる主体の論理だ。ニーチェが問題とするのは、強い者は「悪い」という反感から発して、自分の苦しみを強い者の主体のせいにするような、ルサンチマンの人間のつくりあげる主体の論理だ。その論理をつぎに細かく見てみよう。</p>
<p>（3）自由な主体への信仰によって正当化される「強い者は悪い」、「弱い者こそ善い」</p>
<p>　ルサンチマンの人間は、あるがままの現実の原因として、自由な主体なるものをつくりだした。強いこと（悪）も弱いこと（善）も自由に選択できる主体。この主体なるものの存在を信じることが、「強い者は悪い」、「弱い者こそ善い」という価値評価を正当化し、道徳をかたちづくる。</p>
<p>　まず、「強い者は悪い」という非難には、つぎのような正当化が行われる。</p>
<p>　強い者が強いのは、彼が主体的に強さを選択したからだ。強さとは、自分たち弱い者を苦しめる悪である。強い者は、ほんとうは、強さを現わさないこともできたのに、弱さを選ぶこともできたのに、あえて、強さという悪を選んで行為した。だから、強い者には悪を選択した罪がある。強い者は罪人だ。</p>
<p>　こうした理屈で、ルサンチマンの人間は、「強い者は悪い」という非難を正当化し、強い者に罪を着せる。強い者は、たんに弱い者を苦しめるから悪いのではなく、その強さを積極的に選んだ主体として悪いのだ、責めがあるのだ、と。</p>
<p>　その一方で、ルサンチマンの人間は、自分たちは強い者とは反対の善人になろう、と言う。この善人とは、攻撃しない者、誰も傷つけない者、報復しない者、悪から身を避け人生に求めることが少ない者、忍耐強い者、謙虚な者といった人間のこととされる。</p>
<p>　ニーチェに言わせれば、ここで言われている善人とは、強い者のように自分自身の力を発揮してなにかを獲得した「よい」存在であるわけではでない。じっさいのところ、これは、強い者になりたくてもなれないみじめな弱い者のあり方そのものにすぎない。ルサンチマンの人間は、たんに自分の現状を美化しようとしているだけなのだ。自分の弱さを積極的に肯定し、美徳のように装うこのからくりも、主体の論理を根拠としている。その理屈はつぎのようなものだ。</p>
<p>　自分たち弱い者が弱いのは、自分たちが主体的に弱さを選択したからだ。弱さとは、強さという悪の反対物、善だといえる。弱い者である自分たちは、ほんとうは、強さを現わすこともできたのに、あえて、弱さを選んだのだ。だから、自分たちには善を選んだ功績がある。弱い者は善人だ。</p>
<p>　こうした理屈で、ルサンチマンの人間は、「弱い者こそ善い」を正当化する。弱い者である自分はなぜ善いのか。それは、たんに強い者の反対物として善いのではなく、その弱さを積極的に選んだ主体として善いのだ、と。</p>
<p>　主体を信仰することによって、強い者に対する反感からはじまったルサンチマンの人間の価値評価は、理屈をもって正当化されることになった。この正当化によって、ルサンチマンの人間の価値評価は道徳というシステムをかたちづくり、その後ヨーロッパ全体を支配することになる。</p>
<p>　これまで述べてきた「強い者は悪い」、「弱い自分たちこそ善い」の正当化は、以下のように整理できる。</p>
<table border="1" width="500" cellspacing="0" cellpadding="5">
<tr>
<th>価値評価</th>
<th>主体への信仰</th>
<th>価値評価の正当化</th>
</tr>
<tr>
<td>強い者は悪い</td>
<td>弱さ（善）を選ぶことができたのにあえて主体が強さ（悪）を選択</td>
<td>強い者は強さ（悪）を選択した悪人（責め、罪がある）</td>
</tr>
<tr>
<td>弱い自分こそ善い</td>
<td>強さ（悪）を選ぶことができたのにあえて主体が弱さ（善）を選択</td>
<td>弱い者は弱さ（善）を選択した善人（功績、徳がある）</td>
</tr>
</table>
<p>（4）ルサンチマンの人間の自己肯定<br />
　強さ（悪）も弱さ（善）も自由に選択できる主体は、ルサンチマンの人間の苦しい現実を認めたくない思いから生まれた。それは、強い者に対する非難を正当化する論理になり、さらに、弱い者の弱さそのものを正当化し、弱さを功績や徳とみなす論理となった。</p>
<p>　ニーチェから見れば、これは自己欺瞞だ。ルサンチマンの人間はただ弱いだけなのに、主体の論理を使って、自分をあたかも強さ（悪）に抗って弱さ（善）を選択した崇高な主体であるかのように偽っている。ニーチェは、この偽りの理由をつぎのように考えている。</p>
<p>　強大な支配者階級のもとで圧迫されている大多数の弱者や被抑圧者たちは、強者に立ち向かう力を削がれている。反抗したくても反抗できない。強くなりたくても強くなれない。そこで、攻撃せず、誰も傷つけず、報復せず、人生に求めること少なく、忍耐強く、謙虚に生きることを強いられる。小さな虫が危険にあうと死んだふりをするように、弱い者たちには、恐ろしい強い者たちを前に、つつましく利口に生きることしかできなかった。</p>
<p>　この苦々しい事態、弱い者たちが弱いままでしかいられない苦しい状況に、なんとか肯定的な意味づけがなされねばならなかった。弱い者たちは自己を保存しなくてはならなかったのだ。だから、自由な主体なるものが信仰され、弱さがその主体によって選択された功績や徳とされた。自分は弱くしか生きられないのではなく、強くなりたい気持ちに抗って、弱さを進んで選んで生きている崇高な存在なのだ。そう欺瞞することで、ルサンチマンの人間は、弱いままの自分に意味を与え、自分を肯定的に受けとめようとしたのだった（ただし、この自己肯定は、あくまでも自己保存のためのものであって、自分をより強く大きくするような自己肯定ではない）。</p>
<p>　しかし、いったん、弱さが自由な主体による善の選択と信じられ、弱さが功績や徳といった価値あるものと信じられるようになると、この信仰はたんに弱い者の現状肯定、自己保存に止まることはできなくなる。弱さは価値あるものである以上、それをさらに追求しようとする態度が生まれる。弱さはついに人間のめざすべき理想、生きる意味となるのだ。こうして、道徳（キリスト教道徳、奴隷道徳）が成立する。この点が、つぎの14節から、キリスト教の教えとともに詳しく問題にされる。</p>
<p>（5）キリスト教の主体への信仰</p>
<p>　ここでニーチェは主体への信仰をキリスト教の主体（霊魂）への信仰に重ねている。ところが、どのような教えを具体的に問題にしているのか、なかなかはっきりしない。</p>
<p>　それに、もし、自由な主体による善の選択を尊重するのがキリスト教だとすると、それは、むしろ、アウグスティヌス（354-430）らによって批判され、異端とされたペラギウス主義に近くなる。ペラギウス主義は、人間はみずからの自由意志によって善い行為をすることができる、と考えた。これに対し、アウグスティヌスは、善い行為の原因は、人間の自由意志ではなく、神の意志であるとした。だから、自由な主体による善の選択という点、それだけでは、キリスト教の中心的主張といえないところがある。</p>
<p>　しかし、先回りして、14節でニーチェが整理するキリスト教道徳のあり方を考えると、ここで批判されているキリスト教の主体への信仰の意味をつぎのように考えることができる。</p>
<p>　ニーチェのとらえるキリスト教道徳の本質は以下の三つからなっている。そして、この三つの核となるのが、主体への信仰だということができる。</p>
</p>
<p>①弱さという徳の積極的追求<br />
②神の国における善人への幸福（浄福）<br />
③最後の審判における悪人への罰</p>
<p>　まず、①に関していえばつぎのことがいえる。</p>
<p>　キリスト教には、「右の頬をぶたれたら左の頬を差し出せ」、「敵に対する赦し、愛」といった考え方がある。ここには、あえて弱さを徳として、それをみずから積極的に追求するような態度がある。この態度を支えるのが自由な主体への信仰だ。主体は自由だ。強さ（悪）に抗って弱さ（善）を自分の意志で選択することができる。この主体の力を信じることによって、敵に立ち向かおうとする（強くなろうとする）自然な欲望に抗い、弱さを積極的に追求しようとする態度が可能になるのだ。</p>
<p>　また、②③に関しては、つぎのことがいえる。</p>
<p>　弱さを徳として積極的に追求することは、強くなろうとする自然な欲望にあえて逆らおうとする厳しい態度だ。だから、キリスト教の徳は、いわば、現実の世界で不幸なままであること、さらに不幸であろうとすることを要求することになる。</p>
<p>　そこで、キリスト教は神の国での幸福（浄福）という考えをつくりあげた。現世で進んで弱さを追求する善人には来世における神の祝福が約束されている、とするのだ。この来世への期待を支えているのも自由な主体への信仰だといえる。しかも、この場合、自由な主体は、強さ（悪）に抗って弱さ（善）を選択できるだけではない。不滅なのだ（霊魂の不滅）。自由な主体は不滅だ。いわば、自分が現世で不幸を味わいながら積んだ徳を来世にもっていくことができる。この信仰があるからこそ、来世での善人の幸福（浄福）という期待が可能になるのだ。</p>
<p>　同時に、自由な主体への信仰は、キリスト教の最後の審判という考えも可能にしている。まず、主体は自由であって、強さ（悪）も弱さ（善）も自分の意志で選択できる。こう信じることによって、強い者を、強さ（悪）を選んだ悪人にすることができる。ほんとうは、弱さを選ぶこともできたのに、自然な欲望にしたがった責めや罪がある、と。しかし、それだけではない。この自由な主体は不滅でもある。このことを信じることで、いつかおとずれる裁きの場面において、現世で強さを選択した主体は、その責めや罪のために罰をうける、という考えが可能になるのだ。</p>
<p>　このように見れば、キリスト教道徳の中心には、主体への信仰があるといえる。この信仰は、ルサンチマンの人間の価値評価を正当化するだけでない。主体を自由だと信じることで、弱さという徳の積極的追求の原動力としたり（①）、その自由な主体（霊魂）を不滅だと信じることで、神の国における浄福（②）と最後の審判（③）という考えをつくりあげることができるのだ。これを整理するとつぎのようになる。</p>
<table border="1" width="500" cellspacing="0" cellpadding="5">
<tr>
<th>主体への信仰（1）<br />
自由な主体</th>
<th>主体への信仰（2）<br />
不滅の主体（霊魂）</th>
<th>ルサンチマンの人間の理想</th>
</tr>
<tr>
<td>自分の意志でもって弱さ（善）ではなく強さ（悪）を選択</td>
<td>自由な主体は滅びない</td>
<td>最後の審判<br />
（責め、罪がある悪人に対する罰）</td>
</tr>
<tr>
<td>自分の意志でもって強さ（悪）ではなく弱さ（善）を選択</td>
<td>自由な主体は滅びない</td>
<td>神の国の浄福<br />
（功績、徳がある善人に対する祝福）</td>
</tr>
</table>
<p>　ところで、ニーチェのキリスト教の主体に関する議論にはまだつづきがある。これは第二論文であらためて詳しく論じられることになるのだが、たとえば、聖書はつぎのように言う。</p>
<p>　「あなたがたが聞いたように、『姦淫するなかれ』といわれている。しかしわたしはあなた方にいう、『すべて欲望をもって女を見るものは彼の心のうちですでに彼女を犯したのである』と」（『マタイ福音書』）。</p>
<p>　キリスト教道徳は、ユダヤ教の律法のような目に見える禁止を問うのではなく、目に見えない個人の内面、魂のあり方を問う。これは同時に、主体の意志や良心（良心の疚しさ）を問う法のはじまりを意味している。弱い者が善人であることも、強い者が罪人であることも、主体の意志や良心といった内面から根拠づけられることになるのだ。こうしたキリスト教の主体の問題については、第二論文を待たなければならない。</p></div>
<h4><a name="1_14">14　ルサンチマンの人間の理想、弱さという徳、神の国における浄福、最後の審判</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　自由な主体を信仰することによって、弱さは功績にも徳にもなった。ここから、弱さを積極的に追求しようという態度が生まれる。この態度を道徳というシステムとして巧みに完成させたのがキリスト教だ。ニーチェは、そのありさまを、いままで自分の話を聞いてきた相手（読者）に語らせる。12節でひとり語ったニーチェは、ここ14節で理解者を得ている。自分と同じく、「わるい空気だ！　わるい空気だ！」と叫ぶ仲間を得ている。そんな独特の形式をとるこの節の内容はつぎのとおり。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　この地上において理想というものが製造されるさまをちょっとばかり見下ろしてみたくないか。ここからならその暗い工房がまる見えだ。まずはその偽りのまばゆい光に慣れてもらって、その光に騙されずに、じっさいは暗いこの工房でなにが起こっているか、諸君のほうから伝えてほしい。今度は私のほうが聞く番だ。</p>
<p>　この質問者（ニーチェ）の呼びかけに答えて相手（読者）はつぎのように語る。</p>
<p>　弱さは功業（功績）に変えられています。報復しない無力は「善良さ」に、びくついた卑劣さ（下劣さ、低級さ）は「謙虚」に、憎悪を抱く相手に対する屈従は「従順」に変えられています。彼らはこの従順を、神に対する従順だと考えています。弱者の退嬰ぶり（攻撃しない弱さ）、弱者の怯懦（臆病）は「忍耐」という美名や「徳そのもの」とさえ言われているようです。それに、「復讐できない」は、「復讐したくない」に、さらに、「宥恕（赦し）」ということになっています。また、「敵にたいする愛」について汗だくになって苦労しながら話しています。</p>
<p>　彼らは疑いもなく惨めな存在です。しかし、彼らの言い分では、惨めさは神の選びによる嘉賞（栄誉）とされています。どうも、その惨めさはいつか償われ、幸福によって返済されると思っているようです。それを「浄福」と呼んでいます。</p>
<p>　彼らは、地上の権力者や支配者たちの唾を舐めなければならない（権力者や支配者におべっかを使わねばならない）のは、神の命令だと考えています。けれども、その一方で、自分たちは権力者や支配者たちより「より善い」ばかりでなく、「より幸福」なのだ、いつかは「より幸福になるんだ」とさえ言っています。もう結構！　もう結構です！　「わるい空気です！　わるい空気です！」。理想が製造されるこの工房は真っ赤な嘘だらけの悪臭でムンムンしています。</p>
<p>　ここまで相手が答えると、質問者はまたつづけてこういう。黒から白をつくりだすこの魔術師たちの傑作を忘れている。彼らルサンチマンの人間が復讐と憎悪とからつくりだしたものはなにか。</p>
<p>　この問いに答えて相手はつぎのように語る。</p>
<p>　彼らは、われわれ善き者、われわれこそ正しい者だ、と言っています。彼らは自分たちの望むものを報復と呼ばずに「正義の勝利」と呼んでいます。彼らが憎むものは、彼らの敵ではなく、「不正」や「背神」です。彼らが信じ望むのは、「復讐への希望」ではなく、「背信の徒に対する神の勝利、正義の神の勝利」です。彼らがこの世で愛するのは、「憎しみあう兄弟」ではなく、「愛しあう兄弟」、「この世のあらゆる善き者・正しき者」です。</p>
<p>　彼らは、苦悩に対する慰め、未来の浄福の幻を、「最後の審判」、「神の国の到来」と呼んでいます。それまでの間、彼らは、「信仰」、「愛」、「希望」のうちに生きるわけです。</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足</p>
<p>　いままでニーチェの話を聞いてきた相手（読者）は、ルサンチマンの人間の復讐と憎悪の情念でいっぱいの暗い工房をのぞき込むことになる。この工房とはキリスト教（新約聖書）のことだ。そこで理想が製造される。</p>
<p>　ここでは、前節からのテーマを引き継ぎ、キリスト教が弱さに積極的な価値を見いだしていく様子、この価値転換のありさまが、新約聖書を下敷きに具体的に問題とされる。ニーチェの批判が新約聖書のどこを指しているのか、そのすべてが明確であるとはいえないが、聖書の文脈を入れながら内容を補足していきたい。</p>
<p>　この節は、大きくいえば、弱さが徳とされること（弱さという徳の積極的追求）、弱い者が幸福とされること（神の国における浄福）、弱い者の強い者に対する報復が正義とされること（最後の審判）、この三つのテーマからなる。徳と幸福（浄福）、そして正義がルサンチマンの人間の理想となる。前節と同様、道徳の成立を明らかにする重要部分であるため、この三つの理想を軸に以下のように詳しく整理してみた。</p>
<p>（1）弱さという徳の積極的追求</p>
<p>　まずは、前節を引き継いで、弱さが功績や徳として美化され、それが人間の追求すべき理想とされる。この価値転換の様子がキリスト教（新約聖書）に読み込まれる。</p>
<p>　報復しない無力が「善良さ」とされ、びくついた卑劣さが「謙虚」とされる。これは、「さからうな」を美徳とするつぎのようなキリスト教の態度のことを指すはずだ。</p>
<p>　「あなた方が聞いたようにこう言われている。『目には目、歯には歯』と。しかしわたしはあなた方にいう、悪者にさからうな。あなたの右の頬を打つものには、ほかの頬をも向けよ」（『マタイ福音書』）。</p>
<p>　ユダヤ教の律法は、「目には目、歯には歯」という同害復讐法を認める（『出エジプト記』など）。ユダヤ教のなかには「強い者は悪い、弱い者こそ善い」という価値転換はあったが、復讐は否定されていなかった。しかし、キリスト教は、さからうな、右の頬をぶたれたら左の頬を差し出せ、と求める。報復しないどころか、みずからすすんで、より弱くあること、さらに危害を被る存在であることを徳として求める。</p>
<p>　また、自分が憎悪を抱く相手、強者、権力者、支配者に対する「従順」が神の命だともされる。これは、パウロのつぎの言葉を思わせる。「人は皆上に立つ権力に従うべきです。神によらぬ権威はなく、今ある諸権力は神よって立てられたものです」（『ローマ書』）。</p>
<p>　これに加えて、強者による支配に立ち向かうことができず、攻撃（行動）できなかったり臆病である弱者のあり方が「忍耐」として美化される。これは、「苦難は忍耐を、忍耐は訓練を、訓練は希望を生む」とし、苦難を耐え忍ぶ態度を身につけることが希望につながるとするパウロの言葉を思わせる（『ローマ書』）。</p>
<p>　さらに、ニーチェは、つぎの言葉を引用して「復讐できない」というたんなる弱い者の弱さが、敵に対する「赦し」として美化される点を指摘する。「父上、あの人たちをおゆるしください。何をしているか知らないのですから」（『ルカ福音書』）。</p>
<p>　これはイエスが十字架に架けられたときの言葉だ。この言葉には、ニーチェに言わせれば以下のような価値転換が含まれていることになるだろう。</p>
<p>　弱い者は強い者に苦しめられる。しかし、強い者は強大であるため、復讐したくても復讐できない。そのような状況のなかで、弱い者は自分の存在に肯定的な意味を与えようとする。自分が敵に苦しめられているのは、じつは、自分がみずから進んで、敵を赦し暴力を受け入れているのだ、自分はそれほど崇高なことのできる存在なのだ、と。こうして、ただ弱いこと、「復讐できない」が、敵への「赦し」として美化される。</p>
<p>　つぎのような「敵にたいする愛」についても同じことが言える。「あなた方が聞いたようにこういわれている、『隣びとを愛し、敵を憎め』と。しかしわたしはあなた方にいう、『敵を愛し、迫害者のために祈れ』と」（『マタイ福音書』）。「しかし、耳を傾けるあなた方にはいう、敵を愛し、みずから憎むものによくせよ。呪うものを祝福し、なやます者のために祈れ。あなたの頬を打つものには、ほかの頬をも出し、上着を取ろうとするものには下着をも拒むな」（『ルカ福音書』）。</p>
<p>　ニーチェに言わせれば、こうした「敵にたいする愛」もまた、敵に対する「赦し」と同じく、「復讐できない」という自分の弱さの美化になるだろう。自分が敵に苦しめられているのは、じつは、自分がみずから進んで、敵の暴力を受け入れていることであって、それは敵への愛からなのだ、と。この考え方からすれば、自分に害悪が加えられれば加えられるほど、敵に対する受け入れ、愛は増したことになる。こうなれば、弱い者はどんなに苦しい状況にあっても自分を肯定できる。</p>
<p>　しかし、その一方で、この自己肯定はたいへん厳しいものになる。敵を受け入れることこそ善いのだから、自分に害悪が加えられることを積極的に求めなくてはならないからだ。いわば、もっと苦しみを、ということになる。だから、ここでニーチェは、キリスト教は「敵にたいする愛」を汗だくになって苦労しながら語っている、と言っているはずだ。</p>
<p>　これまで見てきたことを簡単にまとめるとつぎのようになる。</p>
<p>　キリスト教は「弱い自分こそ善い」という価値評価を人間の理想にまで高めた。ここでは、弱さが、功績、善良さ、謙虚、従順、忍耐、赦し、敵にたいする愛、といった美徳に変えられ、弱いままであること、さらに弱くあることが積極的に追求されている。</p>
<p>　しかし、この弱さの追求は、いくら徳のあることとされても、現実の世界で不幸でありつづけること、さらに不幸であろうとすることを意味する。人間の強く大きくなろうとする自然な気持ち、幸福になりたい自然な意志を徹底的に否定しなくてはならないこの試みは、ふつうに考えれば、たいへん厳しく耐えがたいものだ。ところが、キリスト教はこの試みを耐える道具立てを用意した。それがつぎに見る、神の国における「浄福」という考え方だ。</p>
<p>（2）弱い者は幸福（神の国における浄福）</p>
<p>　つぎに、キリスト教において弱い者が幸福とされる点が述べられる。これは、いわゆる「貧しき者こそさいわいなり」に代表される価値評価のことを意味していると思われる。たとえば、ニーチェの念頭には、つぎの言葉が置かれているはずだ。</p>
<p>　「さいわいなのは貧しい人々、神の国はあなた方のものだから。さいわいなのは今飢える人々、あなた方は満腹させられようから。さいわいなのは今泣く人々、あなた方は笑おうから。さいわいなのはあなた方、人々が憎み、人の子ゆえに除名し、ののしり、汚名を着せられるときに。その日にはよろこび躍りなさい、天での褒美が多いから」（『ルカ福音書』）。</p>
<p>　弱い者は惨めな生活を送る。惨めなままで生きることは、いくら徳とされても耐えがたい。しかし、キリスト教はそれに耐えられる道具立てをつくった。惨めな者には未来の幸福が約束されているのだ。その理屈はつぎのようになる。</p>
<p>　惨めであることには栄誉がある。というのも、惨めな者こそ、神によって選ばれ、やがては神の国に入る資格があるからだ。神の国では、惨めな者がこの地上で味わった苦しみは褒美でもって返済される。この幸福が「浄福」と呼ばれる。いまこの地上で弱い者は、いつか訪れる幸せを約束された者として、現実はいかに耐えがたい苦しいものであっても幸せなのだ。つまり、弱い者は、いまの幸せからではなく、未来の幸せから見て幸福なのだ。</p>
<p>　ここにも価値転換がある。地上の幸福よりも、神の国における浄福に価値があるとされるのだ。この観点から見れば、いま地上で幸せを味わっている権力者や支配者たちよりも、いつかやってくる未来の浄福を約束された惨めな者たちのほうが幸せだ、ということになる。強い者たちに比べて弱い者たちのほうが、「より幸福」なのだ。</p>
<p>　やがておとずれる神の国において、弱い者たちは、この地上で弱くあったこと（善くあったこと、徳を積んだこと）が称えられる。一方で、強い者たちはこのような浄福は得られない。そういう意味で、弱い者たちのほうが強い者たちより「より幸福」だと言える。ところが、この「より幸福」ということにはそれ以上の独特の含みがある。</p>
<p>　たとえば、先ほど見た「さいわいなのは貧しい人々」にはつぎの言葉がつづいている。「わざわいなのは今食べ飽きている人々、あなた方は飢えようから。わざわいなのは今笑う人々、あなた方は悲しみ泣こうから。わざわいなのは、あなた方をすべての人がよくいうとき」（『ルカ福音書』）。</p>
<p>　わざわいなのは、いま幸福な人たち、いま満足し、いま笑い、いま評価されている人たち。この地上で幸福を享受する強い者たちには、浄福がもたらされないどころではない。やがて神の国がおとずれるときには、わざわいがもたらされるのだ。</p>
<p>　だから、弱い者たちは強い者たちより「より幸福」であるとは、弱い者たちがやがて浄福にあずかるからそう言えるだけではなく、強い者たちがやがて不幸になるからそう言えるのだ。では、神の国がおとずれるとき、強い者たちが被る不幸とはいったいなにか。それが、つぎに見る弱い者たちの言う「正義」、「最後の審判」の意味にかかわってくる。</p>
<p>（3）弱い者の報復は正義（最後の審判）</p>
<p>　最後に、弱い者たちの言う「正義」が問題にされる。ここでは、つぎの節への橋渡しとして、キリスト教の「最後の審判」の意味が問題になってくる。</p>
<p>　「最後の審判」という裁きの場面において、弱い者は正しい者とされ、強い者は不正な者、背神の徒として罰されることになる（弱い者は徳のある正しい者だから浄福へ、強い者は責めある罪のある不正の者だからわざわいへ）。これは、ニーチェに言わせれば、弱い者たちが強い者たちに対して報復をなしとげる場面だ。ところが、この場面は報復と呼ばれず「正義の勝利」と呼ばれる。弱い者たちは、報復を「正義」と呼び、敵を憎むと言うべきところを不正や背神を憎むと言う。</p>
<p>　弱い者たちは、憎しみや復讐を直接あらわして、現実の世界で強い者たちに挑んで、報復したり、反抗したり、ライバルとして競おうとするのではない。ニーチェに言わせれば、現実における復讐には、ホメロスが「蜜より甘き」と言ったように、甘美な陶酔がある（力を現実に発散することは自分を強く大きくすることにつながる、というのがニーチェの考え）。それなのに、弱い者たちは、現実には弱いままで、未来における背神の徒に対する神の勝利、正義の神の勝利を期待する。</p>
<p>　弱い者たちが地上で愛するのは憎しみ合う兄弟ではない（ニーチェのこの「憎しみ合う兄弟」という言い方には、強い者たちは、お互いの憎しみを直接あらわして、現実の世界でライバルとして競い合い、お互いを尊敬する関係にある、という含みがあるはず。弱い者たちはこういう関係を望まない）。弱い者たちは、お互いを「愛しあう兄弟」や「善き者・正しき者」と呼び合って、憎しみ合ったり競い合うことはしない。いつかやってくる未来の浄福、最後の審判、神の国の到来を期待して、それまでのあいだは「信仰、愛、希望」（パウロの標語）のうちに生きる。</p>
<p>　では、この弱い者たちの待ち望む正義、未来の浄福、最後の審判、神の国とはいかなるものか。じつは、そこには、ルサンチマンの人間の強い者に対する復讐と憎悪からなる陰惨なイメージが満ちている。そのありさまを、ニーチェはつぎの15節で具体的に描く。</p>
<p>（1）から（3）までの流れはつぎのようにまとめることができる。</p>
<p>　キリスト教は、弱さを徳として価値転換し、人間の追求すべき理想とした。それを図で整理すればつぎのようになる。</p>
<table border="1" width="500" cellspacing="0" cellpadding="5">
<tr>
<th>弱さ</th>
<th>価値転換された弱さ</th>
</tr>
<tr>
<td>報復しない無力</td>
<td>善良さ</td>
</tr>
<tr>
<td>びくつき</td>
<td>謙虚</td>
</tr>
<tr>
<td>憎悪を抱く相手に対する屈従</td>
<td>従順</td>
</tr>
<tr>
<td>攻撃しない弱さ、臆病さ</td>
<td>忍耐</td>
</tr>
<tr>
<td>復讐できない</td>
<td>復讐したくない<br />
敵に対する赦し<br />
敵に対する愛</td>
</tr>
</table>
<p>　ところが、弱さを徳として追求することはそう簡単なことではない。それは進んで不幸になろうとする態度でもあるからだ。しかし、キリスト教は、自分の理想、弱さという徳の追求に合わせて幸福の考え方を変更する。地上で幸福である者（強者）にはやがて最後の審判における罰がまっており、地上で不幸である者（弱者）にはやがて神の国における浄福がまっているとするのだ。いわば、地上の幸福は来世の不幸、地上の不幸は来世の幸福（浄福）とする価値転換がここにはある。これを図で整理すればつぎのようになる。</p>
<table border="1" width="500" cellspacing="0" cellpadding="5">
<tr>
<th>現実の幸福と不幸</th>
<th>最後の審判と神の国の浄福</th>
<th>価値転換された幸福と不幸</th>
</tr>
<tr>
<td>強い者は幸福</td>
<td>罪のある（強さを追求した）強い者（悪人）には最後の審判で不正と背神の罰</td>
<td>強い者は不幸<br />
（地上の幸福は来世の不幸）</td>
</tr>
<tr>
<td>弱い者は不幸</td>
<td>徳のある（弱さを追求した）弱い者（善人）には神の国の浄福という褒美</td>
<td>弱い者は幸福<br />
（地上の不幸は来世の幸福）</td>
</tr>
</table>
<p>　こうして、キリスト教道徳の基本的なかたちができあがる。弱い者はやがておとずれる神の国での浄福という期待があるからこそ、この現実世界でどんなに不幸になっても弱さという徳を進んで追求できるようになるのだ。</p>
<p>　これに加えてもうひとつ、弱い者はやがておとずれる最後の審判において正義がなされることを期待する。弱い者にとってこの正義とは、現実世界で幸福を味わう強い者に罰が下ることを意味する。弱い者はこの期待があるからこそ、この現実世界で強い者からの蹂躙を進んで耐え忍ぶことができる。</p>
<p>　じっさいのところ、弱い者のいう正義とは、弱い者の強い者への報復を意味する。弱い者は、報復を否定して、敵を憎まず、復讐せず、愛のうちに生きると言っているが、最終的に期待しているのは、敵を憎み、復讐し、勝利することなのだ。これは、じつは、弱い者も強い者になりたいと願っている証拠でもある。この点がつぎの15節で詳しく論じられる。</p>
<p>　なお、主体の論理についてもそうだったが、ニーチェは、正義の論理のすべてを批判しているわけではない。第二論文では、貴族的価値評価から生まれる正義の論理が評価される。ニーチェが問題とするのは、「強い者は悪い」という反感から発して、自分の憎悪と復讐を正義の美名で正当化するような、ルサンチマンの人間のつくりあげる正義の論理だ。</p>
<p>　ところで、これまで見てきた態度は、この現実世界を超えたどこかに理想を置き、そこに価値をみいだす。地上の幸福よりいつかやってくる浄福（神の国）、地上の報復よりいつかやってくる正義（最後の審判）。こうした理想から見れば、この現実世界は仮の世界となる。あの世にほんとうの世界があるなら、現実は偽物の世界にすぎなくなる。こうした、どこかに理想を立てて、あるがままの現実を否定しようとする反転した態度を、ニーチェは「真理への意志」と名づけ、第三論文の中心テーマに据える。</p>
<p>（5）カント道徳哲学との関係</p>
<p>　13節、14節でニーチェが問題にするルサンチマンの人間の道徳は、キリスト教道徳を指していながら、どこかカントの道徳哲学にも通じるところがある。しかし、もちろん、細かい部分では相違点もある。そこで、カントの道徳哲学の大枠をしめしたうえで、キリスト教道徳とのつながりを考えてみたい。</p>
<p>①カント道徳哲学の大枠</p>
<p>　カントの道徳哲学の中心には自由な主体がある。カントによれば、自由とは、現象の世界（わたしたちに現われる自然の世界、自然な欲望の世界）とは別の世界（物自体の世界、理念の世界）に属する原因性だ。主体はこの自由という原因性をもつ。人間は自然な欲望にしたがう存在（受動性）であるけれど、その一方で、自由という能力（自発性）を使って自然な欲望にあらがって自分をコントロールすることができる。</p>
<p>　主体がこの自分自身の自由にもとづいて道徳法則（いつも、自分の善かれをだれにとっても善かれと一致させるように行為すべし）を意志することが、カントにとっての善だ。自由と道徳法則はつながっている。だから、カントの善は、自己中心性（自分がかわいいという自然な欲望）を克服して純粋な利他性（だれにとっても善かれ）をめざすような、簡単にいえば、自分のことは差し置いてとにかく世のため人のためをなせ、と命じるような厳しい側面を含んでいる。</p>
<p>　みずからの自由でもって自己中心性を克服し、道徳法則を意志できるようになること。カントはこれを人間のあるべき理想の姿とする。カントはここに完全性を求める。人間が完全に自由で道徳的な存在となった状態（最上善）を理想とするのだ。さらに、最高の理想（最高善）を、その完全となった自由で道徳的な人間が幸せになること（徳福一致）とした。しかし、こうした理想は困難をはらんでいる。</p>
<p>　まず、人間は、自然な欲望をもつために、自分の意志を道徳法則に完全に一致させることが難しい。そもそも、完全に自由で道徳的な存在となる、という理想が困難なのだ。そこで、カントは霊魂の不死を要請する。霊魂が不死であれば、主体は、いわば死後も、完全に自由で道徳的な存在となるよう努力しつづることができるからだ。</p>
<p>　しかし、まだ困難がある。不死の霊魂としての人間が努力して、完全に自由で道徳的な人間になれたとしても、その主体が幸せになれるかどうかはわかないのだ。自由で道徳的な存在が幸せになる、という理想もまた困難なのだ。そこで、カントは神の存在を要請する。神がいるのであれば、来世において、完全な存在となった人間が祝福される可能性が開けるからだ。</p>
<p>　カントはこのようなかたちで、人間が完全に自由で道徳的な存在となることが可能であること、さらに、その完全な存在が幸せになることが可能であることを示そうとしたのだった。</p>
<p>②キリスト教道徳との共通点と相違点</p>
<p>　カントは自由を現象の世界とは別の物自体の世界に属する原因性とした。主体はこの自由という原因性をもつ。これは、ニーチェにいわせれば、キリスト教道徳と同じく、あるがままの現実の背後に想像された主体への信仰ということになるだろう。</p>
<p>　しかし、カントの自由な主体は、ニーチェがキリスト教道徳の自由な主体を特徴づけたように、弱さ（善）と強さ（悪）のどちらも選択できるものなのだろうか。カントの自由な主体は、そういった選択をしない。自由な主体は道徳法則を意志することによって善となる。簡単に言えば、カントのいう意味での自由な主体は、善には向かうが、悪には向かわないのだ。</p>
<p>　もちろん、大きな視点からみれば、カントの道徳哲学のなかには、自由であろうとするかしないか、という主体による選択はある。しかし、それでも、自由であろうとしないことを選ぶこと（自然な欲望にしたがうこと）は強さという悪の選択である、と表立っては言わないのがカントの道徳哲学の特徴だ。</p>
<p>　一方で、カントの道徳哲学は、自由によって自然な欲望（強さ）にあらがい道徳法則を意志する態度を善とする。あとでこの側面は詳しく見るが、道徳法則の利他的な側面を弱さとするなら、ここには、強さにあらがい弱さを選択することは善、とするキリスト教道徳の態度と重なるものを見ることができる。</p>
<p>　カントはこうした自由で道徳的な存在を崇高とする。ここには、弱さを主体の選んだ功績として、「弱い自分こそ善い」とする弱い者の自己正当化や、それをもとにした弱さの積極的追求というキリスト教道徳と重なる態度を見ることも可能だ。</p>
<p>　しかし、それでも、カントの道徳哲学には表立ってつぎの主張は見られない。自然な欲望（強さ）そのものを悪とすること（おそらく、原罪の観念）、強さを主体による悪の選択として、強い者に悪人としての責めや罪を着せ、弱い者の「強い者は悪い」という反感を正当化すること、最後の審判においてこの悪人に罰が下るとすること。カントは、こういったキリスト教道徳のなかにある強い者に対する反感や報復といった攻撃性のある教説を、注意深く斥けている。</p>
<p>　大きく言えば、カントの道徳哲学は、キリスト教道徳と同じく弱い者の自己肯定のための道徳だといえるだろう。しかし、「弱い自分こそ善い」とは主張するが、「強い者は悪い」を表立っては主張しない。ここが、カントの道徳哲学がキリスト教道徳と異なるところだ。</p>
<p>　とはいえ、このあたりの議論を細かくやるときりがなくなる。そこで、つぎはあらためて、ニーチェの視点から裏読みするように、カントの道徳哲学とキリスト教道徳との共通点を整理してみたい。その軸は、自然な欲望に対立する態度、霊魂の不死と神の存在の要請とするのがよいと思われる。カントの道徳哲学は表立って「強い者は悪い」とは主張しない。けれども、そのなかにはやはり、弱い者の強い者に対する反感のかたちを読み取ることができるのだ。</p>
<p>③自然な欲望に対立する態度</p>
<p>　カントは、自然な欲望そのものを悪とはしないが、それでも、自然な欲望は自由によって克服されるべき、とする。カントの自由な主体には、自然な欲望に対立する態度がある。ニーチェの視点からすれば、ここには、暗黙のうちに、「強い者は悪い」という弱い者の強い者に対する反感が反映されているといえる。その理由はつぎのとおりだ。</p>
<p>　カントの自由な主体は、自然な欲望を自分の力で克服しようとする力強い主体に見える。そう見えるのも、ここには、自然な欲望に立ち向かう能動的な態度があると思えるからだ。しかし、ニーチェにいわせれば、事情はまったく逆だということになる。</p>
<p>　ニーチェによれば、人間は、自分という中心をもち、現実のさまざまな抵抗に立ち向かって自分を強く大きくし、自己肯定しようとする力（力への意志）をもつ。自然な欲望とはこの力のことだ。真の意味で能動的な者、強い者は、この力のうながしにしたがい、それを伸ばそうとする。一方、受動的な者、弱い者は、この力を発揮できず、現実の抵抗に立ち向かえない状態にある。じつは、自然な欲望を発揮することこそ能動的であって、それを発揮できないのは受動的なのだ。</p>
<p>　こうしたニーチェの観点から見れば、カントは、自由な主体なるものを置いて、能動性と受動性とを転倒させていることになる。真の意味では自然な欲望を発揮しないことは受動的なことなのだが、カントはこうしたあり方を能動的とする。一方で、真の意味では能動的である自然な欲望を発揮すること、強くなろうとすること、弱さにあらがうことは、自由でない受動的なこととされている。</p>
<p>　カントの自由な主体は、表向きは自然な欲望を克服する積極的な態度のように見えるが、その内実は、強くなろうとしないこと、弱くあることを求める態度なのだ。これは、ニーチェに言わせれば弱さをいっそう追及するようなキリスト教道徳と同じ態度になる。</p>
<p>　だから、カントは表立って「強い者は悪い」、「自然な欲望は悪」とは言わないが、その道徳哲学の中心、自由な主体による自然な欲望の克服という主張のなかには、弱い者の強い者に対する反感が隠されているといえる。自然な欲望を発揮できない弱い者は、自然な欲望を発揮できる強い者に対して反感を抱く。「強い者は悪い」、自然な欲望を発揮することは悪である。そういうキリスト教道徳を支えるルサンチマンの人間の価値評価が、自然な欲望にあらがうことをあえて能動的とするカントの自由な主体の論理には、暗黙のうちに前提されているといえるのだ。</p>
<p>　この自由な主体の論理は、弱い者の「弱い者こそ善い」という価値評価を正当化する。弱い者の現実は自然な欲望を発揮できない受動性としてある。しかし、カントは、自然な欲望にあらがう自由な主体の論理によって、つぎのように弱い者の弱さの正当化を可能にする。</p>
<p>　自分はなぜ弱いのか、それは、自分自身の自由でもって、ほんとうは自然な欲望にしたがうこともできたのに、あえてそれあらがい、欲望を克服することを選んだから弱いのだ。</p>
<p>　ここに、自分の弱さという現状を主体による積極的な選択と考え、功績や徳とする、キリスト教道徳と重なる態度を見ることができる。</p>
<p>　なお、ここから、カントの自由と道徳法則とのつながりの意味を考えることができる。キリスト教道徳のなかにある弱さを功績や徳とし、それを積極的に追求する態度が、カントの自由と道徳法則との関係に見ることができるのだ。</p>
<p>　道徳法則は、自分の善かれをだれにとっても善かれと一致させることなのだから、それ自体は、自分という中心をもつように思える。しかし、この道徳法則を可能にするのは、自然な欲望を克服しようと求める自由な主体の論理だ。そのため、自由と道徳法則からなるカントの善の内実は、自分という中心をかたちづくる強さを求める自然な欲望をなくし、世のため人のためを意志するような、純粋に利他的なものになる。</p>
<p>　もちろん、カントの道徳哲学は、表立って、「右の頬をぶたれたら左の頬を差し出せ」、「敵に対する赦し、愛」といった徳を示すわけではない。しかし、ニーチェの観点から見れば、自己中心性を克服し利他性を生きなければならないカントの自由で道徳的な人間には、キリスト教道徳と重なる弱さ（自然な欲望を発揮しないこと）を徳として積極的に追求する態度を見ることができるだろう。</p>
<p>④霊魂の不死と神の存在の要請</p>
<p>　カントの道徳哲学がはっきりとキリスト教道徳とつながっていることがわかるのは、やはり、霊魂の不死と神の存在（神の国における浄福）の要請ということになるだろう。</p>
<p>　自然な欲望にあえてあらがい、弱さを積極的に追求するカントの自由で道徳的な人間は、現実において不幸を味わわざるをえない。そこで、霊魂の不死と神の存在（神の国における浄福）が要請されるのだ（霊魂の不死については、浄福を得るためよりまず道徳的に完ぺきな存在になるために必要、という独特の理由になっているけれども）。</p>
<p>　もちろん、カントは、霊魂が不死であることや、神の存在を理論的に証明できるとはしない。これらは、日々苦しい状況にありながら、自由で道徳的であろうとする、いわば、善く生きようとする人びとの努力のために要請されている。自分は不死であり、自分の努力はいつか神によって祝福されると信じることが、善き人びとの日々の苦しい実践をはげます、とカントは考えたのだ。</p>
<p>　しかし、ニーチェにとって、キリスト教が霊魂の不死や神の存在を「証明」しようとしたことと、カントがそれらを「要請」したこととのちがいは問題にならないだろう。重要なのは、カントの道徳哲学にとっても、キリスト教道徳にとっても、魂の不死と神の存在（神の国における浄福）の意味が「幸福」にあるという点だからだ。カントの道徳哲学もキリスト教道徳も共通に神の国における幸福（浄福）を求めている。</p>
<p>　ニーチェに言わせれば、幸福の本来の意味は、自然な欲望を実現し、強い者となることだ。カントの自由で道徳的な人間も、キリスト教道徳の善人も、自然な欲望を克服しようとはげむ。いわば、弱い者のままでいようと、不幸であろうとする。ところが、そうした態度が最終的に目指しているのは、来世での幸福なのだ。カントの道徳哲学も、キリスト教道徳も、あれだけ自分たちが否定し克服しようとしてきた自然な欲望を最終的には実現し、強い者になろうとしているということになる。</p>
<p>　もっとも、カントの道徳哲学もキリスト教道徳も、あの世の幸福のことは、「浄福」と呼んで、この世の幸福とは区別する。浄福は、自然な欲望を完全に克服したときに生じる喜びだとされる。</p>
<p>　しかし、浄福もまた幸福ではないだろうか。弱い者もまた自然な欲望を発揮して強い者になりたがっているのではないだろうか。</p>
<p>　すでに見たように、カントの道徳哲学は、キリスト教道徳ののなかにある強い者に対する反感や報復といった教説を注意深く斥けている。しかし、それがキリスト教道徳と共有する神の国での浄福という思想にはなにがあるのか。そこには、強い者への反感や報復といった攻撃性があるのではないか。この点について、つぎの15節で、また再びキリスト教道徳の話に戻り、詳しく見ることにしよう。</p>
</div>
<h4><a name="1_15">15　天国と地獄はひとつの場面</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　前節では、いつかやってくる神の国の到来を期待して、それまでのあいだ「信仰、愛、希望」（パウロの標語）のうちに生きるキリスト教徒の人間像が描かれた。では、神の国とはどういうものか。その具体的イメージがここで取り出される。</p>
<p>　ニーチェはここでも独特の書き方をしている。原文ではこの節の大半が初代キリスト教教父テルトゥリアヌス（160頃‐220頃）の『見世物について』（ラテン語原典）からの引用になのだ。かなり異様な書き方だけれど、ニーチェはキリスト教のテキスト自身にそのルサンチマン的本質を語らせようとしている。内容は以下のとおり。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　キリスト教徒は、この世の苦しみに耐えながら信仰、愛、希望のうちを生きる。そう生きられるのも、来世の「神の国」における勝利を思い描いているからだ。だから、彼らもまた、強い者になりたいと願っているのだ。この神の国を見るために永遠の生命というものが考え出される。永遠の生命があることによって、来世において、神の国を見ることができ、現世の苦しみの償いを受けることができるからだ。</p>
<p>　ダンテは地獄の門に「われをもまた永遠の愛は創った」と掲げたが、それは間違っている。むしろ、天国の門のほうに「われもまた永遠の憎悪は創った」と掲げられるのがふさわしい。というのも、天国の浄福というのは、トマス・アクィナスが「天国にある浄福な者たちは」、「罪人らの罰されるのを見、それによっていよいよおのれの浄福を悦ぶであろう」と言っているように、弱い者が強い者に対する復讐を眺めてよろこぶ場面のことだからだ。</p>
<p>　テルトゥリアヌスは、現世の見世物の残忍な快楽を戒めたが、彼の描く神の国の到来、最後の審判のイメージは、キリスト教徒にとって最高の見世物となっている。そこでは、異教の神（ユピテル）と王が炎に焼き尽くされ、キリスト教を迫害するローマの地方の総督たちや霊魂の不滅を否定する哲学者たちが焼かれている。キリスト教を知らなかった古代ギリシアの詩人たちは思いもかけない審判におののきふるえ叫んでいる。戦車競走の馭者は火だるまになっているし、槍投げの競技者が火炎のなかで競技している。</p>
<p>　このような残虐な光景が見られるためには、それを見るキリスト教徒と同様に、罪人たちの生命も永遠でなければならない。テルトゥリアヌスが永遠の罪人としてとくに望んだのがイエスを辱めた者たち（ユダヤ人）だった。永遠に地獄の苦しみを味わうユダヤ人について、「これほどの見世物を観せ、これほどまでに心躍らしてくれる者などいるであろうか？」とテルトゥリアヌスはいっている。</p>
<p>　「信仰」によって、こうしたいままで見たことも聞いたこともない光景（弱い者の強い者に対する復讐と勝利の光景）、現世のいかなる円形競演場、悲劇や喜劇の舞台、競技場よりも、「目を喜ばせる光景」（見世物）を思い描くことができる、とテルトゥリアヌスはいう。</p>
</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足</p>
<p>（1）キリスト教の神の国のイメージ</p>
<p>　ニーチェはここで、トマス・アクィナス（1225頃‐1274）やテルトゥリアヌスの神の国のイメージを引用して、キリスト教のなかにある強い者に対する復讐心を取り出している。一見、弱さを追求しているように見えるキリスト教の人間も、じつは、攻撃性を発揮して、いつかは勝利したい、強くなりたいと願っている。このことは、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」というルサンチマンの人間の価値評価が、じつは欺瞞だったことを意味している。ほんとうにある価値評価とは「強い自分はよい」であって、キリスト教はそれを来世に延期しているだけなのだ。</p>
<p>　キリスト教は、復讐と勝利を、現世ではなく、来世に求めている。だから、永遠の生命という考えが不可欠となる。永遠の生命は、復讐をなしとげる弱い者だけでなく、復讐される強い者にもなければならない。</p>
<p>　この永遠の生命という考えが、善人は天国へ、悪人は地獄へ、という天国と地獄の一般的なイメージを生み出す。ここでニーチェはダンテ（1265-1321）の言葉を引用しながら、「地獄は永遠の愛が創ったのではない」と批判して、すぐその話をやめて、「天国は永遠の憎悪が創った」という言い方のほうに力点を置いている。</p>
<p>　おそらく、ニーチェは、ダンテが『神曲』で描いたような天国と地獄の階層的なイメージを壊したいと思っている。たしかに、善人（弱い者）が天国に赴き、悪人（強い者）が地獄に赴く、といったイメージ、それじたいも弱い者の強い者に対する憎悪によってつくりだされているといえる（ダンテが地獄を永遠の愛が創ったとするのはまちがっている）。しかし、ニーチェの言いたいのは、キリスト教の神の国のイメージのなかに、すでに悪人（強い者）が罰される地獄のイメージ、弱い者の強い者に対する憎悪が含まれている点だ（天国は永遠の憎悪が創った）。　</p>
<p>　天国のなかに地獄が含まれている。このことは、天国と地獄は別々にあるのではなく、ひとつの場面であることを意味する。弱い者も強い者も同じ場所にいる。それを示すために、ニーチェは、トマス・アクィナスやテルトゥリアヌスを引用している。</p>
<p>　たとえば、テルトゥリアヌスが描くのは、コロッセウムのような競演場で、強い者が地獄の責め苦を味わわされているのを、弱い者が観客として見て楽しんでいる場面だ。キリスト教のいう神の国とは、いわば、弱い者のための復讐劇、見世物なのだ。そこには観客（弱い者）と同時に犠牲（強い者）もいっしょにいる。お互い永遠の命をもっているのだから、強い者は永遠に苦しめられ、弱い者はその様子を永遠に楽しむことができる。だから、天国と地獄とは、階層的に区分されたものではなく、ほんとうはひとつの世界なのだ。</p>
<p>　ここでは、浄福と最後の審判とがひとつの場面に一体化している。神の国とは、弱い者にとっての天国であり、強い者にとっての地獄なのだ。ニーチェは、11節で、ヘシオドスの青銅時代と英雄時代の区分は、ひとつの時代が、被害者である弱い者と勝利者である強い者の二つの視点から見られたものであることを示した。神の国とは、この裏がえしで、弱い者にとっては勝利であり、強い者にとっては被害をこうむる、ひとつの場面としてある。</p>
<p>　もちろん、ニーチェに言わせれば、このような神の国とは虚偽（まやかし）だ。ルサンチマンの人間の復讐は想像上で行われる。現実の世界で弱くみじめなままを生き、想像の世界で神の国における強い者への復讐を思い描いてたのしむこと。これがキリスト教の「信仰」の本質だとニーチェは考えている。</p>
<p>（2）社会の内部に向けられる攻撃性</p>
<p>　ところで、ここでニーチェは、テルトゥリアヌスの引用を使って、キリスト教のなかにある反ユダヤ的傾向を指摘している。テルトゥリアヌスは、異教の王、ローマの役人、哲学者、古代ギリシアの詩人、競争者・競技者（肉体的に強い者）といった者たちより、なによりも、イエスを辱めたユダヤ人が責め苦を味わうのを見ることをよろこばしいとしている。キリスト教の憎悪の矛先はユダヤ人に向けられている。</p>
<p>　テルトゥリアヌスは2世紀終わりから3世紀のはじめを生きた人物だが、ここには当時のキリスト教とユダヤ教の対立関係が反映されている。テルトゥリアヌスはユダヤ人が聖母マリアのことを淫売婦とするのを神の子イエスに対する辱めだとしている。ニーチェはこの淫売婦という言葉にタルムードと同じ表現を見ている（ここで言われているタルムードとは、それまでのラビたちによる口伝が7世紀に編纂されたバビロニア・タルムードのことだろう。そこには、イエスが母の姦通の末に生まれた子であるかのような記述が見られる）。ユダヤ教はキリスト教を誤った教えにもとづく分派として攻撃する。</p>
<p>　テルトゥリアヌスがバビロニアの議論を知っていたかどうかはわからないが、当時は権威あるユダヤ教から、その分派としてのキリスト教への攻撃があった。そこで、テルトゥリアヌスは、イエスを「ユダから買い取った」等、「福音書」の言葉を引用してユダヤ人に対して憎悪を向け、ユダヤ人に対抗するのだ。</p>
<p>　福音書には、ユダヤ教勢力（律法学者のパリサイ派や神殿で祭祀を行うサドカイ派）への攻撃性が見られる。これは『反キリスト者』の議論になるが、ニーチェは、この攻撃性はもともとユダヤ共同体内部での弱い者（福音書の成立に大きな影響を与えたパウロら）による特権者（パリサイ派、サドカイ派）への憎悪から発したと考える。</p>
<p>　たとえば、ニーチェはつぎのように言う。「ひとたびユダヤ人とユダヤ人キリスト教徒とのあいだに裂け目が開かれるやいなや、後者には、ユダヤ的本能がすすめたのと同一の自己保存の手続きをユダヤ人自身に対して適用すること以外には、なんらの選択もまったく残されてはいなかったが、他方ユダヤ人は、それまでこの手続きをすべてのユダヤ的ならざるものに対してのみ適用したまでのことである」（『反キリスト者』、44節）。</p>
<p>　ここで言われている「ユダヤ的本能」とは、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」というルサンチマンの価値評価を意味する。ユダヤ教イエス派ともいうべき新しい分派を立ち上げたパウロたちにとって、強い者とは、すでに権力をもっている既存のユダヤ教勢力だった。パウロたちはこの勢力に迫害される弱い者だった。そこで、自分を迫害する相手に対する憎悪が生まれ、パリサイ派やサドカイ派を神の子イエスを辱めた悪人だとする物語がつくりあげられる。ユダヤ教は憎悪を自分たちの外側の支配民族といった強い者に向けたが、キリスト教（パウロ）は憎悪を自分自身の属するユダヤ共同体内部の強い者に向けたのだ。</p>
<p>　なお、ここでニーチェが言っているユダヤ人に対する特徴は、タキトゥス（55頃‐120頃）のつぎの言葉を参照している。「彼らはお互いに信頼を頑固に守り、同情の手をいつでもすぐ差しのべる。しかし彼ら以外のすべての人間には敵意と憎悪を抱く」（『同時代史』、第5巻）。ニーチェの分析によれば、共同体の外部の強い者に憎悪を向けるのがユダヤ教、共同体の内部の強い者に憎悪を向けるのがキリスト教となる。</p>
<p>　テルトゥリアヌスはパウロがつくりだした共同体内部の強い者に向かう憎悪を引き継いだ。ただし、テルトゥリアヌスはユダヤ人ではなく、ユダヤ共同体に属していたわけではない。テルトゥリアヌスの闘いの舞台はローマ帝国の内部だ。この内部で、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」というルサンチマンの価値評価にもとづき、自分たちを迫害する強い者に対する攻撃が行われる。</p>
<p>　その攻撃性が真っ先に向けられるのが、キリスト教がもともとそこから生まれた権威あるユダヤ教、ユダヤ人となる。同時に、テルトゥリアヌスの攻撃性は、ローマ帝国内部の他の強い者たち、異教の王（ローマ皇帝）、ローマの役人、霊魂の不滅を否定する哲学者（たとえば、大規模なキリスト教迫害を行った皇帝、哲学者としても知られたマルクス・アウレリウス・アントニヌス（121‐180）は死後の霊魂の不滅を否定している）、古代ギリシアの詩人（ギリシア人）、競争者・競技者（肉体的に強い者）といった者たちにも向けられる。</p>
<p>　ニーチェの考えにしたがえば、キリスト教のなかにある反ユダヤ的傾向は、パウロからはじまる共同体内部に向かうルサンチマンの攻撃性から生まれたものだった。もちろん、パウロはユダヤ人であるから、その攻撃性は、直接的にはパリサイ派やサドカイ派に向けられ、ユダヤ人全体には向かっていないといえる。しかし、内部の強い者への攻撃性という福音書の精神を受け継いだテルトゥリアヌスになると、攻撃性はローマ帝国内部のユダヤ人全体に向けられることになる。もっとも、テルトゥリアヌスの神の国のイメージには、ユダヤ人だけなく、ローマ帝国内部の強い者たち全般への憎悪と復讐が含まれている。</p>
<p>　しかし、キリスト教がローマ帝国を支配することによって、内部の最後の敵として残ったのがユダヤ人だった。これによってユダヤ人がキリスト教社会内部の憎悪を一手に引き受けてしまうことになる。同じ「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」という価値評価を土台にしながら、憎悪を向ける方向のちがいによって、キリスト教はユダヤ人をキリスト教社会の内部の敵とし、ユダヤ人はキリスト教をユダヤ共同体の外部の敵とする、相いれない構図が出来あがってしまうのだ。</p>
<p>　このように、ユダヤ教とキリスト教にはなかなか決着のつかない対立の構図があるのだが、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」という価値評価の普遍化という観点から見れば、キリスト教のほうがシステムとしてユダヤ教よりすぐれていたということになる。キリスト教は、パウロの十字架の論理によって、この価値評価を弱い者なら誰もみなに開くことができた。同時に、攻撃性を内に向け、社会の内側に強い者を認めない態度もある。一方、ユダヤ教は、律法という制限もあって、この価値評価をなかなか普遍化できない。攻撃性を外に向け、社会の内側に強い者を許す可能性もある。だから、キリスト教が「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」という価値評価を積極的に担っていくことになる。この意味で、キリスト教はユダヤ教に勝利したといえるのだ。</p>
<p>　こうして話は、第8節につながっていく。テルトゥリアヌスが神の国のイメージで描き出したのは想像上の復讐だった。しかし、コンスタンティヌス帝（274頃‐337）のミラノ勅令（313年）による公認を経て、その後、テオドシウス帝（347-395）によってキリスト教はローマ帝国の国教となる（380年）。皇帝さえもその前に跪くローマ教会が確立されていく。弱い者の強い者への復讐は現実のものとなり、神の前での万人の平等が生まれる（もちろん、じっさいは、そのなかで教会権力が力を得るのだけれど）。ニーチェによれば、これは、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」というルサンチマンの価値評価の勝利だ。</p>
<p>　つぎの節で、ニーチェは「ローマ対ユダヤ、ユダヤ対ローマ」という対立軸を提出するが、これは、貴族的価値評価（ローマ）とルサンチマンに根ざした僧侶的価値評価（ユダヤ）の対立を意味する。ニーチェにとって問題なのは、具体的なユダヤ人やキリスト教徒というわけではない。問題なのは、ユダヤの僧侶階級から生まれ、パウロによって普遍化され、社会の内部の強い者への攻撃性として向けられた「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」という価値評価そのものだ。</p>
<p>　僧侶的価値評価は、キリスト教を通じて世界を覆い、強い者を抑え、勝利したかに見える。だれもがみな平等に弱く善良になる。しかし、そのキリスト教社会の内部から、貴族的価値評価の抵抗が生まれてくる。ニーチェは歴史をこの貴族的価値評価と僧侶的価値評価との相剋として描く。それをつぎに見てみよう。</p>
</div>
<h4><a name="1_16">16　ローマ対ユダヤ、ユダヤ対ローマ、価値評価の対立から見る歴史</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　第一論文をまとめ、これからの議論に橋渡しをする節。ここでニーチェは独自の歴史観を展開している。その軸となるのが貴族的価値評価と僧侶的価値評価（ルサンチマンの価値評価）との対立だ。これまで描かれたのはキリスト教の発生史だったが、そこにあった価値評価の対立は歴史を通じて展開していく。内容は以下のとおり。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　「よい」と「わるい」（貴族的価値評価）、「善」と「悪」（僧侶的価値評価）という二組の対立した価値は、幾千年にもおよぶ長い戦いを交わしてきた。僧侶的価値評価が優勢となったいまでは、戦いは精神の場面で行われ、高度な精神を見分ける特徴はこの分裂を宿しているかどうかにかかっている。</p>
<p>　この戦いは、象徴的にいえば「ローマ対ユダヤ、ユダヤ対ローマ」という標語となる。ローマはユダヤ（キリスト教）に反自然的なものを見て、「全人類に対する憎悪の罪」があるとして迫害した。一方、ユダヤ（キリスト教）はローマに対して『ヨハネ黙示録』のような復讐の物語をつくりだした。ローマ人のように強く高貴な者はこれまで地上に存在しなかった。しかし、ユダヤ人は、すぐれたルサンチマンの僧侶的民族であり、僧侶道徳をあやつって、ローマだけでなく地上の半分もの人びとを飼い馴らしてしまった。</p>
<p>　いまでは、人びとは、イエス、ペテロ（カトリック教会の中心、サン・ピエトロ大聖堂が祀る聖ペテロ）、パウロ、マリア（聖母マリア）という三人のユダヤ男と一人のユダヤ女の前に跪いている。ローマは疑いもなく敗北したのだ。</p>
<p>　とはいえ、古典的な理想である貴族的価値評価が、ルネサンスのなかで輝かしくも不気味に復活したこともあった。古いローマの上に建てられたユダヤ化された新しいローマの圧迫、世界全体のためのユダヤ教会堂（シナゴーグ）のような姿で「教会」と呼ばれたローマの圧迫のもとで、古いローマそのものが仮死状態の者が目覚めるように再び動き出したのだ。</p>
<p>　しかし、宗教改革と呼ばれる賤民的なルサンチマン運動においてユダヤがまた勝利する。このことによって、教会は復興し、古典的なローマの墓場の静けさも復元されてしまう（宗教改革に触発されたカトリックの改革、反宗教改革のもとにルネサンスは衰退してしまう）。</p>
<p>　さらに決定的だったのは、フランス革命におけるユダヤの勝利だった。これによって、ヨーロッパに最後まで存在した貴族主義、17、18世紀のフランスの貴族主義は民衆のルサンチマン本能のもとに崩壊した。</p>
<p>　ところが、このフランス革命のなかから、古典的な理想そのものが肉体をそなえて現われた。人間の低下、平均化、衰退、凋落である多数者の特権に対して、少数者の特権の言葉が強烈に鳴り響いた。ナポレオンという遅生まれの高貴な理想の体現者、非人（人でなし）と超人との綜合が現われたのである。</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足</p>
<p>（1）価値評価の対立から見る歴史</p>
<p>　この節は、「ローマ対ユダヤ、ユダヤ対ローマ」という対立を軸にしている。ニーチェはこれをもとにヨーロッパの歴史を描く。しかし、この対立の図式は文字通りにローマ（人）とユダヤ（人）の対立を指すわけでない。その意味は価値評価の対立にある。これまで見てきた「強い自分はよい、弱い者はわるい（劣っている）」とする自己肯定感を土台にする価値評価と、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」とするルサンチマンを土台にする価値評価との対立。すなわち、貴族的価値評価と僧侶的価値評価の対立がこの図式の内実なのだ。</p>
<p>　だから、この節での「ローマ」とは貴族的価値評価を指し、「ユダヤ」とは僧侶的価値評価を指す、と考えるのがいい。歴史を通じてこの意味での「ローマ」と「ユダヤ」は繰り返しあらわれる。ニーチェが描くヨーロッパの歴史は、この二つの価値評価の争いとしてある。</p>
<p>　じっさい、この節には、ユダヤ人やユダヤ教を直接語る部分は存在しない。たとえば、最初の「ローマ対ユダヤ、ユダヤ対ローマ」の対立からしてそうだ。ここで紹介されているローマがユダヤに対して抱いた「全人類に対する憎悪の罪にわたされたもの」という印象は、タキトゥス（55頃‐120頃）の『年代記』、第15巻からの引用だが、これは、ローマ（タキトゥス）が皇帝ネロ（37-68）に迫害されたキリスト教徒に向けた言葉だ。一方、ユダヤがローマに向けた復讐の物語として紹介されている『ヨハネ黙示録』（95年頃書かれた）は新約聖書の正典に含まれる。</p>
<p>　だから、ここでの対立は、じっさいには、「ローマ対ユダヤ、ユダヤ対ローマ」ではなく、「ローマ対キリスト教、キリスト教対ローマ」なのだ。それでもニーチェがキリスト教を「ユダヤ」と呼ぶのは、その価値評価の起源をたどれば、あのユダヤの僧侶たちに行き着くからだ。この意味で、キリスト教は「ユダヤ」なのだ。</p>
<p>　つづいて、ニーチェは、ユダヤ民族は、中国人やドイツ人とは比べものにならないくらい傑出したルサンチマンの民族である、ともいう。しかし、じっさいにローマに勝利したのはユダヤ民族ではない。勝利したのは、ユダヤ民族から僧侶的価値評価を受け継いだキリスト教だ。だから、ユダヤ民族が傑出しているのは、キリスト教の価値評価の起源であったという意味で、あるいは、僧侶的価値評価を普遍化するキリスト教の仕組みを打ち立てたパウロがユダヤ人であったという意味で、傑出しているのだ。</p>
<p>　さらに、ニーチェは宗教改革やフランス革命についてもユダヤの勝利という。これもまた、ユダヤ人、ユダヤ教の勝利を直接に意味するわけではない。僧侶的価値評価の勝利なのだ。　</p>
<p>　歴史を貴族的価値評価と僧侶的価値評価の相剋として見る。ここにニーチェの力点がある。</p>
<p>　ニーチェにとって、歴史とは、いわば、プレイヤーがそのつど変わりながらも、つねに二つの価値評価が争うゲームだ。貴族的価値評価を体現するローマ、ルネサンス、フランスの貴族制、ナポレオン。ユダヤから生まれた僧侶的価値評価を受け継ぐキリスト教、宗教改革、フランス革命。価値評価を体現するプレイヤーは変化するが、つねに、貴族的価値評価と僧侶的価値評価とが争う。その意味で、「ローマ対ユダヤ、ユダヤ対ローマ」の相剋として歴史はあるのだ。</p>
<p>　しかし、この歴史の展開を見る前に、まずはこの「ローマ対ユダヤ、ユダヤ対ローマ」という標語について考えてみたい。</p>
</p>
<p>（2）「ローマ対ユダヤ、ユダヤ対ローマ」という標語について</p>
<p>　ニーチェのなかで、『道徳の系譜』は『善悪の彼岸』の解説という位置づけになっている。『善悪の彼岸』、260節では「主人道徳」と「奴隷道徳」の対立が示されている。この対立は、これまで見てきた貴族的価値評価と僧侶的価値評価の対立の原型となる構図だ。</p>
<p>　しかし、『善悪の彼岸』では、主人道徳の例としては古代ギリシアの貴族やヴァイキングの価値評価、奴隷道徳の例としては進歩と未来を信じる近代的理念が挙げられている。ここでは、主人道徳と奴隷道徳の対立はキリスト教の発生史とは結びつけられていない。</p>
<p>　この対立が、キリスト教の発生史における貴族的価値評価と僧侶的価値評価の対立として展開しなおされるのが、『道徳の系譜』だ。この価値評価の対立は、いま、あらためて「ローマ対ユダヤ、ユダヤ対ローマ」という標語に置きなおされる。</p>
<p>　ニーチェはこの標語に似た構図を以前から考えていたようだ。短いものだが、「ローマに対するキリスト教の復讐」と題する『曙光』、71節には、ユダヤ民族含め諸民族を服従させる強大なローマとそれに最後の審判を夢見ることで復讐するユダヤ（キリスト教）という対立の構図が見られる。</p>
<p>　しかし、「ローマ対ユダヤ、ユダヤ対ローマ」という標語じたいはこの『道徳の系譜』の16節ではじめて明確に置かれたものだ。ニーチェはそれが「全人類史を通じて今日まで読みがいを維持しているある著作」に書かれているという。ところが、ここが問題で、これほど読みがいのあるはずの肝心な書物の名前が明記されていない。標語の出所がわからないのだ。</p>
<p>　たとえば、すぐそのあとで引用されるローマのキリスト教に対する非難、「全人類に対する憎悪の罪にわたされたもの」は、タキトゥスの『年代記』からのものだが、『年代記』にこの標語を明確に見つけることはできない。キリスト教のローマへの復讐の物語である『ヨハネ黙示録』にもこの標語を見つけることはできない。</p>
<p>　しかし、そもそも、標語は「ローマ対ユダヤ、ユダヤ対ローマ」という二組なのだから、『年代記』のようなローマの立場からのユダヤ（キリスト教）への非難と、『ヨハネ黙示録』のようなユダヤ（キリスト教）の立場からのローマへの復讐と、この両方の視点を含む書物でなければならないはずだ。</p>
<p>　では、その両方の視点を含む書物とはなにか。ニーチェが「全人類史を通じて今日まで読みがいを維持しているある著作」とまで評価している書物とはなにか。それは、ギボン（1737-1794）の『ローマ帝国衰亡史』ではないだろうか。</p>
</p>
<p>（3）ギボンの『ローマ帝国衰亡史』</p>
<p>　ギボンの『ローマ帝国衰亡史』には、「ローマ対ユダヤ、ユダヤ対ローマ」という標語そのものは見つからない。しかし、その15章、16章で展開されるローマにおけるキリスト教の発展の考察は、「ローマ対ユダヤ（キリスト教）、ユダヤ（キリスト教）対ローマ」を軸に進む（ギボンの書き方では、15章がキリスト教のローマに対する闘い、16章がローマのキリスト教対する闘いの考察になる）。その内容は、『道徳の系譜』を先取りするような、ニーチェが大いに参考にしたであろうものになっている。そこで、以下にギボンの議論をたどってみたい。</p>
</p>
<p>①キリスト教の排他性</p>
<p>　ギボンの『ローマ帝国衰亡史』は、キリスト教を論じる部分になると、かなり読みにくくなる。それは18世紀当時の時代的制約で、キリスト教を論じるためにはさまざまな配慮が必要だったからだと思われる。しかし、そこにあるのはキリスト教批判だ。しかも、その主張は、キリスト教の本質を「排他性」として批判する当時としてはたいへん過激なものになっている。この排他性について、ギボンはつぎのように考えている。</p>
<p>　ローマ帝国はギリシアのオリュンポスの神々を受け継ぎ、多神教を国教としていた。多神教ゆえに、自分たちの征服した異民族の宗教も尊重した。ローマは、自分たちの神々を認めることを条件に異民族の信仰を許し、自分たちの神々のなかに異民族の神々を取り入れることもあった。</p>
<p>　ところが、このローマの宗教政策に反する宗教があった。それがユダヤ教とそこから生まれたキリスト教だった。ユダヤ教はローマの神々を認めず、自分たちの神を唯一の神とした。キリスト教もまた、異教に対して一貫して排他的な姿勢をとった。</p>
<p>　ギボンは、キリスト教をユダヤ教よりもさらに排他的な宗教だと考え、その特徴をつぎのようにいう。「キリスト教徒というのは、その家庭の迷信、都市の迷信、さらには地域共有の迷信まで、あげて拒否し去ったのだった。いわば信徒ことごとくが一体となって、ローマの神々、帝国の神々、いや、さらに全人類の神々との霊的交通まで、一切あげて拒んだのだ」（16章）。ギボンにとって、キリスト教とは、自分がそこから生まれた故郷の宗教であるユダヤ教さえも認めず、自分と異なるあらゆる宗教を許さない宗教だ。この態度が、ローマの宗教政策と対立する。</p>
<p>　ローマの宗教政策は、支配民族による上からの政策とはいえ、諸民族のもつ宗教の違いを認めつつ、そのうえで、お互いの宗教を認め合うことをめざしていた。これは個々の民族の個別性を尊重するような態度だった。ローマは、排他的なところのあるユダヤ教さえ基本的には尊重した。これは、ローマがユダヤ教を帝国内の多様な民族宗教のひとつとして扱ったことを意味する。たしかに、ユダヤ教にはユダヤ民族以外で入信する者もあって民族宗教とはいえないところがあった。しかし、ローマにとっては、ユダヤ教の食事規定や割礼などの律法、アブラハムの子孫に世界の支配を限定するといった考え方は、ユダヤ民族にしか通用しないローカルなものに見えていたからだ。だから、ローマは、ユダヤ教も民族それぞれの多様な宗教のひとつとして尊重することができたといえる。</p>
<p>　ところが、キリスト教はローマにとってたいへん奇妙な宗教に見えた。キリスト教は自分がそこから生まれたユダヤ教を含め、あらゆる民族宗教を否定したうえで、普遍的な宗教を打ち立てようとする（パウロの十字架の論理で打ち立てられた、救われる者は弱いユダヤ民族に限定されず、弱い者なら“誰でもみな”救われる、という論理）。この積極的に民族というローカルな枠を越えようとする態度は、ローマに言わせれば無神論だった。というのも、個別の民族にもとづかない宗教などありえないと考えていたからだ。もう少し言えば、宗教というものは民族のちがいに応じて多様であるのが当たり前と考えていたからだ。</p>
<p>　だから、キリスト教の態度は、ローマの宗教政策と真っ向から対立することになる。というのも、ローマは個々の民族のもつ宗教のちがいを前提に、それをお互いに尊重しあう努力を求めていたのに、キリスト教はこのちがいをけっして認めようとはしないからだ。キリスト教の普遍性は、すべての民族宗教の個別性を否定するかたちでひとつの信仰をめざす。この態度は、民族宗教の個別性を重視する立場から見てみれば、宗教の多様性を否定する極端な排他性なのだ。</p>
<p>　ローマの宗教政策は個々の民族宗教がお互いの多様性を認めあうことをめざしていたのに、キリスト教だけが、その政策にしたがわず、自分の宗教の絶対性、唯一性に頑迷にこだわることになる。ローマの政策は、宗教は多様なままでいいと考え、その多様な宗教どうしの相互承認というべきものをめざしていた。ところが、これに対して、キリスト教は、宗教が多様であることを頑迷に認めず、自分と異なる宗教をけっして承認しようとしない排他的な態度をとるのだ。</p>
<p>　ギボンは、「終始あくまで非寛容を貫いたキリスト教徒たちの狂信ぶり」とまで言って、キリスト教を批判する。この態度が、その後に起こった苛烈な異端審問や、宗教改革に端を発する凄惨な宗教戦争のもとになっていると考えるからだ。</p>
<p>　ギボンの考えでは、キリスト教の本質は排他性だ。この本質ゆえに、いったんキリスト教が勝利して、社会が全面的にキリスト教化しても、今度はその社会の内部で、異質なものを排除するような運動（異端審問、宗教戦争）がかならず起こる。それまでキリスト教の外側に向いていた自分と異なる者を認めない攻撃性は、今度はキリスト教の内側であらわれると考えるのだ。ギボンにとってキリスト教はいつまでも排他的な宗教なのだ。</p>
<p>　では、キリスト教はどのようにローマ帝国に広まっていったのか。キリスト教は、異教との闘いを通じて発展した。それは、ローマ対キリスト教、キリスト教対ローマという構図をとる。つぎにギボンが描くこの闘いの様子を見てみたい。</p>
</p>
<p>②ローマ対キリスト教、キリスト教対ローマ</p>
<p>　ローマの市民たちは、キリスト教の排他的な姿勢を諸民族の融和を乱すものとして憤った。しかし、ローマの皇帝たちの多くは、こうしたキリスト教の姿勢に対してさえ基本的には寛大な態度をとった（ギボンによれば、のちのキリスト教史家が述べるほどローマのキリスト教への迫害は大きくはなかった）。</p>
<p>　一方、キリスト教は、その偏狭な姿勢を咎められながらも、多くの信徒を獲得していく。入信者は下層階級だった。ローマ社会では、「ほんの一握りの少数者だけが富、名誉、知識による特権を享受する一方で、いわゆる国民大衆は当然に卑賤、無知、貧窮に運命づけられている」（15章）。そのなかで、キリスト教の入信者は、ギボンにいわせれば、「ほとんど全員が農民、職人、女や子供、乞食や奴隷など、いわゆる社会の屑」だった（15章）。</p>
<p>　このような弱い者たちの入信をうながすものに、たとえば、「来世に関する教義」がある。『ヨハネ黙示録』では、イエスの再臨によって、異教徒の都バビロン（ローマおよびローマ帝国）が炎に焼かれ、キリスト教徒にその勝利（千年王国）が訪れるビジョンが描かれる。テルトゥリアヌスは、その『見世物について』で、最後の審判において異教徒たちが地獄の炎で焼かれるビジョンを描く。ギボンはこういう。「異教徒どもの権力下で、この世の圧政に苦しんでいるキリスト教徒は、ときにはその憤懣と精神的自負との吐け口を、来世での勝利というこの喜びに求めたのだった」（15章）。</p>
<p>　キリスト教の「来世に関する教義」は、社会のなかでの弱い者たちに、異教を信じることの恐怖を煽るとともに、来世での支配者（強い者）への復讐と被支配者（弱い者、キリスト教徒）の勝利を教える。ギボンによれば、この来世への恐れと期待、その他には、奇跡、道徳的実践（禁欲）を武器に、キリスト教は「絶対的に排他的な信仰の情熱」をひとつにする教会組織をつくりあげたのだった。こうした、いわば弱い者のルサンチマンを組織するシステムによって、キリスト教はローマ（強い者）に勝利することになる。</p>
<p>　皇帝をはじめ、官僚、知識人といったローマの上層階級（強い者）は余裕に満ちた寛容の精神から、弱い者であるキリスト教徒を哀れみはしても、その恐ろしさを認識できなかった。貧富の格差を是正する方法も思いつかなかった。その間に、キリスト教は圧倒的多数の下層階級を組織して力を蓄え、勝利を手にすることになる（キリスト教の公認、国教化）。</p>
<p>　これがギボンの考えるローマにおけるキリスト教の発展のストーリーだ。</p>
<p>　ニーチェはギボンの名前は出さない。しかし、明らかにギボンの議論を参考にしている。</p>
<p>　ニーチェは、一方にタキトゥスの『年代記』から「全人類に対する憎悪の罪にわたされたもの」という言葉を置き、他方に『ヨハネ黙示録』を置く。どちらも、ギボンがローマ対キリスト教、キリスト教対ローマの戦いの例として引いているものだ（ただし、ギボンの場合、タキトゥスによるネロのキリスト教迫害の記述については慎重に考察していて、それを突発的なものとする。というのも、ローマの行ったキリスト教迫害など、その後にキリスト教自身がその内部で行った異端審問や宗教戦争の悲惨さに比べればよっぽど小さかった、と言いたいからだ）。</p>
<p>　また、ニーチェが15節で長々と引用したテルトゥリアヌスの『見世物について』の箇所は、ギボンがキリスト教の「来世に関する教義」として引用した箇所と重なっている（ギボンの場合は、あまりにも激しい憎悪に満ちた部分であるから、と言って、きりのいいところで引用をやめている）。</p>
<p>　もっと大きくいえば、キリスト教は弱い者のルサンチマンを組織してローマに勝利したというニーチェの考えじたい、ギボンから着想を得たのかもしれない。</p>
<p>　もちろん、「ローマ対ユダヤ、ユダヤ対ローマ」という標語の出所を正確には特定できない。しかし、この標語は、「ユダヤ」を「キリスト教」に変えれば、ギボンの『ローマ帝国衰亡史』、15章、16章の内容にふさわしいと思われる。</p>
<p>　しかし、ニーチェがそもそも明確に示さなかった「ローマ対ユダヤ、ユダヤ対ローマ」の出所を見つけることがいちばん重要なことではないだろう。この標語の意味することのほうが重要だ。改めていえば、それは、貴族的価値評価と僧侶的価値評価の対立のことだ。ギボンは、ローマ対キリスト教、キリスト教対ローマの闘いを価値評価の対立としては明確に位置づけてはいない。だから、価値評価の対立から歴史を見る視点は、ニーチェのオリジナルだといえる。この対立を軸に、つぎは本文の流れに戻って考えていきたい。</p>
</p>
<p>（4）精神の場面、個々人の内側で対立する価値評価</p>
<p>　ニーチェはこの節のはじめにつぎの点を少しだけ語っている。現代では貴族的価値評価と僧侶的価値評価との闘いが精神の場面、私たち一人ひとりの内側で行われている。</p>
<p>　この精神における葛藤は、第二論文から第三論文へとつづく問題と深くかかわる重要な指摘だ。ニーチェはおおまかにいうとつぎのようなストーリーを考えている。</p>
<p>　僧侶的価値評価は、ユダヤの僧侶階級から生まれ、貴族的価値評価を体現するユダヤ社会内部の強い者（戦士階級）に対して攻撃性を向けて勝利した。ここで、ユダヤ民族全体が僧侶化する。このとき、勝利するプレイヤーはユダヤ教だ。</p>
<p>　つぎに、僧侶的価値評価は、貴族的価値評価を体現するユダヤ社会外部の強い者（ローマ）に対して攻撃性を向けて勝利した。ここで、広大なローマ帝国が僧侶化する。このとき、ユダヤ教からプレイヤーを引き継ぐかたちで勝利するのはキリスト教だ。</p>
<p>　キリスト教がローマ帝国内に広まるさい、武器としたのが道徳だった。キリスト教道徳は、ローマ帝国の内側と個々人の心の内側という二つの攻撃性の方向をとる。</p>
<p>　まずは、すでに13節から15節で見たように、キリスト教道徳は、ローマ帝国内の強い者を引きずり下ろすような論理をつくりだした（現世の幸せな者は来世で不幸に、現世で不幸な者は来世で幸せに）。</p>
<p>　もうひとつ、キリスト教道徳は、個々人の内面の強い者になろうとする意志を圧迫するようはたらく。これが、第二論文で負い目や良心のやましさ、第三論文で禁欲主義として問題にされるテーマだ。</p>
<p>　ニーチェは、僧侶的価値評価は、キリスト教道徳という武器でもって、その攻撃性を内へ内へと浸透させていくと考えている。</p>
<p>　これはユダヤ教の段階とはちがう攻撃性の局面だ。ユダヤ教の場合、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」という価値評価はあったとしても、その攻撃性は共同体の外部に向かっていた。律法についても、それは、食事規定や割礼などの目に見える規範を順守することが重要であって、良心といった心の内側が問題にされるわけではなかった。</p>
<p>　ところが、キリスト教の場合、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」という価値評価は、その攻撃性を社会の内側と個々人の内側に向ける。キリスト教道徳は、その社会の内側の強い者を圧迫するように、また、個々人の内側にある強い者になろうとする意志を圧迫するように働く。そういう内へ内へと向かう攻撃性が、ローマを僧侶化する。このことが、僧侶的価値評価によるヨーロッパ全体の支配の土台になっている。ニーチェはこういうストーリーを考えているのだ。</p>
<p>　キリスト教道徳の二つの攻撃性のうち、個々人の心の内側に向かう力、これが負い目や良心のやましさ、禁欲主義だ。私たち一人ひとりの内面で、道徳という僧侶的なものが、自然な欲望という貴族的なものを攻撃し圧迫するようにはたらく。貴族的価値評価と僧侶的価値評価との対立は精神のうちでも行われるのだ。</p>
<p>　この対立は、ニーチェの「力への意志」というキーワードから考えれば、自分を強く大きくしようとする力（増大としての力への意志）と自分を弱いままに保存しようとする力（自己保存としての力への意志）との対立だともいえる。</p>
<p>　ニーチェにいわせれば、現代のヨーロッパでは、人間は平均化、凡庸化されてしまっている。9節で見たように、キリスト教道徳を受けついだ平等主義、民主主義による社会の内側に向けられた攻撃性によって、社会の内部に強い者は見いだせないようになってしまった。僧侶的価値評価の支配は完成し、12節で言われた「わるい空気」が蔓延しているように見える。</p>
<p>　しかし、それでも、私たち一人ひとりの内側では、精神の場面では、「ローマ対ユダヤ、ユダヤ対ローマ」の闘いは行われうるはずだ。ニーチェはこの精神的な葛藤に期待している。この個々人の葛藤のなかで、貴族的価値評価が僧侶的価値評価に勝利し、強く大きくなろうとする力への意志が発揮されれば、やがて、ヨーロッパ全体も変わっていくはずだ。そういう大きなプランを考えている。</p>
<p>　しかし、このプランを伝えるためには、僧侶的価値評価が私たちのうちに内面化されるメカニズム、それが私たちのうちの貴族的価値評価である自然な欲望を圧殺していく様子までもきちんと描かなくてはならない。これが、第二論文から第三論文の大きなテーマだ。</p>
<p>　この16節はそこへの橋渡しでもある。僧侶的価値評価が歴史を通じて支配的になり（キリスト教、宗教改革、フランス革命）、ときおり貴族的価値評価の復活をはらみながらも（ルネサンス、ナポレオン）、社会の内部に強い者を許さなくなっていくこと。これは同時に、人間が飼い馴らされ、次第に個々人の内面に道徳の暴力が刻まれていくことでもある。さしあたってニーチェは、この前者、社会の内部での貴族的価値評価と僧侶的価値評価の闘いを輪郭づけていく。</p>
</p>
<p>（5）キリスト教からナポレオンまで</p>
<p>　ニーチェは、キリスト教からナポレオンまで、約1800年のヨーロッパの歴史を、ここで駆け足にたどっている。その記述の軸は、もちろん、貴族的価値評価と僧侶的価値評価との相剋にある。</p>
</p>
<p>①ローマ対キリスト教、キリスト教対ローマ</p>
<p>　キリスト教が登場したとき、ローマはそれを「全人類に対する憎悪の罪にわたされたもの」だと考えた。その理由は、ギボンにいわせれば、キリスト教の排他的な態度にあるが、ニーチェのアクセントは、キリスト教の価値評価がローマの価値評価と対立する点にある。</p>
<p>　「強い自分はよい、弱い者はわるい（劣っている）」。ローマはこの貴族的価値評価を人類全体が当然認めるべき価値評価だと考えていた。ところが、キリスト教はこれと正反対のユダヤ由来の僧侶的価値評価を立ててローマに挑戦する。「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」。</p>
<p>　ローマはキリスト教の態度に、反自然的なもの、人類全体が認めるべき価値評価に対する憎悪を見て、迫害する（タキトゥスが『年代記』で描くネロによるキリスト教迫害は、記録のうえで人類最初のキリスト教迫害として有名）。これに対して、キリスト教は『ヨハネ黙示録』でローマへの復讐の物語をつくりあげた（ニーチェは『ヨハネ黙示録』に愛の使徒ヨハネの名が与えられていることに注目をうながす。愛の宗教キリスト教はその裏に憎悪と復讐を秘めていると考えるからだ）。</p>
<p>　ニーチェによれば、この対立の勝者はキリスト教だ。ローマ人は確かに強く高貴な人びとであったけれども、13節から15節で見たような巧妙につくりあげられたキリスト教道徳に敗れ去ってしまう。こうして、ローマはユダヤ化されてしまった（ローマ帝国は僧侶的価値評価に支配されてしまう）。</p>
<p>　ニーチェは、このユダヤ化されたローマに、世界に広がるキリスト教の総本山であるサン・ピエトロ寺院を重ねている。ニーチェに言わせれば、サン・ピエトロ寺院とは世界全体のためのユダヤ教会堂（シナゴーグ）のようなものだ。というのも、ここで人びとは、イエス、ペテロ、パウロ、そして、イエスの母マリアといったユダヤ人の前に跪くのだが、このことは、ユダヤ由来の僧侶的価値評価の前に跪くことだからだ。</p>
</p>
<p>②ルネサンス</p>
<p>　ところが、このキリスト教世界の中心であるローマから、貴族的価値評価がよみがえる。このとき、貴族的価値評価はルネサンス（イタリア・ルネサンス）に体現されている。ここの記述はなかなか凝っていて、ニーチェは、キリスト教によって地下に押さえつけられて仮死状態にあった古いローマが、不気味によみがえるような書き方をしている。</p>
<p>　このような書き方になっているのは、ニーチェのお気に入りの人物、チェーザレ・ボルジア（1475-1507）が念頭にあるからだろう。</p>
<p>　教皇アレクサンドル6世（1431-1503）の息子、チェーザレ・ボルジアは、聖職者として過ごした時期もあったが、父を助けるかたちで、イタリア諸邦との武力抗争に明け暮れた。支配のためになら手段を選ばず、権謀術数や残忍な行為も進んで行った人物として知られる。その力は父アレクサンドル6世をさえ恐れさせた。アレクサンドル6世は、好色や強欲で道徳的に堕落した教皇として知られたが、チェーザレ・ボルジアはいわば型破りな人物だった。ニーチェに言わせれば、このような人物が貴族的価値評価を体現するのだ。</p>
<p>　チェーザレ・ボルジアは教皇の息子だ。象徴的に言えば、サン・ピエトロ寺院から生まれている。この寺院は、ネロがキリスト教徒を迫害した場所の上に建てられたといわれている（タキトゥスによれば、ネロは、キリスト教徒に野獣の毛皮をかぶせ、犬に噛み裂かれるのを競技場で見世物として楽しんだ）。貴族的価値評価を重んじる古いローマ（ネロの残虐）を地下に押さえつけることで生まれた新しいローマ（サン・ピエトロ寺院）。そこから、チェーザレ・ボルジアという強力な人物が生まれた。</p>
<p>　ニーチェにとって、このことは、サン・ピエトロ寺院の地下からかつてのローマが不気味によみがえるようなイメージだったはずだ。僧侶的価値評価の中心から貴族的価値評価がよみがえる。ニーチェにとってこれほど痛快なイメージはなかったはずだ。ルネサンスについて、新しいローマの下から古いローマがよみがえる、というこだわった描き方をする理由もここにあると思われる。</p>
<p>　チェーザレ・ボルジアは、キリスト教教会の世俗化を象徴している。ニーチェにいわせれば、ルネサンス期の教会は、貴族的価値評価を体現し、キリスト教（僧侶的価値評価）を克服していた。キリスト教はその本拠地で死んでいたのだ。</p>
<p>　ニーチェはこのことを高く評価して、つぎのように言っている。「キリスト教は、もはや法王の座に坐してはいなかった」、「そこに坐していたのは、そうではなくて生！　そうではなくて生の凱歌！　そうではなくて、すべての高い、美しい大胆な事物への偉大な然り！」（『反キリスト者』、61節）。</p>
<p>　教会は、もはや、あの世に向かって救いを求めるのではなく、この世の欲望にしたがって行為していた。たとえば、アレクサンドル6世とチェーザレ・ボルジアの親子、それにつづく教皇たちは、現世の権力を貪欲に求めたり、豪奢な浪費を行ったりした。このことが、すばらしいルネサンスの文化を花開かせたのだった。たとえば、ルター（1483-1546）によって免罪符（贖宥状）の販売を糾弾されたメディチ家出身の教皇、レオ10世（1475-1521）は、ミケランジェロ（1475-1564）やラファエロ（1483-1520）のパトロンでもあった。</p>
<p>　ニーチェはこうした教会の世俗化と芸術の発展を、生を肯定する文化の復興として見ている。ニーチェにとって、ルネサンスの意味とは、新しいローマ（キリスト教、僧侶的価値評価）の下に圧迫されていた古いローマ（貴族的価値評価）のよみがえりだったのだ。</p>
</p>
<p>③宗教改革</p>
<p>　このような教会の世俗化したあり方、貴族的価値評価にもとづいたあり方を、堕落や腐敗として糾弾したのが宗教改革だった。ニーチェにとって、宗教改革は「賤民的なルサンチマン運動」だ。キリスト教社会の内側で、強い者であるローマの教会（教皇）に対して、辺境の弱い者（ドイツのルター）から、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」という僧侶的価値評価にもとづいた攻撃が行われる。ここに、カトリック対プロテスタントというかたちでの貴族的価値評価と僧侶的価値評価の闘いがあらわれる。</p>
<p>　この闘いに勝利したのは宗教改革だった。ニーチェは、宗教改革をきっかけにした、カトリックのなかでの貴族的価値評価の敗北、僧侶的価値評価の勝利に注目している。「ルターは教会を復活せしめた、彼が教会を攻撃したからである」（『反キリスト者』、61節）。プロテスタントからの糾弾によって、カトリックは改革を余儀なくされ、世俗化した教会のあり方は改められ、本来の教会が復活する。こういう流れがニーチェの念頭にある。教皇たちも、改革に乗り出して豪奢な浪費を控えるようになり、イグナティウス・デ・ロヨラ（1491－1556）の立ち上げたイエズス会のような改革運動も起こり、カトリック内部の堕落や腐敗の糾弾が行われる。</p>
<p>　こうして、ルネサンス期に貴族的価値評価を体現し、キリスト教を克服していた教会は、それ以前の姿に戻り、またふたたび、僧侶的価値評価を体現する本来の意味での「教会」となる。ルネサンスで一度息を吹き返した古いローマ（貴族的価値評価）は、また新しいローマ（キリスト教、僧侶的価値評価）の下に圧迫され、墓場の静けさのなかに閉じ込められることになるのだ。</p>
<p>　なお、ニーチェはここで、宗教改革の運動にドイツだけでなくイギリスも含んでいる。イギリスの宗教改革としては、ローマ教皇に対立したヘンリー8世（1491-1547）によるイギリス国教会の成立が考えられるが、ニーチェは、そこに清教徒革命（1642-1649）も含んでいるだろう。</p>
<p>　おそらく、ニーチェはつぎのような大きなヨーロッパの歴史の見取り図を考えている。ドイツではルターによって、イタリア（カトリック）では教会改革によって、イギリスでは清教徒革命（あるいは、その後の名誉革命も含めた市民革命）によって、貴族的価値評価は打ち倒され、僧侶的価値評価の支配が進んだ。最後に残ったのがフランスの貴族制（貴族的価値評価）だったが、それをフランス革命（僧侶的価値評価）が打ち倒すことになる。</p>
</p>
<p>④ナポレオンとフランス革命</p>
<p>　ニーチェは、駆け足で、フランス革命とナポレオンについても語る。</p>
<p>　ニーチェにとって、フランス革命もまた、宗教改革と同じく、強い者に対する弱い者のルサンチマンの爆発だった。強い者であるフランスの貴族階級に対して、民衆から、「強い者は悪い、弱い自分こそ善い」という僧侶的価値評価にもとづいた攻撃が行われる。その結果、フランス革命は、貴族制をうち倒し、僧侶的価値評価の理想である「多数者の特権」（強い者を許さず、みな弱い者にする人間の平均化、平等主義、民主主義）を実現したかに見えた。</p>
<p>　ところが、そのフランス革命のなかからナポレオンが登場する。ナポレオンの体現するのは「少数者の特権」、貴族的価値評価だ。ナポレオンもまた、ニーチェのお気に入りの人物で、フランス革命で倒された貴族主義よりも「いっそう強い、いっそう長い、いっそう古い文明の相続者」だった（『偶像の黄昏』、44節）。ニーチェはナポレオンに「古代的理想」、ローマの貴族的価値評価の復活を見ている。</p>
<p>　ここでニーチェはナポレオンのことを「非人（人でなし）と超人との綜合」という。というのも、すでに11節で見たように、貴族的価値評価を体現した人間は、彼によって蹂躙された弱い者たちのルサンチマンの視点から見れば「人でなし」として映り、強い者になろうとする者たちの視点から見れば目標とすべき新しい人間のモデル、「超人」として映るからだ。</p>
<p>　このように、ニーチェはナポレオン（やチェーザレ・ボルジア）のような人物を高く評価する。このことは、エキセントリックな英雄崇拝だととらえられがちだ。しかし、そこにはニーチェなりの理由がある。</p>
<p>　重要なのは、こうした人物が僧侶的価値評価の中心から生まれている点だ。ローマの教会からチェーザレ・ボルジアが生まれたように、フランス革命からもナポレオンが出現した。僧侶的価値評価の中心から貴族的価値評価が復活する可能性がある。むしろ、僧侶的価値評価が厳しくある場面にこそ、貴族的価値評価は復活するともいえる。</p>
<p>　たしかに、ルネサンスは終わり、ナポレオンは敗れた。ニーチェにいわせれば、9節や12節で見たように、ヨーロッパは、強い者をいっさい許さない、全面的に僧侶的価値評価が支配する「わるい空気」に満ちている。しかし、この厳しい抑圧があるからこそ、貴族的価値評価が復活するチャンスがあるのだ。</p>
<p>　すでに見たように、いまや、価値評価の闘いの場面は、個々人の精神のなかに移されている。僧侶的価値評価が優勢となり、社会のなかでは強い者が見いだされなくなってしまった。人びとはその内側まで道徳にがんじがらめにされてしまっている。しかし、だからこそ、この厳しい抑圧の中心である私たち一人ひとりの内側から、自分のなかで仮死状態のまま眠っている強く大きくなろうとする力への意志を発揮できる可能性があるのだ。というのも、チェーザレ・ボルジアもナポレオンも、僧侶的価値評価の中心から貴族的価値評価を復活させたのだから。</p>
<p>　だから、ニーチェがチェーザレ・ボルジアやナポレオンのような人物を評価するのは、たんなる英雄崇拝とはいえないところがある。こうしたモデルは、むしろ、私たち一人ひとりが、精神の場面で、僧侶的価値評価に抗いながら貴族的価値評価を発揮しようとする闘いをはげますために置かれていると考えるのがいいだろう。</p>
</div>
<h4><a name="1_17">17　価値評価の対立に決着をつけたい</a></h4>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>　前節で展開された価値評価の対立の歴史の考察に、ひとまとめをつけて第一論文を終わる短い一節。内容は以下のとおり。</p>
</div>
<div style="margin-right:15em;">
<p>　しかし、問題はこれで済んだのだろうか（ナポレオンの登場で価値評価の対立の問題は終わったのか）。貴族的価値評価と僧侶的価値評価の対立は片付いたのだろうか。対立は先へのばされただけではないのか。くすぶっている対立の炎を燃え上がらせることを願い、意欲し、うながすべきではないだろうか。</p>
<p>　貴族的価値評価と僧侶的価値評価の対立の問題は、これまでたどってきた歴史の記述だけでは決着をつけるのが難しい。しかし、わたしは決着をつけるつもりだ。さしあたって、わたしの最近の著書のタイトルでもある「善悪の彼岸」という標語の意味は、貴族的価値評価である「よい」と「わるい」とを超えて、ではなく、僧侶的価値評価である「善」と「悪」とを超えて、という意味であることを十分理解しておいてもらいたい。</p>
</div>
<div style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">
<p>○石川まとめ・補足</p>
<p>　これまで、ニーチェが駆け足でやってきたのは、キリスト教の発生史のなかに貴族的価値評価と僧侶的価値評価との対立を見いだし、その対立軸からヨーロッパの歴史を記述するという試みだった。ニーチェが描いたのは、二つの価値評価の対立という観点からの「歴史哲学」だったといえる。その記述は、貴族的価値評価の体現者であるナポレオンまで来た。</p>
<p>　では、ここで価値評価の対立は貴族的価値評価の勝利で終わったと結論することができるだろうか。そうではないだろう。ナポレオンは敗北した。すでに、9節や12節で見たように、現代は僧侶的価値評価に支配され、「わるい空気」の蔓延した民主主義の時代となっている。となると、価値評価の対立は僧侶的価値評価の勝利で終わると結論できるのだろうか。しかし、そうともいえず、また貴族的価値評価が復活するかもしれない。</p>
<p>　ようするに、まだ第一論文の議論では、ふたつの価値評価に決着がついていない。だから、この17節の前半は疑問形で占められている。ナポレオンが勝利できなかったということは、民主主義の勝利ということなのだろうか。しかし、問題は先送りされたままで、貴族的価値評価がまた復活するのではないか。しかし、現代に貴族的価値評価がよみがえり、対立が再燃するとしたら、どういったかたちがあるのだろうか。こうした疑問だけが残ることになる。</p>
<p>　ニーチェはこうした疑問に答え、貴族的価値評価と僧侶的価値評価の対立に決着をつけようとする。もちろん、その決着は、貴族的価値評価の勝利にある。しかし、まだこの決着は明確には示されていない。ニーチェがここで示すのは、『道徳の系譜』がその解説として位置づけられている『善悪の彼岸』のタイトルをとりあげ、その意味を、貴族的価値評価である「よい」と「わるい」とを超えて、ではないということだけだ。これは、「善悪の彼岸」が、僧侶的価値評価である「善」と「悪」とを超えて、という意味であることを示している。</p>
<p>　ここでニーチェが暗に示しているのは、ナポレオンではないかたちで、新しいかたちでの貴族的価値評価の復活による価値評価の対立の決着だ。先回りしていえば、この貴族的価値評価を体現するモデルがツァラトゥストラとなる。『道徳の系譜』が『善悪の彼岸』の解説であるように、『善悪の彼岸』は『ツァラトゥストラ』の解説という位置づけなっている。ニーチェはこの第一論文の最後に「善悪の彼岸」というキーワードを置いて、現代の貴族的価値評価の体現者であるツァラトゥストラの登場を示唆しているといえる。</p>
<p>　ところで、すでに16節で見たように、現代では、貴族的価値評価と僧侶的価値評価の対立は、私たち一人ひとりの精神の場面、内面の場面に移されている。ユダヤ教の誕生からキリスト教の発生史、ローマ帝国からナポレオンの登場まで、第一論文でたどられたのは、いわば、外面における価値評価の対立の歴史だった。しかし、第二論文でたどられるのは、わたしたちの内面における価値評価の対立の歴史となる。さしあたってそれは、貴族的価値評価に根ざした良心と僧侶的価値評価に根ざした良心（負い目、やましい良心）との対立を軸として取り出される。</p>
<p>　良心という内面における価値評価の対立。これを歴史的にたどることによって、私たち一人ひとりがその内面にいまでも残り続ける貴族的価値評価をしっかり意識し、それを僧侶的価値評価に対立させること。このことが現代における貴族的価値評価の勝利、ツァラトゥストラというモデルの意味を理解することに通じる、とニーチェは考えている。</p>
</div>
<p><a rel="license" href="http://creativecommons.org/licenses/by-nc/2.1/jp/"><img alt="クリエイティブ・コモンズ・ライセンス" style="border-width:0" src="//i.creativecommons.org/l/by-nc/2.1/jp/88x31.png" /></a><br /><span xmlns:dct="http://purl.org/dc/terms/" href="http://purl.org/dc/dcmitype/Text" property="dct:title" rel="dct:type">“どうぞご自由に”レジュメ集</span> by <a xmlns:cc="http://creativecommons.org/ns#" href="/guzuguzu" property="cc:attributionName" rel="cc:attributionURL">石川輝吉</a> is licensed under a <a rel="license" href="http://creativecommons.org/licenses/by-nc/2.1/jp/">Creative Commons 表示 &#8211; 非営利 2.1 日本 License</a>.</p>
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 <item>
 <title>石川輝吉の“どうぞご自由に”レジュメ集について</title>
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 <pubDate>Fri, 29 Mar 2013 03:45:16 +0000</pubDate>
 <dc:creator>石川 輝吉</dc:creator>
 <category><![CDATA[哲学者・石川輝吉の、ちょっと「ぐずぐず」した感じ]]></category>
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 <description><![CDATA[レジュメを公開します。みなさまのご興味やニーズに合わせて、どうぞご自由に読んで使っていただければ幸いです。レジュメは「詳細レジュメ」、「要約レジュメ」、「“帰ってきた”レジュメ」の三つのシリーズから成っています。同じ哲学 [...]]]></description>
 <content:encoded><![CDATA[<p>レジュメを公開します。みなさまのご興味やニーズに合わせて、どうぞご自由に読んで使っていただければ幸いです。レジュメは「詳細レジュメ」、「要約レジュメ」、「“帰ってきた”レジュメ」の三つのシリーズから成っています。同じ哲学のテキストについて、三つの視点からまとめています。それぞれのコンセプトは以下のようになっています。</p>
<p><strong>詳細レジュメ→</strong>読書のお伴に。補足や解釈もかなり入ったものです。哲学書をじっさいに読んでみたい方、どうぞ。</p>
<p><strong>要約レジュメ→</strong>レジュメ＝要約という本来のコンセプト。細かい部分はさておき、哲学書に書かれている内容をてっとり早くつかみたい方、どうぞ。</p>
<p><strong>“帰ってきた”レジュメ→</strong>哲学者が現代によみがえったら、どんなふうに自分の書いた本の内容をしゃべるか。そんなコンセプトでまとめたものです。基本的にテキストの内容には即しているけれど、かなり自由にしゃべっている部分もあります。哲学書に興味のない方含め、いろんな方、どうぞ。</p>
<p>どのレジュメも、テキストに即してつくったつもりですが、石川の視点や解釈が入っています。まちがいだと感じられる部分、やりすぎな部分、不十分な部分もあるはずです。</p>
<p>このレジュメから、また先に進んでいただいても、オーケーとしていただいても、どんなかたちであっても、哲学が世のなかに少しでも広まれば、と思っています。</p>
<p>「表示・非営利」のクリエイティブ・コモンズ・ラインセンスで公開しますので、非営利であれば、著作権表示をしたうえで、どうぞご自由にお使いください。</p>
<p><a rel="license" href="http://creativecommons.org/licenses/by-nc/2.1/jp/"><img alt="クリエイティブ・コモンズ・ライセンス" style="border-width:0" src="//i.creativecommons.org/l/by-nc/2.1/jp/88x31.png" /></a><br /><span xmlns:dct="http://purl.org/dc/terms/" href="http://purl.org/dc/dcmitype/Text" property="dct:title" rel="dct:type">“どうぞご自由に”レジュメ集</span> by <a xmlns:cc="http://creativecommons.org/ns#" href="/guzuguzu" property="cc:attributionName" rel="cc:attributionURL">石川輝吉</a> is licensed under a <a rel="license" href="http://creativecommons.org/licenses/by-nc/2.1/jp/">Creative Commons 表示 &#8211; 非営利 2.1 日本 License</a>.</p>
<p>◎<a href="/guzuguzu/20120309_164248493927908.html">ニーチェ『道徳の系譜』目次</a></p>
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 <title>第12回　鵜呑みにしているように思われたかもしれないけれど……──佐藤高峰さん（22歳・男性・勤務歴2ヶ月）</title>
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 <pubDate>Mon, 12 Sep 2011 03:39:15 +0000</pubDate>
 <dc:creator>石川 輝吉</dc:creator>
 <category><![CDATA[哲学者・石川輝吉の、ちょっと「ぐずぐず」した感じ]]></category>
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 <description><![CDATA[佐藤くんは、福島県郡山市で生まれ育つ（現在22歳）。高校ではサッカー部の主将。県代表として全国大会にも出場した経験をもつ。都内の私立大学進学とともに上京し、現在、テレビ某キー局のグループ会社で通販の番組をつくる会社に就職 [...]]]></description>
 <content:encoded><![CDATA[<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">佐藤くんは、福島県郡山市で生まれ育つ（現在22歳）。高校ではサッカー部の主将。県代表として全国大会にも出場した経験をもつ。都内の私立大学進学とともに上京し、現在、テレビ某キー局のグループ会社で通販の番組をつくる会社に就職して2ヶ月（研修中）。番組制作部に配属が決定している。<br />
佐藤くんは考える。就職して2ヶ月だけれど、仕事とはなにか、いまの段階で考えていることを率直に伝えてくれた。<br />
われわれと話をすることもすごく楽しみにしてくれていたとのこと。こちらにもちょくちょく質問をなげかけてくれる。あとからはっきりする佐藤くんのキーワード、「素直さ」がそうさせているようにも思える。<br />
*2011年6月2日(水)　18時〜インタヴュー実施。</p>
<h4>「斜陽産業と言われてますけど（笑）」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">佐藤くんは通販の番組制作会社に勤めている。お給料は残業代を入れて月24万。現在は家賃7万円の1Kに一人暮らしをしている。携帯はスマホ（月約8000円）。まずは、佐藤くんが働く業界でもあるメディア業界全体の話から。そこから佐藤くんの読書経験に話は進んでいく。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>お仕事は？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>テレビ局の子会社で通販の番組を作っている会社です。今年の4月に入社したまだ研修期間の新米ですけど（笑）。研修は8月まであります。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>すごいね。何ヶ月も研修させる金があるなんて。研修プログラムだって講師に相当なお金を払っているはずだよ。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>そんなきっちりした研修ではなくてOJT（オンザジョブトレーニング）なんです。先輩にくっついて各部署転々としています。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ところで、なんでいまごろテレビ局なの？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>斜陽産業と言われてますけど（苦笑）。もともとテレビ志望でした。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>これから死にゆく産業じゃない？</p>
<p><strong>石川　</strong>出版もそうですかね？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そうそう（笑）。でも、テレビのほうが足が速い、と言われているよ。どうなるかわからないけど。でも、それでもやっぱりテレビのブランド力は残るんじゃないかな。twitterだってテレビに出てる人がフォローされるわけで。ほんとにゲリラ的な活動から売れていくのはごく少数だと思うよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>もし、大手のメディアが廃れてきたら、ほんとにブログやtwitterだけで売れていく人も出てくるんですかね？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>おれはそうは思わないよ。そういう人も増えていくとは思うけど、やっぱり、ブランドの力は大きいと思うよ。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>ソーシャルメディアだけで売れて行く、というのはどれぐらい先の、10年、20年先とかの話ですかね？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>いまもすでにはじまっているとは思うんだ。ブログで影響力があってそこからメジャーになっていく人もいるとは思うけれど、それでもやはり、全体がそうなるということはないんじゃないかな。</p>
<p><strong>石川　</strong>よく、純粋にいいものだけ交換すれば、ブランドとは関係なしにいいものが流通する、という話がありますけど。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>テレビはブランドだけというわけじゃなくて、なにがよいか悪いかの淘汰をちゃんと行っている。そういうことだと思うよ。売れてる人はその淘汰をくぐりぬけてきた人だと思うんだ。もちろん、歌が下手っぴでも、「テレビに出てます」というブランド力だけでやってる歌手もいると思うよ。けれども、淘汰をくぐりぬけた人が、そこにテレビのブランドが加わって売れることが加速していく。そういうパターンのほうが多いはずじゃないかな。だから、ブランドには本質的に内実があるんだと思うんだよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>けれど、そのテレビがいま先細りになっちゃってるんですよね？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>オレなんかテレビを見たり本を読む時間が最近は減ってるんだ。寝ながらiPad見て、twitterで面白そうなサイトのことが書いてあると、ついついそこ見ちゃって。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>やっぱり、人は新しいものが好きなんじゃないですか？　テレビだとライブで国会中継もあるじゃないですか。新聞だとテレビに比べればどうしても遅れてしまいますよね。twitter も情報が速いから、それに人は惹きつけられるんだと思います。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>でも、新しいから、ってわけじゃないと思うんだ。たとえば、新聞はこれから「新しい情報を提供する」という役割はなくなるかもしれないけれど、網羅性はあると思うんだ。佐藤くんは新聞は読まない？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>就活のときは読んでましたけど、いまはもう読まないです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ニュースサイトとかは見る？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>ほんとに浅い情報しかないですけど、会社に出てきてて、ヤフーニュースを10分ぐらい見るぐらいですね。それから、帰ってきて夜の11時ぐらいからはじまるテレビのニュースを見ます。</p>
<p><strong>石川　</strong>本は？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>本は読みますね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>どんなジャンル？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>最近読んだジャンルでは、小説だと伊藤計劃さんのものとか。あと、最近は、古本屋で『もしドラ』を買って読んでいるところです。すごくミーハー的ですけど、ドラッカーという人に興味があって（笑）。あと、最近読み直しているのは、姜尚中さんの『悩む力』です。この本で、自分の考え方が変わったんで。</p>
<p><strong>石川　</strong>けっこう悩んだり、考えたりする人なんだ。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ちょっとインテリにあこがれがあるオレみたいなやつは「ドラッカー」とか聞くとついついバカにしたりする。思想だとか哲学だとかに価値があって、「役に立つ本」っていうのはバカにした態度をとっちゃう。そういう実用書を読んでいても人には言えない。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>その感覚、ぼくもありますね。こっぱずかしいというか。最近気になる本があって、『入社一年目の教科書』というのがそうなんですけど、それを人前で読むのははずかしいです。人前でハウツー本を読んで、いかにも「勉強してます！」みたいに思われたりとかはいやなんです。でも、興味があるから読んじゃうんですよね（笑）。</div>
<h4>「もうまさに、働きはじめてから、改めて、他者からの承認ということについて考えるんです」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">話は佐藤くんの読書の話から、ドラッカーを経て、「他者からの承認」へ。佐藤くんは、姜尚中『悩む力』から、「承認」というキーワードを手に入れ、自分のあり方を考える。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>沢辺　</strong>オレはドラッカーは衝撃体験だったよ。最初は、会社をどう動かしたらいいか、というハウツー話ばっかりだと思ったんだよ。でも、ちがうんだよ。さっきのテレビの話と似ているけれど、やっぱり売れることにはそれなりの根拠があるんだろうな。かなり大切なことを言っている。たとえば、ドラッカーは市場経済主義者なんだけど、ただ、オレらの若い頃のように、資本主義か社会主義か、市場経済か計画経済か、どちらが絶対か、という枠で話をしていない。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>社会主義的な考え方は最近見直されてないですか？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>それは、社会主義のなかにもなにかいいアイデアがあるんじゃないか、という注目のされ方だと思うよ。オレたちの場合は、どっちが正しいか、ガチンコだったんだよ。それで、ドラッカーは、市場経済主義者なんだけど、独占はまずいよ、とか、複雑になった社会を円滑に進めるには企業という組織を使う以外にない、とか、けっこうまともなんだよ。「バリバリ儲けましょう」じゃないんだよ。<br />
それから、『経営とはなにか』なんかを読んでみると、これはオレの読みがまちがいなければ、ドラッカーの言いたいことは、野球部の部員をどうやる気にさせるか、じゃなく、「それぞれの人間の幸福」なんだよ。流れ作業自身はそれだけではつまらないよ。だけど、自分たちがネジをしめることが社会にいくら貢献しているか。それを示すことが重要だと言うんだよ。実際に飛行機を工場にもってきて、自分たちのまわしたネジがどういうふうに役だっているかを見せたり、ユーザーに「こういうところがいいんだ」と話してもらうことが大切だ、と言うんだよ。<br />
いまだって、実際は、仕事の九割ってネジをまわしているだけみたいなことだったりする。その作業自体はつまんないかもしれない。けれど、仕事ができるのは、最後に物として完成したり、反応が返ってくるよろこび。つまり、「他者からの承認」ですよ。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>ぼくも「他者からの承認」って、ずっと気になっているんですけど、それはどういうことなのか聞きたいです。</p>
<p><strong>石川　</strong>簡単に言えばこうなんだ。人間はなんで生きているのか？　単にものを食って生きてるんじゃなくて、いちばんのよろこびは他者から認められることだ。そういうことなんだ。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>もうまさに、働きはじめてから、改めて、他者からの承認ということについて考えるんです。さっき言った姜尚中さんの『悩む力』という本のなかで、「働くことは他人から認められることだ」というのがあるんです。人から認められるとうれしいし、人がいないと生きていけないんだな、と。自分がなんで働くのか、それは他者からの承認だと思っているんです。それを実際にいま沢辺さんの口から聞いて、なんか感動したというか。</p>
<p><strong>石川　</strong>そうか、いままで本のなかでだけ聞いた言葉だったんだ。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>そうなんです。大学2年生のときにすごい悩んでいたんですよ。大学1年生のとき、チャラいフットサルのサークルに入ったんです。楽しいことは楽しかったんです。けれど、「なんも得ていることはないな」というように思ったんです。<br />
それで、2年生になって、ニュージーランドに三ヶ月半留学をしたんです。それがきっかけで一回自分をリセットしようと思って。二十歳にもなったし、自分がなんでいるんだろう？とか、どういうふうに考えて生きたらいいんだ？と考えるようになったんです。<br />
そんなときに、姜尚中さんの『悩む力』を読んで気持ちが一回リセットされたというか。人から認められることが生きる意味なんじゃないか、と思ったことがあったんですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>悩んだときに承認という言葉が入ってきたんだよね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>それがピカーンと自分のなかに落ちたわけでしょ。そういうことあるよ。もちろん、今日明日生きていける条件、経済条件も大切だと思うんだけど、根本的には承認だよね、という話だと思うんだ。</div>
<h4>「でも、ぼくはツッパって、『あっちに行くんだから、日本人としゃべるのはやめよう！』と決めて」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">佐藤くんにとって、大学時代の大きな転機はニュージーランド留学。そこで、佐藤くんはいろいろ考えた。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>佐藤くんの悩みの中身でちょっと気になったんだけど、「チャラい」というのはどういうこと？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>遊びのサークルだったんですよ。ただ、「楽しけりゃいいじゃん」みたいな感じの。</p>
<p><strong>石川　</strong>そこで悩んじゃったわけだ。どんな悩みだったの？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>ぼくは高校までずっとサッカーやってたんですよ。全国大会も出ました。それで、ぼくは主将をやっていて、ＰＫをぼくがはずして負けてしまったんです。負けて、オレはもうサッカーだめだな、と。<br />
それで、大学に入ったら今までやったことないことをいろいろやろう、と思うようになりました。バイトも今までやったことなかったので、やってみようとか、海外に行って英語をしゃべってみたい、とか。そういう漠然とした思いがあって、大学の学部も入学してから自分の専攻を決められるような学部に入りました。<br />
最初は楽しかったんです。バイトもやって、お酒も覚えたし、遊びも楽しかったんです。でも、いろいろやっているうちに、「これでいいかな？」というのがすぐに湧き上がってきたんです。そのときに、ニュージーランドに行ける、という大学のプログラムがあったんで海外に出たんです。海外に出ると一人の時間があるじゃないですか。だから、考える時間もいっぱいあって、それでまた悩んじゃったんですけど。そこで考えて、日本に帰って、今までのサークルも遊びも一度断ち切りました。</p>
<p><strong>石川　</strong>あれ？　ちょっと関係ないかもしれないけれど、一人の時間といっても、大学のプログラムの留学は学校の仲間とみんなでわーっと行くんじゃない？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>そうです。でも、ぼくはツッパって、「あっちに行くんだから、日本人としゃべるのはやめよう！」と決めて。それで孤独になって。あんまり日本人とつるむんじゃなくて現地の人とつるもうと思ったんですけど、それもなかなかうまくいかなくて。そのときに、じつは、そこの学校の先生とあるきっかけでつきあうことになったんですよ（笑）。<br />
その方は、ニュージーランド人だったんですけど、イギリス人と日本のハーフだったんです。それで、話し相手もできて。その人は、けっこう面白い人だったんです。その人が、「一人でニュージーランドの南島を一周してみたら？」とすすめてくれて。それで一週間ぐらい南島を旅行したことがあったんです。そこでは日本では見られないような未踏の地、というか自然があって。「地球ってすげぇんだな」と思ったんです。そんなこんなのニュージーランド旅行でした（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>えっ、交際していた人とはどうなっちゃったの？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>最初から、お互いさっぱりした関係だったんで、ぼくの帰国と同時に終わりました。でも、いろんなことを教わったんでいい経験になりました。</p>
<p><strong>石川　</strong>二人は英語で会話してたの？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>英語と日本語、彼女は片言の日本語ですね。まあ、三ヶ月半だったんで英語はぜんぜん上手くなりませんでしたけど、英語を話す機会はありました。</p>
<p><strong>石川　</strong>話は佐藤くんが大学行ってからやろうと思っていたことに戻るけど、なんで海外なのかな？　大学1年生とかって「海外に行ってみたいです」って言う子が多いんだよ。あれはなんでなのかな？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>「英語を話すのはかっこいい」というのと、あとは、「グローバル化」ってのがあったじゃないですか、それで「英語とかしゃべれねぇと社会人になって活躍できねぇんじゃねぇか」というのがあって。その二つでなんとなく「海外行きてぇ」と思ってましたね。それまでほんとにサッカーしかやってこなかったんで。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、高校はサッカー推薦で入ったの？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>いや、高校受験は失敗したんですよ。でも、たまたま入った高校でキャプテンに任命されて、それで、ぼくたちの年にはじめて福島県で初優勝を果たしたんです。</p>
<p><strong>石川　</strong>福島県出身なんだ。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>じつは震災のときは地元にいたんです。車に乗ってたんですけどそれでもぐらぐら揺れて。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>いま大変なとこだよ。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>いまでも室内干しは当たり前ですし、車の窓も閉めきってます。最初はほんとにびっくりしましたね。福島の実家では水は止まるし、コンビニにも物がまったくないのに、東京に戻ってきたら、みんな普通に暮らしていたのもびっくりしました。漠然と「危機感がちがうな」と思いましたね。</div>
<h4>「オレは絶対こうなる！　ではなく、そのつど目標は見つけていくのがいいと思うんですね」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">どんなふうに育てられたか。佐藤くんの家族について聞いてみた。そこから佐藤くんの目標について話は進んでいく。佐藤くんはもともとドキュメンタリーを撮りたかった。けれども今は、通販の番組を作る会社で働いている。そんな佐藤くんが、いまの仕事をどう受け止め、どう向き合っているのかを話してくれた。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>ご両親はどんな仕事をしていますか？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>おやじは小学校の先生です。51歳です。</p>
<p><strong>石川　</strong>お母さんは？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>母親は今はパートです。51歳です。前は生命保険で働いていて。父と母は地元の商業高校の同級生です。父は東京の大学に行って、そのあと福島に戻って母と結婚しました。</p>
<p><strong>石川　</strong>お父さんは先生ということだけれど、教育熱心な家庭でしたか？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>いえ、父は体育系で。土日は山に連れて行ってくれたり、「勉強やれ！」とは言われなかったですね。怒られた経験といえば、テストを見せて、点数で怒られるんじゃなくて、「お前、こんな字書いてんじゃねえ！」と字がきたないことを怒られたことですかね。</p>
<p><strong>石川　</strong>たとえば、「お前のやりたいことはやるように」とか、どんなふうに育てられましたか？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>ぼくのやりたいことは全力で応援してくれましたね。サッカーにしろ、大学でのニュージーランド留学にしろそうですね。親からも援助をいただきました。</p>
<p><strong>石川　</strong>どれくらいかかるの？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>60万円ですね。それから大学の学費のほうは親父とお袋が全部出してくれましたね。奨学金ももらってたんですけど。</p>
<p><strong>石川　</strong>佐藤くんの大学時代の仕送りは？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>ぼくは大学時代は月に6万円もらっていました。大学卒業するまでは面倒みてやる、というありがたい話で。あとは、時給900円のフィットネスクラブのインストラクターのバイトを週3回ぐらいやってました。それで、家賃と光熱費を払って、あとは、飲み会代に使ったり、服を買ったりして。遊ぶ金はありましたね。旅行が好きなんで、一人でタイやベトナムへ行ったり、卒業旅行と銘打って一人でイタリアに行ったりした、そのお金を貯めたりしましたね。</p>
<p><strong>石川　</strong>ご兄弟は？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>三つ上の25歳の兄貴がいます。脚本家をめざして、今はフリーターをしています。</p>
<p><strong>石川　</strong>佐藤くんもなにかそういう夢を持って生きてきたの？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>夢は持ってないかもしれませんね。目標は持ってきましたけど。もちろん、小学校の頃は、「あれになりたい」、「これになりたい」というのはありましたけど。就活の頃は、テレビ業界を目指してたんですけど、ぼくは、「ドキュメンタリーをつくりたい」という目標はあったんですよ。そういう目標を持って活動していました。その目標がきっかけになって、いまの通販番組を作る会社に出会った感じですね。商業的な番組を作る会社ですけど、人が良かったんですね（笑）。「こんな人になりてぇな」と思う人が会社にいたことが決め手です。</p>
<p><strong>石川　</strong>ドキュメンタリーを撮りたい、というのはけっこう限定された目標だと思うけど、ドキュメンタリーを撮りたいと思ったきっかけは？　好きな作品とかあるの？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>きっかけは、高校のとき、ぼくがPKをはずして負けた試合を撮ってくれたドキュメンタリー番組なんです。負けたあとでそのロッカールームを映すという作品ですけど、それがぼくをメインで撮ってくれたんですよ。その作品に胸を打たれて感動したんです。<br />
それで、その番組を見た人からメールが来たりしたんです。だからメチャクチャ感動して。まあ、認められる、じゃないですけど、「オレやってきてよかった」みたいな部分があったんです。で、「こういう感動を伝える作り手に今度はなれば絶対面白い、濃厚な人生が送れるんじゃないかな」とそのときは思ったんですね。もともと好きなんですよ、ドキュメンタリーが。<br />
けれども、就活していくうちに「生半可なものじゃないな」とわかっていき、いろんな人に出会って、やりたいことも変わっていって、ドキュメンタリーを作っていくという志向はいまのところはないです。</p>
<p><strong>石川　</strong>つまり、通販の制作会社に入ったけど、「なんだよ通販かよ」という気持ちはないと？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>それはありませんね。いまの会社を受けた段階で、「この会社、おもしれぇ！」という気持ちがあったんで。これだったら、ドキュメンタリーじゃなくても楽しめるんじゃないかな、と。それで、かっこいい先輩がいたんですよ。スゲーいい先輩がいて、「先輩のようになりたいな」と思うから、ドキュメンタリーを作るっていうよりも、先輩のような人になりたいという気持ちが強いです。それから、通販には通販のおもしろみがあると思うので、いまは、「ドキュメンタリーを絶対やる！」という気持ちはありませんね。</p>
<p><strong>石川　</strong>絶対コレ！　なんじゃないんだね。「先輩いるじゃん、それでいいじゃん」。そんな感じで受け取っていいのかな？　もちろん軽い意味ではなくて。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>そうですね。そういう感じでいいです。オレも昔は「コレしかやんねぇ！」という感じだったんですけど、なんだろう、凝り固まった考えってだめなんじゃないか、と歳を重ねるごとに思うようになってきて。柳の木じゃないですけど、やわらく生きていけばいいんじゃないかと。オレは絶対こうなる！　ではなく、そのつど目標は見つけていくのがいいと思うんですね。具体的にこうなるという目標はなく目先の目標でやる感じです。</p>
<p><strong>石川　</strong>佐藤くんは、「こうなったけど、まあ、ここでもいいことあるしな」とけっこう自然な肯定感があっていいな、と思うんだ。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>オレ自身はずっとネガティブな人間だと思っていたんですけど。そういうふうに言われるとそうなのかもしれませんね。</p>
<p><strong>石川　</strong>ネガティブってどういう意味？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>ずっと自分に自信がもてなくて。石川さんが言ってくれたことは、ぼくのこと楽観的な人だと思ってくれているみたいで、ああそうなのかな、と。自分でも発見がありました。</p>
<p><strong>石川　</strong>楽観的というよりも、いい意味で、柔軟なんだな〜と思ったんだな。</div>
<h4>「でも、『バーベキューにまで行って、なんで人と話さないのかよ！』て思うんですよ」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">佐藤くんはいま自分のやっている仕事に肯定感がある。けれども、仕事の疑問、通販の売り方に疑問ももっている。その疑問点を率直に話してくれた。話題はそこからSNSのうすっぺらさにも広がっていく。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>いまちょっと言ってくれたんだけど、自信をもてないというのはどういうこと？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>自分がサッカー部でキャプテンやっていたとき、オレよりうまい推薦で来たヤツもいっぱいいたんです。キャプテンなので、いろいろ言わなくちゃならないじゃないですか。「ちゃんとやれ！」みたいに。でも、ぼくのプレーのレベルが彼らのレベルに達していなくて、「オレ、レベル低いな、こんなこと言える立場なのかな」と。そこからあんまり自分に自信がもてなくなって。でも、就活のときは「自分はこうだ！」と自信をもって言わなくてはならないじゃないですか。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>オレはそうは思わないけど、まあ、まあ、続けて。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>ぼくはそういうふうに思っていて、そこから、積極的に発言する、自分の意見を言おう、と意識してきたんですが、いまでも、自分がものを言うときには自信がもてないんです。</p>
<p><strong>石川　</strong>自信をもたなきゃいけないと思ってるの？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>自信をもっている人はカッコいいじゃないですか？　正しいかどうかわからないですけど、「バーン！」と自信をもって「こうだ！」と言えるような人が。</p>
<p><strong>石川　</strong>もちろんカッコいいとは思うんだけど、それでは、自信をもった態度だったら誰の言うことも信じてしまう怖さもあると思うんだけど？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>自信をもっていると説得力はついてくると思うんです。</p>
<p><strong>石川　</strong>ぼくなんかは、人と信頼関係を築くためには、自信がないところも見せる、というのもけっこう説得力あるように思うんだけど。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>そうですよね。でも、それだけではなく、ここぞというときに、「ばっ！」と自信をもって言うことも大切だと思うんですよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>なるほどね。そういう局面の自信をもった振舞いというのも大切だと思うよ。では、たとえば、仕事をはじめて2ヶ月で、いま、考えてることは自信をもちたいということなのかな？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>それもずっと思ってることですけど、他にも疑問があるんです。企業に入ると利益を上げる人にならなきゃならないじゃないですか。でも、利益を上げるためならなんでもいいのか、といえば、そうではないと思うんですよ。<br />
最近、twitterとかFacebookとか、SNSに力を入れなきゃいけないというのはあると思うんです。ビジネスでは必要になってくると思うんです。でも、twitterに依存したら危ないと思うんですよ。twitterって簡単に人とつながれるじゃないですか。情報をめぐらせるには便利だと思うんですけどね。ネット上の付き合いはこわいと思うんです。<br />
自分の仕事で利益を上げるためにＳＮＳと付き合っていかなきゃならないと考えると、ほんとにオレはこれでいいのかな、と考えることがあります。</p>
<p><strong>石川　</strong>でも、仕事は仕事、と分けて考えてもいいと思うよ。大切な人間関係は直接会って話すとか。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>そういうふうに簡単に考えればいいんですけど、やっぱり気になるんです。たとえば、ぼくの会社でいま、持ち運べるテレビを売ってるんです。風呂とかでもどこでも見れるんです。それで、ドライブするときでも後ろで子供が見れる、とか、バーベキューやってるところでそこでみんながテレビを囲んでる、とかそんな売り方をしてるんです。でも、「バーベキューにまで行って、なんで人と話さないのかよ！」て思うんですよ。売り手としてはそういう見せ方をするじゃないですか。でも、そんな売り方でいいのか？と。車の中も、バーベキューだって、人と話せばいいじゃないか、と。そう思って、モヤモヤした気持ちがあるんです。</p>
<p><strong>石川　</strong>いま自分がものを売っているやり方と、自分のよしとすることが違うというか？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>そうですね。うまく話せなくてすいません。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>twitterはうすっぺらいという印象があるのはわかるよ。でも、オレも必要があるから使う。義務感でやっているようなつぶやきもあるよ。自分の仕事として自分に課してるんだ。だから、仕事以外は、いっさい義務とかそういうものはないよ。あとは、続くならやればいいんだ。逆に続かなくっても後悔しない。Facebookもやってるよ。それが、どういう影響与えたり、どういう可能性があるのか、ものの本を読むんじゃなくて、やってみないとわからないから。でも、それで続かなくても失敗しても後悔しない。</div>
<h4>「では、沢辺さんはＳＮＳが広まることは賛成ですか？」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">話題はSNSのうすっぺらさから、「問いの立て方」問題へ。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>佐藤　</strong>では、沢辺さんはＳＮＳが広まることは賛成ですか？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>それは問いの立て方がちょっとちがうと思うんだな。こっちは正しい、こっちに賛成だ、って事前に理想や正しさを置いて、それに向かって自分や社会を動かそうとするのはダメなんじゃないかな。どんな頭のいい人もしょせん人間なんだ。どんな素晴らしい理想を置いたって、どうしても無理があるんだ。原発の問題だってそうだよ。やるのかやめるのか、そういう議論あるんだけど、もうあんなことが起こったら、誰が「うちの近所に原発建てていいですよ」って言える？　たとえば、いくら原発を使うことが正しいと科学的に証明する人がいたって無理なんだ。賛成しようが反対しようが広まることは広まる。廃れることは廃れるんだ。<br />
だから、SNSが広まることには賛成ですか？という問いだって、オレが賛成しようが反対しようが、広まるものは広まるんだよ。もし、ＳＮＳで大事故が起こったら、誰がそれを正しいと言ったって、みんな離れると思うよ。やっぱり、SNSが広まったのは、それを受け入れた人が社会に一定いるんだよ。自分がつぶやいたことにだれかが反応してくれる、という承認もあって。でも、いまオレはそれに飽きてるんだ。そう思うと、twitterでの承認って、ほんとうの意味での他者からの承認とはちがうんじゃないかな、と思うんだ。</p>
<p><strong>石川　</strong>それも、一人の人間のふれ幅だと思うんですよね。twitterのコミュニケーションに飽きちゃったら対面のコミュニケーションを重視したり、同じ人間が、対面よりもSNSの便利さを取る場合だってある。そういうことだと思うんです。どちらが正しいか、ということころで動いてないと思うんですよ。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そうそう。それから、twitterが流行っているのは母数が多いというのもあるよね。オレが勝手に独自のサービス作ったって、誰もやってなければなんの意味もない。<br />
それで、さっきの話しに戻るんだけど、オレはよく言うんだけど、勝間和代の言うように、「起こっていることはすべて正しい」と思うわけ。twitterや Facebookが流行っているけれど、それはそれとして受け入れるんだ。みんなが求めているものがそこにあるわけで。オレがそのことを正しいとか間違ってるとかは言えないよ。<br />
ただし、オレがそれを実際に身体を動かしてやるかやらないか、ということはオレが権限をもってるんだ。誰にも指図されないでオレが決められる。そこは大切にすればいいと思うんだよ。そう考えると、「twitterをやってるオレはどうなんだろうか？」と考え込む必要はなくなるんだ。これは仕事としてまず一回やろう、続かなかったり失敗したらやめればいい。そう考えられるようになるんだ。「正しいからやるんだ、賛成するからやるんだ」じゃなくて、「オレだけの選択なんだ」と考えることで、飛びついてやってみてもそれに対する後悔はなくなる、という感じなんだ。だから、賛成ですか？　反対ですか？という問いの立て方そのものが、もう時代遅れだと思うんだよ。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>「問いの立て方」なんてすごく新しい考え方ですね。目からうろこです。こんな話ははじめて聞きました。</p>
<p><strong>石川　</strong>その「目からうろこ」で思い出したんだけど、最初の「目からうろこ」で話してくれた承認についてもバランスの問題だと思うんだ。「認められることが大切だ」というのはわかった。それなら、ということで、たとえば、人間関係よくしようと思ってがんばることもあると思うんだ。でも、だんだん、ふれ幅がちょっとおかしくなって、「自分のまわりのヤツ全員に自分のことを認めさせてやろう！」となったら、ものすごく無理をしたり気をつかっちゃって自分をすり減らすことになるかも。一方で、承認は大切、というところからがんばっても、どうしても自分を認めてくれない人もいるわけで、「オレはこんだけがんばってるのに、あいつはぜんぜんオレのこと認めない、なんだ、アイツはダメなやつだ！」と逆に攻撃することもあるよね。だから、どんなにすばらしいことでもバランスは大切だと思うんだ。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>ぼくは、いままで、やったらやった分だけ受け入れられた、承認してもらえた、といったことが多かったと思うので、そこまでがんばった感覚はないかもしれません。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>人間は他者からの承認を求める生き物だということはわかるんだ。けれども、その裏返しで、「だから、承認を求めるために生きるのは正しいんだ」というのはもうすでにちがっていると思うのね。そこには無理がある。ある種のストーカーがそうだと思うよ。「○○ちゃん、惚れてくれよ！」って。それはひたすら無理な承認を求めていくわけだよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>あげくの果てには殺意になるとか？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>カニバリズムとかも？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そうそう。ありうるよ。</div>
<h4>「ぼくは、出版社の方って、本という物体に愛があると思ってたんですけど、そういう愛もありつつ、電子書籍を出すのも、どこか本質に向かってやってるんだな、って勝手に思いました」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">話は「問いの立て方」問題から、新しいことはどういう場面で生まれるのか、そして、通販も含め商売の本質へと進んでいく。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>沢辺　</strong>さっきの「起こっていることはすべて正しい」の話に戻るんだけど、たとえば、そんなことは起こらないと思うけど、もし仮に、バーベキューに行った子どもがみんなテレビ見てるなんて状況が起こったら、新聞とかに「いまの子どもは狂ってる！」なんて書かれると思うんだ。でも、それにはきっと理由があると思う。「起こっていることは正しい」。だから、それを「狂ってる！　正しくない！」と否定するんじゃなくて、いったんそれを受け入れることが大切だと思うんだ。そのうえで、どうしてこういうことが起こったんだろう？と考えることのほうがよっぽど大切だと思うよ。<br />
それで、いまの現状をちゃんと考えれば、河原でバーベキューやってる連中がみんなテレビ見ていることなんて起こってない。だから、佐藤くんが自分の会社の演出のあり方をことさら問題にする必要はないと思うんだ。もちろん、「バカげている」ということはあるよ。移動式のテレビのメリットを説明するうえで、どうしてそれを「バーベキューでも使えます」って言う必要があるのか（笑）。そういう面はあるよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>作ってる側はどんな気持ちで作っているのかな？　こんなバカげた例も入れちゃえ！　とけっこう面白がって作ってるのかな？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>それはないと思います。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そういうなにかを作り出している現場をよく見てみると面白いんだよ。これはさっきのドキュメンタリーの世界の話なんだけど、ドキュメンタリーでは、被写体との距離、取材対象との距離は永遠の課題じゃないかな。たとえば、相手に恋しちゃっていいのかよ、というのがそれ。けれど、原一男の『ゆきゆきて神軍』なんか、へんなおじさんが殴り込みみたいなことして人殴るのを、一緒に付いていって撮ってるわけ。一緒に犯罪を犯している画なんだよ。これだともう距離感がないわけ。こんなこと、くるくるパーじゃないとできないんだよ。でも、そういう人がなにか新しいものをつくりだしてきたのも事実だと思うんだ。<br />
通販だってそうなんだ。通販が社会で受け入れられていること、これは起こっていることだから正しいことだよね。それを前提に、では、どこが受け入れられているのか？　そこを考えるとすごく面白いと思うよ。オレのおふくろだって、蒸気で床がきれいになるやつとか買ってるわけよ（笑）。たまに実家に帰ると、かならず何かあるんだよ〜。オレの妹はそれを見てバカにするけど、ハマるのはなにか理由があるんじゃないかな？　おふくろのパターンだけじゃなく、ラジオ通販だと目の見えない人にベンリだとか。だから、通販は他者から承認されているわけだよ。その理由を考えて、もっと多くの人の承認を得られるようにするにはどうしたらいいか。そこを考えるといいと思うよ。<br />
ついつい通販というのは、儲け主義や「売らんかな」で、だましているように思われているイメージがある。でも、やっぱり、ジャパネットの高田さんなんかも、多くの人に受け入れられるなにかを持ってるんだ。</p>
<p><strong>石川　</strong>だって、そんな簡単に儲け主義や「売らんかな」だけでうまく商売できる時代じゃないと思うんですよね。それはよく沢辺さんと話すことなんですけど。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>むかしの近江商人だって、バリバリ稼ごうなんて考えてなかったはずだよ。もちろん、自分の利益を度外視して考えていたわけではないと思うよ。でも、たとえば、「売って良し、買って良し、作って良し」なんて言葉があるように、「作り手も消費者も、みんなが潤わなくちゃだめなんだ」と考えていたと思うんだ。松下幸之助も稲盛さんも、ドラッカーもそうだと思うんだよ。まあ、それで彼らは大もうけしたんだろうけど（笑）。けど、「金さえ稼げればなんでもいい」なんて絶対考えてなかったと思うんだ。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>きょうはほんとに目からうろこで（笑）。沢辺さんって本質をずっと探してるんですね。ぼくは、出版社の方って、本という物体に愛があると思ってたんですけど、そういう愛もありつつ、電子書籍を出すのも、どこか本質に向かってやってるんだな、って勝手に思いました。考え方っていうのはほんとうに面白いですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ありがとう（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>沢辺主義者になる必要はないけれど、きっと自分なりに活かせると思うんだ。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>そうですね。聞いたことを自分なりに活かそうと思います。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>けれど、偉そうなこと言うようだけど、共感しても実際に自分のものにするというのは大変だと思うんだ。だから、オレはアイデアを隠したりしないんだ。損しないから。どこにでも出て行って、たとえば、電子書籍の話なんかするけど、そこで、オレの話の一部をちょこっとつまんだって真似はできないんだ。だって、電子書籍のことなんか、オレ自身が迷ってやってるんだもん。だから、どっかから持ってきて付け焼刃、なんてうまくはいかないんだよ。一人ひとりが自分の頭で自分の言葉で考えて試行錯誤しなくちゃ解決しないんだよ。</div>
<h4>「鵜呑みにしているように思われたかもしれないけれど、まあ、ほんとに新しいことだから素直に聞いたということですね（笑）」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">石川は佐藤くんがちょくちょく言ってくれる「目からうろこ」発言が気になった。そんなにすんなり感動しちゃっていいのかな？と。そこから「素直さ」について話題は進んでいく。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>それで、ぼくが気になっていたのは、佐藤くんがよく言う「目からうろこ」ってなんか危ういんじゃないかな？ということなんだけど。これはひねくれた見方なのかな？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>自分の頭で考えるようになるのは、ある面では素直さは必要だと思うんだ。若いヤツと付き合うと、素直なヤツと素直でないヤツがいるんだけど、素直でないヤツは手こずるんだ〜。佐藤くんは素直さが武器だから、それを有効に使うといいと思うよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>そうか。佐藤くんって素直なんだね。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>いや、どうかわかりませんけど（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>いまオレが自分の頭で考えられてるかどうかはちょっと横に置いておいて、それでも、「オレだってある意味で素直だったな」と思えることがあるわけ。もちろん、オレも素直じゃなかったんだ。たとえば、中学の頃いたずらして立たされたことあるんだ。それで、オレのおやじ教師だったんで、担任の先生もそのこと知ってて、「お父さん先生なのに、なんでそんないたずらばかりしてるの！」って怒られたんだ。そしたら、オレは「じゃあ先生、泥棒の子どもは泥棒の子どもになんなきゃならないんですね」って言い返して、その女の先生泣かせちゃったもん。</p>
<p><strong>石川　</strong>うわ、ひねくれたヤツだな〜、理屈言っちゃって（笑）。　</p>
<p><strong>沢辺　</strong>だけど、オレ、一方で素直だったと思うんだ（笑）。二十歳の頃、左翼だったんで、「資本家は悪い！」って、ヘルメットかぶったりしながら言ってたわけ。だけど、いまでも覚えているんだよ。6、7歳年上のヤツに「沢辺さぁ、お前、資本家ってどこにいるの？　誰と誰だか名前教えてくれる？」って言われたわけ。それ、オレ答えられなかったんだよ。そんなプリミティブな質問を真正面からされて答えられなかったわけ。資本家の定義とか、誰が資本家とか、そんなリアリティのあることなんかそれまで一回も考えたことなかったわけ。大ショックでさあ。<br />
それで、オレが自分のこと素直だな（笑）と思うのは、そこに以降のオレの思考の原点があるわけ。なにかをひと括りにして「悪い！」とするんじゃなくて、ちゃんと考えよう、と。なぜそれが悪いのかちゃんと答えよう、と。たとえば、オレの給料が悪いとしたら、じゃあ、いくらがいいのか？　会社をどういう状態にもっていったらいいのか？　そういうふうに現実的な条件を考えることが大切だとオレは思ったわけよ。なんとなく「悪い！」じゃなくて。<br />
だから、さっき佐藤くんが話してくれたCMの話にもつながるけど、そのCMをただただ「悪い」と言うだけじゃなくて、どうしてそういうCMをつくらなければならないのか？と考えたり、自分の企画が通らなかったら、ではそれを通すためにはどうしたらいいのか？と考て自分で自主的にCM撮ってみるとか、どうしたら認められるのか？　現実になにをしたらいいか？　そういうことを具体的に考えるのが大切なんだ。</p>
<p><strong>石川　</strong>自分が質問に答えられなかったことを認めたがらない人もいっぱいいますよね。沢辺さんは素直だな。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>でも、このこと10年ぐらい人に言えなかったんだよ。そのときは、ワナワナして、顔から火が出るくらいはずかしかったんだ。でも、「あの疑問に答えてやりたい！」と思ったんだ。これが考えるきっかけ。「これじゃヤバイ！」と。「ハリネズミみたいに言い訳つくって武装しててもどうにもならない」と。だから、素直というのは人の言うことを全部受け入れるというわけでもないし、佐藤くんの場合は素直さという道具を使って疑こととのバランスを上手に取ればいいと思うんだ。</p>
<p><strong>石川　</strong>ぼくも気にしすぎたかな？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>鵜呑みにしているように思われたかもしれないけれど、まあ、ほんとに新しいことだから素直に聞いたということですね（笑）。</div>
<h4>「そこまで自分の考えを大っぴらに話したりはしないですね。目上の人と話すことはありますけど、こんなふうにじっくり話すことはないんで」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">佐藤くんはちゃんと話をしたい人。けれど、現実にはそういう場はなかなかないようだ。佐藤くんのコミュニケーションのあり方を聞いてみた。そこから話題は、現代の不幸、「できそうで、できない」へ。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>だから、佐藤くんの「目からうろこ」って「新鮮だ」ってことなんだね？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>そうですね。そこまで自分の考えを大っぴらに話したりはしないですね。目上の人と話すことはありますけど、こんなふうにじっくり話すことはないんで。それに、まわりにいる人も出版社の社長さんとか哲学者の人なんていなかったので、こんなことはあんまりないな、と思って聞いていたわけです（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>オレは、いまは目上の人が臆病になっている時代だと思うんだ。若いヤツに本気で語ったら嫌がるんじゃないか、そういうムードになっている気がしているわけ。もし、佐藤くんが目上の人とじっくり語りたいという思いがあるのだとしたら、「そういう話してもいいんですよ」と伝えてあげるのも一手だと思うよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>ぼくも自分の本で以前書いたことあるんだけど、なんかじっくり話そうと思っても「ひとそれぞれ」で終わってしまう、せっかく自分が真剣に話そうと思ってもうまくいかない、ということがあると思うんだ。そうなると、「自分がうまく話せた人たちは深い、うまく話せなかった人は浅い」という区別が生まれることもある。でも、それはもったいないと思うんだ。自分が浅いと思った人たちをとりこぼしてしまっているから。もちろん、その浅い人たち自身の責任もあるかもしれないけれど、こちら側で、「この言い方だとみんな引いちゃうな、だから、もうちょっと話し方変えようかな」、「話題をこういうふうにもっていければいいかもしれない」と工夫できると思うんだ。すると、もっといろんな人たちと話すことができるんじゃないかな？</p>
<p><strong>佐藤　</strong>あ〜、そういうことはよく考えますね。</p>
<p><strong>石川　</strong>無関心なように見えて、けっこう話をしたい人もいっぱいいると思うんだ。これだけコミュニケーションツールが多くても、なかなかうまくいかないと感じている人も多いと思うんだ。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>たぶん、昔から上手くは伝えられなかったんだと思うんだ。でも、現代の場合は、「一見伝えられそうな世の中になっても伝えられない」ということだと思う。昔は子どもが親と同じ音楽聴いてるなんてありえなかったんだ。たとえば、ビートルズだってそうだったんだよ。でも、いまは子どもが親と同じ音楽を聴くことがある。うちの子供もオレが若い頃聴いてた曲、聴いてることあるもん。だから、一見、お互い通じているように思える。でも、実際は伝わらないことが多いんだよ。<br />
だから、現代の不幸は、たんに「できない」じゃなくて、「できそうで、できない」ということだと思うんだ。就職の例で言えば、昔なんか、百姓の子に生まれたら百姓だよ。それ以外の可能性なんか想像さえできない。今の人間が宇宙旅行を想像できないのと一緒だよ。でも、宇宙旅行だって、あと何年先かわからないけれど、それも海外旅行に行くような感じになるかもしれない。つまり、人間は可能だと思える範囲でやりたいことを見つけているだけだよ。そういうものに希望をもつんだよ。で、いまは、百姓の子は百姓、ではなくて、多くの人が自分のなりたい者になれる選択肢は開かれた。そういう希望はある。<br />
でも、可能性はあるけれど、現実はそうじゃないんだ。「できそうで、できない」。佐藤くんだって、就職活動でキー局受けて落ちて、テレビ業界のはじっこで引っかかっただけだよね。でも、みんなそんなもんなんだよ。ものすごく強く、「なにがなんでもキー局！」、「ヒモになっても芝居やってやる！」みたいな気持ちでそうなったんじゃなくて、なんとなく選択肢があって、そのなかで選んだ結果だと思うんだ。一見、就活うまくいったヤツも、みんなそんなもんだったと思うんだ。<br />
だから、大切なことは、「その事実を受け入れたうえで、そこでなにをつかむか」だと思うんだ。どんな現場にもやってみれば面白いネタは転がってるわけだよ。有能なヤツというのはそこでなにかをつかめたヤツなんだ。たとえば、いまから40年ぐらい前は、出版業界は新聞に行けなかったヤツがしょうがなく入るような業界だったんだ。「新聞やりたかったけど雑誌をやる」とか。でも、ちゃんとしている人はどんな場所にいてもその場所で耕すんだ。それで、有能な週刊誌編集長、たとえば、よくテレビに出てくる鳥越さんなんか、「新聞記者やりたかったけど雑誌かよ」と思ったって言ってた。けど、そう思いつつも、ずっと自分の現場をしっかり耕してきたんだ。</div>
<h4>「『これになりてぇからそれに向かっていく』というよりも、自分のいま置かれている状況で目標をみつけてなにかを残す、というのがやっぱ働くというか人の人生だと思います」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">仕事の話へ。誰でも偶然に仕事に放り込まれる。その中で人はなにをしていくか。佐藤くんは自分の考えを伝えてくれた。話題は、面倒を見てもらえる人間になること、武装しているとなかなか受け入れられない点、そして再び素直さへと進んでいく。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>佐藤　</strong>沢辺さんのおっしゃっている感覚よくわかります。ぼくも就活やりはじめてちょっとたってから、そういう感じになったんですね。「やりてぇからこれをやる」じゃなくて、自分が入ったところで目標をつぶしていって、最終的にそれになっている。そういう人生なんじゃないかと思うようになったんです。うちの親父は、じいちゃんが司法書士だったんで、最初はその手伝いをしてたんです。そのあと親父は先生になったんですけど、先生に最初からなりたかったわけではないんです。でも、いま話を聞くと、「大変で苦しいけど楽しい」って言ってるんです。だから、「これになりてぇからそれに向かっていく」というよりも、自分のいま置かれている状況で目標をみつけてなにかを残す、というのが人の人生だと思います。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>お父さんも偶然だと思うよ。偶然小学校という現場に行って、そこで運動音痴な子を逆上がりできるようにしてやって承認を得る場合もあるし、「いいんだよ別に仕事だから」って生徒たちとかかわりなく仕事をやる人もいる。どんなところにもみんな偶然行くんだよ。でも、そこのなかで、「運動のできない子を逆上がりができるようにする」といったなにかを見つけられるか、そこが重要だと思うんだ。かりに転職したとしてもそれは絶対に付いてくるよ。だから、どこに行っても、「しょうがない」ということはないんだ。</p>
<p><strong>石川　</strong>ぼくも、偶然そういう仕事になったんだけど、大学で文章の先生をやることが多いんだ。でも、やっててよかったと思うよ。「哲学やりたいけど文章指導かよ」って思うこともある。文章の相談も添削も学生一人ひとりに対してやるわけだから大変。でも、文章を通じて密に学生と付き合うのはやっぱ面白いよ。そう付き合うことで、いまの若い人の感じも伝わってくる。そうして取り入れた感覚が、哲学も含めて自分の仕事全体にいい意味で反映されると思うんだ。戻ってくるものあるんだよな。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>専門的にそれだけをやる楽しみもあると思いますが、それだけでない楽しみもいっぱいあって、そういうとこで目標を達成していけば結果的に自分は満足した仕事をやっていけるんだと思います。それから、仕事をはじめていま2ヶ月なんですけど、やっぱり人間関係なんじゃないかと思います。仕事できる・できないはもちろん大切ですけど、「やっぱ入って人に面倒見てもらえることが第一なのかな」みたいな、そう思ったりすることもあります。</p>
<p><strong>石川　</strong>やっぱ、「こいつ面倒みたい・みたくない」はあるなあ。学生もそうだけど。笑顔とかひとつでちがうもの。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>むちゃくちゃあるよ。ただ、明らかにそれをめがけてるヤツはやなんだ。けっこう見えちゃうんだよ。わかる。ウソ通用しないよね。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>エントリーシートの段階では、なんとかひっかかろうと思って、作っていた自分もありました。最終の役員面接では就職活動のテクニックとか全部なしにして、素で受けたら、この会社に通ったんですね。やっぱ武装してもダメなものはダメなんですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>それと素直さがやっぱ大切かな。</p>
<p><strong>石川　</strong>どうして素直な人と素直でない人がいるんでしょうね？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>オレは生育歴の影響はあるような気がする。親にどう育てられたか。親がお金持ちかお金持ちじゃないか、とかそういう単純なものじゃなくて、周りへの武装なんだよ。でも、武装イコール悪というわけではなくて、武装が強すぎるとダメなんだよ。誰だって武装する。極端に言えば服を着るのだってそうだよ。だけど、大切なのは武装とうまく折り合えるってことなんじゃないかな。武装がバリバリ全面に出ちゃうとすごく困難だと思うな。</p>
<p><strong>石川　</strong>もちろんその通りで、こちらも武装が全面に出ちゃってる人とはつきあいにくいですね。中学校の沢辺さんみたいに理屈ばかり言ったり、大人になってもいつもハスに構えちゃったり、かっこいいことばかり言って自分を飾ってばかりだったり、ぼくもそうだったんだけど、頭がもう難しい言葉でいっぱいになってるヤツだったりすると、こっちは疲れちゃいます。でも、大概はうまくいかないことが多いけど、それでも、たとえば、仕事の現場や文章や哲学の教室でもいいけど、なにかを通してそんな武装したヤツと付き合わざるをえなくなって、そのなかでやりとりしているうちに、カチンコチンの人間が武装解除する瞬間は確かにある。それはそれで感動的なんだよな。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>それ、わかるよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>けれど、考えてみると、やっぱり、武装解除できる人っていうのは、どこかにかならず、一抹の素直さがある人ってことなんだな、と改めて思いますね。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>ぼくはなかなか武装した人に接したことがないですけど、きっとそういう武装解除の場面に出会ったら感動すると思います。</p>
<p><strong>石川　</strong>まあ、あまり武装している人には出会わないほうがいいとは思うけど（笑）。今日はほんとに長い時間ありがとう。</p>
<p><strong>佐藤　</strong>ほんと、そろそろビールが飲みたい感じです（笑）。</div>
<h3 style="padding-top:1em;border-top:2px dotted #999;">◎石川メモ</h3>
<h4>大人が三人で語っている</h4>
<p>　ぼくは最初、佐藤くんの「目からうろこ」をどこか危ういと思っていた。けれど、よく考えれば、それこそ佐藤くんの言うとおり、自分の考えをおおっぴらに話したりする機会はなかなかないだろうし、ぼくと沢辺さんのやりとりのようなものも珍しかったのかもしれない。そう考えると、佐藤くんにとって今回のインタヴューは、やはり、「目からうろこ」の新鮮なものだったのだと思う。<br />
　ところで、これは当たり前のことかもしれないけれど、ぼくは仕事上で問題や困ったことが起こると、アポをとって、なるべく直接相手と会って話すようにしている。メールではどうしても無理だ。文章と文章とでやりとりすると相当複雑なことになる。直接会えば、一つ一つの言葉にそのつど反応できるし、それに、お互いの表情とその場の空気が伝わる。<br />
　でも、ほんとのところ、やっかいなことがらもメールのやりとりだけで済ませられないかな、と思う自分もいる。そう思って、実際にメールでやりとりしたこともあった。けれど、ぜんぜんうまくいかず、二度手間、三度手間、何度もやりとりすることになってしまった。最終的には、「この件、メールで話すのやめましょう、直接お話しましょう」となった。<br />
　直接会って話すことの意味は十分にある。「真剣にやりとりするなら、やっぱり対面」とぼくは思う。今回のインタヴューでは、佐藤くんも含めて、大人三人で、「問いの立て方」や「素直さ」など、対面でまじめに話した。ぼくも改めて思ったけれど、相手と実際に会ってちゃんと話をするのは、すごく大切だしとても面白い。それが佐藤くんの感じた「目からうろこ」、「新鮮さ」の中身なんじゃないだろうか。</p>
<h4>偶然と折り合うことの難しさ</h4>
<p>　佐藤くんは、いいかたちで偶然と折り合うことができているように感じた。偶然というのは「たまたまそうなった」ということだけれど、佐藤くんのいま働いている現場だってそうだ。というより、だれもみんなそういう偶然を生きているはず。<br />
　どうやって人は偶然を受け入れるようになれるのか？　ぼくはいつも気になっている。わたしたちはいろんな意味で、たまたまそうなってしまう。あの親から生まれ、あそこで育ったこともそうだ。ここでこうして働いていることもそうだ。良くないことで言えば、災害や病気というのもそう言える。もちろん、イケメンだったりとか、いいことについてだってそう言える。<br />
　で、ぼくが気になるのは、とくに良くないことについて、人間は偶然を受け入れられるのか？ということだ。自分の責任や落ち度となんの関係もなく、わたしたちは苦しいことを「こうむる」。昔は、「それは神様が与えてくれた試練ですよ、いま苦しいことは天国に行くためですよ」という説明で救われたかもしれない。けれど、今はそんなふうにはなかなか信じられない。どうしたらいいのだろう。<br />
　印象に残っていることは、佐藤くんが、いまの会社でよい先輩に会えたりして、仕事に面白いことがあると思っている点だ。ぼくは、「えぃ！」と覚悟を決めるだけで、納得いかない偶然を受け入れるのはすごく難しいことだと思っている。そんな苦しい現実のなかに、ほんのちょっとでもなにか面白いことが自分を誘っていると感じられることが、偶然を受け入れるコツだと思う。<br />
　でもこれは、逆に言えば、自分を誘うものを目の前の世界に見つけられなければ、現実は受け入れられない、ということだ。そうなったとき、いまのところぼくは、目の前には面白いものがなくても、一度でもいいから、世界に誘われた経験があるかどうか思い出してみるのが大切だと思っている。<br />
　たとえば、佐藤くんは、お父さんと山に行ったり、部活で全国大会に行ったり、ニュージーランドでの恋愛などなど、いままでの楽しい経験をけっこう大切にしている。そして、たぶん、いままでそうだったんだから、なにか自分を誘うような面白いものは世界にかならずあるはず、と考えている。それが、佐藤くんの素直さの中身で、だから、仕事での面白さを呼び込んでいるのではないだろうか。<br />
　うれしかった思い出を大切にする、と言うとなにか素朴できれいすぎる表現だけれど、でも、それは、「いま目の前にはないけれど、またうれしいことがきっとあるはず」と世界と上手くつきあうためのコツになってるんじゃないだろうか。<br />
　けれども、偶然にこんなふうに苦しくなってしまった自分や世界をどうしたら受け入れられるか？　そのことについてはこれからもじっくり考えてみたいと思っている。</p>
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 <title>第11回　ここがこう動いて、つぎにこうするとこう動く──武田一雄さん（22歳・男性・大学3年生）</title>
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 <pubDate>Thu, 19 May 2011 06:20:07 +0000</pubDate>
 <dc:creator>石川 輝吉</dc:creator>
 <category><![CDATA[哲学者・石川輝吉の、ちょっと「ぐずぐず」した感じ]]></category>
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 <description><![CDATA[武田くんは、1988年に埼玉県の朝霞市に生まれ育つ（22歳）。現在は東京都内の理系の大学で電気関係を学ぶ大学三年生（就職活動中）。
理系で技術者をめざす若者はこのインタヴューでははじめて。電気の仕組みなど、なかなか聞けな [...]]]></description>
 <content:encoded><![CDATA[<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">武田くんは、1988年に埼玉県の朝霞市に生まれ育つ（22歳）。現在は東京都内の理系の大学で電気関係を学ぶ大学三年生（就職活動中）。<br />
理系で技術者をめざす若者はこのインタヴューでははじめて。電気の仕組みなど、なかなか聞けない技術的な話、技術屋としての仕事観を聞くことができた。電気の話をわかりやすく説明しようとしてくれる時の楽しげな表情が印象的。もちろん、「理系」というキーワードでは括れない、ひとりの個人としての武田くんのあり方もこのインタヴューでは具体的に聞くことができた。<br />
*2011年3月16日(水)　18時〜インタヴュー実施。</p>
<h4>「ぼくは強電系に興味があって、モーター関係、モーターそのものやモーターを制御するインバーターについて興味があります」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">まずは武田くんの専門の電気の話から。話は、モーター、電車、電力供給の技術へと広がっていく。インタヴューを行った日は、東日本大震災からまだ一週間もたっていない3月16日。話はおのずと計画停電を含め、送電に関する技術的な問題にまで至ることになった。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>おいくつですか？</p>
<p><strong>武田　</strong>22歳です。理系の大学に通っています。一年留年して、今度4年になります（苦笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>留年というのはどういう理由で？　</p>
<p><strong>武田　</strong>単位が取れなくて。三年を二回やっていました（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>そんなに進級するのが大変なの？</p>
<p><strong>武田　</strong>私が留年したときは、進級できたのが６、7割です。学科によってこの割合のばらつきはありますけど。</p>
<p><strong>石川　</strong>大変なんだね〜。</p>
<p><strong>武田　</strong>まあ、自分の勉強不足というのもありますけど（笑）。大学は電気の専門の大学です。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そこって、おれがよく行く大学だね。電子書籍の共通ルールをつくってるひとがいる大学だ。</p>
<p><strong>石川　</strong>そこで、武田くん自身のご専門はなんですか？</p>
<p><strong>武田　</strong>電気、電子に関するものをやっています。強電から弱電、プログラミングまでやっています。モーターを動かしたりするのが強電で、電圧が高いものです。弱電は半導体とかにかかわる電圧が低いものです。プログラミングはあんまりできないんですけど（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>プログラミングというと、もちろん、パソコンで？</p>
<p><strong>武田　</strong>そうですね。Ｃ言語でプログラムをつくります。もちろん、そういう情報系を専門にやっている学科もあるんですけど、ぼくらもプログラミングを学びます。</p>
<p><strong>石川　</strong>なかなか専門的な話だけれど、そういう専門的な学問なので留年してしまう学生も多いということ？　</p>
<p><strong>武田　</strong>まあ、う〜ん、そうですかね（苦笑）。まあ、勉強不足もあるし。必修はけっこう難しかったりするんです。うちの大学は出席はあんまり勘案せず、基本は中間や期末のテスト一発で。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ようは成績が悪かったんだ。</p>
<p><strong>武田　</strong>そうですね。テストで点が取れるかどうかということです。</p>
<p><strong>石川　</strong>なるほどね。文系の大学は、出席も成績に加点したり、単位修得条件の主なものに含まれている。けれども、武田さんの大学では、純粋にテストの点数で単位を取れるかどうかが決まるんだ。それで、その難しい必修のテストというのは電圧や……、</p>
<p><strong>武田　</strong>回路だのなんなの（笑）。プログラミングとか（笑）。まあ、実験とかはレポートで、なんとかなったりするものはあるんですけど、基本は筆記試験ですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ねらい目はどのあたりなの？</p>
<p><strong>武田　</strong>就職ということですか？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>主に勉強している分野はどういうことなの？</p>
<p><strong>武田　</strong>ぼくは強電系に興味があって、モーター関係、モーターそのものやモーターを制御するインバーターについて興味があります。あとは、高電圧工学とか、送電に関係するものを勉強しましたね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>まさしく時流に合ってることをやってるじゃん！　</p>
<p><strong>武田　</strong>そうですね（笑）。まあ、原発そのものではないですけど。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>計画停電というのもそういうジャンルになるんでしょ？</p>
<p><strong>武田　</strong>もちろん、そうですね。電力系統工学というのも勉強しましたけれど、まさに送電にかかわることです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>実際に電力会社に聞かなくちゃわからないだろうけど、想像で聞けば、まず発電所があって、そこから送電線が引かれて、どこかにある変電所でいったん変電して、電気は分散されてると思うんだ。計画停電というのはその変電所の単位で行われるんでしょ？</p>
<p><strong>武田　</strong>はい。そういうことだと思います。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>で、おれも含めて、一般の人も不思議に思うのは、じゃあ、電車だけ優先できないか？　ということなんだけど、それはできないの？</p>
<p><strong>武田　</strong>たぶん、計画停電初日に電車を優先せずにあれだけ混乱したので、そのあとから優先にしたんだと思います。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、「優先的にここにこう流す」ということもできるんだ。</p>
<p><strong>武田　</strong>そうですね。一般に流れているのは交流電流で、電車を動かすのは直流電流なので、そのためには変換をしなくてならないんです。だから、電車を動かす電力は別口で流しているのかもしれませんね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>だけど、直流に変えるのは、鉄道会社のほうでやるんじゃない？</p>
<p><strong>武田　</strong>そうですね。だから、会社に電力が行く一歩手前の変電所で調整しているのかもしれません。ただ、ＪＲに関しては自分で発電所をもっているので、東京電力の計画停電は直接かかわりあいはないと思います。他の私鉄は100％東電から買ってるんですけど。</p>
<p><strong>石川　</strong>話を聞いてなんとなくはもうわかってきたんだけど（笑）、電気に興味をもったきっかけは？</p>
<p><strong>武田　</strong>はい（笑）。もともと電車が好きだったからです（笑）。そういう単純な理由です。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>あー、電車か。</p>
<p><strong>石川　</strong>いまは「乗り鉄」とか「撮り鉄」とかいろいろな分類されているけれど、鉄道でもどのあたりが好きなんですか？</p>
<p><strong>武田　</strong>最近だと、乗るのがほとんどです。中学生のときは、あっちゃこっちゃ撮りに行ったり、青春18きっぷを利用して友だちと乗ることをただ楽しむ、とかやっていました。他にも、模型だとか音だとか、いろいろありますけど、「なんでもやった」って言えばなんでもやりましたね。</p>
<p><strong>石川　</strong>そのうちに、電車の動くシステムにも興味をもった、と。それで、どんなふうに電車は動いているか説明してもらえますか？　あまり複雑になってしまうようだったら、だめでもいいけど。</p>
<p><strong>武田　</strong>むかしは単純に電気抵抗の調節で動いていたんですけど、いまの電車はインバーターを使って動いています。インバーターで電圧や周波数を変えて動いています。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>でもさ、考えてみれば、普段われわれが簡単に使っている電気ですら、技術的には一人では追っかけられないくらい複雑になってるわけじゃない。むかしで言えば、電車の運転手さんは自分の手で運転していたと思うんだけど、いまだったら、前の電車とちょっと近づきすぎたら、センサーがはたらいたりして、中央制御室みたいなところが管理している。極端に言えば、新幹線なんか運転していないに等しいんじゃない？</p>
<p><strong>武田　</strong>いや、新幹線はまだ運転しているほうです。逆に地下鉄なんかはボタンひとつで動いちゃいます。たとえば、ホームドアのあるホームとかは精度が必要なので、動かすのは人がやったとしても、停まるのは機械がやってくれます。</div>
<h4>「自分の趣味としては、ここがこう動いて、つぎにこうするとこう動くんだ、というのがわかりやすくて好きなんですよ（笑）」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">武田くんは物づくりが好きな職人肌。そんな武田くんは、将来、高度に専門化、分業化された開発や管理のシステムにかかわることになる。技術革新や製品開発・管理の分野は、一人の技術者がそのすべてを見渡せてなんとかできる世界にはなっていない。そうしたシステムのなかで働くことを武田くんはどう思うのか。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>沢辺　</strong>社会全体が日本ぐらいの技術レベルになると、人間ひとりの力ではどうにもならないくらいの技術の水準があって、ひとりで動かすんじゃなくて、チームワークで動かすっていうのが強くなってきている。技術のほうに行く理系の人たちは、そういうのつまんなくない？　</p>
<p><strong>石川　</strong>電車のシステムってどうなってるんだろう？という素朴な疑問から、その仕組みをわかっていく、という楽しい感じが武田くんにはあると思う。けれども、沢辺さんの指摘を聞くと、そういうふうに、普段見えない仕組みを知っていけばいくほど、ひとりの力ではどうにもならないようなシステムがそこにある、ということがわかってくる。そういう疑問だと思う。このあたりの点については、武田くんはどう思ってるんだろう？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>たとえばさ、エジソンの時代には、エジソン一人が毎日徹夜して努力すれば、フィラメントで電球をつくれる技術をひとりで獲得できる可能性はあったかもしれない。けれど、いまは、たとえばＬＥＤのランプだと、電球のデザインをやってるデザイナーもいれば、発光体を研究している人もいれば、あるスペースのなかに回路をどう詰め込むか、そういうことばっかりやっている人やチームもある。つまり、エジソンみたいに一人ではできなくなっている。<br />
それって、おれ個人的には、いいんじゃないかと思うんだ。人間は一人では生きていけないわけで、むかしは、田植えだって一人ではできなくて、そのときは村のみんなで相談して役割分担しながらやっていたんだと思う。で、田植えは田植えでいまは個人でできるようになったわけだけれど、今度、技術の分野では、もう一度、みんなで一緒にやるようになっている。「集団の力」という点だと、先祖がえりしていると思うんだ。それで、そのこと自体はよくないことではない、とおれは思う。でも、そのあたり、技術のなかにいる人には、不全感とか、たとえば、「自分はたんなる部品にしかすぎない」とかいう気持ちはあるのかな？</p>
<p><strong>武田　</strong>まあ、私自身としてはやりがいがないとは思いませんけれど。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>車なんかそうなってきてるよね。この前、大井町の下請け工場の息子と話をしたんだ。息子と言っても40代ぐらいなんだけど。そしたら、こんな話になったんだよ。自分のおやじのころは、キャブレターでもって、「ガソリンをどれぐらい燃料爆発室に入れるか」っていうのを機械で調節していた。だからキャブレターの故障は自分のとこの機械で直していた。でも、自分の代になったら、その調節はもうコンピューターがやってる。だから、キャブレターがだめんなった車をもちこまれても、自分のところじゃ修理できなくて、メーカーから部品1セット、何万円かのを買ってきて、全とっかえするしかないんだよ。彼はコンピューターのこともよくわからないし、自分の果たす役割はどんどん狭くなってるんだ。しょうがいないとは思うけれど、なかなかな〜。</p>
<p><strong>石川　</strong>それって、むかしの、工場でネジばかりつくっていて、ぜんぜん仕事のやりがいを見出せない、という不全感と同じですか？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そうそう。</p>
<p><strong>石川　</strong>高度な技術屋さんのなかにもそういう不全感あるかも、と。武田くん、どう？</p>
<p><strong>武田　</strong>まだ開発にはかかわっていませんけれど、4月から研究室に入る予定です。でも、そのあたりはどうなるのかな……。</p>
<p><strong>石川　</strong>研究室というのはどういうことをやっている研究室ですか？</p>
<p><strong>武田　</strong>レーザーをやっている研究室です。「この材料を使えば、小型で効率がよくて出力の高いレーザーがつくれるんじゃないか」といったことを研究しているところです。</p>
<p><strong>石川　</strong>レーザーは具体的にはどんなことに使われるレーザーですか？</p>
<p><strong>武田　</strong>具体的には光源ですね。ディスプレイとか。</p>
<p><strong>石川　</strong>それで、さっきの話に戻ると、実際はまだものづくりをやっていないけれど、自分としては不全感みたいなものは感じない、と？</p>
<p><strong>武田　</strong>自分の趣味としては、ここがこう動いて、つぎにこうするとこう動くんだ、というのがわかりやすくて好きなんですよ（笑）。じっさい、これからなにかをつくるとしても、不全感は感じないと思うんですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>就活は？</p>
<p><strong>武田　</strong>地震で日程がずれ込むとは思うんですけど、いまはエントリーシートを書いたり、面接を受けたりです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>どんな業種？</p>
<p><strong>武田　</strong>鉄道会社にも出してますし、そのグループ会社の車両を整備する会社だとか、電力設備の補修、メンテの会社。あとは、高速道路の会社だったり、その施設を整備する会社だとかにエントリーしています。クレーンなど建設機械系にも出しています。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>テレビで見たんだけど、ある重機の会社は全世界で自分の会社の製品がどのように動いているかＧＰＳでわかるようになってるんだってね。たとえば、日本では8時間しか動いていないけれど、中国とかでは24時間フル稼働。そういうことが世界地図にランプがついて、わかるようになってた。そうすると、いつごろメンテナンスが必要か営業的にもわかるし、山の中とか川のそばとか、どんな場所で動いているかわかるから、今後どういう商品が必要か、製品開発的にもわかるみたいな話だったな。</p>
<p><strong>石川　</strong>へー、それこそ、さっきの電車の話じゃないけれど、全体的なシステム管理になってるんですね。武田くんはそういうシステム管理的な部門では働きたくない？</p>
<p><strong>武田　</strong>発電所のメンテナンス、変圧の仕組みをつくる会社は考えていますね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>どっちかというと、技術者、職人がいいかなって思うの?</p>
<p><strong>武田　</strong>そうですね。</div>
<h4>「でも、やっぱりつくっているのは人ですからね。ほんとうに。システムをコンピューターでもって調節するのは人間です（笑）」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">高度にシステム化された仕事の世界をどう考えたらいいか。これを「人間性が失われる」として「疎外」と考えるべきか。けれど、そうかといって、エジソンのむかしに戻れるわけでもない。いまあるシステムを前提として、そのなかで物をつくることの意義はどう見いだせるのか。このあたりを、技術屋さんとしての武田くんの観点から語ってもらった。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>沢辺　</strong>ちょっとノスタルジックな話になっちゃうけど、おれ、お遊びで音楽やってるんだけど、ギターの世界ではあいかわらず真空管アンプが人気があるんだよ。でもいまは、アンプシミュレーターっていう弁当箱みたいなかたちの機材があって、真空管の音がコンピューターでもって再現できちゃうわけだよ。でも、音楽の世界では、「そんなのよくない！」って言うヤツのほうが多いわけ（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>「ほんもののほうが、音があたたかい」とか「やわらかい」とか言って。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そうそう。それで、そう言っているヤツにだまされて、おれこないだ真空管アンプ買ったわけだよ。安もんだけど。でも、いまや、アンプシミュレーター通せば、もはやアンプでさえ必要ないわけ。そのシミュレーターをスピーカーにつなげれば、いくらでもコンピューターレベルで音が調節できるわけよ。それで、おれなんか、正直言って、真空管アンプの音とアンプシミュレーターでつくった真空管の音と、どっちがどっちだか聴いてもわかんないんだよ（笑）。で、それはそれでいい世の中じゃん、と思うけれども、とはいえ、半分ぐらいは……。</p>
<p><strong>武田　</strong>やっぱ気持ちの問題もありますからね（笑）。「アンプを使ってるんだ」という気持ちはけっこう大切ですよね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そうそう、そうそう。</p>
<p><strong>石川　</strong>いやぁ、その感じわかります。新しいものへの志向と古いアナクロなものへの志向というのは、かならずしも対立しないと思うんですよね。同じ人から出てくる。武田くんも、勉強では、ものすごく先進的なことやってるのに、「真空管」なんて言ってぼくらが盛り上がってるのを楽しく聞いてくれてるし。</p>
<p><strong>武田　</strong>ぼくも新しいものと古いもの両方が好きですね。まあ、どっちかというと古いものが好きなんですけど（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そうだよね。両方あるよね。だから、さっきは、最新の技術は、一人では追っかけられないくらい複雑になってる、だんだんブラックボックスになっているんじゃないか、という話をした。けれど、その一方で、たとえば、プログラムの世界では、一人の人が新しいプログラムをまず全部自分で組み立てて、それをみんなが利用する、ってかたちもあるんだと思うんだ。複雑なシステムになってる面と個人の創意の面、両方あると思うんだ。</p>
<p><strong>石川　</strong>それで、思想の世界なんかもそうなんだけど、だいたいどういう話になっているかと言えば、技術はだんだんブラックボックスになり、システムによる管理が進んで人間の自由がなくなっている、というのが一方である。もう一方で、テクノロジーの進歩によって、こういったシステムに溶け合って生きる人間というのは、これはこれでまったく新しい人間のあり方ではないか、とちょっと持ち上げる意見もある。こういう議論って、技術にかかわる人にとっては、すごく抽象的じゃない？　実際に技術にかかわる人の目にはどういうふうに映るんだろう？</p>
<p><strong>武田　</strong>そうですね（笑）。でも、やっぱりつくっているのは人ですからね。ほんとうに。システムをコンピューターでもって調節するのは人間です（笑）。「人がかかわらなくなって、さびしくなった」という意見も感情論としてあるかもしれないけれど。利便性は確実に上がってますよね。</p>
<p><strong>石川　</strong>そうだよね。一方で、いまの技術のあり方を、ことさら持ち上げる必要もなく、それを粛々と受け入れる、という感じかな。それでいてもちろん、そこには創造性もあるし、研究することは意義のあることだし、一緒に働く協同性もある。</p>
<p><strong>武田　</strong>たとえば、モーターを動かすにしても、モーター自体を設計する人もいれば、インバーターを動かすソフトをプログラミングする人もいる。それで、工場とかで働いても、製品のなかに自分のつくったものが入っているのを見たら、やっぱりうれしいと思いますね。それこそ説明会でこういう話をよく聞きますね（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>やっぱり、現代思想とかいうのは、「真空管信仰」みたいなものがあると思うんだよ。単純な疎外論、「よそよそしくなってしまった」、みたいな議論なんだな。</p>
<p><strong>武田　</strong>確かに、「技術に疎外されている」という感じはありませんね（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>疎外ととらえるより人間の共同性という点にもっと注目したほうがよくて。いまは個人がバラバラになってしまっている、という意見もあるけれど、そんなことはなくて、ますます、集団でなにかすることが重要になっているんだ。たとえば、和民がなぜ成立するかといえば、集団作業だからだと思う。おとうちゃんとおかあちゃんがやっている個人営業の店だったら、揚げ出し豆腐を250円では提供できないわけだよ。和民だったら、分業や大量仕入れによって、それができる。それを疎外というキーワードだけで描くのはちょっとちがう感じがするんだ。だから、むしろ、現代思想のように余計なことをいろいろ入れるんじゃなくて、ものごとを純粋に技術的な面で見てもらったほうが安心できる。</p>
<p><strong>石川　</strong>エジソンは自分で自分のつくっているものが見えていた。でも、協同性が必要とされる現代では、それが見えなくなってきた。この「見えなくなってきた」ということを疎外とする議論もある。けれど、そのことって、逆にものすごく単純に言えば、「みんなで力を合わせていいものつくっている」っていうことなんじゃないか？　だから、ことさら、人間性の喪失みたいに言う必要もないし、新しい人間の誕生と持ち上げる必要もないと思いますね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>いまは過渡期だと思うよ。いまは、一人ひとりは自分のやっていることの意味を知らされていないような状況で、それはそれでやはり不安なことだと思うんだ。全体のなかで自分はどういう役割を果たしているか、その全体性が獲得されないとつらい、という気持ちはあると思うんだ。</p>
<p><strong>武田　</strong>実感がほしいということですか？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そうそう。それがわかる状態をつくれていないことが問題であって、分業や協同性自身は本質的な問題ではないと思うんだ。もっと言えば、人間は一人じゃ生きていけない、つまり、「人間は類的存在だ」というところから考えれば、一緒に働かなくてはやっていけない。それで、そういうことを現代人だって実際にはやってるんだけど、その自分の果たしている役割は了解しにくくなっている。いまの問題は、その一点だけじゃん。そんな気がするんだ。</p>
<p><strong>石川　</strong>だからこそ、その高度に分業された協同の社会のなかで専門の技術者になろうとしている武田さんに話を聞きたいんだ。いま「全体での自分の役割」という話が出たけど、武田さんはそのあたりはどのように考えているのかな？　たとえば、ある製品をチームでつくったとして、それはみんなでつくったんだけど、おれがつくったんだ、というか。そういううれしさはあると思うんだ。みんなでつくったがためにおれが疎外されたという感じにはならないと思うんだけど。</p>
<p><strong>武田　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>これって、なんだか昔の村で、みんなで春に田植えして秋になってお米ができてうれしい、みたいな話になってるんだけど。</p>
<p><strong>武田　</strong>ほんとにそうですね。ただ、文系の友人にＳＥ（システムエンジニア）目指して就活してるのがいるんですけど、その友人の話を聞くと、彼の仕事はシステムという見えにくいものを相手にしているので、仕事の意味はあまりわかりにくくなっているんじゃないかと思います。ぼくは、どちらかというと、ＳＥとかは苦手なんです。システムのほうではなく、ものづくりのほうに興味があるんで。実物を相手にしているほうが自分のやることの意味は見えやすいと思いますね。技術屋だと製品が実際にあるんで。もちろん、システムづくりのほうも、自分がシステムをつくったものが実際に製品として町に置かれる、ということはあると思うんです。けど、やはり、自分のやってることの意味は見えにくくなってるかと思います。</div>
<h4>「プログラミングの美しさを感じるまでには行ってないです（笑）」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">武田くんは機械をいじったり回路をつくるのは好きだけれど、プログラミングは苦手。パソコンも自作したりはしないで、もっぱら使うほう。そんな武田くんと、プログラミングも含めて、技術屋さんの仕事のもつ美しさについて語る。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>「文系のＳＥと自分たち理系の技術屋というのはちょっとちがう」という、そのあたり、もう少し聞かせてもらえるとうれしいです。</p>
<p><strong>武田　</strong>システムというと、「どこでどう動いているかわからない」、あとは、「パソコンの中だけ」というイメージがあるかな？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>でもさ、プログラミングって美しさがあるじゃん。それは英語みたいなもんの羅列なんだけど、英語って言っても、それはシンプルな命令だったり階層の指定だったりする。だけど、そこに数学のような美しさがある。プログラムの世界ってさ、そういう命令文の羅列にすら美しさを見いだすから面白いな〜、っておれは思うんだ。</p>
<p><strong>武田　</strong>そうですね。いろんな書き方があるけれど、そのなかで、いかに見やすく、すっきりしたものをつくるか。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そうそう。いかにわかりやすくシンプルに伝えるか。おれはそういうの苦手なんだけど、プログラミングって、いちばん美しくて本質をビシッと伝えるような、まるでいい文章みたいなところがあるんじゃない?　「まわりくどいよな〜」と言われるプログラムじゃだめなわけだよ。プログラムってそういうことだよね？</p>
<p><strong>武田　</strong>そうですね（笑）。でも、ぼくはそのプログラミングが苦手なんです（笑）。回路とかをつくるのは好きなんですけど。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>あー、プログラミングの美しさには、ハマれてないんだ。</p>
<p><strong>武田　</strong>そうなんですね（笑）。壁がけっこう高いんです（笑）。プログラミングの美しさを感じるまでには行ってないです（笑）。おそらく、自分がもともと、目に見えて動く機械、そういう物をつくるのが好きだったから、というのが大きいと思いますね。いま、電気電子の学科にいるんですけど、受験するときは機械系の学科も受けましたし。</p>
<p><strong>石川　</strong>場合によっては、小さな工場でミクロン単位で精密な部品を削り出していたようなタイプ？</p>
<p><strong>武田　</strong>そうですね。それはそれで面白いと思います（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>また美しさの話に戻るけれど、職人さんには美しさがある。おれの分野では、カメラマンがそうかな。コードとか使っても、しまい方とかピシッとしてるの。スタジオなんか行くとわかるんだけど、道具や機材がちゃんとあるべきところにあるの。だから、たんにプログラミングのように実体のないものだけに美しさがあるんじゃなくて、回路や機械といった実体のあるものづくりにも美しさがあるんだと思うんだ。たとえば、編集者の仕事だって、道具の整理が苦手なスタッフでも、本になる前に校正の赤字を入れるとき、芸術的というといいすぎかもしれないけれど、すごくきれいに赤を入れる人もいるんだよ。だから、武田くんも自分の扱う物にどこか美しさを見出しているんだと思う。機械の動き方とか、現物であればあるほど美しく感じるタイプだと思うんだ。どうかな？</p>
<p><strong>武田　</strong>そうですね。やっぱり見える物が好きなんですけど、プログラミングだって興味はあります。</p>
<p><strong>石川　</strong>最終的に、見える物をつくる、というところに向かっていれば、見えないプログラミングとかもやる、見える物につながっていることが武田くんを安心させているのかな？</p>
<p><strong>武田　</strong>そうですね。もちろん、電気も見えないものです。でも、それを勉強することで、物がどう動いているのかわかるところがいいです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>パソコンを自分で組み立てたりはする？</p>
<p><strong>武田　</strong>それはやらないです（笑）。パソコンはもっぱら使うほうです。もちろん、まわりには自作のパソコンを組み立てる人やプログラミングが趣味な人もいますけど（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>ぼくなんか、パソコンの中身とかにはまったく興味がなくて、ただ使っているだけなんだ。けれど、小さいころから機械いじりは好きで、モーターを使った木のおもちゃみたいなものを組み立てて、歯車の仕組みとか覚えたり考えたりしていたんだけど、武田くんもそういうタイプなのかな？</p>
<p><strong>武田　</strong>まったくそうですね。そういうところからいまの理系の世界に入っていったと思います。</div>
<h4>「まあ、普通ですね（笑）」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">いままで技術系の話ばかり中心に話を聞くことになってしまったけど、ここで、武田くんの家族構成や幼いころから高校までの話を聞く。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>これまで技術的な話が中心でしたが（笑）、お父さんお母さんのことを聞かせてください。と、思ったけど、そもそも、どちらにお住まいですか（笑）？</p>
<p><strong>武田　</strong>埼玉の朝霞というところです。そこで生まれて、いままでずっとです。大学にもそこから通っています。母方の実家が墨田区、父方のほうが中野区です。両方とも東京都区内ですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>おやじさん自衛官？</p>
<p><strong>武田　</strong>いや（笑）、駐屯地はありますけど。父は生協職員です。むかしはスーパーの惣菜の開発をやっていましたけど、いまはグループ会社のチケットサービスのほうをやっています。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>いくつ？</p>
<p><strong>武田　</strong>去年50になったかな、確か。</p>
<p><strong>石川　</strong>ご兄弟は？</p>
<p><strong>武田　</strong>この春に高３になる妹がいます。母はいま43ぐらいで、専業主婦です。一時期パートをやったこともありましたけど。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>妹とは仲悪い？</p>
<p><strong>武田　</strong>（笑）いえ、仲悪くはないですけど、良くもないです（笑）。良くも悪くもなく、という感じですかね。</p>
<p><strong>石川　</strong>妹さん理系？</p>
<p><strong>武田　</strong>（笑）いえ、理系ではないです。</p>
<p><strong>石川　</strong>お父さんとお母さんはどこで出会ったの？</p>
<p><strong>武田　</strong>大学みたいです。</p>
<p><strong>石川　</strong>理系？</p>
<p><strong>武田　</strong>いえ、二人とも文系です（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>では、武田くんは小学校のころはどういう子どもでしたか？</p>
<p><strong>武田　</strong>ひとなつっこい子どもでしたね。</p>
<p><strong>石川　</strong>運動はなんかやってたの？</p>
<p><strong>武田　</strong>どちらかと言うと、運動音痴でしたね（笑）。球技もそんなにうまいほうではなく、走るのもそんなに速くなくて（笑）。でも、なんだかんだ言ってそういう仲間のなかに入って遊んでいましたけど。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、家にこもって鉄道のビデオばかり見ている子どもじゃなかった、と（笑）。</p>
<p><strong>武田　</strong>そうですね（笑）。外で遊んでいました。家にこもることはありませんでしたね。</p>
<p><strong>石川　</strong>では、人とかかわるのは苦手ではない、と。</p>
<p><strong>武田　</strong>そうですね。小学生のころ放送委員をやっていて、放送室が遊び場のようになっていて、隣にある職員室にも出入りして、先生と話すのも好き、みたいな子どもでしたね。</p>
<p><strong>石川　</strong>週末は鉄道に乗ったり写真を撮ったりしていたの？</p>
<p><strong>武田　</strong>いえ、そういうわけでもないですね。小学生のころは親がどこか行くときについていって一緒に見るとか、その程度ですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、ことさら鉄道オタクだったわけじゃないんだ？</p>
<p><strong>武田　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>では、勉強はどうでした？</p>
<p><strong>武田　</strong>それなりにやってましたね。</p>
<p><strong>石川　</strong>学校は公立？</p>
<p><strong>武田　</strong>小中高と公立でしたね。小学校、中学校はほんとに地元の学校で徒歩5分ぐらいのところでした。</p>
<p><strong>石川　</strong>中学で部活は？</p>
<p><strong>武田　</strong>軟式テニスをやってました。なんだかんだ言ってそんなにうまくはなかったですけど（笑）。まあそれなりにたのしくやってました。</p>
<p><strong>石川　</strong>中学ではやっぱり数学や理科系の授業とか得意だったの？</p>
<p><strong>武田　</strong>まあ、わりかしそっちのほうが好きでしたね。将来のことはあまり考えてはなかったですけど。中学のときは数学もそれなりにできたんですけど、高校に入ってからは成績はどんどん下がって（笑）。高校はだいたいは大学に進学する学校で、県内でもいいとされるほうの高校でしたけれど。</p>
<p><strong>石川　</strong>高校のときは進学の方向は自分のなかで決まっていたの？</p>
<p><strong>武田　</strong>高校のときには、理系クラスにも入って、「電気、機械のほうに行くんだろうな」と漠然とは考えていました。でも、中学、高校のときは現代文が好きでした。センター試験では現文がいちばん成績がよかったみたいな（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>まあ、ことさら理系、理系してたわけじゃないんだ（笑）。</p>
<p><strong>武田　</strong>そうですね。どっちかと言うと、頭は文系だと思ってるんで（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>でも、いまの大学に行こうと思ったきっかけは？</p>
<p><strong>武田　</strong>まあ、「都内にある」という立地ですかね（笑）。そこまで大した理由はありません。一応、予備校も行って受験勉強は一生懸命やりましたけど。</p>
<p><strong>石川　</strong>いままでお話をうかがってきて、武田くんは、とくにグレたというわけでもなく、素直な子だった、という感じかな（笑）？</p>
<p><strong>武田　</strong>ひねくれてはいませんよ（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>ご両親はどんな風に育ててくれましたか？</p>
<p><strong>武田　</strong>母親は「勉強しろ、勉強しろ」言うタイプでした。四六時中言っているタイプでしたね。ただガミガミ言うんじゃなく、ぼくのことを心配してそう言うタイプでしたね。たとえば、いまだって、「勉強しなさい！　あんた留年なんかしてどうすんの？　こっちはいくら払ってると思ってんの！」といった感じですね（笑）。「そろそろ子離れしてくれないかな」と思うんですけど（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>ああ、心配だからお母さんはいろいろ言ってくるんだ。</p>
<p><strong>武田　</strong>おそらくそうですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>まあ、聞いてると普通だよね（笑）。</p>
<p><strong>武田　</strong>まあ、普通ですね（笑）。</div>
<h4>「男同士で飲んだら、女の子の話や、くだらない下ネタばかりです（笑）」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">武田くんに女の子について聞いてみた。恋愛話から女性観、結婚観に話は広がり、最終的には「家事をやれる男はモテる！」という話に。<br />
武田くんはmixiとtwitter をやっている。mixiでは鉄道、音楽ライブのチケット、旅に関する情報を集め、twitterでは写真や美術といった展覧会の情報を集める。携帯電話はスマートフォンではない（携帯代は月に約6000円。親に払ってもらったり、バイトの余裕があるときは自分で払ったり）。お小遣いは月に1、2万円。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>沢辺　</strong>ところで、いまどきの若者論、ってどう思ってる？</p>
<p><strong>石川　</strong>たとえば、いまの若者は社会的な出来事に関しては無関心っていうのがあるけど。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>いまの若者は年金を払うだけで、親たちの世代のようにはもらえない。こういう予測があると思うけれど、そういうことどう思う？　腹立たない？</p>
<p><strong>武田　</strong>腹が立つというより、「じゃあ、どうしたらいいんだ」という感じですね。子どももすぐには増やせないし。安心して子ども産めるのか、ということもわからないし。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>でもなんで安心して子どもを育てられないの？　</p>
<p><strong>武田　</strong>お金がかかるということがそうですし、じゃあ、共働きになったとして、子どもを預けるところがちゃんとあるのか、とか。そういうことですね。自分の祖父母の世代では、みんな大学に行くわけではないし、「女の子は家にいて」というのがあって、「子供がたくさんいても大丈夫だったのかな」と。そういう考えは自分のなかにはあります。かと言って、いま子どもを産んだとしてもどうにかなるとは思うんです。でも、安心してそれができるか、となったら、そこのところはちょっと心配です。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>けっして非難しているわけじゃないけれど、おれの世代だったら、20代の男だったら、いつも女の子のこと考えてた。もちろん、それだけで生きていたわけじゃないよ（笑）。でも、たとえば、男同士で話せば女の話は定番。</p>
<p><strong>武田　</strong>（笑）いや、同じだと思います。男同士で飲んだら、女の子の話や、くだらない下ネタばかりです（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>いまよく言われている「草食系男子」という言い方には、若者のそういう女の子への欲望が落ちてるんじゃないか、という意見が含まれているんだけど、そういう言われ方についてはどう思う？　</p>
<p><strong>武田　</strong>ある程度、わかります。なぜ、そう言えるかといえば、自分の男としての自信がないんですかね？　モテないみたいな。女の子に向かっていくのに際して、どう振り向いてもらえばいいんだ？　わからない、みたいな。</p>
<p><strong>石川　</strong>個人的な経験があって、好きな子がいてフラれたりしたからそう思うの？</p>
<p><strong>武田　</strong>中学も高校も共学だったんですけど、中学のときは同じ子に二回ぐらいフラれたこともありますし（笑）。高校のときはどっちかというとひっそりしてましたね。中学のときは委員やったり生徒会やったりして積極的なタイプだったんですけど、高校のときはひっそりしてましたね。自分を前に出さないで抑えてたり。鉄道についても抑えていましたね。</p>
<p><strong>石川　</strong>鉄道のことを知られたらモテなくなるとか？</p>
<p><strong>武田　</strong>オタクって言われるのはいやだったんでしょうね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>で、彼女歴は？</p>
<p><strong>武田　</strong>あんまりないです。ほとんどいないに等しいですね（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ほとんどいないに等しい？　そのへんが、草食系と言われちゃう理由なんだと思うよ。もちろん、おれたちの頃もモテるやつはモテたし、モテないやつはモテなかったんだけどね。</p>
<p><strong>石川　</strong>まあ、そうなんですよね。こう言うのもなんですけど、ぼくの若いころは、「モテない！」っていうのは、もうアイデンティティにすらなってましたからね（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>モテないって最大の問題だったじゃない？</p>
<p><strong>石川　</strong>ええ、そのとおりでしたよ。「モテない！」、「フラれた！」とか（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>おれなんか、「生涯彼女できないんじゃないか？」みたいに思ったところがあるもんね。</p>
<p><strong>武田　</strong>わかります。ぼくもそんな感じでした（笑）。それこそ、大学入って、理系なんてほとんど女子はいないんです。それで、じゃあ、就職してたらどうかと言えば、技術職なんで、職場には男しかいないわけだから。そしたら、「オレ、結婚できるの？」みたいな（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>いま、結婚という話を聞いたんだけど、共稼ぎがいい？　専業主婦がいい？</p>
<p><strong>武田　</strong>どちらかと言うと、専業主婦をしてもらいたいです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そうすると、育児をイーヴンに負担するという感じはないんだ？</p>
<p><strong>武田　</strong>うーん、育児をしたくないことはないんですけど、どこまでできるかはわかりませんね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>じゃあ、いま、料理できる？</p>
<p><strong>武田　</strong>あんまできないです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>米炊ける？</p>
<p><strong>武田　</strong>できます（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>みそ汁は？</p>
<p><strong>武田　</strong>作ろうと思えば作れます（笑）。専業主婦の家庭で育っているがゆえか、さっき「親が子離れできていない」と言いましたけど、逆に言えば、ぼく自身が「自分のやることをできてない」というか（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>洗濯は？（笑）</p>
<p><strong>武田　</strong>やってないです（苦笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>靴下干すことある？</p>
<p><strong>武田　</strong>ないです（苦笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>まあ、いつもはそこから先、「靴下どういうふうに干す？」という靴下の干し方の質問になるんだけど、できないよ（笑）。</p>
<p><strong>武田　</strong>シャツならちゃんと伸ばしたりとかやるときはやりますけど（苦笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>自分の部屋もってる？</p>
<p><strong>武田　</strong>いや、妹と一緒の部屋です。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>掃除はする？　掃除機かける？</p>
<p><strong>武田　</strong>はい。親がやらないんで自分で掃除機かけます。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>でも、シーツとか枕カバーとかの洗濯は？</p>
<p><strong>武田　</strong>やりませんね（苦笑）。そういうことをやっていないのは後ろめたいですね（苦笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ここはいじめるところじゃないけど（笑）、嫁さんを専業主婦にできるような男なんて確率から言えば圧倒的に少ないわけじゃない。まあ、いまの社会を考えてみれば、やっぱり、共稼ぎになるわけですよ。とするとさ、パートなり、フルタイムなり雇用形態は別としても、やっぱり嫁さんは働いて、完全に専業主婦というというのは成立しにくいわけだよ。</p>
<p><strong>武田　</strong>どう考えたってそうですね（苦笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>武田くんに嫁さんを専業主婦で食わせるような展望があるかって言えばそうでもないと思うんだ。それは、いまの社会ではほんとに大変なことだと思うんだ。それで、武田くんが「料理してません」、「洗濯してません」ってことだったら、そういうヤツと女の子はくっつきたいか（笑）？　たんなる恋愛だったらいいかもしれないけれど、だんだん結婚ということを考えたら、女性が誰かとつきあうときは、そういうことも判断材料に入ってくると思うんだ。</p>
<p><strong>武田　</strong>（苦笑）そうですね。その後の生活を共にするということになれば。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>武田くんは就職ということを来年に控えて、「そんなままでどうすんの？」ということになると思うんだ。<br />
それで、おれは最近よく考えるんだけど、いまどきの子はもう養育は行き渡ってると思うんだ。おれの頃なんか、親は意識しておれを突き放してるんじゃなくて、社会全体が貧しくて、子どもには「自分で飯食っとけ！」て感じだったんだよ。うちはおれが小学校1年生のときから共稼ぎだったわけ。いまは、学童保育なんかもあって、小１の子をほっておくなんて信じられないと思うけど、おれなんか、「店屋物とっとけ」みたいなこともあったんだ。だから、おれの頃は、いやおうなく、「親は養育には手間をかけない」というのがあったんだ。それが、結果的にいいほうに作用したというか。</p>
<p><strong>武田　</strong>ようするに、「自分でなんでもやるほかない」になった、ということですね？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そうそう。でも、いまはそこまで社会が貧しくなくて、親が手間かけちゃうわけじゃん。おれなんか自分の子を育てたときは、「子どもにやらしていることがつらい」ってなっちゃうんだよ。それは「かわいそう」という意味じゃなくて、見てると、子どもはまともにできないからなんだ。時間もかかるでしょ。新人に仕事を教えるときみたいにめんどくさいんだよ。「じゃあ、おれがやっちゃうからいいよ」と言いたくなっちゃう。子どもに包丁をもたせたって、下手にケガされちゃ困るもん。おれの親はそういうところを見なかったわけだよ。もう放棄してるから（笑）。いまは見れちゃう。だから、大変だと思うんだ。親は自覚的に、教育的に、「あえて、子どもにみそ汁を作らせる」というめんどくさいことをやらなくちゃならないんだよ。<br />
ところが、そういうことは親にとってはなかなかできないことだから、「家のことやったことないよ」と言うのが増えてしまうわけ。でも、そうなると、いざ結婚ということになったら、子どもにとっては結婚のハードルが高くなっちゃうんだよ。このギャップを埋めるのは、親か本人が自覚的にやるしかないわけだよ。だって、女だって、わかってるから。</p>
<p><strong>石川　</strong>うちは共稼ぎで、ぼくも料理を作ったりします。それで、うちの女房の職場では、女性の同僚のあいだでこんな話があったみたいなんです。自分が遅くまで残業して帰ってきたら、だんなが先に帰っていて、「ごはんまだ〜」って。夜中までなんにもしないで嫁さんが夕飯を作ってくれるのをただずっと待ってる。そんなとき、女性は「この人と別れたい！」と考えるみたいですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>やっぱり、自分で料理やったほうがモテるんじゃない?　たとえば、武田くんが、「すき焼きパーティーやろうぜ、おれ割り下とかけっこう考えてるんだよ」なんて言ったら、彼女すぐできるんじゃない?（笑）　いまの時代、彼女がほしかったら、そこはおいしいポイントだと思うんだ。「ペペロンチーノだけは自分でつくれるんだ、それを親に食わせてるんだ、今度君んちでつくってあげるよ」なんて言う作戦は使えるんじゃない?</p>
<p><strong>武田　</strong>そうですね（笑）。「ごはんまだ〜」みたいな人にはなりたくないから、自分でやるしかないですね（笑）。</div>
<h4>「いちおう、彼女いるんですよね」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">じつは、武田くんには彼女がいる。そこから一人暮らし願望について聞いてみた。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>武田　</strong>いちおう、彼女いるんですよね。</p>
<p><strong>石川　</strong>あれ、さっき、「彼女いない」、「モテたい」という話だったと思ったんだけど？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>「いままでほとんど彼女いないに等しい状態だったけど、いまはいる」と？</p>
<p><strong>武田　</strong>そうですね。とりあえず。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>どこで見つけたの？</p>
<p><strong>武田　</strong>SNSのサークルですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>さっき、「まわりは男性ばかり」みたいな話だったけど、そこがはじめての女の子との出会いの機会だったの？</p>
<p><strong>武田　</strong>いや、地元の友だちのつきあいには女の子もいますね。女の子も一緒に、月一ぐらいでお酒を飲んだりしてます。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>彼女いくつなの？</p>
<p><strong>武田　</strong>いま25で、ぼくより3つ年上ですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>へえ〜。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>いいね〜。</p>
<p><strong>石川　</strong>彼女ひとり暮らし？</p>
<p><strong>武田　</strong>いえ、実家です。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>じゃあ、どこで……？</p>
<p><strong>武田　</strong>いやぁ、それはそういうとこ行くしかないでしょ（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>どれくらいつきあってるの？</p>
<p><strong>武田　</strong>いま3か月ですね（苦笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>おっ、つきあったばかり！</p>
<p><strong>沢辺　</strong>いいね〜。</p>
<p><strong>武田　</strong>まだまだつきあったことに入らないかと思いますけど（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>はじめての彼女？</p>
<p><strong>武田　</strong>いえ、前の人も長続きせずに1年もたなかったですけど。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>でも、結婚ということもありえるよね？</p>
<p><strong>武田　</strong>まあ、二人ともそういう歳なので。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>彼女との付き合いで悩みはないの？</p>
<p><strong>武田　</strong>まだキャッキャしている時期なので、それこそ、相手が実家ということですかね（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>「相手もぼくも」ということですよね？</p>
<p><strong>武田　</strong>まあ、そうですね（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>一人ぐらしの計画はないの？</p>
<p><strong>武田　</strong>ぼくはまだ学生なのでなんともですが、むこうは出たいという気持ちはあるようですが……。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>いい悪いは別として、一人ぐらし願望は減ってるない？</p>
<p><strong>石川　</strong>その傾向はこれまで話を聞いたなかにありますね。</p>
<p><strong>武田　</strong>たしかに、ぼくもそうだと思います。ぼくも家を出たい気持ちはないわけではないんですけど、お金もないということと、じゃあ、どこに住むのか、という点で、実家は大学に近いし、というのもあって。まあ、言い訳なんだけど（苦笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>お金がなくてもなんとか一人で住みたい、というのもあると思うんだけど？</p>
<p><strong>武田　</strong>（笑）まあ、そこまで欲求が行ってない、ということですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>それとの関連でいくと、親のこと嫌い？　嫌いって言うと語弊があるから、「この親から逃れたい」というのはある？</p>
<p><strong>武田　</strong>母親がガミガミ言うのはいやですけど、「逃れたい」までにはなりませんね。父親はわりと放任主義なんで、逆に「出て行ってもいいかな」ぐらいの気持ちですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>おれなんか、「親から逃れたい」という気持ちはいっぱいあったよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>うーん、いまは、親が好きだから、というわけではないけれど、「親は嫌いじゃないから、別に逃れたいという気持ちはない」という感じかな？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>まあ、そのことの良し悪しは別としてね。おれだって、「なんであのときあんなに一人暮らししたかったのか？」って思ってるくらいだもん。</p>
<p><strong>武田　</strong>「彼女を部屋に呼ぶために一人暮らししたい」というのも、そこまで強くは思いませんね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>バイトしてるの？　</p>
<p><strong>武田　</strong>はい。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>月に何時間ぐらい？</p>
<p><strong>武田　</strong>いま就活でそこまでやってないですけど、週2、3回ぐらいで、一回5、6時間、月に3、4万ぐらいですかね。行くときは5万円ぐらいですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>貯金は？</p>
<p><strong>武田　</strong>ないですね（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>お金はなにに使ってるの？</p>
<p><strong>武田　</strong>写真をフィルムで撮っているのでわりかしお金がかかるのと、あとは友だちとの飲み代ですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>フィルムカメラ使っているの？</p>
<p><strong>武田　</strong>大学が写真部なんで。フィルム代と現像代でだいたい1500円もかかるんですよ。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>好きな写真家とかはいる？</p>
<p><strong>武田　</strong>写真展は見に行ったりしますが、殊更好きな写真作家がいるというわけではありません。</p>
<p><strong>石川　</strong>ほかに趣味はある？</p>
<p><strong>武田　</strong>あとは、旅行が好きですね。民宿やゲストハウスに泊まって。基本は、青春18きっぷで一人旅です。尾道や金沢が好きですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>彼女と旅行は行ったの？</p>
<p><strong>武田　</strong>二人で水戸の偕楽園に18きっぷで行ってきました。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>でも、泊まりとなったら、二人で行ってゲストハウスというわけにはいかないよね？　</p>
<p><strong>武田　</strong>まあ、彼女も旅が好きで、ゲストハウスに泊まったりしていたみたいなんで。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>でも、さすがにゲストハウスじゃ問題なんじゃない？　最低民宿かな？</p>
<p><strong>武田　</strong>まあ、そのときはそのときで（笑）。</div>
<h4>「まわりを見ていると実際に大変ですし、自分が就職活動の仕組みが嫌だという思いもあります」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">武田くんは現在ちょうど就職活動の時期。そんな武田くんに就活をどう思うかを聞いてみた。話は現在の就活システムの問題点と改善策に進む。カッチリした就活の制度に対して、その意義を認めつつも、そこにどう「ゆるさ」を組み込むか。そこが課題。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>沢辺　</strong>就職活動ってどう思う？</p>
<p><strong>武田　</strong>いまマスコミで騒がれているような、がっついてる感じはきらいですね。もちろん、ぼくは理系なので文系よりもめぐまれていると思います。文系のほうが理系より就職活動をはじめるのが早かったり、選考も早いみたいなんです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そのメディアで描かれる就職活動への違和感とはどういうもの？　メディアで言われていることのイメージをだいたい大まかに言うとこんな感じになるかな。いまの大学生は、就職が大変で、ともかくかたっぱしからエントリーシートを出している。しかし、そのエントリーシートは誰もが知っているような大企業にしか出しておらず、中小企業には目を向けていない。だからいまの大学生は視野が狭いんだ。みたいな。「大変だ」ということに加え、「視野が狭い」ということが、大変さにより拍車をかけている。だいたいそんな感じかな？</p>
<p><strong>武田　</strong>多かれ少なかれ、文系だと特にそうなんだと思います。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>じゃあさ、武田くんは、個人的に危機感がないの？　理系で比較的就職率のいい大学に行ってるから「どっか引っかかるからいいだろう」と、そういう可能性の高いポジションにいるので心配度が低いとか？　それとも、いまの大学生全体を見てみて、実際は「そんなにがっついてないよ」と思うのか？</p>
<p><strong>武田　</strong>まわりを見ていると実際に大変ですし、自分が就職活動の仕組みが嫌だという思いもあります。それに、自分が安心しきっているかと言えばそんなことはなくて、エントリーシートっていったいいくつ出せばいいんだ？」、「何回説明会に行って、何回面接すればいいんだ？」と思うこともあります。「どこで終わるんだ？」というそういう不安ですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>いま、「仕組みが嫌だ」という話があったけど、どういうこと？</p>
<p><strong>武田　</strong>まあ、がっついている状況と、「大学3年生の後半からやらなければならない」という時期的なものですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>ということは、マスコミの就職活動に関する報道が嫌だということではなくて、現実に自分がかかわっている就職活動の制度に問題を感じているということなのかな？</p>
<p><strong>武田　</strong>そうですね。あんまりいいとは思いませんね。</p>
<p><strong>石川　</strong>ぼくも就職活動をやったんだけど、それでも、就活をはじめたのは大学4年生の春だったもんな。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>いかんせん、いまの社会は完成してきてるからね。就職活動にかんしても、もうシステムがかっちりできてきて、それを変えるのはすごく難しくなっている。二、三十年ぐらい前だったら、バイトで入ってたヤツも、「コイツできるな」と思えれば、ちょっと仕組みをこちらでいじって正社員で採用することもできた。でも、いまはなかなかそういうことができなくなっている。ちゃんとシステムにのっとって、就職試験をやんなきゃならない。<br />
ところが、たとえば、採用面接でその人のことがわかるか、仕事できるかどうかわかるか、って言えばそんなことはわからない。おれなんて面接やってるけど、ぜんぜんわかんないもの。採用した相手について、「コイツこんな感じか」と少しわかってくるのは、働いてやっと一年ぐらいから。だから、おれなんて、「面接でどういうところ見るんですか？」と聞かれたら、「わからない」、「適当だ」、「面接で人を見ぬく眼なんてぜったいおれにはない」って言うようにしているもん。面接で失敗する危険性は絶対ある。だからもう、採用したら、「説教して育てる」っていうのしかないんだ。</p>
<p><strong>石川　</strong>「就職のシステム全体は動かすのは難しいけれど、そのあとどう対処するか、ということが大切だ」ということでしょうか？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>「どうシステムをゆるくするか」、なんだと思うんだ。システムの側から見たら、「えっ、そんなことしていいの？」という部分をつくることじゃないかな。だって、バイトでがんばってる子を、「あいつがんばってるから入れようぜ」ってことが、いまはぜんぜん成立しなくなってきている。ある大手の出版社なんか、バイトで雇われた子は、「バイトから正社員になることは絶対にありえない！」とはじめからいきなり宣言されるらしいんだ。<br />
実際には、正規のルートで一括採用された正社員がハズレの場合だってあるかもしれないんだよ。さっき言ったけど、試験や面接で仕事ができるかどうかまで判断できるとはかぎらない。もちろん、偏差値と仕事の能力の相関関係はそれなりにあるかもしれないけれど、だからと言って、偏差値の高いヤツが能力があるとはかぎらない。だから、たとえばの話、「バイトから正社員の道だってある」と、そういうゆるい余地も残しておいたほうがいいと思うんだ。<br />
もちろん、いまの就職のシステムだって、もともとは、「よくしよう」という思いでつくられたんだ。おれはむかし公務員やってたんだけど、1960年代だったら、正規の採用システムで入ってこなかった、いろんなヤツがもぐりこんでたんだよ。70年代になると、試験制度がととのってきて、たとえば、一般の事務職の採用試験を受けられるのは28歳が限度、と明確に線引きがされるんだよ。その前はほんとにいいかげんだったんだ。土木事務所がセメントや砂利を買う金を流用して作業員を雇ったり、そんで、だれかが口をきいて正規職員になったりとか、表に出せないようないいかげんな採用もあったわけだよ。だから、「そういうことはいかんよね」ということになって、採用の制度が整えられた。でも、一回そういう制度が生まれると、なかなかそれをゆるめることができなくなっている。<br />
もう十数年前に亡くなった人だけど、本の流通の業界で有名な出版社の営業担当役員がいるんだ。その人は、「この日何冊どの本が売れたか」、そういう本の流通のデータベースをいち早くつくった人なんだけど、じつはその人が出版社に入ったのは職安の紹介なんだ。だから、はじめは出版社の倉庫の作業員をやっていたんだよ。そういう人は、普通は役員なんかにはなれないんだ。だけど、たまたまその出版社は一回倒産したんだよ。そのとき、会社が「意欲のある者ならどんどん取り立てよう」と方針を転換して、彼には意欲があったから声がかかって、最終的にはデータベースをつくるまでになった。倒産という機会と彼の意欲がなかったら、彼はずっと倉庫の作業員だったと思う。でも、倒産という機会がなくても、意欲のある者がちゃんと評価されるような状態がもっと起こるようにならなくちゃいけない。そういう状態を意識的につくりださなくちゃならないんだ。<br />
そもそも、就職試験を制度的にきちんとしよう、という動きが生まれたのも、意欲のあるひとをちゃんと評価するためだったんだよ。だって、「この人は社長の甥っ子だからなんとか入れてくれよ」というのがまかり通ってしまえば、他の人は意欲をもって仕事するのがばかばかしくなる。だから、ルールをきちんとつくって、試験をちゃんともうけて、そういうのはなしにしたんだ。そうすれば、社長にも、「ルールではこうなってるんです」と言って断ることができる。もちろん、ほんとうは、「ルールではこうなってるんです」って言うんじゃなくて、言いにくくても、「甥っ子さん、面接であんな偉そうな態度ではダメです」とまで言って断らなくちゃならないんだけどね。</p>
<p><strong>石川　</strong>けれども、いまは、その意欲のためにつくった制度が、逆に、若い人の意欲を削いでしまっているわけですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>制度がソフィスティケイトされると、ゆるい部分がなくなってくるんだ。だから、こちらも意識的にそういう部分をつくっていかなくちゃならないと思うんだ。</div>
<h4>「なんか『自分の興味のある分野には就きたいな』というのはあります」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">武田くんは、仕事をどうようなものとして考えているのか。武田くんの言葉を通じて、夢や自己実現というキーワードで若者の仕事に対する考えを論じることができるかどうか、ということも問題になってくる。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>武田くんは「自分は理系だから就職はなんとかなるんじゃないか」という感じはある？</p>
<p><strong>武田　</strong>まあ、それはありますね。安心はできないですけど。たとえば、友だちも、やっと一件ひっかかったところがあったけど、それは技術職とはまったく関係なかったりして。もちろん、ぼく自身も、純粋に理系ではなく技術営業職みたいなものでもいいとは思っているんです。けれど、その友人に聞いたら、介護がどうのと言っていたので、そういう職種になると、だいぶ自分の分野とはちがうかな、と。だから、ぎりぎりまで理系にはこだわりたいと思います。</p>
<p><strong>石川　</strong>最近は大学でも就職に関する支援のプログラムがあって、自分はどの分野に向いているかを自己分析する機会があったり、エントリーシートの書き方なんかも学ぶ機会があるかと思うんだけど、そういうのはやっているんですか？</p>
<p><strong>武田　</strong>やってますね。</p>
<p><strong>石川　</strong>役に立った？</p>
<p><strong>武田　</strong>情報が得られて、就職活動というのはこういうものなんだな、というのがわかってよかったです。大学主催の会社説明会のようなものもやってもらえるので、そのあたりは役に立ちました。</p>
<p><strong>石川　</strong>そういうプログラムにかかわっている先生がよく、「いまの学生は、就職と言えば、すぐ、自己実現とか、夢を実現する、とか言うけれど、お金を稼ぐためのものっていう考えもあっていいんじゃないか」と言うんだ。武田くんは就職をどのように考えてますか？</p>
<p><strong>武田　</strong>やれ自己実現、自己実現、というのは自分の頭にないですけど、なんか「自分の興味のある分野には就きたいな」というのはあります。「やりがい」というのはほしいです。そのためには、「残業だって仕方ないでしょ」、「待遇がどうのこうの言ってられないでしょ」とも考えています。</p>
<p><strong>石川　</strong>やっぱり物をつくる職業に就きたいのかな？</p>
<p><strong>武田　</strong>物づくりだけでなく、施工管理と言って、工事の管理からメンテナンスまでやるような業種にもエントリーシートを出していますね。インフラ関係の仕事なので、「自分もなにかを支えている一人になりたい」という気持ちがありますね。表に見えないところですけど、やっぱり、「なきゃいけないところ」ですから、そいうことにかかわると仕事のモチベーションも保てるのではないかと。「陰ながらやっていますよ」と言えるようになりたい気持ちがありますね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>でも、そういう理由が立たないとだめなわけ？</p>
<p><strong>武田　</strong>そうですね。自分のなかで納得できるものがないとやっぱりダメですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>おれなんて最初から夢としていまの仕事をやろうと思ったわけじゃないんだ。その日のことを考えながらやってきたら、いまの自分がある。そういう感じなんだ。偶然の積み重ねなんだよ。だから、夢がないといけないようなことはないんじゃないか、と思うんだ。武田くんは、「夢に向かって」と言って、目をきらきら輝かせている若者でもないけれど、それでも、「偶然です」と開き直ることもない。</p>
<p><strong>武田　</strong>ある種、「どうにでもなれ」とも思っていますけど（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>武田くんのまわりはどうかな？　理系の学生は、文系の学生と比べれば、夢を仕事に、という漠然としたかたちではなく、選択の範囲はしぼられていると思うんだ。</p>
<p><strong>武田　</strong>細分化しているので、技術職の口はなくはないです。下請けまでたどれば、やはり、技術職は必要なわけで。</p>
<p><strong>石川　</strong>逆に言うと、漠然と「夢ややりたいことを仕事に」と言っているのは文系の学生ということなのかな？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>理系自身が夢の範囲は狭められるんじゃないかな。理系だと進学という段階で、いきなり選択の範囲がしぼられる。</p>
<p><strong>武田　</strong>業種はしぼられると思いますね。</p>
<p><strong>石川　</strong>それはそれで現実的な選択が迫られるので、「逆にいいかも」とも思うんです。文系の学生は、小さいころ「なんにでもなれるよ」と親に言われたまま、そのまま大人になったという感じもある。だから、文系の学生が時代の自由と選択の広さの困難を代表しているのかも？　</p>
<p><strong>武田　</strong>広すぎて逆に困る、というのもあると思いますね。</p>
<p><strong>石川　</strong>だから、ずっと漠然としてて、就職活動しなくちゃならない時期に「さあ、どうするか？」と、文系ではいきなりなるんだと思う。もちろん、理系はこう、文系はこう、という軸自体が妥当かどうかは問題だとは思うけれど。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>だから、なにがいまの若者の判型なのかということはちゃんと検証しなくちゃいけないよね。実際は、おじさんたちだけが、夢、夢、言ってるのかもしれない。たとえば、おじさんたちが書く中学生に向けて、「自分の好きな職業を見つけてほしい」っていう職業案内本には「セラピスト」っていうのはあるけれど、「土方（どかた）」はないんだ。</p>
<p><strong>石川　</strong>それはよくないですね。</p>
<p><strong>武田　</strong>ぼくは施工管理も志望してますけど、下請けがあってこその仕事ですからね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>それで、そういうおじさんたちに乗せられた一部の若者が、夢、夢、言ってるのかもしれない。それに、実際の若い人たちの多くは、そこそこ普通の判断力があって、乗せられないで、夢なんて言ってないとも考えられる。</p>
<p><strong>武田　</strong>ぼくの地元の文系の友人も公務員志望だったりします。</div>
<h4>「そもそも、父親という存在は乗り超えるべき対象なのか？」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">最後に、子どもの自立というテーマをめぐって武田くんに話を聞いた。まず、問題は「理不尽な父親を乗り越えて自立」というかたちが問題になる。そして、話題は「仕事に意味を求めること」の議論へ。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>沢辺　</strong>だから、いまの困難さって、こういうことなんじゃないかな。おれの親の時代は、子どもに目をかけるなんてできない時代だった。でも、結果として、そういう親子関係のなかで子どもは自立に向かっていった。別に親が意識的に選択して自立させようと思ったわけじゃないんだよ。でも、いまは、親が子どもの面倒を見れるようになった時代なんだ。そうなると、現代の親は、「あえて」自立させるために、それを選択として、子どもに自立をうながさなくちゃいけないんだ。だから、これは余計困難なことじゃないかと思うんだ。<br />
だって、つらいんだよ。うちの娘に5歳の誕生日に包丁を買ってやったんだよ。それで、娘に包丁もたせたら、危ないんだよ。こっちは、その様子を見れちゃってるわけだから、苦行だよ。で、その危ないのを一時間がまんしたんだけど、とうとう手を貸しちゃったんだ。でも、そういう苦行を親が引き受けないと、子どもを自立させられなくなくなっている。<br />
とはいえ、その一方で、そんなに自立というのを考えなくてもいいのかなとも思うんだ。武田くんは聞いたこともないかもしれないけれど、おれたちの時代には、「おやじとの葛藤から、親子の争いがあって、自立」というかたちがあったんだ。これ、フロイトのエディプスコンプレックスと同じだと考えてるんだけど。それでいいかな？</p>
<p><strong>石川　</strong>そうですね。フロイトが描くのは、男の子にデーンと立ちはだかる強力なライバル、という父親のイメージですからね。そこに子は挑むわけですよ。</p>
<p><strong>武田　</strong>へえー。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>おれらの世代は、知的でありたい若者は、みんなそういう図式を受け入れたんだ。で、フロイトはそれを人間の関係の普遍的な構造として描いたんだけど、それって普遍的なものかな？　と思うんだ。</p>
<p><strong>石川　</strong>いまは父親はおっかなくないですからね。武田くんちは友達親子？</p>
<p><strong>武田　</strong>そんなふうには感じないですけどね（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>でも、父親が自分の前に立ちはだかる理不尽な存在という感覚はないよね？</p>
<p><strong>武田　</strong>そうですね。ないですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>おれは、自分の父親は理不尽な存在だという感覚があったな。自分の前にそびえたつんだけど、それは能力、というよりも理不尽さにおいて高いんだよ。こういう父親像がいま成立してないと思うんだ。だから、理不尽なおやじを乗り越えて自立、っていう図式自体にどれだけ妥当性があるかを検証しなくちゃならないと思うんだ。</p>
<p><strong>武田　</strong>そもそも、父親という存在はのり超えるべき対象なのか？</p>
<p><strong>石川　</strong>そうだよね。だから、強い父親に戻さなくてはならない、とかそういうことじゃないと思うんだ。小さい父親であっても、それでも、子どもは自立しなくちゃならないから、ではどうするか、ということだと思うんだ。ただ、自分は自分だ、と自立の感覚を得るためにはなにがきっかけになるんだろう？　バイトなんかそうかな？　でも、仕事して一人で立っていくことが自立になるのかな？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>でもさ、仕事だっていまは意味が求められるんだよ。おれなんか仕事したのは偶然なんだけど。</p>
<p><strong>武田　</strong>うちのおやじも就職活動しなくて、偶然に入ったところの仕事がいまでもつづいている、という感じですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そうだと思うよ。仕事なんて、たまたまそこに入って。偶然だよね。</p>
<p><strong>石川　</strong>仕事に意味を求められる、というのはなんなんでしょうね。ぼくもそういう世の中を生きているんですけど、それを求められること自体を問わなくちゃいけないように思います。だって、食っていくことだけでも、とても立派なことだと思うんですよ。社会が成熟すると意味を求めるようになるのかな。そもそも、「やりがいがなくちゃ働けない」という言い方って、昔はありえないわけですよね。食っていくことでみんな精いっぱいなんだから。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>昔も職業選択に意味をもとうとしていた人はいると思うんだ。けれど、それって、帝大出とかのエリートだけでしょ。多くの人は仕事の意味なんて考えてなかったと思う。仮に意味を考えていたとしても、たとえば、紡績工場で働く女工さんとかは、「お父さん、お母さんにおいしいごはんを食べさせてあげたい」ぐらいで。だけど、その時代にも帝大出の人たちは、「オレは国を支えて」みたいな坂本龍馬みたいな気分の人もいただろうし。そのまた一方で、百姓の子はそういうことは考えていなかっただろうな。</p>
<p><strong>石川　</strong>だから、こういうことだと思うんですね。少し話は戻りますけど、その百姓の子の場合は、父親を乗り越えるも乗り越えないもなかったんじゃないですかね。どうなんだろう？</p>
<p><strong>武田　</strong>たんに親のやっていることを自分も繰り返すだけですからね。</p>
<p><strong>石川　</strong>だから、まったく、親の時代と子の時代とがガラリと変わるようなときに、時代の切れ目に、強い父親を乗り越えて自立、っていうかたちが生まれるのかもしれませんね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ヨーロッパのインテリの間で自由が人間の最大の目標や価値となったのはいつごろ？</p>
<p><strong>石川　</strong>18、9世紀、まさにフロイトの時代がそうですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>だから、それまでは、やっぱりヨーロッパの百姓も百姓以外の人生なんて考えられなかったんだと思う。「えっ、百姓以外にやることなんてないでしょ！」みたいな。貴族でもないのに、自分の土地なんかもてるなんて想像もできなかったと思うんだ。<br />
そう言えば、いま土地の話が出たので、このあいだ聞いた話なんだけど、ヨーロッパでは、土地はほぼ100パーセント貴族の所有で、農民なんか土地をもてなかったらしいんだ。けれど、日本の江戸時代なんかヨーロッパでは考えられないくらい農民の土地私有が進んでいたらしいんだよ。もちろん、土地をもたない小作農もいたんだろうけれど。</p>
<p><strong>石川　</strong>土地の所有の話は面白いですね。ぼくが前にイギリスの田舎に行って見たのは、小さな川の両側にずっと柵があって、「property」ってなってたんです。どうも、イギリスでは所有権ではなく利用権という意味らしいんですけど。でも、これって、貴族かなんかの個人が川を独占しちゃってるわけだから、驚きましたね。河川法を調べないと法律的にはわからないですけど、河川は基本的に共有物だ、という考えが日本にはあると思うんです。</p>
<p><strong>武田　</strong>そこに水車とかあったんですかね？　興味がありますね。水車は個人の所有なのか共有物なのか？　そういうのの管理はどうなっていたんでしょうね？　ぼくの地元の川には、伸銅といって、銅を溶かしたり伸ばしたりを、水車を使ってやっていたみたいです。</p>
<p><strong>石川　</strong>まさに、水車は動力だね！</p>
<p><strong>沢辺　</strong>まあ、エネルギーにはじまりエネルギーに終わる、ということで。</p>
<p><strong>石川　</strong>きれいにまとまって（笑）、武田くん、きょうは長い時間どうもありがとうございました。</div>
<h3 style="padding-top:1em;border-top:2px dotted #999;">◎石川メモ</h3>
<h4>理系の面白さ</h4>
<p>　高校のとき数学が急に苦手になって、理系という選択肢にぼくは自分からバツをつけてしまった。けれど、武田くんと話をしたら、「ちょっともったいないことやっちゃったな」という気がした。高校のときは、たんにお勉強としての理数系の科目が目の前にあって、「それが難しくてイヤ」という気持ちだけがあった。けれど、そのお勉強のむこう側には、モーターいじったり、配線考えたりと、けっこうおもしろい世界が広がっていたんだな、といま頃になって気づく。<br />
　教育の世界で、よく、「なんのための勉強か、その目的をはっきりと！」なんて議論がある。ぼくだって、自分の授業について、それはどんなことに役に立つか説明したりする。うまく説明できなくて苦労もしたりする。けれども、理数系の科目の意味は、すごくわかりやすいところにその目的がある、と武田くんと話すことで改めて気づく。高校のとき、先生が、パソコンや冷蔵庫を学生の目の前にもってきて、バラして、「ここのこれ、教科書のこの原理で動いてんだぞ！」とやってもらえばよかった。<br />
　でも、まあ、そういうふうに教えてもらったところで、ぼくの数学嫌いが治ったとはかぎらない。だから、ぼくが後悔してもまったく意味はない。けれども、たとえば、理数系のテスト問題が、じつは物づくりにかかわっていること、そのことがもっと明確に伝わるような仕組みはつくったほうがいいと思う。</p>
<h4>他者から求められることに応じること</h4>
<p>　仕事に意味が求められる時代になって、一方で、意味ばかり求めて食えなくなっている人もいれば、他方で、十分食っているんだけど意味に飢える人もいる。この後者の人の場合、仕事を辞めてしまうことが多い。最近も、教え子から聞いたところ、友人が、職場の人間関係もよかったのに、「自分のやりたいことを見つめるために、海外へ行きます！」と宣言して、仕事を辞めてしまったそうだ。「仕事の意味＝やりたいこと」なのだろうか。だんだんよくわからなくなってくる。<br />
　もう少しいろいろな考え方ができるんじゃないか。たとえば、意味っていうのをかならずしも仕事に求めなくてもいいんじゃないか。仕事の外に自分の大切なものを見つけてもいいんじゃないか。けれど、こう言うと、「仕事にドライに向き合え」とも言っているようで、どこか不十分な感じがする。<br />
　だから、仕事について、こう考えてみたらどうだろうか。「仕事の意味＝求められることに応じること」。まずは、自分が求められたことに関しては、笑顔で応じてがんばる。もちろん、その結果、自分の体をボロボロにするまで働いてしまうこともある。でも、そのときはそのときで対処すればいい。この考えは、「仕事の意味＝やりたいこと」とするより、利点があるはずだ。<br />
　「やりたいことをやる＝やりたくないことはやらなくていい」。最近の若い人のあり方をあらわした定式としてこのことをよく聞く。これはかなりまずい考え方だと思うし、かなり損をする考え方だ。<br />
　ぼくは人間というのは究極のところ働きたくない生き物だと思っている。どちらかと言えば、働くよりゴロゴロしていたい生き物だと思っている。だから、仕事というのは基本的には「やりたくないこと」となる。<br />
　でも、いまのところ、人間は働かなくてはならない。「やりたくないことはやらなくていい」というわけにはいかない。それに、仕事というのは、他人から求められて、他人が「やりたくないこと」をやることで、感謝されたり誉められたりする営みだ。だから、「やりたくないことはやらなくていい」というのを基準にすると、感謝を受けたり誉められることで味わえるよろこびが得られない。損をすることになる。<br />
　というわけだから、「仕事の意味＝やりたいこと」でもなく、「やりたいことをやる＝やりたくないことはやらなくていい」でもなく、「仕事の意味＝求められることに応じること」としたほうがよっぽどいいはずなのだ。<br />
　もちろん、バランスの問題はある。けれど、うれしいことというのは、「お前がんばってるね〜」と言われたり、「好き！」なんて言われたりとか、たいてい自分の外側からやってくる。そういう声を受け止めるための準備としても、「求められることに応じること」は自分のなかの基準としておいて損はないと思う。</p>
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 <title>第10回　もうちょっとまわり道したほうがよかったんじゃないかな──早見涼子さん（23歳・女性・勤務歴2年）</title>
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 <pubDate>Wed, 13 Apr 2011 10:22:02 +0000</pubDate>
 <dc:creator>石川 輝吉</dc:creator>
 <category><![CDATA[哲学者・石川輝吉の、ちょっと「ぐずぐず」した感じ]]></category>
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 <description><![CDATA[　早見さんは、1987年に東京都区内に生まれ育ち、現在はマネージメント会社（スタイリスト、フードスタイリスト、ヘアメイク、そのアシスタントが所属している）で働いている（23歳）。この会社には、自分の卒業した服飾系の専門学 [...]]]></description>
 <content:encoded><![CDATA[<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">　早見さんは、1987年に東京都区内に生まれ育ち、現在はマネージメント会社（スタイリスト、フードスタイリスト、ヘアメイク、そのアシスタントが所属している）で働いている（23歳）。この会社には、自分の卒業した服飾系の専門学校の先生の紹介で入社。仕事をはじめて2年。現在は正社員。<br />
　この日はバレンタインデー。初対面のぼくたちにも、チョコ（Kit-Kat）をもってきてくれた。こちらに伝わるように、「なんだろう、うまくは言えないですけど……」、「うーん、どう言ったらいいんだろう……」と言葉を選びながら丁寧に答えてくれる気づかいの人。そういう心づかいを仕事でも意識している点は、インタビューの端々からもうかがえた。<br />
*2011年2月14日(月)　20時〜インタヴュー実施。</p>
<h4>「3年間やれば独立できる人もいるし。そうではなく、ずっと10年間もアシスタントのままの人もいます」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">早見さんの会社には、スタイリスト、フードスタイリスト、ヘアメイクと、それぞれのアシスタントが所属している。早見さんはヘアメイクのマネジメントを担当している。まずは、早見さんの会社に所属している人たちの仕事はどういうものか？　を中心に聞いてみた。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>どんなお仕事をやっていますか？</p>
<p><strong>早見　</strong>スタイリスト、フードスタイリスト、ヘアメイク、それから、それぞれのアシスタントの所属する会社で働いています。わたしは、ヘアメイクのマネージャーをやっていて、テレビ番組の制作会社やお店から依頼が来ると、合いそうな人を見つけてスケジュールを決めます。</p>
<p><strong>石川　</strong>ということは、早見さん自身はフードスタイリストやヘアメイクはやらないということだよね。ようするに、人を派遣する仕事？</p>
<p><strong>早見　</strong>そういう感じですね。一応はファッションの専門学校を出て、ちょっとスタイリストのアシスタントの勉強をしたんですけど。会社に勤めたい、というか、なりゆきもあって今の会社で働いています。</p>
<p><strong>石川　</strong>派遣する先は？</p>
<p><strong>早見　</strong>たとえば、フードスタイリストだったら、デパ地下のチラシをつくるための調理の依頼とか、スタイリストの場合だとテレビの番組から、ヘアメイク仕事だと雑誌から、など、いろんなところから依頼がありますね。</p>
<p><strong>石川　</strong>大手になるの？</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>たとえば、テレビ局は自分でスタイリストさんをもっているのではなくて、そういうふうに派遣のひとで番組をつくっているんだ。</p>
<p><strong>早見　</strong>いろいろなパターンがあると思いますが、そういうふうになっていると思います。詳しくはわからないですけど（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>仕事でいろんなひととやりとりしているせいか、話し慣れている感じあるね。</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですかね（笑）。緊張している面もあります。いまやっている仕事だと10人ぐらいしか人づきあいはないですけど、ピクニックのサークルに入っていたり、通っていた学校が大きかったり、むかしからバイトをやっていて、いろんな人と話し慣れているところがあるかもしれません。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>いくつなの？</p>
<p><strong>早見　</strong>23歳です。今年24歳になります。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>いまの会社何年目？</p>
<p><strong>早見　</strong>今年2年目になります。専門に3年行って、フリーター期間があって、21歳の秋からいまの会社に入社しました。新卒という感じではありません。就職できなくて、卒業してから1ヵ月ぐらいなにもしてない時期があったんです。それで専門学校の先生に相談しに行ったんです。そうしたら、いまの会社の社長に連絡してくれて。産休の交代が秋にある、ということでその秋からこの会社に入りました。その産休の人は会社に戻ったんですけど、わたしは業務を変えて会社に残れるようになりました。運がいいです（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>学校ではスタイリストの勉強もしたということだったけど、スタイリストさんになりたかったの？</p>
<p><strong>早見　</strong>それはよく聞かれるんですけど、そんなには（笑）。そんなには魅力を感じていなかったです。スタイリストのアシスタントになってもすぐやめちゃう人もいたから。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>やめるんだよ。きっと。</p>
<p><strong>早見　</strong>やっぱきついんですよ。見てても。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>金もよくないし。</p>
<p><strong>早見　</strong>それに、作業が多くて、自分を見失ってしまったり。言い方はよくないですけど、奴隷のように扱われたり。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ほとんど独立自営の人のアシスタントになるわけだから。比喩で言えばなにかな〜。そう、大工の弟子とかさ。下手すれば、トンカチ投げられて「バカ野郎！」だよね。</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>それに、アシスタントになって独立できる保証もない、と。</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。人によってです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>能力にもよるよ。</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。道は険しいです。3年間やれば独立できる人もいるし。そうではなく、10年間もずっとアシスタントのままの人もいます。</p>
<p><strong>石川　</strong>スタイリストさんで、有名な人っていうのはどんな人？</p>
<p><strong>早見　</strong>あんまりわたしも詳しくはわからないです。名前が出て有名なのは野口強さんとかですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>おれは名前を知らないけれど、たぶん、「スタイリスト」という職業を確立したのは1970年ごろの「an an」でやってたなんとかさん?　伝説のスタイリストみたいな人がいたんだよね?</p>
<p><strong>早見　</strong>そういう歴史の勉強も専門学校でちょっとしました。</p>
<p><strong>石川　</strong>変な質問かもしれないけれど（笑）、スタイリストさんってお化粧をする人？</p>
<p><strong>早見　</strong>お化粧はメイクアップですね。なんて言えばいいのかな。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>スタイリストって、ドラマとか写真撮影の現場に置いてある小道具屋さん、その進化系だと思う。たとえば、お芝居で言うと、大道具さんと小道具さんがあって、小道具さんは消え物とかを担当する。でもまあ、お芝居には、大道具、小道具という区別があるけれど、ドラマとか写真撮影の現場にはそういう区別も明確じゃなく、そこに使う道具をまとめて準備するのがスタイリストになるかな。簡単に言うと、でっかい鞄しょって、そこらじゅうを走り回って、お皿を借りたりするんだよ。</p>
<p><strong>早見　</strong>洋服も借ります。</p>
<p><strong>石川　</strong>へぇ。だんだんイメージがはっきりしてきました。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>でもって、スタイリストが髪の毛を整えたり化粧をするわけじゃなくて、それはヘアメイクの仕事だと。</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。</p>
</div>
<h4>「スタイリストさんたちは、うちの会社に所属していますけど個人事業主扱いです。だから、保険とかは自分で入ってもらってます」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">早見さんの会社はスタイリスト（とそのアシスタント）たちの派遣業。話はスタイリストの仕事から、そこに早見さんの会社がどうかかわっているかに進んでいく</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>服飾の専門学校に3年間行ったという話だけれど、専門学校は2年なのでは？</p>
<p><strong>早見　</strong>もう1年専門課程に進むことができて勉強しました。　</p>
<p><strong>石川　</strong>どういう勉強をやる学校だったの？</p>
<p><strong>早見　</strong>まんべんなく服装のことをやります。コーディネートや色のことをやります。あと、メイクと写真のことをちょっとだけですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>ようは、服飾が好きだったんだね？</p>
<p><strong>早見　</strong>まあ、そうですね。さいしょはスタイリストになるのかな、と思っていましたけど、でも、じっさい就活は、販売職、洋服屋さんを受けました。けれど、すごく好きなブランドがあったわけでもなく。今思うと、就活ではそのあたりの熱意が伝わらなくて落ちちゃったのか、と思います。高校の時から、とりあえず、「洋服が好きだ」とうのはありましたけど、すごく販売員になりたかったわけでもなく。専門学校にもいろいろな科がありますけど、「広く浅くできてたのしい」と言われるスタイリストの科に入りました。途中で、「もっと洋服を作りたい」という気持ちになったこともありましたけど。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ようは、いちばん食い扶持のなさそうな科だよね。</p>
<p><strong>早見　</strong>（笑）。スタイリストはそうですね。なんか、かたちになっていない、というか。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>たとえば、スタイリストとして出版社に入れるわけでもなく、需要がなかなかないよね。カメラマンと似たようなものかな。</p>
<p><strong>石川　</strong>テレビ局がスタイリストをもっているわけでもなく。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>いるかもしんないけど、かなり少ないと思うよ。</p>
<p><strong>早見　</strong>会社に入ってきたひとでテレビ局の専属のメイクをやっていたひともいますけれど。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>それでもせいぜい専属で、テレビ局の社員というわけではないでしょ？</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>仕事の依頼はどういうものがあるの？</p>
<p><strong>早見　</strong>たとえば、キャスターさんの洋服を集めてほしいとか。メイクをしてほしいとか。番組内でも、番組のポスターづくりとかでも、単発でいろいろ依頼があります。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>石川くんだって依頼できるよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>えっ。</p>
<p><strong>早見　</strong>こういう本を出して、こういう写真をとりたいので衣装を集めてほしい、というのもあります。出版社からの依頼も個人からのものもあります。</p>
<p><strong>石川　</strong>あっ、そうか。じゃあ、「インターネットでこういうふうに載せたいからコーディネートしてくれ」というのもある？</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>とくに女の人だとスタイリストがついているかいないかのちがいは如実だからさ。まあ、男の人でも同じで、出版社がけっこう気をきかせて金をかければ、ありうると思うよ。個人だってそういう依頼をしようと思えばできる。おれ奥さんにいつもよく言われるんだよ。「コーディネートやってもらいなさい」って。「だって、あたしが言ったって聞かないじゃん」って。</p>
<p><strong>石川　</strong>わかります。やっぱり身内より外側の人に言われると言うこと聞かざるをえないですよね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そのほうが緊張感が生まれていいんだよ。やるほうも妥協が少なくて。たとえば、おれの知り合いの社会学者のおじさんがいて、ぜったいスタイリストつけたほうがいいと思うんだ。上は紺ブレキメてるんだけど、下はなんか国道沿いの靴の安売りで買った茶色のスリッポンみたいなのでさ（笑）。それで、靴下に変な模様みたいなのが入ってたりさ（笑）。おれも人のこと言えないけど。</p>
<p><strong>石川　</strong>（笑）ちぐはぐなのは問題ですね。ぼくも人のこと言えないけれど。それで、さっきから、スタイリストさんはなるのも大変、やるのも大変、っていう話になってきているけれど、早見さんの会社では、スタイリストさんはどのような扱いになっているんだろう？　保険とかはどうなっているの？</p>
<p><strong>早見　</strong>スタイリストさんたちは、うちの会社に所属していますけど個人事業主扱いです。だから、保険とかは自分で入ってもらってます。スタイリストさんには、ギャラからうちのマネジメント料が引かれて振り込まれます。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>気を悪くするかもしれないけど、ようは早見さんのやってる仕事は、人夫出し稼業なんだよ。スタイリストさんに「○○さん、この日こういう仕事があるんだけど入ってくれない？」とか。その一方で、スタイリストさんたちの評価もしていて、「○○さん、最近評判悪いんだよね〜」とかやってるんだよ。</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。評価もします。うちの会社は、ほかにも細かいことをやっていて、スタイリストさんたちの荷物を預かったり、郵便物や宅急便を受け取ったり。衣装代を建て替えたり、そのお金をクライアントに請求書をつくって、請求したりします。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そうそう。貸衣装屋さんとかあるわけだよ。そこに行って、一回貸出し料5000円とかで衣装を借りるわけですよ。</p>
<p><strong>早見　</strong>食器だけの貸し道具さんとかもあって。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そのとき、フリーだと信用ならないから、すぐ「現金よこせ」となるわけだよ。けれども、早見さんの会社の名前を出すと、その場で払わなくても、まとめて精算してもらえるとか。一応、そういう想像なんだけど、どう？</p>
<p><strong>早見　</strong>あっ、そのつど精算は個人でやってもらっています。でも、リース屋さんによっては、会社の名前が通っているところもあるみたいですけど。細かいことはちょっとよくわかりません。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>みんなでっかいバックもって走ってるわけだよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>それをテレビ局とかに全部自分でもっていってやっているわけだ。</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>そう言えば、最近、大学図書館に派遣で働くようになった友人もいて。こういう派遣の仕事ってたくさんあるんですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>図書館は、派遣もあって、業務委託もあるよ。</p>
<p><strong>早見　</strong>美容師の派遣もあるみたいですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>でも……、</p>
<p><strong>早見　</strong>わたしは正社員です（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>でも、すぐに正社員になったわけではないよね？</p>
<p><strong>早見　</strong>産休の方が帰ってきたあとも試用期間がつづいていたんですけど、ある日、社長とミーティングしていたときに、「あれ、正社員だっけ？」という話になって、あとで経理に確認したら正社員に上げてもらっていた、という感じです（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>ありがたい話だよね〜。よかったらどれくらいお給料はもらってる？</p>
<p><strong>早見　</strong>いろいろ引かれて月15万ぐらいです。</p>
</div>
<h4>「友だちとかには『もう無理、わたしはこれはきらいだからやりたくない、好きでないからやらない』と言う人もいるんですけど、わたしはそういう変な壁はつくりませんね」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">早見さんは東京都区内で実家暮らし。実家は母親の生まれ育った地域。父親は新潟県出身で57歳。生協の仕事をしている。現在は大阪に単身赴任中。母親は東京出身で54歳。もともと銀行員で結婚を期に専業主婦に。兄弟は、25歳の姉と20歳の弟がいる。姉は保険関係の仕事をしながら現在シングルマザー。弟は現在二浪中。話は、まずはお姉さんの話から、早見さん自身の仕事の向き合い方に。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>早見　</strong>母は専業主婦だったんですけど、姉が都立の高校のデザイン系に進んで、画材などいろいろお金がいるので、それから、近所のカラオケ屋でパートをはじめるようになりました。</p>
<p><strong>石川　</strong>お姉さんはいまなにをしているの？</p>
<p><strong>早見　</strong>姉は美大に進んだんですけど、中退してしまって、子供を産んで、いま保険関係の営業の仕事をしています。だから、いまは甥っ子とも一緒に住んでいます。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>姉ちゃんは男に走ったの？</p>
<p><strong>早見　</strong>あまりそこのところは詳しくは聞いていませんけど、最近、子供を産んで落ち着いたんですね。シングルなんです。うちの姉は。子どもができたことをずっと隠していて。けっこう複雑なんです。うちの姉は。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>じゃあ、結婚せずに産んだっていうわけ？</p>
<p><strong>早見　</strong>はい。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>度胸よかったね〜。</p>
<p><strong>早見　</strong>でも、そういうきっかけがなくてはふん切れないタイプだったと思います。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>みんなあるよね。そういうところ。</p>
<p><strong>早見　</strong>わたしもそういうところがあると思います。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>おれなんて、子供ができたのまちがいだもん。まちがい、っていうか、計画外でできたもの。でも、できたものは受け入れなくちゃ、というかさ。</p>
<p><strong>早見　</strong>そういうきっかけがあってがんばれる、というか。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>自分でもなんかどっか許容できる範囲もあったんだ。決意して選択できるわけではないけれど、なんかサイコロ振って、半か丁かで、丁だったらそれでいい、みたいな。そういう気分で。子供できたのが「まちがい」と言うのも、ちょっと違うかも知れないけど。みんなそうじゃない？</p>
<p><strong>石川　</strong>ぼくなんか子供をつくることに関してはすごく気をつけてますけど、たとえば、いまこういう商売をしているのも、半か丁かで、丁だったらそれでいい、そういうものの積み重ねかと。たとえば、大学院に行って、就職の幅が狭くなるかもしれないけれど、それでもまあいいか、と思ったのはありますね。すごく決意したというわけではないけれど、きっかけがあって、それに乗っかったというか。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>でも、もちろん、振り返れば、そういう選択には、なんか志向があったと思うよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>そうですね。明確な決意ではないけれど志向はあったと思います。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>たとえば、早見さんだって、就職活動としては、洋服の販売員を受けたとき、行動としてはそうしたけれど、それでもどこかに「でも、販売員やるのもな？」というのがあったと思う。それで、販売員にはならなかったんだと思う。こっちが解釈しちゃってごめん（笑）。でも、いまのところベストな選択だと思うよ。結果オーライ。洋服の販売員をやってもノルマがあってどうこうとか。しわくちゃバアちゃんになってもそのブランドが生き残っているかどうかわからない。</p>
<p><strong>早見　</strong>不況の影響を受けやすいですしね。	</p>
<p><strong>石川　</strong>それに、販売員さんってある程度の年齢になるとやめるよね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>やっぱり早見さんも想像しているわけでしょ。販売員をやってもやめちゃうかもしれないし、スタイリストのアシスタントして荷物もって走りまわっても、ずっと、コネもなくて、独立できないでいるとか。それに、そもそも、仕事を紹介してもらえるような能力が自分にあるかわからないし、クライアントを満足させるような人間になれるかどうかわからない。そういう想像はあったと思うよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>ぼくは、そういう意味で、もの書きの弟子になったから、スタイリストのアシスタントになってしまったタイプだな。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そうだよ。石川くんは徒弟制度に飛び込んじゃった口だよ。彼女はそういう口じゃなく、現場とはちょっと距離を置いて。だから、けっこうおいしいポジションだと思うよ。</p>
<p><strong>早見　</strong>でも、さいしょはしんどいから、上の人に怒られたり、仲間のぜんぜんいない職場なので、販売員になって友だちつくるのもうらやましいと思いましたね。</p>
<p><strong>石川　</strong>仕事を覚えるのは大変だった？</p>
<p><strong>早見　</strong>最初は、請求書をつくったり、アシスタントの仕事の時間管理、その人の仕事の経歴をパソコンに入力したり、事務作業をやっていました。電話の取り方も勉強しました。単純作業をとにかく一年やって、なんて言うんだろう、そうやって土台をつくりました。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>おじさん的に言うと、「そんなのまだまだ小娘」だよ。ただ、やっぱり社長が声をかけたわけだよ。「正社員だっけ？」って言うっていうのは、やっぱり「こいつに正社員やってほしい」という判断があるわけじゃない?　そうじゃないヤツにそんなこと絶対言わないよ。おめがねにはかなったわけだよ。</p>
<p><strong>早見　</strong>そう言われてみると、そうだったと思います。</p>
<p><strong>石川　</strong>「まだまだ小娘」っていうのはどういう意味ですか？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>仕事的に言えば、「こいつにまかせていたら、大丈夫、お客の評判がいい」とか。つまり、「こいつにまかせていたら、今日、明日、期待できる」というレベルじゃないと思うよ。そういう意味で、「まだまだ小娘」というわけなんだよ。</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。わたしの上にフードのスタイリストのマネージャーをやっている人がいて、その人が実績を残しているんです。わたしは「その人の下についたらどう？」と言われて、いまはその人に弟子入りしていて、マネージャーの修行をしているのが現在、という感じです。</p>
<p><strong>石川　</strong>事務作業はきらい？　すぐその仕事に入っていけた？</p>
<p><strong>早見　</strong>そんなに深くは考えなかったです。はじめから事務作業と聞いていたので。</p>
<p><strong>石川　</strong>たとえば、もし、スタイリストさん志望の人で、「わたしはアーチストだから」というタイプの人だったら、「事務作業のような地味な仕事はやりたくない」って感じになることもあると思うんだ。けれども、早見さんはそういうタイプではない感じがする。</p>
<p><strong>早見　</strong>なんだろう、うまくは言えないですけど、友だちとかには「もう無理、わたしはこれはきらいだからやりたくない、好きでないからやらない」という人もいるんですけど、わたしはそういう変な壁はつくりませんね。「割り切り」ってわけでもないんですけど。</p>
<p><strong>石川　</strong>「割り切り」っていうのは「もともとはこういうのをやりたかった。けれど、現実はちがっていた。でも仕方がないや」という感じだと思うんだけど、早見さんはそういうタイプではないと思うんだ。</p>
<p><strong>早見　</strong>最初はそういう気持ちもあったかと思うんですけど、仕事をやっていくうえでたのしくなったりとかですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>たとえば、さいきん、知り合いの大学の先生からの紹介でうちの会社に入れた学生がいるんだよ。でも、3日でやめたの。その子には、最初にテープ起こしをやらせたんだよ。テープ起こしっていうのは、いまこういうふうに早見さんにしているインタヴューとかを文字に起こすわけだけど、これ、つまんないでしょ。でも、この仕事はぜったいどこかで誰かがやらなきゃならない。だから、早見さんがやってた事務の仕事もそう。スタイリストさんへギャラ払うのだって、その人が「何日どこでどれくらい仕事しました」って細かい記録を残す作業を、誰かがやらなきゃならないわけだよ。<br />
だけど、うちに来た子は「編集の仕事をやるんだ」と、先を見ちゃってたんだと思うんだ。まあ、タイミングも悪かったんだ。もちろん、うちの会社だって、年がら年中テープ起こしやってるわけじゃないよ（笑）。でも、そのとき、テープ起こしの仕事がたまっていて、テープ起こしだったら1回やり方を教えればいいから、こっちとしては手取り足取りその子の相手して仕事を教えなくてよかったわけだよ。それで、みんな知らんぷりしてたから、「自分が思っていた編集の仕事はこうじゃない」と思ったかもしれないんだよ。あとでわかったことだけど、本人にうつ的な傾向があったからやめちゃったのかもしれない。だけど、早見さんはとりあえずそこを乗り越えたわけだよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>ええ、わかります。編集というのは作家さんとやりとりしながら「本づくり」するクリエイティヴなイメージだけれど、当然、テープ起こしのような地味な仕事もそのプロセスのなかには入っている。仕事を学ぶまだ最初のうちは、そういう地味な仕事ばっかりしなくゃいけない。それが修行期間なんだ、って想像力はなかったのかな？</p>
<p><strong>早見　</strong>わたしがその話を聞いて思い出したのは、自分がバイトをやめちゃった経験です。学生のときレストランのアルバイトを3日でやめちゃったことがあります。そのときは、初日に行ってみると「いま忙しい」と言われて、1時間ぐらい待たされて。そのあとは、「とりあえずお皿洗って」と言われてわたしはずっと洗ってて、だれも話しかけてくれなかったんです。たまに声をかけてくれてもそれもあまり励みにならなくて。こう言うのもなんですけど、「さみしくてすぐやめちゃう」というのもあるかと思います。</p>
<p><strong>石川　</strong>なるほどね。沢辺さんのところに来た子に、「お前テープお越しがんばってるな。それも修行の一環だからな」と一言言ってあげれば励みになってやめなかったかもしれない。でも、みんな忙しいときになかなかそういう一言もかけられないよね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>だから、そのあたりはバランスでさ。イジメのように知らんぷりするのもおかしいけれど、相手してあげるのが商売でもない。きっと早見さんの場合は3日でやめたことはいい経験になったんだと思う。早見さんは、「自分はなぜやめてしまったんだろう？」とふり返って考えたんだと思うんだ。おれの期待とすれば、うちをやめた子も、早見さんのようにその経験を糧にしてほしい。「あのときやめたのはなんだったんだろう？」と考えて、活かしてくれればと思うんだ。みんなそういうふうになってほしいんだな。</p>
</div>
<h4>「機械的になっちゃダメ！」「情熱を入れるのよ！」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">早見さんはいまマネージャー修行中。早見さんには仕事上の師匠がいる。その師匠に日ごろどんなことを言われ、仕事を教えられているか。そのあたりを聞いてみた。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>早見　</strong>石川さんは本をどれくらいの期間で書き上げるんですか？</p>
<p><strong>石川　</strong>今回出した『<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480688501/studiopot-22">ニーチェはこう考えた</a>』っていう本は半年かかりました。それで、去年の11月に本が出て、印税が入るのがその3ヵ月後の今年の2月。</p>
<p><strong>早見　</strong>スタイリストもアシスタントもそうですね。3か月後にお金が支払われます。だから、仕事をはじめるとき、「半年ぐらいは貯金してくるように」って言われるんですよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>そうだね。最初は持ち出しで（自分のお金で）仕事をするしかないんだね。</p>
<p><strong>早見　</strong>そうです。わたしの師匠はモデルのマネジメントからいまの会社に入ったんですけど、こういう業界もそういう支払いのシステムみたいですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>師匠というのはさっき話してくれた早見さんがいま下についているマネジメントの先輩のこと？</p>
<p><strong>早見　</strong>そうです。40手前ぐらいの人で、話すこともオネエ言葉で、すごく独特なんですよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、オネエ系の人？</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>多いんだ、また〜。</p>
<p><strong>早見　</strong>尊敬できるひとで、頭の回転もすごくはやくて、話の切り口も面白いひとです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ヘアメイクとかにもオネエ系多いんだな〜。</p>
<p><strong>早見　</strong>このあいだも、ヘアメイクの紹介の本をぱらぱら見ながら、「この人はゲイ！」とか「この人はストレート！」「目でわかるわよ！」とか言ってました（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>（笑）そう言えば、オネエ系の人もいると思うけれど、早見さんの職場全体としては女性が多いの？</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。うちの会社の社長も女性です。スタイリストさんは大半が女の人です。</p>
<p><strong>石川　</strong>ということは、スタイリストさんなんかは、女の人が自分の腕一本で仕事をしている、そういう職場なんだ。</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>師匠の話に戻るけれど、師匠はもともとはスタイリストさんだったの？</p>
<p><strong>早見　</strong>20歳ぐらいからずっとモデルさんのマネジメントをやっていたようです。そのモデルがらみでキャスティングの人と知り合って、いまの会社に入ったみたいです。すごく熱い人です。情熱を入れる。</p>
<p><strong>石川　</strong>育てる、というか？</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。「マネジメント」というと、わたしの中ではクールなイメージだったんですけど、その人はそうではない。というか、うーん、どう言ったらいいんだろう。</p>
<p><strong>石川　</strong>たとえば、仕事でこんなことがあった、という話が聞けるといいんだけど？</p>
<p><strong>早見　</strong>うーん、たとえば、最近、新しいフードのアシスタントの人が入ってきたんです。その人は調理の学校を出てレストランで働いてきた人なんですけど、撮影の現場はまったく知らない人なんです。それで、これはあさっての仕事のことなんですけど、お弁当のカタログの仕事があるんですが、人が足りなくなったんです。そこで、そっちに人をまわしたのですが、今度は別の大事な広告の仕事に入る人が足りなくなったんです。大事な広告の仕事なので、撮影のいろはを知っている人が入るべきなんですけど、師匠は、撮影経験のないその新人のアシスタントを、「この子はレストランでずっとやってきた子だからきっと大丈夫！」と現場に差し込んだんです。<br />
こういう感じですかね。もっといろんな例があるんですけどなかなか言葉にするのが難しくて……。</p>
<p><strong>石川　</strong>早見さんのイメージでは、マネージャーというのはクールな管理の仕事なんだけど……。</p>
<p><strong>早見　</strong>師匠は撮影が成功するように「情熱」を入れる。「情熱を入れるのよ！」ってよく言うんですよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>やっぱり「気づかい」の人なんじゃないかな？</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>ただただスタッフを管理するんじゃなくて、撮影全体が気持ちよくいくようにクライアントにもスタッフにも気を配るというか……。</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>それで、新人さんにも「この子、この機会に差し込んであげよう」とか？</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。「この子、最近落ち込んでるから好きな人と組ませてあげよう」とか（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>そうした師匠の気づかいが結果的にいい方向にはたらいてるんだ。</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。信頼は厚いと思います。</p>
<p><strong>石川　</strong>早見さんは師匠ぐらいまでになってみたい？</p>
<p><strong>早見　</strong>うーん、どうなんでしょうね（笑）。でも、わたしとしてはまだまだで。眼のまえのことをやるだけです。</p>
<p><strong>石川　</strong>師匠にはよくなんて言われてるの？</p>
<p><strong>早見　</strong>ほんとにいろんなことを言われますけど、「機械的になっちゃダメ！」とか「情熱を入れるのよ！」とかです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>わかるよ〜。</p>
<p><strong>早見　</strong>「電車に乗る時でもいいから、起きたときでもいいから、その人のことを思い出しなさい。そうするとその人のことが見えてくるのよ。そうすれば、その人に心を入れ込めるから」って。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>おっしゃるとおり！　でも、それもある種の才能に近いんじゃないかな。気くばりができる、って。ちゃんと、「あいつはこうしてあげたらうれしい、こうしてあげたらいやだ」っていうのがわかってるからなんじゃないかな。<br />
おれも同じこと言うもん。たとえば、本の企画を考えたりするときだってそう。まずは本屋の前を通ったらちょっと入ってみよう、いまどういう本が読まれているか、じっさいに町に出て見てみよう。日曜日の新聞の書評欄見てどんなタイトルにしようか考える。そういうふうに体が動くかどうか、ってことじゃん。<br />
「機械的になるな」っていうこともわかるよ。おれ、メールひとつだって文句言うもん。やっぱり、「原稿どうなってますか？」って催促するとき、ただ、「あれ、どうなってますか？」と書くんじゃなくて、「いかにその人に書いてもらえるか」。そういうことを一言でも二言でも添えることが必要なわけじゃん。</p>
<p><strong>石川　</strong>わかりますね。ぼくだったら、やっぱり、原稿を送ったら、原稿の内容について言ってもらえるとうれしい。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そうそう。おれも「内容について必ず触れろ」って言うもん。書いているほうにとって、なにが一番いやかと言うと、送った原稿を読んでもらえずにただ積んだままにされる、ということなんだよ。人間は承認をめざす生き物で、「よくかけたね」「面白かったよ」と言われることをめざすんだよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>そうですね。それに、こちらも「ダメだったらダメだと言ってください。書き直します」という構えでいるんです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そうそう。「読んでなくちゃ言えないような一言を添えろ」っておれなんかよく言うよ。たとえば、おれとかだと、気をつかったメールでなくても相手は「沢辺さん社長だからほかの仕事で忙しいのかな？」と思ってくれるかもしれない。けれど、小僧がぞんざいなメールなんかすれば、相手は「原稿を読むのお前の仕事だろ！」になる。<br />
だから、早見さんとスタイリストの関係って、ある意味で編集者と著者の関係だと言っていいと思うんだ。「機械的になるな」っていうのは、マネジメントを仕事という義務感でやるんじゃなくて、そのスタイリストを見ていて、「この人の仕事はいつもこんな感じになる」っていうのを、それをよいのか悪いのか、悪いでもいいから、「ちゃんと見てる」というのをださなくちゃいけない。</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>それって、やはり、早見さんの師匠が「電車のなかでその人のことを思い出しなさい」って言うのと同じだと思う。ただの管理じゃなくて、「この人は、どういうふうにしたら伸びるんだろう」とか、そこまで考えてつきあうマネジメントのことだと思うな。</p>
</div>
<h4>「わたしはこの仕事をはじめたときに、自分の責任が重いというか、もう少しいろいろな修行を積んでからいまの仕事につけばよかったと思ったんです」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">早見さんのやっているマネージャーの仕事は、スタイリストなりアシスタントなりのギャラの采配権をもっている。ある意味でパワーをもっている。たまたま職業上もっているその力を自分のもののように濫用することもできるし、その力をもっているがゆえの責任におしつぶされそうになってしまうことだってある。天狗にもなれるし、自分を卑下してしまうことだってある。こうした力をもってしまったことの問題をどう考えたらいいか。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>沢辺　</strong>余計なお世話かもしれないけれど、彼女のポジションはある意味で危ういと思うんだよ。あえてひどい言い方をすれば、たいした能力もないくせに、たまたまその会社に入ったがために、たとえば、このスタイリストはこれくらい、あのスタイリストはこう、とギャラの采配権をもってしまうわけだよ。</p>
<p><strong>早見　</strong>そうなんですよね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>人は往々にして、おれも含めて、その力を勘違いしてしまうわけだよ。たとえば、石川くんのような先生だってそうだよ。やろうと思えば落第させることだってできる。たまたまそういう力をもったのに、その力をいいように使ってしまうこともある。</p>
<p><strong>石川　</strong>でも、そういう危うさを自覚したって、人はそういう立場になっていくわけですよね？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>だから、その自覚が大切なんだよ。無理だよ。完璧にやろうとしたって。</p>
<p><strong>早見　</strong>わたしはこの仕事をはじめたときに、自分の責任が重いというか、もう少しいろいろな修行を積んでからいまの仕事につけばよかったと思ったんです。</p>
<p><strong>石川　</strong>もう少し現場の仕事を経験しておいたほうがよかった、と？</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>さいきんマンガ家の出版社に対する反乱が起こってるんだよ。たとえば、編集者が勝手に自分の書いたセリフを変えてしまうから、もうネットで配信すればいいんだ、と言うマンガ家もいる。マンガ家にも勘違いもあるし、編集者にも勘違いがある。編集者だったら、たまたま雑誌の編集者という立場にあるから采配権をもっているんだけど、それを一個人の力と勘違いしてしまうんだ。そういう人は大勢いるんじゃないかな。だから、早見さんが「危ういよね」っていうのはそういうことなんだ。もちろん、彼女が現場をよく知れば、判断の幅は広がるかもしれない。けれども、現場を知ったからって完璧にできる、っていうわけではないんだよ。ただ、いつも、「自分は大丈夫か？」という自覚、警戒警報が必要なんだ。</p>
<p><strong>早見　</strong>責任が……。</p>
<p><strong>石川　</strong>でも、仕事上、まだ大きな権限はないんでしょ？</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ただ、おれがスタイリストだったら、やっぱり、仕事の窓口になってる早見さんを、生意気な小娘だと思っちゃうよ。もちろん、仕事だからそんなこと口には出さないけど。でも、それ、しょうがないよ。年取るとそういうふうに見られることがなくなるんだよ。それはそれでまた問題になることもあるんだけど。</p>
<p><strong>石川　</strong>それから、相手を小娘だと見て利用することだってできると思う。</p>
<p><strong>早見　</strong>「もうちょっとギャラ上げてよ」とか、そういう場合もありますけど、状況によってですね。交渉する場合もありますけど、できないときはできないと断ってます。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、押したり引いたりもやってるんだ。</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>変な人もいる？</p>
<p><strong>早見　</strong>曲者だな、と思う人もいます。「撮影日は絶対この日」と前もってしっかり言っておいたのに、ちがう日にちを言ってくる人とか。「この人大丈夫か」とうわさになる人もいます。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そういう人と出会うこともあるんですよ。問題は疑問を立てていくことだと思うんだよね。たまたまそういう会社に入って権限をもっているわけだから、過剰に調子に乗って偉そうにする必要もなく、へりくだって責任をとることから逃げることもないと思うんだよ。そのとき、ひとつだけ大切だと思うのは、「いま自分は大丈夫か？」と疑問をもつことだと思うんだよ。それも過剰に「これでいいのか？　これでいいのか？」と反省して、思いつめて、なんにもしないのとはちがうんだよ。いいバランスをとること。これどう言ったらいいのかな？</p>
<p><strong>石川　</strong>ぼくなんかは、さいきん沢辺さんと話をして出てくる「妥当」というのはいいキーワードだと思うんですよね。迷いつつ、ちょうどいいところを見つけていく。別にどこかに正解があるわけじゃないけれど、そのつど眼の前のことをやりながら、妥当なところを見つけることなんじゃないかな。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>それに、妥当というのはワンポイントではなくて「幅がある」ということなんだ。</p>
<p><strong>早見　</strong>ひとつじゃない、というか？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>いい範囲に戻す。「いけない、やばい！」と感じて、そこで戻すというのがいいんじゃないかと思うんだよ。おれなんか、つい、キツイこととか社員に言っちゃって、「あー、はずかしい！」と思うことあるよ。それで、「偉そうな自分」という振れをちょうどいいほうにちょっと戻す。そのとき、「あっ、やばい！」と思えたことって大切だと思うんだ。</p>
<p><strong>早見　</strong>あ〜、よくわかります。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>でも、一番はずかしいのはそれに気づかないことなんだ。</p>
<p><strong>石川　</strong>ぼくなんかは逆で、学生に妙に優しくなってしまって、厳しく言うべきときに言えないときがある。そんなとき、「あー、やっちゃったよ！」となるんですね。それで、つぎから学生に対する態度を「ここだけは言っておくぞ！」とちょっと修正する。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>おれはキツイほうに倒れやすい。石川くんは優しいほうに倒れやすい。タイプはいろいろあるけれど、そのふれ幅に自分で気づいて妥当なところを見出すことが大切なんだ。だから、早見さんも、「スタイリストさんはみんな先輩なんだから」と遠慮して、自分が言いたいことが言えないタイプなのか、「仕事まわさないわよ！」と偉そうにしてしまう小娘のタイプなのか、自分のキャラやクセを見きわめて、妥当の範囲に収まるように、それを少しずつ修正していく。そういう思考が大切だと思うよ。
</div>
<h4>「わたしが最近思うのは、『もうちょっとまわり道したほうがよかったんじゃないかな』と」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">まずは、早見さんにとって夢という言葉はどういう位置づけか、そして、専門学校進学の動機へと話は進む。眼の前にあることをしっかりやって、堅実に仕事の道を歩む早見さん。けれども、どこか、まわり道をして人生を歩むことへのあこがれもある。そのあたりをどう受け止めているか聞いていく。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>これは、ぼくがいまけっこう気になっていることだけれど、就職に関して、「好きなことを仕事にすること、それが自己実現、夢だ」という考えをする若者もいると思うんだ。さっき早見さんは、「これは好きじゃないからやらない」という壁はつくらない、と言っていたけど、こうした自己実現や夢についてはどう思いますか？</p>
<p><strong>早見　</strong>わたしは、夢とかはあんまりもってこなかったタイプです。</p>
<p><strong>石川　</strong>夢という言葉はあまり使わないの？</p>
<p><strong>早見　</strong>「眼のまえにあることをやりたい」という感じです。うーん、なんだろう。わたし、寝てるときも夢を見ないんです（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>じゃあ、その専門学校にはなんで行ったの？　ほんとにスタイリストの勉強したかったの？</p>
<p><strong>早見　</strong>先を見てその学校に入ったわけではないです。「なんとなく」ですね。「高校を卒業したら、なにをしようか？」と考えるじゃないですか。そのとき、それほど目標もなく、その専門学校を選びました。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>大学進学は考えなかったの？</p>
<p><strong>早見　</strong>大学は勉強をしないと入れない、という考えもあったし、高校へもあんまり行ってなかったんで、出席日数もあまりなくて（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>ワルかったの？</p>
<p><strong>早見　</strong>いえ、不良というわけではなく（笑）。どちらかと言うと引きこもりでしたね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>「高校出て、じゃあ、なにするか？」となるわけだけど、勉強して大学に行きたいわけでもなく、かといって、勉強しなくても入れるよく名前も知らない大学に行きたいわけでもない。「それじゃ、就職しろ、働け」と言われることになるけれど、いまどき高卒18歳ですぐ就職というのもなかなかつらい。そこで、「とりあえず、専門学校」というのはいい逃げ道になっていると思うんだよ。いまや、音楽なり髪の毛なり、山ほど専門学校があって、そのなかで、「なんとなく」でその専門学校へ行ったんでしょ？　それで、その「なんとなく」の要素は5割くらいじゃない？</p>
<p><strong>早見　</strong>5割くらいですね。もちろん、あこがれもあったんですけど。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>どんな？</p>
<p><strong>早見　</strong>雑誌に載ってるおしゃれな読者モデルや、バイトの先輩がその専門学校出身だったりして。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>雑誌そのものや、洋服そのものにかかわりたいという興味はあったの？</p>
<p><strong>早見　</strong>洋服にかかわれるようになりたいというのはちょっとありましたね。なんか、でも、とりあえず専門学校に入って勉強してみよう、というのもありましたね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>それから、猶予がほしいというのもあるよね？</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。やっぱ18歳ぐらいのころは、「一回就職してしまったら、ずーっとそこにいなくちゃいけないのかも」と考えていて。就職は人生のすべてだと考えていたこともあって。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そのころは、就職ってデカイよね。</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。仕事から逃れようと思っていました。</p>
<p><strong>石川　</strong>高校は進学校だったの？　クラスの同級生はどういう進路だったの？</p>
<p><strong>早見　</strong>私立の女子高で、あんまり頭はよくないけれど、進学に力を入れだした学校で、わたしの周りは、ほとんどが専門学校で、ぱらぱらと大学進学の子がいました。いまはもう大学進学がほとんどみたいですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>最近は高校の下克上があって、おれのころ不良で有名だった学校が進学率よかったりするんだよ。たまたまうまくいったりすると、おれの感覚で言えば「えー！　そこから大学行けるの？」と思ってたような学校が進学校になってたりする。身の回りに子をもった親が多いからこういう話題になったりするんだ。<br />
それで、おれが早見さんに聞きたいのは、身の回りの高校や専門学校の同級生が早見さんのように堅実ではないと思うんだ。だいたいは堅実じゃないでしょ？　</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。少ないです。まわりの友だちで「大学卒業したけど就職したくない」と言っている子や、弟もいま20歳なんですけど二浪中なんですね。姉もまわりまわっていまに至って。それで、わたしが最近思うのは、「もうちょっとまわり道したほうがよかったんじゃないかな」と。なんか、わたしのなかではけっこう迷ったりして、やっといまのところにたどり着いたという思いはあるけれど、他と比べたら順調に来たのかな、と。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>順調でしょ。小さな会社だったり、給料はもっとほしかったりするかもしれないけれど、正社員だよ。それで、おれが聞きたかったのは、早見さんが、どうしてそういうふうに堅実なのか。べつにフリーターが悪いとは思わないけれど、おれが思うのは、なんと言ったらいいかな〜、早見さんの「ちゃんとしたいという素質」と「偶然」と「まわり道したかった、という後悔」、それから「ぷらぷらしなくてよかった、と思う気持ち」。それを数値でわけると何パーセントぐらい（笑）？</p>
<p><strong>早見　</strong>えー（笑）。さいきんは、「まわり道してもよかった」と思う気持ちが半分以上ですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>でも、その割合って変わるでしょ？</p>
<p><strong>早見　</strong>コロコロ変わりますね（笑）。飽きっぽいというか（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>いやいや、飽きっぽいということじゃないと思うよ。そのときどきによってちがうじゃん。姉ちゃんだって、「子どもを産んでよかった」と思うときもあれば、「どうして子どもを産んだんだろう」と後悔をするときもあると思う。それで、いまの早見さんだって、何かをなくしているんだと思う。「仕事やめて、半年ぐらいタヒチに行って」なんてことはできづらくなっている。<br />
そこで、これは、おじさんの余計なお世話だけど、おれが思うのは、どうしても我慢できなくなって、いまの仕事をやめて遠回りしようと思っても、また帰ってきたらいまの会社に雇ってもらえるくらいのものをつくっておくといいよ。これができることはすごいことなんだけど。<br />
それで、半年ぐらいオーストラリアに行って戻ってきても、おみやげもっていまの会社に行ったら、「なんだお前、戻ってきたのか、もう一度うちで働くか？」と言ってもらえるような可能性に到達するくらいのものを、いま、つくっておくといいよ。<br />
別の言い方をすれば、ふたつのパターンがあると思うんだ。せっかくいま何かやっていても、なんにも役に立たない時間にしてしまう人と、それをやったことが深みになる人。早見さんは、この後者になれるように、それぐらいまで、「がんばれた」と言えるものを仕事で獲得するといいと思うよ。</p>
<p><strong>早見　</strong>すごいよくわかります。</p>
<p><strong>石川　</strong>こうやって早見さんと話をすると、「もっとまわり道をすればよかった」とは言うけれど、やっぱりこう思う。早見さんは、自分でそんなに強い選択の意志をもって生きてきたわけではないけど、偶然を大切にしてきた人だと思うんだ。偶然に×をつけて生きる人もいる。「これは自分が好きじゃないからやらない！」とこだわる人、まわり道をする人はそういう×をつけるタイプかもしれない。もちろん、×をつけることがその人にとってプラスになる場合も、そうでない場合もある。でも、早見さんは、偶然を大切にしながら、いまの会社で目の前のことをしっかりやってきたことを誇りに思っていいんじゃない？　べつに、「いまの仕事をずっとつづけろ」と言いたいわけじゃないけれど、そう思うんだ。</p>
<p><strong>早見　</strong>いま話をして、けっこう自分の頭のなかとじっさいの自分の行動はちがうな、と思いました。仕事を紹介してくれた先生に、さっき言ったように、「もっと経験を積んでからいまの仕事をやりたかった」と相談したことがあるんです。でも、「ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、いままで流れにそってここまで来たんだから、それに逆らっちゃいけない」と言われたんです。だから、いまの会社をほんとうに離れるときが来るのは、ちがうチャンスが来るときだと思っています。それもやっぱり流れのなかで、師匠は「とにかくいまの仕事を三年つづけてキャリアにしなさい」と言ってくれていて、師匠がそういう流れをつくってくれていると思っています。</p>
<p><strong>石川　</strong>そもそもその師匠との出会いも偶然だよね？</p>
<p><strong>早見　</strong>社長が偶然わたしに割り振ってくれたんです。師匠も癖があるひとで、それに耐えられる人として、わたしをあてがってくれたんです。</p>
</div>
<h4>「社会が知れるからじゃないですか。あと、学校では出会えない人に会えるじゃないですか」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">早見さんは高校時代、バイトを一生懸命やっていた。話はバイトの魅力の話から、恋愛、交友関係の話へ。早見さんの携帯はスマートではなくふつうの携帯。携帯代は月7000円ほど。mixiよりtwitterでサークルの友人と連絡をとっている。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>なんかこれまで打ち込んだこと、一生懸命やってきたことあった？</p>
<p><strong>早見　</strong>一応「一生懸命やってたかも」ですけど、部活ですね。中学高校とバスケットボールをやっていました。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>勉強は？</p>
<p><strong>早見　</strong>あんまり努力しなかったですね。いま思えば、勉強もバスケットも、もっとできただろうと思っています。バスケットも、好きなはずなのにいやいややっていた感じがあって、高校の途中で部活をやめて、好きなものをやるようになって、そこから性格も明るくなりました。</p>
<p><strong>石川　</strong>好きなものって？</p>
<p><strong>早見　</strong>バイトです。バイトにあこがれがあって。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>高校はバイト禁止だった？</p>
<p><strong>早見　</strong>禁止でした。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、引きこもってたわけじゃなくて、バイトを一生懸命やってたんだ。</p>
<p><strong>早見　</strong>高校1年のときはひきこもりでしたけど、2年3年はコンビニのバイトを一生懸命がんばってました。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>やばいバイトやってたわけじゃないんだ？</p>
<p><strong>早見　</strong>いえいえ、ほんとにふつうのコンビニです。家の近所です。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>高校生でキャバクラ嬢やったってばっちりチェックされるもんな〜（笑）。</p>
<p><strong>早見　</strong>（笑）</p>
<p><strong>沢辺　</strong>でも、なんで高校生にとってバイトはそんなに魅力的なんだろう？</p>
<p><strong>早見　</strong>社会が知れるからじゃないですか。あと、学校では出会えない人に会えるじゃないですか。バイトだと大学生もいるしフリーターもいるし。それに、わたしは女子高だったので、男の人もいるし。学校とちがう人に出会えるのが大きいと思います。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>彼氏できた？</p>
<p><strong>早見　</strong>高校のときはいませんでしたね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>専門学校のときは？</p>
<p><strong>早見　</strong>うーん、ふふ。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>じゃあ、いま彼氏は？</p>
<p><strong>早見　</strong>いまはいません。今日（バレンタインデーに）いまここにいるんで（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そんなことはないだろう？　時間調整してもいいし。</p>
<p><strong>早見　</strong>わたしはあんまり恋愛体質ではないんです。無趣味だし。</p>
<p><strong>石川　</strong>でも、そんなことはないよね。コミュニケーションはとれるし、ピクニックのサークルにも入っているみたいだし。そのサークルはmixiのなにか？</p>
<p><strong>早見　</strong>そうでもないですね。友だちが友だちを呼んで、みたいな。リーダー的な人がいて、学校や仕事で知り合った人を会わせる、というか。それが広がってって。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>男もいるの？</p>
<p><strong>早見　</strong>ちらほらですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>リーダーの人はなにやってるの？</p>
<p><strong>早見　</strong>衣装会社の人です。その人もわたしと同じ専門学校出身で、女性です。その人の同級生が、わたしの専門のときにやっていたアパレルのバイト先の知り合いで。4人ぐらいからはじまったみたいですけど、20人ぐらいわーっと集まって、mixiのコミュニティをつくって、という感じです。だから、mixiはあとづけで。いまはmixiの書き込みはあまりなくて、twitterが多いです。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、遊びに行ったりするつきあいはそのサークルが中心？</p>
<p><strong>早見　</strong>最近はそうですね。あとは高校の友だちとか昔のバイトの友だちですね。高校の友だちは、保育師、化粧品の販売員、フリーター、大学生、いろいろですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>仕事は月〜金？　</p>
<p><strong>早見　</strong>月〜金ですね。土日は休めます。撮影とかの現場の仕事は土日にもあるけれど、わたしは休めます。派遣の仕事の依頼が来る電話を取るのが月〜金です。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>土日に現場手伝いに行けば？</p>
<p><strong>早見　</strong>さいしょ事務作業をやっているときに、「会社を知りなさい」と言われて、スタイリストを育成するスクールに行って、すそ上げやアイロンをかけたりしました。そのうちに、「アシスタントの研修をしなさい」と言われて、休みの日に衣装を返しに行ったりもしました。そういうのをちょこちょこやってましたけど、いまの仕事になったらそれでいっぱいいっぱいで。「土日はもう気力もない」という感じでした。でも、いまはそれも落ち着いて。現場に出るほうがいいのかな？　でもいま現場に行くとしたらヘアメイクとかしかないので、それもちょっとちがうかな、と。</p>
</div>
<h4>「その30万ぐらい貯まったお金を、『ちょっとだけだけど、学費にあててほしい』と言ったんです」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">さいごに、早見さんの高校時代、専門学校進学の親への説得の話から、家での生活、家族の様子について聞いてみた。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>ところで、これはいろんな人に聞いているんだけど、ご両親にはどんなことをよく言われて育ちましたか？　「将来はやりたいことをやりなさい」とか？</p>
<p><strong>早見　</strong>いま師匠に言われているように親から「こうしなさい」というのはなかったです。</p>
<p><strong>石川　</strong>高校へ行くときとか、専門学校へ行くときか、節目節目で親とは話はしている？</p>
<p><strong>早見　</strong>どうだったかな？　たとえば、専門学校に行きたいときは親にはっきり言ったと思います。お父さんにも相談して。わたしが進路を決めたときは姉が大学をやめたときだったので。あっ、思い出した！　<br />
高校で部活をまだやってたころは、部費が月に5000円、ユニフォームをそろえるので10万もかかってたんです。それに、高校の学費もお金がかかってたんで、わたしは親をなんとか見返したい気持ちがあったんです。だから、部活をやめたあとはじめたバイトのお金をためていて、その30万ぐらい貯まったお金を、「ちょっとだけだけど、学費にあててほしい」と言ったんです。<br />
そのとき、お父さんは「おねぇちゃんみたいになったら承知しない」と言ったんですけど、「わたしは、そんなことない！　気合入っているから！」と言って専門はがんばって行きましたね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>それ、最高の説得のかたちじゃん！</p>
<p><strong>早見　</strong>もうちょっと貯められていたらかっこよかったんですけど。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>30万もってきて、こうしたい、と言われたら、いいよ、としか言いようがないよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>バイトはお金を貯めるためにしてたのかな？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>おれが思うに、バイトって、金が入るのがまずうれしいわけですよ。</p>
<p><strong>早見　</strong>通帳見るの、うれしかったです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>それで、だいたいふたパターンぐらいあって、すぐ使っちゃうタイプと、いつかなにかに使おうと思うタイプがいて。早見さんは後者のタイプだと思うな。</p>
<p><strong>早見　</strong>お金がほしかったわけではなく、バイトがとにかくしたかったんです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>バイトって魔力あるよね〜。考えてみりゃただ働いているだけだと。ただ「お前、皿でも洗っとけ！」と言われてやってるようなもんだよ。だけどそれでも魔力あるんだよ。ある種の高校生ってほんとにやりたがるんだよな。</p>
<p><strong>早見　</strong>とにかく、仕事がたのしいんです。レジ打ちだったり（笑）。棚のほこり取りとかもたのしいんです（笑）。休みの日にバイト先に行ってスウェットで仕事手伝ったりしてたんですよ（笑）。これもコミュニケーションの取り方なんですかね？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>異文化との遭遇なんだよね。</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>学校とはちがう承認感があるかな？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>それに、学校とはちがう尊厳があって。ままごとのお店屋さんじゃなくて、ウソじゃないんだ。</p>
<p><strong>早見　</strong>あとはダメっていうのがなくて、たとえば、高校では髪の毛を染めちゃいけなかったんですけど、バイトでは多少は染めてもいい、とか。規制はないわけではないけれど、高校よりゆるくて、個性を尊重されている、というのがあるんですかね。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、高校のときは、学校よりもまったくバイトのほうがたのしかったんだ？</p>
<p><strong>早見　</strong>でも、高校の友だちとも仲良くしてました。バイトのない日はふつうに放課後残って友だちと話をしてたりだとか。</p>
<p><strong>石川　</strong>さっき出席日数が足りないという話だったけど、バイトに忙しくて学校にあまり行かなかったの？</p>
<p><strong>早見　</strong>前半は暗い子だったんですけど、後半は、バイトが忙しい、というわけではなく、だるいと思ったら学校に行かない、という感じでしたね。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、とくに学校の人間関係でなにかあったという感じでもないんだね？</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。どちらかと言うと、家の中で、ですかね。家が狭くて、家族が近いんですよ。お母さんと兄弟三人（姉、わたし、弟）が同じ部屋で寝なくちゃならなくて、ケンカとかよくしてたんです。で、ケンカして気分がのらないから学校行かない、って感じでした。</p>
<p><strong>石川　</strong>ところで、いまは貯金は？</p>
<p><strong>早見　</strong>少しだけ（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>家にお金は入れてる？</p>
<p><strong>早見　</strong>少しだけ（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>五万以下？</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。ほんとに余裕があるとき以外は。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>給料日に渡すの？</p>
<p><strong>早見　</strong>給料日以外に渡すこともありますけど、15日が給料日なので、だいたいその月のうちには渡します。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>親との約束はあるの？</p>
<p><strong>早見　</strong>あります。1万円ですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>やさしいね〜。</p>
<p><strong>早見　</strong>やさしいです。やっぱり姉のことがあるので、親はわたしをぎゅうぎゅうには締めつけられない、と感じていると思います。</p>
<p><strong>石川　</strong>そういえば、姉ちゃんは大学へ行ったときは家を出たの？</p>
<p><strong>早見　</strong>姉は、大学のときもやめたあともしばらく家にいて、そのあとフリーターをはじめてからしばらく家を出て。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>それで、男とできちゃった、と。</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。そのとき子どもができちゃったんですけど、仕事やめて家に帰ってきて。でも、子どもがお腹にいることをずっと隠していたんですよ。お母さんだけがそれに気づいていて。わたしも弟もお父さんもそのことに気づいてなかったんです。わたしは弟と一緒に「お腹大きくなってない？　太ったんちゃう？」みたいに言ってたんです。しばらくたって、姉から「子どもができました」と言われたんです。それがもう産むしかない時期のことだったらから、ダメとは言えず「がんばって」という感じで（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>そういえば、いまはもうその子も産まれてきたってことは、何人で寝てるの？</p>
<p><strong>早見　</strong>いまは、高校のときとはちがう家に住んでるんですけど、あんまり間取りは変わってなくて狭いです。わたしは、お父さんがいま単身赴任で大阪に行ってるので、その部屋にひとりで寝ています。お父さんが帰ってくれば一緒に寝ますけど。それで、あとは、姉と甥っ子と母が同じ部屋に寝ていて、弟がちっちゃな部屋にひとりです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ひとり暮らししたい？</p>
<p><strong>早見　</strong>したいです。したいですけど。姉が無理やり家を出ていったので、段階を踏みたいです。遊べるときに遊んで、貯めれるときに貯めて、という感じで。で、そろそろ貯金をがんばろうと思ってるときです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ルームシェアとかは興味ない？</p>
<p><strong>早見　</strong>少し興味ありますけど、ストレスがたまるんじゃないかと思って。いまも、家族で、洗濯物干すタイミングでもめたり、お皿洗った洗ってないで言い合ったりするんです（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、家の手伝いをよくするんだ。</p>
<p><strong>早見　</strong>あんまりしてないです。</p>
<p><strong>石川　</strong>ごはんはつくれるの？</p>
<p><strong>早見　</strong>一時期、兄弟で分担してつくっていたこともあったんですけど、いまはしていないですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>自分のパンツは自分で洗うの？</p>
<p><strong>早見　</strong>そうですね。洗ってます（笑）。自分の洗濯物は自分でやります。自分のことは自分で、ということで。自分の食器も洗います。弟もそうです。ただ、ご飯をつくるのは自分ではなく、お母さんにつくってもらってます。</p>
<p><strong>石川　</strong>そう言えば、弟さんは二浪生ということだけど、お医者さんになりたいの？　</p>
<p><strong>早見　</strong>いえ、そういうわけではなく、どうしても行きたい学校があるみたいで。そこはそっとしておいてあげて、みんなで応援してます。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そろそろ時間ということで。</p>
<p><strong>石川　</strong>では、弟さんがんばってほしいね。合格をお祈りしています。きょうは長い時間ありがとうございました。
</div>
<h3 style="padding-top:1em;border-top:2px dotted #999;">◎石川メモ</h3>
<h4>まわり道へのあこがれ</h4>
<p>　早見さんが、「もうちょっとまわり道したほうがよかったんじゃないか」と言ったのは印象的だった。「好きなものをやってこそ仕事」、「夢を実現したい」と言って、こんがらがっている人もいれば、一方で、そのつど眼のまえの仕事に向き合って堅実に歩んでいるように見える早見さんみたいな人が、「まわり道」にちょっとあこがれている。<br />
　でも、よくよく考えると、その「まわり道」へのあこがれというのは、「好きなもの」、「夢」をもつこと、ある意味で、「こだわり」をもつことへのあこがれ、というわけではなく、「まわり道」をすること自体へのあこがれではないかと思う。<br />
　たとえば、ミュージシャンという夢に向かってがんばる、というのと、自分がこれになりたいという大きな夢はとくにないけれど、いろんな仕事に触れてみたい、いろんな世界を見てみたい、というのとはちょっとちがう。<br />
　「なに者かになる」というあこがれと、「とにかくいろいろ触れてみたい、自分を試してみたい<br />
というあこがれは、ちょっと質がちがうんじゃないかと思う。早見さんのいう「まわり道」というのはそういう自分を試すことを意味しているんじゃないか。<br />
　いまのぼくは、「まわり道」にはもうあまり気持ちが向かない。たぶんそれは、自分のなかに「こうやって生きていくしかないんだ」という受け止めがあるからだと思う。でも、若いころを思い出してみると、「まわり道」へのあこがれはたしかにあった。いろいろ触れたい、いろいろ試したい、と思っていた。<br />
　若い人のあり方を「好きなもの」「夢」というキーワードめぐって考えてもいいとは思う。けれど、今回、早見さんと話してみたら、そういうキーワードでは取り出せない、ただ遠回りしたい、いろいろ触れたり試したりしたい、そういう、自分の経験や機会を広げること、もう少し言えば、そいう時間がほしい、という思いも、見逃せないと思った。</p>
<h4>バイトに注目すること</h4>
<p>　アルバイト論ってあるのだろうか？　ぼくはむかしとあるお菓子の工場の事務のバイトをやっていたことがあるのだけど、そこではいつも、現場でお菓子をつくる職人さんと受注を受ける社員さんとのあいだでケンカばかりだった。朝一番に、「こんなに注文をとってきたのか！　こんなのできねぇ！」「しかたねぇだろ！　注文とってきたんだから！」の応酬。<br />
　で、ぼくはそれにどうかかわっていたかと言えば、「あー、これが仕事というものか」と社会見学する傍観者だった。基本的に、心のどこかに「自分はいずれはここを出る部外者です」という気持ちがあった。ちょっと冷めた嫌なヤツとしてバイトにかかわっていた。だから、早見さんのように、バイトと積極的にかかわる気持ちがなかった。<br />
　けれども、早見さんの言うように、バイトで学校では出会えない人に会える、とか、そこに承認関係があったり、ままごとではないほんもの感がある、ということもよくわかる。<br />
　学生というのは、べつに学校に行っているだけではない。学校以外の世界に触れている。そういう学校外の世界の意味を見るために、バイトというのはかなり重要な要素になっているはず。</p>
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 <title>第9回　ぼくは、ダンサーのなかではおしゃべりです──水野大介さん（23歳・男性・修士過程2年）</title>
 <link>https://www.pot.co.jp/guzuguzu/20110322_212916493922753.html</link>
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 <pubDate>Tue, 22 Mar 2011 12:54:58 +0000</pubDate>
 <dc:creator>石川 輝吉</dc:creator>
 <category><![CDATA[哲学者・石川輝吉の、ちょっと「ぐずぐず」した感じ]]></category>
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 <description><![CDATA[水野くんは1987年に関東の某県郊外で生まれ育ち、現在は数学を研究している大学院生（23歳）。就職もシステムエンジニア（SE）に決まり、修士論文も仕上げたところ。地元の公立中学に進み、高校は私立高校に猛勉強して受かる。中 [...]]]></description>
 <content:encoded><![CDATA[<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">水野くんは1987年に関東の某県郊外で生まれ育ち、現在は数学を研究している大学院生（23歳）。就職もシステムエンジニア（SE）に決まり、修士論文も仕上げたところ。地元の公立中学に進み、高校は私立高校に猛勉強して受かる。中学時代からのめりこんだ「数学」、高校時代から夢中になった「ダンス」が水野くんのキーワード。<br />
どんなエリートのどんな理路整然とした話を聞くことになるのか、とこちらも身構えたところがあったけれど、会ってみればそれはちがった。悩みながらも自分の思っていることをなんとか言葉にしようと、熱くおしゃべりするところが水野くんの魅力。<br />
*2011年1月17日(月)　18時〜インタヴュー実施。</p>
<h4>「ぼくはダンサーなので」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">水野くんは大学院生であるとともに「ダンサー」でもある。でも、ダンスで飯を食っているわけではない。けれども水野くんは自分のことを「ダンサー」と言う。その「ダンサー」という言葉の使い方、自分の規定の仕方のなかには、文化ゲームが純粋なプロ以外に開かれた時代的な背景がある。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>いまなにをしていますか？</p>
<p><strong>水野　</strong>大学院で数学の研究をしています。</p>
<p><strong>石川　</strong>大学院生はこのインタヴューでははじめてです。日々研究をしてすごしているの？</p>
<p><strong>水野　</strong>週3、4日、昼前ぐらいから学校に行って夜7時、8時ぐらいまで研究や作業をしています。またぼくはダンスしているので、学校が終わった後に、仲間と会ったり練習したりしています。大学4年生のときに足にケガしてしまってからは、ダンスは趣味程度にやっています。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ダンサーって言うけれど、ようは趣味なんでしょ？　サークルとかで？</p>
<p><strong>水野　</strong>そうですね。大学の時にサークルに所属していましたが、基本的にはインディペンデントに色々な方と活動しています。ストリートカルチャーではそういう動き方をするダンサーが多いと思います。</p>
<p><strong>石川　</strong>どういうダンスをやってるんですか？</p>
<p><strong>水野　</strong>一般的に「ブレイクダンス」と呼ばれているもので、頭でまわったりするやつです。</p>
<p><strong>石川　</strong>ダンスにプロってあるの？</p>
<p><strong>水野　</strong>ストリートカルチャーと言うだけあって「ダンスのプロ」という決まった肩書きはないです。色々なダンサーが色々な場でアウトプットしているので。ぼく自身もテレビやプロモーションビデオに出たりしてお金をもらった事もありました。</p>
<p><strong>石川　</strong>テレビやプロモではお金をもらえたんだ。　</p>
<p><strong>水野　</strong>もらえたりもらえなかったりですけど、多くて一日5000円くらいでした。　</p>
<p><strong>石川　</strong>でも、まあ、基本的には趣味でやっていた、ということなんだよね？</p>
<p><strong>水野　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>こういうこと言うとおじさんくさいかもしれないけれど、いまはプロとアマが溶け合っちゃってると思うんだ。それで、こういう言い方はあまり好きではないし、あえて線を引く必要はあるかどうかは微妙なんだけど、俺たちの時代は、プロアマの基準は「それで飯を食えているかどうか」だったんだ。<br />
でもいまは、プロアマの基準は溶けている感じがする。いい悪いは別として。たとえば、いまは、食えてない役者見習いでも「役者です」って言ってもいい。<br />
こうなった理由にはいろいろあると思うけれど、たとえば、哲学者の竹田青嗣さんによれば、いまの経済ゲームの社会は、文化ゲームの社会にだんだん移行していく。極端に言えば、ロボットが労働して、人間は文化ゲームだけやっていればいい時代がやって来る。これは徐々に移行していくことで、いまの日本は文化ゲームの比率が高まってきている移行期と考えればいいと思うんだ。<br />
それで、この移行とプロアマの溶け合いのことを考えるには、日本の田舎にむかしからある伝統芸能のことを考えればいいと思うんだよ。たとえば、日本にはもともと祭りで神様に奉納する薪能（たきぎのう）というのがあった。これは、べつにこの能で飯を食っていたわけじゃなくて、たぶん、農閑期にみんなで練習して演じあっていたと思うんだ。この場合は、生産活動をやったうえで文化ゲームをやっていた。そのあと、出雲の阿国のようなひとが出てきて、芸能で飯を食う人が現れた。これがさっき言った芸能で食っているプロ。でも、それがいまは、ある意味で昔にもどって、百姓をやりながら文化ゲームをやっている。こういう理解を俺はしている。これが最終的に百姓をやらなくてよくなると文化ゲームだけが残る。<br />
それで、いまはこの移行期だと思うんだ。文化ゲームをやるのは完全なプロだけじゃない、というところまで来ている。だから、そのことが、それで食っていなくても「役者です」、「ダンサーです」って言えるような、いまの若い人の言葉のなかに出ているんだと思うんだ。</p>
<p><strong>石川　</strong>ということは、水野くんも最初からプロになろうと思ってダンスをやっていたわけじゃないんだ。</p>
<p><strong>水野　</strong>そうですね。知り合いにもプロアマ問わずダンサーの方、アーティストの方、デザイナーの方がいますけど、そこで「パフォーマンス」と「エンターテイメント」の違いとかを議論する事があるんです。ぼく自身、ダンスをお金に換えようという考えではやっていませんでしたし、パフォーマンスとして、ぼくにしかできない価値をアウトプットして、後から続いてくるダンサーに影響を与えたい、という想いが強かったです。ぼくが価値を置きたかったのは表現者としてのダンサーでした。<br />
一般的に社会的な価値、お金に換わる価値というのはある意味「わかりやすい」ものじゃないですか。その一般の方たちの価値とダンサーの世界の中での価値は少し違っていると思うんです。<br />
ぼくは純粋に自分が魅力を感じたものをアウトプットしたい。これがアートとかパフォーマンスの根源だと思うんですね。このアートやパフォーマンスで生まれた価値を、社会的な価値にもっていくのがエンターテイメントと言われているものだと思ってます。このもっていく人たちをエンターテイナー、プロフェッショナルといえると思うんですね。そういう人たちは、恐らくそこまでダンサーの世界に影響を与えるわけではないと思うんですけど、一般の多くの人たちに影響を与えていると思います。けれど、ダンスの大元はアートやパフォーマンスの中の文化的な価値にあると思ってます。それでぼくたちは、それらを社会的価値にもっていく前の、ただ遊びであったりする純粋な表現を重視したいんだと思います。
</div>
<h4>「エンターテイナーと呼ばれている方たちとは、価値観が少し違うと思うんですね。もちろん、あいつら金だけだ、などと批判するのは頭の固い言い方だと思いますけど･･････」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">水野くんはダンスに「エンターテイメント」と「パフォーマンス」の区別をもうける。でも、この区別ってどれほど妥当なものなのだろうか。この区別の裏にある水野くんの気持ちをめぐって、話は「ほんものさ」まで進む。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>では、エンターテイナーに対して、水野くんたちはなんと呼べばいいの？</p>
<p><strong>水野　</strong>パフォーマーだと思います。エンターテイナーと呼ばれている方たちとは、価値観が少し違うと思うんですね。もちろん、あいつら金だけだ、と批判するのは頭の固い言い方だと思いますけど、それでも、例えば芸能界で有名なダンスタレントにダンスを習っていて、それを「ほんもののダンスだ」と言うのは違うと思うんですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>さっきは、「経済ゲームから文化ゲームへ」と肯定的にとらえたけれど、でも、いまの水野くんのもの言いには抵抗を感じるな。「なんでそんなにつっぱるんだよ」と言いたくなる感じ。だってそれって昔とおんなじじゃん。これは昔の話になるけれど、フォークやロックの歌手がテレビに出ると商業主義だと馬鹿にされたんだ。水野くんの言っているのはそれとおんなじかたちだよ。たとえば、吉田拓郎がレコードがいっぱい売れたとき、その売れたっていうことだけで否定された。吉田拓郎が日比谷野音に出たとき、みんなで「帰れ！　帰れ！」って合唱したんだ。いまの言葉で言えば「ブーイング」なんだけど、水野くんの言っていることはそのブーイングとおんなじじゃん。そういうふうに感じるんだ。</p>
<p><strong>石川　</strong>水野くんのストリートカルチャーって、アンチとしてのストリートなんじゃない？</p>
<p><strong>水野　</strong>いや、ぜんぜんアンチということは考えていません。価値観というのはみんなそれぞれで……。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>いや、水野くんは「ひとそれぞれ」って言うけれど、ほんとにそうは思ってないんじゃないか？　俺はそういう感じがするんだよ。「エンターテイメントに行っちゃった人はダンサーに影響を与えていません」って、俺だったら「ほんとうにそうか？」と思うんだよな（笑）。そこにはどこかやっぱりアンチの気持ちがあって、吉田拓郎に「帰れ！」って騒いだ昔とかわんない気がする。ほんとに「ひとそれぞれ」だったら、どんなことやってもいいわけだよ。もちろん、だれも人を殺しちゃいけないっていうのはあるけれど。でも、ほんとに「ひとそれぞれ」だったら、「エンターテイメントの人たちは〜」なんて言わないと思うよ。「ひとそれぞれ」を貫徹できてないんじゃない？</p>
<p><strong>水野　</strong>それ、貫けてないと思います（笑）。それは断言できると思います。ぼくの周りでも「ダンスはひとそれぞれ」と言っておきながら、批判的に言っちゃったりとか。でも、それも大事だと思っているんです。やはり「こういうのは好き」、「こういうのは嫌い」という感性は常に自然に意識の中にあって。パフォーマーの立場から言うと「ひとそれぞれ」と達観してるだけではいざ自分が何を表現したいか、ってなった時になかなかうまくいかない所があるんです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>これは哲学的問題だと思うよ。つまり、石川くんの言っている「ひとそれぞれ」と「ほんとう」のこと。水野くんはその間を行き来している感じがする。</p>
<p><strong>石川　</strong>水野くんは「ひとそれぞれ」って受け止められたら楽かもしれないけれど、やっぱり「ほんもの」ってあるだろう、という感じ？</p>
<p><strong>水野　</strong>いや、ぼくはほんものはないと思っています。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そこは国語辞典のちがいだと思うよ。石川くんの言う意味での「ほんもの」っていうのは、唯一無二の絶対的なもの、という意味じゃないと思うんだ。</p>
<p><strong>石川　</strong>「いいもの」ととってもらっていいよ。</p>
<p><strong>水野　</strong>まあ、そういう意味で言えば、ほんものはあると思います。誰にとっても、ではなく、自分にとってのという意味で。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>いや、「ほんもの」とは、自分だけのものではなくて、「妥当性が高い」ということなんだ。たとえば、ゴッホの絵は、俺はいいと思っている。しかも、誰にとっても、それから、時間軸を超えて忘れられていない、ある種のほんものさがあるはずなんだ。だから、「ほんものさ」というのは、ただたんに「ひとそれぞれに好みがある」だけじゃなくて「ひとそれぞれを超えたところのほんものさ」っていうのがあるんだよ。もちろん、「ここから先がほんもの」という線引きがはっきりされているわけじゃなくて、グラデーションになっている。それを決めるのが、多くの人によいと認められることと時間軸なんじゃないか。妥当性の高さというのは絶対的なものじゃなくてグラデーションになっている。俺はそう思うんだ。</p>
<p><strong>水野　</strong>お話を伺うと、ぼくは今までにその中で残った結果が、つまり伝統がほんものだと思いますね。けれど、ストリートカルチャーにはまだ伝統と呼ばれるものがあまりなくて、本当にシビアで、いいと思ったものでもすぐに捨てられて忘れられてしまう事もあるんです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ほら、やっぱり、「ストリートカルチャーはシビア」ってなっちゃうんだよ（笑）。そういうところに俺は「？」ってなっちゃうんだよな（笑）。俺は、ストリートカルチャーも、伝統のあるお能も、どちらもシビアだと思うし、同時にどちらにもいいかげんなところもあると思うよ。</p>
<p><strong>水野　</strong>すいません（笑）。ぼくは「伝統」というものが「昔からあるものを無条件に正解にしている」ように感じるんです。ストリートカルチャーでは、今までのものを否定して、まったく新しいものが出てくる事もあるんですね。ほんとに現場現場の感じがすごくて。「いいと言われてきたものよりも、その瞬間にいいと感じたものを信じる」という現場感がこのアートの特徴だと思うんです。それから局所性というのもストリートカルチャーの特徴だと思っています。この駅とあの駅は距離的には近いのに、やっている事、考えている事は全然違うという事があるんです。でもやっぱり、昔からの伝統というのも残っていて。色んなダンスや考え方が淘汰されていく中で、それでも残っているものは残っているんです。</p>
<p><strong>石川　</strong>ということは、言いたいことは、ストリートカルチャーにも沢辺さんの言っていた「ほんものさ」というのは残っている、ということ？</p>
<p><strong>水野　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>そういうストリートカルチャーの「ほんものさ」に納得する水野くんがいるのはわかりました。でも、なんか繰り返しになってしまうけれど、そういう自分たちのアートやパフォーマンスのなかの「ほんものさ」の外側にある、エンターテイメント、たとえば、芸能界で活動しているダンスタレントなんかはちがうんじゃないか、と思う気持ちもある？</p>
<p><strong>水野　</strong>そういうのはないですね。一概に悪い、という気持ちはありません。ただ、ほんとにフィーリング的な部分で、ダンサーとして見てしまうと「ちょっとな」という感じはありますけど（笑）。
</div>
<h4>「やわらかい論理性を表現する数学構造を作り出すことです」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">ここでは水野くんが専門にやっている学問＝論理学の話。話は、「やわらかい論理性」というのはどういうものか、そういうところから、水野くんが感性を論理化する論理学に進んでいった動機にせまっていく。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>さっきはダンスの話が中心だったけど、専門の勉強はどういうことをやっていますか？</p>
<p><strong>水野　</strong>数理論理学という分野です。数学の基礎となる一階述語論理をベースにした新しい理論の研究をやっています。もともと数学は中学の頃から独自に勉強していまして、高校の頃に理学書を読んでいて、19〜20世紀の論理学の歴史にはまっちゃったんです。それで大学でも4年間、自分の好きな論理学の勉強をやっていました。でも、大学の授業ではなく自分で勉強してたんです。そのうちに数学や論理学の中でも自分のやりたい方向性がわかってきて、大学院は、別の大学に移り、自分のやりたい事を専門にやられている方の研究室に入りました。</p>
<p><strong>石川　</strong>そこで、なんだけど、水野くんのやっている論理学をわかりやすく説明してもらえませんか？</p>
<p><strong>水野　</strong>やわらかい論理性を表現する数学構造を作り出すことです。</p>
<p><strong>石川　</strong>やわらかい論理性って？</p>
<p><strong>水野　</strong>たとえば、さっきのストリートカルチャーといった「文化」だったり、人間の「感性」だったりっていうのは、曖昧で漠然としていて捉えにくいものですが、何らかの共通の「性質」をもっていますよね。ぼくはそれを「やわらかい論理性」と呼んでいて、数学や論理で表現しようとしているんです。例えば、ふつうの意味では、人の感性はかなり論理的ではないじゃないですか。もし論理的だったら、なにが好きでなにが嫌いか因果関係がはっきりするはずです。けれども、感性はそういう単純な因果関係で表現できない。そこで、局所的な論理構造をつなげることでそれを表現しようとしています。</p>
<p><strong>石川　</strong>うーん。たとえば、その理論はどういうふうに応用されるの？</p>
<p><strong>水野　</strong>ぼくのやっているのはその応用の提案なんです。ぼくは人間の感性に興味があるんです。たとえば、ここにあるこのコップ、ここにこのコップがあることは誰でもわかること、つまり客観的な情報です。でも、これが「赤い色である」ということは、色の識別が困難な人にはわからなくて、ぼくの頭にあること、つまり主観的な情報だと言えるんです。それから、そのように色の識別が困難ではない人同士でも、同じ色でも、たとえば、Aさんは赤っぽいと感じているのに、Bさんはオレンジっぽいと感じたり、感じ方が違うわけです。これが感性なんですけど、この感性に関して、Aさん、Bさんそれぞれにみんな自分の頭の中だけの主観的な論理ができているんです。</p>
<p><strong>石川　</strong>簡単に言うとこういうことかな。赤い感じってなにかな、ということを考えたい？</p>
<p><strong>水野　</strong>そうです。このコップが赤いということと、このコップを赤く感じるという情報にはギャップがあるわけです。このコップが赤いというのは客観的な情報としてあって、このコップを赤く感じるということは主観的な情報なんです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>だけどさ、そもそも、ここにこのコップがあるっていうことが、客観的な事実としてあるっていうのは証明できるのかな？</p>
<p><strong>水野　</strong>「証明できる」ってなんですかね？</p>
<p><strong>石川　</strong>沢辺さんのおっしゃることはよくわかります。哲学では、そもそも客観的なものってなんなのか、そういうものはありうるのか、ということを問題にしたりします。けれど、たぶん、水野くんの学問は、とりあえず客観的な事実があることは前提としているんじゃないのか。それで、客観的な事実は物質の法則といった論理性として取り出せるが、主観的な感性や感じ方といったものもある論理性でコード化して取り出せるんじゃないか。そういうことを水野くんはやろうとしているんじゃないかと思うんです。</p>
<p><strong>水野　</strong>前半はおっしゃっていただいたとおりで、ありがとうございました（笑）。後半のコード化というのは少し違って。しかし、とりあえず、ぼくの研究では客観的な世界と主観的な世界があるということを前提にします。その哲学的な裏づけは特にはありません。主観的な情報同士を繋げるというのがぼくのやりたいことです。</p>
<p><strong>石川　</strong>それをどういうふうに論理で語るの？</p>
<p><strong>水野　</strong>たとえば、Aさんはシックで都会的なコップがいい、Bさんはシンプルでアーチスティックなコップがいい、ということがあって、それは言葉の表現はちがうけれど、じつは同じことを言っている可能性があるじゃないですか。</p>
<p><strong>石川　</strong>それを論理式であらわすの？</p>
<p><strong>水野　</strong>「もしどうでどうならば、どうだ」という因果関係の形であらわします。条件と結果であらわすんです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>それ、さっき俺が言った、たとえば「ほんとう」という言葉についてそれぞれがもっている国語辞典と同じじゃないの？</p>
<p><strong>水野　</strong>そのとおりですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>俺のイメージだと、ある言葉についてみんながそれぞれもっている辞典のなかで、共通の部分を数学的論理記号で確定していく。そんな感じ？</p>
<p><strong>水野　</strong>確定ではなく、それぞれの局所的な世界における論理式で表現し、共通の部分はその繋がりで表現するんですね。たとえば、さっきの例で言うと、Aさんが「シックで都会的」と言っているのはBさんが「シンプルでアーチスティック」と言ってる事とつながる。では、Cさんはどう言うのか。そういう論理性を比較していくって感じですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>すごくざっくばらんに言えば、感性はひとそれぞれだけど、どこかにつながっているものがあるんじゃないか、という感じかな？　すごく複雑な話だけれど、さっき出た、みんなそれぞれの価値観があるけれど、ダンスにはやっぱりほんものがある、とするのに考え方としては似ているのかな？</p>
<p><strong>水野　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ただ、ちょっと気になるのは、たとえば、俺の理解で言えば、石川くんが哲学をやりたかったのは、自分に対する苦悩とか、うじうじしないようになりたいという動機があって、そこに哲学というものは役に立つんじゃないかなと思ったはずなんだけど、水野くんはその論理学を使ってなにをやりたかったのかな？　そういう疑問が残るわけですよ。もちろん、なにもそういう動機はない場合だってあると思うんだけど、そのあたりはどうですか？</p>
<p><strong>水野　</strong>最初は数学がただ単純に好きだったんです。けれど自分が論理や基礎論という、数学でもマイナーな分野に興味を持っていくようになると、自分はなんでこんな事に興味があるんだろう？　と考えるようになったんですよ。それで、結局、構造というのが好きなんだなと思って。何でも抽象的に考えていくことが好きだったんです。ぼくは数学ではなく、ものごとの論理性に興味があったんだと気づいたんです。<br />
それで、なぜものごとの論理性に興味を持ったかを自分なりに考えてみたんです。すると、ぼくは昔から他人と感覚が違うことが多かったんです。自分が感じていることを他人は感じていない。他人が感じていることを自分は感じていない。そういった感じです。なんで自分は人と違っちゃうんだ、なんで違っちゃうんだ、と考えていたんです。論理学はその思いをどうにかしようとして興味をもったんだと思います。論理というのは、だれの脳内にもある共通の構造だと思うんです。これまで感性というのは論理的に扱えないといわれていたけれど、そこにもやわらかい論理があるんじゃないか。感性は違っても、じつは他の感性とつながりを表現する事で、例えばその同一性が表現できるんじゃないのか、そう思ったんです。
</div>
<h4>「数学を好きなぼくはみんなには変人扱いされ、「お前、気持ち悪いな〜」って言われてたんですよ」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">水野くんは、自分の価値観とまわりの人間の価値観とのちがいに悩む。数学にのめり込むようになると、このちがいは顕著に。水野くんは「数学好きの気持ち悪いヤツ」とまわりから思われる。けれども、これはある意味で、数学はすごく「できる」のだから、持てる者の悩みなのかもしれない。話は、持てる者の悩みと持たない者の悩みに進んでいく。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>さっき、「自分が感じていることを他人は感じていない、他人が感じていることを自分は感じていない」という話があったけど、具体的に言うとどういう子どもでしたか？</p>
<p><strong>水野　</strong>ずーっと「へんだ」、「へんな子」だと言われていました。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>世間の言い方で言えば、「天邪鬼」ということだと思うけれど？</p>
<p><strong>水野　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>天邪鬼ってマイナス的なイメージだと思うけれど、それをなんとか肯定したかった？</p>
<p><strong>水野　</strong>自分の中で自分を苦しめるのは対人、価値観だったんです。なんだか自分が全くこだわってないことで怒られたり、怒鳴られたりして。自分の価値観と他人の価値観とがちがうのが不思議でしょうがなかったです。そういう意味で、ぼくはずっと「変」って言われて。そういうふうに言われることはイヤなことだと思っていたから。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>でも、ほんとにいやだった？　おれの勝手な感じだけれど、50%はいやだったかもしれないけれど、35％ぐらいは「そんなぼくが好き」だったんだと思うんだ。そういうのがまじりあった「イヤ」だったんでは？</p>
<p><strong>水野　</strong>いま思えば、そうでしたね（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>「怒鳴られた」って言ってたけどなんで怒鳴られたの？</p>
<p><strong>水野　</strong>いっつも怒鳴られてましたね（笑）。たとえば、友だちにいたずらとかして……。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>じゃあさ、質問をずらすと、「ほかの人はこういう価値判断しているけれど自分はちがう」という例はなんかなかったの？</p>
<p><strong>水野　</strong>やっぱり、数学でしたね。中学生のときから高校の参考書とか大学の理学書を読んでいたんですよ。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>かっこいいじゃん！</p>
<p><strong>水野　</strong>（笑）ぼくの中学校はとても田舎で、周りの友達もあまり勉強には興味はなかったんです。それで、数学を好きなぼくはみんなには変人扱いされ、「お前、気持ち悪いな〜」って言われてたんですよ。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>俺だったら、天狗になってると思うけどな〜。だって数学だもん。</p>
<p><strong>水野　</strong>いや、でも、数学ですから。やっぱりみんな数学嫌いじゃないですか。</p>
<p><strong>石川　</strong>でも、そういう自分がかっこいいというのはあったんでは？</p>
<p><strong>水野　</strong>それもありますね。先生はほめてくれたんですよ。でも、ガリ勉イメージがいやで、自分は数学好きでももっと面白いヤツになってやるぞ、と。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>俺はね、そういう他人とちがうものをもっている子どもは幸せだと思うんだ。俺自身も含めてそうだったけど、同級生を見てみると、運動もできない、勉強もできない、クラスで笑いをとる人気者でもない、二枚目でもない。そういうやつがいるわけだよ。そいつの困難を考えると、数学できてバカにされて困難です、というのはほんとに困難かよ、って思えちゃうんだよね。</p>
<p><strong>石川　</strong>まあ、持てる者の困難、持たざる者の困難、という話になると思うんです。持てる者が困難を持つことはあると思うんですよね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>たとえば、王女さまが「自由じゃない、街をぶらつけない」という悩みを持つことがあるかもしれないけれど、俺は「それはお前、贅沢な悩みだろ〜」って思っちゃうんだ（笑）。これは妥当性欠いてる？　それとも等しく同じ？</p>
<p><strong>石川　</strong>等しく同じだと思います。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ああ、等しく同じかも。ただ、俺の美意識から言うと、王女さまが自分から困難を語るな、という点に重きがあるかな。「数学ができる」といういい条件をもっている人が、自分から困難だと言っちゃいけないでしょ、っていうかさ。</p>
<p><strong>石川　</strong>沢辺さんの言いたい美意識はよくわかります。でも、明らかにへこんだ持たざる者、社会的な条件のよくない者しか困難を言ってはいけない、となるとちょっとちがうんじゃないかと思うんですよね。もちろん沢辺さんはそういうことを言っているわけじゃなくて、持っている者、ふくらんでいる者が自分から苦しみを言うのはかっこわるい、と美意識の問題を言っている。でも、「明らかに持たざる者、へこんだ者しか困難を言っちゃダメだ！」となると、考えるゲームに入場制限をつけちゃっている感じがするんです。だから、こういう考えるゲームでは、苦しいことは等しく言っていいと思うんですよね。それに、もしかして、持たざる者の困難さと持てる者の困難さは、事実としてはまったくちがうものでも、かたちとしては同じもの、どこか共通するものがあるのかもしれない。その可能性があるとぼくは思っているから、困難の入場制限はしないほうがいいと思うんです。
</div>
<h4>「学校が終わったら毎日塾に行って終電（11時ぐらい）に帰る、というようなことをしていました」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">水野くんは、大学に進学するまで、牛や鳥を飼って農業をやっているおじいさん、おばあさんといっしょに住んでいた。小学生の頃は、おじいさんのお手伝いで牛の世話もしていた。お父さん、お母さんはともに教職に携わっている。男三人兄弟の次男で兄と弟がいる。すべて理系。ここでは中学生までの水野くんの様子が語られる。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>漠然とした質問だけど（笑）、どんなふうに育てられたの？</p>
<p><strong>水野　</strong>漠然としてますね（笑）。とにかく過保護でしたね。とにかくお母さんがものすごく子育てに一生懸命なんですよ。非常勤の先生をしながら、塾の送り迎え、習い事の送り迎えと、とにかく一生懸命育ててくれたんです。</p>
<p><strong>石川　</strong>お兄さん弟もみんなそう育てられたの？</p>
<p><strong>水野　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ちなみに、塾はいつから？</p>
<p><strong>水野　</strong>公文を五歳ぐらいからやっていました。なんとかいい環境を、ということで、習い事もやらせていただいていました（笑）。剣道、習字、そろばん、英語塾など。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>じゃあ、教育費かなりかかっているね？（笑）</p>
<p><strong>水野　</strong>ほんとにひどく大変だったと思います（笑）。比較的勉強ができた事もあって、ぼくとお兄ちゃんはちょっと大きい町の塾に行かせていただいてたんですけど、そんなに勉強が好きではなかった弟は地元の塾に行きました。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そういう意味では原理的なスパルタお母さんではないんだね。</p>
<p><strong>水野　</strong>すごいやさしい、やさしいと言うか、ぼくから言わせたら、倫理的にも教育的にも神様のような人だと思っています（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>お父さんは？</p>
<p><strong>水野　</strong>父は働いて外に出ていましたけれど、はやく帰った日には料理をつくってくれたりして、家庭的にはほんとにめぐまれていると思います（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>兄弟は誰もグレなかったの？</p>
<p><strong>水野　</strong>言っちゃえば、ぼくが、高校のときダンスをはじめて（笑）。田舎では駅前で踊っているだけで変な目で見られることもあるので（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>夜遊びもしていた？</p>
<p><strong>水野　</strong>そうですね（笑）。クラブにも行ってたんで。</p>
<p><strong>石川　</strong>高校はどういう高校でしたか？</p>
<p><strong>水野　</strong>県内の某高校です。</p>
<p><strong>石川　</strong>電車の塾の広告で「何人合格しました」と書いてある学校だ。じゃあ、受験大変だったんだね〜。</p>
<p><strong>水野　</strong>そうですね。かなり勉強をやりました。学校が終わったら毎日塾に行って終電（11時ぐらい）に帰る、というようなことをしていました。その塾には、ものすごく勉強ができて、はっちゃけた友だちがいて塾に行くのは楽しかったです。頭いい子たちに刺激をうけて、勉強が好きになって、数学が好きになりました。小学生の頃は、算数にはぜんぜん興味がなく、縄跳び、一輪車など運動が好きでした。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>じゃあ、塾の仲間は、勉強ができるだけじゃなくて、バンドとかでも、知ってる人は知ってる、アンダーグラウンドなものを聴いてて、そんなことをお互い話したりする、ちょっととんがった仲間だったんだ？</p>
<p><strong>水野　</strong>あっ、いや、塾の子たちは普通のいい子たちで「高校に行ったらなにをする？」と話し合えるような仲間でした。むしろ、ぼくの通っていた中学が全体的に子供っぽかったので。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そういう中学のまわりの子が物足りなかったと？</p>
<p><strong>水野　</strong>いや、そうでもなく、ぼくも中学でふざけてました。ただ、塾へ行って普通に将来のことを話せる仲間がいる、と初めて知った感じです。実際、塾ではなく学校では、ただみんなと一緒に騒いでいるだけで、友達という友達はいなかったです。</p>
<p><strong>石川　</strong>学校では、さっき言っていたまわりとの価値観の齟齬はあったの？</p>
<p><strong>水野　</strong>市の授業でオーストラリアでホームステイさせてもらえる機会があったんですけど、ぼくはそれに興味があったのに、みんなそういうのに全く興味をもたなかったり。それから、思いっきり下品な話になりますけど（笑）、教室でAV流したり、下半身裸になったり、とか、そんな誰もやんないようなことをやってたのがぼくです。</p>
<p><strong>石川　</strong>えっ？　水野くんが？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>おれは、その感じけっこうわかるな。みんながよしとすることに無関心で、逆に、ことさら過激なこと、人が嫌がることをしたりすることが同居しているのはあるな。それでいて、塾ではまじめに将来のことを話している、というのもわかるよ。</p>
<p><strong>水野　</strong>塾ではふざけていませんでしたね（笑）。中学では「こいつバカだ」と思われるようなことをしていました。</p>
<p><strong>石川　</strong>おれを笑っている「お前らバカだ」みたいなことはなかった？</p>
<p><strong>水野　</strong>それはなかったです。ただ楽しかったです（笑）。
</div>
<h4>「その人はすごい人で、ヒップホップカルチャーを日本に広めた人の一人なんです」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">高校の話から、話題はもう一度ダンスへ。ダンスとの出会いから、「ヒップホップカルチャー」の「カルチャー」という言い方をめぐる議論へ。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>それで、高校ではどうだったの？</p>
<p><strong>水野　</strong>田舎者でした。東京から来た学生も多いし、クラスの三分の一は帰国子女とかで。</p>
<p><strong>石川　</strong>シャレてるね〜。</p>
<p><strong>水野　</strong>そうです。そんな中で中学で下半身出していたようなぼくは田舎者で（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そういう意味では水野くんが行っていた中学は、荒れてた、というか、へんな中学？　社会的な乱れで言えば、暴力、ゲームなどの遊びすぎ、セックス、が一般的な乱れだと言えるけれど、そのあたりは学校ではどうだった？</p>
<p><strong>水野　</strong>暴力はまったくなかったです。初体験率も恐らく低かったです。みんな比較的精神年齢が低かったので。でも、卒業してから出会い系をやっている子はいましたね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>教育熱心なお母さんがよくそういうところに行かせたね。</p>
<p><strong>水野　</strong>近くに学校がなかったもので（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>それで、中学は何部だったの？</p>
<p><strong>水野　</strong>剣道部でした。剣道部には高校でも入りましたが、ダンスを初めてからやめました。</p>
<p><strong>石川　</strong>そのダンスをはじめたあたりから、さっきちょっと言ってた夜遊びもはじまったんでしょ？</p>
<p><strong>水野　</strong>でも実際は、かなりまじめな気持ちでしたね。色んなダンサーから刺激を受けたいというのが目的でした。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ナンパはしなかったの？</p>
<p><strong>水野　</strong>ナンパは全くしなかったですね（笑）。酒は飲みましたけど。クラブと言っても色んな人が出会うパーティーではなく、ダンサーがお互い踊り合って、楽しむといったイベントだったので。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>セッションだよね。</p>
<p><strong>水野　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>ふだん、町で大きなガラスのあるところで踊っている人を見かけるけど、ああいうことはやった？</p>
<p><strong>水野　</strong>一生懸命やっていました。駅で練習したり、師匠のやっているダンススクールに行ったり。</p>
<p><strong>石川　</strong>師匠というとどういう人？</p>
<p><strong>水野　</strong>高校の同級生を介して知りあった方なんですけど、その人はすごい人で、ヒップホップカルチャーを世界に広めたクルーの一人だったんです。その日本支部みたいなのに所属してた人で、その人にダンスを教えてもらったのをきっかけに、イベントに遊びに行くようになったり、色んなダンサーの方々とも知り合いになりました。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>いま「ヒップホップカルチャー」って言っていたけど、「ヒップホップ」というと、アメリカの貧乏な黒人のもので、「カルチャー」という立派な言葉よりも「金を稼ぐための道具」とか「ビッグになる」とか「貧困のうさばらし」とかと結びついているような感じがする。あくまで俺の受け止めだけど、それを「カルチャー」って、日本でしか言ってねぇんじゃないの？　そういう気がする。本場では、「不良性」とか「縄張り」とか「チーム」とか、そういうものにヒップホップは結びついているんじゃないかな？</p>
<p><strong>水野　</strong>ほんとにそうなんですね。ヒップホップは貧困層の人たちがレコードをこすりあって、ハッパやって、酔っ払って、「やってやろうぜ」という勢いで始まったものらしいので。アフリカ・バンバータというスラムのカリスマが「縄張り争いとか、いろいろ抗争があるけれど、暴力ではなく、ダンスで決着つけよう」と提案したんです。そこからダンスでバトルというのがはじまったんです。そこには「絶対相手の体にさわっちゃだめ」、「さわったら即負け」というルールがあるんです。スラムの方たちの日常からはじまったのがヒップホップなんです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そういうのを根拠として考えると、そこに過剰に「カルチャー」をつけるのはかえってダサくないか？　という気持ちがあるんだ。こう言い方も古いかもしれないけれど。もちろん、彼らには敬意を表するよ。新しいルールをつくることはとても大変なんだ。話がずれてしまうかもしれないけれど、今でも東京都の漫画の規制をめぐって、漫画家たちは反対している。けれど、反対はするけれどルールひとつつくれない。そういう意味で、「殴るのはやめようよ」という新しいルールをつくりだした彼らはそれはそれでものすごいことをしたと思う。けれど、それを日本にもってきて、「カルチャー」と言ってるのはなんか違和感があるんだな〜。これはダサくて例として適切じゃないけど、たとえば日本でも「仲間を大切にしよう」とか、そういう新しいルールを生み出せればすごいと思う。でも、日本のヒップホップは生み出せていないんじゃないかな？　それを「カルチャー」という言葉で過剰に大きくするのは、違和感あるよ。俺は。</p>
<p><strong>水野　</strong>それはそのとおりだと思います。でも、そういう人ばかりでないと思います。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>でも、たとえば、さっき、ストリートカルチャーは局所的で、「なになに線のなになに駅は、そこの駅独自のダンスがある」みたいな話があったけど、それって、「その駅にはその駅の流儀がある」ってことだと思うんだ。でも、それって、「なになに流はこの流儀」といった、昔からある日本的な家元制にヒップホップをかぶせているようなもんだと思うんだ。俺はもちろん、家元制には家元制のいいところもわるいところもあると思っているんだけど、「なになに駅の流儀」っていうのは、みずから新しいルールを生み出すことに力点を置いた言い方ではなくて、そこにすでにある流儀や権威にのっかってるだけなんじゃないかな？　ベースにある古臭いルールを若いやつらがありがたがっていいのかよ、と俺は思うね。いまのお笑いも同じで、あいかわらず、古臭い先輩後輩のルールをありがたがっている。</p>
<p><strong>水野　</strong>たとえば、秋田とか熊本とかから、ドカーンとくるショックが東京のほうに来ることがあるんですよ。秋田からあるグループがやってきて、東京で昔から築きあげられてきたものに衝撃を与えるんです。ぼくはそういう方がいいんですよ。今までにあったかっこよさを目指して、というのもいいですけど、クリエイティブすぎて「なんだこれは！」というのが好きなんです。すでにあるものと新しい価値観がどう作用し合っていくかというのに興味あるんです。
</div>
<h4>「ぼくはダンサーのなかではおしゃべりです（笑）」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">水野くんはダンスについて語る。でもその語りのなかにあるものとはなにか。話は「ヒップホップカルチャー」から「文化」や「社会」というものを水野くんがどう受けとめているかについて進む。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>そうか、うーん、観点が変わってしまうかと思うので、こう言うのもあれだけど、水野くんの仲間は、ヒップホップとはなにか？　みたいな議論してるんだね。</p>
<p><strong>水野　</strong>そうですね。「自分の立ち位置を考える」というのと「周りの人はなにを考えているかを知る」という意味で、ぼくはそういう話をするのが好きです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ダンスするのも話すほうも好き、という感じかな？</p>
<p><strong>水野　</strong>あまり比べることもできないと思いますが、ぼくはダンサーのなかではおしゃべりです（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>若いやつはなにも考えていない、とか、適当に生きている、という言われ方をすることが多いけれど、たとえば、水野くんたちのヒップホップのように、ちがうことで大いに語っているような気がするわけよ。ただ、これはおれの偏見かもしれないけれど、おれの言い方からすれば、それはいままでのことを拒否してヒップホップに逃げ込んでいるわけよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>いままでのことを拒否して？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>たとえば、どうやって生きていくか、とか。そういうことは話さないで、ただ、線を引いているだけのように感じる。繰り返し、ニューカルチャー、カウンターカルチャーなどは起こっているし、それに、いまはそれが細分化されている。けれど、そこでやっていることはむかしと同じだと思う。「俺たちのこれはお前たちのこれとはちがう」という線をただ引くだけ。その線を引いた自分たち自身のあり方を問うたり、新しいルールを生み出したりはしない。<br />
たとえば、水野くんの知らないむかしの例しか思いつかないけれど、むかし、全共闘の時代に、前衛演劇というのがあったんだ。それは、「既存のものをぶちこわす！」と言ってはじまったんだけど、その後、いま残っているその劇団は家元制みたいになっている。絶対服従みたいになってる。むかしの興行師の世界みたいになっている。これはくり返し同じ。「ケンカはやめようぜ」といった新たなルールはまったくつくっていない。<br />
水野くんが話したことをもとに言うんだけど、アメリカの黒人は、その前、つまり、「同じ黒人同士で殺しあうのはもういやだ」ということを踏まえた上での新しいルールになってる。けれども、日本の場合は、前のベースになるルール、家元制というか封建制というか絶対服従みたいなことはもういやだ、という感覚からスタートしたくせに、じっさいは、新しいルールも生み出せずに、前の段階に逆戻り。だから、前の段階をしっかり検証していないんじゃないか？　前の段階の問題が踏まえてないじゃん。</p>
<p><strong>石川　</strong>それは、さいしょに話した、アンチとしてのストリートという話に重なりますね。一見すごく新しいものに見えるけれど、ただ、昔のアンチを繰り返しているだけで、じっさいその内部では古臭いルールが残っている、という話だと思います。自分たちのアンチのあり方はせせこましいんじゃないかという検証も必要だし、同時に、新しいルールを生み出せているかどうか、「既存のものをぶち壊す！」と言っている裏で局所でまとまってあい変わらず封建制みたいなルールでやってるとしたら、それはやめたほうがいい。だから、ある意味で、「ほんもの性」をアンチや自分を守ることに置くんじゃなくて、より多くの人に開いて、新しいものをつくりだすほうに向ける、というのが重要だと思います。<br />
けれども、水野くんのこれまでの話っぷりでぼくが逆に面白いと思ったこともあります。ぼくの感想で言えば、「こんな熱いこと話してるとは思わなかった」です。ぼくはむしろ、「ダンスは趣味でいいじゃん、たのしければいいじゃん」とクールな受け止めをしていると思っていたんです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ネガ、ポジじゃないかな。それはひとつの状態が沈黙かおしゃべりに向いているのではないかと思うね。たとえば、これまでインタヴューしてきた子たちのなかには、「ひとそれぞれ」でいいんじゃないですか、とクールに受けとめていた子もいる。一方で、水野くんみたいな人もいる。じつは、この二つは一セットで、この両方を見てはじめて、「希望あるじゃん」と思える。</p>
<p><strong>石川　</strong>わかります。「ほんもの」は「ない」として「ひとそれぞれ」でクールになるか、ちょっとアンチ気味であっても「ほんもの」は「ある」として、それはこうなんだ、ああなんだ、とわーっとおしゃべりする。でも、この二つはほんとうはセットなんだ、ということですね。ぼくはまだ詳しくは展開できないけれど、この二つの思いにお互い妥当なところを見つけるのがいまの時代の希望なんだ、ということははっきりわかります。ところで、おしゃべりの話が出たので、水野くんの「カルチャー」っていう言い方もすごく熱くて輝いている理想の感じがするのだけれど。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>水野くんは、社会とか文化という言葉って好き？</p>
<p><strong>水野　</strong>大好きです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>そういうのは水野くんの国語辞典的にはどうなるの？</p>
<p><strong>水野　</strong>ぼくの中でのカルチャーというのは、少し抽象的で「インプット」と「アウトプット」、そして人の「価値観」で説明できるものと思っています。なにかしら自分の持っている「価値観」を通じて物事から魅力や刺激を感じて、それを自分の中で表現に変えてアウトプットしていく。このアウトプットされたものが、また人に影響を与えていく。その影響を受けた人がまたアウトプットして、といった具合に、文化というものは人の価値観を媒体にわーっと広がるものだと思います。</p>
<p><strong>石川　</strong>社会は？</p>
<p><strong>水野　</strong>社会というのは文化の上の共通の基盤で、文化の上に一律のばしっとした「ルール」が定められたものと捉えています。</p>
<p><strong>石川　</strong>いまそう聞いて、水野くんの気持ちのレベルで、そうなんじゃないかな、と思うことを言うんだけど、ぼくの印象で言うと、水野くんの言っていることって、カルチャーって言いたい、社会って言いたい、そんな感じがするんだ。言葉だけが先に行っているような感じがして。だって、その文化や社会って、そのなかで生きている人間が苦しんだり試行錯誤、押したり引いたりしていると思うんだ。水野くんの説明だとその部分がなくなって、やはり抽象的な気がする。でも、文化とか社会という言葉って好きなんだよね？</p>
<p><strong>水野　</strong>それこそ、大好きです！　社会やルールというのは人間が活動するうえでの基盤じゃないですか？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>基盤だという社会の説明は妥当性を欠いているような気がするな。</p>
<p><strong>水野　</strong>あー、そうですか。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>基盤というのは社会の効果の一例で、俺の社会の定義は、生きていくために、それを構成している人たちがつくっているルールのある状態。その状態が成立していることで、基盤になり得ているんだと思う。<br />
ただ、水野くんの社会は「基盤」とする意見で興味深かったのは、社会というタームの意味あいが変わってきた、ということなんだ。以前は、ルールを決めるのに参加するのは少数だった。だから、社会というのは「誰かに決められたルール」とよく考えてられていた。けれども、いまはふつうのひともなんらかのかたちでルールの決定に参加できている。社会には参加できている。だから、これからの社会の定義は、「いまこそはおれも、影響できるんだ」という自分の影響権をはっきりみとめるものでなくてはならない。<br />
水野くんの「基盤」というのはそのための過渡期的な定義だと思う。社会というのは「誰かに与えられた」の、その「誰か」はなくなって、とにかく「自分に与えられたもの」として「基盤」となった。たしかに社会というのは与えられるのだけれど、同時に、あるときは自分が決めて影響を与えることができる。だから、社会は「基盤」であるだけではなく、自分の影響を行使する相手でもある。この影響権もいっしょに考えなくてはならないと思うんだ。<br />
社会というタームの内容は、いま、「誰かに与えられた自分とは無関係のもの」から、自分にとっての「基盤」にまできている。このタームの揺れはだんだんと自分の側に振れてくると思うんだ。そうなると、社会というタームがはじめて、自分にとってルールの束として与えられる基盤でありつつ、かつ、自分が変えて新しいルールを生み出すものとして受けとめられるものになると思うんだ。
</div>
<h4>「ぼく下ネタばかりです（笑）」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">水野くんの恋愛事情を聞く。聞いていくうちに、話の組み立て方、言葉づかい、論理の話に。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>大学の四年間はどんな生活でしたか？</p>
<p><strong>沢辺　</strong>ナンパにあけくれた？</p>
<p><strong>水野　</strong>ただダンスにあけくれていました。ぼくはそもそもがモテないんですよ（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>失恋ばっか？</p>
<p><strong>水野　</strong>あるダンサーの子が好きになっちゃって、ふられて。そのときは三ヶ月ぐらいかなり落ち込みました。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>人のこと言えないんだけど、いわゆる二枚目じゃないよね（笑）。それに、とりあえず、話面白い？　だって、ヒップホップのカルチャーがなんとか、とかさ（笑）。</p>
<p><strong>水野　</strong>（笑）いえいえ、そういうまじめな話、ヒップホップの話はいつもはしません。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、ふだん女の子とどんな話をしてるの？</p>
<p><strong>水野　</strong>下ネタとか（笑）。ぼく下ネタばかりです（笑）。そっちの方面でふざけているんですね（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>えっ、いきなり下ネタ（笑）！</p>
<p><strong>沢辺　</strong>じゃあ、エロ話系で面白い話ない？</p>
<p><strong>水野　</strong>女友達が「地方にセフレ（セックスフレンド）に会いに行く」と言いだして、昨日までそれに同伴してきたんです。女友達は着いたらすぐにそのセフレと合流してしまったので、僕はその近所に住んでる知り合いの方に「ちょっとこういう事情で、今一人なんですけど」と連絡して、みんなで集まって飲んでもらったんです。そしたら、そのメンツの中に30歳ぐらいの方がいて、「最近、60歳ぐらいの年配の方とセックスした」という話をし始めまして。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>その30歳は男性なの？</p>
<p><strong>水野　</strong>そうですね。その方の話では、相手の女性は変態で、日常的に犬を使ったプレイをしているらしいんです。だから、その方は犬と穴兄弟なんです（笑）。そのあと、一緒に来た女友達が帰って来たので合流したんですが、「風俗体験したい」って言い出して、みんなで一緒におっぱいパブに行ったんです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>女が？</p>
<p><strong>水野　</strong>はい。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>（笑）へんな女だね〜。</p>
<p><strong>水野　</strong>で、おっぱいパブでは僕にかなり太った女の子が付いたんですけど、そこでさっきの男性が「おれぐらいになると、あんまりな子が出てきたら、逆にその子の人生で一番優しい男を演じるような楽しみ方をするんだ」と言っていたのを思い出して、その子に対して恋人みたいに優しく接したんです。そしたら喜んでくれて、普通は触らせてくれないような所まで触らせてくれたりして。で、僕のそういう様子を女友達が横で見て爆笑している（笑）。そんなことが昨日ありました。<br />
これ面白いか？と言われたらインタビュー的には面白くないと思いますけど（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>あー。十分面白いとは思うんだけど、あのね、今、俺が感じたのは話の構成がそんなにうまくない（真剣に指摘）。</p>
<p><strong>水野　</strong>（爆笑）</p>
<p><strong>沢辺　</strong>構成によってはいくらでも面白くなると思うんだけれど、「えっ！　それでそれで！」と思わせるように話をもっていく能力に欠けている。ちょっと算数やりすぎたかな（笑）。</p>
<p><strong>水野　</strong>（笑）</p>
<p><strong>沢辺　</strong>長くなって、とんとんとんと行かなくなるわけですよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>うん。あっち行ったり、こっち行ったりして、また話が戻ったりすると聞く側としてはなえちゃうんだな（笑）。</p>
<p><strong>水野　</strong>気をつけます（笑）！　ほんとにそのとおり（笑）！</p>
<p><strong>沢辺　</strong>シミュレーションなんだよ。相手がどう思うか、そのシミュレーションをやるんだよ。これ積み重ねると話の構成がはやくなるんだよ。そういうことする？</p>
<p><strong>水野　</strong>いまのは完全にしてなかったです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>たとえば、むかしだったらデートのときに、前日寝る前に布団のなかで、その子に話している気分で、自分のなかで話をするんだよ。そうすると脚本ができて、ネタが何本かできるんだよ。俺も若い頃、この話ネタに使えるなと思ったら帰りの電車のなかでシミュレーションとかしたもん。</p>
<p><strong>水野　</strong>まさか、インタヴューでこんな話をするとは思わなかったもので（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>でも、いま話してくれたこと、そもそもなんでその子について行っちゃったの（笑）？　聞き手としては、そこがさいしょから気になっちゃって、話にもう入れないというか（笑）。だって、自分で新幹線代出したんでしょ？</p>
<p><strong>水野　</strong>ぼくはその女友達の事は特に「恋愛的に好き」な訳じゃないんですが、たんに前に約束してたんですよ（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>で、いま彼女は？</p>
<p><strong>水野　</strong>去年の末に別れまして。大学時代からつきあっていた相手です。</p>
<p><strong>石川　</strong>なにか原因があったの？　風俗に行っていたことがバレたとか（笑）？</p>
<p><strong>水野　</strong>いえ。もうすでにお互いが疎遠になっていまして。別れたときは二ヶ月に一回ぐらいしか会ってなかったんですよ。去年彼女が就職しだしたころからぼくへの尊敬がなくなっちゃった様に感じて。それに対してぼく自身もガキだなと思いつつ、それにスネちゃって。尊敬されなくなっちゃうとつらいというのはありましたね。</p>
<p><strong>石川　</strong>その彼女とはデートはどこかに行ったりしたの？</p>
<p><strong>水野　</strong>彼女が「みんなが行ってるようなデートスポットに行きたい」と言うと、連れてってあげる、という感じでしたね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>だいたい「連れてってあげる」というのが生意気だよ（笑）。本質的にはイーヴンであるはずなのに。ましてや、相手はもう就職しているわけだろ。それ認識ちがうだろ（笑）！</p>
<p><strong>水野　</strong>「連れてってあげる」という気分はなかったんですけど。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>さっきの社会を「基盤」としてとらえる話じゃないけれど、言葉の使い方にその人の思想、意識といったものは現れる気がするんですよね。</p>
<p><strong>石川　</strong>そのあたりを水野くんの論理学でやるんだと思うんだけど？</p>
<p><strong>水野　</strong>それは難しいですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>えっ、そういう言葉の使い方って感性の論理化だと思うんだけど？</p>
<p><strong>水野　</strong>そうですね（笑）。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>それが論理学なんじゃない？　だって、言葉の使い方にその人の思想が現われるだけじゃなくて、言葉の使い方に自分がはまってしまうということだってあると思うよ。だから、言葉の使い方というのは俺、すごく気になるもん。たとえば、俺、うちのスタッフと飯食いに行って、会社の経費で食事するとき、「今日は会社もちにしようぜ」って言うようにしてるんだ。これは社長である「俺もち」じゃなくて、法人である「会社もち」。みんな俺に「沢辺さんありがとうございました」って言うけれど、ほんとうは俺を含めて法人として「ポットさんありがとうございました」なんだ。で、どうして「会社もちにしようぜ」と言うかというと、経費で飲み食いしているくせに、おれ個人が払っているような錯覚を起こすのがイヤだから。それって法人イコール俺にするのがいやだから。会社の責任を俺個人の責任にしてもらっては困るというのがあるんだ。だって、やだよ、過剰な責任を負うのは。ぜひ、このあたり、言葉づかいに人間ははめられていくのか？　無関係なのか？　それを数学、論理学で解き明かしていってほしいな。</p>
<p><strong>水野　</strong>いいテーマをありがとうございました（笑）。
</div>
<h4>「システムをやりたかったんです。基盤に興味があって」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">水野くんの携帯はスマートフォン。mixi、Twitter、Facebook、この三つをやっている。Facebookでは、ラオスとかシンガポールにいる友だち（日本人）とも交流。この春から、システムエンジニアとして働きはじめる水野くん。働きながら、年に百万円ほど借りていた奨学金を返していく。そんな水野くんに、今後や仕事に関する考え方を聞いた。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>沢辺　</strong>これからどうすんの？</p>
<p><strong>水野　</strong>システムエンジニアとして働く予定です。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>もともとそれやりたかったの？</p>
<p><strong>水野　</strong>システムをやりたかったんです。基盤に興味があって。もともと抽象的な意味での(社会の)土台に携われる業界、例えば都市開発事業などにも興味がありました。でも最終的に、自分はやはりコンピューターとか理系的な事に向いていると思って、この会社に就職することを決めました。なるべく大きなお客、例えば国などを相手にできる会社に魅力を感じていました。</p>
<p><strong>石川　</strong>ご両親はこの就職に関してはよろこんでくれている？</p>
<p><strong>水野　</strong>名前の知られている企業に勤めてほしかったようです。でも親は自分のことを信じてくれているという実感があったのであまり気になりません。</p>
<p><strong>石川　</strong>これから仕事をするにあたって不安や期待は？</p>
<p><strong>水野　</strong>あんまりイメージをつけたくないので考えないようにしていますが、抽象的な意味で、ストレスとモチベーションのバランスをとっていけるようになりたい、というのはあります。忙しい会社で有名なんで。自分でこのバランスをなんとかできるように鍛えたいと思ってます。</p>
<p><strong>石川　</strong>そういえば、水野さんは夢があるタイプ？　夢はなんですか？</p>
<p><strong>水野　</strong>あんまり夢という言葉は使いません。非現実的なものという前提で使うイメージがあるので。</p>
<p><strong>石川　</strong>大学院に入ったときから就職はしようと決めていたの？</p>
<p><strong>水野　</strong>うちはあまりお金がなくて、これ以上経済的にお世話になろうとは思わなくて。ただもう少し研究もしたくて、母親に相談したら、あと二年ならいい、それに大学院に行ったら就職もいいだろうし、と言われたんです。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>大学院って就職いいの？</p>
<p><strong>石川　</strong>理系だと大学院進学は就職に有効に働くみたいですね。</p>
<p><strong>沢辺　</strong>でも、たいへんだよな〜。親はな〜。</p>
<p><strong>石川　</strong>水野くんのいまの交友関係はどういう人達ですか？</p>
<p><strong>水野　</strong>大学院の友人や、ダンス関係、ダンスでつながった仲間たちがやはり多いですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>合コンとかはない？</p>
<p><strong>水野　</strong>ぼくのまわりはインディペンデントでオープンな人が多いので、知らない女の子と会う機会が元から多いといえば多いんです。もちろんみんなで飲んだりもして、それを合コンと言うかどうかはわからないですけど。</p>
<p><strong>石川　</strong>そういえば、「インディペンデント」、「オープン」、「カルチャー」、「インプット」、「アウトプット」と、水野くんは、カタカナというか英語をよく使うけれど、水野くんの交流するまわりのみんなはそういう言葉づかいをするの？</p>
<p><strong>水野　</strong>研究関係とかダンス関係の人と関わる機会が多いので、やはりそうなっているんだと思います。研究では英語で論文を書いたり読んだりするし、数学用語も英語のほうがイメージが浮かびやすいんです。</p>
<p><strong>石川　</strong>今日はいろいろ突っ込まれたこともあったかと思うけれど、たくさん話題になった、言葉の使い方、話の組み立て方って、考えてみれば、水野くんがずっと追いかけてきた論理ということとつながっていると思います。だから、水野くんらしい話が聞けたと思います。それに、ぼくは最初、「システム的に言えば、これはああですこうです」ってどんな理路整然とした方、どんなエリートが来るかと思って身構えていたところがあったけれど、水野くんは下ネタなんかもいい意味で隙になって、それに、ぜんぜんリア充じゃないし（笑）、とても話やすかったです。</p>
<p><strong>水野　</strong>ぼくも、色々ためになるダメ出しをどうもありがとうございました。</p>
<p><strong>石川　</strong>いや、こちらこそ。いいお話をありがとうございました。
</div>
<h3 style="padding-top:1em;border-top:2px dotted #999;">◎石川メモ</h3>
<h4>自分は哲学者です</h4>
<p>　水野くんは、自分のやっているダンスの意味をどう言ったらいいか、すごく真剣に考えて迷いながらそれを言葉にする。そこの率直な語りがすごくいい。そんな語りのなかで、水野くんが「自分はダンサーです」と言うことには、とてもリアリティがある。<br />
　じつは、これがいま文化ゲームをめぐって起こっている状況なんだと思う。沢辺さんが指摘しているけれど、アマ／プロ、趣味でやってるひと／それで食っているひと、という垣根はどんどんなくなってくるはず。文化はもう一部のスタアが独占するものではなくなってきている。<br />
　だから、たとえば、ストリートのパフォーマンスとエンターテイメント、水野くんたちの仲間とEXILEが「なだらかにつながっている」。そこに参加するみんながダンスという文化ゲームの一員になる。みんなが「ダンサー」だ。<br />
　ぼくには「自分は哲学者です」と言うことにはずかしさがある。水野くんとの話を通じて、こういうはずかしさを改めていかなくちゃならないな、と思った。というのも、ぼくは「哲学者」という言葉の意味を、「偉そう」で、「堅いしかめつらばかりしている人」で、「人とかかわるのが苦手で勉強ばかりしている人」というイメージのみでとらえていたからだ。<br />
　だから、ぼくは自分を「哲学者」と言いたくなかった。自分はそんな偉そうな人間、世間離れした人間じゃないんだ、と言いたかった。けれども、これって、ある意味で、哲学がそれまでもっている「伝統」や「家元制」に対するぼくのなかのアンチの感情から出ているんじゃないか。そう反省した。<br />
　もちろん、哲学者の偉そうで堅いイメージというのは、大学という制度のなかで独占されていた高度に専門的な文化ゲーム、というこれまでの哲学のイメージからきている。けれども、まわりをよく見てみると、哲学はかなり開かれてきている。大学の外で、一般の人たち、若者、仕事をもった壮年の人、仕事をリタイアした人がどんどん哲学という文化ゲームに参加してきている。<br />
　ぼくはそういう集まりを主宰したり、先生をやったりしているのだけれど、そこで、自分のやっていることが、じつはアマ／プロ、生徒／先生の垣根をなるべくなくすことだ。ただ、考えるという哲学のゲームがあって、そこでみんなで試してよりよい考えをつくりだす。そういうゲームだけがある。ぼくも含めて、そこに参加するみんなが哲学という文化ゲームの一員になっている。ということはみんなが「哲学者」だ。<br />
　こんなふうに言ってくると、なんだかロマンチックな言い方に聞こえるかもしれない。けれども、いま、哲学という文化ゲームもアマ／プロがなだらかにつながっていく過渡期にあるのはたしかだ。ダンスが一部のスタアによって独占される芸能という意味ではなくなってきたように、哲学も一部の学者によって独占されるお堅い学問という意味ではなくなってきている。同じ言葉でも辞書の中身が変わってきている。<br />
　もうじきすぐに、「哲学やっています」と言うことははずかしいことではなくなってくるはず。そう言う人が「自分は哲学者です」と言うようになるかどうかはわからないけれど、少なくともぼくは、考えるゲームに参加しています、という意味で、「自分は哲学者です」とはずかしがらずに言っていきたい。<br />
　もちろん、その開かれたゲームのなかでなお、「プロの哲学者」としてぼくはどうあるべきか。それは今後ぼくが引き受けていくべき課題だけれども。</p>
]]></content:encoded>
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 </item>
 <item>
 <title>第8回　生まれ育った町に恩返しができればいちばん──今谷深悟朗さん（20歳・男性・勤務歴2年）</title>
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 <pubDate>Fri, 04 Feb 2011 09:26:32 +0000</pubDate>
 <dc:creator>石川 輝吉</dc:creator>
 <category><![CDATA[哲学者・石川輝吉の、ちょっと「ぐずぐず」した感じ]]></category>
 <category><![CDATA[消防士]]></category>
 <category><![CDATA[石川輝吉]]></category>
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 <description><![CDATA[今谷さんは、1990年に埼玉県郊外の人口15万人ほどの市で生まれ、現在も親元で暮らしている。現在20歳。地元の県立普通高校卒業後、地元の消防署に就職。現在勤めて2年目。
本人曰く「田舎者」とのこと。東京都内にはほとんど出 [...]]]></description>
 <content:encoded><![CDATA[<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">今谷さんは、1990年に埼玉県郊外の人口15万人ほどの市で生まれ、現在も親元で暮らしている。現在20歳。地元の県立普通高校卒業後、地元の消防署に就職。現在勤めて2年目。<br />
本人曰く「田舎者」とのこと。東京都内にはほとんど出たことはない。この日の待ち合わせも、原宿で待ち合わせだったのだけれど、新宿を原宿と間違えていた。<br />
今谷くんは小学校からサッカーをはじめ、中学、高校とサッカー部の体育会系の好青年。インタヴューの途中から、「ぼくは〜」が「自分は〜」になるのがいい感じ。20歳だけど年上と話し慣れた印象。<br />
*2010年12月1日(水)　16時〜インタヴュー実施。</p>
<h4>「出勤した朝には、つぎの日の朝にうどんを食べるかどうかを聞きます」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">今谷くんは消防署で働いている。なかなか見えない組織のこと、仕事の内容を一日の流れとして丁寧に、率直に語ってくれた。ここはまず午前中の内容。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>いま、なにをやっているの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>消防のほうをやっています。</p>
<p><strong>石川　</strong>では職業は「消防士さん」でいい？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうですね。それでいいです。</p>
<p><strong>石川　</strong>でも、「消防士」さんって、みんな「消防士」さんなのかな？　「一級消防士」とか、「二級消防士」とか、なにか正式な呼び方みたいなのはあるの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうですね。階級みたいなものがあります。全国に一人だけ、東京消防庁に「消防総監」という人がいるんですけど、その人をトップに10の階級があります（10の階級：消防総監、消防司監、消防正監、消防監、消防司令長、消防司令、消防司令補、消防士長、消防副士長、消防士）。ぼくはそのいちばん下の、そのまんま「消防士」です。</p>
<p><strong>石川　</strong>へぇ。たくさんの階級があるんだね。はじめて知ったよ。それで、ちょっと細かくなってしまうけど、今谷くんの働いている職場の人数構成を教えてもらえないかな。</p>
<p><strong>今谷　</strong>ぼくは、人口15万人ほどの市に住んでいるんですけど、そこには消防署が2つ、分署が6つあります。ぼくはその消防署の一つで働いています。市には消防署と分署をまとめる消防監が1人います。ぼくの署はひと班19名の班が2つあります。それの二つの班が交替で仕事をしています。1つの班は、消防司令長1人、消防司令2人、消防司令補5人、消防士長6人、消防副士長2人、消防士3人になっています。</p>
<p><strong>石川　</strong>丁寧にありがとうございます。なんだか初めて聞く話で、仕事の内容も詳しく聞きたくなっちゃうな。</p>
<p><strong>大田　</strong>そうですね。出勤の途中で消防署の前を通るんですけど、消防署の前になんだかぼーっと立ってる人がいて、この人なにをしてるんだろう？　と思いますね。</p>
<p><strong>今谷　</strong>その署によって仕事の内容がちがうので、前に立っているっていうのは、ちょっとよくわかりませんね･･････。</p>
<p><strong>石川　</strong>でも、いつも火事があるってわけじゃないから、普段はどういうことをしてるの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>じゃあ、一日の流れでいいですか？</p>
<p><strong>石川　</strong>では、それをお願いします。</p>
<p><strong>今谷　</strong>朝8:30に前の日の班との交替があるので、8:00に出勤します。まず朝来たら、その日の夕飯決めをやります。</p>
<p><strong>石川　</strong>ということはみんなで夕飯をつくっているの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうです。つくるのは下の階級の消防士たちの仕事です。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、今谷くんは料理つくれるんだ。</p>
<p><strong>今谷　</strong>いや。できる料理はカレーぐらいです（笑）。署では料理は分業でつくっていて、全部を自分ではつくれません。ぼくは「米研ぎ職人」という名誉ある名前をもらっています（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>メニューは？</p>
<p><strong>今谷　</strong>みんなが食べられるようなものをつくります。カレーとか。昨日の夕飯は豚丼でした。その日の夕飯を何にするかは一人ひとり希望を聞いていると決まらなくなってしまうので、自分たち消防士で決めます。それを上の人に「夕飯はカレーです」と言って報告するだけです。それから、出勤した朝には、つぎの日の朝にうどんを食べるかどうかを聞きます。</p>
<p><strong>石川　</strong>うどん？</p>
<p><strong>今谷　</strong>これはぼくの勤務している消防署だけの決まりなんですけど、朝の交替前にうどんを食べるんです。</p>
<p><strong>大田　</strong>消防士さんって一人ひとり机があるんですか？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうですね。一つのフロアにみんなの机があります。</p>
<p><strong>石川　</strong>そこで、「今夜なんにすべぇ？」、「カレーにすべぇ」とか消防士同士で相談したり、「カレーにしました」と上の人に報告したり、「朝のうどんどうしますか？」と聞くんだ？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうですね。それから、必要な買い物とかも聞きます。だいたい昼ごはんは各自でお弁当やカップラーメンなんですけど、それをもってこなかった人はお昼を買うことになるので。それでいろいろ聞いて、夕食の材料や買い物を、いつも配達を頼んでいるスーパーにファックスします。そうすると、だいたい交替の時間の8:30になっています。</p>
<p><strong>石川　</strong>交替のときは、整列、時間厳守でビシッとやるんだよね？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうですね。時間厳守で「下番」（前日の担当班）、「上番」（本日の担当班）で整列してやります。「本日の勤務員何名！」などの報告をやって交替します。これで下番の仕事は終わり、上番は屈伸などの準備体操を5分ぐらいやって、隊に別れて車両など道具の点検をします。ぼくの班には、警防隊（10人）、救急隊（4人）、救助隊（5人）の三つがあります。警防隊は火消しです。救急隊は急病の人を病院に運びます。救急隊には救急車の運転士と急病の人を病院に運ぶまで手当てをする救急救命士がいます。救助隊は専用の特殊機材使って建物や車の中に閉じ込められた人を助けたりする人です。</p>
<p><strong>石川　</strong>ということは、救急救命士さんは病院にいるんじゃなくて消防署にいるんだね。</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうです。</p>
<p><strong>大田　</strong>ということは、救急救命士さんにも消防士長、消防副士長といった階級があるんだ？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>火消しをやってた人が資格を取って救急救命士になるということもあるの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうですね。そっちのほうに行きたいな、と思ったら救急救命士の資格の勉強をする、ということもあります。そのために市がお金を出してくれるんですけど、半年で200〜300万円かかるので、年に2人ぐらいしか資格のための学校には行けません。</p>
<p><strong>石川　</strong>ということは、高校を出て、専門学校に行ってあらかじめ救急救命士の資格をとって、それから消防署の救急隊になる人が多い？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そういう人は今年はじめて３人入ったんですけど、市としては、高いお金を出して火消しを救急隊にするよりも、あらかじめ資格を取って消防に入ってくる人に「はい、お前は資格をもっているんだから救急隊へ」というふうにしたほうがいいんだと思います。でも、救急隊になる人も最初は仕事を覚えるという意味で警防隊に入ります。</p>
<p><strong>石川　</strong>ちょっと救急隊の話を聞きすぎてしまったけれど、各隊の設備の点検が終わったらなにをするの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>点検が終わったら「申し送り」というのをやります。ぼくたちが朝飯のことを相談しているあいだに、上の人は上番から前日どんなことがあったか聞いているので、その情報を聞くのが申し送りです。そのあとはお昼まで、外に車で出て道を覚えたり、水利の点検をします。</p>
<p><strong>石川　</strong>水利ってなに？</p>
<p><strong>今谷　</strong>消火栓がどこにあるか、その場所が見えにくくなっていないかどうかの点検、どこから水を引くかの確認。そういう火事のとき利用する水の点検や確認のことです。</p>
<p><strong>石川　</strong>へぇ。専門用語もいろいろあって面白いね。もちろん、この道は狭くて消防車が入れない、とかも水利といっしょにチェックするんだと思うけど、だいたい、火事を想定したパトロールみたいなものと考えればいいかな？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうですね。そう考えてもらえばいいです。
</div>
<h4>「懸垂は100回ですね」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">今谷くんの仕事の話、パート2。ここでは午後から夜まで。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>では、お昼からの話をしてもらいたいです。そういえば、お昼はお弁当？</p>
<p><strong>今谷　</strong>はい。自分の場合は。</p>
<p><strong>石川　</strong>お母さんの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>はい。</p>
<p><strong>石川　</strong>お昼を食べたあとは？</p>
<p><strong>今谷　</strong>13:00から16:00まで訓練です。機材の取り扱いを教えてもらったり、機材を使って災害を想定した訓練もやります。</p>
<p><strong>石川　</strong>雨の日も訓練？</p>
<p><strong>今谷　</strong>雨の日は座学といって、消防法の勉強をやったり、調査の仕方の勉強をやります。</p>
<p><strong>石川　</strong>調査というと火元の調査？</p>
<p><strong>今谷　</strong>どこから出火したのか、原因はなにか、どのくらいの損害なのか、そういうのを全部調査します。</p>
<p><strong>石川　</strong>どこからどこまで消防がやって、どこからは警察がやる、とかそういうことも勉強する？</p>
<p><strong>今谷　</strong>火事の場合、基本的には、警察には誘導をやってもらうだけで、あとは消防がやります。</p>
<p><strong>石川　</strong>午後は訓練や座学で終わり、という感じ？</p>
<p><strong>今谷　</strong>だいたいはその流れです。</p>
<p><strong>石川　</strong>それで、17:00から夕食づくりになるんだ。</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうですね。17:00から18:00まで。</p>
<p><strong>石川　</strong>定番メニューは？</p>
<p><strong>今谷　</strong>豆腐卵丼ですね。親子丼の肉が豆腐のやつです（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>それ安く済むんじゃない？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうですね（笑）。1人200円ぐらいです（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>食事はみんな一緒に食べるの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>食事はみんな食堂で食べますけど、いただきます、みたいに一斉に食べるのではなく、各自で食べます。でもだいたい10分ぐらいでみんな食べ終わっちゃいます（笑）。片づけはぼくら下の者がやります。片づけが終わったあと少しゆっくりして、20：00から体力錬成です。</p>
<p><strong>石川　</strong>体力錬成！　なにをやるんですか？</p>
<p><strong>今谷　</strong>自分たちの隊は懸垂をひたすらやりますね。「とりあえず懸垂！」みたいな（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>でも、ひたすら懸垂って言ったって、けっこうな年齢の人もいるんじゃない？　</p>
<p><strong>今谷　</strong>若い人だけですね（笑）。だいたい消防司令補までで30後半くらいの人が一番上です。</p>
<p><strong>石川　</strong>それで、若い衆は懸垂何回やるの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>懸垂は100回ですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>100回！　でも、20歳ならできるのかな？</p>
<p><strong>大田　</strong>できないですよ（笑）。</p>
<p><strong>今谷　</strong>でも、ひとつの鉄棒があって、10回やったらつぎの人、とローテーションにして、休みを入れながらみんなで楽しくやってます。</p>
<p><strong>石川　</strong>すごいね〜。でも、もちろん、懸垂だけじゃないよね･･････。</p>
<p><strong>今谷　</strong>腕立てとか。だいたい腕立ても200回です。そうなるともう腕も疲れちゃって（笑）。でも、みんなで盛り上げてやるから面白いんですけど。</p>
<p><strong>石川　</strong>けっこう楽しくやってるんだ。だいたいみんな体育会系出身の人？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうですね。それで腕立てが終わったら、スクワットとか。ここまでは屋外なんですけど、その後は、屋内の機材のある部屋でベンチプレスや腹筋とか。</p>
<p><strong>石川　</strong>けっこうやってるね〜（笑）。いつまでやってるの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>だいたい22:30ぐらいで終わりになって、あとは上の人から順番に風呂に入ります。風呂が一つしかなくて。最近は寒いんで上の人が風呂が長いんですよ（笑）。自分なんて昨日は風呂に入ったのが0:00で。</p>
<p><strong>石川　</strong>そうか、今谷くんは下っ端だから風呂に入るのも最後のほうなんだ。</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうなんですよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、もう今谷くんが入るときは風呂はドロドロ？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうです。もうお湯には入りません。だからシャワーだけです。</p>
<p><strong>石川　</strong>寒いね〜。</p>
<p><strong>今谷　</strong>寒いです（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>もちろん、風呂に入ったあとでも、消防士としての今谷くんの一日はまだ続くわけだよね？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうですね。風呂に入ったあとは、みんな勉強したり、次の日の申し送りの準備をしたりして、でも、だいたい0:00ぐらいから寝はじめます。</p>
<p><strong>石川　</strong>あっ、眠れるんだ！</p>
<p><strong>今谷　</strong>6:00が起床時間なんですけど、それまで1人の当番以外は眠れます。上の人は当番もないので、ほとんど家にいるのと同じ生活です（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>では、当番のことを教えてください。</p>
<p><strong>今谷　</strong>かならず1人は起きているようにして、その日の当直の一番上の人を除いたみんなが0:00から6:00まで1時間ごとに交替します。だから、0：00〜1:00までとか、5:00〜6:00までの当番になれば楽なんですけど。</p>
<p><strong>石川　</strong>3:00〜4:00の当番になると大変だよね。</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうです。まとまった睡眠時間がないので大変です。</p>
<p><strong>石川　</strong>それで、仮眠をとりながら1時間の当番をやって朝になる、と。</p>
<p><strong>今谷　</strong>6:00起床で、6:30からぼくら下の者はうどんづくりです。上の人はこの時間に掃除をやってくれています。</p>
<p><strong>石川　</strong>うどんはどんな？</p>
<p><strong>今谷　</strong>油揚げとか玉ねぎとか具の入ったものです。うどんを食べ終わるとまた精算します。そうすると、つぎの日の班の人がやってきて。朝の仕事はだいたいうどんづくりですね。これで一日の仕事が終わります。もちろん、災害が起これば全然ちがってきちゃいますけど。
</div>
<h4>「遠くに行きたくない。職場も自分の生れた市なので、もう外に出ることはないかと（笑）」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">今谷くんの休日はパチンコ（あとで、パチンコばっかりやってるわけではない、とわかるのだけれど）。地元を愛する青年、今谷くんは市の消防署に勤めていることに満足。地元で塗装業を営む父、昨年まで保育園に勤めていた母、この春から小学校の先生になる姉、パソコン好きで陸上選手の弟と暮らしている。近所にはときどきお小遣いをくれるばあちゃんもいる。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>一日の仕事について聞いたけど、週はどれくらいのシフトになっているの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>自分たちは7日の普通のサイクルではありません。8日でひとつのサイクル、“仕事→休み→仕事→休み→仕事→休み→休み→休み”を1サイクルで考えています。</p>
<p><strong>石川　</strong>休みの日はなにしてるの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>ギャンブルです（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>ギャンブルっていうとなに？</p>
<p><strong>今谷　</strong>基本はパチンコです。最近はスロットを教えてもらってますけど。消防の人は休みが多いのでけっこうやってる人多いですよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、休みの日にパチンコ屋で同僚に会っちゃうことあるんだ。</p>
<p><strong>今谷　</strong>ありますね〜（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>8:30に仕事が終わるから、そのまま朝パチンコ屋に並んじゃうとか？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そういうこともありますね（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>一日中パチンコやるとしたら、だいたい二日に一日はパチンコ屋にいることになっちゃうけど？</p>
<p><strong>今谷　</strong>でも、お金も続かないので、家に閉じこもってゲームやったりとか、お金を使わない過ごし方を考えています。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、月いくら給料はもらってるの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>それはあまり言いたくないです（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、どうやって聞き出そうかな〜（笑）。</p>
<p><strong>今谷　</strong>ここ（ポット出版）っていくらぐらいの家賃ですか？</p>
<p><strong>大田　</strong>30万円ぐらいだと思うけど。</p>
<p><strong>今谷　</strong>それだとぼくは2ヶ月働かないと家賃払うの無理ですね〜（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>今谷くんやさしいね（笑）。じゃあ、月15万円として（笑）。</p>
<p><strong>今谷　</strong>給料少ないんですよ（笑）。土日に出勤しても手当てもなくて。手当てがあるのは祝日出勤のみです。だから、祝日のない八月とかは苦しいです。</p>
<p><strong>大田　</strong>そのうち自分の自由に使えるお金は？</p>
<p><strong>今谷　</strong>2、3万です。</p>
<p><strong>石川　</strong>えっ、親と暮らしているのにそれだけしか自分で使えないの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>月に親に1万、自分の車のローンに3万、あとは自分で入った生命保険に1万、年金に1万、あとガソリン代、携帯代、食費で。</p>
<p><strong>大田　</strong>携帯代は月にいくらぐらい払っているの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>携帯は月1万ぐらいです。仕事が入るんで通話が多いかと思い、ちょっと高い定額サービスに入っています。</p>
<p><strong>石川　</strong>まだ、あとなんか払っているお金ない？</p>
<p><strong>今谷　</strong>あと、保険屋に頼んで、給料入った時点で3万ぐらい貯蓄にまわすのをやってます。給料そのままもらうと使っちゃうんで（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>それで、趣味はパチンコだけ？　車は好き？</p>
<p><strong>今谷　</strong>マツダのCX-７に乗ってます。一目ぼれで買ってしまいました（笑）。ローンは3年です。</p>
<p><strong>石川　</strong>いじりたい？</p>
<p><strong>今谷　</strong>いじりたいけど金がないのでどうにもならないです。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、やっぱり、いまのめりこんでるのはパチンコ？</p>
<p><strong>今谷　</strong>新人は半年間消防学校に行くんですけど、そこは寮生活なので、その前に「パチンコに飽きるまでやってやるぞ！」と思ってやり続けたら、逆に、どんどんのめりこんじゃって（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>やっぱ好きな機種とかあるの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>北斗の拳です。</p>
<p><strong>大田　</strong>マンガのほうは？</p>
<p><strong>今谷　</strong>パチンコをやってから読みました。マンガもいいですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>ゲームはやるの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>ウイイレ（サッカーゲーム、ウイニングイレヴン）ですね。ぜんぜん飽きませんね。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、高校時代は部活やってウイイレやって、という毎日で･･････。</p>
<p><strong>今谷　</strong>で、高校の終わりぐらいにパチンコ覚えちゃって（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>ほんとパチンコ好きだね〜（笑）。その他に趣味をもつ予定は？</p>
<p><strong>今谷　</strong>職場にスノボが好きな人がいるので、今度休みの日を合わせて連れていってもらいます。</p>
<p><strong>石川　</strong>そうするとまたお金がいるよね？</p>
<p><strong>今谷　</strong>あとは、ばあちゃんのところで収入を得ています（笑）。近くにばあちゃんの家があって、わざわざそこに自分の車を洗車に行くんです。そうすると「よく来たね」みたいな感じで5000円くれるんです（笑）。だいたい2週間に一度は行くようにしています（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>ばあちゃんの家の車も洗車してあげるの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>いえ、自分の車だけです（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>えーっ（笑）。そりゃわるいよ（笑）。で、ばあちゃんの家も近いということだけど、今谷くんはずっと自分の生れた町で家族と一緒に住んでるの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうですね。ずっと自分の生れた町を出ていない、というか。小学校、中学校、高校とずっと自分の生れた市です。小、中は市立、高校は県立の学校です。高校は普通科です。小学校からずっとサッカーをやっていて、高校はサッカーの強いところに行こうかと思ったんですけど、自分にはそんな実力はないと思って。それで、自転車で5分の家から近い高校にしました。</p>
<p><strong>石川　</strong>ということは今谷くんは地元好き？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうです。遠くに行きたくない。職場も自分の生れた市なので、もう外に出ることはないかと（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>そういえば、兄弟はいる？</p>
<p><strong>今谷　</strong>上に22歳の姉がいます。来年から小学校の先生になります。姉は頭がよかったです。あと、下に17歳の高校生の弟もいます。弟は、家から200メートルの商業高校に行っています。自分と同じめんどくさがり屋なんで（笑）。弟はパソコンが好きで、DVDのプロテクトをはずせたりします。ゲームも好きで、自分も一緒に遊んだりします。こう言うと弟はオタクみたいなんですけど、地元で鳴らした陸上選手です。だから、勉強は姉に取られて、運動は弟に取られました（笑）。弟に「姉ちゃんは県の公務員、兄は市の公務員、お前は国家公務員だ！」なんて言ってプレッシャーをかけられてるんですけど、まったく勉強しないです（笑）。危機感がないです（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>それから、ご両親はどんな人なの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>父（57歳）は塗装業をやっています。母（53歳）は昨年まで保育園の先生をやっていました。けれど、自分の小さいころは母親は家にいました。親は子どもの進路に関しては口出しはしなかったですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>お母さんは保育園の先生ということだけど、大学を出て先生になったの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>県立の教員養成所で資格をとったらしいです。</p>
<p><strong>石川　</strong>親によく言われたことはなんかある？</p>
<p><strong>今谷　</strong>小学校のころ親によく言われたことは、「ごはんは残すな」です。消防署では余った食べ物を捨てるんですけれど、最初捨てるのはショックでした。</p>
<p><strong>石川　</strong>お父さんは塗装業だということだけど、どんな仕事なの？　1人でやってるの？　人を使ってるの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>塗装業は人を5人使ってます。家の塗装をやってます。親方みたいなもので、社長と言われることもあります。</p>
<p><strong>石川　</strong>へえ、わりと大きく仕事してるんだね。</p>
<p><strong>今谷　</strong>塗装の仕事は、祖父の代からです。祖父が建具屋から塗装屋になったのがはじまりです。父親は隣町の工業高校を出て、23歳までの5年間、別の工務店で働いて祖父のあとを継ぎました。使っている人は若い人ではなくて、60以上の人ばかりなんです。それで、若い人がたまに入ってもやめちゃって。あとがいないとやばいので、弟にまかせようかな、と自分は思ってるんですけど、親は弟に家を継げとは言いません。</p>
<p><strong>石川　</strong>それじゃあ、お金に困った経験はあまりないんだ。</p>
<p><strong>今谷　</strong>お金に困らなかったですけど、ほかの人に比べれば与えられたおもちゃは少なかったほうだと思います。高校のときはお小遣いは月5000円でした。部活の用品などは言えば買ってもらっていました。あとは、例のばあちゃんちでお小遣いをもらってました（笑）。
</div>
<h4>「出世じゃなくて、技術や知識を上げることを目指しています。いまやってる警防だけじゃなく、救急、救助とオールマイティーにできるようになりたいです」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">今谷くんはパチンコのことばかり考えているわけではない。仕事にはプライドと目標をもっている。地元好きゆえの職業選択の段階、現在の仕事への取り組みの姿勢が語られる。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>勉強はできた？</p>
<p><strong>今谷　</strong>高校受験のときは、受験の苦痛を味わいたくなかったので、中学での内申点が重視される前期の受験で受かろうと、学級委員とかやって受かりました。</p>
<p><strong>大田　</strong>その高校のランクは県内でだいたいどれくらい？</p>
<p><strong>今谷　</strong>真ん中ぐらいですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>どんな高校だった？</p>
<p><strong>今谷　</strong>自分の高校はほんとに平和で。不良が寒い目でみられちゃうような普通の人の集まりでした。そのなかで、自分のいたサッカー部は、そこに入ってれば学校での立ち居地は上にいれる、といった感じでした。あと、授業中にマンガ読んだり、筆箱で隠してDSやったり。クラスのやつとマリカー（マリオカート）で対戦したりしてました（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>（笑）。その高校を出た人は大学に行く人が多いの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>中途半端なやつが多いので、「とりあえず専門（学校）」、「とりあえず大学」といった感じですね（笑）。自分の学年が240人なんですけど、そのなかで就職したのは10人ぐらいです。</p>
<p><strong>石川　</strong>なんで就職しようと思ったの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>親にはむかしから国立の大学へ行けと言われてて、中学のときは、埼大（埼玉大学）には入れるかな、と思ってたんです。けど、どう考えてもそれは無理だとわかって。家（塗装業）を継ごうか、と相談したら、親に「塗装屋は儲からないからいいよ」と言われて。それで、自分はむかしからスポーツをやってたので、筋肉のこととかも興味があって、整体師になりたいと思っていたこともあるんです。けど、親に相談したら「それじゃ食っていけない」、「どこに就職するの？」と言われて。親は進路のことには口を出さないけれど、就職についてはけっこうはっきり言います。で、そう言われたら、もう公務員しかないかな、と。消防という選択肢はそこからです。それで、自分は市の職員みたいにずっと机に座る仕事はいやで。その段階で、選択肢は警察か消防になるんですけど、警察は規律が厳しそうなので、消防のほうに行くことにしました。けれど、高校の3年春は、模試のようなもので、自分の市の消防就職希望者27人中26番だったんです（笑）。それで、夏から大宮の公務員就職の専門学校の無料講座に出まくって勉強しました。結果としては、受験者54人中、受かった14人に入りました。</p>
<p><strong>石川　</strong>すごいじゃん！　</p>
<p><strong>今谷　</strong>地元では、そう言ってほめてくれる人もいますけど、「へぇ、消防署入ったんだ」ぐらいの人もいます（笑）。</p>
<p><strong>大田　</strong>整体で「食っていけないよ」と言われたとき、公務員という選択肢はすぐに出てきたの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>はい。そのときはまだ消防というのは頭になかったですけど、前から友だちと「就職するなら公務員がいいな」と話していて。</p>
<p><strong>石川　</strong>消防に決めた理由は？</p>
<p><strong>今谷　</strong>業務の内容は知らなかったですけど、訓練みたいなのはしてると知っていて、自分は体を動かすのが好きだったので。それで、やっぱり地元で働けるというのがよかったですね。「地元」っていうのがいちばんですかね。</p>
<p><strong>石川　</strong>そうだよね。警察は県警だと転勤あるけれど、消防士さんはずっと同じ市だもんね。やっぱ地元なんだ（笑）。地元好きだね〜。</p>
<p><strong>今谷　</strong>地元の祭りとがあって、小学校のころからずっと参加していて、それやってると、「自分の町だな」という意識があって。</p>
<p><strong>石川　</strong>近所の人とつきあいはある？</p>
<p><strong>今谷　</strong>歩いているとちょこちょこ町内の人と話したりして、けっこうかかわりあるな、と思ってます。</p>
<p><strong>石川　</strong>ところで、二年働いてどうですか？　もう辞めたいとかある？</p>
<p><strong>今谷　</strong>辞めたいというのはありません。仕事にはこれでOKというのがなく、限界なく上があるので。技術をどんどん上げればもっとたくさんの人が助けられる、というのがあって辞めるというのは考えていません。それから、「自分の生まれ育った町に恩返しができればいちばん、と思っています」と人には話すようにしているんですけど、ほんとはそんなこと思っていないです（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>えっ！　じゃあ、ほんとのところはどうなの（笑）？</p>
<p><strong>今谷　</strong>でも、やっぱり、自分の生まれ育った町に役に立つ仕事なんで、働けて光栄です。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、やっぱりいまさっき言ったことはほんとなんだ（笑）。</p>
<p><strong>今谷　</strong>なんも遊ぶところのない町ですけど（笑）。自分の育った町なんで。</p>
<p><strong>石川　</strong>出世はしたい？</p>
<p><strong>今谷　</strong>出世じゃなくて、技術や知識を上げることを目指しています。いまやってる警防だけじゃなく、救急、救助とオールマイティーにできるようになりたいです。</p>
<p><strong>石川　</strong>つまり、いまは警防隊だけど、救急救命士とか救助隊の免許もほしいんだ。</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうですね。救助隊になるには一ヶ月消防学校に行かないといけないんですけど、そのためには、推薦されて30代中ごろにならないといけないんです。そのためにはいい成績を残していなくてはならなくて。</p>
<p><strong>石川　</strong>いま成績と言ったけど、なにか評価の基準とかあるの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>昇任試験というのがあって、年に一度、法律とか論文の試験があります。</p>
<p><strong>石川　</strong>ああ、じゃあ就職してもいろいろ勉強やらなきゃいけないんだ。</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうですね。自分は、もう就職したから勉強やらなくていいんかな？と思ってたんですけど（笑）。でも実際は勉強することがいっぱいあって。この薬品に水をかけると火が出ちゃうとか、薬物の勉強もします。法律のことなど必要な知識を勉強しなくてはならないんです。</p>
<p><strong>石川　</strong>さっき、警防、救急、救助とオールマイティーになりたい、と言ってくれたけど、いまの自分の目標としてはどういうものがあるんですか？</p>
<p><strong>今谷　</strong>災害に対してなるべくスムーズに対応できる技術と知識を身につけたい、ということですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>えらいね〜。ところで、大学に行っている連中とかはどう思う？</p>
<p><strong>今谷　</strong>自分の場合は、大学に行くと遊んでしまうと思うので。そうすると自分は目標がなくなってしまう感じがするんですよ。いままで部活とか厳しいなかで目標があったからがんばれたんで。目標があって大学に行く、というのはいいと思うんですよ。でも、目標なくて大学行くっていうのは親にも迷惑をかけているだけだと思うし。自分はそういう考えです。</p>
<p><strong>石川　</strong>大学に行かなかったのは、目標がなくなるのが怖かった？</p>
<p><strong>今谷　</strong>それがいちばんでした。大学でサッカーやるつもりもなくて。</p>
<p><strong>石川　</strong>いまの職場はつぎつぎにステップがあるから安心できる？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうですね。覚えることがつぎつぎにあるんで。</p>
<p><strong>石川　</strong>自分がプロであるという意識がある？</p>
<p><strong>今谷　</strong>消防学校のころから言われてきたのでそう意識しようとは思っていますが、意見を言うにも知識が必要で。まだまだ自分の知識は浅くて、同じ職場の人に意見を言うのはまだ自信がもてないです。</p>
<p><strong>石川　</strong>勉強してる？</p>
<p><strong>今谷　</strong>まだまだですけど、いまは地理や水利を自分で覚えるようにしています。</p>
<p><strong>石川　</strong>ぼくのいままでの印象だと、消防士さんは訓練ばかりやっているイメージだったけど、相当勉強しなくちゃならないんだね。</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうです。それも時間が与えられるのではなく、自分で時間をつくってやらなくちゃならなくて。どっちかと言うと、休みの日に勉強しなくちゃならないんです。それで、自分は休みの日は朝からパチンコやってたりして、勉強しなかったら上の人に言われて。いまは、休みの日に車で自分の市をまわっています。最近合併した地域のことはなんにも知らなかったんで、やっています。いままではパチンコを優先してましたけど、いまはまず、勉強を先にしています。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、いまは朝からは並んでないんだ。</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうですね。まず、仕事が終わったらその日はどこへ行くか決めて、一時間か二時間かけて走ってまわって、地理や水利を覚えるようにしています。</p>
<p><strong>石川　</strong>勉強してるね〜。</p>
<p><strong>今谷　</strong>職場ではパチンコの話しかしませんけど（笑）。
</div>
<h4>「自分の命より人の命、となったら消防の活動が全部狂っちゃいます」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">今谷くんのいまの仕事の悩みは現場経験が少ないこと。緊迫した災害の現場でどう立ち振る舞っていいか。要救助者や市民への対応はどのように行えばいいか。その問題点や重要ポイントが具体的な経験をもとに語られる。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>仕事の悩みとかある？</p>
<p><strong>今谷　</strong>災害があると庁舎に1人だけ残ることになるんです。自分はその役が多くて、あまり現場に出れてないんです。現場の経験を積みたいんです。それから、自分が出勤している日に災害がほとんどないんです。「お前がいる日は災害が起こらない」なんて言われてしまって。もちろん、災害がないことはいいことなんです。けれども、自分の経験が少なくなってしまうのは悩みです。</p>
<p><strong>石川　</strong>それでも出動はあると思うんだけど、どういう出動が多いの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>救急が多いですね。火災や救助は月1回ぐらいです。</p>
<p><strong>石川　</strong>でも、今谷くんは警防隊なんだから、救急は出ないんだよね？</p>
<p><strong>今谷　</strong>人出が足りなくて、知識がなにもなくても出ることがあります。</p>
<p><strong>石川　</strong>どういうことをやるの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>ストレッチャーなどの器具をもってきたり、脈や血中酸素を測る器具の準備をしたりします。あとは患者さんへの声かけをしますけど、救急救命士ではないので処置はできません。</p>
<p><strong>石川　</strong>いままでいちばん記憶に残っている経験は？</p>
<p><strong>今谷　</strong>となりの市へ火災の応援に行ったとき、急に火が出て、まわりの人が見えないほど煙がすごかったんです。そのときは、「自分も死んじゃうんじゃないか」と思いました。それで、「オレ、こんななか行くの？」とほんとに「後ずさり」というものをしました。</p>
<p><strong>石川　</strong>そのとき、おどおどして「お前足手まといだ！」とかは言われなかったの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>いえ。上の人は「新人はこうだろうな」というのはもうわかっているので。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、怒られたことってある？</p>
<p><strong>今谷　</strong>交通事故の現場で、自分に指示してくれる人がいなくて、勝手に行動しちゃったんです。そしたら、「お前、なにうろちょろしてるんだ！」と怒鳴られました。指示が出ないときは待機しなくちゃならないし、動くときは「自分はこれします」と言わなきゃならないんですけど、そのときは、舞い上がっちゃって。他の車の誘導をしなくちゃならないところを、車のなかに閉じ込められた人に呼ばれたので、そっちの対応しちゃって。災害の現場では要救助者はすごい焦った感じで「はやく助けてください！」と言うので、自分も対応をどうしたらいいかわからなくて、こっちもあわてちゃって。そうなると結果として、要救助者を心配がらせてしまうんです。こういうことはいちばんやっちゃいけないことなんですけど。自分もどうしていいか手段がわからなくて。</p>
<p><strong>石川　</strong>そりゃそうだよね〜。「助けて〜」と言われたら、どうしても「こっちをなんとかしなくちゃ」と思っちゃうよね。</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうです。でも、それが危険なんです。たとえば、川に流されている人を見て、その人をすぐ助けようとするのは危険です。「すぐに助けに行ったらお前も死ぬぞ、それはいちばんやっちゃいけない」というのが消防の基本的な教えです。優先順位としては、自分の命があって、仲間の命があって、そのつぎに助ける人があるんです。「まず、自分の命の安全を確保してから」というのが重要です。これが消防の活動の指針です。</p>
<p><strong>石川　</strong>へえ〜。勉強になります。</p>
<p><strong>今谷　</strong>自分の命より人の命、となったら消防の活動が全部狂っちゃいます。</p>
<p><strong>石川　</strong>そういうかなり緊張した現場の経験が少ないことがいま不安なんだ？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうです。同期は現場経験がけっこうあるんですけど、自分はそういう経験がないのが不安です。</p>
<p><strong>石川　</strong>でも、もちろん災害はないほうがいいよね（笑）。</p>
<p><strong>今谷　</strong>もちろんそうです（笑）。</p>
<p><strong>石川　</strong>これがいまのいちばんの悩みなんだ？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうですね。職場の人間関係とかは、この人の言うことは聞く、この人の言うことは流す、と自分のなかで評価がはっきりしているので、あまり気になりません。</p>
<p><strong>石川　</strong>その基準はどこにあるのかな？</p>
<p><strong>今谷　</strong>普段の様子を見ていて、救助隊の人がとくにそうなんですけど、訓練や技術がしっかりしている人が信頼できます。警防隊の上の人だと知識だけあって文句ばかり言って、訓練や技術がなにもできない人もいるので。</p>
<p><strong>石川　</strong>部活っぽく言うのもなんだけど、今谷くんの職場はみんなで合宿しているわけじゃん。するとその人の食事の仕方からなにからなにまで、生活が見えるわけだよね。そういうところで判断してるんだ。</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうですね。上の人のなかには、年齢の問題もあるけれど、訓練に出てこなくて、まったく興味を示さずに自分のことをやっちゃっている人もいるので。</p>
<p><strong>石川　</strong>だからこそ、自分も下の者には尊敬される人になろうと？</p>
<p><strong>今谷　</strong>筋トレはなんのためかというと、自分の命を守るためなんで。それに、隊のレベルは一番下の人間に左右されると言われているんで、そういう意味でしっかりやっています。</p>
<p><strong>石川　</strong>その他に仕事のうえで心がけていることってある？</p>
<p><strong>今谷　</strong>まず、市民との対応ですね。「プロだからへんなところ見せるな」と言われていて、“言葉づかい”には気を遣います。市民の人から電話で「きょうはどこの病院が開いているんですか？」といった問い合わせがあるんですけど、そういうときには丁寧な言葉を使って対応します。自分はもともと、人との接し方、見ず知らずの人と話すことがあまり得意じゃなくて、できるだけ避けてきたことなんです。「○○はただ今外出しております」とか、そういう言葉づかいも知らなくて。<br />
それから遅刻ですね。“仕事では遅刻はしちゃいけない”。自分は高校のとき、学校が近いというのもあって遅刻ばかりしていて。でも、仕事では人から見られるから、遅刻ばかりすると「あいつ遅刻ばっかしている」となってしまいます。<br />
あとは“あいさつ”ですね。高校のときは自分の顧問だけにあいさつしていればいいと思っていたんです。でも、仕事では「とにかくいろんな人に名前を覚えてもらえ」と言われてます。一緒に現場に出て仕事をするわけですから、年とか階級がちがっても、職場の集まりには参加するようにしています。
</div>
<h4>「働き出していちばん感じたのは、なにかを犠牲にしてやらなきゃならないものがある、ということなんですよ」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">丁寧な言葉づかいが苦手、遅刻常習、あいさつもろくにしない、そういう高校時代の今谷くんはもういない。今谷くんは仕事をしながら自分を変えてきている。そんな今谷くんから見た大学生はどうなのか。そして、自分は高卒であることについてどう受けとめるのか。まだ20歳の今谷くんだけれど、これから起こりうる高卒・大卒の問題について、いまのところの意見を語ってくれた。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>さっき大学生は遊んでいる、という話があったけど、そのあたりはどう？</p>
<p><strong>今谷　</strong>高校のときの友だちで大学へ行っているやつは、行ける大学に「流れ」で行ったという感じです。</p>
<p><strong>石川　</strong>「大学生のヤツらはいやだな」とは感じる？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうは感じません。大学のヤツとも普通に遊びますし。ただ、考えが「コイツ学生だな」とたまに感じるときはあります。</p>
<p><strong>石川　</strong>「考えが学生だな〜」と。それはどんなとき？</p>
<p><strong>今谷　</strong>働き出していちばん感じたのは、なにかを犠牲にしてやらなきゃならないものがある、ということなんですよ。それが大学生だと、ゆったりした生活で、なにかを犠牲にしなくてもいいと思うんですよ。</p>
<p><strong>石川　</strong>犠牲にするって、たとえば、なにを犠牲にするの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>睡眠時間です。それまで、すげー寝てたんですよ（笑）。</p>
<p><strong>大田　</strong>たしかに、なにかを犠牲に、というのはよくわかります。大学のときは本を読んだりとか自分で好きなことをやるために時間を使えたけど、仕事をはじめると時間配分をまったく別の考え方でやらなくてはならなくなりました。時間を取ろうと思っても取れないこともある。でも、そんなに寝てたの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>高校が家から近かったので、登校が8:50なんですけど、8:30まで寝てたんですよ。仕事をはじめたら、朝6:30とかには起きなくちゃならなくて。それで、最初の頃は高校までの夜更かしの癖が残っていたんで、朝は辛かったです。</p>
<p><strong>石川　</strong>大学生の話に戻って直接的なことを聞いてしまうけど、今谷くんは高卒で仕事をはじめたわけだよね。それで、高卒のうちの父親、地方公務員だったんだけど、その父親が「大卒じゃないと出世できない」ってよく言ってたんだよね。そのへんはどう思う？</p>
<p><strong>今谷　</strong>それは自分の職場でもおんなじです。自分は「お前、高卒だから下のヤツに抜かれていくから覚悟しとけよ」とよく言われます。採用に関しても、上のほうの考えとして、大卒のほうが知識があるから優遇されるということがあります。</p>
<p><strong>石川　</strong>たとえば、高卒が出世できるのはここまで、これより上は大卒じゃなきゃだめ、というのはあるの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>詳しくはわからないけれど、それもあると思います。それから、消防の卵が集まる消防学校でも、表彰される成績優秀者はやっぱり知識がある大卒です。</p>
<p><strong>石川　</strong>さっきから、大卒者は知識があるって今谷くんは言うけれど、今谷くんだって、勉強すれば知識は得られると思うんだけど。</p>
<p><strong>今谷　</strong>単純に言えば、大学を出てれば上に上げる、という考えだと思います。そんな中で、「高卒のほうが長く働けるんだから大卒よりいいんだぞ」と言われると、「ああよかったな」と感じたりします。</p>
<p><strong>石川　</strong>ちょっとまた直接的なことを聞いてしまうけど、さっき、「お前、高卒だから下のヤツに抜かれていくから覚悟しとけよ」と言われる、と言ったけれど、それはいまどう受けとめてる？</p>
<p><strong>今谷　</strong>自分は階級を上げることが目標ではないんで。結局、「使える人」だと思われれば、それでいいんですよ。でも、今年も自分の後輩に大卒が入ってきたんです。大卒のほうが、たとえば、自分は消防士を8年やって階級が上に上がるんですけど、大卒はそれを5年でいいんです。結局年齢としては同じぐらいになるんですけど、大卒のほうが上に上がるのは速いです。そういう意味で、抜かれていくんですけど。</p>
<p><strong>石川　</strong>じっさい階級が上がれば給料はいいんじゃない？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうです。それに自分の意見を通しやすくなります。</p>
<p><strong>石川　</strong>そうだよね。それで、指示を出すような上の階級の人は大卒？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうですね。やっぱり上に上がれる人は人数が少なくなるんで。いま消防は60歳が定年ですけど、消防士長は40代で大卒が多いです。</p>
<p><strong>石川　</strong>そうすると、いやらしい話になっちゃうけど、たとえば、今谷くんが40歳になったとき、今谷くんが消防士長で、あとから入ってきた大卒の後輩が消防司令長ってこともありうるわけだよね？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そこまでは離れないと思いますけど、自分が消防士長で、後輩がその一つ上の消防司令補や二つ上の消防司令になる、ということは、なくはないですね。</p>
<p><strong>石川　</strong>だから「そういうのを覚悟しとけよ」と言われるんだ。</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうですね。いま職場でもじっさいにそういうことが起こっているので。</p>
<p><strong>石川　</strong>今谷くんは、この仕事に意義があると思っているし、たくさん勉強して、たくさん経験も積んで、ずっと続けていきたいと思っているはずなんだ。それで、40歳になったら、みたいな話しをしたんだ。</p>
<p><strong>今谷　</strong>自分はまだそういう場面に出会ってないですけど、じっさいに上に上がった人がそれまで先輩だった人を「オマエは下だ」みたいに言うこともあるので、「それはちがうんじゃないかな」と思うことがあります。もちろん、消防経験が長いほうが上、という考えもあります。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、逆に言えば、専門性を必要とする仕事だから、技術や知識、経験をしっかり身につけている人が実際の階級よりも尊敬される職場なのかな？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうですね。自分たちはそこを尊敬するんですけど。でも、上のほうではそこを重視しない人もいます。「コイツ訓練ばっかやりやがって」とか。それで、自分たちとしては、なんで？と思う人の階級が上がったりとか。</p>
<p><strong>石川　</strong>うーん、なるほどね。いま20歳なんだよね。そういう問題がこれから自分の問題として起ころうとする場面にいるんだと思うんだ。たとえば、もし、今後問題が起こって、「だったら、オレ大卒になってやるよ」と通信で大卒の資格を取る、っていうことも思うかもしれない？</p>
<p><strong>今谷　</strong>同じぐらいの世代ではまだ対抗意識みたいなものはなくて、この関係を保ちながらなら、後輩が上に行っちゃっても、「オレが上なんだから」という態度を取らなければそれでいいんじゃないかな、と思ってるんで。</p>
<p><strong>石川　</strong>今谷くんは、「自分は高卒だから、あいつらは大卒だから」みたいな人づきあいはしていない人だから、「いまこういう問題を聞いちゃっても」とほんとうは思うんだよね。でも、さっき言ってた「コイツ考えが学生だな」と思ってたヤツらが後から入ってきて上に行っちゃうんだから、そのときはなにか思うことがあると思ったんだ。でも、いかんせん、今谷くんの同級生はまだ大学生なんだよね。いまのところ自分としては大卒の人とも仲良くできればと思ってるんだよね？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうですね。
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<h4>「最近はやっと合コンちゅうものを･･････」</h4>
<p style="margin-left:4em;margin-right:4em;margin-bottom:3em">今谷くんは携帯を主に使っている。パソコンでインターネットを見るときもあるがスポーツニュースでサッカーや野球の情報を仕入れるだけ。mixiはそんなにやっておらず、そこから知り合いを広げるということもない。Twitterの存在は知っているがやっていない。でも、モバゲーはよくやる。じつは、今谷くんの職場では「怪盗ロワイヤル」が流行っている。同期の人だけでなく、上司もやっており、おじさんが強い。そんな今谷くんの恋愛事情を最後に少し。</p>
<div style="margin-right:15em;">
<p><strong>石川　</strong>これはいつも沢辺さんが聞くんだけれど、彼女いる？</p>
<p><strong>今谷　</strong>彼女いないです。仕事はじめたら女の子との接点はまったくなくなってしまって。</p>
<p><strong>石川　</strong>高校は共学だった？</p>
<p><strong>今谷　</strong>6（女子）：4（男子）で共学でした。</p>
<p><strong>大田　</strong>それでサッカー部だったらモテたんでは？</p>
<p><strong>今谷　</strong>いや、女に話しかけなかったんで。</p>
<p><strong>石川　</strong>話すのが苦手だったんでは？</p>
<p><strong>今谷　</strong>そうです。自分は女は好きだけど話すの苦手だったんです（笑）。なに話したらいいんかな？</p>
<p><strong>石川　</strong>ぼくも大学で女子学生と話すことがあるけれど、やっぱいまだに努力してる感じあるかな。</p>
<p><strong>大田　</strong>ぼくは中高男子校で、大学から共学だったんですけど、姉がいたので、女の人と話すのに困ることはなかったですね。まあ、話すことはなんでもいいんですよ（笑）。</p>
<p><strong>今谷　</strong>でも最近はやっと合コンちゅうものを･･････。</p>
<p><strong>石川　</strong>おっ、合コン！</p>
<p><strong>今谷　</strong>中心になって「さぁ、やるぞ！」ではなく、自分は呼ばれていくほうで。職場で合コンが好きな人がいて。結婚してるんですけど、なんか不倫とかいろいろやっているみたいな人がいるんですよ。その人が呼んでくれて、そうすると、だいたい来る人が人妻なんですよ（笑）。自分はいちばん年下で、同期でも26歳とかなんで、それだとどうしても呼ばれる女の人の年齢が上になっちゃうんですよ。まあ、合コンのときは自分は26歳だとか言いますけど（笑）。</p>
<p><strong>大田　</strong>年上は好き？</p>
<p><strong>今谷　</strong>はい。自分がなよなよしているので年上のほうが好きです。</p>
<p><strong>大田　</strong>引っ張ってもらったほうがいい？</p>
<p><strong>今谷　</strong>自分が家庭をもったときに、奥さんに財布を握ってもらって、「あんたこれで一ヶ月過ごせ」と言われたほうがいいような気がして。そうでないと全部使っちゃうような（笑）。そっちのほうがいい生活できるかな。</p>
<p><strong>石川　</strong>じゃあ、合コンでいい人見つけたい？</p>
<p><strong>今谷　</strong>合コンは、終わったあと女の子と連絡取るとかよりも、その場でたのしんでもらえればいいです。</p>
<p><strong>石川　</strong>それじゃ、彼女とかにはあんまり興味はないの？</p>
<p><strong>今谷　</strong>彼女はほしいですけど、一人でいる生活が好きなんです。</p>
<p><strong>石川　</strong>一人の生活って？</p>
<p><strong>今谷　</strong>自分は、休みの日とか、何時に起きて、そのあと何するか、と自分でスケジュールを立てるのが好きなんですよ。それで、彼女のために自分の生活を犠牲にするというのに慣れていない、というのがあるんですよ（笑）。「お前マメじゃないな」なんて言われますけど。</p>
<p><strong>石川　</strong>「慣れてない」っていうのがいいね（笑）。でも、彼女できれば慣れてくると思うよ。犠牲というのもなんだけど、犠牲にせざるをえないと思うよ（笑）。<br />
今日は長時間ほんとうにありがとうございました。ふだん聞けないようなお仕事のことも具体的に聞けて、とても勉強になりました。
</div>
<h3 style="padding-top:1em;border-top:2px dotted #999;">◎石川メモ</h3>
<h4>仕事をしている人</h4>
<p>　今谷くんは仕事をしている人。最初のほうの「夕飯を何にするか決めるのは、自分たち下の者でみんなが食べられるようなものを決めます」といった話だけでも、ほんのちょっとしたことだけれど、「仕事をしているな〜」と感じる。みんなの意見を聞いてお楽しみ会みたいに夕食を決めてたら埒が開かない。<br />
そして、今谷くんが就職してから心がけるようになった“丁寧な言葉づかい”、“遅刻厳禁”、“あいさつ”。これ、ほんとうに大切なことだと思う。そういえば、今谷くんは「個性」とか「自己実現」とか「夢」などといった言葉はいっさい使わなかった。<br />
　今谷くんの話は具体的だ。だから、今谷くんの仕事には「夢」はないけれど、具体的な「目標」がある。その目標に向かって、「パチンコばっかやってるな！　地理や水利のこと勉強しろ！」とか、「市民への応対は丁寧な言葉で！」なんて怒られたりしながら、そのつど歩んで行く。仕事ってそういうことなんだと思う。</p>
<h4>ある意味で幸せなのかも</h4>
<p>　いわゆる就活で職業の適性診断というのがある。ぼくはそういうものを半分信じて半分信じない。人はだいたいはなり行きで仕事に入っていくんだと思う。けれど、今谷くんと話してみて、これは結果としてなんだけれど、適性ぴったりの感じがする。<br />
　今谷くんは、愛する地元でずっと働ける、体を動かすことが大切な、そのつど深めて身につけるべき技術や知識がはっきりしている、人のために役立つ職業に就いた。もちろんこれから、たとえば高卒・大卒問題など、かなりシビアな問題に出くわすかもしれない。けれども、いまの今谷くんには仕事に関して肯定感がある。ついでに、地元には友だちもいるし、仲のよい家族、やさしいばあちゃんもいる。だから、ある意味で、いまの今谷くんは幸せなのかもしれない。<br />
　でも、さっき、人はなり行きで仕事に入る、と言ったけど、仕事というのは、自分の選択のようでもあり、一方で、なんだか知らないけれど投げ込まれてしまったものなのだと思う。どうにもならないなり行きで、うまくいかないこともあって、仕事や人生に肯定感がもてない人だっているはず。そのあたり、どうなっているんだろうか。また他の若い人に聞きたくなった。</p>
<h4>どうしようもないヤツを上手に流すこと</h4>
<p>　ぼくなりに考えてみると、仕事をするということは、「どうしようもないヤツに出会う」ということを身をもってわかる、ということなんだと思う。同僚にもお客さんにも、かならずどうしようもないヤツがいる。<br />
　今谷くんは、さらりと「人間関係で悩みはありません」と言っていたけれど、自分のなかで、どうしようもないヤツをきちんと判断しているのだと思う。もちろん、その判断の基準は絶対的なものではないけれど、ちゃんと「この人の言うことは聞く」、「この人の言うことは上手に流す」ということができている。<br />
　大事な局面では合意をなんとかつくる、ということも大切だけれど、一方で、相手を「上手に流す」ということも大切だ。「みんなかならず分かり合える」、「どんな人でもかならずひとつはいいところがある」といったことはガチガチな理想にしないほうがいい。どうしようもないヤツに過度にむき合おうとするとエネルギーを使って疲れるし、相手に対する恨みもたまる。だから、「上手に流す」ということは自分を守ることでもあるし、人間関係の悩みを少なくするひとつの方法なのだと思う。</p>
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