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● 三浦しをん『風が強く吹いている』(新潮社)
★★★ ともに疾走して感動を味わえる
よく散歩に出かける河原で、どこかの大学の陸上部員たちがランニングをしているのとすれ違う。ただもくもくと息を切らせて走る彼らは、いったい何のためにトレーニングに打ち込んでいるのか、不思議に思っていた。
これは、そんな熱いアスリートたちを描いた青春小説である。主人公の蔵原走は、長距離ランナーとしての道をはずれ、無為の日々を送っていた。が、ふとしたきっかけで、同じ大学の先輩、清瀬灰二に誘われ、竹青荘で暮らすことになった。その貧乏アパートには9人のユニークな学生たちが同居した。ある日、清瀬は、その素人集団で箱根駅伝を目指すことを宣言する……。
直木賞受賞したばかりの三浦しをんの筆致は実に脂がのっている。「もっと強く吹いてくる風を感じたいと、体じゅうの細胞が蠢く」。そんな言葉のきらめきに、読み手はアスリートたちとともに疾走している気分を味わうことになる。
しかし物語の導入部、竹青荘の住人たちが駅伝を目標にする動機には、最初どうも説得力を感じなかった。どうして陸上と無縁に学生生活を送っていたいまどきの若者が、友人とのお付き合い程度の動機で、そのような過酷な練習に自らを駆り立てるようになったのか。
けれど、読み進めていくうちに、そして登場人物たちと駅伝を走り切った後には、そこにこだわる必要はまったく感じられなくなった。動機などただのきっかけに過ぎない。きっけかさえあれば、情熱は情熱を勝手に呼び込んでいくのだ。
それが青春ってやつなのだろう。青春とは、意味のないことに情熱を注がざるを得ないようなエネルギーのほとばしり。そして、走ることはまさに生きること。人は、さまざまな思いや過去を背負って前へ前へと足を踏み出さざるをえない。そこにどんな意味があるのかもわからないままに。
著者は主人公にこう言わせる。「わからないけど、幸も不幸もそこにある。走るという行為のなかに、俺やあなたのすべてが詰まっている」。
*初出/時事通信→福井新聞(2006.10.15)ほか
