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● 鈴木透『性と暴力のアメリカ―理念先行国家の矛盾と苦悶 』(中公新書)
★★★★ なぜアメリカが性革命をなし得たのか、その背景を知ることができる
先頃アメリカ合衆国で行われた中間選挙は、上院下院ともに民主党が過半数を獲得した。これで政治の風向きもまた変わるかもしれない。近年のアメリカは、ヒッピーや反戦運動が盛り上がった60年代とは様変わりして、保守的な色彩を強くしていた。しかしそれは、アメリカが過去とは異なるものに変化したというよりは、潜在的に内包している二つの面の一方が噴出した、と見るほうが適当のようだ。
鈴木透著『性と暴力のアメリカ』は、その「原理」を建国の理念とその後の歴史から読み解こうとしている。そこでキーワードになるのが、「性」と「暴力」である。「性をめぐる問題は、他者との関係をどう築くべきか、また暴力の問題は、紛争をどう解決するかという、ともに人為的な統合や理念先行の国家というアメリカが背負った宿命と深く関係している」。
アメリカの建国は、ヨーロッパの宗教改革に失望したピューリタンが理想郷を作ろうと海を渡ってきたことにはじまる。「それは完全なる社会を建設するための挑戦であった」。そこで自分たちの宗教的な到達度を測る基準となったのが、まさに禁欲的な性だった。そのことによって、性をつねに問題視する眼差しが、歴史と社会に色濃く現れることになった。
しかし独立革命期の代表的な知識人、ベンジャミン・フランクリンからして、純潔の美徳を掲げながらも、自身は私生児を持つという分裂を抱えていた。その二つの緊張関係は、今日のアメリカにつながっている。19世紀には、オナイダ・コミュニティという「性の楽園」が存在し、自給自足生活のもと、多夫多妻制の共同体が営まれていた。一方で、「性を婚姻関係の内部に限定して、精神的な愛を破壊しかねない性衝動を抑制し、男女の行動に節度を求める気風」いわゆる「ヴィクトリアニズ」が大きな影響力を持つ。その延長線上に、同性愛に対する法的規制などが行われ、一夫多妻制を容認したモルモン教などが弾圧される。また、妊娠中絶も法律で禁止された。
しかし、性を過剰に敵視し規制することによって、建前と本音(現実)の間は開き、そこに「解放」のエネルギーも蓄えられていった。二十世紀も後半になると、アメリカ社会の内部から、世界でも類のない性革命やウーマンリブのうねりが起こってくる。まるで、目一杯右に振れた振り子が勢いあまって左に振れ戻るように。皮肉なことに、性を強く抑圧したことによって、アメリカは他のどの国よりも性的になったのである。そしてそれに対する反動もまた、近年のアメリカ社会のようにときに頭をもたげることになる。
河野博子著『アメリカの原理主義 (集英社新書)』も、国民の半分を占める保守層の実態をたんねんなインタビューを通じて明らかにしようとている。原理主義は、キリスト教各宗派、さらに教派内での主導権争いでリベラル・穏健派に敗退していったが、その後より広い層に受け入れられるキリスト教保守として政治・社会の真ん中に進出していった。そして宗教右派が同性婚や中絶を否定するのは、キリスト教の「自分の体は自分のものではなく、神のもの」という論理とぶつかるからだとされる。
イスラム原理主義を批判するアメリカの内部が、実はキリスト教によってもたらされた「原理」をめぐって振り子のように振れているありさまは興味深い。戦後、われわれ日本人は、アメリカを範とし、その文化に憧憬を抱いてきたが、アメリカは普遍性ばかりでなく、特殊性に揺れる大国だということを再認識するべきだろう。そのことよって初めて、かの国と健全な付き合いが可能だと言える。
*初出/現代性教育研究月報
