投稿者「湯浅 俊彦」のアーカイブ

IT革命と社会的関係性の変化

新しいタイプの電子出版の進展が社会的関係性の変化に影響をおよぼす、と前回書いた。それはなにも医療の分野での医師と患者の関係に限ったことではない。つまり、労働や教育の場面における上司と部下、教師と学生といった具体的な人間関係にも影響を与えることになるだろう。

たしかに現代日本の企業社会においてIT革命といえば、これまでのタテ型の人事組織を温存したまま、社内LANをひいただけという滑稽な事態もしばしば観察されている。情報の公開ではなく、秘匿することによってこれまでの権益を守ろうとする人々はかならず存在するからである。しかし、インターネットによる出版コンテンツのオンライン・サービスはさまざまな場面での情報公開を、おそらく不可逆的に進展させていくことになるだろう。

たとえば教師と学生の関係性を考えてみよう。

哲学者の黒崎政男氏は次のように書いている。

「従来、学者や教師など専門家の権威を形作ってきたのは、〈情報の独占〉と〈情報のタイムラグ〉であったと言える。情報をより早く所有し、それを自分たちだけで囲い込むことで専門家の権威は発生してきた。」

ところが「インターネット情報は、それとは正反対の〈開放性〉と〈同時性〉という特質を持っている」というのである。

つまり、「情報の支配的なメディアが書物からインターネットへと変わるのであれば、書物文化と深くリンクしていた大学制度が大きく変容・崩壊することは大いにありうる」という。

そこで、「情報の量や速さをいたずらに追い求めのではなく、情報を見きわめる判断力や、断片的知識の寄せ集めから統一的な意味を見いだす洞察力を身につける」ことしか、大学人には残されていないのかもしれないと結論づけるのである。

(「朝日新聞」2001年5月1日付け大阪本社版夕刊、黒崎政男・東京女子大学教授「大学制度 揺さぶるネット~情報の独占・落差の終焉」)

このように考えると、IT革命におけるデジタル・デバイド(情報格差)と同様の問題が書物というメディアにも起こっていたといえよう。つまり、従来の紙の本というメディアも、必ずしも多数の人々に開かれていたわけではなかったのである。明治期以降の日本の洋書小売業の歴史はまぎれもなく、このような学問のありかたと密接に関係していたといえるだろう。例えば、丸善を経由して日本国内に輸入された少部数の「洋書」を翻訳し、紹介するだけで業績となった時代を思い起こせばそれは分かるだろう。何ヶ月もかかって船便で届く高価な洋書を大学の公費で購入することによって、欧米の情報を独占的に入手し、それを少しずつ紹介することで、大学教授の学問的な権威は不動のものとなったのではないだろうか。

ところが今日では丸善もそれまでの書籍販売課を学術情報ナビゲーション営業課と名称を変え、ハードウェアとしての本の販売だけでなく、むしろ学術情報を提供する企業というイメージを盛んにアピールしている。その丸善が日本初のアグリゲータ・ビジネスを開始するとして「Knowledge Worker(ナレッジワーカー)」というサービスを展開していることは日本の大学関係者にはよく知られている。それはインターネットで世界の学術情報へのワンストップ・アクセスを実現する学術情報ナビゲーションシステムである。洋書・和書・外国雑誌コンテンツを自由に検索し、書籍や論文を入手することができる。しかし、皮肉なことに「Knowledge Worker」は〈情報の独占〉と〈情報のタイムラグ〉というこれまで学者や教師の権威を形成してきた歴史をそのまま保障するわけではない。

現在では、インターネットによって学生も同時に、あるいはさらに詳しく知っている情報だってあるからである。書物の権威性やその情報ルートとしての寡占状態がすでに崩れているといってよいだろう。

そうすると、情報の生産と消費の双方の場面においてこれまでのやり方はすっかり変わる可能性がある。これこそがIT革命が革命と呼ばれるゆえんなのだろう。

教育の現場におけるこのような変化は、出版メディアそのものに直接的にかかわってくるにちがいない。例えば、教科書という概念が変化するだろう。そこで次回はe-ラーニング、e-テキストについて考えてみよう。

医学・医療情報の公開

[2002年1月21日執筆]

(株)メテオインターゲートというところがメディカルオンラインという医師向けのサイトを開設している。このサイトではいくつかのサービスを提供しており、「文献検索」では2001年12月現在、13万論文が収録され、24時間オンライン図書館として「週刊日本医事新報」などの学会誌・専門誌のダウンロードができる。疾病名、医薬品名、学会名、著者名、論文タイトルなどのキーワードから検索でき、アブストラクト(抄録)の閲覧料は1件30円。全文ダウンロード料金は1論文400円となっている。
 
また、「医学書籍のネット販売」では医学書籍をインターネットで販売し、支払い方法は「代金引き換え」「銀行振り込み」「コンビニエンスストアでの支払い」「クレジットカードでの支払い」の4種類が可能となっていて、購入金額の3%を文献ダウンロードの割引額とする特典がある。
 
ほかにも「治療薬剤Q&A」「学会・研究会情報」「メールマガジンの配信」「お役立ち情報」「最新ニュースの配信」「ホスティングサービス」「電子化受託サービス」「学会ナビ」といった機能があり、まさに「忙しい医師」向けのサービスが豊富に用意されている。
 
このサービスを見ると、これまで医師や病院職員に対する資料提供を中心に活動してきた病院図書館司書の危惧もうなずけよう。アグリゲータが推奨する電子ジャーナル管理システムの導入後、その行く末には従来の図書館サービスがそっくり民間の情報業者に奪われてしまうのではないかと考えても無理はないのである。
 
しかし、医学・医療情報をめぐる中心的な問題はむしろ医師―患者という関係性の中で情報がどう位置づけられるかということであろう。
 
1997年6月26日、アメリカ国立医学図書館が構築する医学雑誌記事データベース「Medline」がインターネット上で無料公開されたことはきわめて象徴的な出来事であった。これまで商業データベースを通して有料で提供されていた世界最大の医学データベースが一般市民に開放されたのである。これは医学・医療情報の観点から言 えば、医師だけでなく患者やその家族にも情報が公開されていくという非常に画期的な転換点であったといえるだろう。
 
日本においても、学会がつくった治療指針や信頼できる臨床研究などの医療情報を集積し、一般公開する「電子図書館」が2002年度から官民共同で始まる見通しとなった、と報道されている。
 
2001年8月17日付け「朝日新聞」大阪本社版夕刊によれば、この電子図書館構想は「患者側にとっては、標準的な治療法やその根拠となる論文を手に入れることで、治療への理解を深め、医師らを選ぶ基準にもできる。ひいては医師側も常に最新情報を治療に生かす努力が求められ、医療の質向上につながる、と関係者はみている」という。
 
すでに国立情報学研究所の情報検索サービスには「臨床症例データベース」があり、2001年10月からは画像情報の提供も開始されている。しかし、「医療情報の電子図書館」という構想には明らかに今日の医療情報をめぐる環境の変化が反映されているのではないだろうか。つまり、医師が絶対的な権威を持ち、情報を独占していた時代から、患者の知る権利・選ぶ権利・決定する権利が尊重される時代になってきたという背景があるだろう。みずからの健康に関する情報を入手したいと考える人々が多くなってきたのは当然のことである。
 
しかし、ここで注意しなくてはならないことは、出版メディアにおいては著者と読者がいればあとは不要というような単純なものではないということである。インターネット上の大量の、玉石混交の情報があればあるほど、出版における編集という機能が重要視されるように、出版コンテンツに関する情報を的確に整理し、信頼に足る情報を利用者に提供する図書館司書の仕事は必要であるに違いない。ただ、図書館サービスが資料提供から情報提供に質的に転換していこうとしている現在、そのはたす役割はダイナミックに変化しつづけるだろう。
 
いずれにせよ、新しいタイプの電子出版の進展と医師―患者という社会的関係性の変化はこの場合、相互に影響を与え合うことになると私には思えるのである。

アグリゲータ・ビジネスとはなにか

IT革命とは産業革命との対比で語られる言葉であり、インターネットの普及によって一般の人でも情報をもつことが可能になった時代がここから始まったというニュアンスで使われている。

とすれば、出版メディアにおいてもこれまでの産業革命=工業化社会の延長線上にある大量生産、大量消費を前提とした産業構造自体を見直す必要があるだろう。つまり、出版物をインターネット通販によってより多く販売したり、出版業界の物流情報がデジタル化されることによって大量の出版物の流通が可能になるという考え方ではなく、むしろ出版メディアとはなにか、出版メディアがはたす社会的な役割とはなにか、という原点に立ち戻る必要があるような気がするのである。

例えば著者―出版社―取次―書店―読者というこれまでの出版流通の形も、それが物流によって制約されていたためにこのように発達したのに過ぎないのであって、出版コンテンツ(出版物の内容・出版物に書かれてある情報そのもの)をインターネット経由で入手することも可能になった今日、その優越的な立場は崩れ去っても不思議ではない。つまり、物流から情報流への変化によって中間業者の形態に変化が生まれるのである。それは単純な意味での流通の「中抜き」現象ではなく、物流の中間業者から情報流の中間業者への転換を意味する。そして、それは例えば書店と図書館の区分をあいまいなものにしてしまうだろう。

では、もう少し具体的に考えてみよう。

2001年10月、近畿病院図書室協議会が開催した「雑誌―これからの利用環境を考える」という研修会において、私は電子出版など出版メディアの変化によって図書館はどう変わるのかというテーマで話をした。

この中で私は出版メディアの変化は図書館にも大きな影響を及ぼさざるをえない。なぜならCD-ROMのようなパッケージ系の電子出版物の収集だけでなく、オンライン出版、オン・デマンド出版といった新しいタイプの電子出版物にも図書館として対応していかざるをえないからであると指摘した。

例えば野村総合研究所が刊行しているNRI ITフォーキャスト・ブックレットシリーズの『21世紀型経営の情報技術』という本の奥付には「2000年1月31日10時」と記載されているだけで、版表示がない。この本には「ITフォーキャスト・ブックレットは、オーダーをいただいてから最新の情報を盛り込んでオン・デマンド印刷・製本をする方法を採用しています。在庫をもたず、版管理をリアルタイムにおこなう、まったく新しいスタイルのブックレット」と書かれている。刻々と最新版が現れる本、それは図書館の収書・整理にとっては厄介な問題であろう。

日本図書館協会では日本目録規則(NCR)を改訂し、デジタル資料の目録化の問題に対応しようとしている。また、国立国会図書館ではCD-ROMなどのパッケージ系のデジタル出版物については収集する方針を打ち出したが、インターネット上の資源についてどのように収集していくのか、課題は多い。実際にオンライン出版という出版形態が進展してくれば、図書館はいったどうなるのだろう。すでに、学術出版物を取り扱う大学図書館や専門図書館などでは電子ジャーナルの問題が現実化しているのである。

これまで病院図書館では、医学雑誌が海外から到着すればそれを開封し、利用者に提供するために管理するということが中心であった。しかし、医学雑誌が冊子体から電子ジャーナルに移行すれば図書館は電子ジャーナルに対応せざるをえない。なぜなら、図書館員はつねに最先端の情報へ利用者を案内しなければならず、図書館司書の仕事は資料提供から情報提供に変化しつつあるからである。

近畿病院図書室協議会が2001年10月におこなった「外国雑誌の利用形態の変化に関するアンケート調査」の結果を読むと、「IT Station」という電子ジャーナル管理システムについて、「面白い企画だが、これが普及したら図書館担当者はさらに不要の存在になるのかと思ったりしています」と率直に答えているものがあった。この「IT Station」とはインフォトレーダー株式会社(旧・北尾書籍貿易)が図書館に提案している電子ジャーナル管理システムであり、このときの研修会でデモンストレーションが行われることになっていたのである。そのプレゼン資料によると、これからの図書室(資料室)に求められていることは「電子ジャーナルに代表されるようにインターネット上に存在する大量の情報中から必要な情報を整理し、情報発信基地としての役割が求められる。利用者はそこに行けば(接続すれば)、必要な最新情報が簡単に入手できる」というのである。

このような新しい中間業者は従来の書店というより、アグリゲータと呼ぶにふさわしい。アグリゲータとは、複数の出版社から提供される電子ジャーナルをインターネット上で、共通のインターフェースで利用できるサービスを提供する会社のことである。出版社ごとに個別に利用契約を結ぶ場合だと、出版社ごとに別々のID/パスワードを入力して、出版社ごとに異なるインターフェースから電子ジャーナルを検索して論文にアクセスしなければならない。その点、アグリゲータと契約すれば個々の出版社、サービスごとの操作や契約形態の違いを意識せずに論文にアクセスできるのである。

しかし、考えてみるとそのような中間業者に利用者が直接アクセスすれば、図書館や図書館員は不要になるのではないか。図書館現場の不安はまさにこのようなところにあるのである。

ところで、本当に重要な変化はじつはそれだけではない。なぜならインターネットによる出版コンテンツのオンライン・サービスなど、新しいタイプの電子出版の進展が社会的関係性の変化をもたらしていることにこそ注目しなければならないのである。このことは次回に考えてみよう。

あいまいになるメディア間の境界

ポット出版の沢辺均さんからポット出版のサイトにコラムを連載しないかとの提案をいただいた。2000年8月に上梓した『デジタル時代の出版メディア』以降の動きを書かないかというのである。
 
実際のところ、書いた端から情報としては陳腐化していくのが、「デジタル時代」の特徴でもある。したがって、つねに最新の状況に目配りしておく必要がある。しかし、だからと言って本としての『デジタル時代の出版メディア』がすでに古くて役に立たない、とは思わない。出版メディアの変容をどのような視点でとらえるのかという現状整理のしかたについてはまだ十分に有効だと思っている。
 
ところで、インターネット書店「bk1」のサイトにある拙著の書評(2000年12月26日)に日本出版学会の小出鐸男・常任理事が次のように書いておられた。 

「ただこうした変化の速度があまりにも早いため、本書に書かれている現状がおおむね2000年の前半どまりであることが、惜しまれる。これもまた従来型の出版物の限界とみれば、納得できるというものか。」

じつはこれは『デジタル時代の出版メディア』の電子・ドットブック版が周知されていないために起こった現象と言えよう。ポット出版から紙の本が刊行されてから2ヶ月後の2000年10月、電子・ドットブック版が(株)ボイジャーの「理想書店」で紙の本より800円安い1000円でオンライン販売されているのである。
 
電子・ドットブック版では索引から300箇所以上のウェブページへリンクをし、クリックするだけでそのホームページを開くことができるようになっている。また、私がもう少し勤勉であれば、この電子・ドットブック版Ver.1.0はテキストにおいても最新の状況を追加しながら、Ver.1.1や Ver.1.2そしてVer.2.0といつまでも完結しない書物としてまるで生き物のように進化を遂げ続けることもできるのである。
 
ところで、最新情報の更新という時系列的なことがらにあまり目を奪われるとつい忘れがちになるが、現在、出版メディアにおいて特徴的なことはむしろメディア間の境界があいまいになるという横への拡がりの問題であろう。
 
だからこそ、出版業界ではないところからも、『デジタル時代の出版メディア』を読んだと言って講演の話が舞い込んできたりするのだと思う。
 
朝日新聞社の共同研究プロジェクトである電子メディア研究会では奥野卓司氏(関西学院大学社会学部教授)と岡田朋之氏(関西大学総合情報学部助教授)の社外研究者と朝日新聞記者が若年層のメディア接触を中心に勉強会を続けているが、2000年10月、私はここで出版メディアのデジタル化と若年層の読書実態について話す機会を奥野さんによって与えられた。
 
また、2001年1月、イトーヨーカドーグループの伊藤謝恩育英財団の「小売イノベーション研究会」でマーケティング・流通分野の若手研究者を対象に電子メディアと流通の問題について話した。
 
あるいは、大学図書館問題研究会京都セミナー「ネットワーク環境下における図書館サービス」が全5回にわたって開催されたが、2001年4月の第1回セミナーで出版業界におけるデジタル化の動向について話した。続いて、2001年8月には大学図書館問題研究会の全国大会でも「出版流通」の分科会のゲストとして講演。
 
さらに、2001年10月には近畿病院図書館協議会の「雑誌―これからの利用環境を考える」というテーマの研修会では電子ジャーナルとアグリゲータ・ビジネスの動向について話したのだった。
 
このようにさまざまな領域の人々が出版メディアのデジタル化がもたらす大きな変化に関心を寄せている。もちろん出版業界内からの反応もたくさんあった。しかし、とくに新聞社や図書館といった組織においてインターネットが爆発的に普及してからというもの、出版業界ときわめて似通った問題意識を持ち始めているという印象を私は受けたのである。
 
例えば、朝日新聞社の電子メディア研究会は電子メディアの普及で紙の新聞はどうなるのかがメインテーマであるが、その背景にはとくに新聞が若年層に読まれていないという危機感がある。ケータイ世代は新聞を購読しないということが数字の上からも明らかになってきているからである。
 
また、近畿病院図書館協議会に加盟する病院図書館司書のうち、少なからぬ人々は医学雑誌の電子ジャーナル化によって、医師や職員などこれまで病院図書館の利用者であった人々が直接、ネット上で医学情報を入手し、図書館や司書が不要になるのではないかという危惧を抱いていた。
 
新聞、放送、通信、映画、出版といったメディアがコンテンツ産業という観点から再編成されつつあるという状況認識を持つ人々にとっては、「紙の本はなくならない」と言ってみてもなにも言わなかったのと同じである。
 
情報とメディアの関係はどのように変化していこうとするのか。そのことを次回からのコラムでさまざまなトピックスを取り上げながら考えてみたい。