投稿者「石川 輝吉」のアーカイブ

石川 輝吉 について

1971年、静岡県生まれ。英国エジンバラ大学哲学部修士課程修了。明治学院大学国際学研究科博士後期課程修了。現在、桜美林大学非常勤講師、和光大学オープンカレッジ「ぱいでいあ」講師。著書に『カント 信じるための哲学』(NHKBOOKS)、『ニーチェはこう考えた』(ちくまプリマー新書)。 共著に『はじめての哲学史(有斐閣)』、『知識ゼロからの哲学入門』(幻冬舎)。

第7回 自分のなかの基準をもちたい──山崎麻美さん(22歳・女性・大学4年生)

山崎さんは、1987年に高知県佐川町に生まれる。父親は高校の先生。母親は小学校の先生。10歳上と3歳上の兄がいる(現在それぞれ都内に住んでいる)。山崎さんはその町で育ち、県立の商業高校を経て都内の私立大学へ。現在4年生。卒業後どうするかはまだ未定。
山崎さんは、物怖じせずにはきはき自分の意見が言える、自分のことを整理して語れる人という印象。
*2010年4月24日(土) 18時〜インタヴュー実施。

「家族はそれぞれ、自分のやりたいことをやろうよ、という感じです」

家族構成は、やりたいこと派の父方の祖母(昭和3年生まれ)、父(56歳)、上の兄(31歳)、そして山崎さん。とくに、父は「思いつき」の人らしい。一方、堅実派の母(52歳)と下の兄(25歳)がいる。

石川 どこで育って、どんな子どもでしたか?

山崎 高知県の生まれです。小中高と高知で育ちました。10歳年上の兄がいて、その影響からか、幼いころから東京に出るんだと思っていました。

石川 お兄さんってどういうひと?

山崎 二人の兄がいます。一番上の兄は10歳差、二番目の兄は3歳差です。一番上の兄は高知でおばあさんがやっている雑貨屋さんの仕入れを東京でやっていました。いまは私も含めてそれぞれ三人東京に住んでいます。

石川 雑貨屋ってどんな雑貨屋さん?

山崎 おばあさんは昭和3年生まれですが、1990年から雑貨屋さんをはじめました。お店は、洋服やティーポットなどを売っています。なんか宝探しみたいな店です。

沢辺 田舎の雑貨屋さん?

山崎 兄や私が東京から仕入れたものがあります。

石川 ご両親はどういうひと?

山崎 二人とも教師をやっています。母が小学校の先生で、父が高校の先生です。

石川 厳しい?

山崎 家族はそれぞれ、自分のやりたいことをやろうよ、という感じです。これをやってはいけない、あれをやってはいけない、と強く言われたことはありません。助言はあるけれど、自分がこれと決めたことは応援してくれています。

沢辺 お父さんとお母さんはいくつ?

山崎 お父さんは56歳、お母さんは52歳です。

沢辺 団塊世代よりちょっと若いご両親だね。

山崎 そうです。先生になるのも簡単だったみたいです。

石川 お父さんは科目は何を教えているの?

山崎 商業を教えていますが、デザインをやりたかったみたいです。

石川 お父さんは先生で、子どもにも安定した収入のある先生になるように、と勧めて、お兄さんが「おれはそんなふうにはならないんだ!」と家を飛び出した、とかそんな感じじゃないんだよね?

山崎 そうですね。そういう感じじゃないですね。父は思いつきのタイプなので、わたしや兄の「やってみたい」という気持ちをわかるところがあったと思います。従兄弟とかは、「ちゃんと高知に就職して安定した生き方をしなさい」とか言われていると思います。うちの場合は、お父さんもお母さんもこのつぎやりたいことを考えていて、わたしたちにも「やりたいことをやりなさい」という感じです。

沢辺 お父さんはなにやりたいって言ってるの?

山崎 うちの父はフランスが好きで、自分の教えている学校の修学旅行をフランスにしたくらいです。それでいまは、フランスでたこ焼き屋をやりたいみたいです。

沢辺 フランスでたこ焼き屋をやりたい?

山崎 はい。それから若手の芸術家を集めてギャラリーをやりたいとか夢みたいなことを言ってます。

沢辺 ちなみに、高知のどこ出身なの?

山崎 佐川町といって、高知市から車で一時間ぐらいのところです。

沢辺 お父さんもそこで生れたの?

山崎 お父さんはそこで生まれ、大学は千葉の商業大学へ行って、生れた町に帰ってきました。

沢辺 お父さんとお母さんはどこで出会ったの?

山崎 聞いてないです。うちはみんなそういうこと聞かなくて。

沢辺 土佐へ帰って勤めはじめてから先生同士で出会ったとか?

山崎 どうもそうでもないらしくて、母はいろいろあったみたいで、母の母(母方の祖母)が再婚して、その新しいお父さんと母はうまくいかなくって、高校を卒業すると家を飛び出して。それで、通信教育で先生の免許を取って、20歳すぎぐらいで父と結婚しています。

沢辺 オレの世代ではお母さんは少数派だね。その頃はもうちょっと社会は豊かになっていて。

山崎 母は勉強もできたみたいで、ほんとうは大学に行きたかったんです。私が日雇いのバイトをしたと言うと、日雇いよりも時間を大切にしなさいと言われます。

沢辺 数千円のために貴重な自由な時間を無駄にするな、と。ところで、母さんは父さんのようにフランスへ行きたいみたいのはある?

山崎 父と一緒にフランスに着いて行く、というのもあると思うし、おばあちゃんの雑貨屋を手伝いたい、というのもあるみたいです。

沢辺 そのおばあちゃんは父方のおばあちゃん?

山崎 そうですね。母方のおばあちゃんは、二年ぐらい前に亡くなって。わたしは好きだったんですけど、母は家を出たあたりから祖母とは、距離感が多少あって。病気になってから看病したことで、最後は交流できてよかったといっていました。
 
沢辺 お母さんはたいした度胸だったみたいだね。ちょうど第一次ディスコブームのあったその時代、そこそこみんな食える時代だった。そんなときに家を飛び出て自活するお母さん。通信の大学行って、って。いまならよけいそんなことやるひといない。

石川 じゃあ、お父さんは大学のとき遊んでた?

山崎 遊んでたと思います。バカだと思いますよ(笑)。

石川 なにしてたか聞いてる?

山崎 詳しい過去のことは聞いていませんが、やりたいことをやっていたと思います。母はそういう父にあこがれていると思います。で、うちの家族って、父と一番目の兄とわたしは似ているところがあって。母と二番目の兄が似ている。

石川 そういえば、二番目のお兄さんっていま何しているの?

山崎 いまは東京でシステムエンジニアをやっています。高知の理系の大学を出て。昔はわたしはあんまり仲良くなくて。わたしが「感情」で兄が「理屈」といった感じで。

石川 では、お父さん、一番目のお兄さん、山崎さんが思いつきというか、直感で行動するタイプで、二番目のお兄さんは堅実なタイプなんだね?

山崎 そうです。二番目のお兄ちゃんがわたしの就活についてもいろいろ言ってきます。二番目のお兄ちゃんはお金が好きです。ちゃんとお金を貯めてから世界一周をしたい、というタイプです。

石川 お兄ちゃんは世界一周はするの?

山崎 よくわかんないですけど。わたしとはちがうタイプです。

石川 じゃあ、お父さんは、山崎さんが「自分はこうしたい」という思いつきを言うと、「やりなよ」とすぐ言ってくれるの?

山崎 なんとなく、子どものやりたいことを察してくれて、アドバイスみたいなのはくれます。いつも「こうしたい」という話をしているのではなくて、節目節目に、ちょっとギャグっぽく、こういうことをやりたいというのを話します。家族って「いつもよりそっている」という感じじゃなくて、だいたいそうじゃないですか。

石川 家族は仲はいい?

山崎 そうですね。盆暮れにはぜったいみんな集まって。

石川 お父さんもお母さんも仲がいい?

山崎 そうですね。

「高校は高知市にある商業高校へ行きました。ラオスに学校を建てよう、というけっこう特別な活動をしている学校でした」

山崎さんはけっこう活動派。高校のときはラオスに学校を建てる活動もしていた。素直にまっすぐに参加していた印象。

沢辺 小、中で勉強はできた?

山崎 飛びぬけてできたわけではなかったです。国語とかは得意だったけど、中学校からバレーボールの体育会系になって、高校まで体育会系で、大学に入って、また文科系に戻った、というか。だから、勉強とかには劣等感があって。でも、お母さんやおばあちゃんに、「気づいた時が出発点だから、遅れじゃないよ」と言われると、「ああそうかな」って。

沢辺 じゃあ、クラスのまんなかへんぐらいだったんだ。

山崎 そうですね。

石川 学級委員とかはやったの?

山崎 やっていたと思います。勉強とかじゃない部分でうまい位置にいたのか知らないけど、クラスではやな思いをしたことはないです。

沢辺 リーダーっぽい感じ?

山崎 グループの名前はわたしになってることがあったけど、じっさいは権力はそんなになかったです。わたしが絶対ではなくて、別に誰かが影でリーダーとしているわけではないけど、わたしの言うことで決まるということはなかったです。いつもわたしが意見をいうので目立ってた、とか、そんな感じです。

石川 じゃ、山崎さんはさばさばするのが好きでうじうじするのはきらい?

山崎 そうではないです。わたしもうじうじしています。

石川 元気いっぱいの少女っていう感じもしたけど。

山崎 明るいけど、明るくいたいと思っているだけで、自分の暗い部分とかは流しちゃいけないんだな、と思います。他のひとと比べると、自分は悩んでないな、と思うこともあるけど、家庭環境とかちがうし、比べられないな、とか。

石川 いきなり悩みの話になっちゃったけど、ちょっとまだ聞きたいことがあって、高校は進学校だったの?

山崎 高校は高知市にある商業高校へ行きました。ラオスに学校を建てよう、というけっこう特別な活動をしている学校でした。叔父がそこの先生をやっていて、小さい頃からその活動を見ていて。高校三年間はその活動をしていました。商業高校だから、自分たちでお金を集めてラオスからものを仕入れてそれを売って資金を集めるという活動をやっていました。

石川 お父さんの弟も先生なんだ。

山崎 お母さんは一人っ子で、お父さんの兄弟の家系が先生をやってます。先生一家です。

石川 どういう活動だったの?

山崎 自分たちでいろいろ企画できます。ラオスに行ったときは、ただ行くんじゃなくて日本語を教えたり、日本の文化、よさこいを踊ったりしました。日本でも高知市の地域活性課と協力して、市内の商店街の地域の活性化とラオスに学校を建てる活動を合体させてイベントをやったりしました。

石川 ラオスは年に何回行くの?

山崎 年に一回行きます。

石川 すんなりその活動に入ったの?

山崎 「世界には難民がいて」と言われると、知りたい、という気持ちが強かったです。偽善だとか、これを将来のことにつなげようという考えはなくて、ただ興味があってやってました。

石川 すなおにスッと入っていったんだ。そういうのはいやだという学生はまわりにいなかった?

山崎 生徒会が中心になって動いていたんですけど、わたしは生徒会は暗い、まじめという印象をなんとかしようと思っていて。面白いことをやっているのに、生徒会のイメージだけで、活動に積極的でないひとも多くて。

石川 全体的に高校時代は「たのしい思い出」という感じがするけど、挫折みたいなのはなかった?

山崎 「自分がやってきたことは自己満足なのではないか」というのは大学に入ってから感じたことです。それまでは、自分がやっていたことを外側から見るということはなかったです。

石川 そういえば、小、中、高ってずっと同じ友だちだったの?

山崎 高校も幼馴染の子がいて、大学ではほんとうに一人で入ったので、ホームシックになっちゃって。うまく友だちもできなくて、わーっとなっちゃって。そのときに、あなたのやりたいことは何なのって聞かれて、そしたら勉強だと思って。それができてるからまずはいいんじゃないといわれて落ち着きました。それからいろんなところに顔を出すにつれて友達もできて。

石川 それがはじめての挫折だったの?

山崎 挫折っていうか、あんなになるとは思わなかったです。でも、挫折って難しいことばですね。

沢辺 なにかに打ち砕かれるというか。

山崎 そういえば「だれかに壊されたことってある?」と言われたことがあります。

「自分のなかの基準をもちたいです」

山崎さんは高校卒業後、自由な校風で知られる都内の大学に進学した。そこで大学を楽しくする活動にかかわるけれど、高校のときのようにうまくいかず、ちょっとした挫折も経験した。現在の悩みは「自分のなかの基準をもちたいです」とのこと。

石川 山崎さんは商業高校に通っていたから同級生は就職するひとが多い?

山崎 専門学校や大学に行くひとも多いです。

石川 山崎さんはなぜ大学に行こうと思ったの?

山崎 大学は推薦で受けたんですけど、最初は関西の有名私大を受けてだめで。たのしいと思える大学に行きたいと思って。それで、親が私がいま行っている大学を勧めたけれど反発して、他の大学を受けようとしてたんです。けれど、東京にいる一番上の兄に相談したときに、「その大学はいいよ」と言われて。そしたら、すんなり、その意見を受け入れて。それでいま行っている大学を受けました。いまは行ってよかったと思っています。

沢辺 その大学は受験するときになって知ったの?

山崎 いや、小さいころから知ってて。親が研究で行ってたりして。

石川 有名なんだ。うちの田舎の親も公務員だったけどあそこは知らなかったな。

沢辺 あそこって教員、インテリ、民主主義とか人権に興味があるひとに有名なんだよ。

山崎 父も興味があった大学です。一番上の兄も入りたかった大学だったようです。

石川 受験勉強はしたの?

山崎 高校受験のときだけです。でも、いまになって勉強がたのしいと思えるようになりました。

沢辺 勉強がたのしいって思えるのは、30とか40になってからだと思うけど?

山崎 大学の哲学のゼミに入って、考えたことを言葉にすることが面白くなって、それに相手を説得したり、納得させるためには、知識が必要だなと思ってからは知ることが面白くなって。もっとはやく気づけばよかったと。

石川 社会に出たり、仕事をはじめたりすると考えることって切実になってくる場面があるけど、そこの大学のゼミってけっこう充実しててとことん話すようだからそうなるのかな?

沢辺 あくまで個人的な意見だけど、あの大学のそういうところは危険だと思う。社会はそういうふうにできてない。

石川 その感じ、わかります。

沢辺 あそこの雰囲気って、簡単に言えば、甘やかされてそのなかで意見を求められて話をしているという感じ。そこでの勉強のたのしさって大学を出てからもち続けられるかよ、と疑問だね。ひねくれた年寄りの意見だけど。

山崎 質がちがうって感じですか?

沢辺 仕事で求められる意見とあそこで求められる意見はちがうという感じがする。あそこは意見を求めるけど、どんなことでもOKにするという感じ。でも、社会はあるレベルに達した意見ではないと認めない。

石川 ぼくの感じではあそこは危ういところがあるし、やさしいところがある。けれども、まず、その大学に入って山崎さんはいままでの自分を外側から眺められた。今度はその大学を出てそれまでの自分を外側から眺めればいいのでは?

沢辺 そうそう。

山崎 そういうのって、社会に出るとわかるんですか? 他の大学へ行ったらわかるんですか?

沢辺 社会に出るとわかると思うんだけれど、甘やかされているままだと大変だと思う。

山崎 ふーん。

石川 「やさしいあの場所に戻ろう」とか抜け出せないひともあの大学には多いよね。

山崎 そういうのよく聞きます。

石川 あとは、山崎さんタイプじゃないけど、アンチだと「いいね!」と言われて、そこばっか伸ばしてしまうひともいると思う。

沢辺 そうそう。たとえば、社会を否定してもなにもできない。否定の方法論をいくら学んでも現実をどうするかという解決には結びつかない。でも社会はその解決を求める。にもかかわらず、否定すると、こいつ考えてる、というのをOKとする雰囲気。

山崎 でも、そういうひとをまず受け入れるというところがこの大学のいいところではないかと。わたしは大学に入るまで否定に出会ったことがないので。否定をそれまで怖がっていたけど、大学に入ってそのひとの理由がきちんとある否定なら受け入れられるようになった。否定が怖くなくなりました。

石川 いま否定の話になったけど、大学でなにか否定されたことがあったの?

山崎 二年生のときに、「自分たちの学校は自分たちで楽しくしよう」っていう目的を元に自主企画ゼミを起こして、私はゼミ長だったし、みんなの意見をまとめたいと思ったんです。けれど、うまく全体をまわせなくて。活動の最後に仲良くしていた友だちに、「この活動は意味がなかった」みたいなことを書かれて。わたしはそれまで友だちなら否定はしないと思っていたので、すごくショックでした。なかなか受け入れられませんでした。

石川 どんな活動をやっていたの?

山崎 一年間、大学の食堂で使っているトレーをきちんと返しましょう、という運動をやって。うちの大学はトレーを食堂の外に持っていって食べてもいいので。「じゃあ、みんながトレーを自発的に返すようにできればいい」ということで、私たちも楽しくできる呼びかけを考えてポスターや看板を作りました。でも最終的に結果をとるなら、「罰金をとればいい」という考え方に分かれてしまってうまくまとめられなくて。

石川 高校まではみんなでたのしくやってたのに、この大学での経験はある意味挫折みたいなもんだったと。

山崎 いままでは、友だちだったら意見は分かれないと思っていたけど、この経験で、友だちだから、というのがよくわからなくなって。

石川 友だちでも協力できることはできる、協力できないことはできない、ということがわかった、と。友だち観も大学でけっこう変わったの?

山崎 変わったんだと思います。

沢辺 小、中ぐらいまではいっしょにみんなで大きくなるけど、高校、大学へ行くとひとがちがう。いままで知らなかったひとにはじめて出会うひと、いっぱいものを知っているひとは大きく見えた。まわりのみんなが大きく見えた、ってことじゃないかな。

石川 ぼくなんかはものを知ったり、斜めに見れるひとが大きく見えたけど、山崎さんはどうだった?

山崎 言いきれるひとがそうでした。自分はなかなか言いきれないので。

沢辺 言いきれることに反発はないの?

山崎 この意見がすべて、というのはいやです。言いきることができないことを言いきろうとするのが疑問です。

石川 山崎さんは、言いきれるひと、とかじゃなくても、あこがれているひとっている?

山崎 自分は開かれていたいというのがあります。限定されていないこと、自分が影響を受けているひと、あこがれているひとに自分は限定されないでいたい、という気持ちがあります。「自分のいる世界だけが1番」みたいな人には「なんでそうなのかな?」と。狭いひとにはあまりあこがれません。

沢辺 ほんとうはなにか?ということなんじゃないかな。

山崎 みんなに共通する理想はあるのかな?と。

沢辺 これは大きな悩みだとぼくは思うんだけど。

石川 柔軟っていいことだけど、ほんとうはなにかわかんなくなるよね。

沢辺 ほんとうのことがあるとして、それはどんなものなのか。それから、自分はこれだ、と思ったことでも親はそれを望んでいなくて、それもやっていいのか。いろいろ迷うよね。

山崎 自分の「こう」というのはほんとにそうなのか、と。たとえばわたしはあるコピーライターさんが好きだけど、自分のモデルはほんとうに正しいのかどうか不安です。なにかを競争のなかで比較して鍛えてきたことがないので。ひととの向き合い方でも、「ほんとうはどうなんですか?」と気になります。ゼミの先生がわたしのことをほめてくれても、ほんとうにそうなのか気になって。自分の向き合う努力が足りないのか、と。でも、だめだとは思わなくて、あせらなくていいと思っています。

石川 ひととのかかわりで困っていることはそれ?

山崎 わたしはひとの言うことに共感しすぎるところがあって。なんで自分はひとの言うことをすなおに受け入れるのか。納得しているのか。そういうことに不安があります。

石川 じゃあ、いまの悩みはなんですか?

山崎 自分のなかの基準をもちたいです。

石川 そうか、柔軟と見えるけど、じつは自分をはっきりさせたいわけだね。

山崎 歳をとっていって基準ができたらいいかなとは思いますが。

「雑貨の仕事をやりたいです」

山崎さんのいまやりたいことは、雑貨屋さん。好きなコピーライターがやっている活動に共感して事務所に「参加させてください」と押しかけてダメだった。いつか自分の雑貨の仕事に注目されて、その事務所に「来てください」と言われたい気持ちもある。以前に雑貨チェーンのアルバイトをやっていたときのこと、自分で自由にディスプレイできなかった。自分でお店をやったら自由にやりたいことができるとも思っている。

沢辺 卒業したらなにするの?

山崎 それまでは先生になりたいと思っていたけど、これはちがうと思って、他人の成長より自分の成長に興味があります。そしたら、あるコピーライターの人がやっているインターネットサイトの活動に出会い、そこで出している本とか読んだりしたら、そこで働きたいと思ったんです。大学三年生のときに、いきなり事務所に行って「バイトでもいいから働かせてください」と言いました。そしたら、「そういう人っていっぱいいるから」って断られて。それでもめげずに、今度は自分の思いを手紙で出して、でも手紙に返事がなかったので、今度はまた事務所に手紙をもっていって、「返事をください」ということをやりました。けれどだめで、いまは、おばあちゃんが雑貨屋をやっている影響もあってか、雑貨の仕事をやりたいです。その事務所に「入れてください」ではなくて「来てください」と言われるようになりたくて。そのきっかけとして。分散した興味をまず雑貨にして、そこから物を売ったり、出版をしたり、イベントをしたり、といったかたちで広げていきたい。まずはバイヤーになってフランスで働きたい。そのフランスへ行くお金を自分で貯めたいと思っています。フランスにはのみの市とか雑貨の文化があって。まずはそのステップとして、いろいろ探して日本でまずバイヤーになることを学ぼうと。

石川 インタヴューをはじめる前に、いま雑貨チェーンでバイトをやっているみたいなこと言ってたけど、それをつづけるの?

山崎 そこは三月でやめることになっていて、いまは友だちとグループ展をやることに集中していて、グループ展が終わったら、そのあとどんなふうにするか考えます。

沢辺 四月から仕事を探しはじめる、と。

山崎 そうですね。

沢辺 なんで雑貨なの? ありがちじゃない? それに、世の中みんな雑貨屋さんになったら米作るひといなくなっちゃうと思うけど?

山崎 なくてもいいこと、そういう場に興味があって。そういうところに自由を見ているんだと思います。地道な生活というよりも。

石川 地道ってどういうこと?

山崎 お米をつくる人は自分でそれを食べることができるじゃないですか。

石川 うーん、自給自足のイメージなんだ。

沢辺 宅急便のお兄さんとか世の中に役に立ってると思うけど。ぼくは本出して売る仕事をしてるけど、自分の仕事より、よっぽど役に立ってると思ってる。

山崎 でも、出版の仕事はたのしいわけですよね?

沢辺 なんとなく一個一個眼の前の情報を印刷物にしていたら、だったら本屋さんに置かれるものにしよう、と。決断の一個一個が積み重なって、それはそれぞれほんの小さなものだったけど、それが積み重なっていまの状態になったという感じ。
山崎さんのように、出版をしよう、みたいに、いまの状態を思い描いたことはなかったね。宅急便のお兄さん、工事現場でユンボ動かしているひと、お弁当屋さんで働いているひと、いまの日本社会の多くのひとはじつはオレのパターンじゃないかと思っていて。それでいい。そんなもんじゃないの、とオレは思っている。
山崎さんとかは「こういうのやりたい」というのがあって意外だった。じつを言うと、大学の同級生に「やりたこと」ってワケじゃなくて、たまたまコピー機を売る営業になったってひともいるんじゃないかな? オレはたまたまでいいと思う。
むしろ、いまは「やりたいことをやりなさい」とまわりから言われていて、それはプレッシャーなんじゃないかな、と。それで、山崎さんはなんでクリエイティヴなの?

山崎 自分で決められる仕事をやりたいと思って。「こうしてはいけない」とは言われないような、自分で決められる仕事をやりたい。雑貨チェーンでバイトをしているとき、クリスマスのディスプレイをつくることになって、わたしはそのディスプレイにそのお店で売っているラムネを入れた。ラムネの本物を使うことで雰囲気もよくなるし、子供もよろこぶんじゃないかと思って。そしたら、社員さんから「ラムネの中身を食べ物ではないティッシュとかに変えてほしい。食品をそういうかたちで展示すると危険性があるので」と言われたんです。社員さんは、きっと、会社全体のことをかんがえてそう判断したのだと思うのだけど、そのことで余計自分で雑貨屋さんをやりたいと思いました。

沢辺 それは決定的にちがうと思うな。自分で雑貨屋さんをやれば自分で決められて自由になれると考えるのはちがうと思う。ほんとに自由をつくりだせるひとは会社のなかでも自由をつくりだせるはず。

山崎 ラムネのときもできるんですか?

沢辺 いまできるとは思わないけれど。
若い山崎さんがいまできないことは個人的能力の結果とは考えない。でも、どこかに行くと自由があるという考えはだめで、ほんとに自由を作り出せるひとはどこでも自由でいられると思うよ。
こないだのテレビでやってたカンブリア宮殿の花屋の社長、世間的に成功したひとと言われているひとも、さいしょは偶然のいきがかりで花屋になった。けど、その仕事と真剣に向き合った結果、そこにのめりこんでいった。
どんなところでも面白いものをみつける力があることが大切だと思う。ちょっと説教くさくなっちゃったけど、「ここには自由がないけれど、どこかに自由がある」という考えはまちがっていると思う。

石川 ぼくもその話は勉強になります。ぼくもある意味で山崎さんと同じようなクリエイティヴ志向だったので、「もの書きの弟子になったら自分の好きなことできるんじゃないか」と思って弟子になったけど、じっさい弟子になったら、言われることをやることばかりで。それで、自分でやりたいことをやりたい、というか、クリエイティヴなものへのあこがれを徹底的になくしたら、なくしてもらったら、自分で本が書けるようになったというか。

山崎 お二方が言っていることはよくわかるんですけど。ラムネの件も、会社のせい、「顔の見えない大きな組織だから、そういうこと言われるんだ」という感じがありました。

沢辺 よくあるビジネス本にも書いてあるけど、たとえば、そういう雑貨チェーンのいまの問題も、創造力を、どう現場から生みだすのかってことなんだよね。こうやったら売れるかもしれない、というのも含めて、働いているひとが自分自身でなにかを生み出せるか、というのが会社のいまの問題。でも一方で、現実はなかなかうまくいかない。たとえば、アルバイトに全部お店をまかせてしまったら、うまくいくはずがない。そこのところがいまのほんとうに上にいる偉い人が考えてることだと思う。

石川 山崎さんは、上から言われることっていやだった? 逆に、「本物のラムネがいいんです」って言っている自分をいやだと思わない?

山崎 上の人からの説明に共感できればよかったんですけど。

沢辺 でも、あえていえば、そこまで止まりだったんだよ。代案が提示できない自分もいるわけじゃん。

山崎 バイトだったから、というのがあったかも。

沢辺 でも、バイトでもやりたいことはできるはず。

石川 ほんとは、「上から言われて」ということじゃないかもしれないしね。

沢辺 世の中には、たいした理由もないのに決まっていることも多いよ。
国立国会図書館では、本のカバーは捨てちゃうんだけど、そこに厳密なルールやたいした理由もなくて。
むかしは、パラフィン紙というぺらぺらの紙を本のカバーとしていたので、それは捨ててもよかった。でも、だいぶ前からカバーの意味は変わってきた。
カバーは保存の意味ではなく、多くのひとに手にとってもらうためのものになった。デザイナーはそこに力をつくしている。でも、カバーを残しておこうよ、と行動に移すひとは誰もいない。図書館の現実がなかなか動かなければ、カバーを捨てないでとっておく、ということをひとりでやることもできる。ひとりだってできることもあるんだ。
たとえば、戦後すぐのカストリ雑誌を保存していたひとがいて、これは捨てられてしまうもので、それを保存しているのは当時はばかにされていたと思うけど、その個人の意欲はいま、すごいな、と評価される。ひとりでできることだってある。こういうひとは自分の自由を増やすことができる。自由なひとはこうやって自由を見つけだすひとだと思うんだ。
山崎さんは自分で雑貨屋をやると自由だと思ってるみたいだけど、オレなんて独立して自分で出版社を立ち上げたけど、まず思ったのは、自由じゃない、ということなんだ。だって休めないもん。休んじゃうと不安で不安で。お客さんも来なくなるんじゃないか。休むという自由ですら勤め人のほうがあるぜ。

山崎 「休んでもそのお店に魅力があれば」という発想はないんですか?

沢辺 もちろんそういう思いはあるよ。思いたい。でも、自分のお店に魅力がある、というのがまちがっていたらそれは怖い。ほんとうに魅力がなかったらおしまいだよ。そこが不安なのよ。

山崎 わたしのいまの考え方だと、「休んでもその間になにかを蓄えて帰ってくればまた魅力になるんじゃないか」というのがあるんですけど。

沢辺 たとえば、ある飲み屋が、日曜日やってるって、わかってて、行ってみたら「臨時休業」ってなってて閉まってて、そうすると、「今度もまたここ来よう」というモチベーションは下がるよ。

山崎 そこって絶対なんですか? 「ああ、空いてないんだ、また来よう」ぐらいには思わないんですか?

石川 いやあ、ひとはそんなにやさしくないと思うよ。

沢辺 オレ、やさしくないもん。

山崎 「しょうがないか」というのはないんですか?

沢辺 もちろんお店に抗議したりはしないけれど、行きたいときにそのお店が閉まってると確実に、つぎもそのお店に行こう、というモチベーションは下がるね。

山崎 でも、みんながそうなっちゃったら?

石川 えっ!

沢辺 ぼくらは自分の行動には決定権はあるけど、他人の行動に決定権はない。いっせいに「あんまり働かないようにしよう」、「みんなで休むようにしよう」と思うのは現実的ではないよ。

山崎 休んでも、ほかに魅力をつけるようにすればいいのでは?

沢辺 それはそう。でも、そうするには二倍の努力がいる。だから、休まないようにして、マイナスな条件を減らしていくほうが楽チンだと思うよ。一個一個の選択肢を埋めていくというのはそういうことで。うーん、説教くさいな〜。

石川 たとえば、世の中に100件のお店があって、「じゃあ、この日はぜんぶのお店で休むようにしましょう」ということになったら、1軒だけぬけがけして休んでないお店がもうかるよ。

沢辺 本屋さんがそう。組合があって、ぬけがけを禁止するような方向で進めてきた。その結果なにが起こったか。自分のお店の魅力をどう上げるか、ということを考えなくなった。いまは本屋さん全体が衰退してしまった。ぬけがけをつぶしていく、という方向ではうまくいかないんだ。競争というか、「人をたたくんじゃなくて、自分はどうするか」という方向のほうが、これからの社会の方向を考える上で妥当性が高い。

石川 こういうのははじめて聞く話?

山崎 そういうことがわかっていなかったからか、「バイトでできなかったことを自分でお店をもてばやれるかも」と思ってました。その場、その場でできることを考えずに、つぎへつぎへと考えてしまっていたと思います。でも、いまの話を聞いていると、その場のできることに集中することで、たのしさが生れるんじゃないか、と思えてきました。

「たのしむために仕事をする、というか」

山崎さんの仕事のイメージは「たのしいこと」につながっている。雑貨屋さんをやりたいというのも、そういうイメージとつながっている。

石川 山崎さんにとって働くことのイメージってなに?

山崎 こうあってほしい、というので言えば、たのしむために仕事をする、というか。

石川 仕事イコール「たのしいことやること」という感じ?

山崎 うん。毎日やることだから。

石川 それがいまは「雑貨屋さんをやる」ということなんだね?

山崎 自分がたのしいと思い、力が注げるのはそうなんじゃんないかと。

石川 地道っていう言葉が出てきたけど、一般に、クリエイティヴ以外のところで働いているひとのことってどう思う?

山崎 「すべてのひとが自分のやりたいことを仕事にしていないんだな」と思うし。「やりたいことは趣味でいい」というひともいる。同じ同級生でも、「働かずに主婦になりたい、それが夢」というひともいる。反感はもたないけれど、そういうひとには、「さみしくないのかな」と。「趣味じゃない領域で、自分を試したいと思うことはないのかな」と。家庭に入るというのは、「〜のために」というイメージがある。わたしは自分がいちばん大切で、自分がたのしいことをやりたい。

沢辺 「仕事はたのしいもの」と言ってたけど、食い扶持を稼ぐというのはないわけ?

山崎 そういうふうに稼いだことがないので、まだよくわかりません。

沢辺 でも、生物なんだからそこが基本になるというふうにも考えられるけど。

山崎 でも、やっぱり、自分のたのしいことをやりたい。うちの親もそういうふうに育ててくれて、自分もやりたいことをやっている自分を親に見せたいです。

沢辺 たのしいことと生きることは対立してるんじゃなくて、どちらかを優先しなくちゃならないときもある。そういうときは生物なんだから、やはり食うために稼ぐことが優先されることもあると思うけど、そういうのは全然ないのかな?

山崎 ほんとうに食べなきゃいけないというお金の稼ぎ方はいままでしてこなかったし、アルバイトも自分のお小遣いを稼ぐことだったし。そういうことは、これからの課題かと。

沢辺 この春大学を卒業して、四月から仕送りは止まるの?

山崎 仕送りはなくなります。

沢辺 貯金いくらなの?

山崎 貯金ないです。

沢辺 家賃はいくら?

山崎 五万七千円。

沢辺 たいへんだ〜。

石川 メシ食うために、というのは四月からリアリティをもつかな。でも、そういう自分はなんでつくられたのかね? このインタヴューのはじめにお父さんの話をしてくれたからお父さんの影響もあるのかな?

山崎 家族の影響もあるかと思いますが、「その時々のこと、起こることを流さずにとらえたい」ということがあるかと。

石川 けっこう自分はまじめにやってきたということ?

山崎 ひととかかわることを大切にしてきたかと。

石川 さっき話してくれたラムネのこともひととかかわることだったけど、それは納得しなかった?

山崎 あのときは、「この場をなんとかしよう」というのではなく、ちがう場所を求めていました。

石川 では、社会のイメージってどういうもの?

山崎 もがいている。

石川 だれが?

山崎 みんなもがいている。

石川 自分もその中にいる?

山崎 いる。

石川 自分のもがきとは?

山崎 自分についてもがいている。この一年は自分についてもがきました。ほかの人に興味が行かなくて、自分について悩みました。

石川 それは将来のこと?

山崎 学校とか所属するものがなくなって、「自分の場所をつくらなくちゃ」とか。

石川 そこで、雑貨屋とか、場所ということなんだ。

山崎 そうですね。

石川 今回も、いろいろ面白いんじゃないでしょうか。

山崎 いろいろ話が飛んじゃって。

沢辺 オレ、しゃべりすぎ?

山崎 そんなことないです。たのしかったです。自分の知らないことを教えてもらって。

沢辺 はげましているんだけど、事実を見つめて、それをなんとかしようというひとはなかなか少なくて。みんなできない理由を探す。その環を抜け出すのはすごく大変。オレもそうだけど。

山崎 でも、それを崩してきたのでいまの社会があるわけですか。

沢辺 そういう社会になってないかもしれない。そうなってないかもしれないけど、みんないろいろ眼の前のことをなんとかしようとして動いてきて、少しずつ変わっていくというか。

石川 これから、見ず知らずのひとに自分が評価されるということはどう思う?

山崎 自分の知らないことがわかるから、たのしみです。

沢辺 でも、その働きたいと思った事務所に行ったときは怖くなかった?

山崎 怖かったです。でも、自分を客観視できたから。

沢辺 それはいまだから言えることでは?

山崎 でも怖かったけど、失うものはないなって、これからも自分のやりたいことをやっていく、というか。

石川 いろいろまた聞くかもしれませんが、もう時間ですね。今日は長時間どうもありがとうございました。

◎石川メモ

やさしい暮らし、やさしい世界、やさしいお店

 インタヴューのなかでは、ぼくも少し厳しく山崎さんの「やりたいこと」についていろいろ言ってしまった。けれども、問題にしたほうがいいのは、これはメディアがつくりだすものかもしれないけれど、やさしい暮らし、やさしい世界への幻想みたいなもののように思える。
 主に女の子が好むような、もちろん、さいきん流行のエコもからめたような、すてきな雑誌やサイトがある。雑貨、かわいいもの、おいしいもの、きれいなもの、それにもちろん、エコなものも満載で、クリエイティヴなこともやってます、という風味も添えて、はんなりしていて、やさしい暮らしが提案されている。こういうやさしい世界にあこがれる人っていっぱいいると思う。
 メディアに取り上げられているやさしいお店は、いかにも、仕入れで何日もお店を閉めてもお客が逃げないようなお店に見える。「フランスで仕入れなんてステキ、つぎはどんなかわいいものが入るのかしら?」と待っててくれる、これまたやさしいお客さんがいるように見える。けれど、これ、現実だろうか?
 ぼくは、東京の高円寺という雑貨屋や古着屋の多い、いわゆる「若者に人気の街」にもう20年近く住んでいる。この街を見ると、ほんとにつぶれる店が多い。たとえば、20年という長いスパンで見ると、ぼくの記憶しているかぎりで残っている古着屋は1軒しかない。雑貨屋は1軒もない。
 もちろん、繁盛して、もっと栄えている街に移転した店もあるかもしれない。けれど、大方はつぶれてしまったはずだ。外装もかわいい小さなお店が「長い間ありがとうございました」の張り紙で閉まっていくのをよく見かける。お店がかわいいだけにすごく悲しい気持ちにさせられる。そして、その空いたテナントにまた新しいかわいいお店が入る。街じたいは、いつもかわらず若者に人気の街なのだけど、そこには無数のやさしさの幻想の屍がある。
 べつに、やさしい暮らしの提案や、やさしい世界へのあこがれを全否定するつもりはないけれど、やさしさをめざして滅びた残骸というか、そういう矛盾の部分、やはり見えたほうがいいと思う。『やさしさ残酷記』みたいな本、あったらぜひ読みたい。

生活と信用

 「クリエイティヴなこと」、「なにかを表現したり、作品をつくりだすこと」を仕事にしたい。しかも、それが「たのしいこと」。こういうのが山崎さんの仕事観なのだと思う。
 ぼくは、本を書いたり、こうやってネットに文章を載っける機会をいただいたりして、世間的に言えば、クリエイティヴな仕事をしている。自営業だ。沢辺さんが、「自営業はすごく不安」と言っていたけれど、ぼくも不安。仕事をやるだけでなく、仕事をとってくるのも自分だし、なんと言っても、自分のこのお店がつぶれるのが不安だ。
 もし、「こいつに書かせても面白くない」と思われれば、生活していけなくなってしまう。期日までに原稿を仕上げなければ信用がなくなって仕事も来なくなってしまう。どうしても遅れてしまったら謝る。けれども、遅れてしまうことが何度もつづいたらもう仕事が来ないんではないかと不安になる。それこそ、20年、このお店をつづけられるだろうか。不安になる。
 「自己実現」、「やりたいこと」、「クリエイティヴ」、「たのしさ」といろいろ仕事の有意義さはあるようだけれど、やはり、「生活」ということが仕事の意味なんじゃなかろうか。お金を稼いで死なないように生きていくこと。それで、これは自営業でもサラリーマンでも同じだと思うけれど、自分の「信用」をどれだけ確かなものにするか、そのためにとにかく眼の前にあることをがんばる。
 「生活」と「信用」と言うと、いかにも味気ないように思えるけれど、これが土台となって、こういうものが積み重なって、結果として、後から、「自己実現」、「やりたいこと」、「クリエイティヴ(なにかを作り出した感)」、「たのしさ」がついてくるのだと思う。
 たぶん、いま、仕事と言うと、とかくこうした結果のほうが強調されて、基本の「生活」と「信用」があまり大切だと受け取られていない感じがする。

第6回 努力している自分が好き──坂本真紀子(23歳・女性・勤務歴1年目)

坂本さんは、1986年に富山県氷見市に生まれる。父親は農業関係の技術者(56、7歳、地方公務員)、母は幼稚園の先生(50歳)。精神保健福祉士をやっている姉がいる。両親、姉は富山県の実家でいっしょに暮らし、坂本さんだけが東京でひとり暮らしをしている。
坂本さんは県下でも有名な公立高校を卒業後、都内の有名私立大学に入学。大学ではマスコミサークルに入り、学生時代から少女ファッション誌のライターとして活躍していた。就職浪人を一年したのちに、以前から就職したかったマンガの出版社に入社。インタヴューに来てくれたときは新人研修の時期だった。
坂本さんはよくできる人。しかも、隙なくよくできる人の印象。でも、けっして嫌味がない。バランスがある。
*2010年4月9日午後8時〜インタビュー実施。

「撮影についていって、ポーズとかも言って、カメラマンさんに撮ってもらった写真があがってくると、選択して、ラフ切って(紙面のイメージをつくって)、合番(通し番号)ふって、あと、原稿を全部書いて」

大学時代から中学生向けのファッション誌のライターをやっていた坂本さん。学校はほとんど行かず、ライター仕事が生活のメイン。かなり本格的にやっていた。

沢辺 どんなきっかけできょうは来てくれたの?
坂本 大学時代のサークルの先輩(ポット出版スタッフ)が私とアイドルオタク友達で、その先輩に声をかけられて来ました。
沢辺 坂本さんはアイドルは誰か好きなの?
坂本 私はBerryz工房の嗣永桃子、ももち、って言うんですけど、その方のことが好きで。
沢辺 俺はモーニング娘。しか知らない。
石川 Berryz工房はモーニング娘。の仲間、みたいなもんだと考えればいい?
坂本 そうですね。妹みたいなものですね。
沢辺 つんく♂?
坂本 つんく♂です。
石川 追っかけなの?
坂本 追っかけはしてないです。ファンには現場ファンと在宅ファンとがいて、私は、ライヴとか握手会に参加する現場ファンではなく、在宅で満足してるほうです。
石川 在宅はどんなことしてるの?
坂本 (笑)動画とか見たりしてます。動画を見て萌え萌えしてます(笑)。
石川 かわいいの?
坂本 かわいいです。もともと、取材で嗣永桃子さんに会ったことがきっかけで、そこからハマってしまって、アイドルなんてぜんぜん興味なかったですけど、あまりのアイドルらしい行動にすごいキュンとして、在宅ファンになったんです。
沢辺 その取材は大学のサークルの?
坂本 いえ、大学一年生のときから大手出版社の子会社が出してる中学生向けのファッション雑誌のライターをやっていて、そのつながりでのインタヴューです。
石川 じゃあ、大学のほうは単位をとるだけで、ライターの仕事を主にしていたの?
坂本 そうです。
石川 高校生のときから何か書いていたの?
坂本 いえいえ。大学一年のときに、その編集部から、「若い子の感性がほしいから」ということで、学生ライター募集のメールがサークルにまわってきて。それでやることになったんです。
石川 一回何文字くらい書くの?
坂本 文字数ではなく企画数を単位としてなら言えます。企画数で言うと、毎月2、3個やっていました。一つの企画が2ページ、4ページ、6ページとあるんですけど、担当はその企画ごとに決まっていて、その担当がライターも雇います。一時期ライター不足で、そのライターとしても雇われました。
石川 どんな企画をやったの?
坂本 すごくいろいろやりましたけど、読者ページだと、バレンタインデーに男の子に嫌われないようにチョコレートを渡す方法だとか(笑)、男子に話しかけるテクニックだとか(笑)。私は読者ページのほうが好きでした。本編のほうは、もっとありきたりで、靴だったり、鞄だったり、ポーチだとか。
石川 雑誌だと写真だとかも入れなくちゃだけど、それもいっしょにやったの?
坂本 撮影についていって、ポーズとかも言って、カメラマンさんに撮ってもらった写真があがってくると、選択して、ラフ切って(紙面のイメージをつくって)、合番(通し番号)ふって、あと、原稿を全部書いて。
石川 一年生からそれを全部やっていたの?
坂本 そうです。
石川 すごいねー。
坂本 いえいえ。
沢辺 できたとしたらすごいよ。
坂本 編集部員が15人いて、そのうちの二人が私の仕事を気に入ってくれて、あとの13人はたぶん私のことを使えないと思って切っていたと思います。
沢辺 たぶん、いまの話を聞くと15人編集者がいて、その人たちが、企画を決めて、カメラマンやライターと連絡をとって進行を決めて、あとはそれをもとに、坂本さんたちが実際に動く、そんな感じだと思う。
坂本 そうですね。
沢辺 18歳かそこらでそれをやれるってのもすごいとは思うけど?
坂本 いえいえ。私のあとに学生ライターも増えて、3分の1ぐらいが学生でした。
沢辺 月刊だった?
坂本 月刊です。
沢辺 月いくらくらいもらってた?
坂本 まちまちですけど……。
沢辺 あっ、ちょっと待って、1ページやると1万5千円から2万円ぐらい? 
坂本 そうですね。はじめ1万円だったんですけど、今は2万円でやってて。連載があったんで、月6万円は絶対もらって、企画の量で月15万とかそれくらいでした。
沢辺 じゃあ、学生としてはめちゃくちゃ稼いでるじゃん。
坂本 そうですね。それに力を捧げすぎて勉強がおろそかになって。
沢辺 授業は単位を落とさない程度にぎりぎりだったんだ。
坂本 学部のほうもあんまり出席しなくていいようなところだったんで。
沢辺 じゃあ、学校の生活時間と出版社の生活時間の割合はどれくらいだったの?
坂本 学校が1、出版社が6ですね。ほんと二十時間以上働いてたこともありました。
石川 それで、月15万もらって。
坂本 忙しい時期はそうですね。
沢辺 で、仕送りももらってたんでしょ?
坂本 仕送りで家賃と学費を払って、自分で稼いだお金を全部おこづかいにまわせました。
沢辺 自分のライターやってた出版社の親会社の就職試験は受けなかったの?
坂本 いえ、その子会社は親会社と仲が悪かったし、自分はマンガの編集をやりたかったんですけど、その親会社はマンガをやってなかったので受けてないです。

「大手三社だけでなく、マンガをやってる出版社は手当たり次第に受けました」

坂本さんはファッション誌のライターをいちばんやりたかったわけではなかった。むしろ、マンガの編集に興味があった。小学生の頃から、マンガが大好きで少女マンガだけでなく少年マンガも読む。父親(現在56、7歳)もマンガ、アニメ、ゲーム好き。姉もマンガ好きで、中学一年生の頃から、BLを読んでいた。坂本さんもBLに興味があった。
一年就職浪人後、めでたくいまの会社の坂本さんは内定。しかし、内定が決まったとたんに会社にバイトで呼ばれ、いままでのファッション誌のバイトと二重で働くことに。

石川 いまは就職したばかりで、研修中と聞いているけど?
坂本 はい。
石川 いま23歳だと聞いたけど浪人したの?
坂本 就職浪人で、大学を一年留年しました。
沢辺 浪人したときはどんなところに落ちたの?
坂本 もうマンガのあるところは全部受けて。大手三社は筆記で落とされて、面接まで行かなかったのがすごく悔しくて。こんな熱い思いがあるのに、と無念で。それが留年した理由でもあります。大手三社だけでなく、マンガをやってる出版社は手当たり次第に受けました。ただ、いま採用された会社はその年は募集がなくて、留年した年に二年ぶりに募集をかけて、それを受けて受かりました。
沢辺 何人採用だったの?
坂本 四人です。
沢辺 すげぇな。
坂本 いえいえ、狭い世界なんで。
石川 そう言えば、大学のときにライターをはじめて、マスコミの世界にかかわることができて、もしぼくだったら、けっこう天狗になったと思うんだけど、そのへんはどうだった?
坂本 さいしょはすごく天狗でした。ばりばり働いて、華やかなイメージで。『働きマン』のような。でも、私より後に入ったライターのフリーターの子が契約社員になってなったらひどい扱いをうけて辞めることになって。それから、新人が三ヶ月で五人も辞めるのも見ました。そういうのを見てると、あこがれやかっこいいとかいう思いもなくなって、自分はあんまり入れ込みすぎないほうがいいな、と。天狗になっていたときは、ライターで生きていくのもいいな、と思ってたんですけど。
沢辺 それは、その特定の人、その特定の出版社の問題だと思う?
坂本 上がみんなひどかった、上が尊敬できない人だった、というイメージがあります。
沢辺 でも、それって、いま就職した出版社だって同じことが起こるって可能性だって十二分にあるわけじゃん?
坂本 うーん。でも、ライターをやっていた出版社はすごくハードで、編集をやっていた人は半月で二回しか家に帰れない、ということが当たり前のようなところでした。けれど、いまの職場は、一回徹夜したらつぎの日は休める、というふうに会社としてもしっかりしているんで。
沢辺 でも、そんなの現場に行ったらわからないよ。
坂本 いやいや(笑)、就職が決まってからいまの会社でも編集部でアルバイトをしていたんで。
沢辺 就職試験はいつだったの?
坂本 3月に試験を受けて、6月に内定が発表されて、7月にアルバイトしないかという電話が突然かかってきて。まだライターをやってきた出版社の仕事をやっていたので、「ハードだったらやりたくないな」と思っていたんですけど、社長との面接で、「社会人として大切なことはなんだと思う?」と聞かれたとき、自分は「NOとは言わないこと」と答えていたので、とりあえず「やります」と言ったんですよ。そしたら、まさかの週5で。8時間労働で、夏休みは毎日働いて。学校の日だけお休みをいただいて。その仕事をやりつつ、ライターの仕事もやってました。
沢辺 ライターの仕事もやってるって会社は知ってた?
坂本 はい。
石川 そうすると二重で働いていたわけだよね?
坂本 はい。
沢辺 稼いでたね〜。もう貯金は山ほど?
坂本 ないです。ないです。
沢辺 なんで? 使うヒマもないじゃん?
坂本 すごい使っちゃいますもん(笑)。
石川 なににそんなに使うの?
坂本 食費(笑)。
石川 食費っていったって、そんなにかからないと思うけど(笑)。
沢辺 そんなに食えないでしょ(笑)。
坂本 飲み会とかも行きますし。
石川 じゃあ、一杯どれくらいの酒飲んでるの?
坂本 そんな高いところ行ってないですよ。「月の雫」とかで飲んでますし。
石川 (笑)え? 「月の雫」でそんなに飲んじゃうの?
沢辺 (笑)「月の雫」じゃそんなかからないよ。えっ、呑み助ってこと? 一回行ったらボトル一本かならず空けますよ、みたいな?
坂本 (笑)そんな飲まないですよ。でも、食べるんです。
沢辺 一日5000円使ったってさあ……。
坂本 いやあ、高い。それは使わないですよ。二、三千円とかです。
沢辺 でしょ。じゃあ、一日3000円使ったとしたら9万だよ。
坂本 なくなっちゃうじゃないですか。いまの会社をアルバイトをはじめてから、ライターのほうの企画がたくさんできなくなって、お金が減って。
沢辺 じゃあ、かならずしも稼げてたわけじゃないんだ?
坂本 そうなんですよ。ライター一本のほうがいい稼ぎになってたんですよ。一回、ライターのほうの企画の量も前と同じようにやろうとして死にかけて。
沢辺 ライターの仕事をやめる選択肢もあったのでは?
坂本 私、「NOとは言わないこと」なんて面接で言いましたけど、ほんとにNOとは言えない性格なんですよ。担当さんに頼まれるままずるずると。
沢辺 「これだけやってくんない?」と言われると断れないというか?
坂本 そうなんですよ。「これで終わりだから、お願い」というのがずっとつづいてしまって。

「高校のときから、もう、マスコミのサークルに入って、そのツテでマスコミ関係のバイトをする、まで考えてて」

高校のときから、マンガの編集者になろうと思い、その道を着実に歩んでいる坂本さん。言ってみれば、夢にむかって一直線、という感じなのだけれど、そんな過剰な印象はない。すごく淡々と、シビアな現実ともそのつど向き合いながら、編集者への道を歩んでいる。

石川 ところで、大学もマンガの編集者になる、ということを基準に選んだの?
坂本 出版社はだいたい東京にあるから、東京に出なくちゃだめだな、と思っていました。
石川 いつぐらいからそういうふうに思ったの?
坂本 高校のときですね。
石川 それは夢だったの?
坂本 そうですね。
石川 マンガの編集者になる! と思ったら、東京の大学へ行く! というのが自分の思い描いた道?
坂本 そうですね。
石川 でも、東京の大学もたくさんあるけど?
坂本 マスコミに就職するにあたって強そうな大学ということで自分の大学を選びました。
石川 猛勉強したの?
坂本 受験勉強は友だちといっしょにしてて、むしろ楽しかったです。
石川 話はかわるけど、ぼくなんかから見ると、坂本さんって、あこがれの仕事に就いた人なんだよね。マンガの編集をやりたい、という夢があって、東京の大学、それもマスコミに強い大学に入って、そこで、マスコミ関係のサークルに入ったのもなにか自分の夢みたいなものに合わせての選択?
坂本 それはありましたね。全部そうですね。高校のときから、もう、マスコミのサークルに入って、そのツテでマスコミ関係のバイトをする、まで考えてて。
石川 外から見ると、マスコミの世界なんて華やかだと思うんだよね。さっき話してくれたんだけど、それを華やかだと思わなくなったのは、上司のこととか、たくさん働かされるといった劣悪な環境ということ?
坂本 そうですね。それを見て出版社なんて最低と思っていたらマンガの編集をめざして就職活動なんてしてないと思いますけど、まあ、あの出版社に対しては幻滅したと思います。
石川 じゃあ、ちょっと言い方を変えるけど、まだ夢はつづいている?
坂本 マンガの編集になりたいという夢はずっとあります。
沢辺 じゃあ、ちょっと陳腐な表現ですけど、いまは期待に胸を躍らせている、という状態? 好きなマンガの編集ができる、あーたのしみって感じ?
坂本 いや、ぜんぜん。
沢辺 なんで?
坂本 8月からアルバイトして、「ここも人間関係大変そうだな」と。先輩には、「人間関係で失敗したらここには居れないよ」って言われてびくびくしているところです。
沢辺 ということは、またあのライターをやってた出版社と同じことになるかも?
坂本 ぜんぜんちがいますよ。あそこは人間関係がひどくて。
沢辺 ということは、不安はあるけれども、いまの会社は、12月から働いてきた感触から、前の職場とはレベルがちがう、と。
坂本 ぜんぜんちがいますよ。ほんとにちがうんです。前の職場では誰かがヒステリーによって金切り声を上げていて、ペンが投げられて飛び交っているような状態で。「お前いいかげん死ねよ!」と言われて怒られている人が泣いているような、そういう職場です。いまの職場はそういう職場ではありません。
沢辺 しつこいようだけど、なんでそんなひどい前の仕事、足掛け5年もつづけたの? 誤解かもしれないけれど、それって偉くない? みんな辞めてったわけでしょ?
坂本 ほんとうに大変なのは一ヶ月のうちで一週間ぐらいで。私としてはそんな苦じゃなかったです。
石川 この道もいずれはマンガの編集の道につづいている、という考えもあった?
坂本 まあ、そのライターをはじめたこと自体も就職活動のひとつで、編集の仕事に就くために有利かな、と思ったんですよ。その気持ちはありました。
石川 ずっとこう、「マンガの編集へ」という道があって、そう生きてきたのはわかるけど、それ以外の生き方って考えられなかった?
坂本 ライターで生きていこうかな、というのはありました。ファッション系をやっていたので、そこをやっていくしかないな、と思っていましたけど、ゆくゆくは「ファミ通」とかやりたいな、と。
石川 じゃあ、書きたい人?
坂本 いや、そのときはそんなテンションで。でも、書くのは好きでした。いまも好きです。
沢辺 彼女の話を聞いて思うのは、彼女の性格からかもしれないけれど、ありがちな夢に対する過剰さがないんだよね。たしかに、彼女の話は言ってしまえば夢なんだけど。幻想と現実を見たときの落差というのは、幻想や夢的なものが大きければ大きいほど、その落差は大きい。けれど、彼女の場合、その落差を見ても淡々としている。いやだいやだとは言いつつも五年間つづけている。それで、落差の現場をそれなりに見ているにもかかわらず、ひきつづき、大もとのマンガの編集という夢に就職浪人までしてチャレンジする。淡々とそれがつづいている。そこが彼女の面白さなんじゃないかな。
石川 過剰なくじけかたじゃなく、淡々としているよね。
沢辺 なんか着実だよね。
坂本 運よくいまの会社に入れたのがよかったまでで。この業界に就職できなかったらどうしようかと思ってました。
沢辺 だけど、俺は「起きていることはすべて正しい」と思うよ。これ、勝間和代の本のタイトルだけど。
坂本 カツマー(笑)
沢辺 鼻で笑われちゃうんだけど(笑)。勝間論はともかく、「起きていることはすべて正しい」というそれ自体の見方は正しいと思うのね。いまの会社に入れていなかったらという話はわかるけど、「受かった」ということは正しいと思うんだよ。これからあの会社でうまくできるかどうかは別だけど、とりあえず、受かるだけの魅力はあったと思うんだよ。俺はそういうふうに思っていいんだと思うんだよ。だから、逆に言えば、就職浪人したことも正しいんだよ(笑)。「もし、受からなかったら」と思ってしまう気持ちはわかるけど、「起きていることはすべて正しい」でいいんじゃないですか。

「読んだ人に「一番好きだ」と言ってもらえるような作品をつくっていきたい。それも、たぶん、評価されたい、という気持ちからだと思います」

坂本さんのなかでは、社会から評価されることは大切。母親への尊敬、結婚しても働きたいこと、学生時代のバイト、今後の仕事、これらすべてに社会的に評価されたい、という気持ちがかかわっている。けれども、坂本さんにとっての「社会的に評価されたい」はすごく自然。

石川 話は変わるけど、そのマスコミのサークルにはどういうひとが入るの?
坂本 華やかなマスコミにあこがれて入る人が多いです。卒業後には出版社に行く人が多いです。
石川 けっきょくみんなマスコミに行くの? 同級生はその後どうなったの?
坂本 マスコミに行った人は3割ぐらいだと思います。
沢辺 じゃあ、少数派だね。
坂本 自分は意地になっていたんじゃないかと。まわりにも、私が就職浪人決めたあたりには、意地になっているように見えたと思います。
沢辺 でも、話していると、そういうふうにキーッと意地になっていた印象はないけどね。むしろ、「当時の私はそんなふうになってたと思いますよ」と自分を離れて俯瞰して見れている感じで。わからないけど。ところで、自分の配属は決まった?
坂本 まだ決まってません。6月です。それがすごく不安です。一応、編集職で入ったんで、それを信じているんですけど、編集のなかでもマンガの編集以外の部署もあるので、どこに行くか不安です。
沢辺 12月から仕事を見ていてどう? 面白そう?
坂本 面白そうだけどすごく大変そうです。
沢辺 どのあたりが大変そう?
坂本 作家さんへの気の使い方が大変そうで。作家は神様という感じです。競合する他社に作家さんを奪われないようになんとかつなぎとめようとすごい気の使いようです。
沢辺 それ、いびつだよね。そういう気の使い方はその人間をダメにするよ。
坂本 編集者と漫画家が対等になってマンガを作り上げる、とかそういう雰囲気はうちにはありません。大手ではそういうのもあるかもしれないですけど。
沢辺 作家とうまく付き合えそう?
坂本 作家さんを尊敬する気持ちはあるので、できるかと思います。編集者さんが気をつかいすぎて疲れているのを見ると、そんなこと言ってられないかもしれませんけど。
沢辺 で、いまはまあ、とりあえず、マンガの編集という自分のめざすことの範囲に入ることができたんだけど、他に人生設計ある? たとえば、結婚とか子供とかさ。
坂本 結婚はしたいな、と思うし、子供もほしいと思います。三十になる前に結婚して子供を産んで産休に入りたいです。
石川 仕事はつづけたい?
坂本 はい。
沢辺 お母さんは働いてた?
坂本 はい。働いてます。幼稚園の先生をやってます。
沢辺 そういう働いているお母さんを見てどうだった?
坂本 よく共働きの人はさびしいと言われますけど、うちはおばあちゃんが面倒をみてくれて、そういうさびしいというのはなかったです。むしろ母親が家事を完璧にやるようなひとで、平日は夕ご飯はおばあちゃんがつくってくれるんですけど、休日は母が掃除洗濯をみんなきちんとやって。そういうのを見てて、「すごいな」と。父親は帰ってきたら何にもしないんですけど。お母さんは仕事も好きでつづけていて。お母さんみたいにはなれないな、というのはありますが、共働きしたいというのはあります。主婦になるというのは自分のなかにはありません。
沢辺 いまそのへんは変わってない?
坂本 変わってないですね。私はすごく社会からちゃんと評価されたいんです。自分がやったことで、本ができて、売れたりだとか。ライターの仕事をつづけたのも、「今回の企画がよかったからまた仕事をもらえる」とわかりやすかったのも魅力だったと思います。主婦になったら、社会に評価されたいという気持ちが実現できるかどうか、なかなか見えてこないので、あまりそうしたいとは思いません。
沢辺 社会に評価されたいと自覚したのはいつごろ?
坂本 たぶん、ライターの仕事をはじめてからだと思います。
沢辺 「わたしの快感、ちょっとうれしい、評価されたい、というのは、彼氏においしいご飯ということじゃあなくて、仕事だ」と。
坂本 ありがちですけど、読んだ人に「一番好きだ」と言ってもらえるような作品をつくっていきたい。それも、たぶん、評価されたい、という気持ちからだと思います。
石川 評価されるとか、されないとか、そういう社会からの評価と関係なく自分の好きなことをやっていきたい、と言う人もいるかもしれないけど、そういう考え方はどう思う?
坂本 えーっと?
沢辺 たぶん、テルちゃんが出している範型は古いんだと思うよ。だから、彼女もちょっとつかみにくいんだと思う。俺が若い頃は、評価なんて関係ない、評価自体を否定する、というようなことを言いたがる人たちもいた。けれどいまはそういう考え方はほんとに少数派だと思う。同時に、そういう考え方を支えていた極端なやりたいこと派というのはない感じがする。いまは、ちょっと過激な前衛芸術みたいなことをやっている連中でさえも、どこかで、評価ということを気にしているんだと思う。
石川 やっぱりもうそういうふうになってますね。彼女の話を聞いていると、「社会に評価されたい」というのがすごく自然。
沢辺 同じことだけど、他人から評価されるためであればなんでもする、というタイプでも彼女はないと思う。たとえば、マンガのストーリーをなんでも変えてしまう、とかそういうことはないと思うよ。「読者が求めるセオリーとしてはここでキス入れることになってる、なんて言われたらいつでもその通りにする」といった過剰に評価に依存することはないと思う。是々非々でやっていく感じがする。それは程度問題で、自分が納得すれば従うし、あらかじめ従う、従わないと決めるのも変だと思う。
石川 評価されることの重みがすごく軽く自然なものになっている感じがしますね。じっさい、社会からの評価って、坂本さんのなかでそこまで重いものではないでしょ?
坂本 私の信念は社会から評価されることじゃないです。
沢辺 むかしのフォーク歌手は「テレビには出ない!」ってのをやってた。「自分の歌はたった三分では表現できない」とかなんとか理由づけしてたけど。それ、いま思うと、「別にどうでもいいじゃん、三分でも多くの人に見てもらえるのっていいじゃん」と思う。けれど、むかしはみんなそれやってたんだよ。そういうの流行ったんだよ。それはいまはなくなってよかったと思う。彼女なんかはバランスとれてて、いいと思うよ。お母さんの話もそうで。俺のうち共稼ぎで、自分の母親が働いていたんだよ。それで、「俺が結婚したら相手は絶対専業主婦だ」って思ってたんだよ。小学校低学年ぐらいのころからそう思ったんだよ。いま考えると、「ばかだったな〜」って思うけど。あと、俺の世代の共稼ぎの意味と彼女の世代の共稼ぎの意味にはズレがあって、俺の世代の共稼ぎのほうがより経済的な理由が大きかったとは思う。俺の頃の共稼ぎって貧乏とまでは言わないけれど、他の家よりは余裕がない、というか。
坂本 そうですね。「父親の稼ぎではやっていけない」というような。
沢辺 そうそうそう。そのプレッシャーが俺の子供の頃のほうが強くて彼女の頃は少なくなった。
坂本 そんなことは考えなかったです。
沢辺 だよね。むしろそういうお母さんであれば、幼稚園の先生をやることでやりがいのある仕事をやってるし、ましてや家事までもしっかりやってて、尊敬だよね。
坂本 そうですね。

「あー、ひとそれぞれだなと思います」

坂本さんの「ひとそれぞれ」感覚を聞いてみた。坂本さんのお姉さんは、親を「ひとそれぞれ」で切り捨てられなくて苦しんでいる。坂本さんは「ひとそれそれぞれ」の効用を知っている。それは自分がいやな相手に鬱憤をためない方法。この人イラっとするな、と感じても、相手に文句が言えないとき、「まあひとそれぞれだから」と自分に言い聞かせ、相手を切り捨てる。

石川 お母さん幼稚園の先生、お父さん公務員ということだけど、どういうふうに育てられてきたのか知りたいです。よく言われたこととかある?
坂本 母親曰く、「中学生までは厳しく育て、高校からは好きなことをさせる」と。
石川 厳しかったの?
坂本 厳しくもなかったと思います。高校になったら好きにさせる、本人にまかせる、というか。姉のほうに親の期待がばーって行っちゃって、姉が精神的に病んじゃったんです。それで私のほうは期待がそこまで行かなくて自由にやれたというか。
沢辺 お姉さんはどんなふうに病んじゃったの?
坂本 摂食障害ですね。「いっぱい食べて吐く」というやつですね。いまもそうなんですけど。
沢辺 えっ、いまも?
坂本 いまもなにかあると「むちゃ食いして吐く」というのをやっています。
石川 それじゃお姉さんいまはどうしているの?
坂本 いまは地元で精神科の精神保健福祉士をやっています。精神医療の仕事をしてるのも自分のことをよく理解したいというのがあったと思います。
沢辺 でも、もし俺がお姉さんのお客さんだったら、自分が病んでいるわけだから、あんまりそういう人には診てもらいたくないな。そういう感じがあるかな。
坂本 そうですね。私もそう思います。
石川 お姉さんは自分が病んでしまったのは家族のせいだという了解はあるの?
坂本 そうですね。
石川 それじゃあ、あんまり親やおばあさんといっしょに暮らさないほうがいいと思うな。
坂本 でも、母親に必要とされたい、親に愛されたい、という思いがあって実家に戻ってきてしまったんです。
沢辺 簡単に言えば、自分から親を切れない、ということでしょ。俺の場合で言えば、親を切るわけですよ。「ふざけんなばかやろう!」って。切ったあとに何年かして会って、親は変わってなくても、まあ、「ひとそれぞれ」ですよ。それこそ。「俺も親もちがうんだ。好きに生きれば」ってなるわけですよ。まあ、たいした問題じゃないけど、あるときに親と切れるわけですよ。切れたから、「まあいいよ」とひとそれぞれで付き合えていくわけだけど、それが切れないと、逆に、ずっと親のことをじくじく考えて生きていくしかないわけですよ。
石川 それが切れないから病気になっていくんだと思うんだよね。
坂本 でも、姉はその関係をずっとつづけていくと思います。
石川 そういえば、いま「ひとそれぞれ」という話が出たけれど、ぼくの出した本でさいきんの若い人はよく「ひとそれぞれ」と言うけれど、それはそれでいい面もあるけれど、そうもいかない面もある。そんな話を書いたんだけど、坂本さんは「ひとそれぞれ」という言葉はよく使ってる?
坂本 あー、ひとそれぞれだなと思います。
石川 自分のなかではどう使ってるの?
坂本 すごく便利な言葉ですよね。自分のなかで、彼女はなんであんな行動をしたのか、と考えなくて済むから、ひとそれぞれで切り捨てることができる。だから、楽だな、と思います。
石川 仕事の関係でも人間関係でもよく使うの?
坂本 ありますね。言い方がきついひとがいて、みんなにもきつい言い方をするんです。それで私の場合は、イラっとすることがあっても、ひとそれぞれで切り捨てる、っていう。
石川 切捨てなくても相手に「それイラっとするよ」って言ったらいいんじゃない?
坂本 先輩だから言えません。言えなくて自分がいらいらするのがいやなんで、ひとそれぞれで切り捨てるようにしています。そうすると鬱憤がたまりません。
沢辺 たとえば、さっき話してくれたバイト先のひどい上司に対してもひとそれぞれという感じで受止めた? だって、じっさい、それにめげてやめちゃった人もいるわけじゃん。
坂本 そうですね。その上司に対しては「どうにかしたほうがいいんじゃないか」と思いました。ひとそれぞれで整理しきれない場合もあります。
沢辺 たとえば、いまあなたは職場では新人で、先輩に対しても、「ひとそれぞれでなんにも言わないでおこう」というふうに整理できているかもしれないけれど、来年になったら後輩ができて、仕事を教えなくちゃならないとき、ひとそれぞれで済むかな?
坂本 後輩に仕事を教えたことは、ライターのバイトをしていたときしかないんですよ。
沢辺 そのときにひとそれぞれで済んだ?
坂本 これは後輩であるあなたが「その仕事は私がやりますよ」って言う場面ですよ、という時に、踏み込めなくて、私ががまんしてその仕事をしてしまうことがありました。
石川 でも、そうすると自分の仕事増えちゃうよね?
坂本 そうです(笑)。
石川 そうすると、仕事が増えていやな気分がたまるよね?
坂本 そんなにイライラしなかったです。これからほんとに困った後輩が入ってきたらわかりませんけど。

「努力する自分が好きです」

坂本さんの自己分析は「自分は努力するのが好き」。がんばる。言い訳もしない。できる。結果を出せる女。そういう自分をいい意味で自覚している坂本さん。

沢辺 自分はどんな女だと思われていると思う?
坂本 場面によってキャラを使い分けていると思います。
石川 では、みんなにそれぞれなんて言われているの?
坂本 自分でいうのもおこがましいのですけど……。
沢辺 それ、言ってほしい。面白いから。
坂本 いまの会社では、「癒し系」と言われています。癒し系でおっとりしていると言われています。自分ではそうとは思わないんですけど。それで、母は私のことを「文句言い」と言います。なんにでも文句を言う面白い人、と母は言います。いちばん仲がいい人は、「朝から晩まで人を笑かせようとしている人」と言います。
石川 文句を言うって、ぶーたれてるってこと?
坂本 あの野球の監督の……。
沢辺 野村監督!
石川 ああ、「ぼやき」(笑)。
沢辺 (笑)マーくんも、きょうも夜遊びばっかしてっからばい(野村監督のものまね)。
坂本 (笑)いや、そんな感じじゃないのでちがいます。
石川 ちなみに聞くと、きょうは何モードで来たの?
坂本 素です。素! 若い人の生態を知りたいってことで、着飾ってもしょうがない、と。着飾ったところで、インタヴューで痛いところを突かれて、ぼろぼろになるんじゃないか、と。
沢辺 ぼろぼろにはなんなかったでしょ?
坂本 なんないです。けれど、取り繕っていたら取り払われると思ったので、はじめからつくらないようにしました。
石川 こっちも、とりつくろった感じを受けなかったです。でも、なんで? なんで? という聞きたくなる気持ちをそそられて、さっきからいろいろと質問したわけです。なんというか、強い、というのも変だけど、坂本さんてどういう人なんだろう?
坂本 自分で最近自己分析したんです。
沢辺 それ聞かせて。
坂本 固まってないですけど、とりあえず、努力する自分が好きです。受験勉強している自分の姿とか。
沢辺 さっき遠慮してたのかもしれないけど、受験勉強も手を抜いてたみたいなニュアンスに聞こえたけど?
坂本 たぶん、受験勉強もしっかりやってたと思います。けれど、私の場合は、就職浪人中も楽しかったという感じがあります。ぜったいにつらかったこともあっただろうに、「努力している自分が好き」ということで整理していたんだと思います。がんばることが好きなんですね。
石川 その「がんばる」の感じがね、必死で汗かいて、という一生懸命の感じがないんだよね。いい意味で。そういうひともいる、と言えばそれまでかもしれないけど。
沢辺 俺の印象で言えば、「できる」ね。はずれているかもしれませんが。
石川 その「できる」というのは?
沢辺 「結果を出せる」ということだね。一緒の職場で仕事してみて、仕事を見ないといけないけれど、そのことの確実性はわからない。けれど、たったこれだけしか話をしていないけれど、それは思うね。「がんばる」というのも、「ほんとにがんばってる、とも言えるし、自分のがんばりも他のすごい人に比べればたいしたことない、とも言えるし、その自分のがんばりをそのまま受け止めている」という感じがする。「がんばる」ということは結果を出せなければだめなんだよ。なんていうか。自分が料理の本を見て、特別な食材を買ってきて料理をつくっても、それは努力とも言えるし、普通にやったとも言える。それで、その料理を食べたひとが「おいしい」と一言言ってくれれば、そんな結果が出せたというということなんだ。その一言があれば、「本も見た」、「食材がすごい」なんてとりたてて、「自分はがんばった、がんばった」なんて言う必要はない。俺なんか典型的にそうで、「おいしい」と言ってくれなれば、自分で作った料理に「これうまくない?」とか、「俺こんなに準備したんだぜ」って言って、自分で物語を作って結果の低さを一生懸命高めることをやっちゃうもん。
石川 ぼくも結果が低いと必ず饒舌になってますね(笑)。
沢辺 そうでしょ。
石川 坂本さんは言い訳とかする?
坂本 言い訳はあまりしませんね。「どうたらこうたらだったんですもん」と言ったって、なにも変わらないじゃないですか。
石川 「これだめだよ!」と言って自分の書いた文章を突き返されたらどうする?
坂本 黙って書き直してまた出します。
石川 それでも「だめだ!」といってまた突き返されたらどうする?
坂本 また黙って書き直してまた出します。
沢辺 それも、100パーセントとまでは言えないけど、50パーセントぐらい、「また書き直して出せばうまくできそうだ」という予感が自分にあるからだと思う。いちばん抵抗する人は、その先どうしたらいいかわからない人。そういう人が言われていることの意味がわからないわけで。その点、坂本さんは自分に言われていることが理解できるひと。そういう抵抗はない感じだね。それと、すごく気の強い女のような感じがするな。気の強い女でもすぐポキッと折れる女もいる。けれど、坂本さんの場合は、「一筋縄ではいかない」というかさ。説得するのにすごく時間のかかる女のような気がする。
坂本 がんこですね。自分の譲れないものについては上司にもがんこだと思います。
沢辺 でも、その心のなかにあるがんこさみたいなものは俺たちには言わないと思うよ。でも、そのがんこさをそのままにしてもうまく人に対応できると思うよ。
石川 そのへんも上手そうだよな〜。
沢辺 上手じゃなくて妥当なんだと思うよ。
坂本 とりあえずうまくやれればいいかな、と。
沢辺 じゃあ、そろそろ飯食いに行こうよ。
石川 じゃあ、ひとつだけ、さっき、「私のなかの信念は、社会から評価されることじゃありません」と言ってたけど、それでは、いちばん大切なものは何ですか?
坂本 だれかの心に残る作品をつくることが自分の人生の目標なんで、やっぱ評価されることかな?
沢辺 けれども、彼女の評価されるってことは以前俺たちの世代にあった、「テレビに出ない」みたいな頑ななものではなくて、100点の評価じゃなくて、50点と言ってくれる人でもいいし、幅をもってるよね。
石川 そうですね。なんだかこちらが教えてもらうこともいっぱいありました。

「ほんとに、ほんとにいい男なんで。大好きで」

さいごは坂本さん彼氏の話題。過剰な坂本さんが出てきて面白い。

沢辺 あっ、いけね。一つ大切なことを聞くの忘れてた。彼氏いる?
坂本 います。
沢辺 何人目?
坂本 何人!? 四人とかですかね。高校の時期の彼氏がほしいのなんのかんので一ヶ月で分かれたというのも入れて、四人です。
沢辺 高校のときから常に彼氏はいた感じ?
坂本 彼氏がいなかったのは高校三年のときだけです。いまの彼氏とはマスコミのサークルで知り合ったんですけど、大学二年のときからずっとです。
沢辺 飽きない? そんなに長くつきあって。
坂本 いやいやいや。大好きなんですよ。
沢辺 あなたのほうが好きなんだ〜。相手のほうが好きな度合いと自分のほうが好きな度合いで言えば、私のほうが好き〜〜〜、という感じ?
坂本 そうですね。7対3ぐらいですかね。
沢辺 えっ、もうちょっと正直に言おうよ。正直なこと言おうよ。
坂本 6対4ですかね。あっちも意外と私のこと好きだと思うし。
石川 彼はいまなにしてるの?
坂本 大阪で保険業やってます。
石川 彼にはひとそれぞれで済ましてる?
坂本 そんなことないですよ。怒ったりします。でも、彼はほんとうにいい男なんで。大好きなんで。
石川 そんなに言われるなんて、どんな男なんだろう?
坂本 ほんとに、ほんとにいい男なんで。大好きで。
沢辺 もう三年ぐらい付き合っているけど、飽きる予感はほんとにない?
坂本 ないと思います。年々いい男になってるんで。
石川 ほほほ〜。どうも。どうも。で、頻度はどれくらい会ってる?
坂本 月一か月二ぐらいです。
石川 それぐらいの頻度だったら飽きないかな(笑)?
沢辺 俺だったら飽きるよ〜。俺だったら好きとかそういうレベルを超えるよ。もう三年半も付き合ったら、「好きだから会う」とかそういう感覚よりも、「いっしょに行く?」みたいな感じだよ。
坂本 「月一回は会っとかなきゃだめだな」という考えはお互いにあるんですけど、会うと、お互いに「あー、やっぱり最高だわ!」と思うんです。メールとか電話はほとんどしませんけど。
沢辺 まあ、飽きますよ、恋愛などは。
坂本 ほんとですか?
沢辺 飽きてから。
坂本 え〜。
沢辺 カップルは飽きてからだと思いますけどね。飽きてからでも「まあいいかな」と思えるかどうかだと思う。
坂本 リアルですね。なんか。
石川 「まあいいかな」なんだよな(笑)。そういうところに結局落ち着くんですよね。「わるくない」という言葉がいい言葉なのと同じように。
沢辺 「まあいいかな」は否定的な意味で言っているわけじゃないんだよ。「まあいいかな」と思えることはすごいことなんだよ。でも、それは明らかに胸がときめくような恋愛感情とはちがって、恋愛とはまたちがうものでも「いい」と思えること。それが「まあいいかな」で、けっこう大切なことなんだよ。それと、それと、もう一個危ないのは、「まあいいかな」となったとしても、「ほかに恋愛を求めたりしないか」という問題は大きいよね。とくに性的欲望に関しては男女差は如実にあると思うんで。女性にも欲望はあると思うけど、うちはゲイの本出しているんだけど、ゲイなんか見ていると、100人とか、200人とかざらにいるよ。レズビアンはそうでもない。ゲイのすべてがそうだというわけではないけど。でも、その話は飲み屋でやりましょう(笑)。
石川 そうしましょう(笑)。坂本さん、とりあえずここはありがとうございました(笑)。

◎石川メモ

妥当なところ

 夢、やりたいこと、表現、社会的評価、努力、がんばり。こういう積極的な言葉には過剰さがつきものだ。けれど、坂本さんの場合、過剰さがない。すごくバランスがとれている。
 坂本さんは、華やかなイメージのマスコミ世界とそのどろどろした現実を見ながら、踊らされたり腐ったりなんかしない。そのどちらかに過剰に針が振り切れることなく、淡々と夢にむかって歩んでいる。実際は、すごく努力してきた人なのかもしれない。けれど、その受け止めは、「まあ、こんな感じでやってきました」になっている。
 こういう人が「できる人」、「結果を出せる人」、「やっちゃえる人」なんだろう。
 ぼくは、どちらかと言うとうじうじした人間なので、こういう人を見て、「上手」という言葉を使ってしまう。ちょっとうらやましくなってしまう。沢辺さんは「妥当」という言葉を使う。これはフラットなものの言い方だ。
 たとえば、夢と現実の間でうじうじする感性から見ると、バランスのとれた人は「上手」に見える。「うじうじなんかしてもどうにもなんないじゃん」というところから見ると「妥当」という言葉が生れる。
 評価を過剰に意識して人の言うとおりになってしまうとおかしくなる。一方で、評価を過剰に嫌ってなんでもありにしてもおかしくなる。どっちにしたって、うじうじした人間になる。
「妥当」というのはこの二つのバランスのことで、評価と自分のやりたいことの間で、是々非々でやっていくこと。坂本さんの話だったら、さらりと、「だって評価されることって大切でしょ」と言えることだ。こうやってさらりと言えること、すごく大切だと思う。
 けれども、坂本さんが彼氏に対する思いを語るときはけっこう過剰(笑)。でも、それも本人が自覚しながら話してくれている感じがする。これもバランスか。

BL

 これは坂本さんからではなく、ぼくの教えている学生が文章で書いてくれて、教えてもらったことだけれど、BL(ボーイズラブ)とは、美男×美男の絡み(いろんなレベルで)を描いたマンガ・小説のことだそうだ(最近の傾向には、美男だけでなく、オヤジのカップリングもあるそうだ)。オリジナルもあるが、既存のアニメ、漫画、小説、三次元(アイドルや俳優など)のキャラを使ったもの(二次創作)が多い。世に言われる「腐女子」がこのBLを好むとのこと。
 ちなみに、BLでは「男役=攻め」、「女役=受け」という役割分担がある。同人誌などに「キャラ名×キャラ名」と書かれていると、だいたいは、左のキャラ名が「攻め」、右のキャラ名が「受け」とのこと。
 坂本さんもBLが好き。やはりこの趣味についても、さらりと楽しそうに話してくれた。一見、過剰な趣味のように見えるけれど、坂本さんたちは、きっとすごく「妥当なところ」で自分の趣味を語れるんだと思う。「社会で評価されることも大切だと思って仕事をがんばってるし、やりたいことにむけて努力もしている、彼氏は大好き、それに、ちょっとはずかしいけれどBLも好き。で、それがなにか?」と。

第5回 親やお兄ちゃんにわかってもらえればいい──小阪義徳さん(22歳・男性・大学4年生)

小阪くんは、1988年に東京・世田谷に生まれる。父は下北沢でバーを経営。母は、父のバーを手伝っていたこともあるが、小阪くんが小さい頃はめがねの組立工場で働いていた。5歳上の兄とその間に姉がいる。両親が共働きだったので、地元の保育園に通う。区立小学校、区立中学校を経て、都立高校へ。現在、都内の私立大学4年生。一人ぐらしの経験はない。大学は卒業予定(哲学の卒論を書いた)。卒業後どうするかは未定。
小阪くんは整理してものを言うタイプではない。うねうねといろいろしゃべりながら考えるタイプ。本人は話すより聞くのが好きと言うけれど、かなり語り好きの人だと思う。語っている自分に少し恥ずかしくなるのか、時々自嘲的に笑うのが印象的。
*2010年2月21日午後6時〜インタビュー実施。

「父に対しては小さい頃からあこがれみたいなものがありますね」

小阪くんは、小さい頃からカラダを動かすのが好きで、たいていは外で遊んでいた。中学では野球部に入り、もっぱら男子とつるんで遊んでいたという。バーを経営していた父親は、夜出かけて、朝方3時〜4時ごろに帰宅。昼間はいつも父親が家にいた。

石川 ほかのお父さんは朝から仕事に行っているけれど、自分のお父さんは家にいる、ほかのひととちがっていやだな、とは思わなかった?
小阪 いやではなかったです。小学校2年生くらいだったかな、宿題でお酒のことを何種類か調べて提出したときに、先生に「なんでこんなことを知ってるの?」と聞かれました。それで父の仕事を先生に話したんです。その話を父にしたら、「そういうことはあまり言うもんじゃない」と言われました(笑)。そのときからぼくのなかで、「お父さんの仕事はあまりひとに言っちゃいけない仕事なんだ、隠しておかなきゃ」と思うようになりました(笑)。それからは、父親の職業は絶対に言わないようになりましたね。でも、父親の職業を恥じてはいなかったです。
沢辺 ほかのお父さんとちがうことはイヤじゃなかった?
小阪 思ったことはなかったですね。父の存在自体にあこがれてたんで(笑)。小学校のとき、ぼくはあんまり学校に行きたくなかった日があって、そしたらお父さんがロマンスカーで江ノ島の水族館に連れてってくれたんです。そういうこともあって、父に対しては小さい頃からあこがれみたいなものがありますね。
沢辺 お父さんって何歳?
小阪 ちょうどこないだ60歳になったばっかりです。そうとう異端児です。うちのお父さんは、堅い家の出だったんだったんですけど、けっこう若いときから好き勝手やってた感じですね。最近切りましたけど、若いときは髪の毛が長かったです(笑)。ファッションも好きで、車とか遊び系にけっこうお金かけてたみたいです。車も、当時乗ってたのはトヨタの2000GT。まわりが買ってないような車に乗ってました。
石川 うちの親は公務員だったので、だんだん大きくなると、なんだまじめくさって、みたいに親に反抗的な気持ちが出できたんだけど、そういうのはない?
小阪 別にありません。父親に対する「かっこいいな」という気持ちは大きくなればなるほど強くなりました。
石川 いまでもかっこいい父と思ってる?
小阪 そうですね。小学校のときは一緒に絵を描いたりして、父の影響で絵を描くことが好きになったんです。高校くらいから父とは話すことが多くなりましたね。話すといっても、ぼくが一方的に聞くだけなんですけど。
 ぼくは話すよりも聞くのが楽しいっていうか。むしろしゃべるのが苦手で、家族には静かな子って思われてたほどです。中学のときには、学校ではそれなりに騒いでてうるさいほうだったんだけど、家帰ると、まったくというかほどしゃべんないし、なんか聞かれても最小限の答えしか返さなかった。それで、親が三者面談のときに、「大丈夫ですかね?」と先生に相談してました(笑)。ちょうど「キレる少年」というのが流行っていたときです。
石川 なんで家で話さなかったの?
小阪 べつにいやだったわけではないです。学校のことを親に話すことにあんまり気が向かなかったからですね。
石川 家では、まあとりあえず、という感じでお父さんの話を聞いていたの?
小阪 そうですね。お父さんは、自分のことを話すのが好きです。お父さんが、「ヨーロッパのこういう絵が好き」と言うと、ぼくは図書館に行って、すぐそういう画集や写真集を借りてきて、それを見せたりしてました。高校ぐらいだと、お父さんはこういうのが好きなんだろうなというのがだいたいわかって。それで、好みに合いそうな画集や写真集を見つけてきて見せるんです。すると、お父さんがぴったり「それが好き」と言うんです。ぼくのほうは「ああやっぱり」と思うんです。とにかく、ひとの話を聞くのはぼくは苦痛じゃないです。
石川 聞き方はどうするの? お父さんに自分からなにか言葉をかけるの?
小阪 いえ、相づちとかもうたないで、ひたすらしゃべっているのを聞くだけです。ぼくは自分から話すのが下手だと思うんです。自分から話すと整理できなくて。話しはじめちゃうと、最終的によくわかんなくなっちゃうんです。それもあってあんまり話すほうは好きじゃないんです。
石川 お母さんについてはどう?
小阪 そうですね……小さい頃からお母さんも大好きだったんですけど、あこがれみたいなものはなかったです。ぼくにとって、お父さんと、5歳年上のお兄ちゃんはあこがれの対象です。
石川 とくにお母さんをきらいだと思ったことはないんだ?
小阪 ないですね。
石川 そうですか。
小阪 (笑)

「中学くらいから、父や兄に認められたい、評価されたい、という気持ちがすごく大きかったです」

小阪くんは、勉強はさほどできず、高校に行かなくてもいいくらいに思っていた。そうは言っても、高校に行きたくないという強い気持ちもなかったので、兄と同じ都立高校へ進む。英語が得意だったので、高校へはそれで入れたようなものだと自覚している。大学進学もあまり深くは考えていなかったが、「行ってもいいかな」という程度の気持ちはあった。高校時代から写真を撮ることが好きで、大学は写真部のサークルに入る。

石川 どうして今の大学を選んだの?
小阪 親に「大学に行く気があるのか?」と聞かれたときに、すごく大学に行きたいというわけでもなくて、何かやりたいこともなくて、正直に「わかんない」と答えたんです。そしたら父に「そりゃそうだ、それがたぶん本当の気持ちだと思う。そんなら進路の先生にその思いをちゃんと伝えてみな。たぶん先生はちゃんとアドバイスしてくれると思うから」と言われたんです。高校がけっこう自由な校風で、その自由さが好きだったので、そんな大学があったら行きたいです、と進路指導の先生に言ったんです。そしたら先生が、いまの大学をすすめてくれたんです。ちょうど指定校推薦もあるし、ぼくの評価だったら指定校をぎりぎり取れる、と。それで、「大学4年間行ってるうちに、自分のやりたいこと見つかるかもしれないし」と先生に言われて、「じゃあそうしようかな」と。
石川 自由な学校、というけれど、小阪くんの自由のイメージってどういうもの?
小阪 自由ってのは、好き勝手やることじゃないって思います。先生からもそう言われたし、親からもそう言われたんで、そこは心得てるつもりです。たのしさだけを求めるのが自由ではないと思います。
石川 たのしさ、というより、自分の好きなこと・やりたいことを追及する、というイメージ?
小阪 そうですね。自分の興味があることを確認するために大学に行く。そういう感じですね。ぼくは美術や写真が好きだったので、なんとなく美術大学に行きたいという気持ちが高校生のときはあったんです。けれど、美術大学に進学した先輩の話を聞く機会があって、話を聞いたら、「絵や写真は教わってやるようなもんじゃないなー」と思った。美術や写真って、本気で自分がやりたいと思ったら、美術大学行かなくてもできるだろうな、と思ったんです。それから、大学で社会のことや心理のことを学んでみたいなと思ったんです。「社会学や心理学で学んだことを写真に活かせたらいいな」という気持ちもありました。結果的に、心理学は1年のときに勉強したけど、ピンとこなかったですけどね(笑)。サークルで写真部に入って、そっちのほうが面白くなって。自分でモノクロ写真を撮って現像しては、家族に見せていました。
石川 写真を撮ってコンクールに応募するとか、そういう試みはしたの?
小阪 してなかったですね。自分でモノクロ写真を撮って現像することにははまっていました。けど、個展やったりとかそういうのはなくて。なんだろうな、自分で好きなのを撮ってよろこぶとか。そんな感じです。ぼく、友だちに写真見せるのも好きじゃないんで(笑)。見せる対象は親やお兄ちゃんでしたね。
石川 好きなことをやることと認められることはちがうのかな?
小阪 中学くらいから、父や兄に認められたい、評価されたい、という気持ちがすごく大きかったです。ぼくの中で兄は無条件にすごい人で、その兄にほめられれば、自分がやってることはけっこうすごいのかな、と過信しちゃうくらいにほめられたいと思っていました(笑)。なので、写真も、自分が撮ったものがお兄ちゃんにほめられると、また撮りたい、また見せたい、と思うんですね。
石川 お父さんやお兄さん以外の人にほめられてうれしいということはないの?
小阪 ぼくは、たぶんヘンに器用で、ヘンに自信をもっていて、アルバイトとかで言われた仕事はある程度こなせる自信があんです。だからなんていうんでしょうね。学校やアルバイトの現場で自分のやってることが評価されるというのは、評価されて当たり前というのがあって(笑)。一方、父や兄に「いいね」と評価される前は、どう評価されるかわからない、という不安があります。他人よりも、親や兄のほうが上だと思っているから、学校とかで評価されなくても、親やお兄ちゃんにわかってもらえればいい。そういう気持ちがあるのかな(笑)。

「お兄ちゃんはなにやっててもかっこいい(笑)」

小阪くんにとって、父にも増して、5歳上の兄は、あこがれの対象だった。兄はおしゃれで芸術に興味があり、周りのひとよりも進んでいるように見えた。小坂くん自身も、兄のまねをして、周りからはちょっと進んだヤツだと思われていた。

石川 お兄さんはどんなひとなの?
小阪 兄はけっこうやんちゃでした。美術に興味があるひとです。「美術大学とか行かなくてもなんとかなる」と思っているようなひとです。洋服やデザインとかも、ちょっと先を進んでる感じもあった。そういう姿を見て、お兄ちゃんへの尊敬、あこがれはすごかったですね。好き勝手やってるのもかっこよく見えて。
石川 やんちゃ、好き勝手、ってどんな感じのお兄ちゃんなんだろう。もう少し教えて?
小阪 不良とかじゃないんですけど、絵描いてたりとか。なんですかね〜、高校のときのお兄ちゃんは服に興味があって、自分でバイトして何万もするようなデザイナーの服を買ってたりしてました。それで「まわりの人とは違うな」とぼくは思ってたんです。
石川 それで、お兄ちゃんはいまなにやってるの?
小阪 なにもやってません。フリーターです(笑)。アルバイトをひたすらやってます。アルバイト先で社員になるように勧められたんですけど、勧められた途端やめちゃって(笑)。なんか「別にやりたくない」って。兄は、アーチスト系になりたいんだとは思うんですけど、でも常にやっていることがちがうんですね。絵だけを描いているわけでもないし、写真やデザインに興味が変ったりとか、いま、粘土をやっていたり(笑)。服にも興味があったりとかで、安定はしてない感じです。
石川 お兄ちゃんは自分のやりたいものを探している感じ?
小阪 そうですね。なんか「それをやんないで後悔するのはいやだ」みたいな感じだと思います。最近、年齢のことは考えているとは思うんですが。兄とはそこまで深くは話さないんで。
石川 お兄ちゃんは親に心配かけてるとは思わない?
小阪 親がそれなりに心配してます。ぼくはそれ見て「心配かけてんな」とは思います。けれど、ぼくとしては、お兄ちゃんは、普通の会社に入って働けるようなひとではないんだろうなと思ってます。そういうところもかっこいいと思っています。お兄ちゃんは何やってもかっこいいというか(笑)。
石川 では、お姉さんはどういうひと?
小阪 ぼくは、兄に比べてお姉ちゃんのほうが仲がよかったです。お姉ちゃんはいちばん家のことを考えてる。いつもしっかりしてたひとです。
石川 お姉ちゃんは大学へ行ったの?
小阪 短大を出て就職しました。うちの家族は美術系に興味があって、お姉ちゃんも雑誌は好きだったんです。それで、雑誌関係に就職しようとしたんですけど、落ちちゃって。いまはデパ地下のスイーツの販売員をやってます。すごいやりたいと思ってはじめた仕事ではないんですけど、しっかりやってる。兄弟のなかではいちばんタフだと思います(笑)。
石川 家族は仲がいいんだね。
小阪 ぼくは仲がいいですけど、兄は親にはけっこう反発してます。
石川 お兄さんは家で親とケンカしてるの?
小阪 してますね。手を出すわけではないけれど、口でケンカしています。親は親として決めつけみたいなことを兄に言っちゃうこともあるんです。すると兄は「そんな決めつけんな!」と言ったりして。
石川 親はお兄さんが定職に就いていないことについて何か言うの?
小阪 そうですね。それが親としては一番のあれなんでしょう……。
お兄ちゃんが安定してないから、ぼくがちゃんと働かないといけないのかな、とは思ってはいるんです。でも、ぼくだって自分のやりたいことやりたい。親も心のなかでは、「会社に入って、何年も働いて」という生き方をすすめるわけじゃなくて、「後悔のないように好きなことをやったほうがいい」と言いたいんだと思うんです。
石川 小さい頃から「好きなことをやりなさい」と言われて育てられた?
小阪 そうですね。親から「こうしなさい」と言われた覚えはありません。親は、ぼくが自分の興味があることをやっていくことを受け入れてる、という感じでした。
石川 ちょっと好きなこととはちがうけど、なにかに反発していくことはかっこいいことと教わった?
小阪 ないですね。生き方について具体的に言われた覚えはありません。親は、ぼくや兄がやりたいことをやっているのを見守ってくれている感じですね。
石川 小坂くんは、「自分はまわりとはちがう」と思ってた? 
小阪 思ってましたね。お兄ちゃんを変にマネしてましたから。自分はまわりの友達より進んでる、まわりとはちがう、と常に思ってました(笑)。たぶんむかつくようなヤツなんですけど(笑)。
石川 そういうひとって、仲間からは、「なんだコイツ!」と思われて嫌われるけど、小阪くんはどうだったの?
小阪 ぼくはたぶん、好かれていましたね(笑)。友だちにめぐまれていたと思います。へんにかっこつけて、「俺はちがうんだぞ!」というのは出してきたつもりです。でも、それもまわりが受け入れてくれていました。
石川 実際には、「お前変わっててすごいぞ!」とかまわりから言われてたの?
小阪 「変わってて」ではなく、「好きなことをやってる」という感じだと思います。高校時代はまわりにファッションに興味のある友だちが多かったです。それで、ぼくはファッションもお兄ちゃんをマネしていたから、まわりから「進んでる」って見られてたんだと思います。
沢辺 こうやって話してると、決して自慢しているようには見えないところが嫌なやつに思われないところなんだろうね。でも、現象だけみると嫌なヤツだよね。
小阪 ほんとやなヤツですよね(笑)。
沢辺 でもやなところを素直に受け入れられるっていいところだと思うよ。
小阪 大学のゼミとかでも言われてたらしいんですけど、高校までも「実はいやなヤツだ」、「腹黒い」と言われ続けてたし、「なんか謎」みたいなことは言われるんですけど、自分で考えても謎なところはどこなのか一切わからない(笑)。

「(大学で)はじめて、考えるのは面白いんだと思った」

小阪くんは、大学3年生になって、たまたま哲学のゼミに入る。それまでは「考える」ということすら考えたことがなかったが、ゼミ合宿で考えること、哲学することに目覚める。

石川 大学時代の人間関係はサークルが中心なのかな?
小阪 そうですね。あと、ゼミですね。ぼくのなかでは、ゼミが衝撃的だったんで(笑)。
石川 どんな衝撃?
小阪 ぼくが入っているのは哲学のゼミです。でも、最初はどんなゼミかも全然知らなかったんです(笑)。サークルの先輩の紹介で入った、って感じなんです。
 で、衝撃の話なんですけど、きっかけは3年のときの卒業合宿です。サークルの先輩が、「幸福とはなにか?」というテーマの卒論の発表をやったんです。そのときはじめて幸せとはなにか、をぼくは自分で考えたんです。幸福とはなにかを見つけてみよう、と。そしたら、ぼくのなかで答えが出たんです(笑)。それがなんだったか覚えていないんですけど(笑)。すいません。でも、そのとき、なんとなく、自分で「おれすげえ」、「おれここまでできた」と思うことができました。
 それで、自分の考えを発表したら、まわりは「こいつなに言ってるんだ」という空気だったんです(笑)。でも、ぼくとしては「まわりはわかんなくてもいい」と思ったんです。そのときはじめて、考えるのは面白いんだと思えた。それがうれしかった。それがきっかけで、哲学にはまったというか、いろいろ考えることにはまってしまいました。
 そうしたら、先生が授業で言っていることともわかってきて、それからほんとに哲学が好きになりました。写真でも、哲学でやっていることを役立てられるんじゃないか、と思えるようになりました。
 いままでは、「友達よりも多少自分のほうが上」という気持ちがあったんだけど、ゼミの友達が考えたことにも、素直に「ああそうなんだ」と思えるようになりました。こんなふうに素直になれたのがはじめてなのかも。そうなれたことがすごく自分の中で大きかったです。みんなに自分の言ったことが受け入れられることにも快感を覚えました。
石川 やっぱり、幸福とはなにか、について小阪くんが考えたことが知りたいんだけどね。
小阪 いま思い出すと、「死」というか、「自分が無になることが幸福」みたいなことだったと思います(笑)。自分のことや他人のことを人間はつねに考えているけど、何も考えない状態を人間は求めていて、その状態が幸せなんじゃないか、と。でも、「なにも考えていないんだから幸せも感じていないんじゃないか?」という反対意見もありました(笑)。
石川 いまも幸せについて考えてる?
小阪 卒論では死を考えたんです。これは自分のなかで一定の答えが出ました。ふつうに言えば、死は悲しいことですよね。けど、ぼくは、そんなにすぐに死を悲しむことができるかどうか、と疑問をもちました。知らないひとが死んでも悲しいとは思わないですよね。それで、相手と関係性があることが死を悲しむことの条件だと考えるようになりました。
 けれども、ぼくの悪い癖で、そこからいろいろ考えちゃって。関係性ってぼくと相手との一対一の関係だと思うんです。でも、たとえば、死の悲しみは相手との一対一の関係性のなかで感じることだとすると、それだけだと死の概念は生まれないんじゃないか、と思うようになったんです。死は言葉ですよね。言葉ってわたしとあなたの間だけで通用するようなものではないですよね。だから、わたしとあなたの関係だけでは死という言葉、死という観念は生まれない。死は、わたしとあなただけじゃなく、もっと広く共有できる概念なんです。でも、卒論ではそこまで考えることができませんでした。
 それで、このあいだ合宿があったんですけど、そのあとゼミの仲間と数人で集まって、人間のもってる根本的な衝動はなにか? みたいな話になったんです。そこで、人間の根本的な衝動はなにか? 人間には、「ひとといっしょになりたい」、「共有したい」、という気持ちがあるんじゃやないかという話になったんです。そういう意味で、死という概念は、多くの人につながりたい、という気持ちから生れたものなんじゃないか、と思えてきたんです。で、ぼくは、死っていうよりも、そういう根本的な衝動、「共有したい」、「ひとといっしょになりたい」ということに興味があることがわかったんです。こういう根本的な衝動があるってわかると、ひとの言っていることを受け入れられるし、決めつけることもないし、こういうことって大事なんではないかと。あ〜、ぼくはなにを言ってるんでしょうね(笑)。
石川 うーん(笑)。なんか面白いね。だってさ、それまで絵とか写真にばっか興味あったひとが、いまは考えることに興味があるんだね。がらっと変わったんだね。いままでなにかじっくり考えた経験はありますか? と聞こうと思っていたんだけど、そうすると小阪くんはやっぱり、いま話してくれたように幸福とか死、それに人とのつながりについて考えたわけだ?
小阪 そうですね。死についてとか考えたことはそれまでなくて。それまでの自分は考えることより感覚を大切にしていた部分がありました。絵を見てああいいなと思ったら理由なんていらないと思ってた。「いいはいい」と。ヘンにアタマのいい人はそれを言葉にするかもしれないけど、なんかそういうひとに反抗するところがぼくにはあったんです。もっと感覚が大事だと思ってたんです。
 大学に入って自分の今後については考えたりはしましたけど、そんなに深く考えたことはなかったです。卒論でやった死のことも、最初は「自分の人生とあんまり関係ない」と思っていました。でもいろいろ考えていくと、まあ、「死についてはこうだ」というはっきりした答えは見つからなくても、このテーマを考えていくうちに、「自分の人生で、かかわりっていうのは大切だ」ということがわかったんです。それに、ハイデガーとかも勉強したんですけど、そうすると自分の考える要素が広がりました。いろいろ勉強していくうちに、答えを出せるかどうかという結果は気にならなくなって、考えることじたいが楽しいと思えるようになりました。それがぼくにとっては大きいです。

「悩みになるかわかんないですけど、親の生きているうちにいいことをしてあげたいな、と思ってます」

小阪くんは卒業後の進路がまだ決まっていない。いまは、働いて親を楽にさせてあげたいという気持ちがある一方で、自分のやりたいことを実現させたいという気持ちで揺れ動いている。

石川 ぼくは考えることと悩みって関係していると思ってるんだよね。いま悩みはありますか?
小阪 悩みになるかわかんないですけど、親の生きているうちにいいことをしてあげたいな、と思ってます。親にはそれなりに感謝しているし、いま経済的に苦しそうなので(笑)、働いて多少楽にさせてあげたいとか。でも、自分のやりたいこともやりたくて、それは保証されてるわけじゃないんで、そういう面では、多少不安はありますけど。
石川 そのやりたいこととは?
小阪 いまはとりあえず写真です(笑)。
石川 それは写真を仕事にするってこと? 
小阪 そうです。それで生きていくみたいな。
石川 う〜ん。
小阪 ぼくは興味が広くて、小さい頃から絵を描くことも好きだし、写真も好きだった。それ以外にも漠然と映画撮りたいと思ったこともあるし、詩を書いてみたい、とも思ってます。親からは、「ひとつのことに熱中しなさい!」と言われるんですけど、ぼくの中では、どれもはずせない。でも、映画がすぐ撮れるかといったら、それは無理だから、じゃあ、これまで真剣にやったもの、自信のあるものってなんだろうって考えたら、自分のなかでは写真なんです。
 会社に入って事務の仕事はできると思うけど、自分のなかでは、「絶対に続かない」、「どこかしら後悔するだろうな」というのがある。失敗しても後悔しないものってなんだろうって言ったら、写真。それを仕事としてできたら幸せだろうな、という考えがあって。これは親にも言ってないですけど、「いまに見ていろよ」みたいな気持ちがなんとなくあります。
沢辺 とりあえず、卒業したらどうするの?
小阪 いままであまりそんなことを言わなかった父が、最近、「バーを終わらすのは悲しい」みたいなことを言ったんです。実際ぼくはバーをやるのはいやなんですけど、「手伝うくらいならやってもいいかな」とは思ってるんです。むしろ手伝いたいとは思ってんですけど、でもそれは父には言ってないんですよ(笑)。
沢辺 親にはこの先どうするかって話は、言ってるの?
小阪 なにも言ってないんですよ。
石川 それじゃ、最初、ご両親に楽をさせてあげたい、という話だったけど、バイトも決まってないから、これからご両親に食べさせてもらうことになるのかな?
小阪 なにかしらそうですね。
沢辺 大学の4年間でバイトでどれぐらい稼いだの?
小阪 1、2年のときはスーパーのバイトで月5、6万だったんですけど、1年くらいやってなくて、いま陶芸のアシスタントのバイトをやっています。週2日泊まりで、1万円、日給5千円です。そのバイトも卒論で忙しかったこともあっていまは休んじゃってる感じで。でも、その陶芸のバイトを卒業後もやるつもりはないです。
沢辺 大学のときいちばん金をつかったのはなに?
小阪 カメラです。ライカの安いので、8万円ぐらいのものでした。
沢辺 いまは小遣いもらってるの?
小阪 お小遣いはいままでもらったことありません。
沢辺 学費は出してもらってて、あとはバイトでってこと?
小阪 奨学金ももらっていました。それで、どうしても困ったときに……。
沢辺 1万円くれとか?
小阪 (笑)そうですね。
石川 月6万で大丈夫だったの?
小阪 大丈夫ですけど、いまお金なくて。奨学金を貯めてた分をくずして、なんとかやってます。
石川 親に申し訳ないな、という気持ちはある?
小阪 「自分がやだな」というか、「お金借りてるくせに偉そうなこと考えてる」っていうのがいやで。一番は経済的な面で親に申しわけないと思っています。

「いつか写真で食っていけるだろう、となんの根拠もないですけど、すごい自信があるんですよ(笑)」

いつか写真の世界でやっていきたい、と考えている小坂くん。大学に入ってから、写真にのめりこみ、自分の撮りたいものが見えてきた。日常を切り取った写真が撮りたくて、父親にもらったカメラ(ニコンFE)をいつも持ち歩いている。キャップはいつもはずしていて、すぐに撮れるようにして、通学途中の風景を撮ったり、公園で遊んでいる子どもを撮ったり、横断歩道を渡っているおばあちゃんを撮ったり。好きなカメラマンはアラーキー。人間というものをリアルに撮っているところに魅かれる、と言う。

沢辺 写真で食べていく具体的な計画はまだない?
小阪 キャノンのコンテストに出して、評価されればいいかなと思ってたんですけど、去年自分の納得のいかないものを出してしまったんです。もちろん評価されなかったです。いまは、どんなかたちでも写真にたずさわることができればと思っています。修学旅行についていって写真を撮るとか、そういうのでもいいです。そこから、欲を言えば、自分の撮りたい写真が撮れていければ、と。
石川 これからお金を稼ぐことと、写真で食べていくということは、どういうふうに小阪くんのなかではつながってるのかな?
小阪 自分の好きなことでお金をもらうことはいますぐにできるとは考えていないんです。けれど、「後悔したくない」という思いが漠然とあって。たとえば3年間会社に入ってお金を貯めて、それから好きなことをやるというのはやろうと思えばできると思うんですけど、そこにまで力を注げない、というか。それなら、バイトを3年間やって、お金を貯めて、写真で食ってやる、という気持ちのほうが力が入れられるという気持ちがあります。
沢辺 写真の専門学校に行って学ぼうという気はないの?
小阪 プリントする技術者になるならいいかもしれないけど、自分で好きな写真を撮りたいんです。それは学校では学ぶことはできないと思ってます。それに学校に行くのはお金もかかるし(笑)。また親にお金を出してもらうのか、と。そこまでして行く必要はないと自分では思ってるんです。
沢辺 実はおれも専門学校に行く必要はないと思っているんだけど、でも、そう考える人って多いでしょ?
小阪 デジタルやパソコンでの加工は、ぼくは苦手意識が強いです。ぼくはフィルムにこだわりたいです。けれど、デジタルとフィルムのどこが違うかには答えられません。けれど、甘い考えですけど、たとえば、照明のことなら、それが必要になったら、その場で考えればいい、技術的なことはその場で学べばいい、と思ってて。それに、ひとりで全部自分でやる必要もないと思います。自分の表現したい焼き方をしてくれるひとがいればそのひとに頼んでもいいと思ってるし。
沢辺 でも、修学旅行の写真を撮るような会社に入るときに、あなたはなにができるのか? と聞かれて、なにもわかりません、と答えたら採用してもらえないこともあるよね。
小阪 なんとなく、そういう不安はあります。ありますし、今だとそういう扱いになってしまうことはだいたいわかっているんです。けれど、いつか、写真はそういうものじゃない、ということをわかってくれるひとがいるんじゃないかと。
石川 そういう自分の夢に対しては醒めてないんだ?
小阪 ほんとに漠然とですけど、自信がある、というのが自分のなかで強いです(笑)。根拠はまったくないですけど、自分のやってきたこと、写真も絵も、ちゃんとやったらいつか評価されるだろうと(笑)。すごくいやなヤツみたいですけど(笑)。これがたぶんぼくの一番いけないところなんですけど(笑)。いつか写真で食っていけるだろう、となんの根拠もないですけど、すごい自信があるんですよ(笑)。
石川 「根拠はない」と言ってくれたけど、その自信ってなんでついたんだろう?
小阪 ぼくはお兄ちゃんにあこがれがあるし、お父さんも自分の好きなことをやっているので尊敬しているし、最終的に自分のやりたいことを真剣にやっていれば、結果はどうであれ後悔はしない、というのがあります。完全にぼくの思い込みですけど、お兄ちゃんを見てても、「うちのお兄ちゃんのやっていることは世の中に出たらすげえんじゃないか」と思ってるんです。このひとたちに評価されたものなら、ぼくの絵や写真は、社会に出ても通用するんじゃないか、という気持ちもあります。それプラス、「自分はここまで考えてる」という根拠のない自身もあります。「アラーキーがやったことも、自分が考えたことなんだ、ちょっと自分のほうが生れるのが遅かっただけだ」という思いもあります。そういう漠然とした自信があります。もちろん、その自信も打ち砕かれるときはくるだろうな(笑)、そうしたらまた真剣に考えなくちゃならないだろうな、というのはなんとなくわかってます。

「いままで親やお兄ちゃんの評価というのを気にしていたかと思うんですが、なんかそっから抜け出せた感もあるんですよ」

やりたい仕事でなくても、やっているうちに楽しさや面白さが生まれる、という場合もあることはわかっている。でもやっぱり自分は、したくもない会社勤めをして後悔するくらいなら、「夢」をかたちにするためにバイトをしてお金を貯めてでも、やりたいことに向かいたい。これが小阪くんの気持ち。

沢辺 同級生で就職しないのはどれくらいいるの?
小阪 ゼミで言えば、全員で10人ぐらいのうち、ぼくを入れて2、3人ですね。
沢辺 自分のやりたいことに進むひとはいる?
小阪 ぼくのまわりは、やりたいことを職業にしようというひとはあまりいませんね。やりたいことは趣味でやればいいや、というひとが多いです。
沢辺 いまの時代、やりたいものを仕事に選ばなきゃ、という傾向があると俺は感じるんだけど、そういうことに抵抗は感じない? やりたいことを仕事にしているひとって実はそう多くないでしょ。
小阪 実際やってればたのしくなることはあると思います。父もはじめはバーをやりたいわけではなかったと思うんです。でもやっていくうちにプロ意識が芽生えたりしたんだと思うんです。そういうのを見てるとわかるんですよ。自分のやりたいことじゃなくても仕事をやらなきゃならない、そこから得られるものもある、というのはわかっているんです。けど、ぼくは写真がやりたいし、それ以外のことを考えても、写真に行き当たる、というか。自分を表現したいのかわからないんですけど。やりたいことを仕事にすることにぼくは抵抗はないですね。
石川 やりたいことをやれてないひとのイメージってどういうものだろう?
小阪 昔は、やりたいことをやってないひとは「かわいそう」、「つまらない」と思っていたんです。けど、実際自分が就職ということを考えるようになると、「就職するだけでもすごいな」と思っちゃう自分がいます。その人なりに考えてることもあるだろうし。会社に入って何年間も務める、ということはぼくにはできないことだと思っているので尊敬もします。ただ、会社に入って、「これはほんとうは自分のやりたいことではないのにやらされて」と文句とかいう人を見ると「やめちゃえよ」と言いたい気持ちになります。
石川 就職するひとはやりたいことをやれてないひと?
小阪 そうとも最近は思わないです。やりたいことは趣味でもできることもあると思うし、仕事と分けて考えることもできるし。会社に入って一生安定した生活を送ることもぼくはいいと思うし。ただ、ぼく自身はそういう生き方はできないです。この気持ちは変わることはありません。ほんとは写真やりたいのに、無理にお金のことだけ考えて会社に勤めて写真ができなくなったと、最終的に文句をいうような感じなら、会社をやめちゃえばいいじゃん、という考え方をしています。
石川 就職するひとのイメージってどういうもの?
小阪 たいへんだなあ(笑)
石川 なにがたいへんそう?
小阪 就職するのがたいへんというよりも、就活を見てると、みんな必死でやってるし。そういう必死さをみると「たいへんだなあ」と思います。でも、「そこまでしてやんなくていいじゃん」と言うほど、単純に思えない自分もいるし。「いま必死になってやっても将来なんてわかんないじゃん」と単純に思いたい自分もいるけれど、自分も先の見えない立場なので複雑な感じです。就職するひとは、尊敬とまではいかないけど、自分にできないことをやっているので、現実を見ていてすごいなあと思います。
石川 人間関係と社会について聞きたいのだけど、人間関係で悩んだことある?
小阪 ぼくは人間関係で困ったことはないんで、そこまで考えたことはないですね。
石川 社会のイメージってどういうもの?
小阪 そんな深く考えたことないですけど、自分がこれから生きていくところなんだろうな、という感じです。
石川 これまでは社会で生きてこなかった、という感じ?
小阪 そうですね。あんま、社会というのを意識したことはないかな。大学を卒業して、これまでの自分の活動範囲を越えたところ、これから生きていくところが社会なんだろうな、というイメージです。
沢辺 彼女は?
小阪 いないです。こないだ別れたんで。
 彼女は短大を出て、中学ぐらいから保育士になろうと思っていて、じっさいにいま保育士になっています。じっさいになってみると、思い描いていたこととはちがうこともあったみたいですけど、ぼくは「夢をもてるということはそれだけですごいな」と思っています。彼女のように小さいときからこれというのをもっていて実際にそれになったりするのを見てると、すごいなと思っていますね。「なりたくてそうなって、そこでちがっていた」というのならいいかな、とぼくは思います。幸せなんじゃないかな。ぼくも写真家になって写真が嫌いになるということはあるかもしれないけれど、それでも後悔しない、というか。そこまでは自分なりに真剣にやってきたつもりなんで。
石川 恋人とはなんで別れちゃったの?
小阪 これっていう理由はなかったです。ぼくは付き合う人とは、「結婚してもいいかな」と思えるひととしか付き合わない。でも現実のぼくはこんなんなんで、むこうからすれば、ぼくは就職もしてないし、そんな結婚なんてこと言われても現実味もないし。「常に支え合う」という関係へのあこがれがぼくにはあるんだけど、いまは、ぼくはそういうことができないんじゃないかな、と一方的に思っています。だから、いまは、一回、彼女とは距離を置いているという感じです。
石川 家族以外で大切な関係とは?
小阪 中学、高校の友達関係、大学の友人関係、それぞれがちがうよさがあって一番というのはないです。どれも大切です。大学では、人とそれほど深いつきあいはできないと思っていたけど、ゼミのひとたちと卒論をはじめたころにやっと仲良くなって、今後も付き合っていけるかもって思っています。
石川 深い付き合いってなに?
小阪 説明はできないんですけど、ただ一緒にいるだけで楽しい、無駄じゃない、と思える関係です。話をしなくても、いっしょにいる時間が深さに比例すると思う。
石川 さいごに、小阪くんが写真家になって自分の写真が世に出て、見ず知らずのひとに、「この写真どうしようもないよ」と批判されたとき、どう思う?
小阪 見ず知らずのひとだったら聞かないと思います。たとえばこの写真のここがよくないと言われたら、たぶん聞いて、もし話せるひとだったら、自分の考えも言うとは思うんですけど、いちばんは自分の納得なので。一番は出したいもので、他人の評価はあとからついてくると思っています。もちろん、職業として他人からの評価は重要だとは思うけれど、自分が出したいこと、というのがブレなければ、周りになんと言われようといいかな。
石川 これから小阪くんが行くところであろう社会というのはおそらく、見ず知らずのひとに自分を試される場所だと思うんだよね。それで、そういう場所というのは怖いと思う?
小阪 全然怖さはないですね。自分はどこに行っても自分でしかない、という自信のようなものがあります。いままで親やお兄ちゃんの評価というのを気にしていたと思うんですが、なんかそこから抜け出せた感もあるんですよ。それがすべてでないし、自分がいいと思ったらいいんだと思えるし。いまは自分がブレないと思ってる。社会の要請にどんなに対応しても、たぶん軸はブレない、というのがあります。
石川 う〜ん。ちょっと最後のところ、なんで親やお兄ちゃんの評価が気にならなくなるのか、なんでそんなに自信があるのか、そこをまだ聞きたいけれど、これで終わりとしましょう。どうも長い時間ありがとうございました。

◎石川メモ

「お父さん」

 人前で自分の父親のことをなんと呼ぶだろうか。ぼくの場合は、目上の人との会話だけでなく、友人との会話でも「父」や「父親」と呼ぶ。「うちの父(親)が〜」といった言葉づかいで、父親が話題になるときは話す。
十年ぐらい前、人前で自分の父親のことを「お父さん」と呼ぶ男子大学生にはじめて会った。驚いたし、気持ちが悪かった。
 人前で自分の父親のことを話すときは、男子たる者ならば、「父(親)」か「おやじ」だろう、「お父さん」は小学生までだろう、と思っていた。父親は、「父」、「父親」というフォーマルな言い方や、「おやじ」という言い方で、距離をとって語るべき存在であるはずだ。
 だから、その大学生に「うちのお父さんが〜」なんて話されると、小学生かよ、子供かよ、まだお父さんベったりかよ、という印象で気持ちが悪かった。ちなみに、その大学生は人前では「母」、「母親」、「おふくろ」と呼ぶべき存在を「お母さん」と呼んでいた。「うちのお母さんが〜」といった具合に。もちろん、これも気持ちが悪かった。
でも、いまは、家族のことを人前で話すとき「父」、「母」ではなく「お父さん」、「お母さん」、それに、「兄」、「姉」ではなく、「お兄ちゃん」、「お姉ちゃん」を使うのが普通なのかもしれない。小阪くんもそういう言葉の使い方をしていた。
 親はもう乗りこえるべき存在ではないのかもしれない。小阪くんは、自分の描いたイラストなり、写真なりを真っ先に父親や兄に見せる。父は乗りこえるべき存在ではなく、兄もライバルではないようだ。
何かをつくり、表現するということは、家族以外の人びとに発信することだとぼくは思っている。ぼくだったら、自分の書いたものを親に見られるのは恥ずかしいし、気持ち悪い。けれども、いまは、たとえば、親子でお互いの書いたブログを読みあって誉めあったりしている、という状況があるのかもしれない。
 小阪くんは、写真で食っていこうとしている。これは、父親や兄に誉められればOKという世界とはまったくちがう世界で生きていくことだ。小阪くんは自分が写真家になることについて「根拠のない自信がある」と言っているけれど、もしそれが、家族に評価されたことからくる自信だったら、かなり狭くもろいものだと思う。この春大学を卒業した小阪くん、これからどうなっていくのか。また話を聞きたいところ。

やりたいこと、後悔しないこと

 「やりたいことがある」という言葉は、「働くのはイヤだから」という言葉の裏返しになりやすい。小阪くんがそうだというわけではない。けれども、写真という「やりたいこと」がきちんとあるはずの小阪くんは、家族以外に自分の写真を見せたことがほとんどない。
 小阪くんの「やりたいこと」のために、いま「やるべきこと」は、どんどん撮って人に見せることのはず。「後悔しないこと」も小阪くんのキーワードだったけれど、「やるべきこと」をさんざんやったなら、かりにダメであっても後悔はしないだろう。けれど、もし、それをやらなかったら、それこそ、あとで後悔することになってしまうはず。いまのまま暮らして、両親の経済事情が許さなくなって、いよいよ生活のためにお金を稼がなくてはならなくなったとき、「あー、あのときやるべきことやっておけばよかった」という後悔がやってくるはずだ。
「一度きりの人生、やりたいことをやって、後悔しないように生きていきたい」。そういう言葉はよく聞く。けれども、これはマッチョな言い方かもしれないけれど、もし漠然とでも「やりたいこと」があったなら、そのつどそのつど「やるべきこと」をとことんやっておくべきだ。小阪くん、いま現在、「やるべきこと」をやっているだろうか? すごく気になる。

第4回 現実を知っても、夢は諦めきれない──岡村大輔さん(23歳・男性・アルバイト1年目)

岡村くんは1986年青森県八戸市近郊の町で生まれた。現在23歳。父親は地元で公共工事なども請け負う電気店を経営。中学校、高校は地元の公立校に進む。高校は進学校だったが、二年生で中退。その後は親の仕事を手伝いながら通信教育の高校を卒業した。卒業後、東京の映画の専門学校へ進む。専門学校時代は脚本ゼミに所属。シナリオ協会の新人賞で佳作をとる。映画学校卒業後、いまは、アルバイトをしながら、映画関係の仕事に就くこと(自分の脚本が世に出ること)をめざしている。
岡村くん自身はコミュニケーションが苦手だと言うけれど、こちらとしてはけっこう話せる人の印象。高校ドロップアウト時代のトラウマでそういう自己認識になっているのかも。
*2010年4月24日(土) 18時〜インタヴュー実施。

「学校の雰囲気になじめず、人が怖くなって。友達もいなくて」

岡村くんは中学校までは比較的勉強ができ、地元の進学校にも進む。けれども高校をやめてしまうことに。その後、父親の電気店を手伝ってすごす。兄弟は双子の兄と一つ下の弟がいる。兄も高校をやめ、いまは岡村くんと一緒に東京に住んでいる。弟は佐川急便に就職。弟は兄たちとは一緒に住んではいないが、東京で一人ぐらしをしている。

石川 勉強はできた?
岡村 中学までは勉強ができたんですけど。高校で数学で挫折しまして。高校のレベルは東北大学に年にひとりかふたり行くような地元の進学校です。
沢辺 弘前大学は?
岡村 十数名受かるような学校です。
石川 じゃあ、地元のできる子が行く高校なんだ。
岡村 県内では三つほど有名進学校があるんですが、ぼくの行っていた高校はその下のレベルです。
沢辺 引きこもりってことなの?
岡村 ちょっとした引きこもりにはなりましたけど、学校の雰囲気になじめず、人が怖くなって。友達もいなくて。数学の先生に集中攻撃を受けたので。
石川 先生にいじめられたのがやめた原因だったの?
岡村 怒られるのが怖かったんで。それから、友達ができないのが大きかったんだと思います。
石川 いま、23歳で整理するのは難しいかと思うけど、けっきょく、原因はなんだったんだろう?
岡村 自意識がつよかったのが原因だと思います。そこで人生をあきらめたというか。
石川 自意識って?
岡村 人にどう見られてるかがいつも気になって、ばかにされてるんじゃないかと。
沢辺 誰も見ていないのに?
岡村 そうですね。だれもぼくなんか見ていないと思うんですけど、ばかにされてるんじゃないかと思って。学校行きたくなくなって、一回引きこもって。そのあとは、うちが電気屋で、電気工事もやっていたので、テレビのアンテナの設置の工事を手伝ってました。
石川 じゃあ、実家は人を使っているようなお店?
岡村 従業員は父親と母親と、技術に秀でている人が一人います。ぼくはその技術のある人についていって工事をやっていました。
石川 どんな工事?
岡村 ぼくは助手でぼーっと見てて。アンテナやエアコンの設置の工事とかをやってました。冬には、テレビの共同アンテナの工事をやって、小さな電柱のようなものを立ててました。
石川 お父さんとしては「学校やめたんだからお前うちで働くか?」という感じになったの?
岡村 ぼくが家でぐだぐだしていたので、「なにもやらないんだったら働け」となって働くことになりました。
石川 お父さんとしては学校をつづけてほしいと思っていたのでは?
岡村 そういう気持ちはなかったと思います。どちらかと言えば「うちの会社で働けばいいや」と。母親のほうは、学校やめたのは残念がっていたと思います。
石川 お母さんは将来こういうふうになってほしいとか具体的に言ってた?
岡村 「英語はしゃべれるようになってほしい」と(笑)。英語を話せれば仕事が増える、という考えで。大学には行ってほしいと思っていたはずです。
石川 お父さん、お母さんいくつ?
岡村 母親が55、父親が56です。
石川 兄弟は?
岡村 双子の兄が一人いまして、あと、一つ年下の弟がひとりいます。
沢辺 兄貴は似てる?
岡村 二卵性なので似てないと思います。
石川 兄さんは何している人?
岡村 同じ映画学校です。
沢辺 じゃあ、大変だったね〜。
岡村 金かかるんで。兄はいま在学中で。ぼくよりあとに東京に出てきました。家を手伝ったあとこっちに来て、ぼくと同じく映画が好きです。
沢辺 兄貴も同じ高校だったの?
岡村 同じ高校で同じ時期にやめて。
沢辺 それ親からしたらめんどくさくてたまんないだろ?
岡村 たまんないですね(苦笑)。
石川 二人とも「一緒にやめよっか」と申し合わせてやめたの?
岡村 そういうわけではないですけど。兄貴は自分より行かなくなったのははやかったです。けれども、留年して高校出ようかやめようか迷っていたようで、やめたのはぼくより遅かったです。
沢辺 岡村くんはドロップアウトだよね。引きこもりとは違うよね?
岡村 引きこもりとはちがうかもしれません。ただ、休日に外に出るのは怖かったです。同じ高校のヤツに会うんじゃないかと。仕事は作業着でよかったんですけど、みんな高校になればお洒落になってて。そういうのに対してコンプレックスをもっていました。お洒落なみんなに会うのはいやだ、と。
沢辺 でも、映画には行ってたんじゃない?
岡村 映画館に行くようになったときはもう自分でも服を買うようになっていて。
石川 映画館に行くようになったとき、と言うと?
岡村 高校をやめて、一年間ぐらいはあんまり外には出なかったですね。仕事以外では。
沢辺 じゃあ、映画館に行くようになったのは親を手伝うようになってしばらくしてからだと思うんだけど、映画が好きなんだと自覚をもったのはいつぐらい?
岡村 高校をやめてからですね。ぼくは現役より一年おそく、19歳で映画学校に入りました。兄貴は二年遅れて20歳で学校に入りました。
沢辺 弟は?
岡村 佐川急便につとめていて、いま東京に住んでいます。
沢辺 まさか一緒に住んでないよね?
岡村 いま自分は兄と一緒に住んでいて、弟は別です。今年寮を出たようで。弟とは疎遠なのであまり連絡をとってないです。
沢辺 弟は勉強できた系?
岡村 いえ。弟は夜遊びをするようなタイプで。髪の毛は染めてなかったですが、だぼだぼのズボンを履いて、キャップをかぶるB系でした。
沢辺 弟は高校は卒業した?
岡村 卒業しました。公立ですが。本人は食物調理科に入りたかったようですけれど普通科しか行けなくて、目標を失って、それから、おちこぼれというか夜遊びをするような感じですね。なにをしてきたかわからないですが、朝帰ってきてました。まったく遊ぶところがない町なんで、友達の家でゲームしたり、たばこ吸ったりしてたと思います。
石川 岡村くん自身は友だちとは遊ばなかったの?
岡村 友だちと遊んだという経験はないです。ゲームをひとりでやったりとか、借りてきたDVDを観たりとか。

「田舎の人間を見下していたというか、田舎にいたとき、自意識が強くって、なんだこいつら、と見下していました」

高校をやめた岡村くんは映画をかなり観るように。そこで自分でも映画をつくりたい、漠然と、監督になりたい、と思うようになり、映画の専門学校に進むことになる。

石川 田舎にいたときはどれだけ映画を観てたの?
岡村 衛星放送の映画も録画して観ていたので、一日一本は観ていたと思います。
石川 どんなものを観ていたの?
岡村 むかしのハリウッド映画とか。
沢辺 いちばん好きな映画は?
岡村 ジョン・フォードの映画が好きなので、「荒野の決闘」とか。ゴダールの「気狂いピエロ」とか黒澤明の「用心棒」とかです。ジャンルは限定せずにいろいろ観てました。
石川 でも、古典だよね。新しいやつは観なかった?
岡村 新しいやつは、ガス・ヴァン・サントの「エレファント」とか。コロンバイン高校の銃乱射事件を描いた映画です。
沢辺 川島雄三は?
岡村 好きですね。「しとやかな獣」が好きですね〜。
沢辺 いかにも映画学校って感じだねえ。ゴダールとか観てるヤツっていやらしいよなあ(笑)。
石川 ぼくもそういういやらしいタイプだった(笑)。「まわりはたのしくやってたけど、おれはちがうものもってるぞ」みたいな気持ちで映画観てました。
沢辺 けっこうみんなそうなんじゃないか? オレもそうで、はずかしいけど、子供はみんな大人になろうとしてそういうことやるよね。
石川 ところで、岡村くんは、どうしてその学校を知ったの?
岡村 インターネットで知りました。
石川 映画やりたい、って気持ちもあったと思うけど、ほかには動機があった? 「もうこんな生活いやだ!」とか。
岡村 「田舎はいやだ!」というのはありましたね。
沢辺 いまどき「田舎がいやだ!」っていう同級生っている? 俺らの頃は、「いやだ!」ってのはありだったろうけど。
岡村 そうですね。地元が好きな人が多いですね。
石川 岡村くんだけなんで田舎がいやだったんだろう?
岡村 田舎の人間を見下していたというか、田舎にいたとき、自意識が強くって、なんだこいつら、と見下していました。田舎だとミニシアター系の映画なんか3ヶ月や半年遅れてくるので、それだったら東京だといっぱい映画が観れるかなと思って。
沢辺 って言うか、ミニシアター系って、そもそも来るの?
岡村 来るんですよ。
石川 どこに来るの?
岡村 シネコンに(笑)。
沢辺 八戸の?
岡村 フォーラムという会社があって、そこはミニシアター系の映画も上映して、観られるようになったんです。
石川 週にどれくらい観ていた?
岡村 週に二回は見ていました。
石川 それで、いよいよ学校に行くときに試験とかあったの?
岡村 推薦というかたちだったので、「自分の身近にいる面白い人物を書いてください」という作文と面接がありました。
石川 身近な人物を書くって、でも友だちいないんじゃなかった?
岡村 一人いたんで。自分と同じような感じの(笑)。体が弱くて、学校やめちゃって、ゲームばっかりやっているやつで、女を襲うとか、レイプするとか、そんな妄想をしゃべるような変なやつです。
石川 そいつ危ないじゃん(笑)。そいつについて書いて面接受けたら通ったんだ。
岡村 後で聞いたら、まあ、こいつはだめだろう、という感じの人以外は通るみたいです。
沢辺 ところで、それまでは映画を観てたのしんでいたと思うけれど、自分が作り手にまわるというのはちがうよね?
岡村 学校に行くまえは、その想像力はまったくはたらかなかったですね。作れるものだと思ってたんですが。
沢辺 岡村くんの行っていた映画の専門学校は、その世界ではいちばん権威のあるところだと思うんだ。けど、とはいえ、その専門学校に行っただけで、どれくらい映画の仕事にかかわれるかといったら難しくない?
岡村 そうですね。かなり難しいですね。でも、最初はそういうことを知らずに、学校側の宣伝では「うちはいちばんスタッフを輩出しています」となっていたので、そのときはスタッフという概念もなかったんですけど、ここに行けばなんとかなるんじゃないか、と思って行きました。
沢辺 おれの認識では、監督、助監督以外は現場職でさ。照明屋さん、録音屋さん、道具系、編集、スクリプターみたいなのっていうのはさ、映画を支える現場の人で、その延長で監督や助監督になれるってわけじゃまったくないと思うんだよ。だから、スタッフは下請け化されていて、映画だけじゃなくNHKのドキュメンタリーも撮る。そこに派遣されていくという感じになっている。監督になるとか脚本を書くとかいうのはそういう仕事じゃないじゃん?
岡村 そうですね。まったくちがいますね。
沢辺 で、昔だったら東宝だとか映画会社に入れば監督コースがあって。
岡村 そうですね。むかしは、がんばればなんとか助監督になれる、という保障がありましたね。
石川 へぇ、そういうシステムだったんだ。
沢辺 いまはそういう撮影所システムがほぼなくなっちゃっているので、たとえば、ぴあフィルムフェスティバルとかで賞をとらないと監督にはなれなくなっている、みたいなんじゃない?
岡村 そうですね。うちの学校から賞をとって監督になった人もいますが、知っているかぎり一人です。いまは、自主映画から賞をとって監督になるコースと、誰かの助監督と師弟関係になってデビューするコースがあるだけだと思います。
沢辺 撮影所システムがなくなったあとでも、むかしはピンク映画コースっていうのもあったんだよね。だからピンクに飛び込めばさ……。
岡村 二、三年で監督になれる、っていうのがあったんですけどね。
沢辺 そのコースはいまはどうなってる?
岡村 まだあるんですけど、いまはピンクの製作本数がどんどん減っていて、そのコースは薄いですね。
沢辺 アダルトビデオから、ってコースはあるの?
岡村 アダルトビデオからは平野勝之さん、松江哲明さんがいます。

「学校に入ったら、ばけの皮がだんだんはがれて」

プライドの高い岡村くんは映画の専門学校に入って、先生たちにケチョンケチョンにやられることになる。メッキがはがれて、自分の弱さを認めるようになると、少しずつ友だちもできはじめる。

石川 親は東京に出ることをすぐにオーケーしてくれた?
岡村 ぼくを大学に行かせるためにお金を貯めてくれていて、お金の点では大丈夫でした。
石川 学費は一年でどれくらいかかるの?
岡村 一年目が130万で、2年、3年が80万円でした。
石川 親は「いいよ」と?
岡村 そうですね。そこらへんのところはもめませんでした。けれどもじいさんが「なんで行くんだ」と言って、ちょっともめました。
石川 お父さんは、うちを継げばいい、と思ってたんじゃない?
岡村 ぼくが「映画をやりたい」と言って、たぶんいやだったと思います。でも、おやじは「好きなことやってりゃいい」と言う人で。内心は家業を継いでほしかったと思いますが。母親はおやじの言うことに対して反対を言わない人だったので、父親が許したのならそれでいい、ということだったと思います。
石川 それで、東京に出てきて、生活はどうしたの?
岡村 仕送りで。
沢辺 犯罪だね〜(笑)。いくらくらいもらってたの?
岡村 家賃含めて月12万です。
石川 ちなみに、どこに住んでたの? ワンルーム?
岡村 学校の近くの新百合ヶ丘に住んでいて、じっさいは駅で言えば百合丘が近いですが。4万9千円の部屋です。
沢辺 便利なとこだね。下北沢にも一本だし。
岡村 遊んでました(笑)。
石川 (笑)アルバイトは?
岡村 やってなかったです。
沢辺 バイトをやってなかったら、それはそれで大変だね。
岡村 あと、これ言っていいかどうかわからないですけど、ばあちゃんが50万円、親にはないしょでくれたんで。
沢辺 涙がでてくるよ〜(笑)
石川 (笑)お金は主になにに使っていたの?
岡村 映画を観るのと、学年が上がると講師の方と呑む機会があったので、それに使いました。
沢辺 犯罪だよ、犯罪(笑)。
石川 (笑)映画監督をめざしてこっちに上京してきたと思うんだけど、上京してなにか知ったことはある? 現実はきびしいとか?
岡村 まず、自分に才能はなかった、ということですね。でも、才能がないから、映画めざすのをやめよう、というものではなくて。田舎にいるときは映画を簡単に撮れると思っていたけれど、眠れないぐらいやんなきゃ映画は撮れないということがわかりました。それから、自分の書いた脚本について、「最低!」とか「才能がない!」とか「葛藤がない!」とか「テーマがない!」とか厳しいことを言われるので、そこでも、自分には才能はないのではないかと。
石川 そう言えば、監督と脚本はちがうよね?
岡村 一年のときに監督は無理だと思ったんです。東京に出てきたばかりのときは、田舎の引きこもりの気分を引きずってて。コミュニケーション能力がそんなになくて、クラスメートとあまりうまくいかなかったんです。それで、ひとりでやれそうな脚本ゼミに行ったんです。けれども、脚本ゼミと言っても、一人で脚本を書く作業が中心ではなくて、何人か集団で実際に自主映画を撮るゼミだったんです。そこでコミュニケーション能力はついたと思います。
沢辺 そうだよね。映画は集団芸術だからね。
石川 じゃあ、脚本のゼミでは一応ひととはかかわれるようになったんだ。
岡村 そうですね。学びました(笑)。一年のときはつっぱってましたが。
石川 友だちできた?
岡村 できました。それまで、友だちがいなかった人、自分と同じような仲間です。
石川 岡村くんのようにプライド高い人たちだったらうまくいかないと思うけど?
岡村 自分もそうですけど、学校に入ったら、ばけの皮がだんだんはがれて。強がってても、講師の方にいろいろ言われることで自分の弱さが出てくるので、そういう意味でお互いダメだということがわかって。それでダメさを交換するような仲間ができました。
沢辺 田舎じゃ、映画を観ていないまわりをばかにして「オレ、ゴダール見ているけど」と言っていきがっていられるけど、学校に入ったらまわりも自分と同じようなやつだし、なんといっても、自分より映画を知ってる先生たちからは「ゴダールごときで、オマエ、なに言ってるの?」って一発で粉砕されちゃうよね。
岡村 そうですね。先生たちは自分より映画を観ているから。
石川 はじめてメッキがはがれるわけだね。
沢辺 みんなと同じようになるから、つっぱっててもしょうがないや、ということになるよね。
岡村 そうですね。上の人たちにはかなわないな、と思って、低姿勢になりましたね。それまで、年上の人たちをばかにしていました。それに、高校のときは先生に厳しく言われたら、すぐに「俺は否定されている」と思っていやになったんですけど、いまは怒られても前向きにとらえるようになりました。
石川 それにしても、それまではいやなやつだったね〜。まわりの人間には「オマエ、ゴダール見てないだろ!」ってバカにするし、先生には反抗するし(笑)。

「青森にいたころより格段にいろんな映画が観れています」

岡村くんはいまは双子の兄と二人暮らし。アルバイトは年金関係の会社に派遣として行っている。稼いだお金のほとんどを映画を観ることに費やしている。

沢辺 いま、何しているの?
岡村 派遣で年金の取立てをやっている会社で働いています。時給は千円で、週四日働いています。月に10万円ぐらい稼いでいます。それで家賃はまだ親に出してもらっているんですけど(苦笑)。いまは柿生の5万8千円のところに住んでいます。
沢辺 まあ、まだ学生の兄貴と二人だから理屈はつくよな。
石川 10万円はだいたいなにに使ってるの?
岡村 まずは年金の関係の仕事をやっているので年金は払ってますね(笑)。あとは、食費、遊ぶ金、それから貯金も考えていますけど、なかなかたまりませんね。CD、DVD代、レンタル代、それから映画を観に行くお金で使ってしまいます。映画館で観るのも含めて、週に三回ぐらいは映画を観ます。
沢辺 映画“館”としては主にどこに行ってる?
岡村 そうですね。シネマヴェーラ、ユーロスペースとか。
沢辺 「バサラ人間」(監督山田広野、ポット出版も出資)とか観た?
岡村 観ました。
沢辺 偉いね〜(笑)。
岡村 こっち来てから、ロマンポルノの特集とかも観ることができて青森にいたころより格段にいろんな映画が観れています。
石川 学校出ても、先生たちとの付き合いはつづいている?
岡村 そうですね。飲み会に行ってます。
沢辺 先生たちの出している雑誌は手伝わされてる?
岡村 それはないですね。
石川 話は戻るけれど、ごはんは自分でつくってる?
岡村 作るときはあります。
沢辺 米炊ける?
岡村 炊けます。
沢辺 味噌汁作れる?
岡村 作れます。
沢辺 出汁どうやってとるか知ってる?
岡村 出汁は煮干で。
沢辺 おっ!
岡村 ぼくの場合は、はらわた、頭をとって、一晩水につけて、朝に豆腐切りながら、鍋の水が沸騰したら煮干を上げて、豆腐を入れて三分ぐらいして、豆腐に火が通ったら味噌を溶き入れて。というかたちで味噌汁をつくることはあります。
沢辺 田舎の母さんから食い物から着るもの送ってくることある?
岡村 米とかドリップコーヒーとか。
沢辺 うざくない?
岡村 やっぱ着るもんはちょっと。
沢辺 俺も着るものはいやだったな〜。着るものは趣味があるからさ。
石川 ぼくもパンツとか送られて困ったことありましたね(笑)。
岡村 でも、食べ物をつくるようになったのは最近です。それまでは、マックだとか吉野家だとかサイゼリアとか、安いところで済ませてました。
石川 煮干で出汁をとるのはお母さんがやってたのを見てそうするようにしたの?
岡村 いいえ。本を読んで知りました。

「危機感をもたなくてはやばいですね」

岡村くんは、いまは専門学校時代の先生からもらった脚本の仕事をやっている。これは学校の教材。けれども、いつまでもこの仕事をもらえるという保証はない。自分の脚本を何とか書かなくては、という危機感がある。

沢辺 ところでさ、ひきつづき今も映画をつくろうと思ってるの?
岡村 「なにがなんでも映画だ!」っていう気持ちは落ちてるんだと思います。仕送りがなくなって「生活費を稼がないとな」と思っていま働いています。
沢辺 これまで映画はなにか撮った?
岡村 映画は撮っていなくて、短い脚本を書いたりしていました。
沢辺 何本ぐらい。
岡村 三本ぐらいです。
沢辺 いちばん最近だといつぐらいに書いた?
岡村 学校の先生から仕事をもらっていま書いているところです。学校内の実習のために、ほんとに短い五分ぐらいの脚本をやらせていただいてます。ギャラは、一本五枚ぐらいの量で1万円です。
石川 そういう声って全員にかかるわけじゃないよね?
岡村 以前に書いたものが評価されて声がかかりました。
沢辺 だってシナリオ協会の新人賞で佳作なんだから。まあ、佳作になったからってどうってことないと思うけど。それに、その賞と映画学校との人脈が強そうだし(笑)。
岡村 ぼくが入賞したときも、賞をとったのは全員、同じ映画学校でぼくと同級生のやつでした(笑)。
沢辺 とはいえ、あんまりひどいやつは佳作にしないとは思うけど(笑)。
岡村 そうですね(笑)。
石川 それでもいまは脚本の話が来てるんだから、まだ脚本を書いていきたいとは思ってるんだ?
岡村 このまま先生と付き合っていれば、もしかして、もっと本格的な脚本の話がくるんじゃないかと。
沢辺 そりゃ甘いだろ(笑)。
岡村 甘いですね(笑)。
石川 どうしたらいいんだろうね?
岡村 先生には「いまは貯める時期だ」、「本読んで、映画観て、いろいろ経験しろ」って言われてて、ぼくとしては、そうか、そういう時期だと思ってその気になっているところです。
沢辺 そうだけどさ。書きつづけてたほうがためになるんじゃないか。頼まれた脚本を何本か書いているだけではだめでしょ。貯めていて、三十になったら書き出して、いいものができるという可能性はなきにしもだと思うけど。
岡村 去年は、先生からもらった仕事だけしかやってなくて、やばいな、と思って。今年は自分で長いものを書こうと思います。
沢辺 ちょっとやなこと言うようだけど、学校からは毎年卒業する学生がいるわけだよね。そうすると、先生が実習用にシナリオ書かせようという学生もまた出てくる。それ、やばくない?
岡村 危機感をもたなくてはやばいですね。じっさいに、後輩がまた佳作をとったので。
石川 そのコンクール以外ではシナリオを発表する機会はどれくらいあるの?
岡村 コンクールはいくつかあります。採用されることは滅多にないけれど、プロデューサーに直接もっていくという方法もあります。自分で自分のシナリオをもとに映画を撮るという手もあります。
石川 そういうことにチャレンジはしないの?
岡村 自主映画かな、と自分では思ってるんですけど。いまお金がない状態で。
沢辺 でも、いま、映画を自分でつくるならそんなにお金かからないよ。
岡村 そうですね。20万、30万でできますね。
石川 たとえば、いま23だから、30までを区切りとしたら、なにかそれまでに目標は?
岡村 30までに配給会社がつくシナリオなり映画を一個つくりたい、かたちにしたい、というのはあります。それでだめだったらやめよう、という考えもあります。実家の電気屋を継げばいい、という気持ちもあるけれど、いま電気屋業界も厳しいんで。
沢辺 オレの編集したプロモーションビデオを見せよう(パソコンを開いて自分のバンドの映像を見せる)。これなんて編集30分だよ。だから、もう誰でも映画を作れてしまうんだよ。
岡村 そうですよね。いまほんとにそういう状況ですよね。
石川 そういえば、脚本だけ書いてる人っているの?
岡村 います。でも、脚本だけで食えている人はほとんどいません。
沢辺 厳しいよね。プロの人でさえ、いつも、「金ない、金ない」と言ってるもん。とはいえ、けっこう夢がある系だね。岡村くんは。
岡村 そうですね。厳しい現実を知ってもあきらめきれてないというか。
石川 ほかの仕事は考えなかった?
岡村 ほかの仕事はできない、ちゃんと会社勤めなんかできない、と思い込んじゃって。
沢辺 その場合の仕事ってどういう範囲なの? たとえば、弟みたいに佐川急便の仕事だってあると思うけど、その仕事というのは、四年制の大学出て就職活動してするような仕事のこと?
岡村 そうですね。大学出て会社に就職するというイメージですね。ぼくの場合はそういう道はもうないので、バイトをしてなんとか脚本書いて、映画を撮ろうと思っています。とにかく映画界にかかわりたいという気持ちがあります。
沢辺 かかわるだけだったら、いろいろな方向があると思うけど。
岡村 助監督にしてください、と頼みにいったことがあるんですけど、「オマエは助監督には向いていない」と言われて。
沢辺 そうだよね。岡村くんは引きこもりだし。映画は集団芸術だから。とはいえ、いまはっきりこうなるという方向性がなくてもいいとも言える。みんないきがかりだと思うよ。石川さんだって、23歳のときはそんなはっきりした将来の方向性なかったんだから。
石川 そうですね。かなり漠然としてましたね。
岡村 ぼくもその場、その場を生きているって感じです。
沢辺 いまは人生80歳までぐっと伸びた時代だから、23歳なんてまだまだひよっ子だよ。だから、まだまだ自分は子供だと思えばいい。

「人からブサイクって言われますけどね(笑)」

岡村くんは、インターネットは頻繁にやるけれどもPCでメールのやりとりはあまりしない。mixiは登録しているがあまり使っていない。Twitterもやっていない。けれども、携帯代は月に1万円。コミュニケーションは苦手と言う岡村くんだけれど、友だちはいる。ただ、女の子にはちょっと苦手意識が。

石川 岡村くんは、コミュニケーションが苦手だと思ってるみたいだけど、こんなところまで出てきてインタヴューの相手をしてくれるんだから積極性あるんじゃない?
沢辺 なんでインタヴューに来てくれたの?
岡村 これもなにかいい経験になるんじゃないかと思って来ました。
沢辺 そういえば、携帯もってる? パソコンは? インターネットは?
岡村 携帯はもってます。パソコンもあって、インターネットはよくやります。
沢辺 携帯代は月どれくらい?
岡村 月1万円ぐらいです。
石川 1万円ってけっこう高いよね。
沢辺 友だちいるじゃん! 1万円だったら毎日数分の通話はかならずやってるよ。オレなんて、友だちいなかったよ。高校中退して、家を飛び出して一人で四畳半のアパートで暮らしてたんだけど、昼間はクーラー屋のバイトをしてて、同僚は年の離れたおじさん。それで、夜間高校へ行ったんだけど、まじめな苦学生が多かった。昼間は看護婦さんやっている人や自衛隊員もいて、ちゃんと働いていた。高校中退組は、まじめに勉強して大学に入ろうとしている生徒が多かった。オレなんてバイトで不良系だったから友だちできなかったよ。昼はおじさん、夜は友だちいなくて、孤独で気がくるいそうだった。それで、メールは1日何通ぐらい書く?
岡村 書かない日もありますけど、平均で言えば3通ぐらいだと思います。
沢辺 おれは仕事以外でメールなんてしないよ。どんなやりとり?
岡村 自分から最初にメールするより、むこうから「いまヒマ?」、「あの映画観た?」というメールが来て、それに「ヒマだよ」とか「観たよ。面白かった」と返信してコミュニケーションすることが多いです。
沢辺 彼女は?
岡村 いないです。
沢辺 いままでいたことある?
岡村 一回。中学校のときひとりだけです。
沢辺 孤独な日々を過ごしてるんだ。
岡村 女性がちょっと怖いというのもあるんで。たぶん、小学校のときに女の子にいじめられた経験がトラウマになっているんだと思います。
沢辺 でも、べつに岡村くんはブサイクでもなんでもないよ。
岡村 でも、人からブサイクって言われますけどね(笑)。
沢辺 ちょっと頭が薄気味だけど。別に普通だよ。オレに普通の顔があればな。あと、なんか頭の薄くなり方がちゃんと前からで、ショーン・コネリータイプでいいよ。(自分の頭を見せて)おれなんて真ん中からだから、フランシスコ・ザビエルみたいでいやだよ。まあ、年齢的に若いから頭が薄いのがちょっといやだと思うけど、場所的にはいいじゃん。
石川 年齢が行けばけっこういいかもね。
岡村 それはよく言われますね。
石川 なにかこの子いいな、と思う女の子と接する機会は?
岡村 そういうコミュニケーションはありませんね。恋愛というかたちのコミュニケーションはまったくないですね。
沢辺 風俗は?
岡村 ときどき行ってます。
沢辺 なに系?
岡村 ソープです。
沢辺 本格派だね。
岡村 童貞だったんで、確実に本番ができるということでソープに行きはじめました。
沢辺 最初の人はどういう人だった?
岡村 30歳は超えていたと思いますが、かわいい人でした。こんなかわいい人がいるんだ、っていうか、そういう感じでした。
石川 そんないい人だったら、その人のところにはその後何度も通った?
岡村 いえ、そういうわけでもなく。

「映画を観たりしてぶらぶらと」

これからどうやって生きていくか? アルバイトも出会いもいまはじまったばかり。これまで岡村くん(と岡村くん兄弟)を支えてきた実家の電気屋さんも地デジ景気の終了後どうなるかわからない。

沢辺 これからどうやって生きていくの?
岡村 ……ちょっと答えるのが難しいですね。
沢辺 道具とか使うのは好き? ビデオカメラとか。
岡村 そんなに好きじゃないですね。
沢辺 PCは?
岡村 パソコンはありますけど好きってほどでもないですね。
沢辺 じゃあ、借りてきたDVDをコピーしたりはする?
岡村 そういうことはしませんね……。
石川 コールセンターには女性はいる?
岡村 ほとんど女性ですが主婦ばっかりですね。
石川 なにかそこで出会いでもあればと思ったんだけど。
沢辺 大人趣味はなし?
岡村 大人趣味もちょっとあるんで。おばさんでもいいかなと。でも、なにしろバイトをはじめたばっかりなんで。
石川 あれっ? バイトはじめたばっかりって、去年の春学校を卒業して、それからなにしてたの?
岡村 親の援助で(笑)。引きこもってはいませんけど、映画を観たりしてぶらぶらと。そんな生活をしていたら「ほんとにオマエひどいな」と先生すじから説教されまして。それでこの春からバイトをはじめました。親の仕送りも自分から言ってやめてもらってます。
石川 これまでお兄さんにも仕送りしてたわけだから、それじゃあ、実家の電気屋さん相当繁盛しているんじゃない?
岡村 1万人ほどの人口のその町はほとんどカバーしていると思います。もちろん、最近は量販店もできて以前ほど景気はよくありませんが。あと、学校関係など公共工事も請け負ってますので。それから、ここ数年は地デジの影響で、テレビは売れてます。2011年まではなんとかなる、と親は言ってます。
沢辺 11年までか?
石川 そうですね。今日はどうもありがとうございました。

◎石川メモ

かっこいいようなかっこわるいような

 青森の小さな町に自意識過剰の少年がいる。少年は学校をドロップアウトした。友だちはいない。親の電気屋をぼーっとしながら手伝っている。そんな少年を、映画の世界だけがいきいきと魅きつけてた。少年は都会に出て、映画監督を志す。こういうふうに書くとかっこいい。
 けれど、東京に出た青年は、バイトもせず、親の仕送りやばあちゃんのくれた金で数年間ぶらぶらしていた。学校には行っていたけれど、自分で撮った映画は一本もない。こう書くとかっこわるい。
 けれども、かっこいいのもわるいのも含めて、これが現実なのだと思う。自分もそうだったけれど、たとえば、引きこもりが可能になるのは引きこもらせてくれる親がいるからだ。阿部和重の『ニッポニア・ニッポン』の最後に、ある引きこもり少年が登場する。少年は昼すぎに起き、キッチンのテーブルの上には、親のつくっておいてくれた食事がきちんとラップをかけて置いてある。これがとてもリアル。親は働きに出ている(たぶん)。それで、引きこもりの子供にちゃんとごはんを用意してくれている。ラップをかけて、あとはチンするだけにして。
 これを、子の甘えと親の甘やかし、と言ったらそうだろう。けれど、むしろ、こうした関係はもはや現代の親子の「構造」だと言ったほうがいい。そういうふうに子も親も、ある意味で自然にふるまっている。このことを前提にものごとを考えたほうがいいような気がする。
 岡村くん、これからどう生きていくのだろうか。また話を聞きたい。

これからどうなっていくんだろう?

 このインタヴューの時期、岡村くんは人生のターニングポイントだったはず。仕送りをやめてもらって、バイトをはじめたばかり。請け負い仕事ではなく、自分のための長い脚本を書かなければ、映画を撮らなくては、と考えはじめたこところ。バイト先はおばさんばかりかもしれないけれど、そこで新しい出会いがあるかも。
 その後、バイトはどうなったのか? 自分の脚本は書いているのか? 自主映画撮ってるのか? 彼女はできたのか? これもまた話を聞きてみたい。

第3回 いま、自分のおしゃれのレベルは並以下です──大石なつ美さん(22歳・女性・無職)

大石さんは、1988年に埼玉県郊外で生まれ育ち、現在も親元で暮らしている。22歳。中学高校は地元の普通高校に進み、八王子にあるマンガ・アニメ系の専門学校に進む。専門学校卒業後はライトノベルなども出版している某出版社で雑用のバイトをしていたが、一年と少しでやめてしまった。現在は無職。
*2010年4月13日(火) 18時〜インタヴュー実施。

「二次創作をやっています」

大石さんは漫画家になることを目指している。現在は、オリジナル作品を描いているのではなく、すでに存在してる作品のキャラクターを使って描く二次創作のマンガを描いている。でも、本人としてはオリジナルストーリーのマンガをやりたいと思っている。

石川 いま、仕事はなにかやっているの?

大石 いまなにもやっていません……(苦笑)。家でぐだぐだと、お絵かきをやっています。

石川 どういう絵を描いているの?

大石 二次創作です(笑)。

石川 二次創作をおじさんのぼくにもわかりやすいように説明してくれるとうれしいな(笑)。

大石 いまやっているのは『デュラララ!!』という作品の二次創作です。原作はライトノベルで、いまはアニメ化もされています。作者の成田良悟さんの小説はずっと好きで、全作品を読んでいます。『デュラララ!!』は小説の頃から二次創作をやっていました。

沢辺 で、二次創作ってなに?

大石 すでにあるマンガや小説にもとづいて、そのキャラクターを使って、自分で絵を描いたり小説を書くことです。

沢辺 ようは、パロディーとか置き換えだと思うけど、一次の元ネタとしてはどういうものがお気に入りなの?

大石 『デュラララ!!』のキャラクターをいじくっています。マンガや小説の書いてない部分をかたちにするのが二次創作だと思っています。

石川 大きく言えば、本編のストーリーの前段階や話のつづきを自分でつくってみたり、本編のサブキャラクターを主役にしてその生い立ちや物語をつくるんだと思うんだけど、そういうものだよね?

大石 はい。

沢辺 もとのキャラクターはどんなものなの? そのキャラクターの名前は?

大石 門田さん(うふふふ)。

石川 門田さんの魅力ってなに?

大石 男らしいところです。男気っていうか、番長系というか(笑)。頼れるというか、優しいというか。

石川 バンカラ系なんだね。で、その門田さんを使ってどういうストーリーを描いているの?

大石 ボーイズラブもありますし。そういうのと関係ない日常を描くこともあります。

石川 ボーイズラブっていうとエロなの?

大石 ボーイズラブが全部エロなわけではないです! (笑)

石川 あっ、そうか、なんか、ほのかな(笑)。

大石 普通の男女カップリングでも、チューで終わったり、手をつないで終わったりしたらエロじゃないじゃないですか。

沢辺 つまり、ボーイズラブは描くけど、セックスシーンまでは描かないと。

大石 そうです。そうです。

沢辺 じゃ、なんでエロ描かないの?

大石 私はエロを読むのは好きですけど、描けません(笑)。自分には描けないからです(笑)。それに、無理やりエロにしなくてもいいと思います!

石川 そのとおりだと思うけど、エロってきたない、グロい、という感じがあるから?

大石 そんなことはないです。

石川 じゃあ、エロのほうはエロのほうで、それを楽しむ人が楽しめばいいんじゃないの、ぐらいの感じなんだ。

大石 そうですね。へへへ(笑)。

石川 二次創作の仲間内で、これがいい、あれが悪い、絵が変、とか言うことはある?

大石 あったりなかったりです。でも、そこまであんまり踏み込むことはありません。

石川 ということは、二次創作の世界では、あなたはあなた、わたしはわたし、というという世界ができあがっているんだ。

大石 そうですね。

石川 原作者の成田さんの世界は尊重する? けっこう無視?

大石 尊重しますね。

石川 じゃあ、ボーイズラブ的な要素はもともとその作品のなかにあるの?

大石 いえ、本人はそういう意図はないと思いますけど、それを見いだすのが女の子なんで(笑)。

石川 最近は原作のほうがそういう作り方しているものも多いと思うけど。どう?

大石 そういう部分もちらちらありますけど。

沢辺 コミケとかに自分の二次創作の作品は出している?

大石 コミケは毎回行ってて、作品も出すこともあります。

沢辺 いちばん売れたのはどれくらい売れた?

大石 いまでこそアニメ化されて『デュラララ!!』は人気がありますけど、去年まではマイナーで。私の場合は、多く売れて80冊ぐらい売れた作品がありました。一年ぐらいで。

石川 一作品どれくらいの値段?

大石 400円か500円です。

沢辺 今日もってきてないの?

大石 もってきてません。

沢辺 なんだー。もってきてれば買おうと思ったのに。

大石 (笑)だめですー! 

沢辺 えっ、なんで? だって売るもんじゃん。

大石 (笑)だめですぅー!

石川 えっ、なんでだめなの(笑)? 売れたらうれしいじゃん?

大石 (笑)うれしいですけど。ぽいぽいとあげるようなものではないんで。

沢辺 だから、買うって言ってんじゃん。

石川 ぼくも買うのに。

沢辺 ところで、二次創作って、厳密に言うと著作権法違犯だよね。

大石 はい(笑)。

石川 でもそうすると、この話をアップするとき、作品名を出さないほうがいいのかな?

沢辺 いやでもこの部分はブレになっているからいいと思うよ。二次創作だって、それがコミケで売れれば、その元ネタの小説のほうも買う人が出るだろうし。出版社もそれを本気になって文句を言う気はないと思うよ。

石川 そうですね。さっきもちょっと言いましたけど、いまは二次創作にしてもらうのを意識しているアニメもありますしね。

大石 もちろん、最近は、二次創作を規制しませんか、という動きもありますけどね。

石川 ところで、この門田さんという人ってメインのキャラクターじゃないよね?

大石 はい。自分の好きなキャラクターをメインにしたいじゃないですか。

沢辺 絵はうまいの?

大石 自分で言うのもなんですけど、そんなにうまくありません。

沢辺 「自分で言うのもなんですけど」って普通、そのあとは「そこそこ自信あります」だけどね(笑)。

大石 なんて言っていいのかちょっとわからなくて(笑)。

石川 ほんとはちょっと自信あるからいまだに描いてるんだよね?

大石 まあその……。

石川 二次創作の世界では、ほんの一部のひとはそれで儲けて生きているひともいると思うけど、そうなりたい気はあるの?

大石 いえ、それはないですね。

石川 じゃあ、二次創作ではなく、マンガのほうで食っていきたいの?

大石 そうですね。ありますね。

石川 それは、二次創作ではなく、オリジナルで勝負したい、ということ?

大石 そうですね。やりたいです。

沢辺 でも、マンガ描いてる?

大石 二次から抜け出せない、というか(笑)。

石川 二次から抜け出せない、って面白い言い方だよね。

大石 やっぱりたのしいんで。

沢辺 でも、それだったら、徹底的に二次をやればいいんじゃないの?

大石 えーっ! 結果的に趣味になっちゃうんで。

沢辺 でも、それはプロになるための重要な練習方法だと思うよ。小説家の町田康だって、図書館に行って、自分の好きな小説家の文章をずっと書き写していたらしいよ。これは二次創作でもなんでもなくて、むしろずっと書き写してただけだけど(笑)。

石川 写経的ですね(笑)。

沢辺 でもそうすると、手に文体が染み付くし、ストーリー展開も手とか体とかに染み付いてくるし。こういうのは一つの練習方法になると思うよ。そんなに二次創作から抜け出すことを考えずに、むしろ、突き抜けることをやってみたら?

大石 そうなんですが。でも、もうそろそろ、そういうことを言ってられない年齢になって。

沢辺 そんなことないよ(笑)。昔は人は60歳で死んでたんだから。むかしは15歳で元服。15歳で大人になって戦場で切りあいしてた。50年前だって、中学卒業してすぐ就職したひとはいっぱいいた。けれども、いまは人生80年。23歳なんてはな垂れ小僧みたいなもんだよ。

「専門学校時代は、山のように描きました。毎日のように描きました」

大石さんは小学校の頃、高橋留美子の作品に出会ったのをきっかけに漫画家になることを目指してきた。勉強はあまり得意ではなく、中学も高校も家から遠くない公立校に進む。
高校は進学校ではなく、ギャルが多く、タバコを吸っている学生もいる素行のよくない学校だった、とのこと。
男女約40人のクラス構成のうち、女子の半分ぐらいが化粧の濃いギャル。残りの半分のうちの半分(女子の4分の1)がナチュラルメイクのかわいい系の女の子。あとに残った女子がお化粧には興味がない女の子(大石さんはそのグループに属する)。男子はギャル男が半分以上、残りがオタクとは言えないけれどインドア派。
大石さんは同じクラスでも自分のグループ以外の女子とはそんなに話をしなかった。男子ともほとんど話をしなかった。別に嫌いというわけではなく、「とくにかかわりをもとうとは思わなかった」とのこと。ギャルの子の濃いメイクもかわいい系の子のメイクも「個人の趣味だからやればいいじゃん」という受け止めだった。男女、各グループ間に対立があったわけでもなく、不干渉という態度で、学校行事などでは意外とまとまるクラスだった。大石さんもとくにイジメなどいやな思い出はなかった高校時代だった。

石川 中学校、高校のときはどういう子だった?

大石 クラスにひとりかふたりいる地味なタイプ、インドア派でした。

石川 オタク?

大石 オタクっていうか、そのまんまオタクでしたね(笑)。

石川 高校のときは受験勉強はした?

大石 高校は大学受験の勉強はしてなかったです。わたしは専門学校に推薦で入ったので。

石川 クラスのみんなのその後の進路とかは知ってる?

大石 とくにかかわりはもっていなかったので、みんながどうなったかは知りません。ただ、自分と付き合いがあったみんなは大学に行ったり専門学校に行ったり、普通の女子大や医療系の専門学校に行ったりしました。絵を描いているオタクの子がいたけど、その子は就職しました。最近連絡をとっていないので、どんな就職をしたかはわかりませんけど。

石川 専門学校の学費はどれくらい?

大石 たぶん、一年で100万以上です。画材代はまた別にお金がかかります。学費も画材代も親に出してもらっていました。

石川 マンガ家になろうと思って入ったの?

大石 はい。

石川 ご両親は許してくれたの? 親は「漫画家なんてお前そんな夢みたいなこと」なんて反対しなかったの?

大石 まかせるつもりで口出しせず、お金も出してくれました。

沢辺 なんで許してくれてると思う?

大石 親は親、子は子という感じだったと思います。

沢辺 女の子だから、というのはない?

大石 それはあんまりないと思います。

石川 お父さんはなにして働いているの?

大石 さいきんいろいろあって(笑)。埼玉県内の工場の下請けで、仕事つらいのなんのと言ってて。仕事を変えたらしいです。

石川 いまは働きに出ているの?

大石 ええ、たぶん。

沢辺 何度か仕事を変えてたひとだったの?

大石 はい。いままでに何度か。

沢辺 それまで仕事を変えているので、まあはじめてのことでもないので、別に気にしない、という感じ?

大石 聞いてもいいのかな? という感じで。

沢辺 ああ、そうだよね。聞いちゃうと逆に輪をかけて追い込んでしまうような?

大石 そうですね。辞めるときつらそうだったので。

石川 お父さんはその前はどんな仕事をしてたの?

大石 デパートやスーパーの従業員をやってたときもありました。それで、その工場の下請けが7、8年と、いちばんつづいたほうです。

石川 お父さんいくつ?

大石 四十すぎだと思います。

沢辺 それちょっと若くない? 大石さんいま22歳でしょ?(笑)

大石 そうですね(笑)。私が生まれたのは父が23歳ぐらいだったので。

沢辺 それじゃ、40代半ばすぎ、という感じだね。

大石 そうですね。

石川 お母さんはいくつぐらい?

大石 いくつかはわからないですけど、父より一個下です。

石川 仕事はしてるの?

大石 小学生向けのドリルなどの教材を発送している工場のようなところで働いています。

沢辺 出版社の倉庫部門かな?

大石 たぶん、そうですね。

石川 お父さん、たいした人だと思うんだよね。仕事変えながらも、娘の学費を出したり。ちょっと説教くさくなるけど。(笑)

大石 そうですね(笑)。親には感謝しています。

石川 そう言えば、さっき、二次創作をやりまくったらいいんじゃない? という話になったけど、学校に行かなくても一生懸命独学でマンガ描けば漫画家になれる、という考えはなかったの?

大石 いえ、そう考えてはいなかったです。学校に行っていろいろ勉強したかったんで。

沢辺 そこが疑問だよね。なんで? だって、描き方なんて自分で描けばいいでしょ。たとえば、手塚治虫先生はすべて独学だよ。いまは手塚先生の時代よりもマンガの描き方なんて本もたくさん出てる時代だから、独学で描きやすい時代とも言えると思うよ。でも、なんで、学校で勉強したくなっちゃうの?

大石 いま思うと、学校行くことで独学ではわからない技術的な描き方もわかりましたけど、山のように描くために行っていました。学校に通ったらいやでもマンガを描かなくちゃいけない。ただそれだけで勉強になったという気がします。

沢辺 けっこう描いたんだ。

大石 山のように描きましたね。毎日のように描きました。

石川 あの子が二枚描いたら、私は四枚描くぞ! というガッツで?

大石 いえ、そういう気持ちはありましたけど、そこまでは体がついていかなくて(笑)。

「おやじ好きです」

大石さんは、携帯メールはあまりしない。友だちは多くないタイプだと言う。けれども、PC(OSはWindows)を使ってのコミュニケーションはけっこう頻繁にやっている。『デュラララ!!』を軸に、ネット上の友だちもいて、チャットもしている。Twitterもやっている(mixiに登録はしているがやっていないとのこと)。
インターネット上に、ブログとイラスト作品(二次創作)を発表する自分のページももっている。二次創作のポストカードの通販も行っている。更新は頻繁にしている。一日約120人が訪れている。作品は、まず紙に描き、PCに取り込んで、フォトショップで着彩したものをアップしている。

石川 大石さんのページ見たいな?

大石 いやです。教えませんよ。

沢辺 なんだよ。教えてよ〜

大石 いやです! 恥ずかしいじゃないですか!

沢辺 見たいもん! じゃあ、Twitterは? IDない? 俺もやってるからさ(手元のパソコンを開き、自分のTwitterのページを見せる)。

大石 えー、腐女子的なことも書いてあるのではずかしいです。

沢辺 いいじゃん。これでツイッター仲間だよ。フォローしちゃおう。

大石 (結局IDを教える)恥ずかしい……。

沢辺 (大石さんのつぶやきを見ながら)午後二時に「おはよう」って(笑)。一日何時間ぐらい寝てんの?

大石 けっこう寝るんですよ。二度寝、三度寝してて、休日は10時間ぐらい寝てます。仕事をやめてから夜型になって、こないだ何もないときに、28時間寝てたんですよ(笑)。

沢辺 あっ、大石さんのページに行けちゃった!(Twitterから大石さんのブログや作品のあるページに飛ぶ)

大石 ギャフン!

沢辺 (大石さんの描いたイラストを見て)うまいね。たくさん描いているじゃん! (描かれている男性キャラを見ながら)ところで、好きな男のタイプは? 付き合うんだったら男?

大石 そうですね。百合っ子(レズビアン)ではないです。好きなタイプは、番長系でやさしい人です。

沢辺 俺みたいなイカツイのは? 

大石 いいですね。おやじ好きです。

石川 ぼくはどう?

大石 もうちょっと年齢がいったほうがいいですね。もうちょっと皺があったほうがいいですな。

沢辺 いま付き合っている男いる?

大石 彼氏いらないんです!

沢辺 おやじと付き合えばいいじゃん。

大石 自分が誰かと付き合うことが想像できないんです……。小学生のときに悟ったんです。それから彼氏がほしいということがなくなって……。

沢辺 それは断念しちゃったんだよ。

大石 でも、ほんとに好きだったかどうかわからないし……。

沢辺 小学生の好きなんていいかげんなもんだよ。自分はもてないとかブスだとか、勝手に思って、悟っちゃったわけ?

大石 そういうわけでもないですけど……。

沢辺 (大石さんのめがねを見て)めがねとか変えたほうがいいんじゃない? ガリ勉くんみたいだよ(笑)。

大石 変えたいとは思ってるんですよ。でも、長い間このめがねで。

沢辺 いつぐらいからしているの?

大石 高校終わりぐらいから。

沢辺 高校生としてもそのめがねまずくないかな(笑)?

大石 いまは、おしゃれしたいとは思ってるんですよ。

石川 おしゃれしたいと思ってるんだ〜。

大石 ダサいよりおしゃれしたほうがいいじゃないですか。

石川 じゃあ、めがねも含めてトータルでおしゃれしたい?

大石 めがねだけでなくて、トータルでおしゃれしたいです。でも、いま、自分のおしゃれのレベルは並以下です。

石川 (大石さんの服装を見て)服はどこで買ってるの?

大石 服は近所にあるスーパーの二階にあるような服屋で買っています。ブランドもののような高い服は買いません。着れればいいという感じです。池袋に出て買い物したりはしません。片道一時間もかかって服を買いたいとは思いません。

沢辺 原宿の竹下通りの店なんてむちゃくちゃ安いけど、そういう店には行かないの?

大石 そういう店の雰囲気は入りづらいんです。前に一回行ってみましたけど。

石川 自分がこう言うのは失礼だけど、大石さんとはどっかいっしょに行ってトータルで変えてあげたくなっちゃうな。すごくかわいくなると思うよ。

大石 少しは自分のファッションを変えたいと思うんですけど、変え方がわからないんですよ。

石川 それだったら、いっしょに買い物行って「お前これ着ろよ」みたいな彼氏ほしくない?

大石 あー。

沢辺 いやだよね。いかつい番長系好きなんだもん(笑)。そんなでれでれしてるのはイカツイ番長系とはちがうもん(笑)。

大石 そういうのいやじゃないですよ(笑)。こっちが無理やり買い物に連れて行って、だるそうにしている彼を見るのが好きなんです。

石川 そういえば、沢辺さんがタイプと言ったけど、触りたい?

大石 筋肉とかさわりたいですね。

沢辺 俺、贅肉だけどね(笑)。

大石 私、ガテン系の人とか好きです。

沢辺 そういう絵はなかったよね。

大石 ほんとうはそういうの描きたいんですけど、筋肉がうまく描けないんです。

石川 さっき悟ったなんて言ってたけど、ちょっとおしゃれにすれば、大石さんならすぐ彼氏できて男の人に触れると思うんだけどな〜。

大石 えーっ。うーん。

沢辺 でも、男に対して引いてるというか、距離感とってるよね。

大石 あー、そういうのあると思います。

沢辺 Twitterじゃ見られちゃうけど、閉じられたチャットとかでは、男の話、この人と付き合いたい、といった話はしないの?

大石 いや、あまりないですよね。友達とはアニメとかライトノベルのキャラとかの話、オタク系の話ばかりです。

沢辺 いままでのインタヴューでは、アイドルオタクとかライトノベルオタクとかもいたけど、こう言うのもなんだけど、大石さんは「真性オタク」という感じだよね。いわゆる電車男っていうか、そんな感じだよね。古典的オタク。

大石 私が? そうですか(笑)。現実に興味がない、というわけではないですけど。

沢辺 これまでインタヴューした子たちは、オタク的なこと、彼氏のこと、仕事のことはバランスよく配分して生きている感じだったけど、話を聞いてみて、大石さんは、オタク的なことが生きているなかでいちばん比重が大きい。

大石 そうですね。

「野菜煮込めなかったんです(笑)」

大石さんは、あまりお金を使わない。主な買い物は数百円のライトノベル。マンガは買わず立ち読みで済ませる。高校時代から親からのお金はもらわず、お年玉で一年間のお小遣いをまかなっていた。親戚が多いため、お年玉の額は毎年10万ぐらいだった。自分で買った買い物のなかでいままで一番高価な買い物は、出版社のアルバイト時代に買ったデジカメ(2万円ぐらい)。
大石さんは、胃袋も大きくなく、食べ物にもそんなに執着はない、と言う。焼肉などに肉料理も好きだが、それほど食べない。普段はおかしばっか食べてます、とのこと。

沢辺 兄弟はいる?

大石 三つ下に妹がひとりいます。いま私と同じ専門学校に通っています(笑)。私はマンガ・アニメコースでしたが、妹はイラストコースです。妹もいわゆるオタクで、コスプレをやっています。

沢辺 妹のコスプレはなにをやってるの?

大石 「忍たま乱太郎」です。

沢辺 えっ、でも、あれ、忍者のかっこうじゃない? もんぺみたいの履いて?

大石 頭巾をかぶって(笑)。

沢辺 どこに行くの?

大石 にんたまファンのイベントに行ってます。

沢辺 そういうにんたまコスプレのセットはあるの?

大石 コスプレのセットを扱ってる店もありますけど、自分でつくったり、そのつくったものを通販で売るひともいます。妹はコスプレを買う派ですけど、頭巾や足袋を改造したりして自分でつくってもいます。

沢辺 そういうの買うと高いんじゃない?

石川 2万円ぐらいするの?

大石 そんなにはしていないと思います。万はしないと思います。

沢辺 日曜日だと原宿でロリータのかっこうをしている子を見かけるけど、なんで女の子が忍者なんだろう?

大石 ロリータが好きな子は、それがかわいいから着ているわけだけど、コスプレが好きな子はそのアニメが好きでやっているわけで。そのかっこうで街中は歩いたりはしなせん。

石川 妹と一緒にコミケに行ったりはしないの?

大石 昔は一緒に行ったことはありますけど、いまは別々です。同じオタクでも、妹はコスプレで、私は二次創作なので。住み分けはあります。

石川 そうか。だよね。オタクにさまざまなジャンルがあるのは、音楽好きにさまざまなジャンルはあるのと同じように考えればいいんだ。

大石 そうですね。

沢辺 ところで、出版社のバイトはどれくらいはたらいていたの?

大石 一年とちょっとです。

沢辺 なんで辞めちゃったの?

大石 自分の時間がとれなかったので。

沢辺 土日は休みなんじゃない?

大石 朝11時から夜7時までの仕事だったんですけど、通勤に片道二時間もかかっていたので。

沢辺 辞めてから稼ぎはあるの?

大石 いまはまだなにも仕事をやってないのですけど、近場で働く場所を探しています。

石川 出版社のバイトは時給はいくらぐらいだったの?

大石 900円ぐらいです。

沢辺 残業は?

大石 自主的にやらないかぎりなかったです。

沢辺 (笑)8時間拘束で、それできつかったら、これからも自分の時間もてないんじゃないの?

大石 それでも、通勤を含めて、働いている時間がほとんど半日だったんで。疲れてしまって。

沢辺 日本ではほとんどの人がそういう生活を送っていると感じない? 

石川 すぐ疲れたりして、身体が弱いの?

大石 いえ、病気もち、というわけでもなく。

沢辺 最近は小学生も「疲れた」と言うんだよ。もう20年も前からだけどさ。それはきっと、大人が「疲れた」と言っているのを見てそう言うんだと思うよ。

石川 お父さん、お母さんはばりばり働いていたんじゃない?

大石 お父さんは、朝7時に家を出て夜9時に帰ってきて。お母さんは朝9時ごろに家を出て、夜5時ごろに帰ってきて……。

沢辺 えーん(泣いてみせる)!

大石 それでも、働いてばかりではなく、お父さんは音楽を聴いたりゴルフをしたり、お母さんは押し花教室へ行ったりとわりと好きなこともやっているようです。

沢辺 じゃあ、わりと謳歌しているほうなんだね。

大石 そうですね。

沢辺 ところで、話は戻るけど、食い扶持はこれからどうするつもりなの?

大石 そこがいま悩んでいるところです。なにをしたらいいんでしょうね? 遊んでいる年齢ではないので。

沢辺 一人暮らししたくない?

大石 私は、料理もなにもできないので、一人で暮らしはしていけないと思います。

沢辺 じゃあ、うちでごろごろして、お母さんのつくってくれたごはんを食べてるんだ?

大石 そうですね(苦笑)。

沢辺 じゃあ、お米炊けない?

大石 炊けます!

沢辺 味噌汁は鍋に水入れてそのあとどうする?

大石 具を入れる!

沢辺 ダシは?

大石 あっ、ダシが先か!(笑)

沢辺 まあ、ものにもよるけどね(笑)。やっぱダシでしょ。

石川 じゃあ、カレーつくれる?

大石 カレーこのあいだ失敗しました(笑)。

沢辺 カレーを失敗するって(笑)。いったい、どうやって失敗したの?

大石 野菜を煮込めなくて(笑)。

石川 野菜が煮える前にカレー粉入れちゃったんだ。

大石 短気なんです。

沢辺 俺も短気だけどカレーはつくれるよ。だって、とろ火にして、その間は本を読んでりゃいいんだもん。

大石 火をそのままにするのが怖いんです……。

沢辺 じゃあ、洗濯は? お母さんがパンツ洗ってくれてるの?

大石 そうですね(苦笑)。

沢辺 まずいだろ〜(笑)。それ。

大石 そうですね(苦笑)。

石川 お昼はごはんはお母さんがつくって置いておいてくれるの?

大石 夜中の2時3時に寝て、午後に起きて、という生活なので、お昼は、朝ごはんの残りを食べたり、食べなかったりです。

沢辺 いまは家族がいるからいいけど、孤独って怖いよ。この先いつまでも親と一緒には暮らせないと思うんだ。そうなると、一人ってさびしいよ。俺が独立したときはひとりでやってて、飛び込みで営業のサラリーマンがやって来るのがたのしみだった。日曜日なんかさびしくなるよ。

大石 そう考えるとこの先が怖いです。

「いまはマンガ描いてないです」

大石さんにとって、社会のイメージは、仕事をして世の中の一部になること。けれどもいま、自分は働いていない。いまの自分は「動いていない歯車」のようなものだと言う。その大石さんの仕事観は、マンガを描いてお金を稼ぐことが理想で、なにか生活のために仕事を見つけて働き、マンガは趣味でやっていくことは第二候補。
人とのかかかわりについては、「共通する趣味の範囲以外の人とはかかわりたいとは思いません」とのこと。

沢辺 いま、いちばんの悩みどころはなに?

大石 稼ぎですね。

沢辺 稼ぎなんてなんでもいいじゃん?

大石 マンガ家でやっていきたいと思ってるんです。

石川 自分のオリジナルのマンガは描いてないの?

大石 いまはマンガ描いてないです(苦笑)。

沢辺 貯金いまいくらぐらい?

大石 約70万です。

沢辺 それじゃ、一年ぐらい食っていけるじゃん。

大石 でも、それで、一生食べていけるわけないじゃないですか。

石川 だから、その一年で自分のマンガを描くんだよ。

大石 でも、そのお金がなくなったら終わりじゃないですか。

沢辺 でも、まだ若いんだし、ホームレスになる可能性もないし。その一年で、ひたすら、二次創作でもなんでもいいから、ともかく、ありったけ描くというのも一つの選択肢じゃない? 

大石 なるほど。

沢辺 おじさんの説教みたいだけど(笑)。

大石 いえいえ、大丈夫です。

沢辺 ところで、いま住んでる家は借家? 持ち家?

大石 借家じゃありません。一軒家です。親の家です。

沢辺 それ抜群の条件だよ! 人生の出発点として、そこポイントだよ。家賃払わなくてもいいんだもん。

大石 そうですね。

沢辺 そこで、「お米だけ食べさせて。一年だけマンガ描かせて!」って親に言うんだよ。親はダメだとは言わないと思うよ。それで、いやんなるくらい描いて、もし、いやになったら、「もうマンガは仕事ではなくて趣味でつづけていくんだ」ということがわかるじゃん。もちろん、この選択肢以外でも、近所でバイトでもいいからそんなにハードではない仕事で稼ぎながらマンガも描いていく、という選択肢もある。それに、もう一つは、本格的に、長いあいだ働ける仕事をみつける、という選択肢もある。だいたいいま考えられる選択肢はこの三つぐらいじゃないかな?

大石 そうですね。

沢辺 そのうちでも、大石さんは、なんとなく「長くつづけられる仕事を見つけなくてはならない」と思っているんじゃないかな?

大石 そう思っていますけど。マンガを趣味にしたくないのが葛藤としてあって……。

沢辺 葛藤っていうとかっこいいけど、ようは、ぐだぐだしているだけじゃん(笑)。

大石 (笑)そうです!

石川 マンガ描いたほうがいいよ。

大石 そうですね。

沢辺 描けなきゃ、やめちゃえはいいんだよ。若いイラストレーターみたいなのが、「イラスト描かせてください!」って言ってよくうちの会社に来るけど、俺はかならず「月に何枚描いてる?」って聞くんだよ。すぐ仕事に結びつくかどうかわからない。けれども、とにかく描く。やっぱりそういうのをやってなきゃ。とにかくがむしゃらに描きもせずに、「いやあ、考えがまとまらなくて」なんて言う人もよくいるけど、そういう人は信じないね。

大石 そうですね。

沢辺 長期に働けるような仕事なんていま見つけられないよね? 難しいとしたらいいじゃん。描こうよ。目の前で出来そうなことはやればいいだけだよ。「夢は思えば実現する」とはよく言われる言葉だけど、俺はそいうのは半分は当たっていると思ってる。大石さんが出版社でアルバイトをしたというのも、自分の好きなライトノベルを出しているような会社で働けば、そこにはなにかマンガを仕事にするきっかけというのはあるはず、という志向が働いたはず。

石川 出版社の人に自分がマンガ描いていることはアピールした? むこうは知ってた?

大石 そういう話の流れはあって、どんなマンガが好きかって話にはなりましたけど……。

石川 でも自分の作品を見せるまでにはいたらなかった、と。

大石 そうですね。

沢辺 いま上品な社会になっているから、彼女は自分の作品を見せるまでにいかなかったと思うんだ。

石川 もうちょっと下品になればいいと思うんだよね。

沢辺 もうちょっとだよね。

石川 ほんのちょっとのことだと思うんだ。

沢辺 だって、さっきツイッターのID教えてくれたもん。ほんとに見せるのいやな子だったら、教えてくれないもん。だから、やっぱり自分の作品を見てほしいというスケベ心みたいなもんはどこかにあるんだよ。

大石 ありますね。

沢辺 ただ、それも、俺が下品な人間だから、「Twitter見せたくないです」と言う大石さんに、「そんなこと言わず見せてよ」とずけずけ言ったからだよ。社会は一般的に上品だから、見せたくないならああそうですか、という話で終わってしまうと思う。

石川 そうですね。ぼくなんか、上品なタイプだから(笑)。TwitterのID教えたくないなら、「はいそうですか、無理しなくていいよ」で終わってしまう。今回のインタヴューでは「無理しなくていいよ」とは言わないと努力したんだけど、それはこっちの努力。普通の上品な社会だったら、大石さんが自分をアピールする機会は、やっぱり自分のほうが少し下品にならないと得られないと思うよ。

大石 なるほど。そうですね。

沢辺 ことさら、「見て見て」と言うのもかっこ悪いけど、「あっ、やってますよ、見ますか?」ぐらい普通に自分から見せる努力は必要だと思うよ。

大石 そうですね。

沢辺 こっちもスケベ心あって、「あいつがまだバイトやめてぶらぶらしてたとき、“自分の作品を人に見られることが商売なんだから、そんな恥ずかしいなんて言ってるなよ”なんて説教してやったんだよ。それがきっかけであいつはデビューしたんだよ」なんて飲み屋で言いたいんだよ(笑)。そういう名誉にあずかりたい。俺なんか、そういう種は年中まいてるよ。

石川 そういう機会に乗っかるかどうか、って重要だと思うよ。ほんと。

沢辺 (あるマンガ家のページをネットで開いて)こいつ、いいやつでさ。まだ売れていない頃、うちでマンガ描く仕事やってたんだよ。もともと自分のストーリー漫画やりたい人だったけど、うちの会社でストーリーも決めてこういうの描いてくれ、というかたちでマンガを描いてもらってたんだよ。そうしたら、あるとき、「申しわけないですけど、仕事忙しくなって、沢辺さんの仕事できません」と言ってきて、どうしたの? って聞いたら、『モーニング』の連載決まったんです、って。すごいじゃん! という話になって。そうなると、うれしいよね。

大石 すごいですね!

石川 あの天才アーチストは、駆け出しの頃から自分のやりたいことを曲げずに押し通した、みたいな話をよく聞くけど、ぼくはそんなのウソだと思ってる。沢辺さんのところで仕事をしていたその漫画家さんは、自分はオリジナルストーリーをやりたい、という気持ちはあったかもしれない。けれど、そんなこと駆け出しの頃に実現するわけがない。だから、決められたストーリー、言われた仕事のなかでちゃんとやった人だと思う。そういうことを積み重ねて、やっと、その人は評価されて、自分のオリジナルストーリーを描けるようになったんだと思うよ。

沢辺 それと、いいやつにかぎるよ。人間性は売れることと関係あると思うんだよ。いま評価も高くて売れている役者なんかもすごく丁寧で人をちゃんと気遣う人が多い。

大石 いいお話をありがとうございます。

石川 ところで、自分のオリジナルストーリーの作品を見てもらったことある? いままで誰にも読んでもらってない?

大石 作品が途中で終わっているので、誰にも見てもらってません。

石川 それじゃあ、やっぱり誰かに見てもらおうよ。
(改めて、大石さんのページに行き、沢辺、石川で作品を見る)

沢辺 意外と上手いじゃん!

石川 色づかいもいいね。

大石 恥ずかしいです。

沢辺 恥ずかしさに耐えなきゃ。

沢辺 ではおいしい小籠包でも食べに行きましょう。

大石 すいません。あんまりいい話なんかできずに。

沢辺 いいんだよ。若いんだから。

◎石川メモ

モノがある

 大石さんは、ガリ勉銀縁めがね、服は近所のスーパーの二階で買ったような服。身体もすぐ疲れてしまうし、寝るのがすき。いまは仕事もせず、家で親に世話になっている。洗濯、食事はお母さん。料理は苦手。と言うより、ほとんどできない。恋愛はあきらめちゃっているけれど、好みはおやじでガテン系。好きなキャラも番長キャラ。妄想しながら二次創作。「〜ですな」、「ギャフン!」なんて言葉も飛び出して、なんかやっぱりオタクっぽい。でも、それだからこそ(?)、話すのが楽しかった。
 大石さんは明るい。笑顔もある。自分のダメっぷりを話すのもためらわない。ダメ自慢というわけでもなく、すごくストレートにちょっと恥ずかしがりながらも話してくれた。外側から見れば、バランスの悪い生き方をしている人なんだと思う。けれど、なんだろう、どこかに、すごく小さいものかもしれないけれど、本人も気づいていないような、自分を支えるものがある人という印象をうけた。
 きっと、モノがあるからなんだと思う。二次創作とはいえ、大石さんには描いたモノ(作品)がある。自分のホームページに多数アップされている。それは公表されている。「夢がある」と言う人がよくいるけれど、モノがない人も多い。多い、と言うよりモノがない人がほとんどだ。同じことだけれども、モノのない人が「夢がある」とよく言う。
とにかく、なんでも、かたちにしたものを自分はもっている。そういう人にはどこか強みがある。モノを通じてつながりもできる。自分のコミュニティーがつくれる。本人はほとんど意識していないと思うけれど、大石さんを支えているのはこうしたモノの力だと思う。
 もちろん、自分のつくったモノを公表したら、それは試される。試されてへこんでその先どうなるか。それはこれから大石さんがオリジナルの作品を描いていくうえで出てくる問題だ。けれども、専門学校のとき、「山のように描きました。毎日のように描きました」と言っていた大石さんなら、へこたれないような気がする。
すごく当たり前のことしか言えないけれど、オタクの分野だろうと、どんな分野だろうと、なにかに一度は真剣に打ち込んだ経験のある人はやっぱり強い。モノなく夢、夢言っている人、すぐあきらめる人より強い。そして、そういう人は、オタクであろうと誰であろうと応援したくなる。

あとほんのちょっとだけのスケベ心

 恋愛もそうだし、おしゃれもそう。そして、マンガ家になる夢につながる道もそうだけれど、大石さんは、「あとほんのちょっとだけのスケベ心があれば」の人。
 沢辺さんの言うように、いまが上品になった時代なら、やはり、スケベは強い。くい込める。
 もちろん、ズカズカと下品すぎるのはまずい。お互いあまり干渉しない上品な「ひとそれぞれ」の時代に、いきなり下品にくい込むとまずい。なんだオマエ、ということになる。だから、きっかけとしては、「ほんのちょっとだけ」スケベに下品に人にくい込むこと、いい塩梅で自分をアピールして人とかかわりはじめるのがいい。
 もちろん、人と本格的にかかわり、仕事がはじまると、グイッと下品に自分をつきださなくてはならない局面が来る。けれども、めんどくさいことだけれど、いまの人とのかかわり、自分を前に出すことは、「ほんのちょっとだけ」スケベに下品に、からはじめるにかぎる。 
 モノがあって夢があるのだったら、ほんのちょっとだけスケベになってみる。そうしたら、きっといいことあるはず。大石さん、がんばってほしい。

第2回 ギクシャクしないようにと思って──遠藤学さん(21歳・男性・勤務歴1年)

遠藤くんは、1989年生まれ。生まれてからずっと、横浜、黄金町付近で生きてきた浜っ子。現在21歳。好きなプロ野球チームは「もちろんベイスターズ!」。
地元の工業高校卒業後、ガソリンスタンドのアルバイトを経て、現在は親の経営する居酒屋を手伝っている。現在、父(55歳)と母(56歳)と同居している。父は千葉県出身。黄金町付近で居酒屋、スナックなど三店舗の飲食店を経営している。母は韓国出身。父の店を手伝うのではなく家事をやっている。弟(18歳)が一人いて同居していたが現在少年院に入っている。
遠藤くんは、「いろいろな人と話し慣れている青年」という印象。こちらの問いかけに、ぽんぽん小気味よく答えが返ってくる。話す内容は具体的で、自分はこういう体験をしてきたんだからこうでしょう、とスパッと答えるところがある。
ちなみに、こちらは黄金町のいかついヤンチャなあんちゃんが来ると思っていたら、シャツにベストにハンチングという小ざっぱりした出で立ちの礼儀正しい青年だった。それに、いつも笑顔なのが印象的。
*2010年3月18日(木)18時〜インタビュー実施

「五段階評価で1がメインで、2と3がちょこらちょこらと(笑)」

遠藤くんは、高校生のときからアルバイトをはじめる。最初はスーパーの鮮魚コーナーで6ヶ月、つぎがレストランの厨房で1年アルバイトをした。そのあとは、ガソリンスタンドのアルバイトをこの20102009年の年末までつづける。ガソリンスタンドのバイトは、週3、4日入って、学校が終わってから五時間仕事をして家に帰って寝て、また学校に行く、という毎日だった。週末は、友人たちと遊び、朝までカラオケ、遠藤くん曰く、「こんなこと言っちゃいけないんだろうけど、お酒を飲んでいました」。高校時代は月に4万円から5万円を稼いでいた。

石川 勉強はどうだった?

遠藤 バカです。(きっぱりと)

石川 バカですって(笑)。成績はどれくらいだったの?

遠藤 相当できなかった子で、小学校ではクラスの下から数えて3位ぐらいでした。

沢辺 じゃあ、オールC?

遠藤 そうですね。CのあいだにBがちょこちょこ、といった感じですね(笑)。

石川 体育はAじゃなかったの?

遠藤 Bですね。特別運動神経がいいというわけでもなかったです。

石川 じゃあ、中学の成績は?

遠藤 中学でもそのまんまで、五段階評価で1がメインで、2と3がちょこらちょこらと(笑)。

石川 勉強に対しては、「やらなくちゃ」という気持ちはなかった?

遠藤 できなくていいや、という感じです。

石川 なんでそうだったんだろう?

遠藤 興味がなかったんです。興味があれば学ぶんですけど。

石川 いままで学んだことは、たとえばどんなこと?

遠藤 車のことは、自分から進んで勉強しました。

沢辺 それは免許の試験の勉強?

遠藤 そうですね。このあいだ普通自動二輪の免許をとったんですけど、一発試験で受かりました。

石川 それまでにも免許を取ってたの?

遠藤 16で原付、18で車の免許を取りました。でもつい最近、車をつぶしてなくなっちゃって。原チャリだと、スピード出すとすぐつかまるし、二段階右折とかも面倒くさいので、普通自動二輪の免許を取りました。

沢辺 つぶれた車ってなんだったの?

遠藤 ホンダのインスパイアです。友だちみんなと流星群を見に行ったんですけど、帰り道、血が騒いじゃって、バーっと走ってたら電柱にぶつかっちゃって。

沢辺 よく下に落っこちなかったね。

遠藤 事故ったときの写メがあるんですよ(携帯の待ち受け画面、車のボンネット部分がぐちゃぐちゃになった写真)。

沢辺 おー。

石川 おー。よくケガしなかったね。

「おやじには、『別になにやるのもお前の勝手だけど他人に迷惑はかけるな』とよく言われました」

遠藤くんの父親は黄金町付近で飲食店を三店舗展開する経営者。母親は韓国出身(父との結婚で日本国籍を取得)。母親は日本語があまり達者ではない。弟は現在少年院に入っている。兄の遠藤くんも悪い連中とのつきあいがあったけれど、弟はさらに深くその世界に入っていってしまった。

石川 親には「勉強やれ」って言われなかった?

遠藤 少しは言われましたけど、そんなにしつこく言われませんでした。

石川 両親はどんなひと?

遠藤 やさしいです。ぼくは甘えて育ちました(笑)。

石川 お父さんは高卒?

遠藤 はい。自営業で、黄金町の駅の近くで焼き鳥屋をやってます。自分が生れたときぐらいから店をはじめて、朝帰ってきて昼間まで寝て、といった生活なので、あんまし顔を合わせませんでした。でも、休みの日は家族サービスで遊園地とかに連れて行ってくれました。

沢辺 お母さんはお店を手伝ってる?

遠藤 いえ。

沢辺 じゃあ、おやじさん一人で店をやってるの? それとも人を使ってる?

遠藤 10人行くか行かないかですけど、人を使ってます。いちおう三店舗あるんで。

沢辺 財閥だね〜。

遠藤 いやいや。

石川 お母さんはなにをしてるの?

遠藤 家でごろごろしてます。

石川 ごろごろって、なんにもやってないわけじゃないよね?

遠藤 めしとか洗濯やってくれてます。

石川 兄弟は?

遠藤 弟がいます。いま18かな。

石川 弟はいまなにをしているの?

遠藤 少年院に行ってます。

沢辺 それはなに系で? 暴力とか?

遠藤 児童ポルノ禁止法(児童買春法)です。先輩からカンパがまわってきたので後輩を売ってお金をかせごうとして、捕まっちゃった。今度のが二回目なんで、一発で少年院で、高校も中退になって。

沢辺 遠藤くんは、そっちの道には行かなかったの?

遠藤 お世話になった先輩から「すじ通せ、親に迷惑かけるな」と言われてたんで、そっちには行きませんでした。

石川 高校は弟も同じだったの?

遠藤 弟が定時制で自分は全日制です。

石川 やはり、弟のほうは悪い先輩たちとつきあいがあったの?

遠藤 自分も悪いやつとつるんだりしたから、それで弟もいっしょになってはじめたかもしれません。でも自分はまっすぐになって。

石川 「悪い」って、どんなことをやってたの?

遠藤 かわいいもんですよ。バイク乗ったりとか。

沢辺 盗み系は?

遠藤 盗みはなかったです。

沢辺 ケンカ系は?

遠藤 ケンカ系もしないです。基本温厚なんで。

沢辺 女の子系は?

遠藤 それもなかったです。

沢辺 じゃあ、そんなに悪くはないよね?

遠藤 悪くはないですね(笑)。弟はどんどん悪いほうに行っちゃって。はじめて捕まったのは傷害ですね。そのときは警察に一晩お世話になって、その次が鑑別所で、今度は少年院ですね。だんだんと上がってっちゃって。具体的になにをやっていたか、あんま覚えてないですけど。

石川 ご両親はやさしいということだけど、お小遣いをたくさんくれるひとだった?

遠藤 ほしいものを言うと、「勉強したらお小遣いをあげる」と言われたりという感じでした。

石川 お母さんもやさしいんだと思うけど、どんなことを言って育ててくれた?

遠藤 べつになんもないです。会話もしません。

石川 小さいころからあんまり話をしなかったの?

遠藤 そうですね。

石川 お父さんは?

遠藤 おやじもなんも言わなかったですけど、「なにやるのもお前の勝手だけど他人に迷惑はかけるな」とよく言われました。それはまちがいないな、と思っています。

沢辺 おやじは悪かったのかな?

遠藤 悪くはなかったですね。プロをめざして野球やってたみたいですけど、ひじ壊しちゃって。高校は千葉の高校に行ってました。

石川 お父さん千葉のひと?

遠藤 はい。

石川 じゃあ、お母さんは?

遠藤 おふくろは韓国です。韓国で生れて韓国で育って、結婚するときに日本に国籍を移して。

石川 お母さん、日本語は?

遠藤 片言です。いまも片言で。なんでいつまでたっても上達しないのかなって(笑)。

沢辺 いつ結婚したの?

遠藤 そういうのは聞いてなくてわかりません。

沢辺 遠藤くんが生れたのが35ぐらいのときだから、子どもを産んだ年としてはわりと遅いよな。

遠藤 そうですね。

石川 出会いは?

遠藤 知らないですね。聞きたくもないというか(笑)。

石川 なんで聞きたくないの?

遠藤 親が恋したところとかは想像したくもないです(笑)。気持ちわるいって(笑)。

沢辺 うちの子もそう言うよ。どっかで知りたい気持ちはないことはないんだけど、じっさい「知りたいか?」と聞かれると、「そんなこと知りたくない」と答える。

遠藤 そうですね。自分から知ろうとは思いません。親に「知りたい?」と聞かれたら、「いやだ」と言いますね。

「車だったらけっこういじれるし、バイクもそこそこ。マフラー変えたりタイヤをはずして交換したり」

遠藤くんはバイクや車をいじるのが好き。部品や改造の方法までディテールを話す遠藤くんがとてもいきいきしていて、ほんとに好きなことがよくわかる。

沢辺 ところで、バイクや車が好きだというけど、乗るのが好きなの?

遠藤 乗るのもいじるのも好きですね。

沢辺 けっこういじれるんだ。

遠藤 車だったらけっこういじれるし、バイクもそこそこ。マフラー変えたりタイヤをはずして交換したり。だって工賃高いじゃないですか。自分でやっちゃいます。

沢辺 それってある程度頭なくっちゃできないじゃん。勉強したの?

遠藤 勉強はしてないです。ガソリンスタンドで教えてもらいました。

沢辺 改造してどんなことやってるの?

遠藤 走り屋をやってて。

沢辺 でも、原チャリでは走り屋はできないんじゃない?

遠藤 普通の原チャリは60キロしかでないけど、コンピューターをいじって90キロまで出るように改造して。

沢辺 ボアアップ(シリンダーの容積のアップ)は?

遠藤 お金がなくてできませんでした。でも、先輩に譲ってもらった80ccを100にボアアップしたエンジンをくっつけて遊んでたことがありました。

石川 どこで走ってるの?

遠藤 磯子の海沿いにL字のカーブがあって、そこで夜中に、膝すりながらバーッと何回も往復して走ってました。

沢辺 峠派ではなかったの?

遠藤 峠は50ccでは厳しいし、ちょっと遠いので、近場の磯子で走ってました。

沢辺 ベースはなんだったの?

遠藤 ホンダのNS-1というやつです。

沢辺 レーシングみたいにフルカウルのやつ?

遠藤 はい。カウルがついていて、マニュアルで。

石川 お金はけっこうかかった?

遠藤 マフラーでも3万ぐらいかかるんで。それに、バイクやってると消耗品にお金がかかるんですよ。普通の50ccのバイクをいじって、無理をかけてるんで。たとえばサスペンションがすぐにへたっちゃったり。

石川 改造するより、でかいバイクを買ったほうがいいと思っちゃうけど、どう?

遠藤 いや、自分は50ccで最速をめざそうと思ってて。そのころ、悪い先輩から譲ってもらったチームを自分が引っ張ってたんですけど、ある日チームの仲間と房総に行ったら、ちょうどその先輩に会ったんですよ。そのとき自分、盗まれてバイク無くしちゃって、友達のバイクのケツに乗っかってたんです。そしたら「お前なんだ。カンパまわせ」って言われちゃって。そこで「自分はお金ないし、カンパできない」と言ったら、破門されちゃって。リーダーが破門っていう(笑)。それでバイクやめちゃって、それからは車をいじるようになりました。走りじゃなくて、見せる車なんですけど。

石川 見せる車って?

遠藤 たとえば、サンバイザーにテレビつけたり、「わあ、すげー」と言われるような車です。

沢辺 バンパーの下にスカートつけたりとか?

遠藤 そうです。バンパーの下にLEDつけて、下をピカピカ照らすとか。

石川 スピーカーとかは工夫しなかった?

遠藤 やりましたね。直径30センチのウーファーをトランクに入れてぼんぼこぼんぼこと(笑)。

石川 どんな曲流してるの?

遠藤 洋楽ですね。ヒップホップとかR&B。

石川 曲にもこだわるの?

遠藤 ヒップホップに求めるのはガンガンくるのだし、R&Bに求めるのはまったりしたやつ。英語わからないくせに英語のバラード聴いたりとか(笑)。

石川 女の子を乗っけたりはしないの?

遠藤 しましたけど、彼女できないんですよ。「車はかっこいいんだけど、乗ってる人がだめだ」と言われます(笑)。

石川 車をいじるのはモテたいから?

遠藤 車そのものが好きで、アメリカのテイストにしたくて。

石川 遠藤くんの言うアメリカのテイストってどういう感じ?

遠藤 黒人のギャングが乗ってる感じですね。「これ、いかついだろ」と。

「だいたいヤンキーかおたくのどちらで分かれるんですけど、自分はどちらかというとヤンキーの手前という感じでしたね」

遠藤くんが通っていた工業高校のクラスのグループ構成は、ヤンキーとおたくが半々。そのなかで、遠藤くんはどちらかと言えばヤンキー寄り。そして、いじられキャラだった。

石川 話が戻るけど、遠藤くんの高校は、大学に進学にするひとはいた?

遠藤 工業高校だったんで、みんな工場に就職してました。

石川 工場はどこのどういう工場?

遠藤 有名なところだったらIHI(石川島播磨重工)。場所は横浜近辺です。

石川 IHIって大手だと思うけど、そういう大手に就職するひとばかりではないのでは?

遠藤 ほかにも京浜急行とか、いろいろ就職先があって。求人はけっこうありました。

石川 じゃあ、就職がいい学校だったんだ?

遠藤 就職はバリバリいいですね。不良が多くて、いいイメージのない学校だったので、なんでうちの学校から採るのか不思議だったんですけど。

沢辺 生徒は男ばっかり?

遠藤 男ばっかりでしたけど、一応共学で、女は自分のクラスはいなかったけど、学年にはいました。かわいくなかったですけど(笑)。

石川 不良の学校って言ってたけど、学校での遠藤くんの位置づけは?

遠藤 だいたいヤンキーかおたくのどちらかに分かれるんですけど、自分はどちらかというとヤンキーでしたね。

石川 遠藤くんの言う「おたく」って、どういう感じ?

遠藤 ゲームばかりやってるとか、アキバ系ですね。服装はすごくまじめな感じ。ヤンキー系は長ラン、短ランで。

石川 で、遠藤くんの学ランはどうだったの?

遠藤 普通の長さで普通のかっこうですね(笑)

沢辺 へえ、そうだったの。頭は?

遠藤 長かったですね。普通に無造作ヘアとか。

石川 じゃあ、おしゃれだったわけだね?

遠藤 まあそうですね。

沢辺 眉毛は?

遠藤 剃ってましたね。ヤンキーみたいな細さではなかったですけど。

石川 クラスはヤンキー系とおたく系と半々だという話だったけど、その二つのグループはお互い無関心だった?

遠藤 殴ったりまではしないけど、ヤンキー軍団がおたくをいじってました。自分はどちらかというとやられる側で、みんなに両手両足をつかまれて草むらに投げられたりとかしてました。でも、「これおいしくね? これで笑いをとれるならいいや」って(笑)。

石川 いじめられていたわけではない?

遠藤 いじめとかではなくて、「これで笑いをとれるならいいや」って。

石川 その連中とはいまでもつきあいがある?

遠藤 あります。いまはもう、そういうことはやられてないですけど。

石川 いまいっしょに遊んでいるのもその連中?

遠藤 そうですね。

「やりたいことで金儲けしたいです」

遠藤くんは高校卒業後、調理師の専門学校に行こうと思うが、それをあきらめることに。しばらく高校時代から続けていたガソリンスタンドのアルバイトを続けるが、この春から本格的に父親の仕事を手伝うことに決める。先輩の飲食店を訪れて感動したのがきっかけで、いまの遠藤くんのめざすこと、やりたいことは、父親の店を大きくしてお金を儲けること。ばんばん儲けて、キャバクラでばんばんお金が使えるようになりたい、そんな夢をかなえた自分のイメージも遠藤くんのなかにはある。

石川 就職がいい高校だったということだけど、遠藤くんが就職しなかったのはなぜ?

遠藤 高校のころは調理師の専門学校へ行こうと思っていて、親も学費を半分出すと言ってくれてたので。でも、専門学校の試験に受かって、「入学するのにお金がいくらかかる」という話をしたら、急に「お前が全部出せ」と言い出して。お金が払えなくなったから専門学校にも行けず、そのままガソリンスタンドのバイトをやることになりました。

沢辺 そのときは腹を立てなかった?

遠藤 めちゃめちゃ腹立てましたよ。いまでは笑って話せますけど。そんときは、「言ったことは責任もてよ」って。

石川 お父さんはお店を三軒持ってるのに、なんでお金を出してくれなかったんだろう?

遠藤 けっこうケチなんです。

沢辺 なぜお父さんは豹変したんだろう?

遠藤 なぜっていうのはちょっとわかんなくて。聞こうとも思わないです。

沢辺 けっこう気まぐれなのかな?

遠藤 そういうところもあると思います。調理用の服の寸法も測って、いよいよ買うというときに「出せない」という話になっちゃって。でも、気まぐれだけど、やさしいことをやってくれます。

石川 やさしいことってどういうこと?

遠藤 甘いです。

沢辺 弟は怒られた?

遠藤 めちゃめちゃ怒られてました。

沢辺 遠藤くんは怒られたことはない?

遠藤 中学校のとき、ほしいゲームがあって、親の留守のときに親の財布からお金をとったのがバレたときは、めちゃめちゃ怒られました。

石川 話は戻っちゃうけど、なんで調理師学校のお金を出してくれなかったんだろう?

遠藤 わからないですけど、自立させたかったのかもしれないです。

沢辺 そんなことがあったけど、今は父親の店を手伝ってるんだよね?

遠藤 それにはきっかけがあって、先輩がお店をはじめたんですけど、そこの料理を食べたら、めちゃめちゃうまかったんです。「料理食って、こんな感動あるんだ」と。そのとき、「会社起こして金儲けしてえな」って思ってたときだったので、「会社やるんだったら、料理関係の仕事やりてえな」と思ったんです。で、よく考えたら、ちょうどいいとこが近くにあるじゃん、と。それで、おやじのところにしばらくいて、それからほかのところに修行に行って、自分の味出していこうかなって思ったんです。

石川 ずっとガソリンスタンドのバイトをやってたって話だったけど、「正社員にならないか?」とは言われなかった?

遠藤 「危険物の資格とったら正社員にしてくれる」っていう話もあったんですけど、結局「ダメだ」って言われて。いまはガソリンスタンドは不況でもうからないから。

石川 資格はほかにももってる?

遠藤 車と普通自動二輪。それから、お店をやるために衛生責任者の免許をもってます。

沢辺 いままでのバイトで一番時給が高いときはいくらだった?

遠藤 ガソリンスタンドで920円です。所長が上司にびびってる人で、それ以上は上がらなかったんですけど。

石川 お父さんのお店の手伝いでは、いくらもらってるの?

遠藤 おやじの店では時給でなく月給でもらっていて、月10万円です。

沢辺 おやじの会社でなかったら10万でやる? 

遠藤 やると思います。修行になると思うし、いまは飲食店で働くのが面白くて。

沢辺 いま、どれくらい仕事に入ってる?

遠藤 夕方5時から夜12時まで入っています。この春でやめるけど、まだ昼までガソリンスタンドのバイトもやってます。

沢辺 お店は何時までやってるの?

遠藤 朝5時までです。

沢辺 何人でやってるの?

遠藤 お店には常に三人入っていて、夜12時をすぎると二人になります。

沢辺 仕込みはやってる?

遠藤 まだ見習いなので、いまは仕込みには入っていなくて、仕事としては接客だけです。4月からは仕込みにも入ります。

石川 お父さんのお店は三店舗あるってことだけど、どんなお店?

遠藤 ぼくが入っている本店が焼き鳥屋で、あと、カラオケスナックと串揚げ屋です。おやじは本店にいます。

石川 お父さんは一緒に働いていて、息子扱いはしない?

遠藤 おやじは仕事に対しては厳しいです。

沢辺 まわりのひとはどう?

遠藤 常連さんが多いので、「店長の息子」っていう感じです。

石川 お客さんはどういう人が多い?

遠藤 地元のおっちゃん、おばちゃんです。もう20年やってて、顔なじみばかりで。会社帰りに寄るスーツのひとも多いです。

石川 若い人は来る?

遠藤 キャバクラのお姉ちゃんやホストも来ます。朝までやってるので。

沢辺 かわいい子も来る?

遠藤 かわいい子も来ますね。

沢辺 店でお客をナンパするのは禁止?

遠藤 そういうわけでもないです。女の子と遊びに行ったことはないですけど、26歳ぐらいの男のお客さんに、「飲み行こう」と声をかけられて、キャバクラに連れて行ってもらったこともあります。

石川 キャバクラは好き? ぼくは話の聞き役になっちゃってけっこう疲れるんだけど。

遠藤 友だち感覚で接してくれるお店が、疲れないので好きです。

沢辺 将来不安になったりする?

遠藤 やりたいことがなくて、「なにしよう」という時期はありました。高校卒業してガソリンスタンドをやっていたころです。これだというのができたのは、やっぱり、先輩が店を始めたのが大きくて。いまは、「なにやりたい、これやりたい」というのがありますね。

沢辺 その、「やりたいこと」というのは?

遠藤 やっぱ、おやじの店をでかくしたいです。でも、いまはまだ料理ができないから、まずはできること、店をきれいにすることからやろう、と思ってます。

石川 遠藤くんは「やりたいことをやりなさい」と言われて育てられた? 

遠藤 「やりたいことはやっていいけど、ひとに迷惑をかけるな」と言われてました。

石川 やりたいことをやってお金を儲けたいという気持ちがある?

遠藤 そうですね。やりたいことで、金儲けしたいです。

石川 やりたいことで食っていける自信はある?

遠藤 まだ、「どうやって稼いでいこうかな」と考えているところです。将来は、キャバクラ行って「いいよ、飲め飲め」と言える感じにはなりたいです(笑)。

「こっちも、なんでそんなふうに言われなきゃならないんだ、とキレて。それでもう、大学生はいやになりましたね」

遠藤くんは主に、高校時代のちょっとやんちゃな友人や先輩、ガソリンスタンドのバイト関係、居酒屋で働く人やお客さんの世界を生きている。ある日、たまたま大学生の合コンに誘われることになる。そこで自分の世界の流儀でふるまったらまったくうまくいかず、大学生がいやになる。これは、遠藤くんが自分の歩んできた人生とは異なる人生を歩んでいる人たちと出会った場面。

沢辺 高校の同級生は仕事つづいてる?

遠藤 そういう話はあんまりしないですけど、いまでもつきあいのある小・中・高の同級生は、けっこう根性あるヤツが多いです。だからたぶん、みんな仕事はつづいているとは思います。

石川 ところで、大学生ってどう思う?

遠藤 あんま好きじゃないです。小、中まで同じ学校で高校から進学校に行った頭のいい友だちで、都内の有名私立大学に行ってるやつがいるんですけど、あるときそいつが集めた大学生と合コンをやったら、すごくつまらなかったんです。最初にボーリングをやってるときはみんなでわいわいやってたんですけど、その後カラオケ行ったら、女の子がぜんぜん歌わないんです。女の子が歌わないって、ぜんぜんつまんないじゃないですか。それでイライラして、自分が女の子の歌をドンドン入れたんです。それでも女の子が歌わないから、もう自分で歌ったんですよ。自分で歌って、一発芸もやって。でもぜんぜんウケなかった。合コンはそのまま終わっちゃって、自分だけ車で来てたから、みんなを車で送ってやったんです。で、すこししてから反省会があったんですけど、そこで「お前、なんで女の曲ばっか入れたり、変な芸やったりするんだよ。ありえない」と言われたから、こっちも「なんでそんなふうに言われなきゃならないんだ」とキレて。それでもう、大学生はイヤになりましたね。

沢辺 その合コンのメンバーは、遠藤くん以外はみんな大学生だった?

遠藤 そうです。そういうことがあったから、学生やって遊んでて、なにがいいのかと思うようになったんです。

石川 親からお金もらって大学行ってるのって、どう思う?

遠藤 自分も調理師の学校行くとき親にお金を出してもらおうと考えていたんで、こんなこといえませんけど、正直、あんま好きじゃないです。

沢辺 「大学行ってないのが、ちょっと恥ずかしい」という気持ちはなかったの?

遠藤 それはなかったです。俺はこういう人生だし、恥ずかしいということはなかったです。

沢辺 遠藤くんの言っていることは本当なんだと思うんだけど、ちょっと意地悪をいえば、「ほんとは気にしているけど、そんなこと関係ねえってことにしよう」という無理があるんじゃないかな? 俺は40代のころまでは無理して、「関係ないと思うべきだ」と思ってたんだけど。

遠藤 うーん。でもやっぱり、恥ずかしくはないですね。自分は「べきだ」という感じはなくて、「うそつけない」って感じです。

沢辺 もちろん、うそという感じではなくって、そのときは一生懸命で、「気にしてないです」と言っていた気がする。どう思う? 哲学者?

石川 遠藤くんは素直に言っている感じがありますよね。つきあっているひとに大学生はすくないし、大学に行ってなくてもしっかり働いているひととのつきあいが多いから、あまり大学に行ってる、行ってないが気にならないんじゃないかと。

遠藤 気づいたらヤンキーグループにいたけど、大学行ったやつともつきあいは続いてます。友だち、切れないんですよ。

「自分もギクシャクしないようにと思って、いろいろやって」

大学生との合コンは失敗だった。いきなり地元風の盛り上げ方をもちこんでしまった。けれども、それは遠藤くんなりの関係を円滑に進める方法だった。そこには、「お互いあまり知らないけれど、この場はたのしくやろうよ」という努力、関係の上での仁義があった。確かに、あの大学生との合コンではうまくいかなったけれど、遠藤くんは関係づくり自体には幻滅していない。自分の仁義を大切に、遠藤くんは笑顔で積極的に人とかかわっていく。

沢辺 小、中からの友だちは学歴とか気にならないね。俺の同級生の女の子なんか、大学出て就職したけど結婚して仕事辞めて主婦になった、絵に描いたような専業主婦もいれば、水商売の子もいる。でも、学歴や職業で見ることはない。

遠藤 「水商売ばかにするな! ばかにするなら、てめえやってみろよ」という気持ちはありますね。

沢辺 正義漢だね。

遠藤 親に言われた、「人に迷惑をかけるな」というのは大きかったですね。

石川 いま、「水商売をばかにするな」という言葉があったけど、遠藤くんの場合は説得力があっていいね。「人はみんな平等だから職業に貴賎なし」みたいに、上から言ってない感じがいい。なんでかというと、ぼくなんか親の金で大学行って、大学院まで出てることからくる「申しわけない」という気持ちがあるんだよね。けれども、遠藤くんの言ってることはそうじゃなくて、自分の身のまわりに水商売をやっているひとがいて、その大変さを見ているということだけを根拠に、「ばかにするな」と言っている感じがいいと思う。

沢辺 俺は、石川くんはイヤなヤツだったと思う(笑)。いい年こいてバイトやってて、だけど「自分は学問をやってます、いまは仮の姿です」みたいな言い訳を用意してたんだよね。遠藤くんは、そういうお高くとまっているヤツとは違うと、俺や石川くんは思ってるんだけど。遠藤くん自身としてはどうかな?

遠藤 小さい頃は母親が韓国人だったこともあっていじめみたいなことはあったんだけど、高校生になっていじられキャラになって、「自分のマイナス面を出してみんなが笑ってくれれば楽しい」と思うようになったのかも。

沢辺 だれにもコンプレックスがあるから、それにうまく対処する方法が大事だと思う。ほんとのところでどう思っているかとは別に、「いじられキャラ」のような「方法」を見つけておくことが大切なんじゃないかな。

遠藤 いじられキャラは、そういう「方法」だったかもしれません。

沢辺 自分から積極的にバカやったりしていたわけ?

遠藤 そうですね。みんなが楽しんでくれればそれでいい、って。

石川 さっきカラオケでバカやったと言ってたけど、「これはウケないな」という予想はなかった?

遠藤 なかったですね。とりあえずバイト先でウケた芸をやれば、笑ってくれて仲良くなれると思ったんですけど(笑)。

沢辺 そのことについては、遠藤くんだけが悪いわけではないんだけど、たぶん、バイト先で芸をやって盛り上がったのは、「仕事を一緒にやってる仲間だし、ここは盛り上がろう」という関係性があったからだと思う。でも合コンのカラオケの場面は、気分を一緒につくれる関係性はなかった。そういう意味では、場を見誤ったという要素はあるよね。

遠藤 それはあります。

沢辺 もちろん、積極的に楽しい場にしようとしてやったことは受け入れてほしい、それは仁義だろ、とは思うけどね。

遠藤 自分も、「ギクシャクしないように」と思って、いろいろやったんですよ。

沢辺 こうやって話していても、笑顔が多いしね。「ひとと話すときは笑顔」というのも仁義だからさ。

石川 ひとってノリの合う者同士でかたまっちゃう傾向があると思うんだけど、いま話に出た「仁義」は、ノリはちがってもお互いをつなげるものだと思う。遠藤くんはどう思う?

遠藤 ひとって、やっぱ、助け合うものじゃないですか。だから知り合いが多いと強いし、ぼくは知り合いをすげえ増やしたい。今日みたいに、知らないひとに話を聞かれるのは、いやがる人はいるじゃないですか。でも、変な話になるけれど、ガソリンスタンドで働いているとき、やくざの組長さんとも仲良くなって、いまでもいっしょに飲みに行ったりするんです。相手がやくざだろうが、おたくだろうが、そのひとが困ったら助けてあげるし、自分が困ったら助けてもらう。そういうのがあってこそ自分の生活がある。それが知恵なのかな。だから、知らないひとと話す機会があると積極的に参加します。

「もしかしたら、信愛塾かもしれません。韓国人だけじゃなく、中国人とか、フィリピン人とか、いろんな人がいました」

遠藤くんは関係づくりに積極的。その根っこには、あの人は大卒だとか、おたくだとか、やくざだとか、フィリピン人だとか、そういう抽象的な枠組みで人を見ず、一人の具体的な人間として見て、直接向かい合ってかかわって、自分でコミュニティーをつくっていく姿勢がある。この姿勢を身につけるきっかけは、横浜にある信愛塾(在日の子どもたちの学習を支援する塾)での体験が大きかったようだ(今回の遠藤くんにインタヴューできたのも信愛塾に通っていたポット出版スタッフの尹(ユン)さんつながり)。

石川 遠藤くんはいつごろから積極的な人になったの?

遠藤 高校生のときかな。

石川 なにかきっかけはあったの?

遠藤 自然にそうなった感じがしますけど、もしかしたら、信愛塾かもしれません。韓国人だけじゃなく、中国人とか、フィリピン人とか、いろんな人がいました。

沢辺 けっこう思い出深いんだ?

遠藤 年に一回はキャンプやったりして。

石川 そこで、ちがうひとと付き合うのは楽しいと思った?

遠藤 うーん。

沢辺 俺の言葉で言うと、楽しいというより「実存」なんだよな(笑)。眼の前のフィリピン人とつきあうときに、フィリピン人だからという色眼鏡で見るんじゃなくて、日本人と同じように、イヤなやつもいればいいやつもいる、◯◯くんだったら◯◯くんという一人の人間としてつきあう、ということができたんじゃないかな。

遠藤 そんな感じですね。

石川 じゃあ、逆に言うと、遠藤くんはそういう類型でひとを見たことはない?

遠藤 ないですね(きっぱり)。小学校のころ、自分がそういう目で見られてイヤだったんで。

沢辺 ただ、自分が類型で見られてイヤだったヤツが、他人をそう見ないとはかぎらなくて、他人のことは平気で類型で見ることもあるよ。みんな遠藤くんのようだとはかぎらない。悲しいけど、それが人間なんじゃないかな、という気もするよ。

遠藤 たしかに、そうですね。自分も、乞食を見たらイヤだなと思うし。ただ、じっさいその乞食のひとと仲良くなったら、そういうふうには見ないと思う。

石川 眼の前にフィリピン人の○○くんがいる。○○くんをフィリピン人だからどうのこうのとは言ってられない。そういう世界を遠藤くんは生きてきたのかな。「抽象」と「具体」という言葉を使えば、遠藤くんは「具体的な世界だけに生きている」という感じがあるね。

沢辺 そうなんだよ。「フィリピン人や韓国人がいる」ではなくて、「◯◯くんがいる」というところにいきなり飛び込んじゃう。

遠藤 あー。たしかにそうかもしれない。

沢辺 結局、そういうふうに生きていたほうが楽しいじゃん。

遠藤 まあ、楽しいですね。

石川 ぼくは抽象的な世界に生きているから、「このひとはあのタイプ、このタイプ」とすぐ考えてしまう。だから遠藤くんの話を聞いていると、「石川さんちがうよ。あんた二階から一階見てるでしょ」と言われているような気がするんだな。「石川さんだって一階に生きているでしょ」と。

沢辺 本人の眼の前で言うのもなんだけど、遠藤くんは、極端に言えば「いざというときはやくざの親分も使ってやるぜ」ということも含めて、つながりを大切にしているよね。ある特定のコミュニティー、言ってみれば「遠藤コミュニティー」に対する意識が大きい。

遠藤 ヤンキー軍団も含めて、俺のまわりにはいろんなやつがいますね。ヤンキー軍団は軍団の中でつるんでるけど、自分は他にもいろんなひととつきあいがあって。

沢辺 出入りしてるよね。普通だったら、イギリスの大学院まで出てる石川くんとわざわざ話しに来ないよ。

遠藤 自分の友だちだったら、たぶん来ないと思います。でも自分はやっぱ、縁を大切にしたいし、(尹)良浩の顔もある。恩を売るんじゃないですけど、こういうときに協力していたら、いざというときに助けてもらえると思うし。おやじの焼き鳥屋が20年やっていけてるのも常連さんがいるからだし、おやじもそういうつながりを大切にしてるんですよね。いま思うと、小さいころからおやじを見てたから、そういう考え方になっちゃったのかな。

石川 「縁を大切に、恩を売り売られ」じゃなくて、「もっとドライにビジネスライクにやろうよ」と言う人間が出てきたらどう思う?

遠藤 とことん嫌いになりますね。「俺はこいつと考え方がちがう」と思う。俺は自分だけ成長するのはイヤで、みんなで成長したいです。ひとりでたくらんでるヤツはイヤです。

石川 みんなでがんばってるときに、そういうイヤなヤツがいたらどうする?

遠藤 ほんとに嫌いになると思います。「せっかくみんなでやろうとしてるのに、なんなのお前?」って。

沢辺 人間同士、どうつきあえるかは重要だと思う。それは、学歴だったり、初任給いくらというような数字で見えるものじゃないんだけど、大切なことだよ。コミュニティーと言うのかな。

石川 この場合のコミュニティーは、もともとある「黄金町コミュニティー」ではなくて、それぞれの個人がそういう関係をどう作れるか、というコミュニティーですね。

沢辺 そうそう。むかしは黄金町コミュニティーが最初にあって、「お前は黄金町に生れたんだから、黄金町の仲間だ」となったんだけど、いまはそれがうまくいかなくなっている。でも、いまはいまなりに、やっぱりコミュニティーの作り方は変わっていなくて、ひととひととのつながりなんだよね。そのつながりも、「ひとに何かやってあげる」というような偉そうなものではなくて、自分のためにつくるもので。遠藤くんのなかには他人への信頼感があって、俺は聞いててうれしい。
そしてそれは、信愛塾での、属性のちがうひととの付き合いが大きかったんじゃないかな。多くの人はある属性の中、ヤンキー系ならヤンキー系、おたく系ならおたく系の常識のなかでつきあいは閉じてしまいがちだけど、遠藤くんは属性ではなく、現実に存在するひととつきあうことを経験している。ちょっときれいすぎるまとめかもしれないけれど。

「メディアがピーチクパーチク言ってる、って感じですね」

遠藤くんは本は読まない。携帯を使ってメールするのも苦手。メールを打つより、電話で話したほうが早いだろ、というタイプ。テレビもほとんど見ない。仕事が終わって深夜のニュース番組を見るくらい。そんなテレビから世の中について「メディアがピーチクパーチク言ってる」のが聞こえてくる。ピーチクパーチク言っているより、みんながお金を使うように、景気をよくするように行動しろよ、と遠藤くんは訴える。

石川 ぜんぜん話は変わるけど、遠藤くんは本は読まない?

遠藤 全然読みません。字読むのがめんどくさいんで(笑)。

石川 メールは?

遠藤 メールもだいっ嫌いです(笑)

沢辺 携帯のメールも?

遠藤 だいっ嫌いで、超時間かかります。

石川 テレビは見る?

遠藤 ニュースが多いですね。帰るのが12時すぎで、スポーツニュースくらいしかやってなくて。

石川 スポーツニュースは見るんだ。

遠藤 ベイスターズが心配で。でも正直、もうどうでもいいんすよ(笑)。今年も最下位だって(笑)。

石川 社会のニュースも見る?

遠藤 見ますね。

石川 気になったニュースは?

遠藤 やっぱプリウス。

沢辺 プリウスのあの事件、どう思う?

遠藤 トヨタがかわいそうだと思います。詳しいことはわかりませんけど、車って、モデルチェンジすればシステムが変わるんですよ。いま問題になってるのは一つ型の古いプリウスだから発売してから結構経つのに、いまさら「止まらなくなった」なんて、金を巻き上げようとしてクレームつけているんじゃないかと。そういう意味で、トヨタがかわいそうです。いまのモデルがリコールの対象になったブレーキシステムの問題では、事故をしたひとがかわいそうだと思います。まあでも、深くは考えていません。

石川 たとえば、ニュースを見ると、いろんなひとが「景気悪い、悪い」と言っているけど、そういうのを見てどう思う?

遠藤 ニュースではそう言ってるけど、自分は、そんなに景気が悪いとは思わないです。

石川 自分の身のまわりにいるひとは、どう?

遠藤 おやじの羽振りは悪いですね。でも、お店はお客さんがいっぱいいるんで、大丈夫だと思います。

石川 遠藤くんにとって、社会ってどう思う?

遠藤 メディアがピーチクパーチク言ってる、って感じですね。

石川 その、ピーチクパーチク言ってる連中に言いたいことはない?

遠藤 「そんなこと言ってるより、お前がやれよ!」って言いたいですね。みんながお金を使わなくちゃ景気よくならないし。エコカー減税だって一生懸命考えてお金使わせようとしているのに、それに対する評価も低いし。鳩山首相(当時)の金の問題も、なにに使ったかはわからないけど、おふくろからもらったんならいいじゃねえか、って。悪いことって、ある意味で知恵だと思うんです。悪いことでも人に迷惑をかけなけりゃいい。鳩山首相の問題も、俺には別に迷惑かかってないし。そういうことにピーチクパーチク言ってるのはイヤだな、って。

石川 遠藤くんは「自分は社会人だ」と言うけれど、社会人って、どういうひと?

遠藤 仕事してるひと。でも、社会人ってなんですかね?

石川 学生と社会人はなにがちがうと思う?

遠藤 勉強しているか、勉強してないか。お金もってないか、お金もってるか。そして、遊んでるか、遊んでないか。遊んでるのは学生ですね。だったら俺も、けっこう遊んでるから学生みたいなものかな。遊びは寝る時間減らしてやってますね。

沢辺 遊びは飽きるんだよ。

遠藤 高校生のころ、先輩に初めてキャバクラ連れて行ってもらったときは、すごく楽しかったですね。でもいまは最初の感動はあんまりないから、自分一人では行きません。走り屋も飽きたからやめて。

沢辺 俺もむかし、オイル交換とか自分でやってたりして、そのこと自体が面白かったけど、だんだん飽きてきちゃった。

ところで、「店をきれいにしたい」と言ってたけど、どの程度掃除やってるの?

遠藤 まだまだまったくです。店はきれいじゃないですね。店を開けている時間はやることがいっぱいあって、なかなかトイレ掃除とかに手がまわらなくて……。

石川 では最後に、いまのいちばんの悩みは?

遠藤 「なんで彼女ができないんだろうな」って。ちょっと付き合っても、むこうから「別れよう」と言われちゃって。

石川 なにが悪かったんだろう?

遠藤 自分がいろんなひとと遊んじゃうんで。

沢辺 「もっと私を見てよ」という定番だな。

石川 「最後だけ私のところに帰ってくればいいよ」というひとがいいかもね(笑)

遠藤 いいですね(笑)。

沢辺 なかなかそうもいかないよ(冷ややかに)。

石川 今日は楽しい話をありがとうございました。

◎石川メモ

金を稼ぐこと使うこと

 遠藤くんはやりたいことのあるタイプ。夢のある若者。「おやじの店をでっかくして、ばんばん稼いでばんばん使いたい」という夢を実現したときの自分のイメージもある。「おいおい、貯金もしなくてそれで生活設計大丈夫かよ」と心配や小言を言うことはできる。けれども、このイメージ、遠藤くんのなかではけっこう地に足のついたものかもしれない。遠藤くんは商売人。ばんばんお店でお金を使うお客さんを見てきている。そういうお客さんは店を潤してくれる。お金を使うことは誰かを潤すことになる。自分もばんばん稼いだなら、ばんばん使って人に喜ばれたい。そういう思いが遠藤くんのおやじの店を大きくして成功したいという夢とまっすぐつながっているはず。
 こういう発想、じつは大事なんじゃなかろうか。じつはぼく自身、この発想をむかしは受け入れられなかった。むしろ軽蔑していたところがある。「ボロは着てても心は錦」、「武士は食わねど高楊枝」なんて言葉もあるけれど、「稼げなくてもやりたいことができれば」、「お金はなくても夢さえあれば」といった自己実現、やりたいこと、夢の受けとめもある。いわゆる「清貧」の思想。恥ずかしいけれど、ぼくもだいたいこういう考え方だった。けれども、心や精神だけ立派でも、お金がなければ人間は生きていけないし、いくら清貧の夢を語ってたって、正直なところ、やりたいことできちんと稼ぎたいと思っているもの。もっと言えば、「稼げなくてもやりたいことができれば」、「お金はなくても夢さえあれば」という言い方には、自分が現実社会でうまく稼げないことを棚に上げて、「それでも、自分にはやりたいことありますんで……、夢ありますんで……」という言い訳がある。それでもって、お金を稼ぐことを、「迎合」とか言っていてばかにするようになったら、これはもうぜんぜん素直じゃない。そういう意味では遠藤くんの語る夢はストレート。やりたいことがあったら、それでちゃんと稼ごうよ。ばんばん稼いだらばんばん使おうよ。それのどこが悪い? 遠藤くんならそう言うと思うし、これを認めないことにはうじうじした清貧根性からは抜け出せないはずだ。

自分のコミュニティーをもつこと

 遠藤くんの話はほんとうのところどうなのかわからないところもある。高校時代のいじられキャラはいじめに近いものだったのかもしれないし、大学生に対してもどこかコンプレックスがあったのかもしれない。店はきれいでなくてはいけない、と言うわりに、自分のお店の掃除をしていないようで、どれだけ必死になって自分の夢にむかってがんばっているのか、わからないと言えばわからない。けれども、つぎの点は確かなはずだ。
 遠藤くんは自分のコミュニティーをもっている。それは、あの人は韓国人、あの人は大卒、あの人はおたく、といったレッテルや枠組みを通して人を見ずに、その人自身と相対して接することで得られた人間関係だ。遠藤くんはこの関係が自分を助けるものだとよく知っていて、人を信頼している。沢辺さんはそんな遠藤くんに「ほんとは不安なのかもしれないけれど、そんなに不安感をもってない」と言っていた。不安でないのは、遠藤くんに自分のつくってきた関係に自信があるからだ。これは遠藤くんの強みだ。だからどんどん新しい関係もつくっていける。
「人をレッテルや枠組みで見てはいけない」とちょっと上から偉そうに言うことはできる。けれど、遠藤くんの場合、現場からの「人をレッテルや枠組みで見たってしょうがないよ」という声になっている。遠藤くんはそういう見方をしたら人間関係はどうにも先に進めないような現場に放り込まれた。もちろん、沢辺さんが言ったように、レッテルを貼られて見られた人間が、今度はまた、他人にレッテルを貼って見返し差別したり攻撃する、という構造もある。けれども、遠藤くんはその道は進まなかった。遠藤くんは、「人をレッテルや枠組みで見てはいけない」とお説教する良識の人ではなくて、「そういうことしてたってしょうがないじゃん、一人ひとりとして接していこうよ、そうしたらいいこときっとあるはず」と言う、いわば実存の人だ。
 遠藤くんはレッテルで人を見たら人間関係は先に進まないような環境で育ち、自分のコミュニティーをつくる知恵を身につけたわけだけれども、このことは別に特別な環境で有効な知恵ではないはず。人をレッテルや枠組みで見ることは、私たちが相手をよく知らないからそうしている。知らないから少し怖い。そこでまず、レッテルを貼って少し安心する。けれども、私たちが社会に出れば、かならず見知らぬ人とじかにつき合わなくてはならなくなる。当然のことだけれど、仲間、地元、同じような学歴、同じような趣味の人たちだけと付き合うわけにはいかなくなる。だれでもそういう現場に放り込まれる。いままで、自分が知らない人たちだからといって、レッテルだけ貼って遠ざけていた人たちとも面と向かわなくてはならなくなる。もうレッテルだけで見るのではどうしても関係が先に進まない。そのときやはり、相手を「その人」個人として見ることが必要になるだろう。これはめんどくさいことかもしれない。けれども遠藤くんはそういうふうに人と接すると、自分にとっても「いいことあるよ」と教えてくれている。
 それでもって、じゃあ、レッテルをはずして相手と接する第一歩はなにかといえば、たぶん、遠藤くんの答えは「笑顔」ということになるだろう。最初、インタヴューをするとき、どんなイカツイあんちゃんが来るだろう、とぼくのほうもレッテルや枠組みでもって身構えていた。けれど、遠藤くんは笑顔で登場。それで自然に、知らない人へのレッテルと不安が解けた。こちらも笑顔。すごく単純なことかもしれないけれど、笑顔のいい遠藤くんはコミュニティーづくりの大切な方法を自然に身体で身につけている。

第1回 違う世界にいる人は、苦手──佐々木憂佳さん(24歳・女性・勤務歴2年)

佐々木さんは、1985年に母の実家、知床で生まれ、東京郊外で育った。現在24歳。
中高一貫校に進み、有名私大文学部へ進学。大学卒業後は、官公庁の関連団体で働き、現在は諸申請を受け付ける窓口業務に就く。勤務歴2年。
現在、父(61歳)と母(57歳)と姉(25歳)と同居している。父は電気関係の大学を出てエンジニア。母は、高校を出たあと農協で働き、知床でお見合いし、結婚を機に東京へ(現在は専業主婦)。一歳上の姉は別の難関有名私大を卒業後、現在は銀行勤務。
佐々木さんは、こちらの問いかけに、「はい」だけ、「いいえ」だけでポツポツと答えることはほとんどない。「はい」なら「はい」で、その同意した理由をきちんと一定の長さのセンテンスでもって答えることができる。その場その場で、相手が聞こうとしていることを理解して、自分の言いたいことを整理した言葉で語ることができる。「きちんとした言葉をもっている人」、「できる人」という印象だ。
*2010年3月20日(土)18時〜インタヴュー実施

「中高のときは、なんでこの子たちとは話が合わないんだろうとけっこう考えていました」

佐々木さんは、小学校4年生から受験塾に通い、中学受験をした。
自身は、本当は共学に行きたかったのだが、親の強い説得で共学をあきらめ、姉と同じ都内のキリスト教系の私立中高一貫校に通う。
有名進学校というほどではなかったが、同級生の9割以上が大学へ進学するという学校だった。ちなみに、佐々木さんの成績は学年で3番だった(1番の生徒は東大へ)。
佐々木さんは勉強ができた。けれども、「がむしゃらに努力しました!」という熱いガリ勉型ではなく「やればできてしまう」というクールな秀才型。だから、別に勉強が大事とは思ってこなかった。学校生活も、親やなにかに反抗するでもなく、淡々とこなしてきた。そんななかで、佐々木さんが少し熱くなっていたのは音楽やマンガや雑誌といった趣味の世界。本もたくさん読んでいた。学校生活や眼の前の人間関係のほかに文化の世界がきちんとある。これが佐々木さんが言葉をもっていることの理由かもしれない。

佐々木 このインタヴューの対象はどういう規準で選ばれてるんですか?

沢辺 「選ばれて」はないよ(笑)。男女同数、高卒大卒同数、勉強できる/できないとかもいろいろいて欲しい、まあそのぐらいかな。

石川 そうですね。それから、学生もいれば社会人もいる。

沢辺 できるだけ、まあ普通の子にインタビューしたいと思っている。

佐々木 私のように普通の(笑)。

石川 勉強はスルスルできるほうだった?

佐々木 要領がいいんだと思います。試験前に1日5時間ぐらいやればなんとかなる感じで。

沢辺 中学受験を決めたのはだれなの?

佐々木 姉も同じ中学を受験して、一つ下の私も当然受験するものだと思ってましたから。はじまりはたぶん母親でしょうね。
近所にその学校に通っている子がいて。ああうちも、という感じだったと思います。私はもともとその学校に行きたくなくて、共学の学校に行きたかったんです。
受験のときは、その学校だけでなく共学の学校にも受かったんですけど、両親に「あんたはこっち!」と言われて無理やり入れられたかたちになりました。抵抗しましたけど、「うん」て言うまで許してもらえなかったので、もういやになって、どうでもいいやって感じで。
だから、中高でまわりと趣味嗜好が合わないなーと悶々としてたんですけど、私がここに来たかったわけではない、という思いがあったんだと思います。

沢辺 それに対して反抗や抵抗はしなかったの?

佐々木 してないです。別に非行もしなかったし、学校帰りにルーズソックスに履き替えたりしなかったし(笑)。
高校から他の高校へ行こうと猛勉強もしなかったし。淡々とその6年間は過ごしちゃいました。
大学の友達で私と同じように中高一貫の学校に入って、高校から学校を変えた子もいたけど、その子のようなエネルギーの発散の仕方は、私にはなかったです。

石川 じゃあ、小学校のときからずっと勉強してるんだ?

佐々木 そうですね。小学校のときは週2日、夜7時から9時くらいまで塾に行って。
中学のときは一貫校だったので勉強はしませんでしたけど、大学受験を念頭に置いた教育の学校だったんで、高2あたりから大学受験の勉強をしました。
私は高3から予備校へ行きました。

石川 なんか勉強ばっかりしてたイメージだけど、そう?

佐々木 それでまちがいないと思います。うーん、でも、普段の生活ではあんまり勉強というのは入ってこないですね。
中学のときなんかは、私、部活にも入らないで、学校終わったら自転車ですぐ家に帰って、CD聴いたり、マンガを読んだりしていました。

石川 趣味に生きてた?

佐々木 そうですね。勉強にはぜんぜん気合が入ってなかったです。
勉強はただやれと言われたことをやっていただけで、自分のなかで勉強がすごく大事と思ったことは一度もないです。

石川 CDやマンガは、どんなものが好きだったの?

佐々木 中学のときは、L’Arc-en-Cielが大好きで、ライヴ行ったりとか。

石川 友達と?

佐々木 それがお母さんと一緒に行ってたんですよね。お母さんもL’Arc大好きで。いまは東方神起が好きなんですけど、いまだに東方神起のコンサートにお母さんと行きます。

石川 友達親子(笑)?

佐々木 友達親子までは行かないと思うんですけど(笑)。

石川 お父さんは一緒に遊ばない?

佐々木 お父さんは一人遊びが好きな人で、最近は山登りにはまってて、週末は、朝起きたらもういない、ということが多いです。どこそこの山に行ってくる、という紙が置いてあって(笑)。
お母さんとは買い物行ったり、ライブ行ったりしています。

石川 本は読んだ?

佐々木 乱雑に読んだことしか記憶が残ってないんですけど、学校の図書室にはよく行ってました。
年間70冊ぐらいしか借りた記憶はないですけど。

石川 70冊ってすごいね!

佐々木 そうですか? 何を読んだかあんまり記憶はないですけど。
海外小説をちょっと読んだりとか……。
すごい好きだったのは、村上龍さんの『コインロッカーベイビーズ』を読んだとき、「はあ、なんて!」と思いました。それが高1のときですね。

石川 友達とは遊んだりしなかったの?

佐々木 友達はいたんですけどねえ。中高のときは、ずっと、なんでこの子たちとは話が合わないんだろう、ということをけっこう考えていました。

石川 なぜ合わなかったの?

佐々木 同級生の子とかはやっぱり浜崎あゆみが好きだったり、読む雑誌も『Seventeen』だったりとか。
私は『Olive』が好きだったんですよ。うちの中高にはそういうの読んでる子がいなくて。

石川 趣味の違うまわりに対してどう思ってた? ちょっとバカにしていた(笑)?

佐々木 (笑)なんて言うんでしょうね。別物だと思っていたんですよ。なんか話も合わないし。

沢辺 『Seventeen』と『Olive』を比較したら、『Seventeen』のほうが幼いというイメージがあるんだけど、そういう印象は持ってた?

佐々木 幼いっていうよりも、完全に嗜好のちがう人たちだと思ってたんですよ。その子たちが将来的には『Olive』が好きになるとは思わないんです。
『Seventeen』を読んでいた子は、『ViVi』、『Ray』、『MORE』とかそっちの女の子商品にいくと思うんですよ。そこに『Olive』の入る余地はない!と。

石川 『Olive』のイメージって、女の子がベレー帽かぶってて、ボーダーのシャツ着てるイメージだけど(笑)。それでいい?

佐々木 基本的にはそれでいいです。

石川 ちょっと性にはノータッチみたいなところあるよね?

佐々木 そうですそうです。ないものとして扱ってます。

沢辺 代官山!

佐々木 あっ、代官山っぽい感じですね。代官山、吉祥寺、下北沢。

「大学は楽しかったです」

大学受験は、オープンキャンパスに行き、雰囲気のいちばん気に入ったA大学を志望した。
高3の秋ぐらいには模試でその大学にはA判定は出ていたが、何がなんでもそこに受かりたいとがむしゃらに勉強するのではなく、淡々と自分のやれる範囲で勉強し、結果合格していた、という。
絵を描くのが好きだったということもあり、大学は文学部で美術史を専攻。絵画サークルに入り、卒論はミケランジェロがテーマ。大学時代には姉と友人たち4人でイタリア旅行もし、生のミケランジェロの作品を鑑賞。好きな画家はムンクとヤンセン。

石川 ご両親には、こんなふうになって、とか、勉強しなさい、とか言われて育てられた?

佐々木 ないですね。なんにも言われた記憶はないです。ただ、中学受験、大学受験になると自然にその場が用意されるというか。
「塾行くんでしょ?」と言われると「ああ行くかな」とか。
とくに親の圧力を感じたといういうわけでもまったくなく、それがあるべきものとして自然に流れていくというか。
将来こうしなさいとか、好きに生きなさいとか一切言われませんでしたけど、いま考えると、親は、堅実な道を生きろ、というスタンスではあったと思います。

石川 堅実な道というと、たとえば?

佐々木 大学に入って、食べるのに困らない道。結婚しても働き続ける職。
お姉ちゃんが就職した銀行も定年まで女性も勤めるのが当たり前、そういうところなんです。そういうのがずっと両親の心の底にはあったと思います。

石川 じゃあ大学は、その先に堅実な道ということも見据えて文学部に入ったの?

佐々木 いえ。とりあえず目先の目標として大学受験というのがあって。その先の堅実な道というのはあまりなかったですね。
逆に堅実な道をと思ったら経済学部や法学部を選んでいたほうが、いまの時代、就職にも有利だと思います。

石川 文学部はなんで面白そうだと思ったの?

佐々木 そのときは音楽やマンガや本が好きだったので。経済とか法律とかは具体的なイメージがなくて、美術史専修とか演劇専修とかはその字を見ただけで、ぜったい楽しい、と。そういう思考回路でした。

石川 そういうところに行けば『Olive』を読んでる人がいるとも考えてた(笑)?

佐々木 そういう期待はなかったです。人への期待はなくて、自分がなにやりたいかで入ったんですけど、入ったあとで楽しい人がいっぱいいてよかったな、という感じです。

石川 大学はどうだった? 楽しかった?

佐々木 大学は楽しかったです。

石川 大学時代、バイトは?

佐々木 大学1年のときは単位をしっかりとらなくてはならなくて、バイトをやらず、ほとんどの授業には全出席でした。
大学3年から小学生の塾で赤ペン先生をやってました。

石川 赤ペン先生は、お金よかった?

佐々木 時給950円ぐらいでした。1日5時間で週2日やってました。

沢辺 赤ペン先生なのに出勤するわけ?

佐々木 長文読解の添削をやってたんですけど、作文の添削室というのがあって、そこに作文や記述式の答案があって一斉に仕上げるんです。

沢辺 週2日で5時間その時給だと月4万円ぐらい稼いでたんだ?

佐々木 そうですね。

「いままで、自分の生きてきた道とちがう道を生きてきた人とすごく仲良くなったということはないです」

佐々木さんは、A大学に入り、充実した楽しい大学生活を過ごした。大学で学んだ美術史の世界も、そこで出会った仲間の生きている世界も、自分の興味と重なり、共有するものが多い世界だったはず。けれども、充実した大学時代に、ほんの少しだけ、バイトを通じて自分とは異質の世界を生きてきた人びとと出会うことになる。異世界を生きる人びととの接触、と言うとちょっと大げさだけども、佐々木さんの言葉を聞くと、ほんとにそういったものだったのだと思う。

石川 赤ペン先生がはじめてのバイトだったの?

佐々木 いえ。その前に、地元にある料亭風の飲食店でフロアのバイトをやったんですけど、合わなくてやめちゃいました。

沢辺 なにが合わなかったの?

佐々木 端的に言うと、ヤンキーみたいな女性が多く働いていて、みんなタバコ吸っているし、恐いな、と思って。苦手でした。
中高一貫の女子校では見ないような人がいっぱいいて。

沢辺 いまでも苦手?

佐々木 言ってしまうと、いまでも苦手です。だいぶ大人になったんでそういう人たちとはうまくやれるとは思うんですけど。

石川 小学校の同級生でヤンキーの道に進んだ人っている?

佐々木 いると思います。中学を受験してから、もう地元の友達とは連絡取れなくていて。たまに地元のスーパー行くと、同級生が頭まっ金金にして、子ども連れてるのを見て、びっくりする、っていうか。

沢辺 声かけられることある?

佐々木 中学のとき、小学生のとき同級生だったギャルっぽい感じの子に声かけられたことありますけど、私は「あ、はあ」という感じで。

石川 関わりたくない?

佐々木 関わりたくないんじゃなくて、どう接していいかわからないんですよね。

石川 いままでそういう人たちと接したことがないんだ?

佐々木 そうですね。

石川 無理やりそういう人と接しなさいと言われたら困る?

佐々木 たぶん、当たり障りのない程度に。

沢辺 自然に対応できる? たとえば、合コンに大学生に混じってひとりだけヤンキーっぽい、ガソリンスタンドでバイトやってる高卒の男が来ていたとするよね。彼にはちょっと距離を置く? それとも表面的にでも話題を提供してちゃんと接する?

佐々木 表面上の会話はします。

沢辺 で、相手に悪い印象をもたせないで帰せるぐらいの実力はある?

佐々木 実力!? 自信はないです。がんばってその場は楽しくやろうよという気持ちはありますけど。

石川 じっさいそういう場面というのに出くわしたことはない?

佐々木 ほとんどないに等しいと思います。飲みの場で、自分がいままで歩んできた道とちがう人もいるなあ、ということはありましたけど。まあ、その場かぎりで。

沢辺 料亭でバイトしていたとき、佐々木さんはヤンキーの子たちに対して違和感を持っていたわけだけど、一方で、相手も佐々木さんに違和感を持ってなかった?

佐々木 ありますね。それがやめた理由で一番大きかったことだと思います。

沢辺 じゃあ仮に、その子たちが違和感なく接してきたら、仲よくなった可能性もあると思う? 

佐々木 いままで、そういうかたちで自分の生きてきた道とちがう道を生きてきた人とすごく仲良くなったということはないです。

石川 佐々木さんの交友関係ってみんな大卒?

佐々木 はい。

石川 いやらしい言い方だけど、そのなかで一番聞いたことのない大学出てる人はどういう大学出てる? それとも、みんな聞いたことある大学?

佐々木 みんな有名大学の友だちばかりですね。

石川 自分の交友関係以外にも世の中にはいろんな人がいるけれども、そういう人たちに興味ある?

佐々木 興味はありますけど、積極的に出会いたいとか、そういうのはないですね。

「最初はもうびっくりして、びっくりして」

佐々木さんは現在官公庁の関連団体の窓口業務をやっている。そこには、まさに、「自分の生きてきた道とちがう道を生きてきた人びと」がやってくる。その人たちとやりとりをしなければならないこと、そういう人たちとどう付き合うか、そのあたりがいまの佐々木さんの悩みどころのひとつでもある。

沢辺 佐々木さんは、いま窓口業務についているんだよね。その窓口に来る人は、自分とはちがう道を歩んできた人が多いでしょ。
そういう人を目の前にしてどう思った?

佐々木 最初はもうびっくりして、びっくりして。ヤクザとか来るんですよ。
今の配属先に異動になったのがおととしで、入って三日目でヤクザが来たんですよ。窓口でヤクザとチンピラがいきなり喧嘩をしはじめて。
「お前なに中のなん期だ?」とヤクザのほうがチンピラに聞いて。地元の人って中学の上下関係のつながりが重要らしいんですよ。それで、ヤクザのほうがそのチンピラを知ってそうな上の人に電話して、「何々さんに免じてお前許してやる」って話になって。それだけなんですけど。
うちの窓口は常に警察に連絡を取れるようになってるんですよ。それで近所の交番の人が流血沙汰にならないように建物の下で待機してくれていて、そのときは警察が出動するさわぎになって、涙目になるくらい恐かったんですよ。
その場は暴力ざたにならず収束したんですけど。
毎日、頭まっ金金で、すごく遊んでそうなのに生活保護を受けてる人とか、母子世帯のはずなのにどんどん子供が増えていく謎の家とか。そういう人たちと毎日接して、いままで自分が見なかったものをお客様として迎えて接するわけですよ。こんな世界があったんだ?という驚きですよね。
ただ、私はそういうものと交わらないようにする一方で、ミーハー根性があって、こういうすごいことがあったんだよ!とみんなに言いたい面もあって(笑)。

沢辺 いまは職場ではどう?

佐々木 最初は電話で怒鳴られるのも恐くて上司に電話を変わってもらったりしてたんですけど、最近は自分でなんとかその場を収めようと言葉を尽くそうとするんですけど、まだまだ至らない面があって日々苦戦してます。

石川 何に苦戦してるの?

佐々木 生活苦の人が、お金がなくて苦しい、家賃が払えないからどうにか助けてくれと言ってくるんです。
ただ、官公庁の団体なので法律や条例に基づいて対応している訳で、うちでできることは限られている。自分の立場をこちらで一生懸命説明しても、わかってもらえなくて。怒りをこちらにぶつけられても困ります、ということを一生懸命説明しようとしても、お客さんとしてはその仕組みなんてわからないから、その人の希望通りにならないのは接客してるお前が悪いからだ、というふうなかたちで怒りをぶつけられるんです。
それで、ちがうんだよ、ということを説明しようとするんだけど、うまくいかなくて、けっこうへこんだりとか。

石川 なんかうまい方法見つけた?

佐々木 見つからないですね。先輩でクレーム処理がうまい人がいるんですけど。
若い女の子がうまく言葉を尽くしてもうまくいかないことがありますね。

沢辺 逆もあると思うよ。
俺だったら、若い女の子が窓口にいたら、腹を立てて文句を言いたくても、あっ、ちょっと大きな声を出すのはやめよう、ということもないことはない(笑)。

佐々木 そうですね。やなことばかりじゃなくて、おばあちゃんから「ありがとう」と感謝の言葉をかけてもらって飴をもらったり。それはうれしいですよね。だから五分五分ですよね。

沢辺 そういう世界の存在はなんとなく知っていたと思うけど、私は貧しい人たちのために、みたいな気持ちでその仕事を選んだわけでもないでしょ?

佐々木 ないです。ないです。入ったときは、安定している、ということが一番にありました。

「自分のなかではやはり線引きをしていると思います」

佐々木さんは、美術史専攻とはいえ、先輩の就職先を見ても美術館に就職できた人はひとりもおらず、早い時期から普通の就職を考えていた。
町づくりに興味があり、鉄道会社を受けたが、不採用。新聞社の管理部門も受けたが、やはり不採用。
最終的に、4年生の7月に公務員に近い立場で安定していたいまの会社の試験を受けて、卒業半年前に就職が決まる。
現在の仕事は窓口業務だが、正職員は、2、3年後には本社に異動になることが決まっている。
現在の職場の事務所は30人。うち女性は10人で、その10人のうち正規職員の女性は3人で、同い年が1人、中途採用の30代の女性1人。契約社員の女性は、20代が1人、30代は5人、40代が1人、という構成。男性は一番若くて30代。
職場のなかにも、正規職員/契約社員という線引きがある。この職場での線引きは、あの「自分の生きてきた道とちがう道を生きてきた人びと」との世界を区切る線ほど明確な断絶の線ではない。けれども、佐々木さんは「なんか見ているものがちがう感じ」と言う。ある意味で、職場の人間関係のなかにも自分とはちがう世界が広がっている。

石川 最初の希望の会社に落ちたときはショックじゃなかった?

佐々木 そうでもなかったですね。最終面接にはけっこう残ったんですけど。

石川 自己アピールはどんなこと言ったの?

佐々木 いまの会社で言ったのは、わたしはマニュアルに頼らず、人に柔軟に対応できることができます、みたいなことを言いました(笑)。

石川 それで、人の対応をする仕事になっちゃったんだ(笑)。町づくり、いまの会社でできそう?

佐々木 実際に町づくりをするのは技術系の仕事で、私のやっている事務職は、人とお金をまわすのですが、間接的にはそういう仕事には関われると思います。

石川 入ってみたら、窓口の仕事だったわけだけど、そのことについていまはどう思う?

佐々木 将来は本部の管理部門に行くかもしれないけれど、どんな人が住んでいるか知らないとだめだ、というのは頭にあったんで、いまはこの二年間苦労してよかったなと思っています。
いまは異動したくてしたくてしょうがないんですけど、同じ部署の先輩が異動確実になっちゃって、私は60、70%は異動なしだろな、という感じです。
窓口業務はやりつくした感があるので、異動したかったんですけど。
どういう事例が来たらどうしたらいいかというのも全部わかってきたので。

石川 もうわたしはできる、と?

佐々木 (笑)まあそうですね。だいたいのことはわかると。

石川 さっき話してくれた困ったお客さんの相手も?

佐々木 できる、と言うよりも、まあ、来たら実際は流れで上司にまかせちゃうんですけどね。

沢辺 率直な意見を言うと、できるから、というより、窓口の仕事は、もうめんどくさくていやになっちゃったんじゃないの?

佐々木 (笑)そうですね。まあ、それが大きいですね。めんどくさい、というよりもう疲れちゃった。

沢辺 一般的に会社組織でいえば、受付っていうのはペーペーがやる仕事でしょ。

佐々木 そうですね。頭を使わない仕事なんです。基本的には、マニュアルに従ってそれを処理するだけです。

沢辺 一緒に働いている派遣の職員には本社へ行くという可能性はない。けれども、佐々木さんには、可能性が見えているわけで、つまんないからちがうことをやりたいなというだけのことなんじゃない?

佐々木 (笑)シンプルに言えばそうです。

沢辺 「やだ」っていう感情が先ということでしょ?

佐々木 そうですね(笑)。

石川 正直に言ってくれてありがとう(笑)。

佐々木 えへへ(笑)。

沢辺 同年代の職場の人と一緒に遊びに行ったりしない?

佐々木 しないです。

石川 なんで?

佐々木 会社の人と友達にはならないです。新卒で同期の友達とは飲みに行くことありますけど。

石川 派遣、契約の20代の人とは話をする?

佐々木 いえ、してないです。

沢辺 その人はやっぱり『Seventeen』系なの?

佐々木 いや、どっちかというと『non-no』系ですけど(笑)。あんまり深い話はしないですね。

沢辺 それはなんでだと思う?

佐々木 なんででしょうね? ただ、その職場に入ったときに、「あなたは正規職員なんだから」というのを念仏のように何度も聞かされて。はじめは、派遣さんにも仕事を教わらなきゃならなかった身分だったので、「なんで同じ仕事をしているのに線引きをする必要があるんだろう?」って思ってたんですけど。でも、自分のなかではやはり線引きをしていると思います。

沢辺 それは料亭のバイトのときの違和感とどう違うの?

佐々木 派遣だから、というのでもない感じがするんです。見てるものがちがう、というか。派遣さんの女性の方たちは細かい決まりごとが好きみたいで。「ここの電気はちゃんと消して!」とか日常のことで規範があるみたいなんです。私は、そんなことどうでもいいんじゃないかな、と思うときがけっこうあって。仕事以外の日常のことに色々作法とか決まりごとを作るのが好きみたいなんです。仲良くなるならないは別問題として、なんか見ているものがちがう感じがします。
あとは派遣社員どうしで、「あの人のこういうところは嫌い」と言ってたりするんですよ。私は、なんかもうそういうのはいいじゃないか、と思います。

石川 自分も派遣さんになんか言われていると思う?

佐々木 私はあまり感じたことはありませんけど、そういうところにエネルギーを注ぎたくないな、という感じがあります。

石川 じゃあ、派遣さんたちはどういうふうに佐々木さんを見ていると思う?

佐々木 うーん、いまは完全に事務所のなかの末っ子で、「おはようございます」、「ありがとうございました」、とかわいらしい声で言っているだけなので、一応、存在は認められているとは思うんですけど。やはり、正規職員ということで見る眼はちがうと思います。
派遣社員の間では、あの人は忙しくない部署にいて、私は忙しい部署にいる、そういうことで面白くないという気持ちが出てくるようなんですよ。でも、私たち正規の職員の場合だと、どこに配属されても精一杯やらなきゃならないと思っているし、他の人を見ている暇もないので。

沢辺 それは正規職員の間でもあると思うよ。職場で「働きが悪いな!」と思う人いない?

佐々木 「あー」という感じの人いますね。

沢辺 いま佐々木さんが、「あー」といったのは、「でも、私は腹を立ててないですよ」とぼくらにアピールしている気がするなあ。それだけで済ませられる? 腹を立てない? おそらく給料はその人のほうが多いわけじゃない?「私よりぜんせんやってないじゃん! それなのに自分より多い給料をもらってるのっておかしい」みたいな気持ちはない?

佐々木 そういう気持ちはありますが、いま目に見えている範囲で、ほんとうに働いていない、と自分で見てわかる部分というのがあまりなくて。いろんな人から「あの人、仕事してないんだよ」と言われて、それで見て、「あー、仕事してないな」という感じで終わっています。遠くの席にいる人だし、いまの自分のやっている仕事には直接災厄がふりかかるというわけでもないので。それに、働かない人をやめさせられない体制、同時に、仕事する人もあまりそこまで報われない体制、ということも最近わかりつつあります。

「自分のことは自分でやれる人がいいですね。靴下まで履かせろみたいな人はいやです」

初任給は19万6千円。手取りは現在18万円くらい。ボーナスは4、5ヵ月分出る。いま付き合っている彼氏は7歳上。最近、合コンで知りあった広告マンだ。

沢辺 いまの仕事で、こういうふうにしたい、というのはある? 一般論で言えば、公務員に準じた団体職員だと、食い扶持を稼ぐだけ、というイメージがある。けど、そういう仕事でも、その中での自己実現というか、こういうことをやりたい、というのは何かある?

佐々木 ないです。いまおっしゃったように、まさに食い扶持のために働くというのが主になっちゃってるんで、なにをしたい、というのは別にないです。

沢辺 それ不安にならない?

佐々木 ちょっと不安です。仕事でいま楽しいところがあんまりなくて……。自分が40歳代になったときに安定して働けているだろう、という道を21歳ぐらいの時点で選択してしまったわけですけど、今になって、仕事が面白くない。そうはいっても、プライベートを充実させよう、と言えるほど暇ではないので。最近残業も多くて。

石川 残業はどれくらいやってるの?

佐々木 9時ぐらいまでですけどね。それでも、家帰ったらごはん食べてお風呂入って寝るだけです。

沢辺 朝は8時半出勤?

佐々木 9時ですね。

沢辺 定時の上がりは何時?

佐々木 6時ですね。

石川 いつもどれくらい働いているの?

佐々木 この3月は忙しくて、9時ぐらいまでですけど、いつもは7時まで働いています。窓口が6時まで空いていて、後処理をしていると、だいたい7時になってます。

沢辺 結婚しても仕事つづける?

佐々木 結婚ぐらいじゃやめないとおもいます。子供ができたらわかんないですけど。
産休、育休もらえるというシステムは整ってるんですよ。あわせて二年ぐらい。それを使ってまた復帰できればと。それがいちばんいいなと。でも子供の顔を見たらずっと一緒にいたいと思ってしまうんじゃないかと。

沢辺 子供のほうしか向いていない親なんて、子供からしたら重たくて、子どもにとっては逆によくないんじゃない(笑)?
子供がいても働いている女性を見てどう思う?

佐々木 よくがんばるな、と。派遣の職員の人で、お子さんはもう高校生、大学生で、ずっとフルタイムで働いている人がいるんですけど、その人は家事も完璧にこなして、仕事もばりばりやる人なんですよ。どこからこんなエネルギーが出るんだろうと思って。

沢辺 結婚するなら、だんなはどういう人がいい?

佐々木 家事もやってもらいたいですね。でも、だんなさんについての具体的なイメージはないです。

沢辺 結婚するときは家事をちゃんとやってくれるという視点で選ぶことができるかな?

佐々木 わからないですね。他人のことまではやれなくていいけど、自分のことは自分でやれる人がいいですね。靴下まで履かせろみたいな人はいやです。

沢辺 それはさすがにいないと思うよ(笑)。

佐々木 (笑)男友達見てると、みんな身なりもきれいだし、一人暮らしの家もしっかり片付いてるな、と。

沢辺 カレシの家事能力はどうかな、とか、子供ができたときにどういう態度をとるかな、というような想像はしたことない?

佐々木 あります。

沢辺 どう?

佐々木 ほのぼのしてるので、お父さんになっている姿が想像できます。

沢辺 それ、ちょっと甘くないか?

佐々木 (笑)

「夢に向かってがんばることがよしとされるメディアのイメージ、(でもそれを)発信している人たちはもう夢を実現した人たちですよ、きっと」

大学時代までは、クリエィティヴな、なにかをつくる人間になろうという考えもあったが、いざ就職してみると、日々の生活を送るのに精一杯。年をとるごとにけっこう即物的になるなあ、と感じている。
佐々木さんは、「私が私が」の語り口で話す人ではない。「私はこういうやりたいことがあるんです!」と熱く語る人でもないし、「職場での悩みはこうなんです!」と熱っぽく語る人でもない。自分はこうなんじゃないだろうか、と距離を置いて冷静に自分を眺めることができる人。冷静に眺めつつも、職場でこわいお客さんと接したことの驚きを語るようなときには、ちゃんと素のままの自分の驚きを語る。強がりでわざわざつくった嫌味な冷静さはない。そういう素直な冷静さで述べられる「夢にむかってがんばります!」と言いがちな若者に対する分析や、この言葉じたいへの批評は、かなり説得力がある。

石川 社会人になって、大学時代の自分と変わったと思うことある?

佐々木 いちばん大きかったのは、さっき言ったように、自分の知らない世界の人としゃべって、というのが大きいですかね。

沢辺 なんで今日、このインタビューに来てみようと思ったの?

佐々木 うちの会社って取引先が建設業者とかしかないんですね。それで、異業種の人と話す機会がないんですね。それで、異業種の人とふれあうのもいいかな、と。いろんな人に会いたい、っていう気はありますね。

石川 そういえば、このインタヴューでぼくの本を読んできてくれたのは佐々木さんがはじめてだった。
よっぽど楽しみに、人に会いたい、って気持ちがあったの?

佐々木 なんか楽しいことがありそうだな、と思うと行きたくなりますね。

沢辺 石川さんの本、読んでどうでしたか?

佐々木 哲学の本って、文字を追ってすぐ頭に入るわけではないじゃないですか。哲学用語を自分のなかで広げて考えるわけです。それで、読むのにすごく時間がかかりましたけど(笑)。
でも、入門者にわかりやすく言葉をすごい平たくして伝えようとしてるんだな、と感じて、時間はかかっているけれど、がんばって読めてます。

石川 ありがとうございます。

沢辺 石川さんが書いていることは、簡単に「ひとそれぞれ」って言うなよ、ということだと思うんだ。
もちろん、人間には「ひとそれぞれ」の部分があるんだけど、それでも正しさっていうか……。

佐々木 普遍性、普遍(笑)。

沢辺 そうそう。普遍性というか妥当性とかあるよね、と。佐々木さんは「ひとそれぞれ」、「普遍」、どっち?

佐々木 わたしの思考回路としては完全に「ひとぞれぞれ」ですね。あんまり人のことをうらやましいと思わないし、人と比べて、自分のことを「ああ私は自己実現できてない」と思うこともなくて。
友達で、「自分より不幸な子を見ると安心する」と言った子がいて、私まったくそういうことがないんです。ずっと「ひとそれぞれ」という思考で生きてきて。それが、もって生れたものなのか、後天的なものなのかぜんぜんわからないんですけど。「ひとぞれぞれ」派です(笑)。

石川 いつごろからそういう自覚はあった?

佐々木 子供の頃からです。人のことを見て自分の喜怒哀楽が動かされたということはありません。もちろん、映画を見て感動したりということはあって、無感動な人間というわけではないです。

石川 それじゃあ、誉められることってある? あるとしたらなんと言って誉められる? それで、誉められるとどういう気持ちになる?

佐々木 誉められることはあります。よく、しっかりしてるね、堅実だね、と誉められます。そう言われると、ああそうですね、そうですか、という感じですね。

石川 べつにうれしくもない、と。

佐々木 そうですね。しっかりしてる、とか、堅実だね、と言われてもうれしくはないです。それはその人の評価、ああその人にはそう見えるんだ、という感じです。

石川 人はそう自分を評価するけど、私はじつはこう思っている、というのはある?

佐々木 私はやるべきことをやっているだけです、っていう感じです。

石川 「やるべきこと」というのは、大きな目標があってそれに向かってなにかをやっている、という感じなのかな?

佐々木 自分の生活の足場がためをやっている、という感じです。長期的な視野でなにかをつづけたということがあまりなくて、けっこう目先のことにとらわれてそれをやっていました。

石川 しっかりしてるな、と佐々木さんに対して感じるのは、おそらく、夢に向かってがんばります、というような大きな目標よりも、日々目の前のことちゃんとやっている、という感じがあるからなんだよね。

沢辺 夢に向かってがんばりますと言って、自分のことをかっこいいと思ってるヤツって実はかっこ悪いじゃん?

佐々木 そう思いますか? 実はわたしもそう思います(笑)。やりたいことをやって評価されている人ってかっこいいじゃないですか。すばらしい。けど、俺はやりたいことをやるんだ、と言って、自分の世界だけでやってて、なんの評価もついてこないで思い込みだけでその道を進んでいる人を見るとかっこ悪いと思います。

沢辺 そういう安易なかっこ悪さにわたしは染まりたくない、というのが見えてくるから、佐々木さんってしっかりしている、と言われるんだと思うんだ。
とはいえ、自分の道こそいいものなんだ、というのも実はどこかで疑っている面もあるよね?

佐々木 そうですね。自分の道をかっこいいんだと思っている人をかっこ悪いと思うからこそ、私はみんな私のようにすべきだとは思いません。

沢辺 だから、それが佐々木さんのいう「ひとそれぞれ」だと思うんだ。
今ね、子どもの頃から自分のやりたいことを見つけなさいということをわりと強いている社会だと思うんだけど、大学生時代は、自分のやりたいことを見つけなければ、というムードはあった?

佐々木 それって、「やりたいこと見つけて、自己実現せよ!」みたいな?

沢辺 そうそう。そんな感じしなかった?

佐々木 ああ、しますね。

沢辺 これまでの話を聞いてみると、佐々木さんはそれからはずれてる感じがするじゃん?

佐々木 はい。はずれてますね。

沢辺 なぜはずれたの? あるいははずれていることに対して不安はない?

佐々木 不安はないですね。やりたいことを見つけて、それに向かっていく、ということがよいこととして今もてはやされていると思うんですけど、実際自分のまわりを見渡して、やりたいことができてる人ってあんまりいないんですよ。「やりたいことをやるんだ!」と言って、社会に飛び出せないまま日々アルバイターで過ごしている人がいたりして、自分はそういうのはぜんぜんいいとは思わないので。

石川 俺はやりたいことをやるんだと言いながら日々アルバイターやってる人についてはどう思うの?

佐々木 あー(笑)。その人の生き方なので別にいいと思います。けれども私は嫌だなと思います。

石川 なんでそう思う?

佐々木 好きなことをやるにはリスクを伴なうじゃないですか。そこまでしてやろうとは思いません。
バイトしながら夢に向かってがんばってるんだ、という人も友達にするにはすごくいいんですよ。自分の知らない世界を知っているわけで。そういう話を聞くのもすごく楽しいし。

沢辺 そういう自分は、大学の同級生のなかで少数派だと思う?

佐々木 多数派です。なんか、夢に向かってがんばることがよしとされる社会、というのは、メディアなどではそんな社会になっているという雰囲気はあるかと思いますけど、実際、明確な目標をもってがんばっている人って友達のなかではいませんね。

沢辺 夢をもっているように見せてる人はいるけれども、ほんとうはそうそういないと僕も思っているんだよ。
自分の食い扶持にも責任もって生きていく、と淡々と生きている。でも、夢を追いかけている人がいても私は否定しない、みたいな。
同級生たちも意外と、メディアとかに踊らされてはいない、という感じでしょ?

佐々木 完全にイメージですよね。発信している人たちはもう夢を実現した人たちですよ、きっと。

沢辺 あー、シビアな見方だね(笑)。

佐々木 新聞社、出版社、広告会社とかメディアの人たちって、ある意味、特権的な立場じゃないですか。そういう人たちが「夢は必ずかなう」と言っているのは、もう夢をかなえているからですよ。

沢辺 とってもいい話が聞けたよ。

石川 いやあ、夢に向かってがんばります、っていうのはただの言い訳みたいなものかもしれないね。

沢辺 現実に使われてるその言葉は言い訳に使われてるよね。

佐々木 そうですね。

石川 では最後に一言、いま悩んでることは?

佐々木 彼氏との交際を親に反対されていることです(笑)。

沢辺 えっ、なんで?

佐々木 7歳上で合コンで出会ったのがよくないみたいです。

石川 えっ? うちは女房とは7歳差だよ。出会いが合コンというのが悪いんじゃない?

佐々木 むかしの人は合コンによくないイメージをもってるみたいです。へんな交友じゃないんですけど(笑)。

石川 (笑)どうも今日は長時間ありがとうございました。

◎石川メモ

仕事はいろいろな人とのつきあいを要求する

 佐々木さんは、中高一貫の進学校を経て、難関大学に進んだ。交友関係もみな有名大学出身者。就職した企業では正規職員で、カレシは広告マン。そんな佐々木さんが、「自分の生きてきた道とちがう道を生きてきた人びと」と出会う。すると、こんな人もいるんだ、と驚いたり、どう付き合っていいかわからなくなったりする。これを上から目線で、世の中、あんたのように生きてた人なんてほんの一握りなんだよ、と言うことに意味はないし、格差(学歴? 階層? お受験?)社会の問題とからめて扱うのも面白くない感じがする。
 たぶん、佐々木さんの体験は、「仕事はいろいろな人とのつきあいを要求する」ということとかかわっているはずだ。自分の交友関係は、気の会う仲間、同じような趣味、あるいは、同じような学歴でまとまっていてかまわないし、ほんとに〈ひとそれぞれ〉でかまわない。というより、これが交友関係の本質というものだろう。
 けれども、仕事となると「このお客さんは苦手だから、この同僚は気が合わないから相手するのやめちゃお」というわけにはいかない。気の合う仲間どうしで、〈ひとそれぞれ〉で済まされない部分がここにはある。なぜそれで済まされないかと言えば、わたしたちは働いて食っていかなければならず、どんな仕事も商売である(お客を選べない)からだ。
 佐々木さんは、いろいろつきあいに困りながらも、がんばって仕事をして食べている。そこに自己実現とか夢といった派手さはない。けれども、これが、仕事をするということの現実的な像、当たり前の姿だろう。

いま眼の前のやるべきことをしっかりやるべき

 「〜べき」より「〜したい」へ。そういうスローガンの延長に、「夢にむかってがんばろう!」という言葉もあるのだと思う。けれども、佐々木さんは、「夢にむかって……」なんて言っている若者は、自分の生活の足場を固めることを差し置いてぷらぷらしている人の言い訳しているだけではないか、と言う。むしろ、佐々木さんが重視してきたのは、眼の前のやるべきことだ。大きな夢や自己実現といったものを最初に置いたりせずに、とにかく、眼の前のやるべきことをしっかりやること。これはとても重要な指摘だ。
 「〜べき」ということは、もっと重要視されてよいキーワードなはずだ。もちろん、「〜すべき」に押しつぶされて心を病んでしまう人もいるだろう(“親にもっと認められるべき”、“会社でもっと成績を上げるべき”)。けれども、「〜したい」の系列、大きな目標さがし、やりたいことさがし、夢さがし、などなどで頭を悩ませる人があれば、むしろ、目の前のやるべきことに注目することを勧めたほうがいいはずだ。
 佐々木さんは、夢に向かってがんばることをよしとするような流行は、メディアのつくりだしたイメージだと言う。そして、そういうイメージを発信している人たちは、もう夢を実現した人たちだと言う。
 おそらくこういうことなのだと思う。じつは、その夢を実現した人たちは、さいしょから大きな目標などもっていなかったはずだ。むしろ、自分の眼の前のやるべきこと、そのひとつひとつにそのつど全力を注いできたはずだ。そして、その努力の結果として、ある一定納得できる状態のいまの自分がいる。その結果としての状態が「いま思えばこの状態は若い頃の夢だったかも」と受け取られているはずだ。けれども、伝えるほうのメディアの責任もあってか、結果のほうが先行してしまい、まず「夢が大切」となって、その過程のやるべきことの大切さがなかなかうまく伝わっていない。だから、夢や自己実現という言葉が独り歩きしてしまう。
 ボブ・ディランに「できることはしなきゃならないことなのさ しなきゃならないことをするんだよ だからうまくできるのさ」という有名な歌詞がある。この言葉のミソは、「“したいこと”をするんだよ」ではなく、「“しなきゃならないこと”をするんだよ」である点。「〜したい」よりむしろ「〜べき」の大切さ。このことを哲学でどう語っていくか。そういう課題を佐々木さんの「夢にむかって……」に対する批判からもらった。

序文

文・石川輝吉

若者のあり方から哲学してみる

 若者との話をきっかけに、哲学をもっと具体的なものにしたい。そもそも、哲学とは、考えることなのだから、その考えるきっかけは無数にあるはず。もちろん、若者だけでなく、世代は高齢者にまで広がっているはずだ。けれども、まずは、若者に話を聞くことからはじめたい。高校、専門学校、大学など、学校を卒業して働きはじめて2、3年、あるいは、大学を卒業しつつある学生の話を聞いてみる。人生のうちで、最初になにか壁にぶつかっていちばんなにかを考えている時期、その時期の若者の声をきっかけに、哲学をやってきた者としてなにかを考えてみたい。
 具体的にどのようなことが考えられるかは、まだよくわからない。でも、やってみる。哲学は現代的な問題にどういう問いを立てればいいか、それに対してどう答えることができるか。そういうことが若者の生の声を一人ひとり聞くうちに見えてくればいいと思う。

夢にむかってがんばります?

 さしあたって、このあいだの沢辺さんとの対談で出た内容を軸に若者に話を聞いていこうと思う。まず、ひとつの軸は、「夢」や「やりたいこと」というキーワードに象徴されることだ。自分もそうだったけれども、この社会の多くの子供は、「自分の好きなことをやりなさい・やっていい」、「がんばればなんにでもなれる!」と親に言われ育つのだと思う。そして、こう言われて育つことは、夢=自己実現=やりたいことをやって金を稼ぐこと、という理想をもつことにも通じていると思う。
 けれども、こういう理想は若者をしばっていないだろうか。なにかすごく大きな夢を実現して、成功してすごく立派になって楽しく生きて……。こういう「夢にむかって」みたいなスローガンで自分をしばってしまう若者は、自分を苦しめていないだろうか。たとえば、やりたいことは趣味でやって、仕事は生活するためにやる、という現実的な選択はできないでいるのかもしれない。そこが現代の若者の悩みどころかもしれない。
 現実はなかなか厳しい。夢に向かってゴーと言われて育ってきた子が、そうは言っても夢の通りに自由に何にでもなれるわけではない。若者たちは、どのように不況を知って、どのように思い通りに就職できない現実を知り、一体どのように冷めていくのか。
 けれども、夢にむかってがんばります! がいまの若者の一般的な姿でないかもしれない。大きな夢を抱くのではなく、もう中学生ぐらいの頃から、自分の立ち位置、将来どういった職業に就くのかをかなり自覚して、日々を送っているのかもしれない。ある意味で、さいしょから冷めている。この冷めている自分、自分を冷めさせている社会に不満をもっているのか。それとも、その冷め具合がいい具合になっていて、上手に現実の社会に着地しているのか。そのあたりがわかれば、夢にむかってがんばります! ではない若者のあり方もはっきりしてくるはずだ。

〈ひとそれぞれ〉

 ところで、若者の他者に関する関係はどうなっているのだろう? 自分の接する若者たちがよく使う言葉に〈ひとそれぞれ〉というものがある。この感覚はどれだけ広く共有されているのだろうか? 〈ひとそれぞれ〉という言葉は、一人ひとりの自由な生き方、考え方を尊重するような言葉だ。だれもがそれぞれに生き方、考え方があっていい。それはとてもいいことだ。
 けれども、私たちは他者といっしょに生きていかなくてはならないし、仕事とは、自分と異なった他者といっしょになにかをやることでもあるはず。〈ひとそれぞれ〉では済まされない場面もあるはずだ。そのようなとき、若者はどう自分の〈ひとそれぞれ〉の感覚と向き合っているのだろうか。〈ひとそれぞれ〉の自分の感覚と〈ひとそれぞれ〉では済まされない現実とどう折り合いをつけているのだろうか。若者の他者とのつきあいかた、コミュニケーションのあり方、コミュニティーのつくり方はどのようなものなのだろうか。こうした点を考えるために若者の〈ひとそれぞれ〉感覚についても見ていきたい。

哲学は使えるのか?

 上で言ってきたことは、ほとんど問いのかたちになっている。まとめてみれば、いまの若者の理想と現実、他者との関係を問いたい、その悩みのかたちを知りたい、整理したい、ということになる。こうしたテーマはじつは哲学が大むかしから考えてきた。けれども、哲学というのは、理想の問題なり、現実への着地の仕方なり、〈ひとそれぞれ〉で済まされない場合の他者に通じる言葉なりを、抽象的な概念で考える。抽象的な概念は、考え方のかたちを与えてくれる。でも、哲学の弱いところは、具体例が少なすぎる、という点だ。ほんとうは、パキッとはっきりした抽象概念の整理のおおもとには、「ぐずぐす」と悩んだ一人ひとりの具体的で現実的な人間がいるはず。このことをちゃんと取り込まないと、哲学は、抽象的な議論ばっかりやっていて、ちっとも現実に役立ちやしない、と言われる学問、一般のイメージどおりの小難しい学問になってしまう。
 いまの若者のあり方を見ること。これは哲学に具体性を取り入れることであるけれども、もう少し言えば、哲学を現実に試すことだ。だから、それまで哲学が提出した考え方でいまの若者のことがうまく理解できなければ、哲学のほうをあらためなくてはならないはず。現実にある問題をどう整理して、どう考えたらいいか、そういう言葉をつくりだすのが、哲学の役目で、そういう言葉を生み出してはじめて、哲学は使える、ということになるはずだ。

哲学を使えるよい品物にしたい

 ぼくのように哲学をやってきた者が、若者と話をして、どんなことが考えられるか。それはいまの段階で、ほんとのところどうなるかわからない。哲学者たちがこれまでどんなことを言ってきたか、ぼくは勉強してきた。けれど、自分が勉強してきたことを現実で試すような作業はほとんどやってきていない。現実と向き合って、自分の考えを試して鍛えることは怖いことでもある。けれども、哲学は自分の仕事だ。社会ときちんと向き合って、少しでも多くの人に有用な考え方を提示すること。これは、よい品物をきちんと売る、という哲学という市場の原理だ。この点にはまじめでいたい。もちろん、よい品物でなければ売れないわけで。だから、当然のことだけれども、よい品物、使える考え方になるよう努力していく。
 さしあたっては、いまの若者をどう考えるか、と急いでまとめに入るのではなく、それぞれの若者のナマの声を紹介していくことからはじめたい。若者からどれだけのことを聞きだせるか、というのは、ひとつのチャレンジだ。ストレートに自分を語ってくれないかもしれない。自分をつくって語る若者もいるかもしれない。けれども、協力者である沢辺さんといっしょに、若者の実像にせまるようどんどん突っ込んで聞いていていきたい。
 ちなみに、当然なことだけれども、これから話を聞いていく若者が若者のすべてではない。この企画では、若者の全体を完全に捉えようという大きな目標は置かない。ひとり話を聞き、ふたり話を聞き、といった具合に進んでいくうちに見えてくるものをこの企画は大切にしたい。その積み重ねの結果として、哲学、考えることが少しでも具体的で現実的になること。現代の問題が少しずつクリアになって、どう考えたらいいか、がわかってくること。こうしたことをえっちらおっちら、こちらも「ぐずぐず」と悩みながらめざしていく。
 それではまず、いまの若者の声を聞いていこう。

第1回 違う世界にいる人は、苦手──佐々木憂佳さん(24歳・女性・勤務歴2年)

哲学者・石川輝吉の、ちょっと「ぐずぐず」した感じ

まもなく、哲学者・石川輝吉さんによる10代後半から20代前半の若者へのインタビュー連載「哲学者・石川輝吉の、ちょっと「ぐずぐず」した感じ」が始まります。
乞うご期待!

プロフィール

●石川輝吉(いしかわてるきち)
1971年、静岡県生まれ。英国エジンバラ大学哲学部修士課程修了。明治学院大学国際学研究科博士後期課程修了。現在、桜美林大学非常勤講師、和光大学オープンカレッジ「ぱいでいあ」講師。

石川輝吉さんへのインタビューはこちら。
「談話室沢辺 ゲスト:石川輝吉 若き哲学者が考える、今を生きるための「哲学」とは」