投稿者「武田 浩介」のアーカイブ

武田 浩介 について

1975年生まれ。 脚本家、とか思われていたりします。 最近は落語やコントの台本を書いたりしています。 あとまあ、いろいろ。

持ち帰り寿司

無性に寿司が食べたくなった。
足は近所の持ち帰り専門寿司屋に向かう。
時間的に割引あるかなとか思ったけれども、特になし。ま、いいもんね。俺の食いたい気持ちは揺らがないさ。
で、何にするかというハナシなんだけど。
まず、握り。そりゃ当然だよね。納豆巻だけ帰ってくるわけがない。
てなわけで握りを物色。
気になるのは、ネタ?値段?数?
これって結構重要だ。回転寿司などの店舗系では、その場の思いつきで、あ、あれ食お、これ食お、てやることも可能だけども、このようにお持ち帰り系だと、そういった「流されるまま食い」はできない。
決めなくてはいけないのだ。今日のメンツを。代打も継投も許されない鉄壁メンツを。
そして作らなくてはいけないのだ。今日の枠を。今日の箱庭を。
そんな指名を背負った俺のモードはというと、今日のメンツを作り上げるテーマはというと、
数だったのだ。
ま、腹が減っていたのである。
ということで、12カンで値段も並べられた握り寿司の中で中規模をキープしている、ある意味好かれやすそうで、その好かれやすさにちょっと安住していない?と苦言の一つも呈したくなるような、そんなヤツをチョイス。
で、のり巻(2本分)。あとタコの握り(5カン)。
この3者が今日のご指名である。本指名ではなく当日指名だから指名料もない。延長その他各種オプションもとりあえずは控え、領収書発行なんてめっそうもない。

帰って発泡酒~ホッピーを呑みながら、食べる。
それぞれのパックに添えられたガリの存在がありがたい。1パックだとあっという間に、それこそ一口で食べてしまうガリも、3パック分もあれば、いい感じのアクセントになる。お酒も進む。
あっという間に食べ終わる。
普通に食べすぎ、だと思う。

でも食べ終わった後には、「しめ」で近所の回転寿司屋に行こうかななどという考えが一瞬アタマをよぎってしまうのである。

大盛軒

昼、東中野駅前の大盛軒で昼食。
ここは、鉄板焼がなんといってもの定番だけど、何気にソース焼きそばや坦々麺がメニューにあったりする。一度食べてみたいと思いつつ、行くと注文するのはやっぱり定食類。
今日は鉄板焼きではなく、焼肉ライスに小さなラーメンがつくものを。この焼肉がとても美味いので、肉だけ大盛にした。

実家が東中野が最寄駅だったこともあり、俺はこの店ができた頃から行っている。当時は、アントニオ猪木のチラシが貼ってあったりした。猪木がステーキ屋とか輸入業(タバスコとか)をガンガンやっていた頃だ。
何でチラシが貼ってあったのか、その関係はよく今に至るまで分からないものの、例に漏れずプロレスおたくだった当時(小学生の4,5年)の俺は、そうゆうチラシを見かけるだけで嬉しくなったものだった。

当時のプロレス、猪木の新日といえば、ストロング・マシーンとかいたんだよ。ドクター若松とかいうマネージャーに率いられてね。
ドクター若松のコスチューム、凄かったな。白装束にグラサン。ムチをピシピシやって。最後はストロング・マシーンの造反に遭ったんだっけ。
若松は、元・国際プロレスのレスラー。俺、好きだったんだよ。脇道に気持ちがいってしまう傾向のある俺は、12チャンネルで放映される国際プロレス、ブラウン管越しからも盛り上がっていないのが分かる国際プロレスに、強く肩入れしていたのだ。
そう、あのアニマル浜口だって国際プロレスだぜ。リング姿がトランクスではなくって半肩レオタードみたいので、恥ずかしかった。ま、それはともかくラッシャー木村・アニマル浜口・寺西勇。この3人組だよ。みなさんこんばんわ。あ、マイティ井上も好きだったな。これは全日いったんだけどね。あと、初期UWFにいったマッハ隼人。いい味だしてたなぁ。
ハナシ戻して、ストロング・マシーンの正体は、平田~(下の名前が出てこない)てレスラー。
そうそう、その頃、コブラって覆面レスラーがいて、これはジョージ高野ってレスラー(弟さんもレスラー)が正体だった。
…懐かしいな。
俺、最近のマジっぽさをウリにする「格闘技」には全然興味ない。

隣に座った客が昼間っからビールを注文していた。
まだ若い男だった。
俺も呑みたかったけど、我慢した。

季節の変わり目

昼、吉野家に行ったら思った以上に客がいて、いま80円引きセールをやっていることを思い出す。
夕刻、新宿の高島屋へ買い物に行くと思った以上に人がいっぱいで、今日が祝日だったことを思い出す。

コミットしてんじゃん。俺。
まだ、大丈夫。

『キース・リチャーズ 彼こそローリング・ストーンズ』を100円で買った。

パリ・ドアノー

日本橋三越に、ロベール・ドアノーの写真展『パリ・ドアノー』を観にいく。

会場に入ると、のっけから「モナリザ」を眺める人々を写したショットが幾つか。無意識の表情の羅列にハハと笑って、あ、これって…。メタな気分にさせてくる。

パリ。
街中で遊ぶ子どもたちや、河沿いくつろぐ人たちや、酒場に集う人たちのショット、華美も素朴もある。日常。そして、再開発された街。

たくさんの写真を眺めていくと、自分の中で、何かが気持ちよく埋まっていく感じになる。
美味しいものを食べたときみたいな。

イキモノを食べてお腹を満たすように、色んな人のイキザマを観て心の中が埋まっていく。
ある意味身勝手で残酷なことかもしれないけど。

サビーヌ・アゼマという女優さんの写真が展示されていた。
この人の出ている『田舎の日曜日』という映画が大好きだった。

立っている。

西武新宿駅の、駅ビル・ペペとくっついている方の出口に、夜になるといっつも立っている女性がいる。
いつも同じ場所にいる。背がすごく曲がっていて、眼帯をしている。
あの辺って俺は夜に通ることが多いのだけど、いつも立っている。
で、昼は、見かけない。夕暮れ時も、見かけない。
夜にならないと、いない。
昼はどうしてんだろうな、なんてありきたりな感想をやっぱり抱いてしまう。あと、深夜とかも。どうしてんのかなって。
チラと見る程度ではあるのだけど、さほど身なりが汚れていないようなのも、気になる。

同じような境遇の人がいっぱいいそうなところや、人目につかないところではなく、人いきれの中に身を置こうとする気持ちを、思う。

先日、23時ごろ、そこを通りかかった。
例の女性は、所定の位置とはちょっとずれた場所にいた。荷物は所定の場所に置かれているのに、本人はちょっと外れている。
いつも立っている場所には、そのときカップルがいた。男も女もほろ酔いな感じで、名残を惜しんで2人の世界。
カップルの間に割ってはいることもせずに、所在なさげにしているその女性が、ちょっぴりかわいかった。

どんぶらこ

寒いんだか暑いんだか分からない気候だ。
油断するとうたた寝してしまう。
今日も、部屋でハムカツつまみにホッピーを呑んでいたら、軽く意識飛ぶ。

本谷有希子『グ、ア、ム』を読む。
全体的にイヤぁ~な雰囲気が漂っている。
こうゆうのを、時々、注入。
バランス感覚、てわけじゃないんだけど。
「この感じ」にずっと浸って生きるのは、もういいや。
でも、時々は、注入。

CLUB CRAWL

渋谷のCLUB CRAWLへ。
ROCK’N’ROLL GYPSIESと頭脳警察のライブ。
広くはないハコで、お客さんはギッシリ。年齢層高い!
7年ぶりに観た頭脳警察。パンタもトシも、全然衰え知らずだ。本編最後の『万物流転』にこみ上げて、アンコールの『コミック雑誌なんか要らない』に盛り上がる。アンコールはこれ1曲だったけど、もっと聴きたかった。
『ふざけるんじゃねえよ』や『銃を取れ』の荒くれソングを、ギターを掻き鳴らしシャウトするパンタは、本当にカッコいい。ゾクっとなる瞬間、多々あり。
来年の、頭脳警察結成40周年に期待がつながる(何かやるよね?)ライブだった。

会場で、以前働いていた場所で一緒だった人とバッタリ逢った。

日の出食堂

国立劇場 小劇場ーTHE PITへ『近代能楽集』を観にいく。
三島由紀夫の『近代能楽集』の中から、「綾の鼓」を前田司郎が、「弱法師」を深津篤史が、それぞれ演出。1時間弱の二本立て。
なんだろう、色んな工夫が空回ってしまった印象。
両作ともに、言葉を交わす2組が、それぞれ相手をではなく、客席の方を向いて喋るという演出だった。
なんか、コトバが浮いている。
「弱法師」の青年役のひとは、熱演だった。

昨夜は呑みすぎてしまったので、今日はちょっと抑えようかなみたいな、そんな帰り道。
で、結局大久保駅近くの日の出食堂で、ひとりホッピーを呑みながら餃子をつついている。

衣替え

最近、どうも欲しいCDやレコードが多い。
なので、手持ちのCDやレコードを売って新しいものを買う資金に回す。
と、去年の今頃と自分のCD・レコード棚の様変わりに、ある種爽快な気分になってしまう。
どんな音楽を身にまとうかで、自分の気の持ち方も変わる。

雷とマンダラ

昼食は、春菊の天ぷらソバとカレー。
それぞれ一人前。カレーもソバもミニじゃない。
俺もいい加減、一品にするか、さもなくばどちらかをミニにするという節度を身につけたいものである。

夜、『雷とマンダラ』雷門獅篭(ぶんか社)を買って帰る。
大須演芸場の人間模様。当たり前だけど、『風とマンダラ』の頃よりも芸人って感じが強くなっている。カッコいい。
そして、オタクっぷりとエロ小僧っぷりが相変わらずなのも、カッコいい。

俺、一度だけ大須演芸場に行ったことがある。もう10年位前のことだ。
そのときに観た田嶋ゆきをも伊藤かをるも、もう亡くなってしまっている。

もう一度、また一度、いつかは一度、なんて思っているうちに、時間はどんどん過ぎていく。