投稿者「武田 浩介」のアーカイブ

武田 浩介 について

1975年生まれ。 脚本家、とか思われていたりします。 最近は落語やコントの台本を書いたりしています。 あとまあ、いろいろ。

日課

『「悪いこと」したら、どうなるの?』藤井誠二、読み終わる。
何か、読む前の「こうゆう本かな」っていう想像と微妙にズレていて、妙な読後感だった。

昼飯に、富士そばで冷やしほうれん草そば。稲荷をつける。
富士そばって、店舗によってメニューに違いがあるんだけど、俺が今日行った大久保駅前店には、ナムルを乗っけた3色丼というメニューがある。ナムル丼に、もりそば。これはなかなかイイ組み合わせ。

『酒にまじわれば』なぎら健壱(文芸春秋)
『恋する落語 男と女のいろはづくし』稲田和浩(教育評論社)
高田馬場の芳林堂で2冊買った。

帰って、何故か(てゆうか昨日の影響かな)落語聴きたくなって、テープで円遊、可楽。

毎日、350ml缶数本に、焼酎・ウイスキーの炭酸水割り数杯、呑んでます。
そして腹筋100回、やってます。

浅草

真昼間の暑い中、浅草に。

木馬亭で、社会人落語家・あっち亭こっち氏主催の演芸会を観る。
普段は大手出版社の編集者として活躍するあっち亭氏をはじめ、登場する素人落語家の面々は、作家、弁護士など。皆、落語に関しては一家言ある猛者たちだ。
間に浪曲、義太夫などが入るんだけど、それらを演じるのは、「プロ」の人たち。
俺は初めて体験する芸もあったので、それぞれ楽しめた。
義太夫の旋律って、気持ちいいですね。
バトルロイヤル風間さんの似顔絵コントもあり。

会が終わって、近くの魚民で打ち上げ。
結構呑んで、食って。
店を出ると、隅田川花火大会。ドーンドーンと花火の音。微かに、火薬の匂い。
みんな、立ち止まったり、道に座り込んだりしながら、見上げている。
もっと見たいな、て感じで名残惜しくも、チャリで帰宅。

帰って、『「悪いこと」したら、どうなるの?』藤井誠二(よりみパン!セ)を読む。

月の刃

通販で注文していたPANTAのライブCDが届いた。アコースティック・ユニット・「響」名義による『ONE DOUBLE』。

4曲目に収録された『月の刃』をリピートする。
沢田研二にPANTAが書いた曲のセルフ・カバーだ。
時空を越えて壮大なイメージを喚起する詞。それが、ひとつの心に突き刺さる。

『月の刃』が入ったジュリーのアルバムは、『パノラマ』という90年代前半の作品。いまは廃盤で入手困難みたいだ。
このアルバム、実はむかし持っていたんだけど、既に売ってしまっている。
収録曲の『スプリーン~6月の風にゆれて』て曲のPVが、当時公開されていたジュリー主演の映画『夢二』(鈴木清順監督)の上映前に流れていた。
ラストを飾る『Don’t be afraid to LOVE』もイイ曲だったよなぁ。
と、こうして思いが募るアルバムに限って、聴きたいときに聴けない。
だから、なるべくそうゆう思いをしないように、欲しいものは買っておくのだ。えへ。

ジュリーのアルバムって、70年代、80年代のものは結構再発されているみたいだから、じきに『パノラマ』も出るだろう。出てほしい。出るよな。

ちなみに俺、中古レコード屋で、ジュース1本くらいの値段の7インチ・シングル盤を漁るとき、ジュリーのレコードはとりあえず押えます。

芳林堂

昼飯は神保町と神田の中間、小川町の中華屋「ほん田」でスタミナ丼。580円。ん?少しだけ値上げしている。
それでもやっぱりここのスタミナ丼、ボリュームは文句なし。カウンターにある漬物とカリカリ梅がいいアクセントになって、あっさりと完食。
ここでは、焼肉丼とかカレーとか、ご飯ものばっかり食べている。カウンターに置かれた漬物を見ると、麺類を注文する気が失せてしまう。じゃあ、麺類にライスを取ればいいじゃないか。そうだよな。まあ、俺、ラーメンってそんな好きな食べ物じゃないんだよ。辛いのは大好きだけど、あれは辛いスープが呑みたいだけだもんな。ラーメンにライスって、正直そんな合う組み合わせだと思えないんだよな。それだけのことさ。
そんな、別に語尾を「さ」にして気取ってみせる話題じゃないのは百も承知だけど、さ。

高田馬場の芳林堂で、鼠先輩の自叙伝を見つけたので、読んでみる。
ビンボーネタとか、東京タワーとか。最近ヒットした要素があざとくあざとく散りばめられている。ここまでくると笑える、のかな。

でも、分かりやすい苦労バナシって、何であんなに氾濫しているんだろう。
大抵の人の抱えた苦労は、もっと「分かりにくい」ものなんじゃないかと思うのに。
分かりやすい苦労バナシやマイノリティ自慢は商売になるけど、「分かりにくい」苦労は街で暴発する。ときどき。刃物を持ったりして。

そういえば高田馬場の芳林堂のあるビル。一時期やたら工事をしていて、最近リニュアルぽくなっているんだけど、入り口のヘンに豪華っぽい門構え、あれは何なのだろう。
2階はオモチャ屋さんがなくなっていて。あと2階の床の絨毯が、やたらキレイになっている。子どもだったら転がりたくなるような。
目指す方向、大丈夫なんだろうか。

こんな日。

昼。JR大久保駅の新宿寄りの出口を出て、小滝橋通りに向かう細い道すがらにある店(ここは店頭に「小さなカレー家」とあるのだけど、これが店名なのだろうか)で、牛すじカレー。大盛500円に、50円のコールスローもつける。
夜。高円寺の「キッチン南海」で、カツカレー。値段忘れちゃった。700円台だったかな。ジョッキのビールも、つける。
昼も夜もカレー。こんな日も、ある。

『パンタとレイニンの反戦放浪記』読む。
リアルタイムでは聴いていなかったここ数年のパンタの作品を聴いていくうちに、手にしてみた1冊。
ラディカルなのが、やっぱり、いい。

でり坊食堂

今日は火曜日。
だから何だっていわれても、火曜日だ。

昼、新大久保の居酒屋でランチもやっている「でり坊食堂」で、弁当買う。
チキングリル弁当。500円。ワンコインで、けっこう食べ応えある。他にもとんかつや焼魚の王道系に、ゴーヤ弁当なんかも。
ここは、今柊二『定食ニッポン』にも紹介されていた店だ。
『定食バンザイ!』『ガンガン焼肉もりもりホルモン』と、ちくま文庫で連続して出ていた今柊二の食べ物本だけど、この『定食にっぽん』は竹書房文庫から、去年の春にいきなり出版された本だ。ノーマークなところからの伏兵って感じで、思わず見逃すところだったのを思い出す。

夜、渋谷に出る。
晩飯は「一蘭」。辛さ5倍にしてみたら結構きた。

そして、駒場へ。
こまばアゴラ劇場で、『ハナノミチ』作・演出ヤン・アレグレ を観る。
満員。空調の止まった客席が、暑い。
フランスの演劇人と、日本の俳優たちの融合。
墨汁だらけになったり、叫んだり、肌を晒したり、這いずり回ったり。
発せられる言葉、理解しようと歩み寄れば、「ふん!」て拒まれるようで。でも、こちらに向かってくる「まなざし」に、またつい…。
何かを伝えようとしたり、理解しようとしたり。一歩いっぽ、やってきましょう。
でも、もう少し短くても、てか、短かった方が、よかったかも。

「だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ」

すき家で、豚丼(とんどん、て読むんだっけ?ここは)に大辛ソース2倍。
大久保通り沿いの店舗。昼メシ時なのに空いているな、と思ったら、そうか今日も世間は休みなのか。
肉が肉っぽい。いいじゃねえかよ、肉なんだから。いや、そうじゃなくって、調理されてない肉っぽさっつうか。気分は、野生。このテの肉っぽさ、すき家で初めて味わったかもしれない。

夜、帰ってから再び外出。ブラック・アイド・ピーズとか立川志の輔とか、DVDを売りに出す。
妥当な買取額。

都築響一『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』を読む。
個性的な書店の紹介、そして書評がギッシリ詰まっている。
書評は90年代前半から2007年まで。自腹で購入したという本を紹介する文章には、抜き書きしたいフレーズがありまくり。こんな風に本や人やストリートと向かい合って、いつまでも生きていきたいと思う。
濃ゆい会話で朝まで呑んでしまった後のような。さて、さっきまでの濃厚体験をどうやって消化しようかとボンヤリとした頭で考えているときのような。そんな読後感。

ただ、「辺境」的なものへの思い入れがちょっと過剰なのが気になった。
アウトサイダーな、底辺な、そこでピュアな情熱をたぎらせているのは、確かにカッコいい。
でも、そこでピュアを保てるのは選ばれた人なんであって、「そこにしか居れない自分」をちょっと恥じたりもしながらも、でもそれを認めたくなくて、あたかもピュアを保っているような「振り」をしているのは、結構しょっぱいんだよな。
ま、俺もそうなんだけどさ。
こんなコトバ使うのも恥ずかしいが、「情報化社会」で天然を保つのってやっぱ難しい。俺は無理。色んなコトが気になり過ぎる。

俺は20代の頃に、まあいわゆる「辺境」的な、低予算成人映画の世界をちっと覗いたことがあったんだけど、上に書いたようなコンプレックスと、それに対する自覚の無さ、作る方にも観る方にも、ちょっと凄いものがあった。いや、あれがカッコいいとか、普通じゃんって思う人もいるんだろうけど。
人種の違い、だな。

そんなボンノウだらけの人生で、未知なるものへ向かう情熱を持続させてくれる、「これの後を追いたい!!」と強く思わせてくれる、そんな1冊だった。
『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』。
はい。これ、合言葉。

シウマイ

鼠先輩の自叙伝を立ち読みでもすっかと、新宿の紀伊国屋へ。見つからない。俺の捕獲力が落ちているのか。いや、そんなことない、そんなことない。…でも、見つからない。
てなわけで、今日、ネットで確認。青志社ってトコから出ている。初めて知る出版社。
でも、ここのHPには鼠先輩のことが全然載ってない。どうなってるんだろう。鼠先輩の本、読める日が来るのだろうか。

紀伊国屋では、
『居酒屋ほろ酔い考現学』橋本健二
『東京Dスタイル食堂』村田らむ。
2冊、買った。

今日は3連休の中日。新宿駅は新南口の、「富春大酒楼」っていう中華屋に行く。
シウマイがウリらしい。シウマイの皮は、白にはじまり、緑、紫、黄、橙と、色とりどり。緑と橙の皮のを食べてみた。肉汁溢れて、ボリュームある。
デザートに杏仁豆腐を注文したら、モチモチした食感で、珍しい、つうか初めての感覚。うまかった。

「アグネス・ラムのいた時代」

暑い。暑いと、「ぽい」ものを食べたくなる。で、御茶ノ水の「小諸そば」で冷やしめかぶとろろそば。うん、ぽい。

『アグネス・ラムのいた時代』長友健二+長田美穂。
カメラマンの回想する昭和芸能史。
赤木圭一郎、ロマンポルノ、フラワー・メグ、吉田拓郎、キャンディーズ…。
しぶとく残っている人、消費された人。

「スター誕生」など、そもそも大人がプロデュースして送り出していた、アイドル。
その「あり方」に変化が見えてくるのは、自分の意思で引退を決めた山口百恵や、これまた「フツーの女の子に戻りたい」と引退していったキャンディーズ以降だ。
それから登場したのは、ぶりっ子なイメージを作りあげた松田聖子や、小泉今日子だ。彼女たちのようなセルフ・プロデュース型のアイドルが出現して、そういったスタイルが主流になっていく。
と、こういったことが書かれているのを読んでいて、セルフ・プロデュースって、やってる方もそうだろうけど、受け止める方だって、結構体力いるんだよなと思う。
現在はどうなんだろう。アイドルが「セルフ・プロデュース」なんて言いだしたら、鼻で笑われて揚げ足取られてブログが炎上して、終りなんじゃないか。
「自分を表現する」なんて言葉、中学生でも「ケッ」となる。勿論本心からの「ケッ」じゃない人もいるだろう。でも、そんなコト言ったら周りから浮いちゃうから、みんなに合わせてとりあえず、「ケッ」てしとくのだ。
一周回ったのか、単なる退化か、「単純に楽しいものがいい!」「みんなで騒げればいい!」みたくなって、ハロプロだのパフュームだの、プロデューサーの下で動くお人形さん型アイドルが、気持ち悪いくらいに、全盛である。

表紙と巻頭に配されたアグネス・ラムのグラビアに、南国系て時々「くる」んだなぁと思う。いつもはあれだけど、時々、無性に南国系が欲しくなることってあるよな。最近だと、Rio.とかね。前に柚木ティナだった。え?知らない?ったくしょうがねえなぁ…。

夜、ふと思い立ってヴェルヴェット・アンダーグラウンド『ライブ・アット・マクシズ・カンサス・シティ』を聴く。
このCD、いまの部屋に引っ越してきてから、はじめてプレイヤーに乗せたかもしれない。

広田弘毅

とりあえず、病院に行くことはもうなくなった。

病院では、色んな人を見た。
家族に手を引かれて覚束ない足取りで歩く練習をしているお爺ちゃんや、ひとりでご飯を食べているお婆ちゃん。
ふと目が合ったりすると会釈をしてくれる。その時の俺が何かムカつくことがあって気分がささくれだっていても、会釈を返す俺は、ちゃんと笑っている。
あの人たちが、優しく諌めてくれたんだと思う。

夜、新宿を歩いていて、温度表示を見たら、29度。
本屋で、中公新書『広田弘毅 「悲劇の宰相」の実像』服部龍二を買った。
広田弘毅に関する本は、『落日燃ゆ』城山三郎、『黙してゆかむ』北川晃二、『秋霜の人』渡邊行男と、これで4冊目。ここに書いた順番通りに読んでいった。やっぱ最初に読んだのは『落日燃ゆ』。それで、「広田弘毅萌ゆ」になった。
買って帰ったものの、まだ読みかけの本があるので、あとがき だけ読む。
この『広田弘毅 「悲劇の宰相」の実像』の著者も、最初は『落日燃ゆ』を読んで感銘受けた。でも、学者として色々研究を重ねていくうちに「ん?」てな違和感感じることも多々出てきて。さらに資料をあたって研究を重ねていき、この本を書いたとある。
悲劇の宰相、だけじゃない姿。でも、やっぱり興味を引く、その姿。生き様。
そう、「いい・悪い」・「正しい・間違っている」じゃなくって、気になるのだ。広田弘毅って人は。

『なぜケータイ小説は売れるのか』本田透を読み終える。
ケータイ小説とかを飛び越えて、いま「物語」が存在するってことの考察。刺激たっぷりで面白い。