相撲といえば、(と、いきなり話を始められるのも木村さんのおかげです。木村さんがちょっと前の日誌に相撲のことを書いていてくれたおかげです。もし木村さんが相撲のことを日誌に書いていなかったら、きっと私は日誌に書くことが一向浮かばず、4月も末日だってのに「さて4月です」などというどうでもいいようなことから日誌を書き始ていたであろうことが想像に難くないので、今の時点では木村さんに頭が上がりません。ありがとう木村さん。木村さん、ありがとう。)千代の富士世代です。「世代」って、何をもってして「世代」なのかいまいち良くわかりませんが、自分では千代の富士世代の気持ちでいます。何故ならおじいちゃん子だった私、そんな私がもっとも相撲を鑑賞していた時期にもっとも活躍していたのが千代の富士なので、千代の富士世代の気分でいるのです。しかしそんな私も、現在の角界については残念ながらまったく関知しておりません。が、先日中野新橋で休日(?)らしきリラックスムードのおすもうさんが黒人の少年と仲良く一緒に歩いているのを見かけ、心があたたまりました。二人の共通の話題が気になるところ。
投稿者「齊藤 美紀」のアーカイブ
地味な悩み
東京にはまだ桜の開花宣言が出ていませんが、もうすぐ出そう、ということでした。
ここ2週間くらい、いつもに増して肩のコリ酷く、気がつくと肩のことばかり考えています。これは恋なんじゃないか、ってくらい肩のことばかり考えています。考えている、というより、ただ単にコリ過ぎて肩痛い、という感情が、一日中自動的に断続的に襲ってくるんです。一日の半分は肩痛い、肩重い、くらいしか考えていないような気がしてきます。
ひとごと
さて、3月です。理由は皆目見当つきませんが、もう3月も半ばのような気分になっている齊藤です。
つい最近雪が降ったというのに、独り、すぷりんぐ・はず・かむ です(危険)。
書くことがないときは、大概こういう始まり方の文章を書く齊藤です。
はい、自分の名前言い過ぎ。自己主張強すぎ。……ただ間が持たないだけなんです。
こういうことを書いているうちに、何かしら書くことを思いつくんじゃなかろーか、
という、淡ーい期待を含みつつ、のらりくらりと書いているだけなんです。
今日、銀行に行ってきました。財布を落とし、銀行のカードを止めていたので、
カードを再開するためです。週刊新潮を実にじっくり読めるほど、尻がモヤっとあたたかくなるほど、
胃の底が不安でゆらゆらするほど待たされたんですが、囚人のように番号を呼ばれ、
いざ窓口に赴くと、窓口のおねーちゃんが冗談みたいに可愛いので、それはそれは驚きました。
しかしそこで、瞬時に銀行側の魂胆に気付きました。
ああ、そうか、これだけ待たされた後でも、これだけ可愛い顔したおねーちゃんが
待ち構えていてくれたなら、人々の怒りややるせなさも6割〜減、でしょう。
うまいこと考えているもんです、銀行も。
で、その窓口のおねーちゃん、あまりに可愛い顔をしているので、
タレントにでもなればいいのに、と思ったのですが、やっぱり窓口の方がいいのかな、
と、思い直しました。何故ならとんでもなく可愛い顔をしているからというだけで成功できるほど、
芸能界というのは甘いものじゃないからです(知ったかぶり)。
やっぱり彼女は、ここ銀行で、安定した高収入があり、彼女のことを第一に考えてくれる旦那を見つけるのが幸せへの最短距離かもしれないな、と思い直した昼下がりの渋谷。
以上、余計なお世話でした。
駆け巡る血潮
昨日、風呂でのぼせました。風呂に浸かりながらのぼせました。
湯船で体育座りしながらくらっくらしてしまいました。
血の巡りが冗談みたいに早くなっていて、うっかり釣り上げられた深海魚みたいに、眼球が飛び出るんじゃなかろーかと思うほどの血の巡りの良さでした。
風呂から上がったあと、動悸・息切れ・悪心でぐったりしていたのですが、何故か肌がぴっちぴちにうるおっていたので、良しとする。
イルサー
先日、休日に家にいると、インターホンが鳴りました。
なので、得意の居留守を決め込み、ことなきを得ました。
私は、知らない人が家に来た場合、99%居留守派です。顔出し声出しNGです。
テレビや電気も消し、電気のメーターの動きを鈍らせ、完璧な居留守をします。
iruser(イルサー:居留守をする人)です。(←欧文表記にすると小洒落たかんじに見えます)
居留守の際、この、メーターの動きを鈍らせる、は、わりと効くと思うので、
居留守派の皆々さまにはオススメです。
居留守の際、息をひそめながら、玄関方向をこっそり覗き、敵の動きの確認も欠かせません。
中には、もういなくなっただろうと気を抜いてテレビを点けた途端、
待ってましたとばかりにインターホンを鳴らすという
フェイント仕掛けのけしからん輩がおるためです。
息をひそめながら、玄関方向をこっそり覗き、敵の動きの確認していると、
彼らは総じて不審な動きを見せてくれます。玄関側の窓(曇りガラス)ごしに
中をうかがってくるのが大半です。やめて欲しい。
どうせ見えないんだから。無駄な抵抗なんだから。中にいる、ってバレてもどうせ出ないんだから。
友達が家に来ている時ですら、知らない人がチャイム押したら電気消します。
だから、ウチに訪問販売だとかナニかの団体の勧誘だとか、来てもムダです、
絶対居留守いたしますので。今日ここに書いたことで、さらに居留守の確率と精度を上げるべく
日々努力する所存です。決してドアーは開けません、決して声も上げません。ぜったいに。
声高に宣言させていただきます。まったくいちいち居留守するこっちの身にもなってほしい。
なにも悪いことしてないのに、いちいちドキドキするんです、居留守するのって。
帰り際、ポストに、かしゃん、とナニかを投入していくのもやめてほしい。
あれが一番ドキドキしますんで。これからはガムテで玄関の所のポストの口を塞いでおこう。
これでまた、一歩、上級イルサーの階段をのぼることとなる私。
明けましておめでとうございます
明けましておめでとうございます。2005年酉年でございます。
新年早々ナンですが、有名人のサインのある飲食店って、なんであんなに胡散臭く見えるのでしょう。
味で勝負してなさげだから、ってのは分かるんですが。味で勝負してなさげどころか、マズそうにすら感じるんだよな。なので、サインのある店には入らないので、実際、サインのある店が旨いのか不味いのか知らないんですけれども。
で、飲食店にずらり並んでいるあのサインは、果たして客寄せのために飾ってあるのでしょうか。
私の友人知人関係で、サインのある店に行きたがる人は、誰一人としていないんです。むしろ避けます。なので、私のこぜま〜い交際範囲内では、見事に集客効果ゼロです。
では、あのサインの展示が集客を目的としていないならば、意図はなんなのか。
店のオーナーの自慢?(俺の店にはこんな有名人来たんだぜ的な)いやー、今時そんな人。
多分、おそらく、最初の1枚目を飾っちゃってから、引っ込みがつかなくなってしまったのではなかろうか。と思うんです。
ある日、初めて有名人が店に来ました。店のオヤジ喜び、大して好きでもないその有名人に、勢い余ってサインをねだる→オヤジ、さらに勢い余って店の壁にサイン飾る(大してファンでもないのに)→サインを飾ったことすら忘れる(しかしサインは壁に飾られたまま)→そんなこともとうに忘れ去ったある日、また別の有名人が来店→オヤジ、壁にサインを飾ったことを思い出す→大してファンでもないから、サインなんか欲しくないが、壁にサインを貼ってあるのを見られてしまっているため、なんとなくサインをねだらないと悪いような気になり、義務感からサインをねだる→とりあえず壁に貼る
…という行程の繰り返しの結果なのではなかろうか。と、いうことは。このオヤジってばけっこう気ィ使いの憎めないオヤジなのでは。けっこう気ィ使いってことは、料理もそれなりに気ィ使ったモンを作れるのでは。接客もまぁほどほどに気ィ使ってくれるのでは。
…と、推理してみたものの、有名人のサインのある店で飯を食らう気には到底なれないのですが。
だれか、「有名人のサインのある店の味比べ」やってみてくれないかな。んー。
慰安石鹸
年の瀬です。まさに年の瀬まっただなかです。
年の瀬とはまったく関係ないことですが、イアン・ソープが私より
3歳も年下だということを最近知り、正直驚きを隠しきれません。
しかしそんなことを言いはじめたらキリがなく、イグナショフは同い年だし、
ノゲイラなんかたった3コ上だし(一回りくらい上かと思っていた)、
ジャッキー・チェンは今年で50歳(だったような気が)だし、
もう年齢とかだんだんどうでもよくなってきます。
一人の人間の中ですら、「精神年齢」だとか「肌年齢」だとか
「骨年齢」だとか「血液年齢」だとか「第二の人生」だとか「永遠の17歳(妄想)」だとか色々あるし、
もうなんでもいーよ、という投げ遣りな気分になります。
(が、予想に反した年齢を言われるといちいち驚くし、それを楽しんでいる自分がいるのも事実)