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及川 健二 について

ジャーナリスト/研究者。 それまで一分もフランス語を学んだことがなかったのに、 フランス留学を決断。2002年UCLAエクステンションセンター・ 夏期英会話講座・修了、グランゼコールの一つ、2004年 リール政治学院・夏期特別セミナー修了(European Summer University Program at Institut d’Etudes Politiques de Lille)。 フランス国立パリ第九大学・Dauphine修士課程に2004-05年に在学。 多国籍企業の経営戦略が研究テーマ。大学では”英語”で講義を 受け、語学学校でフランス語を勉強するというチョット変わった留学生活をおくる。2004年7月3日から2006年3月25日までフランスに滞在。リール、トゥール、パリにて生活する。数々の政治家にインタビューする。 共著『オカマは差別か』(ポット出版)、2002年1月。 編集・共著『常識を超えて』(ポット出版)、2002年6月。 単著『ゲイ@パリ 現代フランス同性愛事情』(長崎出版)、2006年10月。 単著『沸騰するフランス 暴動・極右・学生デモ・ジダンの頭突き』(花伝社)、2006年10月。 単著『フランスは最高!』(花伝社)、2007年6月。

米国映画史上、最高利益の映画

さて、問題です。

米国映画史上、もっとも興業利益が高かった映画はなんでしょうか?

タイタニック?

いいえ、違います。

ディズニー映画の中のどれかでしょ?

Non. ちゃいます。

日本版タイトルで答えをいいます。

「ディープ・スロート」

ほぉー……という人もいれば、ハァー?と思う人もいましょう。

1972年に公開されました。米国の多くの州法で違法行為だった性交類似行為である口淫を映像にしたポルノです。
タブーを破った……だけじゃなく、州法も破ってるんです。実に危険な成人向け映画なんです。

同映画をあつかったドキュメンタリー映画「インサイド・ディープ・スロート」DVD邦訳版がまだ購入できるので、買いました。よかった、フランスにいるとき買わなくて。日本語版が映画で上映され、DVDになり、まだ、流通しているなんて驚きです。わしはこの映画をパリ市内の映画館で観た。面白かったですよ。ドキュメンタリーの質はともかくとして……。それで、パリ市内で同時上映された「ディープ・スロート」もみました。もちろん、モザイクもボカシも入っていませんよ。

語り出したらとのりませんので、とりあえず、ここでストップ。

まあ、ドキュメンタリー映画の方は観ておいて、損じゃないですよ。

日本国琉球自治領大江戸市新宿区西新宿2-8-1 大江戸市庁舎2 石原慎太郎様

沖縄問題の解決策を構想しました。

妙案が浮かびました。

さて、以下、夢物語です。
私の構想が実現した社会を語ります。

我が構想の実現に多大な貢献をされた石原慎太郎様に御尽力・功績に敬意を表す手紙を送ろうと思います。
手紙を書き終えました。宛先は以下の通りです。

〒163-8001
日本国琉球自治領大江戸市新宿区西新宿2-8-1 大江戸市庁舎2 石原慎太郎様

このとき、首都は移転しています。新しい首都が那覇市になってます。
大江戸市なんか片田舎に過ぎません。
あと、都道府県は全廃され、すべて、琉球自治領の統治下にあります。

「国民統合の象徴」として天皇陛下がさらにいっそうリスペクトされています。
日本人はみな、天皇の赤子です。さらに、琉球自治領の住民です。

以上、我が夢想が現実になった状態です。なぜ、こんなことを考えたのか御説明申し上げます。

沖縄独立論という構想があります。それに浅羽道明様という明晰な思想家が理論的支柱と具体的プランを与えました。
私はどうもこれに納得がいかないんですネ。むしろ、沖縄県に日本国全都道府県が統一される方がいいんでない?!なんて素朴に考えて、様々な検討を加えていきましたら、行き着いた対案が、「日本全土を日本国琉球自治領の下に統一する」という構想です。

沖縄の痛みは私たちの痛み、沖縄の苦悶は我が苦悶です。
沖縄決戦の物語は我が体験として語り継ぎましょう。
私の問題であり、あなたの問題なのだから。

日本国憲法をもっとリスペクトしましょう。
日本国憲法は素晴らしい。これにすがりつく姿がパトリオティックな姿勢であります。
憲法パトリオティズムが実現した理想社会。

It’s one JAPAN.

んなことできるんか?

Yes, we can.

そう、できるんですよ。
ハイ、この英語はバラク=オバマさんによって使い古された表現です。
AMERICAをJAPANにしただけです。

ジョン=エドワーズ元上院議員の合い言葉で言い換えましょうか。

Hope is on the way.(希望はすぐそこにあるんだよ。)

ただの夢物語と片付けられるでしょうか?
西部邁先生からお告げがありますよ。

「だから、日本のバカ左翼連中がいうことは、なんというのかな、実にチャイルディッシュで、キ×ガイじみているというか、もはや狂気の沙汰としかいいようがないんですよ。そもそもですよ、人間というものはですよ、言葉の動物である。それが意味するところはですよ、言葉には実態がない、言葉はフィクションに過ぎない、つまり、簡単にいうとこういうコトなんですね。人間というものはですね、フィクションの中でしか生きられないという宿命を背負っている、そこから逃げることはできないんですネ。そこを左翼のくるくるぱーは分かっていない。だから、伝統というものが……」(以下、省略)

人間はフィクション(夢物語)の中でしか生きられない宿命なんですね。

最後に、ブッシュ大統領の最高のジョークを御紹介申し上げます。

イギリスのある幼稚園におけるやりとり。

幼稚園児童:「How is the White House?」
ブッシュ大統領:「It’s white.」

全国の皆々様へ。

“しなやかに、覚醒せよ!”

追記:オイカワ構想とアサバ構想をアウフヘーベンすると、さらに進化(深化)した構想が出てくるんじゃないかな?そして、ヘーゲルがいう「理念の狡知」なる営みがつづけられていきます。

いまさら、Taizo?!

旧聞に属しますが、次のようなニュースを発見しました。

「美人キャスターTAIZOで栄冠…海外映画祭で最高賞」
(http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/151142/)

上記タイトルで、次のような記事が書かれています。「06/06 23:33」という表記と「ZAKZAK」のロゴが載っています。

「美人キャスターが挑んだ映画が世界に認められた。

 ドキュメンタリー作家の中島多圭子(たかこ)さん(37)の『TAIZO』が、先月行われた第1回バーレーン国際人権映画祭でドキュメンタリー最優秀監督賞に輝いた。『追い続けようと思っている中東に認められたことが何よりうれしい』と手放しの喜びようだ。

 カンボジア内戦の最中、1973年11月に単身アンコールワットをめざし『もし、うまく地雷を踏んだら、サヨウナラ!』と手紙に残して散った戦場カメラマン、一ノ瀬泰造さん(享年26)。『「TAIZO』はその一ノ瀬さんの足跡と、息子の写真を焼き続ける母、信子さんを追った。

 2003年に公開されて以来、現在も上映会が続き、昨年には海外向けに英語版が完成、フランスなどで高い評価を受けている。

 それが縁で中東・北アフリカ地域で初めて創設されたバーレーン国際人権映画祭からオファーを受け出品。5月1-4日の開催期間中、会場を訪れた。

 中島さんは『出品作は世界各地から計18本。全く予想していなかった』というが、ふたを開けてみれば最高賞。『壇上ではアラビア語だったので何の賞だか分からなくて、席に戻って初めて知った』と笑う。

 プロデューサーの奥山和由氏(53)も『海外での上映に弾みがつく』と手応えを語る。」

「TAIZO」って題名で杉村タイゾー衆院議員(自民党)のことだと私は勘違いして、彼を追った作品が賞をとっちゃうの?!と思って、記事を読んだのですが、ここでいうTAIZOとは写真家・一ノ瀬泰造さんのことなんですネ。彼をモデルにした映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」は良かったと思いますよ。でも、この映画で一ノ瀬さんのネームや神話は完全に消費しつくされたのではないでしょうか?いまさら、第2弾が出て、評価を呼ぶことはありえないのではないでしょうか?

そんな疑念を抱きつつも、日本のドキュメンタリー作品がフランスで高い評価を受けているというのに、この記事を読むまで自分はその事実をまったく知らなかった。隔世の感だなぁと少し落ち込みながら、どこの仏メディア・批評家が評価しているのかと興味を持ちまして、

・TAIZO
・Taîzo
・Taïzo

という3つのワードを手がかりに同作品のフランスにおける評価について調べました。
「TAIZO」という表記ですと、「テゾー」と呼ばれる可能性があります。
「タイゾー」と発音させるため、仏語に配慮したら、下の2つが表記上ありえますので、念のため、検索用語に入れておきました。

www.taizo.fr

ってサイトがすぐに見つかったので、早くも発見!と喜び勇んで、サイトに行ったら、「Taizo」という男性向け化粧ブランドの商品ページが出てきました。

まあ、ネット検索・現地プレスや邦人学生とメールでやりとり・詳しいパリ在住日本国籍者に電話を入れる(無駄な作業ですね~)など……自分が数日の間でとれる手段をすべて遣いましたが、上記3つのタイトルとフランス共和国を結びつける情報は一件もキャッチできませんでした。

監督の名前で調べてみたら、昨年10月に行われた「モナコ公国ドキュメンタリー映画祭」(Festival cinéma vérité – Monacoが現タイトル。かなり超訳しました。仏語を機械的に訳せば、「vérité」は真実・真相・事実という意味で使われる初級レベルの仏単語、「cinéma」は映画の総称または映画館、「Festival」は「お祭り」を意味する単語です。「モナコ・ノンフィクション映画祭」というのが忠実な訳かな)にNakajimaさんが映画「Taizo」を出品していたという情報を入手しました。私が得た事前に関係者に配られた予定表通りコトが進んでいるのでしたら、、2007年10月13日午前10時~12時という2時間ポッキリの枠で「Taizo」は上映されたはずです。作品は90分だそうですから、妥当な範囲じゃないですかネェ~。

モナコ公国は仏語が公用語なので、映画祭では当日、仏訳された字幕が付いたのかもしれません。仏訳がついたので、映画が自然と隣国フランスに輸出され、巡り巡っていくうちに、いつのまにか同国で「高い評価」を得るにいたったのかもしれない。可能性はゼロじゃないです。

でも、私の確認しうる範囲では、「フランスで高い評価」というのは、「言っちゃったモンが勝ち」のようです。ウラがとれません。「Taizo」という作品が仏国内で議論された痕跡すら見当たりません。上映するかもしれないマニアックな単館にも確認をとりましたが、同作が仏で公開された形跡はありません。仏国内では試写会も開かれていない、今後、公開される可能性もほぼゼロといえる映画だという情報が仏全国紙・記者から私に流れてきました。フランス国内では、
「話題にすらのぼらなかった作品」
のようです。映画PR側から仏メディアに宣伝したこともないようですから、無視されて当然なのでしょう。

もしも、映画「Taizo」がフランスで上映されたと言い張る人がてれば、いつどこで上映されたのか情報をぜひとも、御提供いただきたいです。
あるいは、映画のDVDやVHSがフランスの関係者に渡され、密かに高く評価されるようになったというのであれば、評価した人の名前が知りたい。批評文も原文(仏語ですよね)で読みたいですね。御親切に邦訳なさらずにけっこう、原文を読みます……という姿勢で、批評に向かいます。この表現が「超訳」するとこういう日本語になったというおもしろいタネがあれば、ボツになるのを覚悟で、記事にするかもしれません。

「映画TAIZOがフランスで高い評価」という話が事実だったら面白い。どこで、そうなっちゃったんだろうか調べて、顛末を記事にしたいものです。どうも 同映画PRに携わる者が吹いたホラが発信源とは睨んでいるものの、個人的にはZAKZAK記事の通りであって欲しいと心から願っています。ただ、そのほうが面白いからって理由だけです。

同作がバーレーンにまわっていくというストーリーはちんぷんかんぷんです。

Je ne peux pas l’accepter.

その話は受け入れいれられないヨってことです。

同国はバリバリ、アラビア語圏の国です。
「昨年には海外向けに英語版が完成、フランスなどで高い評価を受けている。それが縁で中東・北アフリカ地域で初めて創設されたバーレーン国際人権映画祭からオファー」
って書かれていますが、何の御縁もないんじゃないでしょうか。英語・仏語の字幕が付いてもバーレーンでは理解されません。篤志家がいてアラビア語字幕を付けてくれたのかもしれない。

フランスではまったく相手にされていない同作が、運が良くて、「第1回バーレーン国際人権映画祭でドキュメンタリー最優秀監督賞」を得ちゃったというのがことの顛末だろうという予測が調べていくうちについてきます。ある程度のリテラシーを持った人間ならば、映画祭自体に怪しい臭いを感じるでしょうし、その映画祭が出す賞はかぎりなく「黒に近い」と評価するでしょう。「ガンジー平和賞」のような扱いになるのではないかな。「ガンジー平和賞」受賞を肩書きに自己ピーアールしている日本人を調べたら、学会のイケダ先生と福永法源サン、ドクター中松の3氏が該当しました。ガンジーの子孫を名乗る人が寄付金を多く受けた個人・団体に賞をバンバン出して稼ぐビジネスなんだと云われていました。でも、たまには権威をつけるために、「本物の人」にも賞を出す。その路線で2004年に同賞を、イラク戦争の開戦に抵抗した数少ない米国下院議員の1人であるデニス=クシニッチ氏が受けてしまった(本人は賞がどんなものか確認していないんだと思いますよ)、それを事情を知らない日本に当時いたクシニッチ応援団が「アジアのノーベル平和賞ともいわれるガンジー平和賞をクシニッチ議員が得た」と日本でお節介に宣伝する。まあ、賞ビジネスってそんなものですと割り切れます。

「バーレーン国際人権映画祭」の「ドキュメンタリー最優秀監督賞」が存在することを前提に話をすすめると、この賞は初回から迷走しているように思えました。「Taizo」サイドに受賞というシーンを演出するための予算はありそうにない。「お金で受賞」という文脈はナシ。では、「Taizo」による権威づけが狙いか?!しかし、同映画には一つの賞を高く評価させるほどの権威はない。では、なぜ?

「日本人」「伝説の戦争カメラマン」「女性監督の初作品」「ベトナム戦争」「ドキュメンタリー」etc……。映画PR側が宣伝材料として提供した用語が彼らの中で「ヒット」したのかな?

あれこれと思考しているときに、同映画祭に広河隆一さん監督の名作「パレスチナ1948 NAKBA」が招待され、広河監督が自ら式に行ったということを本人名義の「編集長便り 2008年6月」という文書で知りました(http://www.daysjapan.net/editor/)。同映画祭に参加して、その模様を具体的に報告した貴重なルポルタージュです。

旅費・滞在費が全て主催者持ち……という扱いを受けた広河さんはこう結論づけています。

「国王だろうが企業だろうが、人権問題にきちんと取り組むなら歓迎だ」
しかし、バーレーン国際人権映画祭は
「『人権』をプロパガンダに利用したと言われても仕方ない」
どうしようない内容で、
「それの片棒をかついだ私は、反省することしきりである 」……。

広河さんの証言を要約すると、「バーレーン国際人権映画祭」はすべてが「バーレーン王国」の王室が「人権」問題に取り組んだというアリバイをつくるために演出したものでしかないこと。広河さんはあえて、「名士」としか云わず、個人名を出しませんが、誰が名義貸しをしたのか……調査してみる価値はありそうです。最低限のリテラシーのある人が行けばすぐに実態が分かっちゃう欠陥商品だった舞台裏を広河証言から知ることができます。

私の結論はこうです。

「バーレーン国際人権映画祭」は「第二回」の開催も危ういほどにできの悪い、王室が自作自演した「人権」ビジネスだった。
作品を審査員が鑑賞した……という最低限の証拠すら演出できないほどに体裁をなしておらず、映画祭としての権威は一切ない。
同映画祭に出品してしまったことを反省する広河さんに対して、その祭の「ドキュメンタリー最優秀監督賞」受賞を誇示して宣伝材料に遣っている「しょうもない」人たちが日本の映画業界にはいる。

監督へ伝えたいことは、

オーイ、中島監督!どこまで、分かっているの?こんな3流のペテンをひょっとして信じちゃったりしているの?!

ってことです。

「Taizo」という語を日本語検索サイトに入力して左クリックすれば、公式ホームページにすぐにたどり着けます。そこから、7月初旬に数日間、都内の映画館で「Taizo」が上映されること、そのためのメディア向け宣伝を映画PR側が先週初めから仕掛けた実態が判り、ZAKZAKクレジット記事はPR側が流した映画宣伝をそのまんまコピー&ペーストしてつくられんだろう……と大凡の推測がつきます。

とりあえず、「フランスで評価」という宣伝文句が私の範囲で引っかかり、映画を調べていくうちに「実態調査」にドップリとハマッてしまい、無駄な時間を浪費してしまいました。他にすべき優先事項は棚晒しです。これからやらなきゃ!!

大黒摩季ライヴ

もう1週間前のことになるのか……。

心から愛する歌手・大黒摩季ネエさんの全国ツアー最後となるライヴを聴くために私は横浜市の桜木町駅から徒歩15分のところにあるパシフィコ横浜のコンサート・ホールへと赴いた。18時10分にスタート、21時過ぎに終わり……という長めのステージだった。席は1回19列目。位置としては悪くない。摩季さんの姿もバッチリ、見える。

摩季ネエさんは7回も衣装替えをした。どの服も似合っていた。中でも虹色のドレスは愛らしかったナァ。摩季ネエさんカワイイ……と思わず叫びたくなった。摩季ネエさんはカワイイ……っていう言葉に弱いらしい。そういわれると、照れちゃうっていってたなぁ。

たいへんおめでたいことに今年で歌手デビューから15周年だそうで、3時間もの間、ほぼ休むことなく、歌って、踊って、自分でMCもやって、会場を熱くした。

チョット
あなただけ見つめてる
熱くなれ
夏が来る
ら・ら・ら

それら大黒さんの代表曲を生で聴けて感動してしまった。
どれもけっこう……というか、かなりヒットした歌だ。
私は中でも、♪夏が来る♪が好きでしょうがない。
なんていったって、歌詞がイイ。私は自分のテーマ・ソングになっている。

昨夏、大黒さんとジェネレーションがだいぶ離れたうら若き22歳のカリスマ歌手・中村 中(あたる)さんにインタビューしたときに、彼女が「大黒さんの『夏が来る』はすごく好きです」といい、私はとても嬉しく思えた。「中チャン(仲間内ではチャン付けと親しげによんでいる。失礼)も同じ曲を好きだなんて感激!」と心の中でつぶやいた。

引っ越しして10日

28年1ヶ月、暮らしてきたとても思い入れのある我が一軒家……。

10日前に私は家族と共に生家を離れ、そこから2kmほど遠くにあるとっても古いけれど広々とした民家に引っ越し、新しい生活が始まった。生家は○○○○万円かけて、3階建ての近代的なビルディングに建て直される。今年12月末に完成予定だ。2009年の元旦には、きっとできたばかりの新居に私は戻っているだろう。

生家は最寄り駅まで歩いてわずか4~5分で、新宿にも渋谷にも10分~15分くらいで行けるほどに交通の便が良かった。徒歩5分の距離内にコンビニが3軒もあった。歩いて30秒のところに便利な万屋があり、ジュース・菓子が安価で売られ、私は毎日のようにそこで飲料を買っていた。

いまの一軒家は閑静な住宅街にあるが、とても不便だ。駅まで徒歩20分もかかる。家の近くに商店があるわけでもなく、つい出不精になり、引きこもってパソコンに向かう日々が続いている。

この年で隠居……というわけにはいかない。
何かやろう。
ダラーッとした暮らしのままではイカン……と思い、いま、新しい道を求めて模索中だ。

中村 中さんのDVD2本

尊敬するシンガーソングライターの中村 中(あたる)さん関係のDVDが2本届いた。1つは昨年11月の旧・渋谷公会堂で行われたソロ・ライヴを収録したものだo(^-^)o もう1つは中村さんがご出演された歌劇「牡丹灯籠」を録ったものだ。

ライヴ映像は早速、開封して、好きな曲のところだけを拾って、繰り返し聴いた(´∀`)心があったまる歌だね~(^^)v

最近、「私がオバサンになっても」をはじめとする森高千里の歌や、とんねるずの歌など、バブル時代とその崩壊後に親しんだ歌を懐かしく聴いている(^_^)

くだらないけど有名な演歌も聴く。「北の宿」や長山洋子の「捨てられて」、「3年目の浮気」、「別れても好きな人」……などを聴く。
 
大好きだった故・河島英五や一昨年にお亡くなりになられた植木等が歌う曲も、いま、マイブームだ(o^o^o)

あと、落語家の川柳川柳・師匠による見事としか言い様がない艶噺が収録されたCDを繰り返し耳にしている。御高齢だが、川柳師匠は元気でいらっしゃるだろうか?

戦時下の少年時代、男友達と数人で川の土手に寝っ転がってセンズリをした……という話は微笑ましい。川柳師匠が暮らす埼玉県の秩父にはB29が飛んでくることもあったらしいが(といっていもド田舎を爆撃するわけではなく、単なる空路に過ぎなかった)、川柳とその仲間たちは土手に横たわりズボンをおろして、「みんな、B29に向けて発射!」といって、機体に向けて“白い弾丸”を発射したそうな。「ずいぶん悲壮な戦いをしていましたよ」と川柳師匠は笑う。「鉄砲のトシちゃん」と川柳師匠が呼ばれたのは、センズリして木で鳴く蝉めがけて発射したら、見事、的中し、蝉を落としたことがはじまりだそうな。「でも、さすがにB29は落とせませんでしたね」と師匠は笑う。

確定申告で18万0935円、還付。

確定申告の作業が90%終わった。 あとは、医療費の領収書を税務署に郵送するか直接、持って行けばいい。

私はE-Taxを利用した。手書きではなく、パソコンで申告書を作れるのだから、とても楽だった。計算したところ、私の手元に18万0935円が還付される。けっこうなお小遣いだなぁ~。 しかし、そのあと、都民税・住民税とかがかかってくるんだから、ぬか喜びだ。

紀元二千六百年

落語会のアイジョウジと呼ばれ、爆笑王の異名を持つ落語家・川柳川柳・師匠の創作落語「大ガーコン」を毎日のように聴いているせいか、すっかり、軍歌に関心を覚えるようになってきた。中でも好きなのが皇紀2600年(1940年)を祝う奉祝國民歌「紀元二千六百年」だ。行進曲調で日本を讃える。けっこう、名曲に思える。

紀元二千六百年

■題名:紀元二千六百年
■作詞:増田好生
■作曲:森義八郎

《歌詞》

1.金鵄(きんし)輝く日本の
 榮(はえ)有る光身に受けて
 今こそ祝へ此(こ)の朝(あした)
 紀元は二千六百年
 嗚呼(あゝ)一億の胸は鳴る

2.歡喜溢るゝ此の土を
 確(しつか)と我等踏み締めて
 遙かに仰ぐ大御言(おほみこと)
 紀元は二千六百年
 嗚呼肇國(てうこく)の雲靑し

3.荒(すさ)ぶ世界に唯(たゞ)一つ
 搖がぬ御代(みよ)に生(おひ)立ちし
 感謝は淸き火と燃えて
 紀元は二千六百年
 嗚呼報國の血は勇む

4.潮(うしほ)豐(ゆた)けき海原に
 櫻と富士の影織りて
 世紀の文化また新(あらた)
 紀元は二千六百年
 嗚呼燦爛(さんらん)のこの國威

5.正義凜(りん)たる旗の下(もと)
 明朗亞細亞(アジア)打ち建てん
 力と意氣を示せ今
 紀元は二千六百年
 嗚呼彌榮(いやさか)の日は昇る

保護中: 10歳に光GENJIに萌えた

小学校3年生から光GENJIにハマッた。
中でも好きだったのが、赤坂クン。
赤坂クンのカレンダー・ポスター・写真を集め、自室に飾ったものだ。
いつも光GENJIの歌を聴いていた。

ローラースケートを買って、自宅前で真似して滑ったなぁ~。
小学4年生の時には念願のコンサートに行った。
もう、萌え萌えだったサ メンバーみんな、超カッコ良かったヨ。
おそらく、会場にいたファンの中でわしは最年少だったんじゃなかろうか。
ペンライトふって、曲に合わせて踊ってました。

特に好きな曲はCOCORO
今でも聞き返したいんだけど、CDを持っていないんだよなぁ
比較的新しい曲だけど、勇気100%は今もよく聴いている

光GENJIを好きだった人、いませんか

♪紀元は2600年♪

戦争体験者である落語家の一匹狼・川柳川柳(かわやなぎせんりゅう)・師匠は十八番の噺「ガーコン」で、戦前の歌(軍歌・奉祝歌など)を一時間近く、話を交えながら、歌う。ハリがあり、ノビのある美しい声で聴いていて実に清々しい。

川柳師匠が歌われた曲の中でも「紀元二千六百年」がとても好きになった。
心躍るメロディーで、歌っていると元気が出てくる

歌詞の一番は次のようなかんじだ。

奉祝國民歌「紀元二千六百年」
内閣奉祝會撰定/紀元二千六百年奉祝會・日本放送協會制定
増田好生 作詞/森義八郎 作曲

金鵄(きんし)輝く日本の 榮(はえ)ある光身にうけて
いまこそ祝へこの朝(あした) 紀元は二千六百年
あゝ 一億の胸はなる

この曲は1940年(昭和15年)に皇紀2600年を祝って作られた行進曲風の唱歌だラジオ放送によってひろく流行した。

下記サイトでダウンロードして視聴可能なので、御興味のある方は。

http://www.iond-univ.org/y-2600.wma