投稿者「伏見 憲明」のアーカイブ

伏見 憲明 について

作家。 1963年生まれ。 著書に『魔女の息子』(第40回文藝賞受賞/河出書房新社)、『さびしさの授業』(理論社)、『ゲイという[経験]増補版』(ポット出版)ほか多数。 編集長として『クィア・ジャパン vol.1〜5』(勁草書房)、『クィア・ジャパン・リターンズ』(ポット出版)を刊行。 詳細なプロフィールへ→

「同性愛入門[ゲイ編]」PDF版(全文)

ゲイコミュニティへようこそ(伏見憲明)+目次【p.001-006】( 163K

ピープル(伏見憲明)【p.007-028】( 620K

[大学生]田辺貴久/[医師]佐藤未光/[サラリーマン]歌川泰司/[バー経営]らく/[農業]雄/[イラストレーター]KeiCHANG/[映画監督]大木裕之/[漫画家]里見満/[歯科医師]中田たか志/[パフォーマー]G.O.Revolution

同性愛講座[基礎編]【p.029-052】( 1.1M

日本のゲイを取り巻く社会状況(砂川秀樹)/ゲイムーブメントと世界の潮流(角屋学)/同性愛の「原因」とは?(玉野真路)/日本のゲイの歴史(砂川秀樹)/GAY HISTORY(伏見憲明)

ゲイライフの手引き(1)【p.053-080】( 1.3M

ゲイライフことはじめ(伏見憲明)/親との関係(福島光生)/カミングアウト(森村明生)/メンタルヘルス(林直樹)/女性的であること(伏見憲明)/パートナーシップ(福島光生)/ゲイどうしの友情(森村明生)/ネットライフ(角屋学)/ゲイバー(福島光生)/クラブシーン(森村明生)/ドラァグクイーン(森村明生)/ボディ・イメージ&フィットネス(福島光生)/社会人としてのゲイ(森村明生)/ゲイの老後(小倉康嗣)

ゲイライフの手引き(2)【p.097-110】( 737K

ボランティア(森村明生)/ゲイアクティヴィズム(伏見憲明)/セックスライフ(長谷川博史)/ハッテン場(福島光生)/性と健康(長谷川博史)/性感染症(井戸田一朗)

フォトコレクション 東京レズビアン&ゲイパレード2002の笑顔たち【p.081-096】( 1.5M

ゲイカルチャー【p.111-134】( 1.5M

映画に学ぶゲイライフ(玉野真路)/新入生のための推薦図書(田辺貴久)/もっと深く同性愛を「体験」するための読書(伏見憲明)

同性愛講座[中級編]【p.135-155】( 641K

エイズとゲイコミュニティ(長谷川博史)/同性愛の性教育(杉山貴士)/トランスジェンダーと同性愛者(宮崎留美子)/レズビアン/ゲイ・スタディーズ(野口勝三)

「同性愛入門」執筆者プロフィール( ※アップデート版)

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「同性愛入門」執筆者プロフィール(アップデート版)

●編・著者プロフィール

伏見憲明(ふしみ・のりあき)
1963年生まれ。慶応義塾大学法学部卒。作家。91年、『プライベート・ゲイ・ライフ』(学陽書房)を発表し、文筆活動に。以後、著作に講演に、ゲイ・ムーブメントの牽引役を務める。2003年、初の本格小説『魔女の息子』で第40回文藝賞を受賞。著書に『ゲイという[経験]』(ポット出版)ほか多数。責任編集に『クィア・ジャパン』vol.1〜5(勁草書房)、『クィア・ジャパン・リターンズ』vol.0,1(ポット出版)などがある。
http://www.pot.co.jp/fushimi/
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いただいたご本『いわずにおれない』

__________________.jpgいつもお世話になっているフリーライターの細貝さやかさんから、本を送ってもらった。彼女が制作に関わったまど・みちおさんの『いわずにおれない』。まどさんの詩や絵画、インタビューが収録された文庫本だ。

伏見は寡聞にして存じ上げなかったのだが、まど・みちおさんは日本人で初めて国際アンデルセン賞に輝いた詩人。96歳で現役! これまで2000篇を超える詩を発表してきて、日本人なら誰でも知っている歌の詞もそこに含まれている。〈ぞうさん/ぞうさん/おはながながいのね〉とか〈ポケットの なかには/ビスケットが ひとつ〉といった愛唱歌だ。

あぁ、あの詞の作者か!と思ってページをめくっていたら、もう胸がキュンとなるような言葉がいっぱいで、感動がこみ上げてくる。いままで詩集なんていいと思ったことはなかったのだが、この本は言葉の宝石箱だ。インタビューでも、こんなことをお話しされている。

「……『ぞうさん』でしたら、ぞうさん/ぞうさん/おはながながいのね〉と言われた子ゾウは、からかいや悪口と受け取るのが当然ではないかと思うんです。この世の中にはあんなに鼻の長い生きものはほかにいませんから。……われわれ情けない人間だったら、きっと『おまえはヘンだ』と言われたように感じるでしょう。ところが、子ゾウはほめられたつもりで、うれしくてたまらないというふうに〈そうよ/かあさんもながいのよ〉と答える。それは、自分が長い鼻をもったゾウであることを、かねがね誇りに思っていたからなんです」

泣けた。もうやられた。そのようにこの詞を理解はしてなかったけど、あの行間に流れる温かさは、まどさんの深い人間愛を背景にしていたのだ。

●まど・みちお『いわずにおれない』(集英社be文庫)680円

書評『女王様と私』

jyoou_1.jpg以下、時事通信の配信で琉球新報、陸奥新報、福井新聞、神奈川新聞などに掲載された書評原稿です。

●歌野晶午著『女王様と私』(角川書店) 1680円

『葉桜の季節に君を想うということ』でミステリーの枠を超えて広く支持を集めた歌野晶午の新作である。今回も極上のエンターテイメントを提供しながらも、現代社会のよどみに深くメスを入れている。

とにかく登場人物たちのキャラクターが面白い。主人公はひきこもりの中年男性。四十四歳にしていまだ童貞で、人形を妹にして会話をするいわゆるオタクだ。タイトルの「女王様」は十二歳の美少女で、中年男を奴隷のようにあつかい翻弄する知能犯。その他にも、娘のわがままを許す身勝手な母親、小児性愛の学校教師……など現在を象徴するかのような人々が物語を織りなす。

とりわけオタクの心理や嗜好に関しての描写はリアルで鋭い。著者は主人公の男に少女の服装をしばしば描写させる。「黒地に熱帯の花がでかでかとプリントされたチューブトップ、その上に前開きを全開にした黒いノースリーブパーカ、下はわざと汚してあるデニムのミニスカート……」。ディテールにこだわるオタクの性格が見事に表現されている。

純文学の感性からすれば、人物像に関しては類型的にすぎる、という批評もありうるかもしれない。しかしこの時代、類型に向かって生きることにこそリアリティがあるのではないか。個性が求められるほど、人々は「キャラ」として生きることに執着せざるをえない。そのことを著者は直感しているのだろう。

そしてもはや現実とイマジネーションとの間に価値序列をつけることが難しくなった私たち。その実感が、作品の構造自体を用いて皮肉に表される。いったい現実にプライオリティを与えることにどんな根拠があるのか。人を実際に殺すことと、人を殺すことをエンターテイメントとして消費することにいったいどれほどの違いがあるのか、と。

私たちの自我のもろさ、社会の不安定さを、この作家はあざ笑っているかのようだ。そして読み手は、虚実の境界を撹乱される快楽をここでまた得るのである。

夫婦に見えますか?

mother_1.jpg「伏見さん、一度アップロードしていたはずの記事が見つかりません。また読みたいのに、どうして消しちゃってるんですか。残念です」
というメールをいただいたのだけど、だから、この日記は「うたかた日記」なの。あぶくのように消えていくもの。まあ、メモ書きのつもりで書いているので、ネタはあとで伏見のエッセイ、小説などなどに再利用されることがあるかもしれませんが。
だいたいあんた、ただで読んでいて文句言うんじゃないわよ! クレームは来年、有料メルマガ化したときに会員になってから言ってちょーだい(募集がはじまったらすぐに申し込むこと)。
まあ、記事を消してるのは大した理由があるわけじゃないんだけどね(イーホームズの藤田社長への気持ちが萎えたとか、そんなもんで)。ただ一つ、「母は、まだ82歳」という記事だけは、「えっ……まさか……やばいかも……」という気持ちが生じ、こそこそ隠れるように削除した。
あれは、病院の待ち合い室で伏見と並んで座っていた母が、看護婦さんに「奥さん」と呼ばれたことで、自分が息子と夫婦に間違えられたのだと勘違いした、という話。でもさすがに年齢差のある二人が夫婦には見間違えられないだろ、っていうオチだったのだが、それに異論、反論が寄せられたのだ。
遠方で暮らす相棒から、「えー、きっと看護婦さんは本当に夫婦だと思ったんだよ。えい子さん(うちの母の名)だったらそう思われてもおかしくないよ」とのコメント。そして、もうひとり、ポット出版の「心のない編集者」として著名な(←伏見が吹聴しているだけ)サトウ幹部から、「ブログに書かれていた、お母様との病院でのエピソード、私も『えー、夫婦に見られたの?!』と読んでおりました」とわざわざのご指摘。ふたりは共に、うちの母と伏見の両方を知っていてそう思ったのだ。とすると……
それでちょっと不安と恐怖にかられて消したのよね。あぁ、本当にあの看護婦ときたら、オカマの伏見を、よりにもよって40歳も年上の実母の夫だと思ったというの? いくら年下の夫ブームだからって……。そんなことを許す社会は間違っています!! 
ということで、以下に再度アップしておきます。フン。写真は、とある新聞に親子取材されたときに、自宅近くで撮ってもらったもの。ねえ、夫婦に見えますか?
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チョコバナナ

数日前、浦和駅周辺を歩いていたら、氷川神社のお祭りにぶつかった。沿道に延々、出店が並んでいる様子を見ると、それだけで胸がわくわくしてくる。最近の縁日ってたこ焼きやトウモロコシばかりでなく、もっと贅沢な串焼きとか、ちぢみなんていうのまで売られていて、見ているだけであきない。地元はいいなあと思う瞬間である。
choco_1.jpgそれにしても、いつも思うのだが、チョコバナナというのはどうしてあんなに下品なのだろう。その形状もさることながら(笑)、あの合成着色料の彩りがなんとも羞恥心がない。
食べたいとはまったく思わないのだが、なんであんたはそれを売っているのかと、売り手のモチベーションのほうには興味がわく。たこ焼きや焼きそばではなく、なぜ、あなたはチョコバナナを選択したのですか、と。
ちなみに、新宿二丁目で夏に行われるレインボー祭りでは、毎年チョコバナナの担当は、野郎系のゲイバーではなく、女装系のお店になっている。化粧をしたお姐さんたちが楽しそうに呼び込みをする姿が印象的だ。QJr vol.1にも登場しているらくさんのアイランドも、いつもその辺りに混ざっている。いや、アイランドは女装系の店ではないんだけど(一応リーマン系)、でも、女装(エスムとか)が働いていた前科はありますが。

いただいたご本『海と川の恋文』

umitokawa_1.jpg松本侑子さんがまた新刊を送ってくださった。精力絶倫、じゃなくて精力的なお仕事ぶりである。今度は小説で、帯には「別れたからこそ、果てしなく思い続ける、真実の純愛小説」とある。なんだかとても美しい物語のようだ。雑誌「野生時代」に連載していた際には、読者からの支持がすごく高かったそうである。

伏見の場合、「別れたからこそ、果てしなく憎み続ける」ことも少なくないので(笑)、ちょっとこれを読んで自分を清めなければ、と。別れでその人の地金が出ます、とは倉田真由美さんが対談のときに言っていたことだが、自分でも本当にそうだなあと思う。精進、精進。

●松本侑子著『海と川の恋文』(角川書店) 1700円+税

UVケア

UV____.jpg鏡を観たら、鼻の辺りにそばかすのようなものが浮き上がっていた。毎日、太陽に向かって歩いていると、冬でも日に焼けてくるし、お肌の曲がり角をもう何度も通過している40代だと、それが染みになる。軽くヤバい! 
一昨年、何を思ったのか夏に独りでプールに行ったときに(←友達少ないんで、いつも単独行動)、数時間日光に当たっただけで、肩から背中にかけて赤く晴れ上がって、染みになった。それがまだ残っている。若いときにはすぐに取れたものがなかなか落ちない。ため息をついていたら、母(大正生まれ)が「駄目よ、UVケアはちゃんとしなければ」と化粧品をくれた。
我が家は、肌だけはキレイと言われる家系である。伏見もよく「肌はキレイだねえ」と他に褒めるところがないせいか持ち上げられる。「遺伝でね、肌は白くてすべすべなんだけど、腹の中は真っ黒なのよ」と返すのはいつものこと。だけど、その肌さえも染みだらけになってしまったら、目も当てられない。まあ、ただ内面と外皮が一致するということかもしれないが。

友人・知人・関係者・他の皆様へ

nancy_1.jpg伏見の友人・知人・仕事関係などの皆様、年末、お忙しく過ごされていることと存じます。そんなときになんですが、ここ2ヶ月くらいの間にメールのやり取りをした方以外のアドレスが、消失してしまっていることが発覚しました。申し訳ありません!
パソコンを買い替えたりしている中で、大事なデータがどこかにまぎれてしまったようです。なので、お手すきの折にでも、一本メールをいただけたら幸いです。ご無沙汰している方は、ついでに近況などお知らせいだたければ嬉しいです。
それから、関係者でなくとも、このサイトの感想など書いて送ってくださる方がいたら大歓迎! 伏見の個人的な、年賀メール、お知らせメールなどをお送りするリストに入れさせていただきます。連絡はこちらから。
*イラストは大昔に故ナンシー関さんに掘ってもらったもの。掘られた、とかいうとアレですが(笑)。

冬の枝葉

fuyunoki_1.jpg散歩の途中、見上げた木々が冬の空に枝を力強く伸ばしていた。
夏の盛りはとうにすぎ、紅葉を終えてもまだ枝にしがみついている乾いた葉っぱたちは、華やぎを失わずざわめいていた。
その鮮烈さに打たれた。