舌の根も乾かぬうちに、たぁこのことさ! はいはい、やってしまいました、パチンコ初打ち。だって、大晦日も三が日もなくパン!セの原稿を書いていたんだから、とりあえず脱稿したご褒美にってことで、近所のパーラーへ。もうねえ、チンコとパチンコ以外にはなーんの楽しみもない人生なのよ。ちょっとくらい許して、お願い。
で、久しぶりに打った機種は、これまたお久しぶりのエヴァ。水戸黄門やルパンに浮気をしても、やっぱ帰るところはオマエさ。って、店がよく、いまだにエヴァを置いているとは思うんだけど。まあ、めっきり博運がなくなっている伏見なので、深追いはするまいと心に誓って、ほぼ0回からZFを回し始めたわけですが、3000円をつっこんだくらいで「使徒襲来」。疑心暗鬼のかたまりなもので、「どーせシンクロいっちゃうんだろーよ」と毒を吐いた途端、ユイ様が現れて「大当たりよ」と微笑んだ。きゃーーー!!
そういうわけで、7連ちゃん。それも途中で「セカンドインパクト」が2回という正月らしい興業。こいつぁあ、さい先がいいわい。なので、連ちゃんが終わって250回くらい打っただけで、すぐに撤退。せっかくのラッキーを呑まれてお終いにはしたくないからね。儲けたお金もアフリカ難民の募金に回します。←それは絶対ウソ。
投稿者「伏見 憲明」のアーカイブ
いただいたご本「理想の教室」
「みすずのシマハラです」
とお電話をいただいたとき、ん? どこのスナックからだ、と一瞬思った伏見は、本当に恩知らずである。
みすず書房の島原裕司さんは以前、勁草書房にいて、そのときクィア・ジャパンの企画を立ち上げてくれた編集者だ。当初、雑誌のような形にする発想もなかった別の企画が、彼の発案で、ポップな展開をすることになったのである。彼のアドバイスがなかったら、QJrも今、この世にないだろう。
それから島原さんはみすず書房に移ったのだが、あまりにも伏見には縁のない出版社のために、「みすず」といわれても、スナック?としか思わなかったという次第。島原さんは現在、シリーズ「理想の教室」の担当をされているとのことで、その中から二冊、既刊本をお送りくださった。パン!セよりは少しかたい志向のようだ。いろいろ参考にさせていただこう。
● 細見和之『ポップミュージックで社会科』(みすず書房) 1300円+税
● 川端康雄『「動物農場』ことば・政治・歌』(みすず書房) 1300円+税
お守り
大晦日から京都へデート旅行に行っていた母が、お土産を買って来てくれた。三十三間堂のお守り。相棒の分と二つ(←気遣う姑)。信心深いほうではないので、若い頃はこういうものをもらっても嬉しくもなかったが、いまは母心が身に染みる。厄年あたりでいろんなことがあったのが、こたえたのかもしれない。これで相棒ともども無病息災で一年を過ごせればと、心底思う。中年も深まると、大病もせずに生きていること自体が、偶然というか奇跡のように感じられてくる。気弱になっているのか?(笑)
固有名詞の世界
僕は固有名詞が苦手だ。人や物の名前をなかなか覚えないし、テレビCMでもそれが何の商品をあつかっているものだかほとんど知らない。関心があまりないのだ。
物事を骨格で捉えるような思考が染み付いて、骨と骨の間にある肉の部分が視野に入らないところがある。またそういうタイプゆえに社会という項に関する考察をしてこれたとも言える。30代からは何事につけ目的と結果という図式にしか興味が持てなくなっていたかもしれない。
『魔女の息子』を書く以前から、「小説は書かないの?」とたまに言われたていた。でも文学は、とりわけ肉のところを言葉にするものだから、自分には向かないと思っていた。それがひょんなきっかけで書いた小説で文藝賞をもらったのだが、それでも、一向に固有名詞への関心が膨らまかった。
けれど、散歩をして元気になってくると、子供のような好奇心がむくむくと起き上がり、物の名前を知りたくなってきた。これまで草花や、動物などにはまったく無関心だったのだが、「これって何と呼ばれているのかな?」と当たり前のことを思うようになった。だから、ユリカモメ(写真)というのが新橋のあたりを走っている乗り物だけじゃなくて、本来、そういう鳥がいるという事実に、驚いた。
賀春
明けましておめでとうございます
新年いかがお過ごしでしょうか
伏見はただいま、パン!セの第二弾を書き下ろすために、部屋にこもって原稿を書いております。正月明けには書き上げる約束なので、もう必死です。そのあともすぐに人間学アカデミーの講演の準備をはじめなければならないので、2006年は仕事モードの幕開けです。ここ数年、パチンコばかりしていたので、そろそろ真面目に生きなければ、と心を改めました(たぶん)。
昨年、伏見にとってのいちばんの出来事は、二作目の小説『うみのものがたり』の第一稿を書き上げたことでした。まだ活字にはなっていないし、改稿もあるのですが、とりあえず、「まだまだいっぱい出てくるじゃん!」という感触を得られたことに、興奮しました。フィクション、ノンフィクションにかぎらず、ここ数年、書くことに意欲がまったく生じなかったのですが、見事、更年期障害と鬱と厄を克服して(笑)、現場に戻ってきた感じです(←なので、最近、妙にテンション高いでしょ?)
ちなみに、昨年いちばん後悔したことは、ヒステリーを起こして電話でエスムラルダを怒鳴りつけたことでしょうか(ごめーん)。
今年は小説を中心に書いていく予定です。QJrもvol.2の制作に1月から入ります。それから春をめどに、この「うたかた日記」を中心にした有料メルマガも発行する予定です(そのためにこのサイトの更新をがんばっている)。どうぞ一年、よろしくお願い申し上げます。
2006年がみなさまにとってすばらしい年になりますように。
(ということで、新年早々バタバタしていて、年賀状をお送りするのが遅れますが、お許しください)。
大入り御礼!
『同性愛入門』PDF版の公開から一週間、このサイトのカウント数が(16884.7/日)に跳ね上がっていることが判明しました! これ、一日の平均だからね。前の週の4倍以上。今回の企画で5000くらいは超えると予想していましたが、瞬間風速とはいえ、これほど多くの人たちに訪れていただけるなんて、言葉にできないほどの感激ですね。『同性愛入門』は単行本以上の意味を持ったと思います。執筆者と版元の方々、公開に関するパブにご協力いただいたみなさんに、改めまして御礼申し上げます。
いただいたご本『死ぬのは、こわい?』
よりみちパン!セの最新刊は徳永進さんの『死ぬのは、こわい?』。「にんげんは なにかをしなくては いけないのか はなは ただ さいているだけなのに それだけで いきているのに」。なんとも言霊のあるコピーに惹かれる。イラストといい、装丁といい、読みたい!と思わせる何かがあるのだ。編集者の手腕に脱帽する。
本当によりみちパン!セのシリーズはすごい。フリーの編集者として理論社に企画を持ち込んだ清水檀さんと坂本裕美さんは、近年の出版界では「奇跡」と言っていい成功を収めている。伏見は先月の「ダヴィンチ」誌の記事を読むまで知らなかったのだが(笑)、シリーズ総計で85万部の大ヒットというのだから、目が丸くなった。でもそれもありえるだろう、と思わせる仕事ぶりのお二人なのだ。編集者に対しては辛口の評論家である伏見でさえ、清水さんの眼力と、坂本さんのパワーには一目も二目も置かずにはいられない。えぇ、一生ついていきますとも!
●徳永進『死ぬのは、こわい?』(理論社) 1000円+税
いただいたご本『脱アイデンティティ』
「人はアイデンティティなしでは生きられないのか? 一貫性のある自己とは誰にとって必要なのか? 賞味期限切れの概念に問題提起」と帯に書かれている。装丁といい、コピーといい、読者の興味をそそる上手い本作りだ。さすが上野千鶴子さんが編者を担当しているだけのことはある。送ってくださったのは、クィア理論を研究されている伊野真一さん。まだ読めていないのだが、同一性みたいなものに違和を感じる人たちに共感を得る内容になっているのではないだろうか。じっくり勉強させていただこう。
●上野千鶴子編『脱アイデンティティ』(勁草書房) 2500円+税
過去供養
無精の伏見がなんで散歩を続けられているかというと、コースの途中に猫たちの家があって、彼らに会うのが楽しみだからだ。たぶん、そこにいるのは心ない人々が捨てていった捨て猫たちだと思われ、数匹でいっしょに暮らしている。道からちょっと入った薮の中に、誰が置いていったのか、雨露をしのげる家になる板箱があり、彼らは夜その下で身を寄せ合っているのだろう。毎日餌をあげに来るやさしい人もいて、食べ物には困らないようだが。
伏見はその子たちに勝手にニックネームをつけて、頭をなででやるのが日課になっている。それは、人生の成り行きで会うことが叶わなくなった友人たちにちなんだ名前。彼らへの贖罪も兼ねてかわいがっているのだ。
プライドが高く神経質な顔をしているが、本当はとても人なつこい黒猫には、ニューズと名付けた。自分を追いつめ過ぎず、元気にやってるか? シモユルで嘘つき顔の白猫は、スキップと呼んでいる。スキップするように歩いていて、見ているだけでこっちまでウキウキする。茶色の子は、おっとりしているのだけど、実は強情なところもあって、ロックによく似ている……。
いつも彼らに「今日も幸せな一日でありますように」と手を合わせて、再びコースを歩き出すのだ。この行為を、過去供養、と伏見は命名した。
いただいたご本『甘茶日記』
中野翠さんとは10年以上も前「思想の科学」誌上で対談して以来の、細くて長いお付き合いである。本を送っていただいたり、たまに試写会場などでパッタリ会ってお話しする程度のことだから、お付き合いというほどの関係ではないかもしれない。けれど、伏見にとってはどこかつながっている、という思いを抱く先輩である(←地元がいっしょだったりする)。
世間で事件が起こるたびに、中野さんはそれについてどう考えているのだろうか、と彼女のコラムを読まずにはいられなくなる。そして毎年暮れになると、中野さんから「サンデー毎日」誌上で連載されているコラムをまとめた単行本が届く(ありがとうございます)。それを読みながら、今年一年何があったのか、現在がどんな時代なのかをたどる、というのが伏見の年中行事になっている。中野さんももうずいぶん長く書いてきたわけだが、スタンスにほとんどブレがないところが本当にすごいと思う。そして確実に時代を映す鏡としての役割を十分果たしてこられた。
●中野翠「甘茶日記」(毎日新聞社) 1238円