投稿者「伏見 憲明」のアーカイブ

伏見 憲明 について

作家。 1963年生まれ。 著書に『魔女の息子』(第40回文藝賞受賞/河出書房新社)、『さびしさの授業』(理論社)、『ゲイという[経験]増補版』(ポット出版)ほか多数。 編集長として『クィア・ジャパン vol.1〜5』(勁草書房)、『クィア・ジャパン・リターンズ』(ポット出版)を刊行。 詳細なプロフィールへ→

『被差別部落のわが半生』

yamashitariki.jpg著者は60代も半ばになる部落解放運動の活動家。そういう方の半生っていったい……とそれこそ偏見まじりに読み始めたら、これがホント面白い。とりたてて特別な活動家の履歴書ではないのだけど、読ませる。それはきっと、山下力さんの人生のこくによるのだろう。

これまで部落関係の本も読まないこともなかったのだけど、「切なく」なったのはこの本が初めてかもしれない。痛みも矛盾も過ちも理想も抱え込んで走ってきた、ひとりの人間の「一生懸命さ」が心を打つ。反差別の問題に関わるものとして、こうした先輩がいてくれたことは、どこかほっと安心する。

● 山下力『被差別部落のわが半生』(平凡社新書) 740円+税

ナマナマしい?

gokuatsu.jpgとある外国から旅行にいらした親日派のゲイの方が、目を丸くして驚いていました。「母国に比べて、日本のハッテン場はナマでやっている人がすごく多い!!」。その人、今回、関東と関西の現場をからだを張って取材して回ったそうです(どんな取材……)。
むかし、エイズが報道されはじめた当初、日本のハッテン場では「外国人お断り」なんていう偏見丸出しの札が張られましたが、いまでは、「よほど日本人のほうが危険だと思いました」。ネット上では、アンセーファーな行為を愛好する人たちのコミュニティも盛んだそうで、なんというか、もっと命を大事にしましょうよ、としかいいようがありません。
彼曰く、「私の国のハッテン場にはコンドームが必ず手に取れるところに置いてあるのですが、日本では、あっても、受付のあたりに行かないとダメみたいです」。実際、全国的にどうなっているのでしょう。
それにしても、せめて入場の際の無料配布はあったほうがいいかもしれません。その費用を公金に求めるのはいかがなものかと思いますが、料金に上乗せしたっていい。それはそうした風俗店の倫理として、とは言いませんが、客を減らさない(病気にさせない)ための営業努力として試みたらどうでしょう。

急報!!

h2_1.jpg大変です! 信じられません! 本日の京都精華大学での講演で、『脱アイデンティティ』(勁草書房)の編者として、「アイデンティティ」概念の歴史化運動に取り組んでいらっしゃる上野千鶴子・東大教授が、こう発言されたそうです!
「私は社会学者としてのアイデンティティは持っています」
これ、「私は社会学という学問を研究している行為体です」の言い間違い?←「行為体」って語感がエロいよね(笑)。
あ、「研究している」じゃ主体を立ててることになるか……。
「社会学を引用する行為体」? それでも「引用する」のは主体を前提にしているし。「社会学が引用された行為体」? 「飲尿された」?
うーん、わからん。誰か正しい表記を教えてください。竹村和子センセにお伺いしようかしらん(笑)。

マッサージ

massage.jpg伏見は「マッサージ評論家」になれるほどマッサージを受けてきた。いままでそれにつぎ込んだお金は、マンションの頭金くらいには軽くなるだろう。日本各地ではもとより、北京ではカンフーっぽい兄貴に「アチョー」と構えられ、ニューヨークではパツキンのおばさんに”more soft massage?”と股間をなでられ(オエッ)、香港では30分の施術でウエストが細くなるという怪しい治療も受けた……。
当然、マッサージには一過言ある。そんな伏見が最近いちばんお気に入りなのが、写真のマッサージ器。近所のスパ銭に置いてあって、5分100円の廉価で楽しめるものだ。
この間うち、密教の本を立て続けに読んでいたら(←ジェンダーとかクィアの理論書)、そのあまりにキテレツな世界観に気持ち悪くなって、ギックリ首状態になってしまったのだ。なので、どうにか楽になろうとお湯につかったのだが、それでも凝りが取れず、マッサージをしようと考えた。だけど、そういうマジ危ない状態のときにヘタなマッサージ師にかかると、かえって症状を悪化させかねない。
そこで、安いし、ヤバそうだったら自分ですぐにストップできるからいいと、マッサージ器を利用してみた。そうしたらこれが想像以上にいい。昔のものと違って、もみ方に芸や人間味があるし、強弱も調整できる。これだったら中級くらいのマッサージよりもよっぽどありがたい。ついでに、こういう芸の細かなダッチハズバンドがあったら、そっちも人によらずに済むなあ、とか思ったりして。南極69号(笑)。

いただいたご本『カーミラ vol.10』

les.jpg今号で廃刊とのこと。版元の意向ではなく、スタッフサイドの決断なので、残念としかいいようがない。「カーミラ」はレズビアン・カルチャーに、エロとエンターテイメントを持ち込んだ画期的な雑誌だった。「どーせエロでしょ」みたいな偏狭な批判もあったけど、面白いだけでなく、コミュニティのレポーターとしての役割も担っていた。号を重ねるごとに完成度を上げていったので、やはり終わってしまうのはもったいない。

しかし最終号は最高傑作ともいえる出来。特集は「レズ検定」! 伏見も今、パン!セで「男の子のための恋愛検定」(仮題)というのを書き下ろしているのだけど、同じ検定でも、笑いではまったく勝ち目なし。「レズ検定」すごいよ、ほんと。で、伏見も検定模試を受けたのだが、全然点数が取れない! キミたちもやってみたまえ。例えばこんな問題。

「こんもり盛り上がっていて、陰毛の色や量、毛質、分布は、年齢や遺伝的特質によって大きく異なっています。また脂肪がクッションとなっていて、その下にある恥骨を保護しています。この先は2つに分かれ、いわゆる大陰唇へとつづいており、大陰唇の皮膚の質と毛の量はこことほぼ同じです」

問題1 この文章は女性の下半身の何という部分を指している文章ですか。漢字2文字でかきましょう。

*編集の井上メイミー&川西由樹子さん、本当にご苦労様でした。お二人は日本レズ史に燦然と輝く金字塔を打ち立てたと思います。

●「カーミラ vol.10」(ポット出版) 1800円+税

再会

OJ.jpg資料にする本を買うために大宮のジュンク堂書店まで出かけ(←ローカル)、その後、現在メルボルンで暮らす旧友(写真の手は彼のもの)とお茶をする。彼はお正月休みで久しぶりの日本だった。仕事が終わらない上に母が風邪で寝込んでいて、あまり時間の余裕がなかったのだけど、オーストラリアのゲイコミュニティの話しなど聞けて、面白かった。
その友人とは、本当にながーいつき合いになる。なんといっても彼は高校時代の伏見を知っているのだから、もう四半世紀以上。ふたりともちょっと左翼がかった時代遅れの思春期だった。その頃はお互いにゲイだとはまったく知りえず、二十代も終わりになって、ゲイシーンで再会して驚いたものだ。
もし高校時代に、2006年のふたりの光景(40代!)が見えていたら、いったい何を思ったのだろうか。深いため息が出る。

真夜中のデニーズ

shimizu.jpg近所のデニーズでパン!セの担当編集者の清水檀さんと打ち合わせ。彼女は(六本木ヒルズが見える)都心に住んでいるのだけど、わざわざ埼玉くんだりまで車できてくれたのだ。大した物書きでもないのに、編集者を呼びつけるのもどうかと思ったのだが、いま伏見は都内まで出かけていく余裕すらなく(←昨年までのパチンコ漬けのつけ)、つい甘えてしまった。でも、どうにか3月発売のスケジュールに間に合いそうなのでホッとする。
埼玉のファミレスで、「コンドームは…」とか「月経は…」とか「クラミジアは…」の話しはけっこう浮いていた。やっぱり田舎では性の話しは人々の奇異の目を集めるようだ(伏見の声もでかいのだけど)。逆に、つくづく二丁目って特別な場所なんだなあ、と。ニチョデニとかニチョジョナだと、女装が酔っぱらって暴れていても、ふつうの光景のように目に馴染むもんね。むしろ安心するくらい(笑)。

一生懸命

football.jpgこの頃めっきり涙もろくなった。年末の「女王の教室」の総集編を見て泣き、箱根駅伝を見て泣き、今日も高校サッカーの決勝戦を見て号泣。いったいどうしたんでしょう、伏見は。
どうも、一生懸命っていうことに涙腺が緩むようだ。”観客席”から偉そうなことを言うやつは山のようにいるけど、ピッチの中で一生懸命走るやつはなかなかいない。高校生からも教えられることは多い。やっぱ、斜に構えているのはかっこ悪いよなあ。

『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』

harry.jpg時間がなくて斜め読みもいいところだったのだが(ほとんどめくってるだけ)、とりあえず、最後までたどりつく。そうか、そういうことだったのか、とさまざまな謎が解かれて満足する。実は、本を読んだのはこれが初めてで、著者の豊穣としか言いようがない想像力に、圧倒された。この人、頭の中いったいどうなっているんだ! ふつうこんな物語を考えつかないよなあ。まあ、ふつうじゃないから、これだけみんなに愛されているわけだが。

きっとローリングさん、実際にお目にかかったら、相当おかしな人だと思う。ふだんからいったい何が見えてるのか。イギリスの水木しげる?(笑)

ディテールの発想力と、壮大な構成力の両方を兼ね備えた、まさに稀代の名作。4000円+税はきつかったけど、いい時間を過ごせた。

早く仕事が終わらないものかと伏見も叫んでみる。エクスペクト・パトローナム、守護霊よ来たれ!

誘惑

hat.jpg子供の頃から帽子が苦手だった。根っからの脂症のせいか、帽子をかぶると頭がすぐに蒸れてしまうので、夏でも冬でもこれまでいっさいかぶったことがない。ところが、今年の冬はさすがに寒さがこたえて、近くのロジャースボールでニットのそれを買ってしまった。380円なら無駄になってもいいか、と(←それにしても安いよね)。
で、かぶってみたら、これが温かい。帽子って頭からからだの熱を逃さないためのものだったんですねえ。ポッカポカ。その姿は、どう見ても誘拐犯に見まごう風情なのだが、からだの欲求には自然にマッチする。老母にそう言ったら、「年とるとそうなのよ。だから年寄りはみんな帽子かぶってるでしょ」。うーん、たしかに。
最近、ズボンの下にも心細さを感じるときがあって、モモヒキの誘惑にかられる瞬間がある。でもあれは……父がはいている姿を見て、子供心に生涯身につけるまいと心に誓ったものだった。……背に腹はかえられない……。
身につけているものって、その年齢年齢に合った理由があるんですね。とアンチエイジングには早くも挫折しそうな伏見であった。