ただ今、お遍路やってます。といっても、これは今回のQJrにおける個人的な制作コンセプト。前回は10万円弱くらいがなんとか自分のギャラになったのだけど、vol.2ではそれすらも見込めないので、ならば中途半端にビジネス行為と受け止めず、すべて制作費につぎ込んで、ある種の「宗教行為」と位置づけて(笑)遂行しようと決心したわけです。
で、いつものように対談、座談のたぐいを自分でやってるのは当然のことながら、特集のインタビューも全部担当している次第です。最低15人の「普通」のゲイにお話しを伺おうと考えていて、すでに8人への取材を終了。お一人一人、けっこう詳細に語ってもらっています。いつもアンケートをやっても、痒いところに手が届かない感じになるので、小倉康嗣さんの博士論文の真似にもならないのだけど、質的調査っぽいものにしよう、と。
にしても、社会人として真面目に生きている人たちの話しを訊くのは、本当に勉強になります。人生破綻者(←パチンコ依存症)でリブ狂い(←人非人)の自分にできるのは、そういう生活者に参考にしてもらえるような情報提供をすることしかないのだ、と実感します。ぜひとも誌面をご期待ください。
そして今日も、テレコ片手に巡礼の旅に出るのです……
投稿者「伏見 憲明」のアーカイブ
日本という国の嬲り者
二日連続でほぼ同い年の高名な表現者にお目にかかった。一人はゲイ&SM漫画の大御所、『嬲(なぶ)り者』『銀の華』などの作品で知られる田亀源五郎さん(ゲイ・エロティック・アーティスト)。もう一人は、『〈民主〉と〈愛国〉』で学会、出版界で大きな成功を収め、先頃パン!セに書き下ろされた『日本という国』もヒット中の小熊英二さん(慶応大学教員)。
田亀さんとはお互いギョーカイが長いのに、これまで一度も公での場でお話しすることがなかった(よく考えてみたら不思議)。それが、近くポット出版から上梓される彼の『日本のゲイ・エロティック・アート vol.2』に序文を頼まれたことがきっかけで、QJrで対談させてもらったのだ。これがなんとも面白いものになった。乞うご期待!といった感じだ。
小熊さんとは、パン!セ関係の会食でお目にかかった。その席にはデザイナーの祖父江慎さん、冒険家の石川直樹さん、イラストレーターの100% ORANGEさんという超個性的な方々がおられたのだが、小熊さんも彼らに勝るとも劣らない独特の魅力があった。伏見も、これが『〈民主〉と〈愛国〉』かあー!と感動&光栄に浸ってしまった。
とても有意義で楽しい二日間だったのだが、食べ合わせが悪かったのか、いま、伏見の胃袋の中は「日本という国の嬲り者」みたいな状態になっている(笑)。
危うく
前にこの日記でご紹介した『いま生きているという冒険』(理論社/よりみちパン!セ)を上梓された冒険家の石川直樹さんが、伏見の本の感想をサイトで書いてくださった。感動のあまり危うく破水しかける(←尿漏れ?)。
http://www.straightree.com/
今度生まれ変わったら北極熊になって、石川さんのテントをノシノシ尋ねて行きたい……。
尊敬するゲイ
「尊敬しているゲイは?」と問われたら、今なら間違いなくゲイバー、アイランドのラクちゃんの名前を挙げるだろう。どうしてかと言えば、ラクちゃんほど等身大の自分を十全に生きている人はいないからだ。伏見をはじめとして自分のことをsomebodyだと錯覚しているオカマは山ほどいて、自分のsomethingを承認させようと躍起になっている。そういう「スケベ心」は我ながら痛い。
一方、ラクちゃんは単調な毎日が何より楽しいと言うほど、生活者、消費者に徹している。自分のテリトリーを決めて、日々の何気ない発見を好物にして生きている様はお見事。ちょっとした街の変化や、普通の人々の欲望に触れる情報は何でもキャッチしている。それって当たり前のことのようで、意外と当たり前ではない。昨晩も、絶対にもう試しているだろうと思って話を振ってみたら、やっぱり秋葉原のおでん缶も食べていた! もう日常をカルト的に生きている、というべきか(笑)。
たぶん、そういうところに足場を置いているから、アベレージを維持した接客業を十年以上続けていられるのだろう。とりあえずどこかゲイバーに行ってみたいと思う初心者には、アイランドはいちばん安心してご紹介できる店だ。すっごく個性的なわけでもないし、カリスマママがいるタイプではないけれど、後味のいいバーであることは間違いない。べつに伏見は常連でもなければ(←年に数度伺う程度)、宣伝費をもらっているわけでもないんですが。
くっせぇ、くっせぇ
意味もなく新刊『男子のための恋愛検定』の写真を置いてみる。(宣伝→)
それとは関係なく、今日の話題は臭い。最近、伏見がやたら「更年期」を口にしているのには理由がある。鼻が明らかにこれまでとは違うのだ。前は臭いなどさして気になるほうではなかったのだが、このところ自分のオヤジ臭にゲンナリするばかりでなく、周囲のにおいに過敏になっている。家の中で納豆を食べれば窓を開けずにはいられないし、電車の中で人の体臭にやられてしまうこともしばしば。母にまで「あんた、この頃、猫みたいに鼻がきくね」と言われてしまう始末。
さまざま本を読んでみた感じでは、これ、たぶん更年期障害の一種ですな。ホルモンのバランスが変調をきたしているのだ。おかげでパチンコ店に赴いても、CR冬のソナタに群がるババアたちのマン汁臭さにクラクラするほど。っていうのはウソ。でも「おしろい」としか言いようがない安いファンデーションにノックアウト!
*『男子のための恋愛検定』は嗅覚とはまったく関係ありません。いや、恋愛の嗅覚はきくようになるかな(笑)。
エンスト
う”ーう”ー。
先週はイケイケで仕事をしていたのですが、週明けから気持ちが塞いできて、取材するどころか、取材申し込みのメールが出せない。人に依頼する、というのは結構パワーが必要な行為で、テンションが上がっていないと連絡さえできなくなる。しなければならない、とわかっているのにからだが動かないのだ。こういうのをエンスト状態と呼んでいるのだけど、立ち直るきっかけが難しい。はたから見れば何でもないことなのだが、気持ちを反転させるとっかかりがないとどうにもならない。エンジンがかかれば一ヶ月で一冊作ることだってできるのに……。
博士論文
「クィア・ジャパン vol.5—夢見る老後!」でお世話になった社会学者の小倉康嗣さんに、博士論文(「高齢化社会と人間生成ー現代中年のライフストーリー調査にみるエイジング」)を製本したものをいただいた。電話帳くらいの厚さがある労作で、研究者にとって博士論文がいかに重要な仕事なのかがその重みからも伝わってきた。むろん、素人の伏見にはそこで展開されている議論について論評することなどできないのだが、研究者が人生を賭けて記したものであることは、行間からひしひしと感じ取れた。
よく、ある事象を誰かの理論を持ってきて記述し、「ほーら、俺ってすごいだろ?」と言いたげな論文を目にすることがある。あるいは、他人が作った議論の枝葉末節をけなすことで自分の論を成り立たせているような類いのもの。そういう仕事はちょっと小利口な人間なら簡単にできるのだが、小利口なやつにかぎって自分にオリジナルがないことを恥じていない。自分自身を投入していないことのみっともなさがわかっていない。
それに比べて小倉さんの博論は、身を削って、といった表現がぴったりの印象で、研究者としての覚悟を見せつけられた気がした。その気迫に、この人の言葉は信じられるなあ、と思った。
デブは死ぬこともできない
先週からQJrの取材で毎日でいろんなところへ出向いているのだが、会う人ごとに体型について指摘される。待ち合わせ場所に立っていると、近づいて来るなり、「そんなにでかかったっけ?」と目を丸くした人もいれば、並んで歩いていて「2割増しになりましたね」とため息をもらした人もいる。振り向きざまに「山が動いた」と絶句した編集者もいる。あるゲイバーのママには腹部を10秒間だまって見つめられ(←同情)、別のゲイバーのママには「置物みたいですね!」とキラキラした目で言われた(←マニア)。
その上、福祉施設で働いている人に、「お願い、将来介護して」と頼んだら、「入所したらまず過激なダイエットをやってもらうよ。そんなデブをケアしたら、スタッフがからだを悪くするから」と吐き捨てるように忠告された(←鬼)。
みんなにいじめられて、よっぽど死んでしまおうかと……。でも、そんなふうに思った瞬間いつも目に浮かぶのは、葬式で伏見の遺体が入った棺桶を担ぎながら、エスムラルダはじめ若いオカマたちが、「クソ重たいよな」「ったく死んでまで嫌がらせしやがって」「この棺桶、特注かよ」と口々に悪口を言っている光景だ。
ううっ、痩せないと死ぬことも許されない。
いただいたご本『いま生きているという冒険』
伏見が近年出会った人物の中でピカイチに印象深かったのが、この本の著者の石川直樹さんである。
編集者のお宅での食事会で言葉を交わすまでは、寡聞にして彼のことを知らなかったのだが、なんというか、その青年は、言葉少なに目の前に座っているだけで異様な、幻惑的なオーラを出しまくっていた。一見ただの線の細い若者なのだけど(中村俊輔をイケメンにした感じ?)、伏見の妖怪アンテナにビンビンくるものがあるのだ! 「どーせタイプだったんでしょ?」とあなたは思うかもしれないが、股間どころか全身の細胞がざわめくような何かを感じさせた。そんじょそこらの有名人ならフーンてな感じの伏見が、こんなに動揺するなんていったい何奴……
後で編集者に聞いてみると、彼は、まだ二十代半ばにも関わらず冒険家として写真家として著名で、文化人のファンも山ほどいる注目の方ということであった。なるほどねえ…と感心したのだが、この本を読んだら、そりゃ妖怪光線だって出るわな(竹下登)とまさに納得。だって北極から南極からチョモランマから洋上からお空の上まで、地球上のありとあらゆるところを探検して、ギリギリの自然に挑戦して生きている男だったのだから。北極では数メートルの距離でシロクマと見つめ合ったこともあるという彼は、もはや人間でない何者かなのかもしれない。
そして、表現者としての彼がとらえる写真が、これまたスゴイ。観ているだけで、そんじょそこらの脱法ドラッグよりも飛んじゃいます(←比喩が悪すぎ)。
●石川直樹『いま生きているという冒険』(理論社/よりみちパン!セ) 1400円+税
「ゲイ補完計画」投稿2
すっかり忘れ去られていた「ゲイ補完計画」。これも、当事者の中で被差別感や不満はあるにしろ、「まあ、こんなもんかなあ」という空気が強いことの表れだろうか? こういうときもっといろいろな意見が出て盛り上がると、日本でも社会運動への欲求が高まっている、と実感できるのだけど(まあ、熱い人は伏見サイトなんて読んでいない、ということもあるが……)。
でも久しぶりに一件、投稿がありました!
●米子さん企画
■企画名
「一斉アンケート そちらにゲイはいる?いない?」
■企画内容
諸団体に対し、「貴社にゲイはいると思いますか?」というアンケートを実施。アンケートは、団体名公表が前提。硬派な所では官公庁、企業(“就職したい企業ランキング”に入るような)、新聞社、大学、病院、……等々。軟派?な所ではクラブ等のお遊びスポット、ゲイ向け産業・ショップ……等々。
※アンケート送付にあたっては、以下の2点を同封する。
・アンケート回答のために、無理なゲイ発掘をしないようにという願書
・ゲイを含む性的マイノリティに関するガイドライン(QJでもOK?)
Q1.総職員数は何人ですか?(契約・派遣・バイト・パート含め)
A1.男○人/女○人/合計○人
Q2.ゲイの職員はいると思いますか?
A2.いる・いない・わからない
Q3.コメント等をどうぞ
この3点を質問し、集計、結果発表。
「社員6千人、自由な社風を謳う大企業A社のゲイはゼロ人らしい(本当?)」
「我がB社はゲイしか採用いたしません!」
「男女平等や人権擁護に声高らかなC新聞社は返事ナシだった」 ……等々。
集計の結果、「外資系はオープン」とか「○○産業はオープン」といった
傾向が出る!かもしれません。
「いくら大企業でも、ゲイ人数ゼロなんて言い切る会社にはやだなー」とか、
「これだけゲイウェルカムなコメントを寄せる所ならちょっとはマシかも」等、就活にも大役立ち!かもしれません。
また、「無回答」の数もチェックポイントです。「職員のプライベートにはお答えできません」と白票を投じるのならともかく、「音沙汰ナシの黙殺」とした所がどれだけあるか……ゲイ問題云々の前に、こういうアンケートに非協力的なツレナイ人たちとして実名公表しちゃいます。
■企画発案の経緯……私的なことも含めて
私が以前勤めていた某大企業・甲社(男女比は男7対女3程度?)には堂々たるオープン・ゲイがいました。いまは社員の大半が男性という中小企業・乙社に勤めていますが、ここにはそういう空気がないようです。「ホモくさくねー?」というヒソヒソ話はありますが、ゲイを含む性的少数者に対しては「気持ち悪い」とか「ありえない」という発言すらあります。甲社はパイが大きく、人権にも敏感な社風だったためかもしれません。乙社はパイが小さい分、閉鎖的なのかもしれません。本人の資質もあるでしょうし、ほかにも様々な要素はあると思いますが、この差はどこからくるのか……と考え、発案しました。(因みに私自身は♀・バイ・クローゼットでございます)
■企画内容を鑑みて……
自分で考えていても、正直、穴(またの名をデメリット)の多い企画案です。
アンケート自体が、とてもプライベートな部分に触れています。
職場等で自らの性志向をオープンにする妥当性があるのかどうか、
それが第三者に公表される必要性がどこにあるのか……。
何よりお堅い職場でクローゼットにしている人に迷惑がかかりかねません。
……あと、マジメすぎるかも!?
「企画者の実践は不問に伏す」、「無責任な企画でけっこう」という伏見さんのお言葉に依拠しての投稿ですので、平にご容赦を……。