投稿者「伏見 憲明」のアーカイブ

伏見 憲明 について

作家。 1963年生まれ。 著書に『魔女の息子』(第40回文藝賞受賞/河出書房新社)、『さびしさの授業』(理論社)、『ゲイという[経験]増補版』(ポット出版)ほか多数。 編集長として『クィア・ジャパン vol.1〜5』(勁草書房)、『クィア・ジャパン・リターンズ』(ポット出版)を刊行。 詳細なプロフィールへ→

いただいたご本『〈個〉からはじめる生命論』

seimei_2.jpg『欲望問題』の書評を依頼したとき、何度も問い合わせた編集者に返事の一つもくれない「おえらい」フェミニスト学者が何人かいましたが(思想や世界観の違いはOKなんだけどねえ…)、加藤秀一さん(明治学院大学教授)はご多忙のなか誠実に文章を寄せてくださいました(←伏見は彼のこういうところを信頼している)。

彼の批判的な書評に対しては再批判を準備しているところなんですが、その前に加藤さんから新刊本が届きました。タイトルは『〈個〉からはじめる生命論』。帯の文言は「生命の線引き論争に終止符を打つ! 『あなたが生きている』事実そのものを肯定する新しい倫理学」。『欲望問題』のテーマともかなり重なっているようなので、というか、加藤さんの思想の全体像がわかりそうなので、これからじっくりと読んでみようと思います。

● 加藤秀一『〈個〉からはじめる生命論』(NHKブックス) 970円+税

QJrインタビュー 斎藤靖紀さん その2

buru2.jpg秀才たちは、
東京で
気持ち悪く
はじけた?
伏見 大学は現役でお入りになられたの?
斎藤 そうそう。また偉そうですが、受けたの全部受かったんですよ。早稲田と名古屋大学。
伏見 あら、すごい。でもなんで貧乏なのに国立に行かなかったの?
斎藤 東京に行きたかったから。
伏見 アッパーキャンプのメンバーっていやがらせのように高学歴が多いよね。
斎藤 昔、ネットのいやみで書かれてたんだけど、「そういう子たちって、デビューしたあと気持ち悪くはじけちゃうんだよねー」って。すごく的を射てる(笑)。
伏見 当時はまだ今のようなゲイの状況ではないですね。
斎藤 現在のゲイメディア系の衝撃を最初に受けたのって、テレビ朝日の深夜番組「プレステージ」。斎藤綾子さんもタックさんも伏見さんもみんな出てた。あれが今に通じる「ゲイ」という言葉と出会った最初の衝撃でしたね。そのころはパソコン通信の人だったので、高3の時点で、東京にいくつかあったゲイのパソコン通信ネットに入ってたんです。
そこで知り合ったのが、その後ずっと続いている同居人のおまこさん。本名じゃないですよ。それで受験のときに受験パックのホテルを蹴って、おまこの家に泊まりに行った。受験の前夜、おまことヤッてたんですよ(笑)。今思うと気持ち悪いんですけど。そのまま受かって東京に住むことになって、同居を始めたんです。だから独り暮らしをした経験はないんですよね。一緒に住みたいと思ったのは、人柄も含めて、一緒に住んで間違いない人だと思ったから。勘だったんですが、全然抵抗なかったです。守ってもらえるかどうかに対して、本能が働くんですよ。生きる術(笑)。
伏見 いよいよ大学時代ですが、ブルさんは現在、ゲイ業界では一番の権力者でいらっしゃいますから、怖がってなかなかブルさんの過去の証言をする方がいらっしゃらないんです。1人だけ、覆面ならばブルさんの過去を話してもOKという人をやっと見つけました。Mさん、どうぞ。音声も変えてるんですけど。 続きを読む

QJrインタビュー 斎藤靖紀さん その1

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* 初出「クィア・ジャパン・リターンズ」vol.0(2005/ポット出版)
天才ゲイ人
斎藤靖紀
斎藤靖紀(33)は90年代のパソコン通信時代に、
現在のネット状況を先取りしたゲイのコミュニティ活動を展開した。
クラブシーンにお笑い系ドラァグクィーンの文化を確立した立役者でもある。
作家としても『バディ』を中心に
漫画+コラム「デジバディの仮面」「オタクモゲイ」
といった作品で人気を博し、ゲイ的なキャムプのテイストと、
日本的なサブカルの感性をミックスした
独自のパロディ表現を追求してきた。
また、ゲイエディターの立場からも、
ゲイ雑誌で初の読者顔出し記事を
企画したり、「ヤリ部屋」などの言葉の流行を生み出し、つねに時代を牽引する役割を担ってきた。
その存在感は圧倒的で、ドラァグクィーンの追従者を生み出したばかりでなく、
今日では、彼のテイスト自体がゲイシーンのすみずみまで覆っている。
個人サイトの日記で、無意識に彼の「一人突っ込み文体」や、お笑いエロ日記を
模倣しているものは後を絶たない。また若い世代のゲイたちの映画や漫画の嗜好にまで
その影響力を及ぼしている。ゲイクリエーターとしてこれだけオリジナルを持った表現者は、
他にいないだろう。今回、その天才の原点を探るべくインタビューを実現した。
マッキー世代のフロントランナーとも言える斎藤靖紀のこれまで歩みを、
じっくりとたどってみたい。
● 斎藤靖紀(さいとう・やすき)
1971年、岐阜県生まれ。蠍座。
早稲田大学第一文学部除籍。ライター&エディター。
作品に「デジバディの仮面」
「オタクモゲイ」「突撃!! ゲイハンター」など。
ドラァグクィーン、ブルボンヌとしてお笑い女装集団、
UPPER CAMPを率いてクラブシーンを席巻。
90年、ゲイのパソコン通信、UC-GALOPを主宰。
94年、クラブを借り切ってのパーティ、CAMP ‘94を開始。
96年、二丁目初のオープンカフェを催し、
クローゼットな街に風穴をあける。
現在、『バディ』誌の編集者としてゲイメディアの
一線で活躍している。 続きを読む

QJrインタビュー 生島嗣さん

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*初出「クィア・ジャパン・リターンズ」vol.0(2005/ポット出版)
● 36歳で脱サラ、
啓発活動へ飛び込む
生島嗣さん
年を追うごとにゲイのHIV感染者数は増加している。
そんな深刻な状況の中で、啓発や支援活動に奮闘する、
ぷれいす東京の生島嗣さん。
なんでそこまで献身的に行動できるのか。
感染者やコミュニティから厚い信頼を得ている彼の、
素顔に迫りたい。
(聞き手/伏見憲明)
■ 生島嗣(いくしま・ゆずる)
NPO法人ぷれいす東京の専任相談員として、
1994年から多くのHIV陽性者や
その周辺の人たちの相談サービスに携わりつつ、
HIV予防の啓発活動にも従事。
社会福祉士。
・ぷれいす東京って?
伏見 生島さんはエイズネットワークやゲイコミュニティの中心人物で、「ぷれいす東京を束ねてる人」というイメージが僕にはあります。でも、個人的なバックグラウンドはよく存じ上げていないので、今日はそういうことも含めてお伺いしようと思っています。まず、ぷれいす東京とは、どんなことをする団体なんですか。そもそも怪しい名前ですよね(笑)。
生島 よく通信社や雑誌社にまちがえられるんです。「ポジティブ・リビング・アンド・コミュニティ・エンパワーメント(Positive Living And Community Empowerment)」の頭文字を取って「ぷれいす」、そして東京にあるからこのような名称になりました。1994年に東京で、もともとHIVの活動に関わっていた10数人のメンバーが、セックスでHIVに感染した人たちのために何かできないだろうかという思いで集まって、創立しました。活動の中心は3つあって、感染した人とその周辺にいる友達やパートナーたちの相談に乗ること、日常生活を営むことが困難な人にボランティアを派遣する直接的な支援と、エイズ予防に関するパンフレットの作成。そして研修や研究事業をやっています。こちらはHIVの予防とケアについての研究が大きな柱となっています。お金がない団体なので人手がそれほどなくて、フルタイムで働くスタッフは僕1人。あとはパートタイムのスタッフが5〜6人、事務所には毎日2〜3人のスタッフがいるような体制です。
伏見 その財源は何なのですか。
生島 東京都の外郭団体から助成金をいただいて、あとは外資系企業と個人の方々からの寄付ですね。日本の企業からの寄付はほとんど皆無に等しい状況です。約2500万円の年間予算で事業を行っています。
伏見 それだけの予算では足りないのでしょうか。
生島 予算もそうですが、人手が足りないですね。現在では相談を受ける件数が多く、仕事量もどんどん増えて休みが取りづらい状況になってます。
伏見 失礼ですが、その予算の範囲で、生島さんはそれできちんと生活できるようになっていますか。
生島 それは一応大丈夫です。専従になるまでサラリーマンをやっていて、最初、給与は3分の1ぐらいに減ったんですが、今は前の仕事よりもちょっと少ないけれど、そこそこ生活できるぐらいのお給料をいただいています。 続きを読む

いただいたご本「アドン」「さぶ」

adon.jpgお世話になっているゲイの大先輩(御年98歳の日本最古のゲイ?)に雑誌をいただきました。所蔵していなかった「アドン」と「さぶ」の創刊号など。「薔薇族」の創刊号は比較的容易に手に入れられるのだが、「アドン」はなかなか見つからないのだ。

これまでも年配のゲイの方々から信用していただいて多くの資料を託されたのですが、ありがたいですね。責任を感じます。

 
知らなかったのだけど、「アドン」は創刊からしばらくはモデルの写真が表紙だったのですね(QJなんかよりも20年も早い!)。南定四郎さん、すごすぎる! 90年代中盤までの彼の仕事は本当に革新的。伊藤文学さんの評価は定着しつつあるけれど、南さんの業績はもっと正当に評価されるべきだ。adon2.jpgゲイ雑誌にしてもパレードにしても映画祭にしてもHIV啓発にしてもみんな、彼の撒いた種が育ったものだからね。パレードなんて南さんをまず来賓で招くべきだと思う(前から主張しているのだけど)。

 
そろそろ中断していた「ゲイの考古学」を再開しようと思う。今度は論文という形でまとめるかもしれないけど。たぶん、この仕事は伏見がするしかないんだろうなあ。

『欲望問題』一部公開 3

fushimiblog0000.jpg近く「『欲望問題』の感想への感想」という趣旨の対談をメルマガに掲載する予定なのですが(サイトではその一部を公開の予定)、その前に、パブもかねて本文を「ちょっとだけよ」公開することにしました。「何を書いている本なのかわかりにくい」という風評もあったので、本書でいちばん論争的な第二章のあたりをここでチラ見していただこう、と。

*ただし、強調点などが変換によってとんでしまったりしているので、正確な表記を知りたい方、どこかで引用しようという人は必ず単行本をあたってみてください。くれぐれもよろしくお願い申し上げます。

ポット出版の通信販売はこちらから→『欲望問題』

● あとがき

命がけで書いたから、
命がけで読んでほしい

 本当のことを言うと、この本はパンクロックです。70年代末に、大御所のロックアーティストたちは反体制をきどりながら実は体制を補完することに堕し、「太った豚」になっていた。そういう欺瞞に対するアンチテーゼとしてパンクは、装飾的、技巧的になり過ぎていたロックを否定し、ビートの効いたサウンドにシンプルな言葉を乗せて歌おうとしました。また、60年代以降、髪が短いのは体制的だということになっていたのに、パンクは一見保守的に見える短髪で登場しました。この本の中のぼくの言葉も、表面上は大人しく、場合によっては保守的にさえ読めるかもしれません。しかし、シンプルな文章に根源的(ラディカル)な問いを突きつけたと思っています。 続きを読む

『欲望問題』一部公開 2

fushimiblog0000.jpg近く「『欲望問題』の感想への感想」という趣旨の対談をメルマガに掲載する予定なのですが(サイトではその一部を公開の予定)、その前に、パブもかねて本文を「ちょっとだけよ」公開することにしました。「何を書いている本なのかわかりにくい」という風評もあったので、本書でいちばん論争的な第二章のあたりをここでチラ見していただこう、と。

*ただし、強調点などが変換によってとんでしまったりしているので、正確な表記を知りたい方、どこかで引用しようという人は必ず単行本をあたってみてください。くれぐれもよろしくお願い申し上げます。

ポット出版の通信販売はこちらから→『欲望問題』

● 注5(P175-180)

注5…… 上野千鶴子氏もインタビューの中でこのように発言しています。
《……「ジェンダーフリー教育」がとりあげたセクシュアル・マイノリティの人びとが、ジェンダー秩序、すなわち性別二元制から解放された自由な人びとだと、私はまったく思わないということです。ヘテロセクシズムも、ホモセクシュアリティも、トランスジェンダーも、性別二元制のさまざまな効果にすぎません。ジェンダー秩序がなければ、同性愛も存在しないし、トランスジェンダーも存在しない。だからこそ、ジェンダー秩序の解体が、共通の目標になりえます。それを日本語で「男女平等」と呼ぶことがどうしていけないのでしょうか。》(『バックラッシュ』2006)
 上野氏の言う通り、同性愛者もトランスジェンダーも性別二元制の中で生まれた欲望です。同様に、その構造の中で生み出されたセクシュアリティには、レズビアンや、女性の異性愛者も含まれます。つまり、フェミニズムが解放しようとしている女性も、その構造の中で、自らの欲望をもって差別構造を支えているわけです。氏は差別を解消するためには性別二元制を解体することが目標になると主張しますが、しかし、共通の目標とするかどうかは、それらの人びとが自分のセクシュアリティを否定し、それを解体することに同意しなければなりません。上野氏自身は、その矛盾をいかに考え、言説的実践以外どのような実践を行っているのか。そこまでを射程に入れて考えていなければ、この議論は論理的に不徹底です。 続きを読む

『欲望問題』一部公開

fushimiblog0000.jpg近く「『欲望問題』の感想への感想」という趣旨の対談をメルマガに掲載する予定なのですが(サイトではその一部を公開の予定)、その前に、パブもかねて本文を「ちょっとだけよ」公開することにしました。「何を書いている本なのかわかりにくい」という風評もあったので、本書でいちばん論争的な第二章のあたりをここでチラ見していただこう、と。

*ただし、強調点などが変換によってとんでしまったりしているので、正確な表記を知りたい方、どこかで引用しようという人は必ず単行本をあたってみてください。くれぐれもよろしくお願い申し上げます。

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■『欲望問題』(P77~98)

● 二章から

「中性化」は
誤解なのか?

 昨今、「ジェンダーフリー」や性教育が、保守的な立場の人々と、フェミニストなどとの間で対立を生んでいます。この議論の中には、かつてぼくが性別というものをめぐって悩んだ問題がそのまま映し込まれているように見えます。もちろん、フェミニストが指摘する、「ジェンダーフリー批判派」は男女の役割分業を強化しようとする保守反動だ、単に過去へ回帰するのをよしとするバックラッシュだ、という見方が嘘だとは言いません。ぼくもそういう動きに対して少なからず警戒心を抱いています。が、「ジェンダーフリー」への疑問は、そうした一部の確信犯的な勢力ばかりでなく、もっと一般の人の漠然とした疑問を巻き込んでいるように感じるのは、ぼくだけでしょうか。 続きを読む

太田出版「クイック・ジャパン VOL.60」

● 太田出版「クイック・ジャパン VOL.60」

 二十年も前、同性愛に悩んでいた僕は、女性差別や同性愛差別が生じる元凶は結婚制度にある、という考え方に出くわし、それに打たれた。そうした世界観は、自身が抱える抑圧感を社会的な文脈に置いて客観視する機会を与えてくれた。が、時が経つにつれ、心の中で、でも本当に結婚って諸悪の根源なの?という突っ込みが入るようになった。

 振り返ってみれば、70年代初頭のウーマンリブから結婚批判は声高に叫ばれてきたが、女性の社会進出を可能にしていくことが共感を増す一方で、女性たちは結婚を求めることはやめなかった。そして、近年、人々がよりよい結婚を求めれば求めるほど結婚が困難になるという、少子・晩婚化の時代を迎えると、益々フェミニズムの結婚観はリアリティを結ばなくなっていった……。 続きを読む

テラ出版「バディ」

badi.gif● 「バディ」(テラ出版)

 現在、日本の社会で「同性愛者」はどのようにイメージされているのだろうか。

 90年代以前のそれは、女装でしなをつくって接客している人、とか、変態的なセックスの嗜好を持つ人、といった像だけだったろう。しかし、ここ十数年の間、日本でも当事者の側から人権を求める運動が起こったり、メディアで肯定的な情報が流れるようになると、そのとらえられ方は、もう少し多形的になってきたと思われる。 続きを読む