投稿者「伏見 憲明」のアーカイブ

伏見 憲明 について

作家。 1963年生まれ。 著書に『魔女の息子』(第40回文藝賞受賞/河出書房新社)、『さびしさの授業』(理論社)、『ゲイという[経験]増補版』(ポット出版)ほか多数。 編集長として『クィア・ジャパン vol.1〜5』(勁草書房)、『クィア・ジャパン・リターンズ』(ポット出版)を刊行。 詳細なプロフィールへ→

18日(水)も通常営業

mfmap.gifあまりそういう印象はないでしょうが、伏見は実は気が弱いオカマなのです。ステージに上がるとなぜかスーパーサイヤ人になってしまうのだけど(笑)、ふだんはいたって小心者。喫茶店で注文したのと違う飲み物が運ばれてきても、なにも言えずに受け入れてしまうような子なの、ホントよ。

なので、自分のバーでも、「すみません、財布を忘れてきてしまって…」というお客さんにも「じゃあ次でいいよ」と言ってしまったことが二度ほど(一度はアイランドの上でやっていたイベント時)。でもね、そのお客さん二人ともがその後、支払いに来ないのですよ。これって最初から狙っているのかしら…そうは思いたくないけど。ほんとに忘れたのならしかたないと思うけど、ふつうなら翌週にでも来るのにねえ。そんなに悪い人に見えなかったから入店させてしまったのだが、これからはこの手も気をつけなければならないのかなあ(一人はアンケートに答えてもらったので、連絡先を知っているといえば知ってるんだけど)。

しかしお店をやっているとマジ人間の勉強になりますね。明日もいったいどんな事件が起こるのやら。

ところで、店のBGMは最近ちょっと古めのヒット曲を中心にセレクトしているのだが、実は毎回微妙に違う選曲になっている。ipodに入れている曲を数十曲くらずつ替えているのだけど、今回はmaxを加えました。あの時代のポップスはそれほど得意じゃないのだけど、彼女たちのものはなぜかお気に入り。アムロちゃんよりも馴染むんだよね。

営業時間は19:00-04:00(夜中お客様がいなくなった時点で看板を消します)。

いただいたご本『マジックランタンサーカス』


最近の夜中のエフメゾはどこぞの文壇バー?と錯覚するようなときがある。どうしたわけか店内が編集者や作家で埋まってしまい、名刺交換会がはじまったりするのだ。だけどあくまでも伏見の店はゲイバーなので、いちばん身分が高いのはゲイ様であることは変わらない(貧乏な若ゲイ、大歓迎!)。有名作家といえどもここではゲイ以下の身分という認識で、女性やノンケは「ブス」「便所女」「粗チン」などとの暴言に耐えられる方のみに入店を許可している(笑)。

この本の著者の一村征吾さんもあるお客さんに連れて来られた方で、先頃、ランダムハウス講談社 第二回新人賞を受賞された期待の新人作家だ。帯にはかの村上龍氏の推薦文が添えられている。「この作品によって、幻想小説が復活するかも知れない」。伏見はまだ途中までしか読んでいないのだが、かなり面白く、冒頭の文章からして印象的だ。「便器を流れる液体があまりにも青かったので、僕はバランスを失いかけた」。色彩が頭にフラッシュバックするようで、ぐいっと引き込まれた。日米でデビューする彼の今後に注目だ!(ちなみに、チーママのヤス子さんは彼のことをイケメンと言い、頬を赤らめておりました)

いただいたご本『天然ブスと人工美人 どちらを選びますか?』


著者の山中登志子さんとは、「週刊金曜日」をめぐる論争となった「オカマ問題」のときに知り合った。そのときは誠実で優秀な編集者さんだなあという印象で、彼女が美醜の問題で苦悩を抱えていて、考察を深めている方だとは知らなかった。

というか、山中さんは本書で、オカマに間違われて傷ついたと書いていたが、伏見はこの新書を読むまで彼女がアクロメガリーという病気を患っていることも知らなかったし、実は勝手にMTFなんだと思い込んでいたのだ(失礼。と言うとそれも差別のような気がするので、謝罪はしないが)。

この本は読まれるべき内容に富んでいて、面白いと言えば面白い。しかし、山中さんはかつて林真理子氏のエッセイを読んで、女性エッセイストが書くものは毛糸のズロースを三枚も重ねてはいているみたいだという批判に喝采したというが、山中さん自身もまだ潔くパンツを脱いでいない気がする。その躊躇ゆえに、伏見の読後感はどうもすっきりせず、彼女も毛糸のズロースを一枚残していてそのなかはムレムレだ、という印象なのだ。その湿潤な毒にかなりやられる。そしてそれをいろんな方に読んでもらいたいとも思う。ムレムレのパンツに繁殖する細菌こそ、現代の女性たちの病みの大元になっているのだから。

いただいたご本『だれでも一度は、処女だった』

あの、だれでも一度は処女だったとおっしゃいますが、伏見は処女だったことはありません!!←当たり前

よりみちパン!セ・シリーズは新書的な教養本のなかにときにイロモノ路線の本が差し挟まれるのだが、これはやっぱそっちの筋でしょうなあ。いや、けなしているわけではないのですが、この本の著者はある種の変態だと思うんですね。フェティッシュなこだわりって変態性の証拠。そして自分の母親にその処女喪失体験をインタビューする冒頭は、手に汗にぎる母娘の攻防戦。緊張感が読み手に伝わってきて、つかみはOKという感じ。

思春期の少女にとって何より関心があるのがロストヴァージンの問題なのだろう。考えてみたら、そのことだけをテーマにした本というのをこれまで見たことがない。ありそうでなさそうな処女喪失インタビュー集。なかなか商売も上手い。こうなるとやはり、童貞喪失本にも期待が高まりますね。映画監督の松江哲明氏が担当のようなので、近刊を楽しみにしたい。伏見としてはそっちのほうが読みたいわけです。だって膜には興味ないんだもの。←あくまでも趣味

男ができるカレー

mama.jpg今月に入ってからエフメゾのメニューにカレーを入れました。その名も「男ができるカレー」。お世辞もあろうが、なかなか好評です!

ママの水曜日は午前中のカレー作りからはじまります。っつーか、八十四歳の老母まで動員して二人がかりで大量の材料の切り分けからはじめるのですが、鍋が焦げつきやすいので、交替でかきまぜるのです。その間、伏見ママは「男ができるように〜、男できろ〜、恋愛成就〜」と祈りながらお玉を回します。もう魔女の呪いじゃないが、念を込めて、お客様の恋愛が成就するようにカレーを作るわけです。なので、これを食べれば男ができること請け合い(レズビアンの場合には女ができます)。←ほんとか!?

そして只今も調理中です。お暇な方は今晩食べに来てくださいね。男ほしいんでしょ、男!!

営業時間は通常の19:00−04:00(深夜お客様いなくなった時点で、看板を消します)。

ノンケおよび女子の入店について

mfmap.gifエフメゾはゲイバーを名乗っていますが、女子もノンケもOKのミックスバーでもあります。けれど、あくまでもゲイバーが基本で、ゲイのお客様を中心に営業を考えております。もちろん、料金もサービスも特別差を設けているわけではなく、コンセプトとしてのゲイを大切に接客していく方針、ということ。

それで、お店では冗談で「女子は差別します!」「ノンケ男子は一本のマラにすぎず」などと「差別的」な発言がママの口からしばしば飛び出したりします。そういうキャムプなコミュニケーションを「セクハラ」と感じたり、PCに反すると不快に思ったりするような方は、店の空気に馴染まないと思います。あくまでのゲイバーのノリを楽しめる方にのみ開かれた空間を心がけております。

ノンケおよび女子の皆様は、それをご了承の上ご来店ください。よろしくお願い申し上げます。

エフメゾはできる店です(笑)

081.1_fuku.jpg友人たちにはよく知られたことだが、伏見ママの趣味は他人をカップリングすることで、店をはじめる前から友人知人のお見合いめいたことはまめにやってきた。これは、伏見ママが友情に厚いからとか慈愛に満ちているから、ではなく、カップリングすること自体が自分の快楽だったりするから。べつにそれでデキたカップルがまぐわうところを想像しながら「うっしっしっ……」とかしているわけではなく(←キモ)、誰かが自分をきっかけに幸せになってくれるだけでキモチイー!と感じられるのだ。

伏見はサッカーにはたいして興味はないんだけど、毎年お正月は高校サッカーを見て感動に浸る。そのときの感覚と、カップリングの快楽はちょっと似ている気がする。なにか他人様からその旬(もしかしたらそれは「青春性」というものかもしれないが)をいただいて、自分の心のコラーゲンにしているというイメージだ。べつに旬は若い人からでなくてもいただける。もちろん男女も関係ない。

そんなわけで、毎週水曜日は営業以上にカップリングをがんばっているわけだが、実は、開店して半年以上経ち、けっこうデキているのである! 知っているだけで複数組がエフメゾで恋人同士になっているし、きっと、ママの目を盗んで交尾をしている子たちもいるはず(笑)。で、先日、発覚したのだが、なんと、ノンケの男女までエフメゾで恋に落ち、いま付き合っているというのだ。(プライバシーに関わるので詳細は省きますが)知り合いに連れられてきた女子と、たまたまそのときに飛び込みで入ってきたノンケ男子(ママの本の読者)が、その後、そのようなことになっていると聞いて、ママは狂喜乱舞。

いやあ、ママ業って美味しい商売ですね。虚弱な伏見は水曜の翌日は毎週、寝込んでしまうのだが(昨日も風邪を引いたのか悪寒がして布団のなかでブルブル)、こんなふうに幸せになってくれる人たちがいると「やるぞー!!」という気になってくる。

でも、まあ、一応商売でもあるので、その念願が叶った女子に、
「じゃあ、お祝いに1杯いただくわね?」とママ接待。
その手の営業はしない方針なのですが、1杯で男がデキれば安いもんでしょ! ちなみにその男子はけっこう美形でした。

いただいた写真集『MONSTER』

MONSTER。この写真集のタイトルにこれほど適切な文言はないだろう。それはエイズという厄介なMONSTERを題材にしているからばかりではない。なんと言っても被写体がHIV 、ゲイの活動家であり、編集者であり、文筆家であり、女装のパフォーマーでもあるピンクベアこと、長谷川博史氏なのだから。

戦後の日本のゲイシーンでは三島由起夫はじめ化け物的なエネルギーを放った人物が何人かいるが、長谷川氏がそのひとりであることは間違いない。一般に知られている名前ではないが、この人と一度関わったらその印象は生涯消えない焼きごてのように押されてしまう。そこらにころがっている革命家きどりの活動家ではない。自らの不遇を訴えるだけのマイノリティでもない。ましてや医療や行政の言いなりになっている病人でもない。被差別感も情欲も野望も孤独も愛憎も政治も友情も……俗世にあるすべての感情をうちに沸騰させる、巨大なエネルギーそのものなのだ。

写真家はこの一筋縄ではいかない被写体と闘うようにシャッターを切っている。かわいそうな感染者、いたいけな患者という物語に押し込められない獰猛な彼に、苛立ち、納得し、疑問を持ち、挑発され、距離を置き、説得され、恐れながら向かい合おうとしている。まるで格闘技のようにファインダーの向こうとこちらでその存在を賭けて。そして、そうした緊張のあいまに差し込まれる日だまりのような風景。それは戦場に咲く一輪の花のようなものかもしれない。その緊張と弛緩の不断の営みが人間の世界そのものに感じられる作品だ。

長谷川博史というMONSTERのことをこの日本という国に知らしめたい。LGBTの若いアクティヴィストはこの化け物と、菊池修氏同様、四つに組んで格闘してほしい(スルーするのは簡単だが、せっかくここに踏み台にするには最高の先達がいるのだ。これを使わない手はない)。そしてぼく自身、いつかこのMONSTERのことを書いてみたい。けれど、それをするにはいまのぼくは疲れ過ぎている。下手に手を出したら彼が放出する激流に巻き込まれて粉々になってしまうだろう。

*この不景気な時代にこういう(売れないだろう)写真集を出版したリトルモアに敬意を表したい。出版社としての見識と、矜持に感嘆するばかりである。

次に扉を開けてくれるのは誰?

mfmap.gifバー営業をやっていると、いろんなセクシュアリティ、世代、職業、主義主張の人たちが来てくれるので、自分の時代遅れな感覚や浅はかな物の見方にハッとさせられることが多い。はじめる前は(傲慢にも)お客さんはママ(←伏見)の話しを聞きに来る人が多いのかと思っていたら、そんな人はほとんどいず(笑)、それぞれが自分を語ってくれるので、店ではほぼ聞き役に徹している。

それに、水曜日などという「ついで」では人々が二丁目には来ない曜日に営業しているので、伏見に会いに来店する人ばかりかと思いきや、実際はそうでもない。意外と、というかけっこうママの「過去」を知らないお客さんも多いのだ。若い方には、「え? ママって本を出しているんですか?」などと言われること多々ある(笑)。ノンケのお客さんは物書きとしての伏見を知っていて来る人がほとんどだが(仕事方面の方が多いので)、ゲイのお客さんはかえってママの経歴とは無関係に訪れる。それだけとっても、ゲイのなかでいかに情報の流通が多様化しているのかがよくわかる。

先週は、伏見の大学時代を知っているという同窓生が来てくれた。同窓生といっても当時友だちだったわけではなく、先方は学内でオカマを公言していた伏見を見知っていたようだが、こちらはそんな近くにゲイがいたとは気づかかった。そんな同窓生と四半世紀のときを経て自分の店で会うというのも感慨深い。週に一度、定位置に身を置いて、自分を開いていることの面白さだろう。今年もどんな出会いがあるのかワクワクするばかり〜。

14日(水)の営業は19時からです。ヤス子チーママ、司お末とともにお待ちしております。カフェタイムは休業中です。先週に引き続き、今週は、25歳以下(18歳以上)の学生には二杯目をごちそうします!

いただいたご本『アンの愛情』

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● 松本侑子訳・モンゴメリ作『アンの愛情 (集英社文庫 モ 8-3) (集英社文庫)

松本侑子さんに「赤毛のアン」シリーズの第三弾『アンの愛情』をお送りいただいた。彼女はもうすっかり「赤毛のアン」の権威で、小説家、翻訳家のほかに研究者という肩書きを名乗っても当然だと思う。ちゃんと仕事を積上げていっている松本さんの爪のあかでも飲みたい伏見である。

物語のこの辺りの展開は映画では知っているんだけど、小説で読むのは(たぶん)初めてなのでとても楽しみ。ふだん「出会って3回以内にやらないと勃たねえよ」みたいな世界に生きていると(笑)、逆に、幼なじみと結ばれるという恋愛に強く憧れますね。今年はまったテレビドラマ「砂時計」もそうだし。ギルバートいいですね。あぁ!