投稿者「伏見 憲明」のアーカイブ

伏見 憲明 について

作家。 1963年生まれ。 著書に『魔女の息子』(第40回文藝賞受賞/河出書房新社)、『さびしさの授業』(理論社)、『ゲイという[経験]増補版』(ポット出版)ほか多数。 編集長として『クィア・ジャパン vol.1〜5』(勁草書房)、『クィア・ジャパン・リターンズ』(ポット出版)を刊行。 詳細なプロフィールへ→

対談「中年オカマと淫乱女の友情」

DSCN0215.JPG対談「中年オカマと女の友情ーー四十路はいろんなことがありますの巻き」
伏見憲明 × R子

R子プロフィール/昼はキャリアウーマン、夜はど淫乱女として「世界を股に入れて活躍」。性のジャパニーズ・テクノロジーと各国で絶賛される。最近まで中国大陸、パラオなどで働く。現在、シングル生活を謳歌しつつ、子育て中。
ノリ江ママの本では、木村薫子の名前で対談に登場し、自らのブス人生を赤裸々に語っている。←『性という饗宴』に収録

この対談は久しぶりに再会した中年二人組の近況報告。オカマと女の友情はそこそこ毒づきながら続いているのであった。ただし、あまり内容はないのでご了承のほど(笑)。 続きを読む

スピーチ「先人たちの思いに寄せて」

● 尾辻かな子事務所クロージングセレモニー「希望のバトン〜『ミルク』で語るこれから」でのライブ音源と、スピーチ音源(2009.4.29)

これは、尾辻かな子さんが新宿二丁目に構えていた事務所を閉じるにあたって催されたイベントでの、伏見のスピーチのライブ音源と、スピーチ原稿です。 続きを読む

いただいたご本『「死刑」か「無期」かをあなたが決める』


● 小浜逸郎『死刑」か「無期」かをあなたが決める』(大和書房)

伏見はアッパラパーなので、「裁判員制度ってアメリカの裁判みたいでかっこよくない?」「選ばれちゃったら面白い人間模様が見れるかも!」みたいな幼稚な意識しかもっていなかったのだが、民主主義と近代国家の擁護者、小浜先生が今度はこの新しい制度についてたいそう怒っている(ヤバ、ごめんなさい)。「裁判員制度は、いくつもの憲法違反を犯している。このような制度は即刻廃止すべきであるし、国民は、たとえ「赤紙」が届いたとしても、これに応じる必要はない……」

読んでみると、たしかにこの制度は「近代民主主義」や「国民主権」といった近代国家の根本に抵触するところがないとは言えないようだ。小浜先生は近代の原理に照らし合わせて裁判員制度を否定する。原理から思考することが苦手な日本人は、こういう批判を向けられると言葉をなくしてしまうか、スルーしてしまうかになりがちだが、やはりここで踏ん張って考えることが必要なのだろう。「近代民主主義という法的・政治的なフィクションをどのようなものとして扱えばいいか」伏見もロックやホッブスでも読んで勉強しないとなあ。

書評『女装と日本人』

● 三橋順子『女装と日本人 (講談社現代新書)』(2008)
初出/現代性教育研究月報

ここ数年、性に関する書籍で心底面白いと思うものには出会ったことがない。もうだいたいがパターン化されていて、「はいはい、フーコーを使って分析したいんですね」とか、「はいはい、性の多様性の焼き直しですね」とか、扱う素材がちょっと違うくらいで、最初から答えがわかっているものばかりだからだ。その点、この『女装と日本人』は繰るページごとに新しい発見があり、久しぶりに性の問題を考える楽しさを味わった。

本書も流行りの近代主義批判がベースになっていて、現代の性的抑圧の源泉を近代の性科学の輸入に求め、前近代のあいまいで複雑なセクシュアリティ/ジェンダーのありようをロマンティックに理想とするあたりは、別の思潮から批判されるかもしれない。しかしそうした点は別にしても、この本には読み手に訴える力が満ちている。それは歴史に埋もれていた事実を丹念に掘り起こすことで、言葉を奪われてきた者たちの声を掬おうという志を持っているからだろう。また、研究者が都合のよい資料を集めてきて言説分析をやりました、という類の安直さを拒否し、女装者である著者が自身の実存を繰り込み、足を使ってテーマに迫っている姿勢が、行間に心地よい緊張と深い悦楽を与えている。 続きを読む

笑うゲイリブ

1237339026786.jpg映画『MILK』を観てからというもの感覚が昔に戻ってしまい、やたらテンションの高い伏見である。若い者がぬるいことを言ってたりすると、「てめ、古いゲイリブなめんなよッ!」「こちとら自分の人生も、親も、みんな売り飛ばしてリブはじめてんだよッ!」と殴りたくなる。ワハハハハ!

といっても、なにもいまどきハーヴィー・ミルクと同じような解放運動を展開しようとも思わない。運動とは目的があり効果を求めるものだから、やはり時代に合わないやり方をしても意味がない。見せかけの過激さはラディカルでもなんでもなく、ただの愚鈍と言う。よく運動を=抗議行動(あるいは反体制運動)とイメージしている人がいるが、それは偏見というもので、そもそも社会運動とは、対象の心を動かす創造的な営みなのだ。←ゴルバチョフみたい(笑) 続きを読む

書評『セックス格差社会』


『世界の下半身経済が儲かる理由』で性と経済の問題を斬新に論じた著者であるが、今回は性と格差社会を数値から分析しようと挑んでいる。「もしかすると、近年の所得格差の拡大と恋愛経験の有無には、なんらかの因果関係があるのではないか?」

実際、著者の調査によると、「年収別にみた交際女性のいない独身男性の割合」では、年収が少ない男性ほど彼女がいないことが現れている。年収200万未満だと73.9%が彼女がおらず、年収が上がるごとに「彼女いない率」は減少していく。これは18〜34歳の独身男性のアンケート調査であるが、「年収別にみた性風俗に行ったことのない独身男性の割合」でも、「年収別にみた1月あたりのセックス回数がゼロの独身男性の割合」でも、年収が低くなればなるほど性愛も貧困になる。 続きを読む

いただいたご本『童貞の教室』


著者の松江哲明さんとは何度かお仕事をしたことがある。とても感性豊かで、実直な青年という印象で、また会ってみたい人の上位にランクしている方なのだが(←偉そう)、本書はうーん……。いただいたご本で文句をつけることはしない主義なのだけれど、どうにもこうにもヌルくてヌルくて、ユルマン温泉で無理やり筆下ろしをしているような気分……。

そりゃ伏見が最近耳にした初体験話が、「掲示板で知り合った人のアパートへ行ったら、もう一人いて3Pでした」とか、「実の祖父にフェラチオされたのが、初めての性交渉でした」とか、「40歳になるまでモンモンと過ごしていて、やっと念願叶いました」とか、「アナルは使っても膣は使わずに三十六歳」とか……けっこう強烈なネタばかりで、ふつうの男子の告白じゃあ読み物として満足できない、つまり感性がガバガバになっていることも事実だろう。しかし「童貞の教室」と題するなら、もう少し性愛の部分を突っ込んで、広い視野での分析もほしかった。そしてここで「あんにょんキムチ」ネタはしつこい。

やっぱ一度、松江を掘らないといけない気がしてきた。松江、ケツの穴おっぴろげて来ーい!

とも思うのだが、まあ、中学生や高校生の生な青少年にしたら、このあたりのヌルーい感じがいちばんリアリティがあるのだろう。そういう意味では、思春期男子との接続は上手くいっているのかもしれない。だけど、松江は一回掘らないと駄目だな(しつこい)。

本日(3/25)も通常営業

zairyou.jpgあぁ、一週間が経つのが早い! エフメゾをはじめてからあっという間に次の水曜日が来てしまうので、どうも落ちつかない。今日も午前中からカレーの仕込みやら、銀行回りやらでバタバタ。来週はエフメゾ明けで台湾へ行くので、航空チケットの払い込みと釣り銭の用意等があって、チャリで行ったり来たり。でも、まあ、ちょっと大きめな仕事が終わったところなので、気持ちはらくな感じかな。

ともかく今晩もどんな新しい出会いがあるのやら、とても楽しみ!

営業時間:19:00-04:00(深夜お客様がいなくなり次第、看板を消します)

いただいたご本『人間の未来』


どんだけ仕事すれば気が済むの?と言いたくなるほど多作な竹田青嗣氏の新刊。副題に「ヘーゲル哲学と現代資本主義」とあるように、近代哲学の完成者として現代思想の標的となったヘーゲルを再評価することで、資本主義と国家を再定義しようとする野心的な論考である。竹田氏の主張は一貫していて、現代思想の価値相対主義からはなんら新しい社会構想は生まれず、ポストモダンの批判を経て、新たに近代哲学を鍛え直すことでしかこの世界に展望はない、というもの。

伏見は本作を読んでいてマジ感動してしまった。行間に情熱がほとばしっていて、とても熱いのだ。この人のこういう熱量はいったいどこから生まれるのだろうか、とほとほと感心してしまったのである。みんなが相対化の言説を振りかざして相手を無化することにばかり専心している状況で、ちゃんと土俵を作ろうという構えの大きさも、(ポストモダンの人からすれば滑稽なのかもしれないが)やはり人間として魅力的だ。そしてもちろん言説としても生産的だ。こういう強靭で志のある先人がいることは幸福なことだと思う。

竹田氏のように質的にも量的にもすごい仕事をしている人を前にすると、忙しさにかまけてちっとも仕事をしないのは情けないことだと痛感する。本当のところ忙しさは口実で、それは自分と向き合いたくないための言い訳にすぎないのだ。書くべきものを持っている人はどんな状況のなかでも書かざるを得ない。それがない人は、結局、「書けない」のである。

いただいた未読本(すみません) 


いただいたご本でもどうしても読めないものがある(ごめんなさい!)。建築関係の書籍がそれで、その理由は、「そんな金ねぇんだよ!」の一言に尽きる。なので、文字を追う気になれないのは貧乏な自分のせいでしかない。この『建築バカボンド (よりみちパン!セ)』もパン!セが仕掛けてくるのだからよほど面白い内容に決まっている。でも、「そんな金ねぇんだよ!」ともう一人の自分が耳元で怒鳴るので、まだ読めないでいる。「感想ほしけりゃ金をくれ!」と安達祐実っぽく言いたい。

苦手な分野に「酒」というのもある。バーのママをやって半年以上経つのに、先週も「スコッチで」と言われて「スコッチって何?」と聞き返してしまった情けないママなのだが、それにも理由がある。小さい頃に父が酒乱気味だったので、お酒というとどうしても身構えてしまって、好奇心の対象にならないのだ。数週間前も、ちょっと泥酔気味のお客さんが入ってきたときに、「もう閉店なので」と断ってしまった。楽しい酔っぱらいならいいのだが、目が血走っている人を見ると恐怖感が先にたってしまう。なので、この『こどものためのお酒入門 (よりみちパン!セ)』も読めずにいる。でも、これはママという職業柄、教養本として読まないとならないよなあ。

同性パートナー生活読本―同居・税金・保険から介護・死別・相続まで (プロブレムQ&A)』もまだ未読なのだが、周囲での評判もよく、具体的な問題に対処する内容になっているようなので、当事者にはもってこいの一冊だろう。『挑発するセクシュアリティ―法・社会・思想へのアプローチ』は小倉康嗣氏の論文だけ読ませてもらっていて、こういうフーコーの使い方なら前向きでいいなあと。ゲイ・アイデンティティやゲイ共同性をいまさらいくら懐疑したって、こんなユルユルな時代にどんな意味があるのかわからないからね。まあ、そのくらいしかモチーフがなければ仕方ないけど。