投稿者「伏見 憲明」のアーカイブ

伏見 憲明 について

作家。 1963年生まれ。 著書に『魔女の息子』(第40回文藝賞受賞/河出書房新社)、『さびしさの授業』(理論社)、『ゲイという[経験]増補版』(ポット出版)ほか多数。 編集長として『クィア・ジャパン vol.1〜5』(勁草書房)、『クィア・ジャパン・リターンズ』(ポット出版)を刊行。 詳細なプロフィールへ→

蔵出しエッセイ「オネエたちのリブ?」

saizo.jpg*初出「サイゾー」2008.1

「おネエ★MANS」のゴールデンタイムに進出は、おネエやゲイなど性的少数者の社会的地位がアップしている状況をそのまま反映している。以前ならおネエがテレビの主役になることは考えられず、ちょっとスパイスの効いた添え物の役割りしか与えられなかった。

80年代の半ば、時代がバブルに向う爛熟した時代ではあったが、こんなことがあった。セクシー系の深夜番組が(当時としては)いささかはじけているのにいらだったある保守政治家が、おすぎ&ピーコのことまで「オカマなんぞがテレビに出て」と批判した。おかげで彼らは一時番組を降ろされ、ピーコも傷心だった。消費社会、ポストモダンとはしゃいでいた80年代でさえ、そんな差別があからさまにあったのだ。 続きを読む

いただいたご本『中学生からの哲学「超」入門』

● 竹田青嗣『中学生からの哲学「超」入門』(筑摩書房) 800円+税

ちくまプリマー新書から竹田青嗣氏が10代以上の読者に向けた哲学入門書を出した。竹田氏はこれまでもたくさんの「入門書」を書いているが、そのなかでもいちばん言葉をくだいて著わした一冊ではないだろうか。しかも内容は大人でも十分学ぶに値する水準のもので(当然なのだが)、竹田現象学の初学者にとってはとても良い入り口となるはずだ。

個人的には、竹田氏自身が哲学と出会うまでの遍歴が語られている1章が印象的で、哲学的思考というのが単に学習によって可能になるのではなくて、自身の体験との深い邂逅がないと深まらないことが理解できて興味深かった。些末なことではあるが、彼の若かりし日の「金縛り体験」が自分のものとうりふたつで、金縛りの解除の仕方までいっしょだったことが妙に面白かった!

人がなぜ考えようとするのか、なぜ哲学をせざるをえないのかを知りたい人にはうってつけの本である。

いただいたご本『エロスの原風景』

● 松沢呉一『エロスの原風景』(ポット出版)2800円+税

世の中には「あっぱれ!」と思わせてくれる人がいるもので、この本の著者、松沢呉一氏もその一人。彼くらい尋常ではない好奇心と、透徹した分析力と、出力エネルギーの過剰さがあれば、もっと社会のメインストリームでビッグになれるはずなのだが、何の因果か出版、それもエロなんぞにハマってしまい、人生をマネー方面とは別のところで走らせているのが可笑しい。こういう業の深い人生をどっぷり生きている人には、ただ「あっぱれ!」と言うしかない。

本書も、そんな「あっぱれ!」な彼の生き様のなかで可能になったもので、エロに関して「国会図書館を越えた男」と呼ばれる松沢氏の稀代のエロ本コレクションのなかから厳選したビジュアルを紹介しつつ、エロ本の歴史を江戸時代から現代まで辿るという資料価値の高い一冊になっている。前近代の風俗本から、ホモ、ビニ本、夫婦生活ものまで、実に多様で豊穣な日本のエロ文化を、一次資料と松沢氏の洒脱なコラムで概観できる。セクシュアリティに関心を持った研究者が、ちょっと資料をあたってフーコーで言説分析しました、みたいな安直な言葉ではない、マニアの凄みがここにはある。少し値段は張るが、エロファンなら十分もとが取れる。

書評『社会学』

*初出/現代性教育研究月報
・長谷川公一ほか『社会学』(有斐閣)
・野々山久也『論点ハンドブック 家族社会学』(世界思想社)

教科書というものを長いあいだバカにしていた。どうせ、当たり障りのないことをもっともらしい言葉で、まじめくさって解説しているだけの「公式見解」だろ、と。けれど、最近ふとしたことで手に取った社会学のテキスト、長谷川公一他『社会学』がたいそう面白く、ページを繰る手がとまらなかった。

その面白いには二つ理由がある。一つは、この本が専門用語に淫していないので読みやすく、図解やコラムなどを多用していて、読者の好奇心をそそる内容だったこと。以前にも社会学の入門書をひも解いたことがあるが、それは学問の体系を学問の言葉でかしこまって説明しているだけで、自分のなかの問題意識と結ぶ何かが見出せなかった。だから、各章の冒頭にわかりやすく身近なエピソードを置くことからテーマに導いてくれる本書は、とても親切で、学問の理解を容易にしてくれる一冊に思えた。 続きを読む

いただいたご本『罪と罰』


二丁目でしっぽり罪深いことをして朝方家に戻ると、光文社の文庫編集部から本が届いていた。それがなんとドストエフスキーの『罪と罰』!(笑) なんだかタイムリーなタイトルにゾッとしました。

仕事がらいろんな出版社や著者から献本をいただくが、光文社ってこれまでお付き合いもなく、著者とも面識がないので(当たり前)、どうして送られてきたのかわからない。それもロシア文学。重厚な世界文学。ま、伏見も一応は小説家の肩書きもあるのですが。うーん、どうして伏見にくださったのだろう。

いや、とてもありがたいのですが。

『罪と罰』は若い頃に読んだことがあるようにも思うのだけど、内容をすっかり忘れているので、暇を見つけて新訳で読み直してみようと思う。文字が大きくて読みやすいだけでとても助かる。うちの本棚にある古いドストエフスキーの文庫なんて、老眼鏡でもかけないと読むこともできないからね。

7/15(水)はユーミン&みゆき特集

今週のエフメゾ営業は、ママがちょっとおセンチな気分なので(笑)ユーミン&みゆき特集です(←世代がわかる)。それも80年代もの中心に。こういうセレクションっていかにも二丁目っぽくてこれまで避けてきたのだけど、やっぱオカマだからしようがない。

営業はチャージなしのカフェタイム(17:00−19:00)からで、バータイムの終了は04:00ですが、お客様がいなくなった時点で看板を消してしまいます。

学生で若返り効果?

bu.jpg先日のエフメゾ営業は、店内が大学生ゲイたちで埋め尽くされるという僥倖に恵まれた。青春を持ち込んでくれた大学生たちに接していると、その可能性の余白だけで「若いっていいなあ」とある種の官能を得ることができた。やっぱ若いってエネルギーとお色気がいっぱいですね。

もちろん、若さ=感性豊かだったりするわけでもなく、経験値が低い未熟さの面もあるのだろうが(ちょっと上目線)、そのなかに上の世代では考えられないような感覚や、表現力を持った才能がまぎれていることもある。そういう原石を発掘するのはおじさん、おばさんの楽しみでもありますね。ともあれ、変わりうる柔軟な心に触れるのはこちらがエンパワーメントされる。

その流れで、学生のひとりに武道館で行われるロックコンサートに誘われた。武道館でライブを聴くなんて、80年代のABBA以来?(笑) いや、コンサート自体は東京ドームでマドンナやポール・マッカートニー、ストーンズなんぞにも行ってるんだけどね(あ、それも90年代だ……)。久しぶりで生ライブなんぞ体験したら、自分のなかにむかし蠢いていた「ヤバい感じ」が甦ってきて、ほんとにヤバくなった。ぐぉーーっ!!みたいな(笑)。

そんなわけで、学生と交流するのは精神の健康と若返りのために大変効果があることがわかり、エフメゾでは学生の夏休みに合わせて、学生誘致サービスを提供することに。といっても、7/29、8/5、12、19、26(水曜日)の期間、先週「水揚げ」した二十歳の大学生に毎週入ってもらい、学生に釜飯の無料サービスをするくらいのことなんだけど。まあ、いまでも若い人向けにカフェタイムもやっているしね。なので、その一ヵ月間は、いつものやす子さん、司くんと、ピストン君とママの4人体制で営業をする予定! 7/15、22はまだカフェタイムと通常営業の3人体制ですが。

いただいたご本『被爆のマリア』

hibaku.jpg伏見は共同だったか時事だったかで単行本版の書評を書いたのだが、それが著者の目にとまったらしく、文庫版の解説を書かせてもらうことになった。よい機会だったので田口ランディ氏の他の作品も読み返してみたら、どれも彼女しかアクセスできないような異界を抱えていて、その異空間にからだごと呑み込まれそうになった。恐ろしい魔力を持った作品を指先から滴らせる人だと思った。

そういう物語の評を書くことくらいやっかいなことはない。こちらの言葉が届かない感じが拭えないからだ。こんな小説に接するときほど評論の言葉の限界を痛感するときはない。そんなわけで四苦八苦してどうにか入稿した解説なのだけれど、最初に新聞に寄稿したものよりは手応えを感じる内容になったと思っている。田口氏の作品の箸休めとして読んでいただければ幸いだ。

● 田口ランディ『被爆のマリア』(文春文庫)533円+税

いただいた雑誌「STUDIO VOICE」2009.8

studio.jpg「STUDIO VOICE」といえばバブルの時代にはオシャレの代名詞のような雑誌だった。伏見はこれまで書評を上げてもらったくらいの関係しかなかったのだけれど、そこからコラムの依頼をいただいてとても光栄に思った。そして「今後ともよろしく」と原稿を送ったら、なんと、次号で休刊が決まったという! 部数と広告の減少が止まらず会社を解散するとのこと。なんとも寂しいが、そういう時代なんだなあと溜め息が出た。

毎月なにかの雑誌が休刊していく今日、物書きという職業が成立する基盤は益々危うくなっている。売文業がありえたのも近代という時代の特殊性だったのかもしれない。作家になりたい人は増えているのに、仕事ができる場はどんどん減っている……。ネットによって誰でもが発信できるようになったのはよかったが、表現の質はどうなっていくんでしょうね。

エヴァ部、発進!!

eva.jpgエフメゾ内にできたエヴァ部(エヴァンゲリオン倶楽部?)の最初の「使徒迎撃作戦」が本日、実践配備されました。朝9時という二丁目族にはアリエナイわ(リツコ)の集合時間にもかかわらず、10人の部員が東武練馬に大集結! そんな東京のはずれに横浜や千葉方面からも集まってきたのだから、エヴァ部の盛り上がりがわかってもらえると思います(笑)。

さすがに朝の回は空いていたのだけど、劇場の中央部に二列になって変態の皆様が並んで鑑賞する様子はちょっと壮観。B作戦部長の指揮のもとにみんな真剣な眼差しを「破」に向けておりました。エフメゾが誇る「司ゲリオン24号機」は上映途中、「活動限界」が来てトイレに駆け込みましたが(←筋肉増量サプリのために頻尿なの、笑)。

作品はすごかったすね。細かなネタがタペストリーのように織り込まれていて、なおかつ光量も尋常でなく、かなり圧倒されました。いまだこれだけテンションの高いものを創作できる庵野監督って、やっぱ天才だわ。前シリーズとは異質な物語世界になっていくのだろうが、とても楽しめた。しかし、終わった後での感想会では、自分のエヴァ偏差値の低さを実感。

「そんなこともわからなかったんですか!?」

と部長に何度も駄目だしをされ、またN副部長の鋭い解説にもたいそう感心し、オタクの世界は奥深いと勉強になりました。伏見は、月にアダムがいたことすら見逃していたからね。けっこうエヴァはわかっているつもりだったけど、そんな自信は部長と副部長の前ではなんの意味も持っていませんでした。アハ。しかしいっしょに観た子たちのほとんどはエヴァ体験が小学校のときということで、「えーー!? わし、エヴァの時代はすでにオカマの評論家してました」とちょっとクラクラしてもうた。もはや自分の年齢と、時代との関係がわかりません。でも、そんな若い世代の子たちに遊んでもらえて、おばさん、光栄っす。

それにしても。みんなで映画を観て語り合うって思った以上に楽しかったー! 部活いいですね。ふだん映画はひとりで観るので、かなり新鮮な体験でした。ご興味がある方は、出入り自由な部活なので、セクシュアリティ問わずどなたでもご参加ください。