明日5月5日こどもの日はネイキッドロフトで「言論しばき」があります。
ザイトクやネトウヨはタダですぜ。しかし、在特会の人たちは出席拒否ということなので、私はものすごい勢いでメシを食ってます。デブになってメガネをかけて顔をテカテカさせてヘイトスピーチをヒステリックに口走りながら、「桜井誠だ」と言い張ってタダで入ろうかと思いましてね。
実際のところ、ここ最近の私は極端な早寝早起きで、夕方には寝ているので、明日はこの時間まで起きていられる自信がありません。寝てしまったら、深夜起きてイカ釣り漁にでも出ようと思います。
漁から帰ったら、本屋に行って磯部涼編著『踊ってはいけない国で、踊り続けるために』を買わなきゃ。

この本には反ザイトク活動の重要人物である野間・のいほいが書いているのです。しかし、風営法改正については興味なし。『踊ってはいけない国、日本』に続いて、この本でも私にお声がかかったのですが、お断りしました。すでに風営法改正問題からは完全離脱していたので。
早くからああも積極的に発言をしていたのに、どうして離脱したかというと、すでに私の出番がないことがわかったためです。このまま「Let’sDANCE」署名推進委員会が主張する「風営法からダンスを外す」という方針が実現するのはまずい。このブログでそのことを指摘し続けていたわけですが、まったく議論にならない。暖簾に腕押し。ほぼ無視されたと言っていいでしょう。そのため、「Let’sDANCE」とは別の方面から風営法改正機運を高めたかったのですが、これも失敗しました。
結局、この問題は力関係や政治力で決定していくしかなくて、私が発言を続けると、Let’sDANCE署名推進委員会とそれを支持する人たちへの批判にしかならず、批判したところで無視されるだけです。足を引っ張るのが嫌いだし、足を引っ張ること自体が目的の人たちに利用されるのもイヤなので、今年の頭に完全離脱を選択をしました。「風営法改正の問題点」シリーズが途中で終わったのもそのためです。
以来、このブログでも、メルマガでも、Facebookでもまったく触れなくなってます。たまに、そのことに気づいていない人が「風営法改正はどうなりました?」と聞いてくることがありますが、「知らん。これっぽっちの関心もない」と答えて終わり。あとは預かり知らんところで法律が改正された時に、それを見て批判するなり、同意することがあるだけ。
こういう時、私は徹底的に関心を抱かなくなります。抱くとやり方の違い、考え方の違いで口を出したくなるので。Facebookにも数日前に書きましたが、「関心をもたずにほっとく」という方法です。実際に、以降は関連記事を一切見てません。すでにどうでもいい。性風俗関連の風営法についての記事は長らくチェックし続けていたのですが、それも見なくなりました。もろともに興味がなくなりました。
関心がなくなった私からの見え方にすぎないかもしれないですが、一般の人たちの関心もすでに消えてないですか? 『踊ってはいけない国で、踊り続けるために』のAmazonでの順位を見ても、発売10日のわりに芳しくない。広範に議論をすることを避けたためかとも思います。ただもう「署名してくれ」じゃ関心は維持されず、理解も深まらない。それが彼らの選択なのでしゃあない。
久々に書いたらやっぱり批判になってますが、これは前振りです。
今私が危惧しているのは、ヘイトスピーチ規制法についても、同じようなことが起きてしまうのではないかってことです。ちゃんと議論を重ねていかないと、気づいた時には刑事罰を含めた規制法、禁止法ができてしまいかねない。あるいは「法規制は危険」という掛け声だけが暴走して、何も変わらないかもしれない。
私は法規制は容認、しかし民事に留めるべきとの主張をしており(民事では法規制と言わないような気もしますが、ここは民事、刑事をまとめて法規制としておきます)、その前に法に依拠せず、できることをすべきと主張し、だから、カウンター行動にも参加しているわけですけど、なかなか議論が起きてこない。これ、まずいっすよ。
しばき隊やプラカ隊の足を引っ張る人たちは山ほどいますが、だったら、法による規制を論じて欲しい。「あんな無駄なことをしないで、法律で解決」というのもありだと思うので、足を引っ張る暇があるなら、「現行法で規制するにはどうしたらいいのか」、それが無理なら、「どの法律をどう改正するか」「どういう法律を制定するか」を論じて欲しい。そりゃ、しばき隊やプラカ隊の足を引っ張る方が簡単ですけど、それじゃあなんの解決にもならんでしょう。
現実には、法学者や弁護士以外で、これについてどちらの立場であっても意見を積極的に言っている人たちはカウンター行動に参加している人たちが中心だったりします。行動する人たちは議論もする。私が考え方を変えたのも、カウンター行動のあとの議論でしたし。
今問題なのは、二者択一になってきているように見えることです。ヘイトスピーチ規制法は是か非かの二つです。
例えば答えられない事情についてはFacebookに書きました。YESとNOしかないフォーマットなんでしょうけど、定義と条件づけはしないと、意味ない。
どんな法規制があり得るのか、それらの法規制がどんな利点とリスクがあるのかの議論さえなされていないのに、賛成も反対もないもんだろうと思います。
私としては
1)判例による現行法での民事救済
2)法改正による民事救済
3)民事救済の新法制定
4)現行法の改正による処罰化(名誉毀損罪、侮辱罪、脅迫罪など)
5)アメリカ型ヘイトクライム
6)ゾーニング型規制法
7)ヨーロッパ型禁止法
のざっと7種くらいに大別できようかと思ってます。もちろん、それぞれどういう内容かにおいては、もっと細かく別れましょう。アホですけ、私もこれでいいのかどうか全然自信はない。
今現在でも、ヘイトスピーチが脅迫罪、名誉毀損罪、侮辱罪に抵触する場合は民事救済がなされるわけですが、個人に向けたヘイトスピーチ自体を不法行為として民事救済の対象にするのが1から3。私はここまでは容認。1で済むならそれに越したことはないのですが、それが可能なのかどうかようわからん。もともと私としてはここにあるような理由からの容認なので、差別やヘイトスピーチの定義や範囲を明文化して欲しい。判例であれ、条文であれ。
4以降の刑事に踏み込むのは今のところ反対。1から5の保護法益は個人の人権なり、個人の生命、財産なり。6と7は社会の秩序なり、集団的人権なり。憲法に抵触する可能性があるのは6と7で、とくに7。
ちなみに性表現の扱いで言えば、刑法175条のわいせつ規定は7に該当(青少年健全育成条例は6ですが、そもそもポルノが解禁されていない中でのゾーニングなので、ここでの分類には該当せず)。欧米は児童ポルノ等を除いて6に該当でしょう。
すでに説明したように、こう整理すると、「性表現の規制に反対する人が、ヘイトスピーチの規制に賛成するのはダブルスタンダードだ」という主張がいかにおかしいかわかりましょう。性表現は7に該当し、ヘイトスピーチは0です。ダブルスタンダードは現状に生じています。そもそも両者が合致していないとおかしいということでもないけれど、そういう批判をする人たちは合致していなければならないと思っているのですから、合致させるべく主張すればよい。
Facebookではやっと議論らしき議論ができるようになってきたので、よかったなと思っているところで、私のような法学部の劣等生だった人間が、ない頭と知識を駆使して、ああだこうだ考えているわけで、もっと頭のいい人たち、もっと知識のある人たちははもっと考えて欲しいし、もっと議論して欲しいのです。
法学関係者の議論は起きつつあり、内部の学習会もこのあといくつか開かれるようですけど、議論をオープンにやって欲しい。専門家と言われる人たちだけが密室で議論して、その結果だけを出されても理解は広がらないと思います。皆が口出しできる空気を作らないと、私はまた離脱しなきゃならなくなりますし。
追記1:カウンター・グループ内「署名隊」の金展克さんから、ここに出ていない法制化パターンが提示されました。6と7の間に位置づけられるかな。「それに賛同する」というのではなく、「こういうのも考えられる」というアイデアです。これもありですけど、法制化せずとも実現可能かもしれない。これを含めて、法制化の選択肢をより具体的に見せていくべきだろうというので、いずれ条文までを作りこんで公開することになりそうです。カウンター・グループは一所懸命こういうことを考える人たちが集まっていて、頼もしい。
追記2:磯部涼編著『踊ってはいけない国で、踊り続けるために』は河出が送ってくれていたらしいのですが、届いておらず、これを見て改めて送ってくれました。書いてみるもんです。私はこの本になんの貢献もしていないため、買う気満々で、送って欲しくてこんなことを書いたわけではないんですけどね。
追記3:5月7日、磯部涼からメールがあり、このエントリーに対して「がっかりです」とのことで、他の人たちのツイートも貼り付けてくれました。具体的には何も書かれていないので、いまさら何をがっかりしているのかさっぱりわからん。当初から私はLet’sDANCEに批判的であり、だから署名をしていないことも、私がこのテーマから完全離脱したこともとっくに知っているのに。
読めばわかるように、このエントリーはヘイトスピーチ規制法について、その選択肢を見せて、それぞれの利点とリスクを説明し、どういう法律の改正、制定が好ましいのかを多くの人が理解した上で議論をすべきだという趣旨です。Let’sDANCEがその議論を経ないまま、署名を始めてしまったことを踏まえていて、それを説明しただけのこと。
その考えが間違っていると思うんだったら、そんなメールを私に送るのでなく、その旨をここに書き込んでくれればよいだけです。改めてLet’sDANCEのやり方のどこがまずかったのかについて議論してもかまいません。今現在どうなっているのか知らないため、蒸し返しにしかならないですが、今後のために意義はあるでしょう。でも、公開でやらないと意味ないと思います。公開された文章についての議論ですから、公開でやりましょう。
追記4:弁護士も参加しての議論が急速に進んでいて、私が想定していた「法規制」とは別の候補が次々と提案されています。また、弁護士会がすでにこれを論じた際の資料集が存在していることもわかりました。いちいち書き加えていくのは煩雑なので、遠からずまとめて発表します。どこでどう発表するか未定ですが、このブログでリンクします。
追記5:この本の担当編集者である坂上陽子さんがこのエントリーに対して、Facebookで出典も名前も示さず、批判をしてきたことに対して、反論をしておきました。http://www.facebook.com/sakanoueyoko/posts/511937918872650 そのやりとりの中で、Amazonの数字が「芳しくない」としたことが気に入らなかったことがわかりました。発売から10日で2万位台は芳しくないと私は思ったわけですが、たしかにAmazonの数字に対する評価はさまざまであり、あくまで私の印象に過ぎないことを改めて強調しておきます。
Amazonの数字は、このエントリーを出してすぐに4桁になってましたから、「少しは貢献したかも」とも思っていて(もちろん、このエントリーによるものかどうかは不明ですけど)、この翌日、「言論しばき」を告知するSSから書影に差し替えています。その段階では読んでいなかったので、それ以上のことはしてませんが、のちに読んだ部分については推薦もしております。http://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=649784205048388&id=100000504433981 この本に対する悪意は全然ないのになあ。なんにせよ、野間易通・のいえほいえの文章はぜひお読み下さい。
つたない提起に本当に粘り強く、また真摯にお付き合いいただき、ありがとうございました。議論のなかから見えてきた問題は本当に多かったと思います。これからもよろしくお願いします。私も「寛容の精神」で、できるだけオープンな議論空間を維持できるよう、頑張ります。
西形さんはヨーロッパのような法規制まで容認することを恐れていて、私はどちらかと言えば議論が起きていない現状を危惧していて、そのズレから言い過ぎが多々あって申し訳ない。でも、実際のところ、考えていることはほとんど違いがない。「放置がいいわけはない。しかし、日本でヨーロッパ型の刑事罰までを持ち込むのは難しいのではないか」ということですね。そこが確認できて私としては嬉しいし、ありがたかったです。
とにかく今の二者択一から抜け出したい。上の分類が正しいかどうかは別にして、「自分はこれこれこういう理由から、これを選択する」というところまでそれぞれが判断できるようにならないといつまでも変わらない。あるいはいきなりとんでもない法律ができてしまいます。これはすべての法改正や制定に言えることですけどね。
あの議論で整理できたところがありますし、あのあとさらに自分の中で整理できた部分があるので、機会があったらまたよろしく。