英雄の宿命~ジョン=マケインの足跡~

共和党大統領候補2008のジョン=マケイン上院議員はベトナム戦争に参加した帰還兵である。
社会主義のソビエト連邦の傀儡だった北ベトナム政府に身柄を拘束されて、強制収容所へ監禁された。
そこは地獄だった。日常として拷問・虐待が続けられた。
マケインは逃げられることができた。釈放するヨ……とも告げられた。
それでも、自分の美学を貫き、彼は釈放を拒んだ。
「私よりも他の仲間を釈放してください」と。
拷問で受けた傷は彼の体に残っている。
彼は右肩を上げることができない。

ニクソン大統領が1969年1月29日にベトナム戦争の終結を宣言する。
アメリカ軍は1969年3月29日に南ベトナムから撤退完了した。
1973年1月27日、パリにてベトナム民主共和国、ベトナム共和国、南ベトナム共和国、アメリカ合衆国の間でベトナム戦争終結を約したパリ和平協定が調印された。
捕虜になって、5年6ヶ月後……。米軍がベトナム撤退した後も存続していた収容所もついに解体されることになり、1973年3月15日にマケインは釈放された。
自由の国である祖国に戻ったとき、マケインのことなど覚えている人はいなかった。むしろ、冷笑によって迎えられることが多かったという。
国のために戦った米兵が温かく迎えられるどころか、戦争は過去になり、忘れられ、時に冷たくされる事態に直面し、マケインは何を思ったろうか?深い絶望を覚えずに、それでも現実を受容した……のだろう。

時代は変わり、マケインは上院議員となって、いつしか、「ベトナム帰還兵の英雄」と呼ばれるようになった。
しかし、悲劇としかいえない捕虜収容所における体験が英雄伝として語られていたのに、肉体的犠牲が「彼は発狂している」理由として語られ、マケインの正気が問われ、彼は葬り去られそうになった。ジョージ=ブッシュ現大統領(当時はテキサス州知事)の選挙戦略によってだった。

それでも、マケインは生き返った。実に強靱だ。

マケイン大統領が誕生することはあるのだろうか?

カテゴリー: 及川健二のパリ修行日記 | 投稿日: | 投稿者:

及川 健二 について

ジャーナリスト/研究者。 それまで一分もフランス語を学んだことがなかったのに、 フランス留学を決断。2002年UCLAエクステンションセンター・ 夏期英会話講座・修了、グランゼコールの一つ、2004年 リール政治学院・夏期特別セミナー修了(European Summer University Program at Institut d’Etudes Politiques de Lille)。 フランス国立パリ第九大学・Dauphine修士課程に2004-05年に在学。 多国籍企業の経営戦略が研究テーマ。大学では”英語”で講義を 受け、語学学校でフランス語を勉強するというチョット変わった留学生活をおくる。2004年7月3日から2006年3月25日までフランスに滞在。リール、トゥール、パリにて生活する。数々の政治家にインタビューする。 共著『オカマは差別か』(ポット出版)、2002年1月。 編集・共著『常識を超えて』(ポット出版)、2002年6月。 単著『ゲイ@パリ 現代フランス同性愛事情』(長崎出版)、2006年10月。 単著『沸騰するフランス 暴動・極右・学生デモ・ジダンの頭突き』(花伝社)、2006年10月。 単著『フランスは最高!』(花伝社)、2007年6月。