「ロワイヤルを再び社会党大統領候補とするな」とジョスパン元仏首相

セゴレーヌ=ロワイヤルさんは自身に対する批判が噴出しているのを「性差別主義」と述べています。
さて、『日刊ベリタ』に【「ロワイヤルを再び社会党大統領候補とするな」とジョスパン元仏首相】というタイトルの記事を執筆しましたので転載します。

   9月17日付リベラシオン紙によれば、フランス社会党の重鎮リヨネル=ジョスパン元首相が近著「難局」で、今春の大統領選挙でニコラ=サルコジ大統領に惜敗したポワトゥー=シャラント地方圏のセゴレーヌ=ロワイヤル知事を名指しで大統領候補の資格なしと激しく批判した。 
 
◆政治的能力の欠如を指摘 
 
 ジョスパン氏は「社会党の新党首を選出する2008年秋の党大会でロワイヤルを選んではならない。彼女は党首になる器ではないし、政治的能力に欠けている。彼女の下では2012年の大統領選挙で社会党候補がまた勝利できない」と語った。 
 
 同氏は1997年6月の下院議会議員選挙で社会党を勝利に導き、左派連立政権を実現して首相に就任。2002年5月まで務め、週35時間労働制に代表されるような労働者を手厚く保護する政策を実現した。 
 
 また、ナチス傀儡政権下で犠牲になった少数者に対して公的に謝罪し、異性カップルのみならず同性カップルの権利をも保障する準結婚制度・パクス法を成立させた。進歩的な政策を多く地道に実現した同氏の首相としての功績を評価する人は左派の間で未だ多い。ニコラ=サルコジ政権によって社会党の人気政治家が次々と引き抜かれる中で、同氏の党内での影響力は増している。 
 
 ジョスパン氏はロワイヤル氏を「世論に迎合したナルシスト」と形容し、「彼女が大統領選で掲げた政策のほとんどが極右ないしポピュリストに属するものだった」「彼女は大統領になれる可能性が最も少ない候補者で、サルコジ氏に勝てると思われたのは幻想に過ぎなかった」とと酷評した。 
 
 さらに、「左派連立政権で実現した数々の進歩的な政策を基盤として戦うべきだった」といい、ジョスパン政権の成果を選挙戦で強調しなかったロワイヤル氏の戦術を批判した。 
 
◆パリ市長を党首に推薦? 
 
 リベラシオン紙はジョスパン元首相がロワイヤル氏を公然と非難する理由として、来年の党大会で党首の座を目指すと公言しているロワイヤル氏の待望論を牽制する狙いがあると分析。ロワイヤル氏は社会党の支持者の間では未だに根強い人気があり、党首に推す声が強い。 
 
 ジョスパン氏は新党首には同性愛者であることを公言しているパリ市長のベルトラン=ドラノエ氏が相応しいと推している。ドラノエ氏は1980年半ばからジョスパン氏の側近として仕えた旧知の仲で、1998年11月に全国放送のテレビ番組「立ち入り禁止地帯」で上院議員だったドラノエ氏が自らが同性愛者であると初めて公の場で告白した時、ジョスパン氏が真っ先に励ましの言葉をかけてきたという。 
 
 社会党の新党首には他に、同党幹部のローラン=ファビウス元首相やロワイヤル氏と並んで人気の高いドミニク=ストロス=カーン元財務相の名があがっている。ただ、カーン元財務相は国際通貨基金(IMF)の次期専務理事に立候補しており、選ばれた場合、仏政界から離れることになる。 
 
 ファビウス元首相は党内での人気が低く、カリスマ性に欠けることから、党首選はロワイヤル氏とドラノエ氏の一騎打ちになる公算が大きい。ジョスパン元首相が公然とロワイヤル氏を批判したことで、党首選は一層過熱しそうだ。 

カテゴリー: 及川健二のパリ修行日記 | 投稿日: | 投稿者:

及川 健二 について

ジャーナリスト/研究者。 それまで一分もフランス語を学んだことがなかったのに、 フランス留学を決断。2002年UCLAエクステンションセンター・ 夏期英会話講座・修了、グランゼコールの一つ、2004年 リール政治学院・夏期特別セミナー修了(European Summer University Program at Institut d’Etudes Politiques de Lille)。 フランス国立パリ第九大学・Dauphine修士課程に2004-05年に在学。 多国籍企業の経営戦略が研究テーマ。大学では”英語”で講義を 受け、語学学校でフランス語を勉強するというチョット変わった留学生活をおくる。2004年7月3日から2006年3月25日までフランスに滞在。リール、トゥール、パリにて生活する。数々の政治家にインタビューする。 共著『オカマは差別か』(ポット出版)、2002年1月。 編集・共著『常識を超えて』(ポット出版)、2002年6月。 単著『ゲイ@パリ 現代フランス同性愛事情』(長崎出版)、2006年10月。 単著『沸騰するフランス 暴動・極右・学生デモ・ジダンの頭突き』(花伝社)、2006年10月。 単著『フランスは最高!』(花伝社)、2007年6月。