「同性婚」を求めるべきではない

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レズビアン&ゲイ向け雑誌『yes』の最新号で、「Live for Life LGBT超先進国 オランダで見た、私たちの未来。」という特集が組まれている。特集の中では、オランダのゲイ新聞編集長が「オランダに同性婚は存在しないのです」というタイトルで登場し、次のように語っている。
「同性婚という表現自体がおかしい。結婚という枠組みのなかに、たまたまゲイのカップルがいるだけなんです。つまり結婚とは、誰にでも道の開かれたものなんです。ホモ結婚という表現を使うことは、別のカテゴリーに入れてしまうことになり、差別にあたりますよ」
彼のいわんとしていることを一体、どれだけの人が理解するだろうか。拙著『ゲイ@パリ 現代フランス同性愛事情』のインタビューの章を読んだ方ならば、編集長の真意を汲み取れるだろう。
同著の中で、社会党、緑の党、共産党、与党・国民運動連合といった主要政党の政治家・関係者に私はインタビューした。その中の一人、アレクサンドル=カレル『同性愛と社会主義』代表にインタビューしたとき、私が「同性婚」(mariage homosexuel)という語を用いたら、彼はおおよそ次のようなことをいった。
「私たちは何も同性愛者だけを対象とした『同性婚』という制度を新たにつくれといっているわけではないのです。結婚制度を同性カップルにも“開放”せよ!といっているのです」
それ以降、私は「同性婚」という言葉を用いず、拙著ではすべての取材対象者に次のように尋ねることにした。
「なぜ、同性カップルの結婚が合法化されることに賛成されるのですか?」
私がインタビューした人は一人を除いて、「同性カップルの結婚合法化」に賛成なのであり、「同性結婚(同性婚)」に賛成なわけではないといった。
二つの違いは何か。それは同性愛者を保護すべき「特別なマイノリティ」と扱うべきかどうかという問いに端を発する。驚く方も多いかも知れないが、同性愛者の権利擁護を掲げる彼らは「特別なマイノリティ」扱いすべきではない……という立場だった。いわんとすることはこうだ。
「同性愛者はかわいそうなマイノリティだ、だから特別に彼らのための制度をつくってあげるという立場を私はとりません。愛する二人が同性であるという理由だけで結婚制度から排除されている。これを差別だといっているのです。人間であれば誰もが成人に達すれば、結婚する権利を持つべきです。そこには、当然、あえて結婚しないという自由もあります。同性愛者は同じ人間でありながら、『結婚できない』状況にあり、これは是正されるべきです。いわば、『マイノリティとしての権利』ではなく、『人間としての権利』を同性愛者にも与えるべきだと考えているのです。」
 フランスでは「性的少数者」(セクシュアル・マイノリティ)という言葉が当事者から敬遠されているということは以前にここで書いた。その理由はお分かりいただけるだろう。
 「被害者としての権利」「マイノリティとしての権利」を求めるべきなのか、「人間としての権利」を求めるべきなのか。権利獲得運動の根本はまずこの問いから始まる。

カテゴリー: 及川健二のパリ修行日記 | 投稿日: | 投稿者:

及川 健二 について

ジャーナリスト/研究者。 それまで一分もフランス語を学んだことがなかったのに、 フランス留学を決断。2002年UCLAエクステンションセンター・ 夏期英会話講座・修了、グランゼコールの一つ、2004年 リール政治学院・夏期特別セミナー修了(European Summer University Program at Institut d’Etudes Politiques de Lille)。 フランス国立パリ第九大学・Dauphine修士課程に2004-05年に在学。 多国籍企業の経営戦略が研究テーマ。大学では”英語”で講義を 受け、語学学校でフランス語を勉強するというチョット変わった留学生活をおくる。2004年7月3日から2006年3月25日までフランスに滞在。リール、トゥール、パリにて生活する。数々の政治家にインタビューする。 共著『オカマは差別か』(ポット出版)、2002年1月。 編集・共著『常識を超えて』(ポット出版)、2002年6月。 単著『ゲイ@パリ 現代フランス同性愛事情』(長崎出版)、2006年10月。 単著『沸騰するフランス 暴動・極右・学生デモ・ジダンの頭突き』(花伝社)、2006年10月。 単著『フランスは最高!』(花伝社)、2007年6月。