年別アーカイブ: 2012年

「ねんねこりん」+東日本復興支援プロジェクト

以前このブログでも報告したとおり
『ねんねこりんの作り方』刊行を記念して、
東北復興支援プロジェクトの活動「ふんばろう東日本プロジェクト」「ミシンでお仕事プロジェクト」南三陸ミシン工房で縫製されたスリング「ねんねこりん」が仕上がってきています。

刊行記念ということで、書籍とスリングのセットを特別記念価格6,700円で販売をはじめています。
本を読んでもなかなか自分でつくるのは……という方は、ぜひ仕上がったスリングを!

販売は、ねんねこりん工房のサイトからどうぞ→ねんねこりん工房
ポット出版でも取り扱いはできるのですが、
ねんねこりんの生地柄がいろいろ選択できるので、
ねんねこりん工房のサイトからどうぞお選びください。

いただいた本●小川プロダクション『三里塚の夏』を観る─映画から読み解く成田闘争(DVDブック)

編著者・鈴木一誌さんからいただきました。

書名●小川プロダクション『三里塚の夏』を観る─映画から読み解く成田闘争
副書名●映画から読み解く成田闘争
編著●鈴木一誌
発行●太田出版
定価●3,333円+税
2012年5月22日発行
ISBN978-4-7783-1314-2 C0095
A5変形版/192ページ/並製

Amazonで予約する

●本の説明
小川プロダクションの第一作『日本解放戦線 三里塚の夏』が本邦初DVD化!!
本書は「DVDブック」という形で、1968年の三里塚闘争の模様をとらえた傑作ドキュメンタリー映画『三里塚の夏』(本書添付DVDにフルバージョン収録)の映像と共に、小川プロダクションの映画史的な位置づけ、成田空港問題の近代史的な位置づけを行う各種論考を加えた書籍です。
いまだからこそわかる視点から映画を観ることで、三里塚闘争を現在の問題として再び「体験」する!!

●目次
『三里塚の夏』をふたたび導入するために 鈴木一誌
部落一覧+主要登場人物
三里塚周辺地図
■第一部 『三里塚の夏』を観る
座談会:過去と現在と未来の迷宮へ 『三里塚の夏』を読み解く
大津幸四郎+山根貞男+筒井武文
■第二部『三里塚の夏』を読む
『日本解放戦線 三里塚の夏』が作られた時代 上野昻志
闘う農民像の系譜 平嶋彰彦
『日本解放戦線 三里塚の夏』採録シナリオ
年表で読む 三里塚と小川プロダクション
加担と共苦 鈴木一誌
あとがき ほか

お部屋2398/もう一度、風営法制定の経緯と目的

風営法改正についていくら書いても暖簾に腕押しだったため、やる気が失せてブログに書くのはやめ、メルマガに書き続けてます。とくに歴史については、少しずつしか調べられないので、地味に作業をしていくしかありません。

しかし、ここに至って風営法について取り上げるメディアも増えてきていて、「1年前は誰も相手にしなかったくせに、どっかがやり出すとすぐに後追いしやがって」と腹立たしい思いもありつつ、二番煎じ、三番煎じでもやらないよりはやった方がよい。マスコミというのはそういうものですから、しゃあないわ。

そういった報道やインターネットで読めるものの中で、気になることがあります。風営法制定の経緯と目的です。端的に言えば間違いだらけです。弁護士でさえ間違ったことを書いたり、言ったりしています。

例えば「売買春を防止する目的で制定された」などと書かれていたりします。その法律は売防法だす。売防法も買春は対象じゃないですが。
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いまさらなWii Fit

先週くらいから、夜仕事から帰ったあとWii Fitで遊んでいます。
自転車で5km半走ってから30〜40分Wii Fitをやると、結構汗だくです。

毎日きまってやるトレーニングは3つくらいで、
それ以外は日によってメニューを変えます。
有酸素運動と筋トレとヨガで40種類以上トレーニングがあるので、
毎日やっても飽きません。

ちなみに一昨日は「水平ひねり&横ひねり」「ジャックナイフ」「アーム&レッグレイズ」などで
体幹をいじめまくったので、今日は脇腹含めおなか全体が筋肉痛です。
翌日に筋肉痛が来ないあたり、認めたくない現実ですが…。
あ、ヨガの「三日月のポーズ」も脇腹に効きます。

まだ始めたばかりなので体重はあまり減っていませんが、
体を動かすと心がさっぱり晴れて、とても気分がいいです。

鉄もワクチン接種済み

先週、すずのワクチン接種とフィラリアの検査を済ませた。
今週は鉄の番。
(二匹ともフィラリアは陰性)

鉄は、診察室に入ると、
ピョンと自分から診察台に飛び乗るし、注射のときもじっと身動きしないので
先生から褒められまくり。

「みんな鉄みたいだと、助かるんだけどなあ」と頭をなでなで。
なぜか病院では賢そうな犬に変身する鉄であった。

ドアから外を眺めて、診察の順番を待つ。
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注射も終わって、フィラリアの結果を待つ。
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マガジンポット新連載「テレクラ・ボーイズ」スタートしました

ポット出版サイト内のマガジンポットで新連載「テレクラ・ボーイズ」がスタートしました。

テレクラ・ボーイズ

1980年代にはじまるテレクラ黄金時代について、実体験をもとに語ります。
1週間に1回程度のペースで更新していきますので、お楽しみに!
以下は著者による「まえがき」です。

———–
いまや“出会い系”としては、絶滅危惧種となったテレクラ。しかし、テレクラは伝言ダイヤル、SNSなど、今に続く出会い系サービスの先駆けであり、見知らぬ男女が出会うための初めての社会的“装置”だった。
この連載では、出会い系の元祖たる、テレクラの黄金時代を振り返ってみたい。そこからこの国の男女はどう変わっていったのか、それとも変わらなかったのか、みえてくるものもあるかもしれないと思うからだ。
語り部の梶木俊作こと、私を簡単に自己紹介させていただこう。東京の下町に生を受け、同所で育ち、半世紀を生きる生粋の東京人。“下町の電通”と自称(詐称!?)する自らの企画会社で、真面目に仕事に打ち込む傍ら、日夜、どうしたら女性と出会い、セックス出来るかばかりを思考し、実践する。「一生懸命、遊ぶ」をモットーとする真面目な遊び人である。ストリートや合コンから、テレクラや伝言、ネット、SNSまで、出会い系は、ほとんど体験済。今回は“持ちネタ”の一部を公開させていただく。
なお、文中の名称などは、プライバシー保護(勿論、私のプライバシーが最優先だが)の立場から、一部仮称、創作であることをご了解いただきたい。

第1回 バブリーエイジ――テレクラのあった10年

いまや“出会い系”としては、絶滅危惧種となったテレクラ。しかし、テレクラは伝言ダイヤル、SNSなど、今に続く出会い系サービスの先駆けであり、見知らぬ男女が出会うための初めての社会的“装置”だった。

この連載では、出会い系の元祖たる、テレクラの黄金時代を振り返ってみたい。そこからこの国の男女はどう変わっていったのか、それとも変わらなかったのか、みえてくるものもあるかもしれないと思うからだ。

語り部の梶木俊作こと、私を簡単に自己紹介させていただこう。東京の下町に生を受け、同所で育ち、半世紀を生きる生粋の東京人。“下町の電通”と自称(詐称!?)する自らの企画会社で、真面目に仕事に打ち込む傍ら、日夜、どうしたら女性と出会い、セックス出来るかばかりを思考し、実践する。「一生懸命、遊ぶ」をモットーとする真面目な遊び人である。ストリートや合コンから、テレクラや伝言、ネット、SNSまで、出会い系は、ほとんど体験済。今回は“持ちネタ”の一部を公開させていただく。

なお、文中の名称などは、プライバシー保護(勿論、私のプライバシーが最優先だが)の立場から、一部仮称、創作であることをご了解いただきたい。


初めてつながったコール

「まさか、彼女じゃないだろう」という言葉を心の中でつぶやく、数時間前のこと。私は慣れない(というか、取れない)電話と格闘をしていた。ベルが鳴った途端、すぐに受話器を取るが、既に誰かに先を越されている。電話を掛けてきた相手と話すことさえできないのだ。

テレフォン・クラブ(テレクラ)。テレコミなどと隠語で表現されることもあったが、電話一本で、男と女が繋がる夢のような装置だ。その店、「ジャッキー」は、不夜城といわれる新宿の歌舞伎町にあった。“テレクラ初めて物語”は機会を改めさせていただくが、今考えると、もしその場所との出会いがなければ、あの時節は実に無味乾燥なものになっていたと思う。そのテレクラに足繁く通う、というか、入り浸る契機となったのが“彼女”だった。

その店は早取り制(取次、順番制などもあるが、それらは、またの機会に説明する)、ベルが鳴り、最初に電話を取った者が話すことができる。外から女性が電話をかけ、テレクラの店内にいる男性が取る。店の営業努力(レディマガの広告や店名入りのティッシュ配布など)や時間帯にもよるが、時々、通話が集中し、電話が余り、その“コール”を難なく取ることができるのだ。

多分、彼女と話す契機は、その余りコールからだったと思う。聞けば、仕事で嫌なことがあって、憂さを晴らしたいという。20代半ばでデザイン関係の仕事をしていて、嫌なクラアントに駄目出しをされ、腐っているようだ。誰でもそんな時はある。逢魔が時ではないが、たまたま、目にしたテレクラのティシュにあったフリーダイヤルの番号に電話してしまう。テレクラに電話するのは初めてで、勿論、相手と会ったことなどもないという。いまとなっては自分がどんな話をしたか覚えていないが、私の優しそうな声(に聞こえたらしい!?)に安心したらしく、お酒を飲むのを付き合って欲しいといわれる。

下品な表現だが、“やれる!”とは考えていなかった。とにかく、会えることの驚きが勝り、先のことなど思いもしない。イノセンスなどというと、これから語ることにもっとも相応しくない言葉かもしれないが、テレクラという装置への無邪気な好奇心みたいなものがあった。もし、その時、下心らしきものがあるとしたら、彼女が仕事で抱えた憂さを少しでも晴らし、僅かでも重荷を解き放ち、軽くしてあげること、余計なお世話だが、そんないい人気取りであったように思う。

白い開襟シャツの女

テレクラでちゃんと話したのもアポを取った(待ち合わせする約束を取る)のも初めてのこと。新宿・歌舞伎町で、気の利いた待ち合わせ場所が思いつかない。彼女からは、歌舞伎町の一番街を入ったところに「キャッスル」というカフェバー(カフェとバーが合体した当時のトレンディなスポット。西麻布のラ・ボエムや麻布のプレゴなどがはしりか。ただのカフェやバーではなく、イタリアンも出した。ナイトクラビングの根城)があるので、そこはどうかといわれる。私は心当たりがなかったため、当時、コマ劇場の斜め前にあったディスコや居酒屋、ゲームセンターの入っているビルの1階の「ロイヤル」という喫茶店はどうかと提案した。ところがなかなか決まらず、噴水の前やコマ劇場の入口など、待ち合わせ場所が二転三転する。最終的には、「ロイヤル」になったと思った(と、敢えて、そう表現させていただく)。待ち合わせの目印を教え合う。髪は肩までで、白の開襟シャツに紺のスカートだという。まるでリクルート・スタイルだが、当時はデザイナーぽいと感じた。いまであれば、携帯電話の番号やアドレスを交換しておけば済むものだが、まだ、携帯電話が身近な時代ではなかったのだ。

待ち合わせは1時間後、多分、夜11時だった。そんな時間から飲む。これは泊りか、という淡い期待ももたげる。アポを取った余裕からか、余りコールだが、不思議と電話が取れるようになり、意外と会話も弾んでいく。あわよくば、ダブル・ブッキングもありか、とさらに期待はふくらむ。

約束の時間が迫り、余りコールを軽くいなし、歌舞伎町の雑居ビルにあるテレクラを出る。勇んで、待ち合わせの「ロイヤル」へ行くが、待ち合わせ時間の11時だというのに、お目当ての女性はいない。すっぽかしか。テレクラであれば、誰も食らう、女性からの冷たい仕打ちだ。男は叩かれて、強くなる。

まだ打たれ慣れてない私は少し涙目になりつつ、15分ほど待ってみる。しかし、一向に来る気配はない。ひょっとしたら、別のところで待っているのではないか、という思いが浮かぶ。待ち合わせ場所は二転三転している。勘違いしているのではないか。

最初に彼女が指定した「キャッスル」へ急いだ。ドアを開け、店内を見回すと、丸テーブルのところにいた女性が私を見て、微笑む。胸元を見ると、白い開襟シャツ。

目印は合っているし、私とも目があった。しかし、私の心の声は「まさか、彼女じゃないだろう」と、呟いたのだ。清楚で可憐という、手垢のついた表現はいかがなものかと思うが、そうとしかいえない容貌。その肢体からは慎ましやかな風を漂わし、淑やかな匂いを香らせる。そんな女性がテレクラなんかに、電話をかけるわけがない――。

私は声をかけることもなく、踵を返し、その場を立ち去ってしまった。すっぽかされたショックからか、また店に戻り、電話と格闘する気が起こらず、終電が近いこともあって、そのまますごすごと家へと帰った。

家に戻り、風呂に入り、湯船につかると、まさかではなく、ひょっとしたら、彼女がアポを取った女性ではなかったか――という思いが頭の中をぐるぐると回り出した。違っていてもいい、何故、声だけでもかけなかったのか。後悔、悔恨、斬鬼……逡巡すらしなかったことに激しい後悔の念が込み上げる。俺は、湯船のお湯で、溢れ出る涙を洗い流した……というのはおおげさだが。

テレクラを研究対象とし、自身がテレクラマニアでもある社会学者の宮台真司氏は、ビキナーズラックではないが、初テレクラで美味しい思いをしたものは必ずテレクラに嵌るという。そういう点では、私自身は決して美味しい思いをしたわけではない。むしろ、本来、会えるべき未来の恋人(!?)とすれ違ってしまった。そのことが逆に、テレクラに溺れる契機となった。つまり、テレクラで電話を待っていれば、いつか、彼女と“再会”できるのではないか。そんな一縷の望みから、私のテレクラ放浪記が始まったのだ。

泡沫の青春時代。いまとなっては幻の10年とでもいうべき、季節に起こった物語の幕が静かに開いた――。

シミとり作戦スタート

長年の懸案事項だった「顔のシミとり作戦」を開始した。
「作戦」といっても、ただ病院に行って治療してもらうだけなんですけどね。

私が行ったのは、東京女子医科大学附属 青山女性医療研究所クリニック

シミとりにはいくつか方法がある。先生と相談して私は
IPL治療にした。

シミの部分にビビビッと光を当てる。
先生が「ちょっとビビッとしますよー」と言ったけど、これがちょっとじゃないんだなー。
何ともない人もいるらしいけど、肉体的苦痛に弱い私は、「うわっ! ゲゲ、いたい!」と訴えたが、
当然、治療は続く。
そのとき、頭をよぎった疑問を先生に聞いてみた。

「先生、もしかしてレーザーはこれより痛いの?」
(シミとりにはレーザーの方が効果が高い。料金も高い)
「はい、その通りです」
心の底からレーザーにしなくてよかったとおもった。

4週間おきに、あと2回ビビビを受ける。こわいわー。
でも、こわさのあとには、美しさが待っているのよ〜〜〜〜。

あっ、今、佐藤の顔を見てもダメですよ。
ビビビを当てた直後は、シミの部分がより濃くなってますから。
それがかさぶたのようにはがれて、だんだん薄くなる(予定)。

このシミとり作戦、もちろん保険の対象外。
そこまでの価値があるかどうかは、3カ月後にわかるでしょう。

鼻じまん

フィラリアの検査とワクチン接種にすずを病院に連れていったら
先生に鼻をほめられた。

「湿り気具合も、つやもいいねえ」

そうなんです、先生!
仔犬のときは、もっとつやつやしていて、肉球も黒くてつやつやだったので
母はときどき「黒豆ちゃん」と呼んでいたんです。
おしいことに、肉球はかたくなってつやがなくなったけど、鼻の黒豆さ加減はいまも続いています。

一方、鉄の鼻はどちらかというと、乾いている。
性格と一緒で、ドライなのね。

二匹の鼻の写真を撮ろうとしたら、カメラのレンズが嫌いな鉄は顔をそむけるそむける。

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………で、ようやく撮れたら、珍しく鼻が濡れてる。
鉄「今日はウェットな気分なんです」
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カメラを向ければ、ばっちりカメラ目線をくれるすずは1発OK!
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