年別アーカイブ: 2012年

第6回■BOYS BE DESIRE,JUMP THE MIDNIGHT!

いつしか、季節は夏から秋へと移る。“星空のドライブ”を共にした我が愛しの欲望のマーメイドとは、その後も何度か、会うことになった。特に付き合いをしている女性がいなかったので、彼女といえなくもなかったが、そんなことはこっちの勝手な思い込みだし、私自身、彼女が欲しいとも思っていなかった。

セックスフレンドという言葉が流布するのは90年代からだが、セックスができる女性がいれば良かった。二人で映画を見たり、遊園地へ行ったりなど、したくもなかった。前戯としてのデートという発想でしかなかった。若者向け男性誌では盛んにデート特集をやっていて、バブル時代を象徴する、いまにして思えば夢のような高級ホテルでのディナーやクリスマス・デートなどが紹介されていた。しかし私は、それは時間と金の無駄であると断じていた。

とはいうものの、下心もあり、その女性とはデートらしきことを続けていた。何度目のデートか忘れたが、歌舞伎町を職安通りに向かう、奥歌舞伎町という感じのところに、私のお気に入りの台湾屋台料理の店があり、いっしょに行ったことがあった。値段も手頃で、かつ、ホテル街の中にあるという、私のような人種(どんな人種!?)には、うってつけの店。

台湾料理をつまみながらビールを飲み、他愛のないことを話ながら時間をやり過ごすと、既に終電の時間は超える。勿論、意図的だ。あとは泊まるしかない状態に持っていく。幸い、周りはホテル街という理想的、思惑通りの展開だ。ホテルに誘うとすんなりとついてくる。今回は最後までという期待で、心臓が早鐘のように打つ。今度はしくじらない、強引にでも決めてしまえという思いも込み上げる。“きめてやる今夜”(BY 沢田研二)だ。

そこは当時のラブホテルらしく、風呂場がガラス張りで、照明を落とさないと丸見えになってしまうしつらえになっていた。さすがに明るいままではお互い恥ずかしいので、弱冠暗くしつつもなんとなく見えるという微妙な明るさに調整した。淡い光の中に彼女の身体がぼんやりと浮かぶ。彼女がシャワーを浴びた後、私も風呂へ入る。期待に胸を膨らませ、股間も膨らませる、と親父ギャグを入れておきたいところだが、多分、邪まな下心というか、そんな印を見られるのは恥ずかしいので、自制していたはず(笑)。

ベッドに入ると、いきなりキスをされる。口の中には飴玉が入っていて、それを口移しされる。大阪のおばちゃんではない、いきなり飴ちゃん攻撃だ。不可解な行動に頭をかしげつつも、気分は思い切り盛り上がる。口移しなど、なんと淫靡な行為だろう。

これは行ける。そんな確信を得る。これから始まることを存分に期待させる。前戯として、これほど、脳内物質を分泌させる行為はないだろう。身持ちの固い彼女も漸く、私を受け入れる心構えができたか。努力(!)の甲斐もあった。投資に見合う結果を得ることができようとしていた。

ところが、だ。またもや、そんな野望は脆くも打ち砕かれた。抱き寄せ、やや強引に挑もうとした刹那、背中を向けられてしまい、以前のように、やっぱり、出来ないと、拒否されてしまった。“仏壇返し”ではないが、無理やり抱き寄せ、はぁー? ここまで来て、何、恍けてんだ!と、思わず“ベッドやくざ”になるところだったが、私はDV男ではない。女性に優しい、聞き分けのいい男だ。すごすごと引き下がってしまう。そして歌舞伎町のラブホテルのベッドの上で、眠れる夜明けを、二人でいるにも関わらず、一人で悶々と迎えたのだった。

「『いき』の構造」

多分、その女性とはそれきりだったと思う。前述通り、恋人が欲しいわけではない。セックスできる相手を探しているだけだ。そのために恋人モードを演出し、恋愛詐欺をする気もなかった。もちろん、テレクラで、見ず知らずの女性に出会えてしまうことの驚きや楽しみがあったが、それだけではなく、根底には、手っ取り早く目的に到達したいという思いもあった。だからこそテレクラに走ったのだ。

そのデート後、彼女から手紙や電話を貰ったが、適当な理由をつけ、会うことを断り、疎遠になった。別れ話を切り出すでもなく、自然消滅を狙ったのだ。散々、寸でのところで、私を袖にしながら、それでも会おうという彼女の気持ちを当時は理解できなかった。いまなら、なんとなく、理解できる。マズローの「欲求段階説」ではないが、その女性にとって、手順や順番を踏む、段階を経ることが大事だったのかもしれない。「好き」とか、「愛している」とかを嘘でも言っておけばよかったのだろう。しかし、誠実な私(笑)は、そんな嘘はつけない。もっとも、“出会い系”の世界で、そんな段階が取り払われるには、そう時間はかからなかった。それは、また、別の話として、話を先に行かせていただこう。

いうまでもなく、私は切り替えが早い。そんなにも早く切り替えができるのは、ある本の影響でもあった。実は、九鬼周造の「『いき』の構造」という「いき」を考察した研究書を、同郷のストリート詩人に勧められ、読んだことがあった。その詩人とは、偶然、あるストリート・ライブで見初め、私が声かけさせていただいたが、大川(隅田川)の上流と下流に棲むもの同士ということで、親しくなった。「『いき』の構造」は古語が多く、難しい本だったので、すべてを理解などはできなかったが、読了後、いたく、感銘を覚えたものだ。いきの表徴は異性に対する「媚態」と、「意気地」、そして「諦め」であると書かれていた。特に、その“諦観”観には共感して、心の中へ留め置かれたのだ。

それだけでなく、「『いき』の構造」以前に、私の父が歌舞伎や落語などに親しみ、花柳界の遊びをしていたこととも関係があったかもしれない。父は有名な芸妓や幇間(ほうかん)などとも親交(テレビにも出ていた芸者から家に電話がかかってきたこともあった。父と声が似ているため、いきなり馴れ馴れしく話しかけられた)があった。そんな血筋ゆえ、いきやいなせには、それなりの拘りがあり、田舎臭いことやださいことは忌み嫌っていた。すべてにおいて執着や固執を捨て去り、あっさり、すっきり、瀟洒たるということを心掛けてもいた。

それゆえ、その女性に対しても深い追いせず、すぐに次みたいな発想になったのだと思う。ある種、「いき」の美学への憧れでもある。勿論、テレクラに行けば、いくらでも出会いの機会は転がっている。何も一人に執着や固執する必要はない。そんなのは野暮というものだ。

テレクラの“ゴミ”たち

そんな格闘を連日しているうちに、気がつけば深夜を過ぎ、翌朝までテレクラに居残ることが多くなった。“日々旅にして旅を栖(すみか)とす”ではないが、テレクラが住処のようになっていた。勿論、そういう輩は、私だけではなく、同じような連中も多かった。そんな“居残り佐平次”は、いつしか、“ゴミ”と呼ばれるようになる。ある意味、蔑称で、失礼な話だが、その分、特典もあった。

テレクラに日参していれば、不思議と客同士も面識ができ、交流も生まれる。客同士の仲が良いというテレクラも珍しいが、ボックスを出て、事務所前の溜まり場(ビデオや雑誌などが置いてあった)で情報交換をしているうちに、自然と打ち解けてくるものだ。仕事や生活、年代も関係なく、大人の社交場のようなものができる。お互い、女の穴を追う、スケベな男同志、同好の士として、不思議な連帯感も生まれる。地位や役職も関係ない、ある意味、対等な関係が心地良い。くだらない馬鹿話や風俗話、武勇伝などを語り合う。時には女性からのコールもそっちのけで、盛り上がることさえあった。

そんなミッドナイト・トーク・セッションには、テレクラでアルバイトしている大学生も加わった。その彼は遅番で、深夜から早朝までを担当していた。彼が店番のときは、常連から金をとらなくなるのだ。その分、ゴミ扱いされるわけだが、最初の入店分を払っていれば、朝までの延長料金は払わず、無料で過ごすことができた。全員がヘビーリピーター、テレクラ中毒患者だ。それまでに相当の金を店に落としている。顧客サービスもあったのだろう。同時にアルバイトだから特にノルマがあるわけではなく、熱心に仕事する必要もない。そんな気楽さというか、いい加減さもあったかもしれない。私達は遠慮なく、甘えさせていただいた(笑)。

ゴミと言われる常連にはいろんなメンバーがいたが、純然たる会社員より、自営や自由業が多かったように思う。深夜から朝までテレクラにいられる職種など、限られる。フリーのカメラマン(英国BBCのカメラクルーをしているといっていた)、映像関係の技術者(スピルバーグと連絡を取り合っているといっていた)、大学の助教授(某有名音楽家と共演している音楽家の親戚といっていた)……。それが本当か嘘かはわからない。私自身も適当に職業をいっていた。時間が不規則というところで、デザイナーなどといっていたはずだ。

すべてが本人の自己申告である意味、いい加減で、曖昧でしかないが、だからといって、特に詮索されることもない。本当のことを言えなどと誰も言わない、素敵な仲間達である。社会学的にはホモソーシャリティというらしいが、そんな男同志の関係が居心地良くも、楽しくもあった。

誰かががアポを取ったら、皆で見に行ったり、テレクラの近くにあるヘルスやキャバクラへ団体で遊びに行ったりもした。また、近くのスーパーで食材を買い込み、テレクラの溜まり場で、鍋までやった。ここまでくると、テレクラという枠を外れ、大学の部室みたいな感じさえする。多分、ナンパ研究会みたいなサークルがあれば、そんなサークルの部室という雰囲気だろう。

欲望や野望を剥き出し、女性と出会い、セックスするという同じ目的を持った仲間。建前は不要、本音を語り合う。それでいて、嘘やハッタリも許し、プライバシーにずけずけ入り込まない。緩い人間関係だが、そこは自分が自分らしくいられるところでもあった。

私が学生時代から務めていた企画会社は、資金調達のため、社員に高利貸しから金を借りてこさせるようないい加減な会社だったが、私自身は真剣に仕事に取り組んでいた。その熱心な仕事ぶりから、周りからは生真面目な人間と取られていた。それなりの人望や評価も得ていた。ところが、本当の自分(というほど、大袈裟なものではないが)は、生真面目どころか、これまで風俗絡みの数々の武勇伝(!?)を披瀝してきたが、とてつもないろくでなし(思わず、ワハハ本舗の梅垣義明のピーナッツを鼻から飛ばす歌が浮かんでくる!)だ。そんな自分を曝け出し、自然体でいられる場所だった。随分と楽になれたものだ。女性を落とすため、日々格闘しながらも、私は思い切り、自分自身を開放していった。多分、それは私だけでなく、その場にいるものも同じだったと思う。誰もが第二の青春時代ではないが、自動延長のモラトリアム期に、ミッドナイト・パーティやワンナイト・カーニバル(氣志團か!?)を思い切り楽しみ、馬鹿騒ぎしていた。

大志ではなく、欲望を抱いたテレクラ・ボーイズはグッド・フェローズでもある。ゴミ同士で団体戦はしなかったが、利害関係のない遊び仲間を持つということ、それがいろんな女性と出会い、セックスする機会を増すことに繋がっていった。つまらない競争をするのではなく、男同志がつるんで共闘する。変なライバル心や、相手を出し抜くなどのいやらしい心を捨てると、獲得できるものもあるのだ。釣り場(狩場)を変えてみたら、“相棒”が待っていた──。

TOWER RECORDS ONLINEでの連載「アイドルのいる暮らし」第2回:ガリバー編を公開しました

TOWER RECORDS ONLINEでの連載「アイドルのいる暮らし」の第2回:ガリバー編を公開しました。
著者は『グループアイドル進化論』共著者の岡田康宏(@supportista)さんです。
この連載は、ポット出版から単行本として刊行を予定しています。

平日のライブ会場やショッピングモールで行われるイベントで、いつも見かける大人の姿がある。けっこういい歳してるけど、この人たちはいったいどんな生活をしているのだろう?

大人のアイドルファンは、アイドルファンであるだけではなく日常を生きる社会人でもある。お金も暇もある大人のオタクには、元気なだけの若者にはない深みと趣きがある。ライフスタイルとしての現場系アイドルファン、大人のオタクの遊び方とは?
今回お話を伺ったのはガリバーさんだ。20代後半会社員。社会人5年目。大阪の実家で両親と暮らしている。ASAYAN世代で、福岡にいた大学生時代にハロプロにハマりアイドルファンに。狼脳でねとらじDJ、当初はハロプロ一筋だったが、ももクロがきっかけで他のアイドルも見に行く「DD」となり、2011年に参加した現場は341現場。遠征も含めて毎週末のイベント参戦は欠かさず、1日3現場から多い日には6現場を回す。今は愛媛・ひめキュンフルーツ缶を熱烈に応援しているという彼に、自身の応援スタイルや遠征、地方アイドルの魅力などについて話を聞いた。

アイドルのいる暮らし 第2回:ガリバー編

『劇画家畜人ヤプー4【復刻版】―無条件降伏編』(監修:石ノ森章太郎/原作:沼正三/作画:シュガー佐藤)を発売しました

新刊『劇画家畜人ヤプー4【復刻版】―無条件降伏編』を発売しました。

石ノ森章太郎(監修)×沼正三(原作)による戦後最大の奇書『家畜人ヤプー』のコミック化第四巻を復刻(初版は1994年「辰巳出版」より)。

目次など、詳細は以下をご覧ください。
劇画家畜人ヤプー4【復刻版】―無条件降伏編
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『論集文字 第1号 改訂版―漢字の現場は改定常用漢字表をどう見るか』(編:文字研究会)を発売しました

新刊『論集文字 第1号 改訂版―漢字の現場は改定常用漢字表をどう見るか』を発売しました。

改定常用漢字表で、結局、なにが変わったのか?
新聞校閲、学校教育、業務システム、ネットと出版の現場から、身近な漢字の変化に迫る。
※本書は電子書籍「論集文字 第1号」(2011年5月)を改訂した紙版です。

目次など、詳細は以下をご覧ください。
論集文字 第1号 改訂版―漢字の現場は改定常用漢字表をどう見るか
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水田の美しさ

先週末から今週火曜にかけて、
某媒体の取材で西日本をあちこち訪れました。
行った県は、福岡と岡山、奈良です。
こんなに短期間にあちこち大移動するのは、いい年こいて初めての経験でした。

移動は新幹線が主で、席は必ず窓側を指定。
世界の車窓からごっこをやりたいからです。
乗車してしばらくは、景色を眺めつつ
心の中でBGMを流して実況したりしていたのですが
だんだん空しくなってきてやめました。
誰かと一緒に旅するときにやった方が楽しいな、と思いました。

今回乗ったのは九州新幹線と山陽新幹線、東海道新幹線です。
私が乗ったルート特有なのかもしれませんが、
景色で特に印象に残ったのは
水田の美しさでした。
田に水が張ってあるので、当たり前ですが陽の光を照り返して
一枚板みたいにキラキラ輝くのです。
金属みたいに輝く水面に太陽や雲が映えて、
周りは萌える緑がいっぱい。
いやー、にっぽんの美はここにあり…。

北海道によくあるような360°見渡す限りの畑もなかなかですが、
水田が輝く風景のほうが日本らしいなー、なんて改めて思った旅路なのでした。

DTP勉強会 [第7回]レポート

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DTP勉強会 [第7回]
2012.05.17
今回のテーマ●DTPにおける文字のあれこれ+便利なツールやソフト
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[DTPにおける文字のあれこれ]
●日本語OpenTypeFontの文字数と字形
日本語のOpenTypeFontは、フォント名で収録文字数や字形がだいたいどの規格に準拠しているかがわかるようになっている。

○文字数
フォントのうしろについているStd、Pro、Pr5、Pr6などは、フォントの文字数を表す。
Std<Pro<Pr5<Pr6 の順に文字数が多いが、名前のつけかたはフォントメーカーによって微妙に違いがある。

モリサワ
Std Adobe-Japan1-3 9,354字
Pro Adobe-Japan1-4 15,444字
Pr5 Adobe-Japan1-5 20,317字
Pr6 Adobe-Japan1-6 23,058字

ヒラギノ
Std Adobe-Japan1-3 9,354字
Pro Adobe-Japan1-5 20,317字

・Adobe-Japan1(A-J1)
Adobe社が定めた、日本語フォント向け文字セットの規格。
出版・印刷でよく使用される記号などが収録されている。
枝番が増えるほど文字数が多い。

Adobe-Japan1-3
Adobe-Japan1-4
Adobe-Japan1-5
Adobe-Japan1-6

○字形
フォント名の末尾にNのつくフォントは、JIS2004字形に対応しているフォントである。

従来のフォント(末尾にNがつかないフォント)は、JIS90字形が標準となっている。
末尾にNのつくフォントは、JIS2004字形が標準となっている。

JIS90字形と、JIS2004字形の違いはおおむね、
拡張新字体→康熙字典体(≒印刷標準字体)への変更。

[参考]
モリサワのサイトの「モリサワフォントディクショナリー」PDF
(↑フォントにまつわるあれこれが、丁寧に、わかりやすく書かれている)

★ふだん文字組するときは1万字以下でまかなえることが多いので、Stdで十分。
旧漢字や中国語などを使いたいときや、外字や記号がたくさん入ってくるときはProのフォントを使うなど、
そのときどきの仕事内容によって使い分けをすればOK.

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以下、補足事項
(深沢さんのお話のなかでちょこちょこ出てくる用語を、大原は理解していなかったので調べてみました)

●文字コードとは
文字や記号をコンピュータで扱うために、文字や記号一つ一つに割り当てられた固有の数字のこと。
→ウェブサイト「IT用語辞典」文字コード より参照

●JISコードとは
JIS規格によって決められた(お役所が決めた)、国として一般的に使用する日本語の文字コードのひとつ。

●外字とは
ある文字セットがあるとして、そのセットに収録されていない文字のこと。

Shift_JIS以外の文字を「外字」としていた一昔前では、外字フォントを使用したり作字をしたりしていた。
DTP環境が進化するにつれて、UNICODEを使えるようになったり
OpenTypeFontの登場で文字種が豊富に使えるようになってからは、
かつて「外字」とされていた文字もセットに含まれるようになったため、
外字フォントの使用や作字での対応は、ぐんと減った。

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[便利なツールやソフト]
世の中には便利なソフトやツールがあるけど、たくさんありすぎたり、知らなかったり。
深沢さんや他のデザイナーはどんな便利ソフトやツールをどんなふうに使ってる?
というわけでいろいろと教えていただきました。

shupapan/シュパパン(リネームソフト
ファイル名の変換など、多機能なリネームソフト。

●エクセルのテキスト入れ替え機能、連番をふる機能は意外と便利。

Indesign CS Version Check
一々、In Designでファイルを開かなくても、バージョンを知ることができる。
操作も簡単で、ファイルをドラッグ&ドロップするだけでOK.

Disk Catalog maker
ディスクの内容をカタログ化して、一覧で見ることが出来、検索などができる。
http://www.vector.co.jp/magazine/softnews/080329/n0803293.html

Make Link/メイクリンク(Fire Foxのアドオン)
サイト名とURLをセットで取り出せるので、サイトを紹介したいときに便利。

snapz/スナップズ(キャプチャソフト)★有料
スクリーンショット撮影用ソフト。
深沢さん曰く、このソフトは、マウスポインタも含めて画面キャプチャしてくれるので説明画像に使うときにすごく便利なのだそう。

【電子書籍版】論集文字 第1号

改定常用漢字表で、結局、なにが変わったのか?
新聞校閲、学校教育、業務システム、ネットと出版の現場から、身近な漢字の変化に迫る。

※本書は電子書籍「論集文字 第1号」(2011年5月)を改訂した紙版を元に、改めてPDF化したものです。
紙版では抜粋とした「改定常用漢字表(文化審議会答申)」を全文掲載しています。

劇画家畜人ヤプー4【復刻版】

石ノ森章太郎(監修)×沼正三(原作)による戦後最大の奇書『家畜人ヤプー』の完結編となるコミック化第四巻を復刻(初版は1994年「辰巳出版」より)。

●あらすじ
 196×年、西独逸。翌春に挙式を控えた日本人留学生・瀬部麟一郎(麟)と東独逸の名家の娘・クララは一挺の航時艇(空飛ぶ円盤)の墜落を目撃する。墜落した円盤から謎の女性・ポーリーンを救けたことをきっかけに、彼女が暮らす2000年後の未来世界、イース(EHS=The Empire of Hundred Suns)を訪れた二人。イースは徹底した女権社会であり、白人=人間、黒人=半人間、黄色人種=家畜という明確な人種階級制の国だった。「人間」クララはその地位から、イースの高度な文化・文明を享受する。一方、「家畜」麟は文化・文明の材料として、人体改造を施され、奴隷以下の存在として扱われた。
 ポーリーンはクララを伴って自分の代わりに子を宿す「子宮畜」購入の相談のため、古代地球の航時探検家にして前地球都督アンナ・テラスを訪問。子宮畜の養成機関・フジヤマ飼育所での羞恥に満ちた選定の末、ポーリーンの子宮畜に選ばれたのは、入所から二年半を経た優秀な候補生・カヨであった。その道中にクララは自分の生きてきた二十世紀以降の人類の歴史を知る。そしてさらに、アンナ・テラスから日本の神話の秘密を聞かされる。それは日本書紀・古事記に語られる日本の神々は全て白人であり、彼女こそが天照大神だという衝撃的な事実であった。クララはそれらの荒唐無稽な未来を素直に信じられるほどに、すでにイースを受け入れていた。その一方で、麟もまた、クララとは違った形で、混乱しつつも自然にそれを受け入れていた。
 さながら古代シナのような宮殿・瑤台でついにクララと麟は再会する。浅ましくクララに抱きつき、指を舐め、褒美をもらって大喜びする麟。すでに二人の関係は恋人ではなく、「主人と家畜」だった。瑤台で引き続き語られる、衝撃の世界史。人類の歴史・文化が全て白人由来のものであると繰り返し確認され、日本の文化は単なる猿真似の文化であると断じられる。屈辱に満ちた歴史を麟はただ傍らで聞くことしか出来ない。
 クララは麟を伴い、ポーリーンの義弟である、恋人・ウィリアムとデートにでかける。白人専用のトイレとして改造された家畜「セッチン」を見た麟は日本民族の成れの果てに怒りを覚えるが、クララはリンを自らの肉便器にすることを決心し、リンはそれを受け入れる。そして、三人に合流したポーリーンの兄セシル・ドレイパアがクララに語る、ジャンセン家の人々、イースの制度、第三次世界大戦─。一つ一つの事実に、傍らの麟は茫然とするほかなかった。
 リンのかつての恋人であったクララはウィリアムと婚約し、完全なるイース人となる。また、リンは生来の犬の性を開花させ、ついにはイースに残り一生をヤプーとして二人に捧げることを決心するのだった―。マゾヒズムの骨頂を描く〝戦後最大の奇書〟劇画版、ついに完結!!