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第9回■テレフォンライン(一本の回線が繋ぐ命の電話)

桜ヶ丘

釣り場や狩場を変えながらの転戦の模様を前々回、前回と、報告させていただいたが、テレクラそのものの場所も変え、転戦することになる。

時期はうろ覚えだが、新宿に少し手詰まり感が出て来たため、新宿から渋谷へと、河岸を変えてみることにした。渋谷は通っていた大学や学生時代に務めた会社の事務所があったので馴染の地ではあったが、あまり、遊び場という認識はなかった。

その店は「アンアン」という某女性誌から拝借したような名前(風俗店には、この手の店名が多い)で、渋谷でも少し奥まった桜ヶ丘にあった。

当時、桜ヶ丘は渋谷駅に近いにも関わらず、マンションや住宅が立ち並ぶ、閑静なところだった。道玄坂や宮益坂などにあるテレクラと比較すると、隠れ家的なテレクラといっていい。

同店へ至る手前の坂を上ると、有名な中華飯店があり、その先には、なんと、ドラマ『岸辺のアルバム』のロケでも使用されたラブホテル(当時からかなり老朽化していた)があった。さらにその奥へ行くと、かつて、かのロス疑惑の三浦和義が経営したブティック『フルハムロード良枝』もあった。さらに、S女性とM男性をカップリングするSMバー(まだ、フェティシュバーやハプニングバーなどという言葉ができる前のこと)まであった。閑静な住宅に欲望が渦巻く(!?)、まさに穴場的なところだ。

駅を出ると、センター街など、渋谷の喧騒にまみれることなく、そのまま辿りつけるのがいい。まさにお忍び感覚で、秘密基地に行くという雰囲気が好きだった。歌舞伎町の風俗街的な雑多さは好きだったが、渋谷の学生街的な雑多さには馴染んでいなかったようだ。

渋谷がブルセラや援助交際の街(ブルセラ、援助交際という現象や言葉は90年代に入ってから一般化する)になるには、もう少し時間がかかる。チーマー(チーマーという言葉は1989年に作られたとされている)が出没し、新宿以上に危険な香りを醸す、前のことだ。

その女性の電話を取ったのは、深夜ではなく、まだ、9時過ぎくらいだったろうか。
「アンアン」は早取り制ではなく、取次ぎ制である。どういう経緯で私に回ってきたかわからないが、彼女の声のトーンは低く、ある種のやるせなさみたいなものを帯びていた。いきなり、これから会って、セックスしましょう、みたいな軽い乗りではない。

長い会話になることを覚悟した。セックスできる云々は別として、アポが比較的、容易に取れるようになったのは、私がじっくり話す(というか、聞く)からというのがある。焦ることなく、落ち着いて話を進める。「いま、どこ? これから会わない!?」などと、間違っても、性急に口走らない。

まずは、お互いに簡単な自己紹介をする。その女性は30代の看護師だった。仕事を終えて家に帰ってきたばかりで、誰かと話したくて電話をしたという。彼女は心に問題を抱えていた。ある男性と結婚の約束をしていたが、その男性の母親の反対で、破談となってしまったのだ。

いきなり、重たい話である。確かに、一人で抱え込んだまま朝を迎えるには、しんど過ぎる。少しでも話して、軽くしたいのだろう。
婚約破棄は、その男性から直接言われたものではなく、彼の母親が“宣告”したのだそうだ。本人から言われるのであればまだ納得もいくが、いくら親とはいえ、当事者でもない人間からの一方的な通告。彼女自身、理不尽さを感じ、わだかまりが消えない。婚約者からは一切、連絡がこず、また、連絡をしてもまったく繋がらない状態だという。彼女からしてみれば突然の出来事で、まさに晴天の霹靂。こんな理不尽なことがあってもいいのだろうか、という気持ちである。

他人事ながら、その親子に怒りを覚えた。かの佐野史郎がドラマ『ずっとあなたが好きだった』で、“冬彦さん”なるマザコン男を演じるのは1992年だが、まるで、マザコン男が母親の言いなりになっているようだった。

彼女は、母親の電話を受けてから、食事がのどを通らなくなったという。水分もあまり補給してないようだ。一瞬にして、拒食症になってしまったのだ。

安易な励ましや慰めなどはできなかった。彼女が求めているのは、そんなものではないと感じた。男と女である。何が正しく、何が間違っているかは、一概にはいえないし、軽々しく善悪を論ずるものでもないだろう。しかし、彼女が怒りや憤りを抱くことは決して間違ってはいない。誰が聞いても理不尽なことだ。その思いを肯定はしてもらいたいという気配は感じとることはできた。ともに怒りの炎を燃やし、悔しさの露を払う、共感者(もしくは共犯者?)が必要だった。彼女は自ら抱えている、いいようのないものに対して、第三者の判断を仰ぎたかったのかもしれない。

何故、そう思ったかというと、“証拠のテープ”を聞かされることになったからだ。実は彼女、その母親との会話を自宅の電話の留守電に録音をしていた。

留守番電話。いまでこそ当たり前(というか、様々な機能がついた携帯に比べると、極めて原始的な機能だ)だが、当時はようやく留守番電話が普及したばかり。携帯やポケベルが一般化する以前、家にいなくて電話を取れなくても、相手の用件を聞けるだけでも画期的だった。その機能を利用し、婚約者の母親と会話しながら、留守電のスイッチを入れ、録音していたのだ。

今度はその機能を利用し、私と話しながら、その会話の録音を再生する。一瞬、その母親と直接、話している錯覚を覚える。聞いていると、嫌味なものいいや見下した発言の連発に、当事者でなくても反発を抱き、憤怒の情が込み上げてきた。その理不尽な発言には耐えがたいものがあり、思わず、怒鳴りたくなってしまう。

家柄が違う、などというと、旧態依然のものいいだが、看護師として働いている彼女の職業への不満と、結婚しても仕事は続けることへの反発が、山の手の嫌味な“ざあます”言葉で語られる。慇懃無礼とでもいうのだろうか。罵詈雑言ではないが、そこには悪意と敵意しかない。同時にその背景には、自らの息子が親の承諾しない相手と結婚を考えたことへの焦燥と嫌悪が満ちている。

私自身、ざあます言葉を操る、似非上流階級(!?)には敵意を抱きこそすれ、決して好意などを持つわけがない。

状況証拠や前提条項で判断するのはいかがなものかと思うが、仮に裁判員裁判なら、その女性が正しく、母親が間違っていると、私は判決を下すだろう。彼女はそんな判決を待っていたのかもしれない。

創世記のテレクラの役割

婚約破棄を宣告した会話の録音など、誰にでも聞かせられるものではない。それは、自分の恥部を晒すことだ。だが、テレクラでは容易に晒すことができる。むしろ、テレクラでなければ、彼女の憤りや怒りを思惑や対面を気にすることなく、肯定するという、共感者を見つけることができなかったのだろう。

いくら友達や親類でもいえない、秘密の会話。テレクラだからこそ、彼女は包み隠さずに言うことができたのかもしれない。

私がその会話を聞き終え、同じように怒りを感じたというと、彼女は幾分、元気になって、声のトーンもいくらか高くなってきたように感じた。いったい自分のどこがいけないのか、自分では判断できず、第三者に委ねたかったのだろう。あまりに混乱し、混沌としてしまった自分の揺らぎやぶれをどこかで、修正しなければならない。それをテレクラに求めていた。

テレクラが出会いの機能を果たすのは言わずもがなだが、それ以前は、相談相手を見つけるものでもあった。あたかも子供電話相談室のように、テレクラも、創世記には相談や話し相手を見つけられる場所であることを喧伝していたのだ。「素敵な彼がいる」ではなく、「話を聞いてくれる男性がいる」、ということで、女性側の抵抗感を払拭しようとしていたのかもしれない。

テレクラが、実際に会うためのものではないとすれば、清水節子(テレフォン・セックス考案者。風俗リポーターとして、懐かしや『11PM』などの番組でも活躍。70年代から80年代にかけて一世を風靡した。80年代後半まで開設されていたが、最盛期は70年代半ば)のテレフォン・セックスの素人版みたいなものの端緒といえなくもない。
テレフォン・セックスは当初、いまでいうテレフォン・セックスという疑似性行為をするだけではなく、性の悩みや問題にも答えていた。それと同じように、テレクラ創世記は話し、聞くことだけで完結していたのだ。

同じ量の“怒り”

その女性とは、証拠テープを聞かされてからも延々と話すことになる。実は、私が学生時代に務めていた企画会社の同僚の女性が同じような“痛い目”にあっていた。その女性は仕事の打ち上げ後、酔って、彼の実家に電話したら、たまたま母親が出てしまい、ほろ酔い口調を咎められ、かつ、深夜(といっても11時前だが)まで、仕事仲間といえ、男女複数で、酒を飲むという行為をたしなめられた。彼女自身も婚約をしていたが、母親の意向で、婚約破棄されてしまう。それも同じように、彼からちゃんとした説明もなく、母親からの一方的な宣告によってだ。その彼女は、彼へ電話をしようとしても、実家なのでかけても取り次いでもらえないため(この辺が携帯以前のことだろう)、手紙を送るしかなかった。そこには当時、流行った近藤真彦の「ケジメなさい」(1984年の紅白歌合戦の出場曲!)の歌詞を引用し、“ケジメなさい”という言葉が綴られていた。

しかし、ケジメはつけられることはなく、曖昧なまま、うやむやにされ、傷心の彼女はニューヨークへと旅立ってしまった――。

同僚の女性とは恋愛関係などにはなかったが、大事な仲間を傷つけた、ケジメのつけられないマザコン野郎は、忌避すべきものとして、心の片隅に置かれたのだ。

それゆえ、30代の看護師の女性の“悲劇”は、他人事と思えず、身近なこととして憤慨もした。その女性と同じ怒りの量で、怒りを持ったといっていい。

話は延々と続き、朝を迎える。始発の走る時間である。私も仕事があったが、彼女は、食事ができないだけでなく、ほとんど寝ることもできていないという。性欲は抑制できても食欲や睡眠欲は堪えることができないものだが、完全にその欲求が減退している。それが続けば、彼女の身体が持たないばかりか、精神的な失調も起こしかねない。

私は話を切り上げ、まずは寝ることを促した。寝なければ、意識も朦朧とし、適切な対処方法なども見つからないというものだ。

彼女自身は話し足りないらしく、もっと話したいという。思わぬアポだが、その日の夕方に会うことになる。公園通りのパルコの前で、待ち合わせることにした。さすがに渋谷のハチ公前では、人が多過ぎ、待ち合わせてもわからない。我ながら、正しい選択だと思う。

彼女の服装を聞くと、大きな花柄のワンピースだという。目鼻立ちははっきりして、派手目ともいう。看護師とは“星空のドライブ”をした女性以来、ときどき、テレクラで遭遇する機会があった。なにしろ、テレクラの御三家的(看護師や保母、主婦などが当時、テレクラを比較的、頻繁に利用していた。勤務時間や育児の時間、友人との祝日の関係で、出会いが限られる)存在でもあったからだが、看護師は、仕事場ではどちらかといえば地味で、華美さより、清楚さが求められる。しかし、オフになると、派手な服装や化粧をするという女性が多かった。電話の内容と、服装や容姿に違和感を若干、覚えつつも、看護師だからそういうものだろうと、勝手に判断した。

その朝、テレクラを出て自宅に戻り、1時間ほど仮眠をすると、仕事先へ向かった。あまりの睡眠不足で、たいして仕事にならなかったことを覚えている。とても給与に見合う仕事をしていたとは言い難い。申し訳ない(涙)。

約束の時間までになんとか仕事を切り上げ、仕事場から渋谷へと急ぐ。果たして、彼女は来るだろうか。かなり朦朧とした中でのアポだから難しいところかもしれないが、しかし、数時間、それこそ、夜から朝まで話し合った二人である、信頼感みたいなものも芽生えているはず。まさか約束は破られることはないだろうと、信じていた。まだ、人の心や情けが信じられる時代でもあった。
渋谷駅から公園通りの坂を、パルコへと上った。するとそこには、“一杯のかけそば”ならぬ、“一杯のカレーライス”という“ドラマ”が待っていたのだ。

海 その2

浜辺に着くなり起こった出来事とは、
波打ち際の近くで跳びはねている魚を見た鉄が、海に向かって猛然とダッシュ。
母は片手で鉄とすずのリードを持っており、足場が悪かったこともあり
鉄とすずが引っ張る力で、前のめりに転倒。

そのまま、腹這いの状態でひきずられてしまったのです。
後方から、ゲラゲラとナースのバカ笑いが聞こえました。
あとから聞いた話では、近くにいた家族連れと顔を見合わせて、一緒に笑っていたらしい。
ナースは「写真撮らなきゃ」と思ったらしい(ここは感心)が、カメラは母の首に……。

母は思いました。「このまま海の中までひきずられるのか?」
それは、さすがにまぬけすぎると思い、リードをはなすと、鉄は海の中へ一目散。
スーイスーイと沖へ泳いでいってしまいました。

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そんな鉄をつかまえて、「やれやれ」と砂浜に腰を下ろして休もうとしたら
まだ泳ぎ足りない鉄が、再びすごい力で引っぱりはじめ、母はしりもちをついた状態で
再び引きずられました。
もちろん、後方からはナースのバカ笑いが。

そのときの写真がこれ。
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洋服も体も砂だらけ。鉄は魚のことで頭がいっぱいで固まってるし。
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そんなこんなで、優雅に浜辺で犬たちを遊ばせる余裕がなかったわけです。
次回、絶対に持っていくものは、ロングリード。人間は水着を下に着ていた方がラクそう。

点、今度は泳ごう!
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海 その1

三連休の最終日。ナースが運転する車に乗せられた犬たち。
犬たちが、ハアハアと息を荒くするもんだから、車の中が臭い臭い!
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着いたのは、お台場公園。
鉄は泳ぎが上手。すいすい泳いで沖に行ってしまう。焦る母。
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すずは、海の中でジャボンジャボン飛び跳ねるだけ。
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点は泳ぎたそうだったけど、ロングリードを持ってこなかったのと、
ほかにもいろいろあって(*)、今回は波打ち際で遊ぶだけ。
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咲は、意外にも海に入るのを恐っていたようだ。波なんか全然ないんだけどね。
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実は、浜辺に着くなり、大爆笑の出来事があった。
ほかにもいろいろあって、というのは大爆笑の出来事のこと。
それは、次回に。

いただいた本●書店の未来を創造する─本の学校・出版産業シンポジウム2011記録集

出版メディアパル・下村さんからいただきました。

書名●書店の未来を創造する
副書名●本の学校・出版産業シンポジウム2011記録集
編●本の学校
発行●出版メディアパル
定価●2,400円+税
2012年7月10日発行
ISBN978-4-902251-52-4 C2000
A5判/192ページ/並製

出版メディアパルのサイトで購入する

●本の説明

1995年から5年間にわたり、鳥取県大山町で開かれた「本の学校大山緑陰シンポジウム」は、その後ほぼ2年ごとに場所を変え、2006年からは、東京ブックフェア会場での「出版産業シンポジウムin東京」に引き継がれました。本書は、その「出版産業シンポジウム2011」の全記録である。

●主な目次

●第一部:シンポジウム2011「いま改めて書店について考える―本屋の機能を問い直す」
電子書籍が大きな話題になる中で、書店が衰退業種のようにみられることもある。果たして今後、書店が果たすべき役割とは、そして、魅力の源とは何なのかを考えることで、書店の未来像を探る。

●第二部:4つの分科会報告
第1分科会:書店に求められる人材とは
第2分科会:“近刊情報”で出版ビジネスはこう変わる
第3分科会: “理想の書店像”をゼロベースで考える
第4分科会:電子図書館の現状と出版産業のこれから

第8回■エコーズ

転戦

“相棒”との転戦(というか、相棒との出会いによって、出会った人達との転戦かもしれない)の模様を簡単に書き記しておく。

池袋の合コンで会った“お嬢様”から知り合いの女性を紹介された。
それも一人や二人ではなく、かなりの人数になる。そのなかには、全国展開する“花嫁学校”(いまとなっては、曖昧な学校である)の経営者の息女もいた。いまでいう“セレブ”な出自で、まったくの箱入り娘。誰がどう見ても美人という容姿で、有名なテレビ番組の放送作家や映画のプロデューサーなども知り合いだった。そういう意味では、箱入りといいつつ、なかなか、好奇心旺盛な発展家でもある。

何故、私などを紹介したかわからないが、“お嬢様”の豊富な人脈のバリエーションを示すには、私の登場が必要だったのかもしれない。私も紹介された手前、その女性と“デート”らしきことも数回した。ただ、イタリアンにフレンチ……店選びやメニューなどに気を使ったデートなどは、面倒くさいとしか思えなかった。勿論、継続するはずもない。

また、先の“合コンお嬢様”の人員の調達先である、異業種交流会的な社会人サークルにも顔出しさせてもらった。そのサークルでは合コンだけでなく、クルージング、キャンプ、テニス、ゴルフなどもしていたので、私もそれらに参加した。

そんな中から、共同でディンギー(小型のボートのこと。一般的には風を動力とするセーリング・ディンギー、ヨットを指す)を持とうなんていう話がされ、本気で葉山や逗子に係留させようという案も出ていた。まさに、バブリーな、あの時代ゆえのことか。

大学時代に仕事をしていなかったら、当時の大学生や新卒の社会人がしていそうなことをこのとき経験していたのだと思う。それだけ、世の中は浮かれていたのだ。

恥ずかしながら(そんな恥ずかしがることはないが、私の感覚では充分に恥ずかしい)、社会人サークルでは、合コン感覚で、初めてかの“鼠の国”にまで行くことになった(そこから名前を拝借した風俗店、ティズニーには行ったことがあったのだが!)。しかし、それは苦い思い出となった。たまたま、同行した男性の中にいわゆる女性に嫌われるタイプの男性がいたため、いつの間にか男子と女子のグループに分かれてしまい、「ホーンテッドマンション」は男同志でドゥームバギーに乗る羽目になったのだ。おまけに「ビッグサンダー・マウンテン」ではキャストから男性同士でいらしたんですか、と、余計なことをいわれる始末(涙)。

サークルの仲間が顔出ししていた“ねるとんパーティ”にも行き、そこでもちゃっかり当たりをつけ、何人かとそういう(ご想像にお任せする)関係にもなった。ねるとんパーティは元々、いまでいう婚活というか、出会いを求めているわけだから、ストリートなどで何を目的としているかわからない女性にやたら声掛けするよりは効率はいい。ある意味、前のめりだから、ひっかかりもいいわけだ。もっとも婚活といいつつ、まだ、結婚などまるで考える気はなく、悪い言い方だが、美味しいところだけをいただいていた。

そんなことをしているうちに、ねるとんパーティの主催者とも仲良くなり、気づいたらイベントの“お手伝い”をするようになっていた。

これはテレクラや風俗遊びにも通じるコツ、つまり“スタッフを味方につけろ”だ。
私は人垂らしではないが、気づくとうまく取り入っている。変な競争心を持ったり、他人を押しのけたり、店員やスタッフのことを見下したり、ぞんざいな口をきいたりせず、どこか仲間のように接していたからだろう。不思議と気に入られ、知らぬ間に仲間に引きずり込まれている。だからといって、完全なスタッフではない。あくまでも、お手伝い。ここが重要だ。

ただのねるとん参加者や完全なスタッフではないニッチな立場が、女性には新鮮に映る。気軽にスタッフに話しかけていれば、“偽客(さくら)”と思われる。さくらというと、たとえばテレクラなら、店に雇われ、やたら話を長引かせつつもアポは取れない女の子、のように悪いイメージがあるが、ねるとんでは、本気で参加している男性とは違って、いい意味でのジョーカー的な視線を浴びることになった。特に意識をしていたわけではないが、自然といい立ち位置を獲得していたようだ。

ちなみに、元祖“相棒”からは、彼が後に奥様となる女性と付き合い始めた頃、彼女の同級生を紹介され、ダブル・デートなどもした。彼女と“ラブラブ・モード”(懐かしい表現だろ?)になる彼としては、私を“更生”させるための御膳立てだったかもしれない。
紹介されたうちの一人はデパートのブランド・ショップのチーフ、もう一人は実家の花屋の手伝いである。

前者は高級ブランドらしい優雅さを持った淑女、後者は気立てのいいあいくるしい美少女。“あいくるしい”など、綾瀬はるかに先駆けること、10年以上も前。その顛末だが、相棒には悪いが、私には邪まな遊び心が疼いている、“欲望と痴情の世界”に相棒の彼女の親友を巻き込むわけにはいかない。やんわりと、撤退させていただいた。

この転戦の模様を書きあげたら、切りがない。隠しネタは無尽蔵にある。その模様は、またの連載(!?)に譲らせていただこう。密かに楽しみに、お待ちいただきたい。

連日連夜、遠征、転戦を繰り返した私だが、その時に意識したのは“エコーズ”という響きや軌跡である。
池や川に小石を投げ込むと、波紋は際限なく、広がっていく。その広がる様や行く末を追いかけ、それに身を任せてみる。

実は、現在、作家として、また、中山美穂の亭主として知られる辻仁成(ひとなり)が辻仁成(じんせい)時代に組んでいたバンドがエコーズという。バンド名そのものはピンク・フロイドの同題の曲から取ったそうだが、同時に曲名だけでなく、小石を投げ込み、波紋を広がるということからも取ったというのを覚えていた。私自身もまさに池や川に小石を投げ込む人でありたいという思いであった。

ある意味、行き当たりばったり、出たとこ勝負。あるがまま、なるがままに身を任せるという感じだろう。気づくと、池や川の波紋のように、いろいろと人間関係が広がり、人の縁が繋がっていく。そのありていを楽しみつつ、その絆を紡いでいったのだ。

30代のバツイチ子持ち女性の自宅へなだれこむ

といささか、文学的、哲学的(というほどではないが)に話はずれたが、前回、ティーザー広告的に紹介した30代肉感女性について触れておかなければならない。いまでこそ、“バツイチ”という言葉が流布しているが、同表現は1992年からで、同年には流行語にもなっている。まさに、その女性はバツイチ、かつ、子持ちだった。

かの相棒と出会ったテレクラがきっかけで、彼女と暫く付き合う(私の付き合うだから、あまり真面目にとらないでいただきたい)ことになったが、最初の出会いは、鮮烈であった。

その30代肉感女性との出会いは“黒革の手帳”を見ると、88年4月とある。多分、深夜になる前、自宅から掛けてきたのだろう。待ち合わせ場所は不確かだが、とりあえず、お酒が飲みたいので居酒屋へと行こうということだったから、歌舞伎町のどこかだったと思う。

第一印象は、肉感的ということ。グラマラスというより、ムチムチとしている。だからといって、肥満というわけではない。卑猥な表現だが、抱き心地が良さそうな身体である。顔は当時、ホームドラマなどで、人のいい、お母さんの役をやっていた女優に似ている。残念ながら、その女優の名前は思い出せない。

離婚経験と子供ありという女性だが、元のご主人が経営する洋装店で、いまだにパート的に働いているという。離婚の原因などはあまり詳しくは聞いていなかったが、ご主人の浮気ではないようだ。それなら、仕事を一緒にすることなどはできないだろう。

仕事や子育て(子供は小学低学年)のストレスを吹っ飛ばしたいという。歌舞伎町の居酒屋に連れて行くことにした。実は同店、私の仕事仲間から聞いたところで、馬刺しとレバ刺し(いまではレバ刺しは幻になるが、当時はそんなことはない)が上手いところで、あまりレバーは好きではないが、そこのは平気食べれた。ニンニクとショウガが絶妙なバランスに醤油に絡み、絶品である。何故、表(という表現も変だが)の行きつけの店に彼女を連れていったかわからないが、なんとなく、信頼できる女性であると、判断したからだろう。一瞬の人の見極めは、直観のようなものだが、安全と危険の仕分けは、自然としている。なにしろ、不夜城・新宿を泳ぐ“新宿鮫”である。危険察知能力は、高まっている。危険を察知し、回避する術は、このような遊びをしながら習得していった。

まずはビールで乾杯をするが、すぐに焼酎に切り替わる。飲む量は半端ではない。鯨飲馬食という言葉があるが、私の想像を超えた飲みっぷりだ。むしろ、焦って酔おうとしているかのようにかき込む。よっぽど、嫌なことがあったのだろう、とにかく憂さを晴らしたいようだ。

その嫌なことや憂さの原因などは話してくれることはなかったが、飲み進み、酔っぱらってくると、色っぽくなるというより、怖いくらいに目が座る。そして、やたらと絡んでくる。私などは、どうせ身体目的のスケベ男という扱いである。勿論、彼女の見立てに間違いはなく、身体目当て以外の何物でもない。元のご主人に対する不満や子育てへの不安などをそれとなく聞いてみるが、あまり、まともな答えは返ってこない。大変な女性につかまってしまった、できれば、早く帰りたいというのが正直なところ。いまでこそ、離婚し、子供を育てている女性は少なくなくないが、まだ、当時は実際の数字以上には珍しいと感じられていたのかもしれない。周りの見る目なども余計にストレスを増殖させていたように感じる。

さらに酔いが回ると、いきなりキスをされる。酒臭く、とても下半身が反応するという類のものでもない。フレンチキスやディープキスなど、キスの手技に則ったものでなく、貪るようなキスだ。私的には奪われるというより、襲われるという感じだ。さらに、今度は首筋にキス(というより、噛みつく)、キスマークという可愛いものではない、噛み痕がついてしまう。本当に傷跡(!?)が残り、何故か、必要のないスカーフを数日間、する羽目になってしまった。

私自身、あまり酒を飲まないこともあって、酔っ払いの介抱は得意としていた。また、テレクラで会っただけで、素性もわからない女性だが、流石、捨て置くようなこともできない。それなりに責任感の強い私である。

まともに歩ける状態ではないので、私が彼女の家に送ることになる。幸いなことに家は歌舞伎町から車で10分ほど、さらに都合のいいことに、子供は両親の家に泊まりに行っているという。

タクシーにその女性を必死に担ぎ上げ(酔っぱらうと女性は本当に重くなる!)、乗せて、10数分で、彼女の家に着く。名称はマンションとあったが、どちらかといえば、アパートというのが相応しい。幾分、生活臭の漂う建物である。彼女から鍵を預かり、扉を開け、玄関からすぐの部屋に入る。その女性は倒れ込むように寝てしまう。男性を部屋へ上げる、いくら酔っているとはいえ、これはOKのサインだ。好きにしてくれといっているようなものだ。

居間に倒れている彼女を抱きしめると、強く抱きしめてくる。意識がある証拠だ。決して、酔った勢いで、何かをしようとしているのではない。ある種、自分自身を納得させながら、身体を抱きしめたまま、唇を奪う(今度は私が逆襲する番である)。酒臭さは相変わらずだが、居酒屋でのキスと違い、下半身を刺激する。

服を脱がせにかかる。大人しくセーターを剥ぎ取る際には、両腕を上げる。そして、スカートもすんなりと腰を浮かし、脱がしやすいようにしてくれる。

下着姿になると、予想通り(!?)の肉感的な肢体が現れる。程よい肉付きと、肌理の細かい白い肌がビールと焼酎で赤く染まる。裸体の紅白歌合戦やー。

さらに下着を脱がせようと、手にかけ、いざ、これからという刹那、彼女は懇願する。

「子供と一緒に住んでいる家ではやめて!」

ならば、どこならいいんだ、と、突っ込みを入れたくなるが、まるで、どこかで見た光景、何か、毎度のコントの落ちみたいだが、いつもいいところ、直前で駄目出しをされてしまう。

そんな言葉を無視し、顧みることなく、そのまま、脱がしてしまっても良かったのかもしれない。むしろ、その言葉は、ただのエクスキューズに過ぎず、本心ではなかったと取ることもできる。しかし、詰めの甘い、ごり押しが出来ない私である。そこで一気にテンションが下がり、邪まな欲情も一瞬にして萎えてしまう。こうなったら、潔く撤収するのみ。私は悔恨と安堵を抱きしめ、タクシーに一人、乗り込んだ……。

お部屋2413/そうだったのか!風営法

告知です。

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そうだったのか!風営法

場所:新宿ロフトプラスワン

日時:7月17日(火) 開場18:30 開演19:30

数年前から、大阪など関西地域にある「クラブ」の摘発が話題にのぼり始め、それはあっという間に、九州、そして東京へと全国的に広がってきた。
どうやらその摘発は「風営法」っていう法律のもと行われているらしい!?
音楽聴いて踊って何が悪い!はっきり言って何が問題なのかさっぱり分からない!そんなアナタや、キミはとっても多いはず。
この機会に風営法のA to Zを学んでしまおう!
出演は、風営法に詳しい方からギョーカイ周りの方、そしてプレイヤーの方などをゲストに迎え、風営法の「今」を知る一夜!

【出演】
司会:二木信(音楽ライター)@shinfutatsugi
松沢呉一(フリーライター)@kureichi
久保憲司(カメラマン/ライター)@kuboken999
磯部涼(ライター)@isoberyo
ほか、ゲストあり!

予約 \1,000 / 当日\1,200 (飲食別)
※予約はメールにて絶賛受付中!

《 lporeserve@gmail.com 》
・上記、メールアドレス宛に、
・件名を『7/17 そうだったのか!風営法』とし、
・本文にお名前とお電話番号、予約人数を明記してお送り下さい。
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最近愛用の筆記具

大原の日誌ネタに触発されたネタです。

ポットのスタッフのほとんどが使用している文房具「coletoボールペン」。

と大原は書いてますが、最近のポットのブーム(2名ですが)は、
消せるボールペンや消せる蛍光ペンです。

中でも、私はパイロットのフリクションシリーズが好き。
消せるからから、インクの色はやや薄い感じがするけれど、
消すときの快感を味わうと、薄さなんて気になりません。

文房具好きなので、いろいろな色を自腹でそろえてしまいました。
今狙っているのは10本セット!
ちょっとお高いので、給料日あとに買いたいです。

中野・タコシェにて『ドミナの園』発売記念・春川ナミオ展開催 7月14日(土)〜8月10日(金)

2012年7月14日(土)〜8月10日(金)まで、中野・タコシェにて『ドミナの園』発売記念・春川ナミオ展が開催されます。
会場では、7月27日(金)発売の『絵物語 ドミナの園』の先行発売も行ないます。

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絵物語「ドミナの園」の発売を記念して、気高く豊満な女性のお尻に敷かれるM男の悦びを一貫して描いてきた春川ナミオ作品の展示を行ないます。

また7月30日(月)〜8月11日(土)には、銀座・ヴァニラ画廊にて春川ナミオ展が開催予定です。

『ドミナの園』発売記念・春川ナミオ展開催

場所●タコシェ
〒164-0001
東京都中野区中野5-52-15 中野ブロードウェイ3F
日時●2012年7月14日(土)12時 〜 8月10日(金)20時まで

絵物語 ドミナの園


著●春川ナミオ
英訳●ドミニク・ウルフ
希望小売価格●2,800円+税(この商品は非再販商品です)
ISBN978-4-7808-0183-5 C0071
A5判 / 168ページ / 並製
[2012年7月27日刊行予定]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
絵物語 ドミナの園