月別アーカイブ: 2010年5月

事務所がギクシャクし始めた [北尾トロ 第24回]

妹と暮らすようになって、生活が急に落ち着いてきた。朝は物音で起き、二度寝しても昼前にはベッドを抜け出す。作り置きの食事を済ませたら仕事にかかる。とはいえ集中などできないので、自宅で最低限のことをして、本格的に書くのはボブ・スキーの編集部に行ってから。帰りはたいてい深夜だ。家賃が高くなった代わりに掃除や洗濯はしてもらえるのでラクなのだ。

新宿にあるオールウェイの事務所に顔を出す頻度は激減した。ぼくの仕事のメインはボブ・スキーになっていたし、それ以外の仕事も知り合いを通じて得た取材ものが大半である。PR雑誌の店取材などでは増田君とコンビでやっていて、一方が執筆、一方が撮影と役割を分担した。クルマで出かけて1時間ほどで取材を終わらせるのだが、それでも半日はつぶれる。ギャラが全部で1万円といったものなので割に合わない仕事だけれど、気分は遊びなのでそれでも良かった。

一緒にいる時間、増田君とずっと喋っていたわけだが、話題はいくらでもあり、お互いの仕事に関してはあまり突っ込んだ会話にならない。だから、増田君が『BIG tomorrow』をレギュラー仕事にしていることは知っていたけど、どれほど時間を割き、どれだけギャラをもらっているかなんてわからなかった。一緒に遊べるってことは、毎月食べていけるだけの収入があるということなので、それで良かったのだ。 続きを読む

第3次料理ブーム

ここ最近、自分の中で三度目の料理ブームが起きています。

何を食べてもバターとめんつゆの味しかしない食事を作っていた1年前。
来る日も来る日も大根・白菜・もやし・豚肉ばかりだった半年前(節約のため)。
それが今では「いろんな味付けで一汁二菜」とか「200円高くても旬のもの」とか考えつつ
なんとなく体裁の整った食事を作れるようになりました。

しかし連休中、実家に帰省して
得意げに両親に手料理をふるまったところ、「味付けが濃い」と指摘が。
たぶん、私が普段スーパーで買っている食材は
素材そのものの味がしないので、調味料の量が多くなるのだと思う。
それに比べて、祖父が作ったスナップエンドウ(畑から採って1時間以内)は、
あふれんばかりの甘みと瑞々しさで驚いた。
塩ゆでしてそのまま食べるだけでごちそう!
近所の人がおすそ分けしてくれた筍の煮物、その筍で作った天ぷらも最高だった。

メニューを考えたり料理するのは楽しい。けど、
調味料をあれやこれや使わなくても、素材そのままでおいしいものを食べるのが
やっぱり一番幸せなのかもしれない、と思った連休でした。

筑前煮みたいに?

dish.jpg先週の「ご飯会」はとてもよかった。お客様に自慢の手料理を披露してもらうという、いってみればママ側の手抜きイベントだったのだが(汗)、みんなでテーブルを囲んでご飯を食べるというのが、なんとも感動的な光景だった。オカマもいればノンケもいれば主婦もいれば学生もいる。偶然エフメゾという場でつながってしまった不思議なご縁。属性も世代も性も異なる仲間がご飯を共にする様子を見て、これも今日では「家族」のひとつかもしれないと思った。「家族」なんて言うとちょっと気持ち悪いけど、でも、なんかその言葉でもいいような気がした。ご飯を一緒にするって、人間関係の基本だなあ……。

ボランティア・シェフのみなさんのお料理はほんとプロ並で、二丁目ってゲイ達者な人が多いといまさらながら感心。写真右はそのなかの一品の筑前煮なのだけど、まさに、エフメゾってこんな感じだなあと思った。いろんな素材がバラバラに入っていて、一見それぞれの個性が反発し合っているようだけど、ゲイバーという味付けで美味しくし上がっている。まあ、ときどきは美味しくならないときもあるけど(笑)、うまくいくと異なる素材同士がそれぞれの味を引き出す効果を持つ。伏見はよく「エフメゾはあくまでもゲイバーだから」と言うのだが、それはゲイというマイノリティが集まる「ゲットー」というよりは、ゲイのコミュニケーションから培われてきた文化を味付けにした「場」、といったほうが正解だろう。family.jpgなんでもぶち込めばいいというものでもなく、味付けを整えておくことが調和をもたらすためには大切なのだ。

けれど、料理は、いつも同じ材料で同じ味付けのものばかりでも飽きてしまう。新鮮さも重要。ということで、まだ勇気がなくてエフメゾの扉を開けられない人も、ぜひぜひ遊びに来てくださいな。ゲイ的な毒舌や冗談がわからない人は入店をお断りしているけど、「勝ち札コミュニケーション」ではなく「負け札コミュニケーション」を楽しめる人なら、馴染めると思いますよ(笑)。ゲイ中心ですが、いろんな意味でミックスな人たちが集まって、毎週わいわいと盛り上がっています。

5/12(水)もカフェタイム(17:00−19:00)から、04:00まで営業をしています。お食事もカレーライス、ハヤシライス、おでんをご用意しております。スタッフ一同、皆様のお越しをお待ちしています!

談話室沢辺 ゲスト:東京電機大学出版局・植村八潮 第2回「電子書籍をめぐる権利のゆくえ」

電子書籍は図書館で貸し出すべきか? 出版社が権利を持つ必要はあるのか? 出版界への批判はどこまで妥当か?
東京電機大学出版局の植村八潮さんに訊く、電子書籍をめぐる課題、第2回は権利のゆくえ。
(このインタビューは2010年3月27日に収録しました)

第1回はこちら→談話室沢辺 ゲスト:東京電機大学出版局・植村八潮 第1回「20年後の出版をどう定義するか」
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家族史の制作

ゴールデンウィーク、2泊3日で実家に帰ってきました。
ここ1年ほど、実家に帰るたびに祖母から昔の和田家の話を教えてもらっています。
だいたい1回で2時間くらい聴いていますが、毎回繰り返す話もかなりあるので
1回では新しい情報はそんなに増えません。

それでも最近は話が広がってきて祖母の女学校の同級生の実家と
曾祖母の実家が縁戚関係にあってうんぬんなど
私の知っている範囲を超えた関係性の人が増えてきたので、
次からはICレコーダーで録音をはじめようと思います。

祖母の話を元に和田家の歴史をまとめたらおもしろいよなあと思うのですが、
テープ起こしとか原稿とか構成を考えると気が遠くなり…。
こういうことを考えて挫折する人は多いと思うので、
○○の語る○○家の歴史まとめますっていう仕事があったら
需要があるんじゃないかとふと思いました。

一冊いくらで価格設定すればいいかとか、フォーマットと版型とか
上野が作っている企業の10年史ではどうしてたっけとか、
今日は電車でそんなことを妄想しながら出社しました。

そして、会社についてこの日誌を書きながらふと検索してみたら、
やっぱりありました。自分史、家族史を1冊から制作!の出版社が。
そっかー、あるのか……。
自分史の出版してるところあるしそうだよね、とは思うですが、なんだか残念。
やっぱり、新しいことってなかなか思いつかないものです。

ポット出版社長・沢辺均の日記 -71[2010.04.22〜2010.05.10]

●2010.04.22木
夜、下北沢のビレッジバンガードで、「劇画家畜人ヤプー」のトークショー
「丸尾末広に聞くマゾヒズムの世界」 聞き手は吉田アミさん。

●2010.04.23金
午後にJPO近刊情報EDIの技術サブワーキングの会議。

●2010.04.24土
石川輝吉くんの若者インタビュー。
おわって近所のスナック「ベラミ」で素人演奏・バンド大会みたいな「ベラミナイト」。
おおいに盛り上がったぞ。

●2010.04.25日

●2010.04.26月
夜、げんきな図書館のスタッフと、Next-Lプロジェクトの田辺くんと、
書評情報データベースの打ち合わせ。

●2010.04.27火
庄野真代さん関係の打ち合わせ。

●2010.04.28水
中国の方正が主催した中国電子書籍+図書館システムの説明会と意見交換会。
夜は版元ドットコムの会議。

●2010.04.30金〜2010.05.06木
いろいろ雑用をすませて、夜、北軽井沢の友人の丸太小屋に出発。
北軽井沢では、鉄・すずと一緒に散歩/読書/DVD/庭の雑草借り・薪つくり、
などでダラダラと過ごす。

●2010.05.10月
午前中はS社と打ち合わせ。
終わって神保町へ。JPO近刊情報EDIの技術SWの会議。
民主党の参議院比例区に庄野真代さんの公認が決まったようなので、
ツイッターで応援表明をした、ぞ。
http://twitter.com/sawabekin/status/13728496065

談話室沢辺 ゲスト:東京電機大学出版局・植村八潮 第1回「20年後の出版をどう定義するか」

電子書籍や出版の未来をめぐって、出版界の内外ではさまざまな意見が飛び交っている。しかしそもそも、書籍が電子化されることの意味とは何だろうか? 「本であること」と「紙であること」はどう違い、どう結びついているのか?
電子書籍の権利やフォーマット、教育現場での活用に詳しい東京電機大学出版局の植村八潮さんに訊いた。
(このインタビューは2010年3月27日に収録しました)
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ライターの三種の神器がそろう![下関マグロ 第24回]

西暦で1986年、昭和でいえば61年、僕の仕事は前年より確実に忙しくなっていた。レギュラーの仕事が『とらばーゆ』『BIG tomorrow』に加え『ボブ・スキー』で三つになったからだ。いずれも伊藤ちゃんに紹介してもらったものだ。

『とらばーゆ』は小さなコラムだが週刊で、『BIG tomorrow』は月刊、『ボブ・スキー』は年に6ヶ月間刊行のシーズン月刊。年6ヶ月のシーズン月刊といっても、半年だけ働けばいいというのでなく、『ボブ・スキー』の場合は一年を通じてやることがいろいろあった。

また、レギュラー以外の仕事も増えていた。

この年の前半、僕はまだ東中野の三畳に住んでいて、原稿は手書きだった。とくに大量の原稿を書かなければならなかったのが『BIG tomorrow』だ。ここで僕はデータマン、取材記者をやっていた。誌面に出る原稿ではなく、アンカーマンが記事を書くためのデータ原稿なのだ。多いときにはペラで300枚もの原稿を書いた。 続きを読む