月別アーカイブ: 2009年10月

10/30げんきな図書館研修会で「出版をめぐる新しい動き」で話します

自分で理事もやってるNPOげんきな図書館の研修で、話させてもらいます。
「出版をめぐるあたらしい動き」
まだ何を話すか決めてないんですけど、スタッフ以外(他の図書館のスタッフ、図書館関係者以外、要はだれでも)
でも歓迎の研修ですから、よければおいでください。
例によって、帰りは飲み会、やるつもり(付き合ってくれる人がいればだけどね)。
ではでは
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出版をめぐる新しい動き

図書館で毎日本を扱っていても、出版については、知らない・わからないことばかりと気付きます。
そこで10月の研修は、『ず・ぼん』を出版しているポット出版社長であり、げんきな図書館副理事長の沢辺均さんに、どうやって本が作られ私たちの手元までくるのかという基本から、何を大切にして本を作っているのか、出版業界と図書館の発展的な関係は、さらにGoogleブックや再販制度など出版業界をめぐる新しい動きまで、幅広く話をしてもらいます。
この機会にぜひご参加ください。

日 時  10月30日(金) 18:30〜20:30
場 所  中野区男女共同参画センター 研修室
講 師  沢辺均さん(㈱スタジオポット代表取締役、NPO法人げんきな図書館副理事長)
参加費  500円
申込み  10月28日(水)までに電話かメールでお申し込みください。
       03−6662−5896(担当 磯村)
       info●genkina.or.jp
主 催  NPO法人げんきな図書館
      http://www.genkina.or.jp

対談:岩松了×若手写真家 第4回●土屋文護/ゴダールはいちいちカッコいい

『溜息に似た言葉』とは?

『溜息に似た言葉』は、劇作家・岩松了が文学作品の中に書かれたセリフを抜き出し、セリフに込められた世界を読み解くエッセイ集です。
ただし、抜き出された言葉は、意味を重ねた数々の言葉よりも多くのことを伝える、ひとつの溜息に似た言葉──。

連載を単行本化するにあたって、岩松了が読み解いた40のセリフを、5人の写真家が各々8作品ずつ表現した写真も収録しました。
撮影後に岩松了と写真家が行なった対談は、対談の中で写真家が発した1つの言葉から描く人物エッセイ「写真家の言葉」として単行本に収録しましたが、ここでは劇作家・岩松了と若手写真家の生の言葉を掲載します。

第4回目、土屋文護との対談は「ゴダールはいちいちカッコいい」。演劇に関しては「好き」と言えない岩松了が、惜しげもなく語るゴダールの魅力。アルモドバル、侯孝賢(ホウ・シャオセン)と、映画の話は尽きない。

溜息に似た言葉
すべての収録作品など、詳しくはこちら


写真家●土屋文護

プロフィール

1980年 長野県生まれ。

撮影した作品

「あたし、わかってた……」
─『三人姉妹』(『桜の園・三人姉妹』より)チェーホフ/神西清訳/新潮文庫
妥協の結婚をしたとて麗しい女になる道は残されている

「わが人生の喪服なの」
─『かもめ』(『かもめ・ワーニャ伯父さん』より)チェーホフ/神西清訳/新潮文庫
男を値踏みしたが故のこんな言葉をあなただって吐いたことがあるはずだ

「(耳をすます)いいや……荷物を取ったり、何やかやあるから……」
─『桜の園』チェーホフ/小野理子訳/岩波文庫
子供のころ、親に叱られることをして親の帰宅が怖かったことありますよね

「人生の本当の瞬間というものは、いつも怖いものさ」
─『永すぎた春』三島由紀夫/新潮文庫
そうは言われても怖い瞬間をどうしても避けたい私達を弁護する言葉はないの?

「びーふーてーき」
─『鍵』(『鍵・瘋癲老人日記』より)谷崎潤一郎/新潮文庫
谷崎先生の『鍵』を読み、賢愚両刀の夫婦生活に早いうちに慣れておこう!

「ええ、よくわかってます──女の横暴さは!」
─『ガラスの動物園』テネシー・ウィリアムズ/小田島雄志訳/新潮文庫
自分のことはさておきのつもりでも、結局は自分のことを語ってしまう人の性

「さあ、一緒に遊ぼうじゃないか」
─『小さな王国』(『金色の死 谷崎潤一郎大正期短篇集』より)谷崎潤一郎/講談社文芸文庫
生活があり遊びがあるのか、遊びがあって生活があるのか、時に見失う?

「学生さんがたくさん泳ぎに来るね」
─『伊豆の踊子』(『伊豆の踊子・温泉宿 他四編』より)川端康成/岩波文庫
さよならも言えず別れた、あぁ踊子よ舟が出る──、それは伊豆のブルース


対談●ゴダールはいちいちカッコいい

岩松 今回、色々と読んでみてどうでしたか? やっぱり、戯曲っていうのは読みにくいでしょう? 慣れないと。

土屋 そうですね。登場人物が、誰だ誰だかわからなくなっちゃって。セリフも、どんな感情で言ってるのかわからないセリフもありました。

大田 普段は小説とかは読むんですか?

土屋 最近、全然読んでないですね。学生時代とかは読みましたよ。周りも読んでるし、時間もあるし。最近は読んでないですね。僕、マンガを全く読まないんですよ。読み切ったマンガも1個しかない、くらいで。だから、何も読んでないってことですね(笑)

岩松 そうですか。写真を撮る時に気をつけることってありますか? 自分の中で肝に銘じていることとか。

土屋 うーん。ないです。

岩松 僕が「カメラやりたい」と言ったら、助言することはなんですか?

土屋 助言することも別にないんですけど、自分でいつも気をつけているというか、「あっ」と思うのは、「もうちょっと素直に撮った方が良いな」ということで。どうしても何かを狙いがちになってしまって、他人が見てわかるかどうかは別にしても、自分の中の狙った感があると、後から見て残念だったりするんですよね。

岩松 自分でがっかり、みたいな。

土屋 そうですね。でもいつも、後から思うんですよね。撮ってる最中は夢中になっちゃって、忘れて狙っちゃったりして。

岩松 それは、「びーふーてーきー」というセリフの作品に、ビフテキそのものを撮った(後に変更した)こともちょっと関係してきますか?

土屋 そうですね。『鍵』は、今回の写真のようなさわやかな話ではなくて、性生活の話ですから。だから、何だろう。自分の写真としては、あんまり湿っぽい感じが好きじゃないんです。

岩松 僕は、この対談の前に土屋さんの写真を全部パッと見てみて、「わかりました」と言って返して、後から振り返ってみた時に、写真の印象として、「引き絵だった」というのが強かったんですよ。

でも、今改めて見てみたら、そんなに遠くから撮ってるわけでもない。なのにすごく引いて撮ってる印象があって、それももしかしたら関係あるのかな。色の感じも関係あるかもしれない。そんなにどぎつい感じじゃないじゃないですか。まさかそれだけで遠くから撮ったと思ったわけじゃないだろうけどね。

「狙って撮ると自分で嫌になる」というのは、以前はそういうことがもっと多かったということですか?

土屋 そうですね。今もどこかで狙って、色々考えながら撮ってるんだろうけど、例えば構図にしても、「カッコよく見せよう」という撮り方をすると、「別にかっこ良くないじゃん」って後から気づいたりするんです。普通に撮るというか、良いと思ったらそれをそのまま撮ればいいんじゃないかと思います。

岩松 それを実感したことって、言葉で言えるものでありますか?

土屋 ありますね。とても魅力的な人間がいて、それを作品として撮ったことがあって。ポートレートで人の内面を写すのは難しいと思うんですけど、その撮影の時は「もうちょっとこういう感じに写したい」というのを指示しすぎたり、構図もちょっと変わった構図にしてみたりして、現像から上がって来た写真を見たら、僕が考えてることばっかり写っていて、その人自身が全く見えなかった。

岩松 一枚も使えるものなかった?

土屋 ほとんど駄目でしたね。それは仕事じゃなくて、自分の作品として撮ったものでしたが。

岩松 でも、その問題っていうのは演劇もそうで、小説でも何でもそうだと思いますね。騙すんだったら上手く騙してくれないと、バレちゃうよ、っていう感じはある。
写真以外で、何か最近特に興味があることとか、あります? 映画とか観ないでしょ?

土屋 映画は観ますね。ビデオを借りて来て、時間があれば観るくらいですけど。

岩松 好きな映画はありますか? あるいは、ハリウッド系が好きとか、フランス系が好きとか、昔の映画が好きとか。

土屋 学生時代はフランス映画ばっかり観てましたね。古いのから新しいのまで観ます。

岩松 監督でいうと、どの辺ですか?

土屋 ゴダールとか、ヌーヴェルヴァーグの辺りから、今ならレオス・カラックスとか。

岩松 じゃあ、『ボンヌフの恋人』も観てるんだ。フランス映画は、どこに惹かれてたんですか?

土屋 多分、女優に惹かれてたんだと思います。女優みたいになりたいじゃないですけど、ああいうのが可愛いな、って思って。

岩松 僕は昔、アンナ・カリーナっていう女優が好きでしたね。

土屋 僕も、可愛いと思いますね。不思議な可愛さですよね。

岩松 フランス人じゃなくて、デンマークの人なんですよね。それでパリに出て来て女優になろうと思って、ゴダールとかに出会って行くんですけど。

映画の世界って、映画こぼれ話がいっぱいあるじゃないですか。ゴダールとデキたアンナ・カリーナは、モーリス・ロネとデキて振られたとか。ゴダールがデビューして『勝手にしやがれ』を撮る時に、トリュフォーが色々言ったとか。

『勝手にしやがれ』は、トリュフォーが原案を書いてるんですよね。それで、本当はクロード・シャブロルが撮るはずだったんですけど、結局ゴダールが撮ることになった。トリュフォーが書いた台本では、警官を殺したジャン=ポール・ベルモンドがずっと逃げて、最後、キオスクみたいなところに指名手配の写真が載った新聞が挿してあるのに気づかずに通り過ぎる、というラストだったらしいんですよ。それをゴダールが全部なしにして、警官に追われて背中を打たれて死ぬ、と変えたんですね。その時の、逃げたジャン=ポール・ベルモンドに向けた警官のセリフで「背骨を狙え!」っていうのがあるんです。トリュフォーは、ラストを変えられたことについてはどう思っていたかわからないけど、「背骨を狙え!」っていうセリフについては残酷すぎるから変えてくれ、と言ったらしくて。

他にも、その時ゴダールは、ジャン=ポール・ベルモンドに、「行けるとこまで行って倒れてくれ」っていう演出をしたそうなんですよ。だから延々と走って、やっと倒れて、という感じになってる。そういう映画こぼれ話が、すごく好き。

それから、トリュフォーとゴダールって、すごく仲良かったんですけど、後でけんか別れをしたんですよ。トリュフォーがお金持ちの娘と結婚したので、ゴダールが映画を撮る時に、トリュフォーに「お金を貸してくれ」って言って断られたとか。それが原因じゃないだろうけど、それから結構トリュフォーの悪口を言ったコメントがあってね。

『未知との遭遇』というスピルバーグの映画に、トリュフォーが博士役で出てるんです。ゴダールは、『未知との遭遇』について「宇宙人と会ってどういうことを話すかというビジョンがないやつは、ああいう映画を撮っちゃ駄目だ」って言ってるんですよ(笑) 『未知との遭遇』はただ会うだけだから、会って何を話すかの考えがないやつは、ああいう映画を撮っちゃ駄目だって。スピルバーグの映画に、ですけどね。
ゴダールでは『女と男のいる舗道』も大好き。何がカッコいいって、言う言葉がいちいちカッコいい。

ある時、寺山修司か誰かが、世界の映画監督に、「映画の画面のサイズが何インチ×何インチになっていることをどう思いますか?」っていうのを訪ねて歩いているものがあって。色んな映画監督がそれぞれ答えてるんですけど、その中でゴダールは「いや、それは考えたことがなかった」って言ってるんですよ。「これカッコいいな!」って思ってね。そういう風に言えるといいな、と思う。普通、何とか答えようとするじゃないですか。それを「考えたことがなかった」と言うのがすごい。

あと、この前ノーベル賞を取ったル・クレジオというフランスの作家が、ゴダールと対談したものあって。僕はル・クレジオが当時好きで、その対談が載った雑誌も買って読んだんですけど、クレジオもゴダールの映画がすごく好きで、「あなたの映画を観ると混沌と何とかを感じます」みたいなところから始まるん対談なんです。

その時クレジオがゴダールに「あなたは自分のことをモラリストだと思いますか?」という質問をしたら、ゴダールがちょっと考えて「いや、人間は皆モラリストだと思う」ってなことを言っていてね。その返しがすごく粋だというか、無理にひねくり出さないですごく自分に正直に言っている感覚が、やっぱりその人の才能に関係があるような気がして。「映画が映画じゃなくなるところに、僕は行きたいんだ」とか、言うことがいちいちカッコいいんですよ。だから、自分の戯曲でもゴダールのフレーズをいじくって使ったこともあるし。ちゃんとは理解出来ないけど、この人の言うことに付いてこう、という気にさせる。だから、映画は難解で少しわからないくらいでいいんですよ。「俺が馬鹿なだけだから、付いて行きます」って感じ。

あとは「共産主義者の怯えが僕にはよくわかる。なぜなら、僕は若い頃に知識が及ばなくて、ジャック・リヴェットが言うことに反論が出来なかった。その時の感じは、共産主義者の脅威に等しいにちがいない」というようなことを言ったりするんですよ。

っていう風に、映画や物語を語ったりする中で、ゴダールという人がすべてを壊して、またやった、という力強さに、若者としてはすごく憧れた。

おかしいのは、カラックスもゴダールが好きらしいんですよ。ゴダールはすごく難しい映画を撮ってるじゃないですか。なのに、カラックスが自分の映画を撮ってゴダールに観てもらいに行ったら「映画はもっと単純でいいと思う」って(笑) ほとんど直接聞いた話じゃないから、自分のフィルターがかかってますけどね。

土屋 でも本当に、ゴダールの映画は難解なものもありますよね。「何なのこれ?」みたいなの。

岩松 音楽の使い方も、いきなりブツッと切って、またブツッと始まったりね。ゴダールの『勝手にしやがれ』を、自分の映画の編集中に観て来た有名な映画監督がすごく落ち込んで帰って来て、「もういい、これはもう止めだ!」って言ったとか、そういうエピソードがおかしいじゃないですか。黒澤明の『酔いどれ天使』を観た溝口健二が夜通し彷徨ったとか。ヌーヴェウヴァーグのエピソードには、面白いものが沢山ありましたね。当時自分が集中して知りたがっていたから、そういう知識を得るんだろうけど。

土屋 他に何か好きな映画監督とかいますか?

岩松 映画監督は、好きな人一杯いますね。今はとにかく小津安二郎が好きだし、アキ・カウリスマキ好きだし、エリック・ロメールも好きだし、ジョン・カサヴェデスも好きだし、ペドロ・アルモドバルも好きだし。演劇はあんまり「好き」って言えないんですけど、映画は惜しげもなく「あの人好き」って言えるんですよね。なぜか。ペドロ・アルモドバルも好きですねえ。僕、『バッド・エデュケーション』という映画がすごく好きで。よく極端に「観終わって席を立てなかった」と言うやつがあるけど、本当にそれに近いものがありました。

あと、侯孝賢(ホウ・シャオセン)もすごく好きなんですよ。台湾の映画監督で、一青窈を使って『珈琲時光』っていう映画を撮った人ですけど、元々は『童年往事』とか『恋恋風塵』とか『非情城市』といった映画を撮ってる人なんです。

僕、あるとき台湾の「ぴあ」みたいな雑誌から取材をされたんだけど、日本語が喋れない人が、通訳もつけずに取材に来たんですよ。「どうすんだよ、俺?」と思ったけど、片言の英語で喋るしかないじゃないですか。

向うが「あなたの芝居はどういう芝居ですか?」と言うから、この人にどう説明すればいいんだろうと思って「小津安二郎」って漢字で書いて「この人の映画に似てるって言われます」と言ったんですよ。そうしたら、「じゃあ、あなたの芝居はこの人に近いかもしれない」と名前を挙げたのが侯孝賢で、侯孝賢は実際に「小津安二郎の映画が好きだ」と言ってるんですね。

その時に侯孝賢という名前を知ったんだけど、似てるものはあまり観たくないと思って、観ないようにしていたんですよ。それがある時、高田馬場でブラブラしてるときに早稲田松竹という映画館で、侯孝賢の二本立てをやってたんですよ。『恋恋風塵』と『非情城市』と。ちょっと観てみようかと思って入って、最初の『恋恋風塵』のときから「いや、この映画は違う」と思いましたよ。

俺、横浜に住んでるんですけど、次の日また高田馬場まで行ってもう一回観ましたもん。それから侯孝賢がすごい好きになって「自分に似てるなんておこがましかった」と思った(笑)

それで2004年に、侯孝賢が『珈琲時光』という映画を日本に来て撮ったんですよ。そのときの宣伝活動の中で、「キネマ旬報」で侯孝賢が僕と対談することになったんですよ。すっごい緊張して、「今年最大のイベントだ!」って自分の中で盛り上がって、侯孝賢の映画全部見直して、侯孝賢はときどき役者もやってるんですけど、友達の映画に出てたりするのも全部インプットして会いに行って、お話しして来ましたね。

土屋 侯孝賢は岩松さんのことは知ってたんですか?

岩松 いや、知らないでしょう。でも、対談は「じゃあ、僕の映画の本を書いてくださいよ」「喜んで」というところで締めになってるんですけどね。その時に一緒に写った写真をケータイの待ち受けにしようと思っていた時期もあったんですけど、その写真は今どこに行ったか……。

今はもう、映画祭の審査員とかやってるくらい偉い人。最近は、あまり撮ってないですね。でも、僕が最近出た『空気人形』という映画のカメラマンをやったリー・ピンピンっていう人がるんですけど、その人は侯孝賢の映画をずっとやってる人だから、打ち上げの時に「侯孝賢の映画をやってる人に、役者として撮ってもらったことは誇りです」って伝えましたよ。

映画に関しては、本当に一杯「好き好き好き」って辺りかまわず言えるんですよ。舞台は「自分以外、好きな人はいない」みたいな言い方しか出来ない(笑)

最近若い映画監督が「観てください」って言ってビデオ貸してくれたりするんだけど、若い人のやつを観ると全部面白く思えちゃって。

前に作品を送ってくれた深田晃司くんの映画も結構面白かったな。『東京人間喜劇』っていうタイトルを付けてるんだけど、3本話があってオムニバスっぽくなっていて。最初、男の子と女の子がいて、男の子が自分の部屋を出て行くところから始まるんです。「じゃ、7時ね」とか待ち合わせの時間を言って。その待ち合わせの時間の前に、一人で海に行くんですけど、向こうの方をパッと見てタタタッと走って行って、がっかりして戻ってくるんですけど、そこの波打ち際にあるコンビニの袋みたいなのをカメラが写すんです。「何だろう、あれは」とか思いながら話は進んで行くんですけど、ずっと後で、男の子に女の友達が出来ちゃう。彼氏が来なくてチケットが余っちゃって困ってる女の子とたまたま会って、友達になっちゃうんだけど、その二人で話しているときに、「飼ってた猫が逃げちゃって、白い猫なんですけど、いつか戻ってくるんじゃないかと思ってるんですよ」という話が出て、「あ、白い猫だと思ったんだ」と、後でわかるわけよ。打ち上げられたコンビニの袋がね。それが3本のうちの1本で、「白猫」というタイトル。

今回、土屋さんも含めて5人の写真家に会ったけど、やっぱり面白いね。それぞれ世界があるし、年代的にも若いし。

若い演劇関係者には会うけど、若くて違うことをやっている人には、なかなか会う機会がないじゃない。「この本どうしよっか」という話をしている時に、「じゃあ写真載せようか」という話をしたのが正解だったかな、と思う。今回5人と知り合いになるって、画期的だね。

●対談を終えて

文:土屋文護

俳優とは別の岩松さんが拝見できたことが嬉しかったです。
本当に本当に緊張しました。楽しい時間をありがとうございます!!


溜息に似た言葉─セリフで読み解く名作

溜息に似た言葉
著者●岩松了
写真●中村紋子、高橋宗正、インベカヲリ★、土屋文護、石井麻木
定価●2,200円+税
ISBN978-4-7808-0133-0 C0095
四六変型判 / 192ページ / 上製

目次など、詳しくはこちら

解読が必要では駄目

私事ですが、先週の木曜日から今週の月曜日までインフルエンザでお休みしていました。
流行の新型です。

お休みしている間、自分がやるべきだった仕事を代ってやってもらったのですが、
「大田が管理しているフォルダは中身が整理されていないので、ファイルの意味がわからない」
と叱られました。(あるいは、デザイナーへの指示が不明瞭で解読を必要とする、と)
その通りで、申し訳ありません。

原因、いくつか心当たりがあるのですが、自分で思う最大のものは
「今はこれでいいや」
と、とりあえず作ったファイルやフォルダがそのまま自分の中で忘れ去られ、
再び使う機会があったとしても、「今回は特別」とか「もう使わないから」とやりすごし……。

>「後で確認しよう」は絶対駄目
と書いた『溜息に似た言葉』入稿後の反省が、全然、活かされてなくて駄目。
言葉にすれば簡単ですが、同じ原因から様々な問題になって顕在化していて、
個人の思想的に根が深い問題だ、と思います。

早くこんなことクリアしなければ。
顔から火が出る。

続・救いたい!

その後さらに確認したところ、もう少し詳しい事情が見えてきた。

対象資料は、都立多摩図書館にあった地域資料 75,276冊、関連雑誌18,294冊(748タイトル)図書館関連雑誌 3,196冊(81タイトル)とのこと。
タイムテーブルは、10/9にFAXで通達、10/23に各館からの引取りの申し出締め切り、そして搬出作業は11/6までということである。

そして今回のことが起きた経緯をまとめると、以下の通りである。

都立は平成14年1月に出した「今後の都立図書館のあり方-社会経済の変化に対応した新たな都民サービスの向上を目指して-」(都立図書館あり方検討委員会編著)で、中央図書館と多摩図書館での資料収集・保存は原則1点とする(p .20)という方針を既に出している。
そして今回の件は、都立としては原則的に複本を対象としているらしいので、定めた方針に則った動きをしているだけと言えなくもないようだ。(今回の対象がすべて複本であるという確証は得られていないが。)

だが今回、地域資料までもが複本を持たないというルールの対象であることが明らかになった。
これはやはり大きな問題ではないだろうか?

地域資料の場合、1冊あればいいというものではなく、災害等への対応としてリスク分散も必要だろう。
また、今回対象となっている中には、市区町村で所蔵している資料も含まれているとは思うが、都立多摩図書館に広域的な地域資料が揃っているからこそ、これまでそこで一括して見ることが出来たという利点がある。
それをそう簡単に放棄して良いものだろうか。

ここは既に決めたことだと押し通すのではなく、是非とも方針の見直しに踏み切って欲しい。
すべて一律に1冊だけ保存すれば良しとして、資料に応じた柔軟な判断の余地がないのだとしたら、これはやはりおかしいのではないか。

とはいえ都にしても、本当は保存した方が良いとは思っているだろうが、保存場所がないので致し方なく除籍しているという事情もあるのだろう。
だからやはり、今後は都と市町村が連携するなどして、共同保存のシステムを設ける必要があるのではないだろうか?

ここで対案を示さずに無闇に都立を責めては意味がない。
僕がすぐに考えつくのは、都内各自治体だけでなく、NIIを通じて全国の大学図書館に呼びかけることや、全国の各自治体に声をかけてもらうといったことだろうか。
わずかそれだけのことでも、救える可能性は格段に高まるんじゃないか・・・と思いたい。

FAXでは、都立から都内の市町村立に対し「都内公立図書館を中心に再活用を図る」という表現で通達されたようだ。
その「中心」以外にどんな手を講じているのだろうか。

※本件のまとめはこちらです。

対談:岩松了×若手写真家 第3回●インベカヲリ★/本を読まずに写真を撮る

『溜息に似た言葉』とは?

『溜息に似た言葉』は、劇作家・岩松了が文学作品の中に書かれたセリフを抜き出し、セリフに込められた世界を読み解くエッセイ集です。
ただし、抜き出された言葉は、意味を重ねた数々の言葉よりも多くのことを伝える、ひとつの溜息に似た言葉──。

連載を単行本化するにあたって、岩松了が読み解いた40のセリフを、5人の写真家が各々8作品ずつ表現した写真も収録しました。
撮影後に岩松了と写真家が行なった対談は、対談の中で写真家が発した1つの言葉から描く人物エッセイ「写真家の言葉」として単行本に収録しましたが、ここでは劇作家・岩松了と若手写真家の生の言葉を掲載します。

第3回目、インベカヲリ★との対談は「本を読まずに写真を撮る」。『溜息に似た言葉』では、5人の写真家8作品ずつを担当してもらったのだが、インベカヲリ★だけが1作品も本を読まずに撮影を行なってきた。しかも、8人の女性を被写体にして。

溜息に似た言葉
すべての収録作品など、詳しくはこちら


写真家●インベカヲリ★

プロフィール

1980年 東京都生まれ。
2005年 日本広告写真家協会・APA公募展
     エプソン・カラーイメージングコンテスト
2006年 『取り扱い注意な女たち』(インベカヲリ★&出町つかさ著/インベカヲリ★写真/あおば出版)
2007年 新宿ニコンサロン「倫理社会」個展
2008年 大阪ニコンサロン「倫理社会」グループ展
     ロサンゼルス 「VICE PHOTO SHOW」
     バルセロナ「ARTZ 21 〜FANTASIA EROTICA JAPONESA〜」出展
     ニコンサロン三木淳賞受賞奨励賞
2009年 新宿・大阪ニコンサロンbis 三木淳賞受賞作品展  「倫理社会」グループ展
     六本木スーパーデラックス「Beau・ti・fied Ta・boo 2」出展

Web:http://www.inbekawori.com/

撮影した作品

「いつもと違うわ」
─『砂の上の植物群』吉行淳之介/新潮文庫
思い出せますか? 少女から女へ変わるとき、あなたはどんな反応を示したか

「じゃ私、なんの話すればいいの」
─『可愛い女』(『可愛い女・犬を連れた奥さん 他一篇』より)チェーホフ/神西清訳/岩波文庫
自分の意見がないとお嘆きのあなた。この小説を読めば、気持ちが変わる

「車の運転、習いたいなぁ」
─『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ著/土屋政雄訳/早川書房
相手を言い負かした後、背のびなどしてこんな科白吐く貴方はズルいだけか?

「目玉にする? それとも、ボロボロ?」
─『初舞台』(『初舞台 彼岸花 里見弴作品選』より)里見弴/講談社文芸文庫
あなた、彼との間に、ふたりだけしか通じない言葉をもっているのでは?

「私は今日、もう絶対火星にいくんだ!」
─『三月の5日間』岡田利規/白水社
ひきこもりだなんだというけど、そんなもの絶対あなたの中にもあるはずだし

「話をしながらご飯を食べるのは楽しみなものね」
─『濹東奇譚』(『ちくま日本文学全集 永井荷風』より)永井荷風/筑摩書房
底知れぬ女の色気は無自覚なうちに生まれるにちがいない

「何もおまえに許可してもらいたいんじゃないわ──結婚するにきまってるんだから」
嵐が丘(上・下)』エミリー・ブロンテ/田中西二郎訳/新潮文庫/絶版/新訳版あり
矛盾を惜しげもなくさらすオンナも魅力は魅力だが、先はいばらの道と心せよ

「好きになってしまったんでしょう」
─『本格小説(上・下)』水村美苗/新潮文庫
人の恋愛は誉めるのもけなすのも難しい。秘めたるそれならなおのこと


対談●本を読まずに写真を撮る

岩松 インベさんの写真は全部女の子がモデルですけど、どうやって選んだんですか?

インベ 自分のホームページでモデルをやってくれる女の子を募集していて、いつでも撮影させてくれる女の子が沢山いるんですよ。その子たちの身長とかプロフィールが書いてある一覧があるんです。こういうセリフを言うのはこういう女の子だよな、というのを選んで、その女の子たちの中から選んだんです。

岩松 『三月の5日間』の女の子はかなりインパクトあるね。ホキ徳田みたい。8本を見ていくと、わりとぷっくり系の人が多いですけど、そういう人が好きですか?

インベ そんなことも…。でも、言われてみればそうかもしれないですね。

岩松 女のどういう面が好きですか?

インベ 割と複雑な内面を持っている人、浮き沈みがあったりする人を好んで撮っているんですけど、顔にそれが出ている人が好きですね。顔のいい悪いはそんなに気にしないんですけど、内面が目つきとかに出ている顔を撮りたいと思います。賢そうな目というか、すごくものを考えていて、その、今まさに何かを考えているときの目を、色っぽく撮るのが好きです。

岩松 さっき『三月の5日間』の女の子をホキ徳田と言ったけど、インベさんの写真は70年代っぽい印象もちょっとあるよね。僕らが学生時代に先を走ってた女の子のような印象があるかもしれない。モデルの女の子達は、普段は知り合いじゃないんでしょ? 電話して「これこれこうで」と言って会いに行くんですか?

インベ 色々ですね。最初に応募のメールをもらってから2年くらい撮らない人もいます。撮りたい気持ちはあるんですけど、何となく今じゃないというか、「じゃあやりましょう」という決断がずるずると出来なくて。撮ってみたら「何で今まで撮らなかったんだろう」と思ったりもするんですけどね。

岩松 インベさんの家に、ファイルみたいなのがあるんですか?

インベ あんまり整理するのが得意じゃないので、パソコンに入れてあります。100人はまだいっていないくらいです。

岩松 そもそも写真を始めたのは、どれくらい前ですか?

インベ 20か21なので、7、8年前ですね。それまでは学生で、短い期間編プロで働いて、その後に写真を始めたんですよ。

岩松 写真は、編プロで働いているうちに、「そっちの方が面白い」ということになったの?

インベ 編プロは、「才能ないから、辞めるなら早い方がいい」とか言って辞めさせられて(笑) 自分では書く方が好きだったんですけど、編プロ時代に唯一誉められたのが写真を撮った時で、辞めたときも、別にやりたいこともないし、すぐに転職する気分では全然なかったので、「なんか写真展でもやるか」と思ったんです。家の近くに展示の出来るカフェがあったので、そこで展示をしたのが最初です。

岩松 それは知り合いの喫茶店だったんですか?

インベ 知り合いというか、何度も行っていたところで。

岩松 じゃあ、行き当たりばったりではなかったんだね。その時は写真はかなり大量にあったの?

インベ いや、全然撮ってなくて、写真展の日程を決めたら撮り始めるだろうと思って……。

岩松 そこで何となく手応えがあったんだ。

インベ 最初から結構手応えがあって、「これまで何をやっても評価されなかったのに、こんなに簡単なことで人が興味を持って声をかけて来たりするんだ」と思って。だから、ただ続けてた、という感じですね。止めなかったというだけで。

岩松 続けている間、考え方は変わって来ましたか?

インベ そうですね。最初は本当に、自分が「こういうように撮りたいな」と思ったものにモデルをはめて、演技をしてもらって作り込む写真が多かったんです。でも最近は、「このモデルだからこういう写真になった」というものじゃないといけないと思うようになりました。その人の人間性が、より活きるように。

岩松 対象に対して、対応出来るようになったということだね。
自分で「書くのが好きだ」と言うくらいだから、本を読むのは好きなんでしょ?

インベ そうですね。たまに。あんまり読む方ではないと思うんですけど、ドキュメンタリーとか実話が好きで、『救急精神病棟』という本は面白かったです。

岩松 僕はドキュメンタリーってほとんど読んだことないんだけど、一番ショックだったのは『宿命』かな。それは完璧にドキュメンタリーなんだけど、よど号をハイジャックして北朝鮮に行った人たちの話で、本当に怖かった。

よど号のハイジャック犯のグループを、駒込の喫茶店でたまたま目撃した一人の女の人から始まる話なのよ。ハイジャックをした人たちの色んな末路が書いてあるんだけど、その中に例えばこういうエピソードがあるんです。

よど号のハイジャックの時に、人質の代わりに大臣が一人だけ身代わりになったんですよ。「自分一人を人質にして、他の人たちを解放してあげろ」ということで。その大臣が人質になった後無事に戻って来て、日本でヒーローになったわけ。空港に凱旋して来た時に、母親に抱かれた生まれたばかりの子どもと一緒に写っている写真があるんですよ。その後何年も経てから、この大臣が北朝鮮に改めて行く日があって、さっきの小さい女の子はもう20代の大人になっているんですよ。正確にはわからないけどね。その、大臣が北朝鮮に行くという日に、この女の子が父親を殺してるんですよ。その描写が、600ページくらいの単行本のうち、たった1行しか書いてない。何があったかとかは書いてないのよ。なぜそうなったのかもわからないし。

拉致問題についても、全部書いてあるのよ。フランクフルトでどうしたとか、アムステルダムでどうしたとか、奥さんたちが向うに行って、向うのバックパッカーみたいな人に動物園で声をかけたとか。一人気が狂ってベランダで変な歌を歌い出した人がいるっていう話とか、「何故そこまで書けるだろう?」というくらいのところまで書いてあって、この人はよくここまで調べた書いたなって思った。「ここまで書いちゃやばいだろ」というくらい。

ただもう、滅茶苦茶興奮する本で、これを読んだ時にはとにかく色んな人に勧めて。デザイナーの知り合いの本を良く読む人に勧めたら、600ページの文庫本を一晩で読んだって言ってた。僕はたまたまそれを手に取ったのが、それこそ宿命、みたいな……(笑) 『西へ行く女』という本を書いた頃だから、2003年頃かな。

インベさんは写真以外で、好きなものはあるんですか? フットサルが好きとかさ。スポーツはやらないでしょ?

インベ いや、身体を鍛える程度だったらやります。ジムだったり、プールだったり。

岩松 あ、プール行くんだ? 俺もプール行くんだよ。

インベ でも私は泳げないので、水の中で踊ったり歩いたりとか。

岩松 俺もあんまり泳げなかったんだよ。でも一人でやってるうちに、泳げるようになったよ。自分でマスターしたの。インベさんは、歩くだけなんだ? 俺が行くジムは歩くのは別のところがあって、コースは泳ぐのだけだから、最初歩いて、泳いで、最後もう一回歩いて上がって、お風呂に入る、みたいな感じ。

インベ 身体を動かすと、やっぱり気持ちが楽になりますよね。

岩松 「だから、人間身体動かさないと駄目」ということに、ある時気づきますよね。人は簡単に鬱病になるんだ、と思うと、その前に身体動かさなくちゃ、と思う。7年前、僕は初めてその自覚を持って、毎日プールで泳いで回復した記憶があってね。

「脳ドックに行った方がいい」とか色々言われて脳ドックに行ったら「一週間後に来てください」と言われたんだけど、その時は大阪でひと月くらいの仕事があった。それで、「自分で出来ることは何だろう」と考えて、「もう泳ぐことしかない」と思って。精神を直すためにね。

毎日ホテルの脇のプールに、朝起きて9時半くらいに行ってさ。「ほなそやでー」みたいな声が飛び交う中で、独り泳いで。ひと月ずっと演出の仕事だったから、泳いで演出に行って、ちょうど良い天気が続いていたから、一時間の休憩は公園のベンチに座ってずっと青空を見て、戻って演出をして、終ったらすぐホテルに戻って、また泳いで。ひと月くらい続けてたら何となく回復していった。

横浜に戻って来てからもずっと続けてたんだけど、ホテルだとすぐ横だけど、家からだとちょっと歩かなきゃいけないでしょ? それが面倒くさくなっちゃって、だんだんね。今年の頭くらいになって、「やばい。これは泳がなくちゃ」となって、また近くのプールで泳ぎ始めたんですけど。

だから練習をすれば泳げるようになりますよ、多分。少しは泳げるでしょ?

インベ 10年くらい泳いでないので、勇気がなくて。周りの人はみんな上手だし。

岩松 でも、パタパタくらいは出来るでしょ? 10メートルは泳げる? とりあえず25メートル泳げれば、端から端まで行けるじゃない? 俺なんて25メートル泳いだら休んで、25メートル泳いだら休んで、っていう泳ぎ方してるから、1日に泳いでるのはせいぜい200メートルくらいかな。

でも、水泳のオリンピックとか見てると、すごい軽く泳いでるでしょ? ずっと「何でああやって軽く息継ぎ出来るんだろう?」と思ってたんだけど、7年前に、何故ああいう風に上手く出来るのかが自分でわかったときには、自分で自分を誉めましたよ(笑) 「えらい!」と思って。手をかく時に、下でもどかしく手を動かせば軽くなるんだ、と発見出来た。

インベ 単純なことですけど、出来なかったことが自分で出来るようになると、嬉しいですよね。

岩松 そうそうそう。自分でわかってきたのが嬉しいよね。だから本当はもっと違う正統的なものがあるのかもしれないけど、自分なりにそれを死守しているというか、まったく自分のペースでつかんだことだからね。

…………

岩松 今回、写真を撮りながら感じたことってありますか?

インベ 今回、元の本は読まずに岩松さんのエッセイからイメージをふくらませて、「こういうセリフを言う人間は、こういう顔をしているだろう」という女の子をモデルにしたんです。本を一冊も読まなかったので、私が撮ったものと本の内容がズレているものもあるだろうな、と思ったんですけど、でもそれが逆に面白くなるかと思って撮りました。

岩松 みんな、おおむねズレているといえばズレているよね。高橋さんはズレていなくて単刀直入なところがあるけど、それはそれでおかしい。

特にインベさんみたいに人物が入ると、人物の印象が大きいからね。セリフを言った小説の中の人物と、インベさんが撮った人物が、どうしてもズレていると感じたりもする。でも、そもそも昔の小説が大半だから、現代の人とはリアルにシンクロしなかったりするじゃないですか。

インベ そうですね。年齢も、登場人物と全然違うので。でも、私みたいなのってちょっとやり過ぎだろう、とも思うんです。それは「色んな読者が強制的にこの意味に持って行かれちゃう」という意味で作り過ぎだと思うんですけど、書いた岩松さんとしてはどう思われるんですか?

岩松 でも多分、読者は僕が把握出来ないことを感じると思うから。僕が思わないことを読者は思うかもしれないし、投げかけるような感じですよね。「こういう風に考えた人がいるんだけど」って。

だから、僕が写真に対して色々言い出すと、だんだん話とシンクロして、全部説明説説明みたいになってたかもしれないし、かけ離れていると言っても、そんなにかけ離れていることにはならないと思うんだよね。

高橋さんという男の人は、割とストレートに写真を撮ってくれたんですよ。お金のセリフだと、ボンとお金が出て来たりね。それはそれでおかしいし、「この写真?」というのも、時間をかければ、もしかしてジワジワくるかもしれないし、どっちが良いのかは、ちょっとわからないですね。

逆に、「そういう面白さが、この本にあるんだ」と考えた方がいい。5人の写真家はそれぞれタイプが違うしね。
他の人は全部作品を読んだと言っていたけど、インベさんは、この中で一個も読んでないんですよね? 一番短くて簡単に読めるのは、何だろうな……。

インベ 『三月の5日間』だけ読み始めたんですけど、全く理解出来なくてすぐ止めちゃいました。

岩松 『濹東綺譚』が一番わかりやすいんじゃない? あと『可愛い女』も短いかな。小説は普段読まないんですか?

インベ たまに読みますけど、基本的には読まないですね。自分で面白いものを探そうとすると、かならず失敗する傾向があって。

岩松 でもたまには、成功するのもあるんでしょ? それは何かありました?

インベ この前直木賞を取った、桜庭一樹の『私の男』ですね。

岩松 なるほど。

●対談を終えて

文:インベカヲリ★

その日は、岩松さんと私が対談を行うという日だった。前夜、私は岩松さんのエッセイ本『食卓で会いましょう』を読破し、その面白さに感動し、ある程度話す内容も想定して対談へと挑んだ。

が、ふたを開けてみれば私が話そうとしていたことは、悲しいほどに質問されないのであった。岩松さんはマイペースに自分の話を織り交ぜながら、私だけではなく編集者を含め4人で会話を進めている。あまりにも想定していたことが聞かれないので、自分から今回の写真について話をしてみるが、それに対してもあまりリアクションされないという始末。むむ、私があまりにもつまらない人間なので、興味をもたれていないのか。時間が進むにつれて不安にかられはじめた。

対談も終盤に差し掛かると、今度は編集者の方から「岩松さんに聞きたいことはありますか」と問われた。私はここぞとばかりに昨夜読んだ『食卓で会いましょう』についてどう思ったかを話してみた。何の回が特に好きだとか、自分もあんなふうに日常の一コマを細かく切り取って面白く書いてみたいと思ったことなど。岩松さんはニヤリとしたが、特に私の感想に興味はないといった風にもとれた。私は、だんだん自分の言葉が安っぽいように感じてきて、ひどくうろたえた。こんな誰にでも言えるような台詞では、賢さも何も感じられない…。どうしよう。そして自分の名刺に「写真・文筆」と入れていることを思い出し、なのにその程度の言葉しか出てこないのか、と岩松さんに笑われているような気がして、目をそらしてしまった。つまり宙を見ながら相手を絶賛するという、とてもアンバランスな状態が出来上がってしまったのだ。まずい。これじゃ大物相手にこびへつらって、下手なお世辞を言っているような構図ではないか。違う。そんなんじゃないのに! どうしよう、誤解されたら。

脳内を激しく右往左往させたのち、結局、私はある結論にたどり着いた。そう、岩松了さんという方は、演出家であり俳優であり作家なのであり、私のような若輩者よりもずっとずっと長い年月をかけて、人間という生き物に焦点を当てて仕事をしてきた人物なのだ。私が考えていることなんて丸々お見通しに違いない。それこそ会った瞬間、どんな性格で、どんな家庭環境に育ち、何にコンプレックスを感じているかぐらい手にとるようにわかるのだろう。だから私が今話そうとしている本心と、それに失敗して困惑している理由も、丸透けなのだ。どう取り繕ったって、取り繕うだけ無駄じゃないか。ならば正々堂々と困惑した顔を見せていればいいのだ。なんだシンプルじゃないか。はっはっは。
と思うことにして、この場を切り抜けた。

結局、話が弾んですっかり打ち解けた、という状態からは程遠く、いったいどんな文章を書かれるのかまったく想像がつかないままに、対談を終えたのだった。

「では」「そうですね」という感じで、皆が一斉に席を立つと、岩松さんは「ちょっとトイレ」と言って、一人スタスタと部屋の奥へ行ってしまった。私はそのことの意味について考えた。これは帰る時間をズラすための時間差攻撃だろうか。岩松さんがトイレから戻ると、すでに私は編集部を出ているというのが理想的なのだろうか。いやでも、正式にお別れの挨拶をしないまま勝手に帰るというのは失礼に当たる。熟考したのち、岩松さんを待つことにした。

そして戻ってきた岩松さんと私は同時に編集部を出て、必然的に駅までの長い長い道のりを一緒に帰ることになったのだ。

問題はここからだった。

岩松さんは、一緒に帰っているのか、バラバラに帰っているのか、そのどっちとも取れない微妙な距離、約2メートル先をスタスタと歩いているのだ。ちょっと待ってくれ!せめてどっちかに決めてほしい。むう、と悩んでいると、ふいに岩松さんが話しかけてくる。

「インベさんはタバコは吸いますか?」

それは編集部にいた約3時間、一度も吸わなかった人間への質問であった。案の定、会話は二言三言で終了し、長い沈黙へと突入した。3分…5分…。時間がたつにつれて今度は、岩松さんの背中から、あろうことか“何を喋っていいかわからない! 今困っている!”というオーラがモクモクと立ち込めはじめた。なんてこった。私は何か話題を振ってみなければ、と思ったが、微妙に離れた位置にいる岩松さんに話しかけるのはとても勇気のいることだった。どうしよう。そもそもこんなに惜しげもなく気まずい信号を出してくる大人がいるものだろうか。まるで不器用が服を着て歩いているようではないか。対談のときはあんなに堂々としていたのに。これは…なにか裏があるかもしれない。不安に感じていると、唐突にまた、岩松さんは話しかけてきた。

「インベさんはあれですか。写真を撮るときはいつも自分で場所を考えるんですか?」

と言ったかどうかは忘れたが、とにかくそれは間を持たせるためのどうでもいい話そのものであった。よし! これをきっかけに会話を盛り上げようと気合を入れて答えたものの、「あ、そうなんだ」という、これまたどうでもよさそうな返事とともに会話はあっけなく終了した。そして私は確信した。これは岩松さん流のいつもの意地悪な実験なのだと。そもそも『食卓で会いましょう』に描かれていることは、まさにこのような場面じゃないか。岩松さんは人の行動や会話から、あらゆる想像を練り上げて文章を書く人である。今この瞬間、まさに岩松さんは、「会話に困った気まずい二人が、駅までの長い道のりをテクテク歩く」ということがどういうことなのかを分析しているのだ。そして私の出方を観察し、楽しんでいるに違いない。沈黙に耐え切れなくなった私が困った顔をし、無理やりに作った話題を振る、その愚かしいまでの気遣いを心の中で笑ってみているのではなかろうか。その結論は私の中でどんどん確信を帯びていき、ならばその通りにさせてはならぬと堅く決意させた。私はカっと前を見ると「無言なんてちっとも気になりません」といった体を装いながら、ズンズンと駅までの道を歩き続けた。

そしてついに道は二手に分かれた。どっちの道を通っても、原宿駅へ向かえるという場面である。岩松さんは立ち止まるとこう言った。

「竹下通りから帰りますか?僕はまっすぐ帰りますが、こっちからでも駅はありますよ」
なんと、私に選択肢を与えたのである。なんてズルい大人なんだろう。
私は迷ったが、この沈黙ゲームをいつまでも続けるのは耐え難いと判断し、「竹下通りから帰ります」と、別方向を選択した。

すると岩松さんは、「え? あ、そうなの」と、意外な顔をして「ではお疲れ様」というのであった。やられた!! このまま歩き続けたら、何か答えを用意されていたというのか。別の展開が待っていたというのか。これじゃまるで、ことのてん末を見る前に私が逃げ帰ったようではないか。なんてことをしてしまったのだ!!

私は後悔に悶々と包まれながら竹下通りを歩くうち、どっと疲れが出てパスタ屋へと逃げ込んだ。

妙に脂っこい1000円のペペロンチーノを食べながら、とことん自分がダメ人間のような気がしてきて、ひどく落ち込んだ。


溜息に似た言葉─セリフで読み解く名作

溜息に似た言葉
著者●岩松了
写真●中村紋子、高橋宗正、インベカヲリ★、土屋文護、石井麻木
定価●2,200円+税
ISBN978-4-7808-0133-0 C0095
四六変型判 / 192ページ / 上製

目次など、詳しくはこちら

お部屋1962/「作家」という肩書き

前々から「やれ」とせっついていた「実話ナックルズ」の編集部ブログが始まりました。当面は久田編集長が書くようです。懐かしい話もいろいろ書かれています。一度お立ち寄りください。

なんの反応もないとやる気が失せそうなので、浸透するまではできるだけ私がコメントを書いておこうと思ってます。
 
 
さて、「1954/唐沢俊一の肩書き」を「続きます」で締めて、そのままになってました。続きを軽く書いておきます。

物書きの名刺を一通りチェックしてみたのですが、もっとも多いのは、「肩書きなし」です。私もそうです。

「肩書きなしで、オレのことを理解しろ」という姿勢自体、傲慢とも言えるのですが、私の場合、ライターはろもろの仕事のひとつとして始まったため、その自覚が遅れてついてきたとの事情があり、肩書きなしが続いてしまってます。
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お部屋1961/出せるうちに出しておく

やっとさっき締切を過ぎていた原稿を片付けました。ここ1ヶ月ばかりずっと締切に追われていましたが、このあと2週間くらいは思い切り暇になります。なーんの予定もない。

ただし、毎年このあたりから12月にかけて、睡眠障害気味になるスケジュールになっておりまして、その時期に入るとダメ人間になります。すでに兆しはあるのですが、今のところはまだダメにはなってません。

次の単行本は今年中に出すとポットの担当が言ってます。『エロスの原風景』から5ヶ月ほどで出すのは早すぎのような気もしますが、すでに『エロスの原風景』はほとんど動かなくなっているので(タコシェではまだ動いていますが)、前著と食い合いになるということはないでしょう。内容もまったく違いますし。

『エロスの原風景』の数字を見ていると、私の感覚よりさらに本は短期商品になっているように感じます。発行点数が増えれば必然的にそうなるわけです。

いかにアマゾンの売れ方がロングテイルだと言ったって、タイトル数が膨大なためにそうなっているだけで、単品で見れば、十年前に出た本の大半は、月に1冊程度しか動かない。
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ほろ苦い焼き鳥の味 [北尾トロ 第10回]

1985年になっても代わりばえのしない日々が続いていた。1月、ぼくは27歳になったが、それで気持ちが変化するわけでもない。唯一の趣味であり、かつては生活費稼ぎの手段でもあった競馬は、資金難のため当分封印。週に3日ほど四谷に行く他は、自宅でおとなしく過ごす。借金した100万円がきれいさっぱりなく なったので、前年にやった仕事のギャラが銀行に振り込まれるのをひたすら待つ毎日だった。もっとも、入金額が少ないので、家賃を払うといくらも残らなかったが。

だからといって暇を持て余すかというとそうでもない。時間があるし、周囲には似たような連中が多いから、ちょくちょく誘いがかかるのだ。用件が仕事じゃないだけなのである。

前年の秋頃はテレビ局の仕出しアルバイトなどで忙しそうにしていた増田君も、いまでは以前のようにヒマそうで、赤い3輪スクーターに乗っては遊びにやってきた。やっと花開いたかに思えたオフィスたけちゃんだったが、あっという間に開店休業状態に戻ったようだ。 続きを読む

救いたい!

10/16(金)に第3回資料保存シンポジウム「資料保存を実践する―事例から学ぶ現場の知恵―」が江戸東京博物館で開催された。
NPO法人共同保存図書館・多摩 理事・事務局長の齊藤誠一さんによる事例報告「共同保存図書館の実現に向けて―多摩から提案する資料保存のしくみ」の中で、驚くべき話があったので、まずは急遽お知らせ。

その内容とは-

10/9(金)に、東京都立中央図書館から都内各自治体の図書館長宛にFAXが送信された。
実際に直接そのFAXに目を通してはいないので詳細は不明ながら、斎藤さんの話から内容をまとめると、概ねこんな感じであった。

・多摩図書館が所蔵していた多摩地域資料約7万冊と雑誌など併せて、 計約8万冊を処分することにした。

・引き取りたい館は、10/23(金)までに直接取りにくること。

通達から2週間ということは、図書館の稼働日で言えば約10日間。
引き取る側の負担で取りに行くのだから、当然費用がかかる。
各市区町村立図書館が引き取りを決断し、役所と予算流用とか補正予算とかの話をつけようとしても、図書館と役所の稼働日が普通はズレている上に、この間に運悪く体育の日が入っているので、調整には恐らく2~3日しか猶予がないだろう。
しかも何万冊を引き取るには運送業者の手を借りざるを得ないだろうから、そちらの手配も厳しいだろうと思う。

これでは、廃棄する前提でアリバイとしてFAXを流しただけと解釈されても仕方ないだろう。
更に驚くことに、今回の廃棄対象資料には、過去に脱酸処理までしていた地域資料も大量に含まれているという。
脱酸処理をするには、安くても1冊2,000円~3,000円くらいだろうか?
当然ながら脱酸処理をするということは、劣化を防ぎ永年保存していくために行う処置で、国立のアーカイブでも、脱酸処理はしたくてもなかなか予算が取れず腐心していると聞く。

都立多摩図書館は「都立図書館改革の具体的方策」(平成18年8月教育委員会決定)に基づき、都立中央図書館がそれまで所蔵していた雑誌の中から、約6,900タイトルを移管して、平成21年5月1日にご存知「東京マガジンバンク」として、リニューアルオープンしている。
今回のFAXでの通達は、そのマガジンバンクのため、書庫から押し出された地域資料を処分するということである。

東京の地価を考えると、簡単に書庫を増築したり、そうそう新たな保存書庫を建てるわけにはいかないこともわかる。
だが齋藤誠一さんが講演の中で、どうにか多摩地域の8万冊を救いたいと仰られている通り、戦前から戦火を逃れ先人が大事に保存し続けてきた資料群を、今あっさりと抹消してしまっていいとは、どうしても思えない。
特に地域資料は、一度失ったら二度と手に入らないものが多い。
それは将来の人への責任という意味でも、受け継がれていくべき資料なのではないだろうか。

都は五輪招致に150億円を投入し、痛くも痒くもないという。
その五輪会場予定地は更地のままというならば、そこに書庫を建てたっていいじゃないかと言いたくもなってくる。

どうにかして、早急に8万冊を救う手立てはないものだろうか。

※本件の続報はこちらです。

うたぐわさんインタビュー(後編)

1237339026786.jpgインタビュー「人気ブログの著者、うたぐわさんってどんな人?」(09.9.23 エフメゾにて)

うたぐわさん/人気漫画ブログ「♂♂ゲイです、ほぼ夫婦です」の著者。
1966年生まれ。B型。フランス(パリ)が苦手。

インタビュアー/伏見憲明(エフメゾママ)
 
 

● 女子ともエッチができた!?

伏見 うたぐさんがゲイの部分でどうしてオープンリーな社会人になれたのか聞きたいのですが。思春期の頃には悩んでいたんですか。ゲイだというのにはいつ気づいたの?

うたぐわ ゲイだということは、かなり子どものときに気がついていました。いろいろなコンプレックスがあって、ゲイだということもそうだったし、肥満児だったし、家庭環境が複雑だったということもあって、思春期まではそれらと闘っていたという感じ。性格の過激さ、過剰さも相まって、自分のコンプレックスみたいなものを掘り始めちゃうと、今度はどこまでも掘っちゃうというのはあって、わりと思春期から20代いっぱいまでは、そういうのに結構囚われていたようなところがあったと思います。 続きを読む