年別アーカイブ: 2008年

もう冬

今年は銀杏が色づくのが遅かったので
先週の代々木公園は、まだ銀杏の落ち葉がこんなにきれいだった。
すずは、落ち葉の中に顔をつっこんで、さらに仰向けになってゴロンゴロンして
銀杏のにおいを体中につけていた。

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鉄と似たような配色のワンコ。
おしりのにおいをかがれるすず。
鉄の横で、背中を丸めたポーズのすず。もしかしておしっこしてるのか?

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お部屋1740/瀬戸弘幸とは 8・陰謀論に走る人たち

お知らせ1:新刊『風俗お作法』(しょういん)が一部書店で大変好調です。お近くの書店にない場合は取り寄せするか、アマゾンでご購入ください。この影響で、「風俗ゼミナール」シリーズの「女の子編」「上級お客編」がアマゾンでまた動いているようです(「お客編」と「上級女の子編」は品切れです)。在庫は少なく、これ以上、増刷はされないと思いますので、お早めに。

お知らせ2:私も企画に関わっているDVD「嗚呼、涙のハードコアお笑い劇場」(大洋図書)が先日が発売になりました。こちらも書店流通で、アマゾンでも取り扱い中です。
 
お知らせ3:品切れになっていた書店もあるかと思いますが、『エロ街道をゆく』の4刷が決定しました。私の文庫では『魔羅の肖像』に続く好成績です。売れてないものが売れてくれた方がいいんですけど、この際、なんでもいいです。

 
 
 
「集団ストーカー被害者」の中には、「テレビに出ている人が自分のことを話している」「無断で自分を小説の主人公にした」「漫画が自分を取り上げている」「歌手が私のことを歌っている」といった誇大妄想と被害妄想を合体させた妄想を展開する人がいます。

そりゃ、自分と重なる点を探せばいろんなところにあるでしょうよ。全体を見れば、重ならないところもいっぱいあるはずですが、そっちは見ない。ないしは見る能力がない。

「草の根」や瀬戸弘幸がやっているのは、車のナンバーがゾロ目や一桁だったり、語呂合わせが出来るというだけで、工作員の車だと断定するような行為と一緒です。すったらもん、見つける気になれば、誰だって見つけられます。事実、知人と東村山に行った際に、「やけしに」の本場で、ナンバーの語呂合わせ遊びをしたものです。

朝木直子がこんな人間になったのは、もともとでなく、そんな人間であった方が都合のいい人物が被害妄想的な発想を吹き込んだためだろうと想像します。

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辻仁成『ワイルドフラワー』


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● 辻仁成『ワイルドフラワー (集英社文庫)

★★ 伏見には文学が本質的にわからないのです

ニューヨーク、破滅、ホモセクシュアル、インモラル、純愛…といった言葉がちりばめられた宣伝文句から、「過激なエロチシズムや風俗」を売りにした、ありがちな小説なのかという気がしていたが、『ワイルドフラワー』が問題にしているのは、今日の男としてのアイデンティティーとは何か? という極めて時代的なテーマであった。
 
肉体的にも想像力においても盛りを過ぎた中年作家と、自分がゲイではないかとおびえ、そのことに決着をつけようとニューヨークへやってきた青年。恋人の白人女にペットのように調教されてきた写真家の卵。その三人の男たちが、一人の女との関係を軸にして、自らに男としての存在証明を試みようと苦闘する物語が、同時進行していく。 続きを読む

長山靖生『鴎外のオカルト、漱石の科学』


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● 長山靖生『鴎外のオカルト、漱石の科学』(新潮社)

★★ 現在も世の中の半分はオカルトですよね(笑)

『鴎外のオカルト、漱石の科学』、なんとも妖しい題名である。といっても内容はけっしてキワモノではなく、本格的な文藝評論、時代批評となっている。

著者のあとがきによれば、「二十世紀は科学の時代だったが、漱石や鴎外は、科学の成果や自然科学が提示した新しい思考法を、どのように理解し、また利用したのだろうか」という問題意識から、「時代を超えて読み継がれて、後世になっても同時代人のごとくに影響を与え続ける『不死の人』」としての彼らを輪郭づけている。 続きを読む

3日後にこれを書いている。

12月19日。
東京メトロ・小竹向原駅に。
アトリエ春風舎で「雨と猫といくつかの嘘」を観る。

駅近辺は、なかなか歩き甲斐があって、あえて迷子。
劇場近くにはデカいゴルフ・センターがあって、パシンぱしん、打っている。

芝居はというと、
最初は入りこんで、ところどころ笑わされて、最後にはフクザツな気持ちになる。

帰路は、池袋に出て、そっから明治通り。で、新大久保。
ポーク・ソテーを食べながらホッピー・セット×2。
2回目のホッピー・セットが効いて、ヒョロヒョロしながら帰宅。

ナイスクリスマス。

今日はりっぽんと一緒に一日をすごしました。

りっぽんというのはキャナァーリ倶楽部というアイドルグループの杉浦里穂さんのことです。

私のことはバカだと言ってくださって構わないのですが、
りっぽんが可愛いということだけは、そういうことにしておいてください。

ここのところ立て続けにポットに新メンバーが加入したため、
バイトのブンザイである私は自分の席から蹴り出され、
荷物一式を詰め込んだワゴンを引きずりながら、
休みの人の席や会議スペースを行ったり来たりのジプシー生活。

メールソフトの設定やら何やらを引き継ぐことが出来ないため、
メール一本出すのにもWebメールを使ってシコシコとやっているため、
そりゃあストレスも溜まるというものです。

ギャー!

そういった荒んだ心をいやしてくれるのが、
我らがりっぽん、ということですね。

席を移る度にモニターの横に貼り直す
りっぽんの2L版生写真だけが私の心を抱きしめてくれるのです。

でもそんなりっぽんも、来年1月12日でキャナァーリ倶楽部卒業を予定しています。

果たしてりっぽん卒業までに私の席は確保されるのでしょうか。

激しく不安です。

りっぽん。

指が痛い

久しぶりにがっぷり四つにインタビュー記事の制作に取り組んでいます。
1時間50分の対談をテキストに起こすと、……おお! なんと36000字!! 起こすだけでも数日間を費やしてしまいました。多分ここまで綿密に大量に起こした経験は初めて、だと思う。
さて、ここからじっくり構成に入っていくわけですが、出版業界がテーマの文章をまとめるのも初めてのため、こちらにも時間がかかりそうです。
今夜は浴びるほど飲んで、英気を養ってから、楽しみながら作業をしようと思います。

獅子舞のような

まずは、下の画像からご覧ください。

すずのしつこい誘いに、イライラの点ちゃん。
点は般若顔のときにベロを出すのが特徴ね。それから
獅子舞のように、歯をガチガチさせる。笑えるねー。
フンフーンというかわいい声は点ちゃんの声。
あの般若顔と声がミスマッチですねー。

画像ラストでカメラがぶれて天井を向いてしまったのは
すずが、カメラをパンチしたのです。まるで、「撮らないで!」というように。

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大塚隆史『二丁目からウロコ』


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● 大塚隆史『二丁目からウロコ―新宿ゲイストリート雑記帳』(翔泳社)

★★★★★ 頭でっかちではない、本当に練れた思想というのはこういうのを指すのだと思う

『二丁目からウロコ』の著者である大塚隆史氏は、日本という土壌の中で、一貫して「ゲイ」であろうとしてきた希有な人物である。この国でも90年代になって、ゲイ・ムーブメントは活発な様相を呈してきているが、たぶん、ゲイ・リベレーションという方向性を初めて公に示したのは大塚氏ではなかったかと思う。

70年代末、人気ラジオ番組「スネークマンショー」の中で、ゲイ・パーソナリティとして全国の同性愛者に向って「『ゲイ』として肯定的に生きよう」とメッセージし、「ゲイ・リブ」や「カミングアウト」の言葉を海外から輸入したのは氏の功績である。 続きを読む

イブ・コゾフスキー・セジウィッグ『クローゼットの認識論』

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● イブ・コゾフスキー・セジウィッグ『クローゼットの認識論―セクシュアリティの20世紀』(青土社)

★★★ こういうマニアックな文体に官能する人にはいいんだろうけど、もっとわかりやすく書けよ!って感じ

アメリカに遅れること20年、日本でゲイ&レズビアンのムーブメントが活発化したのは、90年代に入ってからのことであった。そこで主張されたのは、同性愛というのは趣味・嗜好の問題ではなく、その人の存在にとって本質的な指向性なのだから、それを差別したり否定したりすることは人権の問題だ、というものだった。

日本でそうした「本質主義」の考え方を背景にした運動が展開され始めた頃、欧米では、同性愛者というアイデンティティそのものが近代において構築されたもので、それこそが権力作用の産物であると批判した、フーコー以降の「構築主義」の理論がゲイ・スタディーズやフェミニズムに積極的に導入されていた。 続きを読む