月別アーカイブ: 2008年11月

三浦しをん『風が強く吹いている』


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● 三浦しをん『風が強く吹いている』(新潮社)

★★★ ともに疾走して感動を味わえる

よく散歩に出かける河原で、どこかの大学の陸上部員たちがランニングをしているのとすれ違う。ただもくもくと息を切らせて走る彼らは、いったい何のためにトレーニングに打ち込んでいるのか、不思議に思っていた。

これは、そんな熱いアスリートたちを描いた青春小説である。主人公の蔵原走は、長距離ランナーとしての道をはずれ、無為の日々を送っていた。が、ふとしたきっかけで、同じ大学の先輩、清瀬灰二に誘われ、竹青荘で暮らすことになった。その貧乏アパートには9人のユニークな学生たちが同居した。ある日、清瀬は、その素人集団で箱根駅伝を目指すことを宣言する……。 続きを読む

ピーコ『ピーコ伝』


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● ピーコ『ピーコ伝 (文春文庫PLUS)

★★★ 元祖オネエ系タレントの背負ってきたもの

昨今のピーコ氏は、再びタレントとしてのピークを迎えている。それは、七十年代後半に、「双子のオカマ」おすぎとピーコとしてメディアを賑わわせた時代をしのぐ持て囃され方だ。

この本でインタビュアーを務める糸井重里氏は、「昔から、日本には、いつでも『日本のおかあさん』の役割をしている人がいて…その空席に一番ぴったりと納まるのは、ピーコさん」だと語る。 続きを読む

「亀井静香&保坂展人」の絆 ~原爆と死刑廃止~

社民党・公認、国民新党・推薦。異色の組み合わせである。保革共存だ。

保坂のぶと(http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/)さんの応援者として6人が写真入りで名を連ねている。

・小沢一郎(民主党・代表)
・土井たか子(社民党・名誉党首)
・菅直人(民主党・代表代行)
・亀井静香(国民新党・代表代行)
・福島みずほ(社民党・党首)
・山口文江(東京・生活者ネットワーク・代表)

亀井先生が名を連ねているので目を引いた。

保坂さんは次の総選挙では杉並区(東京8区)から出馬する。
対立候補は現職の石原伸晃「自民党」幹事長代理だ。
石原慎太郎・都知事が御寵愛する御長男である。
自分でも「親バカ」とおっしゃるほどだ。

慎太郎知事と亀井先生は入会に血判が必要とされた「青嵐会」以来の親友・同志である。慎太郎知事が自民党総裁選に出馬した時には清和会(三塚派)の決定に反して亀井先生は助太刀した。その結果、派閥を除名された。派閥より友情を大切にしたのだろう。

慎太郎知事が1995年に衆院議員在職25年を記念した演説で引退表明するのを事前に知っていたから、用があって退席しようとした野中広務先生を

「おい、ちょっと待ってくれ。彼の演説を聴いてやってからにしてくれ」

と亀井先生は引き留めたそうな。野中先生「私は闘う」に載っている逸話だ。

慎太郎知事の演説は実に見事だ。下野した自民党の政策提言『二十一世紀への橋』のほとんどを、慎太郎知事が1人で執筆されたんだとか。(同氏の御著書として『わが人生の時の時』 (新潮社)を私は推薦したい。)

都知事に就任された後、3人は定期的に料亭で会食するようになった。

大切に護ってきた御長男の対抗馬を推せば、御父上はお怒りになろう。

保坂さんと亀井先生は「死刑廃止を推進する議員連盟」を通じて知り合った。議連会長を亀井先生に要請したのがはじまりと聞く。

「死刑廃止を推進する議員連盟」では亀井先生が会長を務めて、保坂氏が事務局長として支えている。バリバリの改憲派と頑固な護憲派。ミスマッチに思える組み合わせだ。だが、2人は密かに敬い、絆を固くしてきた。

会長が自民党を追われても、亀井派から誰もついてこなかった。

「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」

そんなやるせなさを抱いたのではないか。

「志帥会」会長の座にあった亀井先生は、「死刑廃止議連の会長が前面に立っているように思えますが……」という質問へ応答して、体育会系のノリで呼び捨てなのだろう、

「俺1人の力じゃないよ。保坂は真面目なヤツで、熱心に活動しているよ」

と語られた。2003年総選挙で保坂さんが落選する憂き目にあった折、
「次は亀井派から自由民主党公認で出ましょう」
と勝連太郎さんは笑い飛ばした。最高のユーモアだった。

亀井先生は事務所で油絵を描くことに時間を費やす。どちらかといえば、論理よりも、情の人だろう。ユーモアに溢れる親分だ。

保坂さんは資料マニアと呼ばれるほどに書類や本を多く読む。どちらかといえば、論理の人だ。真面目だ。真剣すぎる。実直の方だ。

亀井先生から今夏、お話を伺う機会を得られた。

師の根底には「人間へのやさしさ」がある。永遠のヒューマニストだ。

1945年8月6日が原点にあるように思えてならない。
静香先生は7歳で、広島にて原爆の閃光を見た。

「原体験」を次のように語る。

「私は小学生でした。広島県比婆郡山内北村という片田舎で、食料がなかったから、児童みんなで校庭に芋畑をつくるために、芋を植えていました。夏休みなのに、学校に行って、芋作りするために、校庭にたまたまいたんですよ。

山の向こうからピカーっと空に鮮烈な光が見え、キノコ雲が上がって、とてつもない地響きが伝わってきました。大変なことが起きたんだ……と幼心でも感じられました。

数日後、服も着ずに肌が焼け爛れ、逃げてこられた人が多くおられたのを現在(いま)も記憶しています。」

遺言と以下の通り伺った。

「親戚も被曝しました。私の姉貴が爆撃地近くの三次高等女学校にいたんですね。自分も被爆したとは知らなかったのでしょう。援助のため多くの女学生と一緒に爆心地へ通い続け、第二次被曝に苦しみました。

姉貴を亡くしたのは後年です。姉のクラスメートは原爆訴訟を起こしました。

出井知恵子さんは私と同じような体験を語っています。」

後日、知ったのだが、俳誌「茜」を主宰した俳人の出井知恵子氏は亀井先生の実姉だ。86年に白血病で逝去という。静香先生は姉2人、兄1人を持つ末っ子だ。生家には知恵子様が詠んだ

「白血球 測る晩夏の 渇きかな」

という句碑がある。

「まあ、原爆だけじゃなくてさ、東京大空襲や戦地で命を落とされた人を思うと、『一人殺そうが十万人殺そうが同じ』という戦争は永久に放棄されなければならない……と戒められる。神様が命令して、殺し合いをやらせているんじゃないよ。人間同士が利害衝突する中で戦争は起きる。」

亀井先生はこう語る。次の総選挙を「最後の決戦」と位置づける。

「何故に 心を魅かるる 桜花 咲くを惜しまず 散るを惜しまず」

現在の心中を自身の短歌に託す。

「キューバ革命」の指導者・チェ=ゲバラを「心の師」として仰ぎ、事務所に肖像写真を飾り、東京大学経済学部生の頃は「マルクスの亀井」と呼ばれることもあった静香先生が、ガチンコで「革命」を起こそうとしている。

次の衆議院解散を「亀井静香なる解散」と呼びたい。

みどりの中へ

気がつけば11月。
あ~ぁ間が空いちゃったよ。7月から毎日更新できていたってのに。

ここ数日、ガラにもなく熱を出して、もうほんと結構涙目で過ごしていた。
こうゆうときに限って、たまの『牛乳』という曲を聴いてしまい、余計に泣けてしまう。

で、カラダが弱っているときは食べたいものを食べようと、スーパーで生ガキを買ってきて、ポン酢・七味をかけて、そいつをつまみながらホッピーを呑んでいたら、気がついたら熱も下がっていた。
でも、お腹がやけに活発になっているのは、まあ、よくあることだろう。

で、治ったからといって特に変わったこともなく、今日は先日届いた山口冨士夫・ティアドロップスのアウトテイク集CDを聴きながら、大盛ポテサラをつまみにホッピーを呑んでいる。

ヨコタ村上孝之『色男の研究』


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● ヨコタ村上孝之『色男の研究 (角川選書 406)

★★★ サントリー学芸賞受賞!

著者は「恋愛」に疑問を抱いている。私たちが当たり前の営みとし、普遍的に存在していると思い込んでいる「恋愛」に。

どうして今、少なからずの男たちは「オタク」と称し、上手く男女の関係を作ることができないのか…。そのあたりの問題意識から遡って、「色男」というキーワードでさまざまなテクストに入り込み私たちの性愛を問うたのが、本書である。

フーコーの手法を用いて近代を相対化しようとするセクシュアリティ研究、と言うと、こむずかしく聞こえるかもしれないが、この著作の魅力は広い文学的な知識によって呼び込まれるエピソードや、西洋と日本のもてる男の文化比較など、その着眼点にある。 続きを読む