月別アーカイブ: 2008年6月

自主トレ

おしっこは未だに変な所でやってしまう、
夕べもかあちゃんのスニーカーを破壊しようとしていた、
人間も犬も誰でも大好きな、おつむが明るすぎるすずですが
唯一、身体能力には自信あり、です。
走るのも速いし、跳躍力もある。
ボールを口でキャッチするのも、とてもじょうず。
鉄なんか、ワンバンしたボールが鼻先に当たるもの。
(でも、これは運痴というよりも、やる気のなさの表れだと思うが)

「ひとつくらい得意なことをつくろう」と、日々すずにボールを投げている。
その気持ちが通じたのか、すずも自主トレしてますっ。
R0016076.jpgR0016084.jpg

疲れるとそのまま寝るすず選手。そして最後は腹だしポーズ。
R0016074.jpgR0016090.jpg

業務用エアコン

社内に業務用のエアコンが設置された。
今までは家庭用のエアコンを使っていたのだけど、場所によっては
冷気が届かなかったり、版元ドットコムの会議のように10人以上が会議室に
集まると、人間の熱の方が勝ってしまい非常に暑かったりした。

特に私の席の向かい側の、SDさんのエリアは暑かった!
窓をあけても風が抜けず、パソコンの放熱でモワッとしていた、

でも、業務用が3台入ったので、だいじょうぶでしょう。

お部屋1552/G8とラブホ

レギュラーの更新とは別に告知を出しておきます。
間もなく洞爺湖サミットが始まります。それに対抗するイベントもさまざま開かれます。札幌がメイン会場ですが、東京でも以下のフォーラムがあります。
—————————————————————
G8対抗国際フォーラムの開催と、記者会見のお知らせ
続きを読む

お部屋1551/出版界崩壊は止められないがために 3

編集者と書き手は、互いに深く理解しあい、仕事以外でも、飯を食ったり、酒を飲んだり、議論したりするような関係が望ましいと言われがちです。私としても、こういう関係であるからこそ成立する仕事があることは否定しないし、こういう関係があるからこそスムーズになる部分があることも否定しません。
多くの仕事は、編集者から「これこれこういう原稿を書いてくれませんか」という形で依頼が来ます。「それよりも、こういう内容はどうか」とこっちから修正案を出すことはありますが、ひとたび会議を通った企画は修正できる範囲が限られて、「その話はまた次の機会に」ということになるのがオチです。
それよりも、編集者と「ああでもない、こうでもない」と練り合ったものを編集者が企画会議に出してくれたものの方が自分のやりたいことをできやすい。
続きを読む

たわし

家で仕事をしていたとき、すずがやけにおとなしい。
何しているんだろうと、後ろを振り返ってみると、すずの姿は見えず
鉄がソファの上から斜め下を見ていた。
鉄の視線の先には、たわしの破壊活動にとりかかろうとしていたすずが。
たわしは台所の流しに置いてあったはずなのに!
あそこまで届くようになったのか。油断大敵。

R0016123.jpgR0016098.jpg

ゲイバーへの道 2 『売れっ子ホステスの会話術』

kaiwajyutu水商売1年生の伏見としては、まずは接客を基礎から勉強しなければということで、右の本を書店で購入。まあ、最初はネタ作りのつもりだったのですが、この本、思いのほか学ぶことが多い。「よけいなことは話さない」とか「客に話しをさせる」とか「共通の話題を探す」とか、まあ、当たり前と言えば当たり前のことしか書いていないのだが、こういうことを整理して考えることはないので、意外と勉強になった。
実際、当たり前のことでもそれができていないゲイバーのママは相当多い。伏見のゲイバー経験でも、「なんでこのママって自分のことばかりしゃべっているんだろう?」とか「客に自分を褒めさせようとするのはどうも…」とか「客にライバル心を持つのはどうよ」とか……基本的なことを誤解しているゲイバーのママは少なくない。
自己顕示欲の強い伏見としては気をつけなければならないところだが、たぶん、もっと自分を戒めなければいけない点は、客に突っ込みを入れすぎないようにすることだろう。ふだんから、二丁目では自分のことは積極的に語らないし、名前すら口にしないくらいなのだけど(だっていいことないでしょ?、笑)、つい職業病で、相手の話を訊きながら質問を連打してしまうことがある。こういうの、素人さんは驚くよね。
この本の著者は、できるだけ客に話しをさせて「上手にハモる」というのを主張する。あぁ、接客業ってメインボーカルはお客さんに任せて、ホステスはハモり役に徹することなんだ、なるほど!と腹に落ちた。
*オープニングパーティまであと9日!

ヨガで若返り!?

先週から、那須さんコーディネートのもと、
ポット社員対象のヨガ教室が始まった。
参加者は、熟女(?)3人と、嫁入り前の娘2人。
先生は、インド修行も経験済みの本格派!
前半はゆったりとしたストレッチ。
後半は、じっとり汗をかくパワーヨガで、
気持ちのいい汗をかいた。

ただ単に体を動かすエアロビなどと違って、
自分の内面、体の内部に意識を集中させるヨガは、
終わった後に何とも言えない気持ち良さがある。
自分一人でできればいいのだろうが、
初心者にとっては、先生の導きの声、というのがとっても大切。

今回、すっごく印象に残ったのは、
「姿勢筋」という言葉。

次回が今から楽しみだ。

名画座のあった町

ということで、もう2週間前になるが、ザ失投パレード、終わった。

でも何てゆうか、あれだ。ここ4,5年のあいだ、俺に「脚本書かないんですか?」とか訊いてくる連中に限って、会には来ないんだなぁというのを、つくづく感じる。脚本なんて、書いたって、書くだけじゃどうしようもないってのは、ちょっとオトナの世界を知っているなら分かりそうなものなのに。
やっぱり、人が挫折したりウジウジ屈折している姿をちょい上から目線で眺めるのが気持ちいいだけ、なんだろうな。

それはともかく(笑)。

今回の新作『光と影』では名画座を舞台にした。
かつて、俺は行ける限り東京、ときには横浜の、名画座を徘徊していた時期があった。
三軒茶屋、蒲田、大井町、飯田橋、高田馬場、亀有、銀座、浅草、新宿。
ここでよく勘違いされるのは、新作映画を2,3ヶ月遅れの2本立てでやる映画館。これは正式には名画座とは呼ばないで、2番館、3番館と呼ぶということだ。

でも、これは俺の思いでしかないのだけど、たとえ新しめの映画をやったとしても、無差別に2本立てにするのではなく、とある1本の映画があるとして、その監督の1コ前の作品とくっつけたり、関連性のあるちょい古な映画を組み合わせて上映したりする場合は、それはもう名画座と呼んでもいいんじゃないだろうか。
てゆうか、名画座と呼びたくなってしまうのだ俺は。
プログラムに個性をしのばせる。そこがキモ。
シネコンで新作を観て…みたいな。そんな、あえてこうゆう言葉を使うけど「垂れ流し」的ではない、上映プログラム。
これはもう、名画座と呼びたい。心情的には。挽歌をこめて。

シティ・ロードをカバンに入れて、初めて降りる駅。
駅前に立ち喰いそば屋があれば、入ってみて。
時間多少余裕を持ってきているから、周辺を軽く散策して、おめあて映画館の前に。
ガランとした受付に軽くドキドキしつつ、シティ・ロードを出して情報誌割引でコヤに入る。
まだ、前の上映が続いている。
場内から漏れてくる音に、ああ、もうすぐエンディングかな…なんて思いながら、ロビーに置かれたチラシ(フライヤーなんて言葉は違うぞ)を物色。
コンビニで飲み物やパンを買った際は、上映中にコンビニ袋のガサガサ音が響かないように、前もって袋から出して、カバンの中に入れておく。
で、休憩時間になると、場内に。
なるべく隅っこの席を取るのが俺の定番。
これから映画を2本、3本観るのだ。隅っこの席の方がカラダに優しい。

映画をすべて観終わって外に出ると、来たときは午前中だったのに、もうすっかり暗くなっている。
今日一日、日の昇っている時間を暗闇で過ごしてしまった、何ともいえない充実感に満たされながら、地元の商店街をブラブラ。店頭や、商店街スピーカーから流れる最近のヒット曲に、現実に戻っていくのを実感する。

「作品」だけ観られればいいやみたいな。「作品」がすべてでしょみたいな。そうゆうヒトからすれば、全く意味のないことを書き連ねているんだと思う。
でもなあ、アリだと思うんだよな。
「作品」だけじゃなくって、それを観た当時の自分の状況とか、その作品を観た環境とか、観たかった「作品」に出逢えるまでのあれやこれや。
それも込みでの映画体験。俺もあなたも、いま現時点まで、生きちゃっているんだからさ。全部つながっているコトなんだよ。

10年くらい前、一つの名画座が閉館した。
俺もよく行っていたところだったのだけど、そこでは俺の友達が映写技師として働いていた。
もともと映画好きということで知り合ったのだが、彼は当時、フランス映画好きだった。そこで俺が古い映画、特に邦画のヤバさを熱く語っりまくって、それに乗っかってくれて。
気がついたら、古い邦画をメインに上映するその名画座の映写技師になっていた。
最終日にはもちろん足を運んで、コヤの前で彼と並んで写真を撮った。
そのとき、閉館する名画座のハナシを、漠然と思いついた。

それから数年経って、その彼が結婚した。
結婚パーティーに行って、そのまま彼の家に雪崩れ込んで、しこたま呑んで、そろそろ帰りますかってことになった。日付はとうに変わって、電車は当然ない。
彼の家の前からタクシーに乗って、家まで帰る道すがら、その名画座の前を久しぶりに通った。
かつて映画館だった建物はもう無く、さら地になっていた。
なくなったものと、いなくなった人と、そして、なくならない気持ち。
とうに忘れていた、閉館する名画座のハナシを思い出した。
2004年。いまから、4年前のことだ。

お部屋1550/病み上がり

さすがに初日は気を失ってましたが、食中毒ってそんなに持続はしないです。まだ腹は痛いし、トイレに行くことも多いのですが、4日目にして、生活にはほとんど支障なし。
今腐りかけのものを食うと、体に入っている薬が勝つのか。あるいは抗生物質で善玉菌が死滅し、かつ体力が落ちているせいで、また食中毒になるのか。どっちなのか気になって実験してみたら、なんの異状もなし。最初から腹が痛いし、下痢なので、わからないだけかもしれませんが、今なら腐ったものを食い放題です。
続きを読む