月別アーカイブ: 2007年9月

お部屋1336/今日のマツワル52

自分で言うのはナニですが、このところの「マツワル」は面白いです。文字通り昨年の旅行記である「去年の旅」シリーズ(なぜいまさら昨年の旅行記なのかの事情は秘密です)を毎日配信していて、その合間に「歯ブラシ問題」「東村山セクハラ捏造事件」「愛煙家のための禁煙法」などを配信。
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映画「バサラ人間」のMAがあった

長尾みのる原作・山田広野監督
出演・団時朗/采花/螢雪時朗/仲村みう
2007年公開予定で制作を進めている
映画「バサラ人間」MA(Multi Audio)が、9月26日(水)夜にあった。

場所は、早稲田のSCアライアンス・メディアエンターテイメント

制作はもちろんスタジオ・ポット映像事業部(部長・飯島洋一)。

イッパイ、リンクを貼っておいたので、
ぜひお楽しみください。

1年前は……

ちょうど1年前の写真です。
なんだか、鉄が若く見えるような気がするんだけど気のせいだろうな。

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そうかあ、『OYABAN』のTシャツをつくったのも今ごろだったのね。
先週、紫金飯店のお兄さんに、鉄がおやつをもらっているお礼に
鉄の写真をつかったこのOYABANTシャツをあげらたら、たまたまその日が
お兄さんの誕生日で、とても喜んでもらったのでした。

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QJrインタビュー 斎藤靖紀さん その2

buru2.jpg秀才たちは、
東京で
気持ち悪く
はじけた?
伏見 大学は現役でお入りになられたの?
斎藤 そうそう。また偉そうですが、受けたの全部受かったんですよ。早稲田と名古屋大学。
伏見 あら、すごい。でもなんで貧乏なのに国立に行かなかったの?
斎藤 東京に行きたかったから。
伏見 アッパーキャンプのメンバーっていやがらせのように高学歴が多いよね。
斎藤 昔、ネットのいやみで書かれてたんだけど、「そういう子たちって、デビューしたあと気持ち悪くはじけちゃうんだよねー」って。すごく的を射てる(笑)。
伏見 当時はまだ今のようなゲイの状況ではないですね。
斎藤 現在のゲイメディア系の衝撃を最初に受けたのって、テレビ朝日の深夜番組「プレステージ」。斎藤綾子さんもタックさんも伏見さんもみんな出てた。あれが今に通じる「ゲイ」という言葉と出会った最初の衝撃でしたね。そのころはパソコン通信の人だったので、高3の時点で、東京にいくつかあったゲイのパソコン通信ネットに入ってたんです。
そこで知り合ったのが、その後ずっと続いている同居人のおまこさん。本名じゃないですよ。それで受験のときに受験パックのホテルを蹴って、おまこの家に泊まりに行った。受験の前夜、おまことヤッてたんですよ(笑)。今思うと気持ち悪いんですけど。そのまま受かって東京に住むことになって、同居を始めたんです。だから独り暮らしをした経験はないんですよね。一緒に住みたいと思ったのは、人柄も含めて、一緒に住んで間違いない人だと思ったから。勘だったんですが、全然抵抗なかったです。守ってもらえるかどうかに対して、本能が働くんですよ。生きる術(笑)。
伏見 いよいよ大学時代ですが、ブルさんは現在、ゲイ業界では一番の権力者でいらっしゃいますから、怖がってなかなかブルさんの過去の証言をする方がいらっしゃらないんです。1人だけ、覆面ならばブルさんの過去を話してもOKという人をやっと見つけました。Mさん、どうぞ。音声も変えてるんですけど。 続きを読む

仏国民に根強いミッテラン氏への想い 没後11年、国父ドゴール氏に次ぐ人気

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日刊ベリタ』に【仏国民に根強いミッテラン氏への想い 没後11年、国父ドゴール氏に次ぐ人気】というタイトルの記事を執筆しましたので転載します。
【本文】
 フランスのフランソワ=ミッテラン元大統領が1996年に亡くなってから今年で11年になる。ミッテラン氏は生前、「私は最後の偉大な大統領になろう」と予言したという。ミッテラン氏は社会党の出身で、1981年から95年まで2期14年にわたって大統領を務めた。フランス国民の間で、今なお大きな人気を集めているのは、第二次大戦の英雄で、国父とされるシャルル=ドゴール元大統領だが、ミッテラン氏はそれに次ぐ高い人気を誇っている。同氏の予言はいまのところ、当たっているようだ。
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女王、アビ様とご対面

動物王国ナース家の女王さまは、猫のアビシニアン、その名はアビちゃん。
(ちょっと安易な命名だと思いません?)
それはさておき、ナッツもテンもアビ女王様には一目おいています。
そのアビ様と鉄が、青梅ツアーの日に初対面した。
鉄は興味しんしん。舌をベロリンと出しちゃって、もしかして
食べようと思っていた?
アビ様はナッツ・テンで犬にはすでに慣れているので
「ああ、また犬ね。よきにはからえ」的な態度。
懸念していた、殺し合いの心配はまったくなし。
これで、母が旅行に行くときは、ナース家に安心して預けられます。

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青梅の川で、三匹それなりに楽しんだあとは、
ナース家でぐったり。
母も朝6時起きと、ワインの酔いが回って、ソファで爆睡。
その前方で鉄も夢心地。

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QJrインタビュー 斎藤靖紀さん その1

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* 初出「クィア・ジャパン・リターンズ」vol.0(2005/ポット出版)
天才ゲイ人
斎藤靖紀
斎藤靖紀(33)は90年代のパソコン通信時代に、
現在のネット状況を先取りしたゲイのコミュニティ活動を展開した。
クラブシーンにお笑い系ドラァグクィーンの文化を確立した立役者でもある。
作家としても『バディ』を中心に
漫画+コラム「デジバディの仮面」「オタクモゲイ」
といった作品で人気を博し、ゲイ的なキャムプのテイストと、
日本的なサブカルの感性をミックスした
独自のパロディ表現を追求してきた。
また、ゲイエディターの立場からも、
ゲイ雑誌で初の読者顔出し記事を
企画したり、「ヤリ部屋」などの言葉の流行を生み出し、つねに時代を牽引する役割を担ってきた。
その存在感は圧倒的で、ドラァグクィーンの追従者を生み出したばかりでなく、
今日では、彼のテイスト自体がゲイシーンのすみずみまで覆っている。
個人サイトの日記で、無意識に彼の「一人突っ込み文体」や、お笑いエロ日記を
模倣しているものは後を絶たない。また若い世代のゲイたちの映画や漫画の嗜好にまで
その影響力を及ぼしている。ゲイクリエーターとしてこれだけオリジナルを持った表現者は、
他にいないだろう。今回、その天才の原点を探るべくインタビューを実現した。
マッキー世代のフロントランナーとも言える斎藤靖紀のこれまで歩みを、
じっくりとたどってみたい。
● 斎藤靖紀(さいとう・やすき)
1971年、岐阜県生まれ。蠍座。
早稲田大学第一文学部除籍。ライター&エディター。
作品に「デジバディの仮面」
「オタクモゲイ」「突撃!! ゲイハンター」など。
ドラァグクィーン、ブルボンヌとしてお笑い女装集団、
UPPER CAMPを率いてクラブシーンを席巻。
90年、ゲイのパソコン通信、UC-GALOPを主宰。
94年、クラブを借り切ってのパーティ、CAMP ‘94を開始。
96年、二丁目初のオープンカフェを催し、
クローゼットな街に風穴をあける。
現在、『バディ』誌の編集者としてゲイメディアの
一線で活躍している。 続きを読む