月別アーカイブ: 2007年7月

本日、参議院議員選挙

とりあえずまだ雨は降っていません。しっかり投票所に行って、自分たちの思いを候補者に託しましょう。なんだか明日未明までドキドキしそうですね。あとは祈るばかりです。一票で負けることもありますから、悔いの残らない選択を!

2.5シーターの快適

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2.5シーターのソファは、やはりいい。
ソファに寝そべって本を読む場合、
2シーターだと足を縮めないといけなかったのが
2.5シーターだと、ゆったりと寝そべることができます。
さらに、2.5シーターは奥行きも広いので、
このように犬と2列になって寝ることもできます。
それにしても、鉄の顔はでかい。
人間の半分しか体の長さがないくせに、頭の大きさが同じだ。

「私」から「私たち」から「私」へ

右を見左を見、周囲を気にしてゲイバーに入店した時代をおぼえているひとは、
もはや少なくなった。
ゲイ同士知り合ってもふつうに名字を名乗り合うことがなかった過去に、
現在リアリティを感じる者は多数ではないかもしれない。
でも、たかが十数年前、ぼくらは新宿御苑でゲイの集団で花見をするのに、
差別の恐怖と闘わなければならなかった。
ついこの間、90年代でさえ、同性愛者のイベントをするのに、
会場に警備員を置かなければならないこともあった。
友だちに性的少数者であると告げることすら許されなかったのは、
遠い昔のことではない。(いや、いまでもそれは続いている)
そうした状況が変化していったのは、
それを変えようと思ったひとたちが、少しずつの勇気を持ち寄ったからだった。
目の前の困難を「私」として乗り越えるだけでなく、
「私たち」として向き合う「政治」をはじめたからだ。
「私」の状況は「私」の力で実現したと思いがちだが、
それを背後で支えたものへの想像力を持たないひとは多い。
それどころか、「大きなお世話だ」と思っているひとも珍しくない。
悲しいことに、寝た子を起こさないでくれ、
という「苦情」も相変わらず耳にする。
けれど、そのひとたちの「自由」でさえ、勝手に出来上がったものではない。
もしそう思っているのだとすれば、それは傲慢だ。
時代は変えようとしないかぎり変わらない。
「私たち」の問題として解決すべき事柄は、「私たち」とともにある。
そのことと、「私」がどう生きるのか、という課題はつねに同時平行してある。
「私たち」を「政治」とするのなら、「私」は「文学」かもしれない。
そのふたつは不可分であり、生きるための両軸だ。
「私」をしっかり生きることも、「私たち」の課題と向き合うことも、
どちらも人生には必要なことだろう。
「私たち」としての「私」を考えることは、「私」をよりよく生きるために、
不可避な機会に相違ない。
捨て身で「私たち」であろうとしているそのひとに、花束を。
不器用に「私たち」であろうとしているそのひとに、万雷の拍手を。

参議院選挙比例区って!?

特定の候補者を当選させたい人は、党名ではなく、個人名を書かないとそれが反映されないんだそうです。意外とそのことが知られていないようで、伏見もつい最近まで分かっていませんでした(人のこと言えない)。だから投票場では●●●○○○とフルネームでちゃんと書きましょうね。
選挙もいよいよ大詰めですが、さまざま巻き返しもあり、メディアでそれなりに取り上げられた候補者もそのことだけでは票につながらず、奮闘努力しているようです。人々の投票行動に影響を与えるって難しいですね。有権者の一人として、他人任せでは自分たちの思いを国政に反映させることはできないんだと真摯に受け止め、しっかりと投票に行きたいものです。最後までがんばれ!

熱して冷やして

夏ですね。
ポットのベランダは、朝の9時にはかなりの暑さになる。
鉄はポットに着くと、まずそのベランダに出て
クーラーの室外機の前にデーンと寝そべる。
そうやって十分すぎるほど、体を熱してから、おもむろに
玄関に移動。ヒンヤリしているタイルの床に寝そべり体を冷やす。
この不可解な行動の目的はいったい何だ。
犬なりの暇つぶしか?
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日高に添い寝

鉄にとって日高は、ちょっと怖い存在。
なのに、なぜ、添い寝?
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以下は、日高に添い寝するまでの鉄の様子を見ていた
山ちゃんと上野の報告によるものです。

私の留守中に、いつも通り床に寝そべっていた鉄が、
まるで虫に刺されたかのように、ビクンと急に立ち上がり
周辺をクンクンかぎ出したのだそうだ。
でも何も見つからなかったようで、場所を変えて床に寝そべったのだが
またまたビクンと起き上がり、周囲を探っていたらしい。
しばらくすると鉄の姿が見えなくなったことに気づいた
山ちゃんと上野が鉄を探すと、なんと、日高の足下で寝ていたのだそうだ。
(この写真は上野が撮ってくれた)
普段は日高の足下で寝るなんてことは決してしないのに、なぜ?
よほど怖いものを見て、強い相手だと思っている日高のそばにいれば
安全だと思ったのか?
それとも、単に日高が敷いていた毛布の上で寝たかっただけ?
ちなみに日高は、おぼろげな意識の中で「犬が横を歩いている」と
うっすら思ったけれど、鉄が添い寝していることには
全く気づかなかったようです。