年別アーカイブ: 2006年

強い言葉。

ちょっと前から短歌を読んでいます。
文字数の制約があるほど言葉はとぎすまされて鮮烈な印象を残すような気がして、
地味にはまっています。
ひいきの歌人の本をあらかた読み尽くし、
次を物色していたところ、「あたまの底のさみしい歌」という本を見つけました。
いや、短歌でなくて宮沢賢治の書簡集なんですが、
これがまた。とてもいいのですよ。
ぐーっと入り込んでふわーっとどこまでも連れていってくれます。
編集者の思い入れの強さがにじみでているようで、
特に行間のアキ具合がとてもいい。詩のように読ませてくれます。
というわけでこれをきっかけに、ずっと敬遠していた宮沢賢治の詩集を読み始めました。
手にできてよかったーと思う本に今年も巡り会えました。
いやいや、本当に嬉しいことです。

いただいたご本『死にたくないが、生きたくもない』

shinitaku.jpg幻冬舎もいよいよ新書を創刊ということです。もはや有名出版社で新書をもたないところはないといって過言ではない時代です。きっと書店での書棚争いは熾烈をきわめているのでしょうね。

さて、その幻冬舎新書の第一弾に含まれている小浜逸郎氏の本をお送りいただきました。タイトルは「死にたくないが、生きたくもない」。この頃、自分でも心の中でよくつぶやいていた言葉だったので、ちょっと驚きました。ホント、いまやこんな気分。自殺を急ぐ子供たちに、「この世はやはり生きるに値する価値がある場所なんだ」と胸を張って言うことにためらいがある伏見としては、この辺りが最終防衛ラインですね。はあ。

まだ熟読しておりませんが、小浜さんらしい、夢希望もないけれど、現実と生活に即して「老い」を考えていこうという一冊のようです。アンチ・エイジングという標語に惑わされたくないあなたにお薦めでしょう。

● 小浜逸郎『死にたくないが、生きたくもない』(幻冬舎新書) 720円+税

間違っていたのは私達だった

本当は来週月曜日の鉄日誌に書こうと思っていたネタなんですけど、きょう書いてしまいます。
鉄はどきどき「ドーベルマンですか?」と聞かれることがあり、そのたびにポット内部では「あっはっは。全然違うのにねー。だってドーベルマンは耳たってるし、シッポも短いしぃ」と笑っていたのです。
ところが昨日。ポットに初めてきたお客さんが鉄を見て、「ドーベルマンですか?」と聞くじゃないですか?
「違いますよー。だって耳もシッポも違うでしょ」と答えると、「ドーベルマンって耳とシッポ切るっていうじゃないですか。だから切っていないんだなあって思ったんです」と言うじゃありませんか!
「えええー、そうなの?」と、数人が即、「ドーベルマン 耳 切る」でネット検索。すると、でてくるでてくる。「断耳、断尾」についての説明や、包帯を巻かれた断耳、断尾中のドーベルマンたちの写真が。
知りませんでした……。
笑っていたけど、間違っていたのは私達でした。
断耳するまえのドーベルマンって、耳がたれてて、お公家眉。
鉄は確かにドーベルマン顔でした。

タイムスケジュール

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 12月9日(土)のシンポジウムは以下のようなタイムスケジュールで考えています。
●第1部 各講師の報告
17:00 開会挨拶(by 及川健二)
17:05 及川健二:『虹色の社会~フランス同性愛事情~』
17:20 赤杉康伸&石坂わたる:『パートナーシップ制度と日本』
17:35 大河原雅子:『私のマニフェスト』
17:50 宮台真司:『成熟社会をどう生きるか』
18:05 上川あや:『沈黙から発言へ ~カムアウト議員の誕生とその後~』
●第2部 パネルディスカッション avec 大河原、宮台、赤杉、石坂、及川(司会) 
18:20~19:30(時間内で質疑応答を行います)
パネル・ディスカッションでとりあげて欲しいテーマなどありましたら、メールください。
定員まで間近です。事前申し込みが必要ですので、申し込みは以下のアドレスにメールしてください。
info@athenee.jp

頭が噴火する

先週末、突然頭に出来たデキモノが化膿して巨大の血ち膿の固まりに。1週間経ってデキモノはほぼ消え去ったのですが、デキモノが出来て以来の頭痛やフラつきに未だ悩まされる日々。

おととい、昨日といろいろなところを歩き回っていたんですが、30分くらい歩いただけなのに帰る頃には頭クラクラ、微熱があるような気が…。はやいうちに病院にもう一度行かねば。