日本の自由民主党にあたる政権党UMPに属しながら、HIV感染でありゲイであることを公言しているジャンリュック=ロメロ地方圏議会議員の写真です。はじめの二枚は及川健二が撮影したものです。最後の一枚はロメロさんから提供されたものです。

(2005年パリのゲイ・パレードの先頭を歩く人々。左からジャンリュック=ロメロ氏、ヤン=ヴェーリング『緑の党』全国書記、ゲイアクティビストのアラン=ピリウー氏、ベルトラン=ドラノエ・パリ市長)

月別アーカイブ: 2006年7月
「企業の論理」
「企業の論理」って言葉をよく聞く気がします。「資本主義の論理」なんてもあるな。
で、これって納得いかないんですよね。
左翼をやめてから、会社とか企業とかの意味をときどき考えます。
「企業の論理」と言われるものは、
企業って利益を求めるの→その「論理」は利益だけを追求するものだ
だってことだと言われるのだと思います。
ここんとこ新聞で報道されてるパロマのガス湯沸かし器欠陥問題では、その欠陥を隠す(オープンにすると責任追及があって、利益が減るから)のも、利益を優先する企業の論理だと、いうように使われているようです。
でもこれって企業の持ってる本質的な性格とかじゃなくて、むしろワレワレ人間(2006年に生きてる人間)のほとんどが持ってる「性格」から発生してるもののような気がします。
僕は失敗なんかを、できるだけ隠そうと思ってしまいうんです。ばれたらカッコ悪いもん。
あるいは、時には弁償したりするのがイヤで、知らんぷりしたり、バレなきゃいいなって思ったりして、
やり過ごそう、と思うんですよね。
パロマの人たちも、大本はそんな気分でいたというだけなんじゃないでしょうか。
だからといってパロマとその責任者たちに責任がないとか、言いたいわけじゃないんです。
責任はありますよね。ただ、[自分もついやってしまうかもしれないこと]として、
パロマの責任を考えたり、シャベッタリしないとまずいんじゃないか、とおもうんです。
企業も人間が作ってる無数の社会・集団の一パターンに過ぎないんじゃないかな?
政党、マンション管理組合、父兄会なんかとおんなじ社会・集団。
お買い物 その3

沢辺さんが新しい首輪をプレゼントしてくれた。
フリーハンドは明治通り沿いにある革のお店で、オーダーで鞄やベルト、財布、名刺入れなどを作ってくれる。
鉄の散歩の途中、たまたまその店に入ってお店の人を話をしたら、オーダーで犬の首輪も作るとのこと。でも、かなりの金額になるような話だったので、母は具体的な金額まで聞かずに断念。しかし、父(沢辺)はあきらめていなかったらしく、いつの間にか注文を済ませていた。
そして出来上がったのが、写真の首輪です。
でもうまく撮れないなあ。値段は1万円くらいだったみたいです。
(鉄の飼い主・佐藤)

【思い出の写真】ニコラ=サルコジ内務大臣
クィア・ジャパン・リターンズ Vol.2
2006年の今を生きるゲイライフのリアルとは何か?
そしてわれわれは今をどうやって「生き残る」ことができるのか?
メガバンク、大手不動産、エンジニア、トレーダー、高校教員などといったさまざまな仕事の現場で働く13人のゲイへのロングインタビュー「会社で生き残る!」をはじめ、「HIV感染とゲイ」の現在を真摯に語り合ったシンポジウムなど、それぞれの現場でのそれぞれの人なりの「生き残る」現実をさぐりました。
クィア・ジャパン・リターンズ0号創刊からほぼ1年。
2号は、編集長・伏見憲明に「四国お遍路」だったと言わしめたほどのハードな取材の結果、できあがった大作です。

