月別アーカイブ: 2005年1月
100%ゲイ
スタジオ・ポット休業のお知らせ(どえらい先ですが)
本日の会議にて、今年は「休みが平日をはさんだらそこはみんなで有給をとって休業にしよう」という方針が満場一致で可決されました。今年で言うと、5/2および5/6、11/4が相当します。素晴らしい。
そもそも有給をとるのに社を挙げて決定するのもどうかと思いますが、どうせ有給を消化しきれないのだからこうやって使っていく方がいいですね。(でも先日の三連休は半分以上倒れていたから、休みが増えてもあんまり意味がないような……。)
えー、20代までに出会った本でインパクトがでかかったのは……悩みますが、「蓮と刀」ですかね。おそらく、現在の自分のありように一番濃厚に影響している本です。人間とはハテ、みたいなことをこの時期に考えるわけですが、その際にほとんどの思想は「人間とは=男とは」で始まっているから気をつけないと、みたいなことを学んだような気がしますが、今内容を思い出そうとしたら続編の「オイディプス燕返し!!」と混ざっていることに気づきました。だいたい、この頃の橋本作品はほとんど図書館で読んだので、自宅には「秘本世界生玉子」くらいしかないし、もうダメダメです。
心機一転?
立ち止まるという時間
どっちが売れる?
本日はポット出版の「心がない編集者」、サトウ幹部との初打ち合わせ。といってもQJrに関するものではなくて、伏見の近刊『性という[饗宴]』の装丁の相談。
写真に映っている2つのカバー—白地に青い文字のものと、グレーの帯に赤地のもののどちらにしようかと侃々諤々。正月早々、徹夜続きで寝不足のサトウ幹部は機嫌が悪い(肌もテカってるし)。最後には髪の毛の引っ張り合いにまで発展! 続きを読む
新米ライター奮闘記! その1
みなさんこんにちは。と、いうかはじめまして。新米フリーライターのたなべねと申します。ええと、12月28日の記事に登場しています。どうぞお見知りおきを。
新米っつっても、コメであれば、新米は、もちろん食べられる、しかも美味しいコメなわけですが、僕はまだコメになってません。稲穂の中の未確認物体です。これからイモチ病に倒れる可能性だってあるし、じつは中身がなくてスカスカの殻かもしれません。と、いうのも、今回が僕の売文行為の初体験なのです。伏見編集長、さすがギャンブラー。って、僕自身が言っていてはどうしようもないのですが。
さあ、無事に刈り取り、脱穀し、精米して、みなさんの目にキラキラと輝く、おいしい米粒のような文字たちをお見せすることが出来るか!そうなりますように、これから奮闘していきたいと思います。そういうわけで、僕の田んぼをご紹介。こんな机で文を書いています。
ふたりにクギづけ
20代までに出会った本、音楽、映画
伏見さんがQJrコーナーで、「20代までに出会った本、音楽、映画の中から1つだけ好みの作品を選んでほしい、と言われたら、どんなものをピックアップしますか?」っていう質問をしてます(すぐ消すっていってるからみなさんは読めないかも)
で、それに僕の意見を送ったんです。
迷ったけど、日誌にアップしてみますね。
「大好きだった』=つまり、今は好きってわけじゃないけど、ってことで書きます。
10代・本=「カタルニア讃歌」ジョージ・オーウェル/「世界を揺るがした10日間」ジョン・リード
高校2年の現代史の教師が夏休みの宿題で、ロシア革命・スペイン革命・中国革命について書かれたフィクション・ノンフィクションのタイトル50冊くらいをあげて、どれでもいいから読んで感想をかけ、というのをだしました。
そのリストのなかでたまま選んで、大感動したものです。
現代史の教師は、60年安保時のブント(共産党から飛び出した学生中心の党派です)で、都学連(全学連の東京支部みたいなもの)執行委員(という名前でいいのかちょっとわからん)で、その後革共同、中核派に合流したひと。僕が高校2年になった72年も同盟員だったはずで、川口君が革マル派に殺された一連の騒動で、早稲田大学での内ゲバで逮捕された人でした。
そのときの読んだ「カタルニア讃歌」は18歳くらいのときに、違う高校の友達に貸したんですけど、40歳くらいのときに返してくれたんで、今も当時の僕のいたずら書きのある本が、本棚にあります。
左翼少年だった僕は、でもマルクスもレーニンも、読んでもよくわからなくて、劣等感を持ってたんですけど、ノンフィクション仕立てであっというまに読めたんで、なんか、左翼に「なれた」感じがしてすごく好きになったんだと思うんです。
10代・音楽=15歳ころ、なんといっても岡林信康で、とくに「私たちの望むものは」とか「今日を越えて」なんかが好きでした。「私たちの望むものは、生きる苦しみではなく、私たちの望むものは生きる喜びなのだ」と一番では歌っているのに、最後は「喜びではなく、苦しみなのだ」と反対にしたとこが好きで。たぶん、ちょっと高級な感覚を持てた気分が、うれしかったのかな?
それともう一つは、ジャニス・ジョップリンで、アルバムでは「パール」。
それまで、英語の歌をきいても実はあんまり感動してもいなかったんだけど、はじめて「いいじゃん」って思えて、やっと英語を歌を理解できる「大人」になれたって感じかな。
周りの友人は、ジャズだのなんだのって、「あっち」の音楽をわかったように話してたので、これも劣等感。
ジャニスを初めて聞いたのは、高校のすぐ近所の「off」という喫茶店。
ジャックスってバンドの準メンバーみたいな存在で、作詞もしてた出来里望(いずき・りぼ)というひとが、お母さんとやってた喫茶店で、オープンリールで音楽をかけていたり、内装は白い漆喰壁に黒ずんだ柱が見えるってやつで、当時ではかなりおしゃれ。それも自分で設計したとかで、こった建物だった。
で、高校生でそこに「常連」ヅラするのは、あるグループのなかではカッコ良くて、出入りしてたんです。
10代・映画=高校生(71〜74年)のときに渋谷東急名画座にイージーライダーを見に行ったり、むりしてゴダールをみたり、一方、網走番外地なんかも見に行ったりして、とりあえず周りの友達と話ができるようにはしてたんだけど、実はどれもそれほどおもしろがれていなかった。
そんなときに、鶴田浩二の「総長賭博」のラスト間際のドスを投げ捨てるシーンにどきどきしました。
20代・本=北方謙三のハードボイルド。
無理してショーロホフ(ロシア文学)を読んでみたり、もちろん左翼でしたから、左翼の本は一生懸命に読んでたんです。
たぶん、その当時の僕にとっての読書は、インテリへのあこがれや、その仲間になるための「修行」のようなものだったんだと思います。
そんな時に「ただの」ハードボイルド、を素直におもしろがって読めた自分がうれしくて、、、。
20代・音楽、映画は、思いつくものがないです。
以上、伏見さんに送ったメールでした。
