2010-07-12

脳天気商会、テキトーに誕生 [北尾トロ 第28回]

思わぬ方向に話が膨らんできた。まっさんや岡本君と、バンドをやろうと盛り上がってしまったのだ

何気なく口にした言葉が引き金となり、新しいことが始まる。そんなことはしょっちゅうだけど、思いつきで動く悲しさ。一時の興奮が冷めるとなし崩し的にどうでもよくなり、結局うやむやになってしまうのがオチである。それでも計画性に乏しいぼくたちはその場のノリで動く以外の方法を知らず、数撃ちゃ当たるとばかりに動き回るしか能がない。10のアイデアのうち、1つか2つ実現すればめっけもんだ。

バンドの話が盛り上がったのにはいくつか理由があった。まず、言い出しっぺはぼくだったが、即座にまっさんと岡本君が同意したこと。誰かが強引に口説くのではなく、最初からテンションが揃っていた。また、ぼくやまっさんはバンド経験がないが、岡本君は経験豊富。本職のキーボードだけではなくギターやバイオリンも演奏でき、譜面まで読める。しかも、これは自慢にならないが、売れっ子ライターではないぼくとまっさんは練習のための時間が確保しやすい。勤め人である岡本君の都合に合わせればいいのだ。

ぼくとまっさんはギターをかき鳴らす程度しか楽器ができないが、岡本君はそんな不安を笑い飛ばしてくれた。

「楽器なんて練習次第で何とかなるよ。演奏力で勝負するわけじゃなし。メンバーも無理に探さなくていいんじゃない。ドラマーはリズムボックスを使えばいいんだから」

「じゃあ何で勝負する? ルックスってわけにもいかないぜ」

「そこやねぇ。歌って踊れるおねーちゃんでも募集しますか」

「いや、そういうのもありふれてるじゃん」

「そうだなあ。そうやって取り繕うとすればするほど普通のつまんないバンドになっちゃうかもね」

ぼくと岡本君のやり取りをじっと聞いていたまっさんが、ハイと手を挙げる。

「我々のバンドのウリがわかったよ!」

ほう、それは何ですかい。

「オリジナル曲だよ。わしら、コピー曲はやらず、オリジナルで勝負する」

「そ、それは単にコピーする技術がないだけなのでは」

「その通り!」

「叫ばんでもええがな」

「鋭いね、おかもっちゃんは。だけど、うまくコピーができたとしても、それを演奏して誰が喜ぶの。しょせん、元の歌を越えられないでしょ。その点、我々は違います。全曲オリジナル。ヒットすれば印税まで入ってきます」

なんじゃそれ。メジャーデビューでもするんかい。わしら、ただバンドを作ってステージに立ってみたいだけでしょうが。

「伊藤ちゃんはそう言うけど、これからバンドが流行ったらどうなるかわからんよ。あの曲を作ったのは誰ですか。え、北尾トロ? 素晴らしい曲です。ぜひうちからシングル出させてくれませんか。そうなったら、もうウハウハだよ」

先走りすぎだよ。まだバンド名も決まってないのに。

「はっはっは。すでにあるじゃん。ぼくと伊藤ちゃんが連載で使っている“脳天気商会”でいいと思うよ」

そうくるか。でも、脳天気商会ってお笑いバンドみたいな響きが。

「そこがいいんだよ。覚えやすいし、どうせ演奏力がないなら、開き直ってオリジナル曲とイロモノ力で勝負しようよ」

イロモノ志向かよ。岡本君はそれでいいんですかい。

「とりあえず、いいんじゃない」

「ほら、この方は経験者だけにわかっていらっしゃる。脳天気商会、大受けだよ。女の子のおっかけができるよ、ねぇおかもっちゃん」

「夢を見るのはいいけど……」

「夕暮れ迫る高野豆腐 とどのつまりが興奮状態! はい、伊藤ちゃんもご一緒に」

「夕暮れ迫る高野豆腐 とどのつまりが興奮状態!」

「いい加減にしなはれ!」

居候の町田は、昼前に起きてビデオを見たりビールを飲んだり、悠々自適の毎日を過ごしている。経済的余裕はあまりないはずなのだが、のんびり型の性格なのだ。

もっとも、これは教育係であるぼくから与えられる仕事が少ないせいでもある。『ボブ・スキー』がシーズンオフで一段落すると、町田に振れる仕事は極端に減り、PR誌の細かい取材くらいしかない。それにしたって、もともとはぼくが頼まれたもの。少ない仕事を町田と分け合っていては、一人分の収入でふたりが生活することになるだけだ。まっさんにも相談してみたが、彼も自分が食うので精一杯だという。

「わしらもそうだったように、町田君にも『Big Tomorrow』のデータマンを勧めてみたらどう?」

やはりそれしかないか。旧知の編集者に電話をかけると、会ってくれるという。

「町田、しっかりやれよ。がんばれば、『Big Tomorrow』のデータマンだけで当座はしのげるはずだから。あと、おまえ一眼レフカメラ持ってるだろ。学研の『シティ・ランナー』っていうジョギングの雑誌が写真も撮れるライターを探してるって言ってたから紹介するよ」

「どうも。でも、オレは特別に写真がうまいってわけでもないよ」

それは問題ない。大事なのは一眼レフを操作できることなのだ。ライターに要求される写真のレベルが高いはずはないのだ。バシャバシャ写せば使えるのもあるだろう。

町田はなんとかデータマンに採用され、ライターとしての第1歩を踏み出すことができた。『シティ・ランナー』でも、そのうち何かやらせてくれそうだ。秋から春にかけて『ボブ・スキー』をやれば、年収200万円台はいけるんじゃないか。

「200万とすると月収16万くらいか。カツカツだなあ」

「贅沢言うんじゃねーよ。おまえはSFだっけ、作家を目指してるんだろ。最低限の収入を確保したら、あとの時間で小説書けばいいじゃないか」

「そうだった、そうだった。とにかくライター仕事がんばるよ」

どうも頼りないが、あとは町田次第である。先輩としてぼくにできるのは、せいぜいこの程度。ま、受けた仕事をちゃんとやってれば死にゃしないよ。

「じゃ、そういうことで、缶ビールでも買ってきて乾杯しましょうか」

うれしそうに外へ出て行く町田を見送りながら、ぼくはところどころ弦が錆びているオンボロのギターをかき鳴らし始めた。

この連載が単行本になりました

さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。

昭和が終わる頃、僕たちはライターになった


著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。


著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった