2009-08-31

イシノマキで逢った人たち [下関マグロ 第7回]

僕の原稿が少し時間的に先に進みすぎてしまった。これでは、読者も少しわかりにくいかもしれないので、僕の原稿も少し時計の針を戻そうと思う。

イシノマキでは、本当に多くの人に出逢った。ただ、僕自身はイシノマキにおいて特異な存在であったため、どの人がどういうことで、ここにいるのかというのがよくわからなかったのだ。伊藤秀樹(北尾トロ)も同じことで、最初の頃はよく夕方になると会社にきていた男くらいの印象しかなかった。彼はいつもマイペースで、オフィスの片隅にいる僕に向かって「お前、いっつも暗いなぁ」などと声をかけてくれた。いったいどんな人なんだろうかと思っていたら、ある夜、会社に置いてあるエレキギターを取り出して、ステレオセットにつないで音を出していた。どうやら、この人の私物のようだ。会社にギターを置いている人だということがわかったが、どういう人かということはますますわからなくなった。というのも、そのギターの腕はお世辞にもうまいとは言えなかったからだ。

イシノマキは編集プロダクションといいながら、いろいろなことをしている会社で、岡林信康のコンサートなんかもプロデュースしていた。僕は部外者ということもあり、こういったことからはまったくの仲間はずれであったが、伊藤秀樹ほか、ほとんどの社員がこれに関わっていたと思う。北関東のどこの街かは忘れたが、伊藤秀樹もPAとして参加していたようだ。彼はPAもやるんだ。彼はきっと音楽畑の人なんだろうと思ったりもした。

さらにイシノマキは、病院の経営にも乗り出していて、企画書だか図面のようなものを持ってきて、社長と打ち合わせをしている人もいた。もういったいここがなんの会社かわからない状態である。

編集プロダクションらしいといえば『Crew』というサラリーマン向けのフリーペーパーを創刊しようとしていた。ここに関わっていたのが、広告代理店ハリウッドの葛飾氏である。僕がいた頃、『Crew』の企画書はできていたが、創刊されたのは冬のはずだ。僕も配布の手伝いをやらされたのだが、ギャラは厚手のスタッフトレーナーだったことを記憶している。寒い日だった。

イシノマキはしょっちゅう面接をやっていた。社員だけではなく、外注スタッフも募集していたようだ。敦賀もそれで応募してきたひとりで、僕と同じ年だったせいか仲良くなった。元埼玉新聞の記者だという経歴を持つこの人は『週刊ポスト』の仕事をやっていたと思う。後に僕がフリーになるきっかけを作ってくれた人物なのだが、この時期は仲がいいというくらいである。

パインもそんな外注ライターのひとりだったと思う。どういう経緯で会ったのかは覚えていないが、たぶん伊藤秀樹から紹介されたのだと思う。イシノマキで会った記憶はないのだが、ちょうど伊藤秀樹がパインの家に居候するころであった。パインが僕に相談をしてきた。

「彼のことどう呼ぶかって迷ってるんだよ。どう呼べばいいかなぁ」
と言うのだ。僕もよくわからない。イシノマキで彼は「伊藤くん」と呼ばれていたからそれでいいのではと言うと、
「一緒に住むわけだし、それではちょっと他人行儀だから、〝伊藤ちゃん〟と呼ぼうと思うんだけど、どう?」
と言うのである。ならば、それでいいんじゃないの。というわけで、僕も彼のことを伊藤ちゃんと呼ぶようになった。

ちなみに、伊藤ちゃんは僕のことを「まっさん」と呼んだ。どうしてそういう呼び名になったのかはよく覚えていない。

前述したようにイシノマキでの僕のポジションは最初はこの伊藤秀樹がやめた穴埋めというようなものだったはずだ。しかし、僕が編集やライターについてど素人だということがわかり、新たに元ロイター通信にいたという男を雇い入れた。伏木という男だった。たぶんけっこうな競争率で伏木は採用されたのだと思う。考えてみればこの時代、ライターや編集者になりたいという人は今とは比べものにならないほど多かったように思う。

奇妙なことだが、この伏木といっしょにスコラの企画を考えたことがあった。ここに伊藤秀樹も加わって、先輩である北尾トロに僕らが習いながら企画を進めていくというものだ。

まだ雑誌も元気な時代で、青山ツインタワーにあった『スコラ』の編集部に行くと、まるでレースクィーンのような美人がお茶を入れていくれたりしていた。

不思議なもので、後にスーさんがここの編集となり、僕も仕事をすることになるのだが、それはもっと先の話だ。

この連載が単行本になりました

さまざまな加筆・修正に加えて、当時の写真・雑誌の誌面も掲載!
紙でも、電子でも、読むことができます。

昭和が終わる頃、僕たちはライターになった


著●北尾トロ、下関マグロ
定価●1,800円+税
ISBN978-4-7808-0159-0 C0095
四六判 / 320ページ /並製
[2011年04月14日刊行]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった

電子書籍版『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』も、電子書籍販売サイト「Voyager Store」で発売予定です。


著●北尾トロ、下関マグロ
希望小売価格●950円+税
ISBN978-4-7808-5050-5 C0095
[2011年04月15日発売]

目次など、詳細は以下をご覧ください。
【電子書籍版】昭和が終わる頃、僕たちはライターになった