2005-04-28

第16回 書店に本を置いてもらう

なぜ本屋に本を置いてもらわなければいけないのか?

読者からの意見や感想を求めるために読者ハガキを挟み込んでいる出版社は多いと思います。その中によくある項目で「どこでこの本を見かけましたか?」とか、「どういう方法でこの本を知りましたか?」「どこでこの本を見かけて買おうと思いましたか?」といったものがあります。広告宣伝の効果も含めて本との出会いの場を調べているわけですが、一般的にここで多い回答が「店頭で見て」というものです。読者ハガキを送ってくるような読者は本好きが多いから本屋での本との出会いが多いのだ、という見方もできるとは思いますが、本屋の「店頭」で本と出会う人は少なくない、という見方もできるはずです。どんなに宣伝をしたと自分では思っていても、その宣伝によってではなく本屋の店頭で出会ってしまう人がいるという現実、つまり、読者と本との出会いを生み出すためには書店の店頭での陳列は非常に重要な意味合いを持っている、ということです。今回は「出会い」を生み出すための露出だけでなく、その他の観点からも「書店に本を置いてもらう」理由と必然性についてまとめてみたいと思います。要点は「本と読者の出会いの場としての書店と、そこにモノが置いてあることの重要性」と「広告宣伝と店頭露出は表裏一体」という点です。この2点を明確に意識して営業活動を行なわないと単なる注文取りになってしまい返品が膨らむ危険性があります。
なお、今回も書籍についてです。雑誌は書店に置くという点では書籍とはかなり違います。書籍は事前の準備に不足があっても出てから勝負できますが、雑誌は出るまでが勝負だから、ということもありますが、雑誌においてより重要なのは広告媒体としての役割だからです。

まかぬ種は生えぬ

中小零細出版社で「売れない」という話を聞いてPubLineなどで在庫を確認してみると紀伊國屋書店の新宿本店や梅田本店などにも在庫がない例が多々見受けられます。売れない本というのは確かにあると思いますが、それ以前の問題として店頭にモノがなければ絶対に売れません。もちろん、客注で、とか、外商で、という売れ方を期待することはありますが、客注や外商(図書館なども含む)だけで成立する本であれば、店頭で売れるも売れないも本来あまり気にならないはずです。店頭での実売が気になる本、店頭での実売を期待してる本、そういった本を売るためには店頭での露出が不可欠です。
弊社では先日から「共有書店マスターユーザー会」に参加しました。それを使って、P-Net(POS実売)のデータと配本データを統合し、配本した冊数に対して実売がどれぐらい上がっているか、という集計を行なえるようになりました。配本がないのに売ってくれている奇特なお店もありましたが、多くのお店では配本の結果として実売が上がっているということが分かりました。モノを売るための前提としてモノを置くことは、やはり重要です。

置いても売れない

「売れない」と言ってもデータを詳細に見ると売れなさ具合には違いがあったりします。この違いは「売れない」理由や場所が全く同じではない、ということを表しています。「売れない」本であっても場所(お店・棚)が違えばどうなるか、時期(発売からのタイミングだけでなく季節や時節など)が違えばどうなるか。そういうことを確認するためには「永年の勘」ではなくPOSデータが必須です。売れた理由ではなく売れなかった理由を知る。単純に「置いても売れない」と切り捨てるのではなく「こういう店にこういう置き方をしたら売れなかった」という事例を積み重ねることによって、「ではどこで売るか」ということが見えてきます。もちろん、それも100%正しいとは思いません。そういう事例だけで本が売れるわけではありません。ただ、「売れない」事に対して何をすべきか、がデータを読むことによって与えられるのであれば、何も打つ手がない、という状態に陥ることはなくなるはずです。「置いても売れない」というのは営業施策として打つ手がなくなった時の言い訳のように思えます。やるべきことがある間はこういう言葉は出て来ないはずです。

置いても売れなかった

期待値が大きいと失望も大きいのは常です。特に新刊については期待も膨らみます。頑張って事前注文を大量に集めた新刊であればなおさらです。チェーンの本部に働きかけて数百数千の注文を取りまとめたり、著者の知り合いの著名人から推薦文の約束を取りつけたり。そういった事前活動の結果が悲惨な数字だった場合、何をやっても駄目だ、という気持になりがちです。ですが、書籍は新刊時に駄目でも後からじわじわと売上を伸ばし、棚の定番的な商品にすることも可能です。それ以前の問題として、棚の定番、的な売れ方を期待すべき書籍に過大な期待を抱いてしまう場合もあります。当然の事ですが、平積中心に展開している書籍と棚の回転中心の書籍での売れ方は違います。最初から後者を目指して販促を行なっていけば妙な失望感を味わうことはあまりありません。
これは置き方の問題ですが、平積中心の配本は同じジャンルの新刊に押し出されがちですが、棚に一冊といった配本の場合、後から出てきた新刊によって押し出される、ということは極端に少なくなります。配本については稿をあらためますが、やりようによっては返品を押さえると同時に実売を伸ばすことは充分に可能だと考えています。

どうせ返品になるだけだから

前回の「返品」という原稿では、返品を恐れるあまりせっかくの書店からの注文に消極的になってしまう可能性について触れました。「聞いたことない書店だから」という理由だけで注文を断ったり減数したりしている出版社もあるという話も聞いていますが信憑性については分かりません。「書店は売れなくても返品にすれば良いのだからリスクは全くない」という出版社の方もいらっしゃるそうですが、前回も触れた通り、書店にとっても返品の手間などないに越したことはありません。結果的に返品になったとしても、少なくとも注文を出した段階では書店には売る気はあるわけです。せっかくの売る気をそぐような行動や言動は慎むべきだと思います。
実際、返品になるような注文には多くの傾向があります。例えば書店がフェア用にタイトルだけで注文してきたような場合などです。こういう注文が入っても何も考えずに出荷してしまえば返品になるだけですが「その本よりこちらの方がおすすめですよ」と返すことが出来れば売上につながります。ある意味、そういうコミュニケーションが行なえる環境を作るために営業が書店を回っているという側面もあるわけです。そういうことをせずに「返品にするのは書店が悪い」とだけ言っていると本を置くことはどんどん出来なくなっていきます。

宣伝しても売れない

広告効果を最大限に活用するためには、宣伝のタイミングと店頭にモノが置いてあるタイミングが一致していないといけません。読者は熱しやすく冷めやすく思いついた時に手にしなければ永遠に買わないかもしれないからです。広告宣伝だけで本が売れるとするならば、そしてその広告が一般的に効果が高いとされるものであるならば、テレビで広告を打っている会社は広告のおかげで儲かっているのだから潰れることはない、はずです。もしテレビ広告で飛ぶ様に本が売れるのであれば、いわゆる大手の出版社はバンバンテレビ広告を打つに違いありません。が、現実はそうではありません。本はテレビ広告では売りにくい商品のようです。そして、いくら広告を打とうがクチコミで広がろうが、店頭での露出をきちんと確保できなかった本が売れた事例はごくごく稀です。

テレビで取り上げられても映画の原作になっても売れない。

自分で経験した例や色々な方から伺った例を考えてみても、テレビに紹介されたからといって必ず飛ぶ様に売れる、わけではありません。もちろんそういう例もあるとは思いますが、「テレビで紹介」は失望と共に終わることが多いように思います。テレビでの本の紹介は一瞬でほとんど印象に残らないことが多いからのようです。これはドラマなどで小道具として使われた場合や映画の原作として使われた場合も同様です。映画の原作は黙っていても売れません。「あの映画の原作ですよ」ということを主張しつつ店頭に大量に並んで始めて売れるわけですが、大量に並んでも駄目なときもあるそうなのでなんとも言えません。

中吊りしても売れない。

中吊りは宣伝と書店販促の連携の典型的な例となります。重要なのは、中吊り広告を掲載している路線の沿線のターミナルやできればキオスクなどの売店でも扱ってもらうということです。首都圏のJRであれば鉄道弘済会に口座を持っていない出版社が中吊りを出したところでどれほどの意味があるのでしょうか。自分はかつてそういう具体例を見たことがあります。駅の売店どころか大型店でも探すのが難しいぐらいの雑誌の中吊り広告です。予算がよほど余っていたんでしょうか。

もう一度、なぜ本屋に本を置いてもらわなければいけないのか?

売れない話を列記しましたが、これらの例に共通しているのは、広告に対する期待が先行しているという点です。どうしても「こんなに頑張った(金をかけた)のに売れなかった」という気持になりがちです。多くの出版社は潤沢な広告予算を持っているわけではありません。少ない予算を前提に、もう一度店頭で書籍が露出している意味を考えてみると、今回の当初で触れたように、「本との出会いの場としての書店」というところに戻ってくるはずです。大量陳列しようというのではなく、たまたまの出会いへと導くために、書店店頭での露出はまだまだ有効です。だからこそ、本を置いてもらわないと何も始まらないのです。

では、何をどのぐらい置いてもらえば良いのか。

新刊よりはしっかりと長く売れ続けている既刊を置いてもらうべきだと思っています。新刊は当たり外れがありますが、ロングセラーはほとんどの場合外れがありません。もうさすがにこんな本は売れないだろうと思われている本であっても、一緒に並べる本やそれこそ店員の思い入れのこもったPOPなどによって売上は大きく変わります。あくまで思いつきですが、今『窓ぎわのトットちゃん』(黒柳徹子著、講談社文庫、1981年の大ベストセラー)にPOPを立てて平積みしているお店がどれぐらいあるかは分かりませんが、ファミリー層の来客が多いお店であればそうした展開は充分有効ではないでしょうか。
そこまでいかずとも、ある程度の出版点数の出版社であれば手堅く売れている(いた)本は数点はあります。それらをもう一度しっかり置いてもらうこと。新たな出会いを生み出すためですから、平積みでなくとも良いはずです。関連ジャンルの棚にしっかりと置いてもらうこと。簡単そうでこれは実は大変な作業です。が、やる価値は必ずあります。

置いてもらうことが目的ではない

書店に本を置いてもらうことは本を売るための手段に過ぎません。どんなに多くの書店に本を置いてもらおうがどんなに店頭での露出を確保しようが売れなければ返品になって返ってきます。その意味では書店店頭に置いてもらうことだけにこだわり過ぎるのは危険です。店頭に露出している本の情報をより多くの潜在的な読者に告知すること。その方法は広告だけとは限りません。書評や雑誌などのプレゼント企画など、いわゆる「パブリシティ(広報)」的な方法も重要です。さらに重要なのは本の存在そのものを告知するという意味での書誌及び在庫情報の公開です。基本的な書誌情報については取次や書店が大変な労力で書誌情報を用意してくれているのが現状ですが、そういう状況がいつまでも続くとは限りません。

ということで次回は「なぜ、書誌及び在庫情報を告知しなければいけないのか」についてまとめてみたいと思います。