2010-01-27

お部屋2027/Twitterの効用

ここまでしばらく更新していなかったのは、忙しさのためではなく、なんとなく気が重かったのであります。

しかし、「黒子の部屋」では前に一度告知したきりだった新宿ブックファーストでの津田大介氏とのトークイベントで、少し元気をもらえました。

本を購入しないと入れなかったので、人が集まらないのではないかと思っていたのですが、事前に定員に達していたそうでなによりです。津田氏の力も大きかったのでしょうけど、ともあれ、ブックファースト新宿店で『クズが世界を豊かにする』が少なくとも40冊売れてよかったなと。

相手が『Twitter社会論』で話題の津田氏ですから、話の内容は自然とTwitterに向かい、というか、かなりの部分がTwitterについてでした。

私もとっくにアカウントはもっていて、見物だけはしていたのですが、ずっと放置してました。あれは私には向かないだろうと確信していたものですから。

しかし、津田氏から「なう童貞を捨てろ」と突き上げをくらい、その夜から、やむなく、なうなうしています。突き上げられてよかったなと。

たしかに津田氏が指摘していたように、『クズが世界を豊かにする』に書いていることは、Twitterにもそのまま当てはまるところがあって、Twitterの短所はそのままインターネットが抱えているものであるし、インターネットの長所はおおむねTwitterにも見られるものであり、あとは使う側の問題。

あの文字数の少なさと、敷居の低さ、時制が「今」であることが私は苦手だと思っていたのですが、そうでもないです。これも使い方次第。他者との関係がゆるく、フラットな分、一般のSNSよりずっと私には居心地がいい。

文章を書くことは考えることに等しいと思っている私にとって、文字数の少なさは、考えることに向かないとも思っていたのですが、これまたそうでもなかったです。Twitterで全部書こうとすると当然息苦しいですが、タイトルだけ書く、見出しだけ書くと思えば、140字で十分。文字制限があるために、そういうものだと自然と割り切れます。

「時制が今であることに対する抵抗感」というのは、「今自分が何をしているのかなんてことを人に知られたくない」ってことなのですが、ブログなどと一緒で、そういうことは書かなければいいだけです。

「黒子の部屋」を書くのが滞っていたのは、踏ん張らなければならないことにも原因があります。矢野穂積とか、瀬戸弘幸とか、ああいう連中のことを考えるだけで気が滅入る。あの連中が書くことも、最近全然チェックしていないです。もともと読む価値はないわけですし。

対して、考えること、調べることが楽しいテーマは絶好調で、他の文章はバリバリ書いているんですけど、イカれた人たちについては、「やるか」と決意しないと書くところに至れない。

で、Twitterは、こういう場合の助走に使えます。その気になれない時は、まずTwitterに書いてみる。タイトルや見出しを書けば、本文も書く気になる。

それでやっと、「瀬戸弘幸著『ソースネクストの重大疑惑』の疑惑 2」を書いたってわけです。

調べ足りないところがあるので、またちょっと間があくかもしれないですが、私なりのTwitterの効用を発見したので、『ソースネクストの重大疑惑』以外のテーマもちょくちょく書いていけるかも。