2009-12-20

お部屋1997/出版のあがき

ちょっと前から風邪気味だったのですが、仕事が一通り終わったところで緊張が解けたのか、一気に悪化してしまいました。よくあることです。

その上、『クズが世界を豊かにする』表紙がサイテーだと言われるわ、発売初日にアマゾンでは1冊も売れないわ、タコシェにないわで、すっかりやる気をなくしていたのですが、今日になってやっと4桁に突入して、最悪の事態は避けられ、また、すでに読んだ人の評判はいいので、少しやる気を取り戻してます。

またやる気をなくす前に、話を続けておきましょう。

出版界は「世のため人のため」「文化のため」かのように見せかけて商売をやってきました。こういった側面があるのも事実ですが、なにより出版の原理は「ゼニのため」です。今までカッコつけられていたのは食えるという現実があったからです。私自身、なお出版に執着があるのは、ゼニがもらえるからです。

食えなくなってきた今、なんとか出版の優位性を強調しようと、無闇にインターネット批判をしたり、インターネットを軽視する出版人たちがいます。今まで通りにゼニ儲けができなくなった人たちの悪あがきにしか私には見えません。

「読書をしなくなったから、若い世代は漢字を知らない」なんてことを言う人もいます。ウソだろ、これ。こういう人たちは、ウソまで言ってゼニ儲けを維持したい出版人だと断じてかまうまい。

毎日、メールをあれだけ書いていればイヤでも漢字を覚えます。歴史上、これだけ人々が文章を書く時代はなかったでしょう。それとも、麻生太郎は小さい頃から、携帯電話やパソコンを使っていたから、ああなったとでも言うのでしょうか。

もちろん、覚えた漢字を手書きで書けないことはあるでしょうが、いいじゃないですか、書けなくたって。携帯やパソコンで書けばいいんだし、手書きをするにしたって、携帯かパソコンですぐに漢字を調べられるんだから。

昨日、『クズが世界を豊かにする』の中にチラリと出てくるgoogleの社員に「本にサインをして欲しい」と言われて、「グーグルは世界を制覇せよ!」と書き添えようとして、「制覇」の「覇」が書けず、携帯で調べてもらって、無事書けました。そこに国語辞典も携帯電話もなければ、「制はせよ!」って書いてましたよ。ああ、便利な時代。

そのネット批判のひとつとして、1993「『「実話ナックルズ』久田将義編集長の弱点 」に書いたように、しばしば出版関係者は、「インターネットの情報は信用できない」なんてことを言いたがりますが、このことも『クズが世界を豊かにする』で繰り返し批判しています。

ある基準で両者を比較すれば、たしかにその通りです。

わかりやすい例を出すと、誤字脱字の数は、印刷物の方がずっと少ない。書き手が書いて編集者がチェックして、再度書き手がチェックして、それから編集者がチェックする。最低、この過程を経ていて(著者が校正しない場合もありますが)、雑誌であれば出張校正で他の編集者たちもチェックし、雑誌によっては校正マンもつき、出版社によっては校閲部を通します。

当然誤字脱字は減ります。よっぽど杜撰な雑誌、能力の低い編集者じゃなければ、あからさまな事実関係の間違いも修正されます。

その点、インターネットでは、読み直しもしないで出す人が多く、第三者のチェックが事前に入りませんから、どうしたって間違いが起きやすい。私もよく間違いを書いていますし、久田編集長の文章にも誤字が連発しており、事実関係の間違いもあります。

そこを見れば、印刷物の方が信頼できるとは言えます。金が動く分、その金で取材をしたり、調査をすることが可能であり、その点でも信頼できるものが比較的多いとも言えます。そこは、なお出版に存在意義がある点です。

だからといって、「ネット情報は信用できない」とすることに対しては反発しないではいられません。

彼としてはネットを全否定したわけではなかったようですが、久田編集長が「ネット情報は信用できない」なんて言うと、「唐沢俊一の本を出しているミリオン出版の人間が何を言っているのか」と突っ込まないではいられない。

商業出版のよさは、金が動くために、それを専業とする人たちが調べ、書き、チェックできることですが、そのことが商業出版の限界でもあって、金で情報の価値が判断されてしまいます。金にならないことをコツコツやり続ける橋本玉泉さんみたいな存在は嘲笑されるわけですよ。

また、内容のチェックも、採算がとれる範囲でやるしかなくて、1ヶ月もかけて編集者が検証していたら商売になりません。だから、どうしても、ガセやパクリは世に出てしまうし、ひとたび出たガセやパクリを放置します。

インターネットであれば修正が容易ですが、出版物を回収して絶版にしていたら大損害です。ゼニで動く出版社としては、これは避けたい。だから批判されても無視をするしかない。

額田久徳氏が「ホームレス編集長日記」で書いていたように、ガセやパクリをチェックしきれないのは、ゼニで動いている出版社ではやむを得ないことであり、唐沢俊一がガセとパクリで長年執筆をしてきたことが広く知られる前に、唐沢俊一の本を出していた出版社を批判しようとは私も思いません。

しかし、「出版は信用できる。インターネットは信用できない」などと言う出版関係者がいたら、「どのツラ下げて」と批判が出ましょう。「てめえらの尻拭いをずっとやっているkensyouhanさん3羽の雀さんに謝れ」と私も言いたくなります。

ところで、ミリオン出版と言えば、額田久徳氏は「バーバラ・アスカ氏への返信」でこう書いています。

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昔の『少年マガジン』を「時代が許していたガセ」と書いていますが、同じようなウソニュースは今でもミリオン出版などの雑誌などではありますし。

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バーバラ・アスカ氏も、これを受けて、ウソニュースの代名詞としてミリオン出版の名を出していて、「ミリオン出版の雑誌の全部が全部そうだと思われるのは困るな」と思いつつ、そういうことをやっている雑誌があるのもまた事実です。

オカルト系の雑誌では、どうやったってウソニュースが紛れ込みます。エロ雑誌でも、しばしば「捏造記事」が出ます。ライターが書いた読者投稿手記、モデルを使った素人ナンパ写真、モデルを使ったパンチラ写真などなど。

これはミリオン出版に限ったことではなくて、昔、「週刊宝石」があった頃、「あなたのオッパイ見せてください」という人気企画がありました。あれもモデルを使ってましたから、「捏造記事」と言えるわけですが、誰もそんなものを批判しない。

「エロやオカルトは最初からそういうもん」ということでしょうし、ウソであったところで社会に与える影響は少なく、批判する価値もないってことでしょう。プロレスの八百長を批判するのが無粋と思われるのと一緒です。

これも『クズが世界を豊かにする』に書いてますが、私にとっても、「最初からウソだと言わないでくれ」というケースが確かにあって、騙された方が楽しかったりする。

「批判されるべきガセと容認されるガセの線引きがどこにあるのか」というテーマは面白いので、ぜひ額田久徳氏とバーバラ・アスカ氏には継続していただきたいと思っているのですが、あれって、もう終わっちゃったのかな。

続きます。