2009-10-31

お部屋1972/図書館の中では見えないこと 3・図書館の本はC級品

「都立多摩図書館の廃棄本をせめて古本屋に売れないか」という意見があります。例えばこのブログ

やってみる価値がゼロとは言わないですが、東京都がその提案を蹴ったとしても、批判はできない。長くなりますが、その理由を説明しておくとします。

これも都立図書館に要求する前に、まずは古本屋に聞いてみた方がいいと思います。

「多摩図書館が中央図書館と重複している本を廃棄することになった。地域資料7万册のうちの数千册は他の図書館や学校が引き取ることになっていて、その残りは買ってもらえるだろうか」と。

予想できる古本屋の反応は二種。

まずひとつめ。

「廃棄本は買わない」

ふたつめ。

「見てみないとなんとも言えない」

続けて、こうも言うでしょう。

「でも、図書館の本だから、ほとんどは買えないよ。貴重なものがあったとしても、そういうものは他の図書館が引き取るだろうしね」

どちらももっともな反応です。

今回廃棄するものの中には大量の行政資料が含まれていると推測できます。予算書や決算書はどんな古本屋も売りようがない。それ以外でも、地域資料の多くは一般に人気がない。市史の類いでも、買うのは、郷土史に強い一部の古本屋だけでしょう。

それよりも江戸や東京に関する一般書の方がまだしも売りようがありそうです。しかし、これらにしても、図書館の廃棄本というだけで敬遠されます。図書館に入った本は価格が暴落するのです。

箱は捨てられるわ、帯は捨てられるわ、カバーが残っていてもシートを貼られているわ、廃棄本のスタンプが押されているわ、古いものだと貸出カード用のホルダーを剥がしたあとがあるわ、シールを剥がしたあとがあるわ、何人もの人が手にして傷んでいるわ。

図書館の本は欠陥のあるC級品であり、ブックオフやそれに類する新古書店では一冊たりとも買ってくれません。評価外ってことです。

廃棄本が市場に出回ることもありますが、目録では、廃棄本であることの明示をするのが必須ルールです。「安いですけど、C級品ですよ」と。この表示がないのに、廃棄本が送られてきたら、いかに値段が安くてもムカつきます。人によっては返品するでしょう。

検索してみたら、福岡の古本屋が廃棄本を売りに出しています。そのうちデータが消えてしまうでしょうから、魚拓をとっておきました。

多くの自治体で、図書館の本は直接古本屋に販売できないことになっていて、古本屋に出るのは、リサイクル本としてもらった利用者が古本屋に持ち込むか、古紙業者から流れたものだと推測できます。古紙業者も転売をしてはいけないとの取り決めになっているはずですから、古書業者の従業員かバイトかな。

注書きとして廃棄のシールを剥がしたあとがあると書かれていますし、数から言っても、おそらくそうでしょう。たいした金にならないので、図書館員が横流しをするとは思いにくいです。

状態はいいようですが、それでも50円か100円にしかならない。8月末までとあるのに、売れているものは59冊中9冊。廃棄されるくらいですから人気のない本であり、だから売れないとも言えますが、人気のあるものは汚れているので、古本屋は扱わない。

図書館の廃棄本はこの程度しか売れないことを古本屋もわかっていますから、買取値は1冊10円か、それ以下でしょう。

もちろん、もっとレアなものであれば高く買ってもらえます。それこそ明治のものとか。しかし、そんなものが都立図書館の廃棄予定の本にあれば、どこかが引き取る可能性が高い。どんなものであれ、戦前のものであれば、所蔵していない図書館が当然あるわけで。

そもそも都立図書館は、そんな珍しいものを所蔵しているのだろうかと思って、数時間にわたってチェックしてみたら、あるわ、あるわ。これほど東京のレアな資料が都立図書館にあるとは知りませんでした。地図も充実していて、これだったら、3年単位の変化を見ることもできそうです。都立図書館を甘く見てました。

私も欲しいものがあります。探している本のリストを作ってあるのですが、その中に入っているものも都立図書館にはあります。例えばこれこれ。対になった吉原のガイド本です。現物は見たことがないのですが、この頃に数種類出ている心得の本だと思います。きれいな状態だったら、廃棄本でも1冊1万円はしそうです(この手のものはきれいなものがほとんど存在しないんですけどね)。当然ながら、中央図書館と多摩図書館で重複はしていないですし、仮に重複していたとしても廃棄はしないですわね。

服部誠一著『東京新繁盛記』(1874〜)は6編とも重複しています。よく見ると、版元が違いますので、これは重複ではなく、二種と言った方がいい。明治の前半までは、版が販売されて複数の版元から発行されているものがよくあります。どちらも中央図書館所蔵です。

版元違いではなく、二冊あるものもチラホラと存在しています。関東大震災関係のものをいくつか検索したら、東京市発行の『東京震災録』(1926)が二冊ありましたが、どちらも中央図書館蔵です。

ここにはないですが、震災ものの激レアな資料として、森蒼太郎によるルポが数種類あります。私が所有しているのは、『震災中の強盗強姦事件』『バラック村の風紀紊乱』『震後女学生の醜皮』の三冊で、これ以外にもあるのかどうか不明。私はエロ資料として購入したもので、避難したバラックで複数の家族が同居するうちに不倫があちこちで生じて修羅場になったといった内容です。おそらく他の資料にはこんな話は出ていないでしょう。これは都立図書館にも、国会図書館にもありません。エロに目配りしていないと、こんなもんは探せないです。自慢でした。

中央図書館と多摩図書館で重複している戦前の本もあって、『東京市史稿』は20巻以上重複しています。『東京市史稿』の原本だったら、廃棄本であっても、そこそこの値段はつくでしょうが、どこかの図書館が確実に引き取ります。復刻ならともかく、原本で全巻揃っている図書館はなかなかないですから。

「朝焼けの図書館員」のエントリー「救いたい!」にはこういうフレーズもありました。

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齋藤誠一さんが講演の中で、どうにか多摩地域の8万冊を救いたいと仰られている通り、戦前から戦火を逃れ先人が大事に保存し続けてきた資料群を、今あっさりと抹消してしまっていいとは、どうしても思えない。

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これを読んで、戦前のものが大量に含まれていると思ってしまった人もいそうで、だから、「古本屋に売れないものか」という意見も出るのでしょうが、ほとんどが引き取られるであろうことを考えれば、戦前のもので廃棄されるとしたら、修復不能な傷み本や落丁本だけかと思われます。皆さん、ご安心ください。

戦後のものだったら、古本市場で人気のあるものでも重複しているものが少しはあるだろうと思ったのですが、そうでもないです。

廃棄本でも古本屋が買い取りそうな『上野動物園百年史』(1982)『地図で見る新宿区の移り変わり』(1987)『新宿駅100年のあゆみ』(1985)『歌舞伎町』(1955)『東京楽天地二十周年史』(1987)『東をどり舞台写真集』(1951)『白山三業沿革史』(1961)『文京区絵物語』(1952)などなど、思いつくまま片っ端から検索してみたのですが、二冊あるものでも、すべて中央図書館所蔵になっています。この辺の本は、布ばりのしっかりした造本なので、裸本でも買う人がいるはずですけど、残念でした。なお、『文京区絵物語』だけは最初から箱なしのカバーですが、この本は伊藤晴雨が挿絵をやっているために人気があります。

だったら、雑誌はどうかと思って、昭和20年代に出ていた「東京」を冠した雑誌をいくつか調べたら、中央図書館にも全然ないです。『エロスの原風景』で一章割いた創文社の社長がいた新生社も「東京」という雑誌を出していたんですけど、これもなし。創文社はバカエロですが、新生社はエロではないです。

昭和30年創刊の「週刊東京」はありますが、35冊だけなので、これもたいしたことない。「週刊東京」は東京新聞が発行元で、古本屋で千円以上の値段がつく珍しい週刊誌です。初期はサイズがB4なのも珍しい。中身も面白いんですよ。全部揃っていたら、見に行こうと思っていたんですけどね。もちろん、多摩図書館にはなし。この雑誌は東京のことばかりを取りあげているわけではないので、東京の地域資料にはそもそも入らないと思いますが。

明治時代のもので珍しいものがあったので、「すげえ」と思ってしまいましたが、戦後は中央図書館も、それほどでもないです。市史の類いは、すでにたいていの図書館にありそうですから、最後まで残るかもしれず、この辺は買い取ってくれる古本屋があるとは思いますが。

それにしても、多摩図書館には古いものが少ないと思って、改めて調べてみたら、都立多摩図書館は1987年設立でした。所蔵品はそれ以降の発行物が中心で、それ以前のものは基本資料の中の複本を中央図書館から回しただけみたい。なーんだ。

雑誌「東京人」はさすがに最近のものだけあって、創刊号からずっと重複しています。古本価格が安定している雑誌ですから、買ってくれるかもしれません。買取値は1冊10円かな。ただし、「東京人」は図書館でも人気があるでしょうから、傷んでいそう。雑誌は全滅かも。

こんな調子ですから、残り物の1割を古本屋が買うことは考えにくい。買ってくれるとしても、10万円にはならないでしょう。実際には2万か3万ということもありそうです。

購入した一部のものでさえも、古書組合の交換会に出したところでほとんどは引き取り手はないですから、多摩地区の古本屋だったら、西部古書会館の即売会に100円で出して、売れないものは結局ゴミです。古本屋に聞いたところによると、西部古書会館の入り口に並べられる格安本は、2日の即売会で売れないと、そのまま古紙業者に出すらしい。

それでも買ってくれる分については古紙として処分するよりは高いですし、100冊でも200冊でも捨てられないで済むのであればやる意義があるという意見もありそうです。

しかし、東京都の除籍基準でも図書館の蔵書を古本屋に販売するのは禁止されていると思うので(私はそんなことをやる意味がないと思うので調べません。やった方がいいと思う方がお調べください)、除籍基準を改正する必要があります。また、業者の決定にも手続きがあるはずですから、「知り合いの古本屋に頼む」とはいかない。古本屋が査定する時も立ち会う必要がありますし、場合によっては手伝わなければならないでしょう。

『志賀直哉全集』や『現代日本文学大系』の引き取り手が見つかったことを評価する人たちなら、どこにだってある「東京人」が古本屋に売れただけでも評価するかもしれないですが、これを実行するために投下しなければならない税金がいくらになるのかを考えた方がよろしいかと存じます。

なんにせよ、事前に調べてからやりましょう。古本屋に聞くだけなら簡単なんですから。

続きます。
 
 
追記:福岡の古本屋の廃棄本は、どうせ捨てられるものですから、横流しされたものだとしても、そうは問題だとは思わないので、ついその経緯を推測して書きましたが、違ったらまずいので消しておきました。

このエントリへの反応

  1. 本件の追加情報で、廃棄本は古本屋に流れる予定だという話を別の都議から聞きました。私自身は図書館学に詳しくないのですけど、都議の回答にあるのならば「古本屋行き」が一つの選択肢に入っているのではないかと思います
    詳細は前エントリーにある某ブログにそのうち載せていただく予定です。ご参考までにどうぞ。

  2. へえ、そうなんですか。実はこの件は、都立図書館に聞こうと思っていて、うっかりしてました。

    ということは、都立図書館は最初から古本屋に販売できる廃棄基準になっているんですね、きっと。だったら、そうするのが正解です。私も異論はなし。どのみち大多数は古紙ですが、少しでも救出される本があるんだったら、よかったよかった。

    このことももっと早くわかっていればよかったんですけどね。

  3. 共産党の議員様から「古本屋に売却予定」であるというご回答を頂きましたので、こちらに掲載いたしました。
    どうぞご確認くださいませ。

    http://d.hatena.ne.jp/aliliput/20091101

  4. [...] 前回のコメント欄に寄せられた情報によると、今回の廃棄本は古本屋が引き取るらしい。これについては、都立中央図書館に電話した時に聞こうと思ってうっかりしてました。 [...]

  5. aliliputさま

    お疲れさまです。この報告によると、もう何年も前から売却が決まっていたみたいですね。対応するなら、その時にしなきゃどうしようもないです。

    うーん、いよいよ今回の騒ぎの意味がよくわからなくなってきました。

  6. [...] 前回のコメント欄に寄せられた情報によると、今回の廃棄本は古本屋が引き取るらしい。詳しくは、またも図書館学徒未満 に出ています。ブログ主のaliliputさんは地に足がついてます。 [...]

  7. [...] 1972/図書館の中では見えないこと 3 [...]

  8. [...] 続きます。 [...]

  9. [...] 2 1971/【必読】多摩図書館廃棄本についての正確な情報 1972/図書館の中では見えないこと 3 1973/図書館の中では見えないこと 4 1974/情報を訂正するためのツール [...]

  10. [...] 1971/【必読】多摩図書館廃棄本についての正確な情報 1972/図書館の中では見えないこと 3・図書館の本はC級品 1973/図書館の中では見えないこと 4・図書館と税金 [...]

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